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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-28
(45)【発行日】2023-01-12
(54)【発明の名称】含フッ素有機化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 17/10 20060101AFI20230104BHJP
   C07C 19/10 20060101ALI20230104BHJP
   C07C 67/287 20060101ALI20230104BHJP
   C07C 69/75 20060101ALI20230104BHJP
   G01N 21/3504 20140101ALN20230104BHJP
【FI】
C07C17/10
C07C19/10
C07C67/287
C07C69/75 Z
G01N21/3504
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019558972
(86)(22)【出願日】2018-11-07
(86)【国際出願番号】 JP2018041370
(87)【国際公開番号】W WO2019116789
(87)【国際公開日】2019-06-20
【審査請求日】2021-08-11
(31)【優先権主張番号】P 2017237871
(32)【優先日】2017-12-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】福地 陽介
(72)【発明者】
【氏名】萬谷 慎一
(72)【発明者】
【氏名】楠元 希
(72)【発明者】
【氏名】小林 浩
【審査官】神野 将志
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-522366(JP,A)
【文献】国際公開第2009/139352(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/193248(WO,A1)
【文献】特開2001-311686(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第103664503(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
G01N
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素原子を有する炭素数2以上の原料有機化合物を含有する原料液とフッ素ガスとを反応容器内で反応させ、前記原料有機化合物の前記水素原子をフッ素原子に置換して含フッ素有機化合物を生成させるに際して、前記反応容器内の気相部分に含まれるテトラフルオロメタンを連続的に測定し、前記テトラフルオロメタンの測定値に応じて前記フッ素ガスの前記反応容器への供給量を制御することを含む含フッ素有機化合物の製造方法。
【請求項2】
前記反応容器内の気相部分を赤外分光光度計に導入して前記テトラフルオロメタンを測定する請求項1に記載の含フッ素有機化合物の製造方法。
【請求項3】
前記赤外分光光度計で、波数798cm-1、1240cm-1、1290cm-1、1540cm-1、及び2200cm-1の近傍のピークを測定する請求項2に記載の含フッ素有機化合物の製造方法。
【請求項4】
前記赤外分光光度計で測定した波数1290cm-1の近傍のピークの強度が、予め定めた強度を超えた場合に、前記フッ素ガスの供給量を低下させるか、又は、前記フッ素ガスの供給を停止する請求項2に記載の含フッ素有機化合物の製造方法。
【請求項5】
前記含フッ素有機化合物は、前記原料有機化合物が有する水素原子の全てがフッ素原子に置換された化学構造を有する請求項1~4のいずれか一項に記載の含フッ素有機化合物の製造方法。
【請求項6】
前記原料有機化合物が1,2,3,4-テトラクロロブタンであり、前記含フッ素有機化合物が1,2,3,4-テトラクロロ-1,1,2,3,4,4-ヘキサフルオロブタンである請求項1~4のいずれか一項に記載の含フッ素有機化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含フッ素有機化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機化合物にフッ素ガスを反応させることにより、有機化合物が有する水素原子をフッ素原子に置換して、含フッ素有機化合物を生成する直接フッ素化反応が知られている。この直接フッ素化反応は大きな反応熱が発生する発熱反応であるため、反応場の温度が高くなり副反応が生じやすい。副反応が生じると、目的物である含フッ素有機化合物の収率や純度が低下するおそれがある。
例えば特許文献1には、多孔質の管状反応容器を使用して直接フッ素化反応を行うことにより、副反応を抑制して高い収率で目的物を得る方法が開示されている。また、特許文献2には、直接フッ素化反応を利用しながらも、分離困難な不純物の生成を抑制しつつ高純度のオクタフルオロプロパンを得る方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】米国特許第4377715号明細書
【文献】日本国特許公開公報 2002年第69014号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、フッ素ガスの反応性は激しいため、直接フッ素化反応において副反応を完全に防ぐことは容易ではなかった。また、ガラスはフッ素ガスに対する耐食性が不十分であるため、直接フッ素化反応の反応容器の材質としてガラス等の透明な材質を用いることができず、通常は不透明な金属が用いられる。そのため、反応容器の内部を目視で監視することができないので、副反応の発生を即時に発見することが難しく、不純物の生成を十分に抑制することは容易ではなかった。
【0005】
反応中の反応容器から反応液を抜き取り分析して副反応の発生を検出することは可能ではあるが、フッ素ガスの反応性は非常に高く副反応が一瞬にして始まってしまうこともあるので、反応液を時々抜き取って分析する方法では副反応の発生を即時に検出することは困難であった。
本発明は、フッ素ガスを用いる直接フッ素化反応において副反応の発生を即時に検出することが可能であり、高純度の含フッ素有機化合物を高収率で製造することができる含フッ素有機化合物の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するため、本発明の一態様は以下の[1]~[9]の通りである。
[1] 水素原子を有する炭素数2以上の原料有機化合物を含有する原料液とフッ素ガスとを反応容器内で反応させ、前記原料有機化合物の前記水素原子をフッ素原子に置換して含フッ素有機化合物を生成させるに際して、前記反応容器内の気相部分に含まれるテトラフルオロメタンを連続的に測定し、前記テトラフルオロメタンの測定値に応じて前記フッ素ガスの前記反応容器への供給量を制御することを含む含フッ素有機化合物の製造方法。
【0007】
[2] 前記反応容器内の気相部分を赤外分光光度計に導入して前記テトラフルオロメタンを測定する[1]に記載の含フッ素有機化合物の製造方法。
[3] 前記赤外分光光度計で、波数798cm-1、1240cm-1、1290cm-1、1540cm-1、及び2200cm-1の近傍のピークを測定する[2]に記載の含フッ素有機化合物の製造方法。
【0008】
[4] 前記赤外分光光度計で測定した波数1290cm-1の近傍のピークの強度が、予め定めた強度を超えた場合に、前記フッ素ガスの供給量を低下させるか、又は、前記フッ素ガスの供給を停止する[2]に記載の含フッ素有機化合物の製造方法。
[5] 前記含フッ素有機化合物は、前記原料有機化合物が有する水素原子の全てがフッ素原子に置換された化学構造を有する[1]~[4]のいずれか一項に記載の含フッ素有機化合物の製造方法。
【0009】
[6] 前記原料有機化合物が1,2,3,4-テトラクロロブタンであり、前記含フッ素有機化合物が1,2,3,4-テトラクロロ-1,1,2,3,4,4-ヘキサフルオロブタンである[1]~[4]のいずれか一項に記載の含フッ素有機化合物の製造方法。
[7] 水素原子を有する炭素数2以上の原料有機化合物を含有する原料液とフッ素ガスとを反応させ、前記原料有機化合物の前記水素原子をフッ素原子に置換して含フッ素有機化合物を生成させる反応容器と、前記反応容器内の気相部分を赤外分光光度計に導入する配管と、を備える含フッ素有機化合物の製造装置。
【0010】
[8] 前記含フッ素有機化合物は、前記原料有機化合物が有する水素原子の全てがフッ素原子に置換された化学構造を有する[7]に記載の含フッ素有機化合物の製造装置。
[9] 前記原料有機化合物が1,2,3,4-テトラクロロブタンであり、前記含フッ素有機化合物が1,2,3,4-テトラクロロ-1,1,2,3,4,4-ヘキサフルオロブタンである[7]に記載の含フッ素有機化合物の製造装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、フッ素ガスを用いる直接フッ素化反応において副反応の発生を即時に検出することが可能であり、高純度の含フッ素有機化合物を高収率で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明に係る含フッ素有機化合物の製造装置の一実施形態の構成を説明する模式図である。
図2】気相部分の赤外分光分析結果を説明するチャート図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一実施形態について以下に説明する。なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。また、本実施形態には種々の変更又は改良を加えることが可能であり、その様な変更又は改良を加えた形態も本発明に含まれ得る。
【0014】
本実施形態に係る含フッ素有機化合物の製造方法は、水素原子を有する炭素数2以上の原料有機化合物を含有する原料液とフッ素ガス(F2)とを反応容器内で反応させ、原料有機化合物の水素原子をフッ素原子に置換して含フッ素有機化合物を生成させるに際して、反応容器内の気相部分に含まれるテトラフルオロメタン(CF4)を連続的に測定し、テトラフルオロメタンの測定値に応じてフッ素ガスの反応容器への供給量を制御することを含む。
【0015】
このような構成であれば、フッ素ガスを用いる直接フッ素化反応において発生する副反応の生成物であるテトラフルオロメタンを生成直後に検出することができるので、直接フッ素化反応の副反応の発生を即時に検出することが可能である。よって、本実施形態に係る含フッ素有機化合物の製造方法によれば、副反応の発生を抑制して不純物の生成を十分に抑制することができるので、半導体産業分野、医農薬品分野、民生用分野等において広く使用されている含フッ素有機化合物を、高純度且つ高収率で製造することができる。また、反応容器の材質が不透明で反応容器の内部を目視で監視することができなくても、直接フッ素化反応の副反応の発生を即時に検出することが可能である。
【0016】
上記のような本実施形態に係る含フッ素有機化合物の製造方法を実施する装置としては、例えば、図1に示す含フッ素有機化合物の製造装置があげられる。図1の含フッ素有機化合物の製造装置は、水素原子を有する炭素数2以上の原料有機化合物を含有する原料液1とフッ素ガスとを反応させ、原料有機化合物の水素原子をフッ素原子に置換して含フッ素有機化合物を生成させる反応容器11と、フッ素ガスを反応容器11内に導入するフッ素ガス導入用配管21と、反応容器11内の気相部分2を赤外分光光度計13に導入する排ガス用配管25と、を備える。
【0017】
反応容器11は例えばステンレス鋼等の金属で形成されており、原料液1が収容される。フッ素ガス導入用配管21の途中には希釈ガス用配管23が接続されており、希釈ガス用配管23からフッ素ガス導入用配管21に希釈ガスを導入し、フッ素ガス導入用配管21内でフッ素ガスと希釈ガスを混合して、フッ素ガスを希釈ガスで希釈した混合ガスとすることができるようになっている。
【0018】
フッ素ガス導入用配管21の先端(下流側端部)の吹込み口は、反応容器11の内部の下方側部分に配置されており、フッ素ガス又は混合ガスを反応容器11の内部の下方側部分に供給できるようになっている。
また、排ガス用配管25の上流側端部は、反応容器11の上方側部分に接続され、下流側端部は赤外分光光度計13のガスセルに接続されており、反応容器11内の気相部分2を赤外分光光度計13のガスセルに導入できるようになっている。
【0019】
ここで、本発明における副反応とは、フッ素ガスとの反応による原料有機化合物の「燃焼」を意味する。一般に燃焼とは、有機化合物が酸素と発熱しながら連続的に反応して、二酸化炭素と水に変化することを意味するが、フッ素ガスとの反応による原料有機化合物の「燃焼」とは、酸素の場合と同様に、原料有機化合物がフッ素ガスと発熱しながら連続的に反応することを意味する。
【0020】
このフッ素ガスによる「燃焼」においては、激しい反応とその発熱のため、原料有機化合物の炭素-炭素結合さえ切断される。すなわち、本発明における副反応とは、原料有機化合物とフッ素ガスとの反応により含フッ素有機化合物を製造する際にしばしば生じる、フッ素ガスによる「燃焼」によって、原料有機化合物の炭素-炭素結合の切断を含む反応が生じることを意味する。
【0021】
フッ素ガスによる「燃焼」が発生するメカニズムは、次のように説明される。すなわち、フッ素ガスと原料有機化合物との反応の反応熱により、原料有機化合物を含有する原料液へフッ素ガスを吹き込む吹込み口の温度が徐々に上昇する。反応熱が除去できていれば反応は正常に進行するが、局所的な高温部分が発生した場合には、この高温部分が一定の温度以上になると、フッ素ガスによる「燃焼」が始まる。
【0022】
「燃焼」は一度始まると、フッ素ガスの供給が止められない限り継続するので、「燃焼」を停止させるためには、フッ素ガスの吹込み口での反応熱の発生を止める必要がある。すなわち、フッ素ガスの供給を停止することにより、「燃焼」を停止することができる。「燃焼」を停止することができれば、原料有機化合物が「燃焼」によって損失することを抑制することができる。このように、「燃焼」を監視し、その発生を制御することにより、目的物である含フッ素有機化合物の純度及び収率を高めることができる。
【0023】
「燃焼」が生じると、フッ化水素等の様々なフッ素化合物が生成する。本発明では、これら様々なフッ素化合物の中のテトラフルオロメタンに着目した。そして、テトラフルオロメタンの生成を連続的に観測し、テトラフルオロメタンの測定値に応じてフッ素ガスの供給量を制御する。例えば、テトラフルオロメタンの生成が確認されたら直ちにフッ素ガスの供給量を低下させるか、又は、フッ素ガスの供給を止めるという制御を行う。このような制御を行うことにより、「燃焼」による原料有機化合物の損失を簡便に抑制することができる。すなわち、反応条件を制御しつつテトラフルオロメタンが生成していないことを確認しながら反応を行えば、「燃焼」を抑制して、目的物である含フッ素有機化合物を高純度且つ高収率で製造することができる。
【0024】
本実施形態における直接フッ素化反応は、液相で行われる。よって、原料有機化合物を含有する原料液は、直接フッ素化反応を行う反応条件下で液状である必要がある。原料有機化合物が、直接フッ素化反応を行う反応条件下で液状である場合には、原料有機化合物をそのまま原料液として用いてもよいし、フッ素ガスと激しく反応することのない溶媒(例えば、パーフルオロカーボン、四塩化炭素、1,2,3,4-テトラクロロ-1,1,2,3,4,4-ヘキサフルオロブタン)に原料有機化合物を溶解した原料有機化合物溶液を原料液として用いてもよい。原料有機化合物が、直接フッ素化反応を行う反応条件下で固体又は気体である場合には、フッ素ガスと激しく反応することのない溶媒に原料有機化合物を溶解した原料有機化合物溶液を原料液として用いる。
【0025】
原料有機化合物は、その構造中に水素原子を一つ以上有する。この水素原子はフッ素ガスとの反応により置換されるため、原料有機化合物は含フッ素有機化合物に変換される。水素原子がフッ素原子に置き換わる反応に伴って大きな熱量が発生するので、「燃焼」の制御が重要となる。
また、原料有機化合物は、炭素数2以上の有機化合物である。炭素数が1である場合は、フッ素ガスとの反応により生成する目的の生成物と、本実施形態における直接フッ素化反応で監視対象とするテトラフルオロメタンとの区別がつかなくなるため、炭素数は2以上である必要がある。
【0026】
原料有機化合物の種類は特に限定されるものではないが、例えば、ヘキサン、ヘプタン、オクタンなどの脂肪族炭化水素や、エタノール、プロパノール、ブタノールなどのアルコールや、アセトン等のケトンや、酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステルや、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等の低分子エーテルや、ポリエチレングリコールに代表されるポリエーテルがあげられる。
【0027】
さらに、原料有機化合物としては、例えば、ジメチルスルフィドなどのスルフィドや、酢酸、アジピン酸などのカルボン酸や、1,2-ジクロロエタン、1,2,3,4-テトラクロロブタンなどのハロゲン化アルキルや、ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、シメン、フルオレン、カルバゾール、チオフェン、ピロール、フラン、ピリジン、トリアジン、ベンゾフェノン、サリチル酸、サリチル酸メチル、アセチルサリチル酸、安息香酸メチル、安息香酸、アニソール、フェニルスルフィド、1,2-ジクロロベンゼンなどの芳香族化合物があげられる。
【0028】
上記に例示した原料有機化合物は、種々の置換基で置換されても、本実施形態に係る含フッ素有機化合物の製造方法において原料有機化合物として使用することができる。
原料有機化合物のフッ素化により得られる含フッ素有機化合物の種類は、特に限定されるものではなく、例えば、原料有機化合物が有する水素原子のうち一部がフッ素原子に置換された化学構造を有する含フッ素有機化合物でもよいし、原料有機化合物が有する水素原子の全てがフッ素原子に置換された化学構造を有する含フッ素有機化合物でもよい。
【0029】
本実施形態に係る含フッ素有機化合物の製造方法において用いられるフッ素ガスは、ガスボンベから供給されたものでもよいし、フッ化水素の電気分解等でオンサイトで発生させたものでもよい。また、フッ素ガスは、フッ化水素を含有していてもよい。
本実施形態に係る含フッ素有機化合物の製造方法において用いられる反応容器11の材質としては、フッ素ガスと激しい反応を起こさないものが用いられる。例えば、SUS316L等のステンレス鋼や、モネル(登録商標)等のニッケル銅合金があげられる。
【0030】
通常、本実施形態における直接フッ素化反応は、温度-30℃以上180℃以下、圧力0.01MPa以上1.0MPa以下で行うことができる。テトラフルオロメタンの沸点は約-128℃であるので、本実施形態における直接フッ素化反応の反応条件下では、過度の低温高圧にならない限り、テトラフルオロメタンは気体であり、反応液中に留まることはない。
【0031】
本実施形態に係る含フッ素有機化合物の製造方法では、テトラフルオロメタンを測定することにより、フッ素ガスによる「燃焼」の発生を監視する。反応中に「燃焼」が起こると、テトラフルオロメタンが生成する場合がある。そして、生成したテトラフルオロメタンは、反応液中から反応容器11内の気相部分2に移動するので、テトラフルオロメタンの測定は、この気相部分2を分析することにより行われる。
【0032】
気相部分2に含まれるテトラフルオロメタンを測定する分析装置は特に限定されるものではなく、赤外分光光度計、ガスクロマトグラフ、液体クロマトグラフ、核磁気共鳴装置、質量分析装置等があげられる。
これらの分析装置のうち赤外分光光度計は、配管等を介して反応容器11内の気相部分2をガスセルに導入して常時流通するようにしておけば、テトラフルオロメタンを連続的に測定することが可能であるため、より好ましい。例えば、テトラフルオロメタンを0.1秒間隔、1秒間隔、あるいは数秒間隔で測定することも可能である。
【0033】
赤外分光光度計を用いてテトラフルオロメタンを測定する場合には、得られたチャートの波数798cm-1、1240cm-1、1290cm-1、1540cm-1、2200cm-1の近傍のピークを監視すればよく、より好ましくは波数1240cm-1、1290cm-1の近傍のピーク、さらに好ましくは波数1290cm-1の近傍のピークである。そうすれば、テトラフルオロメタンの監視を妨害する波長を有する副生物もないため、異常な「燃焼」を確実に検出することができる。
【0034】
気相部分2に含まれるテトラフルオロメタンを赤外分光光度計で連続的に測定し、例えば波数1290cm-1の近傍のピークの強度が、予め定めた強度を超えたら、原料有機化合物の炭素-炭素結合の切断を含む副反応が生じていることを意味するので、反応液へのフッ素ガスの供給量を低下させるか、又は、フッ素ガスの供給を停止する。例えば、波数1290cm-1の近傍のピークの強度が、予め定めた強度を超えたら、フッ素ガスを供給する配管に設置された電磁弁に自動的に信号が送られて、電磁弁が自動的に閉鎖されるように設定しておけば、副反応が発生した直後に反応液へのフッ素ガスの供給を停止することができる。そして、例えば波数1290cm-1の近傍のピークの強度が、予め定めた強度を下回ったら、反応液へのフッ素ガスの供給量を増加させるか、又は、フッ素ガスの供給を再開することができる。
【0035】
原料有機化合物と反応させるフッ素ガスは、配管等を通じてフッ素ガスを反応容器11内の原料液に吹き込むことによって反応系内に供給することができる。フッ素ガスは、フッ素ガスのみからなっていてもよいし、フッ素ガスを希釈ガスで希釈した混合ガスでもよい。希釈に用いる希釈ガスとしては、窒素ガス、アルゴンなどの不活性ガスを用いることができる。
【0036】
本実施形態において使用される含フッ素有機化合物の製造装置は、気相部分2を反応容器11から排出することができる構造を有することが好ましい。例えば、反応容器11が管状で、原料液が管状の反応容器11の一端から他端に向かって流れるようになっており、反応容器11の一端から反応容器11内にフッ素ガスを吹き込むノズルを有し、気相部分2を反応容器11の外部に排出可能な構造になっている含フッ素有機化合物の製造装置を使用することができる。また、例えば、反応容器11の底部から内部にフッ素ガスを吹き込むノズルを有し、気相部分2を反応容器11の外部に排出可能な構造になっている含フッ素有機化合物の製造装置を使用することができる。
【0037】
含フッ素有機化合物の製造装置が上記のような構造を有していれば、気相部分2を反応容器11から排出することができるので、希釈ガスや余剰のフッ素ガスは反応容器11から排出されるようになっている。そして、「燃焼」が生じた場合には、希釈ガスや余剰のフッ素ガスとともにテトラフルオロメタンが反応容器11から排出される。この排ガス中のテトラフルオロメタンを測定するようにすれば、含フッ素有機化合物の製造装置の構造を簡略化することが可能である。
【0038】
原料有機化合物とフッ素ガスの反応の条件は、原料有機化合物の種類によって適宜選択される。すなわち、原料有機化合物の種類によって、反応温度、反応圧力、混合ガス中のフッ素ガスの濃度、フッ素ガスの供給速度などが決定される。これら反応条件は、「燃焼」が抑えられるように制御されることが好ましい。
【実施例
【0039】
以下に実施例及び比較例を示して、本発明をより具体的に説明する。
〔実施例1〕
まず、含フッ素有機化合物の製造装置の構成について説明する。含フッ素有機化合物の製造装置は、図1に示す含フッ素有機化合物の製造装置と同様の構成を有しており、容量1Lのステンレス鋼製の反応容器を備えており、反応容器には、6枚のフラットタービンを有する撹拌機(図1の製造装置においては、符号31を付したものが撹拌機である)と、フッ素ガス導入用の配管と、排ガス用の配管と、が設置されている。
【0040】
フッ素ガス導入用の配管は、窒素ガスで希釈されたフッ素ガスを反応容器の内部の下方側部分に供給できるようになっている。また、排ガス用の配管は、反応容器の上部と赤外分光光度計のガスセルとを連結しており、反応容器内の気相部分を赤外分光光度計のガスセルに導入できるようになっている。さらに、排ガス用の配管の赤外分光光度計よりも上流側には調圧弁が設けられており、反応容器内の圧力を制御できるようになっている。
【0041】
次に、上記の含フッ素有機化合物の製造装置を用いて含フッ素有機化合物を製造する方法について、フッ素ガスと1,2,3,4-テトラクロロブタン(以下「TCB」と記す)を反応させて1,2,3,4-テトラクロロ-1,1,2,3,4,4-ヘキサフルオロブタン(以下「HFTCB」と記す)を製造する方法を例にして説明する。
【0042】
反応容器にTCB60gとHFTCB540gとを加えて混合し、原料液とした。ここで、TCBは原料有機化合物に相当し、HFTCBは溶媒に相当する。撹拌機を用いて原料液を回転速度360min-1で撹拌しながら、原料液中にフッ素ガスを吹き込んで反応を行った。反応中は、反応容器内の気相部分を赤外分光光度計のガスセルに導入して、気相部分の赤外分光分析を連続的に行った。
【0043】
反応中の原料液の温度は70℃、反応容器内の圧力は0.45MPaとした。また、反応容器内に導入するフッ素ガスは、窒素ガスとフッ素ガスの混合ガスであり、混合ガス中のフッ素ガス濃度は40体積%とした。さらに、混合ガスの流量は、400NmL/min(0℃、0.1MPa換算)とした。
原料液中に混合ガスを吹き込み始めてから5分程度の間は、赤外分光分析の結果に異常は見られなかった。すなわち、赤外分光分析の結果、図2の(a)に示すチャートが得られ、波数1290cm-1のピークが確認されることはなかった(すなわち、テトラフルオロメタンは検出されなかった)。
【0044】
ところが、原料液中に混合ガスを吹き込み始めてから5分20秒後から、赤外分光分析の結果に異常が見られた。すなわち、赤外分光分析の結果、図2の(b)に示すチャートが得られ、波数1290cm-1のピークが確認された(すなわち、テトラフルオロメタンが検出された)。
そこで、反応をすぐさま停止するために、混合ガスの供給を停止した。反応を停止した状態で赤外分光分析を続け、赤外分光分析の結果が、図2の(a)に示す異常のないチャートに戻ったことを確認した後に、再び混合ガスを供給して反応を再開した。
【0045】
その後は、赤外分光分析の結果が異常のないチャートを示し続けたので、合計5時間反応を行い、混合ガスを合計48L(0℃、0.1MPa換算)流したところで反応を停止した。窒素ガスを用いて反応液をしばらくパージして、反応液に溶存しているガスを追い出した後に、反応液の質量を測定したところ、反応前の質量から30gの増加がみられ、反応液の損失がないことが分かった。
【0046】
得られた反応液を分析して、反応液中に含有されている化合物の同定と定量を行った。その結果、反応液中にはHFTCBが含有されており、得られたHFTCBの収率は、TCBを基準として69%であった。なお、同定と定量の方法は以下の通りである。すなわち、得られた反応液の質量を測定した後、反応液の一部をガスクロマトグラフィーにより分析し、反応液中のHFTCB濃度(質量%)を測定することで同定と定量を行った。
HFTCBの収率の算出式は、以下の通りである。
収率=(HFTCBの増加モル量)/(TCBの初期投入モル量)=(64.2g/304)/(60.0g/196)=0.69
【0047】
〔比較例1〕
含フッ素有機化合物の製造装置が赤外分光光度計を備えておらず、気相部分の赤外分光分析を行わない点を除いては、実施例1と同様にして反応を行った。混合ガスの供給を停止させることなく反応を5時間続けた後に、反応を停止するために混合ガスの供給を停止した。窒素ガスを用いて反応液をしばらくパージして、反応液に溶存しているガスを追い出した後に、反応液の質量を測定したところ、反応前よりも80g減少していた。これは、原料有機化合物であるTCBや溶媒として使用したHFTCBがフッ素ガスと異常反応(例えば炭素-炭素結合の切断)を起こし、テトラフルオロメタンなどの低沸点物質が生成したと推定される。
【0048】
これは、フッ素ガスによる原料有機化合物TCBの「燃焼」の結果、炭素数1~4の種々のフッ素化合物が生成し、それらがガス化して反応液から抜き出たため、反応液の質量が減少したものと考えられる。原料液中に混合ガスを吹き込み始めてから5分20秒後からは、異常な反応が起こっていたにもかかわらず、そのまま反応を続行したため、異常な結果になったと考えられる。
【0049】
〔参考例〕
反応容器内の圧力が0.15MPaである点と、混合ガス中のフッ素ガス濃度が20体積%である点とを除いては、実施例1と同様にして反応を行った。反応を10時間行い、混合ガスを合計48L(0℃、0.1MPa換算)流したところで反応を停止した。反応中は、TCBとフッ素ガスとの反応により目的物であるHFTCBが生成する反応が正常に進行した。すなわち、反応中は、反応容器内の気相部分を赤外分光光度計のガスセルに導入して、気相部分の赤外分光分析を連続的に行ったが、供給するフッ素ガスの流量が小さいため、波数1290cm-1のピークが確認されることはなかった(すなわち、テトラフルオロメタンは検出されなかった)。そして、得られたHFTCBの収率は、TCBを基準として70%であった。
【0050】
〔実施例2〕
実施例1と同様の含フッ素有機化合物の製造装置を用いて含フッ素有機化合物を製造する方法について、ヘキサエチレングリコールエステルにフッ素ガスを反応させてフッ素化する方法を例にして説明する。
反応容器に、ヘキサエチレングリコールの両末端をエステルで保護したヘキサエチレングリコール-ジパーフルオロベンゼンエステル5gと、HFTCB1200gとを加えて混合し、原料液とした。ここで、ヘキサエチレングリコール-ジパーフルオロベンゼンエステルは原料有機化合物に相当し、HFTCBは溶媒に相当する。なお、ヘキサエチレングリコール-ジパーフルオロベンゼンエステルの構造式は、以下に示す通りである。
【0051】
【化1】
【0052】
撹拌機を用いて原料液を回転速度360min-1で撹拌しながら、原料液中にフッ素ガスを吹き込んで反応を行った。反応中は、反応容器内の気相部分を赤外分光光度計のガスセルに導入して、気相部分の赤外分光分析を連続的に行った。
反応中の原料液の温度は10℃、反応容器内の圧力は0.2MPaとした。また、反応容器内に導入するフッ素ガスは、窒素ガスとフッ素ガスの混合ガスであり、混合ガス中のフッ素ガス濃度は20体積%とした。さらに、混合ガスの流量は、500NmL/min(0℃、0.1MPa換算)とした。
【0053】
原料液中に混合ガスを吹き込み始めてから8分30秒後から、赤外分光分析の結果に異常が見られた。すなわち、赤外分光分析の結果、波数1290cm-1のピークが確認された(すなわち、テトラフルオロメタンが検出された)。そこで、反応をすぐさま停止するために、混合ガスの供給を停止した。
反応を停止した状態で赤外分光分析を続け、赤外分光分析の結果が、図2の(a)に示したものと同様の異常のないチャートに戻ったことを確認した後に、再び混合ガスを供給して反応を再開した。その後は、赤外分光分析の結果が異常のないチャートを示し続けたので、合計3時間反応を行った。窒素ガスを用いて反応液をしばらくパージして、反応液に溶存しているガスを追い出した後に、反応液の質量を測定したところ、4gの増加が見られ反応液の損失がないことが分かった。
【0054】
得られた反応液を分析して、反応液中に含有されている化合物の同定と定量を行った。その結果、反応液中にはヘキサエチレングリコール-ジパーフルオロベンゼンエステルのフッ素化物が含有されており、得られたフッ素化物の収率は、ヘキサエチレングリコール-ジパーフルオロベンゼンエステルを基準として70%であった。
得られた前記フッ化物の収率の算出式は、以下の通りである。
収率=(ヘキサエチレングリコール-ジパーフルオロベンゼンエステルのフッ素化物の増加モル量)/(ヘキサエチレングリコール-ジパーフルオロベンゼンエステルの初期投入モル量)=(6.8g/1214.19)/(5.0g/626.40)=0.70
なお、ヘキサエチレングリコール-ジパーフルオロベンゼンエステルのフッ素化物(ヘキサエチレングリコール-ジパーフルオロシクロヘキサンエステル)の構造式は、以下に示す通りである。
【0055】
【化2】
【0056】
〔比較例2〕
含フッ素有機化合物の製造装置が赤外分光光度計を備えておらず、気相部分の赤外分光分析を行わない点を除いては、実施例2と同様にして反応を行った。混合ガスの供給を停止させることなく反応を1時間続けた後に、反応を停止するために混合ガスの供給を停止した。窒素ガスを用いて反応液をしばらくパージして、反応液に溶存しているガスを追い出した後に、反応液の質量を測定したところ、反応前よりも17g減少していた。これは、原料有機化合物であるヘキサエチレングリコール-ジパーフルオロベンゼンエステルや溶媒として使用したHFTCBがフッ素ガスと異常反応(例えば炭素-炭素結合の切断)を起こし、テトラフルオロメタンなどの低沸点物質が生成したと推定される。
【0057】
〔実施例3〕
実施例1と同様の含フッ素有機化合物の製造装置を用いて含フッ素有機化合物を製造する方法について、1,5-ペンタン二酸ジメチルエステルにフッ素ガスを反応させてフッ素化する方法を例にして説明する。
反応容器に、1,5-ペンタン二酸ジメチルエステル10.30gと、HFTCB900gとを加えて混合し、原料液とした。ここで、1,5-ペンタン二酸ジメチルエステルは原料有機化合物に相当し、HFTCBは溶媒に相当する。
【0058】
撹拌機を用いて原料液を回転速度370min-1で撹拌しながら、原料液中にフッ素ガスを吹き込んで反応を行った。反応中は、反応容器内の気相部分を赤外分光光度計のガスセルに導入して、気相部分の赤外分光分析を連続的に行った。
反応中の原料液の温度は0℃、反応容器内の圧力は0.15MPaとした。また、反応容器内に導入するフッ素ガスは、窒素ガスとフッ素ガスの混合ガスであり、混合ガス中のフッ素ガス濃度は20体積%とした。さらに、混合ガスの流量は、300NmL/min(0℃、0.1MPa換算)とした。
【0059】
原料液中に混合ガスを吹き込み始めてから2分後から、赤外分光分析の結果に異常が見られた。すなわち、赤外分光分析の結果、波数1290cm-1のピークが確認された(すなわち、テトラフルオロメタンが検出された)。そこで、反応をすぐさま停止するために、混合ガスの供給を停止した。
反応を停止した状態で赤外分光分析を続け、赤外分光分析の結果が、図2の(a)に示す異常のないチャートに戻ったことを確認した後に、再び混合ガスを供給して反応を再開した。その後は、赤外分光分析の結果が異常のないチャートを示し続けたので、合計6時間反応を行った。窒素ガスを用いて反応液をしばらくパージして、反応液に溶存しているガスを追い出した後に、反応液の質量を測定したところ、10gの増加が見られ反応液の損失がないことが分かった。
【0060】
得られた反応液を分析して、反応液中に含有されている化合物の同定と定量を行った。その結果、反応液中には1,5-ペンタン二酸ジメチルエステルのフッ素化物が含有されており、得られたフッ素化物の収率は、1,5-ペンタン二酸ジメチルエステルを基準として75%であった。
得られた前記フッ化物の収率の算出式は、以下の通りである。
収率=(1,5-ペンタン二酸ジメチルエステルのフッ素化物の増加モル量)/(1,5-ペンタン二酸ジメチルエステルの初期投入モル量)=(18.14g/376.05)/(10.30g/160.17)=0.75
【0061】
〔比較例3〕
含フッ素有機化合物の製造装置が赤外分光光度計を備えておらず、気相部分の赤外分光分析を行わない点を除いては、実施例3と同様にして反応を行った。混合ガスの供給を停止させることなく反応を30分続けた後に、反応を停止するために混合ガスの供給を停止した。窒素ガスを用いて反応液をしばらくパージして、反応液に溶存しているガスを追い出した後に、反応液の質量を測定したところ、反応前よりも10g減少していた。これは、原料有機化合物である1,5-ペンタン二酸ジメチルエステルや溶媒として使用したHFTCBがフッ素ガスと異常反応(例えば炭素-炭素結合の切断)を起こし、テトラフルオロメタンなどの低沸点物質が生成したと推定される。
【符号の説明】
【0062】
1 原料液
2 気相部分
11 反応容器
13 赤外分光光度計
31 攪拌機
図1
図2