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  • 特許-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-06
(45)【発行日】2023-01-17
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20230110BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20230110BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20230110BHJP
   C23C 16/32 20060101ALI20230110BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20230110BHJP
   C23C 16/30 20060101ALI20230110BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20230110BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20230110BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20230110BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B51/00 J
B23C5/16
C23C16/32
C23C16/40
C23C16/30
C23C16/34
C23C14/06 B
C23C14/08 A
C23C14/06 K
C23C14/06 A
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018195084
(22)【出願日】2018-10-16
(65)【公開番号】P2020062706
(43)【公開日】2020-04-23
【審査請求日】2021-09-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】平野 雄亮
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-205505(JP,A)
【文献】特開2005-290504(JP,A)
【文献】特開2013-224485(JP,A)
【文献】特開2017-144548(JP,A)
【文献】特開2018-065220(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0148498(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00-29/34
B23B 51/00-51/14
B23C 1/00-9/00
B23F 1/00-23/12
B23P 5/00-17/06
C23C 14/00-14/58
C23C 16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、
前記被覆層は、少なくとも1層のTiC層を含み、
前記TiC層の平均厚さが、0.5μm以上10.0μm以下であり、
前記TiC層を構成する粒子が、3.5以上の平均アスペクト比を有する柱状晶であり、
前記TiC層を構成する粒子の平均結晶粒径が、0.1μm以上1.2μm以下である、被覆切削工具。
【請求項2】
前記TiC層を構成する粒子の平均アスペクト比が、3.5以上8.0以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記TiC層において、下記式(1)で表される(111)面の組織係数TC(111)、下記式(2)で表される(220)面の組織係数TC(220)、又は下記式(3)で表される(422)面の組織係数TC(422)が、3.0以上6.5以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【数1】
(式(1)~(3)中、I(hkl)は、前記TiC層のX線回折における(hkl)面のピーク強度を示し、I0(hkl)は、TiCのJCPDSカード番号32-1383における(hkl)面の標準回折強度を示し、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)、及び(511)の8つの結晶面を指す。)
【請求項4】
前記TiC層の(422)面における残留応力が、50MPa以上350MPa以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記被覆層は、前記TiC層の前記基材側とは反対側にα型Al23からなる上部層を含み、
前記上部層の平均厚さが、2.0μm以上8.0μm以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記被覆層は、前記TiC層と前記上部層との間にTiCNO又はTiCOからなる中間層を含み、
前記中間層の平均厚さが、0.2μm以上1.0μm以下である、請求項5に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記被覆層は、前記基材と前記TiC層との間にTiNからなる下部層を含み、
前記下部層の平均厚さが、0.05μm以上1.0μm以下である、請求項1~6のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
前記被覆層全体の平均厚さが、1.5μm以上20.0μm以下である、請求項1~7のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項9】
前記被覆層において、前記TiC層が前記基材側とは反対側の最外層である、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項10】
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、請求項1~9のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金からなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられていることは、よく知られている。上記の被覆層としては、例えば、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物及び炭窒酸化物並びに酸化アルミニウムからなる群より選ばれる1種の単層又は2種以上の複層からなる被覆層が知られている。
【0003】
特許文献1では、基体表面に周期律表の4a、5a、6a族金属の1種又は2種以上からなる酸化物、炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物、窒酸化物、炭窒酸化物の何れか1種の単層皮膜又は2種以上の多層皮膜、並びに少なくとも1層の酸化アルミニウム膜を被覆してなる被覆部材であって、酸化アルミニウム膜の外層側に粒状又は扁平な炭化チタン膜を有し、更に炭酸化チタン膜及び/又は炭窒酸化チタン膜の少なくとも1種以上を有し、該炭化チタン膜、該炭酸化チタン膜、該炭窒酸化チタン膜の各膜厚の合計が1μm以上であることを特徴とする被覆部材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2005-290504号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工では、高送り化及び深切り込み化がより顕著となり、従来よりも工具の耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが求められている。特に、鋼の高送り及び深切り込みとなる条件での加工は、被覆切削工具に大きな負荷が作用するような切削加工が増えている。上述のような過酷な切削条件下において、従来の工具では被覆層のチッピングを起因とした欠損が生じる。これが引き金となって、工具寿命を長くできないという問題がある。
【0006】
特許文献1に記載の被覆部材は、膜硬度が高いと考えられるが、結晶の組織が粒状又は扁平であり、柱状晶ではないため、耐チッピング性及び耐欠損性に劣るという問題がある。また、組織が粒状又は扁平であると、被削材との反応摩耗が進行しやすいという問題がある。このため、高速加工や断続加工等の負荷が高い加工においては、耐反応摩耗性、耐チッピング性及び耐欠損性が不十分であるという問題がある。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上述の観点から、被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、被覆層において、特定の平均アスペクト比を有する柱状晶の粒子から構成される特定のTiC層を形成することにより粒界が減少することを見出した。これにより、被覆切削工具の工具寿命を延長することが可能になるという知見を得て、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は下記のとおりである。
[1]
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、
前記被覆層は、少なくとも1層のTiC層を含み、
前記TiC層の平均厚さが、0.5μm以上10.0μm以下であり、
前記TiC層を構成する粒子が、3.5以上の平均アスペクト比を有する柱状晶であり、
前記TiC層を構成する粒子の平均結晶粒径が、0.1μm以上1.2μm以下である、被覆切削工具。
[2]
前記TiC層を構成する粒子の平均アスペクト比が、3.5以上8.0以下である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記TiC層において、下記式(1)で表される(111)面の組織係数TC(111)、下記式(2)で表される(220)面の組織係数TC(220)、又は下記式(3)で表される(422)面の組織係数TC(422)が、3.0以上6.5以下である、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
【数1】
(式(1)~(3)中、I(hkl)は、前記TiC層のX線回折における(hkl)面のピーク強度を示し、I0(hkl)は、TiCのJCPDSカード番号32-1383における(hkl)面の標準回折強度を示し、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)、及び(511)の8つの結晶面を指す。)
[4]
前記TiC層の(422)面における残留応力が、50MPa以上350MPa以下である、[1]~[3]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[5]
前記被覆層は、前記TiC層の前記基材側とは反対側にα型Al23からなる上部層を含み、
前記上部層の平均厚さが、2.0μm以上8.0μm以下である、[1]~[4]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[6]
前記被覆層は、前記TiC層と前記上部層との間にTiCNO又はTiCOからなる中間層を含み、
前記中間層の平均厚さが、0.2μm以上1.0μm以下である、[5]に記載の被覆切削工具。
[7]
前記被覆層は、前記基材と前記TiC層との間にTiNからなる下部層を含み、
前記下部層の平均厚さが、0.05μm以上1.0μm以下である、[1]~[6]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[8]
前記被覆層全体の平均厚さが、1.5μm以上20.0μm以下である、[1]~[7]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[9]
前記被覆層において、前記TiC層が前記基材側とは反対側の最外層である、[1]~[4]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[10]
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、[1]~[9]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0013】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、被覆層は少なくとも1層のTiC層を含み、TiC層の平均厚さが0.5μm以上10.0μm以下であり、TiC層を構成する粒子が3.5以上の平均アスペクト比を有する柱状晶であり、TiC層を構成する粒子の平均結晶粒径が0.1μm以上1.2μm以下である。本明細書において、上記平均アスペクト比を求める際のアスペクト比は、被覆層の膜厚方向に直交する方向における上記粒子の結晶粒径に対する被覆層の膜厚方向における上記粒子の結晶粒径の比を意味する。また、本明細書において、平均結晶粒径は、被覆層の膜厚方向に直交する方向における平均結晶粒径を意味する。
【0014】
本実施形態の被覆切削工具は、上記の構成を備えることにより、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることができ、その結果、工具寿命を延長することができる。本実施形態の被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する要因は、以下のように考えられる。ただし、本発明は、以下の要因により何ら限定されない。すなわち、まず、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層において少なくとも1層のTiC層を含む。TiCからなる組成は、TiN及びTiCNよりも高い硬さを有するため、被覆層においてTiC層を含む被覆切削工具は耐摩耗性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、TiC層を構成する粒子が、3.5以上の平均アスペクト比を有する柱状晶である。TiC層を構成する粒子の平均アスペクト比が、3.5以上であると、粒子の脱落を抑制する効果が得られるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、TiC層を構成する粒子の平均結晶粒径が、0.1μm以上1.2μm以下である。TiC層を構成する粒子の平均結晶粒径が0.1μm以上であると、膜厚方向に直交する方向に亀裂が進展するのを抑制することができるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。一方、TiC層を構成する粒子の平均結晶粒径が1.2μm以下であると、TiC層の硬さが向上するため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、TiC層の平均厚さが、0.5μm以上10.0μm以下である。TiC層の平均厚さが0.5μm以上であることにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、TiC層の平均厚さが10.0μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して被覆切削工具の耐欠損性が向上する。そして、これらの構成が組み合わされることにより、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性が向上し、その結果、工具寿命を延長することができるものと考えられる。
【0015】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。被覆切削工具6は、基材1と、基材1の表面に被覆層7が形成されており、被覆層7には、下部層2、TiC層3、中間層4、及び上部層5がこの順序で上方向に積層されている。ただし、本実施形態の被覆切削工具は、かかる構成に限定されず、被覆層が少なくとも上述のTiC層を備えていればよい。例えば、本実施形態の被覆切削工具において、被覆層は上述のTiC層のみを備えるものであってもよく、それに加えて、後述の下部層、中間層及び上部層からなる群より選ばれる1つ以上の層を備えてもよい。
【0016】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを備える。被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げることができる。
【0017】
本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。そのような基材として、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかであると、耐摩耗性及び耐欠損性に更に優れるので好ましく、同様の観点から、基材が超硬合金であるとより好ましい。
【0018】
なお、基材は、その表面が改質されたものであってもよい。例えば、基材が超硬合金からなるものである場合、その表面に脱β層が形成されてもよい。また、基材がサーメットからなるものである場合、その表面に硬化層が形成されてもよい。これらのように基材の表面が改質されていても、本発明の作用効果は奏される。
【0019】
本実施形態に用いる被覆層は、その平均厚さが、1.5μm以上20.0μm以下であることが好ましい。被覆層全体の平均厚さが1.5μm以上であると、耐摩耗性が更に向上する傾向にある。一方、被覆層全体の平均厚さが20.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、被覆層の平均厚さは、2.0μm以上19.0μm以下であるとより好ましい。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層及び被覆層全体の平均厚さは、各層又は被覆層全体における3箇所以上の断面から、各層の厚さ又は被覆層全体の厚さを測定して、その相加平均値を計算することで求めることができる。具体的には後述の実施例に記載の方法により求めることができる。
【0020】
[TiC層]
本実施形態に用いる被覆層は、少なくとも1層のTiC層を含む。TiCからなる組成は、TiN及びTiCNよりも高い硬さを有するため、被覆層においてTiC層を含む被覆切削工具は耐摩耗性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、TiC層を構成する粒子が、3.5以上の平均アスペクト比を有する柱状晶である。TiC層を構成する粒子の平均アスペクト比が、3.5以上であると、粒子の脱落を抑制する効果が得られるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。また、TiC層を構成する粒子の平均アスペクト比が大きいほど、反応摩耗の進行を抑制することができる。この要因は明らかではないが、粒子の表面から酸化反応が進行するため、TiC層を構成する粒子を粒界が少ない柱状晶にすることで反応摩耗の進行を抑制することができると推定している。また、TiC層を構成する粒子の平均アスペクト比は、3.5以上8.0以下であることが好ましい。
【0021】
また、本実施形態の被覆切削工具は、TiC層を構成する粒子の平均結晶粒径が、0.1μm以上1.2μm以下である。TiC層を構成する粒子の平均結晶粒径が0.1μm以上であると、膜厚と垂直な方向に亀裂が進展するのを抑制することができるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。一方、TiC層を構成する粒子の平均結晶粒径が1.2μm以下であると、硬さが向上するため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。同様の観点から、TiC層を構成する粒子の平均結晶粒径は、0.2μm以上1.1μm以下であることが好ましく、0.3μm以上1.1μm以下であることがより好ましい。
【0022】
TiC層における粒子の形状、平均アスペクト比及び平均結晶粒径は、TiC層の断面組織を市販の電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)、又は透過型電子顕微鏡(TEM)に付属した電子後方散乱回折像装置(EBSD)を用いて観察することにより求めることができる。具体的には、被覆切削工具におけるTiC層の断面を鏡面研磨し、得られた鏡面研磨面を断面組織とする。TiC層を鏡面研磨する方法としては、特に限定されないが、例えば、ダイヤモンドペースト及び/又はコロイダルシリカを用いて研磨する方法及びイオンミリングを挙げることができる。被覆切削工具の断面組織を有する試料をFE-SEMにセットし、試料の断面組織に70度の入射角度で15kVの加速電圧及び0.5nA照射電流で電子線を照射する。EBSDにより被覆切削工具のTiC層における断面組織を、測定範囲が(TiC層の平均厚さ-0.5μm)×50μmの範囲、0.1μmのステップサイズで測定することが好ましい。このとき、方位差が5°以上の境界を結晶粒界とみなし、この結晶粒界によって囲まれる領域を粒子とする。ここで、平均結晶粒径を求める際の結晶粒径は、被覆層の膜厚方向に直交する方向における結晶粒径を意味する。この際、TiC層の平均厚さの50%の位置において各粒子の結晶粒径を求めることが好ましい。具体的には、まず、TiC層の平均厚さの50%の位置に膜厚方向に直交する方向に直線を引く。次に、直線の範囲に含まれる粒子の数を求める。直線の長さを求めた粒子の数で除した値を平均結晶粒径とすることができる。また、平均アスペクト比を求める際のアスペクト比は、被覆層の膜厚方向における粒子の結晶粒径を膜厚方向に直交する方向における粒子の結晶粒径で除した値とする。この際、TiC層の断面組織から結晶粒径を求めるときに、画像解析ソフトを用いてもよい。(TiC層の平均厚さ-0.5μm)×50μmの範囲におけるTiC層の結晶粒径を測定し、各方向の結晶粒径から求めた全ての粒子のアスペクト比の平均値(相加平均値)を平均アスペクト比とすることができる。TiC層以外の各層についても同様にして、上記のようにして特定した各粒子の形状、平均アスペクト比及び平均結晶粒径を求めることができる。
【0023】
また、本実施形態の被覆切削工具は、TiC層の平均厚さが、0.5μm以上10.0μm以下である。TiC層の平均厚さが0.5μm以上であることにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。一方、TiC層の平均厚さが10.0μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して被覆切削工具の耐欠損性が向上する。同様の観点から、TiC層の平均厚さは、1.0μm以上10.0μm以下であることが好ましく、1.5μm以上10.0μm以下であることがより好ましい。
【0024】
本実施形態に用いる被覆層は、少なくとも1層のTiC層を含む。TiC層において、下記式(1)で表される(111)面の組織係数TC(111)、下記式(2)で表される(220)面の組織係数TC(220)、又は下記式(3)で表される(422)面の組織係数TC(422)が、3.0以上6.5以下であることが好ましい。
【数2】
(式(1)~(3)中、I(hkl)は、前記TiC層のX線回折における(hkl)面のピーク強度を示し、I0(hkl)は、TiCのJCPDSカード番号32-1383における(hkl)面の標準回折強度を示し、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)、及び(511)の8つの結晶面を指す。)
【0025】
本実施形態において、TiC層の組織係数TC(111)、TC(220)及びTC(422)は、以下のとおり算出できる。得られた試料について、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を、出力:50kV、250mA、入射側ソーラースリット:5°、発散縦スリット:2/3°、発散縦制限スリット:5mm、散乱スリット:2/3°、受光側ソーラースリット:5°、受光スリット:0.3mm、BENTモノクロメータ、受光モノクロスリット:0.8mm、サンプリング幅:0.01°、スキャンスピード:4°/min、2θ測定範囲:20°~155°とする条件で行う。装置は、株式会社リガク製のX線回折装置(型式「RINT TTRIII」)を用いることができる。X線回折図形からTiC層の各結晶面のピーク強度を求める。得られた各結晶面のピーク強度から、TiC層における(111)面の組織係数TC(111)、(220)面の組織係数TC(220)及び(422)面の組織係数TC(422)を順に上記式(1)~(3)より算出する。
【0026】
TiC層において、組織係数TC(111)、TC(220)及びTC(422)のいずれかが、3.0以上であると、特定の結晶面に配向した組織の割合が高いことを示し、その結果、TiC層の強度が向上するため、被覆切削工具は耐摩耗性及び耐欠損性に一層優れる傾向にある。この要因は明らかではないが本発明者は以下のように推定している。まず、組織係数の値が高いTiC層は、高アスペクト比の結晶の割合が高いと考えられる。言い換えると、粒状晶の割合が低いため、強度(特に、耐欠損性)が向上すると推定している。他の要因として、立方晶(111)面の場合は、最密面であるため、TiC層が高密度となり、硬さが向上することにより、耐摩耗性が向上すると推定している。
【0027】
本実施形態において、TiC層の(422)面における残留応力が、50MPa以上350MPa以下であることが好ましい。TiC層の(422)面における残留応力が50MPa以上であると、TiC層中の亀裂の分布が高頻度であるため、切削加工時に亀裂同士がつながることに起因したチッピングを抑制することができるので、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。一方、TiC層の(422)面における残留応力が350MPa以下であると、切削加工時に亀裂が進展するのを抑制することができるため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する。同様の観点から、TiC層の(422)面における残留応力値は、60MPa以上340MPa以下であることがより好ましい。
【0028】
上記残留応力とは、被覆層中に残留する内部応力(固有ひずみ)であって、一般に「-」(マイナス)の数値で表される応力を圧縮応力といい、「+」(プラス)の数値で表される応力を引張応力という。本実施形態においては、残留応力の大小を表現する場合、「+」(プラス)の数値が大きくなる程、残留応力が大きいと表現し、また「-」(マイナス)の数値が大きくなる程、残留応力が小さいと表現するものとする。
【0029】
TiC層の(422)面における残留応力値は、X線応力測定装置を用いたsin2ψ法により測定することができる。TiC層中の任意の3点における残留応力をsin2ψ法により測定し、これら3点の残留応力の相加平均値を求めることが好ましい。測定箇所となるTiC層中の任意の3点は、互いに0.1mm以上離れるように選択されることが好ましい。
【0030】
TiC層の(422)面における残留応力値を測定するためには、測定対象となるTiC層の(422)面を選択して測定する。具体的には、TiC層が形成された試料を、X線回折装置によって分析する。そして、試料面法線と格子面法線とのなす角度ψを変えた時の(422)面の回折角の変化を調べる。
【0031】
TiC層は、TiCからなる層であるが、本実施形態の構成を備え、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、TiC以外の成分を微量含んでもよい。
【0032】
[上部層]
本実施形態に用いる被覆層は、TiC層よりも上部(基材側と反対側)にα型Al23からなる上部層を含むことが好ましい。α型Al23からなる上部層は、酸化物層であるため、TiC層よりも酸化による反応を抑制することができる。
α型Al23からなる上部層の平均厚さは、2.0μm以上8.0μm以下であることが好ましい。α型Al23からなる上部層の平均厚さが、2.0μm以上であると、被覆切削工具のすくい面における耐クレータ摩耗性が一層向上する傾向にある。一方、α型Al23からなる上部層の平均厚さが、8.0μm以下であると、被覆層の剥離がより抑制され、被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、上部層の平均厚さは、3.0μm以上8.0μm以下であることがより好ましく、5.0μm以上8.0μm以下であることがさらに好ましい。
【0033】
上部層は、α型Al23からなる層であるが、上部層による作用効果を奏する限りにおいて、α型Al23以外の成分を微量含んでもよい。
【0034】
[中間層]
本実施形態に用いる被覆層は、TiC層と上部層との間にTiCNO又はTiCOからなる中間層を含むことが好ましい。TiCNO又はTiCOからなる中間層をTiC層と上部層との間に含むと、密着性が向上する。これにより、被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が一層向上する傾向にある。
TiCNO又はTiCOからなる中間層の平均厚さは、0.2μm以上1.0μm以下であることが好ましい。TiCNO又はTiCOからなる中間層の平均厚さが0.2μm以上であると、TiC層の全面を覆うことにより、密着性の効果が発揮されるので、被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する傾向にある。一方、TiCNO又はTiCOからなる中間層の平均厚さが1.0μm以下であると、被覆層の強度が低下するのを抑制することができるため、被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、中間層の平均厚さは、0.3μm以上0.8μm以下であることがより好ましく、0.3μm以上0.6μm以下であることがさらに好ましい。
【0035】
中間層は、TiCNO又はTiCOからなる層であるが、中間層による作用効果を奏する限りにおいて、TiCNO又はTiCO以外の成分を微量含んでもよい。
【0036】
[下部層]
本実施形態に用いる被覆層は、基材とTiC層との間にTiNからなる下部層を含むことが好ましい。基材とTiC層との間に、TiNからなる下部層を含むと、密着性が向上する。これにより、被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が一層向上する傾向にある。
TiNからなる下部層の平均厚さは、0.05μm以上1.0μm以下であることが好ましい。TiNからなる下部層の平均厚さが0.05μm以上であると、TiNからなる下部層がより均一な組織になり、密着性が更に向上する傾向にある。一方、TiNからなる下部層の平均厚さが1.0μm以下であると、TiNからなる下部層が剥離の起点となるのをより抑制するので、被覆切削工具の耐欠損性が更に高まる傾向にある。同様の観点から、下部層の平均厚さは、0.1μm以上0.8μm以下であることがより好ましく、0.1μm以上0.6μm以下であることがさらに好ましい。
【0037】
下部層は、TiNからなる層であるが、下部層による作用効果を奏する限りにおいて、TiN以外の成分を微量含んでもよい。
【0038】
[最外層]
本実施形態に用いる被覆層の上述以外の形態として、TiC層が基材側とは反対側の最外層である被覆層が挙げられる。最外層がTiC層であると、高い硬さを有するため、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する。また、例えば、α型Al23からなる層よりも外層にTiC層を含むことにより、α型Al23からなる層よりも先に外層のTiC層が被削材と接触することになる。これにより、特に切削温度が上昇するまでの上部層のクレータ摩耗を抑制できる。この要因は明らかではないが、TiC層の低温における硬度がα型Al23からなる層よりも高いためであると推定している。
【0039】
[その他の層]
本実施形態に用いる被覆層は、上述した層以外にその他の層を含んでいてもよい。その他の層としては、特に限定されないが、例えば、TiCN層が挙げられる。
被覆層がTiCN層を含むことにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。かかる効果をより有効かつ確実に奏する観点から、TiCN層は基材とTiC層との間に含まれると好ましく、被覆切削工具が上部層を含む場合は、基材と上部層との間に含まれると好ましく、被覆切削工具が上記中間層を含む場合は、基材と中間層との間に含まれると好ましく、被覆切削工具が上記下部層を含む場合は、下部層とTiC層との間に含まれると好ましい。
TiCN層の平均厚さは、2.0μm以上20.0μm以下であることが好ましい。TiCN層の平均厚さが2.0μm以上であると、被覆切削工具の耐摩耗性が更に向上する傾向にあり、20.0μm以下であると被覆層の剥離が更に抑制され、被覆切削工具の耐欠損性がより向上する傾向にある。同様の観点から、TiCN層の平均厚さは、5.0μm以上15.0μm以下であることがより好ましい。
【0040】
TiCN層は、TiCNからなる層であるが、TiCN層による作用効果を奏する限りにおいて、TiCN以外の成分を微量含んでもよい。
【0041】
また、本実施形態に用いる被覆層は、TiCN層とα型Al23層との間に、TiCNO層を含むと、密着性が更に向上する傾向にある。
【0042】
さらに、本実施形態に用いる被覆層は、基材とTiCN層との間に、被覆層における最下層としてTiN層を含むと、密着性が向上する傾向にある。
【0043】
本実施形態に用いる被覆層は、基材側から順にTiN層、TiCN層、TiCNO層、α型Al23層及びTiCN層を含むことが好ましい。このような被覆層であると、被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性がより一層向上する傾向にある。
【0044】
本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層を構成する各層の形成方法として、例えば、以下の方法を挙げることができる。ただし、各層の形成方法はこれに限定されない。
【0045】
本実施形態において、上述した各要件を満たすTiC層は、例えば、原料ガス組成をTiCl4:4.0~10.0mol%、C26:0.5~2.0mol%、H2:残部とし、温度を870~920℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。このとき、例えば、炭素源となる原料ガスとして、従来のメタン(CH4)に変えてエタン(C26)を使用し、温度を従来の温度(約1000℃)よりも低温の870~920℃の範囲に制御することにより、TiC層を構成する粒子の形状を、3.5以上の平均アスペクト比を有する柱状晶とすることができる。また、例えば、TiCl4に対するC26のモル比C26/TiCl4を0.10以上0.20以下の範囲に制御し、かつ、温度を870~920℃の範囲に制御することにより、TiC層を構成する粒子の平均結晶粒径を0.1μm以上1.2μm以下の範囲に調整することができる。また、圧力や膜厚を制御することにより、TiC層を構成する粒子の形状や平均結晶粒径を調整することもできる。具体的には、例えば、圧力を大きくすると、TiC層を構成する粒子の平均アスペクト比は小さくなり、平均結晶粒径は大きくなる傾向にある。また、膜厚を大きくすると、TiC層を構成する粒子の平均アスペクト比は大きくなる傾向にある。さらに、TiCl4に対するC26のモル比C26/TiCl4や温度を制御することにより、TiC層における組織係数TCを調整することができる。具体的には、例えば、C26/TiCl4を小さくすると、TiC層における組織係数TC(422)は大きくなる傾向にある。また、温度を低くすると、TiC層における組織係数TC(422)は大きくなる傾向にある。一方、温度を高くすると、TiC層における組織係数TC(220)は大きくなる傾向にある。また、α型Al23層の表面にTiC層を形成したとき、TiC層における組織係数TC(111)が大きくなる傾向がある。
【0046】
TiN層は、原料ガス組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を850~920℃、圧力を100~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0047】
TiCN層は、原料ガス組成をTiCl4:1.0~8.0mol%、CH3CN:0.5~2.0mol%、H2:残部とし、温度を830~930℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0048】
TiCNO層は、原料ガス組成をTiCl4:3.0~5.0mol%、CO:0.4~1.0mol%、N2:30~40mol%、H2:残部とし、温度を975~1025℃、圧力を90~110hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0049】
TiCO層は、原料ガス組成をTiCl4:0.5~2.0mol%、CO:2.0~4.0mol%、H2:残部とし、温度を975~1025℃、圧力を60~100hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0050】
α型Al23層は、原料ガス組成をAlCl3:2.0~5.0mol%、CO2:2.5~4.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2S:0.15~0.40mol%、H2:残部とし、温度を970~1030℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成される。
【0051】
α型Al23層を形成する前に基材から最も離れた層の表面を酸化することが好ましい。より具体的には、上記基材から最も離れた層の表面の酸化は、原料ガス組成をCO2:0.1~1.0mol%、H2:残部とし、温度を970~1020℃、圧力を50~70hPaとする条件により行われる。このときの酸化の時間は、5~10分であることが好ましい。
【0052】
被覆層を形成した後、乾式ショットブラスト、湿式ショットブラスト又はショットピーニングを施し、その条件を調整すると、TiC層の(422)面における残留応力値を制御することができる。例えば、乾式ショットブラストの条件は、被覆層の表面に対して投射角度が30~90°になるように、0.2~1.0barの投射圧力、15~35秒の投射時間で投射材を投射するとよい。乾式ショットブラストにおける投射材(メディア)は、残留応力値を上記の範囲内により容易に制御する観点から、平均粒径100~200μmであって、Al23及びZrO2からなる群より選ばれる1種以上の材質であると好ましい。
【0053】
本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層における各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、又はFE-SEMなどを用いて観察することにより測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具に用いる被覆層における各層の平均厚さは、刃先稜線部から被覆切削工具のすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、各層の厚さを3箇所以上測定し、その相加平均値として求めることができる。また、各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)などを用いて測定することができる。
【実施例
【0054】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0055】
[実施例1]
基材として、16ER20ISOの形状を有し、90%WC-4.8%Co-2.3%TiCN-2.6%NbC-0.3%ZrC(以上質量%)の組成を有する超硬合金製の切削インサートを用意した。この基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0056】
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。発明品1~4については、まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に組成を示す被覆層を、表2に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。こうして、発明品1~4の被覆切削工具を得た。
【0057】
一方、比較品1~4については、まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に組成を示す被覆層を、表2に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。こうして、比較品1~4の被覆切削工具を得た。
【0058】
試料の被覆層の厚さを下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。得られた試料の被覆層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。
【0059】
【表1】
【0060】
【表2】
【0061】
発明品4については、基材の表面に被覆層を形成した後、表3に示す投射材を用いて、表3に示す投射条件の下、被覆層表面に向けて乾式ショットブラストを施した。
【0062】
【表3】
【0063】
得られた試料について、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を、出力:50kV、250mA、入射側ソーラースリット:5°、発散縦スリット:2/3°、発散縦制限スリット:5mm、散乱スリット:2/3°、受光側ソーラースリット:5°、受光スリット:0.3mm、BENTモノクロメータ、受光モノクロスリット:0.8mm、サンプリング幅:0.01°、スキャンスピード:4°/min、2θ測定範囲:20°~155°とする条件で行った。装置は、株式会社リガク製のX線回折装置(型式「RINT TTRIII」)を用いた。X線回折図形からTiC層、TiN層又はTiCN層の各結晶面のピーク強度を求めた。得られた各結晶面のピーク強度から、TiC層、TiN層又はTiCN層における(111)面の組織係数TC(111)、(220)面の組織係数TC(220)及び(422)面の組織係数TC(422)を順に下記記式(1)~(3)より算出した。その結果を、表4に示す。
【数3】
・TiC層のTCの算出
(式(1)~(3)中、I(hkl)は、TiC層のX線回折における(hkl)面のピーク強度を示し、I0(hkl)は、TiCのJCPDSカード番号32-1383における(hkl)面の標準回折強度を示し、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)、及び(511)の8つの結晶面を指す。)
・TiCN層のTCの算出
(式(1)~(3)中、I(hkl)は、TiCN層のX線回折における(hkl)面のピーク強度を示し、I0(hkl)は、TiCのJCPDSカード番号32-1383における(hkl)面の標準回折強度と、TiNのJCPDSカード番号38-1420における(hkl)面の標準回折強度との平均値を示し、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)、及び(511)の8つの結晶面を指す。)
・TiN層のTCの算出
(式(1)~(3)中、I(hkl)は、TiN層のX線回折における(hkl)面のピーク強度を示し、I0(hkl)は、TiNのJCPDSカード番号38-1420における(hkl)面の標準回折強度との平均値を示し、(hkl)は、(111)、(200)、(220)、(311)、(331)、(420)、(422)、及び(511)の8つの結晶面を指す。)
【0064】
また、得られた試料のTiC層、TiN層又はTiCN層における粒子の形状、平均アスペクト比及び平均結晶粒径は、FE-SEMに付属したEBSDを用いて測定した。具体的には、ダイヤモンドペーストを用いて被覆切削工具を研磨した後、コロイダルシリカを用いて仕上げ研磨を行い、被覆切削工具の断面組織を得た。被覆切削工具の断面組織を有する試料をFE-SEMにセットし、試料の断面組織に70度の入射角度で15kVの加速電圧及び0.5nA照射電流で電子線を照射した。EBSDにより被覆切削工具のTiC層、TiN層又はTiCN層における断面組織を、測定範囲が(2.0μm(各層の平均厚さ)-0.5μm)×50μm、すなわち1.5μm×50μmの範囲、0.1μmのステップサイズで測定した。このとき、方位差が5°以上の境界を結晶粒界とみなし、この結晶粒界によって囲まれる領域を粒子とした。ここで、平均結晶粒径を求める際の結晶粒径は、被覆層の膜厚方向に直交する方向における結晶粒径とした。この際、TiC層、TiN層又はTiCN層の平均厚さの50%の位置において各粒子の結晶粒径を求めた。具体的には、まず、TiC層、TiN層又はTiCN層の平均厚さの50%の位置に膜厚方向に直交する方向に直線を引いた。次に、直線の範囲に含まれる粒子の数を求めた。直線の長さを粒子の数で除した値を平均結晶粒径とした。また、平均アスペクト比を求める際のアスペクト比は、被覆層の膜厚方向における粒子の結晶粒径を膜厚方向に直交する方向における粒子の結晶粒径で除した値とした。この際、TiC層、TiN層又はTiCN層の断面組織から、画像解析ソフトを用いて結晶粒径を求めた。(2.0μm(各層の平均厚さ)-0.5μm)×50μm、すなわち1.5μm×50μmの範囲におけるTiC層、TiN層又はTiCN層の結晶粒径を測定し、各方向の結晶粒径から求めた全ての粒子のアスペクト比の平均値(相加平均値)を平均アスペクト比とした。TiC層、TiN層又はTiCN層について、特定した各粒子の形状、平均アスペクト比及び平均結晶粒径をそれぞれ求めた。それらの結果を、表4に示す。
【0065】
得られた試料におけるTiC層、TiN層又はTiCN層の(422)面における残留応力値は、X線応力測定装置(株式会社リガク製、型式「RINT TTRIII」)を用いたsin2ψ法により測定した。各層中の任意の3点における残留応力をsin2ψ法により測定し、これら3点の残留応力の相加平均値を求めた。測定箇所となる各層中の任意の3点は、互いに0.1mm以上離れるように選択した。TiC層、TiN層又はTiCN層の(422)面における残留応力値を測定するためには、測定対象となるTiC層、TiN層又はTiCN層の(422)面を選択して測定した。具体的には、TiC層が形成された試料を、X線回折装置によって分析した。そして、試料面法線と格子面法線とのなす角度ψを変えた時の(422)面の回折角の変化を調べた。その測定結果を表4に示す。
【0066】
【表4】
【0067】
得られた試料を用いて、下記の条件にて切削試験1を行った。切削試験1の結果を表5に示す。
【0068】
[切削試験1]
加工形態:ねじ切り加工、
被削材:SCM440、
被削材の形状:φ24×50、
切削速度:200m/分、
ピッチ:2.0mm/rev、
切り込み深さ:0.20mm→0.20mm→0.20mm→0.15mm→0.15mm→0.10mm→0.05mm、
※上記の切り込み深さ(7回)で少しずつ加工し、ねじを形成する。
評価項目:試料がねじを加工できなくなったとき(ねじ形状の寸法から外れたとき)を工具寿命とし、工具寿命までねじを加工した被削材の数量(個)を測定した。工具寿命までのねじの加工数量が多いほど切削性能に優れることを意味する。
【0069】
【表5】
【0070】
表5に示す結果より、発明品1~4において工具寿命までのねじの加工数量は「86(個)」以上であり、いずれも比較品1~4の場合より多かった。
【0071】
[実施例2]
基材として、JIS規格CNMG120412形状を有し、88.0%WC-6.7%Co-2.0%TiCN-2.7%NbC-0.3%Cr32-0.3%ZrC(以上質量%)の組成を有する超硬合金製の切削インサートを用意した。この基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0072】
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。発明品5~9については、まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表6に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表9に組成を示す最下層(第1層)を、表9に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、表8に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、TiC層(第2層)を、表9に示す平均厚さになるよう、最下層の表面に形成した。次に、表6に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表9に組成を示す第3層を、表9に示す平均厚さになるよう、TiC層(第2層)の表面に形成した。その後、表7に示すガス組成、温度及び圧力の条件の下、表7に示す時間にて、第3層の表面に酸化処理を施した。次いで、表6に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、酸化処理を施した第3層の表面に表9に組成を示すα型酸化アルミニウム層を、表9に示す平均厚さになるよう形成した。こうして、発明品5~9の被覆切削工具を得た。
【0073】
一方、比較品5~8については、まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表6に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表9に組成を示す最下層(第1層)を、表9に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、表8に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表9に組成を示す第2層を、表9に示す平均厚さになるよう、最下層の表面に形成した。次に、表6に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表9に組成を示す第3層を、表9に示す平均厚さになるよう、第2層の表面に形成した。その後、表7に示すガス組成、温度及び圧力の条件の下、表7に示す時間にて、第3層の表面に酸化処理を施した。次いで、表6に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、酸化処理を施した第3層の表面に、表9に組成を示すα型酸化アルミニウム層を、表9に示す平均厚さになるよう形成した。こうして、比較品5~8の被覆切削工具を得た。
【0074】
試料の各層の厚さを下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。
【0075】
【表6】
【0076】
【表7】
【0077】
【表8】
【0078】
【表9】
【0079】
発明品5~9及び比較品5~8について、基材の表面に被覆層を形成した後、表10に示す投射材を用いて、表10に示す投射条件の下、被覆層表面に向けて乾式ショットブラストを施した。
【0080】
【表10】
【0081】
得られた試料について、実施例1と同様の方法により、TiC層又はTiCN層における組織係数TC(111)、TC(220)及びTC(422)を算出した。その結果を、表11に示す。
【0082】
また、得られた試料のTiC層又はTiCN層における粒子の形状、平均アスペクト比及び平均結晶粒径を、実施例1と同様の方法により、FE-SEMに付属したEBSDを用いて測定した。TiC層又はTiCN層について、特定した各粒子の形状、平均アスペクト比及び平均結晶粒径の結果を、表11に示す。
【0083】
得られた試料におけるTiC層又はTiCN層の(422)面における残留応力値は、実施例1と同様の方法により、X線応力測定装置(株式会社リガク製、型式「RINT TTRIII」)を用いたsin2ψ法により測定した。その測定結果を表11に示す。
【0084】
【表11】
【0085】
得られた試料を用いて、下記の条件にて切削試験2を行った。切削試験2の結果を表12に示す。
【0086】
[切削試験2]
加工形態:外径旋削加工
被削材:S45C、
被削材の形状:φ80×200
切削速度:240m/分、
送り:0.28mm/rev、
切り込み深さ:2.0mm、
評価項目:逃げ面摩耗幅が0.3mmに至ったとき、又はインサートが欠損したときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。工具寿命までの加工時間が長いほど切削性能に優れることを意味する。得られた評価の結果を表12に示す。
【0087】
【表12】
【0088】
表12に示す結果より、発明品5~9において工具寿命までの加工時間は「12(分)」以上であり、いずれも比較品5~8の場合より長かった。
【0089】
[実施例3]
基材として、JIS規格CNMG120412形状を有し、85.5%WC-8.9%Co-2.2%TiCN-2.7%NbC-0.4%Cr32-0.3%ZrC(以上質量%)の組成を有する超硬合金製の切削インサートを用意した。この基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0090】
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。発明品10~12については、まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表13に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表16に組成を示す最下層(第1層)を、表16に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、表13に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表16に組成を示す第2層を、表16に示す平均厚さになるよう、最下層の表面に形成した。次に、表13に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表16に組成を示す第3層を、表16に示す平均厚さになるよう、第2層の表面に形成した。その後、表14に示すガス組成、温度及び圧力の条件の下、表14に示す時間にて、第3層の表面に酸化処理を施した。次いで、表13に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、第3層の表面に、表16に組成を示す第4層を、表16に示す平均厚さになるよう形成した。最後に、表15に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、TiC層(第5層(最外層))を、表16に示す平均厚さになるよう、第4層の表面に形成した。こうして、発明品10~12の被覆切削工具を得た。
【0091】
一方、比較品9~10については、まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表13に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表16に組成を示す最下層(第1層)を、表16に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、表13に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表16に組成を示す第2層を、表16に示す平均厚さになるよう、最下層の表面に形成した。次に、表13に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表16に組成を示す第3層を、表16に示す平均厚さになるよう、第2層の表面に形成した。その後、表14に示すガス組成、温度及び圧力の条件の下、表14に示す時間にて、第3層の表面に酸化処理を施した。次いで、表13に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、第3層の表面に、表16に組成を示す第4層を、表16に示す平均厚さになるよう形成した。最後に、表15に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表16に組成を示す第5層(最外層)を、表16に示す平均厚さになるよう、第4層の表面に形成した。こうして、比較品9~10の被覆切削工具を得た。
【0092】
試料の各層の厚さを下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。
【0093】
【表13】
【0094】
【表14】
【0095】
【表15】
【0096】
【表16】
【0097】
発明品10~11、比較品9~10については、基材の表面に被覆層を形成した後、表17に示す投射材を用いて、表17に示す投射条件の下、被覆層表面に向けて乾式ショットブラストを施した。
【0098】
【表17】
【0099】
得られた試料について、実施例1と同様の方法により、TiC層又はTiN層(第5層)における組織係数TC(111)、TC(220)及びTC(422)を算出した。その結果を、表18に示す。
【0100】
また、得られた試料のTiC層又はTiN層(第5層)における粒子の形状、平均アスペクト比及び平均結晶粒径を、実施例1と同様の方法により、FE-SEMに付属したEBSDを用いて測定した。TiC層又はTiN層(第5層)について、特定した各粒子の形状、平均アスペクト比及び平均結晶粒径の結果を、表18に示す。
【0101】
得られた試料におけるTiC層又はTiN層(第5層)の(422)面における残留応力値は、実施例1と同様の方法により、X線応力測定装置(株式会社リガク製、型式「RINT TTRIII」)を用いたsin2ψ法により測定した。その測定結果を表18に示す。
【0102】
【表18】
【0103】
得られた試料を用いて、下記の条件にて切削試験3を行った。切削試験3の結果を表19に示す。
【0104】
[切削試験3]
加工形態:外径旋削加工
被削材:SCM440、
被削材の形状:φ80×200
切削速度:220m/分、
送り:0.40mm/rev、
切り込み深さ:2.0mm、
評価項目:逃げ面摩耗幅が0.3mmに至ったとき、又はインサートが欠損したときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。工具寿命までの加工時間が長いほど切削性能に優れることを意味する。得られた評価の結果を表19に示す。
【0105】
【表19】
【0106】
表19に示す結果より、発明品10~12において工具寿命までの加工時間は30分以上であり、いずれも比較品9~10の場合より長かった。
【0107】
以上の結果より、発明品は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れる結果、工具寿命が長いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明の被覆切削工具は、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、そのような観点から、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0109】
1…基材、2…下部層、3…TiC層、4…中間層、5…上部層、6…被覆切削工具、7…被覆層。
図1