(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-11
(45)【発行日】2023-01-19
(54)【発明の名称】APL型ペプチドを含む医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 38/16 20060101AFI20230112BHJP
A61K 47/12 20060101ALI20230112BHJP
A61K 47/26 20060101ALI20230112BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20230112BHJP
A61K 9/19 20060101ALI20230112BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20230112BHJP
A61P 19/02 20060101ALI20230112BHJP
A61P 19/00 20060101ALI20230112BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20230112BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230112BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20230112BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20230112BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20230112BHJP
C07K 14/47 20060101ALN20230112BHJP
【FI】
A61K38/16
A61K47/12
A61K47/26
A61K9/08
A61K9/19
A61P29/00
A61P29/00 101
A61P19/02
A61P19/00
A61P25/28
A61P43/00 105
A61P1/16
A61P11/00
A61K45/00
A61P43/00 121
C07K14/47 ZNA
(21)【出願番号】P 2020536159
(86)(22)【出願日】2018-12-21
(86)【国際出願番号】 CU2018050007
(87)【国際公開番号】W WO2019129315
(87)【国際公開日】2019-07-04
【審査請求日】2021-09-22
(31)【優先権主張番号】CU-2017-0176
(32)【優先日】2017-12-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CU
(73)【特許権者】
【識別番号】304012895
【氏名又は名称】セントロ デ インジエニエリア ジエネテイカ イ バイオテクノロジア
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ドミンゲス ホルタ、マリア デル カルメン
(72)【発明者】
【氏名】ロペス アバド、クルス マチルデ
(72)【発明者】
【氏名】ゴンザレス ロペス、ルイス ハビエル
(72)【発明者】
【氏名】ベサダ ペレス、ウラジミール アルマンド
【審査官】大島 彰公
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-514013(JP,A)
【文献】特表2008-514553(JP,A)
【文献】特表2009-534390(JP,A)
【文献】SATOSHI OHTAKE; ET AL,INTERACTIONS OF FORMULATION EXCIPIENTS WITH PROTEINS IN SOLUTION AND IN THE DRIED STATE,ADVANCED DRUG DELIVERY REVIEWS,NL,2011年07月,VOL:63, NR:13,,PAGE(S):1053 - 1073,http://dx.doi.org/10.1016/j.addr.2011.06.011
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K、A61P、C07K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1として同定されるAPL型ペプチドと、pH3.9~
4.7の酢酸ナトリウム緩衝液と、スクロース及びトレハロースから選択される少なくとも1つの安定化糖
とを含む、医薬組成物。
【請求項2】
ペプチドが、0.5mg/mL~10mg/mLの間の濃度である、請求項1に記載の
医薬組成物。
【請求項3】
酢酸ナトリウム緩衝液が、30mM~70mMの間の濃度を有する、請求項1
または2に記載の
医薬組成物。
【請求項4】
安定化糖が、10mg/mL~40mg/mLの間の範囲である、請求項
1から3までの何れか一項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
液体形態又は凍結乾燥物の再懸濁の生成物である、請求項1から4までの何れか一項に記載の
医薬組成物。
【請求項6】
好中球又はタンパク質シトルリン化の増加に関連する炎症性疾患の治療のため
の、請求項1から4までのいずれか一項に記載の医薬組成
物。
【請求項7】
前記炎症性疾患が、関節リウマチ(RA)、若年性特発性関節炎(JIA)、強直性脊椎炎(AS)、アルツハイマー病、及び肝線維症又は肺線維症からなる群から選択される、請求項6に記載の
医薬組成物。
【請求項8】
抗炎症薬又はサイトカインアンタゴニスト
と組み合わせて使用される、請求項
6または7に記載の
医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医学分野、特に修飾ペプチド型のAPL(改変ペプチドリガンド(Altered Peptide Ligand)、略称APL)を含む医薬組成物に関する。この組成物の患者への投与は、タンパク質のシトルリン化に関連する事象を減少させる。この組成物は、関節リウマチ(RA)、強直性脊椎炎(AS)、若年性特発性関節炎(JIA)、肝線維症及びアルツハイマー病などの炎症性疾患の治療に有用である。
【背景技術】
【0002】
先行技術の状態
シトルリン化は、アルギニンのグアニジニウム基(正電荷)をシトルリン化して(中性)ウレイド基へ変換するタンパク質の翻訳後修飾である。酵素ペプチジルアルギニンデイミナーゼ(PAD)が、この変換を触媒する(Bicker K.L.、Thompson P.R.2013、Biopolymers、99:55-163)。RAでは、好中球の疾患及びネトーシス(NETs)を引き起こす環境物質への曝露が、シトルリン化自己抗原の主な供給源となる。ネトーシスは、細胞膜の破裂が発生するプログラム化された細胞死であり、好中球の核形態の変化を伴う。細胞外空間における好中球の細胞質内容物の解放は、いわゆる好中球細胞外トラップと言われる、抗菌性のタンパク質顆粒及び酵素が豊富なクロマチンのマトリックスを形成する。このプロセスで、酵素PAD及びシトルリン化ヒストンH3が放出され、強力な自己抗原となり(Konig MF、Andrade F、2016、Front Immunol 7:461)、軟骨に侵入する滑膜線維芽細胞の炎症反応を増加させる。一方、RAを引き起こす環境物質は、アポトーシス及び細胞の壊死による死をもたらし、これらは細胞外マトリックスを形成する。壊死細胞は、細胞質内容物を細胞外空間に放出する。このプロセスの間に、PAD酵素も放出され、細胞外空間のカルシウムのレベルにより活性化され、自己タンパク質のシトルリン化をもたらす。
【0003】
好中球のネトーシスはまた、AS及びJIAの病因にも関連する(Giaglis Sら、2016、Front,Pediatr,4:97)。一方、ネトーシスは、神経炎症プロセスを悪化させ、アルツハイマー病患者の柔組織における血管損傷を促進する可能性がある(Pietronigro ECら、2017.Front Immunol 8:211)。さらに、ネトーシスは、ビメンチンのシトルリン化を伴う、肺及び肝臓などの様々な組織の線維症の発症に寄与する生物学的プロセスである(Branzk N、Papayannopoulos V、Seminars in Immunopathology、2013;35(4):513-530)。
【0004】
特に、シトルリン化の標的であるいくつかのタンパク質が、RAにおいて記載されている。その中にはフィブリノーゲン、ケラチン、フィブロネクチン、ビメンチン、II型コラーゲン、α-エノラーゼがある(McInnes IB、Schett G、2011 N Engl J Med、365(23):2205-2219)。一方、ビメンチンのシトルリン化は、AS、JIA、肝線維症及び肺線維症、並びにアルツハイマー病の病因に大きく寄与することがわかっている(S.Gudmannら、2015、Autoimmunity 48:73-79)。
【0005】
RAプロセスの間に、B細胞は増殖し、シトルリン化ペプチドによって活性化されるヘルパーT細胞との相互作用の後、抗シトルリン化タンパク質抗体(ACPA)を分泌する細胞に分化する。ACPAは、RA発病(RA debut)の約1年前の患者の50%に見られる。動物モデルの調査では、関節外部位から滑膜へのこれらの自己抗体の移動が関節の炎症を引き起こすことを示唆している。さらに、これらの自己抗体が、シトルリン化ビメンチン分子を認識し、単核細胞の破骨細胞への分化を誘導し、これが骨吸収及び骨破壊を促進するため、滑膜におけるACPAの存在は、この疾患の危険因子である(Martin-Mola Eら、2016、Rheumatol Int、36(8):1043-1063)。
【0006】
RAの病因に著しく寄与する因子は、滑液中又は軟骨表面に蓄積する免疫複合体による好中球の活性化である(Rollet-Labelle Eら、2013、J Inflamm(Lond)、1):27)。好中球は、細胞毒性生成物(プロスタグランジン、プロテアーゼ、及び酸素フリーラジカル)の合成及び放出を誘導し、深刻な損傷を関節に与える。好中球は、4つのメカニズムを通して炎症プロセスを編成する:(1)IL-23、IL-12、RANKL(核因子-κBリガンドの受容体活性化因子)及びIL-18を含むサイトカイン及びケモカインの分泌。これにより破骨細胞及びBリンパ球が活性化される。(2)主要組織適合遺伝子複合体クラスIIの分子の発現の増加。(3)関節を破壊する他の細胞型の活性化を引き起こす細胞間相互作用。(4)関節損傷に関与するサイトカイン及びケモカインを活性化又は不活性化するプロテアーゼの放出。(Wright H.Lら、2014.Nat Rev Rheumatol.10(10):593-601)
【0007】
好中球は、半減期が短く、およそ30分~8時間の間である。タンパク質S100A8/9は、この細胞の細胞質ゾルにおけるタンパク質の40%を占めており、この複合体は、好中球のプログラム化される細胞死を誘導した(M Atallahら、2012、PLoSONE 7:2(e29333))。S100A8及びS100A9は通常、カルプロテクチンとして知られる複合体内にあり、両方のS100A8及びS100A9並びにカルプロテクチンが、非常に低い濃度(ナノモル範囲)で好中球の走化性をもたらす。カルプロテクチン(S100A8/9)は、RA、線維症及びクローン病などの炎症性疾患の患者の炎症の局所部位又は血清に高濃度で見られる(Cerezo、Lら、2011、Arthritis Res.Ther.13(4):R122)。
【0008】
WO2009090650の特許出願において、Cohen及びMonsonegoは、アルツハイマー病の治療のための、β-アミロイドタンパク質と組み合わせたHSP60由来のペプチドの使用を特許請求している。このペプチドは、HSP60由来のアミノ酸の配列458~474を含む。他の著者らは、アルツハイマー病の治療のためのβ-アミロイドタンパク質の凝集も防ぐ小ペプチドの使用を明らかにした(P Sundaram et al., Patents on Potential Drugs to Treat Alzheimer’s Disease:Special Emphasis on Small Peptides,2014.9:71-75)。PCT/IL2003/000132の特許出願では、様々な疾患慢性炎症(中には、肺線維症が挙げられている)の治療のための、TLR2型を介してT細胞の活性を調節することができるHSP60由来のペプチドp277の使用を特許請求している。WO2006032216の特許出願では、配列表において配列番号1として同定されるAPL型ペプチド、及びRAの治療におけるその使用が特許請求されている。一方、特許EP2374468は、クローン病、潰瘍性大腸炎及びI型糖尿病の治療における前記ペプチドの使用を開示する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
現在、ACPAレベル、ネトーシス及びタンパク質シトルリン化の生物学的プロセスの減少をもたらす効果的な治療法はない。また、RA、JIA及びASなどの自己免疫性関節炎や、アルツハイマー病並びに肝臓及び肺の線維症などの、自己タンパク質のシトルリン化を特徴とする他の疾患に対する効果的な治療法はない。したがって、この種の疾患の治療で存在する薬物に対して、治療上の利点を提供する薬物を得ることは依然として興味深い。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明の説明
本発明は、配列番号1として同定されるAPL型ペプチドと、pH3.9~7.7の酢酸ナトリウム緩衝液と、スクロース又はトレハロースから選択される少なくとも1つの安定化糖とを含む医薬組成物を提供することにより、前述の問題を解決する。配列番号1として同定されるペプチドは、アミノ酸83~109の間に含まれる、ヒトHSP60の領域に由来する。APL型ペプチドは、免疫原性ペプチドアナログに類似するが、T細胞受容体、又は主要組織適合遺伝子複合体クラスIIとの重要な接触位置に1つ又は複数の置換を有し、T細胞の活性化に必要な事象のカスケードを改変する。本発明の医薬組成物におけるこのペプチドの濃縮は、宿主における効果的な免疫学的応答を可能にする。
【0011】
配列番号1のペプチドは、化学合成により製造される。それが誘発する免疫応答のレベル及び質は、本発明に記載される通り、実験において評価することができる。本発明の例では、ペプチドは、医薬組成物において、0.5mg/mL~10mg/mLの間の濃度であり、酢酸ナトリウム緩衝液は、30mM~70mMの間の濃度を有する。一方、本発明の例では、安定化糖は、10mg/mL~40mg/mLの間の範囲である。
【0012】
本発明の医薬組成物は、高い安定性及び安全性を特徴とする。このことは、試験の間に、患者において確認された。医薬組成物は、十分に耐容した。重篤な有害事象は、いずれの患者でも確認されず、生化学的又は血液学的パラメーターに変更がなかった。製剤のpHが約4.0であること、又は生理学的pHから離れていることを考慮すると、これらの結果は予想外であった。pHが生理学的pHから離れている他の化合物の類似製剤では、過敏症及び痛みなどの注射部位での有害事象が観察されている。本発明の実施形態では、患者に投与される該組成物は、液体又は凍結乾燥物である。
【0013】
本発明では、配列番号1として同定されるペプチドと、賦形剤のスクロース又はトレハロースと、pHが3.9~4.7の間の酢酸ナトリウム緩衝液とを含む医薬製剤の、好中球、ネトーシス及びACPAのレベルの割合を低下させることについての効力が明らかにされる。これらの病原性事象は、RA、JIA、AS、アルツハイマー病及び線維症の発症に関与している。上記の医薬組成物は、これらの疾患を有する患者から単離される細胞を用いて実施されるエクスビボアッセイにおいて好中球の数を有意に減少させた。
【0014】
驚くべきことに、この医薬調製物はまた、この調製物で治療されたRA患者の群において、環状シトルリン化ペプチド(cyclic citrullinated peptide)の抗CCP(anti-CCP)レベルも大幅に減少させた。さらに、該ペプチドは、RA患者から単離される単核細胞を用いて実施されたエクスビボアッセイにおいて、S100A9タンパク質及びS100A8タンパク質のレベルを減少させた。
【0015】
それゆえ、本発明の別の態様は、好中球又はタンパク質のシトルリン化の増加に関連する炎症性疾患の治療のための薬剤を製造するための前記医薬組成物の使用である。悪化した免疫応答を調節する抗原特異的戦略の使用は、結果として、これらの疾患に特徴的なシトルリン化プロセスの減少を伴い、非常に新しい治療アプローチとなる。本発明の実施形態では、該組成物は、RA、JIA、AS、アルツハイマー病、並びに肝線維症及び肺線維症からなる群から選択される炎症性疾患のための薬剤を生成するために使用される。
【0016】
配列番号1として同定されるペプチドは、RAの治療に有用である可能性があることが示唆されている(Dominguez MCら、2011、Autoimmunity44(6):471-482;Barbera Aら、2016、Cell Stress and Chaperones21:735-744)。しかしながら、このペプチドの特定の製剤が、タンパク質のシトルリン化が増加し、且つシトルリン化タンパク質に対する抗体が存在する炎症性疾患の治療に使用できることを示唆する証拠はない。
【0017】
別の態様では、本発明は、好中球又はタンパク質シトルリン化の増加に関連する炎症性疾患の治療の方法を提供する。この方法は、本発明の医薬組成物の治療有効量を、必要とする対象に投与することを含む。本発明の一実施形態では、炎症性疾患は、RA、JIA、AS、アルツハイマー病、並びに肝線維症及び肺線維症からなる群から選択される。
【0018】
組成物の有効量は、投与される場合に、患者の抗CCP抗体、ネトーシス抗体、及び結果として生じるタンパク質シトルリン化のレベルを結果として減少する量である。治療の過程では、投与されるペプチドの量は、一般的に、年齢、性別、通常の健康、並びに免疫応答のレベルなどの特定の要因に応じて変更され得る。
【0019】
本発明の別の実施形態では、方法の一部として、抗炎症薬又はサイトカインアンタゴニストも、患者に投与される。特定の実施形態では、炎症性疾患を治療する方法において、APL型ペプチドを含む医薬組成物は、液体又は凍結乾燥されており、溶解して投与される。
【0020】
一実施形態では、医薬組成物は、非経口的又は粘膜的に投与可能である。好ましい実施形態では、ペプチドの医薬組成物は皮下的に投与される。別の実施形態では、医薬組成物は、経口的に投与される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】pH7.4の50mMのリン酸ナトリウム緩衝液に溶解した配列番号1として同定されるAPL型ペプチドのクロマトグラフィープロファイルの図である。該プロファイルは、逆相クロマトグラフィー(RP-HPLC)によって得られる。(A)時間0、(B)15日間の37℃での保管。
【
図2】RP-HPLCによって測定される、いくつかの賦形剤における配列番号1として同定される該ペプチドの溶解性の評価の図である。
【
図3】水(A)、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)(B)及びスクロース(C)に溶解した配列番号1の該ペプチドの分子排除クロマトグラフィー-HPLCの図である。
【
図4】4℃(A)及び37℃(B)で製剤化及び保管された試料における、配列番号1として同定されるペプチドの濃度に対するpHの効果を示す図である。
【
図5】37℃で製剤化及び保管された試料における、配列番号1として同定されるペプチドの純度に対するpHの効果を示す図である。
【
図6】AS患者の末梢血から得られる好中球の細胞生存率に対するペプチドの医薬組成物の効果を示す図である。ペプチド刺激なしで培養される細胞は、陰性対照である。
【
図7】ペプチドの医薬組成物により治療されたRA患者の抗CCPの濃度に対するペプチドの医薬組成物の投与の効果を示す図である。アスタリスクは、時間0(処理なし)と3回の評価との間の有意差を統計的に示す。
【実施例】
【0022】
実施例の詳細な記載
(例1)ヒトで使用するためのAPL型ペプチド製剤の取得。
APL型ペプチドを、化学合成により得た。配列番号1として同定されるペプチドをpH7.4の50mMのリン酸ナトリウム緩衝液に溶解することによって、徐々に不安定になることが観察された。このような効果の原因を調査するために、ペプチドをその緩衝液に溶解し、37℃で15日間保管した。その後、いくつかのアリコートを一定期間ごとにRP-HPLCで分析した。汚染種の存在を確認し、これらを精製し、質量分析によって分析して、分解に該当する可能性のあるいくつかの画分を同定した。
【0023】
分解を加速するために、ペプチドの分解種であり得る化学種が高速、且つ高比率で得られることを可能にするストレス条件下で、ペプチドをインキュベートした。RP-HPLC後に回収された画分を、質量分析によって特徴付けした。ゼロ時間での無傷のペプチドのクロマトグラフィープロファイルを
図1Aに示す。
図1Bは、前述の条件下で37℃にて15日間インキュベートした後の同じペプチドのプロファイルを示す。
図1Bで観察された画分の質量分析による分析後に、画分1、2及び4は、ペプチドの脱アミド化変異に該当し、画分3は無傷のペプチドに該当することが測定された。
【0024】
ペプチドは、得られた脱アミド化種を説明する、4つのアスパラギンを有し、pH7.4の50mMのリン酸ナトリウム緩衝液に溶解する場合に、その安定性に影響を与える。さらに、ペプチドは、この緩衝液に非常に溶けにくいため、有効量での患者への投与を可能にする医薬製剤を調製することが困難になる。これらの結果を踏まえて、ペプチドを含む安定した医薬製品を得るために、予備処方の調査を実施した。ペプチドの全溶解性及び高い化学的安定性を達成するために、様々なイオン種、pH及び賦形剤を評価した。ペプチドの溶解性を、様々なイオン塩、糖、ポリオール、アミノ酸及び界面活性剤を含む異なる賦形剤で評価した。
【0025】
製剤開発の最初の段階には、ペプチドの化学的及び物理的安定性に対する緩衝種の影響及びpHの評価が含まれた。これは、リン酸ナトリウム緩衝液に溶けにくく、且つクエン酸ナトリウム、グルタミン酸ナトリウム及びトリス-HClなどの他のイオン種に非常に溶けにくい。
図2は、評価されたいくつかの賦形剤におけるペプチドの溶解性を示す。酢酸及び水酸化ナトリウムで調製された酢酸ナトリウム緩衝液は、10~70mMの間の緩衝液濃度を評価する場合、ペプチドを最もよく溶解したものであった。
【0026】
一方、表1は、1~10mg/mLの間の濃度で、薬学的に許容できる異なる種類の賦形剤と共に製剤化されたペプチドの溶解性評価の結果の概要である。ペプチドの最も高い溶解性は、スクロース又はトレハロースの溶液で得られ、続いて酢酸ナトリウム緩衝液で得られたことが記される。他の賦形剤は、調査下のペプチドを、同様に安定化しなかった。
【表1】
【0027】
水、スクロース(20mg/mL)及びPBSに溶解したペプチドの分析も、HPLCにより実施し、ペプチドの物理的安定性への糖の影響を示した。PBSでは、ペプチドが、水及びスクロース溶液に溶解した試料と比較して、より短い保持時間で溶出した。これは、PBSがペプチドのモノマー間の相互作用に有利に働くことができ、それゆえ、クロマトグラフィーでは凝集体として溶出することを示唆する。しかしながら、スクロースは、ペプチドの分子間の相互作用を阻害し、大部分において、ペプチドのモノマーに該当し得るより長い保持時間を有する化学種として、これが溶出する。
図3に示されるこの結果は、スクロース溶液で得られたペプチドの最も良い溶解性プロファイルを裏付ける。対照として使用される水に溶解したペプチドも、良好な溶解性を達成している。しかしながら、水は、薬物として使用するペプチドの製剤化に必要である緩衝種に相当しない。
【0028】
これらの結果から、さらなる調査のために、ペプチドを、50mMの酢酸ナトリウム緩衝液に2.5mg/mLで製剤化し、該製剤におけるペプチドの化学的及び物理的安定性に対するpHの影響を分析した。3つのpH値、3.0、4.0及び5.0を分析した。試料を濾過し、4℃又は37℃で15日間保管した。ペプチドの安定性及び濃度の評価をRP-HPLCで実施した。それぞれ4℃又は37℃で保管されたペプチドの濃度の結果を、それぞれ
図4A及び4Bに示す。ペプチドはpH5.0では完全に溶解せず、結果として濃度はpH3.0又はpH4.0で得られる濃度よりも低い。37℃にて、沈殿プロセスが加速される。時間の経過とともに、調査した3つのpHにおいて、ペプチドの濃度の減少が観察され、この効果は、以下の順番、pH5.0>pH4.0>pH3.0で大きくなる。分析されたこれらの条件下で、ペプチドの物理的安定性はpH3.0でより大きかった。
【0029】
ペプチドの化学的完全性(RP-HPLCでは%純度として表される)は、4℃で15日間保管した場合に、3つのpH値で製剤化された試料について95%を超えた。しかしながら、試料を37℃でインキュベートした場合、純度が減少する傾向が観察され、これは、pH3.0で製剤化された試料についてより大きかった。これらの結果を
図5に示す。これは、pH3.0がペプチドの化学的分解に有利に働くことを示す。
【0030】
これらの結果に対応して、最適な製剤は、ペプチドが酢酸ナトリウム緩衝液中、30mM~70mMの範囲で、pHが約4.0であるものと結論付けられた。さらに、これらの溶解性試験の結果(表1)に従って、調査下のAPL型ペプチドの凍結乾燥組成物を調製するために、10~40mg/mLの間の濃度のスクロース又はトレハロースを安定化糖として使用することを決定した。これらの安定化糖は、ペプチドの完全な溶解性に不可欠であり、これらの糖はまた、ペプチドに安定性を与えるため、凍結乾燥状態での保管にも重要であった。
【0031】
記載の組成物では、ペプチドの分解に該当する分子種は検出されなかった。この医薬組成物は、いくつかのバッチ製造を通して一貫した製品であることが証明された。この医薬組成物は、24か月間、4℃で保管の安定性を実際に示した。
【0032】
(例2)治療される患者の細胞を用いて実施されたエクスビボアッセイでの好中球の減少。
上記のとおり、好中球は、いくつかの炎症性疾患の進行及び慢性化に重要な役割を果たす。それゆえ、例1で選択された、配列番号1として同定されるAPL型ペプチドの医薬組成物の効果を、患者の好中球の生存率について調査した。
【0033】
患者の血液を、3%デキストランT500溶液で1:2に希釈し、チューブを繰り返し反転することにより混合し、赤血球をペレット化するために室温で18~20分間インキュベートした。白血球が豊富な上部層を抽出し、50mLチューブに移した。チューブを4℃にて10分間、500xgで遠心分離した。細胞ペレットを10mLのイオンフリーPBSに再懸濁した。この細胞懸濁液の5mLを、3mLのFicoll-Paque(商標)PLUS(Amersham Biosciences AB、スウェーデン)を含有する15mL遠心チューブに移した。これらのチューブを、室温で40分間、400xgで遠心分離した。遠心分離後、血漿とPBS、末梢血単核細胞(PBMC)、Ficoll-Paque溶液、及び顆粒球と赤血球の層に該当する4つの層が観察された。顆粒球に該当する層を抽出した。滅菌蒸留水を添加することにより、残存する赤血球を溶解した。これを4℃にて5分間、500xgで遠心分離した。好中球を、10%ウシ胎児血清を含有するRPMI1640培地に再懸濁し、そしてゲンタマイシン(100U/mL)及びL-グルタミン(2mM)(Gibco BRL、米国)を補充した。
【0034】
好中球を、96ウェルプレート(Costar、米国)にプレーティング(1x106細胞/ウェル)し、最終容積を100μLとし、例1で選択される組成物を用いて、以下のペプチド濃度、10、40、80及び160μg/mLで(3重に)刺激した。刺激は24時間実施した。前記組成物で刺激されていない細胞を、基礎細胞増殖の対照として使用した。細胞の生存率に対するペプチド製剤の効果を、3-[4,5-ジメチルチアゾール-2-イル]-2,5ジフェニルテトラゾリウムブロミド(略称MTT、Sigma、米国)のアッセイを用いて、製造元により記載のプロトコルに従い測定した。24時間の培養後、培地に5mg/mLの濃度で調製した20μL/ウェルのMTTを添加した。次に、プレートを同じ培養条件で4時間インキュベートした。この時間の終わりに、100μLのジメチルスルホキシドを加え、ウェルの内容物を均質化した。刺激されていない細胞の光学密度の平均を、100%の細胞生存率と見なした。この値から、それぞれのケースの平均光学密度に従い、ペプチド製剤を有する培養細胞の生存率を算出した。
【0035】
図6に見られるとおり、AS患者の好中球の細胞生存率の減少は、ペプチド刺激なしの細胞に対して非常に顕著であった。製剤化されたペプチドは、ペプチド刺激なしの細胞と比較して、細胞生存率を最大35%減少させた。他の炎症性疾患の患者から単離される好中球を用いて実施された実験において、これらと非常に類似した結果が見られた(表2)。前記疾患の治療に選択されたこのペプチドの組成物が、これらの病状の病因に関与する細胞集団を減少させるため、これらの結果は、前記疾患の治療に選択されたこのペプチドの組成物の使用を裏付ける。
【表2】
【0036】
しかしながら、他の賦形剤を用いて調製されたペプチドの医薬製剤を分析したところ、好中球の細胞生存率を減少させる効果が著しく低下することがわかった。これは表3で確認できる。これらの細胞を、タンパク質シトルリン化の増加を特徴とする炎症性疾患の患者の末梢血から、各疾患に1人の患者の割合で単離した。調査下のこれらの細胞の単離には、上記のプロトコルに従った。
【表3】
【0037】
これらの結果により、pH3.9~7.7での酢酸ナトリウム緩衝液(30~70mM)、及びスクロース又はトレハロース(10~40mg/mL)におけるペプチドの製剤が、RA、JIA、AS、線維症及びアルツハイマー病の患者から単離される好中球の細胞生存率の減少を誘導するのに有用であることが確認される。
【0038】
(例3)RA患者から単離された細胞を用いたエクスビボアッセイでのS100A8及びS100A9及びネトーシスのタンパク質の減少。
5年間疾患が進行し、50~55歳の間のRAの3人の女性患者から、試料を得た。疾患活動性の指標であり、医学分野の専門家に知られる、DAS28(疾病活動性スコア)の臨床指標によれば、採血時に患者は中等度の疾患活動性を有していた(PL Van Riel及びJ.Fransen、2005、Arthritis Res Ther 7:189-190)。
【0039】
患者の血液を、リン酸緩衝液で1:2に希釈した。単核細胞の単離を、Ficoll勾配を用いて実施した。細胞を、10%ウシ胎児血清を含有するRPMI1640培地に再懸濁した。1000万個の細胞を、5%CO2の湿潤雰囲気で、37℃にて、先行の例1のとおり(40μg/mLで)製剤化されたペプチドと共に、24時間又は5日間培養した。さらに、刺激されていない細胞をペプチドと共に培養して、実験の対照を構成した。
【0040】
培養後、原形質膜の破裂及びタンパク質のマーキングをもたらすために、細胞を界面活性剤及びプロテアーゼが豊富で酸素同位体18を有する生理食塩水で処理した。試料はLC/MS/MS質量分析計で分析し、各試料に対して18回実施した。
【0041】
その後、ペプチドを含む医薬組成物とのインキュベーションの24時間時点及び5日時点の両方で、各細胞培養物で有意に変化したタンパク質を決定するために、結果についての生物学的解釈を実施した。すべてのタンパク質を、その生物学的機能、起こりうる翻訳後修飾、及び疾患との関係の面で特徴付けした。有意に変化したタンパク質の全一覧を使用して、代謝経路、分子プロセス、相互作用ネットワーク、及び疾患によって、濃縮解析を実施した。この手順は、各患者の試料にもそれぞれ適用され、結果を2つの調査時間及び大域解析と比較した。
【0042】
一方、調査された少なくとも2人の患者、又は1人の患者の両方の調査時間の試料で同じ挙動を有する、これらの同定されたタンパク質を選択した。この新しいタンパク質一覧を使用して、疾患に直接関連するものを同定するために、テキストマイニングを実施した。この戦略で同定されたタンパク質を、その機能、及び疾患のバイオマーカーとしての質の面から調査した。
【0043】
濃縮解析を、マップ、代謝経路、及び生物学的プロセスにより実施し、すべての実験を相互に比較した(各患者、細胞を24時間及び5日で評価した)。マップ又は生物学的経路の中で最も多く示されたのは、ネトーシス及びデオキシリボ核酸の損傷への応答に関連するものである。3人の患者で同定されたタンパク質を分析したところ、S100A8及びS100A9が、関連タンパク質として見出された。
【0044】
これらのタンパク質を、ペプチドを含む医薬組成物と共に、24時間及び5日間の両方で培養した場合、ペプチド刺激を有さない細胞と比較して、これらのタンパク質が3人の患者の細胞で減少した。
【0045】
前記医薬組成物はまた、ネトーシスを著しく減少させた。S100A8タンパク質及びS100A9タンパク質は、細胞質ゾルのタンパク質の40%を占める好中球に存在するが、単球にも存在する。しかしながら、ネトーシスは、特に好中球に関連するプロセスである。この後者の点は、患者から単離された単核細胞の環が、好中球で汚染された可能性がある事実によって説明できる。3人の患者で、好中球の数が増加する、該疾患の中程度の活動性を有することが判明したことを考えると、これは非常に起こりうる事実である。
【0046】
一方、これらの結果は、APL型ペプチド及び選択された賦形剤を含む言及される医薬組成物が、自己免疫性関節炎、線維症及びアルツハイマー病などのいくつかの疾患に特徴的なタンパク質のシトルリン化の減少に寄与する可能性があることを示唆する。シトルリン化は、これらの病状の発症に有利に働くプロセスであり、ネトーシス中に細胞外環境に放出される生成物は、まさにシトルリン化の前駆体である。
【0047】
(例4)APL型ペプチドを含む組成物で治療されたRA患者の抗CCP抗体レベルの減少。
分析された血液試料は、RA患者から得られ、第I相臨床試験に加えられた。患者に、例1で記載された、配列番号1として同定されるAPL型ペプチドを含む組成物を接種した。組み入れ時、DAS28臨床指標によれば、患者は中程度の疾患活動性を有した。
【0048】
臨床試験は、1mg、2.5mg及び5mgの3つのペプチド用量レベルで構成された。患者をペプチドの医薬組成物で6か月間治療した。患者は、上記製剤を、最初の1か月間は週に1回、5か月間は月に1回に分けて、9回皮下に投与された。
【0049】
患者を、有害事象の検出のために追跡調査した。投与されたAPL型ペプチドの医薬組成物は、すべての患者で十分に耐容した。重篤な有害事象は、いずれの患者でも確認されず、生化学的又は血液学的パラメーターに変更がなかった。これらの結果は、製剤のpHが約4.0であること(生理学的pHから離れている)を考慮すると、驚くべきことであった。他の著者による以前の調査では、投与された製剤のpHが生理学的pHから離れていた場合の、局所的な投与部位での損傷が報告されている。
【0050】
さらに、市販のELISA型アッセイによって、抗CCP抗体の濃度を、患者の血漿で定量化した。このELISAは4つの抗原、ビメンチン、II型コラーゲン、フィブリノーゲン及びα-エノラーゼに対する抗体の測定が可能である。結果をpg/mLで表し、GraphPad Prism統計プログラムで分析した。時間ゼロに対して評価した時間の比較に、T検定を適用した。
【0051】
驚くべきことに、
図7に見られるとおり、選択されたAPL型ペプチド製剤による治療は、治療の患者の血漿中の抗CCP抗体の濃度に、時間ゼロに対して有意な減少を誘導した(p<0.05)。患者の試料は、13週間、25週間及び48週間の治療に相当した。抗CCP抗体が、RAの病因、及びJIA、AS、アルツハイマー病、並びに肝線維症及び肺線維症などの他の炎症性疾患に寄与するため、これらの結果は、この製剤の治療効果を実証するものであった。一方、結果により、APL型ペプチドを含む前記医薬組成物が、言及される疾患に特徴的な自己タンパク質のシトルリン化プロセスの減少に寄与できることを示している。
【配列表】