(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-28
(45)【発行日】2023-01-12
(54)【発明の名称】モータコイル温度推定方法及びモータ駆動装置
(51)【国際特許分類】
H02P 29/64 20160101AFI20230104BHJP
G01K 3/02 20060101ALI20230104BHJP
【FI】
H02P29/64
G01K3/02 Z
(21)【出願番号】P 2018230519
(22)【出願日】2018-12-10
【審査請求日】2021-10-27
(73)【特許権者】
【識別番号】591218307
【氏名又は名称】株式会社ニッセイ
(74)【代理人】
【識別番号】100078721
【氏名又は名称】石田 喜樹
(72)【発明者】
【氏名】西川 佳佑
(72)【発明者】
【氏名】坂藤 大介
【審査官】柏崎 翔
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-204358(JP,A)
【文献】特開2018-7545(JP,A)
【文献】特開2013-128371(JP,A)
【文献】特開2004-23802(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 29/64
G01K 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定のタイミングにおける
モータのモータコイルの推定飽和温度と前記所定のタイミングにおける前記モータコイルの温度との差分を第1の一次遅れ関数に入力し、前記第1の一次遅れ関数の出力を第2の一次遅れ関数に入力し、前記第2の一次遅れ関数の出力を第3の一次遅れ関数に入力し、前記第1の一次遅れ関数の出力と、前記第2の一次遅れ関数の出力と、前記第3の一次遅れ関数の出力との加算値を、前記モータコイルの前記所定のタイミングにおける単位時間あたりの温度変化値とすることを特徴とするモータコイル温度推定方法。
【請求項2】
前記推定飽和温度は、前記所定のタイミングにおける前記モータコイルに流れる電流値及び前記モータの回転速度に基づいて算出される
ことを特徴とする請求項1に記載のモータコイル温度推定方法。
【請求項3】
前記モータは、前記モータコイルが巻回されたモータコアと、前記モータコアの外周に設けられ前記モータコアとは異なる素材で形成されたモータケースとを備えている
ことを特徴とする請求項1または2に記載のモータコイル温度推定方法。
【請求項4】
前記モータの時間定格は、短時間定格または反復定格である
ことを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のモータコイル温度推定方法。
【請求項5】
所定のタイミングにおける
モータのモータコイルの推定飽和温度と前記所定のタイミングにおける前記モータコイルの温度との差分を入力とする第1の一次遅れ関数手段と、前記第1の一次遅れ関数
手段の出力を入力とする第2の一次遅れ関数手段と、前記第2の一次遅れ関数
手段の出力を入力とする第3の一次遅れ関数手段と、前記第1の一次遅れ関数
手段の出力、前記第2の一次遅れ関数
手段の出力、及び前記第3の一次遅れ関数
手段の出力を加算する加算手段とを備え、前記加算手段の出力値を前記モータコイルの前記所定のタイミングにおける単位時間あたりの温度変化値と推定することを特徴とするモータ駆動装置。
【請求項6】
前記推定飽和温度は、前記所定のタイミングにおける前記モータコイルに流れる電流値及び前記モータの回転速度に基づいて算出される
ことを特徴とする請求項5に記載のモータ駆動装置。
【請求項7】
前記モータは、前記モータコイルが巻回されたモータコアと、前記モータコアの外周に設けられ前記モータコアとは異なる素材で形成されたモータケースとを備えている
ことを特徴とする請求項5または6に記載のモータ駆動装置。
【請求項8】
前記モータの時間定格は、短時間定格または反復定格である
ことを特徴とする請求項5から7のいずれか1項に記載のモータ駆動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータコイル温度推定方法及びモータ駆動装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
モータの発熱は、モータの損失に比例する関係にある。一方、モータの温度上昇は、放熱の影響を受けるため、発熱に対して一次遅れ関数の関係にある。特許文献1には、モータの損失として電流の自乗値を使用し、2つの一次遅れ関数を使用してモータのコイル温度を推定する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の温度推定方法には、推定の精度に課題が残る。特許文献1の
図3には、モータのコイル温度の実測値と推定値との比較が示されているが、実測値と推定値とは若干のずれが有り、時間の経過とともにずれ幅が大きくなっている。実際に本発明者らが従来技術の方法を用いて検証したところ、実測値と推定値とがずれてしまうという結果を得た。また、特許文献1には、そもそも一次遅れ関数を2つ使用した理由についての説明がされていない。
【0005】
本発明は、上述した問題点を解決するためになされたものであり、モータコイルの温度をより精度良く推定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的を達成するために、請求項1記載のモータコイル温度推定方法は、所定のタイミングにおけるモータのモータコイルの推定飽和温度と前記所定のタイミングにおける前記モータコイルの温度との差分を第1の一次遅れ関数に入力し、前記第1の一次遅れ関数の出力を第2の一次遅れ関数に入力し、前記第2の一次遅れ関数の出力を第3の一次遅れ関数に入力し、前記第1の一次遅れ関数の出力と、前記第2の一次遅れ関数の出力と、前記第3の一次遅れ関数の出力との加算値を、前記モータコイルの前記所定のタイミングにおける単位時間あたりの温度変化値とすることを特徴とするものである。
【0007】
また、請求項2記載のモータコイル温度推定方法は、請求項1に記載のモータコイル温度推定方法であって、更に、前記推定飽和温度は、前記所定のタイミングにおける前記モータコイルに流れる電流値及び前記モータの回転速度に基づいて算出されることを特徴とするものである。
【0008】
また、請求項3記載のモータコイル温度推定方法は、請求項1または2に記載のモータコイル温度推定方法であって、更に、前記モータは、前記モータコイルが巻回されたモータコアと、前記モータコアの外周に設けられ前記モータコアとは異なる素材で形成されたモータケースとを備えていることを特徴とするものである。
【0009】
また、請求項4記載のモータコイル温度推定方法は、請求項1から3のいずれか1項に記載のモータコイル温度推定方法であって、更に、前記モータの時間定格は、短時間定格または反復定格であることを特徴とするものである。
【0010】
また、請求項5記載のモータ駆動装置は、所定のタイミングにおけるモータのモータコイルの推定飽和温度と前記所定のタイミングにおける前記モータコイルの温度との差分を入力とする第1の一次遅れ関数手段と、前記第1の一次遅れ関数手段の出力を入力とする第2の一次遅れ関数手段と、前記第2の一次遅れ関数手段の出力を入力とする第3の一次遅れ関数手段と、前記第1の一次遅れ関数手段の出力、前記第2の一次遅れ関数手段の出力、及び前記第3の一次遅れ関数手段の出力を加算する加算手段とを備え、前記加算手段の出力値を前記モータコイルの前記所定のタイミングにおける単位時間あたりの温度変化値と推定することを特徴とするものである。
【0011】
また、請求項6記載のモータ駆動装置は、請求項5に記載のモータ駆動装置であって、更に、前記推定飽和温度は、前記所定のタイミングにおける前記モータコイルに流れる電流値及び前記モータの回転速度に基づいて算出されることを特徴とするものである。
【0012】
また、請求項7記載のモータ駆動装置は、請求項5または6に記載のモータ駆動装置であって、更に、前記モータは、前記モータコイルが巻回されたモータコアと、前記モータコアの外周に設けられ前記モータコアとは異なる素材で形成されたモータケースとを備えていることを特徴とするものである。
【0013】
また、請求項8記載のモータ駆動装置は、請求項5から7のいずれか1項に記載のモータ駆動装置であって、更に、前記モータの時間定格は、短時間定格または反復定格であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
請求項1記載のモータコイル温度推定方法によれば、モータコイルの温度を精度良く推定することができる。
【0015】
また、請求項2記載のモータコイル温度推定方法によれば、推定飽和温度を電流値と回転速度によって求めることで、モータコイルの温度をより正確に推定することができる。
【0016】
また、請求項3記載のモータコイル温度推定方法によれば、モータコアとは別素材のモータケースで構成されたモータにおいて、モータコアとモータケースとの熱伝導の影響を考慮できるため、モータコイルの温度推定の精度をより向上させることができる。
【0017】
また、請求項4記載のモータコイル温度推定方法によれば、短時間定格または反復定格のモータにおいては駆動時間の決定のために温度を正確に推定することがより重要であるが、温度推定の精度が向上することにより、より正確に駆動時間を決定することができる。
【0018】
また、請求項5記載のモータ駆動装置によれば、モータコイルの温度を精度良く推定することができる。
【0019】
また、請求項6記載のモータ駆動装置によれば、推定飽和温度を電流値と回転速度によって求めることで、モータコイルの温度をより正確に推定することができる。
【0020】
また、請求項7記載のモータ駆動装置によれば、モータコアとは別素材のモータケースで構成されたモータにおいて、モータコアとモータケースとの熱伝導の影響を考慮できるため、モータコイルの温度推定の精度をより向上させることができる。
【0021】
また、請求項8記載のモータ駆動装置によれば、短時間定格または反復定格のモータにおいては駆動時間の決定のために温度を正確に推定することがより重要であるが、温度推定の精度が向上することにより、より正確に駆動時間を決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図2】本実施形態に係るモータ駆動装置の制御ブロック図である。
【
図3】本実施形態に係るモータの熱伝達経路を示すイメージ図である。
【
図4】本実施形態の温度推定方法による試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
図1は、本発明の実施形態であるモータ駆動装置1の構成を示す図である。モータ駆動装置1は、インバータ部2、電流信号入力部3、回転速度信号入力部4、及び制御部5を有する。
【0024】
インバータ部2には直流電源6から直流電力が供給され、インバータ部2において可変周波数の三相交流に変換されてモータ7に供給される。インバータ部2の各相(U相、V相、W相)には、それぞれ電流センサ8が配置されている。
【0025】
電流センサ8で検出された信号は、電流信号入力部3に入力される。具体的には、電流センサ8はシャント抵抗器等であり、電流信号入力部3はシャント抵抗器における電圧降下を検出し、値を増幅して制御部5に入力する。
【0026】
モータ7は、ロータの磁極の位置を検出するホールセンサ9を備えている。回転速度信号入力部4は、ホールセンサ9の信号を受信し、制御部5で処理可能な形式に変換した上で制御部5に入力する。
【0027】
制御部5は、制御部5の各構成部の動作を制御するCPU(Central Processing Unit)50を備え、CPU50には、バスを介して、ROM51、RAM52、及びタイマ53が接続されている。
【0028】
ROM51は、EEPROM(Electrically Erasable Programmable ROM(登録商標))、フラッシュメモリ等の不揮発性メモリであり、モータ駆動装置1の運転プログラム51aと、本実施の形態に係る温度推定プログラム51bとを記憶している。また、通信網に接続されている図示しない外部コンピュータから本発明に係る温度推定プログラム51bを取得し、ROM51に記憶させることにしてもよい。
【0029】
RAM52は、DRAM(Dynamic RAM)、SRAM(Static RAM)等のメモリであり、CPU50の演算処理を実行する際にROM51から読み出された運転プログラム51a、温度推定プログラム51b、及びCPU50の演算処理によって生ずる各種データを一時記憶する。タイマ53は、前回の温度推定からの経過時間を計時する。
【0030】
制御部5はモータ駆動装置1の各構成部に接続されており、制御部5は各構成部の動作を制御する。なお、制御部5と各構成部との接続は、本実施の形態の説明において必要な部分のみ示している。
【0031】
以上のように構成されたモータ駆動装置1においては、CPU50が運転プログラム51aを読み出して、運転プログラム51aに基づいたスイッチング信号を生成し、インバータ部2に入力することで、モータ7が駆動される。尚、本実施形態におけるモータ7は、国際標準規格IEC60034-1(回転電気機械―第1部:定格及び性能)で定義された短時間使用定格もしくは反復使用定格である。
【0032】
図2は本発明の実施形態であるモータコイルの温度推定に関するモータ駆動装置1の制御ブロック図である。電流信号入力部3から入力された電流値I及び回転速度信号入力部4から入力された回転速度Nを基に、CPU50は、タイマ53によって計測される所定の単位時間毎にモータコイルの温度を推定する。
【0033】
モータの発熱に繋がる損失のうち、大きな割合を占めるのは銅線内の損失(銅損)と鉄心内の損失(鉄損)である。銅損はコイルに流れる電流Iの自乗値に比例する。鉄損は、ヒステリシス損と渦電流損からなるもので、大きさは回転速度N(周波数)と電圧(磁束密度)の関数である。より詳細に説明すると、ヒステリシス損は周波数に比例し、渦電流損は周波数の自乗値に比例する。つまり鉄損は、モータの駆動電圧を固定値とすると回転速度Nに依存する関数で表される。モータコイルの飽和温度は、損失に比例するため、下記式(1)によって求められる。
f(I,N)=I2・A+N・B …(1)
ここで、A及びBは定数であり、モータの形状や放熱性等を考慮し、事前に実験等により定められる。
【0034】
式(1)によって算出されるモータコイルの推定飽和温度と、現在のモータコイルの温度Tとの差は、第1の一次遅れ関数部11(関数=(K1/(1+T1・s))に入力される。更に、第1の一次遅れ関数部11の出力は第2の一次遅れ関数部12(関数=(K2/(1+T2・s))に入力される。また更に、第2の一次遅れ関数部12の出力は第3の一次遅れ関数部13(関数=(K3/(1+T3・s))に入力される。これらゲインK1,K2,K3および一次遅れ時定数T1,T2,T3の値は、モータの形状や放熱性等を考慮し、事前に実験等により定められる。
【0035】
次に、第1の一次遅れ関数部11の出力値と、第2の一次遅れ関数部12の出力値と、第3の一次遅れ関数部13の出力値とが、加算部14及び加算部15に入力されて加算され、温度変化値ΔTとして出力される。このΔTを、現在のモータコイルの推定温度Tに加算することで、所定の単位時間(例えば1秒)経過後のモータコイルの温度を推定することができる。
【0036】
図3は、本実施形態に係るモータの熱伝達経路を示すイメージ図である。モータコイル16で発生した熱はモータコア17(電磁鋼板)を介してモータケース18へと伝達し、大気中に放熱される。ここで、モータコイル16からモータコア17への放熱が、1つ目の一次遅れに影響し、モータコア17からモータケース18への放熱が、2つ目の一次遅れに影響し、モータケース18から大気中への放熱が、3つ目の一次遅れに影響している。尚、本実施形態におけるモータケース18はアルミ製である。
【0037】
図4は、本実施形態の温度推定方法によってモータコイル16の温度推定を行った試験結果のグラフであり、横軸はモータ7の駆動開始からの駆動時間であり、縦軸はモータコイル16の温度上昇値である。No.1の実線が、熱電対により測定したモータコイル16の温度上昇の実測値である。No.2の点線が、本実施形態の温度推定方法による推定値である。尚、比較のためにNo.3の点線は、特許文献1に記載された従来の方法(一次遅れ関数を2個使用)による推定値である。
【0038】
図4に示されるように、本実施形態の温度推定方法によれば、実測値とほぼ等しい推定値が得られた。それと比較して従来の方法では誤差があり、特に駆動時間10分から30分付近の間で、略5℃の誤差が確認された。
【0039】
このように、上記形態のモータ駆動装置1によれば、モータコイル16の温度を精度良く推定することができる。
【0040】
また、推定飽和温度を電流値と回転速度とによって求めることで、モータコイル16の温度をより正確に推定することができる。
【0041】
また、モータコア17(電磁鋼板)とは異なる材質であるアルミ製のモータケース18で構成されたモータであっても、モータコア17とモータケース18との熱伝導の影響を考慮できるため、モータコイル16の温度推定の精度をより向上させることができる。
【0042】
また、短時間定格または反復定格のモータにおいては、温度を正確に推定することがより重要であるが、上記形態のモータ駆動装置1によれば、より正確に駆動時間を決定することができる。
【0043】
尚、本実施形態においては、ロータの磁極の位置を検出するホールセンサ9を備えているが、ホールセンサの代わりに光学式や磁気式等のエンコーダを備えていても良い。また、本実施形態においてはモータ駆動装置1には直流電源6から直流電力が供給されているが、交流電源から供給された交流電力をモータ駆動装置1内で整流し、インバータ部2において可変周波数の三相交流に変換するように構成されていても良い。
【0044】
[本発明と実施形態との構成の対応関係]
本実施形態の一次遅れ関数は、本発明の一次遅れ関数手段の一例である。
【符号の説明】
【0045】
1 モータ駆動装置
2 インバータ部
5 制御部
7 モータ
11,12,13 一次遅れ関数部
16 モータコイル
17 モータコア
18 モータケース