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特許7205880メラノサイト分化誘導促進剤及びその使用方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-06
(45)【発行日】2023-01-17
(54)【発明の名称】メラノサイト分化誘導促進剤及びその使用方法
(51)【国際特許分類】
   A61P 17/00 20060101AFI20230110BHJP
   A61K 8/9728 20170101ALI20230110BHJP
   A61K 36/068 20060101ALI20230110BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20230110BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20230110BHJP
【FI】
A61P17/00
A61K8/9728
A61K36/068
A61Q19/00
C12N5/071
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018233284
(22)【出願日】2018-12-13
(65)【公開番号】P2020092657
(43)【公開日】2020-06-18
【審査請求日】2021-10-18
(73)【特許権者】
【識別番号】592262543
【氏名又は名称】日本メナード化粧品株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井上 悠
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 靖司
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第101760038(CN,A)
【文献】特開2016-153430(JP,A)
【文献】特開2013-102752(JP,A)
【文献】特開2014-117271(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61P 17/00
A61K 8/9728
A61K 36/068
A61Q 19/00
C12N 5/071
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
AGRICOLA(STN)
BIOTECHNO(STN)
FSTA(STN)
SCISEARCH(STN)
TOXCENTER(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
冬虫夏草の熱水もしくは水抽出物、エタノール水溶液抽出物、エタノール抽出物、または1,3-ブチレングリコール抽出物を有効成分として含有する、メラニン合成促進剤であって、該有効成分の最終濃度が0.0025重量%~0.01重量%の範囲で使用することを特徴とするメラニン合成促進剤
【請求項2】
請求項1に記載のメラニン合成促進剤を含有する、メラニン合成促進用組成物。
【請求項3】
請求項1に記載のメラニン合成促進剤の存在下で幹細胞を培養し、メラノサイトに分化誘導する工程を含む、メラノサイトにおけるメラニン合成促進方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進剤及び当該分化誘導促進剤を含有する色素異常症の改善又は治療用組成物、並びに当該分化誘導促進剤を使用したメラノサイト分化誘導促進方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メラノサイトは、メラニン色素を合成し、動物の皮膚の色や毛色を決めている細胞である。メラノサイトは、脊椎動物発生の基本となる神経管から派生する神経堤細胞に由来する。神経堤細胞は、神経管から真皮内に左右対称に腹側に遊走し、増殖しながら成熟する。最終的に、神経堤細胞は毛包に定着した後、さらに分化し、且つ成熟することで、メラノサイトへと分化し、且つ成熟する。
【0003】
また、毛包内では、成熟したメラノサイトとともに、バルジ領域付近に未分化な色素幹細胞が存在する。当該未分化色素幹細胞は、自己増殖するとともに、必要に応じて未熟なメラノブラストを経て、成熟したメラノサイトを表皮や毛母に供給していると考えられている。供給された成熟メラノサイトは周辺のケラチノサイトにメラノソームを移送することで、皮膚や毛に色素を供給している。このように、メラノサイトには様々な分化段階が存在する。
【0004】
メラノサイトの分化及び増殖並びにメラニン合成機構の異常は、様々な疾患の原因となる。例えば、メラノサイトの初期分化に重要な役割を果たす遺伝子群に変異が起きると、皮膚白斑、虹彩異色症及び難聴の3つを特徴とするワーデンブルグ(Waardenburg)症候群が引き起こされる。また、メラニン合成に関わるタンパク質であるチロシナーゼに変異が起こり、当該酵素の活性が失われた場合には、メラニンが全く生成されず、その個体は全身性白皮症I型(oculocutaneous albinism type I:OCA1)に罹患する(非特許文献1)。
【0005】
さらに、尋常性白斑は、日本において100~250万人が罹患していると推計される後天的で、且つ進行性の色素脱失症である。尋常性白斑は、臨床的に身体の一部にだけ発症する限局型、一定の神経支配領域に一致して片側性に発症する分節型、及び比較的広範囲に散在する汎発型に分類される。尋常性白斑の原因としては、メラノサイトやメラニンに対する自己免疫説や神経障害説等が考えられているが、詳細は不明である。
【0006】
これらの色素異常症に対する治療として、各種紫外線療法(長波長紫外線を照射するPUVA療法、中波長紫外線のうち治療に有効な波長(311nm)のみを選択的に照射するナローバンドUVB療法等)やステロイド剤の外用療法等が行われており、ある程度成果が得られている。しかしながら、これらの色素異常症治療法は完全な治療法とは言えず、色素異常症は未だ難治性疾患とされている。従って、色素異常症を根本的に解決できる因子の同定及び治療法の開発が不可欠である。
【0007】
一方、幹細胞は、様々な細胞に分化できる多分化能と、細胞分裂を経ても多分化能(未分化状態)を維持できる自己増殖能とを併せ持つ細胞である。幹細胞は、生体内の各組織に存在している。幹細胞は、障害若しくは疾患又は老化等に伴い組織の細胞が失われた場合に、新たな細胞を供給することにより組織の恒常性を保つ役割を果たす。近年、細胞移植治療や組織工学(再生医療や再生美容)の分野において、これらの幹細胞の性質を臓器や組織の再生に応用する活発な研究が進められている(非特許文献2)。
【0008】
また、未分化な幹細胞から特定細胞への分化誘導系を用いた解析により、これまでに種々の細胞への分化誘導促進剤が開発されている。例えば、特許文献1においては、間葉系幹細胞から心筋細胞への分化誘導系を用いて、その分化誘導促進剤としてピオグリタゾン(pioglitazone)を見出した。さらに、特許文献2においては、幹細胞から骨芽細胞への分化誘導系を用いて、その分化誘導促進剤としてカルシウム拮抗薬を見出した。その他、神経細胞や脂肪細胞等への幹細胞の分化誘導促進剤が開発されている。
【0009】
メラノサイトについても同様に、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導系において、その分化誘導を促進する素材が見出されれば、これまでにない、より根本的な色素異常症等のメラノサイトが関与する疾患の治療剤及び治療法の開発が期待される。
【0010】
冬虫夏草(学名:Cordyceps sinensis (Berkeley) Saccardo)は、子嚢菌門(Ascomycota)ボタンタケ目(Hypocreales)バッカク菌科(Clavicipitaceae)に属するキノコの一種で、生薬の冬虫夏草は、その子実体と寄生宿主の虫体を乾燥させたもので、ステロール類や抗菌成分を含み、漢方では、古来より不老長寿、滋養強壮、疲労回復の妙薬として重用されており、近年では、がん患者の免疫機能を高めるともに、化学療法による副作用を緩和させてがん患者のQOLを向上させるという、がんの補助治療薬としての有効性が評価されている。冬虫夏草はまた、血管新生促進作用(特許文献3)、肝細胞増殖因子産生誘導作用(特許文献4)、抗うつ作用(特許文献5)、アディポネクチン産生促進によるメタボリックシンドローム予防・改善作用(特許文献6)などがあることが報告されている。しかしながら、冬虫夏草の幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進効果については、これまで何ら知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2009-153514号公報
【文献】国際公開第06/123699号
【文献】特開2008-143868号公報
【文献】特開2008-201749号公報
【文献】特開2007-210898号公報
【文献】特開2007-31302号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Bennett DC,Lamoreux ML, Pigment Cell Research, 2003年, 第16巻, 第4号, pp. 333-344
【文献】西川 伸一ら, 実験医学増刊, 2008年, 第26巻, 第5号, pp. 74-80
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上述した実情に鑑み、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導を促進する活性を有する素材を見出し、これまでにない根本的な色素異常症の改善又は治療用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために、未分化な幹細胞からメラノサイトへの分化誘導系をスクリーニング系として用いることにより、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導を促進する素材の探索を行ったところ、冬虫夏草の抽出物が、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進活性を有することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、以下を包含する。
(1)冬虫夏草の抽出物を有効成分として含有する、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進剤。
(2)(1)に記載の幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進剤を含有する色素異常症の改善又は治療用組成物。
(3)(1)に記載の幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進剤の存在下で幹細胞を培養する工程を含む、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導を顕著に促進することで幹細胞からメラノサイトの作製を極めて効率的に行うことができる。従って、本発明は、メラノサイトの分化異常に伴う色素異常症の治療、予防及び改善の分野並びにメラノサイトを使用する組織再生の分野において大きく貢献できるものであり、医学、医薬品、医薬部外品、美容及び健康分野への応用が可能である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進剤(以下、「メラノサイト分化誘導促進剤」と称する)は、冬虫夏草の抽出物を有効成分として含有する。本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤によれば、幹細胞からメラノサイトへの分化を促進することで、メラノサイトの分化を制御することができる。
【0018】
また、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤によれば、メラノサイトの分化を制御することで、メラノサイトの分化異常に伴う色素異常症等の疾患を根本的に予防、改善及び治療することができる。さらに、幹細胞からメラノサイトへの分化を促進するための研究用試薬として、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤を使用することもできる。
【0019】
冬虫夏草(学名:Cordyceps sinensis (Berkeley) Saccardo)は、子嚢菌門(Ascomycota)ボタンタケ目(Hypocreales)バッカク菌科(Clavicipitaceae)に属する子嚢菌(キノコ)であり、昆虫又はその幼虫に寄生してその体内に内生菌核をつくり、有柄でこん棒状又は球状の子実体を形成する。冬虫夏草は、コウモリ蛾の幼虫(Hepialus armoricanus Oberthur)に寄生するコルディセプス・シネンシス(Cordyceps sinensis:シネンシストウチュウカソウとも称する)のみを冬虫夏草として呼ぶ場合もあるが、日本では、一般的に、バッカク菌科(Clavicipitaceae)のコルディセプス(Cordyceps)属(ノムシダケ属とも称する)に属し、昆虫又はその幼虫に寄生して子実体(キノコ)を形成する子嚢菌を冬虫夏草と位置付けている。従って、本発明に用いる冬虫夏草としては、コウモリ蛾の幼虫(Hepialus armoricanus Oberthur)に寄生する冬虫夏草(コルディセプス・シネンシス)、サナギタケ(Cordyceps militaris Link)、セミ類の幼虫に寄生するセミタケ(Cordyceps sobolifera B)、カメムシに寄生するミミカキタケ(Cordyceps nutans Pat)等が挙げられるが、冬虫夏草(コルディセプス・シネンシス)が好ましい。また、上記の冬虫夏草と宿主である昆虫またはその幼虫の複合体であってもよい。
【0020】
冬虫夏草の抽出物の調製において、使用する冬虫夏草の部位は、子実体、菌糸体が挙げられるが、子実体が好ましい。冬虫夏草はそのままを使用してよく、あるいは乾燥、粉砕、細切等の処理を行ってもよい。
【0021】
冬虫夏草の抽出物を得るための抽出方法は、特に限定されず、例えば、加熱抽出であっても良いし、常温抽出であっても良い。抽出に使用する溶媒としては、例えば、水、低級アルコール類(メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、1-ヘプタノール、2-ヘプタノール等)、液状多価アルコール類(プロピレングリコール、グリセリン、1,3-ブチレングリコール等)、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン等)、アセトニトリル、エステル類(酢酸エチル、酢酸ブチル等)、炭化水素類(ヘキサン、ヘプタン、流動パラフィン等)、エーテル類(エチルエーテル、プロピルエーテル、テトラヒドロフラン等)等が挙げられる。これらの溶媒のなかでも、水、低級アルコール及び液状多価アルコール等の極性溶媒が好ましく、水、エタノール、プロピレングリコール又は1,3-ブチレングリコールがより好ましい。これらの溶媒は単独で用いても、あるいは2種以上を混合して用いても良い。また、これら溶媒に酸やアルカリを添加してpH調整を行うこともできる。さらに、エタノール又は1,3-ブチレングリコールを溶媒として使用する場合には、例えば50~100%(v/v)、好ましくは50~60%(v/v)の濃度のエタノール又は1,3-ブチレングリコールを使用することができる。
【0022】
上述の溶媒を用いて、冬虫夏草を溶媒抽出に供する。冬虫夏草に対する溶媒の割合は、例えば1~50%(w/w)、好ましくは5~20%(w/w)が挙げられる。例えば、冬虫夏草(子実体等)に水を加え、95~100℃における熱水抽出を行うことで、冬虫夏草の抽出物を得ることができる。あるいは、冬虫夏草(子実体等)に低級アルコール(例えば、エタノール等)又は液状多価アルコール(例えば、プロピレングリコール、1,3-ブチレングリコール等)を添加し、常温(例えば5~35℃)で抽出を行うことで、冬虫夏草の抽出物を得ることができる。
【0023】
溶媒抽出後、得られた溶媒相自体を冬虫夏草の抽出物とすることができる。あるいは、必要に応じて、得られた溶媒相を、濃縮、希釈、濾過、乾燥等の処理及び活性炭等による脱色処理、脱臭処理等に供して、得られた生成物を冬虫夏草の抽出物とすることができる。特に、抽出した溶液を濃縮乾固、噴霧乾燥、凍結乾燥等の処理に供し、得られた乾燥物を冬虫夏草の抽出物として用いることが好ましい。
【0024】
このようにして得られた冬虫夏草の抽出物を本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤の有効成分とする。本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤は、医薬、医薬部外品、化粧料又は飲食品として使用することができる。また、上述の冬虫夏草の抽出物を、医薬、医薬部外品、化粧料又は飲食品の製造のために使用することもできる。具体的には、本発明に係る分化誘導促進剤は、メラノサイトの分化異常に伴う疾患である色素異常症又は難聴、特には色素異常症の改善又は治療用組成物として、又は当該組成物の製造のために使用することができる。さらに、本発明に係る分化誘導促進剤は、例えば細胞培養用添加剤、研究用試薬、医療用試薬、細胞移植剤等として使用することができる。
【0025】
ここで、色素異常症としては、例えばワーデンブルグ(Waardenburg)症候群、全身性白皮症I型(oculocutaneous albinism type I:OCA1)、尋常性白斑、限局性白皮症、遠心性後天性白斑、Vogt・小柳・原田病、老人性白斑、脱色素性母斑、偽梅毒性白斑等が挙げられる。
【0026】
さらに、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤を医薬、医薬部外品、化粧料又は飲食品として利用する場合には、その取扱い説明書又はパッケージに、冬虫夏草の抽出物を含有し、メラノサイト分化誘導促進活性を有することを特徴とする旨を表示することができる。
【0027】
本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤を、医薬又は医薬部外品として使用する場合には、剤形としては、特に限定されるものではないが、例えば、内服剤(錠剤、カプセル剤等)、外用剤(軟膏(クリーム)、水剤、エキス剤、ローション剤、乳剤等)並びに注射剤が挙げられる。当該医薬又は医薬部外品には、冬虫夏草の抽出物の他に、助剤、安定化剤、湿潤剤、乳化剤、吸収促進剤及び界面活性剤等の薬学的に許容される担体を任意に組合せて配合することができる。
【0028】
本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤を化粧料として使用する場合には、剤形としては、特に限定されるものではないが、例えば、クリーム、ローション、フォーム、エッセンス、ファンデーション、パック、スティック及びパウダー等が挙げられる。当該化粧料には、冬虫夏草の抽出物の他に、化粧料成分として一般に使用されている油分、界面活性剤、紫外線吸収剤、アルコール類、キレート剤、pH調整剤、防腐剤、増粘剤、色素類、香料等を任意に組合せて配合することができる。
【0029】
本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤における冬虫夏草の抽出物の配合量は、例えば皮膚外用剤である場合には、当該メラノサイト分化誘導促進剤全量に対し、固形物に換算して0.0001重量%以上、好ましくは0.001~10重量%とする。0.0001重量%未満では十分な効果は望みにくい。一方、10重量%を超えて配合した場合、効果の増強は認められにくく不経済である。また、添加の方法については、予め加えておいても、製造途中で添加しても良く、作業性を考えて適宜選択すれば良い。
【0030】
以上に説明した本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤を、ヒトを含めた動物に適用することで、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導を促進できる。また、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤を、生体内の(in vivoで)幹細胞に対して直接作用させることで、メラノサイトへの分化促進が有効な疾患を治療することができる。特に、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤によれば、色素異常症を治療、予防又は改善することができる。さらに、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤を生体内の(in vivoで)幹細胞に対して直接作用させることで、生体外で(in vitroで)幹細胞をメラノサイトへ分化させて移植する必要がないことにより、メラノサイトへの分化に要する時間を短縮することができ、移植に必要とされる細胞数を減らすことができる。
【0031】
なお、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤の幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進活性は、下記の本発明に係るメラノサイト分化誘導促進方法に関して記載する評価方法に準じて評価することができる。
【0032】
一方、本発明に係る幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進方法(以下、「本方法」と称する)は、上述の本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤存在下で幹細胞を培養することで、当該幹細胞からメラノサイトへの分化誘導を促進する方法である。本方法によれば、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導を促進することで、メラノサイトを製造することができる。換言すれば、本方法は、メラノサイトの製造方法とすることもできる。
【0033】
本方法で使用する幹細胞としては、メラノサイトに分化する幹細胞であればいずれのものであってよく、例えば胚性幹細胞(ES細胞);骨髄、血液、皮膚、脂肪、脳、肝臓、膵臓、腎臓、筋肉やその他の組織に存在する未分化な状態の細胞(総称して、体性幹細胞と称する)(Young H.E. et al., The Anatomical Record Part A, 2004, 276A:75-102;Alison M.R. et al., Journal of Pathology 2009, 217:144-160);遺伝子導入等により人工的に作製された幹細胞等が挙げられる。これら幹細胞は、初代培養細胞、継代培養細胞、凍結細胞のいずれであってもよい。好ましくは、ES細胞又は骨髄、血液、皮膚若しくは脂肪組織由来の幹細胞を使用することができる。例えばiPS細胞(人工多能性幹細胞:induced pluripotent stem cell)(Yang R. et al., Generation of Melanocytes from Induced Pluripotent Stem Cells, Journal of Investigative Dermatology, advance online publication, 11 August 2011)、真皮組織由来幹細胞(Li L. et al., Journal of Cell Science, 2010, 123(Pt 6):853-60)及び脂肪組織由来幹細胞からメラノサイトへの分化誘導が知られており、これら幹細胞を本方法で使用する幹細胞とすることができる。また、幹細胞の分化の方向性及び分化の過程等について同等の特性を持っていれば、全ての哺乳動物由来の幹細胞を使用することができる。例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ等の哺乳動物由来の幹細胞を使用することができる。
【0034】
本方法において、幹細胞培養培地又は幹細胞からメラノサイトへの分化誘導培地、また、これら培地と同時に用いる添加剤としては、限定されるものではないが、例えば以下のものが挙げられる。
【0035】
幹細胞を培養する培地としては、増殖因子としてLeukemia Inhibitory Factor (LIF)等を添加した、細胞の生存に必要な成分(無機塩、炭水化物、ホルモン、必須アミノ酸、非必須アミノ酸、ビタミン等)を含む基本培地が挙げられる。当該基本培地としては、例えば、Dulbecco's Modified Eagle Medium(D-MEM)、Minimum Essential Medium(MEM)、RPMI 1640、Basal Medium Eagle(BME)、Dulbecco's Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12(D-MEM/F-12)、Glasgow Minimum Essential Medium(Glasgow MEM)、ハンクス液(Hank's balanced salt solution)、MCDB153培地等が挙げられる。また、必要に応じて、培地は、Epidermal Growth Factor(EGF)、Tumor Necrosis Factor(TNF)、ビタミン類、インターロイキン類、インスリン、トランスフェリン、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コラーゲン、フィブロネクチン、プロゲステロン、セレナイト、B27-サプリメント、N2-サプリメント、ITS-サプリメント、抗生物質等を含有してもよい。
【0036】
また、上記以外には、1~20%の含有率でFBS(ウシ胎児血清)等の血清が培地に含まれることが好ましい。しかしながら、血清はロットの違いにより成分が異なり、その効果にバラツキがあるため、ロットチェックを行った後に使用することが好ましい。
【0037】
なお、幹細胞培養又は幹細胞からメラノサイトへの分化誘導における培地の交換は2~3日に1回行うことが好ましく、より好ましくは毎日行うことが好ましい。
【0038】
幹細胞培養又は幹細胞からメラノサイトへの分化誘導に使用する容器としては、例えば使い捨てのシャーレ、マイクロタイタープレート等が挙げられる。
【0039】
本方法においては、先ず幹細胞を準備する。幹細胞の培養(前培養)においては、未分化状態を保つために、Mitomycin C(MMC)で処理したMouse Embryonic Fibroblast(MEF)等をフィーダー細胞として使用する。培地は、LIF、L-グルタミン等を含有することが好ましい。例えば、培地含有容器底面上にフィーダー細胞をコンフルエントの状態まで培養し、その上に幹細胞を播種し、幹細胞を、所定の時間及び培養温度で培養する。培養後、フィーダー細胞から分離した幹細胞を回収し、メラノサイト分化誘導に使用する。
【0040】
次いで、本方法では、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤存在下で幹細胞を培養し、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導を促進する。特に、培養は、メラノサイト分化誘導系において行われる。メラノサイト分化誘導系としては、例えばフィーダー細胞(フィーダー細胞単層)上への幹細胞の播種、及びFBS、DEX(Dexamethasone:デキサメタゾン)、bFGF(basic Fibroblast Growth Factor:塩基性線維芽細胞増殖因子)、CT(Cholera Toxin:コレラトキシン)、EDN3(Endothelin-3:エンドセリン3)等のメラノサイトの分化を促す因子を添加した培地の使用が挙げられる(Yamane T., Hayashi S., Mizoguchi M., Yamazaki H., Kunisada T., Developmental Dynamics, 1999年, Vol. 216, Issue 4-5, pp. 450-458)。フィーダー細胞としては、例えばマウスやヒトのストローマ細胞であるST2細胞、OP9細胞、PA6細胞、StromaNKtertや線維芽細胞等が挙げられる。コンフルエント状態のフィーダー細胞上への幹細胞の播種個数は、24wellプレートの1穴当たり、例えば100~1000個、好ましくは300~600個が挙げられる。また、FBSは、培地に対して例えば1~20(v/v)%の濃度、好ましくは5~15(v/v)%の濃度で添加する。DEX(デキサメタゾン)は、培地に対して例えば10~500nMの濃度、好ましくは50~200nMの濃度で添加する。bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)は、培地に対して例えば1~100pMの濃度、好ましくは10~40pMの濃度で添加する。CT(コレラトキシン)は、培地に対して例えば1~100pMの濃度、好ましくは5~20pMの濃度で添加する。EDN3(エンドセリン3)は、培地に対して例えば10~1000ng/mLの濃度、好ましくは50~200ng/mLの濃度で添加する。
【0041】
一方、メラノサイト分化誘導系に使用される培地に対する本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤の添加濃度は、上述の本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤における冬虫夏草の抽出物の配合量に準じて適宜決定することができるが、例えば1~500μg/mL、好ましくは10~100μg/mLの濃度が挙げられる。また、メラノサイト分化誘導期間中、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤を、例えば1日~5日に1回(好ましくは1日1回)、定期的に培地に添加する。
【0042】
メラノサイト分化誘導系における培養条件としては、例えば35~38℃(好ましくは36~37℃)で20~30日間(好ましくは22~26日間)が挙げられる。
【0043】
幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進は、例えば、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤非存在下で培養した幹細胞と比較して、該促進剤存在下で培養した該幹細胞においてメラニン合成量又はメラノサイトマーカー遺伝子の発現が増加されているか否かを決定することで評価することができる。メラニン合成及びメラノサイトマーカー遺伝子の発現は、幹細胞からメラノサイトへの分化の指標である。ここで、メラノサイトマーカー遺伝子の発現の増加とは、幹細胞におけるmRNAレベル又はタンパク質レベルでのメラノサイトマーカー遺伝子発現の増加を意味する。メラノサイトマーカー遺伝子としては、例えばMitf-M(メラノサイト特異的小眼球症関連転写因子:Melanocyte-specific Microphthalmia-associated transcription factor)(Tachibana M. Pigment Cell Res.(2000)13(4):230-40.)及びTyrp1(チロシナーゼ関連タンパク質1:Tyrosinase-related protein 1)(Sarangarajan R, Boissy RE. Pigment Cell Res. (2001) 14(6):437-44.)等が挙げられる。
【0044】
メラニン合成量の評価方法では、培養後、メラニン合成量と細胞数とを定量し、細胞数当たりのメラニン合成量を算出する。細胞数測定において、例えば市販品のCell Counting Kit-8(同仁化学研究所製)等の測定後も細胞を回収できるキットを用いることが望ましい。また、メラニンの定量方法としては、例えば分化誘導後に細胞数を測定した細胞を2N NaOHで60℃で2時間溶解し、溶解物を475nmの吸光度で測定する方法が挙げられるが、これに限定されるものではない。次いで、得られた細胞数当たりのメラニン合成量を、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤非存在下で培養した幹細胞における細胞数当たりのメラニン合成量と比較する。
【0045】
一方、メラノサイトマーカー遺伝子発現の評価方法では、培養後の細胞からmRNA又はタンパク質を抽出する。次いで、得られたmRNA又はタンパク質中のメラノサイトマーカー遺伝子発現量を、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤非存在下で培養した幹細胞における当該遺伝子発現量と比較する。mRNAレベルでは、例えばメラノサイトマーカー遺伝子に特異的なプライマーやプローブを用いたRT-PCR、定量PCRやノーザンブロッティングによって確認する方法が挙げられる。また、タンパク質レベルでは、例えばメラノサイトマーカー遺伝子によりコードされるタンパク質に特異的な抗体を用いたELISA、フローサイトメトリー、ウエスタンブロッティング等の免疫学的方法が挙げられる。
【0046】
本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤非存在下で培養した幹細胞に比べて、本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤存在下で培養した幹細胞において、メラニン合成量又はメラノサイトマーカー遺伝子の発現が有意(例えば、1.05~10倍)に増加した場合に、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導が促進され、メラノサイトを製造することができたと判定することができる。
【0047】
以上に説明する本方法により得られたメラノサイトは、一般的に体外で培養した後、創傷部や組織を再生させたい部位に直接注射等で移植することが可能である。すなわち、得られたメラノサイトは、細胞医薬品や医薬組成物として使用され、例えば白斑などの色素異常症等の治療に用いることができる。
【実施例
【0048】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕冬虫夏草からの溶媒抽出物の製造例
以下に、冬虫夏草を用いた溶媒抽出物の製造例を示す。
【0049】
(製造例1)冬虫夏草の熱水抽出物の調製
乾燥させた冬虫夏草の子実体100gに水を2L加え、90~100℃で2時間抽出した。得られた抽出液を濾過した後、その濾液を減圧濃縮し、凍結乾燥することにより冬虫夏草の熱水抽出物2.9gを得た。
【0050】
(製造例2)冬虫夏草の50%エタノール抽出物の調製
乾燥させた冬虫夏草の子実体100gに50%(V/V)エタノール水溶液を2L加え、常温で1週間抽出した。得られた抽出液を濾過した後、その濾液を減圧濃縮し、凍結乾燥することにより冬虫夏草の50%エタノール抽出物2.4gを得た。
【0051】
(製造例3)冬虫夏草のエタノール抽出物の調製
乾燥させた冬虫夏草の子実体100gにエタノールを2L加え、常温で1週間抽出した。得られた抽出液を濾過した後、その濾液を減圧濃縮し、凍結乾燥することにより冬虫夏草のエタノール抽出物2.3gを得た。
【0052】
(製造例4)冬虫夏草の1,3-ブチレングリコール抽出物の調製
乾燥させた冬虫夏草の子実体5gに1,3-ブチレングリコールを100mL加え、常温で1週間抽出した。得られた抽出液を濾過することにより冬虫夏草の1,3-ブチレングリコール抽出物96.0gを得た。
【0053】
〔実施例2〕幹細胞からメラノサイトへの冬虫夏草の抽出物の分化誘導促進効果の評価
以下に、実施例1において製造した製造例1~4の冬虫夏草の抽出物を用いて、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導促進効果を評価し、該抽出物のメラノサイトへの分化誘導促進剤としての効果について確認した。
【0054】
本実施例では、メラノサイトの発生から成熟までの全ての段階において素材の評価を行うことが可能であるマウスES細胞からのメラノサイト分化誘導系(Yamane T., Hayashi S., Mizoguchi M., Yamazaki H., Kunisada T., Developmental Dynamics, 1999年, Vol. 216, Issue 4-5, pp. 450-458)を用いて、冬虫夏草の抽出物の効果を検討した。
【0055】
35mmシャーレにMMC(mitomycin C)処理したMEF細胞(Mouse embryonic fibroblast)をコンフルエントの状態で培養し、その上にマウスES細胞を1×105~2×105個播種し、37℃において5%CO2インキュベーターで前培養した。培地は、DMEMにchemicon社製のES細胞用添加因子(L-グルタミン液、2-メルカプトエタノール液、ヌクレオシド液、非必須アミノ酸液及びESGRO)を推奨濃度で添加した後、FBSを15%添加したものを使用した。
【0056】
次いで、ST2細胞を24wellプレート上でコンフルエントになるまで培養し、そこにMEFから分離した上述の培養ES細胞を250~500個播種した。当該培養物を、α-MEMに10%ウシ胎児血清(FBS)、100nM デキサメタゾン(DEX)、20pM塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、10pM コレラトキシン(CT)及び100ng/mL エンドセリン3(EDN3)を添加した分化誘導培地で培養し、ES細胞をメラノサイトへ分化誘導した。分化誘導は、上記分化誘導培地に各濃度(25、50、100μg/mL)で製造例1~4の冬虫夏草の抽出物を継続して添加して、24日間実施した。顕微鏡観察により、誘導後6日目にはST2細胞上に形成されたES細胞のコロニーが広がり始め、18日目前後でコロニーの周りにメラノサイトが出現した。誘導後24日目までに、出現したメラノサイトがさらにメラニン合成を行う様子が観察された。
【0057】
分化誘導24日目に、Cell Counting Kit-8(同仁化学研究所)を用いて相対細胞数を定量した。一方、細胞数定量後、細胞をPBS(-)で3回洗浄した後、2N NaOHを用いて60℃で2時間溶解し、溶解物について475nmの吸光度を測定した。これらの試験結果を以下の表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
表1に示すように、冬虫夏草の抽出物(製造例1~4)の全てにおいて、細胞数当たりのメラニン合成量は濃度依存的に増加し、顕著なメラノサイト分化誘導促進効果が認められた。以上より、冬虫夏草の抽出物が極めて優れた幹細胞からのメラノサイト分化誘導促進効果を有することが明らかとなり、冬虫夏草の抽出物のメラノサイト分化誘導促進剤としての効果を確認した。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明に係るメラノサイト分化誘導促進剤によれば、色素異常症等のメラノサイトが関与する疾患を治療、予防及び改善することができる。例えば、本発明において見出された冬虫夏草の抽出物を用いることにより根本からの色素異常症(白斑等)の解決に繋がる。また、本発明で見出された冬虫夏草の抽出物を、経口投与、直接注入、塗布、貼付等により導入し、組織に存在する幹細胞に直接作用させることで、幹細胞からメラノサイトへの分化誘導を促進させることができる。さらに、当該促進によれば、直接的な皮膚組織の再生も期待できる。