(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-13
(45)【発行日】2023-01-23
(54)【発明の名称】脈絡膜の菲薄化抑制装置及びその作動方法
(51)【国際特許分類】
A61F 9/007 20060101AFI20230116BHJP
A61N 5/06 20060101ALI20230116BHJP
【FI】
A61F9/007 180
A61N5/06 Z
(21)【出願番号】P 2021116584
(22)【出願日】2021-07-14
(62)【分割の表示】P 2020155389の分割
【原出願日】2020-09-16
【審査請求日】2021-07-14
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】513077162
【氏名又は名称】株式会社坪田ラボ
(74)【代理人】
【識別番号】100117226
【氏名又は名称】吉村 俊一
(72)【発明者】
【氏名】姜 效炎
(72)【発明者】
【氏名】森 紀和子
(72)【発明者】
【氏名】栗原 俊英
(72)【発明者】
【氏名】坪田 一男
【審査官】胡谷 佳津志
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-539808(JP,A)
【文献】国際公開第2020/027305(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/181967(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/090128(WO,A1)
【文献】特開2018-086108(JP,A)
【文献】特開平08-308943(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 9/007
A61N 5/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生活環境の中で無理せず日常的に弱めの光を照射して近視眼の脈絡膜の厚さを増す用途で用いる脈絡膜の菲薄化抑制装置であって、360nm~400nmの範囲内の波長のバイオレットライトを発光する光源と、前記バイオレットライトの放射照度と連続又は一定間隔での照射方式を制御する制御機構とを有し、前記制御機構は、前記バイオレットライトを0.1~0.8mW/cm
2で照射し、一日あたりの照射時間を1~5時間とし、2週間から6ヶ月の照射期間に制御する、ことを特徴とする脈絡膜の菲薄化抑制装置。
【請求項2】
生活環境の中で無理せず日常的に弱めの光を照射して近視眼の脈絡膜の厚さを増す用途で用いる脈絡膜の菲薄化抑制
装置の作動方法であって、360nm~400nmの範囲内の波長のバイオレットライトを発光する光源と、前記バイオレットライトの放射照度と連続又は一定間隔での照射方式を制御する制御機構とを有し、
前記制御機構が、前記バイオレットライトの放射照度を0.1~0.8mW/cm
2とし、一日あたりの照射時間を1~5時間とし、2週間から6ヶ月の期間照射する
ように制御する、ことを特徴とする脈絡膜の菲薄化抑制
装置の作動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオレットライトの照射により脈絡膜の菲薄化を抑制して健康な眼を維持する装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脈絡膜は、いわゆる白目部分である強膜の内側の膜である。こうした脈絡膜は、その内部の血管で眼球や網膜に酸素や養分を補給している。一方、脈絡膜は、菲薄化することで眼の血流が十分でなくなることが知られている。眼の血流の80%程度は、脈絡膜の血流であり、眼の健康維持や機能向上、眼疾患の進行や改善に大きく関与すること等が報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Nickla, D.L.& Wallman, J. The multifunctional choroid. Prog Retin Eye Res 29, 144-168, doi:10.1016/j.preteyeres.2009.12.002 (2010).
【文献】Mori,K. et al. Scientific reports 9, 295, doi:10.1038/s41598-018-36576-w (2019).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、脈絡膜の菲薄化を抑制する装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
(1)本発明に係る脈絡膜の菲薄化抑制装置は、360nm~400nmの範囲内の波長のバイオレットライトを発光する光源を備え、前記バイオレットライトを照射して脈絡膜の菲薄化を抑制する、ことを特徴とする。
【0006】
本発明に係る脈絡膜の菲薄化抑制装置において、前記バイオレットライトの放射照度と照射時間を制御する制御機構を有する。
【0007】
本発明に係る脈絡膜の菲薄化抑制装置において、血流不全又は血流低下に基づいた、加齢黄斑変性症、緑内障、糖尿病網膜症、黄斑浮腫、眼精疲労、網膜血管閉塞症、三角症候群、中心性漿液性脈絡網膜症、網膜色素変性症、老視、及び白内障等から選ばれる眼疾患を適用対象とする。
【0008】
本発明に係る脈絡膜の菲薄化抑制装置において、血流不全又は血流低下に基づいた、閉塞性動脈硬化症、閉塞性血栓血管炎、糖尿病、心筋梗塞、狭心症、脳梗塞、手足の冷感、痛み、脱毛、耳鳴、肩こり、むくみ、冷え、生理不順、自律神経の乱れ、慢性疲労、眠気、及び便秘等から選ばれる全身症状及び疾患を適用対象とする。
【0009】
(2)本発明に係る脈絡膜の菲薄化抑制方法は、360nm~400nmの範囲内の波長のバイオレットライトを照射し、脈絡膜の菲薄化を抑制する、ことを特徴とする。
【0010】
本発明に係る脈絡膜の菲薄化抑制方法において、前記バイオレットライトの放射照度と照射時間を制御する。
【0011】
本発明に係る脈絡膜の菲薄化抑制方法において、上記本発明に係る脈絡膜の菲薄化抑制装置での適用対象を同様に適用する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、脈絡膜の菲薄化を抑制する装置及び方法を提供することができる。特に眼の血流の大部分が流れる脈絡膜の菲薄化を抑制でき、血流不全又は血流低下に基づいた様々な症状や疾患の改善や治療に期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】脈絡膜の厚さの変化を示す、実験1の結果のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る脈絡膜の菲薄化抑制装置及び方法について説明する。本発明は、以下の実施形態及び実施例の内容に限定されず、本発明の要旨を包含する範囲で種々の変形例や応用例を含む。
【0015】
[脈絡膜の菲薄化抑制装置及び方法]
本発明に係る脈絡膜の菲薄化抑制装置及び方法は、360nm~400nmの範囲内の波長のバイオレットライトを発光し、そのバイオレットライトを照射して脈絡膜の菲薄化を抑制する。こうした装置及び方法は、後述する実験結果に示すように、眼の血流の大部分が流れる脈絡膜の菲薄化を抑制でき、眼球や網膜に酸素や養分を十分に補給可能とし、血流不全又は血流低下に基づいた様々な症状や疾患の改善や治療が期待できる。
【0016】
本発明は、バイオレットライトを照射して、脈絡膜の菲薄化を少なくとも抑制することに特徴があり、「菲薄化を少なくとも抑制」には、脈絡膜の菲薄化の抑制の他、脈絡膜が厚くなること(厚さ増加)も含まれる。こうした脈絡膜の菲薄化抑制や厚さ増加は、脈絡膜の血流を維持又は増大させるので、バイオレットライトの使用(照射)は、血流不全又は血流低下に基づいた様々な症状の改善や疾患の治療に用いることができる。こうした知見は、従来は全く知られておらず、本発明者が初めて発見した。
【0017】
(バイオレットライト)
バイオレットライトは、360~400nmの範囲内の波長をいう。バイオレットライトを照射するとは、360~400nmの波長範囲の全部又は一部の光を照射するという意味である。バイオレットライトは光源から照射されるが、そうした光源は、上記波長範囲内の全ての波長を照射するものであってもよいし、その波長範囲内の一部(特定範囲)の波長を照射するものであってもよいし、その波長範囲内にピーク波長を有したスペクトルを照射するものであってもよい。なお、一部の波長を照射する場合は、一部の範囲しか照射しない光源を用いてもよいし、広い波長範囲の光をフィルターで遮光して一部の波長の光だけを照射する光源を用いてもよい。また、360~400nmの範囲内のバイオレットライトを含むものあれば、360nm未満の光を含む光源でも400nmを超えた光を含む光源でも構わない。また、360nm付近や400nm付近では、360nm未満の光を少し含む光源でも構わないし、400nmを超えた光を少し含む光源でも構わない。特に後述の実施例のように、360~400nmの範囲内に極大ピークのあるバイオレットライト光源を好ましく適用でき、具体的には375~380nmに極大ピークのあるバイオレットライト光源が好ましい。
【0018】
バイオレットライトの波長範囲(360~400nm)であれば特に限定されないが、上市された光源の入手容易性から、例えば380nmにピークを有する光源や365~380nmの範囲内にピークを有する光源を好ましく用いることができる。なお、バイオレットライト以外の光については、バイオレットライトと共に照射できる光源であってもよいし、バイオレットライトだけを照射する光源であってもよい。通常は、バイオレットライトだけを照射する光源が好ましく採用される。バイオレットライト以外の光としては、例えば、400nmを超える光や、360nm未満の光であってもよい。ただし、315nm以下の光は眼への悪影響が懸念されるので、安全を見れば350nm未満の光は極力含まないことが望ましい。
【0019】
バイオレットライトの放射照度は、0.01~5mW/cm2の範囲内であることが好ましい。この放射照度の範囲により本発明の効果を奏することができる。より好ましくは、0.01~1mW/cm2の範囲内であり、眼により安全な範囲として長時間の照射を可能とすることができる。なお、後述の実験では、0.4mW/cm2(400μW/cm2)の放射照度で照射しており、これを中心にした好ましい範囲として、0.1~0.8mW/cm2とすることができる。
【0020】
上記光源を備える本発明に係る装置は、設置型の照射装置又は照明装置であってもよいし、携帯型の照射装置又は照明装置であってもよい。特に上記のように低い放射照度で照射できるので、携帯型の照射装置又は照明装置とすることが好ましく、例えばフェイスマスクのような顔前配置型の装置やメガネ等の装置とすれば、日常生活の中で利用することができる。なお、「照射装置」とは、バイオレットライトを少なくとも照射する装置の意味で用い、「照明装置」とは、バイオレットライトと白色光と併せて照射する装置の意味で用いている。
【0021】
バイオレットライトの照射時間は、その効果を考慮して任意に設定される。一例としては、後述のマウスに対する実施例では3時間照射した実験で結果を得ているが、人間に対しては、普段の生活があることから生活に支障がない時間であれば特に限定されず、例えば一日あたり数時間(例えば1~5時間)を挙げることができる。その期間として、数週間(例えば2~8週間)から数ヶ月(例えば2~6ヶ月)としてもよい。こうした時間と期間でバイオレットライトを照射することにより、生活環境の中で無理せず、日常的に弱めの光を照射することができる。なお、光は、任意に間欠的(一定間隔又は不定期間隔)としたり、連続的としたりすることができるので、そうした照射形態を考慮して、照射時間や期間を設定することができる。
【0022】
(制御機構)
制御機構は、光源からの光の発光を制御する機構であって、眼の表面でのバイオレットライトの放射照度を上記範囲(0.01~5mW/cm2)で照射できるよう制御するものである。この制御機構は、その放射照度に応じた照射時間を設定できるものであってもよい。具体的には、放射照度や照射方式(連続、一定感間隔等)での制御や、一日あたりの照射時間や、その期間制御(例えば、毎日、隔日等)を行う制御機構を挙げることができる。制御機構は、光源と一体のものであってもよいし、光源とは別体の制御装置であってもよい。一体のものとは、例えばLEDと制御回路とが一体となって光源を構成している場合であり、別体のものとは、例えばLEDからなる光源と、そのLEDの発光を有線又は無線で制御する制御装置とが別部材として構成している場合である。
【0023】
制御機構には、タイマー装置(時計を含む。)、記憶装置(メモリー)、表示装置(表示パネル)、通信装置等を備えていることが好ましい。これらを備えることで、例えば一日あたりの照射時間を制御したり、繰り返し照射する場合の情報を記憶したり、それらを液晶パネルに表示したり、スマートフォンやパソコンとの間で送受信を行ってアプリケーションソフトでの制御やデータ蓄積を行ったり等々をすることができる。また、病院や医師にデータ送信する送信装置を備えていれば、離れた場所にいても病院や医師による管理が可能になり、適切な管理や、処理指導を行うことができる。
【0024】
(菲薄化)
こうした構成からなる本発明に係る脈絡膜の菲薄化抑制装置及び方法は、脈絡膜の菲薄化を少なくとも抑制する。「少なくとも」とは、バイオレットライトの照射によって脈絡膜が薄くなることは少なくとも抑制することを意味している。したがって、バイオレットライトの照射による脈絡膜の厚さの維持(菲薄化抑制)の他、脈絡膜が厚くなる場合を含んでいてもよい。脈絡膜の菲薄化を抑制することにより、現時点での脈絡膜内の血流状態をそのまま維持することができる。また、脈絡膜が厚くなることにより、現時点での脈絡膜内の血流状態を改善し、より血流が流れるようにすることができる。血流の改善は、眼の健康状態を改善することができ、眼の血流状態に起因する眼疾患の改善や治療に期待でき、眼の血流状態に起因する全身症状及び疾患の改善や治療に期待できる。
【0025】
すなわち、今回の実験で確認された脈絡膜の菲薄化抑制手段は、脈絡膜の菲薄化に伴う他の眼疾患、具体的には、脈絡膜の菲薄化が眼の血流不全又は血流低下に基づいていることが報告されている眼疾患、全身症状、及び疾患の進行予防的効果や治療効果が期待できる。例えば、血流不全又は血流低下に基づいた眼疾患としては、加齢黄斑変性症、緑内障、糖尿病網膜症、黄斑浮腫、眼精疲労、網膜血管閉塞症、三角症候群、中心性漿液性脈絡網膜症、網膜色素変性症、老視、白内障を挙げることができる。また、血流不全又は血流低下による全身症状及び疾患としては、閉塞性動脈硬化症、閉塞性血栓血管炎、糖尿病、心筋梗塞、狭心症、脳梗塞、手足の冷感、痛み、脱毛、耳鳴、肩こり、むくみ、冷え、生理不順、自律神経の乱れ、慢性疲労、眠気、便秘等を挙げることができる。
【実施例】
【0026】
以下、実験例により本発明をさらに詳しく説明する。
【0027】
[実験1]
生後3週齢のマウス(C57BL6/J,日本クレア株式会社)に、左眼0D(「D」はDiopterの略で、レンズの屈折力の単位である。)及び右眼-30Dのレンズを装着し、近視を誘導した。近視の誘導は、マウスをVL(+)群とVL(-)群にランダムに分けて開始した。ここでの「VL」はバイオレットライトの略である。VL(-)群は、背景光として50Lux前後の5000ケルビン蛍光灯を毎日朝8時から夜20時まで照射し、VL(+)群は、前記の背景光に加え、360~400nmの波長で400μW/cm2のバイオレットライト(LED光源:日亜化学工業株式会社製、型番:NSPU510CS、ピーク波長:375nm)を毎日17時から20時まで追加照射した。照射を3週間継続し、照射前後のマウス眼球の屈折率、眼軸長及び脈絡膜厚を測定し、その変化量を計算した。
【0028】
使用した上記光源は、375nmにピーク波長を有し、そのピーク波長の分光放射照度を1(100%)としたときの360nmでの相対分光放射照度が0.025(2.5%)未満であり、400nmでの相対分光放射照度も0.025(2.5%)未満の光源である。
【0029】
(脈絡膜の計測方法)
脈絡膜は、場所によって厚さが異なるので、SD-OCT(EnvisuR4310,Leica,Germany)を用い、マウスの脈絡膜を視神経中心に半径0.5mmのcircleで測定した。Image J(National Institutes of Health,Bethesda,USA)で脈絡膜の面積を計測(非特許文献2と同じ方法で計測した。)し、その値を円周率で割ることによって平均の脈絡膜厚を求めた。
【0030】
測定結果を
図1に示した。縦軸は脈絡膜の厚さであり、VL(-)群とVL(+)群における左眼0Dと右眼-30Dの結果を比較した。
図1の結果より、バイオレットライトを追加照射したVL(+)群のマウスは、バイオレットライトを追加照射しないVL(-)群のマウスに比べ、右眼左眼のいずれも照射後の脈絡膜の厚さが増していた。特に近視誘導した右眼-30Dでは、バイオレットライトを追加照射しないVL(-)群のマウスは脈絡膜が薄くなって菲薄化していたが、バイオレットライトを追加照射したVL(+)群では脈絡膜の厚さが増しており、その差は極めて顕著になっていた。この結果は、バイオレットライトの照射が脈絡膜の厚さを増して脈絡膜の血流が向上するように作用することを意味する。眼の血流の80%は脈絡膜の血流によるため、脈絡膜が厚くなることにより眼の血流が改善され、より血流が流れるようにすることができ、その結果、眼の血流状態に起因する眼疾患の改善や治療に期待でき、眼の血流状態に起因する全身症状及び疾患の改善や治療に期待できる。