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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-10
(45)【発行日】2023-01-18
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/78 20060101AFI20230111BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20230111BHJP
   F16J 15/3204 20160101ALI20230111BHJP
【FI】
F16C33/78 Z
F16C19/06
F16J15/3204 201
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021163039
(22)【出願日】2021-10-01
(62)【分割の表示】P 2017061576の分割
【原出願日】2017-03-27
(65)【公開番号】P2022001794
(43)【公開日】2022-01-06
【審査請求日】2021-10-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】弁理士法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】谷口 陽三
【審査官】西藤 直人
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第102003467(CN,A)
【文献】特開2015-34632(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/78
F16C 19/06
F16J 15/3204
F16J 15/3232
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と外輪との間に形成されている環状空間の軸方向端部に設けられているシール装置を備え、前記内輪が回転輪であり前記外輪が固定輪である転がり軸受であって、
前記シール装置は、前記外輪に取り付けられているシール本体部と、当該シール本体部から前記内輪側に延びて設けられ当該内輪のシール面に接触するシールリップと、を有し、
前記シールリップは、前記シール本体部から前記内輪側に延びているリップ基部と、前記リップ基部から当該リップ基部と異なる方向に延びているリップ中間部と、前記リップ中間部から当該リップ中間部と異なる方向であって前記内輪側に延び前記シール面に接触するリップ先端を有するリップ先部と、を有し、
前記リップ先部は、前記シール面に近づくにしたがって前記内輪の軸方向の軸受外部側へ向かう方向に延びている形状を有し、
前記リップ先部の内周面は、前記シール面に接触する先端部から前記内輪の軸方向の軸受外部側へ拡径した後、前記内輪の軸方向の軸受外部側へ延在し、
前記内輪の軸方向端部にシール溝が形成されており、前記シール溝は、前記シール面となる溝底面と、当該溝底面の軸受内部側の溝側面とを有し、前記リップ先部は前記溝底面に接触し、
前記溝底面は、軸受外部側へ向かうにしたがって前記シール本体部から離れる傾斜面であり、
前記リップ基部は、前記シール本体部から離れるにしたがって前記内輪の軸方向の軸受外部側へ向かう方向に延びている形状を有し、
前記リップ中間部は、前記リップ基部との連結部が前記内輪の軸方向の軸受外部側に位置しかつ前記リップ先部との連結部が前記リップ基部との前記連結部よりも前記内輪の軸方向の軸受内部側に位置するように延びている形状を有している、転がり軸受。
【請求項2】
前記シール面と前記リップ先部との成す劣角であるリップ角度は、60度未満の鋭角である、請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記リップ基部と前記リップ中間部との劣角である折れ曲がり角度は90度未満の鋭角である、請求項1または請求項2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記リップ中間部と前記リップ先部との劣角である折れ曲がり角度は90度未満の鋭角である、請求項1~のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受が、例えば潤滑油が溜められているハウジング内において用いられている場合、この潤滑油に含まれている異物が転がり軸受の軸受内部に侵入し、この異物が内輪や外輪の軌道面と転動体の転動面との間に挟まれると、これら軌道面や転動面において例えば剥離の原因となり、軸受寿命を低下させるおそれがある。このような環境で用いられる転がり軸受としては、例えば自動車のトランスミッション装置用の軸受である。
【0003】
そこで、従来、図6に示すように、内輪99と外輪95との間に形成されている環状空間Sの軸方向端部に、シール装置96が設けられており(例えば、特許文献1参照)、このシール装置96によって、軸受外部から転動体(玉96)が存在している軸受内部へ異物が侵入するのを防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-166655号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来のシール装置96は、固定輪となる外輪95に取り付けられているシール本体部94と、このシール本体部94から回転輪となる内輪99に向けて延びている弾性体からなるシールリップ90とを有しており、シールリップ90が内輪99のシール面91に接触する。このため、内輪99が回転すると、シールリップ90がシール面91を摺動し、これが転がり軸受の回転抵抗の要因となる。
【0006】
転がり軸受の回転抵抗を低減するためには、シールリップ90の長さLを長くすればよい。シールリップ90を長くするほど、シール面91に対するシールリップ90のリップ先端90aの緊迫力を弱くすることができ、回転抵抗が減少する。
【0007】
しかし、シールリップ90を設けるためのスペースが限られている場合、その長さを長くすることは困難である。そこで、内輪99の軸方向端部に形成されているシール溝98を深くすれば、つまり、シール面91を径方向内側に形成すれば、シールリップ90を長くすることが可能となる。しかし、この場合、内輪99の側面97が、軸受に作用するアキシアル荷重を受ける面となると、その面積が狭くなってしまい、アキシアル荷重を充分に受けることができなくなるという問題点がある。
【0008】
そこで、本発明は、シールリップを設けるためのスペースが限られていても、シール装置が回転輪に接触することで生じる回転抵抗を小さくすることが可能となる転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、内輪と外輪との間に形成されている環状空間の軸方向端部に設けられているシール装置を備え、前記内輪と前記外輪とのうちの一方が回転輪であり他方が固定輪である転がり軸受であって、前記シール装置は、前記固定輪に取り付けられているシール本体部と、当該シール本体部から前記回転輪側に延びて設けられ当該回転輪のシール面に接触するシールリップと、を有し、前記シールリップは、前記シール本体部から前記回転輪側に延びているリップ基部と、前記リップ基部から当該リップ基部と異なる方向に延びているリップ中間部と、前記リップ中間部から当該リップ中間部と異なる方向であって前記回転輪側に延び前記シール面に接触するリップ先端を有するリップ先部と、を有している。
【0010】
この転がり軸受によれば、シールリップは複数の折曲部を有する段付き形状となることから、スペースが狭くてもシールリップを長くすることができ、シール面に対する緊迫力を小さくすることが可能となる。このため、シールリップが回転輪に接触することで生じる回転抵抗を小さくすることができる。
【0011】
また、前記リップ先部は、前記シール面に近づくにしたがって前記内輪の軸方向の軸受外部側へ向かう方向に延びている形状を有し、当該シール面に対して傾斜角度を有して接触するのが好ましい。この場合、内輪と外輪との間に転動体を配置した組立体に対して、シール装置を軸受外部側から軸方向に接近させてこの組立体に取り付けると、シールリップは適切な姿勢となることから、組立性が良い。
【0012】
また、この場合において、前記リップ基部は、前記シール本体部から離れるにしたがって前記内輪の軸方向の軸受外部側へ向かう方向に延びている形状を有し、前記リップ中間部は、前記リップ基部との連結部が前記内輪の軸方向の軸受外部側に位置しかつ前記リップ先部との連結部が前記リップ基部との前記連結部よりも前記内輪の軸方向の軸受内部側に位置するように延びている形状を有しているのが好ましい。この構成によれば、リップ基部の回転輪側に、リップ中間部及びリップ先部が位置し、シールリップを軸方向についてコンパクトにすることができる。
【0013】
また、前記回転輪の軸方向端部にシール溝が形成されており、前記シール溝は、前記シール面となる溝底面と、当該溝底面の軸受内部側の溝側面とを有し、前記リップ先部は前記溝底面に接触するのが好ましい。この場合、例えば転がり軸受にアキシアル荷重が作用する等して、固定輪と回転輪とが軸方向について相対的に変位しても、リップ先端のシール面に対する締め代の変化が小さくて済む。
また、この場合において、前記溝底面は、軸受外部側へ向かうにしたがって前記シール本体部から離れる傾斜面であるのが好ましい。この溝底面によれば、溝底面(シール面)とリップ先部との成す角度(リップ角度)を小さくすることができ、これにより、リップ先部の変形量が小さくなり、緊迫力をより一層低下させることが可能となる。
【0014】
また、前記シール面と前記リップ先部との成す劣角であるリップ角度は、60度未満の鋭角である、のが好ましい。この場合、リップ先部の変形量が小さくなり、緊迫力をより一層低下させることが可能となる。なお、前記リップ角度とは、実際にシール面に接触することで弾性変形した状態におけるリップ先部とこのシール面との成す交差角度ではなく、軸受の中心軸を含む断面において、(変形していない)自然状態にあるシールリップを回転輪に重ねて描いた設計上の交差角度である。
【0015】
また、前記リップ基部と前記リップ中間部との劣角である折れ曲がり角度は90度未満の鋭角であるのが好ましい。この場合、シール装置を固定輪と回転輪との間に取り付けた状態で、シールリップの軸方向幅が小さくなる構成とすることが可能となる。
【0016】
また、前記リップ中間部と前記リップ先部との劣角である折れ曲がり角度は90度未満の鋭角であるのが好ましい。この場合、シール面とリップ先部との成す角度(リップ角度)を小さくすることができ、これにより、リップ先部の変形量が小さくなり、緊迫力をより一層低下させることが可能となる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の転がり軸受によれば、スペースが狭くてもシールリップを長くすることができ、シール面に対する緊迫力を小さくすることが可能となる。このため、シールリップが回転輪に接触することで生じる回転抵抗を小さくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の転がり軸受の実施の一形態を示す断面図である。
図2】第一シールリップ及びシール溝の断面図である。
図3】第一シールリップ及びシール溝の断面図である。
図4】リップ先部の説明図であり、(A)は第一の例を示し、(B)は第二の例を示している。
図5】シールリップの説明図であり、(A)は第三の例を示し、(B)は第四の例を示している。
図6】従来の転がり軸受を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は、本発明の転がり軸受の実施の一形態を示す断面図である。この転がり軸受1は、内輪2、外輪3、複数の転動体、環状の保持器5、及び、シール装置6を備えている。本実施形態の前記転動体は玉4であり、転がり軸受1は玉軸受である。また、シール装置6は、内輪2と外輪3との間に形成されている環状空間Sの軸方向両側の端部に設けられている。図1に示す転がり軸受1では、内輪2が、図示していない軸と一体回転する回転輪となり、外輪3が、図示していないハウジングに取り付けられる固定輪となる。
【0020】
以下の説明において、図1に示す転がり軸受1の右側を軸方向一方側とし、左側を軸方向他方側とする。また、前記環状空間Sにおいて玉4が存在する領域を軸受内部と呼び、シール装置6よりも軸受内部とは反対側の軸方向一方側及び軸方向他方側の領域を軸受外部と呼ぶ。このため、軸方向一方側(図1で右側)の第一のシール装置6の説明では、その軸方向一方側が軸受外部に相当し、軸方向他方側が軸受内部に相当する。これに対して、軸方向他方側(図1で左側)の第二のシール装置6においては、軸方向一方側が軸受内部に相当し、軸方向他方側が軸受外部に相当する。
【0021】
内輪2の外周面には、玉4が転動する内輪軌道面20が形成されている。内輪2は、内輪軌道面20を挟んで軸方向両側に内輪肩部21を有している。内輪2の軸方向両側の端部には凹周溝からなるシール溝24が形成されている。外輪3の内周面には、玉4が転動する外輪軌道面30が形成されている。外輪3は、外輪軌道面30を挟んで軸方向両側に外輪肩部31を有している。外輪3の軸方向両側の端部には凹周溝からなる取り付け溝34が形成されている。複数の玉4は内輪2と外輪3との間に介在しており、内輪2と外輪3とが相対回転すると(本実施形態では内輪2が回転すると)、これら玉4は、保持器5によって保持された状態で、内輪軌道面20及び外輪軌道面30を転動する。
【0022】
保持器5は、複数の玉4を周方向に沿って所定間隔(等間隔)をあけて保持することができ、このために、保持器5には、玉4を収容するためのポケット10が周方向に沿って複数形成されている。保持器5は、玉4の軸方向一方側に設けられている環状体(環状部)11と、この環状体11から軸方向他方側に延びて設けられている複数のつの(柱部)13とを有しており、環状体11の軸方向他方側であって周方向で隣り合うつの13,13の間が、玉4を収容するポケット10となる。保持器5はいわゆる冠形保持器であり、ポケット10は軸方向他方側に向かって開口している。
【0023】
第一のシール装置6と第二のシール装置6とは、取り付け向きが反対であるが、同じものである。シール装置6の具体的構成については、第一のシール装置6(以下において単に、シール装置6と呼ぶ)を代表して説明する。シール装置6は玉4が設けられている軸受内部の潤滑剤(グリース)が外部へ漏れるのを防ぐと共に、軸受外部の異物が軸受内部に侵入するのを防止する機能を有している。この転がり軸受1ではグリース潤滑が採用されている。
【0024】
シール装置6は、外輪3に取り付けられているシール本体部41と、このシール本体部41から内輪2側に延びて設けられている(第一)シールリップ42とを有している。このシールリップ42は、内輪2が有するシール面25に接触する。なお、本実施形態のシール装置6は、第二シールリップ43も有している。シール本体部41は、金属製の芯金44と、この芯金44に固定されている被覆部45とにより構成されており、この被覆部45の内輪2側の端部からシールリップ42,43が内輪2側へ向けて延びている。被覆部45及びシールリップ42,43は、ゴム製であり、芯金44に加硫接着されている。被覆部45の外輪3側の端部が外輪3の取り付け溝34に嵌め入れられており、これによりシール装置6は外輪3に固定される。
【0025】
第一シールリップ42は、内輪2のシール溝24が有するシール面25に接触することで、軸受外部からの異物の侵入及び軸受内部のグリースの流出を防止する機能を有している。第二シールリップ43は、内輪肩部21の外周面との間で異物の侵入及び軸受内部のグリースの流出を防止する機能を有している。
【0026】
図2は、第一シールリップ42及びシール溝24の断面図である。シール溝24は、内輪2の軸方向端部(軸受外部側の端部)に形成されており、溝底面26と、この溝底面26の軸受内部側の溝側面27とを有している。溝底面26は、軸受外部側へ向かうにしたがってシール本体部41から離れる傾斜面である。つまり、溝底面26は、転がり軸受1の中心軸C(図1参照)に平行な仮想線K1に対して傾斜する面であり、溝底面26は、軸受外部側へ向かうにしたがって徐々に外径が小さくなっているテーパ面である。溝側面27は、軸方向に臨む面であり、前記仮想線K1と直交する円環面である。溝底面26が前記シール面25となる。つまり、シールリップ42(後述するリップ先部53)は溝底面26に接触する。なお、シールリップ42(後述するリップ中間部52)は溝側面27に対して非接触であり、両者の間には軸方向の隙間eが設けられている。この隙間eは、転がり軸受1(図1参照)にアキシアル荷重が作用する等して内輪2と外輪3とが軸方向について相対的に変位しても、シールリップ42は溝側面27に非接触となるように設定されている。
【0027】
図2において、シールリップ42は、シール本体部41側からシール面25(溝底面26)に向かって延びて設けられているが、シール本体部41側から順に、リップ基部51と、リップ中間部52と、リップ先部53とを有している。リップ基部51は、シール本体部41の内輪2側の端部41aから内輪2側に延びている部分である。リップ中間部52は、リップ基部51の内輪2側の端部51aから延びている部分であって、このリップ基部51と異なる方向に延びて設けられている。リップ先部53は、リップ中間部52の端部52aから内輪2側に延びている部分であって、このリップ中間部52と異なる方向に延びて設けられており、リップ先端60がシール面25に接触する。このように、シールリップ42は、複数の折曲部(本実施形態では二つの屈曲部)を有する段付き形状を有し、リップ基部51とリップ中間部52との連結部54が第一の屈曲部となり、リップ中間部52とリップ先部53との連結部55が第二の屈曲部となる。
【0028】
リップ基部51は、シール本体部41から離れるにしたがって(つまり、径方向内側に向かうにしたがって)軸受内部側から軸受外部側へ向かう方向へ延びている形状を有している。リップ中間部52は、リップ基部51との連結部54が軸受外部側に位置しかつリップ先部53との連結部55が軸受内部側に位置するように延びている形状を有している。リップ先部53は、シール面25に近づくにしたがって(つまり、径方向内側に向かうにしたがって)軸受内部側から軸受外部側へ向かう方向に延びている形状を有している。リップ先部53がシール面25に傾斜角度P1を有するよう、リップ先部53のリップ先端60はシール面25に対して接触する。
【0029】
シール面25に対するリップ先部53の接触角度(劣角)をリップ角度といい、このリップ角度(傾斜角度P1)は、60度未満が好ましく、特に45度未満が好ましい。リップ基部51、リップ中間部52、及びリップ先部53それぞれは、直線的に延びている形状を有しており、また、(リップ先部53の先端部53aを除いて)厚さtが一定となっている。
【0030】
リップ先部53(のリップ先端60)がシール面25に接触することでシールリップ42は全体として弾性変形する。これと共に、リップ先部53が締め代(潰れ代)を有してシール面25に接触する。本実施形態では、リップ先部53の内の最も内輪2側の先端部53aは、厚さtが拡大している膨出形状を有している。このため、先端部53aでは他と比較して剛性が高くなっており、これにより、先端部53a(リップ先端60)とシール面25との接触幅が広くなり過ぎるのを防いでいる。これに対して、リップ基部51、リップ中間部52、及びリップ先部53それぞれにおいて、厚さtが一定となっているストレート部は、薄く、剛性が低いことから柔軟に弾性変形することができ、シール面25に対するシールリップ42の接触面圧(緊迫力)が小さくなるようにしている。図3に示すように、リップ基部51は全長(長さL1)にわたって厚さtが一定であり、また、リップ中間部52も全長(長さL2)にわたって厚さtが一定である。
【0031】
リップ基部51の長さをL1、リップ中間部52の長さをL2、リップ先部53の長さをL3とすると、これらの合計(L1+L2+L3)が、シールリップ42の全長となり、特に、リップ基部51とリップ先部53との長さの合計(L1+L3)を、従来(図6参照)のシールリップ90との比較対象としても、本実施形態のシールリップ42によれば、リップ長さは従来よりも長くなっている。長さL1,L2,L3それぞれは、各部の厚さ方向の中心を通る中心線に沿った長さである。シールリップ42が長くなることで、シールリップ42のシール面25に対する緊迫力を小さくことが可能となる。なお、本実施形態の場合、リップ先部53のうち、前記緊迫力を小さくするために寄与する部分は、膨出形状となっている先端部53aを除く部分(ストレート部)53bである。このストレート部53bの長さはL4であり、リップ基部51とリップ先部53のストレート部53bとの長さの合計(L1+L4)についても、従来のリップ長さLよりも長くすることができる。
【0032】
図2において、シール面25とリップ先部53との成す角度を示すリップ角度は、60度未満の鋭角となっており、このリップ角度は前記傾斜角度P1である。なお、リップ角度とは、実際にシール面25に接触することで弾性変形した状態におけるリップ先部53とこのシール面25との成す交差角度ではなく、転がり軸受1の中心軸Cを含む断面(図1図2及び図3参照)において、(変形していない)自然状態にあるシールリップ42を内輪2に重ねて描いた設計上の交差角度である。後にも説明するが、前記リップ角度(傾斜角度P1)を小さくすると、リップ先部53の変形量を小さくすることができ、この結果、シール面25に対する緊迫力が小さくなる。このため、本実施形態では、リップ角度を可及的に小さくしている。
【0033】
リップ基部51とリップ中間部52との(第一の)折れ曲がり角度Q1は、90度未満の鋭角であり、また、リップ中間部52とリップ先部53との(第二の)折れ曲がり角度Q2は、90度未満の鋭角である。本実施形態では、第一及び第二の折れ曲がり角度Q1,Q2を70度としている。(後に説明するが)シールリップ42のコンパクト化及び緊迫力の低減のために、60度~80度程度とするのが好ましい。
【0034】
以上の構成を備えている転がり軸受1によれば、シール装置6において、図2に示すように、シールリップ42は二つの折曲部(連結部54,55)を有する段付き形状となる。シール溝24は、シールリップ42の設置スペースとなっており、このスペース(シール溝24)が狭くても、前記段付き形状により、シールリップ42を長くすることができる。シールリップ42が長くなると、シールリップ42のシール面25に対する緊迫力を小さくすることが可能であることから、本実施形態のシール装置6によれば、シールリップ42が内輪2(シール面25)に接触することで生じる転がり軸受1の回転抵抗を小さくすることができる。
【0035】
図4は、リップ先部53の説明図であり、(A)は第一の例を示し、(B)は第二の例を示している。図4では、リップ先部53のリップ先端60がシール面25に接触することで、リップ先部53は弾性変形するが、その変形前の状態(自然状態)を実線で示しており、変形した状態を二点鎖線で示している。また、図4では、先端部53aの膨出形状を省略している。図4(A)に示す第一の例における、シール面25に対するリップ先部53のリップ角度(傾斜角度)P1-1は、図4(B)に示す第二の例におけるリップ角度P1-2よりも小さい(P1-1<P1-2)。第一の例と第二の例とでリップ先部53の締め代(潰れ代)Jは同じであるが、リップ角度(P1-1,P1-2)が異なると、リップ先部53の弾性変形量が異なる。つまり、締め代(潰れ代)Jが同じである場合、リップ角度が小さい図4(A)に示す第一の例の方が、リップ先部53の弾性変形量は小さい。このため、リップ先部53のリップ角度が小さいほど、シールリップ42のシール面25に対する緊迫力をより小さくすることができる。そこで、本実施形態では、前記のとおりリップ角度(傾斜角度P1)を小さくしている。具体的には、リップ角度(図2及び図3に示す傾斜角度P1)を60度未満の鋭角としている。
【0036】
リップ角度(傾斜角度P1)を小さくし過ぎると、リップ先部53(図3参照)の長さL3(L4)を確保するためには、シールリップ42全体としての幅(軸方向寸法)が大きくなってしまう。
そこで、本実施形態では、前記のとおりリップ基部51とリップ中間部52との折れ曲がり角度Q1(劣角、図2参照)を小さくしている。具体的には、折れ曲がり角度Q1を90度未満の鋭角としている。また、リップ先部53の長さL3(図3参照)を長くしている。具体的には、リップ先部53の長さL3をリップ基部51の長さL1よりも長くしている(L3>L1)。なお、折れ曲がり角度Q1を小さくすることで、リップ先部53の長さL3を長く設定しやすい。この構成によれば、シールリップ42の軸方向寸法が大きくなるのを抑制することができ、以下において、これについて図5により説明する。
【0037】
図5は、シールリップ42の説明図であり、(A)は第三の例を示し、(B)は第四の例を示している。図5では、リップ先部53がシール面25に接触することで、シールリップ42は弾性変形するが、その変形前の状態(自然状態)を実線で示しており、変形した状態を二点鎖線で示している。また、図5では、先端部53aの膨出形状を省略している。図5(A)に示す第三の例における、リップ基部51とリップ中間部52との折れ曲がり角度Q1-1は、図5(B)に示す第四の例における折れ曲がり角度Q1-2よりも小さい(Q1-1<Q1-2)。また、図5(A)に示す第三の例では、リップ先部53の長さL3がリップ基部51の長さL1よりも長い(L3>L1)。これに対して、図5(B)に示す第四の例では、リップ先部53の長さL3がリップ基部51の長さL1よりも短い(L3<L1)。図5(A)(B)に示すように、リップ先部53がシール面25に接触することでシールリップ42が弾性変形した場合、図5(A)に示す第三の例では、図5(B)に示す第四の例と比較すると、リップ基部51の軸受外部側への変形量Y1が小さくなり、また、リップ基部51の変形角度(変形傾き角度)Rが小さくなる。このため、図5(A)に示す第三の例では、シール面25に対するリップ中間部52の角度Q3が大きくなり、リップ中間部52とリップ先部53との間の連結部55が径方向に変形しやすくなる。このため、図5(A)に示す第三の例では、連結部55の軸方向の変位量Y2が小さくなり、これに応じて、リップ先部53の軸方向の変位量Y3を小さくすることができる。これに対して、図5(B)に示す第四の例では、リップ基部51の軸受外部側への変形量Y1が大きくなり、また、リップ基部51の変形傾き角度Rが大きくなることから、リップ先部53の軸方向の変形寸法Y3が(第三の例よりも)大きくなる。
【0038】
以上より、シールリップ42の軸方向幅を小さくする観点では、図5(A)に示す第三の例のように、リップ基部51とリップ中間部52との折れ曲がり角度(Q1-1)は小さいのが好ましい。また、リップ先部53の長さL3がリップ基部51の長さL1よりも短くてもよいが(L3<L1)、長さL3が長さL1よりも長いのが好ましい(L3>L1)。変形後におけるシールリップ42の軸方向幅が小さくなることで、シール溝24は小さく済み、また、リップ先部53がシール溝24からはみ出ないようにすることができる。なお、長さL3と長さL1とは同じであってもよい。
【0039】
また、本実施形態では(図2参照)前記のとおり、リップ中間部52とリップ先部53との折れ曲がり角度Q2(劣角)は、90度未満の鋭角である。仮に(図示しないが)折れ曲がり角度Q2が90度以上の角度である場合、リップ先部53のリップ角度(シール面25に対するリップ先部53の傾斜角度P1)が大きくなってしまう。リップ角度が大きくなると、図4により説明したように、シールリップ42のシール面5に対する緊迫力を小さくすることが困難となる。しかし、本実施形態では、折れ曲がり角度Q2を小さくすることで、リップ角度を小さくし、これにより、リップ先部53の変形量が小さくなり、緊迫力をより一層低下させることが可能となる。
【0040】
また、図2に示すように、リップ先部53は、シール面25に近づくにしたがって軸受外部側へ向かう方向に延びている傾斜形状を有しており、このシール面25に対して傾斜角度P1を有して接触する形状である。このため、転がり軸受1(図1参照)の組み立てにおいて、内輪2と外輪3との間に玉4を配置した組立体に対して、シール装置6を軸受外部側から軸方向に接近させてこの組立体(外輪3)に取り付けると、シールリップ42は適切な姿勢となる。このため、組立性が良い。図示しないが仮にリップ先部53の傾斜方向が反対であると(つまり、シール面25に近づくにしたがって軸受内部側へ向かう方向に延びている傾斜形状であると)、この構成を有するシール装置を、組立体に対して軸受外部側から軸方向に接近させて取り付けると、リップ先部が、シール面との接触抵抗(滑り抵抗)により、反転してしまうおそれがある。しかし、本実施形態によれば、このようなリップ先部53の反転は生じない。
【0041】
また、図2に示すシールリップ42では、リップ基部51は、シール本体部41から離れるにしたがって軸受外部側へ向かう方向に延びている傾斜形状を有しており、更に、リップ中間部52は、リップ基部51との連結部54が軸受外部側に位置しかつリップ先部53との連結部55が軸受内部側に位置するように延びている形状を有している。そして、リップ先部53は、シール面25に近づくにしたがって軸受外部側へ向かう方向に延びている。この構成によれば、リップ基部51の内輪2側に、リップ中間部52及びリップ先部53が位置し、シールリップ42を軸方向についてコンパクトにすることができる。
【0042】
また、シール溝24は、シール面25となる溝底面26と、この溝底面26の軸受内部側の溝側面27とを有しており、リップ先部53は溝底面26に接触している。このため、転がり軸受1にアキシアル荷重が作用する等して内輪2と外輪3とが軸方向について相対的に変位しても、リップ先部53のシール面25に対する締め代の変化が小さくて済む。仮にシールリップ42(リップ先部53)が溝側面27に接触する構成である場合、内輪2と外輪3とが軸方向について相対的に変位すると、両者間の締め代が想定外に大きくなったり想定外に小さくなったりする可能性があり、締め代が大きくなると回転抵抗が増加し、また、締め代が小さくなってゼロを越えると(負の締め代になると)、隙間が生じてしまいシール性能が低下してしまう。しかし、本実施形態の構成によれば、内輪2と外輪3とが軸方向について相対的に変位しても、締め代は(ほとんど)変化せず、また、締め代がゼロ(負の締め代)となるのを防止することができる。
【0043】
また、溝底面26は、軸受外部側へ向かうにしたがって外径が小さくなる(シール本体部41から離れる)傾斜面であることから、溝底面26とリップ先部53との成す角度(リップ角度)を小さくすることができ、これにより、リップ先部53の変形量が小さくなり、緊迫力をより一層低下させることが可能となる。
【0044】
また、本実施形態では、転がり軸受1の中心軸C(図1参照)を含む断面において(図3参照)、この中心軸Cと平行であって、リップ基部51の軸受内部側の背面51bとリップ中間部52の軸受内部側の背面52bとの交点を通過する仮想線K2に対して、リップ中間部52の背面52bが成す角度Q4は、ゼロよりも大きくなるようにしている。これは、シール装置6の成型は、軸方向に分割される金型によって行われることから、シール装置6の成型の際の脱型の都合による。仮に前記角度Q4がマイナス側であると、つまり、リップ中間部52の背面52bが前記仮想線K2よりも外輪3側に位置していると、軸方向に分割される金型では、脱型不能(成型不能)となるためである。
【0045】
以上のとおり開示した実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。つまり、本発明の転がり軸受は、図示する形態に限らず本発明の範囲内において他の形態のものであってもよい。前記実施形態では、転がり軸受1が、(深溝)玉軸受である場合について説明したが、アンギュラ玉軸受であってもよく、また、転動体がころであるころ軸受であってもよい。
【0046】
また、前記実施形態では、内輪2が回転輪であり、外輪3が固定輪である場合について説明したが、反対であってもよく、内輪2が固定輪であり、外輪3が回転輪であってもよい。この場合、図示しないが、シール装置のシール本体部は内輪に取り付けられ、シールリップはこのシール本体部から外輪側に延びて設けられ外輪のシール面に接触し、このシールリップは複数の折曲部を有する段付き形状となる。つまり、前記実施形態で説明したシールリップ42の段付き形状(図2及び図3参照)は、内輪と外輪とのうちの一方が回転輪であり他方が固定輪である転がり軸受に適用可能である。
【符号の説明】
【0047】
1:転がり軸受 2:内輪 3:外輪
4:玉 5:保持器 6:シール装置
24:シール溝 25:シール面 26:溝底面
27:溝側面 41:シール本体部 42:シールリップ
51:リップ基部 52:リップ中間部 53:リップ先部
54:連結部 55:連結部 60:リップ先端
P1:傾斜角度 Q1:折れ曲がり角度 Q2:折れ曲がり角度
S:環状空間
図1
図2
図3
図4
図5
図6