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  • 特許-オリザノールの抽出方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-28
(45)【発行日】2023-01-12
(54)【発明の名称】オリザノールの抽出方法
(51)【国際特許分類】
   C07J 9/00 20060101AFI20230104BHJP
   A23L 33/11 20160101ALN20230104BHJP
   A61K 36/899 20060101ALN20230104BHJP
   A61P 3/06 20060101ALN20230104BHJP
   A61P 3/10 20060101ALN20230104BHJP
   A61P 25/00 20060101ALN20230104BHJP
   A61P 29/00 20060101ALN20230104BHJP
   A61P 37/08 20060101ALN20230104BHJP
   A61P 39/06 20060101ALN20230104BHJP
【FI】
C07J9/00
A23L33/11
A61K36/899
A61P3/06
A61P3/10
A61P25/00
A61P29/00
A61P37/08
A61P39/06
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019074509
(22)【出願日】2019-04-10
(65)【公開番号】P2020172464
(43)【公開日】2020-10-22
【審査請求日】2021-12-17
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【弁護士】
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】都築 和香子
(72)【発明者】
【氏名】今場 司朗
【審査官】早川 裕之
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-224237(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101863758(CN,A)
【文献】特開昭63-14796(JP,A)
【文献】特開昭63-14797(JP,A)
【文献】特開昭51-129000(JP,A)
【文献】特開昭51-56442(JP,A)
【文献】特開昭63-104948(JP,A)
【文献】特開2002-293793(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07J 9/00
A23L 33/11
A61P 25/00
A61K 36/899
A61P 39/06
A61P 29/00
A61P 37/08
A61P 3/06
A61P 3/10
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
穀類、雑穀類及びこれらの分画物から選択される少なくとも1種を含む原料からオリザノールを分離し回収するオリザノールの抽出方法であって、
前記原料をエタノールと水との混合溶液に投入し、アルカリ条件下においてn-ヘキサンを添加してオリザノールを水溶性にしてエタノール層に抽出する工程、及び
前記原料をエタノールとn‐ヘキサンとの混合溶液に投入し、アルカリ条件下において水を添加して前記オリザノールを水溶性にしてエタノール層に抽出する工程の何れか一方を行い、
次いで前記混合溶液を、水溶性のオリザノールを含有する水溶性成分からなるエタノール層と、脂溶性成分からなるヘキサン層との2層に分離し、脂溶性成分を含むヘキサン層を除去し、
残る水溶性成分からなる前記エタノール層に対して中和処理を行って、前記エタノール層中の前記オリザノールを不溶性とした後、これにn-ヘキサンを加えて、ヘキサン層にオリザノールを移行させ、
その後、水溶性成分からなる前記エタノール層を除去し、
残る前記ヘキサン層から前記オリザノールを結晶化させて回収することを特徴とする、オリザノールの抽出方法。
【請求項2】
前記分画物が、前記穀類の外皮、前記雑穀類の外皮、前記穀類の胚芽部分、及び前記雑穀類の胚芽部分のいずれかである、請求項1に記載のオリザノールの抽出方法。
【請求項3】
前記原料が、米ぬか、とうもろこし外皮、小麦ふすま及び玄アワのいずれかである、請求項1又は2に記載のオリザノールの抽出方法。
【請求項4】
前記アルカリ条件が、pH11以上の条件である、請求項1又は2に記載のオリザノールの抽出方法。
【請求項5】
前記アルカリ条件下における前記オリザノールの抽出を、0℃~30℃の温度下で行う、請求項1~3のいずれかに記載のオリザノールの抽出方法。
【請求項6】
前記中和処理を、塩を含有する緩衝液を用いて行う、請求項1~4のいずれかに記載のオリザノールの抽出方法。
【請求項7】
前記結晶化を、エタノールと水との混合溶液を用いて行う、請求項1~6のいずれかに記載のオリザノールの抽出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オリザノールの抽出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
米ぬかや米胚芽油には、ファイトケミカルの一種であるオリザノール(米オリザノール、γ-オリザノールといわれることがある。)が多く含まれていることが知られている。オリザノールは、24種類以上の成分の混合体で構成されているため、「植物ステロールまたはトリテルペンアルコールにフェルラ酸がエステル結合した成分の総称」とされる。
【0003】
オリザノールは、抗酸化作用を始めとして、高脂血症や高コレステロール血症の改善作用、血糖値を下げる効果、抗炎症作用、抗アレルギー作用等の様々な生理機能があるということが知られている。さらに、オリザノールは、神経作動薬として有効なことも判明し、向精神薬、中枢作動薬、抗うつ薬等の医薬品としても使用されており、その需要は高まっている。
【0004】
ところで、この米由来のオリザノールの成分と同様の「植物ステロールまたはトリテルペンアルコールにフェルラ酸がエステル結合した成分の総称」は、小麦、ライ麦、とうもろこし、アワ、キビ等の米以外の穀類や雑穀類にも存在することも公知である。そして、このような成分は、学術上は「ステリルフェルレイト」とも呼ばれている。すなわち、オリザノールは、米に含有されているステリルフェルレイトの一種であるともいえる。
【0005】
ここで、米ぬか、米胚芽、米から、オリザノールを高濃度に含む米油又は米ぬか油を精製する方法や、米ぬか等から米油等を製造する工程で産出される副産物(ソープストック)からオリザノールを単離する方法が開示されている(例えば、特許文献1~9参照)。
【0006】
しかしながら、特許文献1~7に記載の従来技術では、米ぬか等から粗油を調製する最初の段階で、n-ヘキサンで油層を抽出しているため、オリザノールを十分に抽出できていなかった。
【0007】
これに対して、特許文献8に記載の発明では、米ぬかから油脂分画を単離することなく、C1-4アルコール、アルカリ水溶液、脂肪族炭化水素溶媒、酢酸エステル溶媒を含む混合物を米ぬかに添加して、オリザノール等の機能成分を一気に抽出するしている。しかしながら、この従来技術では酢酸エステル溶媒を使用しているため、抽出物を直接に食品に使用できないという問題があった。
【0008】
また、特許文献9に記載に発明では、油層と、オリザノールを含有するアルカリ油滓層とを有する油脂処理物に酸を添加し、オリザノールをアルカリ油滓層から油層に移行させることで、オリザノール含量が増加した油脂を製造している。しかしながら、この従来技術は、オリザノールを油層に移行させて任意の濃度のオリザノールを高含有する油脂を製造することが目的であり、オリザノールを単体で分離するものではなかった。そのため、米ぬか等から効率的にオリザノールを抽出するには改良の余地があった。
【0009】
また、非特許文献1には、小麦やライ麦からメタノールでオリザノールを抽出し、その後、アルカリ処理、酸処理を行い、オリザノールを抽出、定量する方法が開示されている。しかしながら、この抽出方法では、メタノールを用いているため、オリザノールの抽出効率が低下するとともに、酸処理の際にオリザノールが一部加水分解して壊れてしまうため、やはりオリザノールを十分に抽出できないという問題があった。
【0010】
したがって、米由来のオリザノール(ステリルフェルレイト)はもちろん、米以外の穀類、特に、小麦、ライ麦、とうもろこし等、さらにはアワ、キビ等の雑穀に含まれるオリザノール(ステリルフェルレイト)を効率的に抽出できる技術の開発が切望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2000-119682号公報
【文献】特開2002-238455号公報
【文献】特開2002-293793号公報
【文献】特開2004-300034号公報
【文献】特開2007-124917号公報
【文献】特開2009-225702号公報
【文献】特開2009-108145号公報
【文献】特開2015-22423号公報
【文献】特開2016-128569号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Seitz,L.M. Stanol and sterol esters of ferulic and p-coumaric acids in wheat, corn rye and triticale. J.Agric.Food Chem.1989,37,662-667.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記課題を解決し、穀類、雑穀類及びこれらの分画からオリザノールを高収率で分離し回収できる抽出方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するため、本発明者らは、鋭意研究した結果、オリザノールの最初の抽出段階で、溶媒としてエタノールを使用することで、オリザノールの抽出効率を向上でき、さらに抽出後は酸を添加することなく中和処理を行うことで、オリザノールの加水分解を抑制できることを見出した。この知見に基づいて、本発明を完成するに至った。
【0015】
即ち、本発明に係るオリザノールの抽出方法は、穀類、雑穀類及びこれらの分画物から選択される少なくとも1種を含む原料からオリザノールを分離し回収するオリザノールの抽出方法であって、
前記原料をエタノールと水との混合溶液に投入し、アルカリ条件下においてn-ヘキサンを添加してオリザノールを水溶性にしてエタノール層に抽出する工程、及び
前記原料をエタノールとn‐ヘキサンとの混合溶液に投入し、アルカリ条件下において水を添加して前記オリザノールを水溶性にしてエタノール層に抽出する工程の何れか一方を行い、
次いで前記混合溶液を、水溶性のオリザノールを含有する水溶性成分からなるエタノール層と、脂溶性成分からなるヘキサン層との2層に分離し、脂溶性成分を含むヘキサン層を除去し、
残る水溶性成分からなる前記エタノール層に対して中和処理を行って、前記エタノール層中の前記オリザノールを不溶性とした後、これにn-ヘキサンを加えて、ヘキサン層にオリザノールを移行させ、
その後、水溶性成分からなる前記エタノール層を除去し、
残る前記ヘキサン層から前記オリザノールを結晶化させて回収することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、オリザノールの最初の抽出溶媒として、エタノールを用い、さらにアルカリ条件下でオリザノールを水溶性にすることで、オリザノールをエタノール中に効率的に抽出できる。また、中和処理によってオリザノールの加水分解を抑制するとともに、オリザノールを不溶性とし、n-ヘキサンでの抽出及び結晶化を容易に行える。このため、穀類、雑穀類及びこれらの分画からオリザノールを高収率で分離し回収できる抽出方法を提供できる。また、抽出溶媒としてエタノールとn-ヘキサンを使用していることから、抽出したオリザノールを食品用として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】玄米、小麦全粒、とうもろこし、玄アワの高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による分析結果を示すグラフである。
図2】本実施形態のオリザノールの抽出方法を用いたオリザノールの抽出過程での成分の薄層クロマトグラフィー(TLC)による分析結果を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施の形態について、詳細に説明する。本実施の形態に係るオリザノールの抽出方法は、エタノールを含む抽出溶媒(混合溶液)に原料を投入して原料からオリザノールを抽出する第1の抽出工程と、混合溶液と原料との混合物をアルカリ化してオリザノールを水溶性とするアルカリ処理工程と、脂溶性成分をn-ヘキサンで除去する純化工程と、混合物を中和してオリザノールを不溶性とする中和処理工程と、オリザノールをn-ヘキサンで抽出する第2の抽出工程と、オリザノールを結晶化する結晶化工程と、を含む。
【0019】
オリザノールは、前述したように、「植物ステロールまたはトリテルペンアルコールに、フェルラ酸がエステル結合した成分の総称」であり、「ステリルフェルレイト」も呼ばれる。オリザノールは、例えば、下記のような構造を有し、フェルラ酸部分が共通で、ステリルフェルレイトの分子種によって、植物ステロール部分が異なる。
【0020】
【化1】
【0021】
本明細書では、このような構造を有し、「植物ステロールまたはトリテルペンアルコールに、フェルラ酸がエステル結合した成分」を有するものを、「オリザノール」と定義する。そして、米やその分画に含まれるオリザノールを「米オリザノール」、小麦やその分画に含まれるオリザノールを「小麦オリザノール」、とうもろこしに含まれるオリザノールを「とうもろこしオリザノール」等と、穀類又は雑穀類の名称を付与して呼び、単に「オリザノール」というときは、「米オリザノール」、「小麦オリザノール」等を含む、総称として用いるものとする。
【0022】
図1に、玄米、小麦全粒、とうもろこし及び玄アワの高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による分析結果を示す。このグラフに矢印で示した成分が、各オリザノールを構成する成分「植物ステロールまたはトリテルペンアルコールに、フェルラ酸がエステル結合した成分」である。この図1に示すように、玄米由来の米オリザノール、小麦全粒由来の小麦オリザノール、とうもろこし由来のとうもろこしオリザノール、及び玄アワ由来のアワオリザノールは、それぞれ異なるピークを有し、含有されるオリザノールの成分組成が異なっている。
【0023】
オリザノールの原料としては、特に限定されるものではなく、オリザノールを含有する植物であればよい。この中でも、穀類、雑穀類及びこれらの分画物が好適に挙げられる。穀類としては、例えば、米、小麦やライ麦等の麦類、とうもろこし等が好適に挙げられ、雑穀類としては、アワ、キビ等が挙げられる。
【0024】
ところで、米、小麦、とうもろこし等にオリザノールが含有されていることは公知であるが、アワ、キビ等の雑穀類にオリザノールが含有されていることは知られていなかった。本件の発明者は、鋭意研究した結果、これら雑穀類にも多くのオリザノールが多く含有されていることを発見した。したがって、オリザノールの原料として雑穀類も好適であることがわかった。
【0025】
すなわち、本実施形態のオリザノールの抽出方法では、原料が米、米油、胚芽油、米ぬかに限定されず、これら以外の穀類、雑穀類及びこれらの分画物からのオリザノールの抽出が可能となる。特に油脂が多量に含まれる分画に限定されることはなく、外皮等からのオリザノールの抽出も高収率で行える。
【0026】
また、分画物とは、上述のような穀類、雑穀類等の植物を粉砕し、成分ごとに分級したものである。例えば、胚乳、胚芽、外皮等に分画でき、これらも成分ごとにさらに細かく分画される。原料としては、これらの分画物の中から少なくとも1成分を含んでいればよく、複数成分を含んでいてもよいし、すべて含んでいてもよい。
【0027】
これら分画物の中でも、外皮は、穀物等を精製、製粉した際、油等を製造した際の副産物として大量に産出され、従来は家畜の飼料や肥料に用いるか、又は廃棄せざるを得なかった。しかしながら、外皮にはオリザノールが多く含まれているため、原料として外皮を利用することで、オリザノールを効率的に抽出できる上に、副産物を有効活用(処理)できるという顕著な効果が得られる。
【0028】
以下、本実施の形態に係るオリザノールの抽出方法の各工程について説明する。第1の抽出工程では、穀類、雑穀類及びこれらの分画物の何れかからなる原料を、エタノールを含有する抽出溶媒に投入し、攪拌して原料中のオリザノールを抽出する。エタノールを含有する抽出溶媒としては、エタノール及び水の混合溶液、又はエタノール及びn-ヘキサンの混合溶液が好適に挙げられる。このような混合溶液を第1の抽出工程(最初の抽出工程)で用いることで、第1の抽出工程でn-ヘキサンのみを用いた従来技術に比べ、原料中のオリザノールを効率的に混合溶液中に抽出できる。
【0029】
また、抽出溶媒として、エタノール及び水の混合溶液を用いる場合は、90%エタノールを用いることが望ましいが、この濃度に限定されることはなく、抽出時の条件や原料によって適宜の濃度とすることができる。また、抽出溶媒として、エタノール及びn-ヘキサンの混合溶液を用いる場合は、エタノール/n-ヘキサン=1/1とすることが望ましいが、この割合に限定されることはなく、抽出時の条件や原料によって適宜の割合とすることができる。また、第1の抽出工程では、混合液を攪拌、超音波処理することが好ましい。また、オリザノールの抽出反応を促進するべく、混合液を加温することが好ましく、その温度としては、60℃程度が好適であるが、これに限定されることはない。
【0030】
次のアルカリ処理工程では、原料とエタノール及び水の混合溶液との混合物又は原料とエタノール及びn-ヘキサンの混合溶液との混合物に対して、アルカリ処理を施す。アルカリ処理としては、具体的には、混合物に水酸化カリウム(KOH)等を添加し、攪拌する。上記のように、アルカリ性にすることで、オリザノールのフェノール性水酸基(OH)がイオン化(O)して水溶性になる。
【0031】
アルカリ条件としては、混合溶液がアルカリ性を呈すればよく、特に限定されないが、pH8以上が望ましい。さらには、pH11以上が特に望ましく、オリザノールのエタノールへの可溶性を促進できる。
【0032】
次いで、純化工程で、このようなアルカリ条件下で、当該混合物にn-ヘキサンを添加する。なお、第1の工程でエタノールとn-ヘキサンとの混合溶液を抽出溶媒として用いた場合には、混合物に水を添加する。エタノールとn-ヘキサンとの混合溶液に水が加わることで、混合物(溶液)をエタノール層とヘキサン層との2層に分離させることができる。このとき、遠心処理を行うことで、分離を促進できる。
【0033】
アルカリ条件下では、水溶性となったオリザノールをエタノール層に効率的に抽出させることができる。また、オリザノール以外の脂溶性成分をヘキサン層に抽出させることができる。よって、オリザノールと脂溶性成分とを効率的に分離できる。
【0034】
次に、水溶性のオリザノールを含む水溶性成分が抽出されているエタノール層と、脂溶性成分が抽出されているヘキサン層の2層からなる溶液から、ヘキサン層を除去することで、オリザノールから脂溶性成分(不純物)を分離する。このn-ヘキサンの添加とヘキサン層の除去は、少なくとも1回行えば、不純物の除去を効率的に行えるが、複数回行ってもよく、不純物の除去効果をより向上できる。
【0035】
また、アルカリ処理工程、及びアルカリ条件下での純化工程の際の処理温度は、特に限定されることはなく、-20℃~室温下で行うことができる。この温度範囲の中でも、処理の行い易さと抽出効率の観点から、0℃~室温下で行うことが望ましい。より具体的には、0℃~30℃の温度下で行うことが望ましく、オリザノールをより効率的にエタノール層へ移行できる。さらには、0℃程度の温度下で行うことがより望ましく、オリザノールのエタノール層への移行をより促進できる。
【0036】
次の中和処理工程では、残る水溶性分からなるエタノール層に対して中和処理を行う。この中和処理により、オリザノールの加水分解を抑制するとともに、エタノール層中のオリザノールを不溶性とすることができる。このため、次の第2の抽出工程で、溶液にn-ヘキサンを添加することで、不溶性となったオリザノールをヘキサン層に移行させることができる。
【0037】
中和処理は、溶液に緩衝液を添加し攪拌することで行うことができる。緩衝液としては、通常用いられるものであればよく、特に限定されないが、例えば、HEPES緩衝液が好適に用いられる。さらに、中和処理は、塩を含有する緩衝液を用いて行うことが望ましい。塩としては、具体的には、例えば、食塩(NaCl)、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、塩化カルシウム(CaCl)、リン酸二水素ナトリウム(NaHPO)、リン酸水素ナトリウム(NaHPO)、硫酸ナトリウム(NaSO)等が好適に挙げられる。この中でも、食品としての使用に適していることから、食塩が最も好適に挙げられる。
【0038】
これらの塩の濃度としては、特に限定されないが、濃度を適切に調整することで、オリザノールの回収率を向上できる。下記表1に、食塩の濃度と、各濃度におけるオリザノールの回収率を示す。この回収率は、食塩の添加なし(0mM)のときのオリザノールの抽出量を100として算出した。下記表1に示すように、緩衝液に食塩を添加することで、オリザノールの回収率を6%~10%程度向上できることがわかる。
【0039】
【表1】
【0040】
なお、食塩以外の塩を用いた場合のオリザノールの回収率を、下記表2に示す。表2には、塩の添加後の溶液の最終濃度が0.33mMから6.6mMの範囲での回収率を示し、表1と同様に、塩の添加なし(0mM)のときのオリザノールの抽出量を100として算出した。
【0041】
【表2】
【0042】
第2の抽出工程では、中和処理した混合物に、n-ヘキサンを添加し、オリザノールをヘキサン層に抽出させる。前述したように、中和処理によってオリザノールがエタノール層に対して不溶性となるため、オリザノールをヘキサン層に効率的に移行できる。次の結晶化工程では、まず遠心処理等によって溶液を分離した後、エタノール層を除去する。上記第2の抽出工程で、オリザノール以外の水溶性成分はエタノール層中に残留しているため、エタノール層の除去により、水溶性の不純物をオリザノールから分離できる。その後、ヘキサン層からオリザノールを結晶化させて回収する。具体的には、例えば、溶液中からn-ヘキサンを蒸発させ、80-87.5%エタノール溶液を添加し、低温下(例えば、-20℃)に静置(例えば、一晩)して当該溶液中でオリザノールを結晶化させて精製する。以上の工程により、オリザノールを高収率で抽出できる。
【0043】
以上、本実施形態によれば、第1の抽出工程で、エタノールを含有する溶媒(エタノールと水との混合液、又はエタノールとn-ヘキサンとの混合液)を使用していることから、n-ヘキサンを単独で用いた場合に比べ、原料中のオリザノールを効率的に抽出できる。また、アルカリ条件下で溶媒にn-ヘキサン(又は水)を添加することで、オリザノールを水溶性にして、エタノール層へのオリザノール抽出を効率的に行える。また、酸処理を行わず中和処理を行うことで、オリザノールの加水分解を抑制できるとともに、オリザノールを不溶性(非水溶性)としてn-ヘキサンでの抽出を効率的に行える。その結果、オリザノールを高収率で抽出できる。また、使用する抽出溶媒がエタノールとn-ヘキサンであるため、抽出されたオリザノールは、食品や薬品、化粧品等にそのまま使用することも可能である。また、本実施形態のオリザノールの抽出方法は、特殊な装置を必要とせず、簡易にオリザノールを抽出できる。
【0044】
また、エタノールを第1の抽出工程における最初の抽出溶媒として使用することで、穀類の様々な分画、例えば、小麦ふすまやとうもろこし外皮、アワ外皮等、油脂を多量に含まない分画からのオリザノールの抽出効率を向上できる。一方、米ぬかや米胚芽、とうもろこし胚芽等の油脂含量の比較的高い分画についても、最初にエタノールを主体とする抽出溶媒で抽出することにより、油脂の抽出効率は下がってもオリザノールの抽出効率は低下することがない。このため、本実施形態のオリザノールの抽出方法は、オリザノールを単体で分離し回収するのに好適である。
【実施例
【0045】
以下に本発明を実施例により詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0046】
<実施例1~4>
各実施例で用いた原料(試料)は、以下のとおりである。
実施例1:米ぬか
実施例2:コーン薄皮(グルテンフィード)
実施例3:小麦ふすま
実施例4:玄アワ
【0047】
上記各実施例の原料を用いて、下記工程(方法)によってオリザノールを抽出した。また、各工程の超音波処理、攪拌処理、遠心処理に用いた機器は以下のとおりである。
超音波処理:超音波洗浄器 IWAKI, USD-100Z38S-22
攪拌処理:ミキサー、Vortex GENIE2
遠心処理(室温):卓上多本架遠心機 TOMY LC-200
遠心処理(4℃):卓上マイクロ冷却遠心機 KUBOTA 3520
【0048】
<第1の抽出工程>
各実施例の原料1gを、10mLの90.25%エタノール(9.5mLの95%エタノール+0.5mLの蒸留水)に投入した。この混合物を、室温で20分超音波処理した後、60℃に温めて(水浴)、20分静置した。次に、室温にて3,000rpmで5分間遠心処理を行った後、原料とエタノールとの混合物を、ろ紙でろ過し、オリザノールを含有するエタノール層を抽出した。
【0049】
<アルカリ処理工程及び純化工程>
第1の抽出工程で抽出したオリザノールを含有するエタノール層に、0.6%水酸化カリウム溶液を1.75mL添加し、攪拌してアルカリ処理を施した。これにより、混合物をpH11に調製した。このアルカリ処理後の混合物にn-ヘキサンを10mL添加し、攪拌した。その後、室温にて3,000rpmで5分間遠心処理を行って、混合物をエタノール層とヘキサン層とに分離し、ヘキサン層を除去し廃棄した。
【0050】
残留したエタノール層に、さらにn-ヘキサンを10mL添加し、この混合物を攪拌した。その後、室温にて3,000rpmで5分間遠心処理を行って、混合物をヘキサン層とエタノール層とに分離した後、ヘキサン層を除去し廃棄した。
【0051】
<中和処理工程>
純化したエタノール層(溶液)に対して、1MのHEPES緩衝液を20mL添加し攪拌して、中和処理を施した。次いで、この溶液に、塩として1Mの食塩水を20μL添加し攪拌した。
【0052】
<第2の抽出工程及び結晶化工程>
塩を添加した溶液に、n-ヘキサンを10mL添加し、この混合物を攪拌して、オリザノールをヘキサン層に移行させた。次いで、混合物を室温にて3,000rpmで5分間遠心処理を行って、混合物をヘキサン層とエタノール層とに分離した後、エタノール層を分離し、ヘキサン層を保存した。さらに、分離したエタノール層にn-ヘキサンを10mL添加し、この混合物を攪拌して、エタノール層に残存したオリザノールをヘキサン層に移行させた。次いで、混合物を室温にて3,000rpmで5分間遠心処理を行って、混合物をヘキサン層とエタノール層とに分離した後、エタノール層を除去(廃棄)して、ヘキサン層を保存した。
【0053】
次いで、保存した二つのヘキサン層を一緒にして、n-ヘキサンを蒸発させて留去した後、85%(または87.5%)エタノールを、原料に応じて50-100μL添加し、この混合物を攪拌した後、-20℃に静止した状態で一晩置いた。その後、混合物を4℃にて3,000rpmで5分間遠心処理を行うことで、オリザノールを結晶化させた。
【0054】
<結果>
下記表3に、実施例1~実施例4でのオリザノールの抽出効率(%)を示す。下記表3中、「オリザノール含量」は、各原料10g中のオリザノール含量(mg)であり、HPLCにて予め計測した値である。また、「オリザノール抽出量」は、各実施例でのオリザノールの抽出量(原料1g)を、原料10gに換算した値(mg)である。
【0055】
【表3】
【0056】
上記表3の結果より、実施例1~実施例4では、オリザノールの抽出効率が90%以上となり、高収率で抽出できることがわかった。特に、実施例2~4のコーン薄皮、小麦ふすま、玄アワといった脂質が少ない原料では、100%に近い抽出効率が得られることがわかった。
【0057】
<実験例>
本実施形態のオリザノールの抽出方法で抽出した成分がオリザノールであることを示すため、抽出過程での成分の薄層クロマトグラフィー(TLC)分析を行った。その分析結果を図2に示す。この実験では、原料としてとうもろこし薄皮(グルテンフィード)を用いた。また比較対象として、米オリザノール(γ-オリザノール)標準品(市販品)の分析も行った。
【0058】
この図2の紙面右側の「ST.TLC」は、TLC標準品の分析結果であり、「ory」は米オリザノール標準品の分析結果である。これらと抽出物の分析結果とを比較した。紙面最も左側の「Extract」は、第1の抽出工程でエタノールと水の混合溶液で抽出した脂溶性成分の分析結果であり、脂質、脂肪酸、ポリフェノール、脂溶性ビタミン、オリザノール様成分が検出された。「hex.ph」は、第2の抽出工程でヘキサン層にオリザノールを移行させたときのヘキサン層の分析結果であり、オリザノール様成分と脂肪酸とが検出された。「Sup」は結晶化工程後の溶液の分析結果であり、脂肪酸が検出された。また、「PPt」は回収した結晶の分析結果であり、米オリザノール標準品に近い成分が抽出された。紙面左に「PPt」つまりグルテンフィードから抽出したオリザノール様成分と、「ory」つまり米オリザノール標準品との、HPLC-UV法による分析結果を示した。この結果からも、本発明のオリザノールの抽出方法では、グルテンフィードに含まれるオリザノールを高収率で抽出できることがわかった。
【0059】
以上、本発明の実施の形態及び実施例を詳述してきたが、具体的な構成は、これらの実施の形態及び実施例に限らず、本発明の要旨を逸脱しない程度の設計的変更は、本発明に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の技術で抽出されたオリザノールは、食品添加物や神経作動薬として、食品産業や医薬品分野で有効に利用可能である。特に、従来では食品添加物や神経作動薬として利用がされていなかった米ぬか以外の穀類、雑穀類の全粒、及びこれらの分画から抽出したオリザノールを食品添加物や神経作動薬として利用できる。また、本発明の技術で抽出されたオリザノールの機能性は、化粧品や医薬品としても有望であるため、化粧品分野や神経作動薬以外での医薬品分野で有効に利用可能である。
図1
図2