(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-12
(45)【発行日】2023-01-20
(54)【発明の名称】近傍界用ノイズ抑制シート及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 1/28 20060101AFI20230113BHJP
H05K 9/00 20060101ALI20230113BHJP
【FI】
H01F1/28
H05K9/00 M
(21)【出願番号】P 2021052406
(22)【出願日】2021-03-25
【審査請求日】2022-06-29
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100221165
【氏名又は名称】杉原 あずさ
(72)【発明者】
【氏名】蔵前 雅規
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 敬太
【審査官】森岡 俊行
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-344192(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/28
H05K 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機物からなる基材と、前記基材中に担持された偏平状のFe粉末とを含み、
前記Fe粉末はFe含有量が95mass%以上、厚みが1μm以下かつ粉末直径が20μm以下であり、
前記基材に対するFe粉末の充填量が40vol%以上70vol%以下であり、
粉末X線回折において検出されるFeのbcc(200)面のピークにおける半値幅が0.4以上である、近傍界用ノイズ抑制シート。
【請求項2】
10GHzでの虚数部透磁率μ”の値が2.0以上である、請求項1に記載の近傍界用ノイズ抑制シート。
【請求項3】
表面抵抗が10
5Ω/□以上である、請求項1または2に記載の近傍界用ノイズ抑制シート。
【請求項4】
前記Fe粉末はカルボニル鉄粉を偏平加工してなる、請求項1~3のいずれか1項に記載の近傍界用ノイズ抑制シート。
【請求項5】
窒素系化合物及び水酸化系化合物のいずれか1種類以上からなる難燃剤をさらに含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の近傍界用ノイズ抑制シート。
【請求項6】
厚みが25μm以上1200μm以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の近傍界用ノイズ抑制シート。
【請求項7】
Fe含有量が95mass%以上、平均粒径2μm以上8μm以下の原料Fe粉末を湿式で偏平加工して、厚みが1μm以下かつ粉末直径が20μm以下の偏平状のFe粉末を得、
前記偏平状のFe粉末と、有機物からなる基材とを混合して混合物を得、
前記混合物をシート状に成形して近傍界用ノイズ抑制シートを得る、近傍界用ノイズ抑制シートの製造方
法。
ここで、前記偏平加工後の偏平状のFe粉末に対し、200℃以上の熱処理を施さない。
【請求項8】
前記原料Fe粉末がカルボニル鉄粉である、請求項7に記載の近傍界用ノイズ抑制シートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、近傍界用ノイズ抑制シート及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通信の高度化に伴い、GHz帯域を利用した電子機器が普及し始めている。例えば、これまでの移動通信では数100MHzから3GHz程度の周波数帯が使われてきたが、第五世代移動システム(5G)では、その周波数よりも高い準ミリ波帯域までの利用が考えられている。これに加え、電子機器の軽薄短小化は進んで内部構造の空間的な余裕は少なくなってきており、電気・電子回路における電磁的な干渉問題は一層深刻になる。以上の背景から、厚みが薄く、10GHzを超える周波数帯域でも効果的な近傍界向けのノイズ抑制シートが求められている。
【0003】
典型的なノイズ抑制シートにおいては、有機物からなる基材中に偏平状の軟磁性粉末が担持されており、軟磁性粉末の磁気損失によってノイズを熱に変換する。ノイズ抑制シートのノイズ抑制性能は、ノイズ抑制シートに含まれる軟磁性粉末の透磁率に依存する。一般に透磁率は、実部透磁率μ’と虚数部透磁率μ”を用いて複素透磁率μ=μ’-jμ”で表され、μ’はノイズを取り込む尺度、μ”はノイズを熱に変換する尺度を表す。ノイズ抑制シートのように磁気損失を利用する場合にはμ”が重要になる。すなわち、抑制したい電波ノイズの周波数帯域にわたってμ”が分布することが重要であり、10GHzを超える周波数帯域でも効果的な近傍界向けのノイズ抑制シートとするためには、10GHzでμ”が2.0以上であることが望まれる。
【0004】
GHz帯向けのノイズ抑制シートとして、特許文献1、特許文献2には、Feを80mass%よりも多く含む偏平状の磁性材料を使用したノイズ抑制シートが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6280157号明細書
【文献】特許第6633037号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1、2に記載のノイズ抑制シートでは、10GHzにおける虚数部透磁率μ”が2よりも低くなり、10GHzを超える周波数帯域で機能するノイズ抑制シートにはならない。
【0007】
透磁率と周波数の積は磁性材料の飽和磁化に依存するため、同じ透磁率であれば飽和磁化の大きい磁性材料を使用することで高周波化させることができる。Feは飽和磁化が高いため、GHz帯向けのノイズ抑制シートを提供するために、ノイズ抑制シート中のFe含有量を高くすることが考えられる。しかしながら、Fe含有量を高くしすぎると、ノイズ抑制シートの可撓性が低くなり、実用に耐えない。
【0008】
本開示は、かかる事情に鑑みてなされたもので、10GHzにおける虚数部透磁率μ”が2.0以上となり、10GHzを超える周波数帯域においても優れたノイズ抑制性能を示し、かつ十分な可撓性を有する近傍界用ノイズ抑制シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記した課題を達成するために、鋭意検討を重ねた結果、以下の知見を得た。球状であり、Fe含有量が95mass%以上、かつ平均粒径が2μm以上8μm以下のFe粉末を、厚みが1μm以下かつ粉末直径が20μm以下となるように偏平加工する。偏平加工は湿式で行うが、加工後の粉末乾燥では200℃以上の熱処理を行わない。このようにすることで、Fe粉末中の磁気異方性を高めることができる。こうして作製した偏平状のFe粉末を基材中に40vol%以上70vol%以下充填することで10GHzにおける虚数部透磁率μ”が2.0以上となり、10GHzを超える周波数帯域においても優れたノイズ抑制性能を示し、かつ十分な可撓性を有する近傍界用ノイズ抑制シートを提供することができる。
【0010】
本開示は、上記知見に基づいてなされたものである。すなわち、本発明の要旨構成は以下のとおりである。
【0011】
[1] 有機物からなる基材と、前記基材中に担持された偏平状のFe粉末とを含み、
前記Fe粉末はFe含有量が95mass%以上、厚みが1μm以下かつ粉末直径が20μm以下であり、
前記基材に対するFe粉末の充填量が40vol%以上70vol%以下であり、
粉末X線回折において検出されるFeのbcc(200)面のピークにおける半値幅が0.4以上である、近傍界用ノイズ抑制シート。
【0012】
[2] 10GHzでの虚数部透磁率μ”の値が2.0以上である、前記[1]に記載の近傍界用ノイズ抑制シート。
【0013】
[3] 表面抵抗が105Ω/□以上である、前記[1]または[2]に記載の近傍界用ノイズ抑制シート。
【0014】
[4] 前記Fe粉末はカルボニル鉄粉を偏平加工してなる、前記[1]~[3]のいずれか1項に記載の近傍界用ノイズ抑制シート。
【0015】
[5] 窒素系化合物及び水酸化系化合物のいずれか1種類以上からなる難燃剤をさらに含む、前記[1]~[4]のいずれか1項に記載の近傍界用ノイズ抑制シート。
【0016】
[6] 厚みが25μm以上1200μm以下である、前記[1]~[5]のいずれか1項に記載の近傍界用ノイズ抑制シート。
【0017】
[7] Fe含有量が95mass%以上、平均粒径2μm以上8μm以下の原料Fe粉末を湿式で偏平加工して、厚みが1μm以下かつ粉末直径が20μm以下の偏平状のFe粉末を得、
前記偏平状のFe粉末と、有機物からなる基材とを混合して混合物を得、
前記混合物をシート状に成形して近傍界用ノイズ抑制シートを得る、近傍界用ノイズ抑制シートの製造方法である。
ここで、前記偏平加工後の偏平状のFe粉末に対し、200℃以上の熱処理を施さない。
【0018】
[8] 前記原料Fe粉末がカルボニル鉄粉である、前記[7]に記載の近傍界用ノイズ抑制シートの製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本開示によれば、10GHzにおける虚数部透磁率μ”が2.0以上となり、10GHzを超える周波数帯域においても優れたノイズ抑制性能を示し、かつ十分な可撓性を有する近傍界用ノイズ抑制シートを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本開示の実施形態について説明する。なお、本明細書中において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0021】
本実施形態に係る近傍界用ノイズ抑制シートは、
有機物からなる基材と、前記基材中に担持された偏平状のFe粉末とを含み、
前記Fe粉末はFe含有量が95mass%以上、厚みが1μm以下かつ粉末直径が20μm以下であり、
前記基材に対するFe粉末の充填量が40vol%以上70vol%以下であり、
粉末X線回折において検出されるFeのbcc(200)面のピークにおける半値幅が0.4以上である、近傍界用ノイズ抑制シートである。
【0022】
本近傍界用ノイズ抑制シートは、飽和磁化の高いFe粉末を磁性損失材として含む。飽和磁化はFe濃度に依存するため、Fe粉末のFe含有量は高い方が好ましい。Fe粉末のFe含有量は95mass%以上である。Fe粉末のFe含有量は、好ましくは97mass%以上、より好ましくは99mass%以上とする。Fe粉末のFe含有量の上限は特に限定されず、100%であってもよい。
【0023】
偏平状のFe粉末は、厚みが1μm以下である。偏平状のFe粉末の厚みが1μmよりも大きいと、虚数部透磁率μ”の分布をGHz帯域にすることができず、虚数部透磁率μ”の分布幅も狭くなる。そのため、10GHzで虚数部透磁率μ”が2.0以上の近傍界用ノイズ抑制シートを得ることができない。偏平状のFe粉末の厚みは、好ましくは0.7μm以下、より好ましくは0.5μm以下である。偏平状のFe粉末の厚みの下限は特に限定されないが、偏平加工時間を長くしても加工が飽和してくること、及び長時間の偏平加工は生産性を低下させるという観点から、0.1μm以上であり得る。
【0024】
偏平状のFe粉末の粉末直径は20μm以下である。なお、ここでの「粉末直径」とは、ノイズ抑制シートの断面を走査型電子顕微鏡によって観察した観察像における、Fe粉末の長手方向の長さと定義する。偏平状のFe粉末の直径が20μmよりも大きいと平滑性のある偏平状のFe粉末が得られ難く、偏平状のFe粉末の表面積も大きくなる。そのため、基材中でのFe粉末同士の接触が多くなって絶縁性を保つのが難しくなり、ノイズ抑制シートの表面抵抗が低くなってしまう。ノイズ抑制シートの表面抵抗が低いと、電子・電気回路での短絡の懸念が高まるだけでなく、ノイズ抑制シート表面でのノイズ電波の反射も起こりやすくなって、ノイズ抑制効果が低下してしまう。特に、本開示のようにFe含有量の高いFe粉末を使用する場合は表面抵抗の低下が顕著である。その理由は、Fe粉末がSi及びCなどの半金属元素を多量に含まないため、Fe粉末自体の電気抵抗が低いためである。粉末直径20μm以下の偏平状のFe粉末であれば、Fe粉末の表面積が過度にならなくて済み、105Ω/□以上の表面抵抗を有する近傍界用ノイズ抑制シートを得ることができる。偏平状のFe粉末の粉末直径の下限は特に限定されないが、粉末の反磁界の影響を小さくするために、粉末直径は5μm超とすることが好ましい。
【0025】
なお、偏平状のFe粉末の厚み及び粉末直径は、近傍用ノイズ抑制シートの断面を走査型電子顕微鏡によって観察し、観察像の任意の20個以上のFe粉末の厚み及び粉末直径の平均値として求める。
【0026】
基材に対するFe粉末の充填量は40vol%以上70vol%以下とする。偏平状のFe粉末の充填量が40vol%未満であると所望の透磁率が得られず、70vol%よりも多くなると、ノイズ抑制シートの可撓性が低くなり、また、表面抵抗105Ω/□以上を満足できなくなる。基材に対するFe粉末の充填量は、好ましくは50vol%以上とする。また、基材に対するFe粉末の充填量は、好ましくは60vol%以下とする。
【0027】
偏平状のFe粉末は、原料Fe粉末を偏平加工することで得られる。偏平加工の詳細については後述する。
【0028】
粉末X線回折において検出されるFeのbcc(200)面のピークにおける半値幅は0.4以上である。虚数部透磁率μ”の分布を準ミリ波帯域まで伸ばすためには、偏平状のFe粉末の磁気異方性を高めることが有効である。本開示においては、原料Fe粉末を偏平加工することによって結晶的な歪を発生させ、その結果として加工後の偏平状のFe粉末の結晶的な磁気異方性を大きくしている。ノイズ抑制シート中のFe粉末の結晶的な歪を確認するために、ノイズ抑制シートの表面または裏面における粉末X線回折(Cu-Kα)において検出されるFeのbcc(200)面のピーク(2θ=65°付近)における半値幅を求める。本実施形態において、10GHzで虚数部透磁率μ”が2.0以上とするためには、Feのbcc(200)面のピークにおける半値幅が0.4以上となるようにする。粉末X線回折において検出されるFeのbcc(200)面のピークにおける半値幅は、好ましくは0.45以上とする。粉末X線回折において検出されるFeのbcc(200)面のピークにおける半値幅の上限は特に限定されないが、偏平加工時間を長くすると加工が飽和してくるために粉末の磁気異方性も飽和してくること、及び粉末の磁気異方性が大きくなることを防いで、透磁率が低下することを防ぎ、10GHzにおける虚数部透磁率μ”をより好適にすることができることから、1.5以下であり得る。粉末X線回折において検出されるFeのbcc(200)面のピークにおける半値幅は、以下の通り測定する。ノイズ抑制シートから矩形状に切り出した測定サンプルの面方向を測定面とし、集中方式の光学系で測定する。Feのbcc(200)面のピークは2θ=65°付近に現れるため、測定範囲はそれよりも広い2θ=50°~80°として、一定速度の連続測定を行う。この際、測定値の精度を高めるためにも、走査速度は1°/分以下と遅くし、サンプリング間隔は0.01°以下と小さくする。この測定によって検出された2θ=65°付近の回折ピークにおいて、バックグラウンドを差し引いた最大ピーク強度値の半分の値におけるピーク幅を半値幅と定義する。測定機器としては、リガク製のX線回折装置:Smart-Labを使用する。
【0029】
基材を構成する有機物としては、RoHS指令等の環境規制に基づき、ハロゲン元素を含まないものが好ましい。近傍界用ノイズ抑制シートには、可撓性に加え、耐熱性及び耐久性も求められることから、有機物としては、シリコーンゴム、アクリルゴム、ニトリルゴム及びブチルゴムからなる群から選ばれる少なくとも1種あるいはこれらの混合物のゴム系材料が好ましい。有機物として、エポキシ等の樹脂材を使用することもできる。また、近傍界用ノイズ抑制シートの柔軟性を高めるために、必要に応じて可塑剤を添加してもよい。
【0030】
近傍界用ノイズ抑制シートの難燃性を高めるために難燃剤を添加することもできる。難燃剤としては、有機物と同様にハロゲン元素を含まない難燃剤が好ましい。具体的には、メラミンシアヌレートなどの窒素系化合物、並びに水酸化アルミニウム及び水酸化マグネシウムなどの水酸系化合物のうちから選択される1種以上が挙げられる。なお、使用環境上に制限がないようであれば、赤リンも難燃剤の1つとして使用してもよい。最終的に得られる近傍界用ノイズ抑制シート中における難燃剤の平均粒径を10μm以下とすることが好ましい。より好ましくは、近傍界用ノイズ抑制シート中における難燃剤の平均粒径は0.2μm以上6μm以下とする。難燃剤は偏平状のFe粉末間に分散する。難燃剤の平均粒径を10μm以下とすれば、難燃剤がFe粉末のノイズ抑制シートの面内方向における配向度を低下させることなく、より好適なノイズ抑制効果を得ることができる。なお、難燃剤の平均粒径が0.2μm以上であれば、高い難燃性を維持することができる。基材に対する難燃剤の充填量は、10vol%以上であることが好ましく、また30vol%以下であることが好ましい。
【0031】
本実施形態によれば、10GHzにおける虚数部透磁率μ”の値が2.0以上の近傍用ノイズ抑制シートを提供することができる。近傍用ノイズ抑制シートの10GHzにおける虚数部透磁率μ”の値は、好ましくは3以上、より好ましくは4.5である。また、近傍用ノイズ抑制シートの10GHzにおける虚数部透磁率μ”の値の上限は特に限定されないが、その場合は偏平状のFe粉末の充填量をより高めていくことになる。基材により偏平粉末の絶縁性をより好適に確保して表面抵抗をより良好とし、かつ近傍用ノイズ抑制シートの可撓性をより良好にするために、4.5以下とすることが好ましい。ここで、近傍用ノイズ抑制シートの10GHzにおける虚数部透磁率μ”の値の測定方法は以下の通りである。近傍用ノイズ抑制シートから外径7mm、内径3mmのドーナツ形状のサンプルを切り出す。該サンプルを同軸管サンプルホルダーに挿入して、キーサイト・テクノロジー製のネットワークアナライザ:P5008Aを用いたSパラメータ法にて、10GHzにおける虚数部透磁率μ”を測定する。
【0032】
近傍用ノイズ抑制シートの表面抵抗は、105Ω/□以上であることが好ましい。ここで、近傍用ノイズ抑制シートの表面抵抗は、三菱アナリテック社製の抵抗計:ハイレスタ-UX MCP-HT800を用いて、二重リングプローブを使用して測定する。
【0033】
近傍用ノイズ抑制シートの厚みは特に限定されないが、一例においては25μm以上であり得、また1200μm以下であり得る。
【0034】
次に、本実施形態に係る近傍界用ノイズ抑制シートの製造方法について説明する。本実施形態に係る近傍界用ノイズ抑制シートの製造方法は、
Fe含有量が95mass%以上、平均粒径2μm以上8μm以下の原料Fe粉末を湿式で偏平加工して、厚みが1μm以下かつ粉末直径が20μm以下の偏平状のFe粉末を得、
前記偏平状のFe粉末と、有機物からなる基材とを混合して混合物を得、
前記混合物をシート状に成形して近傍界用ノイズ抑制シートを得る、近傍界用ノイズ抑制シートの製造方法である。
ここで、前記偏平加工後の偏平状のFe粉末に対し、200℃以上の熱処理を施さない。
【0035】
まず、Fe含有量が95mass%以上、平均粒径2μm以上8μm以下の原料Fe粉を、厚みが1μm以下かつ粉末直径が20μm以下となるように偏平加工して、偏平状のFe粉末を製造する。偏平加工の方法としては、アトライタまたはビーズミルなど、公知または任意の機械加工を適用することができる。
【0036】
偏平加工後のFe粉末に対して、200℃以上の熱処理を施さない。ここで、「偏平加工後のFe粉末に対して、200℃以上の熱処理を施さない」とは、Fe粉末単体のみならず、偏平加工後のFe粉末を含む基材との混合物、及び該混合物を成形して得た近傍界用ノイズ抑制シートに対しても、200℃以上の熱処理を施さないことを意味する。200℃以上での熱処理を施すと、偏平加工によって発生した結晶的な歪が焼鈍効果によって低減してしまい、Fe粉末中の磁気異方性を高めることができないためである。よって、偏平加工後のFe粉末を熱処理によって乾燥させる場合、乾燥温度は200℃より低くする。また、偏平加工は乾式、湿式どちらで行っても構わないが、乾式の場合には加工中の粉末酸化を防ぐために加工チャンバー内を不活性雰囲気にして行わなければならなく、工業的に大量生産するには不向きである。そのため、偏平加工はイソプロパノール(IPA)などを溶媒とした湿式で行なうことが好ましい。
【0037】
偏平加工前の原料Fe粉末としては、平均粒径が2μm以上8μm以下のものを使用する。このような条件に適する原料として、カルボニル鉄が挙げられる。カルボニル鉄は化学的プロセスによって合成される小粒径の球状粉であり、Fe含有量が95mass%以上、平均粒径が2μm以上8μm以下のものも工業的に製造されている。また、カルボニル鉄粉にはハードグレードと、ハードグレードを還元アニールしたソフトグレードの2種類があり、いずれも使用することができる。偏平加工性という点では機械的強度として柔らかいソフトグレードが好ましい。
【0038】
原料Fe粉末としては、カルボニル粉末の他、Fe含有量95mass%以上で平均粒径は2μm以上8μm以下のアトマイズ粉末を原料Fe粉末として使用することもできる。但し、アトマイズ法では平均粒径10μmよりも小さい粉末を効率的に製造することが難しいため、分級によって平均粒径を2μm以上8μm以下に調整する。なお、平均粒径が10μmよりも大きいアトマイズ粉では、偏平加工によって厚みが1μm以下かつ粉末直径が30μm以下の偏平状のFe粉末を得ることが難しい。長時間の偏平加工と、その後の分級によって可能となるが、生産性が低下して粉末コストが高くなってしまう。また、偏平加工でのメディアの摩耗も激しくなり、粉末へのメディア不純物の混入や、メディアの耐久性も低下する。
【0039】
偏平加工後の偏平状のFe粉末に対して、不活性雰囲気下での焼鈍処理、粉末絶縁性を高めるためのコーティングや熱処理、および粉末と有機バインダーとの結合性を高めるためのカップリング剤処理を施してもよい。その場合の熱処理温度については、Fe粉末の焼鈍が進まないように、200℃より低い温度で行う必要がある。
【0040】
次いで、偏平状のFe粉末と、有機物からなる基材とを混合して混合物を得る。次いで、該混合物をシート状に成形してノイズ抑制シートを得る。成形方法としては、塗工法や圧延法などの公知又は任意の方法を用いることができる。ここでは、成形方法として塗工法を用いる例について述べる。偏平状のFe粉末、有機物、有機溶剤、及び任意で難燃剤を所定の配合比に調整して混攪拌し、スラリーを作製する。該スラリーをドクターブレードにてシート状に成形し、乾燥する。このとき、最終的なノイズ抑制シートにおいて、偏平状のFe粉末の充填量が40vol%以上70vol%以下となるように配合する。
【0041】
その後、偏平状のFe粉末の水平配向度および密度を高めるために、有機物の軟化点以上(例えば60~150℃程度)に加熱した状態で、ノイズ抑制シートに対しプレスを施すことが好ましい。製造条件にもよるが、塗工法で得られるシートの厚みは25μm~500μm程度である。それよりも厚みが大きい500~1200μmのノイズ抑制シートを製造する場合には、塗工後のノイズ抑制シートを積層させて前記プレスを施すことで、所望の厚みのノイズ抑制シートを作製することができる。
【0042】
以上、本開示の近傍界用ノイズ抑制シート及びその製造方法について説明したが、本開示は、上記実施形態に限定されず、特許請求の範囲内において適宜変更を加えることができる。
【実施例】
【0043】
(実施例1)
鉄含有量97.5mass%で、平均粒径3.5μmのソフトグレードの球状カルボニル鉄粉末を、IPAを溶媒として厚み1μm以下となるように湿式にて偏平加工して偏平状のFe粉末を得た。偏平状のFe粉末は大気中で80℃のオーブン中で乾燥させた後、粉末表面に絶縁酸化被膜を形成させる目的で、大気中にて150℃×1時間の熱処理を行った。次に、基材としてアクリルゴム、有機溶剤としてトルエンを使用して、ドクターブレードにてシートを成形し、乾燥させた。その後に120℃下でプレスを施すことで厚み100μmのシートを作製した。なお、偏平状のFe粉末の充填率は40vol%とした。
【0044】
(実施例2)
偏平状のFe粉末の充填率を50vol%としたこと以外は、実施例1と同じ条件で厚み100μmのシートを作製した。
【0045】
(実施例3)
偏平状のFe粉末の充填率を60vol%としたこと以外は、実施例1と同じ条件で厚み100μmのシートを作製した。
【0046】
(実施例4)
偏平状のFe粉末の充填率を70vol%としたこと以外は、実施例1と同じ条件で厚み100μmのシートを作製した。
【0047】
(比較例1)
偏平状のFe粉末の充填率を35vol%としたこと以外は、実施例1と同じ条件で厚み100μmのシートを作製した。
【0048】
(比較例2)
偏平状のFe粉末の充填率を75vol%としたこと以外は、実施例1と同じ条件で厚み100μmのシートを作製した。
【0049】
(比較例3)
実施例1において、熱処理後の偏平状のFe粉末に対し、Ar中で600℃×5時間の焼鈍処理を行った。それ以外は、実施例1と同じ条件で厚み100μmのシートを作製した。
【0050】
(比較例4)
実施例1において、偏平加工後の粉末の厚みが1μmよりも大きくなるようにした。それ以外は、実施例1と同じ条件で厚み100μmのシートを作製した。
【0051】
(実施例5)
Fe含有量96.7mass%で、平均粒径4.1μmのソフトグレードの球状カルボニル鉄粉末を偏平加工し、厚み1μm以下となるように偏平加工した。基材としてアクリルゴム、難燃剤としてメラミンシアヌレート、有機溶剤としてトルエンを使用して、ドクターブレードにてシートを成形し、乾燥させた。その後に150℃下でプレスを施すことで厚み100μmのシートを作製した。なお、偏平状のFe粉末の充填率は40vol%、難燃剤の充填率30vol%とした。
【0052】
製造した各ノイズ抑制シートについて、上述した方法に従って、Fe粉末の厚さ、粉末直径、粉末X線回折において検出されるFeのbcc(200)面のピークにおける半値幅、10GHzでの虚数部透磁率μ”の値、及び表面抵抗を測定した。また、各ノイズ抑制シートを表1に結果を示す。実施例1、2、3、4、5において、ノイズ抑制シート表面の粉末X線回折(Cu-Kα)において検出されるFeのbcc(200)面のピークの半値幅は何れも0.4よりも大きく、10GHzでμ”が2.0以上であった。比較例1は、偏平状のFe粉末の充填量が少なすぎるため、水平方向の粉末配向度が悪くなり、10GHzでμ”が2.0よりも低くなった。比較例2は、偏平状のFe粉末の充填量が多すぎるため、アクリルゴムによる偏平状のFe粉末の絶縁性の確保が難しくなり、表面抵抗が105Ω/□よりも低いうえ、シートを折り曲げたときクラックが発生して可撓性に乏しかった。比較例3は、焼鈍によって偏平状のFe粉末の磁気異方性が緩和されてしまい、シート表面の粉末X線回折での(200)面ピークの半値幅が0.4よりも小さくなり、10GHzでμ”が2よりも低くなった。比較例4は、粉末の偏平加工度が不足すると同時に、偏平状のFe粉末の磁気異方性も小さくなり、シート表面の粉末X線回折での(200)面ピークの半値幅が0.4よりも小さく、10GHzでμ”が2.0よりも低くなった。
【0053】
【産業上の利用可能性】
【0054】
本近傍界用ノイズ抑制シートは、電子機器に装着され、これらの電子機器内で発生する電波を吸収するのに特に有効である。