(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-16
(45)【発行日】2023-01-24
(54)【発明の名称】ばね用鋼線
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230117BHJP
C22C 38/34 20060101ALI20230117BHJP
C21D 8/06 20060101ALN20230117BHJP
C21D 9/52 20060101ALN20230117BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/34
C21D8/06 A
C21D9/52 103Z
(21)【出願番号】P 2022549551
(86)(22)【出願日】2022-03-30
(86)【国際出願番号】 JP2022016153
【審査請求日】2022-08-17
(31)【優先権主張番号】P 2021128969
(32)【優先日】2021-08-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136098
【氏名又は名称】北野 修平
(74)【代理人】
【識別番号】100137246
【氏名又は名称】田中 勝也
(74)【代理人】
【識別番号】100158861
【氏名又は名称】南部 史
(74)【代理人】
【識別番号】100194674
【氏名又は名称】青木 覚史
(72)【発明者】
【氏名】泉田 寛
(72)【発明者】
【氏名】中島 徹也
(72)【発明者】
【氏名】紺谷 博人
【審査官】櫛引 明佳
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-115859(JP,A)
【文献】特開2004-300481(JP,A)
【文献】特開2017-082251(JP,A)
【文献】特開2017-201051(JP,A)
【文献】国際公開第2021/255848(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/06
C21D 9/52
C23C 8/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線状の形状を有する鋼製の本体部と、
前記本体部の外周面を覆う酸化層と、を備え、
前記本体部を構成する鋼は、0.6質量%以上0.7質量%以下の炭素と、1.7質量%以上2.5質量%以下の珪素と、0.2質量%以上1質量%以下のマンガンと、0.6質量%以上2質量%以下のクロムと、0.08質量%以上0.25質量%以下のバナジウムと、を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、
前記本体部を構成する鋼の組織は焼戻マルテンサイト組織であり、
前記酸化層は、珪素の最大濃度が前記本体部の2.5倍以上5.5倍以下である高珪素濃度層を含み、
前記本体部は、外周面を構成するように配置され、0.5μm以上2.5μm以下の厚みを有する粒界酸化層を含む、ばね用鋼線。
【請求項2】
前記酸化層の厚みは2μm以上5μm以下である、請求項1に記載のばね用鋼線。
【請求項3】
前記酸化層は、80質量%以上の四酸化三鉄を含む、請求項1または請求項2に記載のばね用鋼線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ばね用鋼線に関するものである。
【0002】
本出願は、2021年8月5日出願の日本出願第2021-128969号に基づく優先権を主張し、前記日本出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0003】
ばねへの加工性の向上が図られた種々のオイルテンパー線(ばね用鋼線)が知られている(たとえば、特開2004-115859号公報(特許文献1)、特開2018-12868号公報(特許文献2)および特開2017-115228号公報(特許文献3)参照)。また、ばねの疲労強度の向上が図られたオイルテンパー線が知られている(たとえば、特開2004-315968号公報(特許文献4)、特開2006-183136号公報(特許文献5)、特開2008-266725号公報(特許文献6)、国際公開第2013/024876号(特許文献7)、特開2012-077367号公報(特許文献8)および国際公開第2015/115574号(特許文献9)参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-115859号公報
【文献】特開2018-12868号公報
【文献】特開2017-115228号公報
【文献】特開2004-315968号公報
【文献】特開2006-183136号公報
【文献】特開2008-266725号公報
【文献】国際公開第2013/024876号
【文献】特開2012-077367号公報
【文献】国際公開第2015/115574号
【発明の概要】
【0005】
本開示に従ったばね用鋼線は、線状の形状を有する鋼製の本体部と、本体部の外周面を覆う酸化層と、を備える。本体部を構成する鋼は、0.6質量%以上0.7質量%以下のC(炭素)と、1.7質量%以上2.5質量%以下のSi(珪素)と、0.2質量%以上1質量%以下のMn(マンガン)と、0.6質量%以上2質量%以下のCr(クロム)と、0.08質量%以上0.25質量%以下のV(バナジウム)と、を含有し、残部がFe(鉄)および不可避的不純物からなる。本体部を構成する鋼の組織は焼戻マルテンサイト組織である。酸化層は、Siの最大濃度が本体部の2.5倍以上5.5倍以下である高Si濃度層を含む。本体部は、外周面を構成するように配置され、0.5μm以上2.5μm以下の厚みを有する粒界酸化層を含む。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】
図1は、ばね用鋼線の構造を示す概略図である。
【
図2】
図2は、ばね用鋼線の構造を示す概略断面図である。
【
図3】
図3は、ばね用鋼線の本体部と酸化層との境界付近の構造を示す概略断面図である。
【
図4】
図4は、ばね用鋼線の製造方法の概略を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[本開示が解決しようとする課題]
特許文献1~3においても開示されている通り、ばね用鋼線においては、ばねへの加工性の向上を目的として、表面に酸化層が形成される場合がある。また、特許文献4~9にも開示されている通り、ばねの疲労強度を向上させることが可能なばね用鋼線が求められている。ばねの疲労強度を向上させる方策の一つとして、窒化処理が実施される場合がある。
【0008】
しかし、本発明者らの検討によれば、ばねへの加工性の向上を目的として表面に酸化層を形成すると、窒化処理を実施した場合でもばねの疲労強度が十分に上昇しない傾向がみられる。そこで、ばねへの加工性の向上とばねの疲労強度の向上とを両立することが可能なばね用鋼線を提供することを目的の1つとする。
【0009】
[本開示の効果]
上記ばね用鋼線によれば、ばねへの加工性の向上とばねの疲労強度の向上とを両立することができる。
【0010】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。本開示のばね用鋼線は、線状の形状を有する鋼製の本体部と、本体部の外周面を覆う酸化層と、を備える。本体部を構成する鋼は、0.6質量%以上0.7質量%以下のCと、1.7質量%以上2.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1質量%以下のMnと、0.6質量%以上2質量%以下のCrと、0.08質量%以上0.25質量%以下のVと、を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。本体部を構成する鋼の組織は焼戻マルテンサイト組織である。酸化層は、Siの最大濃度が本体部の2.5倍以上5.5倍以下である高Si濃度層を含む。本体部は、外周面を構成するように配置され、0.5μm以上2.5μm以下の厚みを有する粒界酸化層を含む。
【0011】
本発明者らは、ばねへの加工性の向上を目的として表面に酸化層を形成すると、窒化処理を実施した場合でもばねの疲労強度が十分に上昇しない原因について検討した。その結果、Siの拡散が窒化の進行に影響していることを見出し、本発明に想到した。
【0012】
具体的には、ばね用鋼線の表面を酸化すると、ばね用鋼線の表面にはFeの酸化物から構成される酸化層が形成される。このとき、ばね用鋼線を構成する鋼に含まれるSiやCrは、Feと同様に酸素との親和性が高いものの、Feよりも拡散速度が小さいため、酸化層まで到達することができず、本体部の外周面付近に残存する。その結果、本体部の外周面付近にはSiおよびCrの濃度が高い層が形成される。SiおよびCrは、N(窒素)とも親和性が高い。そのため、ばね用鋼線がばねの形状に加工された後、酸化層が除去され、さらに窒化処理が実施されると、表面から侵入したNがSiおよびCrと化合物を形成することで表面付近において捕捉され、内部へと侵入することが阻害される。その結果、疲労強度の向上に寄与する窒化層の厚みが小さくなり、疲労強度が十分に向上しない。
【0013】
一方、酸化層形成時の酸化をさらに進行させると、本体部の外周面付近のSiが酸化層へと拡散し、酸化層内に高Si濃度層が形成されて本体部の外周面付近のSiが低減されるとともに、本体部には本体部の外周面を構成するように粒界酸化層が形成される。粒界酸化層は、他の部分に比べて元素の拡散が速い旧オーステナイト結晶粒の粒界に沿って酸素が侵入した層である。本発明者らの検討によれば、酸化層が、Siの最大濃度が本体部の2.5倍以上5.5倍以下である高Si濃度層を含み、かつ粒界酸化層の厚みが0.5μm以上2.5μm以下となる程度に酸化を進行させることにより、表面付近においてNを捕捉するSiが酸化層へと拡散することで表面付近において十分に低減される。その結果、窒化処理において形成される窒化層の厚みが大きくなることにより、ばねの疲労強度が向上する。酸化層におけるSiの最大濃度が本体部の2.5倍未満である場合や粒界酸化層の厚みが0.5μm未満である場合、Siの酸化層への拡散が不十分となり、窒化層の厚みが十分に大きくならない。酸化層におけるSiの最大濃度が本体部の5.5倍を超える場合や粒界酸化層の厚みが2.5μmを超える場合、本体部の硬度の上昇に寄与するCrやVなどが酸化層へと拡散することで本体部の硬度が低下し、ばねの疲労強度が低下する。
【0014】
本開示のばね用鋼線においては、本体部を構成する鋼の各構成元素の含有量が適切に設定され、かつ本体部を構成する鋼が焼戻マルテンサイト組織を有する。また、本体部は、ばねへの加工性の向上に寄与する酸化層に覆われている。そして、酸化層が、Siの最大濃度が本体部の2.5倍以上5.5倍以下である高Si濃度層を含み、かつ粒界酸化層の厚みが0.5μm以上2.5μm以下となる程度に酸化が進行している。これにより、酸化層形成によるばねへの加工性の向上を達成しつつ、Siによる窒化層の形成の阻害を抑制し、ばねの疲労強度の向上を達成することができる。このように、本開示のばね用鋼線によれば、ばねへの加工性の向上とばねの疲労強度の向上とを両立することができる。
【0015】
本体部を構成する鋼の成分組成を上記範囲とすべきである理由について、以下に説明する。
【0016】
炭素(C):0.6質量%以上0.7質量%以下
Cは、焼戻マルテンサイト組織を有する鋼の強度に大きな影響を与える元素である。ばね用鋼線として十分な強度を得る観点から、C含有量は0.6質量%以上とする必要がある。一方、C含有量が多くなると靱性が低下し、加工が困難になるおそれがある。十分な靱性を確保する観点から、C含有量は0.7質量%以下とする必要がある。
【0017】
珪素(Si):1.7質量%以上2.5質量%以下
Siは、加熱による軟化を抑制する性質(軟化抵抗性)を有する。また、Siは、ばねへの加工後に形成される窒化層以外の領域(内部)における鋼の硬度を上昇させる。ばね用鋼線のばねへの加工時およびばねの使用時における加熱による軟化を抑制し、かつ鋼の硬度を上昇させることによりばねの疲労強度を上昇させる観点から、Si含有量は1.7質量%以上とする必要があり、1.8質量%以上としてもよい。一方、Siは過度に添加すると靱性を低下させる。十分な靱性を確保する観点から、Si含有量は2.5質量%以下とする必要がある。靱性を重視する観点からは、Si含有量は2.0質量%以下としてもよい。
【0018】
マンガン(Mn):0.2質量%以上1質量%以下
Mnは、鋼の精錬において脱酸剤として添加される元素である。脱酸剤としての機能を果たすため、Mnの含有量は0.2質量%以上とする必要があり、0.3質量%以上とすることが好ましい。一方、Mnは過度に添加すると、靱性を低下させる。そのため、Mn含有量は1質量%以下とする必要があり、0.5質量%以下としてもよい。
【0019】
クロム(Cr):0.6質量%以上2質量%以下
Crは、鋼の焼入性を向上させる効果を有する。また、Crは、鋼中において炭化物生成元素として機能し、微細な炭化物の生成による金属組織の微細化や加熱時の軟化抑制に寄与する。このような効果を確実に発揮させる観点から、Crは0.6質量%以上添加される必要があり、1.7質量%以上添加されることが好ましい。一方、Crの過度の添加は靱性低下の原因となる。そのため、Crの添加量は2質量%以下とする必要があり、1.9質量%以下とすることが好ましい。
【0020】
バナジウム(V):0.08質量%以上0.25質量%以下
Vも、鋼中において炭化物生成元素として機能し、微細な炭化物の生成による金属組織の微細化や加熱時の軟化抑制に寄与する。Vの炭化物は固溶温度が高いため、鋼の焼入焼戻の際に固溶することなく存在し、金属組織の微細化(結晶粒の微細化)に特に大きく寄与する。また、ばね加工後に実施される窒化処理によってVは窒化物となり、繰返し応力がばねに負荷された場合の結晶におけるすべりの発生を抑制し、疲労強度の向上に寄与し得る。このような効果を確実に発揮させる観点から、Vは0.08質量%以上添加される必要があり、0.1質量%以上添加されることが好ましい。一方、Vの過度の添加は靱性低下の原因となる。そのため、Vの添加量は0.25質量%以下とする必要があり、0.2質量%以下としてもよい。
【0021】
不可避的不純物
ばね用鋼線を構成する鋼の製造工程において、リン(P)、硫黄(S)などが不可避的に鋼中に混入する。リンおよび硫黄は、過度に存在すると粒界偏析を生じたり、介在物を生成したりして、鋼の特性を悪化させる。そのため、リンおよび硫黄の含有量は、それぞれ0.025質量%以下とすることが好ましい。また、オーステナイト生成元素であるニッケル(Ni)、コバルト(Co)は、焼入れの際に残留オーステナイトを生成する傾向にある。残留オーステナイトにはCが多く固溶し得るため、マルテンサイト中の炭素量が減少し、本体部を構成する鋼の硬度低下を招くおそれがある。硬度の低下は疲労強度の低下につながる。したがって、NiおよびCoは意図的には添加せず、不可避的不純物として存在する含有量とする。また、炭化物生成元素であるチタン(Ti)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)は、伸線前に実施されるパテンティング処理において、パーライト変態に要する時間を長くするため、鋼線の製造効率の低下を招く。したがって、Ti、NiおよびMoは意図的には添加せず、不可避的不純物として存在する含有量とする。不可避的不純物としてのNiの含有量は、たとえば0.1質量%以下である。不可避的不純物としてのCoの含有量は、たとえば0.1質量%以下である。不可避的不純物としてのTiの含有量は、たとえば0.005質量%以下である。不可避的不純物としてのNbの含有量は、たとえば0.05質量%以下である。不可避的不純物としてのMoの含有量は、たとえば0.05質量%以下である。
【0022】
ここで、酸化層に含まれる高Si濃度層におけるSiの最大濃度は、たとえばEDX(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いた線分析により測定することができる。具体的には、まずばね用鋼線を長手方向に垂直な断面で切断する。当該断面の酸化層におけるSiの濃度について、本体部と酸化層との界面から酸化層側に向けて当該界面に垂直な方向に線分析を実施する。そして、本体部におけるSiの濃度との比を算出する。これを、たとえば3回繰り返し、その平均値を算出して、Siの最大濃度とすることができる。また、粒界酸化層の厚みについては、上記と同様の断面における本体部と酸化層との界面付近をSEM(Scanning Electron Microscope)により観察し、たとえば3視野における粒界酸化層の厚みの最大値を測定する。そして、これらの平均値を算出し、ばね用鋼線の粒界酸化層の厚みとすることができる。
【0023】
上記ばね用鋼線において、酸化層の厚みは2μm以上5μm以下であってもよい。酸化層の厚みを2μm以上とすることにより、上記のような高Si濃度層および粒界酸化層を含む構造を達成することが容易となる。酸化層の厚みを5μm以下とすることにより、必要以上の酸化層の形成による製造コストの上昇を回避することができる。
【0024】
上記ばね用鋼線において、酸化層は、80質量%以上のFe3O4(四酸化三鉄)を含んでいてもよい。この構成により、ばねへの加工性の向上により有効な酸化層を得ることができる。
【0025】
[本開示の実施形態の詳細]
次に、本開示のばね用鋼線の実施の形態を、図面を参照しつつ説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
【0026】
図1は、ばね用鋼線の構造を示す概略図である。
図2は、ばね用鋼線の構造を示す概略断面図である。
図2は、ばね用鋼線の長手方向に垂直な面における断面図である。
【0027】
図1および
図2を参照して、本実施の形態におけるばね用鋼線1は、線状の形状を有する鋼製の本体部10と、本体部10の外周面10Aを覆う酸化層20とを備えている。酸化層20の外周面20Aが、ばね用鋼線1の外周面である。
図2を参照して、ばね用鋼線1の直径φは、たとえば1.5mm以上8.0mm以下である。酸化層20の厚さtは、たとえば2μm以上5μm以下である。酸化層20は、80質量%以上のFe
3O
4を含んでいる。
【0028】
本体部10を構成する鋼は、0.6質量%以上0.7質量%以下のCと、1.7質量%以上2.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1質量%以下のMnと、0.6質量%以上2質量%以下のCrと、0.08質量%以上0.25質量%以下のVと、を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなっている。本体部10を構成する鋼の組織は焼戻マルテンサイト組織である。本実施の形態におけるばね用鋼線1は、オイルテンパー線である。
【0029】
図3は、ばね用鋼線の本体部と酸化層との境界付近の構造を示す概略断面図である。
図3を参照して、酸化層20は、Siの最大濃度が本体部10の2.5倍以上5.5倍以下である高Si濃度層21を含んでいる。本体部10は、外周面10Aを構成するように配置され、0.5μm以上2.5μm以下の厚みを有する粒界酸化層11を含んでいる。
【0030】
本実施の形態のばね用鋼線1においては、本体部10を構成する鋼の各構成元素の含有量が適切に設定され、かつ本体部10を構成する鋼が焼戻マルテンサイト組織を有する。また、本体部10は、ばねへの加工性の向上に寄与する酸化層20に覆われている。そして、酸化層20が、Siの最大濃度が本体部の2.5倍以上5.5倍以下である高Si濃度層21を含み、かつ粒界酸化層11の厚みが0.5μm以上2.5μm以下となる程度に酸化が進行している。これにより、酸化層20の形成によるばねへの加工性の向上を達成しつつ、Siによる窒化層の形成の阻害を抑制し、ばねの疲労強度の向上を達成することが可能となっている。このように、本実施の形態のばね用鋼線1は、ばねへの加工性の向上とばねの疲労強度の向上とを両立することが可能なばね用鋼線となっている。
【0031】
次に、ばね用鋼線1の製造方法の一例について、
図4に基づいて説明する。
図4は、本実施の形態のばね用鋼線1の製造方法の概略を示すフローチャートである。
図4を参照して、本実施の形態のばね用鋼線1の製造方法においては、まず工程(S10)として線材準備工程が実施される。この工程(S10)では、0.6質量%以上0.7質量%以下のCと、1.7質量%以上2.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1質量%以下のMnと、0.6質量%以上2質量%以下のCrと、0.08質量%以上0.25質量%以下のVと、を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼の線材が準備される。
【0032】
次に、
図4を参照して、工程(S20)としてパテンティング工程が実施される。この工程(S20)では、工程(S10)において準備された線材に対してパテンティングが実施される。具体的には、線材がオーステナイト化温度(A
1点)以上の温度域に加熱された後、マルテンサイト変態開始温度(M
s点)よりも高い温度域まで急冷され、当該温度域で保持される熱処理が実施される。これにより、線材の組織がラメラ間隔の小さい微細パーライト組織となる。ここで、上記パテンティング処理において、線材をA
1点以上の温度域に加熱する処理は、脱炭の発生を抑制する観点から不活性ガス雰囲気中で実施されることが好ましい。
【0033】
次に、
図4を参照して、工程(S30)として表面層除去工程が実施される。この工程(S30)では、工程(S20)においてパテンティングが実施された線材の表面層が除去される。具体的には、たとえば上記線材がシェービングダイス内を通過することにより、パテンティングにより形成された表面の脱炭層等が除去される。この工程は必須の工程ではないが、これを実施することによりパテンティングによって脱炭層等が表面に生じた場合でも、これを除去することができる。
【0034】
次に、工程(S40)として焼きなまし工程が実施される。この工程(S40)では、工程(S30)において表面層が除去された線材に対して焼きなましが実施される。焼きなましは、線材を軟化させるために実施される熱処理である。本実施の形態においては、これに加えて酸化層20および粒界酸化層11の形成、ならびに酸化層20内の高Si濃度層21におけるSiの最大濃度の調整および粒界酸化層11の厚みの調整がこの(S40)において実施される。
【0035】
工程(S40)においては、線材の酸化を、本体部10の外周面10A付近にSiおよびCrの濃度が高い層が形成される状態を超え、高Si濃度層21および粒界酸化層11が形成される状態にまで進行させる必要がある。さらに、高Si濃度層21におけるSiの最高濃度を本体部10の2.5倍以上5.5倍以下という狭い範囲に調整し、かつ粒界酸化層11の厚みを0.5μm以上2.5μm以下という狭い範囲に調整する必要がある。一般的な焼きなまし工程は、N、Ar(アルゴン)などの不活性ガス雰囲気中で実施される。しかし、上記の通り酸化層20および粒界酸化層11の形成を焼きなましと同時に行う観点から、工程(S40)は、酸化性雰囲気中で実施される。また、高Si濃度層21および粒界酸化層11が形成される状態にまで酸化を進行させるとともに、上記の通り高Si濃度層21におけるSiの最高濃度および粒界酸化層11の厚みを厳密に調整する観点から、雰囲気、温度および時間の選定が重要である。具体的には、雰囲気に適切な酸化性を付与し、かつ高温での処理が好適である。たとえば不活性ガスに意図的に水蒸気を混入させた雰囲気が採用され、650℃以上700℃以下に1時間以上3時間以下の時間保持する熱処理が実施される。水蒸気の濃度は、たとえば焼きなまし処理を実施するための炉の容積1m3あたり、液体状態の水に換算して2L以上3L以下の水蒸気が含まれる濃度としてもよい。炉内の圧力は、たとえば大気圧(1気圧)とすることができる。
【0036】
なお、本実施の形態においては、製造工程の簡略化の観点から、工程(S40)において酸化層20が形成される。しかし、酸化層20は、工程(S40)とは別の独立した工程で形成されてもよい。すなわち、工程(S40)は焼きなまし処理のみを実施する観点から不活性ガス雰囲気中で実施され、別工程において線材が酸化されてもよい。この場合、線材の酸化工程において、上記厳密な雰囲気、温度および時間の選定が必要となる。
【0037】
次に、工程(S50)として、ショットブラスティング工程が実施される。この工程(S50)では、工程(S40)において焼きなまし処理が実施され、酸化層20が形成された線材に対してショットブラスティングが実施される。この工程は必須の工程ではないが、これを実施することにより、酸化層20の表面に形成された脆いFe2O3を除去し、酸化層20におけるFe3O4の割合を調整することができる。
【0038】
次に、工程(S60)として伸線工程が実施される。この工程(S60)では、工程(S50)においてショットブラスティングが実施された線材に対して伸線加工(引抜き加工)が実施される。工程(S60)の伸線加工における加工度(減面率)は、適宜設定できるが、たとえば50%以上90%以下とすることができる。ここで、「減面率」とは、線材の長手方向に垂直な断面に関し、伸線加工前の断面積と伸線加工後の断面積との差を伸線加工前の断面積で除した値を百分率で表示した値である。
【0039】
次に、工程(S70)として焼入工程が実施される。この工程(S70)では、工程(S60)において伸線加工が実施された線材(鋼線)に対して、鋼のA1点以上の温度に加熱された後、MS点以下の温度に急冷される焼入処理が実施される。より具体的には、たとえば鋼線に対して800℃以上1000℃以下の温度に加熱した後、油中に浸漬することにより急冷する熱処理が実施される。これにより、本体部を構成する鋼の組織がマルテンサイト組織となる。
【0040】
次に、工程(S80)として焼戻工程が実施される。この工程(S80)では、工程(S70)において焼入処理が実施された鋼線に対して、鋼のA1点未満の温度に加熱された後、冷却される焼戻処理が実施される。鋼線の加熱は、所定の温度に維持された油中に鋼線を浸漬することにより実施される。より具体的には、たとえば鋼線に対して400℃以上700℃以下の温度に加熱し、0.5分間以上20分間以下の時間維持したあと冷却する熱処理が実施される。これにより、本体部10を構成する鋼の組織が焼戻マルテンサイト組織となる。以上の手順により、本実施の形態のばね用鋼線1を製造することができる。
【実施例】
【0041】
本開示のばね用鋼線を作製してばねに加工し、特性を評価することで本開示のばね用鋼線の優位性を確認する実験を行った。実験の手順および結果は以下のとおりである。
【0042】
(1)ばね用鋼線の作製
以下の表1に示す成分組成を有する直径φ4mmの鋼線を準備し、上記実施の形態の焼きなまし工程(S40)を実施することにより酸化層20を形成した。焼きなましは、炉の容積1m3あたり、液体状態の水に換算して2.5Lの水蒸気を導入した窒素雰囲気の炉内において675℃に鋼線を加熱する条件にて実施した。炉内の圧力は、大気圧(1気圧)とした。675℃での保持時間を0.5~4時間の範囲で変化させることにより、酸化の進行度を変化させた。表1において、数値はいずれも各成分の質量割合(質量%)を示している。Feのほか、表1に示されたC、Si、Mn、Cr、V以外の元素は意図的には添加されておらず、残部はFeおよび不可避的不純物である。
【0043】
【表1】
その後、上記実施の形態の焼入工程(S70)および焼戻工程(S80)を全ての鋼線について同一条件で実施し、酸化層20の厚みが3.0±0.3μmであるオイルテンパー線(ばね用鋼線)のサンプルを得た。得られたサンプルについて、酸化層20(高Si濃度層21)におけるSiの最大濃度および粒界酸化層11の厚みを調査した。Siの最大濃度は、Carl Zeiss社製SEM(GeminiSEM450)に付属のOXFORD社製ULTIM MAX170EDXを用いた線分析により調査した。そして、本体部10の外周面10Aから深さ1.5μmの位置におけるSiの濃度を本体部10におけるSiの濃度として測定し、当該濃度に対する酸化層20におけるSiの最大濃度の比率を算出した。線分析は、各サンプルについて3か所で実施した。本体部10におけるSiの濃度および酸化層20におけるSiの最大濃度は、これら3か所の平均値で評価した。また、粒界酸化層11の厚みは、線分析を実施した3か所に対応するSEMの3視野中における最大値で評価した。結果を表2に示す。表2を参照して、サンプルNo.1~3、8~10および15~17が、本開示のばね用鋼線の条件を満たす実施例のサンプルである。サンプルNo.4~7、11~14および18~21は、本開示のばね用鋼線の条件を満たさない比較例のサンプルである。
【0044】
【0045】
(2)硬度分布の調査
上記表2の各サンプルについて、圧縮ばねの形状への加工、ひずみ取り焼きなまし、酸化層20の除去、窒化、ショットピーニング、セッチングを実施し、各サンプルに対応する圧縮ばねを得た。窒化処理は、窒化雰囲気中において440℃に加熱し、5時間保持する条件で実施した。そして、表面から深さ120μmまでの硬度の分布をビッカース硬度計により測定した。測定結果を表3に示す。
【0046】
【表3】
表3を参照して、実施例のサンプルであるサンプルNo.1~3、8~10および15~17においては、鋼線の内部、特に窒化の影響が及ぶ最大深さ近傍の深さ80~100μmでの硬度が比較例のサンプルであるサンプルNo.4~7、11~14および18~21に比べて高くなっていることが分かる。Siの最大濃度の比率および粒界酸化層の厚みが大きい比較例のサンプルであるサンプル6、7、13、14、20および21においては、表面付近を含めて窒化による硬化が不十分になっていることが分かる。これは、酸化の進行が過剰となり、硬度の上昇に寄与するCrやVなどが酸化層へと拡散することで本体部の表面付近(ばねにおける表面付近)の硬度が低下したためであると考えることができる。一方、Siの最大濃度の比率および粒界酸化層の厚みが小さい比較例のサンプルであるサンプル4、5、11、12、18および19においては、表面付近の硬度は十分であるものの、内部における硬化が不十分となっていることが分かる。これは、酸化の進行が不十分であり、本体部の表面付近(ばねにおける表面付近)にNとの親和性の高いSiおよびCrの濃度が高い層が形成されたことに起因して、窒化処理において表面から侵入したNが表面付近において捕捉され、窒化層の厚み(窒素の到達深さ)が小さくなったためであると考えられる。
【0047】
(3)疲労強度の調査
次に、実施例のサンプルであるサンプルNo.1~3および比較例のサンプルであるサンプルNo.4~7について、それぞれ8個のばねを作製し、疲労試験に供した。疲労試験は、平均応力686MPa、応力振幅630MPaの条件で実施した。そして、繰返し数5.0×107回および1.0×108回の時点での未折損ばねの個数により疲労強度を評価した。結果を表4に示す。
【0048】
【表4】
表4を参照して、実施例のサンプルであるサンプルNo.1~3は、いずれも高い疲労強度を有していることが分かる。Siの最大濃度の比率および粒界酸化層の厚みが小さい比較例のサンプルであるサンプル4および5は、繰返し数が5.0×10
7回の時点では折損していないものの、繰返し数が1.0×10
8回の時点では半数以上が折損している。これは、表面における硬度は高いため、ある程度の疲労強度は確保できるものの、内部における硬度が不十分であるため、1.0×10
8回という長期の疲労に対しては、強度が不十分であるためであると考えられる。Siの最大濃度の比率および粒界酸化層の厚みが大きい比較例のサンプルであるサンプル6および7についても、同様に繰返し数が1.0×10
8回の時点では半数が折損している。また、Siの最大濃度の比率および粒界酸化層の厚みが大きいサンプル7では、繰返し数が5.0×10
7回の時点でも折損が発生している。これは、Siの最大濃度の比率および粒界酸化層の厚みが大きい場合、内部だけでなく表面における硬度も不十分となるためであると考えられる。
【0049】
(4)実験結果のまとめ
以上の実験結果より、本開示のばね用鋼線においては、ばねへの加工性の向上に寄与する酸化層が表面に形成されているにもかかわらず、Siによる窒化層の形成の阻害を抑制し、ばねの疲労強度の向上が達成されていることが確認される。
【0050】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、どのような面からも制限的なものではないと理解されるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく、請求の範囲によって規定され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0051】
1 ばね用鋼線、10 本体部、10A 外周面、11 粒界酸化層、20 酸化層、20A 外周面、21 高Si濃度層。
【要約】
ばね用鋼線は、線状の形状を有する鋼製の本体部と、本体部の外周面を覆う酸化層と、を備える。本体部を構成する鋼は、0.6質量%以上0.7質量%以下のCと、1.7質量%以上2.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1質量%以下のMnと、0.6質量%以上2質量%以下のCrと、0.08質量%以上0.25質量%以下のVと、を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。本体部を構成する鋼の組織は焼戻マルテンサイト組織である。酸化層は、Siの最大濃度が本体部の2.5倍以上5.5倍以下である高Si濃度層を含む。本体部は、外周面を構成するように配置され、0.5μm以上2.5μm以下の厚みを有する粒界酸化層を含む。