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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-13
(45)【発行日】2023-01-23
(54)【発明の名称】遺伝子変異導入方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20230116BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20230116BHJP
   C12N 15/62 20060101ALI20230116BHJP
   C12N 15/79 20060101ALI20230116BHJP
   C12N 9/16 20060101ALI20230116BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20230116BHJP
   C07K 14/72 20060101ALN20230116BHJP
【FI】
C12N15/09 100
C07K19/00 ZNA
C12N15/62 Z
C12N15/79 Z
C12N9/16 A
C12N5/10
C07K14/72
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019531027
(86)(22)【出願日】2018-07-17
(86)【国際出願番号】 JP2018026676
(87)【国際公開番号】W WO2019017321
(87)【国際公開日】2019-01-24
【審査請求日】2021-07-16
(31)【優先権主張番号】P 2017139268
(32)【優先日】2017-07-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100192773
【弁理士】
【氏名又は名称】土屋 亮
(74)【代理人】
【識別番号】100154852
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 太一
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】堀田 秋津
(72)【発明者】
【氏名】石田 賢太郎
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-519923(JP,A)
【文献】特表2016-501531(JP,A)
【文献】LI, H. L., et al.,Precise Control of CRISPR-Cas9 Mediated Gene Editing for Correcting Mutation of Duchenne Muscular Dystrophy in iPS Cells,Molecular Therapy,2015年,Vol.23, Supplement.1,p.S227, 571.,全文
【文献】ISHIDA, K., et al.,Efficient genome editing of iPS cells with a piggyBac-based dual-regulated CRISPR-Cas9 system for dissecting the molecular mechanism of human diseases,MBSJ The 39th Annual Meeting of the Molecular Biology Society of Japan,2016年,3P-0831(3AS6-4),全文
【文献】LIU KI. et al.,A chemical-inducible CRISPR-Cas9 system for rapid control of genome editing,Nat Chem Biol 2016 Vol.12, pp.980-987, ONLINE METHODS, Supplementary Information
【文献】HILTON HI.et al.,Chemical control for CRISPR editing,Nat Chem Biol 2017 2017.01, Vol.13, pp.2-3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-90
C12N 1/00-5/28
C07K
C12Q
MEDLINE/BIOSIS/REGISTRY/CAPLUS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質を、発現誘導型プロモーターの制御下で発現させることと、
前記融合タンパク質を核内移行させ、核内移行した前記融合タンパク質が配列特異的にゲノムDNAを切断し二本鎖DNA切断を形成することと、
DNA切断修復機構を利用して、前記二本鎖DNA切断を修復するとともに、前記二本鎖DNA切断の近傍に遺伝子変異を導入することと、を備え
前記遺伝子変異を導入することにおいて、ドナーDNAを共存させ、前記ドナーDNAは、前記ゲノムDNAの前記二本鎖DNA切断の位置を含む領域と配列同一性を有し、且つ前記ゲノムDNAの塩基配列に対して1~数個の所望の塩基変異を有し、
前記融合タンパク質の発現誘導の時間が48時間以内であり、
前期発現誘導が、前記ドナーDNAを共存させる12時間前から12時間後の間に開始される、遺伝子変異導入方法。
【請求項2】
前記所望の塩基変異がランダム変異を含む、請求項に記載の遺伝子変異導入方法。
【請求項3】
前記配列特異的DNA切断酵素がRNA誘導型ヌクレアーゼ又は人工ヌクレアーゼである、請求項1又は2に記載の遺伝子変異導入方法。
【請求項4】
前記核内受容体がエストロゲン受容体又はグルココルチコイド受容体である、請求項1~のいずれか一項に記載の遺伝子変異導入方法。
【請求項5】
前記発現誘導型プロモーターがドキシサイクリン誘導型プロモーターである、請求項1~のいずれか一項に記載の遺伝子変異導入方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子変異導入方法に関する。より具体的には、遺伝子変異導入方法、融合タンパク質、核酸、ベクター及び細胞に関する。本願は、2017年7月18日に、日本に出願された特願2017-139268号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
一塩基多型(SNP)を含めた遺伝子変異が原因として生じる疾患の病態を理解したり、ゲノム変異を再現したりするためには、効率的なゲノム配列改変技術が必要である。近年のゲノム編集技術の進展により、ターゲット部位におけるゲノム配列の削除や挿入が可能となってきた。
【0003】
ゲノム編集では、ターゲット部位に二本鎖DNA切断(DSB)を形成し、非相同末端結合(NHEJ)経路又は相同組換え(HR)経路を介した修復機構を利用している。ゲノム編集における二本鎖DNA切断の修復では、NHEJ経路による修復が主であり、ターゲット部位に塩基の欠失や挿入を起こすことができる。
【0004】
一方、HR経路は、主に細胞周期のS期とG2期に限定して起こる上、NHEJ経路と比較して生じる頻度が少ない。このため、ゲノム編集では、ドナーDNAを鋳型に用いた、HR経路による正確な塩基置換の効率は非常に低い。しかしながら、ターゲット部位に所望の塩基置換を導入するためには、HR経路による正確な塩基置換を誘導する必要がある。
【0005】
ゲノム編集において、HR経路を利用する方法として、様々な方法が検討されてきた。古典的には、十数kb程度の相同アームを持つプラスミドDNAや最大数百kbの相同アームを持つBAC DNAをドナー(鋳型)として利用して、ゲノム編集によりDNA損傷を誘導した部位の近傍に薬剤選択カセットを導入しつつ、遺伝子変異を導入する方法が挙げられる。しかしながら、この方法では遺伝子変異導入部位の近傍に薬剤選択カセットが残ってしまう。
【0006】
そこで、薬剤選択カセットを予めloxP配列で挟んでおき、目的箇所に相同組換えで遺伝子変異が導入された後にCre組換え酵素を反応させて除去したり、薬剤選択カセットの両側をゲノム編集酵素で切断して削除したり、トランスポゾンのターミナルリピート(TR)配列を予め薬剤選択カセットの両側に入れておき、トランスポザーゼを作用させて薬剤選択カセットを除去する方法等が必要となる。このため、これらの方法では少なくとも2回のサブクローニングプロセスが必要となり、目的細胞樹立までに手間と時間がかかる。
【0007】
ゲノム編集において、HR経路を利用する別の方法として、一本鎖DNAをドナーDNAとして用いる方法が検討されている(例えば、非特許文献1を参照。)。200塩基程度の一本鎖DNAは化学的なDNA合成技術により容易に作製可能であり、二本鎖DNAと比較して染色体上へのランダム挿入のリスクも少ない。
【0008】
しかしながら、一本鎖DNAをドナーDNAとして用いた場合、相同組換え効率が低いことが知られている。このため、相同組換えにより所望の遺伝子変異が導入された細胞株を得るために、低頻度で組換え体を含む細胞集団の中から、組換え体をなるべく多く含む細胞集団をdroplet digital PCR法等の高感度なスクリーニング法で検出して抽出し、この操作を複数回繰り返すことで、ごく少数の組換え体をエンリッチするSib-selection法等の追加の工程が必要になる。
【0009】
また、NHEJ経路をL-77705等の阻害剤で阻害することによりHR経路を活性化して相同組換えの効率を上げる方法や、Nocodazole等の細胞周期阻害剤で細胞周期を調整してG2-M期の細胞を増やすことでHR効率を高める方法等も検討されている。また、一本鎖DNAの長さや向き、ゲノム編集におけるDSB形成部位からの距離等を最適化することで、HR効率を高める方法も報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】Radecke F., et al., Targeted Chromosomal Gene Modification in Human Cells by Single-Stranded Oligodeoxynucleotides in the Presence of a DNA Double-Strand Break., MOLECULAR THERAPY, vol. 14 (6), 798-808, 2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところで、ES細胞やiPS細胞を含む多能性幹細胞は、その旺盛な増殖能力及び分化多様性により、病態の再現、創薬、細胞治療等、様々な分野での応用が進んでいる。このような背景のもと、多能性幹細胞を含む細胞に、正確に目的の遺伝子変異を導入する技術が求められている。
【0012】
しかしながら、従来のゲノム編集技術では、標的配列以外の位置に遺伝子変異を生じてしまう、いわゆるオフターゲット効果が問題となる場合がある。そこで、本発明は、標的配列に対する配列特異的DNA切断酵素の特異性を向上させる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は以下の態様を含む。
[1]配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質を、発現誘導型プロモーターの制御下で発現させることと、前記融合タンパク質を核内移行させ、核内移行した前記融合タンパク質が配列特異的にゲノムDNAを切断し二本鎖DNA切断を形成することと、DNA切断修復機構を利用して、前記二本鎖DNA切断を修復するとともに、前記二本鎖DNA切断の近傍に遺伝子変異を導入することと、を備える、遺伝子変異導入方法。
[2]前記遺伝子変異を導入することにおいて、ドナーDNAを共存させ、前記ドナーDNAは、前記ゲノムDNAの前記二本鎖DNA切断の位置を含む領域と配列同一性を有し、且つ前記ゲノムDNAの塩基配列に対して1~数個の所望の塩基変異を有する、[1]に記載の遺伝子変異導入方法。
[3]前記所望の塩基変異がランダム変異を含む、[2]に記載の遺伝子変異導入方法。[4]前記配列特異的DNA切断酵素がRNA誘導型ヌクレアーゼ又は人工ヌクレアーゼである、[1]~[3]のいずれかに記載の遺伝子変異導入方法。
[5]前記核内受容体がエストロゲン受容体又はグルココルチコイド受容体である、[1]~[4]のいずれかに記載の遺伝子変異導入方法。
[6]前記発現誘導型プロモーターがドキシサイクリン誘導型プロモーターである、[1]~[5]のいずれかに記載の遺伝子変異導入方法。
[7]配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質。
[8]前記配列特異的DNA切断酵素がRNA誘導型ヌクレアーゼ又は人工ヌクレアーゼである、[7]に記載の融合タンパク質。
[9]前記核内受容体がエストロゲン受容体又はグルココルチコイド受容体である、[7]又は[8]に記載の融合タンパク質。
[10][7]~[9]のいずれかに記載の融合タンパク質をコードする核酸。
[11]発現誘導型プロモーターと、前記発現誘導型プロモーターの下流に連結された[10]に記載の核酸とを含む、ベクター。
[12]前記発現誘導型プロモーターがドキシサイクリン誘導型プロモーターである、[11]に記載のベクター。
[13][11]又は[12]に記載のベクターが導入された細胞。
[14]多能性幹細胞、腫瘍細胞又は樹立細胞株である、[13]に記載の細胞。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、標的配列に対する配列特異的DNA切断酵素の特異性を向上させる技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】(a)は、実験例1で作製したトランスポゾンベクターの構造を示す図である。(b)は、実験例1におけるsingle strand annealing(SSA)アッセイに用いるレポーターベクターの構造を説明する図である。(c)は、実験例1におけるSSAアッセイの結果を示すグラフである。
図2】(a)は、実験例2で作製したトランスポゾンベクターの構造を示す図である。(b)は、実験例2におけるSSAアッセイの結果を示すグラフである。
図3】(a)は、実験例3で作製したトランスポゾンベクターの構造を示す図である。(b)は、実験例3におけるSSAアッセイの結果を示すグラフである。
図4】実験例4におけるSSAアッセイの結果を示すグラフである。
図5】実験例5においてCas9 mRNAの発現量を測定した結果を示すグラフである。
図6】実験例6において、細胞の培地に添加したドキシサイクリン(Dox)及びデキサメタゾン(Dex)の濃度と、T7エンドヌクレアーゼI(T7EI)アッセイによるゲノム編集効率の測定結果を示す図である。
図7】実験例7において、Dox及びDexを培地に添加した後のゲノム編集効率の経時変化を測定した結果を示すグラフである。
図8】実験例8におけるT7EIアッセイの結果を示す写真である。
図9】実験例9において、KU80、KU70、LIG4をノックダウンし、各遺伝子のmRNAの発現を逆転写定量PCRにより測定した結果を示すグラフである。
図10】実験例9におけるアレルコピー数定量PCRの結果を示すグラフである。
図11】実験例10におけるアレルコピー数定量PCRの結果を示すグラフである。
図12】実験例11におけるアレルコピー数定量PCRの結果を示すグラフである。
図13】(a)は、実験例12におけるRestriction Fragment Length Polymorphism(RFLP)アッセイの結果を示す写真である。(b)は、実験例12において塩基配列を解析した結果をまとめたグラフである。(c)は実験例12における代表的な相同組換えクローンのサンガーシーケンス波形データを示す図である。
図14】(a)は実験例13における、Dox及びDexの添加のタイミングを示す図である。(b)は、実験例13におけるRFLPアッセイの結果を示す写真である。
図15】実験例14におけるT7EIアッセイの結果を示す写真である。
図16】実験例15におけるRFLPアッセイの結果を示す写真である。
図17】実験例16におけるRFLPアッセイの結果を示す写真である。
図18】(a)は、実験例17において塩基配列を解析した結果をまとめたグラフである。(b)は、‘NNC’(ここで、Nはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)又はシトシン(C)を表す。)の塩基配列からなるコドンがコードするアミノ酸を示す図である。(c)は、実験例17においてランダム変異が導入されたクローンの塩基配列及び当該塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を示す図である。
図19】(a)は、実験例18において塩基配列を解析した結果をまとめたグラフである。(b)は、‘NNC’(ここで、Nは、A、T、G又はCを表す。)の塩基配列からなるコドンがコードするアミノ酸を示す図である。(c)は、実験例18においてランダム変異が導入されたクローンの塩基配列及び当該塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を示す図である。
図20】実験例19において塩基配列を解析した結果をまとめたグラフである。
図21】実験例19においてランダム変異が導入されたクローンの塩基配列及び当該塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を示す図である。
図22】(a)は、実験例20において塩基配列を解析した結果をまとめたグラフである。(b)は、‘NNC’(ここで、Nは、A、T、G又はCを表す。)の塩基配列からなるコドンがコードするアミノ酸を示す図である。(c)は、実験例20においてランダム変異が導入されたクローンの塩基配列及び当該塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[遺伝子変異導入方法]
1実施形態において、本発明は、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質を、発現誘導型プロモーターの制御下で発現させる工程(a)と、前記融合タンパク質を核内移行させ、核内移行した前記融合タンパク質が配列特異的にゲノムDNAを切断し二本鎖DNA切断を形成する工程(b)と、DNA切断修復機構を利用して、前記二本鎖DNA切断を修復するとともに、前記二本鎖DNA切断の近傍に遺伝子変異を導入する工程(c)と、を備える、遺伝子変異導入方法を提供する。
【0017】
実施例において後述するように、本実施形態の遺伝子変異導入方法(塩基置換方法)によれば、標的配列に対する配列特異的DNA切断酵素の特異性を向上させることができる。
【0018】
本明細書において、標的配列に対する配列特異的DNA切断酵素の特異性を向上させるとは、例えば、ゲノム編集において、標的配列以外の位置に遺伝子変異を生じてしまう、いわゆるオフターゲット効果を抑制することを意味する。あるいは、標的配列に対する配列特異的DNA切断酵素の特異性を向上させるとは、意図しない時にゲノムDNAが切断されること、すなわち、ゲノムDNA切断のバックグラウンドを低減させることを意味する。
【0019】
実施例において後述するように、本実施形態の遺伝子変異導入方法により、ゲノム編集におけるオフターゲット効果を抑制し、目的とする遺伝子変異の導入効率を高めることができる。したがって、本実施形態の遺伝子変異導入方法は、配列特異的DNA切断酵素による標的配列以外の塩基配列の切断を抑制する方法であるということもできる。
【0020】
また、実施例において後述するように、本実施形態の遺伝子変異導入方法によれば、ゲノムDNAの切断を厳密に制御することができ、ゲノムDNA切断のバックグラウンドを低減させることができる。したがって、本実施形態の遺伝子変異導入方法は、配列特異的DNA切断酵素の活性を厳密に制御する方法であるということもできる。
【0021】
本実施形態の遺伝子変異導入方法は、細胞を対象として実施することができる。細胞としては、真核細胞が挙げられ、動物細胞、酵母等が挙げられる。動物細胞は、ヒト細胞であってもよく、非ヒト動物細胞であってもよい。また、動物細胞は多能性幹細胞であってもよい。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等が挙げられる。
【0022】
(配列特異的DNA切断酵素)
本明細書において、配列特異的DNA切断酵素は、ゲノムDNAを標的配列特異的に切断して二本鎖DNA切断を形成するものであれば特に制限されない。配列特異的DNA切断酵素が認識する標的配列の長さは、例えば、10~40塩基程度であってよい。
【0023】
一般的に、ゲノム編集に利用する配列特異的DNA切断酵素は、RNA誘導型ヌクレアーゼと人工ヌクレアーゼに大別される。本実施形態の遺伝子変異導入方法において、配列特異的DNA切断酵素はRNA誘導型ヌクレアーゼであってもよく、人工ヌクレアーゼであってもよい。
【0024】
また、配列特異的DNA切断酵素は、例えばニッカーゼを複数組み合わせてDNAを切断する態様であってもよい。ここで、ニッカーゼとは、二本鎖DNAのうちの一本鎖にニックを形成する酵素を意味する。例えば、ゲノムDNA上の近接した位置において、二本鎖DNAの双方の鎖にニックを形成することにより、二本鎖DNA切断を形成することができる。
【0025】
RNA誘導型ヌクレアーゼとは、ガイドとなる短鎖RNAが標的配列に結合し、2つのDNA切断ドメイン(ヌクレアーゼドメイン)を有するヌクレアーゼをリクルートして配列特異的な切断を誘導する酵素である。RNA誘導型ヌクレアーゼとしては、Casファミリータンパク質が挙げられる。
【0026】
Casファミリータンパク質としては、例えば、Cas9、Cpf1、CasX、CasY等が挙げられる。RNA誘導型ヌクレアーゼは、Casファミリータンパク質のホモログであってもよく、Casファミリータンパク質が改変されたものであってもよい。例えば、2つ存在する野生型のヌクレアーゼドメインの一方を不活性型に改変したニッカーゼ改変型のヌクレアーゼであってもよい。
【0027】
人工ヌクレアーゼは、標的配列に特異的に結合するように設計・作製されたDNA結合ドメインと、制限酵素であるFokIのDNA切断ドメイン(ヌクレアーゼドメイン)を連結した人工制限酵素である。人工ヌクレアーゼとしては、Zinc finger nuclease(ZFN)、Transcription activator-like effector nuclease(TALEN)等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0028】
(核内受容体)
本実施形態の遺伝子変異導入方法において、配列特異的DNA切断酵素は核内受容体との融合タンパク質を形成している。実施例において後述するように、発明者らは、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質に、核内受容体のリガンド(基質)を作用させることにより、融合タンパク質を核内移行させることができることを明らかにした。更に、上記の融合タンパク質が配列特異的DNA切断酵素の活性を維持していることを明らかにした。
【0029】
したがって、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質により、配列特異的DNA切断酵素の細胞内局在を制御することができる。
【0030】
核内受容体としては、配列特異的DNA切断酵素との融合タンパク質を作製することにより、核への局在の制御が可能となるものであれば特に限定されず、例えば、エストロゲン受容体、グルココルチコイド受容体等が挙げられるがこれらに限定されない。核内受容体は、改変されたものであってもよい。例えば、エストロゲン受容体の改変体としては、ERT2等が挙げられる。
【0031】
エストロゲン受容体のリガンド(エストロゲン受容体を核内移行させる物質)としては、エストロゲン、エストロゲン誘導体等が挙げられる。エストロゲン誘導体としては、タモキシフェン、4-ヒドロキシタモキシフェン等が挙げられる。また、グルココルチコイド受容体のリガンド(グルココルチコイド受容体を核内移行させる物質)としては、デキサメタゾン等が挙げられる。
【0032】
(発現誘導型プロモーター)
本実施形態の遺伝子変異導入方法では、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質を、発現誘導型プロモーターの制御下で発現させる。発現誘導型プロモーターとしては、例えば、培地への発現制御物質の添加又は除去、光照射、温度変化等により発現を誘導することができるプロモーターを用いることができる。
【0033】
発現誘導型プロモーターは、発現制御物質を培地に添加することにより、融合タンパク質の発現が誘導されるものであってもよいし、発現制御物質を培地から除去することにより、融合タンパク質の発現が誘導されるものであってもよい。より具体的な発現誘導型プロモーターとしては、例えば、ドキシサイクリン誘導型プロモーター(TetOプロモーター)が挙げられるがこれに限定されない。
【0034】
発現誘導型プロモーターの制御下で配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質を発現させることにより、融合タンパク質の発現を制御することが可能になる。すなわち、本実施形態の遺伝子変異導入方法では、配列特異的DNA切断酵素が発現段階(転写)及び翻訳後段階の双方において二重に制御される。
【0035】
実施例において後述するように、発明者らは、ゲノム編集において、配列特異的DNA切断酵素の発現誘導及び細胞内局在の双方を制御することにより、標的配列に対する配列特異的DNA切断酵素の特異性を向上させることができることを明らかにした。
【0036】
(工程(a))
本工程では、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質を、発現誘導型プロモーターの制御下で発現させる。発現した融合タンパク質は、核内以外の場所、例えば細胞質内に局在する必要がある。
【0037】
本工程は、例えば、発現誘導型プロモーターの下流に融合タンパク質遺伝子をコードする遺伝子を連結したコンストラクトを細胞に導入し、使用した発現誘導型プロモーターに対応する方法で融合タンパク質の発現を誘導することにより行うことができる。
【0038】
例えば、発現誘導型プロモーターがドキシサイクリン誘導型プロモーターであり、培地にドキシサイクリンを添加した時に発現誘導される場合には、細胞の培地にドキシサイクリンを添加することにより、誘導タンパク質を発現させることができる。これにより、必要なときのみに融合タンパク質を発現させ、標的配列に対する配列特異的DNA切断酵素の特異性を向上させることができる。
【0039】
上記のコンストラクトは、細胞に一過性に導入してもよいし、予め細胞の染色体に組み込んでおいてもよい。上記のコンストラクトは、例えば、トランスポゾンベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、アデノウイルスベクター、エピソーマルベクター、プラスミドベクター等に組み込まれていてもよい。
【0040】
例えば、上記のコンストラクトがトランスポゾンベクターに組み込まれている場合、細胞に導入してトランスポザーゼを作用させることにより、容易に細胞の染色体中に組み込むことができる。また、トランスポザーゼを作用させることにより、染色体中に組み込まれた上記のコンストラクトを、染色体から切り出し、痕跡を残さずに除去することもできる。
【0041】
(工程(b))
本工程では、工程(a)で発現させた、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質を核内移行させる。
【0042】
本工程は、例えば、細胞の培地に核内受容体のリガンド(核内受容体を核内移行させる物質)を添加することにより行うことができる。
【0043】
例えば、核内受容体がERT2である場合には、4-ヒドロキシタモキシフェンを培地に添加することにより、融合タンパク質を核内移行させることができる。また、核内受容体がグルココルチコイド受容体である場合には、デキサメタゾンを培地に添加することにより、融合タンパク質を核内移行させることができる。
【0044】
これにより、必要なときのみに融合タンパク質を核内に移行させることができる。この結果、標的配列に対する配列特異的DNA切断酵素の特異性を更に向上させることができる。すなわち、本実施形態の遺伝子変異導入方法では、配列特異的DNA切断酵素が発現段階(転写)及び翻訳後段階の双方において二重に制御される。
【0045】
核内移行した前記融合タンパク質は、標的配列特異的にゲノムDNAを切断し、二本鎖DNA切断を形成する。配列特異的DNA切断酵素がRNA誘導型ヌクレアーゼである場合には、ガイドとなる短鎖RNAを共存させることにより、配列特異的な二本鎖DNA切断を形成させることができる。ガイドとなる短鎖RNAとしては標的配列に対応したものを使用する。
【0046】
ガイドとなる短鎖RNAとしては、例えばCRISPR-sgRNAを用いることができる。sgRNAは、細胞内に一過性に導入してもよいし、発現ベクターを用いて細胞内で発現させてもよい。発現ベクターを用いてsgRNAを発現させる場合には、sgRNAを恒常的に発現させてもよいし、上述したものと同様の発現誘導型プロモーターの制御下で発現させてもよい。
【0047】
sgRNAの発現ベクターは、例えば、トランスポゾンベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、アデノウイルスベクター、エピソーマルベクター、プラスミドベクター等であってもよい。
【0048】
(工程(c))
本工程では、工程(b)で形成された、二本鎖DNA切断が、細胞自身が有するDNA切断修復機構により修復される。この過程において、二本鎖DNA切断の近傍に遺伝子変異が導入される。ここで、近傍とは、通常、二本鎖DNA切断部位又は二本鎖DNA切断部位から100塩基以内、例えば50塩基以内、例えば20塩基以内を意味する。遺伝子変異としては、挿入変異又は欠失変異(Indel)が挙げられる。
【0049】
また、本工程をドナーDNAの共存下で行うことにより、相同組換え(HR)を誘導することもできる。ここで、ドナーDNAとしては、ゲノムDNAの二本鎖DNA切断の位置の前後を含む領域と配列同一性を有し、且つ前記ゲノムDNAの塩基配列に対して1~数個の所望の塩基変異を有するものを使用するとよい。前記ドナーDNAは、一本鎖DNAでもよいし、二本鎖DNAでもよい。また、前記ドナーDNAは、単一配列でもよいし、複数の配列の混合物でもよい。
【0050】
実施例において後述するように、本実施形態の遺伝子変異導入方法により、従来の10倍以上もの高頻度で相同組換えを誘導することができる。したがって、本実施形態の遺伝子変異導入方法は、ゲノム編集における相同組換え効率を上昇させる方法であるということもできる。
【0051】
また、実施例において後述するように、細胞に導入するドナーDNAの量を増加させると、相同組換え効率が上昇する傾向にある。したがって、高い相同組換え効率を達成するためには、細胞に導入するドナーDNAの量を増加させることが好ましい。例えば、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質の発現ベクターや、ガイドとなる短鎖RNAの発現ベクター等を、予め細胞の染色体に組み込んでおくことにより、細胞に導入するドナーDNAの量を最大限に増やすことができる。
【0052】
ドナーDNAは、50~5,000塩基程度の一本鎖DNAであってもよいし、50~5,000塩基対程度の二本鎖DNAであってもよい。ドナーDNAが一本鎖DNAである場合、ドナーDNAは、ゲノムDNAの二本鎖のうちのいずれの鎖と配列同一性を有していてもよい。
【0053】
ドナーDNAは、ゲノムDNAの二本鎖DNA切断の位置を含む領域と、90%以上、好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上の配列同一性を有することが好ましい。
【0054】
本明細書において、配列同一性とは、対象の塩基配列が、基準となる塩基配列(基準塩基配列)に対して一致している割合を示す値である。基準塩基配列に対する、対象塩基配列の配列同一性は、例えば次のようにして求めることができる。まず、基準塩基配列及び対象塩基配列をアラインメントする。ここで、各塩基配列には、配列同一性が最大となるようにギャップを含めてもよい。続いて、基準塩基配列及び対象塩基配列において、一致した塩基の塩基数を算出し、下記式(1)にしたがって、配列同一性を求めることができる。
配列同一性(%)=一致した塩基数/対象塩基配列の総塩基数×100 (1)
【0055】
ドナーDNAは、1~数個の所望の塩基変異を有する。この結果、遺伝子変異が導入されることにより、細胞のゲノムが所望の塩基配列に置換される。ここで、数個とは10個、9個、8個、7個、6個、5個、4個、3個、2個又は1個であることが好ましい。
【0056】
また、所望の塩基変異はランダム変異を含んでいてもよい。この場合、前記ドナーDNAは、複数の配列の混合物が望ましい。本明細書において、ランダム変異とは、ドナーDNAの対象塩基を2種類以上の塩基の混合物にしたものをいう。
【0057】
ランダム変異は、特定の塩基が2種類以上の塩基の混合物となるものであれば特に限定されず、例えば、‘N’、すなわち、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)又はシトシン(C)であってもよいし、例えば‘B’、すなわちC、G又はTであってもよいし、例えば‘K’、すなわちG又はTであってもよく、これらに限定されない。また、ランダム変異の数は1個であってもよいし、2個以上であってもよい。
【0058】
ドナーDNAを化学的に合成する場合、ランダム変異は2種類以上の塩基材料(アミダイト試薬)を等量又は任意の量比で混合して合成すること等により導入することができる。ドナーDNAを酵素的に合成する場合、ランダム変異は2種類以上の塩基材料(dATP,dCTP,dGTP,dTTP)を任意の量比で混合して合成すること等によっても導入することができる。または、上記の化学合成でランダム変異を持ったプライマーを合成し、RNAからの逆転写反応やPCR反応によりドナーDNAを作製することもできる。あるいは、二本鎖DNAの片側のDNA鎖をニッケース(一本鎖DNA切断酵素)で二箇所切断し、変性ゲル電気泳動で一本鎖DNAを単離することにより、ドナーDNAを作製することもできる。
【0059】
実施例において後述するように、ドナーDNAにランダム変異を導入することにより、複数の変異を有する変異体を一度に取得することができる。
【0060】
[融合タンパク質]
1実施形態において、本発明は、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質を提供する。本実施形態の融合タンパク質は、上述した遺伝子変異導入方法用に好適に用いることができる。
【0061】
本実施形態の融合タンパク質において、配列特異的DNA切断酵素としては、上述したものと同様であり、RNA誘導型ヌクレアーゼであってもよいし、人工ヌクレアーゼであってもよい。
【0062】
また、本実施形態の融合タンパク質において、核内受容体は上述したものと同様であり、エストロゲン受容体であってもよいし、グルココルチコイド受容体であってもよい。
【0063】
[核酸]
1実施形態において、本発明は、上述した融合タンパク質をコードする核酸を提供する。本実施形態の核酸を発現させることにより、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質を得ることができる。したがって、本実施形態の核酸は、上述した遺伝子変異導入方法用に好適に用いることができる。
【0064】
[ベクター]
1実施形態において、本発明は、発現誘導型プロモーターと、発現誘導型プロモーターの下流に連結された、上述した融合タンパク質をコードする核酸とを含む、ベクターを提供する。本実施形態のベクターは、上述した遺伝子変異導入方法用に好適に用いることができる。
【0065】
本実施形態のベクターは、例えば、トランスポゾンベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、アデノウイルスベクター、エピソーマルベクター、プラスミドベクター等であってもよい。
【0066】
本実施形態のベクターにおいて、発現誘導型プロモーターは、上述したものと同様であり、例えば、ドキシサイクリン誘導型プロモーター、キュメート(Cumate)誘導型プロモーター、熱ショックプロモーター、光誘導プロモーター等が挙げられるがこれに限定されない。また、loxPサイトで挟まれたタンパク質翻訳ストップコドンやポリアデニン配列によって、Cre組換え酵素作用時に発現が誘導されるシステムでもよい。
【0067】
上述したように、本実施形態のベクターを細胞に導入することにより、配列特異的DNA切断酵素を発現段階及び翻訳後段階の双方において二重に制御することができる。
【0068】
[細胞]
1実施形態において、本発明は、上記のベクターが導入された細胞を提供する。ここで、ベクターとは、すなわち、発現誘導型プロモーターと、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質をコードする核酸とが、この順に連結されたベクターである。本実施形態の細胞は、上述した遺伝子変異導入方法用に好適に用いることができる。
【0069】
本実施形態の細胞において、ベクターは、例えば、トランスポゾンベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、アデノウイルスベクター、エピソーマルベクター、プラスミドベクター等であってもよい。なかでも、トランスポゾンベクターが好ましい。
【0070】
トランスポゾンベクターは容易に細胞の染色体に組み込むことができ、また、必要に応じて除去することも可能である。トランスポゾンは、例えば、piggyBac、Sleeping Beauty、Tol II、mariner等であってもよい。
【0071】
本実施形態の細胞は、真核細胞が挙げられ、動物細胞、酵母等が挙げられる。動物細胞は、ヒト細胞であってもよく、非ヒト動物細胞であってもよい。また、動物細胞は多能性幹細胞であってもよく、腫瘍細胞であってもよい。また動物細胞は樹立された細胞株であってもよい。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等が挙げられる。また、細胞株としては特に限定されず、例えばHEK293T細胞、HeLa細胞等が挙げられる。
【0072】
ベクターを細胞に導入する方法としては、公知の任意の手段を使用することができる。例えば、市販の装置を使用したエレクトロポレーション法が挙げられる。エレクトロポレーション法を実施する装置としては、例えばNEPA21(ネッパジーン社)、4D-Nucleofector(ロンザ社)、Neon(サーモフィッシャーサイエンティフック社)、Gene Pulser Xcell(バイオラッド社)、ECM839(BTX Harvard Apparatus社)等を使用することができる。
【0073】
また、ベクターを細胞に導入する方法として、トランスフェクション用試薬を使用してもよい。トランスフェクション用試薬としては、例えば、Lipofectamine2000(サーモフィッシャーサイエンティフック社)、StemFect(STEMGEN社)、FuGENE6/HD(プロメガ社)、CRISPRMAX(サーモフィッシャーサイエンティフック社)、jetPRIME Kit(ポリプラストランスフェクション社)、DreamFect(オズバイオサイエンス社)、GenePorter3000(オズバイオサイエンス社)、リン酸カルシウム法用試薬等を使用可能である。
【0074】
また、ベクターがウイルスベクターである場合には、ウイルスが細胞へ侵入する機構を利用することにより、細胞に遺伝子を導入することができる。細胞へのベクターの導入回数は、1回であってもよく、複数回であってもよい。
【0075】
ところで、Human Gene Mutation Database(HGMD、http://www.hgmd.cf.ac.uk/)には、2017年3月1日現在、197,952件のヒト遺伝子変異が登録されている。
【0076】
これらの遺伝子変異の中には、一塩基変異によるミスセンス変異(アミノ酸が変わる変異)又はナンセンス変異(ストップコドンとなる変異)が最も件数が多く、111,135件登録されている。
【0077】
これらの一塩基変異の働きを解析するため、あるいは修復するためには、相同組換え技術が非常に簡便であり有効である。しかしながら、従来、特にヒト多能性幹細胞で高効率に相同組換えを誘導することは困難であった。
【0078】
これに対し、実施例において後述するように、本実施形態の細胞を用いることにより、挿入変異、欠失変異、相同組換えによる塩基置換、相同組換えによるランダム変異等を容易に高効率に導入することができる。これにより、様々な遺伝子変異疾患の病態解明や治療への応用が可能となる。
【0079】
また、本実施形態の細胞は、疾患の解明や治療に限らず、例えば、産業上有用なタンパク質を作製すること等に利用することもできる。配列特異的に遺伝子変異を導入する方法は、タンパク質の機能解析や機能改変に幅広く用いられている方法である。配列特異的に遺伝子変異を導入することにより、例えば、タンパク質の安定性を高める、タンパク質の可溶性を高める、酵素活性を高める、酵素活性を不活性化する、基質特異性を変換する、分子進化を行う等を行うことができる。例えば、酵素等に配列特異的に遺伝子変異を導入することにより、産業上有用な酵素を作製すること等が可能である。
【実施例
【0080】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0081】
[実験例1]
(発現誘導型DNA切断酵素の検討)
発現誘導型プロモーターの制御下で配列特異的DNA切断酵素を発現させ、DNA切断活性を検討した。配列特異的DNA切断酵素として、CRISPR-Cas9を使用した。また、Cas9遺伝子として、ヒトコドン頻度に合わせて塩基配列を最適化したものを使用した。また、発現誘導型プロモーターとして、ドキシサイクリン(Dox)誘導型プロモーター(TetOプロモーター)を使用した。具体的には、まず、図1(a)に示す構造を有するトランスポゾンベクターを作製した。
【0082】
図1(a)中、「3’TR」及び「5’TR」は、それぞれ3’側及び5’側に配置したpiggyBacトランスポゾン特異性末端逆位配列を表し、「TetO」はTetOプロモーターを表し、「Cas9」はCas9遺伝子を表し、「NLS」は核移行シグナル配列を表し、「IRES」はInternal Ribosome Entry Siteを表し、「mCherry」はmCherry蛍光タンパク質遺伝子を表し、「pA」はポリA付加シグナル配列を表し、「EF1α pro」はEF1αプロモーターを表し、「rtTA」はリバーステトラサイクリン制御性トランス活性化因子を表し、「Puro」はピューロマイシン耐性遺伝子を表し、「Hygro」はハイグロマイシン耐性遺伝子を表す。
【0083】
図1(a)に示す構造を有するトランスポゾンベクター及びpiggyBacトランスポザーゼを細胞中で共発現させると、トランスポザーゼにより「3’TR」及び「5’TR」に挟まれた領域が切り出され、宿主細胞ゲノム中のTATA部位に組み込まれ、安定発現細胞株が樹立される。また、トランスポゾンベクターが導入された細胞は、ピューロマイシン又はハイグロマイシンを用いて薬剤選択することができる。
【0084】
トランスポゾンベクターが導入された細胞では、EF1αプロモーター制御下でrtTAを恒常的に発現する。また、rtTAは、細胞の培地中にDoxを添加するとTetOプロモーターに結合し、Cas9遺伝子を発現させる。
【0085】
これらのベクターを用いて、ヒトのジストロフィン(DMD)遺伝子のエクソン45番におけるDNA切断活性について、ルシフェラーゼレポーターを用いたsingle strand annealing(SSA)アッセイにより検討した。
【0086】
《SSAアッセイ》
図1(b)は、SSAアッセイに用いるレポーターベクターの構造を説明する図である。図1(b)に示すように、レポーターベクターは、CMVプロモーターの下流にFireflyシフェラーゼ(Firefly Luc)遺伝子の5’側フラグメント及び3’側フラグメントを有し、その間にCRISPR-sgRNAの標的配列を有している。Fireflyシフェラーゼ遺伝子の5’側フラグメント及び3’側フラグメントは、それぞれ約700bpのオーバーラップ配列を有している。図1(b)左側に示すレポーターベクターより発現されるFireflyルシフェラーゼは不活性型である。
【0087】
レポーターベクター中の標的配列がCas9によって切断されると、HR経路又はSSA経路により修復される。その結果、レポーターベクターの構造が図1(b)右側に示すように変化し、活性型のFireflyルシフェラーゼが発現されるようになる。したがって、Fireflyルシフェラーゼの活性を測定することにより、Cas9のDNA切断活性を測定することができる。
【0088】
本実験例では、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する塩基配列(配列番号1)を標的配列として使用した。また、sgRNA発現ベクターとして、配列番号4に記載の塩基配列を有するオリゴDNA及び配列番号7に記載の塩基配列を有するオリゴDNAを混合してPCR反応を行い、得られた増幅断片をトランスポゾンベクターに組み込んだものを使用した。
【0089】
まず、上記のレポーターベクター100ng、内部標準としてウミシイタケルシフェラーゼ(Renilla Luc)を発現するphRL-TKベクター20ng、図1(a)に示す構造を有するCas9発現ベクター200ng、上記のsgRNA発現ベクター200ngを、遺伝子導入試薬(Lipofectamine 2000、サーモフィッシャーサイエンティフック社)を用いてヒト胎児腎臓由来のHEK293T細胞に導入し、96ウェルプレートに50,000個/100μL/ウェルとなるように播種した。
【0090】
また、Doxを、0、0.0065、0.065、0.65及び6.5μMの終濃度で培地に添加し、Cas9の発現を誘導した。
【0091】
続いて、遺伝子導入の翌日に、市販のキット(「Dual-Glo Luciferase Assay system」Cat.No.E2920、プロメガ社)を用いてルシフェラーゼレポーター活性を解析した。
【0092】
図1(c)は、ウミシイタケルシフェラーゼの活性を基準として、Fireflyシフェラーゼの活性を測定した結果を示すグラフである。図1(c)中、「N.C.」はsgRNA発現ベクターを添加していない陰性対照の結果を表し、「No Cas9」はCas9発現ベクターを添加していない陰性対照の結果を表し、「EF1α-Cas9」はCas9を恒常的に発現するCas9の発現ベクターを細胞に導入した結果を表し、「TetO-Cas9-NLS(Puro)」は図1(a)に示すピューロマイシン耐性遺伝子を有するCas9発現ベクターを細胞に導入した結果を表し、「TetO-Cas9-NLS(Hygro)」は図1(a)に示すハイグロマイシン耐性遺伝子を有するCas9発現ベクターを細胞に導入した結果を表す。また、「*」はスチューデントのt検定によりp<0.05で統計的有意差が存在することを表す。
【0093】
その結果、PuroとHygroのいずれのCas9発現ベクターを使用した場合でも、Dox濃度依存的にCas9によるDNA切断活性を制御することができたことが明らかとなった。
【0094】
しかしながら、Dox未添加のサンプルにおいても、陰性対照(Cas9無し又はsgRNA無し)と比較して有意なDNA切断活性が検出された。この結果から、発現誘導型プロモーターによる転写レベルの制御だけでは、Cas9のDNA切断活性の制御が不十分であることが明らかとなった。
【0095】
[実験例2]
(配列特異的DNA切断酵素の細胞内局在制御の検討)
配列特異的DNA切断酵素の細胞内局在を制御することができるか否か、また、配列特異的DNA切断酵素の細胞内局在を制御することによりDNA切断活性を制御できるか否かについて検討した。配列特異的DNA切断酵素として、CRISPR-Cas9を使用した。また、Cas9遺伝子として、ヒトコドン頻度に合わせて塩基配列を最適化したものを使用した。
【0096】
配列特異的DNA切断酵素の細胞内局在を制御する手法として、Cas9と改変エストロゲン受容体(ERT2)又はグルココルチコイド受容体(GR)との融合タンパク質を作製した。Cas9とERT2との融合タンパク質のアミノ酸配列を配列番号75に示し、Cas9とGRとの融合タンパク質のアミノ酸配列を配列番号76に示す。
【0097】
ERT2及びGRは、基質の非存在下では細胞質に局在するが、基質の存在下では核内移行することが知られている。ERT2の基質は4-ヒドロキシタモキシフェン(4-OHT)であり、GRの基質はデキサメタゾン(Dex)である。
【0098】
具体的には、まず、図2(a)に示す構造を有するトランスポゾンベクターをそれぞれ作製した。図2(a)中、「EF1α pro」はEF1αプロモーターを表し、「attR1」及び「attR2」はλファージ由来のDNA組換え配列を表し、「Cm」はクロラムフェニコール耐性遺伝子を表し、「ccdB」はccdB遺伝子を表し、「pA」はポリA付加シグナル配列を表し、「Cas9」はCas9遺伝子を表し、「NLS」は核移行シグナル配列を表し、「ERT2」はERT2遺伝子を表し、「GR」はGR遺伝子を表す。なお、完成したトランスポゾンベクターにおいては、図2(a)における「Cm」及び「ccdB」が、Cas9-NLS、Cas9-ERT2、又はCas9-GRにそれぞれ置換されている。
【0099】
続いて、実験例1と同様にして、これらのベクターを用いて、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番におけるDNA切断活性について、ルシフェラーゼレポーターを用いたSSAアッセイにより検討した。
【0100】
SSAアッセイは、4-OHTを、0、0.0025、0.025、0.25及び2.58μMの終濃度で培地に添加するか、Dexを、0、0.0037、0.015、0.06、0.25及び1μMの終濃度で培地に添加した点以外は、実験例1と同様にして行った。
【0101】
図2(b)は、ウミシイタケルシフェラーゼの活性を基準として、Fireflyシフェラーゼの活性を測定した結果を示すグラフである。図2(b)中、「sgRNA only」はsgRNA発現ベクターのみを細胞に導入した陰性対照の結果を表し、「Cas9-NLS only」はCas-NLSの発現ベクターのみを細胞に導入した陰性対照の結果を表し、「Cas9-ERT2 only」はCas-ERT2の発現ベクターのみを細胞に導入した陰性対照の結果を表し、「Cas9-GR only」はCas-GRの発現ベクターのみを細胞に導入した陰性対照の結果を表し、「Cas9-NLS+sgRNA」はCas-NLSの発現ベクター及びsgRNAの発現ベクターを細胞に導入した結果を表し、「EF1α-Cas9-ERT2+sgRNA」は、Cas-ERT2の発現ベクター及びsgRNAの発現ベクターを細胞に導入した結果を表し、「EF1α-Cas9-GR+sgRNA」は、Cas-GRの発現ベクター及びsgRNAの発現ベクターを細胞に導入した結果を表す。また、「*」はスチューデントのt検定によりp<0.05で統計的有意差が存在することを表す。
【0102】
その結果、基質(4-OHT又はDex)の濃度依存的にCas9によるDNA切断活性を制御することができたことが明らかとなった。
【0103】
この結果から、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質に基質を添加することにより、配列特異的DNA切断酵素の細胞内局在を制御することができることが明らかとなった。
【0104】
また、この結果から、上記の基質濃度範囲において、Cas9とERT2との融合タンパク質よりも、Cas9とGRとの融合タンパク質の方が高いDNA切断活性を示すことが明らかとなった。
【0105】
一方、基質未添加のサンプルにおいても、陰性対照(Cas9無し又はsgRNA無し)と比較して、Cas9-GRについて有意なDNA切断活性が検出された。この結果から、配列特異的DNA切断酵素と核内受容体との融合タンパク質による細胞内局在の制御だけでは、Cas9のDNA切断活性の制御が不十分であることが明らかとなった。
【0106】
[実験例3]
(配列特異的DNA切断酵素の発現誘導及び細胞内局在の二重制御の検討)
配列特異的DNA切断酵素の発現誘導及び細胞内局在の双方を制御することによりDNA切断活性を制御できるか否かについて検討した。
【0107】
具体的には、まず、図3(a)に示す構造を有するトランスポゾンベクターを作製した。図3(a)中、「3’TR」、「5’TR」、「TetO」、「Cas9」、「GR」、「IRES」、「mCherry」、「pA」、「EF1α pro」、「rtTA」、「Puro」、「Hygro」は上述したものと同じ意味を表す。以下、図3(a)に示すような、発現誘導及び細胞内局在の双方を制御することができるCas9の発現ベクターを「二重制御型Cas9発現ベクター」といい、発現誘導及び細胞内局在の双方を制御することができるCas9を「二重制御型Cas9」等という場合がある。
【0108】
続いて、実験例1と同様にして、これらのベクターを用いて、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番におけるDNA切断活性について、ルシフェラーゼレポーターを用いたSSAアッセイにより検討した。
【0109】
SSAアッセイは、Dexを、0、0.001、0.1及び10μMの終濃度で培地に添加し、また、Doxを添加しなかったか、2μMの終濃度で培地に添加した点以外は、実験例1と同様にして行った。
【0110】
図3(b)は、ウミシイタケルシフェラーゼの活性を基準として、Fireflyシフェラーゼの活性を測定した結果を示すグラフである。図3(b)中、「EF1α-Cas9-NLS」はCas9-NLSを恒常的に発現する発現ベクターのみを細胞に導入した結果を表し、「TetO-Cas9-GR(Puro)」は図3(a)に示すピューロマイシン耐性遺伝子を有するCas9-GRの発現ベクターのみを細胞に導入した結果を表し、「TetO-Cas9-GR(Hygro)」は図3(a)に示すハイグロマイシン耐性遺伝子を有するCas9-GRの発現ベクターのみを細胞に導入した結果を表し、「EF1α-Cas9-NLS+sgRNA」はCas-NLSを恒常的に発現する発現ベクター及びsgRNAの発現ベクターを細胞に導入した結果を表し、「TetO-Cas9-GR(Puro)+sgRNA」は図3(a)に示すピューロマイシン耐性遺伝子を有するCas9-GRの発現ベクター及びsgRNAの発現ベクターを細胞に導入した結果を表し、「TetO-Cas9-GR(Hygro)+sgRNA」は図3(a)に示すハイグロマイシン耐性遺伝子を有するCas9-GRの発現ベクター及びsgRNAの発現ベクターを細胞に導入した結果を表す。また、「N.S.」は統計的有意差が存在しないことを表す。
【0111】
その結果、二重制御型Cas9発現ベクターを細胞に導入し、Dox及びDexの二剤で同時に処理した場合にDNA切断活性が誘導されたことが明らかとなった。一方、基質未添加条件では、DNA切断活性が陰性対照(sgRNA無し)と同程度にまで抑制されたことが明らかとなった。
【0112】
[実験例4]
(二重制御型Cas9発現ベクターによるDNA切断活性の経時変化)
二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターを細胞に導入し、Dox及びDexの二剤で同時に処理した場合のDNA切断活性の経時変化を検討した。具体的には、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番におけるDNA切断活性を、実験例1と同様にして、ルシフェラーゼレポーターを用いたSSAアッセイにより測定した。
【0113】
二重制御型Cas9発現ベクターとしては「TetO-Cas9-GR(Puro)」を使用した。また、対照として、二重制御型Cas9発現ベクターの代わりに、Cas9-GRを恒常的に発現する発現ベクターである「EF1α-Cas9-GR」、Doxの存在下でCas9-NLSを発現する発現ベクターである「TetO-Cas9-NLS(Puro)」を導入したサンプルについても同様の測定を行った。また、Cas9の発現ベクターを導入しなかったサンプル「No Cas9」についても同様の測定を行った。
【0114】
各発現ベクターを細胞に導入した後、Dox及びDexを、それぞれ2μM及び1μMの終濃度で培地に添加し、経時的にDNA切断活性を測定した。
【0115】
図4は、各サンプルについて、ウミシイタケルシフェラーゼの活性を基準として、Fireflyシフェラーゼの活性を測定した結果を示すグラフである。その結果、EF1α-Cas9-GR発現ベクター、TetO-Cas9-NLS(Puro)発現ベクターを細胞に導入した場合には、いずれも、Dox及びDex未添加時(0時間)においてもDNA切断活性が検出された。これに対し、二重制御型Cas9発現ベクターであるTetO-Cas9-GR(Puro)を細胞に導入した場合には、Dox及びDex未添加時(0時間)におけるDNA切断活性は、Cas9未添加(No Cas9)の場合と同程度にまで抑制することができることが明らかとなった。
【0116】
また、二重制御型Cas9発現ベクターであるTetO-Cas9-GR(Puro)を細胞に導入した場合には、Dox及びDexの添加後8時間から24時間にかけて明瞭にDNA切断活性が誘導されたことが明らかとなった。
【0117】
[実験例5]
(二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターを導入したiPS細胞の作製)
いずれもpiggyBacトランスポゾンベクターである、二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターを、iPS細胞に導入し、終濃度1~15μg/mLのピューロマイシン(Cat.No.29455-54、ナカライテスク)又は終濃度100~200μg/mLハイグロマイシンB(Cat.No.10687-010、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いた約5日間の薬剤選択により、染色体安定導入細胞集団を得た。sgRNA発現ベクターとしては、実験例1で使用したものと同様の、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する塩基配列を標的配列とするものを使用した。iPS細胞としては1383D2株を使用し、定法にしたがって培養した。
【0118】
続いて、得られたiPS細胞集団の培地に、Doxを2μMの終濃度で添加し、逆転写定量PCRにより、Cas9 mRNAの発現量の経時変化を検討した。Cas9のcDNAのPCRには、配列番号73のセンスプライマー及び配列番号74のアンチセンスプライマーを使用した。
【0119】
図5は、Cas9 mRNAの発現量の測定結果を示すグラフである。図5中、「Puro」はピューロマイシンを表す。Cas9 mRNAの発現量は、ACTB mRNAの発現量を基準とした相対値として表す。
【0120】
その結果、ピューロマイシン5μg/mL又は15μg/mLで薬剤選択した細胞集団のいずれにおいても、Doxを添加することによりCas9 mRNAの転写が誘導され、誘導後少なくとも72時間はmRNAの発現が継続することが明らかとなった。
【0121】
[実験例6]
(ゲノム編集におけるDox及びDexの至適濃度の検討)
二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターを導入したiPS細胞でゲノム編集を行う場合のDox及びDexの至適濃度を検討した。実験例5で作製したiPS細胞の培地にDox及びDexを種々の濃度で添加し、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する標的位置における遺伝子変異導入活性についてT7エンドヌクレアーゼI(T7EI)アッセイにより測定した。
【0122】
《T7EIアッセイ》
T7EIアッセイは次のようにして行った。まず、CRISPR-sgRNAの標的ゲノム部位をPCR反応により増幅した。本実験例においては、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する標的位置を含む領域を増幅する、センスプライマー(配列番号14)及びアンチセンスプライマー(配列番号15)を使用した。
【0123】
続いて、得られたPCR産物を精製した。続いて、精製後のPCR産物(400ng)に1/10容量の10×NEBuffer2(NEB社)バッファーを添加し、95℃で5分間加熱して二本鎖DNAを熱変性した後、徐々に温度を下げることにより再アニーリングした。より具体的には、95℃から85℃まで-2℃/秒で冷却し、85℃から25℃まで-0.1℃/秒で冷却した。
【0124】
続いて、再アニール後のPCR産物に10単位のT7エンドヌクレアーゼI(T7EI、Cat.No.M0302S、NEB社)を添加し、37℃で15分間処理した。続いて、反応液量の1/10容量の0.25M EDTA溶液を添加することによりT7EIの活性を停止させ、その後サンプルは低温(氷上)を維持した。
【0125】
続いて、T7EI処理したPCR産物を2%アガロースゲル電気泳動し、切断バンドと未切断バンドのDNAシグナル強度をImageJソフトウェアで定量するか、又は全自動電気泳動システム(「TapeStation 2200」、アジレントテクノロジーズ社)を用いてDNA断片のサイズとバンド強度を解析した。
【0126】
図6は、培地に添加したDox及びDexの濃度と、T7EIアッセイによるゲノム編集効率(Indel、挿入変異又は欠失変異)の測定結果を示す図である。その結果、Dox及びDexの双方の濃度依存的にゲノム編集効率(DNA切断活性)が上昇することが明らかとなった。
【0127】
[実験例7]
(ゲノム編集の経時変化の検討)
続いて、実験例6と同様にして、ゲノム編集の経時変化を検討した。具体的には、実験例5で作製したiPS細胞の培地に、Dox及びDexを、それぞれ終濃度2μM及び1μMで添加し、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する標的位置における遺伝子変異導入活性についてT7EIアッセイにより測定した。
【0128】
図7は、Dox及びDexを添加後のゲノム編集効率(Indel)の経時変化を測定した結果を示すグラフである。その結果、ゲノム編集はDox及びDexをそれぞれ終濃度2μM及び1μMで添加後、6時間後に検出され始め、24時間後にプラトーに達したことが明らかとなった。
【0129】
[実験例8]
(オフターゲットについての検討)
上述した実験例の結果から、二重制御型Cas9発現iPS細胞において、高効率でオンターゲット切断活性が確認された。そこで、二重制御型Cas9発現iPS細胞におけるオフターゲットについての影響を検討した。
【0130】
ヒトのジストロフィン遺伝子のエクソン45番における標的配列に対し、3つのミスマッチまでを持つ全ての潜在的オフターゲットについて、実験例6と同様にして、T7EIアッセイにより挿入変異又は欠失変異を測定した。
【0131】
下記表1に、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番における標的配列(オンターゲット)及び検討したオフターゲット(OT1~OT5)の位置、塩基配列、配列番号及びオンターゲットに対するミスマッチの数を示す。表1中、塩基配列の小文字は、オンターゲットと異なる塩基配列を表す。
【0132】
【表1】
【0133】
また、下記表2に、オンターゲット及び各オフターゲットについてのT7EIアッセイで、PCR反応に用いたセンスプライマー及びアンチセンスプライマーの配列番号を示す。
【0134】
【表2】
【0135】
具体的には、実験例5で作製したiPS細胞の培地に、Dox及びDexを、それぞれ終濃度2μM及び1μMで添加した。続いて、24時間後又は48時間後に、表1に示すオンターゲット及び各オフターゲットについて、それぞれT7EIアッセイにより遺伝子変異導入を検討した。T7EIアッセイは、センスプライマー及びアンチセンスプライマーとして、表2に示すプライマーを用いた点以外は実験例6と同様にして行った。
【0136】
図8は、T7EIアッセイの結果を示す写真である。図8中、「DMD on-target」はジストロフィン遺伝子のエクソン45番におけるオンターゲットの結果であることを表し、「OT1」~「OT5」は、それぞれ、各オフターゲットの結果であることを表す。また、OT1における「Alu polyA artifact」はアーティファクトであることを表す。
【0137】
その結果、オフターゲットには遺伝子変異導入は全く見られなかったことが明らかとなった。この結果から、二重制御型Cas9発現iPS細胞における、Dox及びDexによるゲノム編集の誘導において、少なくとも48時間以内の誘導であれば、高い配列認識特異性が維持されることが明らかとなった。
【0138】
[実験例9]
(HR経路による塩基置換効率の検討1)
NHEJ経路におけるDNA修復因子である、KU80、KU70、LIG4の発現を、siRNAを用いてノックダウンすることにより、HR経路による塩基置換効率(遺伝子変異導入効率)が上昇するか否かについて検討した。
【0139】
《ノックダウン効率の確認》
まず、ヒト胎児由来腎臓細胞株であるHEK293T細胞に、KU80、KU70、LIG4に対するsiRNAを導入した。siRNAには市販のものを用いた。KU80に対するsiRNAとして、カタログ番号「s14953」(配列番号8、アプライドバイオシステムズ社)及びカタログ番号「s14952」(配列番号9、アプライドバイオシステムズ社)を使用した。また、KU70に対するsiRNAとして、カタログ番号「s52594」(配列番号10、アプライドバイオシステムズ社)及びカタログ番号「s54155」(配列番号11、アプライドバイオシステムズ社)を使用した。また、LIG4に対するsiRNAとして、カタログ番号「s8181」(配列番号12、アプライドバイオシステムズ社)及びカタログ番号「s8179」(配列番号13、アプライドバイオシステムズ社)を使用した。
【0140】
《逆転写定量PCR》
続いて、逆転写定量PCRにより、KU80、KU70、LIG4のmRNAの発現量を測定した。
【0141】
KU80のcDNAのPCRには、siRNAとして、カタログ番号「s14953」のものを用いた場合には配列番号57のセンスプライマー及び配列番号58のアンチセンスプライマーを使用した。また、siRNAとして、カタログ番号「s14952」のものを用いた場合には配列番号59のセンスプライマー及び配列番号60のアンチセンスプライマーを使用した。
【0142】
KU70のcDNAのPCRには、siRNAとして、カタログ番号「s52594」のものを用いた場合には配列番号61のセンスプライマー及び配列番号62のアンチセンスプライマーを使用した。また、siRNAとして、カタログ番号「s54155」のものを用いた場合には配列番号63のセンスプライマー及び配列番号64のアンチセンスプライマーを使用した。
【0143】
LIG4のcDNAのPCRには、siRNAとして、カタログ番号「s8181」のものを用いた場合には配列番号65のセンスプライマー及び配列番号66のアンチセンスプライマーを使用した。また、siRNAとして、カタログ番号「s8179」のものを用いた場合には配列番号67のセンスプライマー及び配列番号68のアンチセンスプライマーを使用した。
【0144】
いずれの遺伝子についても、内部標準にGAPDH遺伝子又はACTB遺伝子のcDNAを増幅するプライマーを用いてサンプルの標準化を行い、比較Ct法で定量した。GAPDH遺伝子のPCRには、配列番号69のセンスプライマー及び配列番号70のアンチセンスプライマーを使用した。ACTB遺伝子のPCRには、配列番号71のセンスプライマー及び配列番号72のアンチセンスプライマーを使用した。
【0145】
図9は、KU80、KU70、LIG4のmRNAの発現を逆転写定量PCRにより測定した結果を示すグラフである。その結果、いずれのsiRNAを使用した場合においても、KU80、KU70又はLIG4をノックダウンできることが確認された。
【0146】
続いて、KU80、KU70、LIG4に対するsiRNAを導入してから48時間後のHEK293T細胞に、EF1α-Cas9-NLS発現ベクター、sgRNA発現ベクター及び一本鎖DNAドナーを導入し、アレルコピー数定量PCRによりHR経路による塩基置換効率(相同組換え効率)を測定した。
【0147】
一本鎖DNAドナーとしては、配列番号35に示す塩基配列を有する一本鎖DNA(DMD-ssODN1)を使用した。また、sgRNA発現ベクターとしては、実験例1で使用したものと同様の、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する塩基配列を標的配列とするものを使用した。
【0148】
《アレルコピー数定量PCR》
相同組換え前の野生型のジストロフィン遺伝子の塩基配列を特異的に認識するプライマー(センスプライマー:配列番号42、アンチセンスプライマー:配列番号44)、及び相同組換え後の塩基配列を特異的に認識するプライマー(センスプライマー:配列番号43、アンチセンスプライマー:配列番号44)を用いた定量PCRにより、それぞれの塩基配列のDNAコピー数を測定した。ヒトゲノムのアレルコピー数の内部標準として、NANOG遺伝子領域を増幅するプライマー(センスプライマー:配列番号45、アンチセンスプライマー:配列番号46)又はACTB遺伝子領域を増幅するプライマー(センスプライマー:配列番号47、アンチセンスプライマー:配列番号48)を用いてサンプルの標準化を行い、比較Ct法で定量した。
【0149】
図10はアレルコピー数定量PCRの結果を示すグラフである。図10中、「no siRNA」はsiRNAを導入しなかった細胞の結果であることを表し、「Ku80 KD」はKu80に対するsiRNAを導入した細胞の結果であることを表し、「Ku70 KD」はKu70に対するsiRNAを導入した細胞の結果であることを表し、「LIG4 KD」はLIG4に対するsiRNAを導入した細胞の結果であることを表し、「mix」はKu80、Ku70及びLIG4に対するsiRNAを混合して導入した細胞の結果であることを表し、「+ssODN」は一本鎖DNAドナーを細胞に導入した結果であることを表し、「N.D.」は検出されなかったことを表し、「野生型」は野生型の塩基配列を有するアレルであることを表し、「HR」は相同組換え後の塩基配列を有するアレルであることを表す。
【0150】
その結果、KU80、KU70、LIG4をそれぞれ単独でノックダウンした場合においても、KU80、KU70及びLIG4を同時にノックダウンした場合においても、相同組換え効率の有意な上昇は観察されないことが明らかとなった。
【0151】
[実験例10]
(HR経路による塩基置換効率の検討2)
続いて、siRNAを細胞に導入する代わりに、相同組換え効率を上昇させることが報告されている化合物である、L755507、Brefeldin A又はYM155を細胞の培地に添加した点以外は実験例9と同様にして、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する塩基配列を標的配列とした、相同組換えによる塩基置換効率を検討した。
【0152】
図11はアレルコピー数定量PCRの結果を示すグラフである。図11中、「L7」はL755507を培地に添加した細胞の結果であることを表し、「BA」はBrefeldin Aを培地に添加した細胞の結果であることを表し、「YM」はYM155を培地に添加した細胞の結果であることを表し、「ssODN(+)」は一本鎖DNAドナーを細胞に導入した結果であることを表し、「ssODN(-)」は一本鎖DNAドナーを細胞に導入しなかった結果であることを表し、「野生型」は野生型の塩基配列を有するアレルであることを表し、「HR」は相同組換え後の塩基配列を有するアレルであることを表す。
【0153】
その結果、L755507、Brefeldin A又はYM155を細胞に作用させた場合においても、相同組換え効率の有意な上昇は観察されないことが明らかとなった。
【0154】
[実験例11]
(HR経路による塩基置換効率の検討3)
続いて、実験例5で作製した、二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターを導入したiPS細胞に、エレクトロポレーションにより一本鎖DNAドナーを導入し、相同組換え効率を検討した。一本鎖DNAドナーとしては、配列番号35に示す塩基配列を有する一本鎖DNAを使用した。なお、上記のiPS細胞は、Cas9及びsgRNAが既に染色体に安定に導入されているため、一本鎖DNAドナーを最大限に導入することが可能である。
【0155】
iPS細胞0.5×10個あたり、1.5、3、6及び12μgの一本鎖DNAドナーを導入し、培地中に終濃度2μMのDox及び終濃度1μMのDexを添加した。続いて、24~48時間培養後、各細胞からゲノムDNAを抽出し、実験例9と同様にして、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する塩基配列を標的配列とした、相同組換えによる塩基置換効率を検討した。
【0156】
図12はアレルコピー数定量PCRの結果を示すグラフである。図12中、「ssODN」は一本鎖DNAドナーを表し、「野生型」は野生型の塩基配列を有するアレルであることを表し、「HR」は相同組換え後の塩基配列を有するアレルであることを表す。
【0157】
その結果、一本鎖DNAドナーの導入量の増加に伴って相同組換え効率が上昇することが明らかとなった。また、最大で相同組換えによる遺伝子変異が導入されたアレルの割合は30%に達した。この割合は、二重制御型Cas9を使用しない系において発明者らが通常観察している相同組換え効率と比較して10倍以上の高効率であった。
【0158】
[実験例12]
(HR経路による塩基置換効率の検討4)
続いて、実験例5で作製した、二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターを導入したiPS細胞に、実験例11で用いたものとは塩基配列が異なる一本鎖DNAドナーを導入し、相同組換え効率を検討した。一本鎖DNAドナーとしては、配列番号36に示す塩基配列を有する一本鎖DNA(DMD-ssODN-AgeI)を使用した。この一本鎖DNAドナーによる相同組換えが生じた場合、AgeI制限酵素サイトが生成される。
【0159】
具体的には、iPS細胞0.5×10個あたり12μgの一本鎖DNAドナーを導入し、培地中に終濃度2μMのDox及び終濃度1μMのDexを添加した。続いて、24~48時間培養後、各細胞からゲノムDNAを抽出し、Restriction Fragment Length Polymorphism(RFLP)アッセイにより、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する塩基配列を標的配列とした、相同組換えによる塩基置換効率を検討した。
【0160】
《RFLPアッセイ》
まず、抽出したゲノムDNAを鋳型として、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する標的位置を含む領域を増幅する、センスプライマー(配列番号49)及びアンチセンスプライマー(配列番号50)を使用したPCR反応を行い、PCR産物を精製した。
【0161】
続いて、精製PCR産物を制限酵素AgeIで消化し、2%アガロースゲル電気泳動し、切断バンドと未切断バンドのDNAシグナル強度をImageJソフトウェアで定量し、相相同組換えを起こしたアレルを定量した。
【0162】
図13(a)は、RFLPアッセイにおけるアガロースゲル電気泳動の結果を示す写真である。図13(a)中、「DMD」はジストロフィン遺伝子を表し、「ssODN」は一本鎖DNAドナーを表し「HR」は相同組換えを表す。その結果、相同組換えによる遺伝子変異が導入されたアレルの割合は19.7±1.0%と測定された。
【0163】
また、RFLPアッセイに用いたゲノムDNAを鋳型として、標的位置を含む領域をPCR増幅してTAクローニングし、PCR産物の各クローンをサンガーシークエンスで解析した。TAクローニングには、pGEM-Tベクター(Cat.No.A3600、プロメガ社)又はpGEM-T Easyベクター(Cat.No.A1360、プロメガ社)を使用した。
【0164】
図13(b)は、解析結果をまとめたグラフである。図13(b)中、「Knock-in」は一本鎖DNAドナーによる相同組換えを表し、「Indel」は挿入変異又は欠失変異を表し、「WT」は野生型の配列を表す。また、図13(c)は代表的な相同組換えクローンのサンガーシーケンスデータを示す図である。その結果、47.2%のクローン(34/72)では何らかの挿入欠損変異が観察された。また、13.9%のクローン(10/72)で一本鎖DNAドナーによる相同組換えが観察された。
【0165】
[実験例13]
(Dox及びDexの添加のタイミングがHR経路による塩基置換効率に与える影響の検討)
Dox及びDexの添加のタイミングがHR経路による塩基置換効率に与える影響の検討を検討した。具体的には、実験例5で作製した、二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターを導入したiPS細胞に、実験例12で用いたものと同じ一本鎖DNAドナーを導入した。
【0166】
また、様々なタイミングで培地にDox及びDexを添加し、実験例12と同様にして、RFLPアッセイにより、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する塩基配列を標的配列とした、相相同組換えによる塩基置換効率を検討した。Dox及びDexの終濃度は、それぞれ2μM及び1μMとした。
【0167】
図14(a)はDox及びDexの添加のタイミングを示す図である。図14(a)中、「ssODN」は一本鎖DNAドナーを表す。図14(a)に示すように、エレクトロポレーションによる一本鎖DNAドナーの導入の24時間前(-24)、12時間前(-12)、6時間前(-6)、2時間前(-2)、一本鎖DNAドナーの導入時(0)、6時間後(6)、12時間後(12)、24時間後(24)にDox及びDexを添加した。
【0168】
図14(b)は、RFLPアッセイにおけるアガロースゲル電気泳動の結果を示す写真である。図14(b)中、「KI」はノックインを意味し、相同組換えによる遺伝子変異が導入されたアレルの割合を表す。その結果、一本鎖DNAドナーを細胞に導入する12時間前から12時間後の間にDox及びDexの添加を開始すると、相同組換え効率が上昇することが明らかとなった。
【0169】
[実験例14]
(ILF3(NF110)遺伝子座におけるゲノム編集効率の検討1)
上記実験例でゲノム編集の標的配列としたジストロフィン遺伝子はX染色体上に存在する遺伝子であった。そこで、上記実験例とは異なる位置でのゲノム編集効率を検討した。具体的には、19番染色体上にあるILF3(NF110)遺伝子中の塩基配列を標的配列としてゲノム編集効率を検討した。
【0170】
まず、配列番号5に記載の塩基配列を有するオリゴDNA及び配列番号7に記載の塩基配列を有するオリゴDNAを混合してPCR反応を行い、得られた増幅断片をトランスポゾンベクターに組み込み、ヒトのILF3(NF110)遺伝子中に存在する塩基配列(配列番号2)を標的配列とするsgRNA発現ベクターを作製した。
【0171】
続いて、実験例5と同様にして、二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターをiPS細胞に導入し、薬剤選択により、染色体安定導入細胞集団を得た。
【0172】
続いて、細胞の培地にDox及びDexを、それぞれ終濃度2μM及び1μMで添加し、ILF3(NF110)遺伝子中に存在する標的位置における遺伝子変異導入活性について実験例6と同様のT7EIアッセイにより測定した。
【0173】
本実験例においては、ILF3(NF110)遺伝子中に存在する標的位置を含む領域を増幅する、センスプライマー(配列番号16)及びアンチセンスプライマー(配列番号17)を使用した。
【0174】
図15は、T7EIアッセイの結果を示す写真である。図15中、「Indel」は挿入変異又は欠失変異を表す。その結果、ILF3(NF110)遺伝子においても、Dox及びDexの添加により、35.0±0.9%の高効率で遺伝子変異を導入することができることが明らかとなった。
【0175】
[実験例15]
(ILF3(NF110)遺伝子座におけるゲノム編集効率の検討2)
実験例14で作製した、二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターを導入したiPS細胞に、一本鎖DNAドナーを導入し、相同組換え効率を検討した。一本鎖DNAドナーとしては、配列番号37に示す塩基配列を有する一本鎖DNA(NF110-ssODN)を使用した。この一本鎖DNAドナーによる相同組換えが生じた場合、PstI制限酵素サイトが生成される。
【0176】
具体的には、iPS細胞0.5×10個あたり12μgの一本鎖DNAドナーを導入し、培地中に終濃度2μMのDox及び終濃度1μMのDexを添加した。続いて、24~48時間培養後、各細胞からゲノムDNAを抽出し、RFLPアッセイにより、ILF3(NF110)遺伝子中に存在する塩基配列を標的配列とした、相相同組換えによる塩基置換効率を検討した。
【0177】
RFLPアッセイにおいて、ILF3(NF110)遺伝子中の標的位置を含む領域の増幅は、センスプライマー(配列番号51)及びアンチセンスプライマー(配列番号52)を使用したPCR反応により行った。
【0178】
図16は、RFLPアッセイにおけるアガロースゲル電気泳動の結果を示す写真である。図16中、「ssODN」は一本鎖DNAドナーを表し、「HR」は相同組換えを表す。その結果、相同組換えによる遺伝子変異が導入されたアレルの割合は14.0±1.0%と測定された。
【0179】
[実験例16]
(HLA-A遺伝子座におけるゲノム編集効率の検討)
続いて、6番染色体上のHLA-A遺伝子中の塩基配列を標的配列としてゲノム編集効率を検討した。
【0180】
まず、配列番号6に記載の塩基配列を有するオリゴDNA及び配列番号7に記載の塩基配列を有するオリゴDNAを混合してPCR反応を行い、得られた増幅断片をトランスポゾンベクターに組み込み、ヒトのHLA-A遺伝子中に存在する塩基配列(配列番号3)を標的配列とするsgRNA発現ベクターを作製した。
【0181】
続いて、実験例5と同様にして、二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターをiPS細胞に導入し、薬剤選択により、染色体安定導入細胞集団を得た。
【0182】
続いて、得られたiPS細胞に、一本鎖DNAドナーを導入し、相同組換え効率を検討した。一本鎖DNAドナーとしては、配列番号38に示す塩基配列を有する一本鎖DNA(HLA-ssODN1)、及び配列番号39に示す塩基配列を有する一本鎖DNA(HLA-ssODN2)を使用した。
【0183】
これらの一本鎖DNAドナーによる相同組換えが生じた場合、いずれもAvrII制限酵素サイトが生成される。また、これらの一本鎖DNAドナーのうち、HLA-ssODN2は、PAM配列に点変異(一塩基変異)を有し、相同組換え後に同じgRNAによって再切断が起こらないようにデザインした。
【0184】
続いて、iPS細胞0.5×10個あたり3μgの一本鎖DNAドナーをそれぞれ導入し、培地中に終濃度2μMのDox及び終濃度1μMのDexを添加した。続いて、24~48時間培養後、各細胞からゲノムDNAを抽出し、RFLPアッセイにより、HLA-A遺伝子中に存在する塩基配列を標的配列とした、相相同組換えによる塩基置換効率を検討した。
【0185】
RFLPアッセイにおいて、HLA-A遺伝子中の標的位置を含む領域のPCR増幅は、特異性を高めるためにNested-PCRにより行った。Nested-PCRでは、まず、センスプライマー(配列番号53)及びアンチセンスプライマー(配列番号54)を使用したPCR反応を行い、続いて、得られたPCR産物を鋳型としてセンスプライマー(配列番号55)及びアンチセンスプライマー(配列番号56)を使用したPCR反応を行った。
【0186】
図17は、RFLPアッセイにおけるアガロースゲル電気泳動の結果を示す写真である。図17中、「ssODN1」及び「ssODN2」は、それぞれ上述した一本鎖DNAドナーを表し、「HR」は相同組換えを表す。その結果、相同組換えによる遺伝子変異が導入されたアレルの割合は、39.8±2.6%及び31.3±2.2%であり、高効率で相同組換えによる遺伝子変異が導入されたことが明らかとなった。
【0187】
続いて、一本鎖DNAドナーとしてHLA-ssODN1を導入したサンプルのPCR産物をTAクローニングし、各クローンをサンガーシーケンスで確認した。その結果、10/18クローンで挿入欠損変異が観察されたが、7/18株で望み通りの相同組換え(Knock-in)が観察された。
【0188】
[実験例17]
(ランダム変異の導入1)
上述した実施例の結果から、二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターを導入したiPS細胞に、一本鎖DNAドナーを導入してゲノム編集を行うことにより、遺伝子変異導入後の細胞の薬剤選択や選別を行わなくても、高効率で相同組換えによる遺伝子変異導入株が得られることが明らかとなった。そこで、発明者らは、この技術を応用すれば、ゲノム配列のある特定箇所において、ランダム変異を導入可能であると考え、検討した。
【0189】
まず、CRISPR-sgRNAのジストロフィン遺伝子切断箇所の近傍にランダムな塩基を2箇所導入した一本鎖DNAドナー(DMD-ssODN-NN1、配列番号40)を作製した。
【0190】
続いて、この一本鎖DNAドナーを、実験例5で作製したiPS細胞0.5×10個あたり12μg導入した。続いて、細胞の培地にDox及びDexを、それぞれ終濃度2μM及び1μMで添加し、相同組換えを誘導した。続いて、24~48時間培養後、各細胞からゲノムDNAを抽出し、標的位置を含む領域をPCR増幅してTAクローニングし、PCR産物の各クローンをサンガーシークエンスで解析した。
【0191】
図18(a)は、解析結果をまとめたグラフである。図18(a)中、「DMD locus」はジストロフィン遺伝子座を表し、「Randomized」はランダム変異を表し、「Indel」は挿入変異又は欠失変異を表し、「WT」は野生型の塩基配列を表す。
【0192】
その結果、15.9%のクローン(24/151)で何らかの挿入欠損が見られたものの、35.1%のクローン(53/151)で、ランダムな塩基置換が起こり、他の挿入欠損は存在しないことが確認された。
【0193】
図18(b)は、‘NNC’(ここで、Nは、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)又はシトシン(C)を表す。)の塩基配列からなるコドンがコードするアミノ酸を示す図である。図18(b)に示すように、‘NNC’の塩基配列からなるコドンの最初の二塩基にランダム変異を導入した結果、アミノ酸をコードするコドン配列を4=16通りに変化させることが可能である。
【0194】
図18(c)は、ランダム変異が導入されたクローンの塩基配列及び当該塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を示す図である。文字の大きさが塩基又はアミノ酸の存在割合に対応する。その結果、ランダム変異の導入により、可能性のある全ての変異が導入されたことが明らかとなった。
【0195】
[実験例18]
(ランダム変異の導入2)
実験例17と同様の実験をHLA-A遺伝子に対して行った。まず、CRISPR-sgRNAのHLA-A遺伝子切断箇所の近傍にランダムな塩基を2箇所導入した一本鎖DNAドナー(HLA-ssODN-NN、配列番号41)を作製した。
【0196】
続いて、この一本鎖DNAドナーを、実験例16で作製したiPS細胞0.5×10個あたり6μg導入した。続いて、細胞の培地にDox及びDexを、それぞれ終濃度2μM及び1μMで添加し、相同組換えを誘導した。続いて、24~48時間培養後、各細胞からゲノムDNAを抽出し、標的位置を含む領域をPCR増幅してTAクローニングし、PCR産物の各クローンをサンガーシークエンスで解析した。
【0197】
HLA-A遺伝子中の標的位置を含む領域のPCR増幅は、まず、センスプライマー(配列番号53)及びアンチセンスプライマー(配列番号54)を使用したPCR反応を行い、続いて、得られたPCR産物を鋳型としてセンスプライマー(配列番号55)及びアンチセンスプライマー(配列番号56)を使用したNested-PCRにより行った。
【0198】
図19(a)は、解析結果をまとめたグラフである。図19(a)中、「HLA-A locus」はHLA-A遺伝子座を表し、「Randomized」はランダム変異を表し、「Indel」は挿入変異又は欠失変異を表し、「WT」は野生型の塩基配列を表す。
【0199】
その結果、15.8%のクローン(24/152)で何らかの挿入欠損が見られたものの、40.1%のクローン(61/152)で、ランダムな塩基置換が起こり、他の挿入欠損は存在しないことが確認された。
【0200】
図19(b)は、‘NNC’(ここで、Nは、A、T、G又はCを表す。)の塩基配列からなるコドンがコードするアミノ酸を示す図である。図19(b)に示すように、‘NNC’の塩基配列からなるコドンの最初の二塩基にランダム変異を導入した結果、アミノ酸をコードするコドン配列を4=16通りに変化させることが可能である。
【0201】
図19(c)は、ランダム変異が導入されたクローンの塩基配列及び当該塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を示す図である。文字の大きさが塩基又はアミノ酸の存在割合に対応する。その結果、ランダム変異の導入により、可能性のある全ての変異が導入されたことが明らかとなった。
【0202】
[実験例19]
(ランダム変異の導入3)
実験例17と同様の実験を、さらに多くの‘NN’配列を持つ一本鎖DNAドナーを用いて行った。まず、CRISPR-sgRNAのジストロフィン遺伝子切断箇所の近傍の2箇所、4箇所、6箇所又は8箇所にランダムな塩基を導入した一本鎖DNAドナー(DMD-ssODN-NN1~5、配列番号40、77~80)を作製した。
【0203】
続いて、これらの一本鎖DNAドナーを、それぞれ、実験例16で作製したiPS細胞0.5×10個あたり6μgずつ導入した。続いて、細胞の培地にDox及びDexを、それぞれ終濃度2μM及び1μMで添加し、相同組換えを誘導した。
【0204】
続いて、48~72時間培養後、各細胞からゲノムDNAを抽出し、標的位置を含む領域をPCR増幅し、PCR産物の各DNA分子の塩基配列をIllumina社のHiSeqシーケンサーを用いて解析した。
【0205】
図20は、解析結果をまとめたグラフである。図20中、「Randomized」はランダム変異を表し、「Indel」は挿入変異又は欠失変異を表し、「WT」は野生型の塩基配列を表す。その結果、一本鎖DNAドナーを導入した細胞において、5.3%から13.25%の配列でランダムな塩基置換が起こり、他の挿入欠損は存在しないことが確認された。
【0206】
また、図21は、ランダム変異が導入されたクローンの塩基配列及び当該塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を示す図である。文字の大きさが塩基又はアミノ酸の存在割合に対応する。その結果、ランダム塩基配列を持つ一本鎖DNAドナーの導入により、塩基配列の2、4、6又は8箇所にランダム変異が導入され、その結果、アミノ酸配列の1、2、3又は4箇所にランダム変異が導入されたことが明らかとなった。
【0207】
[実験例20]
(ランダム変異の導入4)
実験例17と同様の実験を、ヒト胎児腎臓由来細胞株であるHEK293T細胞に対して行った。まず、いずれもpiggyBacトランスポゾンベクターである、二重制御型Cas9発現ベクター及びsgRNA発現ベクターをHEK293T細胞に導入した。HEK293T細胞は定法にしたがって培養した。sgRNA発現ベクターとしては、実験例1で使用したものと同様の、ジストロフィン遺伝子のエクソン45番に存在する塩基配列を標的配列とするものを使用した。
【0208】
続いて、終濃度1~15μg/mLのピューロマイシン(Cat.No.29455-54、ナカライテスク)又は終濃度100~200μg/mLハイグロマイシンB(Cat.No.10687-010、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いた約5日間の薬剤選択により、染色体安定導入細胞集団を得た。
【0209】
続いて、CRISPR-sgRNAのDMD遺伝子切断箇所の近傍にランダムな塩基を2箇所導入した一本鎖DNAドナー(DMD-ssODN-NN1、配列番号40)を、上記で作製したHEK293T細胞0.5×10個あたり12μg導入した。
【0210】
続いて、細胞の培地にDox及びDexを、それぞれ終濃度2μM及び1μMで添加し、相同組換えを誘導した。続いて、3~6日間培養後、各細胞からゲノムDNAを抽出し、標的位置を含む領域をPCR増幅してTAクローニングし、PCR産物の各クローンをサンガーシークエンスで解析した。
【0211】
図22(a)は、解析結果をまとめたグラフである。図22(a)中、「Randomized」はランダム変異を表し、「Indel」は挿入変異又は欠失変異を表し、「WT」は野生型の塩基配列を表す。その結果、42.4%のクローン(28/66)で何らかの挿入欠損が見られたものの、47.0%のクローン(31/66)で、ランダムな塩基置換が起こり、他の挿入欠損は存在しないことが確認された。
【0212】
図22(b)は、‘NNC’(ここで、Nは、A、T、G又はCを表す。)の塩基配列からなるコドンがコードするアミノ酸を示す図である。図22(b)に示すように、‘NNC’の塩基配列からなるコドンの最初の二塩基にランダム変異を導入した結果、アミノ酸をコードするコドン配列を4=16通りに変化させることが可能である。
【0213】
図22(c)は、ランダム変異が導入されたクローンの塩基配列及び当該塩基配列によりコードされるアミノ酸配列を示す図である。文字の大きさが塩基又はアミノ酸の存在割合に対応する。その結果、HEK293T細胞を用いた場合においても、ランダム塩基配列を持つ一本鎖DNAドナーの導入により、アミノ酸配列にランダム変異を導入できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0214】
本発明によれば、標的配列に対する配列特異的DNA切断酵素の特異性を向上させる技術を提供することができる。
また、本発明によれば、標的配列に任意の配列を欠損、挿入、又は置換する技術を提供することができる。ここでいう任意の配列とは、自然界に存在する配列でもよいし、自然界に存在しない配列でもよい。
また、本発明によれば、疾患の原因と想定される遺伝子配列を導入することにより、又は疾患の原因と想定される遺伝子配列を修復して健常配列に変換することにより、疾患の原因を解明する技術を提供することができる。ここで、対象疾患としては、例えば、前述のHuman Gene Mutation Database(HGMD)に登録されている遺伝子変異及び疾患が挙げられるが、これに限定されない。
また、本発明によれば、複数の細胞に別々の任意の配列を挿入、又は置換する技術を提供することができる。そして、複数の細胞が別々の配列を持つことを利用して、細胞を個別に区別する技術を提供することができる。例えば、細胞で発現している遺伝子に、細胞を区別する配列を挿入又は置換した後に、シングルセルRNA-seq解析を行うことにより、シングルセルRNA-seqのデータがどの細胞から由来するものかをシーケンスデータから遡って解析することができる。
また、本発明によれば、疾患の原因とされる遺伝子配列を修復して健常配列に変換することにより、疾患を治療する技術を提供することができる。
図1
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【配列表】
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