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特許7205555方向性電磁鋼板およびその製造方法、ならびに焼鈍分離剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-06
(45)【発行日】2023-01-17
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板およびその製造方法、ならびに焼鈍分離剤
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230110BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20230110BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20230110BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20230110BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C21D8/12 B
H01F1/147 183
C22C38/60
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020565184
(86)(22)【出願日】2020-01-08
(86)【国際出願番号】 JP2020000339
(87)【国際公開番号】W WO2020145315
(87)【国際公開日】2020-07-16
【審査請求日】2021-06-08
(31)【優先権主張番号】P 2019001196
(32)【優先日】2019-01-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100142387
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 都子
(72)【発明者】
【氏名】田中 一郎
(72)【発明者】
【氏名】山縣 龍太郎
(72)【発明者】
【氏名】森重 宣郷
(72)【発明者】
【氏名】片岡 隆史
(72)【発明者】
【氏名】高橋 克
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-249916(JP,A)
【文献】特開2011-202224(JP,A)
【文献】国際公開第2008/062853(WO,A1)
【文献】特開平06-017261(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12, 9/46
C22C 38/00-38/60
H01F 1/147
C23C 22/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.005%以下、Si:2.5~4.5%、Mn:0.050~1.000%、SとSeの合計:0.005%以下、sol.Al:0.005%以下およびN:0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不純物である化学組成を有する母材鋼板と、該母材鋼板の表面上に形成され、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜とを備える方向性電磁鋼板であって、
前記一次被膜の表面から前記方向性電磁鋼板の板厚方向にグロー放電発光分析法による元素分析を行ったときに得られるAl発光強度のピーク位置が、前記一次被膜の表面から前記板厚方向へ2.0~12.0μmの範囲に存在し、
前記Al発光強度のピーク位置でのAl酸化物の周長の総和が0.20~1.00μm/μm2であり、かつ
前記Al発光強度のピーク位置でのAl酸化物の個数密度が0.02~0.20個/μm2である、方向性電磁鋼板。
【請求項2】
質量%で、C:0.100%以下、Si:2.5~4.5%、Mn:0.050~1.000%、SとSeの合計:0.002~0.050%、sol.Al:0.005~0.050%およびN:0.001~0.030%を含有し、残部がFeおよび不純物である化学組成を有する熱延鋼板に80%以上の冷延率で冷間圧延を行って冷延鋼板を製造する冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板に脱炭焼鈍を行う脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍後の前記冷延鋼板の表面に、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を含有する水性スラリーを塗布し、400~1000℃の炉で該冷延鋼板の表面の水性スラリーを乾燥した後、該冷延鋼板に仕上げ焼鈍を行う仕上げ焼鈍工程を含み、
前記焼鈍分離剤は、前記MgOと、Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩を一種以上と、Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物を一種以上とを含有し、
前記MgOの粒度分布は、前記MgOの含有量に対して、粒径1.0μm以下の粒子の含有量が20~30質量%であるとともに粒径10μm以上の粒子の含有量が2~5質量%であり、
前記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩は、前記MgOの含有量に対して合計0.5~10.0質量%の範囲で含有され、かつ、X/([Ca]+[Sr]+[Ba])が0.80~1.00の範囲を満たし、但し、
[Ca]は、Ca水酸化物、Ca硫酸塩およびCa炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物の各々について前記MgOの含有量に対する質量比率を各化合物の分子量で割った値を、全化合物で合計した値であり、
[Sr]は、Sr水酸化物、Sr硫酸塩およびSr炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物の各々について前記MgOの含有量に対する質量比率を各化合物の分子量で割った値を、全化合物で合計した値であり、
[Ba]は、Ba水酸化物、Ba硫酸塩および炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物の各々について前記MgOの含有量に対する質量比率を各化合物の分子量で割った値を、全化合物で合計した値であり、
は、[Ca]、[Sr]および[Ba]のうち最も高い値であり、
Ca水酸化物、Ca硫酸塩、Ca炭酸塩、Sr水酸化物、Sr硫酸塩、Sr炭酸塩、Ba水酸化物、Ba硫酸塩およびBa炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物の全体での平均粒径が1.0~10.0μmであるとともに、前記MgOのメジアン径に対する前記平均粒径の比が0.8~2.5であり、
前記Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物の含有量は、前記MgOの含有量に対して合計1.0~15.0質量%である、請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法
【請求項3】
Ca水酸化物、Ca硫酸塩およびCa炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物、Sr水酸化物、Sr硫酸塩およびSr炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物、ならびにBa水酸化物、Ba硫酸塩およびBa炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物のうち合計質量含有量が最も高い化合物の全体での平均粒径が1.0~10.0μmである、請求項2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記熱延鋼板は、Sb、SnまたはCuの一種以上を、合計で0.30質量%以下含有する、請求項2または3に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記熱延鋼板は、Bi、TeまたはPbの一種以上を、合計で0.0300質量%以下含有する、請求項2~4のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
MgOを主成分とする焼鈍分離剤であって、
Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩を一種以上と、Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物を一種以上とを含有し、
前記MgOの粒度分布は、前記MgOの含有量に対して、粒径1.0μm以下の粒子の含有量が20~30質量%であるとともに粒径10μm以上の粒子の含有量が2~5質量%であり、
前記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩は、前記MgOの含有量に対して合計0.5~10.0質量%の範囲で含有され、かつ、X/([Ca]+[Sr]+[Ba])が0.80~1.00の範囲を満たし、但し、
[Ca]は、Ca水酸化物、Ca硫酸塩およびCa炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物の各々について前記MgOの含有量に対する質量比率を各化合物の分子量で割った値を、全化合物で合計した値であり、
[Sr]は、Sr水酸化物、Sr硫酸塩およびSr炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物の各々について前記MgOの含有量に対する質量比率を各化合物の分子量で割った値を、全化合物で合計した値であり、
[Ba]は、Ba水酸化物、Ba硫酸塩および炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物の各々について前記MgOの含有量に対する質量比率を各化合物の分子量で割った値を、全化合物で合計した値であり、
は、[Ca]、[Sr]および[Ba]のうち最も高い値であり、
Ca水酸化物、Ca硫酸塩、Ca炭酸塩、Sr水酸化物、Sr硫酸塩、Sr炭酸塩、Ba水酸化物、Ba硫酸塩およびBa炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物の全体での平均粒径が1.0~10.0μmであるとともに、前記MgOのメジアン径に対する前記平均粒径の比が0.8~2.5であり、
前記Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物の含有量は、前記MgOの含有量に対して合計1.0~15.0質量%である、焼鈍分離剤
【請求項7】
Ca水酸化物、Ca硫酸塩およびCa炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物、Sr水酸化物、Sr硫酸塩およびSr炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物、ならびにBa水酸化物、Ba硫酸塩およびBa炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物のうち合計質量含有量が最も高い化合物の全体での平均粒径が1.0~10.0μmである、請求項6に記載の焼鈍分離剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板およびその製造方法、ならびに焼鈍分離剤に関する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、Siを0.5~7質量%程度含有し、結晶方位を{110}<001>方位(Goss方位)に集積させた鋼板である。結晶方位の制御には、二次再結晶による粒成長現象が利用される。
【0003】
方向性電磁鋼板の製造方法は次の通りである。スラブを加熱して熱間圧延を行って熱延鋼板を製造する。熱延鋼板に必要に応じて焼鈍を行う。熱延鋼板を酸洗する。酸洗後の熱延鋼板に、80%以上の冷延率で冷間圧延を行って冷延鋼板を製造する。冷延鋼板に脱炭焼鈍を行って、一次再結晶を発現する。脱炭焼鈍後の冷延鋼板に仕上げ焼鈍を行って二次再結晶を発現する。以上の工程により、方向性電磁鋼板が製造される。
【0004】
上述の脱炭焼鈍後であって仕上げ焼鈍前に、冷延鋼板の表面に、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を含有する水性スラリーを塗布し、乾燥(焼付け)する。焼鈍分離剤が焼付けられた冷延鋼板をコイルに巻取った後、仕上げ焼鈍を行う。仕上げ焼鈍時において、焼鈍分離剤中のMgOと、脱炭焼鈍時に冷延鋼板の表面に形成された内部酸化層中のSiO2とが反応し、フォルステライト(Mg2SiO4)を主成分とする一次被膜が表面に形成される。
【0005】
一次被膜を形成した後、一次被膜上に、例えばコロイダルシリカおよびリン酸塩からなる絶縁被膜(二次被膜ともいう)を形成する。一次被膜および絶縁被膜は、鋼板よりも熱膨脹率が小さい。そのため、一次被膜は、絶縁被膜とともに、鋼板に張力を付与して鉄損を低減する。一次被膜はさらに、絶縁被膜の鋼板への密着性を高める。したがって、一次被膜の鋼板への密着性は高いほうが好ましい。
【0006】
一方、方向性電磁鋼板の低鉄損化には、磁束密度を高くしてヒステリシス損を低下することも有効である。方向性電磁鋼板の磁束密度を高めるためには、母鋼板の結晶方位をGoss方位に集積させることが有効である。Goss方位への集積を高めるための技術が、特許文献1~3に記載されている。特許文献1~3により記載された技術では、インヒビターの作用を強化する磁気特性改善元素(Sn、Sb、Bi、Te、Pb、Se等)を鋼板に添加する。これにより、Goss方位への集積が高まり、磁束密度を高めることができる。
【0007】
しかし、鋼板が磁気特性改善元素を含有すると、一次被膜の一部が凝集し、鋼板と一次被膜との界面が平坦化し易くなり、一次被膜の鋼板への密着性が低下する。
【0008】
一次被膜の鋼板への密着性を高める技術が特許文献4、5に記載されている。
特許文献4には、焼鈍分離剤へCe、La等を添加することにより一次被膜中にCe、La等を目付量で片面当たり0.001~1000mg/m2含有させることが記載されている。
さらに、特許文献5には、焼鈍分離剤の主剤MgOの比表面積を制御するとともに、焼鈍分離剤へCa、SrおよびBaの化合物の1種以上を添加し、被膜特性を改善することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開平6-88171号公報
【文献】特開平8-269552号公報
【文献】特開2005-290446号公報
【文献】特開2012-214902号公報
【文献】特開平11-302730号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者らは、方向性電磁鋼板のいっそうの性能向上を図るべく鋭意検討を重ねた結果、方向性電磁鋼板において、特許文献4に記載されるように焼鈍分離剤へのCeまたはLaの含有量を高める、あるいは特許文献5に記載されるように焼鈍分離剤へのCa、Sr、またはBaの含有量を高めると、方向性電磁鋼板の被膜密着性は向上するものの、磁気特性が劣化する場合があることが判明した。また、鋼板面内には被膜密着性に劣る領域も存在し、さらなる被膜密着性の改善が求められることも判明した。
【0011】
本発明の目的は、被膜密着性の低下を改善し、磁気特性に優れ、一次被膜の鋼板への密着性に優れた方向性電磁鋼板およびその製造方法、ならびに焼鈍分離剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は以下に列記の通りである。
(1)質量%で、C:0.005%以下、Si:2.5~4.5%、Mn:0.050~1.000%、SとSeの合計:0.005%以下、sol.Al:0.005%以下およびN:0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不純物である化学組成を有する母材鋼板と、該母材鋼板の表面上に形成され、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜とを備える方向性電磁鋼板であって、
前記一次被膜の表面から前記方向性電磁鋼板の板厚方向にグロー放電発光分析法による元素分析を行ったときに得られるAl発光強度のピーク位置が、前記一次被膜の表面から前記板厚方向へ2.0~12.0μmの範囲に存在し、
前記Al発光強度のピーク位置でのAl酸化物の周長の総和が0.20~1.00μm/μm2であり、かつ
Al酸化物の個数密度が0.02~0.20個/μm2である、方向性電磁鋼板。
【0013】
(2)質量%で、C:0.100%以下、Si:2.5~4.5%、Mn:0.050~1.000%、SとSeの合計:0.002~0.050%、sol.Al:0.005~0.050%およびN:0.001~0.030%を含有し、残部がFeおよび不純物である化学組成を有する熱延鋼板に80%以上の冷延率で冷間圧延を行って冷延鋼板を製造する冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板に脱炭焼鈍を行う脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍後の前記冷延鋼板の表面に、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を含有する水性スラリーを塗布し、400~1000℃の炉で該冷延鋼板の表面の水性スラリーを乾燥した後、該冷延鋼板に仕上げ焼鈍を行う仕上げ焼鈍工程を含み、
前記焼鈍分離剤は、前記MgOと、Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩を一種以上と、Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物を一種以上とを含有し、
前記MgOの粒度分布は、前記MgOの含有量に対して、粒径1.0μm以下の粒子の含有量が20~30質量%であるとともに粒径10μm以上の粒子の含有量が2~5質量%であり、
前記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩は、前記MgOの含有量に対して合計0.5~10.0質量%の範囲で含有され、かつ、前記MgOの含有量に対する前記Caの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の含有量を前記Caの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の分子量で割った値、前記MgOの含有量に対する前記Srの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の含有量を前記Srの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の分子量で割った値、及び前記MgOの含有量に対する前記Baの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の含有量を前記Baの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の分子量で割った値をそれぞれ[Ca]、[Sr]、及び[Ba]としたとき、X/([Ca]+[Sr]+[Ba])が0.80~1.00の範囲を満たし、
前記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径が1.0~10.0μmであるとともに、前記MgOのメジアン径に対する前記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径の比が0.8~2.5であり、
前記Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物の含有量は、前記MgOの含有量に対して合計1.0~15.0質量%である、(1)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
ただし、Xは、[Ca]、[Sr]または[Ba]のうち最も高い値を意味する。
【0014】
(3)前記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩のうち含有量が最も高い元素の水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径が1.0~10.0μmである、(2)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【0015】
(4)前記熱延鋼板は、Sb、SnまたはCuの一種以上を、合計で0.30質量%以下含有する、(2)または(3)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【0016】
(5)前記熱延鋼板は、Bi、TeまたはPbの一種以上を、合計で0.0300質量%以下含有する、(2)~(4)のいずれかに記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【0017】
(6)MgOを主成分とする焼鈍分離剤であって、
Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩を一種以上と、Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物を一種以上とを含有し、
前記MgOの粒度分布は、前記MgOの含有量に対して、粒径1.0μm以下の粒子の含有量が20~30質量%であるとともに粒径10μm以上の粒子の含有量が2~5質量%であり、
前記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩は、前記MgOの含有量に対して合計0.5~10.0質量%の範囲で含有され、かつ、前記MgOの含有量に対する前記Caの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の含有量を前記Caの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の分子量で割った値、前記MgOの含有量に対する前記Srの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の含有量を前記Srの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の分子量で割った値、及び前記MgOの含有量に対する前記Baの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の含有量を前記Baの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の分子量で割った値をそれぞれ[Ca]、[Sr]、及び[Ba]としたとき、X/([Ca]+[Sr]+[Ba])が0.80~1.00の範囲を満たし、
前記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径が1.0~10.0μmであるとともに、前記MgOのメジアン径に対する前記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径の比が0.8~2.5であり、
前記Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物の含有量は、前記MgOに対して合計1.0~15.0質量%である、焼鈍分離剤。
ただし、Xは、[Ca]、[Sr]または[Ba]のうち最も高い値を意味する。
【0018】
(7)前記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩のうち含有量が最も高い元素の水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径が1.0~10.0μmである、(6)に記載の焼鈍分離剤。
【発明の効果】
【0019】
本発明の一態様によれば、Ca、Sr、またはBaの化合物を小径化することにより、内部酸化層中のSiO2が凝集および粗大化する前に一次被膜の根が形成され、一次被膜と鋼板の界面の嵌入構造を発達させることができる。よって、本発明の一態様によれば、従来の技術における被膜密着性の低下を改善でき、磁気特性に優れるとともに一次被膜の鋼板への密着性に優れる方向性電磁鋼板を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明をその原理とともに説明する。以降の説明において、化学組成に関する「%」は特に断りがない限り「質量%」を意味する。また、特に断らない限り、数値A及びBについて「A~B」という表記は「A以上B以下」を意味するものとする。かかる表記において数値Bのみに単位を付した場合には、当該単位が数値Aにも適用されるものとする。
【0021】
1.方向性電磁鋼板
本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板は、母材鋼板と、フォルステライト(Mg2SiO4)を主成分とし母材鋼板の表面に形成される一次被膜とを備える。一次被膜の上に、例えば、コロイダルシリカおよびリン酸塩で構成された絶縁被膜を有してもよい。一次被膜および絶縁被膜は、いずれも、鋼板よりも熱膨脹率が小さいため、鋼板に張力を付与して鉄損を低減する。一次被膜の密着性が低いと、二次被膜が一次被膜とともに鋼板から剥離するため、一次被膜の鋼板への密着性は高いほうが好ましい。
ここで、「主成分」とはある物質に50質量%以上含まれている成分のことを言い、当該主成分は、ある物質に好ましくは70質量%以上、より好ましくは90質量%以上含まれる。
【0022】
1.1.母材鋼板の化学組成
本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板を構成する母材鋼板は以下に列記の元素を含有する。なお、後述する2項で説明するように、母材鋼板は、後述する化学組成を有する熱延鋼板に冷間圧延、脱炭焼鈍、および仕上げ焼鈍を行うことにより製造される。初めに、必須元素を説明する。
【0023】
(1)C:0.005%以下
Cは、製造工程における脱炭焼鈍工程の完了までの組織制御に有効な元素である。しかし、C含有量が0.005%を超えると、製品板である方向性電磁鋼板の磁気特性が低下する。したがって、C含有量は、0.005%以下であり、好ましくは0.003%以下である。
一方、C含有量は低いほうが好ましいが、C含有量を0.0001%未満に低減しても、組織制御の効果は飽和し、製造コストが嵩むだけとなる。したがって、C含有量は、好ましくは0.0001%以上である。
【0024】
(2)Si:2.5~4.5%
Siは、鋼の電気抵抗を高めて渦電流損を低減する。Si含有量が2.5%未満では渦電流損の低減効果を十分に得られない。一方、Si含有量が4.5%を超えると鋼の冷間加工性が低下する。したがって、Si含有量は2.5~4.5%である。Si含有量は、好ましくは2.7%以上であり、さらに好ましくは2.8%以上である。一方、Si含有量は好ましくは4.2%以下であり、さらに好ましくは4.0%以下である。
【0025】
(3)Mn:0.050~1.000%
Mnは、製造工程中に後述のSおよびSeと結合してMnSおよびMnSeを形成する。これらの析出物は、インヒビター(正常結晶粒成長の抑制剤)として機能し、鋼において、二次再結晶を発現する。Mnは、さらに鋼の熱間加工性も高める。
Mn含有量が0.050%未満であると、これらの効果を十分に得られない。一方、Mn含有量が1.000%を超えると、二次再結晶が発現せず、鋼の磁気特性が低下する。したがって、Mn含有量は0.050~1.000%である。Mn含有量は、好ましくは0.060%以上であり、さらに好ましくは0.065%以上である。一方、Mn含有量は好ましくは0.400%以下であり、さらに好ましくは0.200%以下である。
【0026】
(4)SおよびSeの合計:0.005%以下
SおよびSeは、製造工程においてMnと結合して、インヒビターとして機能するMnSおよびMnSeを形成する。しかし、S、Se含有量が合計で0.005%を超えると、残存するインヒビターにより、磁気特性が低下するとともに、SおよびSeの偏析により、方向性電磁鋼板において表面欠陥が発生することがある。したがって、SおよびSeの合計含有量は0.005%以下である。
方向性電磁鋼板におけるSおよびSeの合計含有量はなるべく低いほうが好ましい。しかし、方向性電磁鋼板中のSおよびSeの合計含有量を0.0001%未満に低減しても、製造コストが嵩むだけとなる。したがって、方向性電磁鋼板中のSおよびSeの合計含有量は、好ましくは0.0001%以上である。
【0027】
(5)sol.Al:0.005%以下
Alは、方向性電磁鋼板の製造工程中において、Nと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。しかし、sol.Al含有量が0.005%を超えると、母材鋼板中にインヒビターが過剰に残存するため、磁気特性が低下する。したがって、sol.Al含有量は0.005%以下である。
sol.Al含有量は、好ましくは0.004%以下であり、さらに好ましくは0.003%以下である。sol.Al含有量はなるべく低いほうが好ましい。しかし、sol.Al含有量を0.0001%未満に低減しても、製造コストが嵩むだけとなる。したがって、方向性電磁鋼板中のsol.Al含有量は、好ましくは0.0001%以上である。なお、本明細書において、sol.Alは酸可溶Alを意味する。
【0028】
(6)N:0.005%以下
Nは、製造工程においてAlと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。しかし、N含有量が0.005%を超えると、方向性電磁鋼板中にインヒビターが過剰に残存して磁気特性が低下する。したがって、N含有量は0.005%以下である。
N含有量は、好ましくは0.004%以下であり、さらに好ましくは0.003%以下である。N含有量はなるべく低いほうが好ましい。しかし、N含有量を0.0001%未満に低減しても、製造コストが嵩むだけとなる。したがって、N含有量は、好ましくは0.0001%以上である。
【0029】
(7)残部:Feおよび不純物
本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の母材鋼板の化学組成の残部は、Feおよび不純物である。ここで、不純物とは、母材鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるもの、仕上げ焼鈍中に鋼中から取り除かれず(純化されず)に鋼中に残存する下記の元素であって、本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の作用に悪影響を及ぼさない含有量で含有することを許容される元素を意味する。
【0030】
本発明の一態様による方向性電磁鋼板の母材鋼板中の不純物において、Sn、Sb、Cu、Bi、TeまたはPbの1種以上の合計含有量は0.03%以下である。
これらの元素はいずれも方向性電磁鋼板の磁束密度を高めるが、仕上げ焼鈍にて母材鋼板から除去されるためいずれも不純物であり、上述のとおり、合計で0.03%以下である。
【0031】
1.2.一次被膜
(1)化学成分
本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板は一次被膜を備える。一次被膜は、母材鋼板の表面に形成される。一次被膜の主成分は、フォルステライト(Mg2SiO4)である。
【0032】
一次被膜は、脱炭焼鈍工程において鋼板の表層に形成される内部酸化層中のSiO2と、仕上げ焼鈍前に鋼板に塗布および乾燥される焼鈍分離剤の主成分であるMgOとが、仕上げ焼鈍中に反応することにより、形成される。
【0033】
本発明の一態様では、方向性電磁鋼板の製造に際し、Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物のうち一種以上を含有し、さらに、Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の一種以上を含有する焼鈍分離剤を用いる。これにより、方向性電磁鋼板の磁気特性を高め、一次被膜の被膜密着性も高めることができる。
【0034】
(2)グロー放電発光分析法(GDS法)によるAl発光強度のピーク位置:一次被膜
の表面から板厚方向に2.0~12.0μmの範囲内
一次被膜の表面から方向性電磁鋼板の板厚方向にグロー放電発光分析法による元素分析を行ったときに得られるAl発光強度のピーク位置が、一次被膜の表面から板厚方向に2.0~12.0μmの範囲内に存在する。
【0035】
方向性電磁鋼板において、一次被膜と鋼板(地金)の界面は嵌入構造を有する。具体的には、一次被膜の一部が、鋼板の表面から鋼板の内部に進入している。鋼板の表面から鋼板の内部に進入している一次被膜の一部は、いわゆるアンカー効果を発揮して、一次被膜の鋼板に対する密着性を高める。以降、本明細書では、鋼板の表面から鋼板の内部に進入する一次被膜の一部を、「一次被膜の根」と定義する。
【0036】
一次被膜の根が鋼板の内部に深く入り込んでいる領域において、一次被膜の根の主成分は、Al酸化物の一種であるスピネル(MgAl24)である。グロー放電発光分析法による元素分析を行ったときに得られるAl発光強度のピークは、スピネルの存在位置を示す。
【0037】
Al発光強度ピークの一次被膜の表面からの深さ位置をAlピーク位置DAl(μm)と定義する。Alピーク位置DAlが2.0μm未満であることは、スピネルが鋼板の表面から浅い位置に形成されていること、つまり、一次被膜の根が浅いことを意味する。この場合、一次被膜の密着性が低い。一方、Alピーク位置DAlが12.0μmを超えることは、一次被膜の根が過度に発達していることを意味し、鋼板の内部の深い部分まで一次被膜の根が進入する。この場合、一次被膜の根が磁壁移動を阻害し、磁気特性が低下する。
【0038】
Alピーク位置DAlが2.0~12.0μmであれば、優れた磁気特性を維持しつつ、一次被膜の密着性を高めることができる。Alピーク位置DAlは、好ましくは3.0μm以上であり、さらに好ましくは4.0μm以上である。一方、Alピーク位置DAlは好ましくは11.0μm以下であり、さらに好ましくは10.0μm以下である。
【0039】
Alピーク位置DAlは次の方法により測定される。周知のグロー放電発光分析法(GDS法)を用いて元素分析を行う。具体的には、方向性電磁鋼板の表面上をAr雰囲気にする。方向性電磁鋼板に電圧をかけてグロープラズマを発生させ、鋼板の表層をスパッタリングしながら板厚方向へ分析する。グロープラズマ中で原子が励起されて発生する元素特有の発光スペクトル波長に基づいて、鋼板の表層に含まれるAlを同定する。さらに、同定されたAlの発光強度を深さ方向へプロットする。プロットされたAl発光強度に基づいて、Alピーク位置DAlを求める。
【0040】
元素分析における一次被膜の表面からの深さ位置は、スパッタ時間に基づいて算定される。具体的には、予め標準サンプルにおいて、スパッタ時間とスパッタ深さの関係(以下、サンプル結果という)を求めておき、サンプル結果を用いてスパッタ時間をスパッタ深さに変換する。変換されたスパッタ深さを、元素分析(Al分析)した深さ位置(一次被膜の表面からの深さ位置)と定義する。本開示におけるGDS法では、市販の高周波グロー放電発光分析装置を用いることができる。
【0041】
(3)Al発光強度のピーク位置でのAl酸化物の周長の総和:0.20~1.00μm/μm2
本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板では、さらに、Alピーク位置DAlでのAl酸化物の周長の総和が0.20~1.00μm/μm2である。
【0042】
上述のとおり、Alピーク位置DAlは、一次被膜の根の部分に相当する。一次被膜の根には、Al酸化物であるスピネル(MgAl24)が多く存在する。したがって、Alピーク位置DAlでの任意の領域(たとえば、グロー放電の放電痕の底部)におけるAl酸化物の周長の総和は一次被膜の根(スピネル)の拡がりを示す指標となる。
【0043】
Al酸化物の周長の総和が0.20μm/μm2未満であると、一次被膜の根が十分に形成されていない。そのため、一次被膜の鋼板に対する密着性が低い。一方、Al酸化物の周長の総和が1.00μm/μm2を超えると、一次被膜の根が過剰に発達し、鋼板の内部の深い部分まで一次被膜の根が進入するため、一次被膜の根が二次再結晶および磁壁移動を阻害し、磁気特性が低下する。したがって、Al酸化物の周長の総和が0.20~1.00μm/μm2である。
【0044】
Al酸化物の周長の総和は、好ましくは0.25μm/μm2以上であり、さらに好ましくは0.27μm/μm2以上である。一方、Al酸化物の周長の総和は、好ましくは0.98μm/μm2以下であり、さらに好ましくは0.95μm/μm2以下である。
【0045】
Al酸化物の周長の総和は、次の方法により求めることができる。グロー放電発光分析装置により、Alピーク位置DAlまでグロー放電を行う。Alピーク位置DAlでの放電痕のうち、任意の36μm×50μmの領域(観察領域)に対して、エネルギー分散型X線分光器(EDS)による元素分析を行い、観察領域中のAl酸化物を特定する。具体的には、観察領域におけるOの特性X線の最大強度に対して、50%以上のOの特性X線の強度が分析される領域を酸化物と特定する。特定された酸化物の領域において、Alの特定X線の最大強度に対して、30%以上のAlの特定X線の強度が分析される領域をAl酸化物と特定する。特定されたAl酸化物は主としてスピネルであり、他に、種々のアルカリ土類金属とAlを高濃度で含むケイ酸塩である可能性がある。EDS画像データの分析結果における特定されたAl酸化物の形状からそれぞれ周長(μm)を算出し、これに基づいて観察領域の単位面積(μm2)当たりのAl酸化物の周長の総和(μm)(単位:μm/μm2)を求める。このように、本開示におけるAl酸化物の周長の総和とは、観察領域の単位面積当たりのAl酸化物の周長の総和を意味する。
【0046】
(4)Al酸化物の個数密度:0.02~0.20個/μm2
本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板では、さらに、Alピーク位置DAlでのAl酸化物の個数密度が0.02~0.20個/μm2である。
【0047】
上述のとおり、Alピーク位置DAlは、一次被膜の根の部分に相当する。一次被膜の根には、Al酸化物であるスピネル(MgAl24)が多く存在する。したがって、Alピーク位置DAlでの任意の領域(たとえば、グロー放電の放電痕の底部)におけるAl酸化物の個数密度をAl酸化物個数密度NDと定義すると、Al酸化物個数密度NDは一次被膜の根(スピネル)の鋼板表層での分散状態を示す指標となる。
Al酸化物個数密度NDが0.02個/μm2未満であると、一次被膜の根が十分に形成されないため、一次被膜の鋼板に対する密着性が低い。一方、Al酸化物個数密度NDが0.20個/μm2を超えると、一次被膜の根が過剰に発達して鋼板の内部の深い部分まで一次被膜の根が進入し、一次被膜の根が二次再結晶および磁壁移動を阻害するため、磁気特性が低下する。したがって、Al酸化物個数密度NDは0.02~0.20個/μm2である。
【0048】
Al酸化物個数密度NDは、好ましくは0.025個/μm2以上である。一方、Al酸化物個数密度NDは、好ましくは0.18個/μm2以下であり、さらに好ましくは0.15個/μm2以下である。
【0049】
Al酸化物個数密度NDは次の方法により求めることができる。グロー放電発光分析装置により、Alピーク位置DAlまでグロー放電を行う。Alピーク位置DAlでの放電痕のうち、任意の36μm×50μmの領域(観察領域)に対して、エネルギー分散型X線分光器(EDS)による元素分析を行い、観察領域中のAl酸化物を特定する。
【0050】
具体的には、観察領域におけるOの特性X線の最大強度に対して、50%以上のOの特性X線の強度が分析される領域を酸化物と特定する。特定された酸化物領域において、Alの特定X線の最大強度に対して、30%以上のAlの特定X線の強度が分析される領域をAl酸化物と特定する。
特定されたAl酸化物は主としてスピネルであり、他に、種々のアルカリ土類金属とAlを高濃度で含むケイ酸塩である可能性がある。特定されたAl酸化物の個数をカウントし、ND=特定されたAl酸化物の個数/観察領域の面積として、Al酸化物個数密度ND(個/μm2)を求める。
【0051】
2.方向性電磁鋼板の製造方法
上記した方向性電磁鋼板は、例えば本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法で製造することができる。
本発明の一態様に係る製造方法は、冷間圧延工程、脱炭工程、および仕上げ焼鈍工程を含む。以下、各工程を順次説明する。
【0052】
(1)冷間圧延工程
冷間圧延工程では、C:0.100%以下、Si:2.5~4.5%、Mn:0.050~1.000%、SおよびSeの1種以上:合計で0.002~0.050%、sol.Al:0.005~0.050%、およびN:0.001~0.030%を必須元素として含有し、Sb、SnおよびCuのうちの1種以上:合計で0.30%以下、および、Bi、TeおよびPbのうちの1種以上:合計で0.0300%以下の一方または双方を任意元素として含有し、残部がFeおよび不純物である化学組成を有する熱延鋼板に80%以上の冷延率で冷間圧延を行って冷延鋼板を製造する。熱延鋼板の化学組成の限定理由を説明する。
【0053】
(1-1)熱延鋼板の化学組成
初めに必須元素を説明する。
【0054】
(1-1-1)C:0.100%以下
熱延鋼板のC含有量が0.100%を超えると、脱炭焼鈍に必要な時間が長くなり、製造コストが嵩み、かつ、生産性も低下する。したがって、熱延鋼板のC含有量は0.100%以下である。熱延鋼板のC含有量は、好ましくは0.080%以下であり、さらに好ましくは0.070%以下である。
【0055】
(1-1-2)Si:2.5~4.5%
上記した方向性電磁鋼板の化学組成の項目で説明したように、Siは、鋼の電気抵抗を高めるが、過剰に含有すると冷間加工性が低下する。Si含有量が2.5~4.5%であれば、仕上げ焼鈍工程後の方向性電磁鋼板のSi含有量が2.5~4.5%となる。
【0056】
(1-1-3)Mn:0.050~1.000%
上記した方向性電磁鋼板の化学組成の項目で説明したとおり、製造工程中において、MnはSおよびSeと結合して、インヒビターとして機能する析出物を形成する。Mnはさらに、鋼の熱間加工性を高める。熱延鋼板のMn含有量が0.050~1.000%であれば、仕上げ焼鈍工程後の方向性電磁鋼板のMn含有量が0.050~1.000%となる。
【0057】
(1-1-4)SおよびSeの合計:0.002~0.050%
製造工程において、SおよびSeは、Mnと結合して、MnSおよびMnSeを形成する。MnSおよびMnSeは、いずれも、二次再結晶中の結晶粒成長を抑制するために必要なインヒビターとして機能する。
SおよびSeの合計含有量が0.002%未満であると、MnSおよびMnSeを形成する効果を得られ難い。一方、SおよびSeの合計含有量が0.050%を超えると、製造工程において二次再結晶が発現せず、鋼の磁気特性が低下する。
したがって、SおよびSeの合計含有量は0.002~0.050%である。SおよびSeの合計含有量は、好ましくは0.040%以下であり、さらに好ましくは0.030%以下である。
【0058】
(1-1-5)sol.Al:0.005~0.050%
製造工程中において、Alは、Nと結合してAlNを形成する。AlNはインヒビターとして機能する。sol.Al含有量が0.005%未満であると、Nと結合してAlNを形成する効果を得られない。一方、熱延鋼板のsol.Al含有量が0.050%を超えると、AlNが粗大化し、AlNがインヒビターとして機能し難くなり、二次再結晶が発現しないことがある。
したがって、熱延鋼板のsol.Al含有量は0.005~0.050%である。sol.Al含有量は、好ましくは0.040%以下であり、さらに好ましくは0.030%以下である。一方、sol.Al含有量は、好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.020%以上である。
【0059】
(1-1-6)N:0.001~0.030%
製造工程中において、Nは、Alと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する。N含有量が0.001%未満であると、この効果を得られない。一方、N含有量が0.030%を超えると、AlNが粗大化し、AlNがインヒビターとして機能し難くなり、二次再結晶が発現しない場合がある。
したがって、N含有量は0.001~0.030%である。N含有量は、好ましくは0.012%以下であり、さらに好ましくは0.010%以下である。一方、N含有量は、好ましくは0.005%以上であり、さらに好ましくは0.006%以上である。
【0060】
次に、任意元素を説明する。
【0061】
(1-1-7)Sb、SnまたはCuの1種以上:合計で0.30%以下
熱延鋼板は、さらに、Sb、SnまたはCuの1種以上を任意元素として合計で0.30%以下含有してもよい。
Sb、SnまたはCuは、いずれも必要に応じて含有する任意元素であり、含有しなくてもよい。含有すると、Sb、SnまたはCuは、いずれも、方向性電磁鋼板の磁束密度を高める。Sb、SnまたはCuが少しでも含有されれば磁束密度を高める。
しかし、Sb、SnまたはCuの合計含有量が0.30%を超えると、脱炭焼鈍時に内部酸化層が形成し難くなり、仕上げ焼鈍時に、焼鈍分離剤のMgOおよび内部酸化層のSiO2が反応して進行する一次被膜の形成が遅延するため、形成される一次皮膜の密着性が低下する。
したがって、Sb、SnまたはCuの合計含有量は、0.00~0.30%である。Sb、SnまたはCuの合計含有量は、好ましくは0.005%以上であり、さらに好ましくは0.007%以上である。一方、Sb、SnまたはCuの合計含有量は、好ましくは0.25%以下であり、さらに好ましくは0.20%以下である。
【0062】
(1-1-8)Bi、TeまたはPbの1種以上:合計で0.0300%以下
熱延鋼板は、さらに、Bi、TeまたはPbの1種以上を、任意元素として、合計で0.0300%以下含有してもよい。
Bi、TeおよびPbは、いずれも、任意元素であり、含有しなくてもよい。これらの元素の1種以上を少しでも含有することにより、方向性電磁鋼板の磁束密度をいっそう高めることができる。
しかし、これらの元素の合計含有量が0.0300%を超えると、仕上げ焼鈍時にこれらの元素が表面に偏析し、一次被膜と鋼板の界面が平坦化するために一次被膜の被膜密着性が低下する。
したがって、Bi、TeおよびPbの1種以上の合計含有量は0.0000~0.0300%である。Bi、TeおよびPbの1種以上の合計含有量は、好ましくは0.0005%以上であり、さらに好ましくは0.0010%以上である。
【0063】
(1-1-9)残部:Feおよび不純物
熱延鋼板の化学組成の残部はFeおよび不純物である。ここで、不純物とは、熱延鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであり、本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の作用に悪影響を及ぼさない範囲で許容されるものを意味する。
【0064】
(1-2)熱延鋼板の製造方法
上述の化学組成を有する熱延鋼板は、周知の方法により製造される。熱延鋼板の製造方法の一例は次のとおりである。上述の熱延鋼板と同じ化学組成を有するスラブを準備する。スラブは周知の精錬工程および鋳造工程を経て、製造される。
スラブを加熱する。スラブの加熱温度は、例えば1280℃超1350℃以下である。加熱されたスラブに対して熱間圧延を行い、熱延鋼板を製造する。
【0065】
(1-3)冷間圧延の条件
準備された熱延鋼板に冷間圧延を行って、母材鋼板である冷延鋼板を製造する。冷間圧延は1回のみ行ってもよいし、複数回行ってもよい。冷間圧延を複数回行う場合、冷間圧延を行った後に軟化を目的として中間焼鈍を行い、その後に冷間圧延を行う。1回または複数回の冷間圧延を行うことにより、製品板厚(製品としての板厚)を有する冷延鋼板を製造する。
1回または複数回の冷間圧延における冷延率は80%以上である。ここで、冷延率(%)は次のとおり定義される。
冷延率(%)={1-(最後の冷間圧延後の冷延鋼板の板厚)/(最初の冷間圧延開始前の熱延鋼板の板厚)}×100
なお、冷延率は好ましくは95%以下である。また、熱延鋼板に冷間圧延を行う前に、熱延鋼板に熱処理を行ってもよいし、酸洗を行ってもよい。
【0066】
(2)脱炭焼鈍工程
脱炭工程では、冷間圧延工程を経て得られた冷延鋼板に対して脱炭焼鈍を行う。
冷間圧延工程により製造された鋼板に脱炭焼鈍を行い、必要に応じて窒化焼鈍を行う。脱炭焼鈍は、周知の水素-窒素含有湿潤雰囲気中で行われる。脱炭焼鈍により、方向性電磁鋼板のC濃度を、50ppm以下に低減する。
脱炭焼鈍では、鋼板に、一次再結晶が発現して、冷間圧延工程により導入された加工ひずみが解放される。さらに、脱炭焼鈍工程では、鋼板の表層部にSiO2を主成分とする内部酸化層が形成される。脱炭焼鈍での焼鈍温度は周知であり、例えば750~950℃である。焼鈍温度での保持時間は、例えば1~5分間である。
【0067】
(3)仕上げ焼鈍工程
脱炭焼鈍工程後の鋼板に対して、仕上げ焼鈍を行う。仕上げ焼鈍工程では、はじめに、脱炭焼鈍後の冷延鋼板の表面に、焼鈍分離剤を含有する水性スラリーを塗布し、400~1000℃の炉で冷延鋼板の表面上の水性スラリーを乾燥する。水性スラリーを塗布・乾燥された鋼板に対して焼鈍(仕上げ焼鈍)を行う。
【0068】
(3-1)水性スラリー
水性スラリーは、後述する焼鈍分離剤に水(典型的には工業用純水)を加え攪拌して精製する。焼鈍分離剤と水の比率は、ロールコーターで塗布した時に、所要の塗布量となるように決定すればよく、例えば、焼鈍分離剤に対する水の比率は質量基準で2倍以上20倍以下が好ましい。焼鈍分離剤に対する水の比率が2倍以上である場合、水スラリーの粘度が高くなり過ぎず、焼鈍分離剤を鋼板表面に均一に塗布でき好ましい。焼鈍分離剤に対する水の比率が20倍以下である場合、引き続く乾燥工程で水スラリーの乾燥が不十分とならず、仕上焼鈍において残存した水分が鋼板を追加酸化させることによる一次被膜の外観の劣化が生じにくく好ましい。
【0069】
(3-2)本発明の一態様に係る焼鈍分離剤
仕上げ焼鈍工程で使用される本発明の一態様に係る焼鈍分離剤は、MgOを主成分とする。焼鈍分離剤の鋼板への付着量は、片面あたり、例えば、2g/m2以上10g/m2以下が好ましい。焼鈍分離剤の鋼板への付着量が2g/m2以上である場合、仕上焼鈍において、鋼板同士が焼き付きにくく好ましい。焼鈍分離剤の鋼板への付着量が10g/m2以下である場合、製造コストが増大せず好ましい。
以下、本発明の一態様に係る焼鈍分離剤について説明する。なお、本開示で説明するMgOの粒度分布、MgOのメジアン径、Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径(すなわち体積平均径MV)は、JIS Z8825(2013)に従ってレーザー回折・散乱法により測定される体積基準の値である。したがって、MgOの粒径1.0μm以下の粒子及び粒径10μm以上の粒子のそれぞれの含有量は上記体積基準の値を質量基準で表記したものである。
【0070】
(3-2-1)MgOの粒度分布
焼鈍分離剤の主成分であるMgOは次の粒度分布を有する。焼鈍分離剤に含まれるMgOの含有量に対して、粒径1.0μm以下の粒子の含有量が20~30%であり、かつ、粒径10μm以上の粒子の含有量が2~5%である。
【0071】
(3-2-2)Ca、Sr、またはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩
焼鈍分離剤はCa、Sr、またはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩を1種以上含有する。Ca、Sr、またはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の含有量は、焼鈍分離剤に含有されるMgOの含有量に対して合計0.5~10.0%である。当該量は、例えば、1.0%以上、または1.5%以上、または2.0%以上であってよく、例えば、9.5%以下、または9.0%以下、または8.5%以下であってよい。さらに、MgOの含有量に対するCaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の含有量をCaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の分子量で割った値、MgOの含有量に対するSrの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の含有量をSrの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の分子量で割った値、及びMgOの含有量に対するBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の含有量をBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の分子量で割った値をそれぞれ[Ca]、[Sr]、及び[Ba]としたとき、X/([Ca]+[Sr]+[Ba]):0.80~1.00の範囲を満たす。ただし、Xは、[Ca]、[Sr]または[Ba]のうち最も高い値を意味する。X/([Ca]+[Sr]+[Ba])は、例えば、0.85以上、または0.90以上、または0.95以上であってよい。
【0072】
(3-2-3)Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径
上記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径は、一態様において、1.0~10.0μmである。当該平均粒径は、例えば、1.5μm以上、または2.0μm以上、または2.5μm以上であってよく、例えば、8.0μm以下、または6.0μm以下、または5.0μm以下であってよい。一態様において、Ca、SrまたはBaのうち含有量(すなわち質量基準での含有量)が最も高い元素の化合物の平均粒径が上記範囲であることが好ましい。
一態様においては、Ca水酸化物、Ca硫酸塩、Ca炭酸塩、Sr水酸化物、Sr硫酸塩、Sr炭酸塩、Ba水酸化物、Ba硫酸塩およびBa炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物の全体での平均粒径が上記範囲内である。
【0073】
(3-2-4)MgOのメジアン径に対するCa、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径の比
MgOのメジアン径(粒度分布の中央値に対応する粒径)に対する上記Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径の比は、一態様において、0.8~2.5である。当該比は、例えば、1.0以上、または1.1以上であってよく、例えば、2.3以下、または2.0以下であってよい。
一態様においては、MgOのメジアン径に対する、Ca水酸化物、Ca硫酸塩、Ca炭酸塩、Sr水酸化物、Sr硫酸塩、Sr炭酸塩、Ba水酸化物、Ba硫酸塩およびBa炭酸塩のうち焼鈍分離剤に含まれている化合物の全体での平均粒径の比が、上記範囲内である。
【0074】
MgOのメジアン径(すなわちD50粒径)は、一態様において、1.50μm以上、または1.80μm以上、または2.00μm以上であってよく、一態様において、5.00μm以下、または3.00μm以下であってよい。
【0075】
(3-2-5)Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物
焼鈍分離剤は、Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物を1種以上含有する。Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物の含有量は、焼鈍分離剤に含まれるMgOの含有量に対して、合計1.0~15.0%である。上記量は、例えば、1.5%以上、または2.0%以上、または2.5%以上であってよく、例えば、14.0%以下、または13.5%以下、または13.0%以下であってよい。
ここで、Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物は酸化物、または水酸化物であることが好ましい。
【0076】
これらの条件の理由を説明する。方向性電磁鋼板の一次被膜と鋼板との界面は嵌入構造を有する。具体的には、一次被膜と鋼板との界面付近では、一次被膜の根が鋼板の内部に張り巡らされている。一次被膜の根が鋼板の内部に進入するほど、鋼板に対する一次被膜の密着性は高まる。さらに、一次被膜の根が鋼板の内部に分散するほど(張り巡らされているほど)、鋼板に対する一次被膜の密着性は高まる。
【0077】
しかし、一次被膜の根が鋼板の内部に深く進入し過ぎる、あるいは、一次被膜の根が鋼板の内部に過剰に分散すると、一次被膜の根がGoss方位の二次再結晶を妨げ、ランダム方位の結晶粒が表層において増加する。さらに、一次被膜の根が磁壁移動の阻害要因となり、磁気特性が劣化する。
【0078】
従来の技術における一次被膜の密着性の低下は、一次被膜の根の凝集により鋼板と一次被膜との界面構造が平坦化することに起因する。このため、焼鈍分離剤へのCe、La等の化合物の添加、Ca、Sr、またはBaの化合物の添加により被膜密着性を向上させてきた。
【0079】
しかし、Ce、La等の化合物、あるいはCa、Sr、またはBaの化合物を多量に添加すると、磁気特性が劣化する場合がある。また、これらの化合物を添加しても、被膜密着性に差異が生じる場合がある。
【0080】
本発明者らは、被膜密着性を向上させるために鋭意検討を重ねた結果、Ca、Sr、またはBaの化合物を複合して添加する場合には、むしろ被膜形成が阻害されること、および、一次被膜の密着性の向上にはCa、Sr、またはBaの化合物の小径化が有効であることを知見した。
【0081】
また、焼鈍分離剤の主成分であるMgOは、一次被膜の形成に寄与する微細な粒子が必要であるばかりか、仕上げ焼鈍後の鋼板の形状に影響を及ぼすより大きな径の粒子も含めた特定の粒度分布を有することが重要であり、前記のCa、Sr、またはBaの化合物の小径化による被膜密着性の向上の効果を得るには、MgOのメジアン径とCa、Sr、またはBaの化合物の平均粒径の比が重要であることが判明した。
【0082】
なお、特許文献4、5には、焼鈍分離剤へ添加するCa、Sr、またはBaの化合物の小径化およびMgOとの粒径制御による被膜密着性の向上は、記載も示唆もされていない。
【0083】
ここで、一次被膜の根の主成分はスピネル(MgAl24)であるため、グロー放電発光分析法(GDS法)による板厚方向のAl発光強度ピーク位置は、スピネルの存在位置、すなわち、一次被膜の根の深さに対応する。
【0084】
また、Al発光強度ピーク位置での元素分布は、一次被膜の根の位置での元素分布に対応し、Alの分布状態はスピネルの分散状態、すなわち一次被膜の根の分散状態に相当する。
【0085】
本発明者らは、Ca、Sr、またはBaの化合物の径が異なる条件で得られた方向性電磁鋼板の一次被膜の構造を上記手法により調査し、Ca、Sr、またはBaの化合物の小径化によりAl発光強度ピーク位置でのAl酸化物の個数密度および周長の総和が増加する、すなわちCa、Sr、またはBaの化合物の小径化により一次被膜の根が発達するという新規な知見を得た。
【0086】
Ca、Sr、およびBaはSiO2中の拡散がMgよりも早い。そのため、焼鈍分離剤へCa、Sr、またはBaの化合物を添加すると、内部酸化層中のSiO2が凝集および粗大化する前にこれらの元素と反応し、内層において低酸素ポテンシャルで安定な酸化物を形成すると推定される。
【0087】
この安定な酸化物の形成により鋼板と一次被膜との界面構造の平坦化が抑制され、一次被膜の根が発達する。Ca、Sr、またはBaの化合物の小径化および焼鈍分離剤の主成分であるMgOとの粒径制御は、鋼板の表面のSiO2とCa、Sr、またはBaの化合物との接触頻度の増加を通じて一次被膜の根を形成する効果を高め、被膜密着性の向上に寄与すると推定される。Ca、Sr、またはBaの化合物を複合添加した場合、鋼板への付着状態が不均一になり、一次被膜の形成が阻害されやすくなると推定される。
【0088】
すなわち、Ca、Sr、またはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径が1.0μm未満または10μm超であると、鋼板と一次被膜との界面構造の平坦化を十分に抑制できず、一次被膜の根が十分に発達しないおそれがある。このため、Ca、Sr、またはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径は1.0~10.0μmであることが望ましい。一態様において、Ca、SrまたはBaのうち含有量(すなわち質量基準での含有量)が最も高い元素の化合物の平均粒径が1.0~10.0μmであることが好ましい。
【0089】
なお、焼鈍分離剤への添加物は、二次再結晶によるGoss方位の発達に必要不可欠なインヒビターにも影響を及ぼす。Ca、Sr、またはBaの化合物は表層での酸化物の形成を通じて一次被膜の根を発達させる。表層での酸化物の形成挙動の変化は仕上げ焼鈍中のインヒビターの変化の挙動にも大きな影響を及ぼし、磁気特性を不安定化させる傾向がある。
【0090】
Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物との複合添加により、Ca、Sr、またはBaの化合物の小径化による被膜密着性の向上と優れた磁気特性を両立できる。
【0091】
Ca、Sr、またはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の1種以上の合計含有量が、MgOの含有量に対して、0.5%未満であると一次被膜の根が発達せず密着性に劣り、10.0%超であると一次被膜の生成が抑制され、結果的に密着性にも劣る。
【0092】
また、X/([Ca]+[Sr]+[Ba])(ここで、Xは[Ca]、[Sr]、[Ba]のうち最も高い値である)が0.80未満であると一次被膜の形成が不均一となり、密着性にも劣ることとなる。
【0093】
さらに、Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物のうち1種以上の合計含有量がMgOの含有量に対して1.0%未満であると一次被膜の根が発達せず密着性に劣り、かつ磁気特性にも劣り、15.0%超であると、一次被膜の根は形成されるものの、磁気特性に劣る。
【0094】
MgOは、粒径1.0μm以下の粒子の含有量が質量基準で20~30%、粒径10μm以上の粒子の含有量が質量基準で2~5%の粒度分布を有し、MgOのメジアン径に対するCa、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径の比が0.8~2.5である。
【0095】
焼鈍分離剤の主成分であるMgOは、一次被膜の形成に寄与する微細な粒子が必要である。粒径1.0μm以下の粒子の含有量が20%未満であると一次被膜の形成が不十分となり、一方、30%を超えると反応性が過度に高まり、鋼板の形状や塗布時の作業性に悪影響を及ぼす。さらに、磁気特性、被膜密着性にも悪影響を及ぼす場合もある。また、粗な粒子が少ない場合にも、鋼板の形状に悪影響を及ぼし、過度に多い場合は一次被膜の形成に悪影響を及ぼす。このため、粒径10μm以上の粒子の含有量は2~5%である。
【0096】
このような粒度分布を有するMgOにおいて、大きい側と小さい側が等量となるメジアン径と焼鈍分離剤への添加剤であるCa、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径が同等であることが、焼鈍分離剤を塗布、焼き付けた後の鋼板の表面とCa、Sr、またはBaの化合物との接触頻度の増加につながる。メジアン径は粒子群中の代表粒子(すなわち累積体積50%における粒子)のサイズを反映する一方、平均粒径は粒子群中に存在する粒子全体のサイズを反映する。鋼板の表面とCa、Sr、またはBaの化合物との接触頻度は当該Ca、Sr、またはBaの化合物の表面積に左右され得ることから、Ca、Sr、またはBaの化合物の平均粒径の制御は当該接触頻度の増加に有利であり得る。添加剤の粉末は、互いが凝集した二次粒子を形成しており、この二次粒子の粒径で考えると、MgOのメジアン径に対するCa、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩に対する平均粒径の比が0.8~2.5であることにより一次被膜の根を形成する効果が高まり、被膜密着性が向上する。
【0097】
ここで、Ca、Sr、またはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩のうち、Srの水酸化物、Baの水酸化物および炭酸塩は発明の効果に遜色はないものの、取扱い中に変質し易いために管理に注意を要し、生産性を阻害する懸念がある。このため、特に理由がなければ、あえてこれらを使用する必要性はない。
【0098】
焼鈍分離剤における粒度分布の制御は、これに限定されないが例えば、所望の粒度分布を有するMgOと、所望の粒度分布を有するCa、Sr、またはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩(1種でも2種以上の混合物でもよい)と、液体媒体(例えば水)とを当業者に公知の手段で混合すること等によって実現できる。一態様において、粒度分布に関する本開示の値は焼鈍分離剤の調製に用いた粒子の値であってよい。
【0099】
(3-2-6)仕上げ焼鈍工程の製造条件
仕上げ焼鈍工程は、例えば次の条件で行う。仕上げ焼鈍の前に焼付け処理を行う。初めに、鋼板の表面に水性スラリーの焼鈍分離剤を塗布する。表面に焼鈍分離剤が塗布された鋼板を400~1000℃に保持した炉内に装入し、保持する(焼付け処理)。これにより、鋼板の表面に塗布された焼鈍分離剤が乾燥する。保持時間はたとえば10~90秒間である。
【0100】
焼鈍分離剤を乾燥した後、仕上げ焼鈍を行う。仕上げ焼鈍では、焼鈍温度を、例えば1150~1250℃とし、母材鋼板(焼鈍分離剤を塗布・乾燥させた鋼板)を均熱する。均熱時間は例えば15~30時間である。仕上げ焼鈍における炉内雰囲気は周知の雰囲気である。
【0101】
以上の製造工程により製造された方向性電磁鋼板では、Mg2SiO4を主成分として含有する一次被膜が形成される。Alピーク位置DAlが、一次被膜の表面から板厚方向に2.0~12.0μmの範囲に存在する。Alピーク位置DAlでのAl酸化物の周長の総和が0.20~1.00μm/μm2である。さらに、Al酸化物個数密度NDが0.02~0.20個/μm2である。
【0102】
脱炭焼鈍工程および仕上げ焼鈍工程により、熱延鋼板の化学組成の各元素が鋼中成分からある程度取り除かれる。特に、インヒビターとして機能するS、Al、N等は仕上げ焼鈍工程において大幅に取り除かれる。そのため、熱延鋼板の化学組成と比較して、方向性電磁鋼板の母材鋼板の化学組成中の上記の元素含有量は上記のように低くなる。上述の化学組成の熱延鋼板を用いて上記製造方法を行えば、上記化学組成の母材鋼板を有する方向性電磁鋼板を製造できる。
【0103】
(4)二次被膜形成工程
本発明の一態様による方向性電磁鋼板の製造方法の一例では、さらに、仕上げ焼鈍工程後に二次被膜形成工程を経てもよい。二次被膜形成工程では、仕上げ焼鈍の降温後の方向性電磁鋼板の表面に、コロイド状シリカおよびリン酸塩を主体とする絶縁コーティング剤を塗布した後、焼付ける。これにより、一次被膜上に張力絶縁被膜である二次被膜が形成される。
【0104】
(5)磁区細分化処理工程
本発明の一態様による方向性電磁鋼板は、さらに、仕上げ焼鈍工程または二次被膜形成工程後に、磁区細分化処理工程を行ってもよい。磁区細分化処理工程では、方向性電磁鋼板の表面に、磁区細分化効果のあるレーザー光を照射したり、表面に溝を形成したりする。この場合、さらに磁気特性に優れる方向性電磁鋼板が製造できる。
【実施例
【0105】
本発明を、実施例によりさらに具体的に説明する。
表1に示す化学組成を有する溶鋼を真空溶解炉で製造した。製造された溶鋼を用いて、スラブを製造した。スラブを1350℃で1時間加熱し、加熱されたスラブに熱間圧延を行って2.3mmの板厚を有する熱延鋼板を製造した。熱延鋼板の化学組成は溶鋼と同じであり、表1に示す通りであった。なお、表1、2における「-」は含有しないことを示す。
【0106】
【表1】
【0107】
【表2】
【0108】
熱延鋼板に1100℃、120秒間の条件で焼鈍処理を行って、その後、熱延鋼板に酸洗を行った。熱延鋼板への焼鈍処理条件および酸洗条件は、いずれの熱延鋼板も同じとした。酸洗後の熱延鋼板に冷間圧延を行い、0.22mmの板厚を有する冷延鋼板を製造した。いずれの冷延鋼板においても冷延率は90.4%であった。
【0109】
冷延鋼板に脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を行った。一次再結晶焼鈍での焼鈍温度はいずれの冷延鋼板においても850℃であり、焼鈍温度での保持時間は2分間であった。
【0110】
一次再結晶焼鈍後の冷延鋼板に対して、水性スラリーを塗布した。水性スラリーは、焼鈍分離剤と水とを質量基準で1:7の配合比で混合して調製した。表2に焼鈍分離剤の条件をまとめて示す。表2における下線は本発明の一態様の範囲を外れることを示す。なお、表2に記載の含有量(%)は、焼鈍分離剤に含有されるMgOの含有量に対する質量%である。
【0111】
表2において、焼鈍分離剤の主成分であるMgOの粒子には、粒度分布の異なる下記(A)~(E)の5種類を使用した。それぞれの粒度分布は、
(A)MgO全体の含有量に対して粒径1.0μm以下の粒子の含有量が25質量%、粒径10μm以上の粒子の含有量が4質量%、D20粒径が0.9μm、D30粒径が1.1μm、D50粒径(メジアン径)が2.25μm、
(B)MgO全体の含有量に対して粒径1.0μm以下の粒子の含有量が10質量%、粒径10μm以上の粒子の含有量が4質量%、D20粒径が1.5μm、D30粒径が1.8μm、D50粒径(メジアン径)が4.56μm、
(C)MgO全体の含有量に対して粒径1.0μm以下の粒子の含有量が35質量%、粒径10μm以上の粒子の含有量が4質量%、D20粒径が0.5μm、D30粒径が0.7μm、D50粒径(メジアン径)が1.81μm、
(D)MgO全体の含有量に対して粒径1.0μm以下の粒子の含有量が25質量%、粒径10μm以上の粒子の含有量が1質量%、D20粒径が0.9μm、D30粒径が1.1μm、D50粒径(メジアン径)が2.08μm、
(E)MgO全体の含有量に対して粒径1.0μm以下の粒子の含有量が25質量%、粒径10μm以上の粒子の含有量が8質量%、D20粒径が0.9μm、D30粒径が1.1μm、D50粒径(メジアン径)が4.00μm、
である。
【0112】
【表3】
【0113】
【表4】
【0114】
水性スラリーが表面に塗布された冷延鋼板に対して、いずれの試験番号においても900℃にて10秒間焼付け処理を行って水性スラリーを乾燥した。ここで、乾燥後の鋼板に対する焼鈍分離剤の塗布量は、片面当たり5g/m2であった。
焼付け後、仕上げ焼鈍処理を行った。仕上げ焼鈍処理では、いずれの試験番号においても、1200℃で20時間保持した。以上の製造工程により、母材鋼板と一次被膜とを有する方向性電磁鋼板を製造した。
【0115】
[方向性電磁鋼板の母材鋼板の化学組成分析]
製造された試験番号1~48の方向性電磁鋼板の一次被膜を硫酸と硝酸により除去し、母材鋼板を得た。母材鋼板に対して、スパーク放電発光析法および、原子吸光分析法により、母材鋼板の化学組成を求めた。求めた化学組成を表3に示す。ここで、試験番号1~48のいずれも、Sn、Sb、Cu、Bi、Te、Pbの合計含有量は0.03%以下であった。なお、表3における下線は本発明の一態様の範囲外であることを示す。
【0116】
【表5】
【0117】
【表6】
【0118】
[評価試験]
[Alピーク位置DAl測定試験]
各試験番号の方向性電磁鋼板に対して、次の測定方法によりAlピーク位置DAlを求めた。具体的には、後述の条件で、方向性電磁鋼板の表層に対してGDS法を用いた元素分析を行い、任意に選んだ36μm×50μmの観察領域において、方向性電磁鋼板の表面から深さ方向に100μmの範囲(表層)で元素分析を行い、表層中の各深さ位置に含まれるAlを同定した。同定されたAlの発光強度を表面から深さ方向にプロットした。
(GDS元素分析条件)
装置:高周波グロー放電発光分析装置(RIGAKU社製、型番「GDA750」
Arガス圧力:3hPa
アノード径:6mmφ
電力:20W
計測時間:30~100秒
プロットされたAl発光強度のグラフに基づいて、Alピーク位置DAlを求めた。求めたAlピーク位置DAlを表3に示す。
【0119】
[Al酸化物周長総和測定試験]
Al酸化物の周長の総和は、上記[Alピーク位置DAl測定試験]と同様の条件で、グロー放電発光分析装置により、Alピーク位置DAlまでグロー放電を行い、Alピーク位置DAlでの放電痕のうち、任意の36μm×50μmの領域(観察領域)に対して、後述の条件で、エネルギー分散型X線分光器(EDS)による元素分析を行った。観察領域中のAl酸化物を特定し(観察領域におけるOの特性X線の最大強度に対して、50%以上のOの特性X線の強度が分析される領域を酸化物と特定し、特定された酸化物の領域において、Alの特定X線の最大強度に対して、30%以上のAlの特定X線の強度が分析される領域をAl酸化物と特定する)、特定されたAl酸化物の周長の総和(μm/μm2)を求めた。
(EDS元素分析条件)
装置:走査型電子顕微鏡(日本電子社製、型番「JSM-6610LA」)
EDS検出器:JED-2300
加速電圧:15kV
照射電流:11.32057nA
入力カウント:30000cps以上
測定時間:1000秒以上
求めたAl酸化物の周長の総和を表3に示す。
【0120】
[Al酸化物の数密度ND測定試験]
各試験番号の方向性電磁鋼板に対して、Alピーク位置DAlでのAl酸化物個数密度ND(個/μm2)を次の方法で求めた。上記[Alピーク位置DAl測定試験]と同様の条件で、グロー放電発光分析装置により、Alピーク位置DAlまでグロー放電を行った。Alピーク位置DAlでの放電痕のうち、任意の36μm×50μmの領域(観察領域)に対して、上記[Al酸化物周長総和測定試験]と同様の条件で、エネルギー分散型X線分光器(EDS)による元素分析を行った。観察領域中のAl酸化物を特定し(観察領域におけるOの特性X線の最大強度に対して、50%以上のOの特性X線の強度が分析される領域を酸化物と特定し、特定された酸化物の領域において、Alの特定X線の最大強度に対して、30%以上のAlの特定X線の強度が分析される領域をAl酸化物と特定する)、特定されたAl酸化物の個数をカウントし、ND=特定されたAl酸化物の個数/観察領域の面積として、Al酸化物個数密度ND(個/μm2)を求めた。求めたAl酸化物個数密度NDを表3に示す。
【0121】
[磁気特性評価試験]
次の方法により、各試験番号の方向性電磁鋼板の磁気特性を評価した。具体的には、各試験番号の方向性電磁鋼板から圧延方向長さ300mm×幅60mmのサンプルを採取した。サンプルに対して、単板磁気測定器を用い、800A/mの磁場を付与して、磁束密度B8を求めた。表3に試験結果を示す。表3において、磁束密度が1.92T以上を「優」、1.90T~1.92T未満を「良」、1.88T~1.90T未満を「可」、1.88T未満を「不良」で示した。磁束密度が1.90T以上であれば(つまり、表3中「良」であれば)磁気特性に優れ、1.92T以上であれば(つまり、表3中「優」であれば)特に磁気特性に優れる、と判断した。
【0122】
[密着性評価試験]
次の方法により、各試験番号の方向性電磁鋼板の一次被膜の密着性を評価した。具体的には、各試験番号の方向性電磁鋼板から圧延方向長さ60mm×幅15mmのサンプルを採取した。サンプルに対して10mmの曲率で曲げ試験を行った。曲げ試験は、円筒型マンドレル屈曲試験機(TP技研株式会社製)を用いて、円筒の軸方向がサンプルの幅方向と一致するようにサンプルに設置して行った。曲げ試験後のサンプルの表面を観察し、一次被膜が剥離せずに残存している領域の総面積を求めた。具体的には、曲げ試験後のサンプルを平坦な状態に戻し、表面外観をスキャナー(EPSON社製、型番「ES-H7200」)で取り込んだ。得られた画像をスキャナー内蔵ソフトで二値化処理し、サンプル表面のうちの一次被膜残存部位の面積を計測した。そして、一次被膜残存率=一次被膜が剥離せず残存している領域の総面積/サンプルにおける曲げ部の面積×100として、一次被膜残存率を求めた。
表3に試験結果を示す。一次被膜残存率が90%以上を「良」、70~90%未満を「可」、70%未満を「不良」で示した。一次被膜残存率が90%以上であれば(つまり、表3中「良」であれば)、一次被膜の母鋼板に対する密着性に優れると判断した。
【0123】
[試験結果]
表3に試験結果を示す。
試験番号1~21の本発明例は、焼鈍分離剤の化学成分が本発明の一態様で規定する化学成分を満足する。具体的には、焼鈍分離剤のMgOの粒度分布として、粒径1.0μm以下の粒子の含有量が20~30%、粒径10μm以上の粒子の含有量が2~5%であり、Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の含有量が、MgOの含有量に対して合計0.5~10.0%の範囲であり、かつ、X/([Ca]+[Sr]+[Ba])が0.80~1.00の範囲を満たし、Ca、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径が1.0~10.0μmであるとともに、MgOのメジアン径に対するCa、SrまたはBaの水酸化物、硫酸塩または炭酸塩の平均粒径の比が0.8~2.5であり、さらに、Ti化合物、Y化合物、La化合物またはCe化合物の含有量が、MgOに含有量に対して合計1.0~15.0%である。
このため、一次被膜の表面から方向性電磁鋼板の板厚方向にグロー放電発光分析法による元素分析を行ったときに得られるAl発光強度のピーク位置が、一次被膜の表面から板厚方向へ2.0~12.0μmの範囲に存在し、Al発光強度のピーク位置でのAl酸化物の周長の総和が0.20~1.00μm/μm2であり、かつ、Al酸化物の個数密度が0.02~0.20個/μm2であった。
その結果、試験番号1~21では、一次被膜が優れた密着性を示し、かつ優れた磁性特性を示した。熱延鋼板がSb、Sn、Cu、Bi、Te、Pbを含有する試験番号2~21は、試験番号1と比較して特に磁気特性に優れていた。
【0124】
これに対し、試験番号22~48の比較例は、本発明の一態様の条件を満足しないため、一次被膜の密着性または磁性特性の一方または双方が芳しくない値であった。
【0125】
試験番号22~24では、Ca、Sr、Ba化合物の合計含有量が本発明の一態様で規定する上限を上回った。そのため、Alピーク位置DAlおよびAl酸化物の周長の総和が低く、その結果、一次被膜の密着性が低かった。
【0126】
試験番号25~27では、Ca、Sr、Ba化合物の合計含有量が本発明の一態様で規定する下限を下回った。そのため、Al酸化物の周長の総和およびAl酸化物の個数密度が低く、その結果、一次被膜の密着性が低かった。また、磁気特性も劣っていた。
【0127】
試験番号28では、Ti化合物、Y化合物、La化合物、Ce化合物の合計含有量が本発明の一態様で規定する下限を下回った。そのため、Alピーク位置DAl、Al酸化物の周長の総和およびAl酸化物の個数密度が低く、その結果、一次被膜の密着性が低かった。
【0128】
試験番号29では、X/([Ca]+[Sr]+[Ba])が本発明の一態様で規定する下限を下回り、Alピーク位置DAl、Al酸化物の周長の総和およびAl酸化物の個数密度が低かった。その結果、一次被膜の密着性が低かった。また、磁気特性も劣っていた。
【0129】
試験番号30では、Sr化合物の平均粒径が本発明の一態様で規定する上限を上回っており、MgOのメジアン径との比も本発明の一態様で規定する上限を上回っていた。その結果、Al酸化物の周長の総和が低く、一次被膜の密着性が低かった。
【0130】
試験番号31では、Ti化合物、Y化合物、La化合物、Ce化合物の合計含有量が本発明の一態様で規定する上限を上回った。そのため、Alピーク位置DAl、Al酸化物の周長の総和およびAl酸化物の個数密度が本発明の一態様の上限より高く、その結果、磁気特性が劣っていた。
【0131】
試験番号32では、Ca化合物の平均粒径が本発明の一態様で規定する上限を上回っており、MgOのメジアン径との比も本発明の一態様で規定する上限を上回っていた。さらに、Ti化合物、Y化合物、La化合物、Ce化合物の合計含有量が本発明の一態様で規定する上限を上回った。そのため、Alピーク位置DAl、Al酸化物の周長の総和およびAl酸化物の個数密度が本発明の一態様の上限より高く、磁気特性が劣っていた。
【0132】
試験番号33では、Sr化合物の平均粒径が本発明の一態様で規定する下限を下回り、MgOのメジアン径との比も本発明の一態様で規定する下限を下回った。そのため、Al酸化物の周長の総和およびAl酸化物の個数密度が本発明の一態様の下限より低く、密着性に劣っていた。また、磁気特性も劣っていた。
【0133】
試験番号34~36では、MgOの粒度分布において粒径1.0μm以下の粒子が本発明の一態様で規定する下限を下回った。試験番号35では、さらにCa化合物の平均粒径が本発明の一態様で規定する上限を上回っており、MgOのメジアン径との比も本発明の一態様で規定する上限を上回っていた。また、試験番号36では、さらにSr化合物の平均粒径が本発明の一態様で規定する下限を下回り、MgOのメジアン径との比も本発明の一態様で規定する下限を下回った。そのため、試験番号34~36では、Alピーク位置DAl、Al酸化物の周長の総和およびAl酸化物の個数密度が本発明の一態様で規定する下限を下回り、密着性が劣っていた。
【0134】
試験番号37~39では、MgOの粒度分布において粒径1.0μm以下の粒子が本発明の一態様で規定する上限を上回った。試験番号38では、さらにCa化合物の平均粒径が本発明の一態様で規定する上限を上回っており、MgOのメジアン径との比も本発明で規定する上限を上回っていた。また、試験番号39では、さらにSr化合物の平均粒径が本発明の一態様で規定する下限を下回り、MgOのメジアン径との比も本発明の一態様で規定する下限を下回った。そのため、試験番号37~39では、Alピーク位置DAl、Al酸化物の周長の総和およびAl酸化物の個数密度が本発明の一態様で規定する下限より低く、密着性が劣っていた。
【0135】
試験番号40~42では、MgOの粒度分布において粒径10μm以上の粒子が本発明の一態様で規定する下限を下回った。試験番号41では、さらにCa化合物の平均粒径が本発明の一態様で規定する上限を上回っており、MgOのメジアン径との比も本発明の一態様で規定する上限を上回っていた。また、試験番号42では、さらにSr化合物の平均粒径が本発明の一態様で規定する下限を下回り、MgOのメジアン径との比も本発明の一態様で規定する下限を下回った。そのため、試験番号40~42では、Alピーク位置DAl、Al酸化物の周長の総和およびAl酸化物の個数密度が本発明の一態様で規定する下限より低く、密着性が劣っていた。
【0136】
試験番号43~45では、MgOの粒度分布において粒径10μm以上の粒子が本発明の一態様で規定する上限を上回っていた。試験番号44では、さらにCa化合物の平均粒径が本発明の一態様で規定する上限を上回っており、MgOのメジアン径との比も本発明の一態様で規定する上限を上回っていた。また、試験番号45では、さらにSr化合物の平均粒径が本発明の一態様で規定する下限を下回り、MgOのメジアン径との比も本発明の一態様で規定する下限を下回った。そのため、試験番号43~45では、Alピーク位置DAl、Al酸化物の周長の総和およびAl酸化物の個数密度が本発明の一態様で規定する下限より低く、密着性が劣っていた。
【0137】
試験番号46~48は、それぞれ、試験番号5、15、21のそれぞれに対して、Ca、Sr、またはBaの平均粒径とMgOのメジアン径との比のみが異なる。試験番号46ではCaの平均粒径とMgOのメジアン径との比が、試験番号47ではSrの平均粒径とMgOのメジアン径との比が、試験番号48ではBaの平均粒径とMgOのメジアン径との比が、それぞれ本発明の一態様で規定する上限を上回っていた。そのため、試験番号46~48では、Alピーク位置DAl、Al酸化物の周長の総和およびAl酸化物の個数密度が本発明の一態様で規定する下限より低く、密着性が劣っていた。