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  • 特許-サワー環境での使用に適した鋼材 図1A
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-16
(45)【発行日】2023-01-24
(54)【発明の名称】サワー環境での使用に適した鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230117BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20230117BHJP
   C21D 8/10 20060101ALN20230117BHJP
   C21D 9/08 20060101ALN20230117BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/54
C21D8/10 C
C21D9/08 E
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2022506848
(86)(22)【出願日】2021-10-29
(86)【国際出願番号】 JP2021040108
(87)【国際公開番号】W WO2022102441
(87)【国際公開日】2022-05-19
【審査請求日】2022-02-02
(31)【優先権主張番号】P 2020187916
(32)【優先日】2020-11-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】吉田 晋士
(72)【発明者】
【氏名】荒井 勇次
(72)【発明者】
【氏名】富士 浩行
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/137812(WO,A1)
【文献】特開2015-168841(JP,A)
【文献】特開平09-249935(JP,A)
【文献】特開平09-059719(JP,A)
【文献】特開昭63-210259(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/02
B21B 37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.20~0.45%、
Si:1.36~3.20%、
Mn:0.02~0.80%、
P:0.025%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.005~0.100%、
Cr:0.40~1.50%、
Mo:0.50~1.50%、
V:0.06~0.90%、
Ti:0.002~0.040%、
B:0.0001~0.0050%、
N:0.0050%以下、
O:0.0100%以下、
Nb:0~0.030%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0100%、
希土類元素:0~0.0100%、
Co:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
Cu:0~0.50%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、式(1)を満たし、
降伏強度σYSが758MPa以上であり、
降伏強度σYSと転位密度ρとが式(2)を満たす、
鋼材。
27×Mn+9×Cr-14×Mo-770×C2+760×C-11×Si2+4×Si>85 (1)
691<σYS-110×√ρ×10-7≦795 (2)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。式(2)中のσYSには降伏強度がMPaで代入され、ρには転位密度がm-2で代入される。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼材であって、
Nb:0.002~0.030%、
Ca:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0001~0.0100%、
Zr:0.0001~0.0100%、
希土類元素:0.0001~0.0100%、
Co:0.02~0.50%、
W:0.02~0.50%、
Ni:0.01~0.50%、及び、
Cu:0.01~0.50%からなる群から選択される1元素以上を含有する、
鋼材。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の鋼材であって、
前記鋼材は油井用鋼管である、
鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼材に関し、さらに詳しくは、サワー環境での使用に適した鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
油井及びガス井(以下、油井及びガス井を総称して、単に「油井」という)の深井戸化により、油井用鋼管に代表される油井用の鋼材の高強度化が要求されている。具体的には、80ksi級(降伏強度が80~95ksi未満、つまり、552~655MPa未満)や、95ksi級(降伏強度が95~110ksi未満、つまり、655~758MPa未満)の油井用鋼管が広く利用されており、最近ではさらに、110ksi以上(降伏強度が758MPa以上)の油井用鋼管が求められ始めている。
【0003】
さらに、深井戸の多くは、腐食性を有する硫化水素を含有するサワー環境である。本明細書において、サワー環境とは、硫化水素を含み、酸性化した環境を意味する。なお、サワー環境では、二酸化炭素を含む場合もある。このようなサワー環境で使用される油井用鋼管は、高強度だけでなく、耐硫化物応力割れ性(耐Sulfide Stress Cracking性:以下、耐SSC性という)も要求される。このように、高強度であり、優れた耐SSC性を有する、鋼材が求められ始めている。
【0004】
さらに近年、海面下の深井戸についても、開発が活発になってきている。たとえば、水深2000m以上のいわゆる深海の海底油田では、水温が低い。この場合、低温サワー環境における耐SSC性も要求される。しかしながら、通常、環境の温度が低下するほど、鋼材の硫化物応力割れ感受性が高まる。したがって、高強度であり、さらに低温サワー環境においても優れた耐SSC性を有する、油井用鋼管に代表される油井用鋼材が求められ始めている。
【0005】
油井用鋼管に代表される鋼材の耐SSC性を高める技術が、特開2000-297344号公報(特許文献1)、特開2001-271134号公報(特許文献2)、及び、国際公開第2008/123422号(特許文献3)に提案されている。
【0006】
特許文献1に開示されている油井用鋼は、質量%で、C:0.15~0.3%、Cr:0.2~1.5%、Mo:0.1~1%、V:0.05~0.3%、Nb:0.003~0.1%を含有する。この油井用鋼は、析出している炭化物の総量が1.5~4質量%であり、炭化物の総量に占めるMC型炭化物の割合が5~45質量%であり、M236型炭化物の割合が製品の、肉厚をt(mm)とした時(200/t)質量%以下である。この油井用鋼は耐SSC性に優れる、と特許文献1には記載されている。
【0007】
特許文献2に開示されている低合金鋼材は、質量%で、C:0.2~0.35%、Si:0.05~0.5%、Mn:0.1~1%、P:0.025%以下、S:0.01%以下、Cr:0.1~1.2%、Mo:0.1~1%、B:0.0001~0.005%、Al:0.005~0.1%、N:0.01%以下、V:0.05~0.5%、Ni:0.1%以下、W:1.0%以下、O:0.01%以下を含有し、残部Fe及び不純物からなり、式(0.03≦Mo×V≦0.3)、及び、式(0.5×Mo-V+GS/10≧1)を満たし、降伏強度が1060MPa以上である。なお、式中のGSとは、旧オーステナイト粒のASTM粒度番号を意味する。この低合金鋼材は耐SSC性に優れる、と特許文献2には記載されている。
【0008】
特許文献3に開示されている低合金鋼は、質量%で、C:0.10~0.20%、Si:0.05~1.0%、Mn:0.05~1.5%、Cr:1.0~2.0%、Mo:0.05~2.0%、Al:0.10%以下、及び、Ti:0.002~0.05%を含有し、かつ、Ceq(=C+(Mn/6)+(Cr+Mo+V)/5)が0.65以上であり、残部がFe及び不純物からなり、不純物中、P:0.025%以下、S:0.010%以下、N:0.007%以下、B:0.0003%未満である。この低合金鋼は、粒径が1μm以上のM236型析出物が0.1個/mm2以下である。この低合金鋼は耐SSC性が向上されている、と特許文献3には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2000-297344号公報
【文献】特開2001-271134号公報
【文献】国際公開第2008/123422号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のとおり、近年、油井環境の過酷化に伴い、優れた耐SSC性を有する鋼材が要求されつつある。そのため、上記特許文献1~3に開示された技術以外の他の技術によって、優れた耐SSC性を有する鋼材(たとえば油井用鋼材)が得られてもよい。
【0011】
本開示の目的は、常温サワー環境及び低温サワー環境において優れた耐SSC性を有する、鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示による鋼材は、
質量%で、
C:0.20~0.45%、
Si:1.36~3.20%、
Mn:0.02~1.00%、
P:0.025%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.005~0.100%、
Cr:0.20~1.50%、
Mo:0.36~1.50%、
V:0.01~0.90%、
Ti:0.002~0.050%、
B:0.0001~0.0050%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Nb:0~0.030%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0100%、
希土類元素:0~0.0100%、
Co:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
Cu:0~0.50%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、式(1)を満たし、
降伏強度σYSが758MPa以上であり、
降伏強度σYSと転位密度ρとが式(2)を満たす。
27×Mn+9×Cr-14×Mo-770×C2+760×C-11×Si2+4×Si>85 (1)
691<σYS-110×√ρ×10-7≦795 (2)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。式(2)中のσYSには降伏強度がMPaで代入され、ρには転位密度がm-2で代入される。
【発明の効果】
【0013】
本開示による鋼材は、常温サワー環境及び低温サワー環境において優れた耐SSC性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1A図1Aは、本実施例のうち、110ksi級(758~862MPa未満)の降伏強度を有する例におけるSi含有量と転位密度との関係を示す図である。
図1B図1Bは、本実施例のうち、125ksi級(862~965MPa未満)の降伏強度を有する例におけるSi含有量と転位密度との関係を示す図である。
図1C図1Cは、本実施例のうち、140ksi以上(965MPa以上)の降伏強度を有する例におけるSi含有量と転位密度との関係を示す図である。
図2図2は、本実施例におけるFn1(=27×Mn+9×Cr-14×Mo-770×C2+760×C-11×Si2+4×Si)と、Fn2(=σYS-110×√ρ×10-7)と、耐SSC性との関係を示す図である。
図3図3は、本実施例においてAc3点を求める際に用いる試験片の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、サワー環境での使用が想定された鋼材において、常温サワー環境及び低温サワー環境のいずれにおいても優れた耐SSC性を得る方法について、調査及び検討を行った。その結果、本発明者らは、次の知見を得た。
【0016】
まず本発明者らは、化学組成に着目して、常温サワー環境及び低温サワー環境において優れた耐SSC性を有する鋼材について調査及び検討を行った。その結果、質量%で、C:0.20~0.45%、Mn:0.02~1.00%、P:0.025%以下、S:0.0100%以下、Al:0.005~0.100%、Cr:0.20~1.50%、Mo:0.36~1.50%、V:0.01~0.90%、Ti:0.002~0.050%、B:0.0001~0.0050%、N:0.0100%以下、O:0.0100%以下、Nb:0~0.030%、Ca:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0100%、希土類元素:0~0.0100%、Co:0~0.50%、W:0~0.50%、Ni:0~0.50%、及び、Cu:0~0.50%を含有する化学組成を有する鋼材であれば、常温サワー環境及び低温サワー環境において優れた耐SSC性を得られる可能性があると考えた。
【0017】
ここで、鋼材中の転位密度を高めれば、鋼材の降伏強度が高まる。しかしながら、転位は水素を吸蔵する可能性がある。そのため、鋼材の転位密度が増加すれば、鋼材が吸蔵する水素量も増加する可能性がある。すなわち、転位密度を高めた結果、鋼材中の水素濃度が高まれば、高強度は得られても、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、転位密度を高めることで、たとえば、降伏強度を110ksi以上(758MPa以上)にまで高めた場合、常温サワー環境及び低温サワー環境において十分に優れた耐SSC性を得られない可能性がある。
【0018】
そこで本発明者らは、上述の化学組成のうち、例として110ksi以上(758MPa以上)の降伏強度を有する鋼材について、転位密度を低減する方法を検討した。その結果、Si含有量を高めることで、鋼材の降伏強度を110ksi以上(758MPa以上)にまで高めた場合であっても、転位密度を低減できる可能性があることを本発明者らは見出した。この点について、図面を用いて具体的に説明する。
【0019】
図1A図1Cは、本実施例におけるSi含有量と転位密度との関係を示す図である。図1Aは、後述する実施例のうち、上述の化学組成と110ksi級(758~862MPa未満)の降伏強度とを有し、後述の好ましい製造方法によって製造された実施例について、Si含有量(質量%)と、転位密度ρ(1014-2)とを用いて作成した。図1Bは、後述する実施例のうち、上述の化学組成と125ksi級(862~965MPa未満)の降伏強度とを有し、後述の好ましい製造方法によって製造された実施例について、Si含有量(質量%)と、転位密度ρ(1014-2)とを用いて作成した。図1Cは、後述する実施例のうち、上述の化学組成と140ksi以上(965MPa以上)の降伏強度とを有し、後述の好ましい製造方法によって製造された実施例について、Si含有量(質量%)と、転位密度ρ(1014-2)とを用いて作成した。なお、転位密度ρは、後述の方法を用いて求めた。
【0020】
図1A図1Cを参照して、上述の化学組成を有し、後述の好ましい製造方法によって製造された鋼材では、Si含有量を高めれば、降伏強度が同程度であっても転位密度ρが低下する傾向があることがわかる。特に、Si含有量が1.36%以上であれば、転位密度ρの低下が顕著であり、常温サワー環境だけでなく、低温サワー環境での鋼材の耐SSC性も高められる可能性がある。すなわち、本発明者らの詳細な検討の結果、質量%で、C:0.20~0.45%、Si:1.36~3.20%、Mn:0.02~1.00%、P:0.025%以下、S:0.0100%以下、Al:0.005~0.100%、Cr:0.20~1.50%、Mo:0.36~1.50%、V:0.01~0.90%、Ti:0.002~0.050%、B:0.0001~0.0050%、N:0.0100%以下、O:0.0100%以下、Nb:0~0.030%、Ca:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0100%、希土類元素:0~0.0100%、Co:0~0.50%、W:0~0.50%、Ni:0~0.50%、Cu:0~0.50%及び、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する鋼材であれば、転位密度がさらに低減され、常温サワー環境及び低温サワー環境において優れた耐SSC性を得られる可能性があることが明らかになった。
【0021】
一方、図1A図1Cを参照してさらに、上述の化学組成を有し、同程度の降伏強度を有する鋼材であっても、転位密度を安定して低減できない場合があることが確認された。具体的に、図1A図1Cの右上部を参照して、Si含有量が1.36%以上の鋼材であっても、Si含有量が1.36%未満の鋼材よりも転位密度が高くなってしまった場合が確認された。すなわち、単に上述の化学組成に調整しただけでは、後述の好ましい製造方法によって製造された場合であっても転位密度を十分に低減できない場合があることが、本発明者らの詳細な検討により明らかになった。
【0022】
また、本発明者らは、上述の化学組成を有する鋼材では、Si含有量を1.36%以上まで高めた結果、Si含有量が低い鋼材とは転位密度ρと降伏強度との関係に変化が生じていることを知見した。すなわち、上述の化学組成を有する鋼材では、Si含有量が低い鋼材と同程度まで転位密度ρを低減しても、特に低温サワー環境では、優れた耐SSC性が得られない可能性がある。そこで本発明者らは、上述の化学組成を有する鋼材において、転位密度ρをどの程度まで低減すれば、低温サワー環境であっても優れた耐SSC性を得られるか、詳細に検討した。
【0023】
その結果、上述の化学組成を有する鋼材では、転位密度ρと降伏強度σYSとが次の式(2)を満たすことにより、常温サワー環境だけでなく、低温サワー環境であっても、優れた耐SSC性が得られることが明らかになった。
691<σYS-110×√ρ×10-7≦795 (2)
ここで、式(2)中のσYSには降伏強度がMPaで代入され、ρには転位密度がm-2で代入される。
【0024】
Fn2=σYS-110×√ρ×10-7と定義する。Fn2は低温サワー環境における耐SSC性を示す指標である。具体的に、上述の化学組成を有する鋼材では、Fn2が691を超えれば、本実施形態のその他の構成を満たすことを条件に、常温サワー環境だけでなく、低温サワー環境においても、優れた耐SSC性を得ることができる。
【0025】
一方、上述のとおり、Si含有量を1.36%以上まで高めた上述の化学組成を有する鋼材では、転位密度ρが十分に低減できない場合があった。この場合、転位密度ρと降伏強度σYSとが、式(2)を満たすことができない。この理由について、本発明者らは、上述の化学組成では、Si含有量を1.36%以上にまで高めた結果、化学組成における各元素の含有量のバランスによって、転位密度ρと降伏強度σYSとの関係に影響を与えているのではないかと考えた。
【0026】
以上の知見に基づいた本発明者らの詳細な検討の結果、上述の化学組成に加えて、さらに、化学組成が次の式(1)を満たすことで、転位密度ρを安定して低減できることが明らかになった。
27×Mn+9×Cr-14×Mo-770×C2+760×C-11×Si2+4×Si>85 (1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0027】
Fn1=27×Mn+9×Cr-14×Mo-770×C2+760×C-11×Si2+4×Siと定義する。Fn1は、Si含有量が1.36%以上を含む上述の化学組成における、転位密度ρと降伏強度σYSとのバランスを示す指標である。すなわち、本実施形態による鋼材では、Si含有量1.36%以上を含む上述の化学組成に加えて、さらに、Fn1を85よりも高くする。その結果、Fn2を691よりも大きくすることができる。この点について、図面を用いて具体的に説明する。
【0028】
図2は、本実施例におけるFn1(=27×Mn+9×Cr-14×Mo-770×C2+760×C-11×Si2+4×Si)と、Fn2(=σYS-110×√ρ×10-7)と、耐SSC性との関係を示す図である。図2は、後述する実施例のうち、上述の化学組成と110ksi以上(758MPa以上)の降伏強度とを有し、後述の好ましい製造方法によって製造された実施例について、Fn1と、Fn2と、後述する方法で評価した低温耐SSC性試験の評価結果とを用いて作成した。Fn2を求めるための転位密度ρと、降伏強度σYSとは、後述する方法で求めた。ここで、図2中の「○」は、低温耐SSC性試験において優れた耐SSC性を有する鋼材を示す。一方、図2中の「●」は、低温耐SSC性試験において優れた耐SSC性を有さなかった鋼材を示す。
【0029】
図2を参照して、上述の化学組成を有する鋼材では、少なくとも降伏強度が110ksi以上(758MPa以上)の範囲において、Fn1が85を超えるとFn2が急激に増大する。さらに、Fn2が691を超えると、鋼材は、低温サワー環境において優れた耐SSC性を有することが確認される。一方、上述の化学組成を有する鋼材では、Fn1が85以下の場合、Fn2が691以下となり、低温サワー環境では優れた耐SSC性を得られない。
【0030】
したがって、本実施形態による鋼材は、上述の化学組成に加えて、式(1)を満たす化学組成を有し、さらに、転位密度ρと降伏強度σYSとが、式(2)を満たす。その結果、本実施形態による鋼材は、降伏強度σYSが758MPa以上であっても、常温サワー環境だけでなく、低温サワー環境においても、優れた耐SSC性を有する。
【0031】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による鋼材の要旨は、次のとおりである。
【0032】
[1]
質量%で、
C:0.20~0.45%、
Si:1.36~3.20%、
Mn:0.02~1.00%、
P:0.025%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.005~0.100%、
Cr:0.20~1.50%、
Mo:0.36~1.50%、
V:0.01~0.90%、
Ti:0.002~0.050%、
B:0.0001~0.0050%、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Nb:0~0.030%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0100%、
希土類元素:0~0.0100%、
Co:0~0.50%、
W:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
Cu:0~0.50%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、式(1)を満たし、
降伏強度σYSが758MPa以上であり、
降伏強度σYSと転位密度ρとが式(2)を満たす、
鋼材。
27×Mn+9×Cr-14×Mo-770×C2+760×C-11×Si2+4×Si>85 (1)
691<σYS-110×√ρ×10-7≦795 (2)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。式(2)中のσYSには降伏強度がMPaで代入され、ρには転位密度がm-2で代入される。
【0033】
[2]
[1]に記載の鋼材であって、
Nb:0.002~0.030%、
Ca:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0001~0.0100%、
Zr:0.0001~0.0100%、
希土類元素:0.0001~0.0100%、
Co:0.02~0.50%、
W:0.02~0.50%、
Ni:0.01~0.50%、及び、
Cu:0.01~0.50%からなる群から選択される1元素以上を含有する、
鋼材。
【0034】
[3]
[1]又は[2]に記載の鋼材であって、
前記鋼材は油井用鋼管である、
鋼材。
【0035】
本明細書において、油井用鋼管は、油井管であってもよい。油井用鋼管は、継目無鋼管であってもよく、溶接鋼管であってもよい。油井管は、たとえば、ケーシングやチュービング用途で用いられる鋼管である。
【0036】
本実施形態による油井用鋼管は、好ましくは継目無鋼管である。本実施形態による油井用鋼管が継目無鋼管であれば、肉厚が15mm以上であっても、常温サワー環境及び低温サワー環境における優れた耐SSC性を有する。本明細書において「常温サワー環境」とは、10~30℃のサワー環境を意味する。本明細書において「低温サワー環境」とは、10℃未満のサワー環境を意味する。
【0037】
以下、本実施形態による鋼材について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0038】
[化学組成]
本実施形態による鋼材の化学組成は、次の元素を含有する。
【0039】
C:0.20~0.45%
炭素(C)は鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Cはさらに、製造工程中の焼戻しにおいて、炭化物の球状化を促進し、鋼材の耐SSC性を高める。炭化物が分散されればさらに、鋼材の強度が高まる。C含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、C含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭化物が多くなりすぎ、鋼材の靭性が低下する。C含有量が高すぎればさらに、製造工程中の焼入れにおいて、焼割れが発生しやすくなる場合がある。したがって、C含有量は0.20~0.45%である。C含有量の好ましい下限は0.22%であり、さらに好ましくは0.23%であり、さらに好ましくは0.24%であり、さらに好ましくは0.25%である。C含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.38%であり、さらに好ましくは0.37%である。
【0040】
Si:1.36~3.20%
ケイ素(Si)は鋼を脱酸する。Siはさらに、鋼材の転位密度を低減し、鋼材の耐SSC性を高める。Si含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Si含有量は1.36~3.20%である。Si含有量の好ましい下限は1.38%であり、さらに好ましくは1.40%であり、さらに好ましくは1.45%であり、さらに好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.70%である。Si含有量の好ましい上限は3.10%であり、さらに好ましくは3.00%であり、さらに好ましくは2.90%である。
【0041】
Mn:0.02~1.00%
マンガン(Mn)は鋼を脱酸する。Mnはさらに、鋼材の焼入れ性を高める。Mn含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、Mnは、P及びS等の不純物とともに、結晶粒界に偏析する。その結果、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Mn含有量は0.02~1.00%である。Mn含有量の好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Mn含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.70%であり、さらに好ましくは0.65%である。
【0042】
P:0.025%以下
燐(P)は不純物である。すなわち、P含有量の下限は0%超である。P含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Pが粒界に偏析し、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、P含有量は0.025%以下である。P含有量の好ましい上限は0.020%であり、さらに好ましくは0.015%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0043】
S:0.0100%以下
硫黄(S)は不純物である。すなわち、S含有量の下限は0%超である。S含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Sが粒界に偏析し、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、S含有量は0.0100%以下である。S含有量の好ましい上限は0.0050%であり、さらに好ましくは0.0030%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0003%である。
【0044】
Al:0.005~0.100%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Al含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られず、鋼材の耐SSC性が低下する。一方、Al含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物系介在物が生成して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Al含有量は0.005~0.100%である。Al含有量の好ましい下限は0.015%であり、さらに好ましくは0.020%である。Al含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.060%である。本明細書にいう「Al」含有量は「酸可溶Al」、つまり、「sol.Al」の含有量を意味する。
【0045】
Cr:0.20~1.50%
クロム(Cr)は鋼材の焼入れ性を高める。Crはさらに、鋼材の焼戻し軟化抵抗を高め、高温焼戻しを可能にする。その結果、鋼材の耐SSC性が高まる。Cr含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Cr含有量は0.20~1.50%である。Cr含有量の好ましい下限は0.25%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.40%である。Cr含有量の好ましい上限は1.40%であり、さらに好ましくは1.30%である。
【0046】
Mo:0.36~1.50%
モリブデン(Mo)は鋼材の焼入れ性を高める。Moはさらに、鋼材の焼戻し軟化抵抗を高め、高温焼戻しを可能にする。その結果、鋼材の耐SSC性が高まる。Mo含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mo含有量が高すぎれば、上記効果が飽和する。したがって、Mo含有量は0.36~1.50%である。Mo含有量の好ましい下限は0.40%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.60%である。Mo含有量の好ましい上限は1.40%であり、さらに好ましくは1.30%であり、さらに好ましくは1.25%である。
【0047】
V:0.01~0.90%
バナジウム(V)はC及び/又はNと結合して、炭化物、窒化物又は炭窒化物(以下、「炭窒化物等」という)を形成する。炭窒化物等は、ピンニング効果により鋼材のサブ組織を微細化し、鋼材の耐SSC性を高める。Vはさらに、焼戻し軟化抵抗を高め、高温焼戻しを可能にする。その結果、鋼材の耐SSC性が高まる。V含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、V含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の靭性が低下する。したがって、V含有量は0.01~0.90%である。V含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.06%であり、さらに好ましくは0.08%である。V含有量の好ましい上限は0.85%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.75%であり、さらに好ましくは0.70%であり、さらに好ましくは0.60%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0048】
Ti:0.002~0.050%
チタン(Ti)はNと結合して窒化物を形成し、ピンニング効果により、鋼材の結晶粒を微細化する。その結果、鋼材の強度が高まる。Ti含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ti含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Ti窒化物が粗大化して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Ti含有量は0.002~0.050%である。Ti含有量の好ましい下限は0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。Ti含有量の好ましい上限は0.040%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0049】
B:0.0001~0.0050%
ホウ素(B)は鋼に固溶して鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。B含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、B含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な窒化物が生成して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、B含有量は0.0001~0.0050%である。B含有量の好ましい下限は0.0003%であり、さらに好ましくは0.0007%である。B含有量の好ましい上限は0.0030%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0015%である。
【0050】
N:0.0100%以下
窒素(N)は不可避に含有される。すなわち、N含有量の下限は0%超である。NはTiと結合して窒化物を形成し、ピンニング効果により、鋼材の結晶粒を微細化する。その結果、鋼材の強度が高まる。しかしながら、N含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な窒化物が形成され、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、N含有量は0.0100%以下である。N含有量の好ましい上限は0.0050%であり、さらに好ましくは0.0045%である。上記効果をより有効に得るためのN含有量の好ましい下限は0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0015%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0051】
O:0.0100%以下
酸素(O)は不純物である。すなわち、O含有量の下限は0%超である。O含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が形成し、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、O含有量は0.0100%以下である。O含有量の好ましい上限は0.0050%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0020%である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、O含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、O含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0003%である。
【0052】
本実施形態による鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は、製造環境などから混入されるものであって、本実施形態による鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0053】
[任意元素]
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Nbを含有してもよい。
【0054】
Nb:0~0.030%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Nb含有量は0%であってもよい。含有される場合、Nbは炭窒化物等を形成する。炭窒化物等はピンニング効果により、鋼材の結晶粒を微細化し、鋼材の低温靭性及び耐SSC性を高める。Nbはさらに、焼戻し時に微細な炭化物を形成して鋼材の焼戻し軟化抵抗を高め、鋼材の強度を高める。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭窒化物等が過剰に生成して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Nb含有量は0~0.030%である。Nb含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.007%である。Nb含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0055】
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ca、Mg、Zr、及び、希土類元素からなる群から選択される1種以上の元素を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材中のSを硫化物として無害化する。その結果、これらの元素は鋼材の耐SSC性を高める。
【0056】
Ca:0~0.0100%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ca含有量は0%であってもよい。含有される場合、Caは鋼材中のSを硫化物として無害化し、鋼材の耐SSC性を高める。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Ca含有量は0~0.0100%である。Ca含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0057】
Mg:0~0.0100%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、Mgは鋼材中のSを硫化物として無害化し、鋼材の耐SSC性を高める。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Mg含有量は0~0.0100%である。Mg含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0058】
Zr:0~0.0100%
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Zr含有量は0%であってもよい。含有される場合、Zrは鋼材中のSを硫化物として無害化し、鋼材の耐SSC性を高める。Zrが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Zr含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Zr含有量は0~0.0100%である。Zr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%である。Zr含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0059】
希土類元素(REM):0~0.0100%
希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、REM含有量は0%であってもよい。含有される場合、REMは鋼材中のSを硫化物として無害化し、鋼材の耐SSC性を高める。REMはさらに、鋼材中のPと結合して、結晶粒界におけるPの偏析を抑制する。そのため、Pの偏析に起因した鋼材の耐SSC性の低下が抑制される。REMが少しでも含有されれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果がある程度得られる。しかしながら、REM含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、REM含有量は0~0.0100%である。REM含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%である。REM含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0025%である。
【0060】
なお、本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及び、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)からなる群から選択される1種以上の元素を意味する。また、本明細書におけるREM含有量とは、これら元素の合計含有量を意味する。
【0061】
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Co、及び、Wからなる群から選択される1種以上の元素を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、サワー環境において保護性の腐食被膜を形成し、鋼材への水素の侵入を抑制する。その結果、これらの元素は鋼材の耐SSC性を高める。
【0062】
Co:0~0.50%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Co含有量は0%であってもよい。含有される場合、Coはサワー環境において、保護性の腐食被膜を形成し、鋼材への水素の侵入を抑制する。これにより、鋼材の耐SSC性を高める。Coが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Co含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の焼入れ性が低下して、鋼材の強度が低下する。したがって、Co含有量は0~0.50%である。Co含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。Co含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
【0063】
W:0~0.50%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、W含有量は0%であってもよい。含有される場合、Wはサワー環境において、保護性の腐食被膜を形成し、鋼材への水素の侵入を抑制する。これにより、鋼材の耐SSC性を高める。Wが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、W含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中に粗大な炭化物が生成して、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、W含有量は0~0.50%である。W含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。W含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
【0064】
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ni、及び、Cuからなる群から選択される1種以上の元素を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の焼入れ性を高める。
【0065】
Ni:0~0.50%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ni含有量は0%であってもよい。含有される場合、Niは鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Niはさらに、鋼に固溶して、鋼材の低温靭性を高める。Niが少しでも含有されれば、これらの効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、局部的な腐食が促進され、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Ni含有量は0~0.50%である。Ni含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Ni含有量の好ましい上限は0.30%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0066】
Cu:0~0.50%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、Cuは鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の焼入れ性が高くなりすぎ、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Cu含有量は0~0.50%である。Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%である。Cu含有量の好ましい上限は0.35%であり、さらに好ましくは0.25%である。
【0067】
[式(1)について]
本実施形態による鋼材は、次の式(1)を満たす。
27×Mn+9×Cr-14×Mo-770×C2+760×C-11×Si2+4×Si>85 (1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0068】
Fn1(=27×Mn+9×Cr-14×Mo-770×C2+760×C-11×Si2+4×Si)は、Si含有量が1.36%以上を含む上述の化学組成における、転位密度ρと降伏強度σYSとのバランスを示す指標である。上述の化学組成を有する鋼材では、Fn1が低すぎれば、転位密度ρを十分に低減できず、後述するFn2が691以下になる。一方、Fn1が85よりも大きければ、転位密度ρを低減でき、後述するFn2が691を超える。その結果、常温サワー環境であっても、低温サワー環境であっても、優れた耐SSC性を得ることができる。したがって、本実施形態による鋼材は、上述の化学組成に加えてさらに、Fn1を85超とする。Fn1の好ましい下限は87であり、さらに好ましくは89であり、さらに好ましくは90であり、さらに好ましくは91である。Fn1の上限は特に限定されないが、上述の化学組成の範囲においては、Fn1の上限は実質的に207である。
【0069】
[式(2)について]
本実施形態による鋼材では、転位密度ρと降伏強度σYSとが次の式(2)を満たす。
691<σYS-110×√ρ×10-7≦795 (2)
ここで、式(2)中のσYSには降伏強度がMPaで代入され、ρには転位密度がm-2で代入される。
【0070】
Fn2(=σYS-110×√ρ×10-7)は低温サワー環境における耐SSC性を示す指標である。上述の化学組成を有する鋼材では、Fn2が691を超えれば、低温サワー環境においても優れた耐SSC性を得ることができる。さらに、本実施形態による鋼材において、Fn2の上限は実質的に795以下である。したがって、本実施形態による鋼材では、Fn2が691超~795を満たす。Fn2の好ましい下限は693であり、さらに好ましくは694である。Fn2の好ましい上限は790であり、さらに好ましくは785である。
【0071】
本実施形態による鋼材の降伏強度σYSを求める方法は、後述する。本実施形態による鋼材の転位密度ρは、次の方法で求めることができる。本実施形態による鋼材から、転位密度測定用の試験片を作製する。試験片は、鋼材が鋼板である場合、板厚中央部から試験片を作製する。鋼材が鋼管である場合、肉厚中央部から試験片を作製する。鋼材が断面円形の棒鋼である場合、R/2位置から試験片を作製する。本明細書において、R/2位置とは、棒鋼の軸方向に垂直な断面における半径Rの中心位置を意味する。試験片の大きさは、たとえば、幅20mm×長さ20mm×厚さ2mmである。試験片の厚さ方向は、鋼材の厚さ方向(板厚方向、肉厚方向又は棒鋼の断面径方向)である。この場合、試験片の観察面は、幅20mm×長さ20mmの面である。試験片の観察面を鏡面研磨し、さらに、10体積%の過塩素酸(酢酸溶媒)を用いて電解研磨を行い、表層の歪みを除去する。電解研磨後の観察面に対し、X線回折法(XRD:X-Ray Diffraction)により、体心立方構造(鉄)の(110)、(211)、(220)面のピークの半値幅ΔKを求める。
【0072】
XRDにおいては、線源をCoKα線、管電圧を30kV、管電流を100mAとして半値幅ΔKを測定する。さらに、X線回折装置由来の半値幅を測定するため、LaB6(六ホウ化ランタン)の粉末を用いる。
【0073】
上述の方法で求めた半値幅ΔKと、Williamson-Hallの式(式(3))から、試験片の不均一歪εを求める。
ΔK×cosθ/λ=0.9/D+2ε×sinθ/λ (3)
ここで、式(3)中において、θ:回折角度、λ:X線の波長、D:結晶子径、を意味する。
【0074】
さらに、求めた不均一歪εと、式(4)とを用いて、転位密度ρ(m-2)を求めることができる。
ρ=14.4×ε2/b2 (4)
ここで、式(4)中において、bは体心立方構造(鉄)のバーガースベクトル(b=0.248(nm))である。
【0075】
なお、本実施形態による鋼材において、転位密度ρの範囲は特に限定されない。本実施形態による鋼材では、転位密度ρは式(2)を満たしていればよい。本実施形態による鋼材のうち、たとえば、鋼材の降伏強度σYSが758MPa以上である場合、鋼材中の転位密度ρは0.1×1014(m-2)以上である。本実施形態による鋼材のうち、たとえば、鋼材の降伏強度σYSが862MPa以上である場合、鋼材中の転位密度ρは0.4×1014(m-2)以上である。本実施形態による鋼材のうち、たとえば、鋼材の降伏強度σYSが965MPa以上である場合、鋼材中の転位密度ρは2.4×1014(m-2)以上である。本実施形態による鋼材のうち、たとえば、鋼材の降伏強度σYSが862MPa未満である場合、鋼材中の転位密度ρは2.4×1014(m-2)未満である。本実施形態による鋼材のうち、たとえば、鋼材の降伏強度σYSが965MPa未満である場合、鋼材中の転位密度ρは6.2×1014(m-2)未満である。本実施形態による鋼材のうち、たとえば、鋼材の降伏強度σYSが1069MPa以下である場合、鋼材中の転位密度ρは11.8×1014(m-2)以下である。つまり、鋼材の降伏強度σYSが758~1069MPaの場合、鋼材の転位密度ρは0.1×1014~11.8×1014(m-2)である。
【0076】
[降伏強度]
本実施形態による鋼材の降伏強度σYSは758MPa以上である。降伏強度σYSの上限は、転位密度ρとの関係においてFn2を満たせばよく、特に限定されない。本明細書でいう降伏強度σYSは、引張試験で得られた0.2%オフセット耐力を意味する。本実施形態による鋼材は、式(1)を含む上述の化学組成を有し、転位密度ρと降伏強度σYSとが上述の式(2)を満たすことで、降伏強度σYSが758MPa以上であっても、常温サワー環境及び低温サワー環境における優れた耐SSC性を有する。
【0077】
本実施形態による鋼材の降伏強度σYSは、次の方法で求めることができる。ASTM E8/E8M(2013)に準拠した方法で、引張試験を行う。本実施形態による鋼材から、丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼板である場合、板厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼管である場合、肉厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が断面円形の棒鋼である場合、R/2位置から丸棒試験片を作製する。丸棒試験片の大きさは、たとえば、平行部直径4mm、標点距離20mmである。なお、丸棒試験片の軸方向は、鋼材の圧延方向と平行である。丸棒試験片を用いて、常温(25℃)、大気中で引張試験を実施して、得られた0.2%オフセット耐力を降伏強度σYS(MPa)と定義する。
【0078】
本実施形態による鋼材の好ましい降伏強度σYSは758MPa以上(110ksi以上)である。すなわち、本実施形態による鋼材は、式(1)を含む上述の化学組成を有し、転位密度ρと降伏強度σYSとが上述の式(2)を満たすことで、758MPa以上(110ksi以上)の降伏強度を有していても、常温サワー環境及び低温サワー環境において優れた耐SSC性を有する。本実施形態による鋼材の降伏強度σYSの上限は特に限定されないが、たとえば、1069MPa(155ksi)である。
【0079】
[ミクロ組織]
本実施形態による鋼材のミクロ組織は、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計が90%以上である。ミクロ組織の残部はたとえば、フェライト、又は、パーライトである。上述の化学組成を有する鋼材のミクロ組織が、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計が90%以上を含有すれば、本実施形態の他の構成を満たすことを条件に、常温サワー環境及び低温サワー環境において優れた耐SSC性を示す。すなわち、本実施形態では、鋼材が優れた耐SSC性を有していれば、ミクロ組織は焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計が90%以上であると判断する。
【0080】
なお、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率を観察により求める場合、以下の方法で求めることができる。まず、鋼材から試験片を作製する。鋼材が鋼板である場合、板厚中央部から圧延方向10mm、板厚方向10mmの観察面を有する試験片を作製する。なお、鋼材が厚さ10mm未満の鋼板の場合、圧延方向10mm、板厚方向に鋼板の厚さの観察面を有する試験片を切り出す。鋼材が鋼管である場合、肉厚中央部から管軸方向10mm、肉厚(管径)方向8mmの観察面を有する試験片を作製する。なお、鋼材が肉厚10mm未満の鋼管の場合、管軸方向10mm、管径方向に鋼管の肉厚の観察面を有する試験片を切り出す。
【0081】
試験片の観察面を鏡面に研磨した後、ナイタール腐食液に10秒程度浸漬して、エッチングによる組織現出を行う。エッチングした観察面を、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて、二次電子像にて10視野観察する。視野面積は、たとえば、400μm2(倍率5000倍)である。各視野において、コントラストから焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトを特定する。特定した焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの面積率を求める。面積率を求める方法は特に限定されず、周知の方法でよい。たとえば、画像解析によって、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの面積率を求めることができる。本実施形態では、全ての視野で求めた、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの面積率の算術平均値を、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率と定義する。
【0082】
[旧オーステナイト粒径]
本実施形態による鋼材のミクロ組織において、旧オーステナイト粒径(旧γ粒径)は特に限定されない。鋼材は通常、旧γ粒が微細であれば、降伏強度及び耐SSC性が安定して高まる。そのため、旧γ粒は微細であるのが好ましい。一方、本実施形態による鋼材では、上述のとおり、化学組成においてSi含有量を1.36%以上にまで高める。その結果、鋼材のミクロ組織において、旧γ粒が粗大になりやすい傾向がある。
【0083】
ここで、後述する好ましい製造方法においては、焼入れ後の鋼材(中間鋼材)の旧γ粒が粗大になると、その後の焼戻し工程において、転位密度ρを十分に低減できない場合がある。したがって、本実施形態による鋼材では、ミクロ組織における好ましい旧γ粒径は35μm以下とする。さらに好ましい旧γ粒径の上限は33μmであり、さらに好ましくは31μmであり、さらに好ましくは30μmである。なお、本実施形態による鋼材において、ミクロ組織における旧γ粒は、微細である方が好ましい。したがって、本実施形態による鋼材では、ミクロ組織における旧γ粒径の下限は特に限定されない。本実施形態による鋼材において、ミクロ組織における旧γ粒径の下限は、たとえば、5μmである。
【0084】
本実施形態において、旧γ粒径は、次の方法で求めることができる。鋼材が鋼板の場合は、板厚中央部から圧延方向10mm、板厚方向10mmの観察面を有する試験片を切り出す。なお、鋼材が厚さ10mm未満の鋼板の場合、圧延方向10mm、板厚方向に鋼板の厚さの観察面を有する試験片を切り出す。鋼材が鋼管の場合は、肉厚中央部から管軸方向10mm、管径方向10mmの観察面を有する試験片を切り出す。なお、鋼材が肉厚10mm未満の鋼管の場合、管軸方向10mm、管径方向に鋼管の肉厚の観察面を有する試験片を切り出す。鋼材が断面円形の棒鋼の場合は、R/2位置を中央に含み、軸方向10mm、当該断面における径方向10mmの観察面を有する試験片を切り出す。なお、断面の直径が10mm未満の場合、R/2位置を含み、軸方向10mm、当該断面の径方向が直径の観察面を有する試験片を切り出す。
【0085】
試験片を樹脂に埋め込み、観察面を鏡面に研磨した後、ピクリン酸飽和水溶液に60秒程度浸漬して、エッチングにより旧γ粒界を現出する。エッチングした観察面を、SEMを用いて、二次電子像にて10視野観察し、写真画像を生成する。生成した写真画像から、旧γ粒の面積をそれぞれ求め、求めた面積から、旧γ粒の円相当径を求める。10視野において求めた旧γ粒の円相当径の算術平均値を、旧γ粒径(μm)と定義する。
【0086】
[鋼材の形状]
本実施形態による鋼材の形状は特に限定されない。鋼材はたとえば鋼管、鋼板である。鋼材は、中実材(棒鋼)であってもよい。鋼材が油井用鋼管である場合、好ましい肉厚は9~60mmである。より好ましくは、本実施形態による鋼材は、継目無鋼管である。本実施形態による鋼材が継目無鋼管である場合、肉厚が15mm以上の厚肉の継目無鋼管であっても、常温サワー環境及び低温サワー環境における優れた耐SSC性を有する。
【0087】
[鋼材の耐SSC性]
本実施形態による鋼材の耐SSC性は、常温耐SSC性試験及び低温耐SSC性試験によって評価できる。常温耐SSC性試験と低温耐SSC性試験とは、いずれもNACE TM0177-2005 Method Aに準拠した方法で実施する。
【0088】
[降伏強度が758~862MPa未満の場合の耐SSC性]
常温耐SSC性試験では、5.0質量%塩化ナトリウムと0.5質量%酢酸との混合水溶液(NACE solution A)を、試験溶液とする。本実施形態による鋼材から、丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼板である場合、板厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼管である場合、肉厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が断面円形の棒鋼である場合、R/2位置から丸棒試験片を作製する。丸棒試験片の大きさは、たとえば、径6.35mm、平行部の長さ25.4mmである。なお、丸棒試験片の軸方向は、鋼材の圧延方向と平行である。丸棒試験片に対し、実降伏応力の95%に相当する応力を負荷する。試験容器に24℃の試験溶液を、応力を付加した丸棒試験片が浸漬するように注入し、試験浴とする。試験浴を脱気した後、1atmのH2Sガスを試験浴に吹き込み、試験浴に飽和させる。1atmのH2Sガスを吹き込んだ試験浴を、24℃で720時間、保持する。
【0089】
一方、低温耐SSC性試験では、5.0質量%塩化ナトリウムと0.5質量%酢酸との混合水溶液(NACE solution A)を、試験溶液とする。本実施形態による鋼材から、丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼板である場合、板厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼管である場合、肉厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が断面円形の棒鋼である場合、R/2位置から丸棒試験片を作製する。丸棒試験片の大きさは、たとえば、径6.35mm、平行部の長さ25.4mmである。なお、丸棒試験片の軸方向は、鋼材の圧延方向と平行である。丸棒試験片に対し、実降伏応力の90%に相当する応力を負荷する。試験容器に4℃の試験溶液を、応力を付加した丸棒試験片が浸漬するように注入し、試験浴とする。試験浴を脱気した後、1atmのH2Sガスを試験浴に吹き込み、試験浴に飽和させる。1atmのH2Sガスを吹き込んだ試験浴を、4℃で720時間、保持する。
【0090】
本実施形態による鋼材は、降伏強度が758~862MPa未満の場合、上記条件で実施した常温耐SSC性試験、及び、上記条件で実施した低温耐SSC性試験のいずれにおいても、720時間経過後に、割れが確認されない。なお、本明細書において、「割れが確認されない。」とは、試験後の試験片を肉眼及び倍率10倍の投影機によって観察した場合、割れが確認されないことを意味する。
【0091】
[降伏強度が862~965MPa未満の場合の耐SSC性]
常温耐SSC性試験では、5.0質量%塩化ナトリウムと0.5質量%酢酸との混合水溶液(NACE solution A)を、試験溶液とする。本実施形態による鋼材から、丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼板である場合、板厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼管である場合、肉厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が断面円形の棒鋼である場合、R/2位置から丸棒試験片を作製する。丸棒試験片の大きさは、たとえば、径6.35mm、平行部の長さ25.4mmである。なお、丸棒試験片の軸方向は、鋼材の圧延方向と平行である。丸棒試験片に対し、実降伏応力の95%に相当する応力を負荷する。試験容器に24℃の試験溶液を、応力を付加した丸棒試験片が浸漬するように注入し、試験浴とする。試験浴を脱気した後、1atmのH2Sガスを試験浴に吹き込み、試験浴に飽和させる。1atmのH2Sガスを吹き込んだ試験浴を、24℃で720時間、保持する。
【0092】
一方、低温耐SSC性試験では、5.0質量%塩化ナトリウムと0.5質量%酢酸との混合水溶液(NACE solution A)を、試験溶液とする。本実施形態による鋼材から、丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼板である場合、板厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼管である場合、肉厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が断面円形の棒鋼である場合、R/2位置から丸棒試験片を作製する。丸棒試験片の大きさは、たとえば、径6.35mm、平行部の長さ25.4mmである。なお、丸棒試験片の軸方向は、鋼材の圧延方向と平行である。丸棒試験片に対し、実降伏応力の85%に相当する応力を負荷する。試験容器に4℃の試験溶液を、応力を付加した丸棒試験片が浸漬するように注入し、試験浴とする。試験浴を脱気した後、1atmのH2Sガスを試験浴に吹き込み、試験浴に飽和させる。1atmのH2Sガスを吹き込んだ試験浴を、4℃で720時間、保持する。
【0093】
本実施形態による鋼材は、降伏強度が862~965MPa未満の場合、上記条件で実施した常温耐SSC性試験、及び、上記条件で実施した低温耐SSC性試験のいずれにおいても、720時間経過後に、割れが確認されない。
【0094】
[降伏強度が965MPa以上の場合の耐SSC性]
常温耐SSC性試験では、酢酸でpH3.5に調整した、5.0質量%塩化ナトリウムと0.4質量%酢酸ナトリウムとの混合水溶液(NACE solution B)を、試験溶液とする。本実施形態による鋼材から、丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼板である場合、板厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼管である場合、肉厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が断面円形の棒鋼である場合、R/2位置から丸棒試験片を作製する。丸棒試験片の大きさは、たとえば、径6.35mm、平行部の長さ25.4mmである。なお、丸棒試験片の軸方向は、鋼材の圧延方向と平行である。丸棒試験片に対し、実降伏応力の95%に相当する応力を負荷する。試験容器に24℃の試験溶液を、応力を付加した丸棒試験片が浸漬するように注入し、試験浴とする。試験浴を脱気した後、0.1atmのH2Sガスと0.9atmのCO2ガスとの混合ガスを試験浴に吹き込み、試験浴に飽和させる。0.1atmのH2Sガスと0.9atmのCO2ガスとの混合ガスを吹き込んだ試験浴を、24℃で720時間、保持する。
【0095】
一方、低温耐SSC性試験では、酢酸でpH3.5に調整した、5.0質量%塩化ナトリウムと0.4質量%酢酸ナトリウムとの混合水溶液(NACE solution B)を、試験溶液とする。本実施形態による鋼材から、丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼板である場合、板厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼管である場合、肉厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が断面円形の棒鋼である場合、R/2位置から丸棒試験片を作製する。丸棒試験片の大きさは、たとえば、径6.35mm、平行部の長さ25.4mmである。なお、丸棒試験片の軸方向は、鋼材の圧延方向と平行である。丸棒試験片に対し、965MPaの85%(820MPa)に相当する応力を負荷する。試験容器に4℃の試験溶液を、応力を付加した丸棒試験片が浸漬するように注入し、試験浴とする。試験浴を脱気した後、0.1atmのH2Sガスと0.9atmのCO2ガスとの混合ガスを試験浴に吹き込み、試験浴に飽和させる。0.1atmのH2Sガスと0.9atmのCO2ガスとの混合ガスを吹き込んだ試験浴を、4℃で720時間、保持する。
【0096】
本実施形態による鋼材は、降伏強度が965MPa以上の場合、上記条件で実施した常温耐SSC性試験、及び、上記条件で実施した低温耐SSC性試験のいずれにおいても、720時間経過後に、割れが確認されない。
【0097】
[製造方法]
本実施形態による鋼材の製造方法を説明する。以下、本実施形態による鋼材の一例として、継目無鋼管の製造方法を説明する。継目無鋼管の製造方法は、素管を準備する工程(準備工程)と、素管に対して焼入れ及び焼戻しを実施して、継目無鋼管とする工程(焼入れ工程及び焼戻し工程)とを備える。なお、本実施形態による製造方法は、以下に説明する製造方法に限定されない。以下、各工程について詳述する。
【0098】
[準備工程]
準備工程では、上述の化学組成を有する中間鋼材を準備する。中間鋼材が上記化学組成を有していれば、中間鋼材の製造方法は特に限定されない。ここでいう中間鋼材は、最終製品が鋼板の場合は、板状の鋼材であり、最終製品が鋼管の場合は素管である。
【0099】
準備工程は、素材を準備する工程(素材準備工程)と、素材を熱間加工して中間鋼材を製造する工程(熱間加工工程)とを含んでもよい。以下、素材準備工程と、熱間加工工程を含む場合について、詳述する。
【0100】
[素材準備工程]
素材準備工程では、上述の化学組成を有する溶鋼を用いて素材を製造する。素材の製造方法は特に限定されず、周知の方法でよい。具体的には、溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造してもよい。溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造してもよい。必要に応じて、スラブ、ブルーム又はインゴットを分塊圧延して、ビレットを製造してもよい。以上の工程により素材(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。
【0101】
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、準備された素材を熱間加工して中間鋼材を製造する。鋼材が継目無鋼管である場合、中間鋼材は素管に相当する。始めに、ビレットを加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100~1300℃である。加熱炉から抽出されたビレットに対して熱間加工を実施して、素管(継目無鋼管)を製造する。熱間加工の方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。
【0102】
たとえば、熱間加工としてマンネスマン法を実施して、素管を製造してもよい。この場合、穿孔機により丸ビレットを穿孔圧延する。穿孔圧延する場合、穿孔比は特に限定されないが、たとえば、1.0~4.0である。穿孔圧延された丸ビレットをさらに、マンドレルミル、レデューサー、サイジングミル等により熱間圧延して素管にする。熱間加工工程での累積の減面率はたとえば、20~70%である。
【0103】
他の熱間加工方法を実施して、ビレットから素管を製造してもよい。たとえば、カップリングのように短尺の厚肉鋼材である場合、エルハルト法等の鍛造により素管を製造してもよい。以上の工程により素管が製造される。素管の肉厚は特に限定されないが、たとえば、9~60mmである。
【0104】
熱間加工により製造された素管は空冷されてもよい(As-Rolled)。熱間加工により製造された素管は、常温まで冷却せずに、熱間加工後に直接焼入れを実施してもよく、熱間加工後に補熱(再加熱)した後、焼入れを実施してもよい。
【0105】
熱間加工後に直接焼入れ、又は、補熱した後焼入れを実施する場合、焼入れ途中に冷却の停止、又は、緩冷却を実施してもよい。この場合、素管に焼割れが発生するのを抑制できる。熱間加工後に直接焼入れ、又は、補熱した後焼入れを実施する場合さらに、焼入れ後であって次工程の熱処理前に、応力除去焼鈍(SR)を実施してもよい。この場合、素管の残留応力が除去される。
【0106】
以上のとおり、準備工程では中間鋼材を準備する。中間鋼材は、上述の好ましい工程により製造されてもよく、第三者により製造された中間鋼材、又は、後述の焼入れ工程及び焼戻し工程が実施される工場以外の他の工場、他の事業所にて製造された中間鋼材を準備してもよい。以下、焼入れ工程について詳述する。
【0107】
[焼入れ工程]
焼入れ工程では、準備された中間鋼材(素管)に対して、焼入れを実施する。本明細書において、「焼入れ」とは、A3点以上の中間鋼材を急冷することを意味する。ここで、本明細書において、焼入れを実施する際の急冷直前の中間鋼材の温度を焼入れ温度ともいう。すなわち、本明細書において焼入れ温度とは、熱間加工後に直接焼入れを実施する場合、最終の熱間加工を実施する装置の出側に設置された温度計で測定された、中間鋼材の表面温度に相当する。焼入れ温度とはさらに、熱間加工後に補熱又は再加熱した後、焼入れを実施する場合、補熱又は再加熱を実施する炉の温度に相当する。
【0108】
さらに、本明細書では、Ac3点と、Ar3点とを総称して、「A3点」ともいう。ここで、熱間加工後に直接焼入れを実施する場合、中間鋼材は、Ar3点以上の焼入れ温度から急冷される。一方、熱間加工後に一旦冷却された中間鋼材を再加熱して焼入れを実施する場合、中間鋼材は、Ac3点以上の焼入れ温度から急冷される。
【0109】
ここで、本実施形態ではSi含有量を高めて、鋼材の転位密度ρを低減させている。一方、Si含有量を単純に高めた場合、鋼材のA3点が高くなりすぎる場合がある。鋼材のA3点が高すぎる場合、焼入れ温度を高くせざるを得なくなり、旧γ粒が粗大化する。焼入れ後の中間鋼材において、旧γ粒が粗大化すると、後述する焼戻し工程において、転位密度ρを十分に低減することができない。その結果、転位密度ρと降伏強度σYSとが式(2)を満たすことができず、鋼材の耐SSC性が低下する。
【0110】
一方、上述のとおり、本実施形態による鋼材の化学組成において、Fn1はA3点の指標である。Fn1が85を超えれば、A3点が高くなりすぎるのを抑制できる。その結果、焼入れ温度を高くしすぎる必要がなくなることから、旧γ粒の粗大化を抑制できる。その結果、後述する焼戻し工程において、好ましい焼戻しを実施することによって、後述する焼戻し工程後の鋼材において、転位密度ρと降伏強度σYSとが式(2)を満たすことができる。
【0111】
本実施形態による焼入れ工程では、好ましい焼入れ温度は860~1000℃である。焼入れ温度が低すぎれば、焼入れの効果が十分に得られず、製造された鋼材において、本実施形態で規定する機械的特性が得られない。一方、焼入れ温度が高すぎれば、上述のとおり旧γ粒が粗大化し、製造された鋼材において、耐SSC性が低下する。本実施形態では、さらに好ましい焼入れ温度の上限は995℃であり、さらに好ましくは990℃である。本実施形態では、さらに好ましい焼入れ温度の下限は880℃であり、さらに好ましくは900℃である。
【0112】
焼入れ方法はたとえば、焼入れ開始温度から中間鋼材(素管)を連続的に冷却し、素管の表面温度を連続的に低下させる。連続冷却処理の方法は特に限定されず、周知の方法でよい。連続冷却処理の方法はたとえば、水槽に素管を浸漬して冷却する方法や、シャワー水冷又はミスト冷却により素管を加速冷却する方法である。
【0113】
焼入れ時の冷却速度が遅すぎれば、マルテンサイト及びベイナイト主体のミクロ組織とならず、本実施形態で規定する機械的特性が得られない。この場合さらに、優れた低温靭性及び優れた耐SSC性が得られない。
【0114】
したがって、上述のとおり、本実施形態による鋼材の製造方法では、焼入れ時に中間鋼材を急冷する。具体的には、焼入れ工程において、焼入れ時の中間鋼材(素管)の表面温度が800~500℃の範囲における平均冷却速度を、焼入れ時冷却速度CR800-500と定義する。より具体的には、焼入れ時冷却速度CR800-500は、焼入れされる中間鋼材の断面内で最も遅く冷却される部位(たとえば、両表面を強制冷却する場合、中間鋼材厚さの中心部)において測定された温度から決定される。
【0115】
好ましい焼入れ時冷却速度CR800-500は300℃/分以上である。より好ましい焼入れ時冷却速度CR800-500の下限は450℃/分であり、さらに好ましくは600℃/分である。焼入れ時冷却速度CR800-500の上限は特に規定しないが、たとえば、60000℃/分である。
【0116】
好ましくは、素管に対してオーステナイト域での加熱を複数回実施した後、焼入れを実施する。この場合、焼入れ前のオーステナイト粒が微細化されるため、鋼材の耐SSC性が高まる。複数回焼入れを実施することにより、オーステナイト域での加熱を複数回繰り返してもよいし、焼準及び焼入れを実施することにより、オーステナイト域での加熱を複数回繰り返してもよい。また、焼入れと後述する焼戻しとを組合せて、複数回実施してもよい。すなわち、複数回の焼入れ焼戻しを実施してもよい。この場合、鋼材の耐SSC性がさらに高まる。以下、焼戻し工程について詳述する。
【0117】
[焼戻し工程]
焼戻し工程は、上述の焼入れを実施した後、焼戻しを実施する。本明細書において、「焼戻し」とは、焼入れ後の中間鋼材をAc1点以下で再加熱して、保持することを意味する。焼戻し温度は、鋼材の化学組成、及び、得ようとする降伏強度に応じて適宜調整する。つまり、本実施形態の化学組成を有する中間鋼材(素管)に対して、焼戻し温度を調整して、鋼材の降伏強度を、たとえば、758MPa以上(110ksi以上)に調整する。ここで、焼戻し温度とは、焼入れ後の中間鋼材を加熱して、保持する際の炉の温度に相当する。焼戻し時間とは、中間鋼材の温度が所定の焼戻し温度に到達してから、熱処理炉から抽出されるまでの時間を意味する。
【0118】
通常、油井用途に用いられる鋼材を製造する場合、耐SSC性を高めるため、焼戻し温度を600~730℃と高温にすることで、転位密度を低減する。しかしながら、この場合、焼戻しの保持において、合金炭化物が微細に分散する。微細に分散した合金炭化物は、転位の移動に対する障害物となるため、転位の回復(すなわち、転位の消滅)を抑制する。したがって、転位密度を低減するために実施していた高温における焼戻しのみでは、転位密度を十分に低減できない場合がある。
【0119】
そこで、本実施形態による鋼材は、低温における焼戻しを行い、予め転位密度をある程度低減する。さらに、高温における焼戻しを行い、転位密度をさらに低減する。すなわち、本実施形態による焼戻し工程は、低温焼戻し、高温焼戻しの順に、2段階での焼戻しを実施する。この方法によれば、降伏強度を維持したまま、転位密度を低減することができる。要するに、2段階の焼戻しを実施することにより、転位密度ρと降伏強度σYSとが式(2)を満たすことができる。以下、低温焼戻し工程と高温焼戻し工程とを詳述する。
【0120】
[低温焼戻し工程]
低温焼戻し工程における、好ましい焼戻し温度は100~550℃である。低温焼戻し工程における焼戻し温度が高すぎれば、焼戻しの保持中に合金炭化物が微細に分散し、転位密度ρを十分に低減できず、鋼材の耐SSC性が低下する場合がある。一方、低温焼戻し工程における焼戻し温度が低すぎれば、焼戻しの保持中に転位密度ρを低減することができず、鋼材の耐SSC性が低下する場合がある。したがって、低温焼戻し工程における焼戻し温度は100~550℃とするのが好ましい。低温焼戻し工程における焼戻し温度のより好ましい下限は200℃である。低温焼戻し工程における焼戻し温度のより好ましい上限は500℃である。
【0121】
低温焼戻し工程における、好ましい焼戻しの保持時間(焼戻し時間)は10~90分である。低温焼戻し工程における焼戻し時間が短すぎれば、転位密度が十分に低減できず、鋼材の耐SSC性が低下する場合がある。一方、低温焼戻し工程における焼戻し時間が長すぎれば、上記効果は飽和する。したがって、本実施形態において、焼戻し時間は10~90分とするのが好ましい。焼戻し時間のより好ましい上限は80分である。なお、鋼材が鋼管である場合、他の形状と比較して、焼戻しの均熱保持中に鋼管の温度ばらつきが発生しやすい。したがって、鋼材が鋼管である場合、焼戻し時間は15~90分とするのが好ましい。
【0122】
[高温焼戻し工程]
高温焼戻し工程では、低温焼戻し工程よりも高温で焼戻しを実施することにより、転位密度ρをさらに低減する。ここで、高温焼戻し工程時の中間鋼材において、旧γ粒が粗大すぎれば、転位密度ρを十分に低減できない場合がある。まず、転位の回復(すなわち、転位の消滅)は、異符号の転位対の合体や転位がラスマルテンサイトのブロック境界に相当する大角粒界(方位差15°以上の境界)へ吸収されることで起こる場合が多いと考えられている。一方、旧γ粒が粗大すぎれば、同時にブロック径も大きくなり、転位線の長さも長くなる。ここで、上述のとおり、高温焼戻しを実施した場合、高温で保持される際に合金炭化物が微細に分散する。転位線の長さが長くなった場合、転位の移動時に障害物となる合金炭化物により多く接触する。そのため、転位が移動しにくくなる。その結果、異符号の転位対の合体や、大角粒界への吸収が抑制され、転位の回復が抑制されるものと考えられる。このような旧γ粒径の影響は、低温焼戻し工程であってもブロック内にセメンタイトやε炭化物が析出する場合であれば、同様に生じ得ると予想される。なお、他のメカニズムによって、旧γ粒が粗大な場合に転位密度ρが十分に低減できない可能性もあり得る。しかしながら、上述の化学組成を有する中間鋼材に対して、本実施形態による製造方法を実施すれば、転位密度ρを十分に低減して、転位密度ρと降伏強度σYSとが式(2)を満たすようにすることができる。
【0123】
高温焼戻し工程における、好ましい焼戻し温度は580~740℃である。高温焼戻し工程における焼戻し温度が高すぎれば、転位密度が低減されすぎ、所望の降伏強度が得られない場合がある。高温焼戻し工程における焼戻し温度が高すぎればさらに、ミクロ組織中にオーステナイトが生成して、マルテンサイト及びベイナイト主体のミクロ組織が得られない場合がある。この場合、鋼材の耐SSC性が得られない。一方、高温焼戻し工程における焼戻し温度が低すぎれば、転位密度を十分に低減することができず、鋼材の耐SSC性が低下する場合がある。したがって、高温焼戻し工程における好ましい焼戻し温度は580~740℃である。高温焼戻し工程における、さらに好ましい焼戻し温度の下限は600℃であり、さらに好ましくは610℃である。高温焼戻し工程における、さらに好ましい焼戻し温度の上限は730℃であり、さらに好ましくは720℃である。
【0124】
高温焼戻し工程における、好ましい焼戻し時間は10~180分である。焼戻し時間が短すぎれば、転位密度が十分に低減できず、鋼材の耐SSC性が低下する場合がある。一方、焼戻し時間が長すぎれば、上記効果は飽和する。したがって、本実施形態において、好ましい焼戻し時間は10~180分である。焼戻し時間のより好ましい上限は120分であり、さらに好ましくは90分である。なお、鋼材が鋼管である場合、上述のとおり温度ばらつきが発生しやすい。したがって、鋼材が鋼管である場合、焼戻し時間は15~180分とするのが好ましい。
【0125】
なお、上述の低温焼戻し工程と高温焼戻し工程とは、連続した熱処理として実施することができる。すなわち、低温焼戻し工程において、上述の焼戻しの保持を実施した後、引き続いて、加熱することにより、高温焼戻し工程を実施してもよい。このとき、低温焼戻し工程と高温焼戻し工程とは、同一の熱処理炉内で実施してもよい。
【0126】
一方、上述の低温焼戻し工程と高温焼戻し工程とは、非連続の熱処理として実施することもできる。すなわち、低温焼戻し工程において、上述の焼戻しの保持を実施した後、一旦上述の焼戻し温度よりも低い温度まで冷却してから、再び加熱して、高温焼戻し工程を実施してもよい。この場合であっても、低温焼戻し工程及び高温焼戻し工程で得られる効果は損なわれず、本実施形態による鋼材を製造することができる。
【0127】
以上の製造方法によって、本実施形態による鋼材を製造することができる。なお、上述の製造方法では、一例として鋼管の製造方法を説明した。しかしながら、本実施形態による鋼材は、鋼板や他の形状であってもよい。鋼板や他の形状の製造方法も、上述の製造方法と同様に、たとえば、準備工程と、焼入れ工程と、焼戻し工程とを備える。さらに、上述の製造方法は一例であり、他の製造方法によって製造されてもよい。
【0128】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例1】
【0129】
実施例1では、110ksi級(758~862MPa未満)の降伏強度を有する鋼材について調査した。具体的には、表1に示す化学組成を有する、180kgの溶鋼を製造した。なお、表1中の「-」は、該当する元素の含有量が不純物レベルであったことを意味する。また、表1に記載の化学組成と、上述の定義とから求めたFn1を表1に示す。
【0130】
【表1】
【0131】
上記溶鋼を用いてインゴットを製造した。インゴットを熱間圧延して、板厚15mmの鋼板を製造した。熱間圧延後、鋼板温度を常温とした試験番号1-1~1-30の鋼板について、焼入れを2回実施した。まず、試験番号1-1~1-30の鋼板におけるAc3点を求めた。具体的に、試験番号1-1~1-30の鋼板から、図3に示すフォーマスタ試験用の試験片を作製した。図3は、本実施例においてAc3点を求める際に用いる試験片の側面図である。図3中のL方向は、試験番号1-1~1-30の鋼板の板厚方向に相当した。試験番号1-1~1-30の試験片の点Pに熱電対を溶着して、室温から1250℃まで、20℃/分の加熱速度で加熱した。加熱中における、各試験番号の試験片のL方向の長さを測定し、熱膨張率と温度との関係をプロットした。得られたプロットから、オーステナイト単相の温度域を特定した。特定されたオーステナイト単相の温度域における、最も低い温度をAc3点と定義した。
【0132】
次に、試験番号1-1~1-30の鋼板を、表2に記載の焼入れ温度(℃)となるように加熱した。なお、試験番号1-1~1-30の焼入れ温度は、上述の方法で得られた各試験番号の鋼板におけるAc3点以上とした。試験番号1-1~1-30の鋼板について、焼入れ温度で20分保持した後、シャワー型水冷装置を用いて水冷を実施した。なお、あらかじめ鋼板の板厚中央部に装入したシース型のK熱電対により、焼入れ温度及び焼入れ時の冷却速度を測定した。
【0133】
【表2】
【0134】
焼入れが実施された試験番号1-1~1-30の鋼板について、さらに同一の条件で、2回目の焼入れを実施した。なお、1回目及び2回目の焼入れでは、いずれも焼入れ時における800℃から500℃の間の平均冷却速度、すなわち焼入れ時冷却速度(CR800-500)(℃/秒)は、10℃/秒であった。
【0135】
2回目の焼入れ後、試験番号1-1~1-30の鋼板に対して、焼戻しを実施した。試験番号1-1~1-14、及び、1-16~1-30の鋼板に対しては、1回目の焼戻しと、2回目の焼戻しとを実施した。一方、試験番号1-15の鋼板に対しては、1回のみ焼戻しを実施した。1回目の焼戻し及び2回目の焼戻しそれぞれについて、焼戻し温度(℃)及び焼戻し時間(分)を表2に示す。なお、焼戻し温度は、焼戻しを実施した炉の温度とした。焼戻し時間とは、各試験番号の鋼板の温度が、所定の焼戻し温度に到達してから、炉から抽出されるまでとした。
【0136】
[評価試験]
上記の焼戻し後の試験番号1-1~1-30の鋼板に対して、以下に説明する引張試験、転位密度測定試験、旧γ粒径測定試験、及び、耐SSC性評価試験を実施した。
【0137】
[引張試験]
試験番号1-1~1-30の鋼板に対して、引張試験を実施した。引張試験はASTM E8/E8M(2013)に準拠して行った。試験番号1-1~1-30の鋼板の板厚中央部から、平行部直径4mm、標点距離20mmの丸棒試験片を作製した。丸棒試験片の軸方向は、鋼板の圧延方向と平行であった。作製した丸棒試験片を用いて、常温(25℃)、大気中にて引張試験を実施して、試験番号1-1~1-30の鋼板の降伏強度σYS(MPa)を得た。なお、本実施例では、引張試験で得られた0.2%オフセット耐力を、降伏強度σYSと定義した。試験番号1-1~1-30について、得られた降伏強度σYSを「σYS(MPa)」として表2に示す。
【0138】
[転位密度測定試験]
試験番号1-1~1-30の鋼板に対して、転位密度測定試験を実施した。具体的に、試験番号1-1~1-30の鋼板から、上述の方法で転位密度測定用の試験片を作製した。さらに、試験番号1-1~1-30の試験片を用いて、上述の方法で転位密度ρ(m-2)を求めた。試験番号1-1~1-30の鋼板について、求めた転位密度ρを、「転位密度ρ(1014-2)」として表2に示す。試験番号1-1~1-30の鋼板についてさらに、求めた転位密度ρと、求めた降伏強度σYSと、上述の定義とから求めたFn2を表2に示す。
【0139】
[旧γ粒径測定試験]
試験番号1-1~1-30の鋼板に対して、旧γ粒径測定試験を実施した。具体的に、試験番号1-1~1-30の鋼板から、上述の方法で旧γ粒径測定用の試験片を作製した。さらに、試験番号1-1~1-30の試験片を用いて、上述の方法で旧γ粒径(μm)を求めた。試験番号1-1~1-30の鋼板について、求めた旧γ粒径を、「旧γ粒径(μm)」として表2に示す。
【0140】
[耐SSC性評価試験]
試験番号1-1~1-30の鋼板に対して、耐SSC性評価試験を実施した。NACE TM0177-2005 Method Aに準拠した方法によって、耐SSC性を評価した。具体的には、試験番号1-1~1-30の鋼板の板厚中央部から、径6.35mm、平行部の長さ25.4mmの丸棒試験片を作製した。作製した試験片のうち3本に対して、常温耐SSC性試験を実施した。作製した試験片のうち、他の3本に対して、低温耐SSC性試験を実施した。なお、試験片の軸方向は、圧延方向に平行であった。
【0141】
常温耐SSC性試験は、次のとおりに実施した。試験番号1-1~1-30の丸棒試験片の軸方向に引張応力を負荷した。このとき、与えられる応力が各鋼板の実降伏応力の95%になるように調整した。試験溶液は、5.0質量%塩化ナトリウムと0.5質量%酢酸との混合水溶液(NACE solution A)を用いた。3つの試験容器に24℃の試験溶液をそれぞれ注入し、試験浴とした。応力が付加された3本の丸棒試験片を、1本ずつ異なる試験容器の試験浴に浸漬した。各試験浴を脱気した後、1atmのH2Sガスを試験浴に吹き込み、飽和させた。1atmのH2Sガスが飽和した試験浴を、24℃で720時間保持した。
【0142】
720時間保持後の試験番号1-1~1-30の丸棒試験片に対して、硫化物応力割れ(SSC)の発生の有無を観察した。具体的には、720時間浸漬後の丸棒試験片を、肉眼及び倍率10倍の投影機を用いて観察した。観察の結果、3本全ての丸棒試験片に割れが確認されなかったものを、「E」(Excellent)と判断した。一方、少なくとも1本の丸棒試験片に割れが確認されたものを、「NA」(Not Acceptable)と判断した。
【0143】
低温耐SSC性試験は、常温耐SSC性試験と同様に、NACE TM0177-2005 Method Aに準拠して実施した。低温耐SSC性試験では、与えられる応力が各鋼板の実降伏応力の90%になるように調整した。試験溶液は、常温耐SSC性試験と同様に、NACE solution Aを用いた。さらに、試験浴の温度は4℃とした。その他の条件は、常温耐SSC性試験と同様に実施した。
【0144】
720時間浸漬後の試験番号1-1~1-30の丸棒試験片に対して、硫化物応力割れ(SSC)の発生の有無を観察した。具体的には、720時間浸漬後の丸棒試験片を、肉眼及び倍率10倍の投影機を用いて観察した。観察の結果、3本全ての丸棒試験片に割れが確認されなかったものを、「E」(Excellent)と判断した。一方、少なくとも1本の丸棒試験片に割れが確認されたものを、「NA」(Not Acceptable)と判断した。
【0145】
[試験結果]
表2に試験結果を示す。
【0146】
表1及び表2を参照して、試験番号1-1~1-14の鋼板の化学組成は適切であり、Fn1は85を超えた。さらに、Fn2は691を超えた。その結果、試験番号1-1~1-14の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示した。
【0147】
一方、試験番号1-15の鋼板は、低温焼戻しが実施されなかった。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号1-15の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0148】
試験番号1-16の鋼板は、高温焼戻しが実施された後、低温焼戻しが実施された。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号1-16の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0149】
試験番号1-17及び1-18の鋼板は、Si含有量が低すぎた。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号1-17及び1-18の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0150】
試験番号1-19の鋼板は、Cr含有量が低すぎた。その結果、試験番号1-19の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0151】
試験番号1-20の鋼板は、Mo含有量が低すぎた。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号1-20の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0152】
試験番号1-21の鋼板は、Mn含有量が高すぎた。その結果、試験番号1-21の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0153】
試験番号1-22の鋼板は、N含有量が高すぎた。その結果、試験番号1-22の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0154】
試験番号1-23の鋼板は、P含有量が高すぎた。その結果、試験番号1-23の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0155】
試験番号1-24の鋼板は、V含有量が低すぎた。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号1-24の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0156】
試験番号1-25及び1-26の鋼板は、Fn1が85以下であった。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号1-25及び1-26の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0157】
試験番号1-27の鋼板は、Mo含有量が低すぎた。その結果、試験番号1-27の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0158】
試験番号1-28の鋼板は、Mn含有量が高すぎた。その結果、試験番号1-28の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0159】
試験番号1-29の鋼板は、Ti含有量が高すぎた。その結果、試験番号1-29の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0160】
試験番号1-30の鋼板は、Nb含有量が高すぎた。その結果、試験番号1-30の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【実施例2】
【0161】
実施例2では、125ksi級(862~965MPa未満)の降伏強度を有する鋼材について調査した。具体的には、表3に示す化学組成を有する、180kgの溶鋼を製造した。なお、表3中の「-」は、該当する元素の含有量が不純物レベルであったことを意味する。また、表3に記載の化学組成と、上述の定義とから求めたFn1を表3に示す。
【0162】
【表3】
【0163】
上記溶鋼を用いてインゴットを製造した。インゴットを熱間圧延して、板厚15mmの鋼板を製造した。熱間圧延後、鋼板温度を常温とした試験番号2-1~2-30の鋼板について、焼入れを2回実施した。まず、実施例1と同様の方法で、試験番号2-1~2-30の鋼板におけるAc3点を求めた。すなわち、実施例1と同様に、試験片の熱膨張率と温度との関係から特定された、オーステナイト単相の温度域における最も低い温度をAc3点と定義した。
【0164】
次に、試験番号2-1~2-30の鋼板を、表4に記載の焼入れ温度(℃)となるように加熱した。なお、試験番号2-1~2-30の焼入れ温度は、上述の方法で得られた各試験番号の鋼板におけるAc3点以上とした。試験番号2-1~2-30の鋼板について、焼入れ温度で20分保持した後、シャワー型水冷装置を用いて水冷を実施した。なお、あらかじめ鋼板の板厚中央部に装入したシース型のK熱電対により、焼入れ温度及び焼入れ時の冷却速度を測定した。
【0165】
【表4】
【0166】
焼入れが実施された試験番号2-1~2-30の鋼板について、さらに同一の条件で、2回目の焼入れを実施した。なお、1回目及び2回目の焼入れでは、いずれも焼入れ時における800℃から500℃の間の平均冷却速度、すなわち焼入れ時冷却速度(CR800-500)(℃/秒)は、10℃/秒であった。
【0167】
2回目の焼入れ後、試験番号2-1~2-30の鋼板に対して、焼戻しを実施した。試験番号2-1~2-14、及び、2-16~2-30の鋼板に対しては、1回目の焼戻しと、2回目の焼戻しとを実施した。一方、試験番号2-15の鋼板に対しては、1回のみ焼戻しを実施した。1回目の焼戻し及び2回目の焼戻しそれぞれについて、焼戻し温度(℃)及び焼戻し時間(分)を表4に示す。なお、焼戻し温度は、焼戻しを実施した炉の温度とした。焼戻し時間とは、各試験番号の鋼板の温度が、所定の焼戻し温度に到達してから、炉から抽出されるまでとした。
【0168】
[評価試験]
上記の焼戻し後の試験番号2-1~2-30の鋼板に対して、以下に説明する引張試験、転位密度測定試験、旧γ粒径測定試験、及び、耐SSC性評価試験を実施した。
【0169】
[引張試験]
実施例1と同様の方法で、試験番号2-1~2-30の鋼板に対して、引張試験を実施した。具体的には、試験番号2-1~2-30の鋼板の板厚中央部から、平行部直径4mm、標点距離20mmであり、軸方向が鋼板の圧延方向と平行である丸棒試験片を作製した。作製した丸棒試験片を用いて、常温(25℃)、大気中にてASTM E8/E8M(2013)に準拠した引張試験を実施して、試験番号2-1~2-30の鋼板の降伏強度σYS(MPa)を得た。なお、本実施例では、引張試験で得られた0.2%オフセット耐力を、降伏強度σYSと定義した。試験番号2-1~2-30について、得られた降伏強度σYSを「σYS(MPa)」として表4に示す。
【0170】
[転位密度測定試験]
試験番号2-1~2-30の鋼板に対して、転位密度測定試験を実施した。具体的に、試験番号2-1~2-30の鋼板から、上述の方法で転位密度測定用の試験片を作製した。さらに、試験番号2-1~2-30の試験片を用いて、上述の方法で転位密度ρ(m-2)を求めた。試験番号2-1~2-30の鋼板について、求めた転位密度ρを、「転位密度ρ(1014-2)」として表4に示す。試験番号2-1~2-30の鋼板についてさらに、求めた転位密度ρと、求めた降伏強度σYSと、上述の定義とから求めたFn2を表4に示す。
【0171】
[旧γ粒径測定試験]
試験番号2-1~2-30の鋼板に対して、旧γ粒径測定試験を実施した。具体的に、試験番号2-1~2-30の鋼板から、上述の方法で旧γ粒径測定用の試験片を作製した。さらに、試験番号2-1~2-30の試験片を用いて、上述の方法で旧γ粒径(μm)を求めた。試験番号2-1~2-30の鋼板について、求めた旧γ粒径を、「旧γ粒径(μm)」として表4に示す。
【0172】
[耐SSC性評価試験]
試験番号2-1~2-30の鋼板に対して、耐SSC性評価試験を実施した。NACE TM0177-2005 Method Aに準拠した方法によって、耐SSC性を評価した。具体的には、試験番号2-1~2-30の鋼板の板厚中央部から、径6.35mm、平行部の長さ25.4mmの丸棒試験片を作製した。作製した試験片のうち3本に対して、常温耐SSC性試験を実施した。作製した試験片のうち、他の3本に対して、低温耐SSC性試験を実施した。なお、試験片の軸方向は、圧延方向に平行であった。
【0173】
常温耐SSC性試験は、次のとおりに実施した。試験番号2-1~2-30の丸棒試験片の軸方向に引張応力を負荷した。このとき、与えられる応力が各鋼板の実降伏応力の95%になるように調整した。試験溶液は、5.0質量%塩化ナトリウムと0.5質量%酢酸との混合水溶液(NACE solution A)を用いた。3つの試験容器に24℃の試験溶液をそれぞれ注入し、試験浴とした。応力が付加された3本の丸棒試験片を、1本ずつ異なる試験容器の試験浴に浸漬した。各試験浴を脱気した後、1atmのH2Sガスを試験浴に吹き込み、飽和させた。1atmのH2Sガスが飽和した試験浴を、24℃で720時間保持した。
【0174】
720時間保持後の試験番号2-1~2-30の丸棒試験片に対して、硫化物応力割れ(SSC)の発生の有無を観察した。具体的には、720時間浸漬後の丸棒試験片を、肉眼及び倍率10倍の投影機を用いて観察した。観察の結果、3本全ての丸棒試験片に割れが確認されなかったものを、「E」(Excellent)と判断した。一方、少なくとも1本の丸棒試験片に割れが確認されたものを、「NA」(Not Acceptable)と判断した。
【0175】
低温耐SSC性試験は、常温耐SSC性試験と同様に、NACE TM0177-2005 Method Aに準拠して実施した。低温耐SSC性試験では、与えられる応力が各鋼板の実降伏応力の85%になるように調整した。試験溶液は、常温耐SSC性試験と同様に、NACE solution Aを用いた。さらに、試験浴の温度は4℃とした。その他の条件は、常温耐SSC性試験と同様に実施した。
【0176】
720時間浸漬後の試験番号2-1~2-30の丸棒試験片に対して、硫化物応力割れ(SSC)の発生の有無を観察した。具体的には、720時間浸漬後の丸棒試験片を、肉眼及び倍率10倍の投影機を用いて観察した。観察の結果、3本全ての丸棒試験片に割れが確認されなかったものを、「E」(Excellent)と判断した。一方、少なくとも1本の丸棒試験片に割れが確認されたものを、「NA」(Not Acceptable)と判断した。
【0177】
[試験結果]
表4に試験結果を示す。
【0178】
表3及び表4を参照して、試験番号2-1~2-14の鋼板の化学組成は適切であり、Fn1は85を超えた。さらに、Fn2は691を超えた。その結果、試験番号2-1~2-14の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示した。
【0179】
一方、試験番号2-15の鋼板は、低温焼戻しが実施されなかった。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号2-15の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0180】
試験番号2-16の鋼板は、高温焼戻しが実施された後、低温焼戻しが実施された。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号2-16の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0181】
試験番号2-17の鋼板は、Si含有量が低すぎた。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号2-17の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0182】
試験番号2-18の鋼板は、Cr含有量が低すぎた。その結果、試験番号2-18の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0183】
試験番号2-19の鋼板は、Mo含有量が低すぎた。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号2-19の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0184】
試験番号2-20の鋼板は、Mn含有量が高すぎた。その結果、試験番号2-20の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0185】
試験番号2-21の鋼板は、N含有量が高すぎた。その結果、試験番号2-21の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0186】
試験番号2-22の鋼板は、P含有量が高すぎた。その結果、試験番号2-22の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0187】
試験番号2-23の鋼板は、Si含有量が低すぎた。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号2-23の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0188】
試験番号2-24及び2-25の鋼板は、Fn1が85以下であった。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号2-24及び2-25の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0189】
試験番号2-26の鋼板は、V含有量が低すぎた。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号2-26の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0190】
試験番号2-27の鋼板は、Mo含有量が低すぎた。その結果、試験番号2-27の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0191】
試験番号2-28の鋼板は、Mn含有量が高すぎた。その結果、試験番号2-28の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0192】
試験番号2-29の鋼板は、Ti含有量が高すぎた。その結果、試験番号2-29の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0193】
試験番号2-30の鋼板は、Nb含有量が高すぎた。その結果、試験番号2-30の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【実施例3】
【0194】
実施例3では、140ksi以上(965MPa以上)の降伏強度を有する鋼材について調査した。具体的には、表5に示す化学組成を有する、180kgの溶鋼を製造した。なお、表5中の「-」は、該当する元素の含有量が不純物レベルであったことを意味する。また、表5に記載の化学組成と、上述の定義とから求めたFn1を表5に示す。
【0195】
【表5】
【0196】
上記溶鋼を用いてインゴットを製造した。インゴットを熱間圧延して、板厚15mmの鋼板を製造した。熱間圧延後、鋼板温度を常温とした試験番号3-1~3-30の鋼板について、焼入れを2回実施した。まず、実施例1と同様の方法で、試験番号3-1~3-30の鋼板におけるAc3点を求めた。すなわち、実施例1と同様に、試験片の熱膨張率と温度との関係から特定された、オーステナイト単相の温度域における最も低い温度をAc3点と定義した。
【0197】
次に、試験番号3-1~3-30の鋼板を、表6に記載の焼入れ温度(℃)となるように加熱した。なお、試験番号3-1~3-30の焼入れ温度は、上述の方法で得られた各試験番号の鋼板におけるAc3点以上とした。試験番号3-1~3-30の鋼板について、焼入れ温度で20分保持した後、シャワー型水冷装置を用いて水冷を実施した。なお、あらかじめ鋼板の板厚中央部に装入したシース型のK熱電対により、焼入れ温度及び焼入れ時の冷却速度を測定した。
【0198】
【表6】
【0199】
焼入れが実施された試験番号3-1~3-30の鋼板について、さらに同一の条件で、2回目の焼入れを実施した。なお、1回目及び2回目の焼入れでは、いずれも焼入れ時における800℃から500℃の間の平均冷却速度、すなわち焼入れ時冷却速度(CR800-500)(℃/秒)は、10℃/秒であった。
【0200】
2回目の焼入れ後、試験番号3-1~3-30の鋼板に対して、焼戻しを実施した。試験番号3-1~3-14、及び、3-16~3-30の鋼板に対しては、1回目の焼戻しと、2回目の焼戻しとを実施した。一方、試験番号3-15の鋼板に対しては、1回のみ焼戻しを実施した。1回目の焼戻し及び2回目の焼戻しそれぞれについて、焼戻し温度(℃)及び焼戻し時間(分)を表6に示す。なお、焼戻し温度は、焼戻しを実施した炉の温度とした。焼戻し時間とは、各試験番号の鋼板の温度が、所定の焼戻し温度に到達してから、炉から抽出されるまでとした。
【0201】
[評価試験]
上記の焼戻し後の試験番号3-1~3-30の鋼板に対して、以下に説明する引張試験、転位密度測定試験、旧γ粒径測定試験、及び、耐SSC性評価試験を実施した。
【0202】
[引張試験]
実施例1と同様の方法で、試験番号3-1~3-30の鋼板に対して、引張試験を実施した。具体的には、試験番号3-1~3-30の鋼板の板厚中央部から、平行部直径4mm、標点距離20mmであり、軸方向が鋼板の圧延方向と平行である丸棒試験片を作製した。作製した丸棒試験片を用いて、常温(25℃)、大気中にてASTM E8/E8M(2013)に準拠した引張試験を実施して、試験番号3-1~3-30の鋼板の降伏強度σYS(MPa)を得た。なお、本実施例では、引張試験で得られた0.2%オフセット耐力を、降伏強度σYSと定義した。試験番号3-1~3-30について、得られた降伏強度σYSを「σYS(MPa)」として表6に示す。
【0203】
[転位密度測定試験]
試験番号3-1~3-30の鋼板に対して、転位密度測定試験を実施した。具体的に、試験番号3-1~3-30の鋼板から、上述の方法で転位密度測定用の試験片を作製した。さらに、試験番号3-1~3-30の試験片を用いて、上述の方法で転位密度ρ(m-2)を求めた。試験番号3-1~3-30の鋼板について、求めた転位密度ρを、「転位密度ρ(1014-2)」として表6に示す。試験番号3-1~3-30の鋼板についてさらに、求めた転位密度ρと、求めた降伏強度σYSと、上述の定義とから求めたFn2を表6に示す。
【0204】
[旧γ粒径測定試験]
試験番号3-1~3-30の鋼板に対して、旧γ粒径測定試験を実施した。具体的に、試験番号3-1~3-30の鋼板から、上述の方法で旧γ粒径測定用の試験片を作製した。さらに、試験番号3-1~3-30の試験片を用いて、上述の方法で旧γ粒径(μm)を求めた。試験番号3-1~3-30の鋼板について、求めた旧γ粒径を、「旧γ粒径(μm)」として表6に示す。
【0205】
[耐SSC性評価試験]
試験番号3-1~3-30の鋼板に対して、耐SSC性評価試験を実施した。NACE TM0177-2005 Method Aに準拠した方法によって、耐SSC性を評価した。具体的には、試験番号3-1~3-30の鋼板の板厚中央部から、径6.35mm、平行部の長さ25.4mmの丸棒試験片を作製した。作製した試験片のうち3本に対して、常温耐SSC性試験を実施した。作製した試験片のうち、他の3本に対して、低温耐SSC性試験を実施した。なお、試験片の軸方向は、圧延方向に平行であった。
【0206】
常温耐SSC性試験は、次のとおりに実施した。試験番号3-1~3-30の丸棒試験片の軸方向に引張応力を負荷した。このとき、与えられる応力が各鋼板の実降伏応力の95%になるように調整した。試験溶液は、酢酸でpH3.5に調整した、5.0質量%塩化ナトリウムと0.4質量%酢酸ナトリウムとの混合水溶液(NACE solution B)を用いた。3つの試験容器に24℃の試験溶液をそれぞれ注入し、試験浴とした。応力が付加された3本の丸棒試験片を、1本ずつ異なる試験容器の試験浴に浸漬した。各試験浴を脱気した後、0.1atmのH2Sガスと0.9atmのCO2ガスとの混合ガスを試験浴に吹き込み、飽和させた。0.1atmのH2Sガスと0.9atmのCO2ガスとの混合ガスが飽和した試験浴を、24℃で720時間保持した。
【0207】
720時間保持後の試験番号3-1~3-30の丸棒試験片に対して、硫化物応力割れ(SSC)の発生の有無を観察した。具体的には、720時間浸漬後の丸棒試験片を、肉眼及び倍率10倍の投影機を用いて観察した。観察の結果、3本全ての丸棒試験片に割れが確認されなかったものを、「E」(Excellent)と判断した。一方、少なくとも1本の丸棒試験片に割れが確認されたものを、「NA」(Not Acceptable)と判断した。
【0208】
低温耐SSC性試験は、常温耐SSC性試験と同様に、NACE TM0177-2005 Method Aに準拠して実施した。低温耐SSC性試験では、与えられる応力が965MPaの85%(820MPa)になるように調整した。試験溶液は、常温耐SSC性試験と同様に、NACE solution Bを用いた。さらに、試験浴の温度は4℃とした。その他の条件は、常温耐SSC性試験と同様に実施した。
【0209】
720時間浸漬後の試験番号3-1~3-30の丸棒試験片に対して、硫化物応力割れ(SSC)の発生の有無を観察した。具体的には、720時間浸漬後の丸棒試験片を、肉眼及び倍率10倍の投影機を用いて観察した。観察の結果、3本全ての丸棒試験片に割れが確認されなかったものを、「E」(Excellent)と判断した。一方、少なくとも1本の丸棒試験片に割れが確認されたものを、「NA」(Not Acceptable)と判断した。
【0210】
[試験結果]
表6に試験結果を示す。
【0211】
表5及び表6を参照して、試験番号3-1~3-14の鋼板の化学組成は適切であり、Fn1は85を超えた。さらに、Fn2は691を超えた。その結果、試験番号3-1~3-14の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示した。
【0212】
一方、試験番号3-15の鋼板は、低温焼戻しが実施されなかった。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号3-15の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0213】
試験番号3-16の鋼板は、高温焼戻しが実施された後、低温焼戻しが実施された。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号3-16の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0214】
試験番号3-17の鋼板は、Si含有量が低すぎた。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号3-17の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0215】
試験番号3-18の鋼板は、Cr含有量が低すぎた。その結果、試験番号3-18の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0216】
試験番号3-19の鋼板は、Mo含有量が低すぎた。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号3-19の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0217】
試験番号3-20の鋼板は、Mn含有量が高すぎた。その結果、試験番号3-20の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0218】
試験番号3-21の鋼板は、N含有量が高すぎた。その結果、試験番号3-21の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0219】
試験番号3-22の鋼板は、P含有量が高すぎた。その結果、試験番号3-22の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0220】
試験番号3-23の鋼板は、Si含有量が低すぎた。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号3-23の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0221】
試験番号3-24及び3-25の鋼板は、Fn1が85以下であった。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号3-24及び3-25の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0222】
試験番号3-26の鋼板は、V含有量が低すぎた。その結果、Fn2が691以下となった。その結果、試験番号3-26の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0223】
試験番号3-27の鋼板は、Mo含有量が低すぎた。その結果、試験番号3-27の鋼板は、低温耐SSC性試験において、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0224】
試験番号3-28の鋼板は、Mn含有量が高すぎた。その結果、試験番号3-28の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0225】
試験番号3-29の鋼板は、Ti含有量が高すぎた。その結果、試験番号3-29の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0226】
試験番号3-30の鋼板は、Nb含有量が高すぎた。その結果、試験番号3-30の鋼板は、常温耐SSC性試験、及び、低温耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
【0227】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1A
図1B
図1C
図2
図3