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特許7201249植物の発根力を向上させるための種子処理方法及び発根力を向上させるための処理を施した種子
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-26
(45)【発行日】2023-01-10
(54)【発明の名称】植物の発根力を向上させるための種子処理方法及び発根力を向上させるための処理を施した種子
(51)【国際特許分類】
   A01C 1/00 20060101AFI20221227BHJP
【FI】
A01C1/00 A
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020080963
(22)【出願日】2020-05-01
(65)【公開番号】P2021175372
(43)【公開日】2021-11-04
【審査請求日】2022-09-08
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520154221
【氏名又は名称】株式会社アグリ技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000316
【氏名又は名称】特許業務法人ピー・エス・ディ
(72)【発明者】
【氏名】張 聖珍
【審査官】川野 汐音
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/073595(WO,A1)
【文献】実開平05-039210(JP,U)
【文献】特表2017-521747(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01C 1/00-1/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の種子において、胚軸の根の成長点又は根の成長点を含む部分を、前記胚軸のその他の部分から分離することを特徴とする、植物の発根力を向上させるための種子処理方法。
【請求項2】
前記胚軸を完全に切断することによって、前記根の成長点又は前記根の成長点を含む部分を前記胚軸のその他の部分から分離することを特徴とする、請求項1に記載の種子処理方法。
【請求項3】
前記胚軸を少なくとも一部が連続した状態に切断することによって、前記根の成長点又は前記根の成長点を含む部分を前記胚軸のその他の部分から分離することを特徴とする、請求項1に記載の種子処理方法。
【請求項4】
前記胚軸に切り込み線を形成することを特徴とする、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の種子処理方法。
【請求項5】
前記根の成長点及び前記根の成長点を含む部分を前記胚軸のその他の部分から分離する分離位置は、前記胚軸において前記根の成長点が位置する側の一方の端部から葉の成長点が位置する側の他方の端部に向かって、前記胚軸の長さの1%に相当する距離の位置から前記長さの75%に相当する距離の位置までのいずれかの位置であることを特徴とする、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の種子処理方法。
【請求項6】
前記分離位置は、前記胚軸の長さの25%に相当する距離の位置から前記長さの50%に相当する距離の位置までのいずれかの位置であることを特徴とする、請求項5に記載の種子処理方法。
【請求項7】
前記種子は、豆科植物の種子であることを特徴とする、請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の種子処理方法。
【請求項8】
胚軸の根の成長点又は根の成長点を含む部分が、前記胚軸のその他の部分から分離されている、発根力を向上させた種子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の種子を処理する方法に関し、より具体的には、植物の種子の胚軸部分に外科的な処理を施すことによって植物の発根力を向上させる種子処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の生長促進、品質の向上、作物収穫量の増大を実現する方法として、断根処理が行われることがある。断根処理に関して、例えば特許文献1(特開2014-117189号公報)に記載の技術が提案されている。断根処理は、植物の種子が発芽して双葉が成長し、本葉が出たタイミングの苗において、根を切り落とす処理である。断根後の苗を栽培することによって、例えば図7に示されるように、新しい多数の不定根が茎から発生する。不定根は、通常の根と比較して、発根量が多く、かつ広範囲に広がるように成長し、多くの栄養を広い範囲から吸収できることが知られている。本出願の発明者の実験によれば、例えば豆科植物について断根処理を行うと、断根処理を行わない場合と比較して発根量が増加し、作物の収穫量が10%以上増加することを確認している。
【0003】
近年の農作物の栽培では播種機を用いて種子を播く直播農法が採用されており、そのため生産単価を低下させることができている。しかし、収穫量を増加させる目的で断根処理を行う場合には、現状では発芽後に一つ一つの苗について手作業で処理を行い、断根後には苗を育苗ポットに移植しなければならないため、断根処理は、作業者の人件費増加や作業時間の増大につながり、結果的に収穫物の生産単価を上げることになる。また、断根後の育苗ポットが必要であるため、そのための場所も確保しなければならない。さらに、育苗ポットで生長させた苗を栽培地に定植させる移植作業が必要であり、この作業も手作業で行わなければならず、この点でも人件費増加や作業時間の増大が問題となる。そのため、特に作物の原価が低い豆科植物では、断根処理はあまり利用されていない。
【0004】
植物の種子の発芽促進に関する技術として、例えば、特許文献2(特開2005-304409号公報)及び特許文献3(特許第4911458号公報)に記載の技術が提案されている。特許文献2に記載の技術は、大豆の表面に傷をつける技術、特許文献3に記載の技術は、大豆などの種皮に微小孔を形成する技術である。いずれの技術においても、給水を促進させることによって発芽の効率を高めることができるとされている。しかしながら、これらの特許文献に記載される技術を用いても、発芽の効率を高めることは可能であっても、断根処理と同様の効果は得られない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-117189号公報
【文献】特開2005-304409号公報
【文献】特許第4911458号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、植物の種子に簡単な処理を施すことによって、種子の段階で苗の断根処理を行った場合と同様の効果が得られるようにする種子処理方法を提供することを課題とする。
本発明は、簡単な処理を施すことによって、苗の断根処理を行った場合と同様の効果が得られるようにした種子を提供することを別の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、植物の発根力を向上させるために植物の種子に対する処理の方法を提供するものである。本方法においては、胚軸の根の成長点を胚軸のその他の部分から分離するように、植物の種子を処理する。分離する部分は、根の成長点のみに限られるのではなく、胚軸において根の成長点を含む部分とすることもできる。根の成長点を含む部分を胚軸のその他の部分から分離する場合に、根の成長点を含む部分は、その範囲が限定されるものではなく、例えば、根の成長点を含む周辺部分のみでもよく、根の成長点から胚軸の途中までの部分でもよく、根の成長点から胚軸の葉の成長点の近傍までの部分でもよい。種子は、豆科植物の種子であることがより好ましい。
【0008】
一実施形態においては、胚軸を完全に切断することによって、根の成長点又は根の成長点を含む部分を胚軸のその他の部分から分離することが好ましい。別の実施形態においては、胚軸を少なくとも一部が連続した状態に切断することによって、根の成長点又は成長点を含む部分を胚軸のその他の部分から分離することができる。したがって、本明細書においては、根の成長点又は根の成長点を含む部分を胚軸のその他の部分から分離するということは、少なくとも胚軸の中心部に存在する養分の通道の機能を果たす部分が切断されることを意味する。一実施形態においては、胚軸に切り込み線を形成することによって、根の成長点又は根の成長点を含む部分を胚軸のその他の部分から分離することができる。
【0009】
一実施形態において、根の成長点及び根の成長点を含む部分を胚軸のその他の部分から分離する分離位置は、胚軸において根の成長点が位置する側の一方の端部から葉の成長点が位置する側の他方の端部に向かって、胚軸の長さの1%に相当する距離の位置から長さの75%に相当する距離の位置までのいずれかの位置であることが好ましく、胚軸の長さの25%に相当する距離の位置から長さの50%に相当する距離の位置までのいずれかの位置であることがより好ましい。
【0010】
本発明は、さらに、発根力を向上させた種子を提供するものである。この種子は、植物の種子に対して上記の処理を施すことによって得ることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の種子処理方法によって処理された種子は、処理されていない種子の発芽後の苗に断根処理を行った場合と同様の断根効果を奏する。すなわち、本発明の方法で処理された種子から発芽した苗は、苗に断根処理を行った場合と同様に、不定根が増加し、通常の根より広くかつ多く根を張ることによって栄養の吸収力が増大するため、作物の収穫量が増加し、品質が向上する。また、このような苗は、通常の根より広くかつ多く根を張ることによって、倒れにくくなる。さらに、本発明によれば、例えば切り込み線が胚軸に形成されるだけなので、種子の外形的な大きさには影響を及ぼさない。したがって、この種子は、従来の播種機を用いて播種することができるため、機械化された栽培方法を適用して、断根処理と同様の効果を有する植物の大規模栽培を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態に係る種子処理方法を適用するのに適した種子である大豆の構造と、切り込み線を形成する位置とを示す模式図である。
図2】大豆について本発明に係る種子処理方法を用いたときの効果を示す写真であり、(a)は切り込み線が形成された大豆の種子を生長させたときの根の状態であり、(b)は切り込み線が形成されていない大豆の種子を生長させたときの根の状態である。
図3】インゲン豆について本発明に係る種子処理方法を用いたときの効果を示す写真であり、(a)は切り込み線が形成されたインゲン豆の種子を生長させたときの根の状態であり、(b)は切り込み線が形成されていないインゲン豆の種子を生長させたときの根の状態である。
図4】小豆について本発明に係る種子処理方法を用いたときの効果を示す写真であり、(a)は切り込み線が形成された小豆の種子を生長させたときの根の状態であり、(b)は切り込み線が形成されていない小豆の種子を生長させたときの根の状態である。
図5】カボチャについて本発明に係る種子処理方法を用いたときの効果を示す写真であり、切り込み線が形成されたカボチャの種子を生長させたときの根の状態である。
図6】トマトについて本発明に係る種子処理方法を用いたときの効果を示す写真であり、切り込み線が形成されたトマトの種子を生長させたときの根の状態である。
図7】断根処理を行ったときの根の状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明による種子処理方法は、植物の種子の胚軸の端部に存在する根の成長点又は根の成長点を含む部分を、胚軸の一部が連続した状態で、又は胚軸を完全に切断した状態で、胚軸のその他の部分から分離することによって、種子が発芽して苗になったときに行われる従来の断根処理と同様の効果を奏するものである。従来の断根処理は、種子が発芽して双葉が成長し、本葉が出たタイミングの苗において、根を切り落とす処理である。断根後の苗では、図7に示されるように、新しい多数の不定根が茎から発生するようになる。不定根は、通常の根と比較して、発根量が多く、かつ広範囲に広がるように成長し、多くの栄養を広い範囲から吸収することができる。本発明による種子処理方法を用いれば、苗に対して従来の断根処理を行ったときと同様の効果を有する、発根力を向上させた種子を得ることができる。
【0014】
本発明による種子処理方法において、根の成長点又は根の成長点を含む部分を、胚軸の一部が連続した状態で、又は胚軸を完全に切断した状態で、胚軸のその他の部分から分離するための方法は、例えば、胚軸のいずれかの位置に切り込み線を形成する方法、根の成長点又は根の成長点を含む部分を胚軸から除去する方法、胚軸のいずれかの位置に1つ又は複数の孔を形成する方法などが考えられるが、これらに限定されるものではない。本明細書では、胚軸のいずれかの位置に切り込み線を形成する方法を行う場合を用いて本発明を具体的に説明するが、これらの説明は、例えば胚軸のいずれかの位置に孔を形成する方法を用いる場合などにおいても同様である。
【0015】
本発明による種子処理方法を用いることができる植物の種類は、特に限定されるものではないが、豆科植物であることが好ましい。豆科植物は、無胚乳種子であり、種子の胚軸が種皮の直下に位置する。そのため、胚軸の少なくとも一部の位置を種皮を通して視認することができるか、又は視認できなくても胚軸の位置を容易に判別することができる。したがって、このような豆科植物の種子は、胚軸の位置がわかりやすく、切り込み線を形成しやすい。
【0016】
胚軸の少なくとも一部の位置を種皮を通して視認することができる豆科植物は、例えば大豆である。ただし、大豆であっても種皮の色が濃い個体は胚軸を視認しにくい。胚軸を視認しにくい大豆や、インゲン豆、小豆などの豆科植物は、胚軸を視認できなくても、いわゆる「へそ」の位置を基準として胚軸の位置を容易に判別することができる。
【0017】
図1は、豆科植物のうち大豆の種子の構造を示す模式図である。他の豆科植物も、概ね同様の構造を有する。図1(a)は、大豆の種子の正面図であり、図1(b)は、大豆の種子の縦断面側面図である。また、図1(c)は、切り込み線の形成位置を示す。
【0018】
図1(a)及び図1(b)に示されるように、大豆の種子は、種皮、胚軸・幼葉・子葉を含む胚、及び一般にへそと呼ばれる部分を有する。胚軸の一方の端部(へそに近い方の端部)付近には根の成長点が存在し、胚軸の他方の端部(へそから遠い方の端部)には葉の成長点が存在する。幼葉は種子の深さ方向に入り込んでいる。
【0019】
本発明による種子処理方法は、豆科植物以外の植物についても用いることができる。豆科植物以外の植物として、例えば、かぼちゃ、メロン、スイカ、きゅうりなどの種子に対しても、本発明を用いて胚軸のいずれかの位置に切り込み線を形成することによって、発根力を向上させることができる。
【0020】
さらにその他の植物の種子においても、胚軸に切り込み線を入れることができる種子であれば、本発明を用いることができる。例えばトマトの場合には、種子の中心部から約1/2程度離れた位置に切り込み線を形成すればよい。
【0021】
切り込み線を形成する場合、その位置は、図1(c)に示されるように、種子の胚軸の長さ方向のいずれかの位置とすることができる。切り込み線は、胚軸の一方の端部、すなわちへそに近い方の端部から、胚軸の他方の端部、すなわちへそから遠い方の端部までのいずれかの位置に形成することができる。胚軸の一方の端部側には根の成長点があり、胚軸の他方の端部側には葉の成長点があるため、換言すれば、切り込み線は、根の成長点と葉の成長点との間に形成することができる。このように胚軸に切り込み線が形成された種子は、本葉が成長する部分は残されているため、問題なく発芽する。なお、胚軸が視認できない種子については、へその長さ方向の両端部から若干離れた位置に、それぞれ切り込み線を形成すればよい。この場合に切り込み線を形成する位置は、種子の大きさに応じて、へその両端部から1mm~3mm離れた位置であることが好ましい。
【0022】
図1(c)に示されるように、切り込み線は、胚軸の一方の端部(根の成長点が位置する側の端部)から他方の端部(葉の成長点が位置する側の端部)に向かう方向にみて、胚軸全体の長さの1%に相当する位置から胚軸全体の長さの75%に相当する位置までの間のいずれかの位置に形成することがより好ましい。さらに、切り込み線は、胚軸全体の長さの25%に相当する位置から胚軸全体の長さの50%に相当する位置までの間のいずれかの位置に形成することがさらに好ましい。なお、胚軸全体の長さの1%に相当する位置に切り込み線を形成することは、根の成長点及びその周辺部分を胚軸の他の部分から分離した状態に概ね対応する。
【0023】
胚軸の一方の端部から他方の端部に向かって胚軸全体の長さの75%に相当する位置より遠い位置に切り込み線を形成することも可能であるが、切り込み線の位置が胚軸の他方の端部(すなわち、葉の成長点が存在する方の端部)に近くなると、切り込み線の形成時の工作精度によっては胚軸が種子から脱落し、成長しない場合があるので、注意が必要である。
【0024】
切り込み線は、胚軸を完全に切断するように形成されることが好ましい。このように切り込み線を形成すれば、胚軸の中心部に存在する養分の通道の機能を果たす部分が切断されることになる。すなわち、切り込み線は、胚軸の長さ方向を横切る向きに、少なくとも胚軸の直径より長く形成されることが好ましい。また、切り込み線は、種子の深さ方向に、胚軸の直径より深く形成されることが好ましい。種子の大きさに応じて、胚軸の表面から1.5mm~2.5mmの深さで切り込み線を形成すれば、胚軸を深さ方向に完全に切断することができる。
【0025】
図2図4は、それぞれ大豆、インゲン豆及び小豆の種子に対して本発明に係る種子処理方法を用いて種子に切り込み線を形成し、種子を栽培して生長させたときの苗(a)と、切り込み線を形成しない種子を栽培して生長させたときの苗(b)とを比較した写真である。いずれも、温度26°C~28°C、相対湿度20%~25%の環境で栽培したものである。大豆、インゲン豆及び小豆のいずれも、切り込み線を形成して成長させた苗(a)では、切り込み線を形成しない種子を生長させた苗(b)とは根の形状が異なっており、断根処理を行った苗(図7参照)と同様に、不定根が発生していることがわかる。
【0026】
また、図5及び図6は、それぞれカボチャ及びトマトの種子に対して本発明に係る種子処理方法を用いて種子に切り込み線を形成し、種子を栽培して生長させたときの苗の写真である。いずれも、温度26°C~28°C、相対湿度20%~25%の環境で栽培したものである。これらの苗においても、断根処理を行った苗(図7参照)と同様に、不定根が発生していることがわかる。
【0027】
切り込み線は、胚軸の一部が連続した状態でとどまるように形成すること、すなわち胚軸を完全には切断しないように形成することも可能である。この場合には、胚軸の中心部に存在する養分の通道の機能を果たす部分が切断されるように、少なくとも胚軸の直径の半分以上の深さまで切り込み線が形成されることが好ましい。また、例えば胚軸に孔を形成する方法の場合でも、同様に、少なくとも胚軸の中心部分が切断されるように1つ又は複数の孔が形成されることが好ましい。
【0028】
本発明に係る種子処理方法において切り込み線又は孔を胚軸に形成する方法は、特に限定されるものではない。例えば、カッターやドリルなどを用いて手作業で切り込み線又は孔を胚軸に形成することができる。また、より効率的に切り込み線又は孔を胚軸に形成することができるように、複数の種子を向きを揃えて配置することができるとともに、それらの複数の種子に連続的に切り込み線又は孔を形成することができるようにした自動形成装置を用いることもできる。こうした装置における切り込み線又は孔の形成は、カッター、レーザー、ドリルなどを用いて行うことができる。
【実施例
【0029】
[実験に用いた品種]
豆科植物である大豆、インゲン豆及び小豆を用いた。用いた大豆、インゲン豆及び小豆の品種は表1のとおりである。いずれの種子も、2019年に収穫されたものであった。大豆は、大粒種として晩生光黒(黒豆)及びつるの子豆(白豆)、中粒種としてキタノムスメ(白豆)及びキタホマレ(白豆)、小粒種として黒千石(黒豆)、スズマル(白豆)及びモンゴル豆(白豆)を準備した。インゲン豆は、虎豆及び中長うずら豆を、小豆は、しゅまり及び大納言小豆を準備した。
【0030】
【表1】
【0031】
[発芽力の確認]
表1に示された11品種の種子について、発芽力を調べるための実験を行った。各品種について100個の種子を、温度26°C~28°C、相対湿度20%~25%の環境で栽培し、発芽率を求めた。これを3回繰り返し、3回の平均値を求めた。このようにして求めた各品種の種子の発芽率を表2に示す。
表2の結果から、いずれの品種の種子も、98%~100%の発芽率を有するものであった。
【0032】
【表2】
【0033】
[切り込み線形成箇所別の断根効果の確認]
表1に示された11品種の種子のうち、胚軸を視認しやすい大粒種の大豆「つるの子豆」を用いて、切り込み線の形成位置の違いによる断根効果の確認を行った。切り込み線の形成位置は、胚軸の一方の端部(へそに近い方の端部)から他方の端部(へそから遠い方の端部)に向かう方向にみて、胚軸全体の長さの1%に相当する位置、25%に相当する位置、50%に相当する位置、及び75%に相当する位置の4箇所とした(図1(c)参照)。切り込み線は、胚軸を完全に切断するように形成した。各位置に切り込み線を形成した種子を、それぞれ100個準備し、温度26°C~28°C、相対湿度20%~25%の環境で栽培して、断根状態を確認することにより断根率を求めた。これを3回繰り返し、3回の平均値を求めた。断根状態の確認は、ポートで発芽させた育苗を取り出し、根の形状を観察することによって行った。
このようにして求めた切り込み線位置ごとの断根率を表3に示す。
【0034】
【表3】
【0035】
胚軸の一方の端部から他方の端部に向かう方向に見て胚軸の長さの1%に相当する位置に切り込み線を形成した場合には、300個の種子のうち断根された苗(断根苗)の割合(断根率)は98.3%、断根されなかった苗(非断根苗)の割合は1.3%であった。同様に、25%に相当する位置及び50%に相当する位置に切り込み線を形成した場合には、それぞれ、断根された苗の割合は99.3%及び99.7%、断根されなかった苗の割合は0%であった。75%に相当する位置に切り込み線を形成した場合には、断根された苗の割合は94.0%であり、断根されなかった苗はなかったものの、発芽しなかった種子(不発芽)の割合が6%であった。種子が発芽しなかった原因は、切り込み線の形成位置が葉の成長点に近い位置であり、胚軸が種子から脱落して成長しなかったためである。ただし、これは、切り込み線形成時の工作精度を高めることによって改善可能であると考えられる。
【0036】
[品種別の断根効果の確認]
表1に示される11品種の種子について、断根効果の確認を行った。切り込み線の形成位置は、胚軸の一方の端部(へそに近い方の端部)から他方の端部(へそから遠い方の端部)に向かう方向にみて、胚軸全体の長さの25%に相当する位置と50%に相当する位置との間であった。この位置に切り込み線が形成されるようにするために、小粒種の種子については、へそから1mm離れた位置に切り込み線を形成し、それ以外の種子についてはへそから2~3mm離れた位置に切り込み線を形成した。切り込み線の深さは、1.5~2mmであった(なお、小豆については、後述されるように、2回目及び3回目の実験時に切り込み線の深さを2~2.5mmに変更した)。
【0037】
切り込み線を形成した各品種の種子を、それぞれ100個準備し、温度26°C~28°C、相対湿度20%~25%の環境で栽培して、断根状態を確認することにより断根率を求めた。これを3回繰り返し、3回の平均値を求めた。断根状態の確認は、ポートで発芽させた育苗を取り出し、根の形状を観察することによって行った。
このようにして求めた品種ごとの断根率を表4に示す。
【0038】
【表4】
【0039】
表4に示されるように、大豆については、種子の大きさに関わらず、断根された苗(断根苗)の割合(断根率)は98.7%~100%であった。インゲン豆については、断根された苗の割合は97.3%~99.0%であった。小豆については、1回目の実験では断根されなかった苗(非断根苗)の割合が高かった。これは、切り込み線の深さ1.5~2mmでは胚軸が完全に切断されなかったことが原因であると考えられる。2回目及び3回目の実験では、切り込み線の深さが2~2.5mmとなるように処理したところ、断根された苗の割合は、91.5%及び93.5%となった。
【0040】
なお、品種ごとの断根効果を確認する際には、切り込み線を形成した種子をポートに播種し、断根の状態を確認するときに、断根された種子と断根されなかった種子の発芽速度も確認した。その結果、断根されなかった種子の方が平均して約2日発芽が早かった。これは、断根された種子の場合には根の成長点が機能しておらず、枝が伸びる力だけで発芽するため、地面から苗が出る力が弱いことが原因であると考えられる。ただし、断根された苗は、伸びた枝から発根するまで時間がかかるため生長速度は若干遅いものの、発根後の生長速度は、断根されなかった苗と比較して差がないことを確認した。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7