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特許7206338HIV-1プロウイルスDNAのin vivo切除のための組成物及び方法
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  • 特許-HIV-1プロウイルスDNAのin  vivo切除のための組成物及び方法 図1
  • 特許-HIV-1プロウイルスDNAのin  vivo切除のための組成物及び方法 図2
  • 特許-HIV-1プロウイルスDNAのin  vivo切除のための組成物及び方法 図3A
  • 特許-HIV-1プロウイルスDNAのin  vivo切除のための組成物及び方法 図3B
  • 特許-HIV-1プロウイルスDNAのin  vivo切除のための組成物及び方法 図4A
  • 特許-HIV-1プロウイルスDNAのin  vivo切除のための組成物及び方法 図4B
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-06
(45)【発行日】2023-01-17
(54)【発明の名称】HIV-1プロウイルスDNAのin vivo切除のための組成物及び方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20230110BHJP
   C12N 15/86 20060101ALI20230110BHJP
   C12N 15/11 20060101ALI20230110BHJP
   C12N 15/49 20060101ALN20230110BHJP
【FI】
C12N15/09 110
C12N15/86 Z ZNA
C12N15/11 Z
C12N15/49
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021139036
(22)【出願日】2021-08-27
(62)【分割の表示】P 2019151297の分割
【原出願日】2014-03-25
(65)【公開番号】P2022001051
(43)【公開日】2022-01-06
【審査請求日】2021-09-24
(31)【優先権主張番号】61/808,437
(32)【優先日】2013-04-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】509239956
【氏名又は名称】トラスティーズ・オブ・ダートマス・カレッジ
(73)【特許権者】
【識別番号】516157795
【氏名又は名称】ユナイテッド・ステーツ・ガバメント・アズ・レプリゼンテッド・バイ・ザ・デパートメント・オブ・ベテランズ・アフェアーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】アレクサンドラ・エル・ハウエル
(72)【発明者】
【氏名】スーザン・ケー・エスターハス
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】特許第6576904(JP,B2)
【文献】Nucleic Acids Research, 2005, Vol.33, p.235-243
【文献】SCIENCE, 15 FEBRUARY 2013, Vol.339, p.823-826
【文献】NATURE BIOTECHNOLOGY, MARCH 2013, Vol.31, p.230-232
【文献】Cold Spring Harbor Perspectives in Medicine, 2012, Vol.4, a006916
【文献】RNA Guided Human Gene and Genome Engoneering and Radical life extension, disease prevention and cure,https://www.nextbigfuture.com/2013/01/rna-guided-human-gene-and-genome.html,January 13, 2013, [retrieved on 19.02.2018]
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/00- 3/00
C12N 9/00- 9/99
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a) 標的のヒト免疫不全ウイルス1(HIV-1)のDNA配列とハイブリダイズする一種以上のガイドRNA、又は前記一種以上のガイドRNAをコードする核酸;及び
(b) 規則的な間隔をもってクラスター化された短鎖反復回文配列関連(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats-Associated:cas)タンパク質;又は前記タンパク質をコードする核酸
を含むキットであって、標的HIV-1 DNA配列が、配列番号3、配列番号4、及び配列番号6で示される塩基配列から成る群から選択され、
前記casタンパク質がCas9である、キット。
【請求項2】
前記一種以上のガイドRNAをコードする核酸であって、発現ベクター及びウイルスベクターから成る群から選択されるベクターに包含される核酸を含み、
前記casタンパク質をコードする核酸であって、発現ベクター及びウイルスベクターから成る群から選択されるベクターに包含される核酸を含む、請求項1に記載のキット。
【請求項3】
前記標的HIV-1 DNA配列が配列番号4で示される塩基配列であり、前記一種以上のガイドRNA、又は前記一種以上のガイドRNAをコードする核酸が配列番号4で示される塩基配列又はその相補配列を含む、請求項2に記載のキット。
【請求項4】
前記一種以上のガイドRNAをコードする核酸、及び前記casタンパク質をコードする核酸を含み、前記一種以上のガイドRNAをコードする核酸、及び前記casタンパク質をコードする核酸のそれぞれが、発現ベクター及びウイルスベクターから成る群から選択される同じベクターに包含される、請求項1に記載のキット。
【請求項5】
前記casタンパク質がヒト細胞での発現用にコドン最適化されている、請求項1に記載のキット。
【請求項6】
前記casタンパク質が核局在配列をさらに含む、請求項1に記載のキット。
【請求項7】
一種以上のガイドRNAをコードする核酸を含み、前記ガイドRNAが配列番号4で示される塩基配列である標的のヒト免疫不全ウイルス1のDNA配列とハイブリダイズする、ベクター。
【請求項8】
発現ベクターである、請求項7に記載のベクター。
【請求項9】
ウイルスベクターである、請求項7に記載のベクター。
【請求項10】
casタンパク質をコードする核酸をさらに含む、請求項7に記載のベクター。
【請求項11】
前記casタンパク質がCas9である、請求項10に記載のベクター。
【請求項12】
前記casタンパク質がヒト細胞での発現用にコドン最適化されている、請求項10に記載のベクター。
【請求項13】
前記casタンパク質が核局在配列をさらに含む、請求項10に記載のベクター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、その内容全体が参照により本明細書に組み込まれている2013年4月4日出願の米国仮出願第61/808,437号の優先権の利益を主張するものである。
【0002】
本発明は、Veteran's Administrationにより授与された助成金番号001のもとで、政府支援によりなされたものである。政府は本発明における一定の権利を有する。
【背景技術】
【0003】
Jansenら((2002) OMICS J. Integr. Biol. 6:23-33)によって説明されるCRISPR (Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat);SPIDR (Spacers Interspersed Direct Repeats)、VNTR (Variable Number of Tandem Repeats)、SRVR (Short Regularly Variable Repeats)、又はSRSR (Short Regularly Spaced Repeats)遺伝子座は、細菌及び古細菌に存在するが真核生物には存在しない、新規な繰り返し配列のファミリーを構成する。繰り返し遺伝子座は、典型的には、おおよそ同じ長さの非繰り返しDNAスペーサーと交互に並ぶ、25~37塩基対の繰り返しの一続きのヌクレオチドから構成される。
【0004】
CRISPR遺伝子座の主要な生産物は、侵入者標的配列を包含する短いRNAと思われ、その経路における役割に基づき、原核生物サイレンシングRNA(psiRNA)と称される(Makarovaら(2006) Biol. Direct 1:7、Haleら(2008) RNA 14:2572-2579)。RNA解析により、CRISPR遺伝子座の転写産物が繰り返し配列内で切断され、個々の侵入者標的配列及び隣接繰り返し断片を包含する60~70塩基のRNA中間物を放出することが示された(Tangら(2002) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99:7536-7541、Tangら(2005) Mol. Microbiol. 55:469-481、Lillestolら(2006) Archaea 2:59-72、Brounsら(2008) Science 321:960-964、Haleら(2008) RNA 14:2572-2579)。古細菌の一種ピュロコックス フリオスス(Pyrococcus furiosus)において、これらの中間体RNAは、豊富に存在し安定な最大35塩基~45塩基の成熟psiRNAへとさらにプロセシングされる(上記のHaleら(2008))。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Jansenら(2002) OMICS J. Integr. Biol. 6:23-33
【文献】Makarovaら(2006) Biol. Direct 1:7
【文献】Haleら(2008) RNA 14:2572-2579
【文献】Tangら(2002) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99:7536-7541
【文献】Tangら(2005) Mol. Microbiol. 55:469-481
【文献】Lillestolら(2006) Archaea 2:59-72
【文献】Brounsら(2008) Science 321:960-964
【文献】Maliら(2013) Science 339:823-6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
合成生物学、遺伝子ネットワークの直接的かつ多重的な摂動(perturbation)、並びに標的化されたex vivo及びin vivo遺伝子治療用途へのCRISPR/CRISPR関連(Cas)システムの使用が示唆されてきた(Maliら(2013) Science 339:823-6)。しかし、ヒトのゲノム内に組み込まれた(インテグレーションされた)外因性DNAを標的とする特定の分子は説明されていない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、標的のヒト免疫不全ウイルス1(HIV-1)のDNA配列を保有する真核細胞を、(a)一種以上のガイドRNA又は前記一種以上のガイドRNAをコードする核酸、及び(b)規則的な間隔をもってクラスター化された短鎖反復回文配列関連(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats-Associated:cas)タンパク質、又は前記casタンパク質をコードする核酸と接触させ、前記ガイドRNAが前記標的HIV-1 DNA配列とハイブリダイズし、これにより前記標的HIV-1 DNA配列の機能又は存在を阻害することにより、真核細胞における標的HIV-1 DNA配列の機能又は存在を阻害する方法である。一つの実施態様において、標的HIV-1 DNA配列は、配列番号2~10から成る群から選択される。他の実施態様において、casタンパク質は、cas9であり、ヒト細胞での発現用にコドン最適化されている、及び/又は核局在配列を有する。
【0008】
また、(a)一種以上のガイドRNA又は前記一種以上のガイドRNAをコードする核酸であって、前記ガイドRNAが標的HIV-1 DNA配列とハイブリダイズするもの;及び(b)casタンパク質;又は前記タンパク質をコードする核酸を包含するキットも提供する。一つの実施態様において、標的HIV-1 DNA配列は、配列番号2~10からなる群から選択される。他の実施態様において、casタンパク質は、cas9であり、ヒト細胞での発現用にコドン最適化されている、及び/又は核局在配列を有する。
【0009】
さらに、一種以上のガイドRNAをコードする核酸を保有し、前記ガイドRNAが配列番号2~10からなる群から選択される標的のヒト免疫不全ウイルス1のDNA配列とハイブリダイズする、ベクターを提供する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、HIV-1 LTR由来のスペーサー配列を有するガイドRNA転写産物の二次構造を描写する。
図2図2は、ガイドRNA(gRNA)及びcasタンパク質の送達、並びにそれに続く転写、翻訳及びHIV-1標的配列の切断を示す。
図3A図3Aは、HIV特異的なガイドRNA及びhCas9の発現が内在性LTRプロモーターによって発現するGFPの発現に与える効果を示す。空ベクターのトランスフェクションによりGFPの発現が中程度に活性化される(未処理対照でGFP+6%細胞に対してGFP+15%細胞)。hCas発現プラスミド及び表示されたガイドRNA(U3A、U3B、U3C、TAR、U5、5'UT及びGAG)発現プラスミドをコトランスフェクションすると、ある場合には(最も顕著にはU3B及びU5)発現が10%未満にまで減少したが、一方で他のガイドRNA(例えばU3A、U3C及びTAR)は効果がなかった。全てのトランスフェクションは3重で行った。ANOVA(分散分析)統計によって、空ベクターといくつかのガイドRNAとの間に有意差が示された(*p=<0.05;**p=<0.005;***p=<0.0005)。
図3B図3Bは、TNF-αの存在下においてHIV特異的なガイドRNA及びhCas9発現が内在性LTRプロモーターによって発現するGFPの発現に与える効果を示す。この解析は、5 ng/mlのTNF-αに6時間だけ曝露することによってJ-Lat細胞を中程度に活性化しても、図3Aに示された結果は変わらなかったことを示し、特定のガイドRNAによって誘導される切断によって生じるLTRの安定性(integrity)についての持続的な変化を示している。全てのトランスフェクションは3重で行った。ANOVA(分散分析)統計によって、空ベクターといくつかのガイドRNAとの間に有意差が示された(*p=<0.05;**p=<0.005;***p=<0.0005)。
図4A図4は、特定のガイドRNAがLTRレポータープラスミド由来のGFP発現を減少させることを示す。Jurkat細胞を3種類のプラスミド:ガイドRNA、hCas及びHIV-1レポータープラスミドでトランスフェクションし、無傷の(intact)LTR及び5'配列がGFPの発現を促進する。結果は、いくつかのガイドRNAプラスミドを有する細胞についてGFPを発現する割合の減少を示すが、U3C及びTARに対するガイドRNAを有する細胞では示さない。グラフは2つの別個の実験の結合を表し、それぞれについて3重のウェルで行われ、*p=<0.05である。
図4B図4Bは、レポータープラスミドLTRの相対安定性(relative integrity)を示す。Jurkat細胞を3種類のプラスミド:ガイドRNA、hCas及びHIV-1レポータープラスミドでトランスフェクションし、無傷のLTR及び5'配列がGFPの発現を促進する。全DNAを単離し、U3Bの結合部位に隣接しGAGガイドRNAまでを含むプライマーを用いたリアルタイムPCRにより、回収したレポータープラスミドの安定性を分析した。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、CRISPRシステムを用いて、(例えばin vitro又は対象中に存在する)宿主細胞のゲノムに組み込まれ、新たなウイルス粒子の供給源となる1型ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)のDNA部分の機能及び/又は存在に干渉する方法及びキットを提供する。この組み込まれた部分が無ければ、感染した細胞は新たなウイルス粒子を生産することができず、従って感染した人におけるウイルス負荷が減少する。
【0012】
従って、本発明は、一種以上のガイドRNA及びcasタンパク質、又は前記ガイドRNA若しくはcasタンパク質をコードする核酸を、標的HIV-1 DNA配列を保有する真核細胞に投与し、前記ガイドRNAが前記標的HIV-1 DNA配列とハイブリダイズし、これにより前記標的HIV-1 DNA配列の機能又は存在に干渉することによって、真核細胞における標的HIV-1 DNA配列の機能及び/又は存在を阻害する方法である。例えば、標的配列がもうそれ以上転写及び/又は翻訳されなくなった場合、HIV-1 DNA標的配列の機能は阻害される。この点において、HIV-1 DNA標的は変異又は切除され得る。HIV-1 DNA標的配列が例えば宿主ゲノムから切除される場合、標的配列の存在は阻害される。
【0013】
細菌及び古細菌では、規則的な間隔をもってクラスター化された短鎖反復回文配列(CRISPR)/CRISPR関連(Cas)システムは、短いRNAを用いて外来核酸(DNA/RNA)を直接分解する。CRISPR防御には、侵入するウイルス又はプラスミドDNA由来の新たな標的「スペーサー」の獲得及びCRISPR遺伝子座への組み込み、スペーサー・反復配列の単位から構成される短いガイドCRISPR RNA(crRNA)の発現及びプロセシング、並びにスペーサーと相補する核酸(最も一般的にはDNA)の切断が関与する。
【0014】
CRISPRシステムの3つのクラス(タイプI、II及びIII)が記述される。本発明の特定の実施態様において、タイプII CRISPRシステムを採用するが、これはタイプIIがdsDNAを切断するのに単一のエフェクター酵素であるCas9を用いるからであり、これに対してタイプI及びタイプIIIシステムは複合体として働く複数の異なるエフェクターを必要とする(Makarovaら(2011) Nat. Rev. Microbiol. 9:467)。タイプIIエフェクターシステムはスペーサー含有CRISPR遺伝子座から転写される長いpre-crRNA、多機能性のCas9タンパク質、及びgRNAのプロセシングのためのtracrRNAから構成される。tracrRNAは繰り返し領域とハイブリダイズし、pre-crRNAのスペーサーを分離させ、内在性RNase IIIによるdsRNAの切断を開始させ、その後Cas9による各スペーサー内での第二の切断事象が起こり、tracrRNA及びCas9と会合したままの成熟crRNAが生産される。しかし、ガイドRNA(gRNA)と称されるtracrRNA:crRNAの融合(fusion)はin vitroで機能することができることが明らかになっており、これによってRNase III及びcrRNAのプロセシングの全体的な必要性がなくなる(Jinekら(2012) Science 337:816)。その結果、本発明の特定の実施態様において、ガイドRNA分子はHIV-1 DNA配列を標的にするために用いられる。本発明のガイドRNA分子は、長さが80~130ヌクレオチド、90~120ヌクレオチド又は100~110ヌクレオチドのサイズの範囲であってよく、RNA及びDNAの組み合わせで構成されてもよい。特定の実施態様において、ガイドRNAはR-GU UUU AGA GCU AGA AAU AGC AAG UUA AAA UAA GGC UAG UCC GUU AUC AAC UUG AAA AAG UGG CAC CGA GUC GGU GCT TTT TT (配列番号1)の配列を有し、配列中RはHIV-1 DNA 標的配列と特異的にハイブリダイズするスペーサー配列である。
【0015】
タイプII CRISPRの干渉はCas9が二本鎖DNAをほどき、crRNAに一致する配列を検索して切断することに起因する。標的の認識は、標的DNA中の「プロトスペーサー」配列とcrRNAの残存するスペーサー配列との相補性を検出することで起こる。正しいプロトスペーサー隣接モチーフ(protospacer-adjacent motif:PAM)が3'末端にも存在している場合のみ、Cas9はDNAを切る。タイプIIシステムの種類によって様々なPAMの要件がある。S. pyogenesシステムはNGG配列を必要とし、配列中Nは任意のヌクレオチドであってよい(Maliら(2013) Science 339:823-6)。S. thermophilusのタイプIIシステムはNGGNG(Horvath & Barrangou (2010) Science 327:167)及びNAGAAW(Deveauら(2008) J. Bacteriol. 190:1390)をそれぞれ必要とし、一方で異なるS. mutansシステムはNGG又はNAARを許容する(van der Ploegら(2009) Microbiology 155:1966)。
【0016】
ある実施態様において、ガイドRNAはHIV-1 DNA配列内の一部位を標的とする。他の実施態様において、2以上のガイドRNAを用いてHIV-1 DNA配列内の複数部位を標的とする。特定の実施態様において、ガイドRNAのスペーサーは表1に提示するものから選択される標的配列を有する。しかし、バイオインフォマティクス解析によって様々な細菌における大規模なCRISPR遺伝子座のデータベースが作られており、この解析は、PAMを決定し、CRISPRが標的可能なさらなるHIV-1配列を同定するのに役立つ(Rhoら(2012) PLoS Genet. 8:el002441;Prideら(2011) Genome Res. 21:126)。
【0017】
【表1】
【0018】
本発明の特定の実施態様においてガイドRNAはHIV-1 DNAのLTR部分を標的とする。LTRは、新たなビリオンを組み立てるために必須の遺伝子の転写を促進及び調節するために機能し、また全HIV-1ゲノムを転写し、感染性粒子内に包括させる。組み込まれたプロウイルス内には2コピーのLTRがあり、そのため瞬間的な標的のサイズが2倍になる。上記に示したLTR標的配列は必要なPAM配列を有しており、HIV-1に特有の配列なので、交差反応を起こす(cross-reacting)相同性がヒトのゲノムに無い。ヒトのゲノムはLTR様配列を有する多くの他のレトロウイルスを包含しているので、これは特に重要である。よって、非感染細胞では細胞毒性が非常に低いか、又は無いことが期待される。
【0019】
タイプII CRISPRシステムは、「HNH」タイプのシステム(Streptococcus様;Neisseria meningitidis(髄膜炎菌)血清型B群Z2491株又はCASS4株、血清型A群Z2491株又はCASS4株に由来してNmeniサブタイプとしても知られる)を含むが、このシステムにおいては、Cas9はcrRNAを生産し標的DNAを切断するのには十分である。Cas9は、少なくとも2つのヌクレアーゼドメインを包含しており、アミノ末端近くのRuvC様ヌクレアーゼドメイン、及びタンパク質の中央にあるHNH(又はMcrA-様)ヌクレアーゼドメインである。制限酵素中にHNHヌクレアーゼドメインが豊富にあり、エンドヌクレアーゼ活性を有する(Kleanthousら(1999) Nat. Struct. Biol. 6:243-52;Jakubauskasら(2007) J. Mol. Biol. 370:157-169)ことから、このドメインは標的の切断に関与していることが示唆されてきた。さらに、S. thermophilusのタイプII CRISPR-Casシステムについては、in vivoでプラスミド及びファージDNAを標的とすることが明らかにされており(Garneauら(2010) Nature 468:67-71)、Cas9の不活性化により干渉が消失することが示されている(Barrangouら(2007) Science 315:1709-12)。本発明のある実施態様において、HIV-1標的配列の切断に用いられるcasタンパク質はタイプII casタンパク質である。他の実施態様において、casタンパク質は、Streptococcus thermophilus、Listeria innocua、Neisseria meningitidis又はS. pyogenesから単離したタイプII casタンパク質である。他の実施態様において、casタンパク質は、Streptococcus thermophilusから単離した(GENBANK アクセッション番号YP_820832を参照)、Listeria innocuaから単離した(GENBANK アクセッション番号NP_472073を参照)、Neisseria meningitidisから単離した(GENBANK アクセッション番号YP_002342100を参照)又はS. pyogenesから単離した(GENBANK アクセッション番号AAK33936及びNP_269215を参照)Cas9タンパク質である。特定の実施態様において、Cas9タンパク質はヒトでの発現用にコドン最適化されている(配列番号11)。Cas9タンパク質をコードする核酸を保有するプラスミドは、Addgene(Cambridge, MA)等の保管供給源(repository source)から入手可能である。そのようなプラスミドの例には、pMJ806 (S. pyogenes cas9)、pMJ823 (L. innocua cas9)、pMJ824 (S. thermophilus cas9)、pMJ839 (N. meningitides cas9)、及びpMJ920 (ヒトコドン最適化cas9)が含まれる。
【0020】
核に入りやすくするために、本発明のcasタンパク質は核局在配列(NLS)を含んでもよい。用語「核局在配列」は、そのような配列を有する分子又はそのような配列に連結した分子の真核細胞の核内への輸送を誘導するアミノ酸配列を意味する。この文脈において、用語「有する」は、好ましくは核局在配列が分子の一部を形成する、すなわち分子の残りの部分に共有結合、例えばインフレーム(in-frame)タンパク質融合によって結合されることを意味する。この文脈において用語「結合された」は、真核細胞の核内に導入するための核局在配列と別の分子の間の任意の可能な結合、例えば共有結合、水素結合又はイオン相互作用を意味する。この文脈において用語「核内への輸送」は、分子が核内に移行されることを意味する。
【0021】
核移行は、直接的又は間接的な手段によって検出することができる。例えば、核局在配列又は移行される分子(例えばcasタンパク質又はガイドRNA)が蛍光染料で標識される場合は、蛍光又は共焦点レーザー走査型顕微鏡によって直接観察を行うことができる(標識キットは例えばPierce又はMolecular Probesより市販されている)。また、核局在配列又は移行された分子(例えばcasタンパク質又はガイドRNA)が金コロイド等の高電子密度材料で標識されれば、移行は電子顕微鏡によって評価することもできる(Oliver(1999) Methods Mol. Biol. 115:341-345)。移行は、間接的な方法、例えば標的HIV-1 DNA配列の切断を測定することによって評価することができる。
【0022】
多数の核局在配列が当該技術分野において説明されてきた。これらには、SV40ウイルスのラージT抗原の核局在配列が含まれ、その最小機能単位は、7アミノ酸配列のPKKKRKV (配列番号12)である。核局在配列の他の例には、配列NLSKRPAAIKKAGQAKKK (配列番号13) を有する核質二分(nucleoplasmin bipartite)NLS (Michaud & Goldfarb (1991) J. Cell Biol. 112:215-223)、PAAKRVKLD (配列番号14)又はRQRRNELKRSF (配列番号15)のアミノ酸配列を有するc-myct核局在配列(Cheskyら(1989) Mol. Cell Biol. 9:2487-2492)及び配列NQSSNFGPMKGGNFGGRSSGPYGGGGQYFAKPRNQGGY(配列番号16)を有するhRNPAI M9 NLS (Siomi & Dreyfuss (1995) J. Cell Biol. 129:551-560)が含まれる。さらなるNLSの例には、インポーチンα由来のIBBドメインの配列RMRKFKNKGKDTAELRRRRVEVSVELRKAKKDEQILKRRNV(配列番号17) (Gorlichら(1995) Nature 377:246-248);筋腫Tタンパク質のVSRKRPRP (配列番号18)及びPPKKARED (配列番号19);ヒトp53由来のPQPKKKPL (配列番号20);マウスc-abl IV由来のSALIKKKKKMAP (配列番号21) (Van Ettenら(1989) Cell 58:669-678);インフルエンザウイルス由来のNS1DRLRR (配列番号22)及びPKQKKRK (配列番号23) (Greenspanら(1988) J. Virol. 62:3020-3026)、肝炎ウイルスデルタ抗原由来のRKLKKKIKKL (配列番号24) (Changら(1992) J. Virol. 66 :6019-6027);並びにマウスMx1タンパク質由来のREKKKFLKRR (配列番号25) (Zurcherら(1992) J. Virol. 66:5059-5066)が含まれる。また、ヒトポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼの配列KRKGD
EVDGVDEVAKKKSKK (配列番号26) (Schreiberら(1992) EMBO J. 11:3263-3269)又はステロイドホルモン受容体(ヒト)グルココルチコイドの配列RKCLQAGMNLEARKTKK (配列番号27) (Cadepondら(1992) Exp. Cell Res. 201:99-108)等の二分核局在配列を用いることも可能である。ある実施態様において、NLSはcasタンパク質のN末端に局在する。他の実施態様において、NLSはcasタンパク質のC末端に局在する。
【0023】
一種以上のガイドRNA及びcasタンパク質を、本発明の方法に従って、それぞれ単離したRNA及びタンパク質として用いることができる。本明細書で用いる、単離分子(例えばDNA、RNA等の単離核酸又は単離ポリペプチド)は、少なくとも自然界に存在する生物のいくつかの他の構成要素、例えば一般的に分子と会合している細胞構造の構成要素又は他のポリペプチド若しくは核酸等から分離された又は実質的に解放された分子を意味する。一般的に、単離分子は少なくとも25質量%(w/w)、50%(w/w)、60%(w/w)、70%(w/w)、75%(w/w)、80%(w/w)、85%(w/w)、90%(w/w)、95%(w/w)、97%(w/w)、98%(w/w)、99%(w/w)又はそれ以上の純度である。
【0024】
あるいは、一種以上のガイドRNA及びcasタンパク質を、ガイドRNA及びcasタンパク質をそれぞれコードする単離核酸を介して細胞又は対象に与えることができる。一つの実施態様において、ガイドRNA及びcasタンパク質をコードする単離核酸を、裸の(naked)DNAとして与えることができる。別の実施態様において、ガイドRNA及びcasタンパク質をコードする単離核酸を遺伝子送達ベクターに組み込む。特定の実施態様において、ベクターは発現ベクターである。例示的なベクターには、プラスミド、脂質ベクター及びウイルスベクターである。用語「核酸の発現」とは、配列が転写され、casタンパク質の場合は、その結果翻訳されてcasタンパク質を生産することを意味する。
【0025】
本発明の方法は、ヒト細胞においてガイドRNA及びcasタンパク質をコードする核酸の送達及び発現のための手段を提供する。ある実施態様において、核酸は標的細胞において一時的に発現される。他の実施態様において、核酸は、例えば細胞のゲノムへの組み込みにより、又は安定的に保たれるエピソーム(例えばEpstein Barrウイルス由来のもの)からの持続的な発現により、標的細胞に安定に組み込まれる。
【0026】
一態様として、本発明の単離核酸、ベクター、方法及びキットは、ガイドRNA及びcasタンパク質を対象に投与する方法に用途を見出す。このように、ガイドRNA及びcasタンパク質をin vivoで生産することができる。対象は、ガイドRNA及びcasタンパク質が治療的効果、例えばウイルスの負荷又は拡散の減少を与えるようなHIV-1感染状態にある、又はそのリスクがある状態である可能性がある。
【0027】
本発明の単離核酸を問題となっている標的の細胞又は対象へ送達するために任意の適切なベクターを用いることができることが当業者には明らかであろう。対象の宿主の年齢及び種、所望の発現レベル及び持続性、標的の細胞又は臓器、送達経路、単離核酸のサイズ、安全性の懸念等を含む、当業者に周知の多数の要因に基づいて送達ベクターの選択をすることができる。
【0028】
適切なベクターには、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルス、アルファウイルス;ワクシニアウイルス、アデノ随伴ウイルス、又は単純ヘルペスウイルス)、脂質ベクター、ポリリジンベクター、合成ポリアミノポリマーベクター、プラスミド等が含まれる。
【0029】
本明細書で用いられる用語、ウイルスベクター又はウイルス送達ベクターは、核酸送達ビヒクルとして機能するウイルス粒子を指すことができ、ビリオン内に包括されたベクターゲノムを含有する。あるいは、これらの用語は、ビリオンが不在の状態で核酸送達ベヒクルとして用いる場合は、ビリオンベクターゲノムを指すのに用いることができる。
【0030】
組換えウイルスベクターを生産するためのプロトコル及び核酸送達用にウイルスベクターを用いるためのプロトコルは、Current Protocols in Molecular Biology, Ausubel, F. Mら(編) Greene Publishing Associates(1989)及び他の標準的な実験室マニュアル(例えばVectors for Gene Therapy. In: Current Protocols in Human Genetics. John Wiley and Sons, Inc.:1997)に載っている。特定のウイルスベクターの例には、例えば、レトロウイルス、アデノウイルス、AAV、ヘルペスウイルス及びポックスウイルスベクターが含まれる。
【0031】
本発明の特定の実施態様において、送達ベクターはアデノウイルスベクターである。本明細書で用いられる用語アデノウイルスは、マストアデノウイルス(Mastadenovirus)及びアビアデノウイルス(Aviadenovirus)属を含む全てのアデノウイルス類を包含することを意図する。現在までに、少なくとも47種類のヒトのアデノウイルス血清型が同定されている(例えばFieldsら, Virology, volume 2, chapter 67 (3d ed., Lippincott -Raven Publishers)参照)。一つの実施態様において、アデノウイルスはヒト血清群Cアデノウイルスであり、他の実施態様において、アデノウイルスは血清型2(Ad2)若しくは血清型5(Ad5)又はAdC68等のサルアデノウイルスである。
【0032】
Douglasら(1996) Nature Biotechnology 14:1574並びにUS 5,922,315;US 5,770,442及び/又はUS 5,712,136に説明される通りに、ベクターを改変し又は標的を定めることができることを当業者は認識するであろう。
【0033】
アデノウイルスのゲノムは、目的の核酸をコードし発現するように操作することができるが、通常の溶解を起こすウイルスの生活環において複製する能力に関しては不活性化される。例えば、Berknerら(1988) BioTechniques 6:616;Rosenfeldら(1991) Science 252:431-434;及びRosenfeldら(1992) Cell 68:143-155を参照。
【0034】
組換えアデノウイルスは、非分裂細胞に感染することができないという点において特定の状況下で有利になり得、幅広い種類の細胞を感染させるために用いることができる。さらに、このウイルス粒子は比較的安定で、精製及び濃縮が可能であり、感染力の範囲に影響を与えるように改変することができる。加えて、導入したアデノウイルスのDNA(及びその中に包含される外来DNA)は、宿主細胞のゲノム内に組み込まれずエピソームのまま留まるので、導入したDNAが宿主ゲノム内に組み込まれる(例えばレトロウイルスのDNAを用いたときに起こるような)状況で挿入変異誘発の結果として起こり得る将来的な問題が回避される。さらに、アデノウイルスのゲノムが外来DNAを運搬する能力は、他の送達ベクターと比較して大きい(Haj-Ahmand and Graham (1986) J. Virol. 57:267)。
【0035】
特定の実施態様において、アデノウイルスゲノムは、少なくとも一つのアデノウイルスゲノム領域が機能性タンパク質をコードしないように内部に欠失を包含する。例えば、アデノウイルスベクターはE1遺伝子を有することがあり、E1タンパク質を発現する細胞(例えば293細胞)を用いてパッケージングされる。また、E3領域もしばしば欠失されるが、これは欠失を相補する必要がないからである。加えて、E4、E2a、タンパク質IX、及び繊維タンパク質の欠失も、例えばArmentanoら(1997) J. Virology 71:2408;Gaoら(1996) J. Virology 70:8934;Dedieuら(1997) J. Virology 71:4626;Wangら(1997) Gene Therapy 4:393;US 5,882,877によって説明される。一般的に、欠失はパッケージング細胞への毒性を回避するように選択される。宿主細胞への毒性又は他の有害な影響を回避する欠失の組み合わせを、当業者はごく普通に選択することができる。
【0036】
当業者は、典型的に、E3遺伝子を除き、追加のウイルスを増殖(複製及びパッケージング)させるために、例えばパッケージング細胞を用いたトランス相補など、どの欠失も相補される必要があることを認識するであろう。
【0037】
また、本発明は、gutted型アデノウイルスベクター(この用語は当業者に理解される、例えばLieberら(1996) J. Virol. 70:8944-60参照)を用いて実施することができるが、このベクターでは本質的に全てのアデノウイルスゲノム配列が欠失している。
【0038】
また、アデノ随伴ウイルス(AAV)も、核酸送達ベクターとして採用されてきた。総説は、Muzyczkaら(1992) Curr. Topics Micro. Immunol. 158:97-129を参照。AAVは、自己のDNAを非分裂細胞に組み込むことができ、ヒト染色体19への高頻度の安定した組み込みを示す、数少ないウイルスである(例えば、Flotteら(1992) Am. J. Respir. Cell. Mol. Biol. 7:349-356;Samulskiら(1989) J Virol. 63:3822-3828;McLaughlinら(1989) J. Virol. 62:1963-1973参照)。AAVベクターを用いて、様々な核酸が異なる種類の細胞に導入されてきた(例えば、Hermonatら(1984) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 81:6466-6470;Tratschinら(1985) Mol. Cell. Biol. 4:2072-2081;Wondisfordら(1988) Mol. Endocrinol. 2:32-39;Tratschinら(1984) J. Virol. 51:611-619;及びFlotteら(1993) J. Biol. Chem. 268:3781-3790参照)。
【0039】
当該技術分野で周知の任意の適切な方法を用いて本発明の核酸を発現するAAVベクターを作製することができる(例えば、例示的な方法は、US 5,139,941;US 5,858,775;US 6,146,87を参照)。一つの特定の方法において、AAVのストックを、AAVパッケージング機能をコードするrep/capベクターとAAV vDNAをコードする鋳型とを、ヘルパーアデノウイルスに感染したヒト細胞内にコトランスフェクションすることにより作製することができる(Samulskiら(1989) J. Virology 63:3822)。その代わりに、AAV rep及び/又はcap遺伝子を、これらの遺伝子を安定に発現するパッケージング細胞により提供することができる(例えば、Gaoら(1998) Human Gene Therapy 9:2353;Inoueら(1998) J. Virol. 72:7024;US 5,837,484;WO 98/27207;US 5,658,785;WO 96/17947参照)。
【0040】
本発明に使用される別のベクターは単純ヘルペスウイルス(HSV)である。HSVは、長期間の遺伝子維持のための潜在的な機能のみを示すベクターを作製することによって細胞への核酸送達用に改変することができる。HSVベクターは、最大20キロ塩基又はそれより大きい、大型のDNA挿入が可能であり;非常に高い力価で作製することができ;溶解サイクルが起こらない限り中枢神経系において長期間核酸を発現することが示されているので、核酸送達に有用である。
【0041】
本発明の他の実施態様において、目的の送達ベクターはレトロウイルスである。複製欠損レトロウイルスのみを生産する特殊化された細胞株(パッケージング細胞と称する)の開発により、遺伝子治療へのレトロウイルスの有用性が増加し、欠損レトロウイルスは、遺伝子治療目的において遺伝子輸送用途の使用に関して特徴づけられる(総説は、Miller(1990) Blood 76:271を参照)。複製欠損レトロウイルスは、標準的な技術によりヘルパーウイルスの使用を通して標的細胞を感染させるために用いられるビリオン内部にパッケージングすることができる。
【0042】
また、上記に例示したもの等のウイルス輸送法に加えて、非ウイルス的方法も用いることができる。多くの非ウイルス的核酸輸送方法は、高分子の取り込み及び細胞内輸送のために哺乳類細胞によって用いられる通常の機構に依存している。特定の実施態様において、非ウイルス的核酸送達システムは、標的細胞による核酸分子の取り込みのためのエンドサイトーシス経路に依存する。この種の例示的な核酸送達システムには、リポソーム由来のシステム、ポリリジンコンジュゲート、及び人工的ウイルスエンベロープが含まれる。
【0043】
特定の実施態様において、本発明の実施にはプラスミドベクターを用いる。裸のプラスミドを、細胞内に注入することによって細胞に導入することができる。陽性細胞の数は典型的に低いが、発現は何か月もの間延長することができる(Wolffら(1989) Science 247:247)。陽イオン性脂質が、いくつかの培養細胞への核酸の導入を補助することが実証されている(Feigner and Ringold (1989) Nature 337:387)。陽イオン性脂質プラスミドDNA複合体をマウスの循環に注入すると、DNAが肺で発現することが示されている(Brighamら(1989) Am. J. Med. Sci. 298:278)。プラスミドDNAの一つの利点は、非複製細胞内に導入できるということである。
【0044】
代表的な実施態様において、核酸分子(例えばプラスミド)を、表面に正電荷を有し、任意選択で標的組織の細胞表面の抗原に対する抗体で標識された脂質粒子の中に封入することができる(Mizunoら(1992) No Shinkei Geka 20:547;WO 91/06309;JP 1047381)。
【0045】
両親媒性陽イオン性分子から成るリポソームは、in vitro及びin vivoにおいて有用な非ウイルス系核酸送達ベクターである(Crystal (1995) Science 270:404-410;Blaeseら(1995) Cancer Gene Ther. 2:291-297;Behrら(1994) Bioconjugate Chew. 5:382-389;Remyら(1994) Bioconjugate Chem. 5:647-654;及びGaoら(1995) Gene Therapy 2:710-722において総括されている)。正に荷電したリポソームは、負に荷電した核酸と静電相互作用を介して複合化し、脂質:核酸複合体を形成すると考えられている。脂質:核酸複合体は、核酸輸送ベクターとして複数の利点を有している。ウイルス系ベクターと異なり、脂質:核酸複合体は、本質的に制限されない大きさの発現カセットを輸送するために用いることができる。この複合体にはタンパク質が無いので、惹起され得る免疫反応及び炎症反応が少ない。さらに、この複合体は複製することも組換えを起こして感染性のある病原体になることもあり得ず、組み込み頻度が低い。多数の刊行物によって、両親媒性陽イオン性脂質は、in vivo及びin vitroで核酸送達を媒介できることが明らかにされてきた(Feignerら(1987) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 84:7413-17;Loefflerら(1993) Methods in Enzymology 217:599-618;Feignerら(1994) J. Biol. Chew. 269:2550-2561)。
【0046】
示されるように、単離核酸(すなわち、ガイドRNA及びcasタンパク質をコードしている)は、発現ベクター(本明細書で説明されるウイルス系又は非ウイルス系)に組み込むことができる。様々な宿主細胞と適合する発現ベクターは、当該技術分野において周知であり、核酸の転写及び翻訳のための適切な要素を包含する。典型的には、発現ベクターは、発現カセットを包含し、そこには、5'から3'の方向に、プロモーター、プロモーターと動作可能なように会合したガイドRNA及び/又は一種以上のcasタンパク質をコードするコーディング配列、及び、任意選択で、RNAポリメラーゼのストップシグナル及びポリアデニラーゼのポリアデニル化シグナルを含む末端配列を含む。一種以上のガイドRNA及び一種以上のcasタンパク質をコードする核酸は、(例えば、独立したベクター又は同じベクター内の独立したプロモーターを介して)独立した分子として転写されてもよく、又は同じ分子上に、例えば内部リボソーム導入配列(internal ribosomal entry sites (IRESs))によって分離された二-若しくは複-シストロンmRNAとして転写されてもよい。
【0047】
単離casタンパク質及び/若しくはガイドRNA、又は前記タンパク質及び/若しくはRNAをコードする核酸若しくはベクターは、担体と組み合わせて活性物質を含有する組成物中に便利に使用又は投与することができる。そのような組成物を、当該技術分野において周知の方法で調製することができ、周知の担体を含有することができる。一般的に認識されているそのような方法及び成分の概要は、Remington: The Science and Practice of Pharmacy, Alfonso R. Gennaro, editor, 20th ed. Lippincott Williams & Wilkins: Philadelphia, PA, 2000である。担体、医薬的に許容される担体、又はベヒクル、例えば液体若しくは固体充填剤、希釈剤、賦形剤、又は溶媒カプセル化材料は、対象の化合物を一つの臓器又は体の一部から、別の臓器又は体の一部へ運ぶか又は輸送することに関与する。各担体は、製剤の他の成分と適合し、患者に有害でないという意味で許容できるものでなければならない。
【0048】
本発明のタンパク質、RNA、核酸又はベクターは、経口、直腸、局所、口腔(例えば舌下)、膣、非経口(例えば皮下、骨格筋、横隔膜筋、及び平滑筋を含む筋肉内、皮内、静脈内、腹腔内)、局所(すなわち、皮膚及び気道の表面を含む粘膜表面の両方)、鼻腔内、経皮、関節内、髄腔内及び吸入投与、門脈内送達による肝臓への投与、並びに直接臓器注入を含むがこれに限定されない任意の経路を介して投与され得る。任意の所与の場合において最も適切な経路は、治療される対象及び用いられる特定の分子の性質に依存する。
【0049】
単離された、又は一種以上の核酸分子によてコードされた一種以上のガイドRNA及びcasタンパク質の、標的HIV-1 DNA配列を保有する真核細胞への投与にあたり、標的HIV-1 DNA配列は、損傷されるか又は細胞のゲノムから切除され、前記標的HIV-1 DNA配列の機能が低減されるか阻害される。CRISPR干渉を介したRNA誘導DNAターゲティングは、DNAレベルで機能し、従って真核生物において観察され、当初CRISPR活性と比較されたRNAi現象とは根本的に異なる(Makarovaら(2006) Biol. Direct. 1:7)。
【0050】
本発明の方法における目的の真核細胞は、好ましくは哺乳類細胞、特にHIV-1陽性のヘルパーT細胞(特にCD4+ T細胞)等のヒト免疫細胞、マクロファージ、及び樹枝状細胞である。例えば、一種以上のガイドRNA及びcasタンパク質をHIV-1に感染した対象の血流内に導入することにより、血流内の細胞がトランスフェクションされることが予期される。細胞がHIV-1に感染していなければ、ガイドRNAは結合しないので細胞に損傷は起こらない。対照的に、細胞がHIV-1に感染していれば、ガイドRNAはスペーサー配列を介して標的HIV-1 DNAとハイブリダイズし、casタンパク質が標的HIV-1 DNAを切断し、それによってHIV-1 DNAの機能(例えば、新しいビリオン/感染性粒子の生産)を阻害する。この点で、本発明のガイドRNA分子及びcasタンパク質を用いたHIV-1の機能の阻害は、HIV-1感染の拡大の治療又は予防に有用である。
【0051】
また従って本発明は、HIV-1に感染した対象に一種以上のガイドRNA及びcasタンパク質又は前記一種以上の前記ガイドRNA若しくはcasタンパク質をコードする核酸配列を投与し、これによりHIV-1の機能及び/又は存在を阻害することでHIV-1感染の拡散を治療又は予防する方法も提供する。一種以上のガイドRNA及びcasタンパク質又は前記一種以上の前記ガイドRNA若しくはcasタンパク質をコードする核酸は、同時に又は順次投与することができる。この点について、ガイドRNA又はcasタンパク質(又は同じものをコードする核酸)は、単一の製剤又は別個の複数の製剤として投与することができる。さらに、ガイドRNA及びcasタンパク質の様々な組み合わせを使用できることが予期される。例えば、一種以上の単離ガイドRNA分子を、casタンパク質をコードする核酸(例えばベクター)と組み合わせて投与することができる。あるいは、一種以上のガイドRNA分子を、ベクターの状態で、単離casタンパク質と組み合わせて投与することができる。さらに、単離ガイドRNA分子を、単離casタンパク質と組み合わせて投与することができ、及び/又はガイドRNA分子をコードする核酸を保有する一種以上のベクターを、casタンパク質をコードする核酸を保有するベクターと組み合わせて投与することができる。
【0052】
そのような治療の利益を受ける対象には、HIV-1陽性であると認定された者、及びHIV-1に感染するリスクがある対象(例えば注射針又は他の患者接触を通してHIVウイルスに晒された医療従事者、静脈内薬物使用等の高リスク活動に関与している患者)が含まれる。本発明の組成物及び方法の使用により、ウイルス負荷を減少させることができ、及び/又は対象の内部での若しくは対象から他の対象へのHIV-1の拡散を防止することができる。
【0053】
また、本明細書で説明される組成物の使用を容易にするために、本発明はキットも提供する。キットは本発明による一種以上のガイドRNA、本明細書で説明するcasタンパク質、又はガイドRNA若しくはcasタンパク質をコードする核酸を、例えば一種以上のベクター内に包含する。ある実施態様において、ガイドRNAは、配列番号1に明記する配列を有する。特定の実施態様において、ガイドRNAのスペーサーは、配列番号2~10の群から選択されるHIV-1 DNAを有する。別の実施態様において、casタンパク質はcas9タンパク質、特にヒトコドン最適化したcas9タンパク質、例えば配列番号11に明記されるものである。またキットは、医薬的に許容される担体、並びに任意選択でガイドRNA及びcasタンパク質の投与及び用量に関する情報を記載した技術的指示書も含む。発明は、単独で用いることができ、又は高活性レトロウイルス治療(HAART)、例えばエファビレンツ、エトラビリン及びネビラピン等の非核酸型逆転写酵素阻害剤(NNRTI);アバカビル、エムトリシタビン及びテノホビルの合剤、並びにラミブジン及びジドブジンの合剤等の核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI);アタザナビル、ダルナビル、ホスアンプレナビル及びリトナビル等のプロテアーゼ阻害剤(PI);エンフビルチド及びマラビロク等の侵入阻害剤又は融合阻害剤;並びにラルテグラビル等のインテグラーゼ阻害剤を含むが、これに限定されない他の従来のHIV治療と組み合わせて、又はこれらと同時に用いることもできる。
【実施例
【0054】
本発明は、以下の実施例においてさらに説明されるが、これらは特許請求の範囲に記載される発明の範囲を限定しない。
【0055】
[実施例1:in vivoでのHIV-1 LTRの標的化(targeting)]
HIV-1プロウイルスの長鎖末端反復領域内に位置する5種類の特定の領域の一つに特異的に結合するガイドRNA分子をコードするプラスミドDNAを作製する(図1)。同様に、cas9ヌクレアーゼをコードするプラスミドを作製する。両方のプラスミドをヒト細胞に送達し、そこでcas9及びガイドRNA遺伝子座が転写され、cas9転写産物は翻訳される。続いて、ガイドRNA部分がcas9ヌクレアーゼに結合し、ハイブリッド複合体を形成する。核局在配列を加えているので、このハイブリッド複合体は核内に入り、核においてガイドRNA部分がHIV-1プロウイルスDNA内の相補配列に結合する。ヌクレアーゼがプロウイルスDNAを切り、通常修復不可能な二重らせんDNA切片をもたらす。図2を参照。この方法を用いることにより、HIV-1プロウイルスDNAを感染細胞のゲノムから切除することができる。
【0056】
[実施例2:J-Lat細胞における組み込まれたHIV-1 LTRを標的とするCRISPR/Casの使用]
J-Lat細胞株(ヒトT細胞がん株)を用いて、ガイドRNA:hCas9複合体によるHIV-1長鎖末端反復(LTR)の切断がこれらの細胞の転写活性を変化させるか否かを決定した。フローサイトメトリーを用いてトランスフェクション22時間後にLTRプロモーター由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)を生産する細胞を定量した。フローサイトメトリー解析により、GFPを発現する細胞の割合が得られ、またGFP+細胞の平均蛍光強度(MFI)を定量することにより細胞群内の発現の強度を定量することもできる。フローサイトメトリーにより、転写を減少させるLTR領域内の変異と、転写を完全に消失させるLTR領域内の変異とを識別することができる。
【0057】
この解析において、J-Lat細胞を本明細書で説明する組み込まれたプロウイルス内の複数の異なる領域を認識するHIV特異的ガイドRNAで、hCas9をコードするプラスミドと共にコトランスフェクションした。図3A及び3Bに示す通り、LTRのU3B及びU5領域に対するガイドRNAが、GFP発現の減少(HIV-1 LTRの破壊を示唆する)において最も効果的であったが、一方でU3A、U3C及びTAR領域に対するガイドRNAは比較的効果が無かった。これらのデータは、CRISPR/Casがヒト細胞株においてHIV-1 LTRを標的化する能力を明らかにしたことに加えて、ガイドRNAの有効性の迅速な読み出し(readout)を与える点においてこの細胞株における有用性を強調した。
【0058】
[実施例3:プラスミドDNAによって発現させたHIV-1 DNAを切断するためのCRISPR/Cas法]
CRISPR/Cas法のHIV-1 LTR内での切断及び転写の改変の有効性を決定するために、Jurkat細胞を3種類の異なるプラスミドでトランスフェクションした。これらのプラスミドには、様々なガイドRNA、ヒト化Cas9プラスミド、及び無傷のHIV-1 LTR及び5'配列がGFPの発現を促進する第3の(レポーター)プラスミドが含まれる。
【0059】
図4Aに示す通り、LTR中のU3A、U3B及びU5領域に対するガイドRNAを使用することにより、トランスフェクションしたJurkat細胞におけるレポータープラスミド由来のGFPの発現が有意に減少した。これにより、J-Lat細胞において観察された結果(図3A及び3B)が裏付けられた。興味深いことに、LTRのすぐ下流の5'非翻訳領域(5'非翻訳領域(UT)及びgag(群抗原)領域(GAG)まで)に対するガイドRNAも、レポータープラスミド由来のGFP発現を減少させた。細胞をその後溶解させてDNAを回収し、U3BからGAGまでの領域を増幅する(従ってU3A領域を増幅しない)レポータープラスミドに対するプライマーを用いたポリメラーゼ連鎖反応を行った。予備的なデータ(図4B)は、U3B、U3C、GAG及並びにまたおそらくU5及び5'UT領域に対するガイドRNAを含むトランスフェクションにおけるレポータープラスミドの安定性が損なわれた(切断された)が、TAR(HIV-1プロウイルス中の調節領域)に対するガイドRNAを含むトランスフェクションでは損なわれなかったことを示唆した。従って、このレポータープラスミドはガイドRNAの迅速なスクリーニングにおいても有用である。
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
【配列表】
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