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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-28
(45)【発行日】2023-01-12
(54)【発明の名称】皮膚ガス測定装置及び皮膚ガス測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20230104BHJP
   G01N 33/497 20060101ALI20230104BHJP
【FI】
G01N21/64 Z
G01N33/497 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2017241464
(22)【出願日】2017-12-18
(65)【公開番号】P2019109105
(43)【公開日】2019-07-04
【審査請求日】2020-12-15
(73)【特許権者】
【識別番号】500433225
【氏名又は名称】学校法人中部大学
(74)【代理人】
【識別番号】100143410
【弁理士】
【氏名又は名称】牧野 琢磨
(72)【発明者】
【氏名】神野 直哉
(72)【発明者】
【氏名】下内 章人
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-205061(JP,A)
【文献】特開平08-159955(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0054294(US,A1)
【文献】特開2001-004543(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0289782(US,A1)
【文献】米国特許第07829345(US,B1)
【文献】CHE, DC. et al.,Emanation of hydroxyl radicals from human skin,IEEE SENSORS JOURNAL,2013年04月,Vol.13,No.4,1223-1227
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/64-21/74
G01N 33/48-33/98
A61B 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ誘起蛍光法により生体表面から発生する皮膚ガス中の活性酸素種を測定する皮膚ガス測定装置であって、測定対象者の皮膚を接触させ、皮膚ガスを放出させる測定室と、前記測定室内に雰囲気ガスを導入するガス供給手段と、前記測定室内のガスの温度を測定対象者の体温より高いあらかじめ設定された温度に制御するガス温度制御手段と、前記測定室に放出され雰囲気ガスと混合された皮膚ガスに、測定対象の皮膚ガス成分を励起するレーザ光を照射するレーザ照射手段と、皮膚ガスへのレーザ光照射により生じる蛍光を検出し、皮膚ガス成分の分子の個数を計測する蛍光測定手段と、を備え、前記測定室は、開口部を有し、前記開口部を閉塞することにより外部と遮断され、前記測定室の内部の雰囲気を雰囲気ガスへの置換可能であり、前記開口部に測定対象者の皮膚を密着させて閉塞することにより前記測定室の内部に皮膚ガスを導入可能に構成されていることを特徴とする皮膚ガス測定装置。
【請求項2】
前記雰囲気ガスは純空気であることを特徴とする請求項1に記載の皮膚ガス測定装置。
【請求項3】
前記活性酸素種はヒドロキシラジカルであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の皮膚ガス測定装置。
【請求項4】
レーザ誘起蛍光法により皮膚表面から発生する皮膚ガス中の活性酸素種を測定する皮膚ガス測定方法であって、開口部を有し、前記開口部を閉塞することにより外部と遮断され、内部の雰囲気を雰囲気ガスへの置換可能であり、前記開口部に測定対象者の皮膚を密着させて閉塞することにより内部に皮膚ガスを導入可能に構成されている測定室に雰囲気ガスを導入する工程と、前記測定室内のガスの温度を測定対象者の体温より高いあらかじめ設定された温度に制御する工程と、前記開口部に測定対象者の皮膚を接触させ、皮膚ガスを放出させる工程と、前記測定室に放出され雰囲気ガスと混合された皮膚ガスに、測定対象の皮膚ガス成分を励起するレーザ光を照射する工程と、皮膚ガスへのレーザ光照射により生じる蛍光を検出し、皮膚ガス成分の分子の個数を計測する工程と、を備えたことを特徴とする皮膚ガス測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ誘起蛍光法により生体表面から発生する皮膚ガスの成分を測定する皮膚ガス測定装置及び皮膚ガス測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体表面から発生する皮膚ガスには、種々の代謝過程で生じるガス成分が含まれており、近年、生体内代謝情報を反映するマーカーとしてガス成分を分析することが試みられている。
【0003】
従来、ガス採取手段により皮膚表面から皮膚ガスを吸引して採取し、その後ガス分析装置に導入して測定する装置(例えば、特許文献1)や容器に皮膚ガスを貯留させ、容器に貯留された皮膚ガスを測定装置に導出する装置(例えば、特許文献2)などが提案されてきた。
【0004】
特に、ヒドロキシラジカル(OHラジカル)などの活性酸素種は、酸化ストレスの指標として注目されている。活性酸素種のような皮膚ガス中の測定対象となるガス成分は、極めて低濃度であり、上述のような方法では、高精度の測定を行うことはできない。実際に平地における環境大気のOHラジカルの濃度はpptレベルであり,日内変動を伴うことが知られている(非特許文献1、2)。ヒト皮膚から放出されるOHラジカルの濃度もそれとほぼ同レベルと考えられる(非特許文献3)。従って、通常の大気環境下では皮膚から放出されるOHラジカルの高精度な計測は難しい。更に、活性酸素種以外の皮膚ガスの高感度分析についても変動する環境中微量物質の影響を受けやすい。
【0005】
高精度な分析技術として、レーザ誘起蛍光法を用いて皮膚ガスの測定対象の成分を測定する方法も提案されている(特許文献3)。レーザ誘起蛍光法は、測定対象である原子または分子状の化学種に対し、その励起準位に応じたレーザ光を照射することにより励起し、それにより生じる蛍光を測定することにより当該化学種の量を測定する方法であり、高感度かつ選択性の高い分析技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2005-214855号公報
【文献】特開2002-195919号公報
【文献】特開2013-205061号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】C. C. Wang and L. I. Davis, “Measurement of hydroxyl concentrations in air using a tunable uv laser beam,” Phys. Rev. Lett., vol. 32, no. 7, pp. 349-352, Feb. 1974.
【文献】D. E. Heard and M. J. Pilling, “Measurement of OH and HO2 in the troposphere,” Chem. Rev., vol. 103, no. 12, pp. 5163-5198, Nov. 2003
【文献】Che DC, Shimouchi A, Mizukami T, Nose K, Seiyama A, Kasai T. Emanation of hydroxyl radicals from human skin. IEEE Sensors J 13(4):1223-1227, 2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上述の技術では、測定雰囲気及び測定温度による測定値の変動が大きく、安定した高精度の皮膚ガス成分(活性酸素種)の測定が困難であった。
【0009】
そこで、本発明では、皮膚ガス成分、特に活性酸素種の測定を高精度で行うことができる皮膚ガス測定装置及び皮膚ガス測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、レーザ誘起蛍光法により生体表面から発生する皮膚ガス中の活性酸素種を測定する皮膚ガス測定装置であって、測定対象者の皮膚を接触させ、皮膚ガスを放出させる測定室と、前記測定室内に雰囲気ガスを導入するガス供給手段と、前記測定室内のガスの温度を測定対象者の体温より高いあらかじめ設定された温度に制御するガス温度制御手段と、前記測定室に放出され雰囲気ガスと混合された皮膚ガスに、測定対象の皮膚ガス成分を励起するレーザ光を照射するレーザ照射手段と、皮膚ガスへのレーザ光照射により生じる蛍光を検出し、皮膚ガス成分の分子の個数を計測する蛍光測定手段と、を備え、 前記測定室は、開口部を有し、前記開口部を閉塞することにより外部と遮断され、前記測定室の内部の雰囲気を雰囲気ガスへの置換可能であり、前記開口部に測定対象者の皮膚を密着させて閉塞することにより前記測定室の内部に皮膚ガスを導入可能に構成されている、という技術的手段を用いる。ここで、本発明における「活性酸素種」とは、酸素の誘導体の総称であり、特に、ヒドロキシラジカル(OHラジカル)、スーパーオキサイド、過酸化水素、など、生体内で生成されるものをいう。
【0011】
請求項2に記載の発明では、請求項1に記載の皮膚ガス測定装置において、前記雰囲気ガスは純空気である、という技術的手段を用いる。
【0013】
請求項に記載の発明では、請求項1または請求項2に記載の皮膚ガス測定装置において、前記活性酸素種はヒドロキシラジカルである、という技術的手段を用いる。
【0014】
請求項4に記載の発明では、レーザ誘起蛍光法により皮膚表面から発生する皮膚ガス中の活性酸素種を測定する皮膚ガス測定方法であって、開口部を有し、前記開口部を閉塞することにより外部と遮断され、内部の雰囲気を雰囲気ガスへの置換可能であり、前記開口部に測定対象者の皮膚を密着させて閉塞することにより内部に皮膚ガスを導入可能に構成されている測定室に雰囲気ガスを導入する工程と、前記測定室内のガスの温度を測定対象者の体温より高いあらかじめ設定された温度に制御する工程と、前記開口部に測定対象者の皮膚を接触させ、皮膚ガスを放出させる工程と、前記測定室に放出され雰囲気ガスと混合された皮膚ガスに、測定対象の皮膚ガス成分を励起するレーザ光を照射する工程と、皮膚ガスへのレーザ光照射により生じる蛍光を検出し、皮膚ガス成分の分子の個数を計測する工程と、を備えた、という技術的手段を用いる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の皮膚ガス測定装置及び皮膚ガス測定方法によれば、測定雰囲気及び測定温度が測定精度に大きな影響を及ぼす因子を見出し、雰囲気ガスへの置換を行うとともに、雰囲気ガスの温度制御を行うことにより測定環境を厳密に制御してその影響を排除する構成を採用したので、皮膚ガスの測定を非侵襲で高精度で行うことができる。特に、酸化ストレスマーカーとして重要であるが測定が困難であったヒドロキシラジカルに代表される活性酸素種の測定に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】皮膚ガス測定装置の構成を模式的に説明図である。
図2】測定室及び周辺装置の構成を示す説明図である。図2(A)は側面図であり、図2(B)は図2(A)をA方向から見た側面図である。
図3】手のひらから生じる皮膚ガスの測定状況を示す説明図である。
図4】ヒドロキシラジカルのフォトンカウント数の温度依存性を示す説明図である。
図5】バックグラウンド測定値及び皮膚ガス測定値の再現性試験結果を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(皮膚ガス測定装置)
本発明の皮膚ガス測定装置について、図を参照して説明する。ここでは、ヒドロキシラジカルの測定が可能な装置構成を例に説明する。
【0018】
本発明の皮膚ガス測定装置は、レーザ誘起蛍光法(Laser Induced Fluorescence:以下、LIF法)を用いて皮膚ガスの測定対象の成分を測定する。
【0019】
LIF法は、測定対象である原子または分子状の化学種に対し、その励起準位に応じたレーザ光を照射することにより励起し、それにより生じる蛍光を測定することにより当該化学種の量を測定する方法である。
【0020】
図1に示すように、皮膚ガス測定装置1は、レーザ照射手段10、測定室20、ガス供給手段30、ガス温度制御手段40、蛍光測定手段50を備えている。
【0021】
レーザ照射手段10は、測定室20内に導入される皮膚ガスに、測定対象である皮膚ガスの成分を励起するレーザ光を発生、照射するためのものであり、例えば、レーザ発振器11、倍波素子12(本実施形態では、ベータホウ酸バリウム結晶:BBO)及びバンドパスフィルタ13を備えた通常のLIF法で用いる構成を採用することができる。
【0022】
ここで、レーザ光の波長は測定対象の種類によって選択し、レーザ発振器11として、パルスレーザや連続発振レーザのレーザ発振器を用いることができる。また、波長可変レーザ光源を採用することもできる。
【0023】
本実施形態では、レーザ発振器11は、半導体レーザ発振器であり、波長561nmの連続光を発振する。レーザ発振器11で発振したレーザ光は、倍波素子12により波長280.5nmの2倍波が生成され、バンドパスフィルタ13を介してヒドロキシラジカルを励起する波長280.5nmの励起光が選択的に測定室20内に導入される。
【0024】
レーザ光の強度が高過ぎると散乱光による迷光や多光子過程により不要な分子が生成しノイズを発生し、低過ぎると十分な信号強度が得られない。そこで、光量調整フィルタなどを用いて、レーザ光を好ましい強度に調整する。
【0025】
測定室20は、内部に皮膚ガスを導入し、レーザ光を照射して、蛍光を測定するために構成されたチャンバである。
【0026】
図2に示すように、測定室20は、内部に皮膚ガスが導入される、例えば、内径40mm、深さ60mm程度の円筒状に形成された空間を有する本体部21を備えている。以下、位置関係は図2に表示されている方向を基準として説明するが、これに限定されるものではない。
【0027】
本体部21の上方には、皮膚ガスを採集するための開口部22が設けられている。皮膚ガスを測定するときには、この開口部22に手のひらなどの皮膚表面を密着させて閉塞し、本体部21を密閉することが可能に構成されている。また、皮膚ガスを採集しないときに開口部22を閉塞する蓋体23が備えられている。
【0028】
測定室20の側方には、本体部21内にレーザ光を導入するためのレーザ光導入窓24が設けられており、レーザ光導入窓24が設けられた側面と隣接した側面には、蛍光を検出するための蛍光検出窓25が設けられている。なお、レーザ光導入窓24と蛍光検出窓25との位置関係は、安定した蛍光測定が可能であれば任意である。
【0029】
レーザ光導入窓24にはバンドパスフィルタ13が、蛍光検出窓25には後述するバンドパスフィルタ51が、それぞれの窓を覆って取り付けられている。
【0030】
測定室20の側方には、本体部21内に雰囲気ガスを導入するための雰囲気ガス導入口26と、雰囲気ガスを排出するガス排出口27と、が設けられている。雰囲気ガス導入口26は、マスフローコントローラーを介して高圧ガスボンベなどのガス供給源から雰囲気ガスを供給するガス供給手段30に接続されており、本体部21は雰囲気ガスのガス流量を制御可能に構成されている。
【0031】
本実施形態では、雰囲気ガス導入口26は本体部21の高さ方向で中央より上方に設けられ、ガス排出口27は、雰囲気ガス導入口26に対向して雰囲気ガス導入口26よりも下方に設けられている。これにより、雰囲気ガスと皮膚ガスとの混合を促進し、皮膚ガスと均一に混合された測定ガスを形成することができる。
【0032】
本体部21の下方には、測定室20内のガスの温度を調整するガス温度制御手段40が設けられている。ガス温度制御手段40は、ヒータ41及び温度センサー42を備えており、図示しない制御器により測定室20内のガスの温度を所定の温度に制御する。ここで、ガス温度制御手段40は、雰囲気ガスの温度を設定温度の±0.1℃程度に制御可能な構成とすることが好ましい。本実施形態では、温度センサー42は本体部21に埋め込まれているが、測定室20内のガスの温度を直接測定する構成を採用することもできる。
【0033】
蛍光測定手段50は、測定成分に合わせた蛍光波長を選択するためのバンドパスフィルタ51、光エネルギーを電気エネルギーに変換する光電子増倍管52、光電子増倍管52からの信号を直接または増幅器を通し計数するフォトンカウンタ53及び計数されたカウント数に基づいて解析を行うパーソナルコンピュータなどの解析手段54(図1)を備えている。本実施形態では、光電子増倍管52及びフォトンカウンタ53を一体的に備えたフォトンカウンティングヘッドを用いた。バンドパスフィルタ51は波長308nmの蛍光を選択的に透過するものを用いた。フォトンカウンタ53は、十分に速い応答速度を有するもの、例えば、分解能が100~500MHz程度のものが好ましい。
【0034】
(皮膚ガス測定方法)
本発明の皮膚ガス測定方法について、ヒドロキシラジカルの測定方法を例に説明する。
【0035】
皮膚ガス測定装置1を起動した後に、測定室20の開口部22を蓋体23により閉塞して外気が本体部21内に混入しないようにした状態で、ガス供給手段30を操作する。測定室20に所定の流量の雰囲気ガスを導入し、ガス温度制御手段40により雰囲気ガスが設定温度になるように制御する。そして、雰囲気ガスにより本体部21内の雰囲気が置換され、設定温度になるまで待機する。ここで、雰囲気ガスの流量は、皮膚ガスが本体部21内に滞留し、雰囲気ガス中に均一に混合する及び結露しない流量に設定することが好ましい。
【0036】
LIF法による測定自体はどのような雰囲気でも可能であるが、例えば、大気には1ppt程度のヒドロキシラジカルが存在し、日間変動も大きいので、測定時のバックグラウンドが大きく変動し、大きな誤差要因となる。雰囲気ガスの導入により、本体部21内の夾雑物が排出されると同時に、本体部21内の気体が均一な状態になるように撹拌される。これにより、測定時におけるバックグラウンドレベルが低下し、測定感度が向上する。
【0037】
バックグラウンドレベルの低下および感度向上の目的のみなら、雰囲気ガスとして高純度の窒素やアルゴンなどの不活性ガスも用いることができるが、大気成分と異なる組成の気体に皮膚が晒されたときに皮膚ガスの放出状態が通常と異なる可能性があるため、より正確に生体内状況を把握するためには、純空気を使用することが好ましい。
【0038】
ここで、純空気は、大気中に存在する微量成分が取り除かれた空気である。例えば、大陽日酸株式会社製圧縮空気Grade1などが相当する。
【0039】
後述する実施例にも示すように、皮膚ガス測定において、測定雰囲気の温度は皮膚ガス放出量に影響を与え、測定対象成分のカウント数が測定室20内のガスの温度で大きく変動するため、測定室20内のガスの温度を厳密に制御することが必要である。測定室20内のガスの温度を厳密に制御することにより、測定の再現性及び精度を向上させることができる。また、測定室20内のガスの温度制御をしやすくし、発汗など皮膚ガスの放出を促すためには、体温より数℃高い温度に設定することが好ましい。更に、被測定者の皮膚へのストレスを低減するとともに、より正確に生体内状況を把握するためには、50℃以下に設定することが好ましく、例えば40℃に設定することが好ましい。また、雰囲気ガスの供給を停止すると、本体部21内で雰囲気ガスがこもり、温度、湿度を正確に制御することができなくなるので、すべての測定が終了するまで、雰囲気ガスは流し続ける。
【0040】
次に、レーザ照射手段10により、本体部21内に導入された純空気に波長280.5nmのレーザ光を照射し、蛍光測定手段50により波長308nmの蛍光のカウント数を計測する。このカウント数をバックグラウンドの測定値とする。
【0041】
続いて、蓋体23を取り外し、図3に示すように開口部22に手のひらなどの皮膚表面を密着させて閉塞し、本体部21を密閉する。
【0042】
続いて、レーザ照射手段10により、本体部21内で皮膚ガスと雰囲気ガスとが混合されて形成された測定ガスに波長280.5nmのレーザ光を照射し、蛍光測定手段50により波長308nmの蛍光のカウント数を計測する。このカウント数を皮膚ガスの測定値とする。
【0043】
カウント数の計測は、カウント数の変動が落ち着いた安定した状態で行う。このとき、皮膚ガスは十分に放出され、雰囲気ガス中に混合されて均一な状態になり、雰囲気ガス温度が安定しているとともに、測定室20内の湿度も安定した状態となっている。
【0044】
カウント数の計測は、例えば、開口部22に皮膚表面を密着させて閉塞してから10分間の計測を行い、最終の3分間のデータを採用する、などの条件で行うことができる。
【0045】
ここで、励起光と蛍光との波長が異なるよう構成したため、励起光の乱反射などの影響を受けずに測定することができる。また、励起光の照射と蛍光の測定のタイミングを切り替えるためにシャッターによる切り替えが必要がなく、装置構成を簡単にすることができる。
【0046】
また、連続光を用いているので、低エネルギーであり、皮膚に照射されても影響が少ない。なお、レーザ光導入窓24は手のひらを開口部22に押し付けて開口部22から内部に張り出した状態でもレーザが照射されない位置に設けられている。
【0047】
そして、皮膚ガスの測定値とバックグラウンドの測定値との差を算出し、この算出値を皮膚ガスから放出された測定対象の皮膚ガス成分の測定値とする。
【0048】
測定終了後は、再び開口部22を蓋体23により閉塞し、測定室20内を純空気で置換して次の測定に備える。
【0049】
測定対象の皮膚ガス成分としては、活性酸素種以外にも重要な知見が得られる成分がある。例えば、アセトンは糖尿病、脂質代謝の異常の検出などに有効と言われている。アセトンは波長280.5nmのレーザ光により励起可能で、波長435nmの蛍光を発し、皮膚ガス測定装置1及び皮膚ガス測定方法により測定可能である。本発明の皮膚ガス測定装置1及び皮膚ガス測定方法は、その他、一酸化炭素、一酸化窒素、アンモニアなど生体内状況を把握するために有効な皮膚ガス成分の測定にも適用することができる。
【0050】
(実施形態の効果)
本発明の皮膚ガス測定装置1及び皮膚ガス測定方法によれば、測定雰囲気及び測定温度が測定精度に大きな影響を及ぼす因子を見出し、雰囲気ガスへの置換を行うとともに、測定室20内のガスの温度制御を行うことにより測定環境を厳密に制御してその影響を排除する構成を採用したので、皮膚ガスの測定を非侵襲で高精度で行うことができる。特に、酸化ストレスマーカーとして重要であるが測定が困難であったヒドロキシラジカルに代表される活性酸素の測定に好適に用いることができる。
【実施例
【0051】
本発明の皮膚ガス測定装置及び皮膚ガス測定方法を用いて、手のひらから放出されるヒドロキシルラジカルの測定を行った。ヒドロキシルラジカルは、波長280.5nmの光で励起され、波長308nmの蛍光を発する。
【0052】
レーザ光は、波長561nm、出力75mWの連続発振レーザを用いた。発振されたレーザ光をベータホウ酸バリウム結晶を透過させて、波長280.5nmの2倍波を生成させた。更にペランブロッカプリズムを用いて成分波長に分解し、波長280.5nmのレーザ光のみを超広帯域誘多膜平面ミラーで反射させて測定室に導入した。測定室のレーザ光導入窓には、レーザ光のみを選択的に導入するとともに測定室を密閉状態にするために280nmのバンドパスフィルタを設置した。測定部内には、純空気(圧縮空気Grade1)をマスフローコントローラーにて100mL/minで導入した。また、測定室内はガス温度制御手段により40℃に制御した。測定室内で発せられる蛍光を検出するために、測定室に密着するように光電子増倍管(感度波長300nm~650nm)を設置した。光電子増倍管の受光面は、レーザ光の光軸と同じ高さになるように、光軸に対して受光面が平行になるように設置した。また、測定部と光電子増倍管の間には、レーザ光を検出しないように300nmの短波長カットフィルタを設置した。
【0053】
光電子増倍管からの信号はフォトンカウンタにて処理した。フォトンカウントは、1秒間隔で600回計測した。純空気及び測定ガスを測定する際には、10分間測定を行い、終了前3分間(7-10分)のフォトンカウント値の1秒あたりの平均値を測定値とした。
【0054】
図3に被験者の手のひらから放出されるヒドロキシルラジカルを測定ガスの温度を37℃から40℃まで1℃刻みに変化させて測定した結果を示す。フォトンカウントは、皮膚ガス測定値からバックグラウンド測定値を減算した値を示す。温度の上昇とともに、フォトンカウント数は増大し、37℃と40℃とでは、約1.7倍の差が生じた。これにより、測定雰囲気の温度が測定値に大きな影響を及ぼすことが確認された。
【0055】
図4にバックグラウンド測定値及び皮膚ガス測定値の再現性試験結果を示す。ここで、各点のフォトンカウントは、1分間の積算値を示す。雰囲気ガスの制御温度は40℃とし、バックグラウンド測定5分→皮膚ガス測定10分→バックグラウンド測定5分→皮膚ガス測定10分→バックグラウンド測定5分の順に繰り返し測定を行った。バックグラウンド測定値、皮膚ガス測定値ともに良好な再現性を示した。
【0056】
本発明の皮膚ガス測定装置による実施例を、測定環境を制御していない従来の測定方法と比較した。結果を表1に示す。なお、従来の測定方法では、レーザ光源としてパルスレーザを用いており、励起波長及び測定波長ともに308nmに設定しているため、励起および蛍光の測定を切り替えるシャッターを有している。短時間のパルスレーザ照射によってヒドロキシルラジカルから蛍光が発せられるが、励起波長と測定波長とが一致しているため、その蛍光のうちシャッター切り替え後に検出されたものをLIFシグナルとしており、測定値のオーダーが異なっている。
【0057】
【表1】
【0058】
ブランクの繰り返し測定におけるLIF測定値の相対標準偏差、ヒドロキシルラジカルの繰り返し測定におけるLIF測定値の相対標準偏差及びLIF信号とノイズ信号(ノイズ幅)との比率(S/N比)は、比較例に比べいずれも大幅に改善されており、測定精度及び感度が向上していることが確認できた。
【符号の説明】
【0059】
1…皮膚ガス測定装置
10…レーザ照射手段
11…レーザ発振器
12…倍波素子
13…バンドパスフィルタ
20…測定室
21…本体部
22…開口部
23…蓋体
24…レーザ光導入窓
25…蛍光検出窓
26…雰囲気ガス導入口
27…ガス排出口
30…ガス供給手段
40…ガス温度制御手段
41…ヒータ
42…温度センサー
50…蛍光測定手段
51…バンドパスフィルタ
52…光電子増倍管
53…フォトンカウンタ
図1
図2
図3
図4
図5