(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-16
(45)【発行日】2023-01-24
(54)【発明の名称】座屈応力度の推定装置、座屈応力度の推定方法、及び座屈応力度の推定プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 3/00 20060101AFI20230117BHJP
E04B 1/24 20060101ALI20230117BHJP
G01L 1/00 20060101ALI20230117BHJP
G06F 30/13 20200101ALI20230117BHJP
【FI】
G01N3/00 Z
E04B1/24 ESW
G01L1/00 M
G06F30/13
(21)【出願番号】P 2019120971
(22)【出願日】2019-06-28
【審査請求日】2022-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】三井 和也
(72)【発明者】
【氏名】北岡 聡
(72)【発明者】
【氏名】桑田 涼平
(72)【発明者】
【氏名】廣嶋 哲
(72)【発明者】
【氏名】半谷 公司
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/151298(WO,A1)
【文献】特開2018-131882(JP,A)
【文献】特開2018-131883(JP,A)
【文献】特開2019-056220(JP,A)
【文献】特開2016-095599(JP,A)
【文献】特開2000-193536(JP,A)
【文献】特開2004-303227(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第106250626(CN,A)
【文献】韓国公開特許第10-2005-0112788(KR,A)
【文献】韓国公開特許第10-2009-0078894(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 3/00~3/62
E04B 1/24
G01L 1/00
G06F 30/13
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
材軸方向に延びるx軸及び板幅方向に延びるy軸に沿ってそれぞれ広がるウェブ板要素と、前記ウェブ板要素を前記y軸に沿う方向に挟むように配置された第1フランジ板要素及び第2フランジ板要素と、を備え、前記y軸に沿う方向にせん断力が作用して座屈するH形鋼の座屈応力度を推定する座屈応力度の推定装置であって、
前記ウェブ板要素の板厚方向に延びる軸をz軸とし、
前記ウェブ板要素における前記y軸に沿う方向の中心の位置を、前記y軸の原点とし、
前記第1フランジ板要素から前記第2フランジ板要素に向かう向きを、前記y軸の正の向きとし、
前記y軸に沿う方向における前記第1フランジ板要素の中心と前記第2フランジ板要素の中心との距離をb
wとし、
前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向の第1端に向かうに従い、前記z軸の正の向き及び前記z軸の負の向きに交互に波状に変位する前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向における半波長をaとしたときに、
前記ウェブ板要素における前記z軸に沿う方向に向けた面外変位W
wを(1)式により推定し、かつ、前記第1フランジ板要素、前記第2フランジ板要素における前記y軸に沿う方向に向けた面外変位W
f1、W
f2を(2)式、(3)式によりそれぞれ推定する変位推定部と、
前記H形鋼の前記座屈応力度を、前記面外変位W
w、前記面外変位W
f1、W
f2、及びエネルギー法に基づいて求める応力度算出部と、
を備える座屈応力度の推定装置。
ただし、Nは2以上の自然数であり、a
0,a
n,b
n,λは未定係数である。
【数1】
【請求項2】
前記Nは2である請求項1に記載の座屈応力度の推定装置。
【請求項3】
前記応力度算出部は、(4)式から(6)式を用いて、(7)式による前記座屈応力度τ
crに最小の正の値を与える実数である前記a
n,b
n,λ及び前記半波長aに基づいて、前記座屈応力度τ
crを求める請求項1又は2に記載の座屈応力度の推定装置。
ただし、Eは前記H形鋼のヤング係数であり、νは前記H形鋼のポアソン比であり、t
wは前記ウェブ板要素の厚さであり、t
fは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの厚さであり、b
fは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの幅の半分の値である。
【数2】
【請求項4】
材軸方向に延びるx軸及び板幅方向に延びるy軸に沿ってそれぞれ広がるウェブ板要素と、前記ウェブ板要素を前記y軸に沿う方向に挟むように配置された第1フランジ板要素及び第2フランジ板要素と、を備え、前記y軸に沿う方向にせん断力が作用して座屈するH形鋼の座屈応力度を推定する座屈応力度の推定方法であって、
前記ウェブ板要素の板厚方向に延びる軸をz軸とし、
前記ウェブ板要素における前記y軸に沿う方向の中心の位置を、前記y軸の原点とし、
前記第1フランジ板要素から前記第2フランジ板要素に向かう向きを、前記y軸の正の向きとし、
前記y軸に沿う方向における前記第1フランジ板要素の中心と前記第2フランジ板要素の中心との距離をb
wとし、
前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向の第1端に向かうに従い、前記z軸の正の向き及び前記z軸の負の向きに交互に波状に変位する前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向における半波長をaとしたときに、
前記ウェブ板要素における前記z軸に沿う方向に向けた面外変位W
wを(8)式により推定し、かつ、前記第1フランジ板要素、前記第2フランジ板要素における前記y軸に沿う方向に向けた面外変位W
f1、W
f2を(9)式、(10)式によりそれぞれ推定する変位推定工程と、
前記H形鋼の前記座屈応力度を、前記面外変位W
w、前記面外変位W
f1、W
f2、及びエネルギー法に基づいて求める応力度算出工程と、
を行う座屈応力度の推定方法。
ただし、Nは2以上の自然数であり、a
0,a
n,b
n,λは未定係数である。
【数3】
【請求項5】
前記Nは2である請求項4に記載の座屈応力度の推定方法。
【請求項6】
前記応力度算出工程では、(11)式から(13)式を用いて、(14)式による前記座屈応力度τ
crに最小の正の値を与える実数である前記a
n,b
n,λ及び前記半波長aに基づいて、前記座屈応力度τ
crを求める請求項4又は5に記載の座屈応力度の推定方法。
ただし、Eは前記H形鋼のヤング係数であり、νは前記H形鋼のポアソン比であり、t
wは前記ウェブ板要素の厚さであり、t
fは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの厚さであり、b
fは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの幅の半分の値である。
【数4】
【請求項7】
材軸方向に延びるx軸及び板幅方向に延びるy軸に沿ってそれぞれ広がるウェブ板要素と、前記ウェブ板要素を前記y軸に沿う方向に挟むように配置された第1フランジ板要素及び第2フランジ板要素と、を備え、前記y軸に沿う方向にせん断力が作用して座屈するH形鋼の座屈応力度を推定する推定装置用の座屈応力度の推定プログラムであって、
前記ウェブ板要素の板厚方向に延びる軸をz軸とし、
前記ウェブ板要素における前記y軸に沿う方向の中心の位置を、前記y軸の原点とし、
前記第1フランジ板要素から前記第2フランジ板要素に向かう向きを、前記y軸の正の向きとし、
前記y軸に沿う方向における前記第1フランジ板要素の中心と前記第2フランジ板要素の中心との距離をb
wとし、
前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向の第1端に向かうに従い、前記z軸の正の向き及び前記z軸の負の向きに交互に波状に変位する前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向における半波長をaとしたときに、
前記推定装置を、
前記ウェブ板要素における前記z軸に沿う方向に向けた面外変位W
wを(15)式により推定し、かつ、前記第1フランジ板要素、前記第2フランジ板要素における前記y軸に沿う方向に向けた面外変位W
f1、W
f2を(16)式、(17)式によりそれぞれ推定する変位推定部と、
前記H形鋼の前記座屈応力度を、前記面外変位W
w、前記面外変位W
f1、W
f2、及びエネルギー法に基づいて求める応力度算出部と、
して機能させる座屈応力度の推定プログラム。
ただし、Nは2以上の自然数であり、a
0,a
n,b
n,λは未定係数である。
【数5】
【請求項8】
前記Nは2である請求項7に記載の座屈応力度の推定プログラム。
【請求項9】
前記応力度算出部は、(18)式から(20)式を用いて、(21)式による前記座屈応力度τ
crに最小の正の値を与える実数である前記a
n,
b
n
,λ及び前記半波長aに基づいて、前記座屈応力度τ
crを求める請求項7又は8に記載の座屈応力度の推定プログラム。
ただし、Eは前記H形鋼のヤング係数であり、νは前記H形鋼のポアソン比であり、t
wは前記ウェブ板要素の厚さであり、t
fは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの厚さであり、b
fは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの幅の半分の値である。
【数6】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、座屈応力度の推定装置、座屈応力度の推定方法、及び座屈応力度の推定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、せん断力に対するH形鋼の幅厚比区分では、ウェブ(ウェブ板要素)及びフランジ(フランジ板要素)という板要素間の連成座屈を考慮しておらず、単純な支持条件下にある板要素に関して解明された耐力式に基づいてH形鋼の幅厚比区分が構築されている。
しかし、H形鋼の局部座屈ではウェブ及びフランジが相互に作用しあうため、従来の幅厚比区分ではH形鋼の座屈応力度(局部座屈応力度)を精度良く推定できない。H形鋼にせん断力が作用したときの局部座屈の形状は、ウェブ及びフランジともに複雑な周期的挙動を示すため、(1)式であらわされるフーリエ級数を(1-1)式のように表現を変えて用いればH形鋼の板要素であるウェブ等の面外変位Wwを推定することができる(例えば、非特許文献1参照)。
ただし、bwはH形鋼の両フランジにおける厚さ方向の中心間の距離である。
【0003】
【0004】
そして、推定した面外変位Wwに基づいてH形鋼の座屈応力度を推定する等といった、H形鋼の挙動を再現することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Stephen P. Timoshenko and James M. Gere、「Theory of Elastic Stability」 Second Edition
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、フーリエ級数には近似の収れんが遅いという問題がある。例えば、H形鋼の挙動を再現するには、(1-1)式のフーリエ級数でNを30以上にすることが必要になる。このため、座屈応力度の推定のための計算が極めて複雑化し、推定した面外変位Wwの数式表現が困難という問題が生じる。故に、従来の幅厚比区分は、ウェブとフランジとの連成座屈(相互作用を考慮した座屈)を考慮せず、単純支持の条件下で構築されている。
【0007】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであって、せん断力が作用するH形鋼において、ウェブ板要素とフランジ板要素との連成座屈を考慮して座屈応力度を推定する座屈応力度の推定装置、座屈応力度の推定方法、及び座屈応力度の推定プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、この発明は以下の手段を提案している。
本発明の座屈応力度の推定装置は、材軸方向に延びるx軸及び板幅方向に延びるy軸に沿ってそれぞれ広がるウェブ板要素と、前記ウェブ板要素を前記y軸に沿う方向に挟むように配置された第1フランジ板要素及び第2フランジ板要素と、を備え、前記y軸に沿う方向にせん断力が作用して座屈するH形鋼の座屈応力度を推定する座屈応力度の推定装置であって、前記ウェブ板要素の板厚方向に延びる軸をz軸とし、前記ウェブ板要素における前記y軸に沿う方向の中心の位置を、前記y軸の原点とし、前記第1フランジ板要素から前記第2フランジ板要素に向かう向きを、前記y軸の正の向きとし、前記y軸に沿う方向における前記第1フランジ板要素の中心と前記第2フランジ板要素の中心との距離をbwとし、前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向の第1端に向かうに従い、前記z軸の正の向き及び前記z軸の負の向きに交互に波状に変位する前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向における半波長をaとしたときに、前記ウェブ板要素における前記z軸に沿う方向に向けた面外変位Wwを(2)式により推定し、かつ、前記第1フランジ板要素、前記第2フランジ板要素における前記y軸に沿う方向に向けた面外変位Wf1、Wf2を(3)式、(4)式によりそれぞれ推定する変位推定部と、前記H形鋼の前記座屈応力度を、前記面外変位Ww、前記面外変位Wf1、Wf2、及びエネルギー法に基づいて求める応力度算出部と、を備えることを特徴としている。
ただし、Nは2以上の自然数であり、a0,an,bn,λは未定係数である。
【0009】
【0010】
また、本発明の座屈応力度の推定方法は、材軸方向に延びるx軸及び板幅方向に延びるy軸に沿ってそれぞれ広がるウェブ板要素と、前記ウェブ板要素を前記y軸に沿う方向に挟むように配置された第1フランジ板要素及び第2フランジ板要素と、を備え、前記y軸に沿う方向にせん断力が作用して座屈するH形鋼の座屈応力度を推定する座屈応力度の推定方法であって、前記ウェブ板要素の板厚方向に延びる軸をz軸とし、前記ウェブ板要素における前記y軸に沿う方向の中心の位置を、前記y軸の原点とし、前記第1フランジ板要素から前記第2フランジ板要素に向かう向きを、前記y軸の正の向きとし、前記y軸に沿う方向における前記第1フランジ板要素の中心と前記第2フランジ板要素の中心との距離をbwとし、前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向の第1端に向かうに従い、前記z軸の正の向き及び前記z軸の負の向きに交互に波状に変位する前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向における半波長をaとしたときに、前記ウェブ板要素における前記z軸に沿う方向に向けた面外変位Wwを(5)式により推定し、かつ、前記第1フランジ板要素、前記第2フランジ板要素における前記y軸に沿う方向に向けた面外変位Wf1、Wf2を(6)式、(7)式によりそれぞれ推定する変位推定工程と、前記H形鋼の前記座屈応力度を、前記面外変位Ww、前記面外変位Wf1、Wf2、及びエネルギー法に基づいて求める応力度算出工程と、を行うことを特徴としている。
ただし、Nは2以上の自然数であり、a0,an,bn,λは未定係数である。
【0011】
【0012】
また、本発明の座屈応力度の推定プログラムは、材軸方向に延びるx軸及び板幅方向に延びるy軸に沿ってそれぞれ広がるウェブ板要素と、前記ウェブ板要素を前記y軸に沿う方向に挟むように配置された第1フランジ板要素及び第2フランジ板要素と、を備え、前記y軸に沿う方向にせん断力が作用して座屈するH形鋼の座屈応力度を推定する推定装置用の座屈応力度の推定プログラムであって、前記ウェブ板要素の板厚方向に延びる軸をz軸とし、前記ウェブ板要素における前記y軸に沿う方向の中心の位置を、前記y軸の原点とし、前記第1フランジ板要素から前記第2フランジ板要素に向かう向きを、前記y軸の正の向きとし、前記y軸に沿う方向における前記第1フランジ板要素の中心と前記第2フランジ板要素の中心との距離をbwとし、前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向の第1端に向かうに従い、前記z軸の正の向き及び前記z軸の負の向きに交互に波状に変位する前記ウェブ板要素の前記x軸に沿う方向における半波長をaとしたときに、前記推定装置を、前記ウェブ板要素における前記z軸に沿う方向に向けた面外変位Wwを(8)式により推定し、かつ、前記第1フランジ板要素、前記第2フランジ板要素における前記y軸に沿う方向に向けた面外変位Wf1、Wf2を(9)式、(10)式によりそれぞれ推定する変位推定部と、前記H形鋼の前記座屈応力度を、前記面外変位Ww、前記面外変位Wf1、Wf2、及びエネルギー法に基づいて求める応力度算出部と、して機能させることを特徴としている。
ただし、Nは2以上の自然数であり、a0,an,bn,λは未定係数である。
【0013】
【0014】
なお、(5)式及び(8)式は(2)式と同一であり、(6)式及び(9)式は(3)式と同一であり、(7)式及び(10)式は(4)式と同一である。
これらの発明によれば、せん断力が作用するH形鋼に対して、(2)式により、x軸及びy軸の所定の座標におけるウェブ板要素の面外変位Wwを推定する。(3)式に示すように、ウェブ板要素の面外変位Wwをyで一階偏微分した関数のy軸の座標に-bw/2を代入した関数に対応して第1フランジ板要素の面外変位Wf1が定まる。そして、(4)式に示すように、ウェブ板要素の面外変位Wwをyで一階偏微分した関数のy軸の座標にbw/2を代入した関数に対応して第2フランジ板要素の面外変位Wf2が定まる。
【0015】
ウェブ板要素及び各フランジ板要素の断面諸量及び材料特性に応じて、ウェブ板要素と各フランジ板要素との間の相互の影響度が変化し、ウェブ板要素の面外変位Ww及び各フランジ板要素の面外変位Wf1,Wf2が定まる。以上のように、H形鋼の座屈応力度を、面外変位Ww、面外変位Wf1、Wf2、及びエネルギー法に基づいて求めることで、ウェブ板要素と第1,2フランジ板要素との連成座屈を考慮して座屈応力度を推定することができる。
【0016】
また、前記の座屈応力度の推定装置、座屈応力度の推定方法、及び座屈応力度の推定プログラムにおいて、前記Nは2であってもよい。
これらの発明によれば、まず(2)式において、半波長a及び未定係数λを定数として扱った状態で未定係数a1,a2,b1,及びb2を求め、次に半波長a及びλを変数として扱い、(2)式における半波長a及びλを求める。(2)式において未定係数a1等を求める際に、一度に求める未定係数の数が4つ以下であるため、解の公式が知られている4次以下の方程式を用いてa1,a2,b1,及びb2の未定係数を容易に求めることができる。
【0017】
また、前記の座屈応力度の推定装置において、前記応力度算出部は、(11)式から(13)式を用いて、(14)式による前記座屈応力度τcrに最小の正の値を与える実数である前記an,bn,λ及び前記半波長aに基づいて、前記座屈応力度τcrを求めてもよい。
ただし、Eは前記H形鋼のヤング係数であり、νは前記H形鋼のポアソン比であり、twは前記ウェブ板要素の厚さであり、tfは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの厚さであり、bfは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの幅の半分の値である。
【0018】
【0019】
また、前記の座屈応力度の推定方法において、前記応力度算出工程では、(15)式から(17)式を用いて、(18)式による前記座屈応力度τcrに最小の正の値を与える実数である前記an,bn,λ及び前記半波長aに基づいて、前記座屈応力度τcrを求めてもよい。
ただし、Eは前記H形鋼のヤング係数であり、νは前記H形鋼のポアソン比であり、twは前記ウェブ板要素の厚さであり、tfは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの厚さであり、bfは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの幅の半分の値である。
【0020】
【0021】
また、前記の座屈応力度の推定プログラムにおいて、前記応力度算出部は、(19)式から(21)式を用いて、(22)式による前記座屈応力度τcrに最小の正の値を与える実数である前記an,bn,λ及び前記半波長aに基づいて、前記座屈応力度τcr求めてもよい。
ただし、Eは前記H形鋼のヤング係数であり、νは前記H形鋼のポアソン比であり、twは前記ウェブ板要素の厚さであり、tfは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの厚さであり、bfは前記第1フランジ板要素及び前記第2フランジ板要素それぞれの幅の半分の値である。
【0022】
【0023】
これらの発明によれば、面外変位Ww、面外変位Wf1、Wf2、及びエネルギー法に基づいて座屈応力度を求める際に、数式を用いて座屈応力度を正確に求めることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の座屈応力度の推定装置、座屈応力度の推定方法、及び座屈応力度の推定プログラムによれば、せん断力が作用するH形鋼において、ウェブ板要素とフランジ板要素との連成座屈を考慮して座屈応力度を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の一実施形態の座屈応力度の推定装置が適用されるH形鋼を備える建築物の斜視図である。
【
図2】同座屈応力度の推定装置の概要を示す図である。
【
図3】同H形鋼がx軸に沿う方向に十分長い場合に、せん断力が作用したH形鋼が座屈している状態を模式的に示す斜視図である。
【
図4】同H形鋼の長手方向に直交する断面図である。
【
図5】
図3のH形鋼におけるx軸に沿う方向の半波長分を拡大した斜視図である。
【
図7】同座屈応力度の推定装置で推定される座屈応力度と、FEMで推定される固有値解析との比較結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係る座屈応力度の推定装置の一実施形態を、
図1から
図7を参照しながら説明する。
この座屈応力度の推定装置(推定装置、以下単に推定装置と言う)は、例えば
図1に示す建築物1に、鉄骨梁として用いられるH形鋼10の座屈応力度を推定するのに用いられる。H形鋼10は、第1フランジ板要素11と、第2フランジ板要素12と、第1フランジ板要素11及び第2フランジ板要素12を互いに連結するウェブ板要素13と、を備えている。なお、
図1では、後述する床スラブ20を二点鎖線で示している。
H形鋼10が備える第1フランジ板要素11、第2フランジ板要素12、及びウェブ板要素13は、弾性要素である鋼板で形成されている。弾性要素は、材料非線形を考慮しない要素である。
【0027】
H形鋼10は、例えば水平面に沿う方向に延びている。第1フランジ板要素11は、平板状に形成され、第1フランジ板要素11の厚さ方向が上下方向に沿うように配置されている。第2フランジ板要素12は、平板状に形成され、第1フランジ板要素11よりも上方に配置されている。第2フランジ板要素12は、第2フランジ板要素12の厚さ方向が上下方向に沿うように配置されている。
ウェブ板要素13は、ウェブ板要素13の厚さ方向に見たときに矩形を呈する平板状に形成されている。ウェブ板要素13は、ウェブ板要素13の厚さ方向が水平面に沿うように配置されている。ウェブ板要素13は、第1フランジ板要素11の上面における幅方向の中心と、第2フランジ板要素12の下面における幅方向の中心とを連結している。
【0028】
H形鋼10の長手方向の端部は、柱15等に固定されている。H形鋼10は、床スラブ20を床スラブ20の下方から支持している。H形鋼10の第2フランジ板要素12には、頭付きスタッド等のシヤコネクタ21が設けられている。シヤコネクタ21は、床スラブ20に埋設されている。
建築物1は、床スラブ20上に図示しない設備を設置する等して用いられる。
【0029】
図2に、本実施形態の推定装置50を示す。推定装置50はコンピュータであり、CPU(Central Processing Unit)51と、主記憶装置55と、補助記憶装置60と、入出力インタフェース(IO・I/F)65と、記録・再生装置70と、を備えている。CPU51、主記憶装置55、補助記憶装置60、入出力インタフェース65、及び記録・再生装置70は、バス75により互いに接続されている。
主記憶装置55は、CPU51のワークエリア等になるRAM(Random Access Memory)等である。
入出力インタフェース65は、キーボードやマウス等の入力装置66、及び表示装置67に接続される。
記録・再生装置70は、USB(Universal Serial Bus)メモリ等の記録媒体71に対するデータの記録や再生を行う。
【0030】
補助記憶装置60は、各種データやプログラム等が記憶されるハードディスクドライブ装置等である。補助記憶装置60には、前記コンピュータを推定装置50として機能させるための座屈応力度の推定プログラム(以下、単に推定プログラムと言う)61や、OSプログラム等の各種プログラム等が格納されている。推定プログラム61を含む各種プログラムは、記録・再生装置70を介して記録媒体71から補助記憶装置60に取り込まれる。推定プログラム61等は、記録媒体71に格納される。
なお、これらのプログラムは、CDやDVD等のディスク型の記録媒体や、図示されていない通信装置を介して外部装置から補助記憶装置60に取り込まれてもよい。
【0031】
CPU51は、各種演算処理を実行する。CPU51は、機能的に、ウェブ板要素13の面外変位、及び第1フランジ板要素11、第2フランジ板要素12それぞれの面外変位を推定する変位推定部52と、H形鋼10の座屈応力度を、ウェブ板要素13の面外変位、第1フランジ板要素11、第2フランジ板要素12それぞれの面外変位、及びエネルギー法に基づいて求める応力度算出部53と、を備えている。CPU51の機能構成要素である変位推定部52及び応力度算出部53は、補助記憶装置60に格納されている推定プログラム61等をCPU51が実行することで機能する。推定プログラム61等は、推定装置50用のプログラムである。推定プログラム61は、推定装置50を変位推定部52及び応力度算出部53として機能させる。
【0032】
本実施形態の推定装置50の変位推定部52及び応力度算出部53では、
図3に示すように、H形鋼10の位置座標を、x軸、y軸、及びz軸で構成する右手系の直交座標系に基づいて認識する。なお、
図3及び後述する
図5では、ウェブ板要素13等の面外変位を推定値よりも大きく示している。
図3では、H形鋼10が座屈している状態を示している。
ウェブ板要素13は、ウェブ板要素13の材軸方向に延びるx軸、及びウェブ板要素13の板幅方向に延びるy軸に沿ってそれぞれ広がるとする。x軸及びy軸のうち、例えばx軸は水平面に沿って延び、y軸は上下方向に沿って延びるとする。ウェブ板要素13の板厚方向に延びる軸を、z軸とする。x軸、y軸、及びz軸は、互いに直交する。z軸に沿う方向(以下、z軸方向と言う)に見て、ウェブ板要素13は、x軸に沿う方向(以下、x軸方向と言う)に延びる辺、及びy軸に沿う方向(以下、y軸方向と言う)に延びる辺をそれぞれ有する。ウェブ板要素13の面外変位は、ウェブ板要素13のz軸方向に向けた変位である。
【0033】
第1,2フランジ板要素11,12は、ウェブ板要素13をy軸方向に挟むように配置されている。第1フランジ板要素11、第2フランジ板要素12の面外変位は、y軸方向に向けた変位である。
H形鋼10は、x軸方向に十分長いとする。ここで言うH形鋼10がx軸方向に十分長いとは、H形鋼10のx軸方向の各端に配置されy軸方向に延びる表面(以下、x軸方向の端面と言う)10aの境界条件が、座屈変形に与える影響を無視できる程度の長さをH形鋼10が有していることを意味する。
【0034】
H形鋼10のx軸方向の端面10aにそれぞれy軸方向にせん断力F1が作用すると、H形鋼10が座屈する場合がある。なお、せん断力F1は、H形鋼10のx軸方向の全長さにわたって伝達される。
H形鋼10のx軸方向の各端面10aに作用するせん断力F1は、互い等しい大きさの、向きが反対となる外力である。例えば、x軸方向の負の向き側の端面10aにy軸方向の正の向きのせん断力F1が作用し、x軸方向の正の向き側の端面10aにy軸方向の負の向きのせん断力F1が作用する。なお、x軸方向の負の向き側の端面10aにy軸方向の負の向きのせん断力F1が作用し、x軸方向の正の向き側の端面10aにy軸方向の正の向きのせん断力F1が作用してもよい。
【0035】
この場合、ウェブ板要素13のx軸方向の第1端(x軸方向の端面10aの一方)に向かうに従い、ウェブ板要素13がz軸の正の向き及びz軸の負の向きに交互に変位して、ウェブ板要素13が全体として複数の波長分の波状(以下、x軸方向に波状と言う)に変位する。ウェブ板要素13に対応して、第1フランジ板要素11及び第2フランジ板要素12が波状に変位する。
x軸に沿って変位したウェブ板要素13の1波長分において、x軸方向の第1端とは反対の第2端をx軸の原点とし、この第2端からx軸方向の第1端に向かう向きをx軸の正の向きとする。
【0036】
図3及び
図4に示すように、ウェブ板要素13におけるy軸方向の中心の位置を、y軸の原点とする。第1フランジ板要素11から第2フランジ板要素12に向かう向きを、y軸の正の向きとする。
z軸の原点を、ウェブ板要素13のz軸方向の中心(厚さ方向の中心)とする。z軸の正の向きを、x軸の正の向き及びy軸の正の向きに対して、右手系の直交座標系を構成する向きとする。
【0037】
ここで
図4に示すように、H形鋼10の長手方向に直交する断面における寸法を規定する。なお、以下に説明する長さ等の単位には、長さに対しては「m」といった、SI単位が好ましく用いられる。
ウェブ板要素13の厚さ(z軸方向の長さ)を、t
wとする。y軸方向における第1フランジ板要素11の中心と第2フランジ板要素12の中心との距離を、b
wとする。
第1フランジ板要素11の幅(z軸方向の長さ)及び第2フランジ板要素12の幅は互いに等しく、第1フランジ板要素11及び第2フランジ板要素12それぞれの幅の半分のの値を、b
fとする。なお、第1フランジ板要素11及び第2フランジ板要素12それぞれの幅を、B
fとする。
第1フランジ板要素11の厚さ及び第2フランジ板要素12の厚さは互いに等しく、第1フランジ板要素11及び第2フランジ板要素12それぞれの厚さを、t
fとする。
H形鋼10(ウェブ板要素13、第1,2フランジ板要素11,12)のヤング係数をEとし、H形鋼10のポアソン比をνとする。
【0038】
本実施形態の推定装置50は、H形鋼10にせん断力F1が作用して座屈したときの、H形鋼10の座屈応力度を推定する。推定装置50の変位推定部52及び応力度算出部53では、H形鋼10の座屈応力度を推定する際に、以下の1から6の仮定を行っている。
1.ウェブ板要素13の厚さは薄く、ウェブ板要素13の厚さはウェブ板要素13のx軸方向の長さ及びy軸方向の長さに比べて短い。
2.ウェブ板要素13のたわみ(座屈による面外変位)は小さく、ウェブ板要素13の厚さよりも小さい。
3.ウェブ板要素13の厚さ方向の中央面は、ウェブ板要素13の曲げによって伸縮することなく、中立面を保つ。
4.H形鋼10の断面では、曲げに対して平面保持の仮定が成立する。
5.H形鋼10の材料は、均質であり、等方性を有する。
6.H形鋼10に外力が作用したときの変位は、フックの法則に従う。
【0039】
図3に示すように、H形鋼10にせん断力F1が作用すると、H形鋼10のウェブ板要素13等がx軸方向に波状に変位する場合がある。x軸方向に波状に変位したウェブ板要素13における、y軸の座標がある値であったとき、x軸のある座標におけるz軸方向に向けたウェブ板要素13の面外変位がsin(π(x+λsin(πy/b
w))/a)の式で表されると仮定する。このとき、ウェブ板要素13のx軸方向に波状に変位したウェブ板要素13のx軸方向の波長は、2aになる。ウェブ板要素13のx軸方向の半波長(波長の半分の長さ)は、aになる。
図5は、H形鋼10のx軸方向の長さが半波長aである部分のH形鋼10の全領域における面外変位W
wを示す図である。
【0040】
図6に、H形鋼10にせん断力F1が作用したときの状態を実線で示す。
図6中に点線で示すのは、H形鋼10にせん断力F1が作用していないときの状態である。
【0041】
ウェブ板要素13にせん断力F1が作用している場合、従来は(1-1)式で表されるフーリエ級数を用いてウェブ板要素13の面外変位を推定していた。
発明者らは、三角関数を用いつつも、フーリエ級数よりも少ない項数で、x軸の座標がある値であったとき、y軸のある座標におけるz軸方向に向けたウェブ板要素13の面外変位(第1面外変位)wwを推定できる関数を複数検討した。なお、面外変位wwは、y軸の座標の関数であり、x軸の座標の関数ではない(x軸上のある座標における関数である)。
その結果、H形鋼10にせん断力F1が作用する場合、x軸の座標がある値であったとき、y軸のある座標におけるz軸方向に向けたウェブ板要素13の面外変位wwは(30)式により、フーリエ級数よりも少ない項数で推定されることを見出した。ただし、Nは2以上の自然数であり、a0,an,bnは未定係数である。
(30)式は、y軸の座標の累乗関数を用いた三角関数による項を含む。cosπ(2y/bw)n及びcos(π/2)(2y/bw)nは、基底となる。(30)式は、ウェブ板要素13等の板要素の面外変位の推定に好ましく用いることができる。
【0042】
【0043】
一方で、x軸の座標が任意の値であったとき、y軸のある座標におけるz軸方向に向けたウェブ板要素13の面外変位(第2面外変位)W
wは、(31)式により推定される。(31)式は、前述のように、ウェブ板要素13における、y軸の座標がある値であったとき、x軸のある座標におけるz軸方向に向けたウェブ板要素13の面外変位がsin(π(x+λsin(πy/b
w))/a)の式で表される、という仮定に基づく。ただし、(31)式における未定係数λは、y軸方向の位相のずれを表す実数である。
なお、
図3の面外変位W
wは、
図5の面外変位W
wをx軸方向に繰り返したものである。
図3のウェブ板要素13の面外変位W
wを推定することと
図5のウェブ板要素13の面外変位W
wを推定することは同義であることから、前記(31)式は
図5の面外変位W
wを推定したものである。面外変位W
wは、y軸の座標及びx軸の座標それぞれの関数であり、ウェブ板要素13の座屈応力度を推定する際に用いられる。
なお、(31)式に(30)式を代入すると、(32)式が得られる。(32)式においてNが2である場合には、(33)式のように変形できる。
【0044】
【0045】
また、第1フランジ板要素11のz軸の所定の座標における面外変位Wf1は(34)式により推定され、第2フランジ板要素12のz軸の所定の座標における面外変位Wf2は(35)式により推定される。
(34)式及び(35)式は、y軸の座標の累乗関数を用いた三角関数による項を含む。
【0046】
【0047】
例えば、
図5のH形鋼10にせん断力F1が作用する前における、ウェブ板要素13においてx軸の座標がx
0、y軸の座標がy
0の部分(以下、第1推定対象部分と言う)のz軸の座標は0である。この第1推定対象部分における面外変位W
wは、(32-1)式により推定される。
図5のH形鋼10にせん断力F1が作用した後における第1推定対象部分のz軸の座標は、0に(32-1)式により推定した面外変位W
wを足した値となる。すなわち、せん断力F1が作用した後では、第1推定対象部分は、x軸の座標がx
0、y軸の座標がy
0、z軸の座標がW
wとなる位置に配置されていると推定される。
例えば、
図5のH形鋼10にせん断力F1が作用する前における、第2フランジ板要素12においてx軸の座標がx
0、z軸の座標がz
0の部分(以下、第2推定対象部分と言う)のy軸の座標はb
w/2である。この第2推定対象部分における面外変位W
f2は、(35-1)式により推定される。
図5のH形鋼10にせん断力F1が作用した後における第2推定対象部分のy軸の座標は、b
w/2に(35-1)式により推定した面外変位W
f2を足した値となる。すなわち、せん断力F1が作用した後では、第2推定対象部分は、x軸の座標がx
0、y軸の座標が(b
w/2+W
f2)、z軸の座標がz
0となる位置に配置されていると推定される。
【0048】
【0049】
変位推定部52は、ウェブ板要素13の面外変位Wwを(32)式により推定し、第1フランジ板要素11の面外変位Wf1を(34)式により推定し、第2フランジ板要素12の面外変位Wf2を(35)式により推定する。
ここで、エネルギー法に基づいて、座屈変形によりウェブ板要素13内で生じる歪エネルギーUwは(37)式のように表され、第1,2フランジ板要素11,12の歪エネルギーUfは(38)式のように表される。
【0050】
【0051】
ただし、ウェブ板要素13の板剛性Dwは(39)式のように表される。第1,2フランジ板要素11,12の板剛性Dfは(40)式のように表される。H形鋼10の座屈応力度を、τcrとする。
関数δwは、座屈が発生した時のウェブ板要素13のx軸方向の変形を表現した関数であり、第2フランジ板要素12の中心に対する第1フランジ板要素11の中心に生じるx軸方向変位をδとして(42)式のように表される。
【0052】
【0053】
また、ウェブ板要素13の外力ポテンシャルエネルギーVwは(48)式のように表され、第1,2フランジ板要素11,12の外力ポテンシャルエネルギーVfは(49)式のように表される。
【0054】
【0055】
H形鋼10の全ポテンシャルエネルギーΠは、ひずみエネルギー及び外力ポテンシャルエネルギーの和として、(50)式のように表される。
【0056】
【0057】
応力度算出部53は、H形鋼10の座屈応力度τcrを、ウェブ板要素13の面外変位Ww、第1,2フランジ板要素11,12の面外変位Wf1、Wf2、及びエネルギー法に基づいて求める。すなわち、応力度算出部53は、(51)式から(53)式を用いて、(54)式による座屈応力度τcrに最小の正の値を与える実数であるan,bn,λ及び半波長aに基づいて、座屈応力度τcrを求める。
【0058】
【0059】
具体的には、半波長a及び未定係数λを定数として扱った状態で、前記全ポテンシャルエネルギーΠを未定係数an,bnで偏微分した関数が0に等しいことを表す方程式を連立させて、実数であるan,bnを求める。連立方程式の解となるan,bnの組が複数ある場合には、an,bnの複数の組のうち、(54)式による座屈応力度τcrに最小の正の値を与えるan,bnの組に基づいて(an,bnの組を(54)式に代入して)座屈応力度τcrを求める。次に、半波長a及び未定係数λを変数として扱い、前記an,bnの組が求められた全ポテンシャルエネルギーΠを半波長a、未定係数λで偏微分した関数が0に等しいことを表す方程式から、半波長a及び未定係数λを求める。以上のように求められた前記an,bnの組及び半波長a及び未定係数λに基づいて求められた座屈応力度τcrが、求める座屈応力度τcrとなる。
連立方程式の解となる未定係数an,bnの組が1つのみの場合には、an,bnの組が(54)式による座屈応力度τcrに最小の正の値を与える場合に、an,bnの組に基づいて座屈応力度τcrを求める。次に、半波長a及び未定係数λを変数として扱い、前述のように座屈応力度τcrを求める。
【0060】
ウェブ板要素13の座屈係数kwは(58)式、第1,2フランジ板要素11,12の座屈係数kfは(59)式のようにそれぞれ表される。
【0061】
【0062】
なお、本実施形態の座屈応力度の推定方法(以下、単に推定方法と言う)では、変位推定工程と、応力度算出工程と、を行う。変位推定工程では、ウェブ板要素13の面外変位Wwを(32)式により推定し、かつ、第1,2フランジ板要素11,12の面外変位Wf1、Wf2を(34)式、(35)式によりそれぞれ推定する。応力度算出工程では、座屈応力度τcrをウェブ板要素13の面外変位Ww、第1,2フランジ板要素11,12の面外変位Wf1、Wf2、及びエネルギー法に基づいて求める。
【0063】
なお、H形鋼10に座屈応力度τcrが生じるときにH形鋼10に作用するせん断力F1は、梁に関する公知の方程式から求めることができる。H形鋼10に作用するせん断力F1をこのせん断力F1よりも小さくすることで、H形鋼10が座屈するのを抑えることができる。
また、本実施形態の推定装置50、推定方法、及び推定プログラム61における第1,2フランジ板要素11,12の厚さtf等の寸法の適用範囲は、以下のようであることが好ましい。
・第1,2フランジ板要素11,12の幅厚比(bf/tf):20以下
・ウェブ板要素13の幅厚比(bw/tw):300以下
・アスペクト比(bw/Bf):0.5以上10以下
・板厚比(tf/tw):0.5以上5.0以下
【0064】
〔座屈応力度の推定精度の評価〕
図7に、本実施形態の推定方法(推定装置50、推定プログラム61)で推定される座屈応力度と、FEM(Finite Element Method)で推定される座屈応力度と、を比較した結果を示す。Q
yは、ウェブ板要素13の降伏せん断力を表す。降伏せん断力Q
yは、ウェブ板要素13の降伏応力度と、ウェブ板要素13の断面積A
wと、の積に等しい。
Q
cr_preは、本実施形態の推定方法で推定されるウェブ板要素13のせん断座屈耐力を表す。せん断座屈耐力Q
cr_preは、座屈発生時のウェブ板要素13の座屈応力度と、ウェブ板要素13の断面積A
wと、の積に等しい。第1,2フランジ板要素11,12はせん断力F1に対する抗力に寄与しないと仮定しているため、ウェブ板要素13の座屈応力度はH形鋼10の座屈応力度τ
crに等しくなる。
【0065】
Q
cr_FEMは、FEMで推定されるウェブ板要素13のせん断座屈耐力を表す。せん断座屈耐力Q
cr_FEMは、FEMで推定される座屈発生時のウェブ板要素13の座屈応力度と、ウェブ板要素13の断面積A
wと、の積に等しい。
図7において、横軸は√(Q
y/Q
cr_pre)の値を表し、縦軸は(Q
cr_pre/Q
y)又は(Q
cr_FEM/Q
y)の値を表す。FEM及び本実施形態の推定方法で、様々な諸元のH形鋼10の座屈応力度等を推定した。
図7において、○印はFEMで推定された結果、すなわち縦軸を(Q
cr_FEM/Q
y)の値とした結果を表す。○印の横軸には、FEMで解析したH形鋼10と同一の諸元のH形鋼10を本実施形態の推定方法で推定した√(Q
y/Q
cr_pre)の値を用いた。曲線は、本実施形態の推定方法で推定された結果、すなわち縦軸を(Q
cr_pre/Q
y)の値とした結果を表す。
【0066】
降伏せん断力Q
yは、FEM及び本実施形態の推定方法によらず、材料強度に応じた一定の値となる。本実施形態の推定方法から得られる座屈時のせん断座屈耐力Q
cr_preとFEMで推定される座屈応力度を比較することで、本実施形態の推定精度を評価することができる。同一の諸元のH形鋼10に対して、FEMで推定した結果及び本実施形態の推定方法で推定した結果は、
図7において横軸の値は互いに同一で、縦軸の値が誤差に応じてずれる。
【0067】
図7から、FEMで推定した座屈時のせん断座屈耐力Q
cr_FEM、及び本実施形態の推定方法で推定した座屈時のせん断座屈耐力Q
cr_preは、良く対応している。本実施形態の推定方法から推定される座屈時のせん断座屈耐力Q
cr_preとFEMによって推定される座屈応力度との間には一定の関係があるため、本実施形態の推定方法により座屈応力度τ
crを推定しても、実用上十分な精度で座屈応力度τ
crを推定することができる。
【0068】
(1-1)式のフーリエ級数によりせん断力が作用したH形鋼の座屈応力度等を推定しようとした場合、Nを30以上に設定する必要があり、さらに座屈応力度を陽な解で示すことができない。これに対して本実施形態の推定方法では、ウェブ板要素13の面外変位Wwを(32)式、第1,2フランジ板要素11,12の面外変位Wf1、Wf2を(34)式、(35)式とした場合、(54)式のように陽な解で座屈応力度τcrを算出することができる。
【0069】
以上説明したように、本実施形態の推定装置50、推定方法、及び推定プログラム61によれば、せん断力F1が作用するH形鋼10に対して、(32)式によりウェブ板要素13の面外変位Wwを推定する。(34)式に示すように、ウェブ板要素13の面外変位Wwをyで一階偏微分した関数のy軸の座標に-bw/2を代入した関数に対応して第1フランジ板要素11の面外変位Wf1が定まる。そして、(35)式に示すように、ウェブ板要素13の面外変位Wwをyで一階偏微分した関数のy軸の座標にbw/2を代入した関数に対応して第2フランジ板要素12の面外変位Wf2が定まる。
【0070】
ウェブ板要素13及び第1,2フランジ板要素11,12の断面諸量及び材料特性に応じて、ウェブ板要素13と第1,2フランジ板要素11,12との間の相互の影響度が変化し、ウェブ板要素13の面外変位Ww及び第1,2フランジ板要素11,12の面外変位Wf1,Wf2が定まる。以上のように、H形鋼10の座屈応力度τcrを、面外変位Ww、面外変位Wf1、Wf2、及びエネルギー法に基づいて求めることで、ウェブ板要素13と第1,2フランジ板要素11,12との連成座屈を考慮して座屈応力度τcrを推定することができる。
【0071】
三角関数を用いつつも、フーリエ級数よりも少ない項数で、ウェブ板要素13の面外変位Ww等を推定でき、面外変位Ww等の推定に必要な計算を簡単に行うことができる。
面外変位Ww等を一定の精度で推定するために必要な項数が、(1-1)式のフーリエ級数を用いて推定する場合よりも、(32)式を用いて推定する場合の方が少ないため、面外変位Ww等の推定結果を物理的に理解しやすく定式化することができる。
【0072】
更に加えて、本実施形態の推定装置50、推定方法、及び推定プログラム61には、以下の1から8の特徴がある。
1.ウェブ板要素13の第1,2フランジ板要素11,12に対する抵抗要素を考慮することで、第1,2フランジ板要素11,12に対して推定される座屈応力度が上昇し、安全側に評価していた従来の推定方法よりも精度良く第1,2フランジ板要素11,12の座屈応力度を推定することができる。
2.第1,2フランジ板要素11,12のウェブ板要素13に対する抵抗要素を考慮することで、ウェブ板要素13に対して推定される座屈応力度が上昇し、安全側に評価していた従来の推定方法よりも精度良くウェブ板要素13の座屈応力度を推定することができる。
3.前記1.及び2.の局部座屈に対する抵抗要素を考慮することで、単純支持条件の基で導出されたH形鋼10全体の座屈応力度に比較して、推定される座屈応力度が上昇する。
4.H形鋼10の局部座屈の挙動が複雑であるため、これまでH形鋼10の局部座屈応力度の式は導出されていなかった。しかし、累乗関数を用いることで、H形鋼10の局部座屈応力度の式を、項数が比較的少ない簡単な式として導出することができる。
【0073】
5.累乗関数に基づくH形鋼10の局部座屈応力度の式を用いることで、せん断力F1を受けるH形鋼10の局部座屈応力度を、数値シミュレーションを用いずに推定することができる。
6.せん断力F1を受けるH形鋼10の局部座屈応力度の式と、全塑性状態に対する座屈応力度の比率の関係性から、板要素11,12,13間の相互作用を考慮した板厚比区分を設定することができる。
7.板要素11,12,13間の相互作用を考慮した幅厚比区分では、従来の幅厚比区分に比較して、ウェブ板要素13の幅厚比が大きい(ウェブ板要素13の厚さに対してウェブ板要素13の幅が広い)範囲も、耐震部材として扱うことができる可能性がある。
8.板要素11,12,13間の相互作用を考慮した幅厚比区分では、従来の推定方法に比較して、単位長さ当たりH形鋼10の質量(鋼重)が小さい部材に置き換えることが可能となり、より安価な建築物を設計することができる。
【0074】
また、(32)式においてNは2である。まず(32)式において、半波長a及び未定係数λを定数として扱った状態で未定係数a1,a2,b1,及びb2を求め、次に半波長a及び未定係数λを変数として扱い、(32)式における半波長a及び未定係数λを求める。(32)式において未定係数a1等を求める際に、一度に求める未定係数の数が4つ以下である。このため、解の公式が知られている4次以下の方程式を用いてa1,a2,b1,及びb2の未定係数を容易に求めることができる。
また、応力度算出部53は(応力度算出工程では)、(51)式から(53)式を用いて、(54)式による座屈応力度τcrに最小の正の値を与える実数であるan,bn,λ及び半波長aに基づいて、座屈応力度τcrを求める。従って、面外変位Ww、面外変位Wf1、Wf2、及びエネルギー法に基づいて座屈応力度τcrを求める際に、数式を用いて座屈応力度τcrを正確に求めることができる。
【0075】
以上、本発明の一実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の構成の変更、組み合わせ、削除等も含まれる。
例えば、前記実施形態では、(32)式におけるNは3以上でもよい。
座屈応力度τcrをエネルギー法に基づいて求める際には、(51)式から(54)式を用いなくてもよい。
【符号の説明】
【0076】
10 H形鋼
11 第1フランジ板要素
12 第2フランジ板要素
13 ウェブ板要素
50 座屈応力度の推定装置(推定装置)
52 変位推定部
53 応力度算出部
61 座屈応力度の推定プログラム(推定プログラム)
F1 せん断力