(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-05
(45)【発行日】2023-01-16
(54)【発明の名称】エネルギー分散測定装置
(51)【国際特許分類】
G01N 21/62 20060101AFI20230106BHJP
H01J 37/244 20060101ALI20230106BHJP
H01J 37/20 20060101ALI20230106BHJP
H01J 37/06 20060101ALI20230106BHJP
H01J 37/252 20060101ALI20230106BHJP
【FI】
G01N21/62 A
H01J37/244
H01J37/20 A
H01J37/06 Z
H01J37/252 Z
(21)【出願番号】P 2018037617
(22)【出願日】2018-03-02
【審査請求日】2021-01-12
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100103263
【氏名又は名称】川崎 康
(74)【代理人】
【識別番号】100118876
【氏名又は名称】鈴木 順生
(74)【代理人】
【識別番号】100137523
【氏名又は名称】出口 智也
(72)【発明者】
【氏名】吉田 弘幸
(72)【発明者】
【氏名】樫本 祐生
(72)【発明者】
【氏名】出田 智士
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 晴輝
【審査官】越柴 洋哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-200560(JP,A)
【文献】特開2003-014671(JP,A)
【文献】特開2011-069719(JP,A)
【文献】特開2014-025936(JP,A)
【文献】国際公開第2015/182641(WO,A1)
【文献】特許第6108361(JP,B2)
【文献】特開平05-275051(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62
G01N 23/2254
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0eVから5eVの範囲内で運動エネルギーを変化させた電子線を出射する電子源と、
前記電子源から出射した電子線が照射された試料から出射した光について、光のエネルギー選別装置によりエネルギーを選別して前記光の強度を測定する光検出器と、
前記光検出器により測定した光の強度に基づいて前記試料のエネルギー分散に関する情報を算出するエネルギー分散算出部を備え、
前記試料を回転させられるものとし、前記電子源が先端にノズルを備えることを特徴とするエネルギー分散測定装置。
【請求項2】
前記光のエネルギー選別装置がバンドパスフィルタ又は分光器であることを特徴とする請求項1記載のエネルギー分散測定装置。
【請求項3】
0eVから5eVの範囲内で運動エネルギーを変化させた電子線を出射する電子源と、
前記電子源から出射した電子線が照射された試料から出射した光を反射して集光する鏡と、
前記鏡が反射した光について、光のエネルギー選別装置によりエネルギーを選別して前記光の強度を測定する光検出器と、
前記光検出器により測定した光の強度に基づいて前記試料のエネルギー分散に関する情報を算出するエネルギー分散算出部を備え、
前記試料を回転させられるものとし、前記電子源が先端にノズルを備え、前記鏡を前記電子線に対して軸対象としたエネルギー分散測定装置。
【請求項4】
0eVから5eVの範囲内で運動エネルギーを変化させた電子線を出射する電子源と、
前記電子源から出射した電子線が照射された試料から出射した光を反射して集光する鏡と、
前記鏡が反射した光について、光のエネルギー選別装置によりエネルギーを選別して前記光の強度を測定する光検出器と、
前記光検出器により測定した光の強度に基づいて前記試料のエネルギー分散に関する情報を算出するエネルギー分散算出部を備え、
前記試料を回転させられるものとし、前記電子源が先端にノズルを備え、前記鏡を回転楕円鏡としたエネルギー分散測定装置。
【請求項5】
0eVから5eVの範囲内で運動エネルギーを変化させた電子線を出射する電子源と、
前記電子源から出射された電子線が照射された試料から出射した光について、光のエネルギー選別装置によりエネルギーを選別して前記光の強度を測定する光検出器と、
前記光検出器により測定した光の強度に基づいて前記試料のエネルギー分散に関する情報を算出するエネルギー分散算出部を備え、
前記電子線が前記試料に照射される角度を変化させ、前記電子源から見て前記試料の手前に、又は、前記電子源から見て前記試料の手前と前記電子源から見て前記試料の奥側に、前記試料から出射した光が通過する金属メッシュを配置したことを特徴とするエネルギー分散測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エネルギー分散測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体の電子物性の理解には価電子帯(占有準位)と伝導帯(空準位)の波数―エネルギー分散関係(エネルギーバンド構造)が重要である。価電子帯のエネルギー分散測定には、角度分解光電子分光法(ARPES)が標準的な実験手法である(非特許文献1)。本発明に最も近いわけではないが、同じ分野で使用されること、相補的な手法であるなど、関連が深いので、ここで簡単に記述しておく。近年、2次元検出器や特殊な電子レンズを用いて短時間で高精度の角度分解光電子分光測定が可能な専用装置が発売されており、この分野のニーズの高さがわかる。
【0003】
伝導帯(空準位)のエネルギー分散は、
図1bのような角度分解逆光電子分光法(ARIPES)を用いて測定される。運動エネルギーE
_kを持つ電子線を試料に照射し、電子が空準位に緩和する際の放出光hvを観測することで、エネルギー保存則
【0004】
【0005】
を用いて空準位のエネルギーE
_bが得られる。さらに入射電子の角度θを変えることで、試料平行方向の波数k//を掃引する。
【数2】
【0006】
ここでmは電子の質量、hに横棒が入っている記号は、換算プランク定数である。
【0007】
グラファイト(非特許文献2)や金属単結晶(非特許文献3)といった無機物に関してはこのARIPESを用いて空準位のエネルギー分散を実測した例が多数ある。後述するように、有機半導体や分子の場合には、電子線照射による試料損傷が起こるため、測定は困難である。
【0008】
2012年に本発明者の一人(吉田弘幸)が開発した低エネルギー逆光電子分光法(LEIPS)(非特許文献4、5、6、特許文献1)では、照射電子のエネルギーが多くの分子の損傷閾値以下にすることで、有機半導体や生体関連分子の空準位を電子線照射による試料損傷なく測定できるようになった。また、近紫外光を測定するため、誘電多層膜バンドパスフィルタや分光器(H. Yoshida, Rev. Sci. Instrum. 84, 103901 (2013))を使うことで高分解光検出が容易になり、高分解能化を実現した。
【0009】
原理と装置の概略を
図1aと
図2にそれぞれ示す。近年、高精細な次世代ディスプレイとして脚光を浴びている有機EL素子や有機太陽電池など、盛んに研究されている有機半導体分野での幅広い応用が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【非特許文献】
【0011】
【文献】S. Hufner, “Photoelectron Spectroscopy, Principles and Applications”, Springer-Verlag, 1995.
【文献】I. Schafer, M. Schluter, and M. Skibowski, Phys. Rev. B 35, 7663 (1987).
【文献】S. Hulbert, P. Johnson, N. Stoffel, and N. Smith, Phys. Rev. B 32, 3451 (1985).
【文献】H. Yoshida, Chem. Phys. Lett. 539-540, 180 (2012).
【文献】H. Yoshida, Anal. Bioanal. Chem. 406, 2231 (2014).
【文献】H. Yoshida, J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 204, 116 (2015).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ARIPESでは、光検出をガイガー・ミュラー管を用いたバンドパスフィルタ(V. Dose, Appl. Phys. 14, 117 (1977))や凹面回折格子を用いた真空紫外分光器(T. Fauster, F. J. Himpsel, J. J. Donelon, and A. Marx, Rev. Sci. Instrum. 54, 68 (1983))を用いて行う。もっともよく使われているのは、ガイガー・ミュラー管とハロゲン化アルカリ土類フィルターの組み合わせで9.7 eV付近の波長の光に対して感度を持つ。これらの従来のARIPES装置には、二つの大きな課題がある。一つは、分解能が0.5 eV程度と低いことである。このことから、1980年代から1990年代に表面科学分野でARIPESが広まったものの、2000年代には表面科学ではほとんど使われなくなった。
【0013】
もう一つの課題は、電子線照射による分子性試料の損傷である。例えば、有機試料の空準位のエネルギーが2eVから4eV程度であるため、エネルギー保存則E_b=hv-E_kから、6eVから8eV程度のエネルギーを持つ電子線を照射する必要がある。有機半導体を構成する炭素の結合エネルギー5eV程度であることから、このようなエネルギーを持つ電子線を照射することで試料が損傷してしまう。
【0014】
ARIPESでは電子線の入射角を変えながら複数回、長時間の測定を必要とするため、試料損傷を伴うARIPESでは有機半導体試料のバンド分散を測定することはできない。
【0015】
このような二つの問題を同時に解決したのが、0eVから5eVの電子線を試料に照射し、放出される近紫外・可視光を検出する低エネルギー逆光電子分光法(LEIPS)である。しかし、これまでのLEIPS装置では、以下に述べる理由により、角度分解測定ができなかった。そのため、LEIPSによるバンド分散測定ができなかった。
【0016】
従来のIPES、ARIPESや、従来のLEIPS装置では、電子源としてErdman-Zipf型(P. W. Erdman and E. C. Zipf, Rev. Sci. Instrum. 53, 225 (1982))やStoffel-Johnson型(N. G. Stoffel and P. D. Johnson, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. Sect. A, 234, 230 (1985))の電子銃が一般的によく用いられる。これらの電子源では、まず熱カソードを加熱し、熱電子を放出させる。電圧を印加することで、この熱電子を引き出し、これを3枚の電極からなる電子レンズにより収束する(
図3a)。このような電子源では、5 eV以下の低エネルギー電子を発生させるのは難しい。
【0017】
そこで、これまでLEIPS装置では低速電子線を試料に入射するために、15eV以上のエネルギーを持つ電子線を、電子源もしくは試料にバイアス電圧を印加することで試料直前で5eV以下に減速していた(
図3a)。
図2は、従来のLEIPS装置の概略図である。しかし、このようにバイアス電圧を用いると、
図3bに示すように、試料を回転させた場合に試料のまわりの電場によって電子線が曲げられ、角度情報が失われてしまう。そのため、電子を垂直入射して測定するしかなく、角度分解測定ができなかった。
【0018】
本発明は、このような従来技術の課題を解決するものであり、有機半導体などの分子性固体の伝導帯(空準位)のバンド分散を測定することができるエネルギー分散測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題を解決するために、本発明の一つの観点によれば、エネルギー分散測定装置を、0eVから5eVの範囲内で運動エネルギーを変化させた電子線を出射する電子源と、電子源から出射した電子線が照射された試料から出射した光をエネルギーにより選別して強度を測定する光検出器と、光検出器により測定した光の強度に基づいて試料のエネルギー分散に関する情報を算出するエネルギー分散算出部を備え、試料を回転させられるものとした。光のエネルギー選別装置の具体例としては、バンドパスフィルタや分光器がある。
【0020】
また、本発明の他の観点によれば、エネルギー分散測定装置を、0eVから5eVの範囲内で運動エネルギーを変化させた電子線を出射する電子源と、電子源から出射した電子線が照射された試料から出射した光をエネルギーにより選別して強度を測定する光検出器と、光検出器により測定した光の強度に基づいて試料のエネルギー分散に関する情報を算出するエネルギー分散算出部を備え、試料を回転させられるものとし、電子源が先端にノズルを備える。
【0021】
また、本発明の他の観点によれば、エネルギー分散装置を、0eVから5eVの範囲内で運動エネルギーを変化させた電子線を出射する電子源と、電子源から出射した電子線が照射される試料から出射した光を反射して集光する鏡と、鏡が反射した光をエネルギーにより選別して強度を測定する光検出器と、光検出器により測定した光の強度に基づいて試料のエネルギー分散に関する情報を算出するエネルギー分散算出部を備え、試料を回転させられるものとし、鏡を電子線に対して軸対象とした。
【0022】
また、本発明の他の観点によれば、エネルギー分散装置を、0eVから5eVの範囲内で運動エネルギーを変化させた電子線を出射する電子源と、電子源から出射した電子線が照射される試料から出射した光を反射して集光する鏡と、鏡が反射した光をエネルギーにより選別して強度を測定する光検出器と、光検出器により測定した光の強度に基づいて試料のエネルギー分散に関する情報を算出するエネルギー分散算出部を備え、試料を回転させられるものとし、鏡を回転楕円鏡とした。
【0023】
また、本発明の他の観点によれば、エネルギー分散測定装置を、0eVから5eVの範囲内で運動エネルギーを変化させた電子線を出射する電子源と、電子源から出射した電子線が照射された試料から出射した光をエネルギーにより選別して強度を測定する光検出器と、光検出器により測定した光の強度に基づいて試料のエネルギー分散に関する情報を算出するエネルギー分散算出部を備え、電子線が試料に照射される角度を変化させ、電子源から見て試料の手前又は電子源から見て試料の奥側に、試料から出射した光が通過する銅メッシュを配置した。
【発明の効果】
【0024】
本発明は、LEIPSの高分解能・低試料損傷というメリットをそのままに角度分解測定を可能にするものである。これにより、有機半導体の空準位のバンド分散測定を、試料損傷を伴わずに高精度に行うことができる。本発明の効果は、以下のようになる。
【0025】
(1)従来の角度分解逆光電子分光法(ARIPES)では、測定できなかった分子性固体(有機半導体など)や表面に吸着した分子の伝導帯(空準位)のバンド分散が測定できる。
【0026】
(2)さらに従来ARIPESで測定可能であった金属や半導体のバンド分散についても、より高分解能で測定可能である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】
図1aは、本発明で用いた低エネルギー逆光電子分光法(LEIPS)の原理を示す図であり、
図1bは、角度分解逆光電子分光法(ARIPES)装置の概略を示す図である。
【
図2】
図2は、LEIPS装置の概略を示す図である。
【
図3】
図3aは、従来のLEIPS装置で使用している電子源の概略を示す図であり、
図3bは、シミュレーションによる、試料を回転させた際に電子線が曲げられる模式図を示す図である。
【
図4】本発明の実施形態による装置の概略図である。
【
図5】
図5aは、従来のLEIPS装置の電子源を示す図であり、
図5bは、本発明の実施形態による装置の電子源を示す図である。
【
図6】開発した電子源の概要と印加電圧を示す図である。
【
図7】マニュピレータ(試料周辺)の電場遮蔽の様子を示す図である。
【
図8】集光用の回転楕円鏡前面の電場遮蔽の様子を示す図である。
【
図9】本実施形態により測定したグラファイト(HOPG)のARLEIPSスペクトルを示す図である。
【
図10】HOPGの鏡像準位のE-k
//分散関係を示す図である。
【
図11】それぞれの検出光のエネルギーにおけるHOPGのE-k
//分散関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態例及び実施例を説明するが、本発明の実施形態は以下に説明する実施形態例及び実施例に限られない。
【0029】
従来のARIPESでは、5eV以上のエネルギーの電子を照射するため試料損傷が生じる点、分解能が低い点については、それらを解消したLEIPSにより解決できる。すなわち、LEIPSで角度分解測定ができればよい。
【0030】
本発明の装置の概略を
図4に示す。本発明では、上述の従来のLEIPS装置の試料を回転させた際に電子線が曲げられてしまう点を解決した。これにより、LEIPSによる角度分解測定が可能になった。
【0031】
以下、
図4を説明する。電子源401から電子線415を、試料導入口412から導入した試料402に入射し、試料402の表面から出射した出射光が集光鏡403により反射され、光路414を経由して、その出射光をバンドパスフィルタ413により特定のエネルギーの光だけを選別し、強度を光電子増倍管410で測定する。この際、試料402は回転させられ、電子線415が試料402に入射する角度を変化させることができる。そして、光電子増倍管(光検出器)410により測定した出射光の強度を分析する。照射する電子のエネルギーの関数として光強度を測定することにより、LEIPSスペクトルをえる。このようなスペクトルを、試料角度θを変えて複数測定することで、試料の伝導帯(空準位)のエネルギー分散に関する情報を算出する。試料からの出射光は、銅メッシュ404、405を通過する。411は試料の移送や試料位置を確認するためのカメラ、409は試料からの光を透過する石英ガラス窓、407はガラス窓である。
【0032】
(1)電子源の開発
バイアス電圧を印加せずに、低速電子線を試料に照射できる電子源の開発を行った。この電子源は、従来の電子源では3枚であった収束用電極の枚数(
図5a)を4枚に増やした(
図5b)。収束用電極の枚数を4枚以上にすることで、細かく収束条件が設定できるため、5 eV以下の低速電子線についても収束させることができる。印加電圧は、コンピュータによる電場計算と荷電粒子(電子)の軌跡追跡により、決定した。その結果の一例を
図6に示す。
【0033】
(2)磁場の遮蔽
また、測定用真空槽全体をミューメタル(またはパーマロイ)で作製して地磁気を遮蔽し、さらにその外側をミューメタル408のプレートで覆うことで地磁気をより強く遮蔽した。この結果、地磁気が30μTから46μT程度であることから、試料近傍の磁気を0.34μTと、地磁気の1/100程度にまで磁場を低減させた。
【0034】
(3)電場の遮蔽
5eV以下の低速電子は、わずかな電場の乱れでも運動が乱されてしまう。そこで、次のような工夫をした。
【0035】
(a)絶縁物に電子が当たると表面が帯電して大きな電場をつくる。そこで、絶縁物が電子線から見えないように設計した。具体的には、配線など被覆線は編組線などでシールドしたり、金属の筒の中を通す、ガイシなどは金属板で覆うなどした。ガラス窓407については、メッシュ406でシールドした。
【0036】
(b)電気伝導性の高い物質であっても、仕事関数が異なれば、そこで電位差が生じてしまう。そこで、電子源や試料台等の各部品の表面にできるだけ仕事関数が均一な物質、具体的にはコロイダルカーボンを塗布した。塗布後には、真空中で100℃以上の温度で焼きだすことで、溶剤などを飛ばし、仕事関数を均一にするようにした。また、電子源先端にノズル状の部品を追加し(
図5b参照。)、内側にコロイダルカーボンを塗布して真空中で加熱した。集光鏡や試料後方など、光が通る部分については、コロイダルカーボンを塗布したベリリウム銅製のメッシュ404、405を配置した(
図7、
図8参照。)。
【0037】
(c)電子線の進路周辺の電場を軸対称にすると、電子線が曲げられずに進行することがわかった。そこで、従来のLEIPS装置のように集光レンズを使う(H. Yoshida, Rev. Sci. Instrum. 85, 016101 (2014))のではなく、電子線に対して軸対称な集光用の回転楕円鏡403を試料正面に配置した。
【0038】
図9に、装置の性能評価のために測定した高配向熱分解グラファイト(HOPG)の鏡像準位のARLEIPSスペクトルを示す。また、横軸を試料表面平行方向の波数k
//、縦軸を鏡像準位のピークの位置のエネルギーでプロットしたエネルギー分散関係を
図10に示す。
【0039】
図9ではHOPGの鏡像準位のE-k
//の関係、すなわちエネルギー分散が観測された。鏡像準位は、表面平行方向には自由電子的なエネルギー分散を持つことが知られており、E-k
//の関係は放物線になる。その曲率から電子の有効質量は0.99±0.10と得られる。この値は2光子光電子分光で測定された値0.99±0.01(K. Takahashi et al, Phys. Rev. B 85, 075325 (2012))とよく一致しており、このことから、本発明で角度の定量性良くエネルギー分散の測定が行えたと判断した。従来のARIPESに比べると、格段に精度が向上した。
【0040】
図9では検出光のエネルギーを4.82 eVに選択して測定を行った。この検出エネルギーhνは
図4中のバンドパスフィルタ413を入れ替えることによって変更でき、これを変えることで数1に従って同じE
bを持つ鏡像準位を測定しても、照射する電子のエネルギーE
kを変えることができる。このような方法で、E
kを様々に変えた低速電子線で、エネルギーと角度の定量性良くARLEIPS測定が行えるかを検証した。その結果を
図11に示す。
【0041】
図11から、電子線のエネルギーが2eVから5eV、波数では-0.4Å
-1から0.4Å
-1(角度としては-30°から30°)の範囲でエネルギーと角度の定量性良くARLEIPSの測定ができ、その範囲の空準位のバンド分散測定が可能であると判断した。
【0042】
本実施形態例のポイントを以下述べる。
(1)2eVから10eVの低速電子線を生成する電子源(
図5、
図6)
(2)電子線の入射角度θを変えられる試料ホルダーとマニピュレータ
(3)電子銃の先端にノズルを取り付けること(
図5)で、低速電子線への周囲の電場の影響を抑えること。
(4)電子線に対して軸対称な凹面鏡(回転楕円鏡)を集光に用いることで、低速電子線への周囲の電場の影響をおさえること(
図5b)。
(5)試料の電子線から見て後方にメッシュを取り付け、電子線をマニピュレータ後方の電場の乱れによる低速電子線への影響をおさえること(
図7)。
(6)集光鏡にメッシュを取り付け、電場の遮蔽をし、試料より電子源側の電場の乱れによる低速電子線への影響をおさえること(
図4)
(7)これらの電子源やノズル、メッシュやマニピュレータ、サンプルホルダーなど電子線から見える表面には、コロイダルカーボンなどを塗布し、仕事関数のばらつきによる電場の乱れを低減すること。それは、コロイダルカーボン塗布後に真空中で焼きだすことでさらに仕事関数の均一化が図れること。
(8)ARLEIPS測定により、2eVから6eV、-30°から30°の範囲で薄膜試料の伝導帯(空準位)のバンド分散を測定すること。
【実施例1】
【0043】
有機半導体の電荷輸送機構を理解するには、波数-エネルギー分散関係は不可欠な情報である。有機半導体の占有準位のエネルギー分散については角度分解光電子分光法1、無機物の空準位については角度分解逆光電子分光法(ARIPES)による報告がある。しかし、有機半導体空準位のエネルギー分散測定は実現していない。これは、従来のARIPESでは、電子線による試料損傷があり、有機半導体のエネルギー分散0.5 eVと同程度の分解能しかなかったためである。
【0044】
本発明者は、電子の運動エネルギーEkを5eV以下で測定する低エネルギー逆光電子分光法(LEIPS)を開発し、有機半導体の空準位の精密測定を可能にした。本実施例では、有機半導体の空準位のエネルギー分散測定を目指して、LEIPSによる角度分解測定が可能な装置を開発した。
【0045】
低速電子線は、電場や磁場により影響を受け、エネルギーや空間分布が広がってしまう。これまでのLEIPS装置ではE
k>20eVの電子線を試料または電子源にバイアス電圧を印加し試料の直前で5eV以下に減速していた。しかし、バイアスを用いると試料への電子線の入射角を変えた際に電子線が曲げられ、角度情報が失われる。本実施例では、新たに低速電子源を開発し、磁場や電場を徹底的に遮蔽した。このようにして設計・製作した装置の概略を
図4に示す。
【0046】
装置の性能を評価するため、高配向熱分解グラファイト(HOPG)の鏡像準位を測定した(
図9)。角度θを変えるとピークがシフトし、自由電子のエネルギー分散と比較して有効質量m*/m=0.98±0.10と求めた。この結果は先行研究の結果と一致しており、E
k =4 eVでのエネルギー分散測定が可能であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、エネルギー分散測定装置として産業上利用可能である。
【符号の説明】
【0048】
401 電子源
402 試料
403 集光鏡
404、405 銅メッシュ
406 ステンレスメッシュ
407 ガラス窓(ビュウポート)
408 ミューメタル
409 石英窓
410 光電子増倍管(光検出器)
411 カメラ
412 試料導入口
413 バンドパスフィルタ
414 光路
415 電子線