(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-11
(45)【発行日】2023-01-19
(54)【発明の名称】バイオフィルム分散剤
(51)【国際特許分類】
A01N 43/08 20060101AFI20230112BHJP
A01N 43/36 20060101ALI20230112BHJP
A01N 25/00 20060101ALI20230112BHJP
A01N 25/02 20060101ALI20230112BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20230112BHJP
【FI】
A01N43/08 H
A01N43/36 C
A01N25/00 102
A01N25/02
A01P3/00
(21)【出願番号】P 2019008390
(22)【出願日】2019-01-22
【審査請求日】2021-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 啓太
(72)【発明者】
【氏名】瀧川 博文
(72)【発明者】
【氏名】山本 哲司
(72)【発明者】
【氏名】千葉 雅史
【審査官】三木 寛
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第06585961(US,B1)
【文献】特表2012-512199(JP,A)
【文献】特開2001-335405(JP,A)
【文献】国際公開第2014/157546(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 43/08
A01N 43/36
A01N 25/00
A01N 25/02
A01P 3/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1):
【化1】
(式中、XはNH又はOを示す)
で表される化合物又はその塩を有効成分とするバイオフィルム分散剤。
【請求項2】
グラム陽性菌又はグラム陰性菌のバイオフィルムを分散させる請求項1記載のバイオフィルム分散剤。
【請求項3】
シュードモナス(
Pseudomonas)属細菌、又はスタフィロコッカス(
Staphylococcus)属細菌のバイオフィルムを分散させる請求項1記載のバイオフィルム分散剤。
【請求項4】
緑膿菌又は黄色ブドウ球菌のバイオフィルムを分散させる請求項1記載のバイオフィルム分散剤。
【請求項5】
非生体に形成されたバイオフィルムを分散させる請求項1~4のいずれか1項記載のバイオフィルム分散剤。
【請求項6】
水が流されるか又は水が貯留される設備において形成されたバイオフィルムを分散させる請求項1~4のいずれか1項記載のバイオフィルム分散剤。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項記載のバイオフィルム分散剤を
非生体に形成されたバイオフィルムと接触させることを含む、バイオフィルムの分散方法。
【請求項8】
バイオフィルムが、水が流されるか又は水が貯留される設備において形成されたバイオフィルムである請求項7記載のバイオフィルムの分散方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオフィルム分散剤に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオフィルムは、物質表面に付着した細菌やカビ等の微生物の群落が多糖類、タンパク質等の分泌物と共に形成した構造体である。
バイオフィルムは様々な産業分野で問題を引き起こす。例えば、家庭や工場の給排水設備・水循環システム等に形成されたバイオフィルムは、配管のぬめりやつまり、悪臭、処理能力低下の原因となる。また、腐食等、設備の劣化を引き起こす。
さらに、バイオフィルムは微生物汚染の原因となる。例えば、温泉施設等に形成されたバイオフィルムは危害菌生育の温床となり、感染症を引き起こす。医療分野では、透析等のチューブや内視鏡等の医療器具に形成されたバイオフィルムが院内感染の原因となる。また、ヒト口腔内でバイオフィルムが形成されると、齲蝕や歯周病の原因となる。
【0003】
一般に、バイオフィルム防止のため、塩素系薬剤、有機窒素硫黄系薬剤等の殺菌剤、抗菌剤が用いられている。
しかしながら、浮遊状態にある微生物と比較してバイオフィルムを形成している微生物は薬剤耐性を持つこと、また、バイオフィルム内部への薬剤の浸透が不十分であることから、バイオフィルムに対して薬剤はその効果を発揮し難いことが知られている。加えて、薬剤で殺菌しても既に形成したバイオフィルムは短時間で除去されない。
そこで、バイオフィルムの形成を抑制する方法やバイオフィルムを除去する方法が種
々検討され、例えば、グリセリン脂肪酸エステル等の乳化剤、蛋白質分解酵素(プロテアーゼ)を用いる方法が報告されているが、その効果は十分とはいえない。
【0004】
一方、ピログルタミン酸は、グルタミン酸が脱水・環化したアミノ酸で、例えば、特許文献1には、バイオフィルムに対する殺菌剤として非イオン性抗菌剤と、当該非イオン性抗菌剤の安定性を向上させ、使用感(異味)を改善させるピログルタミン酸とを含有する口腔用組成物が記載されている。また、特許文献2には、ビタミン、金属イオン、表面活性化合物及び抗微生物性作用物質としてピログルタミン酸を組み合わせた表面の消毒及び汚染除去剤が記載されている。
また、特許文献3には、ピログルタミン酸又は5-オキソテトラヒドロフラン-2-カルボン酸が銀イオンに配位した錯体が抗菌抗かび作用を有することが記載されている。
【0005】
しかしながら、ピログルタミン酸及び5-オキソテトラヒドロフラン-2-カルボン酸が、バイオフィルムの分散へ与える影響については全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2014/157546号
【文献】特開2012-512199号公報
【文献】特開2001-335405号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、バイオフィルムを分散し得るバイオフィルム分散剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、後記一般式(1)で表される化合物に、バイオフィルムの分散効果があることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕~〔2〕に係るものである。
〔1〕下記一般式(1):
【0010】
【0011】
(式中、XはNH又はOを示す)
で表される化合物又はその塩を有効成分とするバイオフィルム分散剤。
〔2〕〔1〕記載のバイオフィルム分散剤をバイオフィルムと接触させることを含む、バイオフィルムの分散方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、バイオフィルムを分散させることができるので、バイオフィルムを効果的に除去することができる。従って、様々な産業分野においてバイオフィルムが引き起こす問題を回避することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明で使用する化合物は、下記一般式(1):
【0014】
【0015】
(式中、XはNH又はOを示す)
で表される。
一般式(1)中、XはNH又はOを示し、この定義から、一般式(1)で表される化合物の具体例としては、次のピログルタミン酸(1a)及び5-オキソテトラヒドロフラン-2-カルボン酸(1b)が挙げられる。
【0016】
【0017】
なかでも、バイオフィルムの分散性の観点から、化合物(1a)が好ましい。
【0018】
一般式(1)で表される化合物の塩としては、薬学的に許容できる塩であれば特に制限はなく、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の無機酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、炭酸、ピクリン酸、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸等の有機酸との酸付加塩;ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、アルミニウム等の無機塩基や、メチルアミン、エチルアミン、メグルミン、エタノールアミン等の有機塩基との塩基付加塩;リジン、アルギニン、オルニチン等の塩基性アミノ酸とのアミノ酸塩;アンモニウム塩が挙げられる。
一般式(1)で表される化合物又はその塩は、溶媒和物であっても無溶媒和物であってもよく、いずれも包含される。溶媒和物の好ましい例としては、水和物、アルコール和物或いはアセトン和物等が挙げられる。また、一般式(1)で表される化合物又はその塩には、光学異性体が存在するが、いずれかの光学異性体であっても、光学異性体の混合物であってもよい。
本発明において、一般式(1)で表される化合物又はその塩は、各々単独で用いてもよく、いずれか2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0019】
一般式(1)で表される化合物又はその塩は、公知の化合物であり、市販品を用いることができる。また、常法に基づき化学合成すること、或いはこれらを含有する植物体や培養由来物から抽出・精製することにより取得することができる。
【0020】
後記実施例に示すように、一般式(1)で表される化合物は、バイオフィルムの分散効果を示し、バイオフィルムを効果的に除去する。一般式(1)で表される化合物は、既存の抗菌剤(CMIT)よりも高いバイオフィルムの分散効果を示す。
従って、一般式(1)で表される化合物又はその塩は、バイオフィルム分散剤となり得、またこれを製造するために使用することができる。また、一般式(1)で表される化合物又はその塩は、バイオフィルムが形成された物質に対して、そのバイオフィルムを分散させるために使用することができる。
ここで、「使用」は、生体(ヒト又は非ヒト動物)における使用である場合、治療的使用であっても非治療的使用であってもよい。「非治療的」とは、医療行為を含まない概念、すなわち人間を手術、治療又は診断する方法を含まない概念、より具体的には医師又は医師の指示を受けた者が人間に対して手術、治療又は診断を実施する方法を含まない概念である。
【0021】
バイオフィルムが形成される物質としては、物質表面と水とが接するもの、例えば、家庭や工場、商業施設等の給排水設備・水循環システム(配管、貯留タンク、冷却プール、水冷式冷却塔、流湯式暖房システム、それらに付属する熱交換器、濾過器等の機器等)、医療機器(透析チューブ、内視鏡、体内留置カテーテル等)、ヒト又は非ヒト動物の口腔内(歯、舌等)が挙げられる。
本発明においては、非生体に形成されたバイオフィルムに好適であり、さらには上記給排水設備・水循環システム等の水が流されるか又は水が貯留される設備において形成されたバイオフィルムに好適である。
【0022】
バイオフィルムを分散させるには、一般式(1)で表される化合物又はその塩とバイオフィルムを接触させればよい。例えば、本発明のバイオフィルム分散剤をバイオフィルムが形成された物質表面に塗布又は噴霧する、本発明のバイオフィルム分散剤中にバイオフィルムが形成された物質を浸漬する、或いは本発明のバイオフィルム分散剤が適用される水、例えば、水が流されるか又は水が貯留される設備における水(湯を含む)の中に本発明のバイオフィルム分散剤を添加する、が挙げられる。
【0023】
バイオフィルムの起因菌としては、グラム陽性菌、グラム陰性菌が挙げられ、例えば、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、ポルフィロモナス(Porphyromonas)属細菌、エルシニア(Yersinia)属細菌、エシェリキア(Escherichia)属細菌、サルモネラ(Salmonella)属細菌、ヘモフィルス(Haemophilus)属細菌、ヘリコバクター(Helicobacter)属細菌、バシルス(Bacillus)属細菌、ボレリア(Borrelia)属細菌、ナイセリア(Neisseria)属細菌、カンピロバクター(Campylobacter)属細菌、デイノコックス(Deinococcus)属細菌、ミコバクテリウム(Mycobacterium)属細菌、エンテロコッカス(Enterococcus)属細菌、ストレプトコッカス(Streptococcus)属細菌、スフィンゴピキシス(Sphingopyxis)属細菌、シゲラ(Shigella)属細菌、エロモナス(Aeromonas)属細菌、エイケネラ(Eikenella)属細菌、クロストリジウム(Clostridium)属細菌、スタフィロコッカス(Staphylococcus)属細菌、ラクトバチルス(Lactobacillus)属細菌、アクチノバチルス(Actinobacillus)属細菌、アクチノマイセス(Actinomyces)属細菌、バクテロイデス(Bacteroides)属細菌、カプノサイトファガ(Capnocytophaga)属細菌、クレブシエラ(Klebsiella)属細菌、ハロバチルス(Halobacillus)属細菌、フゾバクテリウム(Fusobacterium)属細菌、エルウィニア(Erwinia)属細菌、エルベネラ(Elbenella)属細菌、ラクトバチルス(Lactobacillus)属細菌、リステリア(Listeria)属細菌、マンヘイミア(Mannheimia)属細菌、ペプトコッカス(Peptococcus)属細菌、プレボテラ(Prevotella)属細菌、プロテウス(Proteus)属細菌、セラチア(Serratia)属細菌、ベイロネラ(Veillonella)属細菌等が挙げられる。
本発明においては、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、スタフィロコッカス(Staphylococcus)属細菌のバイオフィルムの分散に適し、さらには緑膿菌(Pseudomonas
aeruginosa)、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus
aureus)のバイオフィルムの分散に適する。
【0024】
本発明のバイオフィルム分散剤の形態としては、固形状、半固形状又は液状であり得、一般式(1)で表される化合物又はその塩を単独で、又は必要に応じて、薬学的に許容される担体、その他の薬効成分等と適宜組み合わせて、それぞれ一般的な製造方法により調製することができる。当該薬学的に許容される担体としては、例えば、水、油剤、界面活性剤、溶剤、賦形剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、嬌味剤、香料、被膜剤、希釈剤等が挙げられる。
また、その他の薬効成分としては、抗菌剤が好ましい。ここで、本発明において「抗菌」とは、微生物を死滅させる「殺菌」、「滅菌」、微生物の発生、発育、増殖を抑える「静菌」、「制菌」いずれの概念も含む語である。
【0025】
本発明のバイオフィルム分散剤中の一般式(1)で表される化合物又はその塩の含有量は、その使用形態により適宜決定することができるが、一般的に100ppm(一般式(1)で表される化合物換算、質量ppm、以下同じ)以上であり、また、水溶濃度以下である。
【0026】
本発明のバイオフィルム分散剤の使用量は、バイオフィルムを分散し得る量であればよく、その使用形態により適宜決定することができる。
本発明においては、バイオフィルムの起因菌に対して、抗菌活性を示す濃度で又は抗菌活性を示すことのない濃度で、一般式(1)で表される化合物又はその塩を使用することができる。
本発明のバイオフィルム分散剤が適用される水(水が流されるか又は水が貯留される設備における水等)の中に本発明のバイオフィルム分散剤を添加してバイオフィルムを分散させる場合、その添加量は、水の中の一般式(1)で表される化合物又はその塩の濃度(一般式(1)で表される化合物換算)として、100ppm以上、更に300ppm以上、更に1000ppm以上が好ましく、また、1質量%以下が好ましい。
【実施例】
【0027】
以下の実施例で用いた試験化合物を表1に示す。
【0028】
【0029】
実施例1
R2A寒天培地上で培養した黄色ブドウ球菌Staphylococcus
aureus NBRC13276をR2A液体培地「ダイゴ」(日本製薬株式会社製)で30℃、15時間静置培養した。得られた培養液の濁度(OD600)を測定し、OD600=1.0 1/106希釈相当の懸濁液を調製した。24wellプレート(日本ベクトンディキンソン製)の各ウェルに調製した懸濁液 1.0mLを添加し、30℃、48時間静置培養してウェル底面にバイオフィルムを形成した。
培養液を静かに抜き取りDPBS (14190250, Thermo Fisher社製) 1.0mLで洗浄した後、下記表に示す試験化合物のDPBS溶液 1.0mLを添加し、30℃で3時間静置した。試験化合物溶液を静かに抜き取り液中に分散したバイオフィルムを除去した。残存したバイオフィルムを0.1%クリスタルバイオレット水溶液で15分間染色した後、ピペットで染色液を静かに抜き取った。さらにDPBS 1.0mLを静かに添加し、静置10分後にピペットで静かに抜き取る洗浄を2回行った。エタノール 1.0mLで溶出し、溶出液 200uLを96wellプレートに移してプレートリーダーでλ=595nmの吸光度Abs595を測定した。各4wellのAbs595平均値を表に示した。括弧内には、Abs595をもとに以下の方法で算出されるバイオフィルム除去率を記載した。
バイオフィルム除去率(%)
={1-(試験化合物添加群 Abs595/DPBSコントロールAbs595)}×100
【0030】
緑膿菌Pseudomonas
aeruginosa PAO1(ATCC 15692)についても同条件で培養・評価した。
【0031】
【0032】
【0033】
表2及び表3から明らかなように、ピログルタミン酸及び5-オキソテトラヒドロフラン-2-カルボン酸を用いた場合にバイオフィルム分散効果が認められ、優れたバイオフィルム除去性を示した。既存の殺菌剤CMITではバイオフィルム分散効果は小さかった。
水冷塔冷却水から単離したバイオフィルム起因菌であるSphingopyxis属細菌についても同条件で培養・評価したところ、ピログルタミン酸及び5-オキソテトラヒドロフラン-2-カルボン酸において同様のバイオフィルム分散効果が得られた。