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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-26
(45)【発行日】2023-01-10
(54)【発明の名称】遺伝子改変動物由来の動物繊維
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20221227BHJP
   D02G 3/02 20060101ALI20221227BHJP
   D03D 15/233 20210101ALI20221227BHJP
   D04B 1/14 20060101ALI20221227BHJP
   D04B 21/00 20060101ALI20221227BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20221227BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20221227BHJP
【FI】
A01K67/027 ZNA
D02G3/02
D03D15/233
D04B1/14
D04B21/00 B
C12N15/12
C12N15/09 110
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2022090657
(22)【出願日】2022-06-03
【審査請求日】2022-09-14
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】317012880
【氏名又は名称】株式会社セツロテック
(73)【特許権者】
【識別番号】598069423
【氏名又は名称】株式会社オプテージ
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】沢津橋 俊
(72)【発明者】
【氏名】稲谷 結花
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 忠由
(72)【発明者】
【氏名】長尾 勇佑
(72)【発明者】
【氏名】上利 尚大
(72)【発明者】
【氏名】貝沼 梨沙
(72)【発明者】
【氏名】長尾 朋子
(72)【発明者】
【氏名】西村 耕一
(72)【発明者】
【氏名】穂積 俊矢
(72)【発明者】
【氏名】小野 晃寛
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第02/000016(WO,A1)
【文献】Genes,2021年,Vol.12, No.1038,pp.1-12
【文献】Animal Genetics,2018年,Vol.50,pp.101-104
【文献】“Krt26em1(IMPC)Kmpc”, [online], 2017.8公開, [2020.6.15検索], インタ ーネット<URL: http://www.informatics.jax.org/allele/key/877791>
【文献】J. Cell Sci.,2002年,Vol. 115,pp.2639-2650
【文献】J. Cell Biol.,1995年,Vol. 129, No. 5,pp.1329-1344
【文献】Genes Dev.,2002年,Vol. 16,pp.1412-1422
【文献】Human Genomics,2022年01月,Vol.16, No.1,pp.1-21
【文献】Genes,2016年,Vol.7, No.24,pp.1-16
【文献】PLOS ONE,2016年,Vol.11(12): e0168015,pp.1-27
【文献】Front. Genet.,2019年,Vol. 10, Article 750,pp.1-27
【文献】PLOS ONE,2016年,Vol.11(10): e0164640,pp.1-12
【文献】Mammalian Genome,2004年,Vol.15,pp.749-758
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/027
C12N 15/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子改変を有する非ヒト動物(但し、イヌおよびウシを除く)の動物繊維であって、
前記非ヒト動物は動物繊維を有し、
前記遺伝子改変は、Krt71、Krt72、Krt74、およびKAP8-1からなる群から選択される1つ以上の遺伝子の発現もしくは機能の低下もしくは欠損、または、前記1つ以上の遺伝子の破壊である
物繊維。
【請求項2】
請求項1に記載の動物繊維であって
1)上記遺伝子改変を有しない動物の動物繊維と比較して、前記遺伝子改変を有する動物の動物繊維は、前記1つ以上の遺伝子がコードするタンパク質の含有量が少ないか、もしくは、(2)前記遺伝子改変を有する動物の動物繊維は、前記1つ以上の遺伝子がコードするタンパク質を含まない
物繊維。
【請求項3】
請求項1または2に記載の動物繊維であって、
上記遺伝子改変を有しない動物の動物繊維と比較して、前記遺伝子改変を有する動物の動物繊維は5%以上、10%以上、または15%以上小さな長径を有する
物繊維。
【請求項4】
請求項1または2に記載の動物繊維であって、
前記1つ以上の遺伝子が、Kap8-1を少なくとも含む、動物繊維。
【請求項5】
請求項3に記載の動物繊維であって、
前記1つ以上の遺伝子が、Kap8-1を少なくとも含む、動物繊維。
【請求項6】
請求項1または2に記載の動物繊維であって、
前記1つ以上の遺伝子が、Krt71、Krt72およびKrt74から選択される1つ以上の遺伝子を少なくとも含む、動物繊維。
【請求項7】
請求項3に記載の動物繊維であって、
前記1つ以上の遺伝子が、Krt71、Krt72およびKrt74から選択される1つ以上の遺伝子を少なくとも含む、動物繊維。
【請求項8】
前記遺伝子改変は、FGF-5遺伝子およびTyr遺伝子のいずれかまたは両方の遺伝子の発現もしくは機能の低下もしくは欠損、または、遺伝子の破壊をさらに含む、請求項1または2に記載の動物繊維。
【請求項9】
前記遺伝子改変は、FGF-5遺伝子およびTyr遺伝子のいずれかまたは両方の遺伝子の発現もしくは機能の低下もしくは欠損、または、遺伝子の破壊をさらに含む、請求項4に記載の動物繊維。
【請求項10】
前記遺伝子改変は、FGF-5遺伝子およびTyr遺伝子のいずれかまたは両方の遺伝子の発現もしくは機能の低下もしくは欠損、または、遺伝子の破壊をさらに含む、請求項6に記載の動物繊維。
【請求項11】
請求項に記載の動物繊維を含む、布、織物、または繊維製品。
【請求項12】
請求項9に記載の動物繊維を含む、布、織物、または繊維製品。
【請求項13】
請求項10に記載の動物繊維を含む、布、織物、または繊維製品。
【請求項14】
請求項1または2に記載の動物繊維を含む、布、織物、または繊維製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物の作製方法、当該方法によって得られた動物および動物繊維、ならびに当該動物繊維を含む繊維製品に関する。
【背景技術】
【0002】
ウールやカシミヤなどの動物繊維は、繊維径、繊維長、色あいなどの要素により品質が決定する。なかでも、繊維径の細さは織物、編物など製品の手触り、着心地、光沢、保温性、伸縮性などに直接関連するため、最終製品の品質に影響を与える極めて重要な要素である。これまで、細い動物繊維は、特定の優良品種を使用して生産が行われてきたが、優良品種であっても細い動物繊維は体毛全体のごく一部であり、細さに伴い希少性が高くなるため僅かな産毛量の増減によって価格が変動し易く、供給が不安定であった。
【0003】
また、動物繊維は、繊維表面に凹凸を生じるスケール構造を持っており、このスケール同士の摩擦によって繊維間の絡み合いが生じ、これがピリング(毛玉)形成のほか、光沢、柔軟性、平滑性等を損なう品質劣化をもたらす原因になっていた。このような劣化を避けるべく、従来から化学的方法によってスケールを剥離したり、コーティング樹脂によってスケールの凹凸を被覆して、繊維表面を滑らかにする処理が開発されてきた。しかしながら、かかる方法は、繊維間の絡み合いを防ぐことができるものの、動物繊維本来の品質を損なうため、動物繊維への適用は避けられており、特に希少な繊維径の細い動物繊維への適用は敬遠される傾向にあった。
これらのことから、繊維径の細い動物繊維を安定に供給でき、および/または、その品質維持を可能にする技術が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2006-283254
【文献】特開2006-132059
【発明の概要】
【0005】
本発明はヒト動物の作製方法、当該方法によって得られた動物および動物繊維、ならびに当該動物繊維を含む繊維製品を提供する。
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を進める中、KrtまたはKapファミリーを構成する遺伝子の発現または機能を低下させることによって、動物繊維の径が細くなること、および当該低下を有する非ヒト動物から繊維径の細い動物繊維が得られることを見出した。本発明者らはまた、さらに研究進めるなかで、当該動物から滑らかな繊維表面を有する動物繊維が得られ得ること見出し、発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は以下に関する
[1]遺伝子改変を有する動物(好ましくは哺乳類、より好ましくは偶蹄類)、またはその動物繊維であって、
前記動物は動物繊維を有し、
前記遺伝子改変は、KrtもしくはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子の発現もしくは機能の低下もしくは欠損、または、前記1つ以上の遺伝子の破壊である、
遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[2]上記[1]に記載の遺伝子改変を有する動物、またはその動物繊維であって、
(i)上記遺伝子改変を有しない同種同系または同種異系の対照動物の動物繊維と比較して、前記遺伝子改変を有する動物の動物繊維はより小さな長径(例えば、5~50%、または5~25%小さな長径)を有する、および/または
(ii-1)上記遺伝子改変を有しない同種同系または同種異系の対照動物の動物繊維と比較して、前記遺伝子改変を有する動物の動物繊維は、前記1つ以上の遺伝子がコードするタンパク質の含有量が少ないか、もしくは、(ii-2)前記遺伝子改変を有する動物の動物繊維は、前記1つ以上の遺伝子がコードするタンパク質を含まない、
遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[3]上記[1]または「2」に記載の遺伝子改変を有する動物、またはその動物繊維であって、
上記遺伝子改変を有しない動物の動物繊維と比較して、前記遺伝子改変を有する動物の動物繊維は5%以上、10%以上、または15%以上小さな長径を有する、
遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[4]上記[1]~[3]のいずれかに記載の遺伝子改変を有する動物、またはその動物繊維であって、
KrtもしくはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子が、Kap8-1およびKap8-2のいずれかまたは両方を含む、遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[5]上記[1]~[3]のいずれかに記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維であって、
KrtもしくはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子が、Krt71、Krt72、Krt73、およびKrt74から選択される1つ以上の遺伝子を少なくとも含む、遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[6]前記遺伝子改変は、FGF-5遺伝子およびTyr遺伝子のいずれかまたは両方の遺伝子の発現もしくは機能の低下もしくは欠損、または、遺伝子の破壊をさらに含む、上記[1]~[5]のいずれかに記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[7]上記[1]~[6]のいずれかに記載の動物繊維。
[8]上記[7]に記載の動物繊維を含む、布、織物、または繊維製品。
【0008】
[9]非ヒト動物が、哺乳類または鳥類である、上記のいずれかに記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[10]哺乳類が、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、アルパカ、リャマ、ラクダ、ヤク、アイベックス、グァナコ、キヴィアック、チルー、タヌキ、ラクーン、ミンク、セーブル、フォックス、ポッサム、オポッサム、ビーバー、アザラシ、ヌートリア、フェレットもしくはビクーニャ、または、これらのいずれか一つの哺乳類の交雑によって得られた哺乳類であり、鳥類が、カモ、ガチョウ、アヒルもしくはダチョウ、または、これらのいずれか一つの鳥類の交雑によって得られた鳥類である、上記[9]に記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[11]ヤギが、カシミヤ、モヘヤ、アンゴラおよびカシゴラから選択されるヤギ(好ましくはカシミヤ)である、上記[10]に記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維(好ましくは動物繊維はアンダーファーまたはアンダーコートである)。
[12]上記遺伝子改変を有しない同種同系または同種異系の対照動物の動物繊維と比較して、動物繊維のスケールの間隔において大きい(例えば、5%~10%大きい)動物繊維を有する、上記のいずれかに記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[13]上記遺伝子改変を有しない同種同系または同種異系の対照動物の動物繊維と比較して、動物繊維のスケールの厚みにおいて薄い(例えば、5~20%薄い)動物繊維を有する、上記のいずれかに記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[14]上記遺伝子改変を有しない同種同系または同種異系の対照動物の動物繊維と比較して、動物繊維のスケールの厚みにおいて薄い(例えば、5~20%薄い)動物繊維を有する、上記[12]に記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[15]上記遺伝子改変を有しない同種同系または同種異系の対照動物の動物繊維と比較して、光沢を有する、上記のいずれかに記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[16]上記遺伝子改変を有しない同種同系または同種異系の対照動物の動物繊維と比較して、動物繊維のスケールの間隔において大きい(例えば、5%~10%大きい)動物繊維を有する、上記[2]に記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[17]上記遺伝子改変を有しない同種同系または同種異系の対照動物の動物繊維と比較して、動物繊維のスケールの厚みにおいて薄い(例えば、5~20%薄い)動物繊維を有する、上記[2]に記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
[18]上記遺伝子改変を有しない同種同系または同種異系の対照動物の動物繊維と比較して、動物繊維のスケールの厚みにおいて薄い(例えば、5~20%薄い)動物繊維を有する、上記[16]に記載の遺伝子改変動物、またはその動物繊維。
【0009】
[19]上記いずれかの遺伝子改変動物を得ることに用いるための材料であって、遺伝子改変を有する遺伝子改変動物またはその生殖細胞(例えば、精子または卵子)を含み、前記遺伝子改変は、KrtもしくはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子の発現もしくは機能の低下もしくは欠損、または、前記1つ以上の遺伝子の破壊である、材料。
[20]上記[19]に記載の材料であって、
KrtもしくはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子が、Kap8-1およびKap8-2のいずれかまたは両方を含む、材料。
[21]上記[19]に記載の材料であって、
KrtもしくはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子が、Krt71、Krt72、Krt73、およびKrt74から選択される1つ以上の遺伝子を少なくとも含む、材料。
[22]上記[20]に記載の材料であって、
KrtもしくはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子が、Krt71、Krt72、Krt73、およびKrt74から選択される1つ以上の遺伝子を少なくとも含む、材料。
[23]前記遺伝子改変は、FGF-5遺伝子およびTyr遺伝子のいずれかまたは両方の遺伝子の発現もしくは機能の低下もしくは欠損、または、遺伝子の破壊をさらに含む、上記[19]に記載の材料。
[24]FGF-5遺伝子およびTyr遺伝子のいずれかまたは両方の遺伝子の発現もしくは機能の低下もしくは欠損、または、遺伝子の破壊をさらに含む、上記[20]に記載の材料。
[25]FGF-5遺伝子およびTyr遺伝子のいずれかまたは両方の遺伝子の発現もしくは機能の低下もしくは欠損、または、遺伝子の破壊をさらに含む、上記[21]に記載の材料。
[26]FGF-5遺伝子およびTyr遺伝子のいずれかまたは両方の遺伝子の発現もしくは機能の低下もしくは欠損、または、遺伝子の破壊をさらに含む、上記[22]に記載の材料。
【0010】
[27]遺伝子改変動物が雄である、上記いずれかに記載の遺伝子改変動物またはその動物繊維。
[28]遺伝子改変動物が雌である、上記いずれかに記載の遺伝子改変動物またはその動物繊維。
[29]遺伝子改変動物が雄である、上記いずれかに記載の材料。
[30]遺伝子改変動物が雌である、上記いずれかに記載の材料。
[31]上記いずれかに記載の動物繊維の原毛であって、刺し毛とうぶ毛を含む、原毛。
[32]上記[31]に記載の原毛から得られる製毛。
[33]上記[32]に記載の製毛を含む、紡毛糸または撚糸。
[34]上記[33]に記載の紡毛糸または撚糸を含む、織物。
[35]上記[34]に記載の織物を含む、被服。
[36]上記[34]に記載の織物を含む、動物繊維製品。
【0011】
(1) 非ヒト動物のKrtまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子の発現または機能を低下させることを含む、非ヒト動物の作製方法。
(2) 非ヒト動物のKrtファミリーを構成する1つ以上の遺伝子が、非ヒト動物の内毛根鞘、毛表皮、毛皮質または毛髄質で発現するKrtタンパク質をコードする遺伝子である、(1)に記載の方法。
(3) 内毛根鞘で発現するKrtタンパク質をコードする遺伝子が、Krt71、Krt72、Krt73、およびKrt74から選択される1以上の遺伝子である、(2)に記載の方法。
(4) Krt71、Krt72、Krt73、およびKrt74から選択される1つ以上の遺伝子である、(3)に記載の方法。
(5) 非ヒト動物のKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子が、KAP8-1を含む、(1)~(4)のいずれか一項に記載の方法。
【0012】
(6) 非ヒト動物のFgf5および/またはTyr遺伝子の遺伝子の発現または機能を低下させることをさらに含む(1)~(5)のいずれか一項に記載の方法。
(7) 遺伝子の発現または機能を低下させることが、非ヒト動物の遺伝子のノックアウトである、(1)~(6)のいずれか一項に記載の方法。
(8) 非ヒト動物が、齧歯目または偶蹄目に属する、(7)に記載の方法。
(9) (1)~(8)のいずれか一項に記載された方法によって作製された非ヒト動物またはその子孫。
(10) (9)に記載の非ヒト動物またはその子孫から得られた動物繊維。
(11) (10)に記載の動物繊維を含む動物繊維製品。
【0013】
<1> KrtファミリーまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子の発現または機能の低下をもたらす改変を含む、非ヒト動物またはその子孫。
<2> Krtファミリーを構成する遺伝子が、Krt71、Krt72、Krt73、およびKrt74からなる群から選択され、KAPファミリーを構成する遺伝子が、KAP8サブファミリーからなる群から選択される、<1>に記載の非ヒト動物またはその子孫。
<3> さらにFgf5および/またはTyr遺伝子の発現または機能の低下をもたらす改変を含む、<1>または<2>に記載の非ヒト動物またはその子孫。
<4> 遺伝子の発現または機能の低下をもたらす改変が、ノックアウトである、<1>~<3>のいずれか一項に記載の非ヒト動物またはその子孫。
【0014】
<5> 動物繊維の平均繊維径が野生型よりも有意に細い非ヒト動物を作製する方法であって、非ヒト動物のKrtファミリーを構成する遺伝子、KAPファミリーを構成する遺伝子、非ヒト動物のKrtファミリーを構成する遺伝子、KAPファミリーを構成する遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子の発現もしくは機能の低下させることを含む、前記方法。
<6> 動物繊維の平均スケール厚が野生型よりも有意に小さい非ヒト動物を作製する方法であって、非ヒト動物のKrtファミリーまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子の発現もしくは機能を低下させることを含む、前記方法。
<7> 動物繊維のスケール間隔が、野生型よりも有意に長い非ヒト動物を作製する方法であって、非ヒト動物のKrtファミリーを構成する遺伝子、KAPファミリーを構成する遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子の発現もしくは機能の低下させることを含む、前記方法。
<8> Krtファミリーを構成する遺伝子が、Krt71、Krt72、Krt73、およびKrt74からなる群から選択され、KAPファミリーを構成する遺伝子が、KAP8-1サブファミリーからなる群から選択される、<5>~<7>のいずれか一項に記載の方法。
<9> さらに非ヒト動物のFgf5および/またはTyr遺伝子の発現もしくは機能を低下させることを含む、<5>~<8>のいずれか一項に記載の方法。
【0015】
<10> 遺伝子の発現もしくは機能を低下または喪失させることが、遺伝子のノックアウトである、<5>~<9>のいずれか一項に記載の方法。
<11> <5>~<10>のいずれか一項に記載の方法により作製された非ヒト動物またはその子孫。
<12> 非ヒト動物またはその子孫が、哺乳類または鳥類である、<5>~<11>のいずれか一項に記載の方法。
<13> 哺乳類が、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、アルパカ、リャマ、ラクダ、ヤク、アイベックス、グァナコ、キヴィアック、チルー、タヌキ、ラクーン、ミンク、セーブル、フォックス、ポッサム、オポッサム、ビーバー、アザラシ、ヌートリア、フェレットもしくはビクーニャ、または、これらのいずれか一つの哺乳類の交雑によって得られた哺乳類であり、鳥類が、カモ、ガチョウ、アヒルもしくはダチョウ、または、これらのいずれか一つの鳥類の交雑によって得られた鳥類である、<12>に記載の方法。
<14> ヤギが、カシミヤ、モヘヤ、アンゴラおよびカシゴラから選択される<13>に記載の方法。
<15> <5>~<14>に記載された方法によって作製された非ヒト動物またはその子孫。
<16> <1>~<4>または<15>に記載の非ヒト動物またはその子孫から得られた動物繊維。
<17> <16>に記載の動物繊維を含む動物繊維製品。
【0016】
本発明の方法により、繊維径が細い動物繊維を持つ動物品種を作製することができる。さらに、このような動物から得られた繊維径が細い動物繊維は個体間でのばらつきも少なく、体毛全体が細い。そのため、手触り、柔軟性、伸縮性、保温性、速乾性などに優れた高品質な動物繊維の供給を実現できると考えられる。そして、かかる動物繊維は、繊維径が細いことに加えて、滑らかな繊維表面を持つ。したがって、かかる動物繊維は、従来の同等の繊維径を持つ動物繊維よりも手触り、着心地、光沢等の品質が優れている。かかる動物繊維はまた、ピリングやフェルト形成も生じにくいため、かかる品質を長期にわたって維持することができる。また、繊維径を細くし、滑らかな表面を持つ動物繊維を生産する過程で用いられてきた種々の化学的な方法を用いる必要がないことから、従来にない安全性の高い天然繊維を生産し得る。このように、本発明者らは、動物繊維を産毛する動物の遺伝子改変により、動物繊維としての好ましい特性を有する天然繊維が製造可能であることを実証し、環境負荷の低さおよび安全性に優れ、従来の化学的アプローチによる繊維製造と異なった新たな繊維生産のアプローチを見出した。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1-1】図1-1は、Krt71の野生型(WT)および改変された各個体におけるKrt71の配列を示す。
図1-2】図1-2は、改変された各個体におけるKrt71の配列を示す。
図1-3】図1-3は、改変された各個体におけるKrt71の配列を示す。
図1-4】図1-4は、改変された各個体におけるKrt71の配列を示す。
図2-1】図2-1は、Krt72の野生型(WT)および改変された各個体におけるKrt72の配列を示す。
図2-2】図2-2は、改変された各個体におけるKrt72の配列を示す。
図2-3】図2-3は、改変された各個体におけるKrt72の配列を示す。
図3-1】図3-1は、Krt73の野生型(WT)および改変された各個体におけるKrt73の配列を示す。
図3-2】図3-2は、改変された各個体におけるKrt73の配列を示す。
図4-1】図4-1は、Krt74の野生型(WT)および改変された各個体におけるKrt74の配列を示す。
図4-2】図4-2は、改変された各個体におけるKrt74の配列を示す。
図5図5は、KAP8-1の野生型(WT)および改変された各個体におけるKAP8-1の配列を示す。
図6図6は、KAP8-2の野生型(WT)および改変された各個体におけるKAP8-2の配列を示す。
図7図7は、Tyrの野生型(WT)および改変された個体におけるTyrの配列を示す。
図8図8は、Fgf5の野生型(WT)および改変された個体におけるFgf5の配列を示す。
図9図9は、ヤギのKAP8-1の野生型(WT)および改変された個体におけるKAP8-1の配列を示す。
図10図10は、野生型の個体および遺伝子改変された個体から得られた動物繊維の長径を示す。
図11図11は、野生型の毛、Krt72変異体の毛、およびKAP8-1変異体の毛の電子顕微鏡写真を示す。
図12図12は、黒色毛を有する野生型マウスとそのTyr変異体の外観を示す。
図13図13は、野生型ヤギとKAP8-1破壊ヤギの毛の断面の長径を示す。
図14図14は、野生型の各種動物の毛に含まれるKrt72とKAP8-1タンパク質の存在を示す、ウェスタンブロッティングの結果である。
図15図15は、様々な生物種のKAP8-1の配列のKAP8-1との同一性を示す。ヤギとハツカネズミのKAP8-1タンパク質内のドメイン(NCBI-CDD ID:239162;23アミノ酸)を元にアミノ酸比較を行った。
図16図16は、様々な生物種のKrt71の配列の同一性を示す。ヤギとハツカネズミのKRT71タンパク質内のドメイン(NCBI-CDD ID:365827;314アミノ酸)を元にアミノ酸比較を行った。偶蹄目、肉食目はヤギKRT71、げっ歯目、ウサギ目はハツカネズミKRT71と比較した。
図17図17は、様々な生物種のKrt72の配列の同一性を示す。ヤギとハツカネズミのKRT72タンパク質内のドメイン(NCBI-CDD ID:365827;314アミノ酸)を元にアミノ酸比較を行った。偶蹄目、肉食目および双前歯目はヤギKRT72、げっ歯目、ウサギ目はハツカネズミKRT72と比較した。
図18図18は、様々な生物種のKrt74の配列の同一性を示す。ヤギのKRT72タンパク質内のドメイン(NCBI-CDD ID:365827;314アミノ酸)を元にアミノ酸比較を行った。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本明細書において別様に定義されない限り、本明細書で用いる全ての技術用語及び科学用語は、当業者が通常理解しているものと同じ意味を有する。本明細書中で参照する全ての特許、出願及び他の出版物(オンライン情報を含む)は、その全内容を参照により本明細書に援用する。
【0019】
本明細書では、単数形の単語は、複数であることを除外しない。本明細書では、「含む」は、記載の無い構成を含んでいてもよいことを意味し、「からなる」を包含する。「からなる」は、記載の無い構成を実質的に含まない。
【0020】
本発明は、一態様において、非ヒト動物を作製する方法であって、KrtまたはKapファミリーを構成する1つ以上の遺伝子の発現または機能を低下させることを含む前記方法が包含される。
【0021】
本明細書において「動物」は、動物繊維を発毛する動物であり、ヒトまたは非ヒト動物であり得、非ヒト動物は例えば、非ヒト哺乳類、および鳥類などであり得る。哺乳類としては、限定されずに、ネズミ科、チンチラ科、ヌートリア科、ビーバー科などの齧歯目、ウサギ科などのウサギ目、ヤギ亜科、ラクダ科、ウシ科などの偶蹄目(偶蹄類ともいう)、イヌ科、アライグマ科、イタチ科などの食肉目、ポッサム科などのクスクス亜目、オポッサム科などのオポッサム目などが包含される。本発明の一態様において、ネズミ科にはマウス(ハツカネズミなど)、ラット(クマネズミなど)など、チンチラ科にはチンチラなど、ヌートリア科にはヌートリアなど、ビーバー科にはビーバーなど、ウサギ科には家兎、野兎、アンゴラウサギなど、ヤギ亜科には、ヤギまたはヒツジなど、ラクダ科には、ラクダ(ヒトコブラクダ、フタコブラクダなど)、リャマ、ビクーニャ、アルパカ、グァナコなど、ウシ科にはヤク、キヴィアック(ジャコウウシ)、チルーなど、イヌ科にはオオカミ、タヌキ、フォックス(キツネ)など、アライグマにはラクーン(アライグマ)など、イタチ科にはフェレット、ミンク、セーブルなど、アザラシ科にはゴマフアザラシ、ワモンアザラシ、ゼニガタアザラシ、クラカケアザラシ、アゴヒゲアザラシなどが包含される。ヤギには、限定されずに、カシミヤヤギ、アイベックス、チャングラヤギ、アンゴラヤギ、シバヤギ、日本ザーネン、アルパイン、トカラヤギなどが包含される。ヒツジには、限定されずに、メリノ、ポロワス、コリデール、チェビオット、ペレンデール、ロムニー、サフォーク、マンクスロフタン、ジャコブ、フライスランドなどが含まれる。
【0022】
鳥類には、限定されずに、カモ科などのカモ目、ダチョウ科などのダチョウ目などが包含される。カモ科には限定されずに、マガモ、イエガモ、アヒル、ハクチョウ、ガン、ガチョウ、カリガネ、ヒシクイなど、ダチョウ科にはダチョウなどがそれぞれ包含される。
非ヒト動物は、上で列挙したいずれか一つの非ヒト動物の交雑によって得られた非ヒト動物であってもよい。さらに非ヒト動物は、上記の野生型のほかに、本発明の対象遺伝子とは別の遺伝子が改変された非ヒト動物であってもよい。本発明の遺伝子改変により平均繊維径の減少の有用性の観点からマウス、ウサギ、ラクダ、ヤギまたはヒツジが好ましく、ヤギとしてはカシミヤヤギが特に好ましい。
動物繊維は、ヒトの頭髪であってもよい。
【0023】
非ヒト動物の形態は、胚の形態であっても個体の形態であってもよい。胚は、個体発生能を持つ任意の細胞または細胞集団を指す。胚としては、例えば受精卵、初期胚、桑実胚、胚盤胞もしくはこれらに含まれる内部細胞塊のほか、誘導多能性幹(iPS)細胞や胚性幹(ES)細胞などが含まれる。個体は、飼育することで体表から動物繊維が発育(発毛)する。胚は、非ヒト動物の子宮に移植することにより個体に成長させることができる。胚または個体は、モザイクあるいはキメラであってもよい。遺伝子の発現または機能の低下が、対象遺伝子の遺伝子改変によってもたらされる場合、モザイクあるいはキメラの胚または個体であっても、少なくとも毛包を構成する細胞または生殖細胞系列の細胞に改変を含んでいればよい。毛包を構成する細胞が改変を有していれば、繊維径が細い動物繊維の発育が可能となり、生殖細胞系列の細胞が前記改変を有していれば、繊維径が細い動物繊維を発育する子孫を得ることが可能となる。ホモの遺伝子改変動物同士の掛け合わせでは、理論上100%の確率でホモの遺伝子改変動物が得られ、ヘテロの遺伝子改変動物とホモの遺伝子改変動物との掛け合わせでは、理論上50%の確率でホモの遺伝子改変動物が得られ、ヘテロの遺伝子改変動物同士の掛け合わせでは、理論上25%の確率でホモの遺伝子改変動物が得られる。遺伝子改変は、好ましくは、ホモの遺伝子改変であり、すなわち、父方および母方の染色体の両方で行われている。
【0024】
毛包を構成する細胞は、限定されずに、毛母体に含まれる毛母細胞(上皮細胞)、色素産生細胞(メラノサイト)、毛根鞘に含まれる立方上皮細胞、毛隆起に含まれる毛包幹細胞または色素幹細胞、毛乳頭細胞および毛球部毛根鞘細胞などが挙げられる。毛包は、単一毛包であっても複合毛包であってもよい。単一毛包の場合、一次毛包であっても二次毛包であってもよい。生殖細胞系列は、限定されずに、卵子、精子などの配偶子、またはそれらの基となる始原生殖細胞、卵祖細胞、卵母細胞、卵原細胞、精原細胞、精細胞などを指す。
【0025】
本明細書において「動物繊維」とは、上述のヒトまたは非ヒト動物の動物繊維を指し、例えば、非ヒト動物が哺乳類であれば獣毛繊維を、非ヒト動物が鳥類であれば羽毛繊維を指す。本明細書では「動物繊維」を「毛」または「体毛」とも称することがある。獣毛繊維は、典型的には上で詳述した哺乳類に由来する動物繊維である。具体的には、例えばマウスの毛、ラットの毛、チンチラの毛である「チンチラ」、家兎または野兎の毛である「ラビット」、アンゴラウサギの毛である「アンゴラ」、カシミヤヤギの毛である「カシミヤ」、アンゴラヤギの毛である「モヘヤ」、ヒツジの毛である「羊毛」または「ウール」、アルパカの毛である「アルパカ」、リャマの毛である「リャマ」、フタコブラクダの毛である「キャメル」、ヤクの毛である「ヤク」、アイベックスの毛である「アイベックス」、グァナコの毛である「グァナコ」、キヴィアックの毛である「キヴィアック」、チルーの毛である「チルー」、タヌキの毛、ラクーンの毛である「ラクーン」、ミンクの毛である「ミンク」、セーブルの毛である「セーブル」、ポッサムの毛である「ポッサム」、キツネの毛である「フォックス」、オポッサムの毛である「オポッサム」、ビーバーの毛である「ビーバー」、アザラシの毛である「アザラシ」、ヌートリアの毛である「ヌートリア」、フェレットの毛である「フェレット」またはビクーニャの毛である「ビキューナ」が挙げられる。これらの例から分かるように、本発明においては、動物の名前と獣毛の名前に同じ呼び名を使用することがある。本発明において、獣毛繊維は、刺し毛(ガードヘアー)であっても綿毛(アンダーヘアー、アンダーコート、アンダーファー、またはうぶ毛ともいう)であってよい。カシミヤは、カシミヤヤギから得られた体毛から刺し毛を除去して得られる、綿毛を主に含む、または綿毛からなる体毛である。
【0026】
羽毛繊維には、鳥類由来の繊維であれば限定されない。典型的には上で詳述した鳥類に由来する動物繊維である。具体的には、例えばカモ、ガチョウ、アヒル、ウズラ、ニワトリ、シチメンチョウ、オナガドリ、チャボ、ハト、ダチョウ、キジ、ホロホロチョウまたはダチョウの羽毛などが包含される。羽毛繊維は、限定されずに、正羽、綿羽、半綿羽などが含まれる。本発明の動物繊維は、非ヒト動物から刈り取られた原毛のほか、原毛を選別、洗浄または切断等したもの、および/またはこれらをスケール剥離処理、酵素処理またはパルス処理などの処理任意の加工処理を加えたものも包含される。
【0027】
本明細書において「Krtファミリー」は、ケラチン(Keratin)タンパク質をコードする遺伝子ファミリーを指す。「Krtファミリーを構成する1つ以上の遺伝子」を、本明細書ではKrt遺伝子とも呼ぶ。また、Krt遺伝子がコードするタンパク質をKrtタンパク質とも呼ぶ。一般的に、Krt遺伝子またはKrtタンパク質は、Krtの他に、限定されずに、例えばCk、CK、KRT、Kなどのシンボルで表されることもあるが、本明細書ではこれらのシンボルで表される遺伝子またはタンパク質のシンボルを「Krt」で表す。
【0028】
本発明においてKrt遺伝子は、非ヒト動物のゲノム中に保持されるKrt遺伝子のメンバーであってよく、好ましくは、II型(中性~塩基性)のケラチンタンパク質をコードする遺伝子であってよい。本発明においてKrt遺伝子は、好ましくは、Krt71、Krt72、Krt73、およびKrt74からなる群から選択される1以上の遺伝子であり、より好ましくは、Krt71、Krt72、およびKrt74からなる群から選択される1以上の遺伝子であり、さらに好ましくはKrt72である。
【0029】
本発明の一態様において、Krt遺伝子は、非ヒト動物の個体が成長する間に、毛包を構成する細胞で発現するKrt遺伝子であってよい。個体が成長する間とは、特に非ヒト動物から動物繊維が発育(発毛)する間を指し、特定の時間または季節など特定の期間にのみ発現するものであってよい。特に発毛量が高い期間に発現しているKrt遺伝子が好ましい。毛包は、非ヒト動物を構成する毛包であれば特に限定されない。
【0030】
このような発現は、毛包のトランスクリプトーム解析において通常に用いられているRT-PCR、qRT-PCR、ノーザンブロット、発現アレイ、RNAシーケンスなどの方法によって測定することができる。また、当業者はQiao et al., Genet Mol Res. 2016 Sep 2; 15(3)、Din et al., BMC Genomics. 2019 Feb 15; 20(1):140、Fan et al., Genet Mol Res. 2015 Dec 22; 14(4):17904-15、Zhu PLoS One. 2013 Sep 19; 8(9):e76282などで用いられている方法を参考に測定してもよいし、これらの文献に記載の遺伝子を参考にしてもよい。
【0031】
このような毛包での発現は、動物繊維中の構成タンパク質として反映されるため、毛包の直接的なトランスクリプトーム解析の代わりに、動物繊維のプロテオーム解析をすることで、毛包で発現したタンパク質を推定することができる。動物繊維のプロテオーム解析としては、通常に用いられている手法を採用すればよく、例えば動物繊維中のタンパク質を溶解等して、電気泳動、質量分析またはイムノアッセイなどの方法によって解析すればよい。当業者は、Plowman et al., Electrophoresis. 2000 May; 21(9): 1899-906、Plowman et al., J Proteomics. 2012 Jul 19;75(14):4315-24、Li et al., PLoS One. 2016 Jan 20; 11(1): e0147044などを参考にすることができる。
【0032】
動物繊維は、表皮から外部に出ている毛幹部と、毛包中に存在する毛根部からなる。毛包中の動物繊維の構造は、毛表皮(キューティクル)、毛皮質(コルテックス)および毛髄質(メデュラ)からなる毛幹が毛包の中心にあり、その外側を内毛根鞘が囲み、コンパニオン層を介して一番外側を外毛根鞘が囲んでいる。動物繊維の成長において、毛根部の下部に位置する毛球部(毛母体)に存在する毛母細胞の増殖、分化および角化が、中心的なプロセスの一部を占める。
具体的には、毛根部で増殖した毛母細胞は、内毛根鞘を構成する細胞と、毛表皮、毛皮質および毛髄質を構成する3種類の毛幹細胞へ分化し、各部位で特異的な発現をしながら増殖し、角化する。
【0033】
このような動物繊維の成長プロセスにおいて、内毛根鞘で発現するKrtタンパク質としてKrt71、Krt72、Krt73、およびKrt74のタンパク質が、知られている(Jeffrey E Plowman; Duane P Harland, Singapore Springer Singapore 2018,Hair Fibre: Proteins, Structure and Development参照)。Krt71、Krt72、Krt73、およびKrt74からなる群から選択される1以上の遺伝子は、少なくとも内毛根鞘を含む組織において改変されている。このとき改変は、内毛根鞘を含む組織に特異的であってもよい。
【0034】
本発明者らは、非ヒト動物のKrtファミリーを構成する1つ以上の遺伝子、そのなかでも特に非ヒト動物の内毛根鞘、毛表皮、毛皮質または毛髄質で発現するKrtタンパク質をコードする遺伝子の発現または機能を低下させることで、動物繊維の繊維径の減少、あるいは滑らかな繊維表面を付与できることを見出した。得られた動物繊維は、健全な層構造および靱性などを維持していた。
したがって、一態様において、本発明は、非ヒト動物の内毛根鞘、毛表皮、毛皮質または毛髄質を含む組織で発現するKrtタンパク質をコードする1つ以上の遺伝子の発現または機能を低下させることを含む、非ヒト動物の作製方法を含む。
【0035】
本発明の別態様において、Krtファミリーを構成する1つ以上の遺伝子は、内毛根鞘で発現する遺伝子、すなわちKrt71、Krt72、Krt73、およびKrt74からなる群から選択される1以上をコードする遺伝子であってよい。
【0036】
サブファミリー分類を含むケラチンの系統解析は、当該技術分野で公知であり、Eckhart and Ehrlich, Adv Exp Med Biol. 2018;1054:33-45に記載されている。
【0037】
これらの各サブファミリーを構成するタンパクをコードする遺伝子は、発現時期、発現部位の共通性に加えて、配列の相同性が認められることから、同一の機能を持つと考えられる。したがって、各サブファミリー内のタンパク質をコードする遺伝子の発現または機能を低下させることで、サブファミリー単位で同じ形質が得られる。
【0038】
本発明の発現または機能を低下させるKrt遺伝子は、一態様において、Krt71、Krt72、Krt73、およびKrt74からなる群から選択される1以上の遺伝子が好ましく、Krt71、Krt72、またはKrt74が好ましく、Krt72が特に好ましい。Krt71、Krt72、Krt73、およびKrt74からなる群から選択される1以上の遺伝子(特にKrt71)が改変される場合には、改変動物は、
ネズミ科(但し、マウス以外)、チンチラ科、ヌートリア科、ビーバー科などの齧歯目、ウサギ科などのウサギ目;ヤギ亜科、ラクダ科、ウシ科などの偶蹄目(偶蹄類ともいう;但しウシ以外);イヌ科、アライグマ科、イタチ科などの食肉目;ポッサム科などのクスクス亜目;およびオポッサム科などのオポッサム目であり得、
チンチラ科、ヌートリア科、ビーバー科、ウサギ科などのウサギ目;ヤギ亜科、ラクダ科;イヌ科、アライグマ科、イタチ科などの食肉目;ポッサム科などのクスクス亜目;およびオポッサム科などのオポッサム目であり得る。したがって、動物繊維も、上記改変動物の動物繊維であり得る。一態様において、改変される遺伝子は、Krt71を含まない。
【0039】
本発明の一態様において、Krt遺伝子は、ヒトまたは非ヒト動物の動物繊維を構成するタンパク質成分のうち、非主要成分をコードする遺伝子であってもよい。動物繊維は、約50~60%がケラチンであり、約20~30%がケラチン関連タンパク質(Keratin associated protein:KAP)を含むマトリックスタンパク質で構成されている。非主要成分をコードする遺伝子とは、これらKrtおよびKAPタンパク質のうち、動物繊維を質量分析に供した場合、例えば上位10以下、20位以下、30位以下に位置づけられるKrtタンパク質をコードする遺伝子である。典型的には、例えばKrt86、Krt87、Krt83、Krt85、Krt84、Krt33a、Krt31、Krt34、Krt33b、Krt35、Krt32が主要成分をコードする遺伝子であり、これら主要成分以外の成分をコードする遺伝子が非主要成分をコードする遺伝子であり、例えば、Krt71、Krt72、またはKrt74をコードする遺伝子である。
【0040】
本明細書において、「KAPファミリー」は、ケラチン関連タンパク質(Keratin associated protein)をコードする遺伝子ファミリーを指し、「KAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子」を、本明細書ではKAP遺伝子と呼ぶ。また、KAP遺伝子がコードするタンパク質をKAPタンパク質とも呼ぶ。一般的に、KAP遺伝子またはKAPタンパク質は、KAPの他に、例えばKap、Krtap、KRTAPなどのシンボルで表されることもあるが、本明細書ではこれらのシンボルで表される遺伝子またはタンパク質のシンボルを「KAP」で表す。
KAP遺伝子は、本発明の非ヒト動物のゲノム中に保持されるKAPファミリーのメンバーであれば、例えば、高グリシン/チロシンKAPタンパク質をコードする遺伝子であり得る。
【0041】
本発明の一態様において、高グリシン/チロシンKAPタンパク質をコードする遺伝子としては、KAP8サブファミリーの遺伝子が挙げられ、KAP8サブファミリーとしてはKAP8-1、およびKAP8-2が挙げられる。
【0042】
本発明の一態様においてKAP遺伝子は、高グリシン/チロシンKAPタンパク質をコードするKAP遺伝子が好ましい。高グリシン/チロシンKAPタンパク質をコードするKAPとしてはKAP8サブファミリーが好ましい。KAP8としてはKAP8-1が特に好ましい。KAP8-1の改変としては、特に限定されないが、フレームシフト変異、ナンセンス変異、ミスセンス変異、欠失、挿入などが上げられる。ある好ましい態様では、フレームシフト変異およびナンセンス変異は、破壊される遺伝子の5’末端側において、例えば、第1エクソン、または第2エクソン(好ましくは第1エクソン)において生じさせ得る。KAP8-1の欠失変異としては、例えば、GenBank: AAS00529.1として登録されたアミノ酸配列の位置30および31に対応するKAP8-1のアミノ酸の欠失であり得る。アミノ酸配列の特定位置に対応するアミノ酸とは、2つ以上のアミノ酸配列をアラインメントしたときに同じ位置に整列されるアミノ酸である。例えば、GenBank: AAS00529.1として登録されたアミノ酸配列の位置30および31に対応するKAP8-1のアミノ酸とは、GenBank: AAS00529.1として登録されたアミノ酸配列とKAP8-1のアミノ酸配列をアラインメントし、位置30および31のアミノ酸と同じ位置に整列されるKAP8-1のアミノ酸を意味する。
【0043】
本発明の一態様において、遺伝子改変動物は、Krt71、Krt72、およびKrt74からなる群から選択される1以上の遺伝子と、KAP8-1遺伝子の発現もしくは機能の低下、または、前記遺伝子の破壊を有する。本発明の一態様において、遺伝子改変動物は、Krt71とKAP8-1の発現もしくは機能の低下、または、前記遺伝子の破壊を有する。遺伝子改変動物は、Krt74とKAP8-1の発現もしくは機能の低下、または、前記遺伝子の破壊を有する。
本発明の好ましい態様では、遺伝子改変動物は、Krt72とKAP8-1の発現もしくは機能の低下、または、前記遺伝子の破壊を有する。
【0044】
本発明のさらに好ましい態様では、遺伝子改変動物は、
Krt71、Krt72、およびKAP8-1;
Krt72、Krt74、およびKAP8-1;または
Krt72、Krt74、およびKAP8-1
の発現もしくは機能の低下、または、前記遺伝子の破壊を有する。
【0045】
本発明のさらに好ましい態様では、遺伝子改変動物は、Krt71、Krt72、Krt74、およびKAP8-1の発現もしくは機能の低下、または、前記遺伝子の破壊を有する。
【0046】
本発明の一態様では、遺伝子改変動物は、雄または雌である。求める動物繊維の特性によって、動物繊維毎に雄の動物繊維がよいか雌の動物繊維がよいかが決まっている場合には、求める動物繊維の特性に応じて雄または雌を選別し、その動物繊維を得ることができる。本発明の一態様では、遺伝子改変動物は、一定の年齢を有し得る。
【0047】
本発明の一態様では、前記遺伝子改変動物から、動物繊維(特に体毛)の平均繊維径(長径)が、前記遺伝子の改変を有しない同一動物の動物繊維(特に体毛)の平均繊維径(長径)の95%以下、90%以下、85%以下、または80%以下である、遺伝子改変動物を選択することができる。このようにすることで、遺伝子の改変を有する遺伝子改変動物であって、その動物繊維(特に体毛)の平均繊維径(長径)が、前記遺伝子の改変を有しない同種同系または同種異系の動物の動物繊維(特に体毛)の平均繊維径(長径)の95%以下、90%以下、85%以下、または80%以下である、遺伝子改変動物であって、前記遺伝子の改変が、Krt71、Krt72、Krt74、およびKAP8-1からなる群から選択される1以上の遺伝子の発現もしくは機能の低下、または、前記遺伝子の破壊を有する、遺伝子改変動物が提供される。対照動物は、同種同系であることが好ましいが、同種同系の対照動物を入手できない場合には、同種異系の動物とすることができる。同種異系の動物は、好ましくは、同種異系の野生型の動物であり、より好ましくは、改変前の動物である。改変前と改変後とで比較することで、遺伝子改変の効果を最も適切に評価し得る。
【0048】
本発明は、一態様において、KrtまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子の発現または機能を低下させることを含む前記方法が包含される。
【0049】
本発明は、一態様において、Krt71、Krt72、およびKrt74からなる群から選択される1以上の遺伝子と、KAP8-1遺伝子の発現もしくは機能を低下させること、または前記遺伝子を破壊する(ノックアウト)することを含む。
【0050】
本明細書におけるFgf5遺伝子は、FGF5(Fibroblast growth factor 5)をコードする遺伝子を指す。一般的にFgf5の他に、限定されずに、例えばFGF-5、HBGF-5などのシンボルで表されることもあるが、本明細書ではこれらのシンボルで表される遺伝子を「Fgf5」で表す。
【0051】
本明細書におけるTyr遺伝子は、Tyrosinaseをコードする遺伝子を指す。一般的にTyrの他に、限定されずに、例えば、TYR、LB24-AB、SK29-ABなどのシンボルで表されることもあるが、本明細書ではこれらのシンボルで表される遺伝子を「Tyr」で表す。
【0052】
本明細書において、Krt遺伝子、Kap遺伝子Fgf5遺伝子、Tyr遺伝子を総称して「対象遺伝子」と呼ぶこともある。また対象遺伝子がコードするタンパク質を「対象タンパク質」と呼ぶこともある。
【0053】
本明細書において、「ホモログ」とは、進化的な起源を同じくする類似性の高い遺伝子の一群を指す。ホモログは「オーソログ」と「パラログ」の2種類に分類される。オーソログは、種分岐の際に同じ遺伝子だったホモログを指す。パラログは、同種内において遺伝子重複によって生じたホモログを指す。
【0054】
Krt71は、種々の生物種においてその核酸配列およびアミノ酸配列が知られている。マウスKrt71は、例えば、GenBank: AAI25349.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt71のアミノ酸配列を有する。ヤギKrt71は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_017903206.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt71のアミノ酸配列を有する。ヒツジKrt71は、例えば、GenBank: AFV46425.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt71のアミノ酸配列を有する。ウサギKrt71は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_002711049.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt71のアミノ酸配列を有する。ミンクKrt71は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_044084420.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt71のアミノ酸配列を有する。ヒトKrt71は、例えば、GenBank: AAI03919.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt71のアミノ酸配列を有する。当業者であれば、各生物種についてKrt71の遺伝子およびタンパク質のアミノ酸配列を決定することができるであろう。
【0055】
Krt72は、種々の生物種においてその核酸配列およびアミノ酸配列が知られている。マウスKrt72は、例えば、GenBank: EDL04025.1登録としてされたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt72のアミノ酸配列を有する。ヤギKrt72は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_013832621.2として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt72のアミノ酸配列を有する。ヒツジKrt72は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_004006372.2またはNCBI Reference Sequence: XP_042102628.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt72のアミノ酸配列を有する。ウサギKrt72は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_008254713.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt72のアミノ酸配列を有する。ミンクKrt72は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_044085134.1またはNCBI Reference Sequence: XP_044085135.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt72のアミノ酸配列を有する。ヒトKrt72は、例えば、GenBank: AAI13687.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt72のアミノ酸配列を有する。当業者であれば、各生物種についてKrt72の遺伝子およびタンパク質のアミノ酸配列を決定することができるであろう。
【0056】
Krt74は、種々の生物種においてその核酸配列およびアミノ酸配列が知られている。マウスKrt74は、例えば、GenBank: EDL04026.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt74のアミノ酸配列を有する。ヤギKrt74は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_005701908.2として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt74のアミノ酸配列を有する。ヒツジKrt74は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_004006373.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt74のアミノ酸配列を有する。ミンクKrt74は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_044085217.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt74のアミノ酸配列を有する。ヒトKrt74は、例えば、GenBank: KAI2565848.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKrt74のアミノ酸配列を有する。当業者であれば、各生物種についてKrt74の遺伝子およびタンパク質のアミノ酸配列を決定することができるであろう。
【0057】
keratin associated protein 8-1(KAP8-1)は、種々の生物種においてその核酸配列およびアミノ酸配列が知られている。マウスKAP8-1は、例えば、NCBI Reference Sequence: NP_034805.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKAP8-1のアミノ酸配列を有する。ヤギKAP8-1は、例えば、GenBank: AAS00529.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKAP8-1のアミノ酸配列を有する。ヒツジKAP8-1は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_027834241.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKAP8-1のアミノ酸配列を有する。ウサギKAP8-1は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_017202204.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKAP8-1のアミノ酸配列を有する。ミンクKAP8-1は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_044110896.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKAP8-1のアミノ酸配列を有する。ヒトKAP8-1は、例えば、NCBI Reference Sequence: NP_787053.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するKAP8-1のアミノ酸配列を有する。当業者であれば、各生物種についてKAP8-1の遺伝子およびタンパク質のアミノ酸配列を決定することができるであろう。
【0058】
線維芽細胞増殖因子5(Fgf5)は、種々の生物種においてその核酸配列およびアミノ酸配列が知られている。マウスFgf5は、例えば、GenBank: AAH71227.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するFgf5のアミノ酸配列を有する。ヤギFgf5は、例えば、GenBank: AIZ78004.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するFgf5のアミノ酸配列を有する。ヒツジFgf5は、例えば、GenBank: AID52934.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するFgf5のアミノ酸配列を有する。ウサギFgf5は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_008265908.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するFgf5のアミノ酸配列を有する。ミンクFgf5は、例えば、NCBI Reference Sequence: XP_044080065.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するFgf5のアミノ酸配列を有する。ヒトFgf5は、例えば、GenBank: AAB06463.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するFgf5のアミノ酸配列を有する。当業者であれば、各生物種についてFgf5の遺伝子およびタンパク質のアミノ酸配列を決定することができるであろう。Fgf5は、外毛根鞘において発現し、したがって、外毛根鞘を含む組織において改変することができる。改変は組織特異的であってもよい。
【0059】
チロシナーゼ(tyr)は、種々の生物種においてその核酸配列およびアミノ酸配列が知られている。マウスTyrは、例えば、GenBank: BAA00341.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するtyrのアミノ酸配列を有する。ヤギTyrは、例えば、GenBank: AEV91332.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するtyrのアミノ酸配列を有する。ヒツジtyrは、例えば、GenBank: ACF21682.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するtyrのアミノ酸配列を有する。ウサギtyrは、例えば、NCBI Reference Sequence: NP_001075546.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するtyrのアミノ酸配列を有する。ミンクtyrは、例えば、GenBank: AJO15925.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するtyrのアミノ酸配列を有する。ヒトtyrは、例えば、GenBank: AAB60319.1として登録されたアミノ酸配列または当該アミノ酸配列に対応するtyrのアミノ酸配列を有する。
【0060】
上記アミノ酸配列を有するタンパク質のオーソログまたはホモログは、これらのアミノ酸配列のいずれかと高い相同性を有する。高い相同性とは、50%以上、60%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上(例えば、95%以上、さらには96%、97%、98%又は99%以上)の相同性を意味する。この相同性は、国立生物工学情報センター(NCBI)が提供するprotein BLASTアルゴリズムのデフォルトパラメータで決定することができる。
【0061】
上述のアミノ酸配列のいずれかをコードする核酸配列は、NCBIの国立医学図書館の核酸配列検索により決定することができる。また、アミノ酸配列に基づいてコドン対応表から核酸配列を決定することもできるであろう。核酸配列は、当該核酸配列を発現する細胞に対してコドン最適化がなされていてもよいであろう。また、上記タンパク質のいずれかをコードする塩基配列を持つDNAは、天然の核酸配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることを利用して単離することができる。ここで「ストリンジェントな条件」としては、例えば「2×SSC、0.1%SDS、50℃」、「2×SSC、0.1%SDS,42℃」、「1×SSC,0.1%SDS、37℃」であり、よりストリンジェントな条件として「2×SSC,0.1%SDS、65℃」、「0.5×SSC、0.1%SDS,42℃」および「0.2×SSC、0.1%SDS、65℃」などの条件を挙げることができる。当業者は、他の生物における上述の配列番号1~26に記載の塩基配列またはシンボルをもとにホモログの塩基配列を適宜取得することが可能である。
【0062】
上記の具体的アミノ酸配列を有するタンパク質以外の対象タンパク質であっても、高い相同性(通常65%以上、70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上)を有し、かつ、対象タンパク質が有する機能を持つタンパク質も、それぞれ本発明の対象タンパク質に含まれる。
【0063】
本明細書において「遺伝子の発現または機能を低下させること」とは、対象遺伝子または対象タンパク質の発現を低下または消失させること、または、対象タンパク質の機能を低下または消失させること、を意味する。対象遺伝子の発現または機能を低下させる方法としては、例えば、対象遺伝子を破壊等すること、対象遺伝子の転写を抑制すること、対象遺伝子の転写物を分解すること、対象遺伝子の翻訳を阻害すること、対象タンパク質と他の分子との相互作用を阻害すること、対象タンパク質の正常な折り畳みを阻害することなどが挙げられる。
【0064】
これらの方法を実現する具体的な手段として、ヒトまたは非ヒト動物におけるゲノムの改変を伴う手段と、改変を伴わない手段とが挙げられる。ゲノムの改変を伴わない手段としては、対象遺伝子の発現または機能を低下させるエピジェネティック制御因子、阻害性核酸因子(miRNAなど)、RNA編集因子などの発現コンストラクト、あるいは対象タンパク質に結合する任意の低分子などの投与が挙げられる。本発明の好ましい例は、ヒトまたは非ヒト動物の子孫からも所望の形質を持つ動物繊維が得られる観点から、対象遺伝子の改変を伴う手段が好ましい。
【0065】
本明細書の「改変」は、人為的にヌクレオチドを欠失、置換および/または挿入し、所定の塩基配列を他の塩基配列へ変更することを意味する。ヌクレオチドは、1塩基のヌクレオチド、オリゴヌクレオチド、長鎖ヌクレオチドなどであってもよい。改変としては、例えば、ミスセンス変異、フレームシフト変異、ナンセンス変異、および1以上のアミノ酸の欠失が挙げられる。遺伝子改変動物は、改変により、当該改変を受けた遺伝子もしくはタンパク質の発現または機能を低下させ、または当該改変を受けた遺伝子もしくはタンパク質が破壊される。
本明細書において「ノックアウト」は、対象遺伝子の発現または機能の低下をもたらす改変、好ましくは対象遺伝子の破壊を意味する。ノックアウトは、このような改変であれば限定されず、対象領域の改変であっても、対象領域以外のゲノム上の任意の領域の改変であってもよい。本明細書において「対象領域」とは、対象遺伝子のコード領域、およびコード領域外で対象遺伝子の発現を制御する任意のシスまたはトランスエレメントをコードする領域を呼ぶ。ゲノム上の任意の領域の改変には、対象遺伝子の発現もしくは機能の低下または破壊をもたらす外部遺伝子の挿入、例えば、ゲノム編集因子、阻害核酸因子、RNA編集因子、エピジェネティック制御因子など発現する発現カセットを挿入する改変も包含される。このような発現カセットは、挿入後、直ちに対象遺伝子の発現もしくは機能の低下または破壊を引き起こさなくても、所定の期間経過後に低下または破壊をもたらすものであればよい。
【0066】
本発明において、ノックアウトは、対象領域の一部又は全部の改変であってよい。「一部」とは、対象領域の一部であって、遺伝子の発現もしくは機能の低下または破壊をもたらすのに必要な長さの領域である。ヌクレオチドを対象領域へ欠失、挿入する場合、フレームシフトにより遺伝子の発現もしくは機能の低下または破壊、特に消失させることができ、フレームシフトが起こらない場合でも欠失、置換、挿入によって終止コドンが生じるナンセンス変異によって対象タンパク質の発現もしくは機能の低下または破壊、特に消失させることができる。複数のエクソンを持つ遺伝子については、限定されずに第1、第2、第3、第4、第5、第6など任意のエクソンの改変であってよいが、好ましくは第1エクソンや第2エクソンの改変(フレームシフト変異またはナンセンス変異)であり得る。
【0067】
本発明において、ノックアウトは、遺伝子の発現もしくは機能の低下または破壊をもたらすことができれば、ホモであってもヘテロであってもよい。本明細書において「ホモ」とは、父方および母方の染色体の両方(両アレル)に改変を有することを意味し、本明細書において[-/-]と示すこともある。本明細書において「ヘテロ」とは、遺伝子改変に対して用いられる場合、父方または母方のいずれか一方のみ(片アレル)に改変を有することを意味し、本明細書において[-/+]または[+/-]と示すこともある。ヘテロのノックアウトであっても、ドミナントネガティブ変異であれば遺伝子の機能が消失し、その他の変異であっても片アレルで発現または機能低下すれば、全体として発現または機能低下をもたらし得ることが理解できる。ホモ、ヘテロいずれであっても当該改変は、子孫の一部または全てに遺伝するため、その子孫も遺伝子の発現または機能の低下をもたらす改変を有し、有益である。本発明において、ノックアウトは、表現型をもたらす観点および効率よくホモのノックアウト動物を得る観点で、好ましくはホモのノックアウトである。
【0068】
改変の方法は限定されずに、ゲノム編集および相同組換えなど任意の方法により行うことができる。簡便性と改変効率の高さから、ゲノム編集が好ましい。ゲノム編集は、例えば、標的の2本鎖DNAを切断するヌクレアーゼと、当該ヌクレアーゼと結合するDNA認識成分とを含むゲノム編集因子を利用した方法が挙げられる。ゲノム編集としては、ZFN、TALEN、CRISPR/Casが挙げられる。例えば、ZFNでは、FokI(ヌクレアーゼ)とジンクフィンガーモチーフ(DNA認識成分)が用いられ、TALENでは、FokI(ヌクレアーゼ)とTALエフェクター(DNA認識成分)が用いられ、CRISPRでは、Cas(ヌクレアーゼ)とguideRNA(gRNA)(DNA認識成分)が用いられる。ゲノム編集に用いられるヌクレアーゼは、ヌクレアーゼ活性を有していればよく、ヌクレアーゼ以外にDNAポリメラーゼ、リコンビナーゼなどを用いることもできる。
【0069】
ヌクレアーゼとしては、限定されずに、CRISPRタイプI(TypeIA~C、TypeI-D(Cas3’、Cas5d、Cas6d、Cas7dおよびCas10d)、TypeI-E(Cas3、Cse1、Cse2、Cas7、Cas5、Cas6))、タイプII(Cas9など)タイプIIIおよびタイプV(Cas12a(Cpf1、MAD2、MAD7など)を用いることができる。一態様において、CRISPR/Casでは、DNA認識成分としてgRNAが用いられるが、gRNAは、シングルgRNAであってもcrRNAとtracrRNAによるデュアルgRNAであってもよい。また、ゲノム編集は必ずしもヌクレアーゼ活性を伴う必要はなく、Prime editingやTarget-AIDなどを任意の編集手段を用いることができる。(Anzalone et al., 2019 Nature vol 576, pages 149-157、Nishimasu et al., Science 21 Sep 2018: Vol. 361, Issue 6408, pp. 1259-1262)。
【0070】
対象遺伝子を標的とするgRNAの標的配列の設計方法は、通常の方法を用いて設計してよい。例えば、Naito et al., Bioinformatics. 2015 Apr 1; 31(7): 1120-1123、Park et al., Bioinformatics. 2016 Jul 1; 32(13): 2017-2023に記載されている。これらの文献および対象遺伝子等の配列情報に基づいてgRNAを作製することができる。
マウスKrt71を標的とするgRNAの標的配列としては限定されず、配列番号1~3の配列を使用することができる。その他の動物種では、上記gRNAの標的配列に対応する塩基配列を有するgRNAを用いて、Krt71遺伝子を破壊することができる。
マウスKrt72を標的とするgRNAの標的配列としては限定されず、配列番号4~6の配列を使用することができる。その他の動物種では、上記gRNAの標的配列に対応する塩基配列を有するgRNAを用いて、Krt72遺伝子を破壊することができる。
マウスKrt74を標的とするgRNAの標的配列としては限定されず、配列番号10~12の配列を使用することができる。その他の動物種では、上記gRNAの標的配列に対応する塩基配列を有するgRNAを用いて、Krt74遺伝子を破壊することができる。
マウスKAP8-1を標的とするgRNAの標的配列としては限定されず、配列番号13~15の配列を使用することができる。その他の動物種では、上記gRNAの標的配列に対応する塩基配列を有するgRNAを用いて、KAP8-1遺伝子を破壊することができる。
マウスTyr配列を標的とするgRNAの標的配列としては限定されず、配列番号19~21の配列を使用することができる。その他の動物種では、上記gRNAの標的配列に対応する塩基配列を有するgRNAを用いて、KAP8-1遺伝子を破壊することができる。
マウスFgf5配列を標的とするgRNAの標的配列としては限定されず、配列番号22~24の配列を使用することができる。その他の動物種では、上記gRNAの標的配列に対応する塩基配列を有するgRNAを用いて、KAP8-1遺伝子を破壊することができる。
【0071】
改変対象としては、例えば胚、体細胞、生殖細胞、個体などが挙げられる。ゲノム編集因子を胚へ導入する場合、導入によって改変された胚を個体の子宮内へ移植して非ヒト動物個体を得ることができる。体細胞へ導入する場合、導入によって改変された体細胞の核を除核卵細胞に導入する核移植を経て得られた胚を個体の子宮内へ移植すればよい。その他に、改変された胚由来の細胞を他の胚へ混入させて作製したキメラ胚を個体の子宮内へ移植することもできる。生殖細胞へ導入する場合、導入して改変された生殖細胞をそのまま利用して、または個体へ移植して受精(自然交配、人工授精または体外受精など)を経て非ヒト動物個体を得ることができる。
【0072】
個体へ導入する場合、ウイルスベクターなどの形でゲノム編集因子を含む組成物を個体へ直接投与して改変細胞を持つ非ヒト動物を得ることもできる。この場合、少なくとも毛包を構成する細胞に改変が生じれば動物繊維の繊維径が細くなる等の形質が現れ、生殖系列に改変が生じれば、その子孫に対象遺伝子の発現または機能の低下がもたらされ得る。改変対象が、改変されたかどうかは、例えばPCR、サザンブロット、ゲノムシークエンスなど通常の方法を用いて判定すればよい。
【0073】
導入方法としては、限定されずエレクトロポレーション法、リポフェクション法、リン酸カルシウム法、デキストラン法、マイクロインジェクション法、iTOP(D'Astolfo et al., Cell. 2015; 161(3): 674-690)、細胞膜透過性ペプチド(CPP)、ウイルスベクター又は非ウイルスベクターを用いることができる。胚への導入には、導入効率の高さからエレクトロポレーション法が好ましい。個体への導入には、ウイルスベクター又は非ウイルスベクターを用いた送達手法が好ましい。ウイルスベクターとしては、限定されずに、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス(AAV)、レトロウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、レンチウイルス、ヘルペスウイルスなどをベースとするベクターが挙げられる。
【0074】
本発明の一態様において、非ヒト動物の遺伝子を改変する他に、非ヒト動物へ阻害性核酸を投与してもよい。阻害性核酸は、標的分子の発現を阻害する核酸を意味し、RNAi分子、microRNA、microRNA模倣物、piRNA(Piwi-interacting RNA)、リボザイム、アンチセンス核酸、ボナック核酸(WO 2012/005368)等を含む。核酸は、修飾核酸を含んでいてもよく、DNAとRNAとのハイブリッド分子(ギャップマー、ミクスマー等)であってもよい。
【0075】
RNAi(RNA干渉)分子は、RNAi活性を有する任意の分子を意味し、例えば、限定されずに、siRNA(small interfering RNA)、shRNA(short hairpin RNA)などを包含する。RNAi干渉は、典型的には、二本鎖核酸分子が誘導する、標的RNAが配列特異的に分解される現象を指す。二本鎖核酸分子は細胞内に入ると、その長さに応じてダイサーにより切断された後、Argonaute(AGO)タンパク質を含むRNA誘導サイレンシング複合体(RISC)に取り込まれる。RISCは、標的RNAと相補的な配列を有するアンチセンス鎖(ガイド鎖)をガイド役に標的RNAを認識し、これを切断する。siRNAは、典型的には、約20~25merの長さを有する二本鎖RNAである。shRNAは、典型的には、siRNAの二本鎖をRNAからなるヘアピンを介して連結させて得られるRNAである。
【0076】
miRNAによる遺伝子発現制御機構は、典型的には、miRNAが誘導する配列特異的なRNAの分解または翻訳抑制を指す。成熟miRNAはArgonaute(AGO)タンパク質を含むmiRNA誘導サイレンシング複合体(miRISC)に取り込まれ、主にシード配列(5'末端から2~8位の配列)と相補的なmRNAにmiRISCを誘導し、mRNAからの翻訳を抑制するとともに、mRNAの3'末端に存在するポリAテールを分解して短縮し、mRNAの分解を促進する。piRNAによる遺伝子発現制御機構は、典型的には、piRNAが誘導する配列特異的なRNAの分解を指す。piRNAは、PIWIサブファミリータンパク質であるPiwiタンパク質を含むpiRNA誘導サイレンシング複合体(piRISC)に取り込まれると核内に移行し、標的遺伝子の転写を配列特異的に抑制する。rasiRNA(repeat associated siRNA)もPiwiタンパク質を介した遺伝子サイレンシングを生じる。
【0077】
microRNA模倣物は、内因性microRNAの機能を模倣する核酸分子であり、当該技術分野において周知である(例えば、van Rooij and Kauppinen, EMBO Mol Med. 2014; 6(7): 851-64、Chorn et al., RNA. 2012; 18(10): 1796-804)。microRNA模倣物は化学修飾を含んでもよく、内因性microRNAに対してヌクレオチド配列が変更されていてもよい。
shRNAは、互いに相補性を有するアンチセンス領域及びセンス領域と、その間に介在するループ領域とを含む1本鎖RNA分子であり、アンチセンス領域とセンス領域との対合により二重鎖領域が形成され、ヘアピン状の3次元構造を呈する。shRNAは細胞内でdicerにより切断され、二本鎖siRNA分子を生成し、これがRISCに取り込まれ、RNA干渉を引き起こす。
【0078】
shRNAは典型的には、これをコードする核酸構築物や、これを含むプラスミド等により細胞内で発現され、その作用を発揮するが、shRNA分子を直接細胞に送達することも可能である。これらの阻害核酸は、本明細書に含まれる標的遺伝子の情報に基づいて公知の方法で適宜作製できる(Disney et al., Cold Spring Harb Perspect Biol. 2018 Nov 1;10(11)、 Naito and Ui-Tei, Front Genet. 2012; 3: 102、 Mickiewicz et al., Acta Biochim Pol. 2016; 63(1): 71-77等)。CRISPR/Cas13はRNAを編集することができるため当該ゲノム編集因子は阻害性核酸と同様に遺伝子サイレンシングに用いることができる。
【0079】
本発明の方法において遺伝子の発現または機能の低下をもたらす種々の組成物を非ヒト動物へ投与する場合、経口及び非経口の両方を包含する種々の経路、例えば、限定することなく、経口、経皮、皮下、皮内、経粘膜、静脈内、筋肉内、局所、直腸、動脈内、門脈内、心室内、心筋内、関節内、鼻腔内、腹腔内、気道内、気管支内、肺胞内、肺内及び子宮内等の経路で投与してもよく、各投与経路に適した剤形に製剤してもよい。かかる剤形及び製剤方法は任意の公知のものを適宜採用することができる。
【0080】
本発明において、KrtまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子(対象遺伝子)の発現もしくは機能の低下させ、または破壊していれば、それ以外に、他の任意の遺伝子の発現または機能を低下または向上させてよい。他の遺伝子としては、動物繊維に関する形質、またはそれ以外の任意の形質を非ヒト動物へ付与または向上させる遺伝子であってよい。遺伝子の発現または機能を低下もしくは機能の低下させ、または破壊する好ましい遺伝子としては、限定されずに、Fgf-5、Tyr、MSTN、ASIP、BCO2、CFTRなどであってよく、これらのノックアウトであってよい。遺伝子の発現または機能を向上させる好ましい遺伝子としては、限定されずに、Tβ4、VEGF(VEGF-A)、AANAT、ASMTなどであってよく、例えば、これらの遺伝子を含む発現カセットのノックインであってよい。本発明の非ヒト動物の所望の形質を阻害しない限り、複数の遺伝子の発現または機能を同時に向上または低下させてよい。
【0081】
例示的な態様において、本発明の非ヒト動物は、対象遺伝子の発現または機能を低下させることに加えて、Fgf5遺伝子およびTyr遺伝子のいずれかまたは両方の発現もしくは機能を低下させ、または破壊することをさらに含む。
Fgf5遺伝子の発現もしくは機能を低下させ、または破壊することで、非ヒト動物の動物繊維長が長くなる。また、Tyr遺伝子の発現または機能を低下させることで、非ヒト動物の動物繊維の色が白くなる。このため、一態様において、本発明のKrtまたはKAPから選択される1以上の遺伝子の発現または機能の低下と、Fgf5およびTyrのいずれかまたは両方の発現または機能の低下を併せることで、繊維径が細く、繊維長の長い動物繊維を持つ非ヒト動物(KrtまたはKAPから選択される1以上の遺伝子と、Fgf5遺伝子の発現または機能低下)、繊維径が細く、白い動物繊維を持つ非ヒト動物(KrtまたはKAPから選択される1以上の遺伝子と、Tyr遺伝子の発現または機能低下)、繊維径が細く、繊維長が長く、白い動物繊維を持つ非ヒト動物(KrtまたはKAPから選択される1以上の遺伝子と、Fgf5と、Tyr遺伝子の発現または機能低下)、あるいは、繊維長が長く、白い動物繊維を持つ非ヒト動物(Tyrと、Fgf5遺伝子の発現または機能低下)をそれぞれ得ることができる。Fgf5およびTyr遺伝子の発現もしくは機能を低下させ、または破壊する方法としては、上で詳述した対象遺伝子の発現もしくは機能を低下させ、または破壊する方法を使えばよい。
【0082】
これまでFgf5遺伝子のノックアウトを持つマウス、イヌ、ネコおよびヤギなどの動物で繊維長が長くなることが知られている(Cell. 1994 Sep 23; 78(6): 1017-25、Anim Genet. 2006 Aug; 37(4): 309-15、Anim Genet. 2007 Jun; 38(3): 218-21、PLoS One. 2016 Oct 18; 11(10): e0164640、)。また、Tyr遺伝子のノックアウトを持つマウス、ウサギ、ウシおよびミンクなどの動物で動物繊維が白くなることが知られている(Mamm Genome. 2004 Oct; 15(10): 749-58、Mamm Genome. 2000 Aug; 11(8): 700-2、Mamm Genome. 2004 Jan; 15(1): 62-7、Anim Genet. 2008 Dec; 39(6): 645-8)。これらのことから、特定の非ヒト動物種における特定遺伝子の改変に基づく形質は、その形質が動物繊維に関連するものであれば、他の動物種のオルソログの改変においても同じ形質として現れることが分かる。これは、KrtまたはKAPなどの遺伝子についても同様であると考えられる。
【0083】
本発明の方法によって作製された非ヒト動物は、KrtまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子の発現もしくは機能の低下または破壊などの遺伝子改変を有する非ヒト動物の動物繊維の径(繊維径)は、上記遺伝子改変を有しない(例えば、遺伝子改変前の)同種同系または同種異系の対照非ヒト動物の動物繊維と比較して繊維径が細い。繊維径は、典型的には平均繊維径(特に繊維の長径の平均)を指し、対照非ヒト動物は、典型的には野生型を指す。本発明の一態様において、KrtまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子の改変を有する非ヒト動物の平均繊維径は、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物の平均繊維径よりも5%以上、6%%以上、7%以上、8%以上、9%以上、10%以上、11%以上、12%以上、13%以上、14%以上、15%以上、16%以上、17%以上、18%以上、19%以上、または20%以上細い。上記改変を有する非ヒト動物の平均繊維径は、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物の平均繊維径よりも、例えば、70%以下、60%以下、50%以下、40%以下、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、または10%以下細い。上記改変を有する非ヒト動物の平均繊維径は、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物の平均繊維径よりも5~40%、5~30%、5~20%、10~20%、15~20%、5~15%、10~15%、または5~10%細い。同種同系または同種異系の対照非ヒト動物の平均繊維径よりも5~20%、10~20%、15~20%、5~15%、10~15%、または5~10%細い遺伝子改変動物は、上記改変を有する動物から選択して得ることができる。
【0084】
繊維径の減少は商業的価値を生じ得る。例えば、カシミヤは、平均繊維径を含む動物繊維の特性により等級分けがなされている(表1参照)。これによれば5%の繊維径の減少は、0.75μm~0.95μmの平均径繊維径の減少に想到し、等級が1から2つ上昇することを意味する。また、20%の繊維径の減少は、3等級の最大径19μmから15.2μmへの減少を意味し、3級から最高級への等級の上昇を意味する。この等級の上昇をもたらす改変技術の価値は破壊的であると考えられる。
【0085】
【表1】
【0086】
平均繊維径は、例えば、同じ齢の非ヒト動物の同じ体表の箇所から採取された、複数の動物繊維の同じ部分の直径(例えば、非ヒト動物の同じ箇所から採取された動物繊維の毛根部分から所定の長さ、または同じ方法で刈った動物繊維の根元から所定の長さの直径)を光学または電子顕微鏡などで観察し測定することができる。別の測定方法として、羊毛繊維試験方法として用いられている方法、例えば同じ齢の非ヒト動物から得られた複数の動物繊維を利用したプロジェクションミクロスコープ(IWTO1-8、JIS L 1081 Aの規格参照)、エアーフロー(IWTO-28、JIS L 1081 Bの規格参照)、レーザースキャン(JIS L 1081 Cの規格参照)、オプティカルアナライザ(IWTO-47、JIS L 1081 Dの規格参照)など任意の方法によって動物繊維の平均繊維径を測定することができる。動物繊維の直径は、好ましくは長径である。
【0087】
したがって一態様において、本発明は、平均繊維径が細い動物繊維の作製方法でもある。本態様において、非ヒト動物のKrtまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子の発現または機能を低下させることに加えて、非ヒト動物を飼育すること、非ヒト動物の動物繊維を刈ることなど、任意の1つまたは2つ以上のステップを含めてよい。
平均繊維径は、繊維製品の手触り、肌触り、着心地、光沢、伸縮性、保温性、速乾性などの性質の向上に寄与することが知られている。したがって、本発明によって作製された繊維製品は、手触り、肌触り、着心地、柔軟性、伸縮性、保温性、速乾性、光沢から選択される1以上の性質を向上した繊維製品を得ることが出来る。
【0088】
一態様において、本発明の方法によって作製された非ヒト動物は、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物に比べて滑らかな繊維表面を持つ。「滑らかな繊維表面」とは、具体的には、例えば、動物繊維の表面に存在するスケールのスケール厚が小さい、および/またはスケール間隔が長いことを意味する。「スケール」とは、動物繊維の表面に松笠状に配置されている鱗片状の構造であり、動物繊維の毛根側で他のスケールと重なっており、かかる重なりによって動物繊維の表面の凹凸を生んでいる。羽毛繊維では、このスケールに類似する「ノード」または「節」と呼ばれる構造を持つが、本発明の「スケール」には羽毛繊維におけるノードまたは節も包含される。
【0089】
本明細書において、スケール厚とは、あるスケールが他のスケールと重なった凸部分の厚さである。スケール厚が小さくなると、凸の厚さが減少するため、例えば、平均スケール厚が小さくなると「滑らかな表面を持つ」動物繊維が得られることが理解できる。本発明の一態様において、KrtまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子をノックアウトした非ヒト動物の動物繊維のスケール厚は、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物、特に野生型の平均スケール厚よりも有意に小さい。
【0090】
平均スケール厚は、同じ齢の非ヒト動物の同じ体表部分から採取された複数の動物繊維上の同じ位置に存在するスケールのスケール厚(例えば、非ヒト動物の同じ体表部分から採取された動物繊維の毛根部分から所定の長さ部分、または同じ方法で刈った動物繊維の根元から所定の長さ部分、に存在するスケールのスケール厚)を光学または電子顕微鏡などで観察して測定することができる。平均スケール厚の違いは、目視で評価し得るため、測定は必ずしも数値として現れなくてもよい。例えば、発明の方法によって作製された非ヒト動物の動物繊維と、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物の動物繊維との電子顕微鏡像を比較してスケールが作り出す影、スケールの輪郭などを指標に、平均スケール厚の減少を評価できる。「スケール厚が小さい」とは、例えば、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物の動物繊維と比較してスケールが作り出す影が薄い、スケールの輪郭が不鮮明であることを指す。平均スケール厚を数値で測定できる場合は、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物の動物繊維と比較して、例えば98%以下、96%以下、95%以下、93%以下、90%以下、85%以下、80%以下、75%以下、好ましくは70%以下、より好ましくは65%以下、さらに好ましくは30%以下、より好ましく20%以下スケール厚が小さいことを指す。
【0091】
光沢は、同じ齢の非ヒト動物および対照の同じ体表部分から採取された複数の動物繊維上の同じ位置に存在する部分(例えば、非ヒト動物の同じ体表部分から採取された動物繊維の毛根部分から所定の長さ部分、または同じ方法で刈った動物繊維の根元から所定の長さ部分)を目視で観察して評価することができる。評価は、複数人により構成される評価パネルにより行うことができる。評価パネルは、光沢の優劣に関する所定の評点に基づいて動物繊維の光沢を評価することができる。評点においては、例えば、光沢に優れたものを5点、平均的なものまたは対照と同等を3点、光沢で劣ったものを1点、最高点と平均の間を4点、平均と最低点との間を2点等とすることができる。
【0092】
本発明の一態様において、KrtまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子をノックアウトした非ヒト動物の動物繊維のスケール間隔は、対照非ヒト動物、特に野生型のスケール間隔よりも有意に長い。
【0093】
スケール間隔とは、各スケールの長径である。動物繊維の表面に存在する各スケールの長径が長くなると、所定の繊維長に存在するスケールの数が減少することになる。例えば、スケール間隔が25μmのスケールを持つ動物繊維では100μmにつき4枚のスケールが存在するのに対して、平均スケール間隔50μmのスケールでは100μmにつき2枚のスケールしか存在しないため、スケールによって生じる凹凸の頻度が減ることになる。したがって、スケール間隔、特に平均スケール間隔が長くなると「滑らかな繊維表面」がもたらされることが理解できる。
【0094】
平均スケール間隔は、同じ齢の非ヒト動物の同じ体表部分から採取された、複数の動物繊維の同じ部分のスケール間隔(例えば、非ヒト動物の同じ体表部分から採取された動物繊維の毛根部分から所定の長さ部分に存在する、または同じ方法で刈った動物繊維の根元から所定の長さ部分に存在するスケールのスケール間隔)を光学または電子顕微鏡などで観察して測定することができる。
【0095】
「スケール間隔が長い」とは、例えば、このようにして測定した平均スケール間隔が対照非ヒト動物と比較して、102%以上、105%以上、110%以上、120%以上、130%以上、140%以上、150%、160%以上、好ましくは170%以上、より好ましくは180%以上長いことを指し、例えば、105%~180%長いことを指す。
【0096】
従来から動物繊維上のスケールは、織物や編物の繊維製品のピリング(毛玉)やフェルト形成をもたらす絡み合い、縮みの原因として知られている。また、スケールは繊維製品を着た時のチクチクとした刺激の原因となるだけでなく、製品自体の光沢や柔軟性、平滑性等を損なう原因にもなっており、このような問題に対処するため酸化剤、酵素、プラズマ放電などの化学的、物理的な方法によりスケールの剥離処理をしたり、コーティング樹脂によってスケールの凹凸を被覆処理する方法が取られている。
【0097】
したがって、本発明は、一態様において、ピリングおよび/またはフェルト形成が生じにくい、柔軟性が高い、滑らさかさが強い、刺激が少ない、光沢性の強い、および、縮みのない、から選択される1以上の性質を持つ動物繊維を含む繊維製品を作製するための方法でもある。本態様は、非ヒト動物のKrtまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子の発現または機能を低下させること、非ヒト動物の動物繊維を刈り取ること、刈り取られた動物繊維から繊維製品を製造することのほか、任意の1つまたは2つ以上のステップを含めてよい。
【0098】
この態様は、好ましくはスケールを剥離処理またはスケール被覆処理するステップを含まない。一態様において、本発明の方法によって作製された非ヒト動物から得られる動物繊維製品は、ピリングおよび/またはフェルト形成が生じにくい、柔軟性、非刺激性(手触り、肌触り、着心地)、防縮などの性質の向上に寄与することが知られているため、かかる性質を向上させた繊維製品の製造用に好ましく用いることができる。特に、平均繊維径が小さくなるにつれてピリングおよび/またはフェルト形成が生じやすくなることから、平均繊維径が細いカシミヤ、モヘヤ、アンゴラ、カシゴラ、ヤク、アイベックス、グァナコ、キヴィアック、チルー、タヌキ、ラクーン、ミンク、セーブル、フォックス、ポッサム、オポッサム、ビーバー、アザラシ、ヌートリア、フェレット、ビクーニャ、カモ、ガチョウ、アヒル、ダチョウなどの動物繊維の作製において用いられることが好ましい。
【0099】
本発明の一態様では、動物繊維は、動物の原毛であり得る。原毛(特に獣毛)は、一般的に刺し毛とうぶ毛を含み得る。
【0100】
本発明の一態様では、動物繊維は、不要毛を好ましくは60重量%以下、50重量%以下、40重量%以下、30重量%以下、25重量%以下、20重量%以下、または15重量%以下の割合でしか含まない。不要毛は、例えば、獣毛(例えば、ヤギ(例えば、カシミヤ、モヘヤ、アンゴラおよびカシゴラ)の場合、刺し毛等を意味する。動物繊維は、好ましくは、アンダーコートを40重量%以上、50重量%以上、60重量%以上、70重量%以上、80重量%以上、または85重量%以上含む。不要毛は、ヤギ(例えば、カシミヤ、モヘヤ、アンゴラおよびカシゴラ)では、刺し毛である。ヤギ(例えば、カシミヤ、モヘヤ、アンゴラおよびカシゴラ)は、刺し毛の他にうぶ毛(アンダーコートまたはアンダーファーともいう)を有する。
【0101】
動物繊維は、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物の動物繊維と比較して、平均繊維径において、5%以上、6%%以上、7%以上、8%以上、9%以上、10%以上、11%以上、12%以上、13%以上、14%以上、15%以上、16%以上、17%以上、18%以上、19%以上、または20%以上細い。動物繊維は、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物の動物繊維と比較して、平均繊維径において、50%以下、40%以下、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、または10%以下細い。動物繊維は、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物の動物繊維と比較して、平均繊維径において、5~40%、5~30%、5~20%、10~20%、15~20%、5~15%、10~15%、または5~10%細い。このような繊維には、本発明の遺伝子改変動物から刈り取られた動物繊維から、そのような動物繊維を選別して得てもよいし、そのような繊維系を有する本発明の遺伝子改変動物から刈り取ることで(選別なしで、または選別を経て)得てもよい。
【0102】
上記遺伝子改変動物から得られた動物繊維は、同種同系または同種異系の対照非ヒト動物と比較して、上記遺伝子改変動物において改変されたKrt遺伝子およびKAP遺伝子によりコードされるタンパク質の産物が少ない。ある好ましい態様では、上記遺伝子改変動物から得られた動物繊維は、上記遺伝子改変動物において改変されたKrt遺伝子およびKAP遺伝子によりコードされるタンパク質を実質的に含まない。
【0103】
一態様において、本発明の方法によって作製された非ヒト動物は、対照非ヒト動物に比べて、平均繊維径が小さく、かつ滑らかな繊維表面を持つ。したがって、平均繊維径が細いにもかかわらずピリングおよび/またはフェルト形成が生じにくく長期にわたって品質が維持でき、着用可能な繊維製品を提供できる。
本発明の方法によって作製された動物は、体毛全体の平均繊維径が細いため、かかる動物から得られた動物繊維は、細い毛のみを選別する選別工程を省略して生産することができる。したがって、経済的に合理的である。
もし、作製された非ヒト動物の動物繊維の平均繊維径に個体差がある場合には、平均繊維径の小さな個体を選別してから、当該選別された個体から動物繊維を回収してもよい。これにより、平均繊維径の小さな動物繊維を主に回収することができる。
【0104】
一態様において、本発明の方法によって作製された非ヒト動物から、動物繊維の原毛を得ることができる。本発明によれば、動物繊維の原毛から製毛を得る方法が提供される。動物繊維の原毛から製毛を得る方法は、原毛を解毛すること、土砂およびふけを除去すること、得られた原毛を洗浄すること(例えば、中性洗剤による洗浄、湯洗い、および水洗いを含む)、および、原毛中に混在するうぶ毛と刺し毛を分離して、うぶ毛を取り出すこと(製毛加工)を含み得る。製毛加工の工程では、刺し毛含有率をできるだけ下げつつ、歩留まりを上げることが重要であるとされている。製毛加工は、カシミヤの加工の重要工程である。製毛は、必要に応じて染色(例えば、低温染色法による)に供することができる。未染色の製毛もしくは原毛または染色された製毛または原毛は、紡績されて紡毛糸に加工され、また、紡毛糸は合糸されて撚糸または梳毛糸に加工され得る。典型的には、紡毛糸、撚糸、または梳毛糸は梱包されて出荷される。紡毛糸、撚糸、または梳毛糸は、用途によって異なる織物に加工される。本発明では、動物繊維から得られる製毛、紡毛糸、撚糸、梳毛糸、および織物もまた、提供され得る。本発明で得られる、製毛、紡毛糸、撚糸、梳毛糸、および織物は、上記で説明した動物繊維に由来するから、上記で記載した動物繊維の平均繊維径、および/または、スケール間隔もしくはスケール厚を有する。なお、製毛工程は、一般的な毛皮(例えば、ミンクやセーブルの毛皮)の作製においては実施されないことが多いが、カシミヤなどの高品質な製品(特に高級品)の作製においては行われ得る。
【0105】
一態様において、製毛加工後の動物繊維(例えば、「トップス」または“tops”)は、不要毛(例えば、刺し毛)の含有率において原毛よりも低い。製毛加工後の動物繊維は、不要毛を60重量%以下、50重量%以下、40重量%以下、30重量%以下、20重量%以下、15重量%以下、10重量%以下、または5重量%以下しか含まない。原毛における不要毛の含有率をAとすると、製毛加工後の動物繊維における不要毛の含有率(B)は、Aの95重量%以下、90重量%以下、80重量%以下、70重量%以下、60重量%以下、50重量%以下、40重量%以下、30重量%以下、20重量%以下、15重量%以下、10重量%以下、または5重量%以下であり得る。原毛における不要毛の含有率をAとすると、製毛における不要毛の含有率(B)は、例えば、5重量%~90重量%、5重量%~60重量%、5重量%~30重量%、または5重量%~20重量%であり得る。したがって、紡毛糸、撚糸、および梳毛糸における不要毛(例えば、刺し毛)の含有率も60重量%以下、50重量%以下、40重量%以下、30重量%以下、20重量%以下、15重量%以下、10重量%以下、または5重量%以下しか含まない。また、原毛における不要毛の含有率をAとすると、紡毛糸、撚糸、および梳毛糸における不要毛の含有率(C)は、Aの95重量%以下、90重量%以下、80重量%以下、70重量%以下、60重量%以下、50重量%以下、40重量%以下、30重量%以下、20重量%以下、15重量%以下、10重量%以下、または5重量%以下であり得る。当然にこのようにして得られる動物繊維、紡毛糸、撚糸、および梳毛糸は、上記遺伝子変異に基づく成分を含むものである。すなわち、このようにして得られる動物繊維、紡毛糸、撚糸、および梳毛糸は、改変した遺伝子産物を野生型よりも少なくしか含まないか(例えば、50重量%以下、40重量%以下、30重量%以下、25重量%以下、20重量%以下、15重量%以下、10重量%以下、5重量%以下、3重量%以下、2重量%以下、または1重量%以下しか含まないか)、上記で破壊した遺伝子の産物(例えば、タンパク質)を含まないか、破壊された遺伝子がコードするペプチド分子(その機能が低下または喪失したペプチド分子)を含む。したがって、得られる動物繊維、紡毛糸、撚糸、および梳毛糸は、同種同系または同種異系の非ヒト対照動物のそれとは、異なる成分含量(特に、含有タンパク質比率)を有する。また、このようにして得られる動物繊維、紡毛糸、撚糸、および梳毛糸は、上記遺伝子破壊を有しない同種同系または同種異系の非ヒト対照動物と比較して、上記で規定する細い直径(長径)を有し得る。これらの特性は、少なくとも獣毛および獣毛に由来する上記糸に共通する特性であり得る。
【0106】
本明細書における「繊維製品」とは、本発明の方法によって作製された動物から得られた動物繊維を含んでいれば限定されず、スライバー、糸(紡毛糸及び梳毛糸を含む)、繊維シート、織物、編物、生地、布地、不織布、多軸繊維シート、毛皮などいかなる形態のもの、およびこれらから得られたコート、セーター、ストール、ショール、マフラー、シャツ、ズボン、スーツ、ブレザー、スカート、毛布、ひざ掛け、肌着、靴下、手袋などの被服(最終製品)を含む。繊維製品も、上記製毛加工後の動物繊維、紡毛糸、撚糸、または梳毛糸の特徴(例えば、太さ、スケール間隔、スケール厚、不要毛含有率、成分含有量)を有する。
【0107】
繊維製品には、上記動物繊維以外の繊維は含まれていなくてもよいし、上記動物繊維以外の繊維を含んでいてもよい。例えば、繊維製品には、異種動物の繊維、植物由来の繊維、または合成繊維を混合してもよく、異種動物の繊維、植物由来の繊維、または合成繊維が含まれていてもよい。繊維製品に含まれる上記動物繊維以外の繊維としては、繭繊維、クモ繊維、絹、綿、麻、亜麻等の天然繊維、ポリエステル、ポリアミド、アクリル、ポリエチレン、ポリプロピレン等の合成繊維、ビスコース法レーヨン、銅アンモニア法レーヨン等の半合成繊維を挙げることができる。
【実施例
【0108】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明の内容がこれにより限定されるものではない。
【0109】
実施例1:マウス、カシミヤヤギ、ヒツジの動物繊維の質量分析
(1)試料の作製
野生型マウス(C57BL/6N系統;日本エスエルシー社から購入、以下同様)、カシミヤヤギ、ヒツジの動物繊維をそれぞれ8M尿素溶液へ添加し、これを超音波処理し溶解した。ここに0.26MのDTTを添加し37℃で1時間インキュベートし、試料中のタンパク質を還元した。その後、試料に0.22Mのヨードアセトアミド(IAA)を添加し、30分間、37℃でインキュベートしてタンパク質をアルキル化した。試料からタンパク質を沈殿し、精製するためにアセトン沈殿を行った。アセトン沈殿は、まず、試料量に対して10倍量のTCA/アセトン(10% TCA in Acetone)を添加し、攪拌した。試料を-20℃で一晩静置した後、15000×gで10分間、4℃で遠心分離を行った。上清を除去した後、少量の冷アセトンでペレットを洗浄し、遠心分離後に上清を除去した。アセトンを揮発させた後、0.5M尿素溶液を添加して試料を再溶解した。
【0110】
試料に0.2mg/ml Trypsin酢酸溶液を添加して37℃で一晩インキュベーションしペプチド化した。インキュベーション終了後、ギ酸(10%)を加えて反応を停止させた。ペプチド化した試料をGL-Tip(登録商標)SDBのチップ(ジーエルサイエンス株式会、Cat No.7820-11200)を使用して脱塩及び濃縮した後、ペプチド濃度を測定した(Pierce Quantitative Colorimetric AssayThermo Fisher、Cat No.233275)。
(2)質量分析およびデータ解析
このようにして得られたペプチド試料を、それぞれ、質量分析法(LC-MS/MS)を用いて分析した。LCとして超高分解能フーリエ変換型質量分析装置 (Orbitrap Fusion)(Thermo Fisher、Cat NO. IQLAAEGAAPFADBMBHQ)を測定に使用した。
【0111】
その結果、マウス、カシミヤヤギ、ヒツジの動物繊維を構成する主要タンパク質の殆どが、共通していることが分かった。動物繊維は、毛包中に存在する毛母細胞等が分化、増殖を経て角化することにより形成されるため、動物繊維の構成成分の共通性は、各動物における毛母細胞等の分化、増殖および角化プロセス、すなわち発毛メカニズムの共通性を反映している。よって、動物全体として共通の発毛メカニズム持つことが推測される。なお、動物繊維(体毛)の形成は、広く様々な動物種において共通することと考えられている。例えば、Fgf5の働きは、イヌ、ネコ、マウス、およびヒトを含む様々な種において共通しており、カシミヤヤギにおいても共通している(X. Wang et al., Plos One, 11(10): e0164640, 2016)。Fgf5は、毛の伸長に対する阻害因子であり、外毛根鞘で発現し、毛成長周期におけるカタジェンの開始を制御している(J. M. Heabert et al., CELL, 78: 1017-1025, 1994)。
【0112】
実施例2:ノックアウトマウスの作製
以下では、動物種によらず、共通の発毛メカニズムに関与していると考えられる多数の遺伝子から、Krt71、Krt72、Krt73、Krt74、KAP8-1、KAP8-2、Tyr、およびFgf-5を選択し、これらの遺伝子の破壊を個別に試みた。
(1)crRNA、tracrRNCas9タンパク質の調整
マウスのKrt71、Krt72、Krt73、Krt74、KAP8-1、KAP8-2、Tyr、Fgf-5に対するcrRNA(Alt-R(商標)、CRISPR-Cas9 crRNA)、tracrRNA(Alt-R(商標)CRISPR-Cas9 tracrRNA, 5 nmol、Cat# 1072532)およびCas9タンパク質(Alt R(商標)S.p. Cas9 Nuclease V3, 100 μg Cat# 1081058)はIntegrated DNA Technologies, Inc((以下、IDTと称する)、米国)より購入した。それぞれの標的遺伝子に対して3種類のcrRNA配列を設計し、得られたcrRNAそれぞれを1μg/μlとなるように、Opti-MEMI( Thermo Fisher Scientific、Cat#31985062)に添加して溶解した。crRNAの配列中のDNA標的化部位の核酸配列は以下の通りである。3種類のcrRNA配列が異なる3箇所を標的化することができ、各遺伝子について最大で3箇所の変異を導入することができると期待される。
【0113】
Krt71 KO用crRNAの標的部位の配列(RNA上ではTはUに変わる)
Krt71 crRNA1; CCTACCGGGCAGGAGGCAAA(配列番号1)
Krt71 crRNA2; AGCGGGAAGAACGGAGGTTT(配列番号2)
Krt71 crRNA3; ACCTGATGGATACCGCCAGG(配列番号3)
Krt72 KO用crRNAの標的部位の配列(RNA上ではTはUに変わる)
Krt72 crRNA2; GTCATCTCAGGCAGGCTCAG(配列番号4)
Krt72 crRNA3; AGAAGCCTGTTCTGTGTGGG(配列番号5)
Krt72 crRNA4; CGGGATAGAGGGTCAACTGG(配列番号6)
Krt73 KO用crRNAの標的部位の配列(RNA上ではTはUに変わる)
Krt73 crRNA1; TCTTACCGGGCAGCCGGCAA(配列番号7)
Krt73 crRNA2; AGCGGGCGCACAGGGGGATA(配列番号8)
Krt73 crRNA3; AATCCATCCTTGTGCCTGCC(配列番号9)
Krt74 KO用crRNAの標的部位の配列(RNA上ではTはUに変わる)
Krt74 crRNA1; GATTCCCTCCAAGACTGTAG(配列番号10)
Krt74 crRNA2; AGCTTTGGATATGGGTATGG(配列番号11)
Krt74 crRNA3; TCTGTCTGGGGGCATCTACC(配列番号12)
KAP8-1 KO用crRNAの標的部位の配列(RNA上ではTはUに変わる)
KAP8-1 cRNA1; GTCTTCCCAGGATGCTACTG(配列番号13)
KAP8-1 cRNA2; CAGCCAACACTGTACCCCAG(配列番号14)
KAP8-1 cRNA3; GGTAGCACCTACTCTCCAGT(配列番号15)
KAP8-2 KO用crRNAの標的部位の配列(RNA上ではTはUに変わる)
KAP8-2 cRNA1; GTAGCTGCCGTAGTAGCTCA(配列番号16)
KAP8-2 cRNA2; GGCTCTGGCATCCGAGGCTT(配列番号17)
KAP8-2 cRNA3; GGAGGTTACGGATATGGATC(配列番号18)
Tyr KO用crRNAの標的部位の配列(RNA上ではTはUに変わる)
Tyr crRNA1; TGCCAACAAGTTCTTAGAGG(配列番号19)
Tyr crRNA2; GGTCATCCACCCCTTTGAAG(配列番号20)
Tyr crRNA3; CAGTGCTCAGGCAACTTCAT(配列番号21)
Fgf5 KO用crRNAの標的部位の配列(RNA上ではTはUに変わる)
Fgf5 crRNA1; CCCAAGCGCTGTGGATCAGG(配列番号22)
Fgf5 crRNA2; ACGTCGCGCTACTTCTGCCC(配列番号23)
Fgf5 crRNA3; GTTTCCAGTGGAGCCCTTCG(配列番号24)
【0114】
(2)エレクトロポレーション
C57BL/6Nは、日本エスエルシーから購入した。C57BL/6Nのオスの精巣上体より精子塊を回収した。FERTIUP(商標)-精子前培養培地(九動株式会社(以下、九動と称する)、日本)でインキュベートした。CARD HyperOva(商標)(九動)により超過剰排卵誘発を行ったC57BL/6Nのメスより卵子塊をCARD mHTF培地(九動)に回収した。精子懸濁液を卵子含む培地に添加することにより体外受精を行った。3時間の媒精後、卵子をCARD KSOM培地(九動)に3回移すことにより、卵子の洗浄を行った。
【0115】
GenomeEditor(株式会社ベックス(以下、BEXと称する)、日本、Cat# GEB15)に接続した電極(BEX、Cat# LF501PT1-10)を実体顕微鏡上にセットした。CARD KSOM培地中で培養されている受精卵をOpti-MEMIで2回洗浄し、血清有培地含を除去した。次いで、上記遺伝子のそれぞれを標的とする3種類のcrRNA(66ng/μl)、tracrRNA(100ng/μl)およびCas9タンパク質(100ng/μl)を含有するDuplex Buffer(IDT)溶液(5μl)で満たした電極のギャップに受精卵を並べ、エレクトロポレーションを行った。電気的条件は、25V(3msecのパルス+97msecの間隔)で一方の極性および逆の極性の両方を各3回であった。
【0116】
エレクトロポレーションの後、すぐに受精卵を電極から回収し、M2培地で1回、CARD KSOM培地で2回洗浄した。次いで、受精卵を、CARD KSOM培地中、37℃で、5%CO2インキュベーター内で、2細胞期まで培養した。
【0117】
実施例3:ノックアウトマウスの遺伝子変異の確認
2細胞期の胚を、交配後0.5日の偽妊娠マウスの卵管に移植した。出産から3週後に耳の一部を採取し50mMNaOH90μl中で98℃、10分間処理した後1MTrisHCl(pH8.0)10μlで中和しゲノムDNA溶液を採取した。CRISPR/Cas9による各遺伝子の変異を調べるために、各標的配列に隣接するゲノム領域を、以下の特異的プライマーを使用するPCRにより増幅させた。
【0118】
Krt71のKO確認用プライマーセット
mKrt71_Miseq_Fw;
TCGTCGGCAGCGTCAGATGTGTATAAGAGACAGATCTACCTTCCTCCTGCACCT(配列番号25)
mKrt71_Miseq_Rv;
GTCTCGTGGGCTCGGAGATGTGTATAAGAGACATTGTTCAGAGCCTTGATCTGCT(配列番号26)
Krt72のKO確認用プライマーセット
Krt72 N-Fw; AATTAGCTGACTCCATCCTGCC(配列番号27)
Krt72 N-Rv; CCTTGATCTGCTCCCTCTCTTG(配列番号28)
Krt72-Miseq_Fw;
TCGTCGGCAGCGTCAGATGTGTATAAGAGACAGCCAGGAGTGCAGCTGTATCC(配列番号107)
Krt72-Miseq_Rv;
GTCTCGTGGGCTCGGAGATGTGTATAAGAGACAGACATTGAGTGGGGCCAGAAG(配列番号108)
Krt73のKO確認用プライマーセット
mKrt73_Miseq_Fw;
TCGTCGGCAGCGTCAGATGTGTATAAGAGACAGCTGTCTGTGGCTTCTTCAGGAT(配列番号20)
mKrt73_Miseq_Rv;
GTCTCGTGGGCTCGGAGATGTGTATAAGAGACAGCGAATTTGTTGTTCAGAGCCT(配列番号30)
Krt74のKO確認用プライマーセット
mKrt74_Miseq_Fw;
TCGTCGGCAGCGTCAGATGTGTATAAGAGACAGGTTGGCAACTGAACTTCAGGTC(配列番号31)
mKrt74_Miseq_Rv;
GTCTCGTGGGCTCGGAGATGTGTATAAGAGACAACTTGTCGTTCAGAGCCTTGAT(配列番号32)
KAP8-1のKO確認用プライマーセット
Krtap8-1 Fw; AAGACCAAGCGCTTTTGAAGTC(配列番号33)
Krtap8-1 Rv; AGGTGTCACAAAGCCTTCATGA(配列番号34)
KAP8-1-Miseq_Fw;
TCGTCGGCAGCGTCAGATGTGTATAAGAGACAGAAGAATGAAAATGAGGGCCTTGTG(配列番号35)
KAP8-1-Miseq_Rv;
GTCTCGTGGGCTCGGAGATGTGTATAAGAGACAGAGGTGTCACAAAGCCTTCATGA(配列番号36)
KAP8-2のKO確認用プライマーセット
KAP8-2_Miseq_Fw;
TCGTCGGCAGCGTCAGATGTGTATAAGAGACAGACAACGGAAGGGTATGTTCATGA(配列番号37)
KAP8-2_Miseq_Rv;
GTCTCGTGGGCTCGGAGATGTGTATAAGAGACATTTCTTCTTGACTTGATTCACAGTCAG(配列番号38)
TyrのKO確認用プライマーセット
Tyr Fw; CCAGGGGTTGCTGGAAAAGA(配列番号39)
Tyr Rv; TCTTTTCGGAGACACTCAAATCA(配列番号40)
Fgf5のKO確認用プライマーセット
Fgf5 Fw; GAGGCTATGTCCACCCTGTG(配列番号41)
Fgf5 Rv; GTCCCTCCCAGAACAGGTTT(配列番号42)
【0119】
各遺伝子のPCR増幅産物を精製し、次世代シーケンサーMiseq(イルミナ)、および、ユーロフィンジェネティクス株式会社(日本)により提供される受託シークエンスサービスを利用して標的部位のDNA配列を解析した。
【0120】
その結果、図1-1~図8の変異配列を持つノックアウトマウスが各遺伝子について1~3匹ずつ得られた。図1-1~図8は、野生型の配列(第1エクソン)と、ノックアウトマウスの変異が生じた配列(第1エクソン)を比較したものであり、ノックアウトマウスで欠失した配列をハイライトで、挿入を下線で、置換を太字でそれぞれ示す。
【0121】
得られた変異はいずれも、各遺伝子のフレームシフトによる遺伝子破壊であることが確認された。
【0122】
実施例5:走査型電子顕微鏡によるノックアウト動物繊維の繊度確認
3週齢の野生型およびKrt71、Krt72、Krt73、もしくはKrt74、またはKAP8-1もしくはKAP8-2ノックアウトマウスのAwl毛を観察した。マウスのAw1毛の先端から2mmの断面を走査型電子顕微鏡3000倍で観察し、長径を測定した。具体的には、以下の手順で包埋、切断および固定し、走査型電子顕微鏡で観察した。
[撮影条件]
加速電圧:5kV(高倍率観察モード)WD:20mm
観察角度:0°(毛と平行)観察倍率:3000倍
【0123】
[固定条件]
各Awl毛(以下、試料ともいう)を1mm溝のシリコンモールドに入れ、紫外線硬化樹脂を滴下し、モールドに流し込んだ。モールドの壁面に接触しないように試料の位置を調節した後、10Wブラックライト下で3時間以上照射する。硬化を確認後、余分な樹脂を削り取った。
[断面の作製]
樹脂に包埋した試料を実態顕微鏡で観察しながら、毛先2mmの箇所を片刃カミソリで切断した。毛先から2mmの位置はJIS規格1級の金属直尺を用いて測定・決定した。切断に使用したカミソリは×印を入れ、以後の断面作製には使用を禁止した。
【0124】
観察試料は、毛根側とし、毛先側は予備観察試料として別に保管する。本試料・予備試料ともに番号を付け、必要時以外は密閉されたプラスチックケースに入れて保管した。
[スパッタリング手順]
電子顕微鏡にて直角に観察できる試料台に観察試料を固定した。Auスパッタリング装置(JFC-1200FINE COATER(日本電子(株)製))にてAu微粒子を120秒間塗布した(Au膜厚の理論値は約20nm)。
[電子顕微鏡観察手順]
電子顕微鏡(VHX-D510((株)キーエンス製)にて試料を観察した。観察方向は包埋した樹脂と平行になる位置で固定し、撮影後は試料の長径を測定した。撮影条件は下記とした。
[撮影条件]
加速電圧:5kV(高倍率観察モード)WD:8mm
観察角度:0°(包埋樹脂と平行)観察倍率:3000倍
【0125】
結果を図10に示す。なお、毛は野生型およびそれぞれのノックアウト(KO)マウスの1個体から少なくとも10本を採取して観察に供した。毛の繊維径(長径)は、同時期に取得された同週齢の野生型の毛の平均繊維径で標準化した。
【0126】
上記図10に示されるように、Krt71、Krt72、Krt74、およびKAP8-1のノックアウトマウスそれぞれの毛の繊維径の減少が再現性をもって確認された。特に、破壊の具体的様式の異なる複数の変異体において繊維径の減少が認められたことから、これらの遺伝子の破壊は、繊維径の減少に寄与することが示唆された。なおこの繊維径減少の傾向は、光学顕微鏡による観察、電子顕微鏡における固定の有無によっては変わらなかった。また、Krt72およびKAP8-1がいずれのノックアウトのなかで繊維径をもっとも強く減少させることが明らかとなった。特にKrt72 KOでは、10%を超える繊維径の減少が観察され、KAP8-1 KOでは、約20%の繊維径の減少が観察された。
【0127】
実施例6:走査型電子顕微鏡によるノックアウト動物繊維のスケール構造観察
作製した全てのノックアウトマウス(3週齢)のAwl毛の先端から2mm部分の側面を走査型電子顕微鏡で1200倍で撮影した。Auスパッタリング装置(DII-29010SCTR Smart Coater、日本電子株式会社製)にてAu微粒子を60秒間塗布した(Au膜厚の理論値は約5nm)。固定は特に行わなかった。
[撮影条件]
加速電圧:10kV WD:20mm
観察倍率:1200倍
毛のスケール間隔を測定するために撮影した毛の像を基に、スケールの幅を各ノックアウトマウスで測定した。
【0128】
その結果は図11に示される通りであった。図11のとおり、野生型と比較してKrt72のノックアウトマウスの毛およびKAP8-1ノックアウトマウスの毛ではスケール間隔が増加し、一定の長さの毛に含まれるスケール枚数が減少した。また、これらのノックアウトの毛では、スケール厚が減少し、スケールの輪郭が不明確であり毛全体が滑らかになっていることが分かる。またKrt72のノックアウトマウスの毛では野生型と比較して束にした際の手触りが大幅に滑らかになることが確認された。これは繊維径の減少のほか、スケール間隔の増加およびスケール厚の減少に起因するものと考えられる。
【0129】
実施例7:Fgf-5ノックアウト動物繊維の観察
3週齢の野生型マウスおよびFgf-5ノックアウトマウスのAwl毛をそれぞれ採取し、長さを測定した。結果を表10に示す。マウスは各1頭であり、nは計測した毛の本数であり、毛の長さmmはそれらの平均の長さを示す。「WT」は野生型を示す。
【0130】
【表2】
【0131】
Fgf-5ノックアウトマウスでは毛の長さが野生型と比較して55%増加した。
【0132】
Fgf-5と上記KrpファミリーまたはKAPファミリーからなる群から選択される1以上の遺伝子破壊を組み合わせる。これにより、細い繊維径を有し、長い動物繊維を産生する動物が得られる。
【0133】
実施例8: Tyrノックアウト動物繊維の観察
3週齢の野生型マウス(C57BL/6N系統;黒色)およびそのTyrノックアウトマウスの写真を図12に示す。野生型では体毛は黒色を呈するのに対して、Tyrノックアウトマウスでは毛が白色になることが確認できた(図12参照)。
【0134】
Tyrと上記KrpファミリーまたはKAPファミリーからなる群から選択される1以上の遺伝子破壊を組み合わせる。これにより、細い繊維径を有し、白い動物繊維を産生する動物が得られる。
【0135】
Fgf-5とTyrと上記KrpファミリーまたはKAPファミリーからなる群から選択される1以上の遺伝子破壊を組み合わせる。これにより、細い繊維径を有し、長く、白い動物繊維を産生する動物が得られる。
【0136】
実施例9: Krtファミリー遺伝子破壊を有するヤギの動物繊維の分析
本実施例では、Krt72の遺伝子破壊を有するヤギを作製し、その動物繊維の径を分析した。動物繊維としてはアンダーコートを用いた。
【0137】
(1)crRNA、tracrRNCas9タンパク質の調整
ヤギのKAP8-1に対するcrRNA(Alt-R(商標)、CRISPR-Cas9 crRNA)、tracrRNA(Alt-R(商標) CRISPR-Cas9 tracrRNA, 5 nmol、Cat# 1072532)、Cas9 エレクトロポレーション エンハンサーおよびCas9タンパク質(Alt R(商標) S.p. Cas9 Nuclease V3, 100 μg Cat# 1081058)はIntegrated DNA Technologies, Inc((以下、IDTと称する)、米国)より購入した。3種類のcrRNAそれぞれを1μg/μlとなるように、Opti-MEMI(Thermo Fisher Scientific、Cat#31985062)に添加し、溶解した。crRNA、エレポエンハンサーの配列は以下の通りである。
【0138】
【表3】
【0139】
(2)エレクトロポレーション
雌雄ヤギは井上商店から購入した。PG(動物用プロナルゴンF注射薬(商標) Zoetis)投与により同期化を開始し、P4(ルティナス膣錠100mg(商標)フェリング・ファーマ)同期化実施し、E2(動物用オバホルモン注(商標)あすかアニマルヘルス)により卵胞誘起開始。FSH(アントリンR10 (商標)共立製薬)漸減法により過剰排卵誘発を行った雌ヤギにPGとhCG(ゲストロン1500(商標)共立製薬)を投与後、雄ヤギと交配させた。排卵後、吸入麻酔にて開腹手術を実施し、子宮角・卵巣を切除回収した。子宮角側より留置針(サーフロー(商標)テルモ)を留置し、PBS(エンブリオテック(商標)日本全薬工業株式会社)にて卵管内還流し、体内受精卵を回収した。培養液(BO-HEPES-IVM(商標)ivf Bioscience)受精卵を回収し、さらに培養液(BO-IVC(商標)ivf Bioscience)にて3回移すことにより受精卵の洗浄を行った。
【0140】
GenomeEditor(株式会社ベックス(以下、BEXと称する)、日本、Cat# GEB15)に接続した電極(BEX、Cat# LF501PT1-10)を実体顕微鏡上にセットした。BO-IVC培地中で培養されている受精卵をOpti-MEMIで2回洗浄し、血清有培地含を除去した。次いで、KAP8-1を標的とする3種類のcrRNA(120ng/μl)、tracrRNA(120ng/μl)およびCas9タンパク質(100ng/μl)、エレクトロポレーション エンハンサー(150ng/μl)を含有するOpti-mem溶液(5μl)で満たした電極のギャップに受精卵を並べ、エレクトロポレーションを行った。電気的条件は、20V(3msecのパルス+97msecの間隔)で一方の極性および逆の極性の両方を各3回であった。
【0141】
エレクトロポレーションの後、すぐに受精卵を電極から回収し、M2培地で1回、BO-IVC培地で2回洗浄した。次いで、受精卵を、BO-IVC培地中、39℃で、5%CO2、5%O2インキュベーター内で、7日間、胚盤胞まで培養した。
【0142】
(3)ノックアウトヤギの変異確認
培養7日目の胚盤胞の胚を、同期化を行い培養7日目同日の移植用ヤギの子宮角に、吸入麻酔下の開腹手術にて移植した。出産から1週間以内に耳の一部を採取し50mM NaOH 90μl中で98℃、10分間処理した後1M Tris HCl(pH8.0)10μlで中和しゲノムDNA溶液を採取した。CRISPR/Cas9による各遺伝子の変異を調べるために、各標的配列に隣接するゲノム領域を、以下の特異的プライマーを使用するPCRにより増幅させた。
【0143】
【表4】
【0144】
各遺伝子のPCR増幅産物を精製し、ユーロフィンジェネティクス株式会社(日本)により提供される受託シークエンスサービスを利用して標的部位のDNA配列を解析した。
【0145】
その結果、図9の変異配列を持つノックアウトヤギが得られた。図9は、野生型の配列と、ノックアウヤギの変異が生じた配列を比較したものであり、ノックアウトヤギで欠失した配列をハイライトで、また、コード領域の配列を大文字で示す。
【0146】
KAP8-1 (ヘテロ)は、種を超えて高く保存された重要な領域の2アミノ酸(Y30およびG31)の欠損を惹き起こす変異配列を有し、これによりKAP8-1遺伝子が破壊されていた。
【0147】
上記実施例にしたがって、生後5ヶ月のヤギの綿毛(アンダーコート)を採取し、得られた綿毛の中心部10mmの領域をレジン包埋し、その領域内の3カ所にて毛の長径を測定した。その結果、図13に示されるように、遺伝子改変前の同種ヤギの毛の平均長径は14.55μmであったのに対して、KAP8-1破壊ヤギの毛の平均長径は11.46μmであり、20%を超える長径の減少を認めた。また、上記平均長径の差は、統計学的に有意であった(p<0.01)。また、野生型ヤギおよびKAP8-1破壊ヤギの綿毛の表面を電子顕微鏡により観察し、スケールの幅および枚数を計測した。スケールの幅については、綿毛の表面の電子顕微鏡像における毛の上辺と下辺上でのスケールの幅をそれぞれ計測し、平均値を算出して、スケール幅とした。スケール枚数は、電子顕微鏡における一定の長さの綿毛に含まれるスケール枚数とした。その結果、野生型ヤギの綿毛は、スケール幅が13.2μmであったのに対して、KAP8-1破壊ヤギでは、スケール幅は14.0μmであり、スケール幅が大きかった。また、スケール枚数は、野生ヤギの綿毛において平均で13.2枚含まれる長さに、KAP8-1破壊ヤギの綿毛では平均10.2枚のスケールが含まれるに過ぎなかった。このことから、KAP8-1破壊により、ヤギにおいても、一定の長さの綿毛に含まれるスケールが少なくなること、すなわち、滑らかな手触りを示し、高い光沢を有する毛が得られることが示唆された。
【0148】
実施例10:各動物種由来の動物繊維のウェスタンブロッティング
各種動物毛からタンパク質試料を調製し、ウェスタンブロット法を用いてKrt72もしくはKAP8-1タンパク質を検出した。具体的には以下のようにして行った。
(1)タンパク試料の調整
各種動物毛を2~3mm長に切断し、エタノールで洗浄後、8M 尿素、0.1M Tris-HCl pH8.0、2% SDS、100mM DTT中で37℃で1日間インキュベートさせた。さらに60℃で30分間インキュベートし、10,00rpmで5分間遠心した。上清を回収し、4×SDS Sample buffer (wako)を等量添加した。
(2)ウェスタンブロット法
個々のタンパク質試料(100μg)をSDSゲル上で分離し、PVDF膜(Millopore)に電気泳動的に転写した。転写したPVDF膜をBlocking One (Nacalai tesque)に浸漬し、室温で1時間振盪、ブロッキング処理を行った。一次抗体は以下の表に示したものを使用し、PBSTで20倍希釈したBlocking Oneを用いて希釈し、4℃で1日間振盪させた。二次抗体はPeroxidase AffiniPure Donkey Anti-Rabbit IgG(Jackson immune Research)を使用し、1:10000になるように希釈し、室温で1時間振盪した。Western ECLブロッティング基質(Bio-Rad)を用いて検出した。
【0149】
【表5】
【0150】
結果は、図14に示される通りであった。いずれの動物種から得られた動物繊維は、Krt72およびKAP8-1を含有した。このようにこれら毛髪の構成成分は、種を超えて共通していることが示唆された。
【0151】
実施例11:各構成成分のアミノ酸配列の同一性
データベースから様々な生物種のKAP8-1(図15)、Krt71(図16)、Krt72(図17)、Krt74(図18)を取得し、アミノ酸配列の同一性を求めた。欠くタンパク質について動物種間で保存されている領域をMotif Searchにより特定し、当該領域が機能ドメインであることをNCBIデータベースに基づいて確認した上で、当該ドメインについてのアミノ酸配列の同一性を算出した。その結果、いずれの動物種も高い配列同一性を示した。このように、破壊した遺伝子は、種を超えて高い配列同一性を有していたことから、これらのタンパク質機能も種を超えて保存されていると考えられる。
【要約】      (修正有)
【課題】本発明は、新規繊維を有する非ヒト動物および当該非ヒト動物を作製する方法を提供する。
【解決手段】KrtまたはKAPファミリーを構成する1つ以上の遺伝子の発現または機能を低下させた非ヒト動物および当該非ヒト動物を作製する方法を提供する。
【選択図】なし
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図1-4】
図2-1】
図2-2】
図2-3】
図3-1】
図3-2】
図4-1】
図4-2】
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
【配列表】
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