(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-26
(45)【発行日】2023-01-10
(54)【発明の名称】アンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置及び方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/50 20060101AFI20221227BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20221227BHJP
【FI】
C23C14/50 K
C23C14/06 F
(21)【出願番号】P 2019040362
(22)【出願日】2019-03-06
【審査請求日】2021-09-13
(73)【特許権者】
【識別番号】504237175
【氏名又は名称】SEAVAC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090158
【氏名又は名称】藤巻 正憲
(72)【発明者】
【氏名】矢野 嘉伸
(72)【発明者】
【氏名】天野 友子
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕介
【審査官】山本 一郎
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/50
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チャンバと、
このチャンバ内に配置され、固定板とその上方に前記固定板に平行に配置された回転板とを有する基板を支持する基板支持部と、
前記回転板を回転駆動する駆動部と、
成膜用原料が設置される1対のカソードと、
前記基板支持部と前記チャンバとの間にバイアス電圧を印加する電源と、
前記カソード間を結ぶ磁束と共に前記カソードから前記基板に至る磁束を含むアンバランス型磁場を形成する磁場形成手段と、
を有し、
前記基板の前記回転板は、被成膜体を嵌め込む複数個の孔を有し、
前記固定板は、前記回転板に対面する面に形成された炭素膜又は前記回転板に対面する面を含む部分に設けられた炭素部を有し、
前記孔内の被成膜体は前記孔内で拘束された状態で、前記炭素膜又は炭素部上を転動することを特徴とするアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置。
【請求項2】
前記回転体は、炭素部により形成されていることを特徴とする請求項1に記載のアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置。
【請求項3】
前記チャンバの入口側に設けられた第1ロードロックと、
前記チャンバの出口側に設けられた第2ロードロックと、
前記第1ロードロックを介して前記チャンバに連結された第1予備排気室と、
前記第2ロードロックを介して前記チャンバに連結された第2予備排気室と、
前記チャンバ、前記第1予備排気室及び前記第2予備排気室を個別に真空排気する排気装置と、
を有し、
前記被成膜体は前記第1予備排気室内で真空排気された後、前記第1ロードロックを開にして前記チャンバ内に装入され、成膜後の成膜体は、前記第2ロードロックを開にして前記第2予備排気室に移送された後、前記第2ロードロックを閉にして前記予備排気室内で常圧にされることを特徴とする請求項1又は2に記載のアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置。
【請求項4】
チャンバ内に基板と1対のカソードを配置し、前記チャンバと前記基板との間にバイアス電圧を印加すると共に、前記カソード間を結ぶ磁束と共に前記カソードから前記基板に至る磁束を含むアンバランス型磁場を形成し、
前記基板の回転板に設けた孔内に被成膜体を嵌め込み、前記基板の固定板上で前記回転板を回転駆動して、前記被成膜体を前記孔により拘束しつつ前記固定板上で転動させた状態で、前記被成膜体に前記カソードから蒸発した原料を成膜させるアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜方法であって、
前記固定板の前記被成膜体が転動する面には、炭素膜又は炭素部が形成されていることを特徴とするアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜方法。
【請求項5】
前記被成膜体は、予め第1予備室内で真空排気された後、前記チャンバ内に移送され、成膜後の成膜体は、第2予備室内で常圧に戻された後、外部に移送されることを特徴とする請求項4に記載のアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜方法。
【請求項6】
前記基板に印加される磁場の強さは、0.5mT以上であることを特徴とする請求項4又は5に記載のアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金型の位置決めピン等の金型用部品素材、時計のリューズ等の装飾用部品素材、丸駒インサート等の切削工具素材、並びにベアリングボール及びローラ等の転動体の素材の表面に均一に成膜するアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置及び方法に関し、特に、磁性素材の表面にダイヤモンドカーボン(以下、DLC)等の高耐久性又は高潤滑性等の膜を形成するのに好適のアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
上述の金型用部品素材、装飾用部品素材、切削工具素材及び転道体素材等を製造する方法として、転動体の素材の表面に、アーク式イオンプレーティング法又はスパッタリングイオンプレーティング法等の乾式メッキ法により素材の表面にメッキ被膜を形成する際に、前記素材は、傾斜した回転軸を有する皿の中に入れられて、前記素材を回転させつつ被膜形成処理を行うものがある(特許文献1)。このように、被膜形成時に、皿を傾斜した回転軸の周りに回転させつつその上で素材を転動させるのは、被膜を均一に形成するためである。
【0003】
また、垂直軸の周りに回転する第1プレートと、この第1プレートの下方に若干間隔を置いて配置され固定された第2プレートと、を有し、前記第1プレートに転がり軸受けのローラを収納できる多数の孔を設け、この孔内に前記ローラを収納した状態で、前記第1プレートを回転させることにより、ロータは固定された第2プレート上で第1プレートの回転により孔内で転動しつつ回転移動するようにした転がり軸受けのローラへの固体潤滑膜形成装置がある(特許文献2)。この従来技術においては、真空中で、二硫化モリブデンからなるターゲットをスパッタリングすることにより、孔内で転がっているロータの表面に固体潤滑剤を成膜する。
【0004】
一方、ガラスコーティングの技術分野において、アンバランスドマグネトロンスパッタリング技術が使用されている(特許文献3の請求項2)。このアンバランスドマグネトロンスパッタリング装置においては、2台のマグネトロンを、その上方に水平に配置された基板の中央に向けて原料蒸気の主たる流れが形成されるように、上方に向けて傾斜して配置し、これらのマグネトロン上に設置した原料ターゲットの近傍にアンバランス型磁束線を形成すると共に、ターゲットの蒸気が基板に向かって進行して基板上に成膜されるようにしたものである。このデュアルマグネトロンスパッタリング装置においては、基板温度が低くても足りる低温成膜と高速成膜を両立させることができるという利点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2001-336533号公報
【文献】特開2003-269462号公報
【文献】特開2006-52419号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、金型の位置決めピン等の金型用部品素材、時計のリューズ等の装飾用部品素材、丸駒インサート等の切削工具素材、並びにベアリングボール及びローラ等の転動体の素材のように小さな被成膜素材に対し、マグネトロンスパッタリング成膜方法により、例えば、DLCを成膜しようとすると、特許文献1の成膜装置では、磁気により被成膜素材同士が引き合い、皿の回転時にボールが自由な方向に回転せず、ロールの表面に均一に成膜することが困難である。また、この磁気の影響を低減するために、被成膜素材とターゲットとの間に磁気の影響が少なくなるような距離を保持しようとすると、成膜速度が低下してしまう。
【0007】
また、特許文献2の装置において、特許文献3のマグネトロンスパッタリング方法によりボールの表面にDLCを成膜しようとすると、回転する第1プレートに設けられた孔内で、ボール又はローラがランダムな方向に回転することが必要であるが、
図7に示すように、マグネトロンの磁場が作用してボール又はローラが一定の方向に向いてしまうという問題点がある。このように、被成膜体であるボール又はローラが自由かつランダムな方向に回転せず、一定の方向を向いてしまう。この一定の方向を向いたボール又はローラが第1プレートの回転により強制的に孔の移動と共に回転移動すると、このボール又はローラが固定された第2プレートと擦れてしまい、被膜の品質が低下するという問題点がある。このとき、第1プレートに過負荷加重が印加され、停止してしまうという問題点もある。更に、第1プレートの上面がプラズマにさらされて歪み、第1プレートが第2プレート側に湾曲してしまう。被膜対象のボール又はローラが小さくて、第1プレートと第1プレートとの間の間隔が小さいと、第1プレートの歪みにより、第1プレートと第2プレートとが接触して摺察してしまうという問題点がある。
【0008】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、アンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜技術の低温及び高速成膜という利点を生かして軸受け用ボール又はローラのような多数の小さな被成膜体の表面に均一に且つ疵の発生を防止して成膜することができるアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置は、
チャンバと、
このチャンバ内に配置され、固定板とその上方に前記固定板に平行に配置された回転板とを有する基板を支持する基板支持部と、
前記回転板を回転駆動する駆動部と、
成膜用原料が設置される1対のカソードと、
前記基板支持部と前記チャンバとの間にバイアス電圧を印加する電源と、
前記カソード間を結ぶ磁束と共に前記カソードから前記基板に至る磁束を含むアンバランス型磁場を形成する磁場形成手段と、
を有し、
前記基板の前記回転板は、被成膜体を嵌め込む複数個の孔を有し、
前記固定板は、前記回転板に対面する面に形成された炭素膜又は前記回転板に対面する面を含む部分に設けられた炭素部を有し、
前記孔内の被成膜体は前記孔内で拘束された状態で、前記グラファイト膜又は前記グラファイト部上を転動することを特徴とする。
【0010】
なお、前記炭素膜又は前記炭素部は、グラファイト若しくはグラッシーカーボン等の膜又は部材である。グラファイトは結晶質であり、グラッシーカーボンは非晶質である。
【0011】
また、前記回転体は、炭素部により形成することができる。
【0012】
他のアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置は、
チャンバと、
このチャンバ内に配置され、固定板とその上方に前記固定板に平行に配置された回転板とを有する基板を支持する基板支持部と、
前記回転板を回転駆動する駆動部と、
成膜用原料が設置される1対のカソードと、
前記基板支持部と前記チャンバとの間にバイアス電圧を印加する電源と、
前記カソード間を結ぶ磁束と共に前記カソードから前記基板に至る磁束を含むアンバランス型磁場を形成する磁場形成手段と、
を有し、
前記基板の前記回転板は、被成膜体を嵌め込む複数個の孔を有し、
前記固定板は、前記回転板に対面する面に形成された転動膜又は前記回転板に対面する面を含む部分に設けられた転動部を有し、
前記転動膜又は前記転動部は、電気抵抗率が25.0μΩm以下であって、摩擦係数が0.2以下の素材により形成され、
前記孔内の被成膜体は前記孔内で拘束された状態で、前記転動膜又は前記転動部上を転動することを特徴とする。
【0013】
これらのアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置において、
前記チャンバの入口側に設けられた第1ロードロックと、
前記チャンバの出口側に設けられた第2ロードロックと、
前記第1ロードロックを介して前記チャンバに連結された第1予備排気室と、
前記第2ロードロックを介して前記チャンバに連結された第2予備排気室と、
前記チャンバ、前記第1予備排気室及び前記第2予備排気室を個別に真空排気する排気装置と、
を設け、
前記被成膜体は前記第1予備排気室内で真空排気された後、前記第1ロードロックを開にして前記チャンバ内に装入され、成膜後の成膜体は、前記第2ロードロックを開にして前記第2予備排気室に移送された後、前記第2ロードロックを閉にして前記予備排気室内で常圧にされるように構成することができる。
【0014】
本発明に係るアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜方法は、
チャンバ内に基板と1対のカソードを配置し、前記チャンバと前記基板との間にバイアス電圧を印加すると共に、前記カソード間を結ぶ磁束と共に前記カソードから前記基板に至る磁束を含むアンバランス型磁場を形成し、
前記基板の回転板に設けた孔内に被成膜体を嵌め込み、前記基板の固定板上で前記回転板を回転駆動して、前記被成膜体を前記孔により拘束しつつ前記固定板上で転動させた状態で、前記被成膜体に前記カソードから蒸発した原料を成膜させるアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜方法であって、
前記固定板の前記被成膜体が転動する面には、炭素膜又は炭素部が形成されていることを特徴とする。
【0015】
他のアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜方法は、
チャンバ内に基板と1対のカソードを配置し、前記チャンバと前記基板との間にバイアス電圧を印加すると共に、前記カソード間を結ぶ磁束と共に前記カソードから前記基板に至る磁束を含むアンバランス型磁場を形成し、
前記基板の回転板に設けた孔内に被成膜体を嵌め込み、前記基板の固定板上で前記回転板を回転駆動して、前記被成膜体を前記孔により拘束しつつ前記固定板上で転動させた状態で、前記被成膜体に前記カソードから蒸発した原料を成膜させるアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜方法であって、
前記固定板の前記被成膜体が転動する面には、電気抵抗率が25.0μΩm以下であって、摩擦係数が0.2以下の素材が形成されていることを特徴とする。
【0016】
これらのアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜方法において、
前記被成膜体は、予め第1予備室内で真空排気された後、前記チャンバ内に移送され、成膜後の成膜体は、第2予備室内で常圧に戻された後、外部に移送されるように構成することができる。
【0017】
また、例えば、前記基板に印加される磁場の強さは、0.5mT以上であり、前記基板の温度は200℃以下であって、素材の焼戻し温度以下に制御する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、基板の近傍に一定の方向を向いたアンバランスドマグネトロン磁場が存在していても、固定板上を転動する被成膜体に疵が発生することがなく、均一で膜特性が良好な膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施形態に係るアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置を示す模式図である。
【
図2】同じくその成膜チャンバを示す模式図である。
【
図3】同じくその成膜チャンバ内における磁力線の分布を示す図である。
【
図4】同じくカソードと基板との間の磁力線の分布を示す図である。
【
図7】従来装置にアンバランスドマグネトロンを適用した場合の問題点を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について添付の図面を参照して具体的に説明する。
図1は本発明の実施形態に係るアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置を示す模式図、
図2は同じくその成膜チャンバの構造を示す図、
図3は前記チャンバ内の磁力線の状況を示す図、
図4は基板上の磁力線の方向を示す図である。
図1に示すように、予備排気室1と成膜チャンバ2と予備排気室3とはロードロックを介して連結されており、これらの予備排気室1、成膜チャンバ2及び予備排気室3内には、これらの部屋を貫くレール4が設置されている。そして、基板支持部5がこのレール4上を移動できるようになっており、基板支持部5は、ロードロックを開いて、予備排気室1、成膜チャンバ2又は予備排気室3内に移動することができる。この基板支持部5には、固定板6とその上方の回転板7とが設けられており、回転板7には、複数個の孔8が設けられていて、軸受け用ボール又はローラ等の小さな被成膜体の素材がこの孔8に格納された状態で、その素材の表面にDLC等の高耐久性膜等が成膜されるようになっている。予備排気室1の外部にて、回転板7の孔8内に被成膜用の素材が設置され、その後、予備排気室1内に基板支持部が収容され、予備排気室1内が真空排気されるようになっている。また、予備排気室2においては、成膜後のボール又はローラ等を格納した基板支持部5が収容され、その後、予備排気室2内が真空を破壊されて常圧になった後、基板支持部5が予備排気室2から外部に取り出され、成膜後のボール又はローラ等が回収される。
【0021】
図2に示すように、成膜チャンバ2内には、その底部に基板支持部5が配置されており、その天井部に1対のスパッタリングカソード10,11が、その表面を水平方向に対して相互に向き合う方向に傾斜させて配置されている。カソード10には、金属原料32が設置され、カソード11には炭素原料33が設置される。そして、基板31には、バイアス電源23が接続されており、基板31が負に、チャンバ2が正になるようにバイアス電圧が印加されるようになっている。カソード10には蒸発源用の電源15が接続されており、カソード11には蒸発源用の電源16が接続されている。そして、カソード電源15,16は、カソード10,11が負に、チャンバ2が正になるように電圧を印加する。また、カソード10の表面近傍には、シャッタ12が配置されており、カソード11の表面近傍には、シャッタ13が配置されている。これらのシャッタ12,13は、夫々その基部12a、13aをその中心軸の周りに回転させることにより、カソード10,11の表面に平行の位置に位置して蒸発物質が基板31に到達することを阻止するか、又はカソード10,11の表面近傍から退避して蒸発物質が基板31に到達することができるようにして、成膜を制御する。なお、本実施形態において、シャッタ12,13の双方を開にして、後述するカソード10,11上のスパッタ原料32,33から、例えば、タングステン(W)と炭素(C)とを同時に蒸発させると、Wがドーピングされた炭素膜が基板31に設置された被成膜体に成膜される。
【0022】
基板支持部5は、垂直に設置された回転軸21の上端に基板保持部22がその基板保持面を水平にして固定されており、基板保持部22は回転軸21の回転により回転駆動される。そしてこの基板保持部22上に基板31が設置されるようになっている。基板31は、
図5に示すように、回転軸21の上端に回転軸21に垂直に固定されており、回転軸21の回転により回転駆動される。この回転板7の下方には回転板7から若干間隔をおいて固定板6が配置されており、この固定板6は、回転軸21には連結されず、基板側のバイアス電圧がチャンバ2に通電してしまわないように、チャンバ2に対して絶縁体を介して固定されている。そして、回転板7には、
図6に示すように、多数の円形の孔8が形成されており、この孔8内に夫々被成膜体40が収納されるようになっている。一方、固定板6は、その上面の回転板7に対面する面に、膜状又は板状のグラファイト部40が設けられている。そして、回転板7には、被膜対象のボール又はローラよりも若干大きな直径を有する円形の孔8が多数設けられており、この孔8内にボール又はローラ等の被成膜体41が嵌入され、回転体7の回転により、孔8に規制されて孔8内で自由に回転しつつ、回転体7の回転と共にその回転方向に移動する。このとき、被成膜体41は、固定板6上のグラファイト部40の表面を転動する。
【0023】
図1及び
図3に示すように、チャンバ2内の天井部近傍には、アンバランスドマグネトロンスパッタリングの1対のカソード10,11が、その原料載置面を相互に若干向かいあわせるように傾斜させて設置されている。カソード10,11上には、スパッタリング原料32,33が設置される。このスパッタリング原料32は、例えば、タングステン(W)であり、スパッタリング原料33は、例えば、炭素(C)である。これらのスパッタリング原料から蒸発した材料は、Wがドープした炭素となる。このカソード10,11と、基板31との間には、カソード10,11が負となる電圧が印加される。これにより、チャンバ2内には、カソード10,11と基板31との間にスパッリング用の電場が形成される。チャンバ2内には、Arガス導入口17が設置されており、このArガス導入口17を介して、チャンバ2内にArガスが導入されるようになっている。また、チャンバ2は、真空排気口18を介して真空吸引され、所定の真空度に保持されるようになっている。そして、
図3及び
図4に破線で示すように、カソード10,11には、夫々、(N,S,N)極及び(S,N,S)極となる磁場が配置されており、カソード10の近傍にその中央に配置されたS極からその両側部に配置されたN極に向かう磁力線とこのS極からカソード11及び基板31に向かう磁力線が形成されると共に、カソード11の近傍にその中央に配置されたN極からその両側部に配置されたS極に向かう磁力線とこのN極からカソード10及び基板31に向かう磁力線が形成される。
【0024】
このとき、基板31に印加する磁場の強さは、0.5mT(テスラ)以上であることが好ましい。また、基板の温度は200℃以下であって、成膜対象の素材の焼戻し温度以下に制御することが好ましい。アンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜により形成される膜の特性がより好ましいものになる。
【0025】
次に、上述の如く構成されたアンバランスドマグネトロンスパッタリング成膜装置の動作及びこの成膜装置を使用した成膜方法について説明する。先ず、
図1に示す予備排気室1内に、外部から、回転板7の孔8内に軸受けのボール又はローラ等の被成膜体41を嵌め込んだ基板支持部5を装入し、予備排気室1内を真空排気する。その後、ロードロックを開にして基板支持部5をレール4上で搬送して、チャンバ2内に移動させる。その後、ロードロックを閉にし、チャンバ2内を真空排気し、更に、ガス導入口17からArガスをチャンバ内に導入し、真空排気を継続しつつArガスを導入することにより、チャンバ2内を所定のArガス雰囲気に保持する。
【0026】
この状態で、
図3及び
図4に示すように、チャンバ2と基板31との間にバイアス電圧を印加して電場を形成し、プラズマを生起する。このとき、カソード10,11には、その裏側にS極及びN極が配置されており、カソード10の中央に配置されたS極からの磁力線はその一部が両端に配置されたN極に向かうが、残りの磁力線は基板31及び相手方のカソード11の中央に配置されたN極に向かう。同様に、カソード11のN極からの磁力線はその一部がカソード11のS極に向かうが、残りの磁力線は、基板31及び相手方のカソード10のS極に向かう。このように、磁石のN極から出た磁束はその全てがS極に戻るのではなく、一部の磁束が空間に開放されるような磁束分布を示す。このようにして形成される磁場はアンバランス型磁場というが、本発明においても、このアンバランス型磁場を形成する。これにより、基板31近傍のプラズマ密度が増大し、基板31に設置された被成膜体41における膜特性が向上する。なお、シャッタ12,13の開閉により、材料32,33に対するスパッタリングを制御する。
【0027】
そして、カソード10,11とチャンバ2との間に形成される電場により、アルゴンガス雰囲気のチャンバ内に、アルゴン分子とプラスに荷電したアルゴン原子(アルゴンイオン)と自由電子とから構成されるプラズマが生起される。この自由電子は、磁場の中に囲い込まれ、この自由電子が衝突して生成するアルゴンイオンもこの自由電子の近傍に多く存在し、スパッタリングターゲットであるカソード10,11の近傍に濃いプラズマ領域が形成される。このアルゴンイオンが電場によりカソード10,11に引き寄せられて金属原料32及び炭素原料33に衝突する結果、原料32,33から、例えば、夫々W等の金属分子と炭素分子が蒸発する(放出される)。そして、この蒸発原子が基板31側に飛来して、基板31に設置された被成膜体41の表面に、金属(W)がドープされた炭素膜(DLC膜)が形成される。このとき、本実施形態では、磁場によりプラズマがカソード10,11の近傍に閉じ込められているので、アルゴンイオンがカソード10,11の近傍で多量に発生する結果、高効率で金属分子及び炭素分子が蒸発し、高効率で成膜される。また、本実施形態では、アンバランス型の磁場が形成されているので、基板31の近傍にも磁力線が存在し、1対のカソード10,11から、基板31の両側部に延びる磁力線により、プラズマがこの磁力線に囲まれて基板31の近傍に集まる。また、原料32,33から蒸発した分子も磁力線に囲まれて基板31の近傍に集まり、効率的に成膜される。
【0028】
そして、本発明においては、上述の如く、基板31の表面近傍に、カソード10,11の配置により決まる方向に磁場が形成される結果、
図7に示すように、被成膜体41には、この磁力線の方向に磁力が作用し、回転体7の孔8内で、常に、一定の方向を向こうとする。仮に、基板31の表面近傍に磁場が存在しなければ、回転体7が回転することにより、被成膜体41は、孔8内で自由に回転し、基板31の上方から降り注ぐ原料分子は、被成膜体41の表面に均一に堆積する。このとき、本発明のように、スパッタリング効率の向上のために、アンバランス型磁場を使用すると、基板31の表面に、
図7に示すような一方向の磁場が形成されて、被成膜体41は常に一方向を向こうとする。その結果、被成膜体41は、一方向を向いた状態で回転体6の周方向に移動するので、固定板6に摺動し、こすれた状態で移動することになる。このため、被成膜体41の表面に形成された膜に疵が付く。
【0029】
しかし、本発明においては、
図5に示すように、固定板6の表面上に、グラファイト部40が形成されているので、孔8内の被成膜体41は、回転体7の回転によりその孔8内に拘束されつつ、グラファイト部40上を転動する。このため、被成膜体41は磁場を受けてはいるものの、回転体7の回転により孔8が回転体7の周方向に移動することにより、被成膜体41は孔8内に拘束されて、グラファイト部40上を滑動して移動する。これにより、成膜中に、被成膜体41の表面に形成された膜に固定板6との摺動による疵が発生することが防止される。なお、被成膜体41は、グラファイト部40上を転動する際に、その円柱中心又は球中心を中心として回転する。このため、上方から降り注がれる炭素分子及び金属分子は均一に成膜される。このようにして、本発明においては、アンバランスドマグネトロンスパッタリングにより高効率で高品質の膜を形成することができる。
【0030】
成膜後の基板31及び保持部22は、レール4上を移動して、真空排気されている第2予備排気室3内に入り、ロードロックを閉にした後、予備排気室3の真空を破壊して、常圧にする。これにより、基板31の孔8内の被成膜体41を取り出すことができる。このように、本発明においては、被成膜体41をチャンバ2内に装入する際、及び被成膜体41をチャンバ2から取り出す際に、チャンバ2内の真空は破壊させず、真空状態又はアルゴンガス雰囲気状態を維持する。このため、本発明においては、チャンバ2内の大気開放が不要であり、ターゲットクリーニングが不要であるので、成膜時間を短縮し、ターゲット消費量を低減すること等により、その処理コストを低減し、スループットを向上させることができる。
【0031】
本実施形態においては、固定板6の上にグラファイト部40を設置したが、このグラファイト部40は、固体板6の上にグラファイト膜を形成しても良いし、グラファイト製の板を設置しても良く、更には、固定板6自体をグラファイト製にしても良い。
【0032】
更に、このグラファイト部40は、固定板6上での被成膜体41の滑動をもたらすものであるから、その材質はグラファイトに限らない。例えば、摩擦係数が0.2以下の材質のものも使用することができる。このとき、バイアス電圧を印加する必要があるので、電気抵抗率が25.0μΩm以下である導電性を有することが必要である。これらの摩擦係数及び導電性は、被成膜体が転動した状態で、被成膜体に対するバイアス印加及び被成膜体の滑動をもたらすために必要な条件である。
【0033】
また、本発明においては、固定板6だけでなく、回転板7もグラファイト製の部材とすることができる。例えば、直径が4mmのベアリングボールは、回転体7がステンレス製であっても、回転して均一に成膜することができるが、被成膜体の形状及び大きさによっては、回転体7の孔8内で被成膜体41がせり上がり、孔8に引っかかりが生じる場合がある。この場合は、回転体7もグラファイトで製造すると、被成膜体41は孔8内で円滑に回転することができる。
【0034】
なお、本実施形態の成膜対象である金型の位置決めピン等の金型用部品素材、時計のリューズ等の装飾用部品素材、丸駒インサート等の切削工具素材、並びにベアリングボール及びローラ等の転動体の素材は、一工程における成膜数が30乃至1000個であり、ボール直径は例えば2~12mmである。しかし、本実施形態においては、本発明を、軸受け用ボール又はロールへのアンバランスドマグネトロンスパッタリングへ適用した例について説明したが、本発明は、これに限らず、種々の部材に対するアンバランスドマグネトロンスパッタリングによる成膜が可能である。例えば、金型の位置決めピン等の金型用部品素材、時計のリューズ等の装飾用部品素材、丸駒インサート等の切削工具素材、並びにベアリングボール及びローラ等の転動体がある。なお、金型ピンは主として円柱状の形状を有し、ピンとして挿入しやすいように通常その両端面は面取りしてある。このような形状の場合も、炭素部を有する固定板を使用することにより、金型ピンが滑るため、成膜過程で疵が発生することが防止される。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明により、軸受け用のボール又はローラ等の小さな精密部品の成膜に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法を適用することが可能となり、このため、迅速に高効率で膜特性が優れた成膜を得ることができるようになる。
【符号の説明】
【0036】
2:チャンバ
5:基板支持部
6:固定板
7:回転盤
8:孔
10,11:カソード
32,33:原料
40:グラファイト部
41:被成膜体