IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人甲南学園の特許一覧 ▶ 株式会社ファルマクリエ神戸の特許一覧

<>
  • 特許-生体組織修復剤 図1
  • 特許-生体組織修復剤 図2
  • 特許-生体組織修復剤 図3
  • 特許-生体組織修復剤 図4
  • 特許-生体組織修復剤 図5
  • 特許-生体組織修復剤 図6
  • 特許-生体組織修復剤 図7
  • 特許-生体組織修復剤 図8
  • 特許-生体組織修復剤 図9
  • 特許-生体組織修復剤 図10
  • 特許-生体組織修復剤 図11
  • 特許-生体組織修復剤 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-06
(45)【発行日】2023-01-17
(54)【発明の名称】生体組織修復剤
(51)【国際特許分類】
   A61L 15/18 20060101AFI20230110BHJP
   A61L 15/22 20060101ALI20230110BHJP
   A61L 15/64 20060101ALI20230110BHJP
   A61L 15/26 20060101ALI20230110BHJP
   A61L 27/52 20060101ALI20230110BHJP
   A61L 15/60 20060101ALI20230110BHJP
   A61L 27/02 20060101ALI20230110BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20230110BHJP
   A61L 27/14 20060101ALI20230110BHJP
   A61L 27/58 20060101ALI20230110BHJP
   A61L 27/18 20060101ALI20230110BHJP
【FI】
A61L15/18 100
A61L15/22 100
A61L15/64 100
A61L15/26 100
A61L27/52
A61L15/60 100
A61L27/02
A61L27/40
A61L27/14
A61L27/58
A61L27/18
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018145313
(22)【出願日】2018-08-01
(65)【公開番号】P2020018632
(43)【公開日】2020-02-06
【審査請求日】2021-07-26
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ▲1▼ウェブサイトのアドレス: https://www.meeting-schedule.com/17jsrm/author.html ウェブサイトの掲載日 平成30年2月23日 ▲2▼集会名:第17回日本再生医療学会総会 開催場所:パシフィコ横浜(神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1) 開催日: 平成30年3月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】397022911
【氏名又は名称】学校法人甲南学園
(73)【特許権者】
【識別番号】511304718
【氏名又は名称】株式会社ファルマクリエ神戸
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】長濱 宏治
【審査官】長谷川 茜
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-040276(JP,A)
【文献】特開2007-117275(JP,A)
【文献】特開2011-057962(JP,A)
【文献】特表2009-501559(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0247666(US,A1)
【文献】Langmuir,2008年,Vol.24,pp.13148-13154
【文献】Langmuir,2010年,Vol.26, No.22,pp.17330-17338
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00-33/18
A61K
C08L 101/16
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル化剤及び粘土鉱物を含む複合材料(但し、細胞を含む場合、及び薬物を含む場合を除く)からなり、
前記ゲル化剤が、2つの疎水性ブロックAと1つの親水性ブロックBを有するABA型トリブロック共重合体であり、
前記疎水性ブロックAが、ポリ(L-ラクチド)、ポリ(D-ラクチド)、ポリ(DL-ラクチド)、ポリグリコリド、ポリ(L-ラクチド‐random‐グリコリド)、ポリ(D-ラクチド‐random‐グリコリド)、及びポリ(DL-ラクチド‐random‐グリコリド)よりなる群から選択される少なくとも1種であり、
親水性ブロックBが、ポリ(エチレングリコール)、又はポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコールであり、
前記ABA型トリブロック共重合体の下限臨界溶液温度が、4~37℃である、
生体組織修復剤。
【請求項2】
前記疎水性ブロックAが、ポリ(L-ラクチド‐random‐グリコリド)、ポリ(D-ラクチド‐random‐グリコリド)、及びポリ(DL-ラクチド‐random‐グリコリド)よりなる群から選択される少なくとも1種であり、且つ前記親水性ブロックBが、ポリエチレングリコールである、請求項1に記載の生体組織修復剤。
【請求項3】
前記粘土鉱物が、ナノシート構造を有する層状の粘土鉱物である、請求項1又は2に記載の生体組織修復剤。
【請求項4】
前記ナノシート構造を有する層状の粘土鉱物が、合成ヘクトライトである、請求項3に記載の生体組織修復剤。
【請求項5】
損傷又は欠損した上皮組織及び/又は上皮組織に隣接する結合組織、或は筋組織に適用される、請求項1~4のいずれかに記載の生体組織修復剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、損傷した生体組織において、正常組織で見られる、細胞外マトリクス成分や増殖因子等を有する細胞外微小環境を構築すると共に、ホスト由来の細胞の浸潤、遊走、増殖、組織化、及び分化を促進することによって、生体組織を効率的に修復させ得る生体組織修復剤に関する。
【背景技術】
【0002】
既存の医療技術や薬物療法では効果が得られない重篤な組織や臓器の機能損傷に対して、正常な機能を持つ細胞を移植することで失った生体組織を再建し、機能の回復を目指す細胞移植治療が注目を集めており、従来、様々な細胞移植治療の手法が提案されている(例えば、非特許文献1~3参照)。細胞移植治療の手法は、自家移植と他家移植に大別される。自家移植による細胞移植治療では、術後に拒絶反応が起こる確率が極めて低いという利点があるが、細胞培養に膨大な時間と費用を要するという欠点がある。また、他家移植による細胞移植治療では、細胞ストックを使用することにより細胞培養の時間と費用を削減できるが、術後の拒絶反応の点で課題がある。そこで、細胞移植治療によらず、損傷した組織を修復させる治療法を確立できれば、治療法の選択肢を増やし、組織修復療法の技術向上につなげることができる。
【0003】
一方、生体は、上皮組織、結合組織、筋組織、及び神経組織により構成されている。上皮組織に含まれる皮膚は、単層又は多層の細胞層からなるシート状構造をしており、基底膜によりその構造が支持されている。基底膜の主成分はIV型コラーゲン、ラミニン等である。基底膜ではIV型コラーゲンが骨格となるような網目構造を形成し、これにニドゲンを介してプロテオグリカンなどが組み込まれている。結合組織の一つである軟骨組織は水分が80%を占めており、12%がII型コラーゲン、2%がプロテオグリカンによって構成されている。軟骨中に僅か2%程度含まれるプロテオグリカンは強い負電荷をもっており、その負電荷が水を引きつけることで関節軟骨に弾性と硬さを与えている。筋組織では、筋肉を覆っている筋膜の90%がI型コラーゲンであり、I型コラーゲンが形成する網目構造を弾性繊維であるエラスチンが結び付けることにより高い弾性を生みだしている。神経組織を構成する細胞外マトリクスの主成分はコンドロイチン硫酸プロテオグリカンであり、これがペリニューロナルネットと呼ばれる網目構造を形成している。更に、この網目構造を構成するニューロカン、バーシカン、及びアグリカンは胎生初期から成熟期までに構成成分の入れ替わりが起こることが明らかになっている。このように、生体内では複数種の細胞外マトリクス成分が複雑で階層的な構造を形成し、細胞の組織化や機能発現を支持している。また、組織や臓器ごとに細胞外微小環境を構築する細胞外マトリクス成分の種類や組成は異なっており、性別や年齢が異なれば細胞外微小環境は大きく異なる。つまり、細胞移植治療によらず、損傷した生体組織を修復させるには、生体内で見られる本来の細胞外微小環境を再現して、当該生体組織の修復に必要な生体内の細胞を浸潤、遊走、増殖、組織化させて分化させることが必要になる。
【0004】
しかしながら、従来、損傷した生体組織において、生体内で見られるような複雑性をもつ、細胞外マトリクス成分や増殖因子等を有する細胞外微小環境を構築させつつ、ホスト細胞の浸潤、遊走、増殖、組織化、及び分化を促進することにより組織を修復させる技術については、十分な検討がなされていないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Rao N.et al.,ACS Nano, 11, 3851 (2017)
【文献】Li Y. et al., Scientific World Journal, 685690 (2015)
【文献】Gaffey A. C. et al., The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery, 150, 1268 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、損傷した生体組織において、正常組織で見られる、細胞外マトリクス成分や増殖因子等を有する細胞外微小環境を構築すると共に、ホスト由来の細胞を浸潤、遊走、増殖、及び組織化させることによって、生体組織を効率的に修復させ得る生体組織修復剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、損傷した生体組織に、ゲル化剤及び粘土鉱物を含み、且つ細胞及び/又は薬物を含まない複合材料を投与すると、患部で定着したゲル状の複合材料において、ゲル化剤が体内で加水分解されて分解産物が溶出すると共に、生体内の細胞外マトリクスや増殖因子等を吸着してゲル状の複合材料に保持され、生体内で見られるような複雑性をもつ細胞外微小環境が構築すると共に、そこにホスト由来の細胞が浸潤、遊走し、更に増殖や組織化、分化することで、損傷した生体組織を効率的に修復させ得ることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0008】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. ゲル化剤及び粘土鉱物を含み、且つ細胞及び/又は薬物を含まない複合材料からなる、生体組織修復剤。
項2. 前記ゲル化剤が、生分解性を有するポリマーである、項1に記載の生体組織修復剤。
項3. 前記ゲル化剤が、温度応答性ゲル化特性を有するポリマーである、項1又は2に記載の生体組織修復剤。
項4. 前記温度応答性ゲル化特性を有するポリマーが、2つの疎水性ブロックAと1つの親水性ブロックBを有するABA型トリブロック共重合体である、項3に記載の生体組織修復剤。
項5. 前記疎水性ブロックAが、ポリ(L-ラクチド)、ポリ(D-ラクチド)、ポリ(DL-ラクチド)、ポリグリコリド、ポリ(L-ラクチド‐random‐グリコリド)、ポリ(D-ラクチド‐random‐グリコリド)、及びポリ(DL-ラクチド‐random‐グリコリド)よりなる群から選択される少なくとも1種である、項4に記載の生体組織修復剤。
項6. 前記疎水性ブロックAが、ポリ(L-ラクチド‐random‐グリコリド)、ポリ(D-ラクチド‐random‐グリコリド)、及びポリ(DL-ラクチド‐random‐グリコリド)よりなる群から選択される少なくとも1種であり、且つ前記親水性ブロックBが、ポリエチレングリコールである、項4又は5に記載の生体組織修復剤。
項7. 前記粘土鉱物が、ナノシート構造を有する層状の粘土鉱物である、項1~6のいずれかに記載の生体組織修復剤。
項8. 前記ナノシート構造を有する層状の粘土鉱物が、合成ヘクトライトである、項7に記載の生体組織修復剤。
項9. 損傷又は欠損した上皮組織及び/又は上皮組織に隣接する結合組織、或は筋組織に適用される、項1~8のいずれかに記載の生体組織修復剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明の生体組織修復剤は損傷又は欠損した組織に投与されると、ゲル状の複合体中のゲル化剤が徐々に加水分解されると共に、ホスト由来の細胞外マトリクス成分や増殖因子がゲル状の複合体中に吸着保持され、生体組織の再生を担うホスト由来の細胞の足場となって、ホスト由来の細胞による組織再生が効率的に行われる。このように、本発明の生体組織修復剤によれば、細胞外マトリクス成分や増殖因子等のホスト由来の成分とホスト由来の細胞を集積させて、生体組織を効率的に再生させるので、移植細胞や薬物を使用せずとも、生体組織の修復が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】参考例1において、PLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液について、25~40℃の温度域で性状(ゾル・ゲル)を判定した結果を示す図である。
図2】試験例1において、PLGA-PEG-PLGAの分子量の経時変化、及びゲルの乾燥重量の経時変化を測定した結果を示す図である。
図3】試験例1において、PLGA-PEG-PLGAと合成ヘクトライトを含むPLGA-PEG-PLGA(P3000)/LP複合体溶液(ゾル状)で形成させた複合体ゲルについて、分解過程におけるゲルネットワーク構造の変化を調べた結果を示す図である。
図4】試験例1において、PLGA-PEG-PLGAと合成ヘクトライトを含むPLGA-PEG-PLGA(P3000)/LP複合体溶液(ゾル状)で形成させた複合体ゲルにコラーゲン又はヘパリンを添加し、上清中のコラーゲン及びヘパリンの濃度を経時的に測定した結果を示す図である。
図5】試験例2において、PLGA-PEG-PLGAと合成ヘクトライトを含むPLGA-PEG-PLGA(P3000)/LP複合体溶液(ゾル状)で形成させた複合体ゲルにコラーゲン又はヘパリンを添加して含有させた後に、当該ゲルから放出されたコラーゲン及びヘパリンの濃度を測定した結果を示す図である。
図6】試験例3において、創傷形成部位を撮影した像を示す図である。
図7】試験例3において、創傷形成部位における創傷面積を経時的に測定した結果を示す図である。
図8】試験例3において、処置した日から4日後及び8日後の創傷形成部位の組織片をHE染色した結果を示す図である。
図9】試験例3において、処置した日から23日後の創傷形成部位の組織片をHE染色した結果を示す図である。
図10】試験例4において、筋力回復率を経時的に測定した結果を示す図である。
図11】試験例4において、損傷を作製した日から7日後及び14日後の内側大腿筋を撮影した像を示す図である。
図12】試験例5において、ゲル内部の血管構造を蛍光顕微鏡により観察した結果、及び21日後のゲルの外観を観察した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の生体組織修復剤は、ゲル化剤及び粘土鉱物を含み、且つ細胞及び/又は薬物を含まない複合材料からなることを特徴とする。以下、本発明の生体組織修復剤について詳述する。
【0012】
[ゲル化剤]
本発明の生体組織修復剤において、ゲル化剤は、投与されると生体内で徐々に分解され、ホスト由来の細胞外マトリクス成分や増殖因子に置き換えられることにより、細胞外微小環境が構築される。
【0013】
本発明で使用されるゲル化剤については、薬学的に許容され、且つ生分解性を有するものであることを限度として特に制限されず、例えば、温度応答性ゲル化特性を有するポリマー、多糖類、タンパク質等が挙げられる。
【0014】
温度応答性ゲル化特性を有するポリマーとは、水に溶解させたゾル状の水溶液が温度変化に応答して流動性を示さないゲル状になり、ゾル-ゲル転移の相分離挙動を示すポリマーを指し、具体的には、水に溶解させたゾル状の水溶液をLCST(下限臨界溶液温度、Lower Critical Solution Temperature)以上の温度に加熱するとゲル状態となる性質を有するポリマーを指す。ゾル状態とゲル状態は、試験管傾斜法という公知の方法を用いて判定できる。温度応答性ゲル化特性を有するポリマーとしては、4~80℃で、ゾル状からゲル状に変化するものであることが好ましく、20~43℃で応答することが更に好ましく、25~37℃で応答することが特に好ましい。
【0015】
温度応答性ゲル化特性を有するポリマーの種類については、特に制限されないが、好適な例として、疎水性ブロックAと親水性ブロックBとを有するABA型のトリブロック共重合体が挙げられる。当該ABA型のトリブロック共重合体における好適な一態様として、疎水性ブロックAが脂肪族ポリエステルであり、且つ親水性ブロックBがポリエーテルであるものが挙げられる。疎水性Aブロックとしては、具体的には、ポリ(L-ラクチド)、ポリ(D-ラクチド)、ポリ(DL-ラクチド)、ポリグリコリド、ポリ(L-ラクチド‐random‐グリコリド)、ポリ(D-ラクチド‐random‐グリコリド)、ポリ(DL-ラクチド‐random‐グリコリド)等が挙げられ、好ましくはポリ(L-ラクチド‐random‐グリコリド)、ポリ(D-ラクチド‐random‐グリコリド)、ポリ(DL-ラクチド‐random‐グリコリド)が挙げられ、更に好ましくはポリ(DL‐ラクチド‐random‐グリコリド)が挙げられる。また、親水性Bブロックとしては、具体的には、ポリ(エチレングリコール)、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール(ポロキサマー等)等が挙げられ、好ましくはポリ(エチレングリコール)が挙げられる。
【0016】
ABA型のトリブロック共重合体として、好ましくはポリ(DL‐ラクチド‐random‐グリコリド)‐block‐ポリ(エチレングリコール)‐block‐ポリ(DL‐ラクチド‐random‐グリコリド)(PLGA-PEG-PLGA)が挙げられる。PLGA-PEG-PLGAはポリ(エチレングリコール)の両末端水酸基を重合開始点として、DL‐ラクチドとグリコリドのバルク開環重合を行うことにより合成できる。ポリ(エチレングリコール)の末端水酸基に対する各モノマーの仕込み比を変化させることにより、種々のユニット重合度を有する共重合体を得ることが可能である。
【0017】
PLGA-PEG-PLGAにおいて、PLGAブロックを構成するDL‐ラクチドとグリコリドの組成については、特に制限されないが、例えば、DL‐ラクチドが80~20モル%、グリコリドが20~80モル%、好ましくはDL‐ラクチドが80~40モル%、グリコリドが20~60モル%、更に好ましくはDL‐ラクチドが80~50モル%、グリコリドが20~50モル%が挙げられる。
【0018】
PLGA-PEG-PLGAにおいて、PLGAブロックの重量平均分子量については、特に制限されないが、例えば500~5000、好ましくは500~3500、更に好ましくは1000~2500が挙げられる。PLGA-PEG-PLGAは、一般的には、PLGAブロックの重合度を高くすると、疎水化度が高まり、より低い温度でゲル状になる性質を示す。PLGAブロックの重合度を低くすると、より高い温度でゲル状に変化する性質になる。当業者であれば、所望の温度でゲル状に変化するようにPLGAブロックの重合度の重合度を適宜調整することが可能である。
【0019】
PLGA-PEG-PLGAにおけるPEGブロックの重量平均分子量としては、特に制限されないが、例えば500~10000、好ましくは1000~7000、更に好ましくは1000~5000が挙げられる。
【0020】
PLGA-PEG-PLGAの分子量分布(重量平均分子量Mw/数平均分子量Mn)としては、特に制限されないが、例えば1.0~3.0、好ましくは1.0~2.0、更に好ましくは1.0~1.7が挙げられる。
【0021】
なお、本発明において、PLGA-PEG-PLGAの重量平均分子量、及び重量平均分子量Mw/数平均分子量Mnは、GPC法(eluent: DMSO, standard: ポリエチレングリコール)によって求められる値である。
【0022】
ゲル化剤として使用可能な多糖類の種類については、特に制限されないが、例えば、アガロース、アルギン酸塩、コンドロイチン、ペクチン、ジェランガム、カラギーナン、カードラン、ヒアルロン酸等が挙げられる。
【0023】
ゲル化剤として使用可能なタンパク質の種類については、特に制限されないが、例えば、コラーゲン、ゼラチン、フィブリン等が挙げられる。
【0024】
これらのゲル化剤は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0025】
これらのゲル化剤の中でも、温度応答性ゲル化特性を有するポリマーは、投与時にはゾル状を呈し、注射等によって簡易に投与することができ、生体内ではゲル状に変化して組織修復効果を奏するという利点があるので、本発明の生体組織修復剤におけるゲル化剤として好適に使用される。
【0026】
[粘土鉱物]
本発明の生体組織修復剤において、粘土鉱物は、生体内で徐々に分解されるゲル化剤と置き換わるホスト由来の細胞外マトリクス成分や増殖因子を保持する役割を果たし、細胞外微小環境の構築に寄与する。
【0027】
本発明で使用される粘土鉱物については、薬学的に許容されることを限度として特に制限されないが、ナノシート構造を有する層状の粘土鉱物が好ましい。ナノシート構造を有する層状の粘土鉱物としては、例えば、水膨潤性のスメクタイト、雲母等の層状珪酸塩が挙げられる。より具体的には、モンモリロナイト、ヘクトライト、サポナイト、バイデライト、雲母等が挙げられる。これらの中でも、好ましくはヘクトライト(特に、合成ヘクトライト)が挙げられる。
【0028】
ナノシート構造を有する層状の粘土鉱物において、ナノシート一層の厚みについては、特に制限されないが、例えば、0.1~10.0nm、好ましくは0.3~5.0nm、更に好ましくは0.5~2.0nmが挙げられる。
【0029】
ナノシート構造を有する層状の粘土鉱物の平均粒子径については、特に制限されないが、例えば、5~150nm、好ましくは10~100nm、更に好ましくは20~40nmが挙げられる。
【0030】
本明細書において、ナノシート構造を有する層状の粘土鉱物のナノシート一層の厚みは透過型電子顕微鏡測定によって求められる値であり、当該粘土鉱物の平均粒子径は、動的光散乱測定によって求められるメジアン径である。
【0031】
[ゲル化剤と粘土鉱物の比率]
本発明の生体組織修復剤において、ゲル化剤と粘土鉱物の比率としては、例えば、ゲル化剤100重量部当たり、粘土鉱物が1~500重量部、好ましくは5~200重量部、更に好ましくは10~100重量部が挙げられる。
【0032】
[細胞と薬物]
本発明の生体組織修復剤は、細胞及び/又は薬物を含まない点が一つの特徴になっている。従来の生体組織修復剤は、細胞や薬物を含有させ、投与された細胞による組織再建や薬物による薬効に基づいて、損傷した組織の再生が促されるように設計されているが、本発明の生体組織修復剤では、損傷した組織においてゲルの構成成分がゲル化剤からホスト由来の細胞外マトリクス成分や増殖因子に置き換えられ、組織再生を促すホスト由来の細胞が定着することにより、損傷した組織の再生が促されるようになっているので、細胞や薬物を含有させなくとも、損傷した生体組織の修復が可能になっている。
【0033】
本発明において、薬物とは、生体内で薬理作用を発揮し、有効成分として使用される物質を指す。薬物には、低分子化合物、タンパク質、ペプチド、ステロイド等が含まれるが、緩衝剤、安定化剤、pH調整剤、等張化剤等の添加剤は含まれない。
【0034】
また、本発明において、細胞には、代表的には、移植細胞として用いられる幹細胞や分化細胞等が含まれる。
【0035】
[その他の成分]
本発明の生体組織修復剤は、液状(ゾル状)又はハイドロゲル状で提供される場合には、基材として水が含まれる。この場合、水の濃度は、ゲル化剤、粘土鉱物、及び必要に応じて配合される添加剤以外の残部になる。
【0036】
また、本発明の生体組織修復剤には、ゲル化剤及び粘土鉱物以外に、必要に応じて、緩衝剤、安定化剤、pH調整剤、等張化剤、糖類等の添加剤(薬物以外)が含まれていてもよい。
【0037】
[複合材料の形態]
本発明の生体組織修復剤において、ゲル化剤が温度応答性ゲル化特性を有するポリマーである場合、本発明の生体組織修復剤は、ゲル化剤、粘土鉱物、及び水を含むゾル状の複合体として提供される。当該ゾル状の複合体は、損傷した組織に投与されると、体温によって応答しゲル状に変化する。本発明の生体組織修復剤がゾル状の複合体として提供される場合、当該ゾル状の複合体におけるゲル化剤(温度応答性ゲル化特性を有するポリマー)及び粘土鉱物の濃度については、使用する各成分の種類、呈させる粘度、取り扱い性等の観点から適宜設定すればよいが、ゲル化剤(温度応答性ゲル化特性を有するポリマー)の濃度としては、例えば0.3~20.0重量%、好ましくは0.5~15.0重量%、更に好ましくは1.0~10.0重量%が挙げられ、粘土鉱物の濃度としては、例えば、0.5~3.0重量%、好ましくは0.6~2.0重量%、更に好ましくは0.7~1.5重量%が挙げられる。
【0038】
本発明の生体組織修復剤において、ゲル化剤が温度応答性ゲル化特性を有するポリマー以外のゲル化剤である場合、本発明の生体組織修復剤は、ゲル化剤、粘土鉱物、及び水を含むハイドロゲル状の複合体、又はゲル化剤、及び粘土鉱物を含むエアロゲル状の複合体として提供される。
【0039】
本発明の生体組織修復剤がハイドロゲル状の複合体として提供される場合、当該ハイドロゲル状の複合体におけるゲル化剤(温度応答性ゲル化特性を有するポリマー以外のゲル化剤)及び粘土鉱物の濃度については、使用する各成分の種類、呈させる粘度、取り扱い性等の観点から適宜設定すればよいが、ゲル化剤(温度応答性ゲル化特性を有するポリマー以外のゲル化剤)の濃度としては、例えば0.5~50.0重量%、好ましくは2.0~40.0重量%、更に好ましくは5.0~20.0重量%が挙げられ、粘土鉱物の濃度としては、例えば、0.3~5.0重量%、好ましくは0.5~4.0重量%、更に好ましくは0.7~2.0重量%が挙げられる。
【0040】
また、本発明の生体組織修復剤がエアロゲル状の複合体として提供される場合、当該ゾル状の複合体は、エアロゲル状のまま患部に投与してもよく、また、水、生理食塩水、緩衝液等の水性溶媒に含浸させてハイドロゲル状にした後に投与してもよい。エアロゲル状のまま患部に投与すると、患部で体液を吸収してエアロゲル状からハイドロゲル状に変化する。本発明の生体組織修復剤がエアロゲル状の複合体として提供される場合、当該エアロゲル状の複合体におけるゲル化剤(温度応答性ゲル化特性を有するポリマー以外のゲル化剤)及び粘土鉱物の濃度については、使用する各成分の種類、呈させる粘度、取り扱い性等の観点から適宜設定すればよいが、ゲル化剤(温度応答性ゲル化特性を有するポリマー以外のゲル化剤)の濃度としては、例えば10.0~99.0重量%、好ましくは33.0~98.0重量%、更に好ましくは71.0~96.0重量%が挙げられ、粘土鉱物の濃度としては、例えば、1.0~90.0重量%、好ましくは2.0~67.0重量%、更に好ましくは4.0~29.0重量%が挙げられる。
【0041】
[適用対象・適用方法]
本発明の生体組織修復剤は、生体組織の損傷部位や欠損部位に投与し、生体組織の修復を行うために使用される。本発明の生体組織修復剤を損傷又は欠損した組織に適用すると、患部に定着したゲル状の複合体中のゲル化剤が徐々に加水分解されると共に、細胞外マトリクス成分や増殖因子がゲル状の複合体中に吸着保持されて集積し、組織再生を担うホスト由来の細胞の足場が形成され、ホスト由来の細胞による組織再生が効率的に行われる。
【0042】
本発明の生体組織修復剤によれば、本来その部位にあるべきホスト由来の細胞による再生が行われることから、本発明の生体組織修復剤によって修復の対象となる生体組織については、特に制限されず、上皮組織、結合組織、筋組織、神経組織、及びそれらが複合することによって形成されている臓器のいずれであってもよく、例えば、皮膚、骨、軟骨、心筋を含む筋肉などが対象となるが、より一層効果的に修復効果を奏させるという観点から、好ましくは上皮組織及び/又は上皮組織に隣接する結合組織(特に皮膚)、並びに筋組織(特に骨格筋)が挙げられ、より好適な例として、III度の状態の火傷、骨又は筋肉の挫滅や欠損に対して有効である。
【0043】
本発明の生体組織修復剤の投与方法については、修復の対象となる生体組織の種類に応じて適宜設定すればよく、例えば、経皮投与、注射による局所投与等が挙げられる。
【0044】
また、本発明の生体組織修復剤の投与量については、修復の対象となる生体組織の種類や状態等に応じて適宜設定すればよい。本発明の生体組織修復剤が投与された部位は、正常組織が再建されるため、本発明の生体組織修復剤は、再生させるべき領域に充填するように投与すればよい。
【実施例
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定して解釈されるものではない。
【0046】
製造例1:PLGA-PEG-PLGAの合成
表1に示す所定量のポリエチレングリコール、DL-ラクチド、及びグリコリドを乳鉢で均一な粉末状になるまで混合した後、ナス型フラスコに移し、攪拌子を入れて表1に示す所定量の2-エチルヘキサン酸すず(II)を攪拌子に乗せるように加えた。その後、初めの30分間は5分毎に窒素置換を行い、その後減圧乾燥を行った。その後、フラスコ内に窒素ガスを充填し、150℃のオイルバスに浸漬して攪拌させながら6時間重合反応を行った。反応終了後、オイルバスからナス型フラスコをあげて室温まで戻し、クロロホルム10 mLを加えて生成物を溶解させた。次いで、冷却したジエチルエーテルに生成物を滴下し、冷却したまま1時間攪拌して精製を行った。上清を捨て、生成物に含まれるジエチルエーテルが完全に揮発するまで減圧乾燥を行った。1H-NMR(solvent: CDCl3)とGPC (eluent: DMSO, standard: PEG)により、生成したPLGA-PEG-PLGAの分析を行った。
【0047】
以下、条件P1500で得られたPLGA-PEG-PLGAを「PLGA-PEG-PLGA(P1500)」と表記し、条件P3000で得られたPLGA-PEG-PLGAを「PLGA-PEG-PLGA(P3000)」と表記する。生成したPLGA-PEG-PLGAの分析を表2に示す。この結果、重合条件を変更することにより、ポリエチレングリコールの分子量が異なる2種のPLGA-PEG-PLGAが得られた。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
製造例2:PLGA-PEG-PLGAと合成ヘクトライトを含む複合体溶液の調製
得られたPLGA-PEG-PLGA(P3000)の必要量を秤量し、作製する水溶液と同量のアセトンに溶解させ、その後精製水を加えて10℃以下で超音波照射(30 min)を行った後、アスピレータによりアセトンが完全に揮発するまで減圧乾燥した。得られたPLGA-PEG-PLGA水溶液と所定量の合成ヘクトライト(「Laponite XLG」、ROCKWOOD社製、ナノシート一層の厚み:0.92 nm、平均粒子径:25 nm)を含む溶液を等量ずつ混合しPLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液(ゾル状)を作製した。
【0051】
参考例1:PLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液のゲル化特性の評価
所定量(3重量%、5重量%、及び10重量%)のPLGA-PEG-PLGAと、所定量(0.7重量%、0.9重量%、1.1重量%、及び1.4重量%)の合成ヘクトライト(「Laponite XLG」、ROCKWOOD社製、ナノシート一層の厚み:0.92 nm、平均粒子径:25 nm)を含むPLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液(ゾル状)について、10~40℃でのゲル化特性を評価した。具体的には、各PLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液(ゾル状)200μLをミクロバイアルに入れて、ウォーターバス内に浸漬し、所定の温度(10~40℃)で2分間静置した。その後、ミクロバイアルを傾斜させ、バイアル内の溶液が流れれば「ゾル(Sol)」、流れなければ「ゲル(Gel)」と判定した。
【0052】
結果を図1に示す。この結果、PLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液(ゾル状)は、25~40℃の温度域でゾル-ゲル転移を示し、低温側ではゾル状態であり、高温側ではゲル状態に変化することが確認された。また、PLGA-PEG-PLGAと合成ヘクトライトの濃度を調整することにより、常温では流動性があるゾル状を呈し、生体内で想定される37℃ではゲル状を呈することも確認された。
【0053】
試験例1:水中及び血清を含む細胞培養液中での加水分解挙動の検証
PLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液(ゾル状)によって形成されたゲル(複合体ゲル)について、水中及び血清を含む細胞培養液中での加水分解挙動を調べるための試験を行った。具体的には、3重量%のPLGA-PEG-PLGA A(P3000)と0.9重量%の合成ヘクトライト(「Laponite XLG」、ROCKWOOD社製、ナノシート一層の厚み:0.92 nm、平均粒子径:25 nm)を含むPLGA-PEG-PLGA(P3000)/LP複合体溶液(ゾル状)350 μLをミクロバイアルに入れて、37℃の恒温槽で5時間静置し、複合体ゲルを形成させた。次いで、複合体ゲルの上に2 mLの10%牛血清含有培地(DMEM/FBS)又は滅菌水を加え、37℃で静置した。所定の日数(1、3、7、14、30日)後に上清を取り除き、ゲルを凍結乾燥した後、乾燥体の重量を測定した。また、GPC(eluent: DMSO, standard: PEG)により、分解したPLGA-PEG-PLGAの分子量分析を行った。また、比較のために、3重量%のPLGA-PEG-PLGA(P3000)のみを含む溶液(ゾル状)を使用してゲル(単独ゲル)を形成させ、前記と同様の試験を行った。
【0054】
10%牛血清含有培地(DMEM/FBS)又は滅菌水を添加する前のPLGA-PEG-PLGAの分子量を100%として、PLGA-PEG-PLGAの分子量の経時変化を求めた結果、及び10%牛血清含有培地(DMEM/FBS)又は滅菌水を添加する前のゲルの乾燥重量を100%としてゲルの乾燥重量の経時変化を求めた結果を図2に示す。
【0055】
水中で分解試験を行った複合体ゲルでは、1日後からPLGAセグメントが徐々に加水分解を受け、分子量は7日後には元の約半分にまで減少し、30日後には完全に分解されてほぼPEGだけになっていた。また、分解過程の複合体ゲルを凍結乾燥して乾燥重量を調べた結果、ポリマーの加水分解により複合体ゲルの重量は減少したことより、PLGA-PEG-PLGAの分解産物やポリエチレングリコールが複合体ゲル外に溶出していることが分かった。
【0056】
一方、血清を含む細胞培養液中では、PLGA-PEG-PLGAの分子量減少速度は水中より速くなり、加水分解の促進が示された。しかしながら、乾燥重量の減少速度は水中よりも顕著に遅くなっていた。つまり、培地中ではPLGA-PEG-PLGAの加水分解は促進され、生じた大量の分解産物の複合体ゲル外への溶出が起こっているにも関わらず、複合体ゲルを構成する成分の重量はあまり減っていないことが分かった。これより、複合体ゲルは分解産物の複合体ゲル外への溶出と同時に培地中の成分をゲルの構成成分として取り込んでいると示唆された。
【0057】
10重量%のPLGA-PEG-PLGAと0.9重量%の合成ヘクトライトを含むPLGA-PEG-PLGA(P3000)/LP複合体溶液(ゾル状)で形成させた複合体ゲルについて、分解過程におけるゲルネットワーク構造の変化を調べるための試験を行った。具体的には、10重量%のPLGA-PEG-PLGA A(P3000)と0.9重量%の合成ヘクトライト(「Laponite XLG」、ROCKWOOD社製、ナノシート一層の厚み:0.92 nm、平均粒子径:25 nm)を含むPLGA-PEG-PLGA(P3000)/LP複合体溶液(ゾル状)を用いて、前記と同条件で、複合体ゲルを形成して、水中及び血清を含む細胞培養液中で静置した。10%牛血清含有培地(DMEM/FBS)又は滅菌水の添加前、及び添加から3日後、7日後、及び14日後に複合体ゲルの凍結乾燥サンプルを作成し、SEM観察を行った。結果を図3に示す。水中での静置した場合、複合体ゲルの分解に伴いゲルネットワークの多孔度は上昇し続けた。これは、PLGAセグメントの加水分解により生じた分解産物の複合体ゲル外への溶出に起因する結果であり、一般的な加水分解性のゲルに見られる現象と一致している。一方、血清を含む細胞培養液中で静置した場合、数日後にはゲルネットワークの多孔度が上昇したが、それ以降は多孔度が低下し、14日後には分解前の複合体ゲルよりも多孔度は低くなった。この結果は、複合体ゲルは培地中のタンパク質成分を吸着し、ネットワーク構造が再構築されたことを示している。
【0058】
試験例2:細胞外マトリクス構成分子に対する吸着能の検証
PLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液(ゾル状)によって形成されたゲル(複合体ゲル)について、細胞外マトリクス構成分子に対する吸着能を調べるための試験を行った。具体的には、3重量%のPLGA-PEG-PLGA(P3000)と0.9重量%の合成ヘクトライト(「Laponite XLG」、ROCKWOOD社製、ナノシート一層の厚み:0.92 nm、平均粒子径:25 nm)を含む複合体溶液(ゾル状)150 μLをミクロバイアルに入れ、37℃の恒温槽に5時間静置してゲル(複合体ゲル)を形成させた。そこに、FITCラベル化I型コラーゲン(1 mg/mL)、又はFITCラベル化ヘパリン(1 mg/mL)溶液を1 mL加えて静置した。所定の時間(1、3、5、12、24、48時間)後に上清の蛍光測定を行い、上清中のコラーゲン及びヘパリンの濃度を求めた。更に、48時間後に、上清を全て取り除いて1 mLの純水を加えた。水を加えてから所定の時間 (1、3、5、12、24、48時間) 後に上清の蛍光測定を行い、ゲルから放出されたコラーゲン及びヘパリンの濃度を行った。比較のために、PLGA-PEG-PLGA(P1500)のみを含む水溶液によって形成されたゲル(PLGA-PEG-PLGA単独ゲル)についても、同様の試験を行った。また、合成ヘクトライト(「Laponite XLG」、ROCKWOOD社製、ナノシート一層の厚み:0.92 nm、平均粒子径:25 nm)は、水中で3重量%以上の濃度になるとゲル化するので、当該合成ヘクトライトを3重量%含む水溶液によって形成されたゲル(合成ヘクトライト単独ゲル)についても、同様の試験を行った。
【0059】
FITCラベル化I型コラーゲン又はFITCラベル化ヘパリンを添加し、上清中のコラーゲン及びヘパリンの濃度を経時的に測定した結果を図4に示す。単独ゲルでは48時間後までに約0.4 mgのコラーゲン吸着が見られたが、複合体ゲルでは約3倍量のコラーゲンを吸着することが確認された。PLGA-PEG-PLGA単独ゲル及び合成ヘクトライト単独ゲルでは、上清に多量の蛍光ラベル化コラーゲンが存在しているのに対して、複合体ゲルでは内部にまでコラーゲンが浸透している様子が見られた。また、ヘパリンでも同様に、複合体ゲルでは単独ゲルの約3倍量を吸着した。
【0060】
次に、FITCラベル化I型コラーゲン又はFITCラベル化ヘパリンしてから48時間後にゲルの上清を純水に置換し、ゲルから放出されたコラーゲン及びヘパリンの量(上清中の濃度)を経時的に測定した結果を図5に示す。PLGA-PEG-PLGA単独ゲル及び合成ヘクトライト単独ゲルの場合、濃度勾配による拡散のため、48時間後には吸着したコラーゲンの約90%、ヘパリンの約80%が放出されたが、複合体ゲルでは、吸着したコラーゲン及びヘパリンの約95%はゲル内部に保持された。この結果より、コラーゲンやヘパリンは複合体ゲルのネットワークに構成成分として固定されたことが分かった。
【0061】
試験例3:皮膚創傷治癒効果の検証
PLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液(ゾル状)によって形成されたゲル(複合体ゲル)について、皮膚損傷治癒効果を評価するための試験を行った。
【0062】
先ず、ICRマウス(雌、5週齢)を、複合体ゲル投与群、ポジティブコントロール群、及びネガティブコントロール群(各群3匹)に分けた。各ICRマウスを除毛し、表皮から皮下組織にわたる7 mm角の創傷を作製した。次いで、創傷を作製した直後に、各群のICRマウスに対して以下の処置を行った。複合体ゲル投与群では、10重量%のPLGA-PEG-PLGA(P3000)と1.1重量%の合成ヘクトライト(「Laponite XLG」、ROCKWOOD社製、ナノシート一層の厚み:0.92 nm、平均粒子径:25 nm)との複合体溶液(ゾル状)によって作成した複合体ゲル(ゲル状)を創傷形成部位の上に塗布し、その上から粘着剤付きドレッシング剤(「3Mテガダーム」、スリーエムジャパン株式会社)を貼付し、ドレッシング剤の周縁部を縫合糸で縫合した。ポジティブコントロール群では、傷の上にハイドロコロイド絆創膏(「キズパワーパッド」、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社)を創傷形成部位の上に貼り合わせた。ネガティブコントロール群では、創傷形成部位の上に、粘着剤付きドレッシング剤(「3Mテガターム」、スリーエムジャパン株式会社)を貼付し、ドレッシング剤の周縁部を縫合糸で縫合した。創傷を作製した日から、2日毎に創傷部位の面積を画像処理ソフトウェア(Image J)にて解析した。また、創傷治癒のメカニズムを調査するため、処置した日から4日後及び8日後の創傷形成部位から組織切片を採取し、HE染色(ヘマトキシリン・エオジン染色)を行った。更に、治癒後の再建された組織を正常な皮膚組織と比較するため、処置した日から23日後に創傷形成部位(完全に創傷が閉じている状態になっている部位)から組織切片を採取し、HE染色を行った。
【0063】
処置した日から2日後、10日後、及び14日後に創傷形成部位を撮影した像を図6、創傷形成部位における創傷面積を経時的に測定した結果を図7、処置した日から4日後及び8日後の創傷形成部位の組織片をHE染色した結果を図8、及び処置した日から23日後に創傷形成部位の組織片をHE染色した結果を図9に示す。
【0064】
複合体ゲル投与群では、ネガティブコントロール群と比べて初期から後期にわたり効果的な創傷面積の縮小が起こり、明確な治療効果が認められた。また、複合体ゲル投与群は、ポジティブコントロール群と比較しても、初期から中期にかけてのより高い面積縮小効果が認められた。
【0065】
また、創傷形成部位の組織片のHE染色の結果から、ポジティブコントロール群では、4日後から炎症細胞が創傷部位に集まり、その後も線維芽細胞や白血球等が集積し続け、傷が閉じていることが分かった。それに対して、複合体ゲル投与群では、4日後には周辺の正常皮膚からゲル上に線維芽細胞が活発に遊走し、8日後には、遊走してきた線維芽細胞の層が4日後の約1.5倍に厚くなり、更にゲルの内部にも細胞の浸潤が見られ、ゲルが真皮組織に置換されていく様子が認められた。
【0066】
更に、23日後の創傷形成部位の組織片のHE染色の結果から、ポジティブコントロール群では、創傷は閉じているものの、瘢痕が残っており、表皮は見られるものの角化層は薄く、またその下では階層性が見られず、皮下脂肪層は完全に欠損していることが確認された。また、ポジティブコントロール群では、正常組織と比べて数は少ないものの、血管や分泌腺は見られたが、それらは本来あるべき位置にはなかった。それに対して、複合体ゲル投与群では、厚みのある角化した表皮、血管・毛包・分泌腺等の多様な付属器を含む真皮及び皮下脂肪層が再建されていた。複合体ゲル投与群では、投与された複合体ゲルが、表皮細胞や線維芽細胞等の細胞の足場となり、且つ種々の細胞外マトリクスや成長因子を保持することにより、創傷部の効果的な面積縮小が起こり、短期間で創傷が閉じたと考えられる。また、複合体ゲル投与群では、投与された複合体ゲルが徐々に分解しつつも、複合体ゲルの残存部分に線維芽細胞や付属器を構成する細胞、脂肪細胞がゲル内に浸潤し、そこで組織化することで、複合体ゲルが疑似真皮や疑似皮下組織のようになり、最終的に複合体ゲルが分解消失することで皮膚本来の階層構造が形成され、さらに付属器まで再建されたと考えられる。
【0067】
試験例4:筋組織再生効果の検証
PLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液(ゾル状)について、筋組織再生効果を評価するための試験を行った。
【0068】
先ず、ヌードマウス(雌、5週齢、BALB/c-nu/nu)を、複合体ゲル投与群、単独ゲル投与群、マトリゲル投与群、及びPBS投与群(各群3匹)に分けた。各ヌードマウスの一方の肢の内側大腿筋の50%切除して損傷を作製した後に、ナイロン製縫合糸で皮膚を縫合した。損傷の作製から1日後に、各群のヌードマウスに対して以下の処置を行った。複合体ゲル投与群では、PLGA-PEG-PLGA(P3000)を3重量%、合成ヘクトライト(「Laponite XLG」、ROCKWOOD社製、ナノシート一層の厚み:0.92 nm、平均粒子径:25 nm)を0.9重量%含むPLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液(ゾル状)100μlを損傷部位に皮下注入した。単独ゲル投与群では、PLGA-PEG-PLGA(P3000)を15重量%含むPLGA-PEG-PLGA溶液(ゾル状)100μlを損傷部位に皮下注入した。マトリゲル投与群では、マトリゲル(MatrigelR Matrix、CORNING)100μlを損傷部位に皮下注入した。PBS投与群では、PBS(Phosphate buffered saline)100μlを損傷部位に皮下注入した。
【0069】
損傷を作製する前日、及び損傷を作製した日から14日後まで経時的に、損傷を作製した肢の筋力を測定した。肢の筋力の測定は、損傷を作製していない肢の指をマスキングテープで覆い、自由を奪った後に、小動物用握力測定装置(「GPM-100B」、有限会社メルクエスト)を用いて、損傷を作製した肢の筋力を測定した。損傷を作製する前日の筋力を100%として、損傷を作製した日以降の筋力回復率を算出した。また、損傷を作製した日から7日後及び14日後に損傷形成部位を切開し、内側大腿筋の状態を観察した。
【0070】
筋力回復率を経時的に測定した結果を図10、内側大腿筋の状態を観察した結果を図11に示す。この結果、複合体ゲル投与群では、他の群に比べて、筋力回復率が飛躍的に高くなっていた。また、損傷形成部位を切開したところ、複合体ゲル投与群では、他の群に比べて、損傷させた内側大腿筋が組織的な再生が進んでいることが確認された。
【0071】
試験例5:血管再生効果の検証
PLGA-PEG-PLGA//LP複合体溶液(ゾル状)について、血管再生効果を評価するための試験を行った。
【0072】
先ず、ヌードマウス(メス、5週齢、BALB/c-nu/nu)を、複合体ゲル投与群、単独ゲル投与群、及びマトリゲル投与群(各群3匹)に分けた。各群のヌードマウスに対して以下の処置を行った。複合体ゲル投与群では、PLGA-PEG-PLGA(P3000)を3重量%、合成ヘクトライト(「Laponite XLG」、ROCKWOOD社製)を0.9重量%含むPLGA-PEG-PLGA/LP複合体溶液(ゾル状)150μlを背中に皮下注入した。単独ゲル投与群では、PLGA-PEG-PLGA(P3000)を15重量%含むPLGA-PEG-PLGA溶液(ゾル状)150μlを背中に皮下注入した。マトリゲル投与群では、マトリゲル(MatrigelR Matrix、CORNING)150μlを背中に皮下注入した。投与して所定の日数 (14、21)後に、マウスの尾静脈から10 mg/mLのFITCラベル化デキストラン溶液 (Mw:70,000)を100 μL注射投与した。30分後にゲルを取り出し、蛍光顕微鏡観察を行った。
【0073】
ゲル内部の血管構造を蛍光顕微鏡により観察した結果、及び21日後のゲルの外観を観察した結果を図12に示す。14日後に複合体ゲル内部でのみ、新生血管の構築が見られた。この時点では血管が未熟であるため、FITC-デキストランは血管から漏れ出るが、時間経過に伴い血管は太く長く成長し、分岐構造も発達し、21日後には成熟した血管網が形成された。これは、複合体ゲルが分解に伴いVEGFなどの増殖因子や血管組織の足場タンパク質を吸着し、成分を置き換えたことによるものと考えている。このとき、皮下のゲルは血液で真っ赤に見えることからも、かなりの量の血管網がゲル内部に構築され、ホストマウスとゲル内部が生物学的につながっていると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12