(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-10
(45)【発行日】2023-01-18
(54)【発明の名称】介在物評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/20 20190101AFI20230111BHJP
【FI】
G01N33/20
(21)【出願番号】P 2018211461
(22)【出願日】2018-11-09
【審査請求日】2021-07-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090273
【氏名又は名称】國分 孝悦
(72)【発明者】
【氏名】村上 峻介
(72)【発明者】
【氏名】沼田 光裕
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-335896(JP,A)
【文献】特開2015-059880(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/20-33/208
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属試料中の粒径1μm以上のAl-Ca系介在物の円相当径とCa濃度(質量%)とを電子ビーム解析装置で測定し、前記測定した円相当径から算出する球相当体積と前記Ca濃度とに基づいて、前記金属試料中のスラグ系介在物の量を評価することを特徴とする介在物評価方法。
【請求項2】
前記球相当体積と前記Ca濃度との積の和に基づいて、前記スラグ系介在物の量を評価することを特徴とする請求項1に記載の介在物評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、スラグ系介在物の介在物評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼板中に介在物が含まれると、製品成型時に欠陥が生じる可能性があるため、介在物をできるだけ除去することが求められている。特に板厚の薄い製品の鋼種では、介在物に起因した割れが生じやすいため、介在物を除去するニーズは大きい。
【0003】
介在物は、大きく2つに大別することができる。1つ目はアルミナを主体とした介在物(以降、アルミナ系介在物)であり、溶鋼を脱酸する過程や溶鋼の再酸化によって生じるものである。2つ目はスラグを主体とした介在物(以降、スラグ系介在物)であり、取鍋やタンディッシュ上部に浮上しているスラグの巻き込みにより溶鋼中に内包される。特に、スラグ系介在物は、圧延時に破砕されず鋼板に粗大な介在物として残存することから、製品成型時に割れ等の欠陥の原因となりやすい。
【0004】
従来から行われている介在物の分析手法として、例えば非特許文献1に記載されたスライム法や、光学顕微鏡による介在物観察、酸分解法などが挙げられる。また、特許文献1には、予め800~1000℃で溶体化処理を施した鉄鋼試料を、pH5~7に調整した塩化第一鉄水溶液中で定電流電解し、介在物を抽出する方法が開示されている。さらに特許文献2には、介在物を鋼中から抽出分離した後、測定対象とする介在物の1方向から照明を当て、その透過光が形成する介在物粒子のシルエットを画像解析することにより、介在物の粒径、形状、個数などを迅速に評価する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2002-340885号公報
【文献】特開平10-185902号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】吉田良雄、船橋佳子、「スライム法による鋼中大型非金属介在物の抽出ならびに分粒について」、鉄と鋼、第61年(1975)第10号、p.171-182
【文献】Timothy J. Drake, Ph.D., Application Specialist ASPEX Corporation, Delmont, PA USA, "Metal Quality AnalyzerTM 鉄鋼の光学顕微鏡解析との比較", [online], 極東貿易株式会社, [平成30年9月28日検索], インターネット(URL: http://www.kbk.co.jp/files/2015/0771/7234/MQA_.pdf0.pdf)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年では、高清浄度な鋼が要求され、生産技術の向上などによって溶鋼中の介在物は減少している。これに伴い、介在物を分析する際に介在物が微量であっても迅速かつ精度よく分析及び評価できる手法が求められている。
【0008】
溶鋼中の介在物の評価を迅速に行うことを想定したとき、光学顕微鏡での観察では、特別な溶液や溶融を伴わないため、測定が比較的容易である。しかしながら、平面での観察であるため、スラグ系介在物のような溶鋼中に微量しか含まれていない介在物を評価するのには適していない。また、スライム法や酸分解法では、一定の体積を溶解して介在物を抽出することから、溶鋼中に微量しか含まれていないスラグ系介在物であっても評価することができる。しかしながら、これらの方法では、一度サンプルを溶融し、介在物を分離する必要があり、分析が完了するまでに1週間程度の時間を要してしまい、迅速に分析及び評価を行うことができない。
【0009】
特許文献1に記載の方法は、電解のための時間を要する。特許文献2に記載の方法でも、抽出分離法として酸溶解法、ハロゲン溶解法、電気分解法などが記載されているがいずれの方法も鉄を溶解するものであり、時間を要するという問題点がある。
【0010】
本発明は前述の問題点を鑑み、スラグ系介在物を迅速かつ精度よく評価できる介在物評価手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、以下の通りである。
(1)
金属試料中の粒径1μm以上のAl-Ca系介在物の円相当径とCa濃度(質量%)とを電子ビーム解析装置で測定し、前記測定した円相当径から算出する球相当体積と前記Ca濃度とに基づいて、前記金属試料中のスラグ系介在物の量を評価することを特徴とする介在物評価方法。
(2)
前記球相当体積と前記Ca濃度との積の和に基づいて、前記スラグ系介在物の量を評価することを特徴とする上記(1)に記載の介在物評価方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、スラグ系介在物を迅速かつ精度よく評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】MQA分析により求めた介在物径及びAl-Ca系介在物のCa濃度を元に算出したAl-Ca系介在物の体積×Ca濃度の和と実際のスラグ系介在物の量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について、図面を参照しながら説明する。近年では、生産技術の向上などによって溶鋼中の介在物は減少している。特に、スラグ系介在物(CaO主体の介在物)は、アルミナ系介在物(Al2O3主体の介在物)に比べて個数が非常に少なく、清浄度の高い溶鋼では、迅速に評価することが難しい。
【0015】
そこで、本発明者らは鋭意に検討を重ねた結果、溶鋼中に比較的多く存在するアルミナ系介在物に着目した。スラグ系介在物はCaを含んでいることから、スラグ系介在物が存在すると溶鋼中でCaが拡散する。そして、拡散したCaが、溶鋼中に比較的多く存在するアルミナ系介在物と反応し、Al-Ca系介在物に変化する。そこで、本発明者らは、スラグ系介在物が増加すると、Al-Ca系介在物に含まれるCa量も増加することに着目し、これらを評価することによってスラグ系介在物の量を推定できることを見出した。
【0016】
Al-Ca系化合物はスラグ系化合物に比べて溶鋼中に多く含まれていることから、測定範囲が狭くてもある程度精度よく分析を行うことができ、例えば電子ビーム測定装置を用いてAl-Ca系化合物の分析を迅速に行うことができる。本実施形態では、電子ビーム測定装置として、例えばMQA(Metal Quality Analyzer: ASPEX Corporation製)を用いる。MQAでは、介在物の径と元素組成とを同時かつ迅速に測定することができる。MQAの詳細については、例えば非特許文献2に開示されている。
【0017】
まず、本発明者らは、スラグ系介在物が増加するとAl-Ca系介在物に含まれるCa量も増加すると考え、スライム法で測定したスラグ系介在物量とMQAによるAl-Ca系介在物の分析結果との関係を調査した。
図1は、MQAによるAl-Ca系介在物のCa量と実際のスラグ系介在物の量との関係を示す図である。
図1の横軸は、MQAの測定結果に基づいて算出された「(Al-Ca系介在物体積×介在物中のCa濃度)の和;アルミナ系介在物に含まれるCa量」を表し、
図1の縦軸は、非特許文献1に記載のスライム法で分析した「スラグ系介在物量」を表す。
図1に示す結果から、アルミナ系介在物中のCa量が増加するとスラグ系介在物の量も増加する傾向にあることがわかり、Al-Ca系介在物を分析することによって、スラグ系介在物の量を推定できることを確認した。
【0018】
次に、本発明の実施形態に係る介在物評価方法の詳細について説明する。まず、分析を行うサンプルは、タンディッシュや二次精錬後の取鍋などから採取する。サンプルサイズは例えばφ25mm×25mm程度の円柱状とする。そして、採取した溶鋼のサンプルを直ちに冷却し、冷却完了後にMQAにて分析を行う。なお、分析には採取したサンプルの上端から10mm以上離れた位置を輪切りしたサンプル片を用いる。これは、サンプル上部に発生するザクやコンタミの影響を除くためである。
【0019】
MQAでは、例えば20×20mmの視野にて、電子顕微鏡を用いてサンプルを動的にスキャンする。そして、各ポイントで後方散乱信号の輝度を記録し、その位置の信号輝度が基準以下である場合は、介在物(本実施形態ではAl-Ca系介在物)が存在するものとしてAl-Ca系介在物を分析するためのシーケンスを開始する。そして、Al-Ca系介在物が存在する位置において、詳細なデータ収集を行ってAl-Ca系介在物の大きさ(径)を特定する。ここで特定する径は、円相当径である。Al-Ca系介在物の大きさが特定できたら、エネルギー分散X線スペクトル(200~500ミリ秒)を取得し、Al-Ca系介在物中の各元素の濃度などを分析する。なお、特定するAl-Ca系介在物は、電子顕微鏡の分解能にもよるが、径が1μm以上のものとする。
【0020】
MQAにより、Al-Ca系介在物の径およびCa濃度の分析が終了したら、介在物毎の径及びCa濃度を取得し、介在物毎にAl-Ca系介在物の球相当体積とCa濃度との積を算出する。球相当体積は測定された円相当径をもとに算出する。そして、すべてのAl-Ca系介在物で球相当体積とCa濃度との積を算出し、これらの和を算出して、以下の式(1)に基づいてスラグ系介在物の量nsl(g/kg)を推定する。
【0021】
【0022】
式(1)中、rはAl-Ca系介在物を円相当に換算した場合の半径(μm)を表し、[Ca]は、Al-Ca系介在物中のCa濃度(質量%)を表す。また、aは比例定数であり、予め
図1のようにAl-Ca系介在物に含まれるCa量とスラグ系介在物の関係を求め、決定しておく。本実施形態では比例定数a=41とする。
【0023】
以上のように本実施形態では、Al-Ca系介在物を分析することによって式(1)からスラグ系介在物の量を評価するようにしたので、スラグ系介在物を迅速かつ精度よく評価することができる。
【0024】
なお、本実施形態では、Al-Ca系介在物を分析する電子ビーム測定装置として、MQAを例に説明したが、Al-Ca系介在物の径およびCa濃度を迅速に分析できるのであれば、他の電子ビーム測定装置を用いてもよい。
【0025】
また、Al-Ca系介在物の径およびCa濃度を分析してからスラグ系介在物の量を推定するまでの過程においては、どのように計算を行ってもよい。例えば、操業者がMQAでAl-Ca系介在物の径およびCa濃度を確認して、他のパーソナルコンピュータ(PC)にその数値を入力し、PCのCPUが計算ソフト等を用いてスラグ系介在物の量(推定値)を算出するようにしてもよく、MQAからPCへAl-Ca系介在物の径およびCa濃度の情報を送信できるようにし、PC側でこれらの情報を受信してPCのCPUによりスラグ系介在物の量(推定値)を算出するようにしてもよい。さらには、操業者がMQAでAl-Ca系介在物の径およびCa濃度を確認し、電卓等を用いてスラグ系介在物の量(推定値)を算出するようにしてもよい。
【実施例】
【0026】
次に、本発明の実施例について説明するが、この条件は、本発明の実施可能性を確認するための一条件例であり、本発明は、この実施例の記載に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する種々の手段にて実施することができる。
【0027】
まず、ロングノズルを中心とし、両サイドにイマージョンノズルを有する舟形タンディッシュからサンプル(φ25mm×25mm程度の円柱状)を採取した。サンプルはロングノズル周りの溶深中央付近より採取した。そして、採取したサンプルは直ちに水冷し、冷却完了後に、MQAにて分析を行った。分析には採取したサンプルの下端から10mm位置を輪切りしたサンプル片を用いた。MQAの分析は20×20mmの視野にて測定を行い、粒径≧1μmのAl-Ca系介在物の組成、粒径を分析した。
【0028】
続いて、得られた分析結果からAl-Ca系介在物の体積とCa濃度との積を算出し、その和を算出した。介在物の体積(球相当体積)は、上記分析より得られた粒径から円相当径を算出することによって算出した。そして、上記式(1)をもとにスラグ系介在物の量を推定した。なお、比例定数a=41として計算した。
【0029】
一方で、比較としてスライム法によるスラグ系介在物の分析も並行して実施した。スライム法での分析は、φ25mm×25mm程度の円柱状のサンプルの上部10mmを切断、除去した後、16hr程度かけて電解し、得られた16~18g程度の電解残渣サンプルを水簸にて介在物を分離した。サンプルはMQAに用いたサンプルと同タイミングで採取されたものを用いた。本発明の方法によって推定したスラグ系介在物の量と、スライム法で直接分析したスラグ系介在物の量との比較を以下の表1に示す。
【0030】
【0031】
表1に示すように、Al-Ca系介在物のCa濃度から推定したスラグ系介在物の量と、スライム法で直接分析したスラグ系介在物の量とで大差が見られず、スラグ系介在物の量を迅速かつ精度よく評価することができた。