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特許7211596TSH受容体に対する自己抗体活性の測定方法及びキット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-16
(45)【発行日】2023-01-24
(54)【発明の名称】TSH受容体に対する自己抗体活性の測定方法及びキット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20230117BHJP
   C12Q 1/6897 20180101ALI20230117BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20230117BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12Q1/6897 Z
G01N33/53 N
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020541205
(86)(22)【出願日】2019-09-02
(86)【国際出願番号】 JP2019034400
(87)【国際公開番号】W WO2020050208
(87)【国際公開日】2020-03-12
【審査請求日】2021-02-18
(31)【優先権主張番号】P 2018165733
(32)【優先日】2018-09-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019020595
(32)【優先日】2019-02-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)」「リゾリン脂質メディエーター研究の医療応用」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000006770
【氏名又は名称】ヤマサ醤油株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】川嵜 淳史
(72)【発明者】
【氏名】保科 元気
(72)【発明者】
【氏名】青木 淳賢
(72)【発明者】
【氏名】川上 耕季
(72)【発明者】
【氏名】井上 飛鳥
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/001885(WO,A1)
【文献】特表2010-539975(JP,A)
【文献】特表2011-520466(JP,A)
【文献】特開2015-000021(JP,A)
【文献】国際公開第2015/128894(WO,A1)
【文献】特表2007-537707(JP,A)
【文献】特開2014-117168(JP,A)
【文献】国際公開第2012/028654(WO,A2)
【文献】Clinical Endocrinology, 1998, Vol.49, pp.577-581
【文献】J of Clinical Endocrinology and Metabolism, 2012, Vol.97, No.7, pp.E1080-1087
【文献】日薬理誌 (2010) Vol.136, pp.285-289
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00~3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(a)~(c)を含むことを特徴とする哺乳動物細胞中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)受容体に対する自己抗体活性の測定方法。
(a)cAMP結合領域を含むルシフェラーゼ、及びTSH受容体の両方を発現する哺乳動物細胞を、被験者から採取された血液試料存在下でインキュベートする工程;
(b)工程(a)の後、前記cAMP結合領域を含むルシフェラーゼの活性化レベルを測定する工程;
(c)工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較し、自己抗体活性を算定する工程;
【請求項2】
自己抗体活性が、刺激活性又は阻害活性であることを特徴とする請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
3時間以内に完結させることを特徴とする請求項1又は2に記載の測定方法。
【請求項4】
哺乳動物細胞が、ヒト胎児腎細胞由来細胞株であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の測定方法。
【請求項5】
工程(a)の前に、哺乳動物細胞をインキュベーション用液中で平衡化処理する工程(p)をさらに含み、工程(a)において、哺乳動物細胞及び血液試料を、インキュベーション用液中でインキュベートし、工程(a)及び(b)を実施するために要する時間と、平衡化処理時間との合計が2時間以下であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の測定方法。
【請求項6】
哺乳動物細胞が、外来性のGαsを発現し、かつ、GNAS遺伝子及びGNAL遺伝子をノックアウトした哺乳動物細胞であることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の測定方法。
【請求項7】
cAMP結合領域を含むルシフェラーゼ、及び甲状腺刺激ホルモン(TSH)受容体の両方を発現する哺乳動物細胞と、前記cAMP結合領域を含むルシフェラーゼの可視化及び/又は定量が可能な基質とを構成成分として含有することを特徴とする哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する自己抗体活性の測定用キット。
【請求項8】
自己抗体活性が、刺激活性又は阻害活性であることを特徴とする請求項7に記載の測定用キット。
【請求項9】
哺乳動物細胞が、ヒト胎児腎細胞由来細胞株であることを特徴とする請求項7又は8に記載の測定用キット。
【請求項10】
哺乳動物細胞が、外来性のGαsを発現し、かつ、GNAS遺伝子及びGNAL遺伝子をノックアウトした哺乳動物細胞であることを特徴とする請求項7から9のいずれか1項に記載の測定用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、甲状腺刺激ホルモン(TSH;Thyroid Stimulating Hormone)受容体刺激性又は阻害性自己抗体に起因する甲状腺疾患の判定が可能な、TSH受容体に対する自己抗体活性の測定方法及びキットに関する。
【背景技術】
【0002】
TSH受容体は、甲状腺細胞膜上に存在するTSHの受容体である。脳下垂体から分泌されたTSHがTSH受容体に結合すると、その刺激によりTSHの分泌及び合成が行われる。甲状腺疾患の代表例であるバセドウ病(Basedow病;グレーブス病[Graves' disease]ともいう)は、TSH受容体に対して刺激活性を有する自己抗体(Thyroid Stimulation Antibody;TSAb)が原因となって発症する疾患である。バセドウ病患者においては、TSAbが、TSH受容体を過剰に刺激することにより、甲状腺機能が亢進する。
【0003】
甲状腺疾患患者の血液試料中のTSAb活性を測定する方法として、例えば、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞を被験試料存在下でインキュベートし、被験試料中に含まれるTSAbがCHO細胞膜上に存在するTSH受容体を刺激することにより産生される環状アデノシン一リン酸(cAMP)の量を、レポーター遺伝子の酵素活性を介して測定することにより、TSAb活性を測定する方法が知られている。このとき、測定のバックグラウンド値を低減するために、細胞をコンフルーエントな単層を生じる細胞数まで増殖させてから、一度飢餓状態に導くことが行われていた(特許文献1)。しかしながら、特許文献1記載のバイオアッセイは、細胞増殖のための24時間のインキュベート工程と、バックグラウンド低減のため成長培地から飢餓培地へと培地馴化を行う16時間のインキュベート工程を要し、TSAb活性の測定工程においても、試料添加後に4時間のインキュベートを要する。特許文献1記載のバイオアッセイにおいては、これらの工程の合計で44時間以上要することから、迅速化が課題とされていた。
【0004】
より迅速な甲状腺疾患患者の血液試料中のTSAb活性を測定する方法として、例えば、ブタ甲状腺細胞を、当該患者由来の血清存在下でインキュベートし、血清中に含まれるTSAbが、ブタ甲状腺細胞膜上に存在するTSH受容体を刺激することにより産生される環状アデノシン一リン酸(cAMP)の量を測定することにより、TSAb活性を測定する方法が知られている。このとき、血清中には内因性cAMPが含まれていることから、正確な定量を行うために、活性炭を用いた前処理により、内因性cAMPの除去が行われていた(特許文献2)。しかしながら、特許文献2記載のバイオアッセイにおいても、甲状腺疾患患者の血液試料、及びブタ甲状腺細胞のインキュベーション工程と、産生されたcAMPの量を測定する工程の両工程で、合計5~6時間要することから、測定の迅速化は十分であるとは言い切れず、さらなる迅速化が課題とされていた。
【0005】
最近、特許文献2記載のバイオアッセイの改良法として、カルシウムイオンを介した発光によってcAMP等のシグナルを検出するバイオアッセイ系と、それを利用したTSAbの測定法が報告されている(特許文献3~6)。しかしながら、これらの方法には、1)依然として前処理を必要とすること、2)時間短縮は図られているものの依然として4時間程度要すること、3)バセドウ病眼症を精度良く判定できるか否か明らかでないこと、等の問題点があり、必ずしも満足できる方法とはなりえなかった。このため、バセドウ病鑑別には、本来刺激抗体であるTSAb活性を測定することが好ましいものの、臨床現場では、迅速性と細胞のインキュベーションの手間の点で、第一選択肢としてTSAb活性ではなく、抗TSH受容体抗体(TRAb)量の測定が実施されているのが現実である。
【0006】
一方、バセドウ病等のTSH受容体刺激性自己抗体に起因する甲状腺疾患において、TSH受容体刺激後のシグナル伝達経路は、2つ以上存在する可能性が高いと考えられ、そのうちの1つとして、Gタンパク質共役受容体(GPCR)によるシグナル伝達経路が考えられていた。また、1つのGPCRが複数のGタンパク質を活性化する現象があることも多数報告されており、そのうちの1つとして、TSH受容体が、3種類のGタンパク質ファミリー(Gs、Gq、及びGi)と共役することが報告されている(非特許文献1)。また、リガンドの種類によっては、GPCR活性化後の各シグナル伝達経路におけるシグナル強度が異なる現象(非特許文献2)である、いわゆるリガンドバイアスと称される現象が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2004-500580号公報
【文献】特開2016-75707号公報
【文献】再表2012-086756号公報
【文献】特開2017-192396号公報
【文献】特開2016-32472号公報
【文献】再表2016-035677号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Endocrinology, Volume 157, Issue 5, 1 May 2016
【文献】Proc Natl Acad Sci USA 104: 5443-8, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、細胞の培地馴化や血液試料(血液検体)の前処理といった時間を要する工程を行うことなく、もしくは当該工程が短時間で済み、かつ、TSH受容体に対する自己抗体活性を短時間で精度よく測定することができる方法及びキットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討した結果、前述したリガンドバイアスと称される現象を応用することで、TSH受容体に対する自己抗体活性を短時間で精度よく測定できることを見いだし、本発明を完成させた。この方法は、血液検体の前処理及び細胞の平衡化処理が不要か、あるいは、当該処理が短時間で済み、さらに、測定自体も簡便な手段であるため、例えば3時間以内に測定を完結させることができ、さらに、市販の発光を測定する装置以外は、特別な装置も不要であるため、病院等の検査ラボでも十分利用可能な方法である。このため、本発明によると、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方を発現する哺乳動物細胞を、被験者(バセドウ病患者及び健常者)由来の血液検体存在下でインキュベートし、前記cAMPバイオセンサーの活性化レベルや、その経時変化を測定することにより、バセドウ病患者と健常者との判定、バセドウ病患者由来血液検体中の自己抗体の性質(刺激活性の強弱など)の検定、性質の異なる複数の自己抗体(刺激性自己抗体、阻害性自己抗体など)の同定等が可能となる。
【0011】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕以下の工程(a)~(c)を含むことを特徴とする哺乳動物細胞中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)受容体に対する自己抗体活性の測定方法。
(a)cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方を発現する哺乳動物細胞を、被験者から採取された血液試料存在下でインキュベートする工程;
(b)工程(a)の後、前記cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する工程;
(c)工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較し、自己抗体活性を算定する工程;
〔2〕自己抗体活性が、刺激活性又は阻害活性であることを特徴とする上記〔1〕に記載の測定方法。
〔3〕3時間以内に完結させることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕に記載の測定方法。
〔4〕哺乳動物細胞が、ヒト胎児腎細胞由来細胞株であることを特徴とする上記〔1〕から〔3〕のいずれかに記載の測定方法。
〔5〕工程(a)の前に、哺乳動物細胞をインキュベーション用液中で平衡化処理する工程(p)を任意でさらに含み、工程(a)において、哺乳動物細胞及び血液試料を、インキュベーション用液中でインキュベートし、工程(a)及び(b)を実施するために要する時間と、平衡化処理時間との合計が2時間以内であることを特徴とする上記〔1〕から〔4〕のいずれかに記載の測定方法。
〔6〕哺乳動物細胞が、外来性のGαsを発現し、かつ、GNAS遺伝子及びGNAL遺伝子をノックアウトした哺乳動物細胞であることを特徴とする上記〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の測定方法。
〔7〕cAMPバイオセンサー及び甲状腺刺激ホルモン(TSH)受容体の両方を発現する哺乳動物細胞と、前記cAMPバイオセンサーの可視化及び/又は定量が可能な基質とを構成成分として含有することを特徴とする哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する自己抗体活性の測定用キット。
〔8〕自己抗体活性が、刺激活性又は阻害活性であることを特徴とする上記〔7〕に記載の測定用キット。
〔9〕哺乳動物細胞が、ヒト胎児腎細胞由来細胞株であることを特徴とする上記〔7〕又は〔8〕に記載の測定用キット。
〔10〕哺乳動物細胞が、外来性のGαsを発現し、かつ、GNAS遺伝子及びGNAL遺伝子をノックアウトした哺乳動物細胞であることを特徴とする上記〔7〕から〔9〕のいずれかに記載の測定用キット。
【発明の効果】
【0012】
本発明の測定方法は、細胞の培地馴化や血液検体の前処理が不要か短時間で済み、測定自体も簡便な手段で行うことができるため、例えば3時間以内に測定を完結させることができ、さらに、市販の発光を測定する装置以外は、特別な装置も不要であるため、病院等の検査ラボでも十分利用可能な方法である。また、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方を発現する哺乳動物細胞を、被験者(例えば、バセドウ病患者や健常者)由来の血液検体存在下でインキュベートし、前記cAMPバイオセンサーの活性化レベルやその継時変化を測定することにより、バセドウ病患者と健常者とを精度よく判定でき、患者由来の血液検体中の自己抗体の性質(刺激活性の強弱など)や性質の異なる複数の自己抗体(刺激性自己抗体、阻害性自己抗体など)の検定や同定も可能である。
【0013】
本発明の測定方法は、哺乳動物細胞としてヒト胎児腎細胞由来細胞株を用いた場合、特に高いcAMPバイオセンサーの活性化レベルを示す。これにより、甲状腺疾患患者の血液試料中に含まれるTSAb活性が低値の場合でも、cAMPバイオセンサーの活性化レベルを感度良く測定することができるため、検査の偽陰性率を低減することができ、バセドウ病患者と健常者とをより精度よく判定することができる。
【0014】
さらに、将来的には、cAMPバイオセンサーの活性化レベルやその継時変化を測定することにより、TSH受容体刺激性又は阻害性自己抗体に起因する甲状腺疾患の症状の重篤度を精度よく判定できることが期待され、例えば、上記甲状腺疾患に罹患している可能性が高い被験者を特定し、甲状腺疾患の重篤度に対応した治療処置(例えば、抗甲状腺疾患薬、アイソトープ治療[放射性ヨウ素治療]、甲状腺ホルモン産生組織の切除[手術]等)を施すことにより、上記甲状腺疾患を治療したり、上記甲状腺疾患の症状を軽減することも期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1Aは、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方を発現するHEK293細胞(以下、「TSH受容体発現HEK293細胞」ということがある)と、cAMPバイオセンサーのみが発現し、TSH受容体が発現しないHEK293細胞(以下、「TSH受容体非発現HEK293細胞」ということがある)とを、各種濃度(0 μU/mL、0.01 μU/mL、0.1 μU/mL、1 μU/mL、10 μU/mL、100 μU/mL、1000 μU/mL、及び2000 μU/mL)のbTSH存在下でインキュベートし、GloSensor(登録商標) cAMP Assayにより解析した結果を示す図である。図1Bは、TSH受容体発現HEK293細胞及びTSH受容体非発現HEK293細胞を、各種濃度(0 ng/mL、0.001 ng/mL、0.01 ng/mL、0.1 ng/mL、1 ng/mL、10 ng/mL、100 ng/mL、及び1000 ng/mL)のrhTSH存在下でインキュベートし、GloSensor cAMP Assayにより解析した結果を示す図である。図1Cは、TSH受容体発現HEK293細胞及びTSH受容体非発現HEK293細胞を、各種濃度(0 ng/mL、0.0001 ng/mL、0.001 ng/mL、0.01 ng/mL、0.1 ng/mL、1 ng/mL、10 ng/mL、及び100 ng/mL)の抗ヒトTSHモノクローナルM22抗体存在下でインキュベートし、GloSensor cAMP Assayにより解析した結果を示す図である。縦軸の「ルシフェラーゼ活性レベル」は、bTSH、rhTSH、又は抗ヒトTSHモノクローナルM22抗体の添加前のルシフェラーゼ活性レベルを1としたときの相対値として示す。
図2図2Aは、TSH受容体発現HEK293細胞を、インキュベート用液下で0時間又は2時間平衡化処理した後、各種濃度(0 ng/mL、0.001 ng/mL、0.01 ng/mL、0.1 ng/mL、1 ng/mL、10 ng/mL、100 ng/mL、1000 ng/mL)のrhTSH存在下でインキュベートし、GloSensor(登録商標) cAMP Assayにより解析した結果を示す図である。図2Bは、TSH受容体発現HEK293細胞を、インキュベート用液下で0時間又は2時間平衡化処理した後、各種濃度(0 ng/mL、0.01 ng/mL、0.1 ng/mL、1 ng/mL、10 ng/mL、及び100 ng/mL)の抗ヒトTSHモノクローナルM22抗体存在下でインキュベートし、GloSensor cAMP Assayにより解析した結果を示す図である。縦軸の「ルシフェラーゼ活性レベル」は、rhTSH、又は抗ヒトTSHモノクローナルM22抗体の添加前のルシフェラーゼ活性レベルを1としたときの相対値として示す。
図3】TSH受容体を発現させたHEK293細胞(図中の「HEK293」)と、TSH受容体及びGαsを発現させたGs欠損HEK293細胞(図中の「ΔGs」)を、各種濃度(0.001 ng/mL、0.01 ng/mL、0.1 ng/mL、1 ng/mL、10 ng/mL、100 ng/mL、及び1000 ng/mL)のrhTSH存在下でインキュベートし、GloSensor cAMP Assayにより解析した結果を示す図である。縦軸の「ルシフェラーゼ活性レベル」は、血清試料の添加前のルシフェラーゼ活性レベルを1としたときの相対値として示す。横軸の「Log[rhTSH(ng/mL)]」は、rhTSH濃度の常用対数を示す。
図4図4Aは、cAMPバイオセンサーの活性化レベルを指標としたTSH受容体刺激性自己抗体測定法によって、各種濃度(78.1 mU/L、156.3 mU/L、3125.5 mU/L、625 mU/L、1250 mU/L、2500 mU/L、5000 mU/L、10000 mU/L)のTSAb国際標準であるNIBSC 08/204を測定した結果を示す図である。縦軸の「ルシフェラーゼ活性レベル」は、血清試料の添加前のルシフェラーゼ活性レベルを1としたときの相対値として示す。図4Bは、EIA法を用いた既存の甲状腺刺激性自己抗体活性測定系によって、各種濃度(50 mU/L、80 mU/L、100 mU/L、200 mU/L、400 mU/L、600 mU/L、800 mU/L、1000 mU/L、2000 mU/L、4000 mU/L、6000 mU/L、8000 mU/L、10000 mU/L)のTSAb国際標準であるNIBSC 08/204を測定した結果を示す図である。縦軸の「TSAb%」は、健常者血清検体のcAMP濃度を100としたときの、TSH受容体刺激自己抗体含有検体のcAMP濃度の相対値を示す。
図5】TSH受容体発現HEK293細胞を、バセドウ病患者6名又は健常者4名由来の血清試料存在下でインキュベートし、GloSensor cAMP Assayにより解析した結果を示す図である。縦軸の「ルシフェラーゼ活性レベル」は、血清試料の添加前のルシフェラーゼ活性レベルを1としたときの相対値として示す。
図6】TSH受容体発現HEK293細胞を、バセドウ病患者P1由来の血清試料、又はバセドウ病患者P5由来の血清試料存在下でインキュベートし、GloSensor cAMP Assayにより解析した結果を示す図である。縦軸の「ルシフェラーゼ活性レベル」は、血清試料の添加前のルシフェラーゼ活性レベルを1としたときの相対値として示す。
図7】cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方を発現するHEK293細胞と、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方を発現するCHO細胞とを、TSAb国際標準であるNIBSC 08/204(図中の「08/204」)又はバセドウ病患者3名由来の血清試料(図中の「検体1~3」)存在下でインキュベートし、GloSensor cAMP Assayにより解析した結果を示す図である。縦軸の「ルシフェラーゼ活性レベル」は、各試料の添加前のルシフェラーゼ活性レベルを1としたときの相対値として示す。
図8図8Aは、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方を発現するU2OS細胞を、各種濃度(0.01 ng/mL、0.1 ng/mL、1 ng/mL、10 ng/mL、100 ng/mL、1000 ng/mL)のリコンビナントヒトTSH(rhTSH)存在下でインキュベートし、GloSensor cAMP Assayにより解析した結果を示す図である。図8Bは、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方を発現するHEK293細胞を、図8Aと同様の濃度のrhTSH存在下でインキュベートし、GloSensor cAMP Assayにより解析した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の測定方法は、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方を発現する哺乳動物細胞を、被験者から採取された血液試料存在下でインキュベートする工程(a);工程(a)の後、前記cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する工程(b);及び工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較し、自己抗体活性を算定する工程(c);の工程(a)~(c)を含む、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する自己抗体活性を測定する方法(以下、「本件測定方法」ということがある)であり、TSH受容体刺激性又は阻害性自己抗体に起因する甲状腺疾患の判定方法(但し、医師による診断行為を含まない)に用いることもできる。
【0017】
また、本発明の測定用キットは、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方を発現する哺乳動物細胞と、前記cAMPバイオセンサーの可視化及び/又は定量が可能な基質とを構成成分として含有する、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する自己抗体活性の測定に用いるためのキット(以下、「本件測定キット」ということがある)であり、本件測定キットは、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する自己抗体活性の測定に用いるためのキットに関する用途発明であり、かかるキットは、一般にこの種の測定キットに用いられる成分、例えば、担体、pH緩衝剤、安定剤、増感剤、希釈液の他、取扱説明書、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する自己抗体活性を測定するための説明書等の添付文書を含んでもよい。
【0018】
本明細書において、TSH受容体刺激性又は阻害性自己抗体に起因する甲状腺疾患としては、TSH受容体刺激性自己抗体又はTSH受容体阻害性自己抗体によりTSH受容体が刺激又は阻害され、血液中の遊離型甲状腺ホルモン濃度の上昇又は低下に起因する甲状腺疾患であればよく、例えば、バセドウ病、TSH産生腫瘍、妊娠甲状腺中毒症、甲状腺機能低下症、橋本病等を挙げることができ、バセドウ病を好適に例示することができる。
【0019】
本明細書において、「TSH受容体刺激性自己抗体」とは、TSH受容体を直接的又は間接的に刺激(活性化)できる自己抗体(すなわち、測定対象の被験者の体内で産生され、かつ、当該被験者の体内に存在するタンパク質等の物質を標的とする抗体)、例えば、TSH受容体に結合できるアゴニスト(例えば、アゴニスト作用を有する抗TSH抗体[TSAb])を意味する。
【0020】
本明細書において、「TSH受容体阻害性自己抗体」とは、TSH受容体を直接的又は間接的に阻害(不活性化)できる自己抗体、例えば、TSHのTSH受容体への結合を直接的又は間接的に阻害するアンタゴニスト(例えば、アンタゴニスト作用を有する抗TSH抗体[TSBAb])を意味する。
【0021】
本明細書において、「cAMPバイオセンサー」とは、哺乳動物細胞中のcAMPの産生量及び/又は濃度に依存し、可視化(イメージング)及び/又は定量可能な、自身に由来する指標(例えば、酵素活性レベル、発色レベル、発光[蛍光]レベル)が変化するタンパク質を意味する。上記cAMPバイオセンサーは、通常、cAMP結合領域を有し、かかるcAMP結合領域にcAMPが結合することにより、cAMPバイオセンサーの立体構造が変化し、不活性化状態から活性化状態への変化、不可視化状態から可視化状態への変化等のアロステリックな効果を有する。
【0022】
上記cAMPバイオセンサーとしては、例えば、cAMP結合領域(例えば、プロテインキナーゼA[PKA]の制御サブユニット由来のcAMP結合領域、Epac1由来のcAMP結合領域)を含むレポータータンパク質(例えば、HRP[horseradish peroxidase];アルカリホスファターゼ;β-D-ガラクトシダーゼ;緑色発光ルシフェラーゼ[SLG]、橙色発光ルシフェラーゼ[SLO]、赤色発光ルシフェラーゼ[SLR]等のルシフェラーゼ;緑色蛍光タンパク質[GFP]、赤色蛍光タンパク質[DsRed]、シアン色蛍光タンパク質[CFP]等の蛍光タンパク質)を挙げることができ、具体的には、PKAの制御サブユニット由来のcAMP結合領域を含むルシフェラーゼであるGloSensor cAMP(Promega社製)や、Epac1由来のcAMP結合領域を含む赤色蛍光タンパク質であるPink Flamindo(Pink Fluorescent cAMP indicator)(文献「Harada K., et al., Sci Rep. 2017 Aug 4;7(1):7351. doi: 10.1038/s41598-017-07820-6.」参照)を挙げることができ、本実施例において、その効果が実証されているため、GloSensor cAMP(Promega社製)が好ましい。また、上記cAMPバイオセンサーとしては、cAMPに対する特異性が、cGMPに対する特異性よりも高いものが好ましく、ここで、cAMPに対する特異性を1としたときのcGMPの特異性は、例えば、1/10以下、好ましくは1/30以下、より好ましくは1/60以下、さらに好ましくは1/100以下である。
【0023】
上記哺乳動物細胞としては、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体の両方が、一過的(transient)又は安定的(stable)に発現する哺乳動物細胞であればよく、外来性のcAMPバイオセンサーを発現し、かつ、内在性のTSH受容体を発現する哺乳動物細胞(例えば、哺乳類甲状腺細胞)であっても、外来性のcAMPバイオセンサーを発現し、かつ、外来性のTSH受容体を発現する哺乳類非甲状腺細胞(例えば、ヒト胎児腎細胞由来細胞株[HEK293細胞、HEK293T細胞等]、チャイニーズハムスター卵巣由来細胞株[CHO細胞]、ヒト骨肉腫細胞株[U2OS細胞])であってもよく、中でも、GloSensor cAMP(Promega社製)と組み合わせた際に高い発光値やシグナル誘導倍率を示すことから、ヒト胎児腎細胞由来細胞株を好適に例示することができる。ここで、「ヒト胎児腎細胞由来細胞株」とは、ヒト胎児の腎組織から採取された細胞又はその集団を、継代培養を繰り返す方法;アデノウイルスE1遺伝子、SV40(Simian virus 40)T抗原等のウイルス遺伝子を利用して不死化を誘発する方法;テロメア逆転写タンパク質(TERT)を発現させて不死化を誘発する方法;等の操作によって樹立された株化(すなわち、不死化)細胞を意味する。
【0024】
上記哺乳動物細胞としては、Gタンパク質をコードする遺伝子をノックアウトした細胞株であってもよく、具体的にはGNAL遺伝子(Gαolfタンパク質をコードする遺伝子)をノックアウトした哺乳動物細胞であってもよく、GNAS遺伝子(Gαsタンパク質をコードする遺伝子)をノックアウトした哺乳動物細胞であってもよく、これら両方の遺伝子をノックアウトした哺乳動物細胞であってもよい。また、上記哺乳動物細胞としては、外来性のGタンパク質、具体的には外来性のGαs、あるいはGαi、Gαo、Gαz、Gαq、Gα12、Gα13とのキメラGαsを発現した哺乳動物細胞であってもよい。TSH受容体刺激性自己抗体に起因する甲状腺疾患においては、複数のGタンパク質が活性化される可能性が示唆されているが、上記遺伝子のノックアウト及び/又は外来性Gタンパク質あるいはキメラGタンパク質の発現により、細胞中で発現するGタンパク質を選択し、各Gタンパク質の活性化について詳細な調査が可能となることから、本発明はGPCR活性化後の各シグナル伝達経路におけるシグナル強度の調査ツールとして有用である。
【0025】
GNAS遺伝子やGNAL遺伝子をノックアウトした哺乳動物細胞としては、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子にヌクレオチドを挿入したり、前記GNAS遺伝子やGNAL遺伝子のヌクレオチドを欠失することにより、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子を破壊した哺乳動物細胞であればよく、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子を破壊するために、相同組換えを利用してヌクレオチドを欠失させたり挿入したりすることにより遺伝子を破壊する方法を用いてもよいが、費用対効果や時間対効果の観点から、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(文献「Urnov, F.D. et al(2010) Nature Review Genetics. 11, 636-646」)や、前記ジンクフィンガーヌクレアーゼを改良したタンパク質(特開2013-94148号公報)や、ガイドRNA(sgRNA;single-guide RNA)とCas9エンドヌクレアーゼ(文献「Cong etal (2013) Science 339, 819-823」)等を用いて、GNAS遺伝子やGNAL遺伝子領域の2本鎖DNAを切断し、相同組換え修復時にヌクレオチドの欠失や挿入が起こることを利用して遺伝子を破壊する方法(遺伝子ターゲッティング法)を用いることが好ましく、特にsgRNAとCas9エンドヌクレアーゼを用いた遺伝子ターゲッティング法を用いることがより好ましい。
【0026】
なお、哺乳動物細胞の染色体上に存在するGNAS遺伝子やGNAL遺伝子を破壊する際、標的とするヌクレオチド配列を選択するために、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/guide/)のデータベースにリンクし、以下のGene IDを基に、ヒト由来のGNAS遺伝子やGNAL遺伝子の塩基配列情報を参照したり、これら遺伝子のオーソログ遺伝子(チンパンジー、マウス、ラット、ウシ等)を参照することができる。
GNAS遺伝子(Gene ID2778)
GNAL遺伝子(Gene ID2774)
【0027】
外来性のcAMPバイオセンサー、外来性のTSH受容体、及び/又は外来性のGタンパク質、例えばGαsを発現する哺乳動物細胞は、この分野で一般的に用いられている遺伝子工学的手法により作製することができる。例えば、プロモーター(例えば、サイトメガロウイルス[CMV]のIE[immediate early]遺伝子のプロモーター、SV40[Simian virus 40]の初期プロモーター、レトロウイルスのプロモーター、メタロチオネインプロモーター、ヒートショックプロモーター、SRαプロモーター、NFATプロモーター、HIFプロモーター)と、かかるプロモーターの下流に作動可能に連結されているcAMPバイオセンサーをコードする遺伝子、TSH受容体をコードする遺伝子、及び/又Gαsをコードする遺伝子(GNAS遺伝子)を含むベクター(例えば、pcDNA3.1(+)、pcDM8、pAGE107、pAS3-3、pCDM8)を、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、DEAE(Diethylaminoethyl)デキストラン法、ウイルス感染法等の方法を用いて、哺乳動物細胞へ導入(トランスフェクション)することにより得ることができる。
【0028】
本明細書において、哺乳動物細胞としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等由来の細胞を例示することができ、中でも、マウス、ブタ、又はヒト由来の細胞を好適に例示することができる。
【0029】
上記血液試料としては、血液そのものや、血液から調製された血清又は血漿を挙げることができ、血清が好ましい。
【0030】
上記工程(a)において、哺乳動物細胞をインキュベートする方法としては、血液試料中に含まれる自己抗体が、TSH受容体刺激性のものである場合、TSH受容体刺激性自己抗体が、哺乳動物細胞におけるTSH受容体を刺激し、かかる刺激により細胞内に産生されたcAMPが、cAMPバイオセンサーに結合し、cAMPバイオセンサーを活性化できる条件下でインキュベートする方法であればよく、また、血液試料中に含まれる自己抗体が、TSH受容体阻害性のものである場合、TSH受容体阻害性自己抗体が、哺乳動物細胞におけるTSH受容体を阻害し、かかる阻害により細胞内のcAMP産生量が低下し、cAMPバイオセンサーに結合するcAMP産生量が低下し、cAMPバイオセンサーを不活性化できる条件下でインキュベートする方法であればよく、インキュベート時間、インキュベート温度、インキュベート用液の種類等の条件は、哺乳動物細胞の性質や、測定対象の活性化レベルの性質も考慮して適宜選択することができる。
【0031】
上記インキュベート時間は、例えば、5分~2時間の範囲内、好ましくは10分~1.5時間の範囲内、より好ましくは20分~1時間の範囲内であり、上記インキュベート温度は、例えば、14~40℃の範囲内であり、好ましくは20~38℃の範囲内である。
【0032】
上記インキュベート用液としては、例えば、0.1~30%(v/v)の血清(ウシ胎児血清[Fetalbovine serum;FBS]、子牛血清[Calf bovine serum;CS]等)を含有する生理的水溶液、無血清の生理的水溶液を挙げることができる。かかる生理的水溶液としては、例えば、哺乳動物細胞培養用培養液;生理食塩水;リン酸緩衝化生理食塩水;トリス緩衝化生理食塩水;HEPES緩衝化生理食塩水;乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液等のリンゲル液;5%グルコース水溶液を挙げることができる。また、上記哺乳動物細胞培養用培養液としては、具体的には、DMEM、EMEM、IMDM、RPMI1640、αMEM、F-12、F-10、M-199、AIM-V等を挙げることができる。また、上記無血清の哺乳動物細胞培養用培養液としては、例えば、市販のB27サプリメント(-インスリン)(Life Technologies社製)、N2サプリメント(Life Technologies社製)、B27サプリメント(Life Technologies社製)、Knockout Serum Replacement(Invitrogen社製)等の血清代替物を適量(例えば、1~30%)添加した上記哺乳動物細胞培養用培養液を挙げることができる。さらに、インキュベート用液としては、特許文献1等のcAMP検出系に関する公知文献にて慣用されている、ホスホジエステラーゼ阻害剤(例えば、3-イソブチル-1-メチルキサンチン[IBMX]やテオフィリン等)を含有したものであってもよいが、ホスホジエステラーゼ阻害剤の存在により、バックグラウンドの値が高くなり、十分なS/N比が確保されず、定量的な測定が困難になる場合は、ホスホジエステラーゼ阻害剤を含有しないものが好ましい。
【0033】
上記インキュベート用液には、可視化(イメージング)及び/又は定量が可能なcAMPバイオセンサーに対する基質や触媒等が含まれる。例えば、上記cAMPバイオセンサーがアルカリホスファターゼの場合、上記インキュベート用液には、p-ニトロフェニルリン酸等の基質が含まれ、LabAssay ALP(和光純薬工業社製)、QuantiChrom Alkaline Phosphatase Assay Kit(フナコシ社製)等の市販品を用いて、かかるインキュベート用液を調製してもよい。また、上記cAMPバイオセンサーがβ-D-ガラクトシダーゼである場合、上記インキュベート用液には、X-gal(5-Bromo-4-Chloro-3-Indolyl-β-D-Galactoside)、ONPG(o-nitrophenyl-β-D-galactopyranoside)等の基質が含まれ、X-gal(TaKaRa社製)、β-Galactosidase Enzyme Assay System(Promega社製)等の市販品を用いて、かかるインキュベート用液を調製してもよい。また、上記cAMPバイオセンサーがルシフェラーゼである場合、上記インキュベート用液には、ルシフェリン、セレンテラジン等の基質が含まれ、GloSensor cAMP Reagent stock solution(Promega社製)等の市販品を用いて、かかるインキュベート用液を調製してもよい。なお、上記インキュベート用液には、上記基質の他、触媒(例えば、ATP、マグネシウム)を添加してもよいが、哺乳動物細胞内にこれら触媒が十分ある場合は、添加しなくてもよい。
【0034】
上記工程(a)において、哺乳動物細胞と血液試料とは、上記インキュベート用液を含む容器(例えば、マルチウエルプレート、培養皿[シャーレ、ディッシュ]、フラスコ)内で接触させることができる。具体的には、血液試料を予め上記インキュベート用液中に添加・混合した後、かかる液を哺乳動物細胞に添加してもよいし、血液試料を、哺乳動物細胞を含む上記インキュベート用液に添加・混合してもよい。本件測定方法としては、上記工程(a)の前に、哺乳動物細胞を、インキュベート用液中で平衡化処理する工程(p)をさらに含むものであってもよいし、時間対効果を得る観点から、当該工程(p)を含まないものであってもよい。平衡化処理時間としては、例えば、5分以上、10分以上、30分以上であり、2.5時間以下、2時間以下、又は1時間以下である。すなわち、平衡化処理時間としては、例えば、5分~2.5時間の範囲内、10分~2時間の範囲内、30~1時間の範囲内である。また、平衡化処理の温度は、例えば、14~40℃の範囲内であり、好ましくは20~38℃の範囲内である。哺乳動物細胞内に発現するcAMPバイオセンサーは、細胞内に産生されたcAMPに対してのみ反応性を示し、細胞外のcAMPに対しては反応性を示さない。このため、哺乳動物細胞と血液試料とを接触させる前に、血液試料中に含まれるcAMPを予め除去する等の前処理や、哺乳動物細胞と血液試料とを接触させる前又は接触させた後に、哺乳動物細胞を溶解処理することを必要としない。なお、本工程は、公知のTSAb活性測定法(特許文献2)と同様に、polyethylene glycol(PEG)共存下で行ってもよく、非存在下で行ってもよい。
【0035】
上記工程(b)において、cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する方法は、測定対象の活性化レベルの性質に合わせて適切な方法を適宜選択することができ、例えば、活性化レベルが、p-ニトロフェニルリン酸を基質として用いたアルカリホスファターゼの活性化レベルである場合、アルカリホスファターゼにより分解されるp-ニトロフェノール(405nm)の吸光度を、分光光度計により測定する方法を挙げることができる。また、活性化レベルが、ONPGを基質として用いたβ-D-ガラクトシダーゼの活性化レベルである場合、β-D-ガラクトシダーゼにより分解されるo-ニトロフェノール(20nm)の吸光度を、分光光度計により測定する方法を挙げることができる。また、活性化レベルが、ルシフェリンを基質として用いたルシフェラーゼの活性化レベルである場合、ルシフェラーゼにより生じる発光を、ルミノメーターにより測定する方法を挙げることができる。また、活性化レベルが、蛍光タンパク質の蛍光レベルである場合、蛍光レベルを蛍光顕微鏡で測定する方法を挙げることができる。
【0036】
上記工程(b)において、cAMPバイオセンサーの活性化レベルを、複数(例えば、少なくとも2つ、少なくとも4つ、少なくとも6つ、少なくとも8つ、少なくとも10、少なくとも12、少なくとも14、少なくとも16、少なくとも18、少なくとも20、少なくとも22、少なくとも24、少なくとも26、少なくとも28、少なくとも30、少なくとも32、少なくとも34、少なくとも36、少なくとも38、少なくとも40)の時点で測定することにより、上記活性化レベルの経時変化を測定することができる。上記活性化レベルの経時変化を測定するときの時点と時点の間の時間としては、特に制限されず、例えば、1~60秒の範囲内、1~60分の範囲内、1~2時間の範囲内である。また、上記活性化レベルの経時変化を測定するときの時点と時点の間隔としては、等間隔であっても、不等間隔であってもよい。
【0037】
上記工程(b)において、被験者における活性化レベルを継時的に測定した場合、被験者における活性化レベルの増加をリアルタイムでモニタリングすることができるため、被験者における活性化レベルが増加するポイント(タイミング)で測定することにより、被験者における活性化レベルが、対照における活性化レベルよりも高いか否かを、正確かつ定量的に評価することができる。
【0038】
上記工程(c)において、工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較し、自己抗体活性を算定する。工程(b)で測定した活性化レベルが、対照における活性化レベルと比べ、高い場合、被験者の血清試料中には、対照よりもTSH受容体に対して刺激性を示す自己抗体の割合が多い、及び/又は、対照よりもTSH受容体に対して阻害性を示す自己抗体の割合が少ないと判定(判断)することができ、工程(b)で測定した活性化レベルが、対照における活性化レベルと比べ、低い場合、被験者の血清試料中には、対照よりもTSH受容体に対して刺激性を示す自己抗体の割合が少ない、及び/又は、対照よりもTSH受容体に対して阻害性を示す自己抗体の割合が多いと判定(判断)することができる。上記工程(c)において、比較する両者(被験者における活性化レベル、及び対照における活性化レベル)は、互いに対応するものを用いる。対照における活性化レベルは、本件測定方法を実施する際、対照(例えば、健常者や、TSH受容体刺激性又は阻害性自己抗体に起因する甲状腺疾患患者)から採取された血液試料を基に、その都度測定した値であってもよいが、予め測定した値であってもよい。また、比較する両者(被験者における活性化レベル、及び対照における活性化レベル)は、実質的に同じ方法により調製された血液試料や、実質的に同じ活性化レベルの測定方法により得られたものが好ましい。
【0039】
本件測定キットにおいて、cAMPバイオセンサーの可視化及び/又は定量が可能な基質としては、例えば、上記cAMPバイオセンサーがアルカリホスファターゼの場合、p-ニトロフェニルリン酸を挙げることができ、上記cAMPバイオセンサーがβ-D-ガラクトシダーゼである場合、X-gal(5-Bromo-4-Chloro-3-Indolyl-β-D-Galactoside)、ONPG(o-nitrophenyl-β-D-galactopyranoside)を挙げることができ、上記cAMPバイオセンサーがルシフェラーゼである場合、ルシフェリン、セレンテラジンを挙げることができる。
【0040】
本件測定方法や本件測定キットを用いると、哺乳動物細胞中のTSH受容体に対する自己抗体活性を迅速に測定することができる。本明細書において、「迅速」とは、測定時間、具体的には、上記工程(a)及び(b)を実施するために要する時間と、上述の平衡化処理時間との合計(以下、「合計時間」ということがある)や、本件測定方法が完結される時間(以下、「完結時間」ということがある)が、比較的短時間であることを意味する。ここで合計時間において、比較的短時間としては、例えば、2時間以下、1時間30分以下、1時間以下、又は30分以下;5分以上、10分以上、15分以上、20分以上、又は25分以上であり、かつ、2時間以下、1時間30分以下、1時間以下、又は30分以下(すなわち、5分~2時間、5分~1時間30分、5分~1時間、5~30分間、10分~2時間、10分~1時間30分、10分~1時間、10~30分間、15分~2時間、15分~1時間30分、15分~1時間、15~30分間、20分~2時間、20分~1時間30分、20分~1時間、20~30分間、25分~2時間、25分~1時間30分、25分~1時間、25~30分間);等を挙げることができ、2時間以下を好適に例示することができる。また、完結時間において、比較的短時間としては、例えば、3時間以下、2時間30分以下、2時間以下、又は1時間30分以下;5分以上、10分以上、15分以上、20分以上、又は25分以上であり、かつ、3時間以下、2時間30分以下、2時間以下、又は1時間30分以下(すなわち、5分~3時間、5分~2時間30分、5分~2時間、5~1時間30分間、10分~3時間、10分~2時間30分、10分~2時間、10~1時間30分間、15分~3時間、15分~2時間30分、15分~2時間、15~1時間30分間、20分~3時間、20分~2時間30分、20分~2時間、20~1時間30分間、25分~3時間、25分~2時間30分、25分~2時間、25~1時間30分間);等を挙げることができ、3時間以下を好適に例示することができる。
【0041】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。なお、以下の実施例において、細胞培養は、10%ウシ胎仔血清(FBS)を含むD-MEM培養液中で、COインキュベーター(5%CO、37℃条件下)内で行った。
【実施例
【0042】
実施例1.TSH受容体刺激性自己抗体の濃度の定量
cAMPバイオセンサーの活性化レベルを指標として、TSH受容体刺激性自己抗体の濃度を定量できるか否かを検討した。具体的には、以下の手順〔1〕~〔3〕の方法を行った。
【0043】
1-1 方法
〔1〕1.5×10個のヒト胎児腎細胞由来細胞株(HEK293細胞)(ECACC[European Collection of Authenticated Cell Cultures]より入手、Cat no.85120602)を、96ウェルマルチプレートに播種し、24時間培養した。
〔2〕GloSensor cAMP、すなわち、ホタルルシフェラーゼ(firefly luciferase)の359~544番目のアミノ酸残基と、プロテインキナーゼA(PKA)の制御サブユニットのcAMP結合領域と、ホタルルシフェラーゼの4~355番目のアミノ酸残基とを含むタンパク質(cAMPバイオセンサー)を発現するプラスミドベクター(pGloSenso-22F、Promega社製)と、ヒトTSH受容体を発現するpcDNA3.1(+)(pcDNA3.1_hTSHR)とを、FuGENE HD Transfection Reagent(Promega社製)を用い、GloSensor cAMP Assay(Promega社製)に添付のプロトコールに従って、HEK293細胞へトランスフェクションした(図1の「TSH受容体発現細胞」)。なお、比較対照として、ヒトTSH受容体遺伝子が挿入されていないpcDNA3.1(+)と、pGloSenso-22Fとをトランスフェクションした実験も行った(図1の「TSH受容体非発現細胞」)。
〔3〕24時間培養後、2%(v/v)のGloSensor cAMP Reagent stock solution(Promega社製)を含むpolyethylene glycol含有インキュベート用液に交換し、室温で1時間平衡化処理を行った後、各種濃度(図1参照)の3種類のTSH受容体刺激物質(ウシTSH[bTSH、シグマアルドリッチ社製]、組換えヒトTSH[rhTSH、サノフィ社製]、及び抗ヒトTSHモノクローナルM22抗体[アールエスアール社製])(TSAb)を添加し、96ウェルマルチプレートルミノメーター(Tecan社製)を用いてルシフェラーゼ活性レベルを測定した。なお、比較対照として、上記3種類のTSH受容体刺激物質を添加する前のルシフェラーゼ活性レベルも測定した。また、ルシフェラーゼ活性レベルは、上記TSH受容体刺激物質を添加し、20分間インキュベーションした後の値を測定した。
【0044】
1-2 結果
3種類のTSH受容体刺激物質(bTSH、rhTSH、及び抗ヒトTSHモノクローナルM22抗体)の濃度に依存して、ルシフェラーゼ活性化レベルが上昇することが示された(図1参照)。かかる結果は、cAMPバイオセンサー(GloSensor cAMP)及びTSH受容体の両方を発現する哺乳動物細胞(HEK293細胞)を、抗ヒトTSHモノクローナルM22抗体等のTSH受容体刺激性自己抗体存在下で培養すると、cAMPバイオセンサーの活性化レベルを指標として、TSH受容体刺激性自己抗体の濃度を測定できることを示している。
【0045】
実施例2.哺乳動物細胞のインキュベート用液での平衡化処理の検討
哺乳動物細胞のインキュベート用液での平衡化処理の検討を行った。具体的には、以下の手順〔1〕、〔2〕を行った後、平衡化処理を行わない(処理時間が0時間)〔3-1〕、平衡化処理を行う(処理時間が2時間)〔3-2〕の方法を並行して行い、両者の測定結果を比較することで、平衡化処理の有無による測定結果への影響を検討した。
【0046】
2-1 方法
〔1〕1.5×10個のヒト胎児腎細胞由来細胞株(HEK293細胞)(ECACC[European Collection of Authenticated Cell Cultures]より入手、Cat no.85120602)を、96ウェルマルチプレートに播種し、24時間培養した。
〔2〕GloSensor cAMP、すなわち、ホタルルシフェラーゼ(firefly luciferase)の359~544番目のアミノ酸残基と、プロテインキナーゼA(PKA)の制御サブユニットのcAMP結合領域と、ホタルルシフェラーゼの4~355番目のアミノ酸残基とを含むタンパク質を発現するプラスミドベクター(pGloSenso-22F、Promega社製)と、ヒトTSH受容体を発現するpcDNA3.1(+)(pcDNA3.1_hTSHR)とを、FuGENE HD Transfection Reagent(Promega社製)を用い、GloSensor cAMP Assay(Promega社製)に添付のプロトコールに従って、HEK293細胞へトランスフェクションした。
〔3-1〕24時間培養後、2%(v/v)のGloSensor cAMP Reagent stock solution
(Promega社製)を含むpolyethylene glycol含有インキュベート用液に交換し、直ちに各種濃度(図2参照)の2種類のTSH受容体刺激物質(組換えヒトTSH[rhTSH、サノフィ社製]、及び抗ヒトTSHモノクローナルM22抗体[アールエスアール社製])(TSAb)を添加し、96ウェルマルチプレートルミノメーター(Promega社製)を用いてルシフェラーゼ活性レベルを測定した。なお、ルシフェラーゼ活性レベルは、上記TSH受容体刺激物質を添加し、20分間インキュベーションした後の値を測定した。
〔3-2〕24時間培養後、2%(v/v)のGloSensor cAMP Reagent stock solution(Promega社製)を含むpolyethylene glycol含有インキュベート用液に交換し、室温で2時間平衡化処理を行った後、各種濃度(図2参照)の2種類のTSH受容体刺激物質(組換えヒトTSH[rhTSH、サノフィ社製]、及び抗ヒトTSHモノクローナルM22抗体[アールエスアール社製])(TSAb)を添加し、96ウェルマルチプレートルミノメーター(Promega社製)を用いてルシフェラーゼ活性レベルを測定した。なお、ルシフェラーゼ活性レベルは、上記TSH受容体刺激物質を添加し、20分間インキュベーションした後の値を測定した。
【0047】
2-2 結果
哺乳動物細胞のインキュベート用液での平衡化処理の有無によらず、TSH受容体刺激物質(rhTSH、及び抗ヒトTSHモノクローナルM22抗体)の濃度に依存して、ルシフェラーゼ活性化レベルが上昇することが示された(図2参照)。かかる結果は、哺乳動物細胞のインキュベート用液での平衡化処理を省略ないし短縮し、測定時間を短縮した(例えば、30分以内)場合であっても、cAMPバイオセンサーの活性化レベルを指標として、TSH受容体刺激性自己抗体の濃度を測定できることを示している。
【0048】
実施例3.cAMPバイオセンサー及びTSH受容体を発現する哺乳動物細胞の検討
TSH受容体刺激性自己抗体を感度よく測定するために、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体を発現する哺乳動物細胞を検討した。具体的には、Gs遺伝子(GNAS遺伝子及びGNAL遺伝子)のノックアウトHEK293細胞株(以下、「Gs欠損HEK293細胞」ということがある)を、以下の[Gs遺伝子のノックアウトHEK293細胞株の作製]の項目に記載の方法に従って作製し、実施例1の「1-1 方法」の項目に記載の方法に従って、2種類のベクター(pGloSenso-22F及びpcDNA3.1_hTSHR)と、ヒトGαsタンパク質を発現するpcDNA3.1(+)(pcDNA3.1_hGαs)とをトランスフェクションし、ルシフェラーゼ活性レベルを測定した。なお、比較対照として、野生株(HEK293細胞)へ、上記2種類のベクターをトランスフェクションした実験も行った。
【0049】
3-1 方法
[Gs遺伝子のノックアウトHEK293細胞株の作製]
〔1〕ゲノム中に存在するGs遺伝子(GNAS遺伝子[Gene ID2778]及びGNAL遺伝子[Gene ID2774])をノックアウトするために、Cas9ヌクレアーゼとシングルガイドRNA(sgRNA)の両方を発現させるpX330ベクターを用い、文献(Wang, H. et al. One-step generation of mice carrying mutations in multiple genes by CRISPR/Cas-mediated genome engineering. Cell 153, 910-918 (2013).)や、国際公開第2015/128894号パンフレットに記載の方法に従ってプラスミドコンストラクト(Cas9ヌクレアーゼ/sgRNA発現ベクター)を作製した。
〔2〕HEK293細胞を2×10細胞/mLとなるように10%FBSを含むD-MEM培養液で懸濁し、細胞培養用12ウェルプレート(Grenier Bio-One社製)の各ウェルに1mLずつ播種した。
〔3〕24時間培養後、各ウェルに、上記Cas9ヌクレアーゼ/sgRNA発現ベクター500ngと、pGreenLantern-1(GIBCO BRL社製)100ngとを、LipofectAMINE 2000(Life Technologies社製)1.25μLを用いて、HEK293細胞へトランスフェクションした。
〔4〕トランスフェクション24時間後の細胞を、0.05%(v/v)トリプシン/0.53mMEDTA含有リン酸緩衝液(PBS)を用いて細胞を剥がし、セルソーターSH800Z(Sony社製)を用いてGFP陽性細胞を分取することによりCas9ヌクレアーゼ/sgRNA発現ベクターが導入された細胞を選択した。なお、選択した細胞について、ゲノム中に存在するGs遺伝子(GNAS遺伝子及びGNAL遺伝子)が組み換えによりノックアウトされていることは、組換えにより生じた制限酵素を用いて確認した。
【0050】
3-2 結果
Gs欠損HEK293細胞を用いてアッセイした場合、HEK293細胞を用いてアッセイした場合と比べ、50%効果濃度(EC50)が24.7倍向上した(図3参照)。この結果は、例えば、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体を発現する哺乳動物細胞として、外来性のGαsが発現し、かつ、Gs遺伝子がノックアウトした細胞を用いると、野生型の哺乳動物細胞と比べ、TSH受容体のリガンド(TSAb)の検出感度が向上することを示し、目的とする試料の特性に応じて哺乳動物細胞を設計・選択することで、TSAb活性を精確に測定できることが示唆された。
【0051】
実施例4.既存の甲状腺刺激性自己抗体活性測定系との反応性比較
cAMPバイオセンサーの活性化レベルを指標としたTSH受容体刺激性自己抗体測定法が、既存の甲状腺刺激性自己抗体活性測定系と相関を有するか、検討した。
【0052】
4-1 材料
TSH受容体刺激物質の陽性対照として、TSAb国際標準であるNIBSC 08/204を利用した。
【0053】
4-2 方法
上記「1-1 方法」の項目に記載の方法において、3種類のTSH受容体刺激物質に代えて、TSAb国際標準であるNIBSC08/204を用いてルシフェラーゼ活性レベルを測定した。なお、ルシフェラーゼ活性レベルは、血清試料を添加してから40秒間隔で30回測定した。また、同じ試料を用いてTSAbキット「ヤマサ」EIA(ヤマサ醤油株式会社製)により甲状腺刺激性自己抗体活性(TSAb%)を測定した。
【0054】
4-3 結果
cAMPバイオセンサーの活性化レベルを指標としたTSH受容体刺激性自己抗体測定法は、既存の甲状腺刺激性自己抗体活性測定系と同等の反応性を示した(図4参照)。この結果より、cAMPバイオセンサーの活性化レベルを指標としたTSH受容体刺激性自己抗体測定法が既存の甲状腺刺激性自己抗体活性測定系と置換可能である可能性が示唆された。
【0055】
実施例5.TSH受容体刺激性自己抗体に起因する甲状腺疾患の判定
cAMPバイオセンサーの活性化レベルを指標として、TSH受容体刺激性自己抗体に起因する甲状腺疾患を判定できるか否かを検討した。具体的には、以下の材料を用い、以下の方法を行った。
【0056】
5-1 材料
バセドウ病患者から血液を採取し、定法に従って血清試料を調製した。
【0057】
5-2 方法
上記「1-1 方法」の項目に記載の方法において、3種類のTSH受容体刺激物質に代えて、バセドウ病患者6名及び健常者4名から調製した血清試料を用いてルシフェラーゼ活性レベルを測定した(図5参照)。なお、ルシフェラーゼ活性レベルは、血清試料を添加後のインキュベーションにおいて、40秒間隔で30回測定し、図5には30回目の測定値を示す。また、互いに同程度の測定値を示したバセドウ病患者P1及びP5由来血清試料について、ルシフェラーゼ活性レベルの継時的変化を示す(図6参照)。これらの血清試料については、エクルーシス試薬TRAb(ロッシュ社製)により抗TSH受容体抗体(TRAb)量を測定した(表1参照)。
【0058】
5-3 結果
バセドウ病患者6名及び健常者4名から調製した血清試料のルシフェラーゼ活性レベルは、明確に区別された(図5参照)。この結果から、cAMPバイオセンサーの活性化レベルを指標として、TSH受容体刺激性自己抗体に起因する甲状腺疾患を判定できることが示唆された。
【0059】
また、バセドウ病患者P1及びP5については、定常状態でのルシフェラーゼ活性レベルは、両者で変わらなかったのに対して、ルシフェラーゼ活性レベルが定常状態に達するまでの時間は、バセドウ病患者P1と比べ、バセドウ病患者P5の方が短かった(図6参照)。一方、抗TSH受容体抗体量を示すTRAb値は、バセドウ病患者P1の値(1.1)と比べ、バセドウ病患者P5の値(15.1)の方が高かった(表1参照)。かかるTRAb値の結果を考慮すると、図6において、ルシフェラーゼ活性レベルが定常状態に達するまでの時間と、抗TSH受容体抗体量濃度との間には、正の相関関係があると考えらえられる。また、図6において、ルシフェラーゼ活性の定常レベルは、抗TSH受容体抗体の刺激活性の度合い(抗体濃度×抗体の親和性)を示していると考えられる。すなわち、バセドウ病患者P5においては、バセドウ病患者P1よりも刺激性が低い(TSH受容体に対する親和性がバセドウ病患者P1よりもより低い)抗TSH受容体抗体が、バセドウ病患者P1よりも多く存在したと推測される一方で、バセドウ病患者P5においては、バセドウ病患者P1よりも刺激性の強い(TSH受容体に対する親和性がバセドウ病患者P1よりも高い)抗TSH受容体抗体が、バセドウ病患者P1よりも少なく存在したと推測される。
【0060】
このように、本発明の方法を用いて、ルシフェラーゼ活性レベル(cAMPバイオセンサーの活性化レベル)が定常状態に達するまでの時間と、ルシフェラーゼ活性の定常レベル(cAMPバイオセンサー活性の定常レベル)とを測定すると、バセドウ病患者の血液試料中の抗TSH受容体抗体濃度と、抗TSH受容体抗体のTSH受容体に対する親和性を算定することができ、バセドウ病の個体差(例えば、難治性か否かなど)が判定できることが期待される。
【0061】
【表1】
【0062】
実施例6.哺乳動物細胞の株種の検討1
哺乳動物細胞の株種の検討を行った。具体的には、以下の材料を用いて、以下の方法を行った。
【0063】
6-1 材料
哺乳動物細胞として、ヒト胎児腎細胞由来細胞株(HEK293細胞)とチャイニーズハムスター卵巣由来細胞株(CHO細胞)(ECACC[European Collection of Authenticated Cell Cultures]より入手、Cat no. 85050302)を用いた。測定試料として、TSAb国際標準であるNIBSC 08/204(400 mU/L)に加えて、バセドウ病患者3名から血液を採取し、定法に従って調製した血清試料を用いた。当該血清試料は、TSAbキット「ヤマサ」EIA(ヤマサ醤油株式会社製)により甲状腺刺激性自己抗体活性(TSAb%)が120%以上を示す検査陽性試料である。
【0064】
6-2 方法
実施例1の「1-1 方法」の項目に記載の方法において、HEK293細胞に加えて、CHO細胞についても同様に、2種類のベクター(pGloSenso-22F及びpcDNA3.1_hTSHR)をそれぞれ2&micro;g及び0.02&micro;gトランスフェクションし、測定試料を添加後20分時点でのルシフェラーゼ活性レベルを測定した(図7参照)。
【0065】
6-3 結果
CHO細胞を用いた場合も、TSAb国際標準であるNIBSC 08/204、及びバセドウ病患者3名由来の血清試料に依存して、ルシフェラーゼ活性レベルの上昇は認められたものの、HEK293細胞を用いた場合の方が、CHO細胞を用いた場合よりも、ルシフェラーゼ活性は2~7倍高かった。この結果は、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体を発現する哺乳動物細胞として、HEK293細胞等のヒト胎児腎細胞由来細胞株を用いると、CHO細胞等のヒト胎児腎細胞由来細胞株以外の細胞株を用いた場合と比べ、TSAbの検出感度が向上することを示している。
【0066】
実施例7.哺乳動物細胞の株種の検討2
さらに、哺乳動物細胞の株種の検討を行った。具体的には、以下の材料を用いて、以下の方法を行った。
【0067】
7-1 材料
哺乳動物細胞として、ヒト胎児腎細胞由来細胞株(HEK293細胞)とヒト骨腫瘍細胞株(U2OS細胞)(ECACCより入手、Cat no. 92022711)を用いた。測定試料として、rhTSHを用いた。
【0068】
7-2 方法
〔1〕4×10個のHEK293細胞又はU2OS細胞を6ウェルマルチプレートに播種し、24時間培養した。
〔2〕pGloSenso-22F(Promega社製)及びpcDNA3.1_hTSHRのプラスミド混合物を、下記の(1)~(4)の手順に従って、HEK293細胞又はU2OS細胞へトランスフェクションした。なお、各ウェル当たり、1μgのpGloSenso-22Fと、0ng、40ng又は200ngのpcDNA3.1_hTSHR(それぞれ、図8の「TSHR 0ng」、「TSHR 40ng」、及び「TSHR 200ng」)とトランスフェクションし、また、ポリエチレンイミン(PEI)(Polysciences社製)は、その量(μL)がプラスミド量(μg)に対して、4倍又は8倍(それぞれ図8の「4:1」及び「8:1」)となるように用いた。
(1)PEIを、50μLのOpti-MEMに添加し、5分間室温で静置した。
(2)上記プラスミド混合物を、50μLのOpti-MEMに添加した後、プラスミド混合物を含むOpti-MEMと、上記(1)で調製した、PEIを含むOpti-MEMとを混合し、20分間室温で静置した。
(3)上記(2)で調製した、プラスミド混合物及びPEIを含むOpti-MEM100μLを、HEK293細胞又はU2OS細胞へ滴下した。
〔3〕24時間培養後、アキュターゼ(ナカライテスク社製)を用いて細胞を剥離し、遠心し、上清を除去後、250μLの反応緩衝液(0.01%BSA、125mM スクロース、13.8mM 塩化ナトリウム、及び4% PEGを含むHBSS)を添加し、細胞を懸濁した。
〔4〕30μLの細胞懸濁液を、白色96ウェルプレートに加えた後、上記反応緩衝液で希釈した8mM D-ルシフェリン10μLを添加し、2時間遮光しながら静置した後、各種濃度(図8参照)のリコンビナントヒトTSH(rhTSH)(サノフィ社製)10μLを添加し、96ウェルマルチプレートルミノメーター(Tecan社製)を用いてルシフェラーゼ活性レベルを測定した。なお、比較対照として、rhTSHを添加する前のルシフェラーゼ活性レベルも測定した。また、ルシフェラーゼ活性レベルは、rhTSHを添加し、20分間インキュベーションした後の値を測定した。
【0069】
7-3 結果
U2OS細胞を用いた場合も、TSH受容体の発現と、rhTSH(すなわち、TSH受容体刺激物質)に依存して、ルシフェラーゼ活性レベルの上昇は認められたものの、HEK293細胞を用いた場合の方が、U2OS細胞を用いた場合よりも、ルシフェラーゼ活性は3~4倍前後高かった。この結果は、上記実施例6の結果と同様に、cAMPバイオセンサー及びTSH受容体を発現する哺乳動物細胞として、HEK293細胞等のヒト胎児腎細胞由来細胞株を用いると、U2OS細胞等のヒト胎児腎細胞由来細胞株以外の細胞株を用いた場合と比べ、TSAbの検出感度が向上することを示している。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、TSH受容体刺激性又は阻害性自己抗体に起因する甲状腺疾患の診断及び治療に資するものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8