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特許7203910コイルばね、懸架装置およびコイルばねの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-04
(45)【発行日】2023-01-13
(54)【発明の名称】コイルばね、懸架装置およびコイルばねの製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16F 1/06 20060101AFI20230105BHJP
   F16F 1/02 20060101ALI20230105BHJP
   F16F 1/12 20060101ALI20230105BHJP
   B21F 35/00 20060101ALI20230105BHJP
   C21D 9/02 20060101ALI20230105BHJP
   C21D 1/34 20060101ALI20230105BHJP
   B60G 3/28 20060101ALI20230105BHJP
   C21D 7/06 20060101ALN20230105BHJP
   C21D 1/40 20060101ALN20230105BHJP
【FI】
F16F1/06 A
F16F1/02 B
F16F1/12 F
B21F35/00 A
C21D9/02 A
C21D1/34 H
B60G3/28
F16F1/12 C
C21D7/06 A
C21D1/40 Z
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021110012
(22)【出願日】2021-07-01
【審査請求日】2022-10-31
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004640
【氏名又は名称】日本発條株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】山内 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】田中 怜
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 健
(72)【発明者】
【氏名】柴入 紘介
【審査官】杉山 豊博
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-124363(JP,A)
【文献】特開平09-264360(JP,A)
【文献】特開2014-122652(JP,A)
【文献】国際公開第2013/099821(WO,A1)
【文献】特開2000-283201(JP,A)
【文献】特許第6587993(JP,B2)
【文献】特開2019-007081(JP,A)
【文献】特開2010-133558(JP,A)
【文献】国際公開第2020/026716(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16F 1/06
F16F 1/02
F16F 1/12
B21F 35/00
C21D 9/02
C21D 1/34
B60G 3/28
C21D 7/06
C21D 1/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
螺旋状に巻かれた素線により形成され、座巻部および有効部を有するコイルばねであって、
前記座巻部における前記素線の表面は
第1領域と、
前記第1領域よりも柔らかく、前記素線の軸を中心とした周方向において前記第1領域と並ぶ第2領域と、
を有し、
前記有効部における前記素線の表面は、前記周方向における全周にわたり前記第1領域を有している、
コイルばね。
【請求項2】
前記素線は、
前記第1領域を含む第1層と、
前記第2領域を含み、前記第1層よりも柔らかい第2層と、
を備え、
前記素線の軸は、前記座巻部において前記第1層を通る、
請求項に記載のコイルばね。
【請求項3】
前記第2領域は、前記座巻部の座面の少なくとも一部に形成されている、
請求項またはに記載のコイルばね。
【請求項4】
前記第2領域は、前記座巻部における前記素線の端末から少なくとも0.4巻き以上かつ0.9巻き以下の範囲に形成されている、
請求項乃至のうちいずれか1項に記載のコイルばね。
【請求項5】
前記第2領域は、0.6mm以上の厚さを有している、
請求項乃至のうちいずれか1項に記載のコイルばね。
【請求項6】
前記第1領域および前記第2領域を含む前記素線の断面において、前記素線の表面は、
前記素線の軸を通りかつコイル軸と平行な第1中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記有効部側の交点である第1基点と、
前記素線の軸を通りかつ前記コイル軸を中心とした半径方向と平行な第2中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記コイル軸から遠い側の交点である第2基点と、
前記第1中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記第1基点と反対側の交点である第3基点と、
前記第2中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記第2基点と反対側の交点である第4基点と、
を有し、
前記第2領域の中心は、前記第1基点、前記第2基点、前記第3基点および前記第4基点を順に通る前記周方向において、前記第2基点と前記第4基点の間に位置している、
請求項乃至のうちいずれか1項に記載のコイルばね。
【請求項7】
前記第2領域の中心は、前記周方向において、前記第3基点と前記第4基点の間に位置している、
請求項に記載のコイルばね。
【請求項8】
第1ばね座と、
前記第1ばね座よりも鉛直方向の上方に配置された第2ばね座と、
前記第1ばね座と前記第2ばね座の間に配置された請求項1乃至のうちいずれか1項に記載のコイルばねと、
を備える懸架装置。
【請求項9】
素線を螺旋状に巻くことにより座巻部および有効部を有するコイルばねを成形し、
前記座巻部の少なくとも一部における前記素線の表面に対して局所的にレーザ光を照射することにより前記素線の一部を軟化させ、前記座巻部における前記素線の表面に、第1領域と、前記第1領域よりも柔らかく前記素線の軸を中心とした周方向において前記第1領域と並ぶ第2領域とを形成
前記第2領域の形成後の前記有効部における前記素線の表面は、前記周方向における全周にわたり前記第1領域を有している、
コイルばねの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイルばね、懸架装置およびコイルばねの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車等の車両の懸架装置においては、コイルばねが使用されている。この種のコイルばねには、良好な耐へたり性および耐腐食疲労性が求められる。
【0003】
コイルばねを形成する素線の硬さを全体的に高めると、耐へたり性の向上が期待できる。しかしながらこの場合において、例えば素線に施された塗膜の一部が剥がれるなどして素線の表面に腐食ピットが生じると、この腐食ピットを起点としたき裂が素線に生じ得る。素線の硬さが高ければ、き裂の進行も早く、コイルばねの早期折損に至る可能性がある。一方で素線の硬さが全体的に低いと、耐へたり性が低下する。
【0004】
コイルばねの耐へたり性や耐腐食疲労性に関して検討した例として、特許文献1,2,3が知られている。特許文献1,2には、表面の第1層と、第1層より中側の第2層と、第2層よりも中側で中心に至る第3層とを備え、第2層の硬さを第1層および第3層の硬さよりも低くした素線(ばね用鋼線)が開示されている。特許文献1,2によれば、第2層により疲労特性が向上し、第1層および第3層により耐へたり性が向上する。
【0005】
また、特許文献3には、内側から外側に向けて硬さが低減された素線(ばね鋼)が開示されている。特許文献3によれば、このような素線の構成により、素線表面の亀裂の拡がりを遅らせることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第6587993号公報
【文献】特開2019-7081号公報
【文献】特開2010-133558号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1,2,3を考慮しても、コイルばねの耐へたり性や耐腐食疲労性に関しては未だに改善の余地がある。例えば、特許文献1,2,3においては、いずれも素線の全長にわたり同様の層構造が形成されている。しかしながら、コイルばねにおいて求められる耐へたり性や耐腐食疲労性などの特性は、座巻部や有効部のようなコイルばねの部位ごとに異なり得る。
【0008】
また、特許文献1,2,3においては、いずれも高周波誘導加熱により素線を加熱することで、硬さが部分的に異なる層構成の素線を得ている。このような製造方法においては、加熱時に素線の断面内の温度分布を制御することが困難であり、結果として意図した層構成の素線を得られない可能性がある。
【0009】
本開示は、耐へたり性や耐腐食疲労性に優れたコイルばね、当該コイルばねを備えた懸架装置、さらには当該コイルばねの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
一実施形態に係るコイルばねは、螺旋状に巻かれた素線により形成され、座巻部および有効部を有し、前記座巻部における前記素線の表面は、前記有効部における前記素線の表面よりも柔らかい領域を有している。
【0011】
例えば、前記座巻部における前記素線の表面は、第1領域と、前記第1領域よりも柔らかく、前記素線の軸を中心とした周方向において前記第1領域と並ぶ第2領域と、を有している。前記有効部における前記素線の表面は、前記周方向における全周にわたり前記第1領域を有している。
【0012】
前記素線は、前記第1領域を含む第1層と、前記第2領域を含み前記第1層よりも柔らかい第2層と、を備えている。好適には、前記素線の軸は、前記座巻部において前記第1層を通る。
【0013】
前記第2領域は、前記座巻部の座面の少なくとも一部に形成されてもよい。好適には、前記第2領域は、前記座巻部における前記素線の端末から少なくとも0.4巻き以上かつ0.9巻き以下の範囲に形成されている。また、好適には、前記第2領域は、0.6mm以上の厚さを有している。
【0014】
前記第1領域および前記第2領域を含む前記素線の断面において、前記素線の表面は、前記素線の軸を通りかつ前記コイル軸と平行な第1中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記有効部側の交点である第1基点と、前記素線の軸を通りかつ前記コイル軸を中心とした半径方向と平行な第2中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記コイル軸から遠い側の交点である第2基点と、前記第1中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記第1基点と反対側の交点である第3基点と、前記第2中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記第2基点と反対側の交点である第4基点と、を有している。一例では、前記第2領域の中心は、前記第1基点、前記第2基点、前記第3基点および前記第4基点を順に通る前記周方向において、前記第3基点と前記第4基点の間に位置している。好適には、前記第2領域の中心は、前記周方向において、前記第3基点と前記第4基点の間に位置している。
【0015】
一実施形態に係る懸架装置は、第1ばね座と、前記第1ばね座よりも鉛直方向の上方に配置された第2ばね座と、前記第1ばね座と前記第2ばね座の間に配置された請求項1乃至7のうちいずれか1項に記載のコイルばねと、を備えている。
【0016】
一実施形態に係るコイルばねの製造方法においては、素線を螺旋状に巻くことにより座巻部および有効部を有するコイルばねを成形し、前記座巻部の少なくとも一部における前記素線の表面に対して局所的にレーザ光を照射することにより前記素線の一部を軟化させ、前記座巻部における前記素線の表面に前記有効部における前記素線の表面よりも柔らかい領域を形成する。
【発明の効果】
【0017】
本開示によれば、耐へたり性や耐腐食疲労性に優れたコイルばね、当該コイルばねを備えた懸架装置、さらには当該コイルばねの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、第1実施形態に係る懸架装置の概略的な断面図である。
図2図2は、第1実施形態に係るコイルばねの概略的な斜視図である。
図3図3は、図2におけるIII-III線に沿うコイルばねの概略的な断面図である。
図4図4は、図2におけるIV-IV線に沿うコイルばねの概略的な断面図である。
図5図5は、コイルばねの素線の内部における硬さ分布の一例を示すグラフである。
図6図6は、素線の表面における硬さ分布の一例を示すグラフである。
図7図7は、コイルばねの製造方法の一例を示すフローチャートである。
図8図8は、コイルばねの製造時に素線に対して施される局所軟化処理の一例を示す図である。
図9図9は、第2実施形態に係るコイルばねの概略的な斜視図である。
図10図10は、第3実施形態に係るコイルばねの概略的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
いくつかの実施形態につき、図面を参照しながら説明する。各実施形態においては、マクファーソンストラットタイプの懸架装置、当該懸架装置で使用されるコイルばね、当該コイルばねの製造方法を例示する。各実施形態にて開示するコイルばねは、他種の懸架装置に使用することもできるし、懸架装置以外の用途で使用することもできる。
【0020】
[第1実施形態]
図1は、第1実施形態に係る懸架装置100の概略的な断面図である。この懸架装置100は、車両懸架用のコイルばね1を備えている。コイルばね1は、螺旋形に巻かれた素線2(ワイヤ)を備えている。素線2は、例えばばね鋼により形成されている。
【0021】
懸架装置100は、ショックアブソーバ3と、第1ばね座4と、第2ばね座5とをさらに備えている。第2ばね座5は、鉛直方向Zにおいて第1ばね座4の上方に位置している。コイルばね1は、第1ばね座4と第2ばね座5の間で圧縮された状態で、懸架装置100に取付けられている。
【0022】
ショックアブソーバ3は、油等の流体が収容されたシリンダ30と、シリンダ30に挿入されたロッド31と、シリンダ30の内部に設けられた減衰力発生機構と、ロッド31の摺動部分を覆うカバー部材32とを備えている。ロッド31はシリンダ30に対してショックアブソーバ3の軸X0と平行に伸縮することができる。減衰力発生機構は、ロッド31の動きに対して抵抗を与える。
【0023】
ショックアブソーバ3の上端部は、マウントインシュレータ6を介して車体7に取り付けられている。マウントインシュレータ6は、防振ゴム60と、車体7に固定される支持部材61とを備えている。ショックアブソーバ3の下端部は、車軸を支持するナックル部材8に対して、ブラケット9を介して取り付けられている。図1の例においては、ショックアブソーバ15の軸X0が鉛直方向Zに対して鋭角である角度θ0を成して傾いている。
【0024】
コイルばね1は、第1ばね座4と第2ばね座5の間に圧縮された状態で取り付けられ、上方から負荷される荷重を弾性的に支持するとともに、荷重の大きさに応じて所定の撓み量の範囲(フルリバウンドとフルバンプとの間)で伸縮する。
【0025】
図2は、本実施形態に係るコイルばね1の概略的な斜視図である。図3は、図2におけるIII-III線に沿うコイルばね1の概略的な断面図である。図4は、図2におけるIV-IV線に沿うコイルばね1の概略的な断面図である。
【0026】
図2に示すように、コイルばね1は、有効部10と、第1座巻部11と、第2座巻部12とを有している。第1座巻部11は、第1ばね座4と接触する部分である。第2座巻部12は、第2ばね座5と接触する部分である。有効部10は、第1座巻部11と第2座巻部12の間に位置する部分である。
【0027】
本実施形態において、第1座巻部11は、常に第1ばね座4に接触する部分だけでなく、コイルばね1に加わる圧縮荷重が所定値未満の場合には第1ばね座4から離れ、コイルばね1に加わる圧縮荷重が当該所定値を超えると第1ばね座4に接触する部分を含む。同様に、第2座巻部12は、常に第2ばね座5に接触する部分だけでなく、コイルばね1に加わる圧縮荷重が所定値未満の場合には第2ばね座5から離れ、コイルばね1に加わる圧縮荷重が当該所定値を超えると第2ばね座5に接触する部分を含む。一例として、第1座巻部11は素線2の下側の端末2aから1巻分の範囲であり、第2座巻部12は素線2の上側の端末2bから1巻分の範囲である。
【0028】
有効部10においては、素線2がコイル軸X1を中心として複数回巻かれている。例えば、コイル軸X1は、図1に示した鉛直方向Zおよびショックアブソーバ3の軸X0に対して鋭角を成すように傾いている。以下、図2に示すように、コイル軸X1と平行な軸方向DXと、コイル軸X1を中心とした半径方向DRとを定義する。
【0029】
図3に示すように、素線2の表面20は、全体的に塗膜21によって覆われている。一例として、素線2の直径Rは10~15mmであり、塗膜21の厚さは40μm以上である。
【0030】
本実施形態において、素線2の表面20は、第1領域A1と、第1領域A1よりも柔らかい第2領域A2とを有している。図2の例においては、第1座巻部11の一部に第2領域A2が設けられている。表面20のうち、第2領域A2を除く部分が第1領域A1である。
【0031】
すなわち、第1座巻部11の少なくとも一部の表面20においては、図4に示す素線2の軸X2を中心とした周方向Dθにおける硬さの分布が一様でない。一方で、第2座巻部12および有効部10の表面20においては、周方向Dθの全周にわたり硬さの分布が一様である。
【0032】
図3に示すように、有効部10における素線2は、全体的に第1層L1により形成されている。第1領域A1は、第1層L1の表面に相当する。第2座巻部12も全体的に第1層L1により形成されている。
【0033】
図4に示すように、第1座巻部11は、第1層L1に加え、第1層L1よりも柔らかい第2層L2を備えている。第2領域A2は、第2層L2の表面に相当する。図4の例においては、素線2の断面積に占める第1層L1の割合が、素線2の断面積に占める第2層L2の割合よりも大きい。素線2の軸X2は、第1層L1を通っている。
【0034】
図4に示すように、素線2の表面20において第1基点P1、第2基点P2、第3基点P3および第4基点P4を定義する。第1基点P1は、表面20のうち、軸方向DXの上方に位置する有効部10に最も近い位置である。第2基点P2は、表面20のうち、半径方向DRにおいてコイル軸X1から最も離れた位置である。第3基点P3は、軸方向DXにおいて有効部10から最も離れた位置(軸X2を挟んで第1基点P1の反対側の位置)である。第4基点P4は、半径方向DRおいてコイル軸X1に最も近い位置(軸X2を挟んで第2基点P2の反対側の位置)である。第1基点P1、第2基点P2、第3基点P3および第4基点P4は、周方向Dθにおいて、90度の間隔で順に並んでいる。
他の観点から言うと、第1基点P1は、軸X2を通りかつコイル軸X1と平行な第1中心線CL1が表面20と交わる一対の交点のうち、有効部10側の交点である。第2基点P2は、軸X2を通りかつ半径方向DRと平行な第2中心線CL2が表面20と交わる一対の交点のうち、コイル軸X1から遠い側の交点である。第3基点P3は、第1中心線CL1が表面20と交わる一対の交点のうち、第1基点P1と反対側の交点である。第4基点P4は、第2中心線CL2が表面20と交わる一対の交点のうち、第2基点P2と反対側の交点である。
【0035】
第1座巻部11において、第1領域A1と第2領域A2は、周方向Dθに並んでいる。本実施形態においては、第1領域A1と第2領域A2の境界B1が第2基点P2と第3基点P3の間に位置している。また、第1領域A1と第2領域A2の他の境界B2が第4基点P4に位置している。第1領域A1は、周方向Dθにおいて第4基点P4(境界B2)から境界B1に至る範囲に形成され、第1基点P1および第2基点P2を含んでいる。第2領域A2は、周方向Dθにおいて境界B1から第4基点P4(境界B2)に至る範囲に形成され、第3基点P3を含んでいる。
【0036】
このように、図4の断面においては、第2領域A2の周方向Dθにおける長さが第1領域A1の周方向Dθにおける長さよりも短い。第2領域A2は、素線2の表面20のうち、軸方向DXにおける下方かつコイルばね1の内側寄りに形成されている。第3基点P3とその近傍の領域は、図1に示した第1ばね座4と常時またはコイルばね1の圧縮時に接触する座面SFに相当する。すなわち、第2領域A2は、第1座巻部11の座面SFの少なくとも一部に形成されている。
【0037】
より具体的には、第1基点P1を0時、第2基点P2を3時、第3基点P3を6時、第4基点P4を9時にそれぞれ例えると、第2領域A2は、4時から9時の範囲に形成されている。
【0038】
第2領域A2が形成される範囲は、4時から9時の範囲に限られない。例えば、第2領域A2は、その中心Cが周方向Dθにおいて第2基点P2から第4基点P4に至る範囲に位置するように形成されればよい。中心Cは、周方向Dθにおいて境界B1,B2と等距離の位置である。好適には、中心Cは、周方向Dθにおいて第3基点P3から第4基点P4に至る範囲に位置している。
【0039】
第1座巻部11は、全ての位置において図4に示す断面構造を有している必要はない。図2の例においては、端末2aから一定距離の部分11aに第2領域A2が設けられていない。当該部分11aは、例えばコイルばね1が懸架装置100に組み込まれた状態において、コイルばね1の圧縮状態によらずに常に第1ばね座4と接触する部分である。他の観点から言えば、図2の例において、第2領域A2は、コイルばね1に加わる荷重に応じて第1ばね座4と接触したり離れたりする部分に設けられている。
【0040】
好適には、第2領域A2は、少なくとも端末2aから0.4巻き以上かつ0.9巻き以下の範囲に形成されている。ただし、第2領域A2は、この範囲を超えて、あるいはこの範囲よりも小さく形成されてもよい。また、第2領域A2は、端末2aから一定の範囲に連続的に形成されてもよい。
【0041】
図4の例においては、第2層L2の厚さtが中心Cにおいて最も大きい。厚さtは、中心Cから境界B1,B2に向けて漸次減少している。中心Cにおける厚さtは、例えば0.6mm以上であり、好ましくは1.0mm以上である。素線2の直径Rとの関係で言うと、中心Cにおける厚さtは、例えば直径Rの2%以上かつ8%以下である。
【0042】
図5は、図4における中心Cに沿う素線2の硬さ分布の一例を示すグラフである。当該グラフにおいて、横軸は素線2の表面20からの距離[mm]であり、縦軸はロックウェル硬さ[HRC]である。
【0043】
図5の例において、第1層L1の硬さはほぼ一定である。第2層L2においては、表面20(第2領域A2)における硬さが最も小さく、表面20から離れるに連れて硬さが漸次上昇し、厚さtの位置で第1層L1の硬さに達する。このように、第2層L2は全体的に第1層L1よりも柔らかい。第2層L2の硬さは、表面20からの距離に応じた勾配を有している。
【0044】
図6は、周方向Dθにおける表面20の硬さ分布の一例を示すグラフである。当該グラフにおいて、横軸は表面20における周方向Dθの位置[mm]であり、縦軸はビッカース硬さ[HV]である。
【0045】
図6の例において、第1領域A1の硬さはほぼ一定である。第2領域A2においては、中心C付近での硬さが最も小さい。中心Cと境界B1の間、および、中心Cと境界B2の間においては、中心Cから離れるに連れて硬さが漸次上昇し、境界B1,B2において第1領域A1の硬さに達する。このように、第2領域A2は全体的に第1領域A1よりも柔らかい。第2領域A2の硬さは、中心Cを最小値とした勾配を有している。
【0046】
図7は、コイルばね1の製造方法の一例を示すフローチャートである。先ず、コイリングマシンにより素線2が螺旋状に巻かれ、この巻かれた部分がカッタにより切断される(工程S1)。この時点では、素線2の表面20が全体的に同じ硬さを有している。続いて、表面20に第2領域A2を形成するための局所軟化処理が施される(工程S2)。局所軟化処理の詳細については図8を参照して後述する。
【0047】
局所軟化処理の後、素線2に対して通電焼鈍が施される(工程S3)。この通電焼鈍においては、例えば400~500℃の温度範囲で1分以下にわたり素線2が加熱される。通電焼鈍の後、素線2を加熱した状態で、素線2に対し過荷重を加えるホットセッチングが施される(工程S4)。
【0048】
続いて、素線2に対してショットピーニングが施され(工程S5)、さらに素線2に対してプリセッチングが施される(工程S6)。その後、素線2の表面20に対して全体的に塗膜21が形成される(工程S7)。なお、局所軟化処理はショットピーニングの前に施されればよく、通電焼鈍後またはホットセッチング後に施されてもよい。
【0049】
図8は、局所軟化処理の一例を示す図である。本実施形態においては、局所軟化処理にレーザ装置200を用いる。例えば、レーザ装置200は半導体レーザであるが、この例に限られない。
【0050】
レーザ装置200は、第1座巻部11において第2領域A2を形成すべき範囲に対し、レーザ光LZを照射する。図4に示したように4時から9時の範囲に第2領域A2を形成する場合には、レーザ光LZの照射軸XLを軸方向DXに対して傾ける。照射軸XLが表面20と交わる位置は、図4に示した中心Cに相当する。
【0051】
レーザ光LZの照射に際しては、例えばレーザ装置200の位置を固定し、コイル軸X1を中心に素線2を回転させてもよい。この場合において、素線2のうちレーザ光LZが照射される部分とレーザ装置200との間の距離が一定となるように、素線2の回転に伴い素線2を軸方向DXに移動させてもよい。これにより、レーザ光LZの焦点のずれを抑制できる。他の例として、素線2を固定し、レーザ装置200を移動させてもよい。
【0052】
レーザ光LZが照射されることにより、素線2が加熱される。この加熱により素線2に熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)が形成される。熱影響部が空冷されると、元の素線2よりも硬さが低減された第2層L2が生じる。
【0053】
一例では、素線2においてレーザ光LZが照射された部分がオーステナイト化開始温度未満の温度範囲に加熱される。照射軸XLに対応する位置において、表面20から少なくとも深さ0.6mmまでの部分(あるいは表面20から直径Rの2%以上かつ8%以下の深さまでの部分)が上記温度範囲に加熱されることが好ましい。
【0054】
なお、加熱時の素線2の温度が高すぎると、素線2の一部が焼入硬化し、レーザ光LZの照射前よりも硬さが増加し得る。レーザ光LZの出力[kW]と照射時間[sec]は、このような焼入硬化が生じないように調整する必要がある。
【0055】
なお、図7および図8を用いて説明した製造方法は例示に過ぎない。コイルばね1は、その他の種々の方法にて製造することができる。
【0056】
以上の本実施形態では、コイルばね1の第1座巻部11において、素線2の表面20が第1領域A1と第2領域A2とを有している。第2領域A2は第1領域A1よりも柔らかいため、腐食ピットが第2領域A2に生じた場合でも、この腐食ピットが素線2のき裂に発展しにくい。また、仮にき裂が生じた場合であっても、その進行を遅らせることができる。すなわち、第2領域A2を第1座巻部11に設けることで、第1座巻部11の耐腐食疲労性が向上する。
【0057】
仮に素線2に対して全体的に第2領域A2(第2層L2)が形成されると、コイルばね1の耐へたり性が低下し得る。これに対し、本実施形態では、有効部10には第2領域A2が形成されていない。そのため、有効部10においては耐へたり性を良好に保つことができる。第1座巻部11は有効部10に比べて作用応力が低い部分であるため、第1座巻部11に第2領域A2を設けた場合であってもコイルばね1全体の耐へたり性には影響が及びにくい。
【0058】
第1座巻部11は、その下方に配置される第1ばね座4と接触する部分である。そのため、砂等の異物が第1座巻部11と第1ばね座4の間に入り込むと、懸架装置100の使用に伴い塗膜21が傷付き、第1座巻部11に腐食ピットが生じやすい。これに対し、本実施形態においては、第1座巻部11の座面SFを含む範囲に第2領域A2が設けられている。そのため、第1座巻部11と第1ばね座4の間に異物が入り込んで腐食ピットが生じた場合でも、この腐食ピットに起因するき裂を抑制することができる。
【0059】
また、上記のような異物は、第1座巻部11のうち第1ばね座4に対して接触したり離れたりする部分の下方に入り込みやすい。そのため、このような部分に対して局所的に第2領域A2を形成すれば、コイルばね1の耐へたり性を維持しつつも効果的に耐腐食疲労性を向上させることが可能である。この点に関し、端末2aから0.4巻き以上かつ0.9巻き以下の範囲は、異物による腐食ピットが生じやすい領域である。また、この範囲は、端末2aから0.4巻きまでの範囲に比べ、コイルばね1の圧縮時に応力が加わり易い。そのため、図2を参照して上述したように、少なくとも端末2aから0.4巻き以上かつ0.9巻き以下の範囲に第2領域A2を形成することが好ましい。
【0060】
また、素線2の表面20のうち、コイル軸X1側(コイルばね1の内側)の部分には応力が加わりやすく、腐食疲労も生じやすい。そのため、図4を参照して上述したように、第2領域A2をコイルばね1の内側寄りに形成することが好ましい。
【0061】
なお、本実施形態においては局所軟化処理にレーザ光を用いる場合を例示した。しかしながら、局所軟化処理は、高周波加熱等の他の方法で実施することもできる。ただし、図8を参照して例示したように、局所軟化処理にレーザ光を用いる場合には、他の方法で素線2を加熱する場合に比べ、短時間で第2領域A2を形成することができる。また、仮に素線2を高周波加熱等の他の方法で加熱する場合には、素線2の温度を局所的に高めることが困難な場合もあり得る。この点に関し、レーザ光を用いる場合には、素線2の特定の部分を精度よく加熱することが可能である。
以上の他にも、本実施形態からは種々の好適な効果を得ることができる。
【0062】
[第2実施形態]
第2実施形態においては、コイルばね1に適用し得る他の構成を例示する。特に言及しないコイルばね1の構成や懸架装置100の構成は、第1実施形態と同様である。
【0063】
図9は、第2実施形態に係るコイルばね1の概略的な斜視図である。図9に示すように、本実施形態においては有効部10における素線2の表面20のうち、圧縮時に第2座巻部12と接触し得る範囲にも第2領域A2(以下、第2領域A2aと称す)が形成されている。
【0064】
図9の例においては、端末2bから一定距離の部分12aに第2領域A2aが形成されていない。具体的には、図9の例においては、端末2bから1巻き以上かつ2巻き以下の範囲に第2領域A2aが形成されている。他の例として、第2領域A2aが第2座巻部12に及んでもよい。さらに、第2領域A2aが端末2bに及んでもよい。
【0065】
第2領域A2aを含む部分の断面構造は、図4に示した断面構造を上下反転したものと同様である。ただし、周方向Dθにおいて第2領域A2aを形成する範囲は適宜に変更し得る。図9の例においては、有効部10の表面20のうち、第2座巻部12と対向する部分に第2領域A2aが形成されている。この部分は、コイルばね1の圧縮時に第2座巻部12と接触し得る箇所である。この接触に起因した腐食ピットが素線2に生じたとしても、第2領域A2aによってき裂への発展が抑制される。
【0066】
[第3実施形態]
第3実施形態においては、コイルばね1に適用し得るさらに他の構成を例示する。特に言及しないコイルばね1の構成や懸架装置100の構成は、第1実施形態と同様である。
【0067】
図10は、第3実施形態に係るコイルばね1の概略的な断面図である。この断面は、例えば第1座巻部11の一部に相当するが、第2座巻部12に対しても同様の構造を適用し得る。
【0068】
図10の例においては、周方向Dθの全周にわたり、第2層L2が第1層L1を覆っている。すなわち、素線2の表面20は、全周にわたり第2領域A2によって形成されている。図10の例においては、第2層L2の厚さが周方向Dθにおいて一定である。ただし、第2層L2の厚さが局所的に変化してもよい。
【0069】
このような第2領域A2は、例えば第1実施形態と同じく、少なくとも端末2aから0.4巻き以上かつ0.9巻き以下の範囲に形成されている。第2領域A2と端末2aの間に第2領域A2が形成されない部分が存在してもよい。また、第2領域A2が端末2aから一定の範囲に連続的に形成されてもよい。
【0070】
なお、有効部10は、図3の例と同様に、全体的に第1層L1によって形成されている。すなわち、有効部10における表面20は、全体的に第1領域A1である。
【0071】
本実施形態の構成であっても、第1座巻部11や第2座巻部12の耐腐食疲労性を向上させることが可能である。また、有効部10を全体的に第1層L1によって形成することで、コイルばね1に良好な耐へたり性を付与することができる。
【0072】
以上の第1乃至第3実施形態は、本発明の範囲をこれら実施形態にて開示した構成に限定するものではない。本発明は、各実施形態にて開示した構成を種々の態様に変形して実施することができる。
【0073】
例えば第1および第2実施形態において、第1座巻部11の表面20のうち、有効部10と対向する部分に第2領域A2が形成されてもよい。また、第2座巻部12において、コイルばね1に加わる荷重に応じて第2ばね座5と接触したり離れたりする部分に第2領域A2が形成されてもよい。さらに、第2座巻部12に第2領域A2が形成される場合において、第1座巻部11に第2領域A2が形成されていなくてもよい。第2領域A2は、有効部10の一部に及んでもよい。
【0074】
素線2は、第1層L1および第2層L2と硬さが異なる他の層をさらに含んだ多層構造を有してもよい。例えば、素線2の表面20に当該他の層が及ぶ場合、表面20には第1領域A1および第2領域A2と硬さが異なる他の領域が付加的に形成され得る。
【0075】
各実施形態においては、円筒状に素線2が巻かれたコイルばね1を開示した。しかしながら、コイルばね1は、第1座巻部11および第2座巻部12に向けて径が小さくなる樽型などの他の形状を有してもよい。
本願の出願当初の特許請求の範囲の記載を以下に付記する。
[1]
螺旋状に巻かれた素線により形成され、座巻部および有効部を有するコイルばねであって、
前記座巻部における前記素線の表面は、前記有効部における前記素線の表面よりも柔らかい領域を有している、
コイルばね。
[2]
前記座巻部における前記素線の表面は、
第1領域と、
前記第1領域よりも柔らかく、前記素線の軸を中心とした周方向において前記第1領域と並ぶ第2領域と、
を有し、
前記有効部における前記素線の表面は、前記周方向における全周にわたり前記第1領域を有している、
前記[1]に記載のコイルばね。
[3]
前記素線は、
前記第1領域を含む第1層と、
前記第2領域を含み、前記第1層よりも柔らかい第2層と、
を備え、
前記素線の軸は、前記座巻部において前記第1層を通る、
前記[2]に記載のコイルばね。
[4]
前記第2領域は、前記座巻部の座面の少なくとも一部に形成されている、
前記[2]または[3]に記載のコイルばね。
[5]
前記第2領域は、前記座巻部における前記素線の端末から少なくとも0.4巻き以上かつ0.9巻き以下の範囲に形成されている、
前記[2]乃至[4]のうちいずれか1つに記載のコイルばね。
[6]
前記第2領域は、0.6mm以上の厚さを有している、
前記[2]乃至[5]のうちいずれか1つに記載のコイルばね。
[7]
前記第1領域および前記第2領域を含む前記素線の断面において、前記素線の表面は、
前記素線の軸を通りかつコイル軸と平行な第1中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記有効部側の交点である第1基点と、
前記素線の軸を通りかつ前記コイル軸を中心とした半径方向と平行な第2中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記コイル軸から遠い側の交点である第2基点と、
前記第1中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記第1基点と反対側の交点である第3基点と、
前記第2中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記第2基点と反対側の交点である第4基点と、
を有し、
前記第2領域の中心は、前記第1基点、前記第2基点、前記第3基点および前記第4基点を順に通る前記周方向において、前記第2基点と前記第4基点の間に位置している、
前記[2]乃至[6]のうちいずれか1つに記載のコイルばね。
[8]
前記第2領域の中心は、前記周方向において、前記第3基点と前記第4基点の間に位置している、
前記[7]に記載のコイルばね。
[9]
第1ばね座と、
前記第1ばね座よりも鉛直方向の上方に配置された第2ばね座と、
前記第1ばね座と前記第2ばね座の間に配置された前記[1]乃至[8]のうちいずれか1つに記載のコイルばねと、
を備える懸架装置。
[10]
素線を螺旋状に巻くことにより座巻部および有効部を有するコイルばねを成形し、
前記座巻部の少なくとも一部における前記素線の表面に対して局所的にレーザ光を照射することにより前記素線の一部を軟化させ、前記座巻部における前記素線の表面に前記有効部における前記素線の表面よりも柔らかい領域を形成する、
コイルばねの製造方法。
【符号の説明】
【0076】
1…コイルばね、2…素線、3…ショックアブソーバ、4…第1ばね座、5…第2ばね座、10…有効部、11…第1座巻部、12…第2座巻部、20…素線の表面、100…懸架装置、A1…第1領域、A2…第2領域、L1…第1層、L2…第2層。
【要約】
【課題】 耐へたり性や耐腐食疲労性に優れたコイルばね、当該コイルばねを備えた懸架装置、さらには当該コイルばねの製造方法を提供する。
【解決手段】 一実施形態に係るコイルばねは、螺旋状に巻かれた素線により形成され、座巻部および有効部を有し、前記座巻部における前記素線の表面は、前記有効部における前記素線の表面よりも柔らかい領域を有している。
【選択図】 図2
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10