(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-16
(45)【発行日】2023-01-24
(54)【発明の名称】渦電流式減速装置
(51)【国際特許分類】
H02K 49/02 20060101AFI20230117BHJP
【FI】
H02K49/02 B
(21)【出願番号】P 2021524848
(86)(22)【出願日】2020-06-02
(86)【国際出願番号】 JP2020021722
(87)【国際公開番号】W WO2020246454
(87)【国際公開日】2020-12-10
【審査請求日】2021-12-02
(31)【優先権主張番号】P 2019106484
(32)【優先日】2019-06-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】岡田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】野口 泰隆
(72)【発明者】
【氏名】大瀧 奈央
(72)【発明者】
【氏名】山田 哲也
【審査官】安池 一貴
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-308851(JP,A)
【文献】特開2002-171744(JP,A)
【文献】国際公開第1988/008635(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02K 49/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
渦電流式減速装置であって、
円筒体と前記円筒体の外周面上に配置される複数の磁石とを備えるステータと、
前記円筒体を収容する円筒部を備えるロータとを備え、
前記ロータの前記円筒部の内周面上に、前記内周面側から順に、
Pを含有し残部がNi及び不純物からなるNi合金であるNi-P合金、又は、Bを含有し残部がNi及び不純物からなるNi合金であるNi-B合金からなる第一層と、
ニッケルからなる第二層と、
銅又は銅合金からなる第三層と、
ニッケル合金からなる第四層と、
ニッケルからなる第五層とを備える、渦電流式減速装置。
【請求項2】
請求項1に記載の渦電流式減速装置であって、
前記第一層が、2.0~20.0質量%のPを含有し残部がNi及び不純物からなる前記Ni-P合金、又は、1.0~20.0質量%のBを含有し残部がNi及び不純物からなる前記Ni-B合金からなる、渦電流式減速装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の渦電流式減速装置であって、
前記第二層の厚さが0.1~5.0μmである、渦電流式減速装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、渦電流式減速装置に関する。
【背景技術】
【0002】
バスやトラック等の大型自動車は、フットブレーキや排気ブレーキ等の制動装置を備える。大型自動車はさらに、渦電流式減速装置を備える場合がある。渦電流式減速装置は、リターダとも呼ばれる。たとえば、急勾配の長い下り坂等を走行する場合であって、エンジンブレーキや排気ブレーキを併用しても大型自動車の走行速度を減速しにくい場合、渦電流式減速装置を作動させることにより、制動力をさらに高め、大型自動車の走行速度を有効に減速させることができる。近年、深刻化する環境問題を背景として、燃費の向上、および車両の電動化による排気量の低減が推進されており、それに伴い排気ブレーキの制動力が低下している。さらに、従来よりも積載量の大きなトラックやトレーラーへの渦電流式減速装置の搭載が進められている。そのため、より高い制動力を有する渦電流式減速装置が求められている。
【0003】
渦電流式減速装置は、電磁石を用いたタイプと、永久磁石を用いたタイプとが存在する。永久磁石を用いた渦電流式減速装置は、ロータと、ロータに収納されるステータとを備える。ロータは、円筒部(ドラム)と、プロペラシャフトにロータを固定するための円環状のホイール部と、円筒部とホイール部とをつなぐ複数のアーム部とを備える。ステータは、円筒体と、極性の異なる2種類の複数の永久磁石と、複数のポールピースとを備える。極性の異なる複数の永久磁石は、円筒体の外周面上に、円周方向に交互に配列される。ポールピースは、ロータの円筒部の内周面と、永久磁石との間に配置される。ステータのうち、複数の永久磁石が取り付けられた円筒体は、複数のポールピースとは別個独立して、円筒体の軸まわりを回転可能である。
【0004】
制動時、つまり、渦電流式減速装置を作動させる場合、ステータの永久磁石の磁束がポールピースを介してロータに到達して、永久磁石とロータの円筒部との間に磁気回路が形成される。このとき、ロータの円筒部に渦電流が発生する。渦電流の発生に伴い、ローレンツ力が発生する。このローレンツ力が制動トルクとなり、大型自動車に制動力を付与する。一方、非制動時、つまり、渦電流式減速装置の動作を停止する場合、ポールピースに対する永久磁石の相対位置をずらして、永久磁石の磁束をロータに到達しないようにする。この場合、永久磁石とロータの円筒部との間に磁気回路が形成されない。そのため、ロータの円筒部に渦電流が発生せず、制動力も発生しない。以上の動作により、渦電流式減速装置は、制動動作及び非制動動作を実行する。
【0005】
渦電流式減速装置の制動力は、制動時のロータの円筒部に発生する渦電流量に依存する。そのため、制動時にロータの円筒部に発生する渦電流量は大きい方が好ましい。制動時に発生する渦電流量を増加させるためには、ロータの円筒部の電気抵抗が低い方が好ましい。
【0006】
ロータの円筒部の内周面には、電気抵抗を下げるためにめっき皮膜が形成されることがある。これにより、渦電流式減速装置の制動力がより高まる。
【0007】
一方、渦電流式減速装置の制動時において、渦電流とともに発生するジュール発熱により、ロータは加熱される。渦電流式減速装置の制動時には、ロータは600℃を超える高温にさらされる。他方、渦電流式減速装置の非制動時には、ロータは円筒部の外周面に形成されている複数の冷却フィンにより急速に冷却(空冷)される。つまり、ロータには、制動及び非制動の繰り返しにより、熱サイクルが負荷される。ロータの円筒部の内周面に形成されるめっき皮膜には、上述の熱サイクルに耐える十分な耐久性が要求される。
【0008】
上述のとおり、近年ではより高い制動力を有する渦電流式減速装置が求められている。制動力の増大に伴い、渦電流式減速装置の制動中のロータの円筒部の内周面温度はより高温になることがある。そのため、ロータの円筒部の内周面上に設けられているめっき皮膜には、さらなる熱的耐久性の向上が望まれている。
【0009】
特開平11-308851号公報(特許文献1)、特開2005-020823号公報(特許文献2)及び特開2002-171744号公報(特許文献3)は、ロータが熱サイクルに曝された際の耐久性を向上する技術を提案する。
【0010】
特許文献1に開示された渦電流式減速装置は、ロータと、該ロータの回転面に対向させ、固定して設けた磁石とを備え、該磁石の磁束によりロータに渦電流を発生させる方式の渦電流式減速装置である。この渦電流式減速装置は、磁石の側を向いた回転面に、ニッケル系合金からなる第1層、銅または銅合金からなる第2層、ニッケル系合金からなる第3層、およびニッケルからなる第4層を順次設けたことを特徴とする。これにより、ロータの温度が650℃程度にもなる過酷な使用条件下で、表面保護層の亀裂を防止し、かつ銅または銅合金層の強磁性体円筒部からの剥離を抑制する耐久性に優れた渦電流式減速装置が得られる、と特許文献1に記載されている。
【0011】
特許文献2に開示された構造体は、構造体表面側から、ニッケル合金からなる第1層と、構造体を主に構成する部材の導電率よりも高い導電率を有する銅、銅合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金のうち少なくとも一種を含む高導電率層を構成する第2層と、ニッケル合金からなる第3層と、ニッケル単体からなる第4層とを備える。この構造体は、第1層および第3層がリン、タングステン、ボロン、鉄、またはコバルトから選ばれる少なくとも一種かつ第1層および第3層が同一種の合金成分からなり、当該合金成分の質量%において、合金成分の第1層の含有量が第3層の含有量より少ない導電性皮膜を少なくとも一部に有することを特徴とする。これにより、高温また高負荷の熱サイクルに晒される環境においても、より高導電性の特性を維持することができ、従前より更に高温耐久性および耐熱サイクル性に優れた構造体が得られる、と特許文献2に記載されている。
【0012】
特許文献3に開示された渦電流式減速装置は、強磁性材料からなる回転体を有し回転軸に連結されたロータと、回転体の内壁面と所定間隔をもって対向する位置に設置された複数個の磁石とを備え、磁石の磁束によりロータに渦電流を発生させて減速する方式の渦電流式減速装置である。この渦電流式減速装置は、回転体の磁石と対向する面の表面粗さが十点平均粗さRzで10μm以下であり、その上に銅または銅合金からなる第一層、ニッケル合金からなる第二層、ニッケルからなる第三層が順次設けられていることを特徴とする。これにより、渦電流式減速装置を長期間使用した場合においても、ロータの回転体に設けた表面処理層が剥離、離脱することがない、耐久性に優れた渦電流式減速装置が得られる、と特許文献3に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開平11-308851号公報
【文献】特開2005-020823号公報
【文献】特開2002-171744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
たとえば上述の特許文献1~特許文献3に開示された技術により、ロータが650℃の熱サイクルに曝された際の耐久性を向上でき、高温耐久性に優れた渦電流式減速装置が得られる。
【0015】
しかしながら、近年、渦電流式減速装置の使用環境はますます過酷化している。そのため、さらに高温の熱サイクルに曝された場合であっても、耐久性を有する渦電流式減速装置が求められている。
【0016】
本開示の目的は、700℃の熱サイクルに曝された場合であっても、優れた耐久性を有する渦電流式減速装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本開示の渦電流式減速装置は、
円筒体と前記円筒体の外周面上に配置される複数の磁石とを備えるステータと、
前記円筒体を収容する円筒部を備えるロータとを備え、
前記ロータの前記円筒部の内周面上に、前記内周面側から順に、
Pを含有し残部がNi及び不純物からなるNi合金であるNi-P合金、又は、Bを含有し残部がNi及び不純物からなるNi合金であるNi-B合金からなる第一層と、
ニッケルからなる第二層と、
銅又は銅合金からなる第三層と、
ニッケル合金からなる第四層と、
ニッケルからなる第五層とを備える。
【発明の効果】
【0018】
本開示による渦電流式減速装置は、700℃の熱サイクルに曝された場合であっても、優れた耐久性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図2】
図2は、
図1に示す渦電流式減速装置をプロペラシャフトに固定した場合の、渦電流式減速装置の、プロペラシャフトの軸方向の断面図である。
【
図3】
図3は、非制動時の渦電流式減速装置の軸方向に垂直な断面図(径方向の断面図)である。
【
図4】
図4は、制動時の渦電流式減速装置の軸方向に垂直な断面図(径方向の断面図)である。
【
図5】
図5は、ロータの円筒部の軸方向に垂直な断面の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、700℃の熱サイクルに曝された場合の渦電流式減速装置の耐久性について調査及び検討を行った。
【0021】
ロータの円筒部の内周面に形成されるめっき皮膜は、電気抵抗が低いことが好ましい。銅を含むめっき層であれば、電気抵抗を下げることができ、渦電流式減速装置の制動力を高めることができる。以下、銅を含むめっき層を「銅層」とも呼ぶ。
【0022】
上述のとおり、ロータの内表面は600℃を超える熱サイクルに曝される。常温の範囲であれば、熱サイクルに曝されても、銅層の密着性が低下することは少ない。しかしながら、600℃を超える過酷な熱サイクルに曝された場合、銅層の密着性が低下する場合がある。銅層の密着性を高めることができれば、渦電流式減速装置の熱的耐久性が高まる。
【0023】
ところで、従前の研究により、二つの異なる種類の金属を密着させて加熱すると、金属原子がお互いの金属中に熱拡散して侵入し、二つの金属の境界面が移動する、カーゲンダル現象が知られている。カーゲンダル現象は、密着した二つの金属の拡散速度の違いによって発生する。密着した二つの金属の拡散速度の違いが大きいと、金属原子の拡散に起因してボイドが発生する。これを、カーゲンダルボイドという。銅層と他のめっき層との界面、又は、銅層とロータの円筒部との界面にカーゲンダルボイドが発生すれば、銅層の密着性が低下し、渦電流式減速装置の熱的耐久性が低下する。
【0024】
上述の特許文献2では、ロータの円筒部と銅層との間に、ニッケル合金からなるめっき層を形成することでカーゲンダルボイドを抑制することについて記載がある。特許文献2の段落[0015]には、ニッケル合金からなる第1層及び第3層について、拡散により生じるカーケンダルボイドの発生を無くす必要があり、拡散防止の効果を大きくするために合金成分を高濃度とすれば、カーゲンダルボイドの発生がなくなり、被膜の剥離が抑制できることが記載されている。
【0025】
また、特許文献3にも、ニッケル合金からなるめっき層を形成することでカーゲンダルボイドを抑制することについて記載がある。特許文献3では、銅層である第一層と、ニッケル層である第三層との間に、ニッケル合金からなる第二層を形成する。特許文献3の段落[0036]には、ニッケル合金からなる第二層について、第一層の銅又は銅合金と第三層のニッケルとの拡散によって生じる拡散ボイドの生成が抑制されると記載がある。また、特許文献3の段落[0037]には、合金元素としてタングステン、鉄、ボロン、コバルト、リンなどを含有するニッケル合金では、銅の拡散速度がニッケルに比べて小さく、銅原子をニッケル又は鉄格子中に進入させにくくすることについて記載がある。
【0026】
また、特許文献1の段落[0017]では、銅層と円筒部との緩衝材料としては、ニッケルを用いた場合、長時間使用すると、銅からニッケルへの拡散が起こるため、銅とニッケルの界面の銅側で空孔(カーケンダルボイド)が生じ、そこから銅を含むめっき層が剥離、脱落する可能性がある点について指摘されている。また、特許文献1の段落[0022]には、銅層と円筒部との間の緩衝材としてニッケル系合金層を形成することで、拡散防止と緩衝材の機能が満たされることについて記載がある。
【0027】
渦電流式減速装置の分野では、カーゲンダルボイドを抑制することによる耐久性の向上が重要な課題であった。そのため、従前の研究では、カーゲンダルボイドを抑制するために、ロータの円筒部と、銅層との間に、ニッケル合金からなるめっき層(以下、ニッケル合金層とも呼ぶ)が形成される。さらに、従前の研究では、ニッケルと比較して、ニッケル合金の方がカーゲンダルボイドを抑制する効果が高いことが示されている。
【0028】
上述の特許文献1~3では、ロータの円筒部の内周面上に、内周面側から順に、ニッケル合金層と銅層とを形成した渦電流式減速装置は、カーゲンダルボイドが抑制され、650℃の熱サイクルに曝された場合であっても熱的耐久性が高いことが示されている。
【0029】
しかしながら、本発明者らの検討によれば、ロータの円筒部の内周面上に、内周面側から順に、ニッケル合金層と、銅層とを形成した渦電流式減速装置であっても、より過酷な熱的環境、特に、700℃の熱サイクルに曝された場合、銅層の剥離が生じ得ることが分かった。本発明者らはこの原因を詳細に調査し、その結果、従来の知見とは異なる、以下の知見を得た。
【0030】
ニッケル合金層の上には、不働態被膜が形成されている。ニッケル合金層の上に銅層を形成した場合、この不働態被膜を介して銅層が形成される。700℃の熱サイクルに曝された場合、この不働態被膜により、ニッケル合金層と銅層との界面で剥離が生じる可能性がある。
【0031】
本発明者らは、ニッケル合金層上の不働態被膜に起因する、銅層の剥離を抑制する方法を検討した。その結果、以下の知見を得た。ニッケル合金層の上に、ニッケルからなるめっき層(以下、ニッケル層とも呼ぶ)を形成すれば、ニッケル合金層上の不働態被膜が除去される。さらに、ニッケル層上には不働態被膜が形成され難い。そのため、本発明者らは、ニッケル合金層と、銅層との間に、さらに、ニッケル層を形成すれば、不働態被膜に起因する銅層の剥離を抑制できると考えた。この場合、700℃の熱サイクルに曝された場合の銅層の密着性を高めることができ、渦電流式減速装置の熱的耐久性をさらに高めることができる。
【0032】
本発明者らはさらに、次の知見を得た。Ni-P合金又はNi-B合金からなるニッケル合金層上にニッケル層を形成すれば、700℃の環境下において、Ni-P合金又はNi-B合金からなるニッケル合金層からニッケル層に合金成分(P又はB)が拡散する。ニッケル層中に侵入及び拡散したP及びBは、ニッケル層と銅層との界面に到達し、これによりニッケル層中への銅の拡散速度が低下する。したがって、Ni-P合金又はNi-B合金からなるニッケル合金層と銅層との間に、さらに、ニッケル層を形成しても、カーゲンダルボイドが抑制される。
【0033】
この現象は、原子半径が比較的小さいリン(P)又はボロン(B)特有の現象である。P及びBは原子半径が比較的小さいため、結晶格子中に侵入しながらニッケル層中を拡散する(侵入型)。そのため、P及びBは、ニッケル層中の拡散速度が大きい。P及びBはニッケル層中の拡散速度が大きいため、ニッケル層と銅層との界面に速やかに到達し、ニッケル層中への銅の拡散を抑制できる。一方で、たとえば、鉄(Fe)、コバルト(Co)及びタングステン(W)等の原子半径が比較的大きい元素の場合、結晶格子を形成するNi元素と置換しながら拡散する(置換型)。そのため、たとえば、Fe、Co及びWは、ニッケル層中の拡散速度が小さい。Fe、Co及びWはニッケル層中の拡散速度が小さいため、ニッケル層と銅層との界面に速やかに到達できず、ニッケル層中への銅の拡散を抑制できない。
【0034】
以上より、銅層と接触するめっき層としては、ニッケル層よりもニッケル合金層が好ましいとする従前の研究結果とは異なり、本発明者らは、Ni-P合金又はNi-B合金からなるニッケル合金層と、銅層との間に、さらに、ニッケル層を形成することで、700℃の熱サイクルを受けた場合の銅層の密着性を高めることができることを知見した。
【0035】
以上の知見に基づく本開示の渦電流式減速装置は、次の構成を備える。
【0036】
[1]の渦電流式減速装置は、
円筒体と前記円筒体の外周面上に配置される複数の磁石とを備えるステータと、
前記円筒体を収容する円筒部を備えるロータとを備え、
前記ロータの前記円筒部の内周面上に、前記内周面側から順に、
Pを含有し残部がNi及び不純物からなるNi合金であるNi-P合金、又は、Bを含有し残部がNi及び不純物からなるNi合金であるNi-B合金からなる第一層と、
ニッケルからなる第二層と、
銅又は銅合金からなる第三層と、
ニッケル合金からなる第四層と、
ニッケルからなる第五層とを備える。
【0037】
本開示の渦電流式減速装置は、ロータの円筒部の内周面上において、Ni-P合金又はNi-B合金からなる第一層と銅層である第三層との間にニッケル層である第二層が形成されている。そのため、カーゲンダルボイドが抑制されるとともに、ニッケル合金層上の不働態被膜に起因する銅層の剥離が抑制され、700℃の熱サイクルに曝された場合の銅層の密着性が高まる。
【0038】
[2]の渦電流式減速装置は、
[1]に記載の渦電流式減速装置であって、
前記第一層が、2.0~20.0質量%のPを含有し残部がNi及び不純物からなる前記Ni-P合金、又は、1.0~20.0質量%のBを含有し残部がNi及び不純物からなる前記Ni-B合金からなる。
【0039】
この場合、カーゲンダルボイドをより安定的に抑制できる。
【0040】
[3]の渦電流式減速装置は、
[1]又は[2]に記載の渦電流式減速装置であって、
前記第二層の厚さが0.1~5.0μmである。
【0041】
第二層の厚さが、0.1~5.0μmであれば、第一層上の不働態被膜をより十分に除去でき、さらに、カーゲンダルボイドをより安定して抑制できる。
【0042】
以下、本開示の渦電流式減速装置について詳述する。
【0043】
[渦電流式減速装置の構成]
図1は、渦電流式減速装置の正面図である。
図1を参照して、渦電流式減速装置1は、ロータ10と、ステータ20とを備える。
【0044】
図2は、
図1に示す渦電流式減速装置をプロペラシャフトに固定した場合の、渦電流式減速装置1の、プロペラシャフトの軸方向の断面図である。
図2を参照して、本実施形態では、ロータ10がプロペラシャフト30に固定され、ステータ20が、図示しないトランスミッションに固定される。
図1及び
図2を参照して、ロータ10は、円筒部(ドラム)11と、アーム部12と、ホイール部13とを備える。円筒部11は、円筒状であり、ステータ20の外径よりも大きい内径を有する。ホイール部13は、円筒部11の内径よりも小さい外径を有する円環状の部材であり、中心部に貫通孔を有する。ホイール部13は、貫通孔にプロペラシャフト30を挿入し、プロペラシャフト30に固定される。アーム部12は、
図1及び
図2に示すとおり、円筒部11の端部と、ホイール部13とを繋いでいる。なお、円筒部11の外周面には、複数の冷却フィン11Fが形成されている。
【0045】
図3は、非制動時の渦電流式減速装置1の軸方向に垂直な断面図(径方向の断面図)である。
図3を参照して、ステータ20は、円筒形の磁石保持リング21と、複数の永久磁石22及び23と、複数のポールピース24とを備える。永久磁石22及び永久磁石23は、磁石保持リング21の外周面上に、円周方向に交互に配列されている。ロータ10の円筒部11の内周面は、ステータ20の保持リング21の外周面上に配置された永久磁石22及び23と対向する。永久磁石22の表面のうち、ロータ10の円筒部11の内周面と対向する表面はN極である。永久磁石23の表面のうち、ロータ10の円筒部11の内周面と対向する表面はS極である。複数のポールピース24は、ステータ20の円周方向に配列されている。複数のポールピース24は、複数の永久磁石22及び23と、円筒部11の内周面との間に配列されている。
【0046】
[渦電流式減速装置1の制動及び非制動の動作について]
図3を参照して、非制動時において、渦電流式減速装置1の径方向に見た場合、各永久磁石22又は23は、互いに隣り合う2つのポールピース24と重複している。この場合、磁束Bは
図3に示すとおり、ステータ20内に流れ、具体的には、永久磁石22及び23と、ポールピース24と、磁石保持リング21との間を流れる。この場合、ロータ10と永久磁石22及び23との間には磁気回路が形成されておらず、ロータ10にローレンツ力が発生しない。そのため、制動力が発生しない。
【0047】
図4は、制動時の渦電流式減速装置1の軸方向に垂直な断面図(径方向の断面図)である。制動時において、ステータ20内の磁石保持リング21が回転して、
図3と比較して、永久磁石22及び23の、ポールピース24に対する相対位置をずらす。具体的には、
図4では、渦電流式減速装置1の径方向に見た場合、各永久磁石22又は23は、1つのポールピース24のみと重複しており、2つのポールピース24には重複していない状態となる。そのため、磁束Bは
図4に示すとおり、磁石保持リング21、永久磁石22又は23、ポールピース24、及び、円筒部11との間を流れる。この場合、ロータ10と永久磁石22又は23との間には磁気回路が形成される。このとき、ロータ10の円筒部11に渦電流が発生する。渦電流の発生に伴い、ローレンツ力が発生する。このローレンツ力が制動トルクとなり、制動力が発生する。
【0048】
以上のとおり、渦電流式減速装置1は、ロータ10に発生する渦電流により、制動力を発生させる。したがって、ロータ10の円筒部11は渦電流の発生量が大きくなる方が好ましい。円筒部11の電気抵抗が小さいほど、渦電流の発生量が大きくなる。そのため、ロータ10の円筒部11は、電気抵抗が小さい方が好ましい。渦電流は、ロータ10の円筒部11の内周面近傍を流れる。そのため、本開示の渦電流式減速装置1では、ロータ10の円筒部11の内周面上にめっき層を形成して、ロータ10の円筒部11の内周面近傍の電気抵抗を小さくする。ロータ10にはさらに、制動及び非制動を繰り返すことにより、熱サイクルが負荷される。上述のとおり、700℃の熱サイクルに曝された場合であっても、渦電流式減速装置1は、優れた耐久性を有することが好ましい。したがって、ロータ10の円筒部11の内周面上に形成されるめっき層が、700℃の熱サイクルに曝された場合の優れた耐久性を有することが好ましい。以下、ロータ10について詳述する。
【0049】
図5は、ロータ10の円筒部11の軸方向に垂直な断面の拡大図である。
図5を参照して、ロータ10の円筒部11は、内周面100上に、内周面100側から順に、第一層110と、第二層120と、第三層130と、第四層140と、第五層150とを備える。第一層110~第五層150はそれぞれ、めっき層である。以下、各めっき層について詳述する。
【0050】
[第一層について]
第一層110は、ロータ10の円筒部11の内周面100上に形成されるめっき層である。第一層110はニッケル合金からなる。第一層110は、ロータ10の円筒部11と、高伝導率層である第三層130との熱膨張率の差によって生じる非弾性ひずみを緩和する。第一層110はさらに、第三層130に含まれる銅原子の円筒部11への拡散を抑制する。
【0051】
第一層110のNi合金は、Pを含有し、残部がNi及び不純物からなるNi合金であるNi-P合金、又は、Bを含有し、残部がNi及び不純物からなるNi合金であるNi-B合金のいずれかである。
【0052】
ニッケル合金がNiの他に合金元素としてリン(P)又はボロン(B)を含む場合、ニッケル合金中の銅の拡散速度は、ニッケル(純ニッケル)中の銅の拡散速度と比較して遅い。そのため、第三層130に含まれる銅原子が、第一層110に侵入しにくくなる。また、第一層110に含まれるP又はBは、700℃の環境下で第二層120に拡散する。これにより、第三層130に含まれる銅原子が、第二層120に侵入しにくくなる。
【0053】
ニッケル合金がNi-P合金である場合、ニッケル合金はリン(P)を含有し、残部はニッケル(Ni)及び不純物からなる。Ni-P合金中のPの含有量の好ましい下限は0.1質量%であり、さらに好ましくは0.5質量%である。Ni-P合金中のP含有量の好ましい上限は20.0質量%である。P含有量が20.0質量%以下であれば、第一層110の硬度を抑制し、靱性を高め、第一層110の剥離や割れを抑制できる。
【0054】
カーゲンダルボイドをさらに安定化させるためNi-P合金中のP含有量のさらに好ましい下限は2.0質量%であり、さらに好ましくは3.0質量%である。P含有量のさらに好ましい上限は、15.0質量%である。
【0055】
ニッケル合金がNi-B合金である場合、ニッケル合金はボロン(B)を含有し、残部はニッケル(Ni)及び不純物からなる。Ni-B合金中のBの含有量の好ましい下限は0.1質量%であり、さらに好ましくは0.2質量%である。Ni-B合金中のB含有量の好ましい上限は20.0質量%である。B含有量が20.0質量%以下であれば、第一層110の硬度を抑制し、靱性を高め、第一層110の剥離や割れを抑制できる。
【0056】
カーゲンダルボイドをさらに安定化させるためNi-B合金中のB含有量のさらに好ましい下限は1.0質量%であり、さらに好ましくは2.0質量%であり、さらに好ましくは5.0質量%である。Bの含有量のさらに好ましい上限は、18.0質量%であり、さらに好ましくは15.0質量%である。
【0057】
第一層110の厚さは、好ましくは2~20μmである。第一層110の厚さの下限が2μm以上であれば、円筒部11と第二層120との熱膨張率の差によって生じる非弾性ひずみをより安定して緩和できる。第一層110の厚さが20μm以下であれば、第一層110中に生じ得る欠陥や割れをより安定して抑制できる。第一層110の厚さの下限はより好ましくは5μm、さらに好ましくは8μmである。第一層110の厚さの上限はより好ましくは15μm、さらに好ましくは12μmである。
【0058】
[第二層について]
第二層120は、第一層110上に積層されるめっき層である。第二層120はニッケルからなる。第二層120を形成することにより、第一層110の表面上に生成した不働態被膜を除去し、第一層110と第二層120との密着性を高めることができる。また、第二層120の表面上には不働態被膜がほとんど生成しない。さらに、700℃の環境下で、第一層110に含まれるP又はBが、第二層120に拡散する。これにより、第三層130に含まれる銅原子が、第二層120に侵入しにくくなる。これにより、700℃の熱サイクルに曝された場合の、第二層120と、第三層130との密着性を高めることができる。なお、ニッケルからなるとは、不純物を含む場合を含む。つまり、第二層120は、ニッケル及び不純物からなるめっき層であってもよい。
【0059】
好ましくは、第二層120の厚さは0.1~5.0μmである。第二層120の厚さが0.1μm以上であれば、第一層110上の不働態被膜をより十分に除去できる。第二層120の厚さが5.0μm以下であれば、第一層110からPやB等の合金元素が拡散しやすくなり、第二層120中の銅の拡散速度が低下しやすくなる。そのため、第二層120の厚さが5.0μm以下であれば、長時間使用した場合であっても、第二層120中のニッケルと、第三層130中の銅との相互拡散によるカーゲンダルボイドをより安定して抑制できる。第二層120の厚さの下限はより好ましくは0.2μm、さらに好ましくは0.3μmである。第二層120の厚さの上限はより好ましくは4.5μm、さらに好ましくは4.0μmである。
【0060】
[第三層について]
第三層130は、第二層120上に積層されるめっき層である。第三層130は、銅又は銅合金からなる。銅、又は、銅合金は、いずれも電気抵抗が小さく、高伝導率を有する。電気抵抗が小さい第三層130を形成することにより、渦電流式減速装置1の制動時に発生する渦電流量が高まる。その結果、渦電流式減速装置1の制動力が高まる。
【0061】
第三層130は、銅又は銅合金であれば特に限定されない。銅合金は、銅を80質量%以上含む合金であれば特に限定されない。しかしながら、高伝導率層としての作用、効果、及びコストを考慮すれば、好ましくは、第三層130は銅からなるめっき層である。なお、銅又は銅合金からなるとは、不純物を含む場合を含む。つまり、第三層130は銅及び不純物からなるめっき層であってもよいし、銅合金及び不純物からなるめっき層であってもよい。
【0062】
第三層130の厚さは、好ましくは90~300μmである。第三層130の厚さが90μm以上であれば、高伝導率を安定的に確保できる。第三層130の厚さが300μmより厚くても、導電性能は飽和する。第三層130の厚さの下限はより好ましくは100μm、さらに好ましくは120μmである。第三層130の厚さの上限はより好ましくは280μm、さらに好ましくは250μmである。
【0063】
[第四層について]
第四層140は、第三層130上に積層されるめっき層である。第四層140はニッケル合金からなる。第四層140は、第三層130と、第五層150との間に配置される。第四層140は、第三層130からの銅原子の熱拡散及び第五層150からのニッケル原子の熱拡散を抑制する。
【0064】
第四層140はニッケル合金からなる。ニッケル合金は、ニッケルを50質量%以上含む合金であれば特に限定されない。ニッケル合金はたとえば、Ni-W合金、Ni-Fe合金、Ni-B合金、Ni-Co合金、Ni-P合金及びNi-P-B合金からなる群から選択される。なお、ニッケル合金からなるとは、不純物を含む場合を含む。つまり第四層140はニッケル合金及び不純物からなるめっき層であってもよい。また、ニッケル合金は、複数の合金元素を含んでもよい。つまり、ニッケル合金は、タングステン(W)、鉄(Fe)、ボロン(B)、コバルト(Co)及びリン(P)からなる群から選択される少なくとも1種を含有し、残部はニッケル及び不純物からなるめっき層であってもよい。
【0065】
ニッケル合金が合金元素としてタングステン(W)、鉄(Fe)、ボロン(B)、コバルト(Co)又はリン(P)を含む場合、これらの合金元素を含むニッケル合金中の銅の拡散速度は、ニッケル中の銅の拡散速度と比較して遅い。そのため、第三層130に含まれる銅原子が、第四層140に侵入しにくくなる。
【0066】
ニッケル合金がNi-W合金の場合、ニッケル合金はタングステン(W)を含有し、残部はニッケル(Ni)及び不純物からなる。好ましくは、Wの含有量は1~50質量%未満である。Wの含有量が1質量%以上であれば、銅の拡散抑制効果を高めることができる。一方、Wの含有量が50質量%未満であれば、第四層140の硬度を抑制し、剥離や割れを抑制できる。Wの含有量の下限は、より好ましくは10質量%である。Wの含有量の上限は、より好ましくは40質量%である。
【0067】
ニッケル合金がNi-Fe合金の場合、ニッケル合金は鉄(Fe)を含有し、残部はニッケル(Ni)及び不純物からなる。好ましくは、Feの含有量は1~15質量%である。Feの含有量が1質量%以上であれば、銅の拡散抑制効果を高めることができる。一方、Feの含有量が15質量%以下であれば、熱膨張率が過剰に小さくなるのを抑制できる。その結果、熱サイクルを受けた場合の第四層140の密着性を高めることができる。Feの含有量の下限は、より好ましくは3質量%である。Feの含有量の上限は、より好ましくは12質量%である。
【0068】
ニッケル合金がNi-B合金の場合、ニッケル合金はボロン(B)を含有し、残部はニッケル(Ni)及び不純物からなる。好ましくは、Bの含有量は1~20質量%である。Bの含有量が1質量%以上であれば、銅の拡散抑制効果を高めることができ、カーゲンダルボイドをさらに安定して抑制できる。一方、Bの含有量が20質量%以下であれば、第四層140の硬度を抑制し、靱性を高め、第四層140の剥離や割れを抑制できる。Bの含有量の下限は、より好ましくは2質量%であり、さらに好ましくは5質量%である。Bの含有量の上限は、より好ましくは18質量%であり、さらに好ましくは15質量%である。
【0069】
ニッケル合金がNi-Co合金の場合、ニッケル合金はコバルト(Co)を含有し、残部はニッケル(Ni)及び不純物からなる。好ましくは、Coの含有量は1~50質量%未満である。Coの含有量が1質量%以上であれば、銅の拡散抑制効果を高めることができる。一方、Coの含有量が50質量%未満であれば、第四層140の硬度を抑制し、第四層140の剥離や割れを抑制できる。Coの含有量の下限は、より好ましくは10質量%である。Coの含有量の上限は、より好ましくは40質量%である。
【0070】
ニッケル合金がNi-P合金の場合、ニッケル合金はリン(P)を含有し、残部はニッケル(Ni)及び不純物からなる。好ましくは、Pの含有量は1~20質量%である。Pの含有量が1質量%以上であれば、銅の拡散抑制効果を高めることがでる。一方、Pの含有量が20質量%以下であれば、第四層140の硬度を抑制し、剥離や割れを抑制できる。Pの含有量の下限は、より好ましくは2質量%である。Pの含有量の上限は、より好ましくは14質量%である。
【0071】
ニッケル合金がタングステン(W)、鉄(Fe)、ボロン(B)、コバルト(Co)及びリン(P)からなる群から選択される2種以上を含有し、残部がニッケル及び不純物からなる合金の場合、合金元素(W,Fe、B、Co及びP)の合計含有量は1~50質量%未満であり、かつ、Wの含有量が50質量%未満、Feの含有量が15質量%以下、Bの含有量が20質量%以下、Coの含有量が50質量%未満及びPの含有量が20質量%以下である。合金元素(W,Fe、B、Co及びP)の合計含有量の上限は、より好ましくは40質量%である。
【0072】
第四層140の厚さは、好ましくは5~20μmである。第四層140の厚さが5μm以上であれば、第三層130からの銅原子の熱拡散及び第五層150からのニッケル原子の熱拡散をより安定して抑制できる。第四層140の厚さが20μm以下であれば、第三層130と第四層140との熱膨張率の差によって生じるひずみに起因する割れをより安定して抑制できる。第四層140の厚さの下限はより好ましくは8μm、さらに好ましくは10μmである。第四層140の厚さの上限はより好ましくは15μm、さらに好ましくは12μmである。
【0073】
[第五層について]
第五層150は、第四層140上に積層されるめっき層である。第五層150はニッケルからなる。ニッケルは600~700℃の温度範囲で耐酸化性に優れている。ニッケルはさらに、軟質で延性に富んでいる。そのため、第五層150がニッケルからなる層であれば、熱サイクルや熱衝撃を受けた場合にもめっき層全体においてクラックの発生を抑制できる。その結果、高導電率層である第三層130の酸化防止に作用する。なお、ニッケルからなるとは、不純物を含む場合を含む。つまり、第五層150は、ニッケル及び不純物からなるめっき層であってもよい。
【0074】
第五層150の厚さは、好ましくは20~150μmである。第五層150の厚さが20μm以上であれば、第五層150の下のめっき層の露出をより安定して抑制できる。第五層150の厚さが100μmを超えても、得られる効果は変わらなくなる。第五層150の厚さの下限はより好ましくは30μm、さらに好ましくは40μmである。第五層150の厚さの上限はより好ましくは140μm、さらに好ましくは130μmである。
【0075】
[その他のめっき層]
本開示の渦電流式減速装置1は、ロータ10の円筒部11の内周面上にさらに他のめっき層を備えてもよい。たとえば、第四層140と第五層150との間にさらに、ニッケルストライクめっきを実施しても良い。これにより、第四層140と、第五層150との密着性をさらに高めることができる。
【0076】
[各めっき層の組成の測定法]
各めっき層の組成は、たとえば、WDX(Wavelength Dispersive X-ray;波長分散型X線)やSEM(走査型電子顕微鏡)及びEDX(Energy-Dispersive X-ray;エネルギー分散X線)を用いて測定する。具体的には、ロータ10の円筒部11の軸方向に垂直な断面を有し、めっき層を含む試験片を切り出し、樹脂に埋め込んで研磨する。各めっき層の円筒部11の軸方向に垂直な断面に対して、SEMを用いて観察を行い、各めっき層を特定する。さらに、特定した各めっき層の断面に対してWDXやEDXを用いて、元素組成を分析する。第二層120及び第五層150であれば、ニッケルを特定する。第三層130であれば、銅を特定する。第一層110及び第四層140であれば、検出された元素全体(Ni及び合金元素)を100質量%として、合金元素(たとえばW、Fe、B、Co又はP)の割合(質量%)を算出する。
【0077】
[各めっき層の厚さの測定方法]
各めっき層の厚さは次の方法で測定する。具体的には、ロータ10の円筒部11の軸方向に垂直な断面を有し、めっき層を含む試験片を切り出し、樹脂に埋め込んで研磨する。各めっき層の円筒部11の軸方向に垂直な断面に対して、光学顕微鏡を用いて観察を行い、各めっき層を特定する。特定された各めっき層の厚さを測定する。めっき層の厚さは、各めっき層において、円筒部11の径方向の最短距離とする。また、各めっき層の厚さは膜厚計で測定することもできる。具体的には、超音波式、電磁式、渦電流式などの膜厚計を、各めっき層を形成した後にロータ10の内周面100(各めっき層の表面)に押し当て、各めっき層の厚さを測定する。
【0078】
[製造方法]
本開示の渦電流式減速装置1の製造方法の一例を説明する。以降に説明する製造方法は、本開示の渦電流式減速装置1を製造するための一例である。したがって、上述の構成を有する渦電流式減速装置1は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。
【0079】
本開示の渦電流式減速装置1の製造方法は、渦電流式減速装置1のロータ10の円筒部11を成形する円筒部成形工程と、成形された円筒部11にめっき層を形成するめっき工程と、めっき層が形成された円筒部11を用いてロータ10を成形するロータ成形工程と、成形されたロータ10を用いて渦電流式減速装置1を組み立てる工程とを備える。以下、各工程について説明する。
【0080】
[円筒部成形工程]
円筒部成形工程では、周知の方法により渦電流式減速装置1のロータ10の円筒部11を成形する。たとえば、溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造する。また、溶鋼を用いて連続鋳造法によりブルーム又はビレットを製造してもよい。製造されたビレットに対して、周知の熱間鍛造を行い、さらに、焼入れ及び焼戻し処理を実施する。焼戻し後の中間品の外周面を機械加工することにより、冷却フィン11Fを形成する。機械加工は周知の方法で実施すれば足りる。以上の工程により、円筒部11が成形される。
【0081】
[めっき工程]
成形された円筒部11にめっき層を形成する。各めっき層の形成方法の一例を説明する。
【0082】
[第一層について]
円筒部11の内周面100上に第一層110を形成する。第一層110は湿式の無電解めっき処理又は電気めっき処理により形成される。めっき液は、ニッケルイオンと合金元素のイオンとを含む。
【0083】
第一層110としてNi-B合金めっきを形成する場合、めっき液はたとえば、硫酸ニッケル:15~80g/L、水酸化ホウ素ナトリウム:0.2~2.0g/Lを含有する。めっき液は市販のNi-Bめっき液を使用できる。Ni-B合金めっきは、無電解めっき処理により形成してもよい。その場合、無電解めっきの条件はたとえば、温度:60~100℃、pH:12~14である。無電解めっきの条件は、適宜設定できる。
【0084】
第一層110としてNi-P合金めっきを形成する場合、めっき液はたとえば、硫酸ニッケル:15~150g/L、ホスフィン酸ナトリウム:5~130g/L、を含有する。めっき液は市販のNi-Pめっき液を使用できる。Ni-P合金めっきは、無電解めっき処理により形成してもよい。その場合、無電解めっきの条件はたとえば、温度:30~100℃、pH:4~11である。無電解めっきの条件は、適宜設定できる。
【0085】
[第二層について]
第一層110上に第二層120を形成する。第二層120は、湿式の電気めっき処理により形成できる。めっき液はニッケルイオンを含む。めっき液はたとえば、ウッド浴を使用できる。ウッド浴では、塩化ニッケル:150~320g/Lを含有する。電気めっきの条件はたとえば、電流密度:1~15A/dm2、温度:10~40℃、pH:1~2である。電気めっきのその他の条件は、適宜設定できる。
【0086】
[第三層について]
第二層120上に第三層130を形成する。第三層130は、湿式の電気めっき処理により形成できる。めっき液は市販のシアン系銅めっき浴、ピロリン酸系銅めっき浴、硫酸系銅めっき浴及び塩化物系銅めっき浴等が使用できる。銅合金の第二層120を形成する場合は、めっき浴はさらに合金元素を含む。めっき液はたとえば,シアン系銅めっき浴では、シアン化第一銅:15~100g/Lを含有する。電気めっきの条件はたとえば、電流密度:1~8A/dm2、温度:40~70℃、pH:8~13である。硫酸系銅めっき浴ではたとえば、硫酸銅:40~300g/Lを含有する。電気めっきの条件はたとえば、電流密度:0.5~15A/dm2、温度:15~60℃、pH:1未満である。電気めっきのその他の条件は、適宜設定できる。
【0087】
[第四層について]
第三層130上に第四層140を形成する。第四層140は、湿式の無電解めっき処理又は電解めっき処理によって形成できる。めっき液は、ニッケルイオンと合金元素のイオンとを含有する。めっき処理の条件は適宜設定できる。第四層140は、第一層110と同様の方法により製造できる。
【0088】
[第五層について]
第四層140上に第五層150を形成する。第五層150は、湿式の電解めっき処理によって形成できる。めっき液は、ニッケルイオンを含有する。めっき液は市販のワット浴、ウッド浴、塩化物系ニッケルめっき浴及びスルファミン酸系ニッケルめっき浴等が使用できる。たとえば、ワット浴では、硫酸ニッケル:150~350g/L、塩化ニッケル:30~70g/Lを含有する。電気めっきの条件はたとえば、電流密度:1~12A/dm2、温度:35~80℃、pH:3~5である。ウッド浴では、塩化ニッケル:150~320g/Lを含有する。電気めっきの条件はたとえば、電流密度:1~15A/dm2、温度:10~40℃、pH:1~2である。スルファミン酸系ニッケルめっき浴では、スルファミン酸ニッケル:300~600g/Lを含有する。電気めっきの条件はたとえば、電流密度:1~30A/dm2、温度:35~70℃、pH:3~5である。電気めっきの条件は、適宜設定できる。
【0089】
以上の条件で円筒部11の内周面100上に各めっき層を形成し、円筒部11を製造する。続いて、製造された円筒部11と、準備されたアーム部12及びホイール部13とを溶接により繋いで、ロータ10を製造する。溶接は周知の方法で実施すれば足りる。以上の工程により、ロータ10が製造される。さらに、製造されたロータ10と、準備されたステータ20とを用いて、渦電流式減速装置1を組み立てる。
【0090】
以上の製造方法により、本開示の渦電流式減速装置1を製造できる。なお、本開示の渦電流式減速装置1の製造方法は、上記製造方法に限定されない。本開示の渦電流式減速装置1の製造方法は、上述の構成を有する渦電流式減速装置1が製造できれば、上記製造方法以外の他の製造方法でもよい。ただし、上記製造方法は、本開示の渦電流式減速装置1の製造に好適な例である。
【実施例】
【0091】
本開示の渦電流式減速装置の熱サイクルに対する耐久性を確認するため、以下の試験を実施した。試験体として、内周面上に表1に示すめっき層を形成したロータの円筒部を準備した。形成された各めっき層の組成及び厚さを上述の方法により測定した。結果を表1に示す。
【0092】
【0093】
表1の第一層及び第四層において、種類(mass%)の欄には、形成した合金めっきの種類及び合金元素の含有量を示す。たとえば、試験番号1の第一層について「Ni-3.0%P」とは、試験番号1の第一層が、3.0質量%のリンを含み残部はニッケル及び不純物からなる合金めっき層であったことを示す。
【0094】
第一層は、ニッケル及び各合金元素を含むめっき浴を使用し、表1に示す条件で形成した。めっき浴の温度は90℃であった。第二層は、塩化ニッケルに塩酸を加えたウッド浴を用いて形成した。めっき浴の温度は30℃であった。電流値を7~8A/dm2とし、処理時間を3~25分の間で変化させることでめっき厚さを調整した。第三層はシアン系銅めっき浴又は硫酸銅めっき浴を用いて電気めっき処理によって形成した。シアン系銅めっき浴の温度は50℃、硫酸銅めっき浴の温度は40℃であった。第四層は、ニッケル及び各合金元素を含むめっき浴を使用し、表1に示す条件で形成した。第五層はワット浴を使用して、電気めっき処理により形成した。めっき液の温度は50℃とした。各めっき層の厚さは、各めっき層を形成した後に膜厚計を用いて測定した。
【0095】
[繰り返し制動試験]
製造したロータの円筒部を用いて、渦電流式減速装置を製造した。製造された渦電流式減速装置を回転試験機に取り付け、熱サイクルを受けた場合の耐久性を調査した。具体的には、渦電流式減速装置に対して繰り返し制動試験を実施した。繰り返し制動試験では、ロータの回転速度を2000rpmで一定とし、制動オンと制動オフとを繰り返して、ロータに繰り返し温度変動を与えた。制動オン及び制動オフの時間については、ロータの内表面の最高温度が約700℃、最低温度が約100℃となるように調整した。制動オン及び制動オフを10000サイクル繰り返した。試験後のロータの円筒部の軸方向に垂直な断面に対して、光学顕微鏡を用いてのミクロ観察を行い、めっき層のクラックの発生状況を調査した。表1中、二重丸(◎)は、第二層と第三層との間に、ボイド及び剥離の両方が発生していなかったことを示す。白丸印(○)は、第二層と第三層との間に、ボイドが発生しているもののボイドに起因する剥離が発生していなかったことを示す。バツ印(×)は、第二層と第三層との間においてボイド及びボイドに起因する剥離の両方が発生していたことを示す。
【0096】
[評価結果]
表1を参照して、試験番号1~試験番号9、及び、試験番号11~試験番号13のロータの円筒部は、内周面上に適切なめっき層を有した。具体的には、Ni-P合金又はNi-B合金からなる第一層と銅又は銅合金からなる第三層との間に、ニッケルからなる第二層を有した。そのため、試験番号1~試験番号9、及び、試験番号11~試験番号13における、繰り返し制動試験後のめっき層は、第二層と第三層との間に、剥離が生じていなかった。つまり、試験番号1~試験番号9、及び、試験番号11~試験番号13の渦電流式減速装置は、700℃の熱サイクルに曝された場合の優れた耐久性を示した。
【0097】
また、第一層のP含有量が2.0~20.0質量%のPを含有し残部がNi及び不純物からなるNi-P合金、及び、1.0~20.0質量%のBを含有し残部がNi及び不純物からなるNi-B合金からなる群から選択されるめっき層であった試験番号1~試験番号9は、繰り返し制動試験後のめっき層において、第二層と第三層との間に、ボイドに起因する剥離が生じておらず、さらに、ボイド自体発生していなかった。これに対して、第一層のP含有量が0.5質量%であった試験番号11、及び、第一層のP含有量が0.2質量%であった試験番号13では、繰り返し制動試験後のめっき層において、第二層と第三層との間にボイドが発生した。つまり、試験番号11及び試験番号13の渦電流式減速装置と比較して、試験番号1~試験番号9の渦電流式減速装置は、700℃の熱サイクルに曝された場合のさらに優れた耐久性を示した。
【0098】
また、第二層の厚さが6.0μmであった試験番号12では、繰り返し制動試験後のめっき層において、第二層と第三層との間にボイドが発生した。これに対して、第二層の厚さが0.1~5.0μmであった試験番号1~試験番号9は、繰り返し制動試験後のめっき層において、第二層と第三層との間に、ボイドに起因する剥離が生じておらず、さらに、ボイド自体発生していなかった。つまり、試験番号12の渦電流式減速装置と比較して、試験番号1~試験番号9の渦電流式減速装置は、700℃の熱サイクルに曝された場合のさらに優れた耐久性を示した。
【0099】
一方、試験番号10の渦電流式減速装置は、第一層と第三層との間に、ニッケルからなる第二層を有さなかった。そのため、繰り返し制動試験後のめっき層において、第二層と第三層との間にボイド及びボイドに起因する剥離の両方が発生していた。つまり、試験番号10の渦電流式減速装置は、700℃の熱サイクルに曝された場合の耐久性が低かった。
【0100】
試験番号14の渦電流式減速装置は、第一層の組成が、10質量%のFeを含有し残部はNi及び不純物からなるNi-Fe合金であった。そのため、繰り返し制動試験後のめっき層において、第二層と第三層との間にボイド及びボイドに起因する剥離の両方が発生していた。つまり、試験番号14の渦電流式減速装置は、700℃の熱サイクルに曝された場合の耐久性が低かった。
【0101】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0102】
1 渦電流式減速装置
10 ロータ
11 円筒部
12 アーム部
13 ホイール部
20 ステータ
100 ロータの円筒部の内周面
110 第一層
120 第二層
130 第三層
140 第四層
150 第五層