(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-16
(45)【発行日】2023-01-24
(54)【発明の名称】変性タンパク質素材
(51)【国際特許分類】
A23J 3/16 20060101AFI20230117BHJP
A23L 11/00 20210101ALI20230117BHJP
A23L 5/00 20160101ALN20230117BHJP
【FI】
A23J3/16
A23L11/00 A
A23L11/00 F
A23L5/00 L
(21)【出願番号】P 2022549679
(86)(22)【出願日】2022-03-29
(86)【国際出願番号】 JP2022015616
【審査請求日】2022-08-18
(31)【優先権主張番号】P 2021056902
(32)【優先日】2021-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000236768
【氏名又は名称】不二製油グループ本社株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100157956
【氏名又は名称】稲井 史生
(72)【発明者】
【氏名】狩野 弘志
(72)【発明者】
【氏名】上山 知樹
(72)【発明者】
【氏名】井上 量太
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-070691(JP,A)
【文献】Nusantara Biosci.,2014年,vol.6, no.2,pp.196-202
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23J 3/00-3/34
FSTA/CAplus/AGRICOLA/BIOSIS/
MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
豆類由来のタンパク質である、下記a)~b)の全特徴を有する変性タンパク質素材:
a)分子量分布の測定結果で、2,000Da以上20,000Da未満の面積比率が45~90%、及び
b)粗タンパク質濃度0.1%の変性タンパク質素材の水溶液に250mM塩酸グアニジンを添加した場合に白濁せず、2M硫酸アンモニウムを添加した場合に白濁する。
【請求項2】
分子量分布の測定結果で、2,000Da未満の面積比率が45%以下である、請求項1に記載の変性タンパク質素材。
【請求項3】
分子量分布の測定結果で、10,000Da以上の面積比率が50%未満である、請求項1に記載の変性タンパク質素材。
【請求項4】
分子量分布の測定結果で、2,000Da未満の面積比率が45%以下であり、10,000Da以上の面積比率が50%未満である、請求項1に記載の変性タンパク質素材。
【請求項5】
変性タンパク質素材の、タンパク質含量が10質量%、pH7となるように調製した水溶液のOD660nmが0.5以下である、請求項1に記載の変性タンパク質素材。
【請求項6】
変性タンパク質素材の、タンパク質含量が10質量%、pH7となるように調製した水溶液のOD660nmが0.5以下である、請求項4に記載の変性タンパク質素材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
この出願は、令和3年3月30日に日本国特許庁に出願された出願番号2021-056902号の優先権の利益を主張する。優先権基礎出願はその全体について、出典明示により本明細書の一部とする。
【0002】
本発明は変性タンパク質素材、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0003】
現在、脂質、及びタンパク質を含有する水中油型乳化物又は油中水型乳化物、及び当該乳化物を含む多種の乳化食品が製造されている。
【0004】
乳化物及び乳化食品には、乳化力を有するタンパク質としてカゼインナトリウムなどが使用される。さらに乳化力が必要な場合にはグリセリン脂肪酸エステル等の合成乳化剤が使用される。しかしながら、このような合成乳化剤が使用された食品を避けたいという消費者の要望がある。また、乳化力を有するタンパク質として広く用いられているカゼインナトリウムは乳タンパク質、すなわち動物性タンパク質である。現在、人口増加に伴う食糧供給不安から、動物性タンパク質の量を減らすこと、また動物性タンパク質を使用した食品から植物性タンパク質を使用した食品に代替する試みが行われている。
【0005】
しかしながら、乳タンパク質の量を減らすとその効果が十分に得られない場合がある。また、植物性タンパク質について、一般に大豆タンパク質やエンドウタンパク質などの植物性タンパク質は、溶液にしたときの粘度の高さ、溶解性、ミネラル耐性、レトルト加熱等の加熱耐性といった点で乳タンパク質に劣り、増粘や凝集物の発生などの問題が生じやすく、配合量が制限されてしまう。そのため、乳タンパク質の代替物として利用が進んでいないのが現状である。
【0006】
このため、植物性タンパク質素材自体の改良技術がいくつか提供されている。例えば特許文献1では、分離大豆タンパクに還元糖を添加し加熱処理してメイラード反応を促しつつ、酵素分解を行う技術を提供している。特許文献2では、タンパク質を140℃で30秒間程度加熱処理した後に酵素分解を行い、その後油脂を含有させる技術を提供している。また、特許文献3では、特定の植物性タンパク質素材、油脂、及び任意に炭水化物を特定の比率で混合した乳化組成物が開示されている。これらは植物性タンパク質素材の改良により、タンパク質の溶解性を保持しつつ、低粘度化、乳化力の改良を図ったものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2009/84529号公報
【文献】国際公開第2017/141934号公報
【文献】国際公開第2019/189810号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、改良された乳化力を有するタンパク質素材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、タンパク質素材を変性させ、特定の分子量分布とすることで、改良された乳化力を有するタンパク質素材が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は:
(1)下記a)~b)の全特徴を有する変性タンパク質素材:
a)分子量分布の測定結果で、2,000Da以上20,000Da未満の面積比率が45~90%、及び
b)粗タンパク質濃度0.1%の変性タンパク質素材の水溶液に250mM塩酸グアニジンを添加した場合に白濁せず、2M硫酸アンモニウムを添加した場合に白濁する;
(2)分子量分布の測定結果で、2,000Da未満の面積比率が45%以下である、(1)の変性タンパク質素材;
(3)分子量分布の測定結果で、10,000Da以上の面積比率が50%未満である、(1)の変性タンパク質素材;
(4)分子量分布の測定結果で、2,000Da未満の面積比率が45%以下であり、10,000Da以上の面積比率が50%未満である、(1)の変性タンパク質素材;
(5)変性タンパク質素材の、タンパク質含量が10質量%、pH7となるように調製した水溶液のOD660nmが0.5以下である、(1)の変性タンパク質素材;
(6)変性タンパク質素材の、タンパク質含量が10質量%、pH7となるように調製した水溶液のOD660nmが0.5以下である、(4)の変性タンパク質素材;
(7)動物性タンパク質を含まない、(1)の変性タンパク質素材;
(8)豆類由来のタンパク質である、(1)の変性タンパク質素材;
(9)豆類由来のタンパク質である、(4)の変性タンパク質素材;
(10)豆類由来のタンパク質である、(6)の変性タンパク質素材、
に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、改良された乳化力を有するタンパク質素材を提供できる。本発明の変性タンパク質素材を用いることにより、改良された乳化安定性を有する乳化食品を製造できる。ある例において、本発明の変性タンパク質素材を用いることにより、合成乳化剤等を使用しなくても、乳化安定性を有する乳化食品を製造できる。また、他の例において、本発明の変性タンパク質素材を植物性タンパク質素材から調製することにより、動物性タンパク質素材を使用しなくても、乳化安定性を有する乳化食品を製造できる。さらに、他の例において、乳タンパク質を原料として変性タンパク質素材を調製することにより、乳化力を維持しつつ、乳タンパク質の量を低減することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、試験例1、2に記載のArg、分離大豆タンパク質、大豆ペプチド、酵素処理分離大豆タンパク質、及び特許文献3のタンパク質素材の分子量分布を測定したチャートを示す図である。縦軸は強度(μV)、横軸はリテンションタイム(分)を示す。図中の縦線は、左から20,000Da、10,000Da、2,000Daの位置を示す。
【
図2】
図2は、実施例1に記載の変性タンパク質素材A~Eの分子量分布を測定したチャートを示す図である。縦軸は強度(μV)、横軸はリテンションタイム(分)を示す。図中の縦線は、左から20,000Da、10,000Da、2,000Daの位置を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一態様である変性タンパク質素材は、以下を特徴とするものである。
a)分子量分布の測定結果で、2,000Da以上20,000Da未満の面積比率が45~90%、及び
b)粗タンパク質濃度0.1%の変性タンパク質素材の水溶液に250mM塩酸グアニジンを添加した場合に白濁せず、2M硫酸アンモニウムを添加した場合に白濁する。
【0014】
本発明は一態様において変性タンパク質素材を提供する。また、他の態様において変性タンパク質素材の製造方法を提供する。さらに他の態様において、変性タンパク質素材を含む食品を提供する。さらに他の態様において、変性タンパク質素材を含む組成物を提供する。以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0015】
本明細書において「タンパク質素材」の概念は、タンパク質を主成分とし、各種加工食品や飲料に原料として使用されている食品素材である。また、本明細書において「変性タンパク質素材」とは、変性されたタンパク質を主成分とする食品素材である。
【0016】
本開示の変性タンパク質素材の由来となるタンパク質は、動物性タンパク質又は植物性タンパク質、又はそれらの混合物であってもよい。動物性タンパク質の例として、牛、ブタ、鶏、卵、乳由来のタンパク質が挙げられる。植物性タンパク質の例として、大豆、エンドウ、緑豆、空豆、ルピン豆、ヒヨコ豆、インゲン豆、ヒラ豆、ササゲ等の豆類、ゴマ、キャノーラ種子、ココナッツ種子、アーモンド種子等の種子類、とうもろこし、そば、麦、米などの穀物類、野菜類、果物類などが挙げられる。ある実施形態において、本態様の変性タンパク質素材は、タンパク質の50質量%以上が植物性タンパク質由来であり、例えば55質量%以上、60質量%以上、65質量%以上、70質量%以上、75質量%以上、80質量%以上、85質量%以上、90質量%以上、95質量%以上、又は97質量%以上が植物性タンパク質由来であることができ、最も好ましくは100質量%が植物性タンパク質由来である。他の実施形態において、変性タンパク質素材は、乳タンパク質由来のタンパク質素材を含まない。好ましい実施形態において、変性タンパク質素材は、豆類のタンパク質から調製される。さらに好ましい実施形態において、変性タンパク質素材は、大豆タンパク質、エンドウ豆タンパク質、緑豆タンパク質又は空豆タンパク質から調製される。一例として大豆由来のタンパク質素材の場合、脱脂大豆や丸大豆等の大豆原料からさらにタンパク質を濃縮加工して調製されるものであり、一般には分離大豆タンパク質、濃縮大豆タンパク質や粉末豆乳、あるいはそれらを種々加工したものなどが概念的に包含される。
【0017】
a)分子量分布
本開示の変性タンパク質素材は、ゲルろ過によって分子量を測定した場合に、その分子量分布の面積比率は、2,000Da以上20,000Da未満が45~90%、例えば、50~85%、55~80%、55~75%、60~70%である。特許文献3に記載のタンパク質素材は、20,000Da以上の面積比率が55%を超えるものであり、この点で本開示の変性タンパク質素材と異なるものである。また、ある実施形態において、2,000Da未満の面積比率は45%以下、例えば、40%以下、35%以下、30%以下、25%以下である。下限は特に限定されないが、例えば0%以上、1%以上、2%以上、5%以上、10%以上、15%以上が挙げられる。また、他の実施形態において、10,000Da以上の面積比率は50%未満、例えば、5~45%、10~40%、15~35%である。さらに、他の実施形態において、20,000Da以上の面積比率は55%未満、例えば50%以下、40%以下、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下である。
【0018】
変性タンパク質素材の分子量分布がこのような範囲にあることは、中程度に低分子化されたものが主成分であることを示す一方、何ら分解処理等がされていない未分解のタンパク質及び高度に分解された低分子のペプチドは少ないことを示している。なお、分子量分布の測定は、後述する方法に基づくものとする。
【0019】
b)塩酸グアニジン添加及び硫酸アンモニウム添加
本開示の変性タンパク質素材は、水溶液に塩酸グアニジンを添加しても白濁しない。これは、タンパク質が十分に変性していることを示す指標であり、このことが、本開示のタンパク質素材が変性タンパク質素材と称される所以である。例えば、分離大豆タンパク質や、カゼインナトリウムなどの変性していないタンパク質に塩酸グアニジンを添加すると、白濁を生じる。本明細書において、塩酸グアニジンを添加して白濁しないことは、粗タンパク質濃度0.1%、塩酸グアニジン250mM水溶液において、目視で白濁がないこと、又は水溶液のOD660nmが0.3未満、例えば0.2以下、0.1以下、0であること、により確認できる。また、本開示の変性タンパク質素材は、水溶液に硫酸アンモニウムを添加すると白濁する。これは、タンパク質がある程度の重合度を有し、ジペプチド、トリペプチドのように過度に分解されたペプチドではないことを示す指標である。本明細書において、硫酸アンモニウムを添加して白濁することは、粗タンパク質濃度0.1%、硫酸アンモニウム2M水溶液において、目視で白濁が認められること、又は水溶液のOD660nmが0.3以上、例えば0.4以上、0.5以上であること、により確認できる。なお、塩酸グアニジン添加及び硫酸アンモニウム添加の手順は、後述する方法に基づくものとする。
【0020】
本開示の変性タンパク質素材は、上記a)~b)を満たすものである。以下、特に限定されるものではないが、より具体的な実施形態において変性タンパク質素材が有する特徴について説明する。
【0021】
c)タンパク質純度
より具体的な実施形態において、本開示の変性タンパク質素材は固形分中のタンパク質含量が40質量%以上であることが好ましく、例えば、50質量%以上、60質量%以上、70質量%以上、80質量%以上、85質量%以上、又は90質量%以上であることが好ましい。上記範囲に含まれる変性タンパク質素材の原料としては、分離タンパク質が好ましく、例えば大豆由来のタンパク質素材から調製する場合、分離大豆タンパク質などが挙げられる。豆乳レベルのタンパク質含量が低いものから調製した場合、タンパク質を高度に含有する乳化食品を製造するために多量に変性タンパク質素材を配合する必要が生じ、素材としての汎用性を損なう場合がある。
【0022】
d)粘度
より具体的な実施形態において、本開示の変性タンパク質素材溶液の粘度を一定条件で測定したときに、低粘度であることが好ましく、具体的にはタンパク質含量が10質量%の水溶液の粘度が60℃で50mPa・s以下、例えば40mPa・s以下、35mPa・s以下、30mPa・s以下、20mPa・s以下、15mPa・s以下、10mPa・s以下、5mPa・s以下、が好ましい。また、粘度の下限は特に限定されないが、例えば0.1mPa・s以上、0.5mPa・s以上、1mPa・s以上等が挙げられる。なお、粘度は後述する方法により測定する。
【0023】
e)溶解度
より具体的な実施形態において、本開示の変性タンパク質素材は、室温での水への溶解度が20質量%以上、例えば25質量%以上である。溶解度の上限は特に限定されないが、例えば55質量%以下、50質量%以下、45質量%以下、40質量%以下、35質量%以下が挙げられる。
【0024】
f)濁度
より具体的な実施形態において、本開示の変性タンパク質素材の水溶液は、好ましくは濁りが少なく、より好ましくは透明である。より具体的には、本開示の変性タンパク質素材の10%水溶液(pH7)を調製し、一晩静置後の室温でのOD660nmの値が、好ましくは0.5以下、例えば0.3以下、0.2以下、0.1以下、0である。
【0025】
特定の実施形態において、本開示の変性タンパク質素材は、上記のe)溶解度及び/又はf)濁度で規定される数値を満たすものであり、それゆえ、「水溶性変性タンパク質素材」とも称される。
【0026】
g)乳化物のメディアン径
より具体的な実施形態において、本開示の変性タンパク質素材を含む乳化物のメディアン径は、4μm以下、例えば3μm以下、2μm以下、1μm以下である。より具体的には、粗タンパク質量1%以上、例えば0.5%以上、0.1%以上、0.05%以上で本開示の変性タンパク質素材を含む乳化物で上記のメディアン径を示す。乳化物の調製及びメディアン径の測定は、後述する方法に基づくものとする。
【0027】
変性・分子量分布調整処理
本開示の変性タンパク質素材は、タンパク質の変性と、分子量分布の調整を組み合わせることにより得られ得る。タンパク質を変性させる処理の例として、pH調整処理(例えば、酸処理、アルカリ処理)、変性剤処理、加熱処理、冷却処理、高圧処理、有機溶媒処理、ミネラル添加処理、超臨界処理、超音波処理、電気分解処理及びこれらの組み合わせ等が挙げられる。分子量分布を調整する処理の例として、酵素処理、ろ過、ゲルろ過、クロマトグラフィー、遠心分離、電気泳動、透析及びこれらの組み合わせ等が挙げられる。タンパク質を変性させる処理と、分子量分布を調整する処理の順序及び回数は特に限定されず、タンパク質を変性させる処理を行ってから分子量分布を調整する処理を行ってもよいし、分子量分布を調整する処理を行ってからタンパク質を変性させる処理を行ってもよいし、両処理を同時に行ってもよい。また、例えば2回以上の分子量分布を調整する処理の間にタンパク質を変性する処理を行う、2回以上のタンパク質を変性する処理の間に分子量分布を調整する処理を行う、各々複数回の処理を任意の順に行う、等も可能である。なお、タンパク質を変性させる処理によって所望の分子量分布が得られる場合は、分子量分布の調整のための処理を行わなくてもよい。これらの処理を組み合わせて、複数回行う際、原料から全ての処理を連続で行ってもよいし、時間をおいてから行ってもよい。例えば、ある処理を経た市販品を原料として他の処理を行ってもよい。本明細書において、このような処理を便宜上「変性・分子量分布調整処理」と称する。なお、上記特性を満たす限り、変性・分子量分布調整処理を経た変性タンパク質素材と、変性・分子量分布調整処理を経ていないタンパク質を混合して、特定の変性タンパク質素材としてもよい。この場合、両者の比率(変性・分子量分布調整処理を経たタンパク質素材:変性・分子量分布調整処理を経ていないタンパク質)は上記特性を満たす範囲で適宜調整可能であるが、質量比で例えば1:99~99:1、例えば50:50~95:5、75:25~90:10等が挙げられる。ある実施形態では、本開示の変性タンパク質素材は、変性・分子量分布調整処理を経た植物性タンパク質素材からなる。
【0028】
タンパク質を変性させる処理の条件、例えば酸、アルカリ、有機溶媒、ミネラル等の濃度、温度、圧力、出力強度、電流、時間等は、当業者が適宜設定できる。pH調整処理の場合、例えばpH2、2.5、3、3.5、4、4.5、5、5.5、6、6.5、7、7.5、8、8.5、9、9.5、10、10.5、11、11.5、12の任意の値を上限、下限とするpH範囲、例えばpH2~12の範囲で処理し得る。酸処理の場合、酸を添加する方法であっても、また、乳酸発酵などの発酵処理を行う方法であってもよい。添加する酸の例として、塩酸、リン酸等の無機酸、酢酸、乳酸、クエン酸、グルコン酸、フィチン酸、ソルビン酸、アジピン酸、コハク酸、酒石酸、フマル酸、リンゴ酸、アスコルビン酸等の有機酸が挙げられる。また、レモンなどの果汁、濃縮果汁、発酵乳、ヨーグルト、醸造酢などの酸を含有する飲食品を用いて酸を添加してもよい。アルカリ処理の場合、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリを添加し得る。変性剤処理の場合、塩酸グアニジン、尿素、アルギニン、PEG等の変性剤を添加し得る。加熱又は冷却処理の場合、加熱温度の例として、60℃、70℃、80℃、90℃、100℃、110℃、120℃、125℃、130℃、135℃、140℃、145℃、150℃の任意の温度を上限、下限とする範囲、例えば60℃~150℃が挙げられる。冷却温度の例として、-10℃、-15℃、-20℃、-25℃、-30℃、-35℃、-40℃、-45℃、-50℃、-55℃、-60℃、-65℃、-70℃、-75℃の任意の温度を上限、下限とする範囲、例えば-10℃~-75℃が挙げられる。加熱又は冷却時間の例として、5秒、10秒、30秒、1分、5分、10分、20分、30分、40分、50分、60分、70分、80分、90分、100分、120分、150分、180分、200分の任意の時間を上限、下限とする範囲、例えば5秒間~200分間が挙げられる。高圧処理の場合、圧力の条件の例として、100MPa、200MPa、300MPa、400MPa、500MPa、600MPa、700MPa、800MPa、900MPa、1,000MPaの任意の圧力を上限、下限とする範囲、例えば100MPa~1,000MPaが挙げられる。有機溶媒処理の場合、用いられる溶媒の例として、アルコールやケトン、例えばエタノールやアセトンが挙げられる。ミネラル添加処理の場合、用いられるミネラルの例として、カルシウム、マグネシウムなどの2価金属イオンが挙げられる。超臨界処理の場合、例えば、温度約30℃以上で約7MPa以上の超臨界状態の二酸化炭素を使用して処理できる。超音波処理の場合、例えば100KHz~2MHzの周波数で100~1,000Wの出力で照射して処理し得る。電気分解処理の場合、例えばタンパク質水溶液を100mV~1,000mVの電圧を印加することにより処理し得る。具体的な実施形態において、タンパク質を変性させる処理は、変性剤処理、加熱処理、及びそれらの組み合わせから選択される。
【0029】
分子量分布を調整する処理の条件、例えば酵素、ろ材の種類、回転数、電流、時間等は、当業者が適宜設定できる。使用される酵素の例として、「金属プロテアーゼ」、「酸性プロテアーゼ」、「チオールプロテアーゼ」、「セリンプロテアーゼ」に分類されるプロテアーゼが挙げられる。反応温度は20~80℃、好ましくは40~60℃で反応を行うことができる。ろ材の例として、ろ紙、ろ布、ケイ藻土、セラミック、ガラス、メンブラン等が挙げられる。ゲルろ過の担体の例として、デキストラン、アガロース等が挙げられる。遠心分離の条件の例として、1,000~3,000G、5~20分間等が挙げられる。
【0030】
本開示の変性タンパク質素材には、その機能を損なわない限度で他の原料を添加してもよいし、しなくてもよい。他の原料の例として、調味料、酸味料、甘味料、香辛料、着色料、香料、塩類、糖類、酸化防止剤、ビタミン、安定剤、増粘剤、担体、賦形剤、潤滑剤、界面活性剤、噴射剤、防腐剤、キレート剤、pH調整剤、等が挙げられる。なお、具体的な実施形態において、本開示の変性タンパク質素材は、動物由来の成分を含まない。
【0031】
本開示の変性タンパク質素材の形態は特に限定されず、例えば、粉末、顆粒、ペレット等の固体、ペースト等の半固体、及び溶液、懸濁液、エマルジョン等の液体が挙げられる。具体的な実施形態において、変性タンパク質は粉末であり、例えば、噴霧乾燥、凍結乾燥などの乾燥工程を経て調製される。
【0032】
本開示の変性タンパク質素材は、食品に配合する、又は組成物の原料として使用する、ことができる。本開示の変性タンパク質素材は改良された乳化力を有することから、乳化食品、乳化組成物に好適に使用できる。本開示の変性タンパク質素材の使用用途、添加量は当業者が適宜選択、決定できる。ある実施形態において、本開示の変性タンパク質素材の添加量の例として、食品又は組成物当たり0.1~70質量%、0.5~60質量%、1~50質量%、5~45質量%、10~40質量%が挙げられる。
【0033】
(測定方法)
本明細書において、変性タンパク質素材に関する成分や物性の測定は、以下の方法に準ずる。
【0034】
<タンパク質含量>
ケルダール法により測定する。具体的には、105℃で12時間乾燥したタンパク質素材質量に対して、ケルダール法により測定した窒素の質量を、乾燥物中のタンパク質含量として「質量%」で表す。なお、窒素換算係数は6.25とする。基本的に、小数点以下第2桁の数値を四捨五入して求められる。
【0035】
<分子量分布>
溶離液でタンパク質素材を0.1質量%濃度に調整し、0.2μmフィルターでろ過したものを試料液とする。2種のカラム直列接続によってゲルろ過システムを組み、はじめに分子量マーカーとなる既知のタンパク質等(表1)をチャージし、分子量と保持時間の関係において検量線を求める。次に試料液をチャージし、各分子量画分の含有量比率%を全体の吸光度のチャート面積に対する、特定の分子量範囲(時間範囲)の面積の割合によって求める(1stカラム:「TSK gel G3000SWXL」(SIGMA-ALDRICH社)、2ndカラム:「TSK gel G2000SWXL」(SIGMA-ALDRICH社)、溶離液:1%SDS+1.17%NaCl+50mMリン酸バッファー(pH7.0)、23℃、流速:0.4ml/分、検出:UV220nm)。基本的に、小数点以下第2桁の数値を四捨五入して求められる。
【0036】
【0037】
<塩酸グアニジン添加>
粗タンパク質濃度が0.2%のタンパク質素材の水溶液を調製する。水溶液調製時に白濁した場合は、1ないし10%程度の水溶液を調製後遠心分離し、上清を回収し、粗タンパク質濃度0.2%となるよう希釈して試料溶液とする。これに塩酸グアニジン溶液を等量添加して粗タンパク質濃度0.1%、塩酸グアニジン濃度250mMの溶液を調製し、一晩冷蔵庫で静置する。目視で白濁の有無を確認する。あわせて、10mmガラスセルを用いて、波長660nmで濁度を測定する。
【0038】
<硫酸アンモニウム添加>
粗タンパク質濃度が0.2%のタンパク質素材の水溶液を調製する。水溶液調製時に白濁した場合は、1ないし10%程度の水溶液を調製後遠心分離し、上清を回収し、粗タンパク質濃度0.2%となるよう希釈して試料溶液とする。これに硫酸アンモニウム溶液を等量添加して粗タンパク質濃度0.1%、硫酸アンモニウム濃度2Mの溶液を調製し、一晩冷蔵庫で静置する。目視で白濁の有無を確認する。あわせて、10mmガラスセルを用いて、波長660nmで濁度を測定する。
【0039】
<粘度>
タンパク質素材の粘度は、タンパク質含量が10質量%となるように該タンパク質素材の水溶液を調製し、60℃にてB型粘度計(望ましくはBrookfield社)でローターは「#LV-1」を使用し、100rpmで1分後に示された測定値として求められる。「#LV-1」で測定不能な場合は順次ローターを「#LV-2」、「#LV-3」、「#LV-4」、「#LV-5」に代えて使用する。「#LV-1」/100rpmで低粘度により測定不能の場合は「下限」とし、「#LV-5」/100rpmで高粘度により測定不能な場合は「上限」とする。
【0040】
<乳化物のメディアン径>
メディアン径は、レーザ回折式粒度分布測定装置(望ましくは株式会社島津製作所)で測定する。変性タンパク質素材、油脂、水を混合し、粗タンパク質量1%、0.5%、0.1%、0.05%、油分20%の乳化物を調製して試料とする。基本的に、小数点以下第2桁の数値、数値が低い場合は有効数字を2桁として次の桁の数値、を四捨五入して求められる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例等により本発明の実施形態をより具体的に説明する。なお、例中の「%」と「部」は特記しない限り「質量%」と「質量部」を示す。
【0042】
試験例1:タンパク質変性の検討
分離大豆タンパク質(不二製油株式会社)水溶液に、変性剤としてアルギニンを0.5Mとなるように添加した。その後、この水溶液を121℃10分間加熱した後、MW3500透析チューブを用いて変性剤を除去した後、フリーズドライして粉末状のタンパク質素材(Argと称する)を得た。Arg、MCT64(中鎖脂肪酸油脂、不二製油株式会社)、水を混合して、油分20%、粗タンパク質濃度1%、0.5%、0.1%、0.05%となるように混合し、超音波処理により乳化物を調製した。調製した乳化物を冷蔵保管した後、メディアン径をレーザ回折式粒度分布測定装置(株式会社島津製作所)で測定した。対照として、原料の分離大豆タンパク質を使用して同様に乳化物を調製し、メディアン径を測定した。結果を表2に示す。
【0043】
【0044】
上記の結果より、変性剤の添加及び加熱により、分離大豆タンパク質に比較して改良された乳化力が得られた。
【0045】
試験例2:分子量分布の検討
分離大豆タンパク質の代わりに、大豆ペプチド(ハイニュートAM、不二製油株式会社)、酵素分解分離大豆タンパク質(不二製油株式会社)又は特許文献3のサンプルA(以下、特許文献3のタンパク質素材と称する)を用いて、試験例1と同様に乳化物を調製し、メディアン径を測定した。結果を表3に示す。また、上記Arg、分離大豆タンパク質、酵素処理分離大豆タンパク質、特許文献3のタンパク質素材の分子量分布を、上記方法に従って測定した。なお、分子量20,000Daに対応するRTは38.4分、10,000Daに対応するRTは41.2分、2,000Daに対応するRTは48.2分であった。結果を
図1、表4に示す。
【0046】
【0047】
【0048】
表3に示すとおり、ほぼジ・トリペプチドまで分解された大豆ペプチドは乳化力を失っていた。これに対し、酵素分解分離大豆タンパク質は、分離大豆タンパク質よりも良好な乳化力を示しており、表4の分子量分布と合わせて検討すると、2,000Da以上、20,000Da未満の画分が乳化力に優れており、変性させることでさらに優れた乳化力を得られることが予想された。
【0049】
実施例1:変性タンパク質素材の調製
分離大豆タンパク質(不二製油株式会社)水溶液に、変性剤としてアルギニンを0.5Mとなるように添加した。この水溶液を121℃10分間加熱した後、脱塩し、塩酸でpH4.5に調整し、10,000G、10分間遠心分離し、上清を回収した。回収した上清をMW3500透析チューブを用いて脱塩し、再度10,000G、10分間遠心分離し、上清を回収して、フリーズドライに供し、変性タンパク質素材Aを得た。
分離大豆タンパク質(不二製油株式会社)水溶液に、変性剤として塩酸グアニジンを4Mとなるように添加した。この水溶液を121℃10分間加熱した後、冷却し、塩酸でpH4.5に調整し、10,000G、10分間遠心分離し、上清を回収した。回収した上清をMW3500透析チューブを用いて脱塩し、再度10,000G、10分間遠心分離し、上清を回収して、フリーズドライに供し、変性タンパク質素材Bを得た。
酵素分解分離大豆タンパク質(不二製油株式会社)水溶液に、変性剤としてアルギニンを0.5Mとなるように添加した。この水溶液を121℃10分間加熱した後、脱塩し、塩酸でpH4.5に調整し、10,000G、10分間遠心分離し、上清を回収した。回収した上清をMW3500透析チューブを用いて脱塩し、再度10,000G、10分間遠心分離し、上清を回収して、フリーズドライに供し、変性タンパク質素材Cを得た。
酵素分解分離大豆タンパク質(不二製油株式会社)水溶液に、変性剤として尿素を4Mとなるように添加した。この水溶液を121℃10分間加熱した後、脱塩し、塩酸でpH4.5に調整し、10,000G、10分間遠心分離し、上清を回収した。回収した上清をMW3500透析チューブを用いて脱塩し、再度10,000G、10分間遠心分離し、上清を回収して、フリーズドライに供し、変性タンパク質素材Dを得た。
酵素分解分離大豆タンパク質(不二製油株式会社)水溶液に、変性剤として塩酸グアニジンを4Mとなるように添加した。この水溶液を121℃10分間加熱した後、MW3500透析チューブを用いて脱塩し、10,000G、10分間遠心分離し、上清を回収して、フリーズドライに供し、変性タンパク質素材Eを得た。
得られた変性タンパク質素材A~Eを用いて、試験例1と同様に乳化物を調製し、メディアン径を測定した。結果を表5に示す。また、変性タンパク質素材A~Eの分子量分布を、上記方法に従って測定した。結果を
図2、表6に示す。また、これら変性タンパク質素材のタンパク質含量は、どれも80質量%以上であった。
【0050】
【0051】
【0052】
表5に示すとおり、特定の分子量分布を有する変性タンパク質素材は、改良された乳化力を示した。特許文献3のタンパク質素材は粗タンパク質量1%以上で乳化力を示していたが、本発明の変性タンパク質素材は粗タンパク質量0.5%からでも良好な乳化力を示していた。
【0053】
変性タンパク質素材Aを蒸留水に溶解し、NaOHでpHを調整して、pH7の10質量%溶液を調製した。一晩静置して、室温で測定したこの溶液のOD660nmは、0.13であった。また、この溶液の60℃での粘度は3.1mPa・sであった。
【0054】
塩酸グアニジン及び硫酸アンモニウムの添加
変性タンパク質素材A~E、大豆ペプチド、酵素分解分離大豆タンパク質、分離大豆タンパク質に対して、上記の方法に基づき塩酸グアニジン及び硫酸アンモニウムの添加を行った。結果を表7に示す。
【0055】
【0056】
表7に示すとおり、変性タンパク質素材A~Eは、塩酸グアニジンを添加しても白濁せず、タンパク質が変性されていることが示された。また、ほぼジ・トリペプチドまで分解された大豆ペプチドは硫酸アンモニウムを添加しても透明であったが、他の試料は硫酸アンモニウム添加により白濁した。
【0057】
実施例2:大豆以外のタンパク質での検討
分離大豆タンパク質の代わりに、分離エンドウ豆タンパク質、リョクトウタンパク質、ソラマメタンパク質を変性・分子量分布調整処理に供して、それぞれ変性タンパク質素材F、G、Hを得た。実施例1と同様に、乳化物のメディアン径及びタンパク質素材の分子量分布を測定した。結果を表8、9に示す。また、これら変性タンパク質素材のタンパク質含量は、どれも80質量%以上であった。
【0058】
【0059】
【0060】
上記のとおり、大豆タンパク質の代わりにエンドウ豆、リョクトウ、ソラマメタンパク質を用いた場合でも、改良された乳化力を有する変性タンパク質素材が得られた。また、これらの変性タンパク質素材も、塩酸グアニジンを添加しても白濁せず、硫酸アンモニウム添加により白濁した。
【産業上の利用可能性】
【0061】
特定の分子量分布を有し、変性した変性タンパク質素材は、従来のタンパク質素材と比べて改良された乳化力を有する。本変性タンパク質素材は、食品、組成物、医薬組成物等に利用可能である。
【要約】
下記a)~b)の全特徴を有する変性タンパク質素材:
a)分子量分布の測定結果で、2,000Da以上20,000Da未満の面積比率が45~90%、及び
b)粗タンパク質濃度0.1%の変性タンパク質素材の水溶液に250mM塩酸グアニジンを添加した場合に白濁せず、2M硫酸アンモニウムを添加した場合に白濁する、を提供する。