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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-28
(45)【発行日】2023-01-12
(54)【発明の名称】基質溶液
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/34 20060101AFI20230104BHJP
   C12N 9/96 20060101ALN20230104BHJP
   C12N 9/16 20060101ALN20230104BHJP
【FI】
C12Q1/34
C12N9/96
C12N9/16 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018034728
(22)【出願日】2018-02-28
(65)【公開番号】P2019146541
(43)【公開日】2019-09-05
【審査請求日】2020-12-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年8月31日~9月1日にイノベーション・ジャパン2017~大学見本市&ビジネスマッチング~において発表
(73)【特許権者】
【識別番号】397022911
【氏名又は名称】学校法人甲南学園
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100075409
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久一
(74)【代理人】
【識別番号】100129757
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久彦
(74)【代理人】
【識別番号】100115082
【弁理士】
【氏名又は名称】菅河 忠志
(74)【代理人】
【識別番号】100125243
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 浩彰
(72)【発明者】
【氏名】甲元 一也
(72)【発明者】
【氏名】塩江 一磨
(72)【発明者】
【氏名】木全 伸介
【審査官】中野 あい
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/035856(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0293110(US,A1)
【文献】特開2018-158317(JP,A)
【文献】特開2012-100654(JP,A)
【文献】特開平01-193337(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 3/00
C12N 9/00- 9/99
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.0001w/v%以上0.1w/v%以下のリパーゼ基質と、2000mM以上3000mM以下の一般式(1)に示すベタイン誘導体とを含み、
前記一般式(1)に示すベタイン誘導体1000mMに対する前記リパーゼ基質の濃度は、0.0001%以上0.05%以下である、基質溶液。
【化1】

[一般式(1)中、R~Rは、同一又は異なって、炭素数5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。]
【請求項2】
前記一般式(1)中、R~R、n-ペンチル基である、請求項1に記載の基質溶液。
【請求項3】
一般式(1)に示すベタイン誘導体を含む、リパーゼ基質の可溶化剤であって、
0.0001w/v%以上0.1w/v%以下のリパーゼ基質と、2000mM以上3000mM以下の一般式(1)に示すベタイン誘導体とを含み、且つ、前記一般式(1)に示すベタイン誘導体1000mMに対する前記リパーゼ基質の濃度が0.0001%以上0.05%以下となるように混合して用いられる、可溶化剤。
【化2】

[一般式(1)中、R~Rは、同一又は異なって、炭素数5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。]
【請求項4】
前記一般式(1)中、R~R、n-ペンチル基である、請求項3に記載の可溶化剤。
【請求項5】
2000mM以上3000mM以下の一般式(1)に示すベタイン誘導体と、0.0001w/v%以上0.1w/v%以下のリパーゼ基質とを、前記一般式(1)に示すベタイン誘導体1000mMに対する前記リパーゼ基質の濃度が0.0001%以上0.05%以下となるようにして水性溶媒中で共存させることを特徴とする、リパーゼ基質の可溶化方法。
【化3】

[一般式(1)中、R~Rは、同一又は異なって、炭素数5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。]
【請求項6】
前記一般式(1)中、R~R、n-ペンチル基である、請求項5に記載の可溶化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、難水溶性基質であるリパーゼ基質を可溶化できる可溶化剤とリパーゼ基質とを含む基質溶液、および難水溶性基質であるロイコ型色原体を可溶化できる可溶化剤とロイコ型色原体とを含む基質溶液等に関する。
【背景技術】
【0002】
抗原-抗体反応を利用した組織染色や、抗体を利用したELISAのような高感度検出法において、可視化や定量に使われる標識酵素用の発色基質及び発光基質(標識酵素であるペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等の基質)が数多く開発されている。このような発色基質及び発光基質の多くは可視領域に鮮やかな色調を呈すように、広いπ共役系を有している。また同時に、そのような広いπ共役系を有する化合物は検査に使用される媒体である水に極めて溶けにくい性質を持っている。例えば、がん組織染色に利用されている発色基質である3,3’-ジアミノベンジジン(DAB)は、アミノ基を塩酸や酢酸でプロトン化すれば酸性水溶液に対して1g/50mL程度の溶解度を示すが、中性水溶液にはほとんど溶解性を示さない。しかし、溶解に適した酸性水溶液でも、保存するとDABは速やかに酸化されてしまう。半日~数日、酸性水溶液中にDABを放置すれば、基質として使用することは不可能となる。また、リパーゼ活性測定試験の基質として使用されるリパーゼ基質や、生化学検査試薬に汎用される酸化発色型色素であるロイコ型色原体も難水溶性であり、これらの基質を水に溶解させる際には有機溶媒に添加してから水に添加する等の対策を行う必要がある。
【0003】
このような発色基質及び発光基質は、細胞染色、組織染色、ELISA等の抗体を介した生体微量成分の高感度検出等のために、医療や研究開発の現場で多く使用されているが、発色基質及び発光基質の溶解が不十分であれば、基質不在のため標識酵素による発色又は発光反応が起こらずに偽陰性の結果を、逆に標識酵素による反応を経ずに発色基質及び発光基質が空気酸化してしまえば偽陽性の結果をもたらしてしまう。医療現場にせよ、研究開発の現場にせよ、難水溶性の発色基質及び発光基質を必要とされる濃度で溶解させ、安定に実験、検査に供せられる手法が強く望まれている。
【0004】
そこで、従来、難水溶性基質の溶解性の向上を図るべく、例えば、界面活性を有する脂質類や界面活性剤を使った可溶化法等が提案されている(特許文献1、非特許文献1参照)。しかしながら、特許文献1が開示する手法では難水溶性基質を脂質が形成するミセルやリポソームに内包させる必要があるために、難水溶性基質を事前に有機溶剤に可溶化させ、水溶液にインジェクションすることが不可欠となる。更に、このような有機溶剤の混入は、標識酵素等のタンパク質の変性を招いたり、可溶化に用いる脂質類や非特許文献1に記載の界面活性剤もタンパク質を変性させたり、その活性を低下させる可能性もある。
【0005】
そのため、市販の界面活性剤等に可溶化、分散させた基質溶液を消費期限内に使うか、実験の都度、基質を酢酸緩衝溶液に溶解させて速やかに使うかのいずれかの方法がとられているのが現状である。このような従来技術を背景として、標識酵素等のタンパク質の変性を招くことのない成分を使用して、難水溶性基質を簡便且つ高濃度で安定に可溶化できる可溶化技術の開発が切望されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】日本油化学会誌、第49巻、第1号、11-16頁(2000年)
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第01/068139号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、前記従来技術の問題点を鑑みて為されたものであり、その目的は、標識酵素等のタンパク質の変性を招くことがない成分を使用して、難水溶性基質であるリパーゼ基質又はロイコ型色原体を簡便且つ高濃度で安定に水性溶媒に可溶化できる可溶化技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、特定のベタイン誘導体及び特定のテトラアルキルアンモニウム塩には、難水溶性基質であるリパーゼ基質又はロイコ型色原体を簡便且つ高濃度で安定に水性溶媒に可溶化させる作用があり、リパーゼ基質又はロイコ型色原体の可溶化剤として有効であることを見出した。当該特定のベタイン誘導体及びテトラアルキルアンモニウム塩は、タンパク質の変性を招くことがないため、従来技術の問題点を総合的に解決できる可溶化として有効である。本発明は、かかる知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0010】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. リパーゼ基質と、一般式(1)に示すベタイン誘導体、及び/又は一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩とを含む基質溶液。
【化1】
[一般式(1)中、R~Rは、同一又は異なって、炭素数3~5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。]
【化2】
[一般式(2)中、R~Rは、同一又は異なって、炭素数3~5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。Xは、対アニオンを示す。]
項2. ロイコ型色原体と、一般式(1)に示すベタイン誘導体、及び/又は一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩とを含む基質溶液。
【化3】
[一般式(1)中、R~Rは、同一又は異なって、炭素数3~5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。]
【化4】
[一般式(2)中、R~Rは、同一又は異なって、炭素数3~5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。Xは、対アニオンを示す。]
項3. 前記一般式(1)中、R~Rは、同一又は異なって、n-ブチル基及び/又はn-ペンチル基である、項1又は項2に記載の基質溶液。
項4. 前記一般式(2)中、R~Rは、同一又は異なって、n-ブチル基及び/又はn-ペンチル基である、項1又は項2に記載の基質溶液。
項5. 一般式(1)に示すベタイン誘導体、及び/又は一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩を含む、リパーゼ基質及び/又はロイコ型色原体の可溶化剤。
【化5】
[一般式(1)中、R~Rは、同一又は異なって、炭素数3~5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。]
【化6】
[一般式(2)中、R~Rは、同一又は異なって、炭素数3~5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。Xは、対アニオンを示す。]
項6. 一般式(1)に示すベタイン誘導体及び/又は一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩と、リパーゼ基質及び/又はロイコ型色原体とを、水性溶媒中で共存させることを特徴とする、リパーゼ基質及び/又はロイコ型色原体の可溶化方法。
【化7】
[一般式(1)中、R~Rは、同一又は異なって、炭素数3~5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。]
【化8】
[一般式(2)中、R~Rは、同一又は異なって、炭素数3~5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。Xは、対アニオンを示す。]
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、可溶化剤によって難水溶性基質であるリパーゼ基質又はロイコ型色原体を簡便且つ高濃度に水性溶媒に溶解させた基質溶液を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.可溶化剤
本発明の可溶化剤は、難水溶性基質であるリパーゼ基質又はロイコ型色原体を水性溶媒に可溶化させるために使用される添加剤であり、一般式(1)に示すベタイン誘導体及び/又は一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩から構成されることを特徴とする。以下、本発明の可溶化剤について詳述する。
【0013】
[ベタイン誘導体]
本発明の可溶化剤として使用されるベタイン誘導体の構造は、下記一般式(1)に示す通りである。
【化9】
【0014】
一般式(1)において、R~Rは、同一又は異なって、炭素数3~5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。難水溶性基質であるリパーゼ基質又はロイコ型色原体をより一層効果的に高濃度で安定に可溶化させるという観点から、一般式(1)において、R~Rは、同一又は異なって、好ましくは炭素数3~5の直鎖状のアルキル基であり、更に好ましくはn-ブチル基及び/又はn-ペンチル基、特に好ましくはn-ペンチル基が挙げられる。
【0015】
一般式(1)に示すベタイン誘導体は、例えば、特開2009-96766号公報等に記載の有機合成法等によって得ることができる。
【0016】
[テトラアルキルアンモニウム塩]
本発明の可溶化剤として使用されるテトラアルキルアンモニウム塩の構造は、下記一般式(2)に示す通りである。
【化10】
【0017】
一般式(2)において、R~Rは、同一又は異なって、炭素数3~5の直鎖又は分岐状のアルキル基を示す。難水溶性基質であるリパーゼ基質又はロイコ型色原体をより一層効果的に高濃度で安定に可溶化させるという観点から、一般式(2)において、R~Rは、同一又は異なって、好ましくは炭素数3~5の直鎖状のアルキル基であり、更に好ましくはn-ブチル基及び/又はn-ペンチル基、特に好ましくはn-ペンチル基が挙げられる。
【0018】
一般式(2)において、Xは、対アニオンを示す。当該対アニオンの種類については、特に制限されないが、例えば、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ物イオン、フッ化物イオン等のハロゲン化物イオン;水酸化物イオン;酢酸イオン、硝酸イオン、亜硝酸イオン、硫酸イオン、リン酸イオン、過塩素酸イオン、過臭素酸イオン、過ヨウ素酸イオン、テトラフルオロホウ酸イオン、テトラフェニルホウ酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン等の有機酸又は無機酸のイオン等が挙げられる。これらの対アニオンの中でも、好ましくはハロゲン化物イオン、更に好ましくは塩化物イオンが挙げられる。
【0019】
[ベタイン誘導体及びテトラアルキルアンモニウム塩の組み合わせ態様]
本発明の可溶化剤として、一般式(1)に示すベタイン誘導体又は一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩のいずれか一方のみを使用してもよく、また、これらを組み合わせて使用してもよい。また、一般式(1)に示すベタイン誘導体を使用する場合、一般式(1)に示すベタイン誘導体の内、1種の構造のものを単独で使用してもよく、また2種以上の構造のものを組み合わせて使用してもよい。また、一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩を使用する場合、一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩の内、1種の構造のものを単独で使用してもよく、また2種以上の構造のものを組み合わせて使用してもよい。
【0020】
[難水溶性基質]
本発明の可溶化剤の可溶化対象は、難水溶性基質であるリパーゼ基質又はロイコ型色原体である。ここで、「難水溶性基質」とは、20℃において、1g又は1mLを溶かすに要する水の量が10000mL以上であり、リパーゼ、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等の酵素の作用を受けて発色又は発光する難水溶性の基質を意味する。なお、本明細書において、リパーゼ基質及びロイコ型色原体を「難水溶性基質」と称することがある。
【0021】
難水溶性基質は、保存中に酸化等を受けると、基質としての機能を喪失してしまうが、本発明の可溶化剤は、難水溶性基質の酸化等による機能喪失を抑制し、可溶化した状態で長期間安定に維持させることもできる。
【0022】
リパーゼ基質としては、例えば、長鎖脂肪酸のモノグリセライド、長鎖脂肪酸の1,2-ジグリセライド、長鎖脂肪酸のトリグリセライド、ポリエチレングリセロール長鎖脂肪酸エステル(1,2-ジオレオイルグリセロールなど)、1,2-ジグリセリド-D-ニトロフェノールラウリン酸エステル、三酪酸ジメチルカプロールの脂肪酸エステル、α-ナフチルパルミテートの脂肪酸エステル、1,2-o-ジラウリル-rac-グリセロ-3-グルタル酸-(6’-メチルレゾルフィン)-エステル、1,2-o-ジラウリル-rac-グリセロ-3-グルタル酸-(6-メチルレゾルフィン)-エステル等が挙げられる。リパーゼ基質は、中でも、1,2-o-ジラウリル-rac-グリセロ-3-グルタル酸-(6’-メチルレゾルフィン)-エステル[CAS番号 110033-82-4]、又は、1,2-o-ジラウリル-rac-グリセロ-3-グルタル酸-(6-メチルレゾルフィン)-エステル[CAS番号 195833-46-6]であることが好ましい。これらのリパーゼ基質は、市販品(例えば、Aldrich社製)を用いることができる。
【0023】
ロイコ型色原体としては、例えば、フェノチアジン系化合物、ジフェニルアミン系化合物、トリフェニルメタン系化合物等が挙げられる。このようなロイコ型色原体は、市販品等を用いることができる。
【0024】
フェノチアジン系化合物としては、例えば、10-(カルボキシメチルアミノカルボニル)-3,7-ビス(ジメチルアミノ)フェノチアジン、10-(メチルアミノカルボニル)-3,7-ビス(ジメチルアミノ)フェノチアジン、10-(N-メチルカルバモイル)-3-ジメチルアミノ-7-ヒドロキシ-10H-フェノチアジン、及びそれらの塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩)等が挙げられる。フェノチアジン系化合物は、中でも、10-(カルボキシメチルアミノカルボニル)-3,7-ビス(ジメチルアミノ)フェノチアジン又はその塩であることが好ましい。
【0025】
ジフェニルアミン系化合物としては、例えば、N-(カルボキシメチルアミノカルボニル)-4,4’-ビス(ジメチルアミノ)ジフェニルアミン、4,4’-ビス(ジメチルアミノ)ジフェニルアミン、及びそれらの塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩)等が挙げられる。ジフェニルアミン系化合物は、中でも、N-(カルボキシメチルアミノカルボニル)-4,4’-ビス(ジメチルアミノ)ジフェニルアミン又はその塩であることが好ましい。
【0026】
トリフェニルメタン系化合物としては、例えば、N,N,N’,N’,N’’,N’’-ヘキサ-3-スルホプロピル-4,4’,4’’-トリアミノトリフェニルメタン、及びそれらの塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩)等が挙げられる。
【0027】
本発明では、上記のようなロイコ型色原体を可溶化するために用いられ得るが、好ましくは、フェノチアジン系化合物又はジフェニルアミン系化合物を可溶化するために用いられ、より好ましくはフェノチアジン系化合物を可溶化するために用いられる。
【0028】
[使用態様]
本発明の可溶化剤は、難水溶性基質であるリパーゼ基質又はロイコ型色原体を可溶化させる水性溶媒に添加して使用される。
【0029】
本発明において、難水溶性基質を可溶化させる溶媒は、水性溶媒である。ここで、「水性溶媒」とは、水を必須として含む溶媒である。水性溶媒は、具体的には、水、水溶液(各種緩衝液等)であってもよく、また必要に応じて水溶性の有機溶剤等の他の成分を含んでいてもよい。
【0030】
本発明の可溶化剤を用いて難水溶性基質であるリパーゼ基質又はロイコ型色原体を水性溶媒に可溶化させるには、本発明の可溶化剤とリパーゼ基質又はロイコ型色原体とを水性溶媒中で共存させればよい。具体的には、水性溶媒に本発明の可溶化剤と難水溶性基質とを任意の順で添加して混合すればよいが、好適な方法として、水性溶媒に本発明の可溶化剤を添加して溶解させた後に、難水溶性基質を添加して混合する方法が挙げられる。
【0031】
難水溶性基質を可溶化させる水溶液に用いる本発明の可溶化剤の濃度については、可溶化させる難水溶性基質の種類や濃度、使用する可溶化剤の種類等に応じて適宜設定すればよいが、例えば250~3000mM、好ましくは250~2000mMが挙げられる。より具体的には、本発明の可溶化剤の構造毎の好適な範囲は以下に示す通りである。
~Rが炭素数3のアルキル基である一般式(1)に示すベタイン誘導体の場合:通常1000mM以上、好ましくは1000~3000mM、更に好ましくは1000~2000mM。
~Rが炭素数4のアルキル基である一般式(1)に示すベタイン誘導体の場合:通常500mM以上、好ましくは500~3000mM、更に好ましくは500~2000mM。
~Rが炭素数5のアルキル基である一般式(1)に示すベタイン誘導体の場合:通常250mM以上、好ましくは250~3000mM、更に好ましくは250~2000mM。
~Rが炭素数3のアルキル基である一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩の場合:通常500mM以上、好ましくは500~3000mM、更に好ましくは500~2000mM。
~Rが炭素数4のアルキル基である一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩の場合:通常250mM以上、好ましくは250~3000mM、更に好ましくは250~2000mM。
~Rが炭素数5のアルキル基である一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩の場合:通常250mM以上、好ましくは250~3000mM、更に好ましくは250~2000mM。
【0032】
また、本発明の可溶化剤によって溶解可能な難水溶性基質であるリパーゼ基質又はロイコ型色原体の濃度については、使用する難水溶性基質の種類や濃度等によって異なり、一律に規定することはできないが、例えば、以下の範囲が例示される。
リパーゼ基質の場合:水溶液全体に対して、0.0001w/v%~0.5w/v%程度、好ましくは0.0001w/v%~0.2w/v%程度、更に好ましくは0.0001w/v%~0.1w/v%程度。
ロイコ型色原体の場合:水溶液全体に対して、0.0001w/v%~5w/v%程度、好ましくは0.0001w/v%~2w/v%程度、更に好ましくは0.0001w/v%~1w/v%程度。
【0033】
2.基質溶液
本発明の基質溶液は、前記可溶化剤によって難水溶性基質であるリパーゼ基質又はロイコ型色原体を高濃度に可溶化できるので、リパーゼ、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等の酵素の基質溶液として提供できる。また、本発明の基質溶液は、標識酵素(リパーゼ、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等)を利用した測定キットの付属品として提供することもできる。
【0034】
本発明の基質溶液で使用される可溶化剤の種類や濃度、溶媒等については、前記「1.可溶化剤」の欄に記載の通りである。
【0035】
リパーゼ基質の可溶化剤とリパーゼ基質とを含む基質溶液を調製する場合、特に限定はされないが、リパーゼ基質の可溶化剤1000mMに対するリパーゼ基質の濃度は、0.1%未満であることが好ましく、0.09%以下であることがより好ましく、0.07%以下であることがさらに好ましく、0.05%以下であることが特に好ましい。リパーゼ基質の可溶化剤とリパーゼ基質の濃度の比率の上限値をこのように設定することにより、リパーゼ基質を安定に溶解させた基質溶液が簡便に得られる。リパーゼ基質の可溶化剤1000mMに対するリパーゼ基質の濃度の下限値は特に限定されないが、例えば、0.0001%以上とすることができる。なお、特に断りのない限り、「%」はw/v%を意味する。
【0036】
なお、リパーゼ基質の可溶化剤として用いる場合、可溶化剤全体に対する濃度は、例えば、一般式(1)に示すベタイン誘導体及び/又は一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩を一般には1500mM以上含むことができ、2000mM以上含むことが好ましく、2200mM以上含むことがより好ましく、2500mM以上含むことがさらに好ましい。リパーゼ基質の可溶化剤の濃度を上記のように設定することにより、リパーゼ基質の溶解にかかる時間が短くなり、リパーゼ基質溶液をより簡便に得ることができる。一般式(1)に示すベタイン誘導体及び/又は一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩の含有量の上限値は特に限定されないが、例えば、10000mM以下とすることができる。また、このようにして可溶化させたリパーゼ基質溶液を水等の水性溶媒で、例えば2~5倍程度、好ましくは2~3倍程度、より好ましくは2倍程度希釈しても可溶化状態を維持することができる。
【0037】
ロイコ型色原体の可溶化剤とロイコ型色原体とを含む基質溶液を調製する場合、特に限定はされないが、ロイコ型色原体の可溶化剤1000mMに対するロイコ型色原体の濃度は、5%以下であることが好ましく、3%以下であることがより好ましく、2%以下であることがさらに好ましく、1%以下であることが特に好ましい。ロイコ型色原体の可溶化剤とロイコ型色原体の濃度の比率の上限値をこのように設定することにより、ロイコ型色原体を安定に溶解させた基質溶液が簡便に得られる。ロイコ型色原体の可溶化剤1000mMに対するロイコ型色原体の濃度の下限値は特に限定されないが、例えば、0.0001%以上とすることができる。
【0038】
また、ロイコ型色原体の可溶化剤として用いる場合、可溶化剤全体に対する濃度は、例えば、一般式(1)に示すベタイン誘導体及び/又は一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩を一般には500mM以上含むことができ、700mM以上含むことが好ましく、1000mM以上含むことがより好ましい。ロイコ型色原体の可溶化剤の濃度を上記のように設定することにより、ロイコ型色原体の溶解にかかる時間が短くなり、ロイコ型色原体溶液をより簡便に得ることができる。一般式(1)に示すベタイン誘導体及び/又は一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩の含有量の上限値は特に限定されないが、例えば、10000mM以下とすることができる。また、このようにして可溶化させたロイコ型色原体溶液を水等の水性溶媒で、例えば2~5倍程度、好ましくは2~3倍程度、より好ましくは2倍程度希釈しても可溶化状態を維持することができる。
【実施例
【0039】
以下、試験例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの試験例に限定されるものではない。
【0040】
ベタイン誘導体の準備
以下に示す構造のベタイン誘導体(ベタイン3~5)を準備した。ベタイン3~5は特開2010-220607号公報等に記載の公知の合成方法を用いて合成した。
【0041】
【化11】
【0042】
テトラアルキルアンモニウム塩の準備
テトラアルキルアンモニウム塩は、市販のテトラメチルアンモニウムクロライド(型番T0136、東京化成工業製)、テトラエチルアンモニウムクロライド(型番T0095、東京化成工業製)、テトラプロピルアンモニウムクロライド(型番T2106、東京化成工業製)、テトラブチルアンモニウムクロライド(型番T0055、東京化成工業製)、テトラアミルアンモニウムクロライド(型番T1433、東京化成工業製)を使用した。本実験では対アニオンとしてクロライド(塩化物イオン)を用いた。
【0043】
試験例1:リパーゼ基質の溶解試験
ベタイン誘導体水溶液に対するリパーゼ基質の溶解挙動を調べるために次の実験を行った。リパーゼ基質は、市販のLipase Substrate(1,2-o-ジラウリル-rac-グリセロ-3-グルタル酸-(6-メチルレゾルフィン)-エステル、CAS番号195833-46-6、Aldrich製)を使用した。ベタイン誘導体としてはベタイン5を用いた。
【0044】
試験管にリパーゼ基質を5mg秤量し、蒸留水又は2000mMのベタイン5を含むベタイン誘導体水溶液を5mL加え、室温下で1時間撹拌した。
【0045】
その結果、蒸留水では、リパーゼ基質は溶解性をほとんど示さず、リパーゼ基質が固体状態として沈殿、浮遊していたが、ベタイン5を含むベタイン誘導体水溶液では、リパーゼ基質が完全に溶解していた。
【0046】
試験例2:ロイコ型色原体(フェノチアジン系化合物)の溶解試験(1)
ベタイン誘導体水溶液に対するフェノチアジン系化合物の溶解挙動を調べるために次の実験を行った。フェノチアジン系化合物は、市販のDA-67(10-(カルボキシメチルアミノカルボニル)-3,7-ビス(ジメチルアミノ)フェノチアジン、CAS番号115871-18-6、和光純薬製)を使用した。ベタイン誘導体としてはベタイン5を用いた。
【0047】
試験管にフェノチアジン系化合物を3mg秤量し、蒸留水又は1000mMのベタイン5を含むベタイン誘導体水溶液を0.3mL加え、室温下で1時間撹拌した。
【0048】
その結果、蒸留水では、フェノチアジン系化合物は溶解性をほとんど示さず、フェノチアジン系化合物が固体状態として沈殿、浮遊していたが、ベタイン5を含むベタイン誘導体水溶液では、1%という高濃度でありながらフェノチアジン系化合物が完全に溶解していた。
【0049】
また、この溶解したフェノチアジン系化合物の水溶液を水で2倍希釈したところ、溶解性が維持されたままで可溶化した状態が保たれることも確認できた。
【0050】
試験例3:ロイコ型色原体(フェノチアジン系化合物)の溶解試験(2)
試験例2において、ベタイン誘導体にベタイン4を用いた以外は試験例2と同様にして試験を行った。
【0051】
その結果、ベタイン4を含むベタイン誘導体水溶液でも、ベタイン5を含むベタイン誘導体水溶液と同様に、フェノチアジン系化合物が完全に溶解していた。また、ベタイン3を含むベタイン誘導体水溶液でもフェノチアジン系化合物を溶解させることができる。これらのことより、一般式(1)に示すベタイン誘導体はリパーゼ基質及びフェノチアジン系化合物の可溶化剤として使用可能であるといえる。
【0052】
試験例4:テトラアルキルアンモニウム塩の評価
試験例2において、ベタイン誘導体を一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩に変更した以外は試験例2と同様にして試験を行う。テトラアルキルアンモニウム塩としてはテトラプロピルアンモニウムクロライド、テトラブチルアンモニウムクロライド、又はテトラペンチルアンモニウムクロライドを用いる。
【0053】
このような評価試験により、テトラアルキルアンモニウム塩でも、ベタイン誘導体水溶液と同様に、フェノチアジン系化合物が完全に溶解させることができる。このことより、一般式(2)に示すテトラアルキルアンモニウム塩もリパーゼ基質及びフェノチアジン系化合物の可溶化剤として使用可能であるといえる。