IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ジェイテクトの特許一覧

<>
  • 特許-操舵制御装置 図1
  • 特許-操舵制御装置 図2
  • 特許-操舵制御装置 図3
  • 特許-操舵制御装置 図4
  • 特許-操舵制御装置 図5
  • 特許-操舵制御装置 図6
  • 特許-操舵制御装置 図7
  • 特許-操舵制御装置 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-06
(45)【発行日】2023-01-17
(54)【発明の名称】操舵制御装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20230110BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20230110BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20230110BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20230110BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
B62D101:00
B62D119:00
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019062604
(22)【出願日】2019-03-28
(65)【公開番号】P2020158070
(43)【公開日】2020-10-01
【審査請求日】2022-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】並河 勲
(72)【発明者】
【氏名】安樂 厚二
(72)【発明者】
【氏名】柿本 祐輔
【審査官】神田 泰貴
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-322555(JP,A)
【文献】特開平10-100915(JP,A)
【文献】特開2018-199477(JP,A)
【文献】特開2006-298223(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00 - 6/10
B62D 5/00 - 5/32
B62D 101/00
B62D 119/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の転舵輪を転舵させるための機構に付与される駆動力を発生するモータを操舵状態に応じて制御する操舵制御装置であって、
特定の状況において前記モータへ供給する電流を制限するための第1の制限値を演算する第1の演算部と、
前記モータへ供給される電流の値としきい値との比較に基づき前記転舵輪が障害物に当たっているか否かを判定する判定部と、
前記判定部により前記転舵輪が障害物に当たっている旨判定されるとき、前記モータへ供給する電流を制限するための第2の制限値を演算する第2の演算部と、
前記第1の制限値および前記第2の制限値のうち値の小さい方の制限値に基づき前記判定部により使用される前記しきい値を演算する第3の演算部と、を有している操舵制御装置。
【請求項2】
前記第3の演算部は、前記第1の制限値および前記第2の制限値のうち値の小さい方の制限値と同じ値の前記しきい値を演算する請求項1に記載の操舵制御装置。
【請求項3】
前記判定部により前記転舵輪が障害物に当たっている旨判定されるとき、前記第2の演算部は、前記第2の制限値を、前記モータが過熱することなしに印加できる最大の電流値を基準として設定される最大制限値から前記モータが過熱することなしに印加できる最小の電流値を基準として設定される最小制限値へ向けて減少させる請求項1または請求項2に記載の操舵制御装置。
【請求項4】
前記判定部により前記転舵輪が障害物に当たっている旨の判定が解除されたとき、前記第2の演算部は、前記第2の制限値を前記最小制限値から最大制限値へ即時に復帰させる請求項3に記載の操舵制御装置。
【請求項5】
前記機構は、ステアリングホイールの操作に連動して回転するステアリングシャフト、および前記ステアリングホイールとの間の動力伝達が分離される転舵シャフトを含み、
制御対象として、操舵状態に応じて演算される第1の指令値に基づき前記ステアリングシャフトに付与される操舵方向と反対方向のトルクである操舵反力を発生する反力モータと、
操舵状態に応じて演算される第2の指令値に基づき前記転舵シャフトに付与される前記転舵輪を転舵させるための転舵力を発生する前記モータとしての転舵モータと、を含む請求項1~請求項4のうちいずれか一項に記載の操舵制御装置。
【請求項6】
前記判定部により前記転舵輪が障害物に当たっている旨判定されるとき、その旨運転者に報知するための制御として、前記ステアリングホイールの操作を仮想的に制限すべく前記反力モータの前記第1の指令値に反映させるべき前記転舵シャフトの軸力として制限軸力を演算する制限軸力演算部を有している請求項5に記載の操舵制御装置。
【請求項7】
前記転舵輪の転舵動作に連動して回転する回転体の目標回転角に基づく前記転舵シャフトの理想的な軸力である理想軸力を演算する理想軸力演算部と、
車両挙動、路面状態または操舵状態が反映される前記転舵モータの電流値に基づき前記転舵シャフトの軸力を推定軸力として演算する推定軸力演算部と、
前記推定軸力および前記理想軸力を車両挙動、路面状態または操舵状態に応じて混合することにより前記反力モータに対する前記第1の指令値に反映させる前記転舵シャフトの軸力としての混合軸力を演算する配分演算部と、を有し、
前記配分演算部は、前記判定部により前記転舵輪が障害物に当たっている旨判定されるとき、その旨運転者に報知するための制御として、前記反力モータに対する前記第1の指令値に反映させる前記転舵シャフトの軸力を前記混合軸力から前記推定軸力へ切り替える請求項5に記載の操舵制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ステアリングホイールと転舵輪との間の動力伝達を分離した、いわゆるステアバイワイヤ方式の操舵装置が存在する。操舵装置は、ステアリングシャフトに付与される操舵反力の発生源である反力モータ、および転舵輪を転舵させる転舵力の発生源である転舵モータを有している。車両の走行時、操舵装置の制御装置は、反力モータに対する給電制御を通じて操舵反力を発生させるとともに、転舵モータに対する給電制御を通じて転舵輪を転舵させる。
【0003】
操舵装置においては、据え切り時に転舵輪が縁石に突き当たる場合など、たとえば転舵輪を切り増し側へ向けて転舵することが困難となる状況が想定される。このとき、操舵装置の制御装置は、ステアリングホイールの操舵角に転舵輪の転舵角を追従させようとする。このため、転舵モータに対して過大な電流が供給されることによって、転舵モータあるいはその駆動回路が過熱するおそれがある。
【0004】
そこで、たとえば特許文献1の制御装置は、定められた判定条件が成立するとき、転舵輪が障害物に接触している旨判定する。判定条件には、たとえば転舵モータへ供給される実際の電流の値が電流しきい値以上である状態が所定の時間だけ継続することが含まれる。制御装置は、転舵輪が障害物に接触している旨判定されるとき、転舵モータの過熱を抑制するべく定められた制御を実行する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-111099号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
制御装置には、転舵輪が障害物に接触することに起因する転舵モータの過熱抑制機能だけでなく、たとえば転舵モータの温度に基づく過熱抑制機能を併せ持つものが存在する。この制御装置は、転舵モータの温度を監視し、当該温度が過熱状態に近づいたとき、転舵モータへ供給する電流量を制限する。このように、転舵モータへ供給する電流量を制限する状況としては、電源電圧が低下したとき、あるいは引き込み電流が増加したときなどの状況が考えられる。
【0007】
このため、たとえば車両が発進する際の据え切り時において転舵輪が障害物に接触するとき、転舵モータの電流値が電流しきい値に達する以前において、転舵モータへ供給される電流量が制限されるおそれがある。この場合、転舵モータの電流値が電流しきい値に達しないことによって、転舵輪が障害物に接触していることが適切に検出されないことが懸念される。
【0008】
本発明の目的は、転舵輪が障害物に接触していることを適切に検出することができる操舵制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成し得る操舵制御装置は、車両の転舵輪を転舵させるための機構に付与される駆動力を発生するモータを操舵状態に応じて制御するものである。この操舵制御装置は、特定の状況において前記モータへ供給する電流を制限するための第1の制限値を演算する第1の演算部と、前記モータへ供給される電流の値としきい値との比較に基づき前記転舵輪が障害物に当たっているか否かを判定する判定部と、前記判定部により前記転舵輪が障害物に当たっている旨判定されるとき、前記モータへ供給する電流を制限するための第2の制限値を演算する第2の演算部と、前記第1の制限値および前記第2の制限値のうち値の小さい方の制限値に基づき前記判定部により使用される前記しきい値を演算する第3の演算部と、を有している。
【0010】
この構成によれば、転舵輪が障害物に当たっている場合、モータへ供給される電流量が第1の制限値および第2の制限値のうち絶対値の小さい方の制限値に制限される。これにより、モータの温度上昇が抑えられる。また、転舵輪が障害物に当たっている場合、第1の制限値および第2の制限値のうち絶対値が小さい方の制限値に基づき、判定部で使用されるしきい値が演算される。このため、モータの電流値が制限される場合であれ、しきい値がモータの電流値よりも大きい値に設定されることが抑制される。したがって、モータの電流値としきい値との比較を通じて、転舵輪が障害物に当たっていることを適切に判定することができる。
【0011】
上記の操舵制御装置において、前記第3の演算部は、前記第1の制限値および前記第2の制限値のうち値の小さい方の制限値と同じ値の前記しきい値を演算することが好ましい。
【0012】
この構成によれば、モータの電流値が制限される場合であれ、しきい値がモータの電流値よりも大きい値に設定されることを抑制することができる。
上記の操舵制御装置において、前記判定部により前記転舵輪が障害物に当たっている旨判定されるとき、前記第2の演算部は、前記第2の制限値を、前記モータが過熱することなしに印加できる最大の電流値を基準として設定される最大制限値から前記モータが過熱することなしに印加できる最小の電流値を基準として設定される最小制限値へ向けて減少させるようにしてもよい。
【0013】
この構成によれば、転舵輪が障害物に当たっている場合、第2の制限値が最大制限値から最小制限値へ向けて減少する。このため、モータの電流を、少なくとも第2の制限値としての最小制限値に制限することができる。
【0014】
上記の操舵制御装置において、前記判定部により前記転舵輪が障害物に当たっている旨の判定が解除されたとき、前記第2の演算部は、前記第2の制限値を前記最小制限値から最大制限値へ即時に復帰させることが好ましい。
【0015】
この構成によれば、モータの過熱保護を目的としたモータの電流制限に伴う転舵性能の低下を最小限の期間に抑えることができる。
上記の操舵制御装置において、前記機構は、ステアリングホイールの操作に連動して回転するステアリングシャフト、および前記ステアリングホイールとの間の動力伝達が分離される転舵シャフトを含んでいてもよい。この場合、制御対象として、操舵状態に応じて演算される第1の指令値に基づき前記ステアリングシャフトに付与される操舵方向と反対方向のトルクである操舵反力を発生する反力モータと、操舵状態に応じて演算される第2の指令値に基づき前記転舵シャフトに付与される前記転舵輪を転舵させるための転舵力を発生する前記モータとしての転舵モータと、を含んでいてもよい。
【0016】
この場合、前記判定部により前記転舵輪が障害物に当たっている旨判定されるとき、その旨運転者に報知するための制御として、前記ステアリングホイールの操作を仮想的に制限すべく前記反力モータの前記第1の指令値に反映させるべき前記転舵シャフトの軸力として制限軸力を演算する制限軸力演算部を有していてもよい。
【0017】
この構成によれば、転舵輪が障害物に当たっている場合、ステアリングホイールの操作を仮想的に制限するための制限軸力が反力モータの第1の指令値に反映される。これにより、運転者は操舵反力として突き当り感を感じる。このステアリングホイールを介した手応えを通じて、運転者は転舵輪が障害物に当たっている状況であることを認識することができる。また、運転者によるステアリングホイールの操作を仮想的に制限することもできる。
【0018】
上記の操舵制御装置において、前記転舵輪の転舵動作に連動して回転する回転体の目標回転角に基づく前記転舵シャフトの理想的な軸力である理想軸力を演算する理想軸力演算部と、車両挙動、路面状態または操舵状態が反映される前記転舵モータの電流値に基づき前記転舵シャフトの軸力を推定軸力として演算する推定軸力演算部と、前記推定軸力および前記理想軸力を車両挙動、路面状態または操舵状態に応じて混合することにより前記反力モータに対する前記第1の指令値に反映させる前記転舵シャフトの軸力としての混合軸力を演算する配分演算部と、を有していてもよい。
【0019】
この場合、前記配分演算部は、前記判定部により前記転舵輪が障害物に当たっている旨判定されるとき、その旨運転者に報知するための制御として、前記反力モータに対する前記第1の指令値に反映させる前記転舵シャフトの軸力を前記混合軸力から前記推定軸力へ切り替えるようにしてもよい。
【0020】
この構成によれば、転舵輪が障害物に当たっていない場合、回転体の目標回転角に基づく理想軸力、および転舵モータの電流値に基づく推定軸力が車両挙動などに応じて混合されることにより得られる混合軸力が反力モータの第1の指令値に反映される。このため、反力モータは混合軸力に応じた駆動力を発生する。これに対し、転舵輪が障害物に当たっている場合、純粋な推定軸力が反力モータの第1の指令値に反映される。推定軸力には車両挙動、路面状態または操舵状態が反映されるため、モータは転舵輪が障害物に当たることによって転舵シャフトに作用する軸力に応じた駆動力を発生する。したがって、運転者はステアリングホイールを介して操舵反力として突き当り感を感じることによって、転舵輪が障害物に当たっている状況を認識することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の操舵制御装置によれば、転舵輪が障害物に接触していることを適切に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】操舵制御装置の第1の実施の形態が搭載されるステアバイワイヤ方式の操舵装置の構成図。
図2】第1の実施の形態における制御装置の制御ブロック図。
図3】第1の実施の形態における目標舵角演算部の制御ブロック図。
図4】第1の実施の形態における車両モデルの制御ブロック図。
図5】第1の実施の形態における制限値演算部の制御ブロック図。
図6】(a)は第1の実施の形態における制限値演算部で演算されるカウント値と制限値との関係を示すグラフ、(b)は第1の実施の形態における判定部によりセットされるフラグの値が「0」から「1」へ切り替わるタイミングの一例を示すグラフ。
図7】第1の実施の形態における過熱保護用の電流制限値と縁石当て判定用の電流しきい値との関係を示すグラフ。
図8】第2の実施の形態における車両モデルの制御ブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
<第1の実施の形態>
以下、操舵制御装置をステアバイワイヤ方式の操舵装置に適用した第1の実施の形態を説明する。
【0024】
図1に示すように、車両の操舵装置10は、ステアリングホイール11に連結されたステアリングシャフト12を有している。また、操舵装置10は、車幅方向(図1中の左右方向)に沿って延びる転舵シャフト14を有している。転舵シャフト14の両端には、それぞれタイロッド15,15を介して左右の転舵輪16,16が連結されている。転舵シャフト14が直線運動することにより、転舵輪16,16の転舵角θが変更される。ステアリングシャフト12および転舵シャフト14は操舵機構を構成する。
【0025】
<操舵反力を発生させるための構成:反力ユニット>
また、操舵装置10は、操舵反力を生成するための構成として、反力モータ31、減速機構32、回転角センサ33、およびトルクセンサ34を有している。ちなみに、操舵反力とは、運転者によるステアリングホイール11の操作方向と反対方向へ向けて作用する力(トルク)をいう。操舵反力をステアリングホイール11に付与することにより、運転者に適度な手応え感を与えることが可能である。
【0026】
反力モータ31は、操舵反力の発生源である。反力モータ31としてはたとえば三相(U,V,W)のブラシレスモータが採用される。反力モータ31(正確には、その回転軸)は、減速機構32を介して、ステアリングシャフト12に連結されている。反力モータ31のトルクは、操舵反力としてステアリングシャフト12に付与される。
【0027】
回転角センサ33は反力モータ31に設けられている。回転角センサ33は、反力モータ31の回転角θを検出する。反力モータ31の回転角θは、舵角(操舵角)θの演算に使用される。反力モータ31とステアリングシャフト12とは減速機構32を介して連動する。このため、反力モータ31の回転角θとステアリングシャフト12の回転角、ひいてはステアリングホイール11の回転角である舵角θとの間には相関がある。したがって、反力モータ31の回転角θに基づき舵角θを求めることができる。
【0028】
トルクセンサ34は、ステアリングホイール11の回転操作を通じてステアリングシャフト12に加わる操舵トルクTを検出する。トルクセンサ34は、ステアリングシャフト12における減速機構32よりもステアリングホイール11側の部分に設けられている。
【0029】
<転舵力を発生させるための構成:転舵ユニット>
また、操舵装置10は、転舵輪16,16を転舵させるための動力である転舵力を生成するための構成として、転舵モータ41、減速機構42、および回転角センサ43を有している。
【0030】
転舵モータ41は転舵力の発生源である。転舵モータ41としては、たとえば三相のブラシレスモータが採用される。転舵モータ41(正確には、その回転軸)は、減速機構42を介してピニオンシャフト44に連結されている。ピニオンシャフト44のピニオン歯44aは、転舵シャフト14のラック歯14bに噛み合わされている。転舵モータ41のトルクは、転舵力としてピニオンシャフト44を介して転舵シャフト14に付与される。転舵モータ41の回転に応じて、転舵シャフト14は車幅方向(図中の左右方向)に沿って移動する。
【0031】
回転角センサ43は転舵モータ41に設けられている。回転角センサ43は転舵モータ41の回転角θを検出する。
ちなみに、操舵装置10は、ピニオンシャフト13を有している。ピニオンシャフト13は、転舵シャフト14に対して交わるように設けられている。ピニオンシャフト13のピニオン歯13aは、転舵シャフト14のラック歯14aに噛み合わされている。ピニオンシャフト13を設ける理由は、ピニオンシャフト44と共に転舵シャフト14をハウジング(図示略)の内部に支持するためである。すなわち、操舵装置10に設けられる支持機構(図示略)によって、転舵シャフト14は、その軸方向に沿って移動可能に支持されるとともに、ピニオンシャフト13,44へ向けて押圧される。これにより、転舵シャフト14はハウジングの内部に支持される。ただし、ピニオンシャフト13を使用せずに転舵シャフト14をハウジングに支持する他の支持機構を設けてもよい。
【0032】
<制御装置>
また、操舵装置10は、制御装置50を有している。制御装置50は、各種のセンサの検出結果に基づき反力モータ31、および転舵モータ41を制御する。センサとしては、前述した回転角センサ33、トルクセンサ34および回転角センサ43に加えて、車速センサ501がある。車速センサ501は、車両に設けられて車両の走行速度である車速Vを検出する。
【0033】
制御装置50は、反力モータ31の駆動制御を通じて操舵トルクTに応じた操舵反力を発生させる反力制御を実行する。制御装置50は操舵トルクTおよび車速Vに基づき目標操舵反力を演算し、この演算される目標操舵反力、操舵トルクTおよび車速Vに基づきステアリングホイール11の目標舵角(目標操舵角)を演算する。制御装置50は、実際の舵角θを目標舵角に追従させるべく実行される舵角θのフィードバック制御を通じて舵角補正量を演算し、この演算される舵角補正量を目標操舵反力に加算することにより操舵反力指令値を演算する。制御装置50は、操舵反力指令値に応じた操舵反力を発生させるために必要とされる電流を反力モータ31へ供給する。
【0034】
制御装置50は、転舵モータ41の駆動制御を通じて転舵輪16,16を操舵状態に応じて転舵させる転舵制御を実行する。制御装置50は、回転角センサ43を通じて検出される転舵モータ41の回転角θに基づきピニオンシャフト44の実際の回転角であるピニオン角θを演算する。このピニオン角θは、転舵輪16,16の転舵角θを反映する値である。制御装置50は、前述した目標操舵角を使用して目標ピニオン角を演算する。そして制御装置50は、目標ピニオン角と実際のピニオン角θとの偏差を求め、当該偏差を無くすように転舵モータ41に対する給電を制御する。
【0035】
<制御装置の詳細構成>
つぎに、制御装置50について詳細に説明する。
図2に示すように、制御装置50は、反力制御を実行する反力制御部50a、および転舵制御を実行する転舵制御部50bを有している。
【0036】
<反力制御部>
反力制御部50aは、目標操舵反力演算部51、目標舵角演算部52、舵角演算部53、舵角フィードバック制御部54、加算器55、および通電制御部56を有している。
【0037】
目標操舵反力演算部51は、操舵トルクTおよび車速Vに基づき目標操舵反力T を演算する。目標操舵反力演算部51は、操舵トルクTの絶対値が大きいほど、また車速Vが遅いほど、より大きな値(絶対値)の目標操舵反力T を演算する。
【0038】
目標舵角演算部52は、目標操舵反力T 、操舵トルクTおよび車速Vを使用してステアリングホイール11の目標舵角θを演算する。目標舵角演算部52は、目標操舵反力T および操舵トルクTの総和を入力トルクとするとき、この入力トルクに基づいて理想的な舵角(操舵角)を定める理想モデルを有している。この理想モデルは、ステアリングホイール11と転舵輪16,16との間が機械的に連結されている操舵装置を前提として、入力トルクに応じた理想的な転舵角に対応する舵角を予め実験などによりモデル化したものである。目標舵角演算部52は、目標操舵反力T と操舵トルクTとを加算することにより入力トルクを求め、この入力トルクから理想モデルに基づいて目標舵角θ(目標操舵角)を演算する。
【0039】
舵角演算部53は、回転角センサ33を通じて検出される反力モータ31の回転角θに基づきステアリングホイール11の実際の舵角θを演算する。舵角フィードバック制御部54は、実際の舵角θを目標舵角θに追従させるべく舵角θのフィードバック制御を通じて舵角補正量T を演算する。加算器55は、目標操舵反力T に舵角補正量T を加算することにより操舵反力指令値Tを算出する。
【0040】
通電制御部56は、操舵反力指令値Tに応じた電力を反力モータ31へ供給する。具体的には、通電制御部56は、操舵反力指令値Tに基づき反力モータ31に対する電流指令値を演算する。また、通電制御部56は、反力モータ31に対する給電経路に設けられた電流センサ57を通じて、当該給電経路に生じる実際の電流値Iを検出する。この電流値Iは、反力モータ31に供給される実際の電流の値である。そして通電制御部56は、電流指令値と実際の電流値Iとの偏差を求め、当該偏差を無くすように反力モータ31に対する給電を制御する(電流Iのフィードバック制御)。これにより、反力モータ31は操舵反力指令値Tに応じたトルクを発生する。運転者に対して路面反力に応じた適度な手応え感を与えることが可能である。
【0041】
<転舵制御部>
図2に示すように、転舵制御部50bは、ピニオン角演算部61、制限制御部62、ピニオン角フィードバック制御部63、通電制御部64を有している。
【0042】
ピニオン角演算部61は、回転角センサ43を通じて検出される転舵モータ41の回転角θに基づきピニオンシャフト44の実際の回転角であるピニオン角θを演算する。前述したように、転舵モータ41とピニオンシャフト44とは減速機構42を介して連動する。このため、転舵モータ41の回転角θとピニオン角θとの間には相関関係がある。この相関関係を利用して転舵モータ41の回転角θからピニオン角θを求めることができる。さらに、これも前述したように、ピニオンシャフト44は、転舵シャフト14に噛合されている。このため、ピニオン角θと転舵シャフト14の移動量との間にも相関関係がある。すなわち、ピニオン角θは、転舵輪16,16の転舵角θを反映する値である。
【0043】
制限制御部62は、たとえば転舵モータ41の発熱状態に応じて、転舵モータ41へ供給する電流量を制限するための制限値Ilim1を演算する。制限値Ilim1は、転舵モータ41を過熱から保護する観点に基づき、転舵モータ41へ供給する電流量の上限値として設定される。制限制御部62は、転舵モータ41に対する給電経路の近傍に設けられた温度センサ62aを通じて検出される転舵モータ41の温度T(推定温度)と温度しきい値との比較結果に基づき制限値Ilim1を演算する。制限制御部62は、転舵モータ41の温度Tが温度しきい値を超えないとき、転舵モータ41が過熱することなしに印加できる最大の電流値を基準として、通電制御部64が転舵モータ41へ供給しようとする電流を制限しない程度の大きな絶対値に設定される。これに対し、制限制御部62は、転舵モータ41の温度Tが温度しきい値を超えるとき、転舵モータ41が過熱することなしに印加できる最大の電流値よりも小さい絶対値を有する制限値Ilim1を演算する。制限制御部62は、転舵モータ41の温度Tが高いときほど小さい絶対値を有する制限値Ilim1を演算する。
【0044】
ピニオン角フィードバック制御部63は、目標舵角演算部52により演算される目標舵角θを目標ピニオン角θ として取り込む。また、ピニオン角フィードバック制御部63は、ピニオン角演算部61により演算される実際のピニオン角θを取り込む。ピニオン角フィードバック制御部63は、実際のピニオン角θを目標ピニオン角θ (ここでは、目標舵角θに等しい。)に追従させるべくピニオン角θのフィードバック制御(PID制御)を通じてピニオン角指令値T を演算する。
【0045】
通電制御部64は、ピニオン角指令値T に応じた電力を転舵モータ41へ供給する。具体的には、通電制御部64は、ピニオン角指令値T に基づき転舵モータ41に対する電流指令値を演算する。また、通電制御部64は、転舵モータ41に対する給電経路に設けられた電流センサ64aを通じて、当該給電経路に生じる実際の電流値Iを検出する。この電流値Iは、転舵モータ41に供給される実際の電流の値である。そして通電制御部64は、電流指令値と実際の電流値Iとの偏差を求め、当該偏差を無くすように転舵モータ41に対する給電を制御する(電流値Iのフィードバック制御)。これにより、転舵モータ41はピニオン角指令値T に応じた角度だけ回転する。
【0046】
<目標舵角演算部>
つぎに、目標舵角演算部52について詳細に説明する。
前述したように、目標舵角演算部52は、目標操舵反力T および操舵トルクTの総和である入力トルクから理想モデルに基づいて目標舵角θを演算する。この理想モデルは、ステアリングシャフト12に印加されるトルクとしての入力トルクTin が、次式(1)で表されることを利用したモデルである。
【0047】
in =Jθ*′′+Cθ*′+Kθ …(1)
ただし、「J」はステアリングホイール11およびステアリングシャフト12の慣性モーメント、「C」は転舵シャフト14のハウジングに対する摩擦などに対応する粘性係数(摩擦係数)、「K」はステアリングホイール11およびステアリングシャフト12をそれぞればねとみなしたときのばね係数である。
【0048】
式(1)から分かるように、入力トルクTin は、目標舵角θの二階時間微分値θ*′′に慣性モーメントJを乗じた値、目標舵角θの一階時間微分値θ′に粘性係数Cを乗じた値、および目標舵角θにばね係数Kを乗じた値を加算することによって得られる。目標舵角演算部52は、式(1)に基づく理想モデルに従って目標舵角θを演算する。
【0049】
図3に示すように、式(1)に基づく理想モデルは、ステアリングモデル71、および車両モデル72に分けられる。
ステアリングモデル71は、ステアリングシャフト12および反力モータ31など、操舵装置10の各構成要素の特性に応じてチューニングされる。ステアリングモデル71は、加算器73、減算器74、慣性モデル75、第1の積分器76、第2の積分器77および粘性モデル78を有している。
【0050】
加算器73は、目標操舵反力T と操舵トルクTとを加算することにより入力トルクTin を演算する。
減算器74は、加算器73により算出される入力トルクTin から後述する粘性成分Tvi およびばね成分Tsp をそれぞれ減算することにより、最終的な入力トルクTin を演算する。
【0051】
慣性モデル75は、式(1)の慣性項に対応する慣性制御演算部として機能する。慣性モデル75は、減算器74により算出される最終的な入力トルクTin に慣性モーメントJの逆数を乗ずることにより、舵角加速度αを演算する。
【0052】
第1の積分器76は、慣性モデル75により算出される舵角加速度αを積分することにより、舵角速度ωを演算する。
第2の積分器77は、第1の積分器76により算出される舵角速度ωをさらに積分することにより、目標舵角θを演算する。目標舵角θは、ステアリングモデル71に基づくステアリングホイール11(ステアリングシャフト12)の理想的な回転角である。
【0053】
粘性モデル78は、式(1)の粘性項に対応する粘性制御演算部として機能する。粘性モデル78は、第1の積分器76により算出される舵角速度ωに粘性係数Cを乗ずることにより、入力トルクTin の粘性成分Tvi を演算する。
【0054】
車両モデル72は、操舵装置10が搭載される車両の特性に応じてチューニングされる。操舵特性に影響を与える車両側の特性は、たとえばサスペンションおよびホイールアライメントの仕様、および転舵輪16,16のグリップ力(摩擦力)などにより決まる。車両モデル72は、式(1)のばね項に対応するばね特性制御演算部として機能する。車両モデル72は、第2の積分器77により算出される目標舵角θにばね係数Kを乗ずることにより、入力トルクTin のばね成分Tsp (トルク)を演算する。
【0055】
このように構成した目標舵角演算部52によれば、ステアリングモデル71の慣性モーメントJおよび粘性係数C、ならびに車両モデル72のばね係数Kをそれぞれ調整することによって、入力トルクTin と目標舵角θとの関係を直接的にチューニングすること、ひいては所望の操舵特性を実現することができる。
【0056】
また、入力トルクTin からステアリングモデル71および車両モデル72に基づき演算される目標舵角θが目標ピニオン角θ として使用される。そして、実際のピニオン角θが目標ピニオン角θ に一致するようにフィードバック制御される。前述したように、ピニオン角θと転舵輪16,16の転舵角θとの間には相関関係がある。このため、入力トルクTin に応じた転舵輪16,16の転舵動作もステアリングモデル71および車両モデル72により定まる。すなわち、車両の操舵感がステアリングモデル71および車両モデル72により決まる。したがって、ステアリングモデル71および車両モデル72を調整することにより所望の操舵感を実現することが可能となる。
【0057】
しかし、このように構成した制御装置50において、操舵反力(ステアリングを通じて感じる手応え)は目標舵角θに応じたものにしかならない。すなわち、車両挙動あるいは路面状態(路面の滑りやすさなど)によって操舵反力が変わらない。このため、運転者は操舵反力を通じて車両挙動あるいは路面状態を把握しにくい。そこで本実施の形態では、こうした懸念を解消する観点に基づき、車両モデル72をつぎのように構成している。
【0058】
<車両モデル>
図4に示すように、車両モデル72は、理想軸力演算部81、推定軸力演算部82、軸力配分演算部83、仮想ラックエンド軸力演算部84、判定部85、制限軸力演算部86、最大値選択部87、および換算部88を有している。
【0059】
理想軸力演算部81は、目標ピニオン角θ に基づき、転舵輪16,16を通じて転舵シャフト14に作用する軸力の理想値である理想軸力F1を演算する。理想軸力演算部81は、制御装置50の記憶装置に格納された理想軸力マップを使用して理想軸力F1を演算する。理想軸力マップは、横軸を目標ピニオン角θ 、縦軸を理想軸力F1とするマップであって、目標ピニオン角θ と理想軸力F1との関係を車速Vに応じて規定する。理想軸力マップは、つぎの特性を有する。すなわち、理想軸力F1は、目標ピニオン角θ の絶対値が増大するほど、また車速Vが遅いほど、より大きな絶対値に設定される。目標ピニオン角θ の絶対値の増加に対して、理想軸力F1の絶対値は線形的に増加する。理想軸力F1は、目標ピニオン角θ の符号(正負)と同符号に設定される。
【0060】
推定軸力演算部82は、転舵モータ41の電流値Iに基づき、転舵シャフト14に作用する推定軸力F2(路面反力)を演算する。ここで、転舵モータ41の電流値Iは、路面状態(路面摩擦抵抗)に応じた外乱が転舵輪16に作用することに起因して目標ピニオン角θ と実際のピニオン角θとの間の差が発生することによって変化する。すなわち、転舵モータ41の電流値Iには、転舵輪16,16に作用する実際の路面反力が反映される。このため、転舵モータ41の電流値Iに基づき路面状態の影響を反映した軸力を演算することが可能である。推定軸力F2は、車速Vに応じた係数であるゲインを転舵モータ41の電流値Iに乗算することにより求められる。
【0061】
軸力配分演算部83は、理想軸力F1、および推定軸力F2に対してそれぞれ個別に設定される分配比率(ゲイン)を乗算した値を合算することにより、混合軸力F3を演算する。分配比率は、車両挙動、路面状態あるいは操舵状態が反映される各種の状態量に応じて設定される。また、分配比率は、車両の状態量の一つである車速Vのみに基づき設定してもよい。この場合、たとえば車速Vが速いときほど、理想軸力F1の分配比率をより大きな値に設定する一方、推定軸力F2の分配比率をより小さな値に設定する。また、車速Vが遅いときほど、理想軸力F1の分配比率をより小さな値に設定する一方、推定軸力F2の分配比率をより大きな値に設定する。
【0062】
仮想ラックエンド軸力演算部84は、仮想ラックエンド角としての目標ピニオン角θ (目標舵角θ)に基づき、ステアリングホイール11の操作範囲を仮想的に制限するための仮想ラックエンド軸力F4を演算する。仮想ラックエンド軸力F4は、ステアリングホイール11の操作位置がその操作範囲の限界位置に近づいたとき、および転舵シャフト14がその物理的な可動範囲の限界位置に近づいたとき、反力モータ31が発生する操舵方向と反対方向のトルク(操舵反力トルク)を急激に増大させる観点に基づき演算される。ステアリングホイール11の操作範囲の限界位置は、たとえばステアリングホイール11に設けられるスパイラルケーブルの長さによって決まる。また、転舵シャフト14の物理的な操作範囲の限界位置とは、転舵シャフト14の端部(ラックエンド)が図示しないハウジングに突き当たる、いわゆる「エンド当て」が生じることによって、転舵シャフト14の移動範囲が物理的に規制される位置をいう。
【0063】
仮想ラックエンド軸力演算部84は、制御装置50の記憶装置に格納された仮想ラックエンドマップを使用して、仮想ラックエンド軸力F4を演算する。仮想ラックエンドマップは、横軸を目標ピニオン角θ 、縦軸を仮想ラックエンド軸力F4とするマップであって、目標ピニオン角θ と仮想ラックエンド軸力F4との関係を規定する。仮想ラックエンドマップは、つぎの特性を有する。すなわち、目標ピニオン角θ の絶対値が「0」を基準としてエンド判定しきい値に達するまでの間、仮想ラックエンド軸力F4は操舵中立位置あるいは転舵中立位置に対応する中立角である「0」に維持される。目標ピニオン角θ の絶対値がエンド判定しきい値に達した以降、仮想ラックエンド軸力F4が発生するとともに、その仮想ラックエンド軸力F4はその絶対値が増加する方向へ向けて急激に増大する。
【0064】
ちなみに、仮想ラックエンド軸力F4は、目標ピニオン角θ の符号(正負)と同符号に設定される。また、エンド判定しきい値は、ステアリングホイール11が操作範囲の限界位置に達するときの舵角θの近傍値、あるいは転舵シャフト14が可動範囲の限界位置に達するときのピニオン角θの近傍値に基づき設定される。
【0065】
判定部85は、転舵輪16,16が縁石などの障害物に当たっているかどうかを判定する。判定部85は、つぎの3つの判定条件A1,A2,A3のすべてが成立するとき、転舵輪16,16が縁石などの障害物に当たっている旨判定する。
【0066】
A1.│Δθ(=│θ -θ│)│>θth
A2.│I│>Ith
A3.│ω│<ωth
判定条件A1において、「θ 」は目標ピニオン角、「θ」は実際のピニオン角である。また、「Δθ」は角度偏差であって、目標ピニオン角θ から実際のピニオン角θを減算することにより得られる。また、「θth」は角度偏差しきい値である。角度偏差しきい値θthは、つぎの観点に基づき設定される。すなわち、転舵輪16,16が障害物に当たっている場合、転舵輪16,16は障害物に当たっている側へ向けて転舵することが困難となる。この状態でステアリングホイール11が障害物に当たっている側へ向けて操舵されるとき、その操舵に応じて目標舵角θ、ひいては目標ピニオン角θ が増大するのに対して、転舵角θ、ひいてはピニオン角θは一定の値に維持される。このため、転舵輪16,16が障害物に当たっている状況で、さらに転舵輪16,16を転舵しようとするほど、目標舵角θと目標ピニオン角θ との偏差が増大する。このため、角度偏差Δθの絶対値が大きいときほど、転舵輪16,16が障害物に当たっている蓋然性が高いといえる。したがって、角度偏差Δθは、転舵輪16,16が障害物に当たっている状況の確からしさの度合いを示す値である。この観点に基づき、角度偏差しきい値θthは、回転角センサ43のノイズなどによる公差を考慮しつつ、実験あるいはシミュレーションにより設定される。
【0067】
判定条件A2において、「I」は転舵モータ41の電流値I、「Ith」は電流しきい値である。電流しきい値Ithは、つぎの観点に基づき設定される。すなわち、転舵輪16,16が障害物に当たっている状況で、さらに転舵輪16,16を転舵しようとするほど、転舵モータ41の電流値Iの絶対値が増大する。このため、転舵モータ41の電流値Iの絶対値が大きいときほど、転舵輪16,16が障害物に当たっている蓋然性が高いといえる。したがって、転舵モータ41の電流値Iも、転舵輪16,16が障害物に当たっている状況の確からしさの度合いを示す値である。この観点に基づき、電流しきい値Ithは、実験あるいはシミュレーションにより設定される。
【0068】
判定条件A3において、「ω」はピニオン角速度であって、目標ピニオン角θ あるいはピニオン角θを微分することにより得られる。また、「ωth」は、角速度しきい値である。角速度しきい値ωthは、つぎの観点に基づき設定される。すなわち、転舵輪16,16が障害物に当たっている状況下においては、転舵輪16,16を転舵させることが困難である。このため、転舵輪16,16の転舵速度、ひいてはピニオン角速度ωの絶対値が小さいときほど、転舵輪16,16が障害物に当たっている蓋然性が高いといえる。したがって、ピニオン角速度ωも、転舵輪16,16が障害物に当たっている状況の確からしさの度合いを示す値である。この観点に基づき、角速度しきい値ωthは、回転角センサ43のノイズなどによる公差を考慮しつつ、実験あるいはシミュレーションにより設定される。
【0069】
判定部85は、転舵輪16,16が障害物に当たっているかどうかの判定結果に応じてフラグFの値をセットする。判定部85は、転舵輪16,16が障害物に当たっていない旨判定されるとき、すなわち3つの判定条件A1~A3のうち少なくとも一つの条件が成立しないとき、フラグFの値を「0」にセットする。また、判定部85は、転舵輪16,16が障害物に当たっている旨判定されるとき、すなわち3つの判定条件A1~A3がすべて成立するとき、フラグFの値を「1」にセットする。
【0070】
制限軸力演算部86は、転舵輪16,16が障害物に当たっている状況下において、さらなる障害物に当たっている側への操舵を制限するための制限軸力F5を演算する。制限軸力演算部86は、判定部85の判定結果、すなわちフラグFの値に基づき、制限軸力F5の演算要否を認識する。制限軸力演算部86は、フラグFの値が「0」であるとき、制限軸力F5を演算しない。制限軸力演算部86は、フラグFの値が「1」であるとき、制限軸力F5を演算する。
【0071】
制限軸力演算部86は、舵角演算部53により演算される舵角θ、およびピニオン角演算部61により演算されるピニオン角θに基づき制限軸力F5を演算する。制限軸力演算部86は、制限軸力F5を演算するに際して、舵角θからピニオン角θを減算することにより舵角θとピニオン角θとの差分(角度偏差)を演算する。そして制限軸力演算部86は、制御装置50の記憶装置に格納された制限軸力マップを使用して制限軸力F5を演算する。制限軸力マップは、横軸を舵角θとピニオン角θとの差分の絶対値、縦軸を制限軸力F5とするマップであって、舵角θとピニオン角θとの差分と制限軸力F5との関係を規定する。
【0072】
制限軸力マップは、たとえばつぎのような特性を有する。すなわち、舵角θとピニオン角θとの差分の絶対値が「0」から差分しきい値に達するまでの範囲内の値である場合、舵角θとピニオン角θとの差分の絶対値の増加に対して、制限軸力F5は緩やかに増大する。舵角θとピニオン角θとの差分の絶対値が差分しきい値に達した以降、舵角θとピニオン角θとの差分の絶対値の増加に対して、制限軸力F5は急激に増大する。
【0073】
ちなみに、差分しきい値は、転舵輪16,16が障害物に当たっている旨判定しても差し支えない値であって、実験あるいはシミュレーションにより設定される。また、舵角θとピニオン角θとの差分の絶対値が差分しきい値に達した以降、制限軸力F5は、運転者による切り込み操舵が困難となる程度の操舵反力を発生させる観点に基づき設定される。
【0074】
なお、制限軸力演算部86は、舵角θとピニオン角θとの差分に加えて、転舵モータ41の電流値I、ピニオン角速度ωを考慮して、制限軸力F5を演算するようにしてもよい。すなわち、制限軸力演算部86は、舵角θとピニオン角θとの差分、転舵モータ41の電流値Ibおよびピニオン角速度ωに基づき、転舵輪16,16が障害物に当たっている状況の確からしさの度合いを総合的に勘案し、その度合いに応じて制限軸力F5を演算する。
【0075】
また、制限軸力演算部86は、舵角θとピニオン角θとの差分に代えて、目標舵角θとピニオン角θあるいは目標ピニオン角θ との差分に基づき、制限軸力F5を演算するようにしてもよい。目標舵角θとピニオン角θあるいは目標ピニオン角θ との差分も、転舵輪16,16が障害物に当たっている状況の確からしさの度合いを示す値である。また、制限軸力演算部86は、舵角θとピニオン角θとの差分に代えて、目標舵角θと、ピニオン角θに所定の換算係数を乗算することにより得られる転舵角との差分に基づき、制限軸力F5を演算するようにしてもよい。
【0076】
最大値選択部87は、軸力配分演算部83により演算される混合軸力F3、仮想ラックエンド軸力演算部84により演算される仮想ラックエンド軸力F4、および制限軸力演算部86により演算される制限軸力F5を取り込む。最大値選択部87は、これら取り込まれる混合軸力F3、仮想ラックエンド軸力F4、および制限軸力F5のうち最も絶対値の大きい軸力を選択し、この選択される混合軸力F3、仮想ラックエンド軸力F4または制限軸力F5を、入力トルクTin に対するばね成分Tsp の演算に使用する最終的な軸力Fspとして設定する。
【0077】
換算部88は、最大値選択部87により設定される最終的な軸力Fspに基づき入力トルクTin に対するばね成分Tsp を演算(換算)する。
最大値選択部87によって混合軸力F3が最終的な軸力Fspとして設定される場合、この最終的な軸力Fspに基づくばね成分Tsp が入力トルクTin に反映されることによって、車両挙動あるいは路面状態に応じた操舵反力をステアリングホイール11に付与することが可能となる。運転者は、ステアリングホイール11を介した操舵反力を手応えとして感じることにより車両挙動あるいは路面状態を把握することが可能となる。
【0078】
また、最大値選択部87によって仮想ラックエンド軸力F4が最終的な軸力Fspとして設定される場合、この最終的な軸力Fspに基づくばね成分Tsp が入力トルクTin に反映されることによって操舵反力が急激に増大する。このため、運転者は舵角θの絶対値が大きくなる方向へ向けてステアリングホイール11を操作することが難しくなる。したがって、運転者は操舵反力(手応え)として突き当り感を感じることによって、ステアリングホイール11が仮想的な操作範囲の限界位置に至ったことを認識することが可能となる。
【0079】
また、最大値選択部87によって制限軸力F5が最終的な軸力Fspとして設定される場合、この最終的な軸力Fspに基づくばね成分Tsp が入力トルクTin に反映されることによって操舵反力が急激に増大する。このため、運転者は障害物が当たっている側へ向けてステアリングホイール11を操作することが難しくなる。したがって、運転者は操舵反力として突き当り感を感じることによって、転舵輪16,16が縁石などの障害物に当たっている状況であることを認識することが可能となる。
【0080】
このように、制御装置50による反力モータ31および転舵モータ41の制御を通じて、車両挙動、路面状態、ステアリングホイール11の操舵状態あるいは転舵輪16,16の転舵状態を、ステアリングホイール11を介した操舵反力を通じて運転者に伝えることができる。しかし、この制御装置50による制御においては、つぎのようなことが懸念される。
【0081】
すなわち、制御装置50は、転舵輪16,16が縁石などの障害物に当たっているかどうかの判定条件の一つとして転舵モータ41の電流値Iを採用している。また、制御装置50は、転舵モータ41の発熱状態に応じて、転舵モータ41へ供給する電流量を制限する電流制限機能を有している。この電流制限機能が、障害物に転舵輪16,16が当たっているかどうかを判定する際の障害となるおそれがある。
【0082】
たとえば車両が発進する際の据え切り時において転舵輪16,16が縁石などの障害物に接触する場合、転舵モータ41へ供給される電流量が急激に増加することによって転舵モータ41の温度も急激に上昇する。このため、転舵モータ41の電流値Iが電流しきい値Ithに達する以前において、転舵モータ41の温度が過熱状態に近づくことによって、転舵モータ41へ供給される電流量が制限されることが考えられる。このため、実際には転舵輪16,16が障害物に当たっているにもかかわらず、転舵輪16,16が障害物に当たっている旨判定されないことが懸念される。この場合、転舵輪16,16が障害物に接触している状況を運転者に伝えるための操舵反力が発生することもない。
【0083】
そこで、本実施の形態では、ステアリングホイール11を介した操舵反力を通じて、転舵輪16,16が障害物に当たっている状況を運転者に対して適切に伝えるために、車両モデル72としてつぎの構成を採用している。
【0084】
図4に示すように、車両モデルは、制限値演算部91、最小値選択部92、および、しきい値演算部93を有している。
制限値演算部91は、判定部85による転舵輪16,16が障害物に当たっているかどうかの判定結果、すなわちフラグFの値に基づき、転舵モータ41へ供給する電流量を制限するための制限値Ilim2を演算する。具体的には、つぎの通りである。
【0085】
図5に示すように、制限値演算部91は、加算器94、保持部95、および演算部96を有している。
加算器94は、判定部85によりセットされるフラグFの値(1または0)を取り込み、この取り込まれるフラグFの値と、後述する保持部95に保持されている値Nとを加算することによりカウント値Nを演算する。
【0086】
保持部95は、加算器94により演算されるカウント値Nを取り込み、この取り込まれるカウント値Nを保持する。保持部95に保持される値Nは、定められたサンプリング周期でフラグFの値が加算器94に取り込まれる度に、すなわち加算器94によりカウント値Nが演算される度に更新される。すなわち、保持部95に保持されている値Nは、加算器94により演算される今回値としてのカウント値Nに対する前回値、すなわち一演算周期前のカウント値Nである。また、フラグFの値が「1」から「0」へ切り替わったとき、保持部95は自己に保持されている値Nを「0」にリセットする。保持部95は、加算器94から取り込まれるカウント値Nが前回と同じ値である場合、フラグFの値が「0」であることを認識する。また、保持部95は、フラグFの値を取り込むことにより、フラグFの値が「0」であることを認識するようにしてもよい。
【0087】
演算部96は、加算器94により演算されるカウント値Nに基づき、転舵モータ41へ供給する電流量を制限するための制限値Ilim2を演算する。具体的には、つぎの通りである。
【0088】
図6(a),(b)のグラフに示すように、時刻tにおいて、転舵輪16,16が障害物に当たっている旨判定されることによってフラグFの値が「1」にセットされた以降、演算部96は、カウント値Nの増加に対して制限値Ilim2を最大制限値Imaxから最小制限値Iminへ向けて徐々に減少させる。演算部96は、時刻t以降、フラグFの値が「1」に維持される場合、サンプリング周期Δt毎に制限値Ilim2を設定値ΔIだけ減少させる。
【0089】
ちなみに、最大制限値Imaxは、転舵モータ41が過熱することなしに印加できる最大の電流値を基準として設定される。最大制限値Imaxは、通電制御部64が転舵モータ41へ供給しようとする電流を制限しない程度の大きな絶対値に設定される。最小制限値Iminは、転舵モータ41が過熱することなしに印加できる最小の電流値を基準として設定される。最小制限値Iminは、通電制御部64が転舵モータ41へ供給しようとする電流を、転舵モータ41の発熱量が実現可能な範囲で最も少なくなる程度に制限する観点に基づき、なるべく小さな絶対値に設定される。
【0090】
なお、演算部96は、フラグFの値が「0」から「1」へ切り替わったことを契機として、制限値Ilim2を即時に最大制限値Imaxから最小制限値Iminへ切り替えるようにしてもよい。
【0091】
図4に示すように、最小値選択部92は、制限制御部62により演算される制限値Ilim1、および制限値演算部91により演算される制限値Ilim2を取り込む。最小値選択部92は、これら取り込まれる制限値Ilim1,Ilim2のうち絶対値の小さい方を選択し、この選択される制限値Ilim1または制限値Ilim2を、転舵輪16,16が障害物に当たっているかどうかを判定する基準の一つとなる電流しきい値Ithを演算するために使用される最終的な制限値Ilim3として設定する。
【0092】
ちなみに、制限値Ilim2は、転舵制御部50bの通電制御部64にも供給される。通電制御部64は、制限値Ilim1,Ilim2のうち絶対値の小さい方を選択し、この選択される制限値Ilim1または制限値Ilim2を使用して転舵モータ41へ供給する電流量を制限する。すなわち、通電制御部64は転舵モータ41に供給しようとする電流の絶対値と、制限値Ilim1,Ilim2のうち絶対値の小さい方の制限値Ilim1または制限値Ilim2とを比較する。通電制御部64は、転舵モータ41へ供給しようとする電流の絶対値が、制限値Ilim1,Ilim2のうち絶対値の小さい方の制限値よりも大きいとき、転舵モータ41へ供給しようとする電流の絶対値を制限値Ilim1,Ilim2のうち絶対値の小さい方の制限値に制限する。通電制御部64は、転舵モータ41へ供給しようとする電流の絶対値が制限値Ilim1,Ilim2のうち絶対値の小さい方の制限値以下であるとき、電流値Iのフィードバック制御を通じて演算される本来の電流をそのまま転舵モータ41へ供給する。
【0093】
しきい値演算部93は、最小値選択部92により設定される制限値Ilim3に応じて、転舵輪16,16が障害物に接触していることを判定する際の基準の一つである電流しきい値Ithを変更する。具体的には、つぎの通りである。
【0094】
図7のグラフに示すように、しきい値演算部93は、しきい値マップMthを使用して電流しきい値Ithを演算する。しきい値マップMthは、横軸を制限値Ilim3、縦軸を電流しきい値Ithとするマップであって、制限値Ilim3と電流しきい値Ithとの関係を規定する。しきい値マップMthは、つぎのような特性を有する。すなわち、図7のグラフに特性線L1で示されるように、電流しきい値Ithは制限値Ilim3の増大に対して線形的に増加する。電流しきい値Ithは、制限値Ilim3に対して一対一で対応して同じ値に設定される。電流しきい値Ithは制限値Ilim3の変化に対して傾き「1」の直線状に変化する。
【0095】
<第1の実施の形態の作用>
つぎに、転舵輪が障害物に当たっている場合の制御装置の作用を説明する。
たとえば車両が発進する際の据え切り時において転舵輪16,16が縁石などの障害物に当たっている場合、転舵輪16,16が転舵することができないことにより、ピニオンシャフト44のピニオン角θは目標ピニオン角θ に追従できない。このため、ピニオン角θと目標ピニオン角θ との差に応じて転舵モータ41の電流値Iが増加するとともに、この電流値Iの増加に伴い転舵モータ41の温度が上昇する。
【0096】
制御装置50は、温度センサ62aを通じて検出される転舵モータ41の温度が温度しきい値を超えるとき、転舵モータ41へ供給される電流を制限するための制限値Ilim1を演算する。また、制御装置50は、先の3つの判定条件A1,A2,A3のすべてが成立するとき、転舵輪16,16が縁石などの障害物に当たっている旨判定する。このときにも、制御装置50は、転舵モータ41へ供給される電流を制限するための制限値Ilim2を演算するところ、この制限値Ilim2は時間が経過するにつれて最大制限値Imaxから最小制限値Iminへ向けて徐々に減少される。
【0097】
そして制御装置50は、これら制限値Ilim1,Ilim2のうち絶対値の小さい方の制限値を使用して転舵モータ41へ供給する電流量を制限する。転舵モータ41の電流値Iが少なくとも最小制限値Iminに制限されることによって、転舵モータ41の温度上昇が抑えられるとともに、転舵モータ41の電流値Iが減少することに伴い転舵モータ41の温度が徐々に低下し、やがて温度しきい値以下の温度に至る。これにより、転舵モータ41は過熱から保護される。
【0098】
また、制御装置50は、制限値Ilim1,Ilim2のうち絶対値が小さい方の制限値を、転舵輪16,16が障害物に当たっているか否かを判定する基準の一つである電流しきい値Ithを演算するために使用される最終的な制限値Ilim3として設定し、この設定される制限値Ilim3に応じて電流しきい値Ithを演算する。本実施の形態では、制限値Ilim3と同じ値の電流しきい値Ithが演算される。すなわち、電流しきい値Ithが、最も絶対値が小さい制限値(Ilim1またはIlim2)に制限される転舵モータ41の電流値Ibよりも大きい値に設定されることがない。
【0099】
このため、過熱保護用の制限値Ilim1が演算される場合であれ、転舵モータ41の電流値Iは電流しきい値Ithに達する。したがって、制御装置50は、転舵輪16,16が障害物に当たっていることを適切に判定することが可能となる。また、制御装置50は、転舵輪16,16が障害物に当たっている状況を運転者に伝えるための操舵反力を適切に生成することが可能となる。
【0100】
この後、転舵輪16,16と障害物との接触が解除された際、先の3つの判定条件A1,A2,A3の少なくとも一つが成立しないとき、障害物保護用の制限値Ilim2は、最小制限値Iminから最大制限値Imaxへ即時に復帰する。
【0101】
すなわち、先の3つの判定条件A1,A2,A3の少なくとも一つが成立しなくなったとき、フラグFの値が「1」から「0」へ切り替わるとともに、保持部95に保持されている値Nが「0」にリセットされる。このため、加算器94のカウント値Nが「0」になる。先の図6(a)のグラフに示されるように、演算部96は、カウント値Nが「0」であるとき、最大制限値Imaxを制限値Ilim2として設定する。前述したように、最大制限値Imaxは、通電制御部64が転舵モータ41へ供給しようとする電流を制限しない程度の大きな絶対値を有している。したがって、転舵輪16,16と障害物との接触が解除された際には、通電制御部64により演算される電流指令値に応じた電流が転舵モータ41へ供給される。
【0102】
このように、転舵輪16,16と障害物との接触が解除された際、障害物保護用の制限値Ilim2が最小制限値Iminから最大制限値Imaxへ即時に復帰することにより、転舵モータ41の過熱保護を目的とする転舵モータ41の電流制限に伴う転舵性能の低下を最小限の期間に抑えることができる。
【0103】
<第1の実施の形態の効果>
したがって、第1の実施の形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)制御装置50は、制限値Ilim1,Ilim2のうち絶対値の小さい方の制限値を使用して転舵モータ41へ供給する電流量を制限する。転舵モータ41の電流値Iが少なくとも最小制限値Iminに制限されることによって、転舵モータ41の温度上昇が抑えられる。また、制御装置50は、制限値Ilim1,Ilim2のうち絶対値が小さい方の制限値を電流しきい値Ithを演算するために使用される最終的な制限値Ilim3として設定し、この設定される制限値Ilim3と同じ値の電流しきい値Ithを演算する。このため、転舵モータ41の電流値Iが制限される場合であれ、電流しきい値Ithが転舵モータ41の電流値Ibよりも大きい値に設定されることがない。したがって、制御装置50は、転舵輪16,16が障害物に当たっていることを適切に判定することができる。
【0104】
(2)転舵輪16,16が障害物に当たっている旨判定された以降、演算部96は、カウント値Nの増加に対して制限値Ilim2を最大制限値Imaxから最小制限値Iminへ向けて徐々に減少させる。このため、制限値Ilim2の急激な変化が抑制される。
【0105】
(3)制御装置50は、しきい値マップMthを使用して、電流しきい値Ithを制限値Ilim3と同じ値に設定する。このため、しきい値マップMthとしては、先の図7のグラフに特性線L1で示されるように、原点を通り、かつ制限値Ilim3の変化に対して電流しきい値Ithが線形的に変化する特性を持たせればよい。このため、しきい値マップMthを簡単に構築することができる。しきい値マップMthを構築するに際して複雑な調整などは不要である。
【0106】
ただし、図7のグラフに示すように、電流しきい値Ithは、車両の通常の使用状態において生じ得る転舵モータ41の電流値Iの範囲である実用電流範囲Rに重ならないように設定することが好ましい。車両の通常の使用状態としては、たとえば車両が乾燥路をグリップ走行している状態、および停車状態でステアリングホイール11が操舵される据え切り状態が挙げられる。この構成によれば、車両の通常の走行状態において、転舵輪16,16が障害物に当たっている旨誤って判定されることが抑制される。また、転舵輪16,16が障害物に当たっている場合、転舵モータ41の電流値Iは制限値Ilim3に制限される前に電流しきい値Ithに達する。このため、制御装置50は、転舵輪16,16が障害物に当たっていることを、より適切かつより迅速に判定することが可能となる。
【0107】
(4)転舵輪16,16と障害物との接触が解除された際、障害物保護用の制限値Ilim2が最小制限値Iminから最大制限値Imaxへ即時に復帰する。このため、転舵モータ41の過熱保護を目的とした転舵モータ41の電流制限に伴う転舵性能の低下を最小限の期間に抑えることができる。
【0108】
<第2の実施の形態>
つぎに、操舵制御装置の第2の実施の形態を説明する。本実施の形態は、基本的には先の図1図3に示される第1の実施の形態と同様の構成を有している。本実施の形態は、車両モデル72として制限軸力演算部86を割愛した構成が採用されている点で第1の実施の形態と異なる。
【0109】
図8に示すように、目標舵角演算部52は、理想軸力演算部81、推定軸力演算部82、軸力配分演算部83、仮想ラックエンド軸力演算部84、判定部85、最大値選択部87、換算部88を有している。また、目標舵角演算部52は、制限値演算部91、最小値選択部92、およびしきい値演算部93も有している。軸力配分演算部83は、判定部85により転舵輪16,16が障害物に当たっている旨判定されるとき、すなわちフラグFの値が「1」であるとき、車両挙動、路面状態あるいは操舵状態にかかわらず、混合軸力F3に代えて、推定軸力F2を最大値選択部87へ供給する。
【0110】
転舵輪16,16が障害物に当たっている場合、転舵輪16,16の転舵動作が規制されることにより実際のピニオン角θは目標ピニオン角θ に追従できないため、転舵モータ41の電流値Iは急激に増大する。すなわち、転舵モータ41の電流値I、ひいては転舵モータ41の電流値Iに基づき演算される推定軸力F2には、転舵輪16,16が障害物に接触している状況が反映される。
【0111】
したがって、最大値選択部87によって推定軸力F2が最終的な軸力Fspとして設定される場合、この最終的な軸力Fspに基づくばね成分Tsp が入力トルクTin に反映されることによって操舵反力が急激に増大する。このため、運転者は操舵反力として突き当り感を感じることによって、転舵輪16,16が縁石などの障害物に当たっている状況であることを認識することが可能となる。また、第2の実施の形態によれば、先の第1の実施の形態の(1)~(4)と同様の効果を得ることができる。
【0112】
<他の実施の形態>
なお、第1および第2の実施の形態は、つぎのように変更して実施してもよい。
・第1および第2の実施の形態では、先の図7のグラフに特性線L1で示されるように、電流しきい値Ithを制限値Ilim3と同じ値に設定したが、電流しきい値Ithを制限値Ilim3よりも小さな値に設定してもよい。
【0113】
・第1および第2の実施の形態では、仮想ラックエンド軸力F4、および制限軸力F5をそれぞれ最大値選択部87へ供給するようにしたが、つぎのようにしてもよい。すなわち、最大値選択部87を第1の最大値選択部として、仮想ラックエンド軸力演算部84および制限軸力演算部86と最大値選択部87との間の演算経路に第2の最大値選択部を設ける。第2の最大値選択部は、仮想ラックエンド軸力F4および制限軸力F5のうち最も絶対値の大きい軸力を選択し、この選択される仮想ラックエンド軸力F4または制限軸力F5を第1の最大値選択部(87)へ供給する軸力として設定する。
【0114】
・第1および第2の実施の形態において、車両モデル72として、最大値選択部87に代えて加算器を有する構成を採用してもよい。加算器は、混合軸力F3、仮想ラックエンド軸力F4、および制限軸力F5を合算することにより、入力トルクTin に対するばね成分Tsp の演算に使用する最終的な軸力Fspを演算する。このようにしても、混合軸力F3、仮想ラックエンド軸力F4、および制限軸力F5を操舵反力に反映させることができる。
【0115】
・第1および第2の実施の形態において、目標操舵反力演算部51は、操舵トルクTおよび車速Vに基づいて目標操舵反力T を求めるようにしたが、操舵トルクTのみに基づいて目標操舵反力T を求めるようにしてもよい。
【0116】
・第1および第2の実施の形態において、目標舵角演算部52は、目標操舵反力T および操舵トルクTの総和である入力トルクTin を使用してステアリングホイール11の目標舵角θを演算したが、操舵トルクTのみ、あるいは目標操舵反力T のみを入力トルクTin としてステアリングホイール11の目標舵角θを演算してもよい。
【0117】
・第1および第2の実施の形態において、理想軸力演算部81は、目標ピニオン角θ および車速Vに基づき理想軸力F1を演算したが、理想軸力F1の演算に際して、車速Vは必ずしも考慮しなくてもよい。また、目標ピニオン角θ に代えて、目標ピニオン角θ に所定の換算係数を乗算することにより得られる目標転舵角を使用して理想軸力F1を求めてもよい。
【0118】
・第1および第2の実施の形態において、推定軸力演算部82は、転舵モータ41の電流値Iに基づき推定軸力F2を演算したが、たとえば車載されるセンサを通じて検出される横加速度あるいはヨーレートに基づき、転舵シャフト14に作用する軸力を推定演算してもよい。たとえば、車速Vに応じた係数であるゲインを横加速度に乗算することにより推定軸力を求めることができる。横加速度には路面摩擦抵抗などの路面状態あるいは車両挙動が反映されるため、横加速度に基づき演算される推定軸力には実際の路面状態が反映される。また、ヨーレートを微分した値であるヨーレート微分値に、車速Vに応じた係数である車速ゲインを乗算することにより推定軸力を求めることができる。ヨーレートにも路面摩擦抵抗などの路面状態あるいは車両挙動が反映されるため、ヨーレートに基づき演算される推定軸力にも実際の路面状態が反映される。
【0119】
・第1および第2の実施の形態において、仮想ラックエンド軸力演算部84は、目標舵角θおよび目標ピニオン角θ に代えて、舵角θおよびピニオン角θを使用して仮想ラックエンド軸力F4を演算するようにしてもよい。この場合、仮想ラックエンド軸力演算部84は、舵角θおよびピニオン角θのうち絶対値の大きい方を仮想ラックエンド角θendとして、仮想ラックエンド軸力F4の演算に使用する。
【0120】
・第1の実施の形態において、車両モデル72として、理想軸力演算部81および軸力配分演算部83を割愛した構成を採用してもよい。この場合、推定軸力演算部82により演算される推定軸力F2がそのまま最大値選択部87へ供給される。
【0121】
・第1および第2の実施の形態において、車両モデル72として、仮想ラックエンド軸力演算部84を割愛した構成を採用してもよい。
・第1および第2の実施の形態では、転舵輪16,16が障害物に当たっているかどうかの判定条件として3つの判定条件A1~A3を設定したが、少なくとも判定条件A2が設定されていればよい。
【0122】
・第1および第2の実施の形態において、制御装置50は、目標操舵反力T に舵角補正量T を加算することにより操舵反力指令値Tを算出するようにしたが、舵角補正量T を操舵反力指令値Tとして使用してもよい。この場合、制御装置50として加算器55を割愛した構成を採用することができる。目標操舵反力演算部51により演算される目標操舵反力T は、目標舵角演算部52にのみ供給される。舵角フィードバック制御部54により演算される操舵反力指令値Tとしての舵角補正量T は、通電制御部56へ供給される。
【0123】
・第1および第2の実施の形態において、操舵装置10にクラッチを設けてもよい。この場合、図1に二点鎖線で示すように、ステアリングシャフト12とピニオンシャフト13とをクラッチ21を介して連結する。クラッチ21としては、励磁コイルに対する通電の断続を通じて動力の断続を行う電磁クラッチが採用される。制御装置50は、クラッチ21の断続を切り替える断続制御を実行する。クラッチ21が切断されるとき、ステアリングホイール11と転舵輪16,16との間の動力伝達が機械的に切断される。クラッチ21が接続されるとき、ステアリングホイール11と転舵輪16,16との間の動力伝達が機械的に連結される。
【符号の説明】
【0124】
11…ステアリングホイール、12…ステアリングシャフト(回転体)、14…転舵シャフト、16…転舵輪、31…反力モータ、41…転舵モータ、44…ピニオンシャフト(回転体)、50…制御装置(操舵制御装置)、62…制限制御部(第1の演算部)、81…理想軸力演算部、82…推定軸力演算部、83…軸力配分演算部(配分演算部)、85…判定部、86…制限軸力演算部、91…制限値演算部(第2の演算部)、92…最小値選択部、93…しきい値演算部(第3の演算部)、F1…理想軸力、F2…推定軸力、F3…混合軸力、F5…制限軸力、I…転舵モータの電流値、Ilim1…制限値(第1の制限値)、Ilim2…制限値(第2の制限値)、Imax…最大制限値、Imin…最小制限値、Ith…電流しきい値、T…操舵反力指令値(第1の指令値)、T …ピニオン角指令値(第2の指令値)、θ…目標舵角(目標回転角)、θ …目標ピニオン角(目標回転角)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8