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特許7201242X連鎖性鉄芽球性貧血治療薬のスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-26
(45)【発行日】2023-01-10
(54)【発明の名称】X連鎖性鉄芽球性貧血治療薬のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20221227BHJP
   C12N 5/078 20100101ALI20221227BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20221227BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20221227BHJP
【FI】
C12N5/10
C12N5/078
C12Q1/04
C12N15/54
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019525414
(86)(22)【出願日】2018-06-11
(86)【国際出願番号】 JP2018022245
(87)【国際公開番号】W WO2018230505
(87)【国際公開日】2018-12-20
【審査請求日】2021-02-04
(31)【優先権主張番号】P 2017115232
(32)【優先日】2017-06-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.ISSCR 2017 ANNUAL MEETINGのポスター発表のアブストラクトが公開されたウェブサイトアドレス https://eventscribe.com/2017/ISSCR/agenda.asp?h=Full%20Schedule&BCFO=P|G|PO|IS|FS ウェブサイトの掲載日 平成29年5月上旬
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、AMED(日本医療研究開発機構)、再生医療実現拠点ネットワークプログラム委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(72)【発明者】
【氏名】吉田 善紀
(72)【発明者】
【氏名】森本 有紀
(72)【発明者】
【氏名】蝶名林 和久
(72)【発明者】
【氏名】川端 浩
(72)【発明者】
【氏名】高折 晃史
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2013/0004985(US,A1)
【文献】特開2014-036651(JP,A)
【文献】Hatta, S. et al.,Generation of Induced Pluripotent Stem Cell-DerivedErythroblasts from a Patient with X-Linked Sideroblastic Anemia,Blood,2016年,Vol. 128(22):76
【文献】Cheung, A. Y. et al.,X-chromosome inactivation in rett syndrome human induced pluripotent stem cells,Front. Psychiatry,2012年,Vol. 3:24,pp. 1-16
【文献】越智 清純,ヒト多能性幹細胞を用いた赤血球分化モデルの構築,CiNii 博士論文[online],pp. 1-65,URL: https://ci.nii.ac.jp/naid/500000731533,[retrieved on 6.13.2022]
【文献】Sivalingam, J. et al.,Superior Red Blood Cell Generation from Human Pluripotent Stem Cells Through a Novel Microcarrier-Based Embryoid Body Platform,Tissue Eng. Part C Methods,2016年,Vol. 22(8),pp. 765-780
【文献】辻 浩一郎,再生医学と赤血球造血,膜,2007年,Vol. 32(3),p. 155-162
【文献】Katsurada, T. et al.,A Japanese family with X-linked sideroblastic anemia affecting females and manifesting as macrocytic anemia,Int. J. Hematol.,2016年,Vol. 103(6),pp. 713-717
【文献】Grigoriadis A. E. et al.,Directed differentiation of hematopoietic precursors and functional osteoclasts from human ES and iPS cells,Blood,2010年,Vol. 115(14),pp. 2769-2776
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00- 5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程:
(a)被験物質の存在下および不存在下において、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されている幹細胞を赤血球へと分化させて、分化効率を測定すること、および
(b)被験物質の存在下における分化効率が、被験物質の不存在下における分化効率よりも高い場合に、被験物質がX連鎖性鉄芽球性貧血の治療薬である可能性があると判定すること
を含む、X連鎖性鉄芽球性貧血の治療薬のスクリーニング方法であって、
陽性対照として、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化している幹細胞を赤血球へと分化させることを含み、
赤血球への分化がストロマ細胞の共存下で行われ、分化途中の細胞が再度ストロマ細胞に載せ替えられ、分化させた赤血球のヘム合成能が肉眼で識別可能である、方法。
【請求項2】
幹細胞がiPS細胞である請求項1記載の方法。
【請求項3】
ALAS2遺伝子変異が、ALAS2タンパク質のN末端から227番目のアルギニンをシステインに置換するものである、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されている幹細胞を含む、X連鎖性鉄芽球性貧血の治療薬のスクリーニングのためのキットであって、請求項1~のいずれか1項記載の方法を実施するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、治療薬のスクリーニング方法に関する。詳細には、本発明は、X連鎖性鉄芽球性貧血の治療薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄芽球性貧血は骨髄における環状鉄芽球の出現を特徴とする貧血であり、原因の多くは骨髄異形成症候群や、アルコール・薬剤による二次性で、遺伝性鉄芽球性貧血は極めて稀な疾患である。遺伝性鉄芽球性貧血の中では、ALAS2(赤血球型δアミノレブリン酸合成酵素)遺伝子の変異に伴うX連鎖性鉄芽球性貧血(XLSA)が最も頻度の高い原因であり、世界で94家系、57種類の変異が確認されている。
【0003】
ヘム合成はミトコンドリアにおいてグリシンとスクシニルCoAが重合し、δ-アミノレブリン酸が合成される段階から始まる。ALAS2はこの重合を特異的に触媒する酵素であり、本遺伝子変異によってヘム合成不全となり、ミトコンドリアでの鉄利用障害が起こると考えられている。XLSAの約半数の患者にはビタミンB6投与が有効であるが、無効である場合は輸血や造血幹細胞移植以外に有効な治療法はなく、代替となる治療法の開発が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】H. Lapillonne et al. Haematologia 95(10): 1651-9 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特にビタミンB6投与が無効であるXLSAに対して有効な治療薬を検索することが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ね以下の知見を得た。R227CにALAS2遺伝子変異を有するXLSA患者の細胞からiPS細胞を作成することに成功した。得られたiPS細胞のうち、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されているiPS細胞を分化誘導して造血前駆細胞を得た。この造血前駆細胞の赤芽球への分化能を改善する薬剤を探索することにより、XLSA治療薬をスクリーニングできることを見出した。本発明者らは、これらの知見に基づいて本発明を完成させた。
【0007】
すなわち本発明は以下のものに関する:
(1)下記工程:
(a)被験物質の存在下および不存在下において、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されている幹細胞を赤血球へと分化させて、分化効率を測定すること、および
(b)被験物質の存在下における分化効率が、被験物質の不存在下における分化効率よりも高い場合に、被験物質がX連鎖性鉄芽球性貧血の治療薬である可能性があると判定すること
を含む、X連鎖性鉄芽球性貧血の治療薬のスクリーニング方法。
(2)陽性対照として、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化している幹細胞を赤血球へと分化させることを含む、(1)記載の方法。
(3)陽性対照として、健常人由来の幹細胞を赤血球へと分化させることを含む、(1)記載の方法。
(4)幹細胞がiPS細胞である(1)~(3)のいずれか記載の方法。
(5)赤血球への分化が、胚様体(EB)を形成させ、次いで、ステムセルファクター(SCF)およびエリスロポエチン(EPO)の存在下で分化させることを含むものである、(1)~(4)のいずれか記載の方法。
(6)赤血球への分化がストロマ細胞の共存下で行われる、(1)~(5)のいずれか記載の方法。
(7)分化途中の細胞が再度ストロマ細胞に載せ替えられる、(6)記載の方法。
(8)ALAS2遺伝子変異が、ALAS2タンパク質のN末端から227番目のアルギニンをシステインに置換するものである、(1)~(7)のいずれか記載の方法。
(9)ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されている幹細胞。
(10)ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化している幹細胞。
(11)ALAS2遺伝子変異が、ALAS2タンパク質のN末端から227番目のアルギニンをシステインに置換するものである、(9)または(10)記載の幹細胞。
(12)iPS細胞である(9)~(11)のいずれか記載の幹細胞。
(13)ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されている幹細胞を含む、X連鎖性鉄芽球性貧血の治療薬のスクリーニングのためのキット。
【発明の効果】
【0008】
本発明のスクリーニング方法を用いることにより、XLSA治療剤をスクリーニングすることができる。本発明のスクリーニング方法は、とりわけビタミンB6が無効であるXLSAの治療剤のスクリーニングに有効である。本発明のiPS細胞は上記スクリーニング方法に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化されているiPS細胞から赤血球へと分化誘導された細胞(A~D)のAPC235a陽性率と、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されているiPS細胞から赤血球へと分化誘導された細胞(E~I)のAPC235a陽性率を比較したグラフである。
図2図2は、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されているiPS細胞を赤血球に分化させる際にアミノレブリン酸(ALA)を添加した場合の分化効率の変化を示すグラフである。controlはALAを添加せずに分化させた場合である。1~5は実験に使用したiPS細胞の番号である。
図3図3は、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されているiPS細胞から分化誘導されたCD235a陽性細胞(3)(右)およびALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化しているiPS細胞から分化誘導されたCD235a陽性細胞(4)(左)の色調を比較した写真である。いずれのCD235a陽性細胞も赤血球への分化誘導はストロマ細胞共存下で行った。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、1の態様において、下記工程:
(a)被験物質の存在下および不存在下において、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されている幹細胞を赤血球へと分化させて、分化効率を測定すること、および
(b)被験物質の存在下における分化効率が、被験物質の不存在下における分化効率よりも高い場合に、被験物質がX連鎖性鉄芽球性貧血の治療薬である可能性があると判定すること
を含む、X連鎖性鉄芽球性貧血の治療薬のスクリーニング方法を提供する。
【0011】
本発明の方法において用いられる幹細胞は、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されている幹細胞である。ALAS2遺伝子変異は、幹細胞の赤血球への分化効率を低下させるものであれば、いかなる変異であってもよい。例えば、ALAS2遺伝子中の1個のヌクレオチドが別のヌクレオチドに変化する点突然変異であってもよく、あるいは1個~複数個のヌクレオチドが挿入または欠失するような変異であってもよい。特別なALAS2遺伝子変異としては、ALAS2タンパク質のN末端から227番目のアルギニンをシステインに置換するものが挙げられる。
【0012】
好ましい赤血球分化効率の低下は健常人由来の幹細胞の赤血球分化効率の50%以下であり、より好ましい赤血球分化効率の低下は健常人由来の幹細胞の赤血球分化効率の25%以下である。あるいは、
【0013】
幹細胞は公知であり、上記遺伝子変異を有するものであればいかなる種類の幹細胞を本発明の方法に用いてもよい。幹細胞の代表例としては、iPS細胞およびES細胞が挙げられるがこれらに限定されない。iPS細胞およびES細胞などの幹細胞の作製方法も公知である。
【0014】
iPS細胞は作製過程における倫理的な問題がない点で有利である。iPS細胞は、体細胞に核初期化因子を導入することにより得ることができる。核初期化因子は、基本的にはOctファミリー遺伝子または当該遺伝子産物、Klfファミリー遺伝子または当該遺伝子産物、Soxファミリー遺伝子または当該遺伝子産物、およびMycファミリー遺伝子または当該遺伝子産物を含む。これらの因子に加えて、Lin28遺伝子または当該遺伝子産物、nanog遺伝子または当該遺伝子産物など体細胞に導入して、iPS細胞の誘導効率を高めてもよい。核初期化因子の体細胞への導入方法も公知である。また、核初期化因子導入後にヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤で細胞を処理することで、iPS細胞の樹立効率を高めてもよい。核初期化因子を導入した体細胞の培養方法、iPS細胞の検出・選択方法についても公知である。
【0015】
幹細胞を赤血球へと分化させる方法も公知である。一般的には胚様体(EB)形成法が用いられるは、これに限定されない。一例として、BMP4、Rockインヒビター、bFGF、VEGF、IL6、IL3、IL11、SCF、FLT3、さらにはTPO、EPOなどの存在下において幹細胞を培養し、胚様体(EB)を形成させることにより赤血球へと分化させてもよい。得られたEBをステムセルファクター(SCF)およびエリスロポエチン(EPO)を含む培地にて培養して、さらに赤血球へと分化させてもよい。EB形成後にSCFおよびEPOを含む培地にて培養すると、赤血球への分化効率が高い細胞と低い細胞との間で、分化効率の差が大きくなる場合があり、そのような場合にはスクリーニング結果を明確にすることができる。
【0016】
幹細胞を赤血球へと分化させる際に、ストロマ細胞と共培養してもよい。ストロマ細胞との共培養によりヘム合成不全の病態を再現しやすくなる場合がありそのような場合にはスクリーニング結果を明確にすることができる。ストロマ細胞と共培養して幹細胞を赤血球への分化させる場合において、分化途中の細胞を再度ストロマ細胞に載せ替えて赤血球への分化誘導をさらに促進してもよい。本発明において使用可能なストロマ細胞としては、骨髄に由来するストロマ細胞が好ましく、骨髄由来のストロマ細胞としてはOP9が例示される。ストロマ細胞はいずれのものであってもよく、特に限定されないが、OP9M2-10B4FH-B-hTERTprimary human BM stromaなどが例示され、好ましくはOP9である。
【0017】
幹細胞から赤血球への分化効率は、赤血球前駆細胞および/または赤血球に特異的な細胞表面マーカーを検出することによって、測定することができる。かかるマーカーとしてはCD235a、CD71、CD36、CD233、CD234、CD235b、CD236などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明において用いられるマーカーの例としては、CD235a、CD71、CD36が好ましく、CD235aがより好ましい。CD235aは、赤芽球系前駆細胞から成熟赤血球まで広く分布している細胞表面マーカーである。マーカーの検出方法も公知であり、例えばセルソーターを用いて検出してもよい。
【0018】
本発明の方法において、幹細胞から赤血球への分化効率を、被験物質の存在下および不存在下において測定する。そして、被験物質の存在下における分化効率が、被験物質の不存在下における分化効率よりも高い場合に、被験物質がXLSAの治療薬である可能性があると判定する。被験物質はあらゆる種類、性質の物質であってよい。例えば、被験物質は高分子物質であってもよく、中分子物質、低分子物質であってもよい。また例えば、被験物質はタンパク質、ペプチド、アミノ酸、多糖類、オリゴ等、単糖、脂質、およびこれらの複合体、誘導体などであってもよい。本発明の方法において、健常人由来の幹細胞またはALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化している幹細胞を陽性対照(ポジティブコントロール)として用いて赤血球へと分化させることにより分化効率を測定することが好ましい。例えば、被験物質の存在下において、陽性対照の分化能の約50%またはそれ以上にまで分化能が回復した場合に、被験物質をヒット化合物と判断してもよい。本発明において、健常人は赤血球分化における障害を有しない人である。
【0019】
健常人由来の幹細胞またはALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化している幹細胞を赤血球へと分化させた細胞は、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されている幹細胞を分化させた細胞よりも、ヘモグロビン産生不全のために色調が濃くなる。したがって、ヘム合成不全を可視化することもできる。
【0020】
XLSAの約半数の患者にはビタミンB6投与が有効であるが、無効である場合は輸血や造血幹細胞移植以外に有効な治療法はなく、代替となる治療法の開発が期待されている。それゆえビタミンB6が無効であるXLSA患者の治療薬を検索する必要がある。ビタミンB6が無効である患者のALAS2遺伝子変異の一つは、ALAS2タンパク質のN末端から227番目のアルギニンをシステインに置換するものである(この変異を「R227C」と称する)。したがって、本発明の方法に用いる幹細胞の特別な例として、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されており、かつそのALAS2遺伝子変異がR227Cである幹細胞が挙げられる。
【0021】
本発明は、別の態様において、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されている幹細胞を提供する。本発明の幹細胞の特別な例としては、上記変異がR227Cである幹細胞、とりわけiPS細胞が挙げられる。幹細胞については上で説明したとおりである。
【0022】
ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されているiPS細胞を、XLSA患者の体細胞から作製してもよい。また、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化しているiPS細胞を、XLSA患者の体細胞から作製してもよい。ビタミンB6が無効なXLSAの治療剤を検索するために、上記変異がR227CであるXLSA患者の体細胞から、かかる変異を有するiPS細胞を作製してもよい。体細胞としては、身体のいずれの部位から得たものであってもよいが、末梢血単核細胞などの血液細胞が好ましい。
【0023】
本発明は、さらなる態様において、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されている幹細胞を含む、X連鎖性鉄芽球性貧血の治療薬のスクリーニングのためのキットを提供する。本発明のキットは、陽性対照として、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化している幹細胞、または健常人由来の幹細胞をさらに含んでいてもよい。また、本発明のキットは、幹細胞を赤血球へと分化させるための手段、例えば、培地作製用材料や培養容器等をさらに含んでいてもよい。通常は、本発明のキットには取扱説明書が添付される。
【0024】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0025】
(1)XLSA患者由来のiPS細胞の取得
X染色体上のALAS2遺伝子ヘテロにR227C変異が入ったXLSA患者(42歳女性(iPS細胞樹立当時))の血液細胞(末梢血単核細胞)からiPS細胞を作製した。iPS細胞の作成手順は以下のとおりであった:
患者から末梢血を採血し、Ficoll-Paque Plus(GEヘルスケア)を用いて末梢血単核細胞を分離した。MACS CD3 MicroBeads(MIltenyi Biotec、130-050-101)を用いて、CD3陽性のT細胞とCD3陰性の非T細胞に分離した。Amaxa kit(Lonza)を用い、pCXLE-hOCT3/4-shp53-F、pCXLE-hSK、pCXLE-hUL、pCXWB-EBNA1を用いて遺伝子導入を行った(これらのベクターは米国Addgeneから得た)(T細胞についてはAmaxa Human T Cell Nucleofector Kit(Lonza)を用い、非T細胞についてはAmaxa Human Monocyte Nucleofector Kit(Lonza)を用いた)。T細胞については、血球培地X VIVO-10(Lonza)1ccに50μLMのDynabeads CD3/CD28を1.5mlのチューブに加えて溶解し、チューブをDynaMag-2に静置し、上清を取り除いた。その後、X VIVO-10に3ng/mlのIL-2を加えた培地中、MEF feeder上で細胞を培養した。非T細胞は、αMEMに10%FBS、各10ng/mlのIL3、IL-6、G-CSF、GM-CSF加えた培地を用いて培養を行った。
【0026】
得られたiPS細胞は以下の2種類であった:

(1)ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されているiPS細胞;E,F,G,H,I。

(2)ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化しているiPS細胞;A,B,C,D。

これら2種類のiPS細胞のコロニー形成能を比較したところ、赤芽球系への分化以外には差異が認められなかった。これら2種類のiPS細胞に対して胚様体(EB)法を用いた赤血球分化を行い、CD235a陽性細胞率を指標に赤血球分化効率を調べた。
【0027】
(2)得られたiPS細胞の赤血球分化
iPS細胞の赤血球分化の手順は以下のとおりであった:
EB法(Grigoriadis AE et.al Blood. Apr. 8; 115(14): 2769-76 (2010))を用いてiPS細胞を20日間分化させた。0日目~1日目はBMP4、Rock inhibitor(Y-27632)を含む培地にて、1日目~4日目はBMP4、bFGFを含む培地にて、4日目~8日目はVGEF、IL6、IL3、IL11、SCF、bFGFおよび所望によりFlt3aを含む培地にて、8日目~20日目はVGEF、IL6、IL3、IL11、SCF、TPO、EPOおよび所望によりFlt3aを含む培地にて培養した。EB形成20日目において、上記2種類のiPS細胞由来の細胞の赤血球への分化効率に大きな差はなかった(データ示さず)。EB形成20日目から、Stem Pro-34培地(gibco)にSCF(R&D)100ng/ml、EPOとしてエスポー皮下用(協和発酵キリン)4U/mlを加えた培地を用い、37℃インキュベーターで培養し、8日間赤血球分化させた。
【0028】
上記のようにして得られた上記2種類のiPS細胞由来の細胞のCD235a陽性細胞率を、セルソーターを用いて調べた。結果を図1に示す。
【0029】
ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されているiPS細胞(1)ではCD235a陽性率が0.3~14.3%と赤血球分化効率が非常に低かった。一方で、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化しているiPS細胞(2)ではCD235a陽性率が37.8~77.8%と健常人由来iPS細胞の62.1%と同程度の赤血球分化効率であった。
【0030】
(3)アミノレブリン酸によるALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されているiPS細胞の赤血球分化効率の回復
上記(1)で得られたALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されているiPS細胞を、アミノレブリン酸の存在下および不存在下において赤血球分化させた。アミノレブリン酸の添加は、上記(2)で説明したSCFおよびEPO添加培地での赤血球分化期間(8日間)において行った。赤血球分化した細胞の赤血球分化効率を調べた結果を図2に示す。
【0031】
アミノレブリン酸の存在下で赤血球分化を行ったiPS細胞の赤血球分化効率は、アミノレブリン酸の不存在下で赤血球分化を行ったiPS細胞と比べて改善され、健常人由来iPS細胞と同等であった。
【0032】
以上の結果から、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されている幹細胞の赤血球分化の促進を指標として、XLSAの治療薬をスクリーニングできることがわかった。さらに、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化している幹細胞の赤血球への分化効率と、健常人由来の幹細胞の赤血球への分化効率がほぼ同じであることから、かかるiPS細胞を健常人由来の幹細胞のかわりにポジティブコントロールとして用いてもよいこともわかった。
【実施例2】
【0033】
実施例1の(1)に示す手順で2種のiPS細胞を得て、以下に示す手順でiPS細胞を赤血球へと分化させた。
分化手順: VEGFを含む培地にてiPS細胞をOP9細胞と7~8日間共培養した後、分化途中のiPS細胞を回収し、VEGF、SCF、Flt3L、TPO、EPOを含む培地にて再度OP9細胞と5日間共培養し、次いでSCFおよびEPOを含む培地に交換して14日間共培養した。
ALAS2遺伝子変異のないX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が活性化されているiPS細胞から分化誘導されたCD235a陽性細胞(3)の色調は、ALAS2遺伝子変異を持ったX染色体が不活性化され、ALAS2遺伝子変異のないX染色体が活性化しているiPS細胞から分化誘導されたCD235a陽性細胞(4)の色調よりも淡かった(図3) 。この結果は、上記iPS細胞(3)から分化誘導されたCD235a陽性細胞におけるヘモグロビン産生不全を示す。
【0034】
この結果は、OP9細胞共存下によるiPS細胞から赤血球への分化誘導方法を行うことでヘム合成不全の病態がより再現されやすくなったことを示す。また、この結果は、上記分化誘導方法を行った際にヘム合成不全の病態を肉眼で識別することが可能であることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明のスクリーニング方法およびiPS細胞を用いることにより、XLSA治療用薬剤をスクリーニングすることができるので、本発明は、XLSA治療用医薬品の開発、XLSAの研究などの分野において利用可能である。
図1
図2
図3