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特許7212076クロムを含有する耐摩耗性鉄系合金組成物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-16
(45)【発行日】2023-01-24
(54)【発明の名称】クロムを含有する耐摩耗性鉄系合金組成物
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230117BHJP
   C22C 38/56 20060101ALI20230117BHJP
   B23K 10/02 20060101ALI20230117BHJP
   B23K 26/342 20140101ALI20230117BHJP
   C22C 37/10 20060101ALI20230117BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20230117BHJP
   B22F 3/105 20060101ALI20230117BHJP
   B22F 3/115 20060101ALI20230117BHJP
   C23C 24/08 20060101ALI20230117BHJP
【FI】
C22C38/00 302X
C22C38/56
B23K10/02 501A
B23K26/342
C22C37/10 Z
B22F1/00 T
B22F3/105
B22F3/115
C22C38/00 304
C23C24/08 B
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2020573251
(86)(22)【出願日】2019-06-25
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-11-11
(86)【国際出願番号】 EP2019066838
(87)【国際公開番号】W WO2020007654
(87)【国際公開日】2020-01-09
【審査請求日】2022-06-24
(31)【優先権主張番号】18181105.0
(32)【優先日】2018-07-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】509020295
【氏名又は名称】ホガナス アクチボラグ (パブル)
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】マロリ、バルバラ
(72)【発明者】
【氏名】フライクホルム、ロベルト
(72)【発明者】
【氏名】ベングトソン、スベン
(72)【発明者】
【氏名】フリスク、カリン
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/040775(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/099390(WO,A1)
【文献】欧州特許出願公開第00223202(EP,A2)
【文献】特開昭63-290249(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 37/00-38/60
C22C 33/00-33/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホウ素(B):1.6~2.4wt%、
炭素(C):2.2~3.0wt%、
クロム(Cr):3.5~5.0wt%、
マンガン(Mn):0.8wt%未満、
モリブデン(Mo):16.0~19.5wt%、
ニッケル(Ni):1.0~2.0wt%、
ケイ素(Si):0.2~2.0wt%、及び
バナジウム(V):10.8~13.2wt
を含、残部鉄(Fe)および総量が1wt%未満の不可避不純物からなる、鉄系合金組成物。
【請求項2】
ケイ素の量が0.2~1.5wt%である、請求項1に記載の鉄系合金組成物。
【請求項3】
ホウ素の量が1.8~2.3wt%である、請求項1又は2に記載の鉄系合金組成物。
【請求項4】
クロムの量が3.5~4.5wt%である、請求項1から3までのいずれか一項に記載の鉄系合金組成物。
【請求項5】
粉体組成物である、請求項1からまでのいずれか一項に記載の鉄系合金組成物。
【請求項6】
前記粉体組成物の少なくとも95wt%が、300μm以下の粒子径を有し、及び/又は、前記粉体組成物の少なくとも95wt%が、5μm以上の粒子径を有する、請求項に記載の鉄系合金組成物。
【請求項7】
基材部分と、
前記基材部分に結合された被覆と
を備える物品であって、前記被覆が、被覆材料として請求項1からまでのいずれか一項に記載の鉄系合金組成物を使用して作製された、物品。
【請求項8】
前記被覆が、オーバーレイ溶接工程により付着される、請求項に記載の物品。
【請求項9】
前記基材材料からの希釈が、20%未満で
ここで、前記希釈は
((A 基材 )/(A 被覆 +A 基材 ))×100
により定義され、(A 被覆 +A 基材 )および(A 基材 )は、それぞれ、被覆の断面における総被覆面積、及びオーバーレイ溶接前は基材であった被覆の面積を表す、請求項又はに記載の物品。
【請求項10】
前記被覆が、少なくとも6のロックウェル硬さHRCを有する、請求項からまでのいずれか一項に記載の物品。
【請求項11】
前記被覆が、ASTM G65、手順Aにより決定される耐研磨摩耗性で、15mm満の耐研磨摩耗性を有する、請求項から10までのいずれか一項に記載の物品。
【請求項12】
前記被覆が、球衝撃摩耗試験法により決定される衝撃摩耗で、最初のクラックの発生まで、15Jでの1撃あたりの衝撃エネルギーで少なくとも回超の打撃、10Jでの1撃あたりの衝撃エネルギーで少なくとも15回超の打撃である衝撃摩耗を有する、請求項から11までのいずれか一項に記載の物品。
【請求項13】
前記被覆が、一次硬質相ホウ化物及びモリブデンに富むホウ化物とマルテンサイトとの共晶マトリックスを含むミクロ組織を有し、
画像分析に基づく標準的な冶金技術を使用して得られた、一次ホウ化物の体積/共晶マトリックスの体が、0.3未満である、請求項から12までのいずれか一項に記載の物品。
【請求項14】
基材を表面硬化する方法であって、
- 基材を提供するステップと、
- 被覆材料として請求項1から6までのいずれか一項に記載の鉄系合金組成物を使用して、前記基材に被覆を付着させるステップと
を含む、方法。
【請求項15】
前記被覆を、オーバーレイ溶接工程により付着させる、請求項14に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一観点によれば、表面硬化(hardfacing)用途のための鉄系合金組成物に関する。他の観点によれば、本発明は、鉄系合金組成物から作製された表面硬化被覆に関する。さらに他の観点によれば、本発明は、鉄系合金組成物を被覆材料として使用して、物品を表面硬化する方法に関する。さらに他の観点によれば、本発明は、鉄系合金組成物を被覆材料として使用する、オーバーレイ溶接による表面硬化に関する。特定の観点によれば、本発明は、鉄系合金組成物を被覆材料として使用するレーザ・クラッディングによる表面硬化に関する。別の特定の観点によれば、本発明は、鉄系合金組成物を被覆材料として使用する粉末プラズマ溶接(PTA:Plasma arc transfer)による表面硬化に関する。
【背景技術】
【0002】
表面硬化は、非常に厳しい稼働条件における使用が意図される道具及び他の部品の寿命を、その物品の最も露出した部分に耐摩耗性の被覆層を提供することにより延長させるための、冶金的技術である。例えば、被覆は、新たな部品の製造における保護層として選択された表面領域に付着させてもよく、又は摩耗した表面を修理工程において修復するために付着させてもよい。典型的には、表面硬化被覆は、物品の基材部分と冶金的に結合したオーバーレイ溶接層として付着させられる。
【0003】
表面硬化材料は、劣化機構、例えば研磨摩耗、衝撃摩耗、及び浸食等に対する保護を与えるための特定の用途のために通常設計される複合合金である。典型的な用途には、限定されないが、油及びガス掘削、採鉱、セメント製造、農業及び土工機械、成形型、並びに、例えば航空宇宙産業及び発電のためのタービン構成要素が挙げられ得る。しかし、最も良好に機能する公知の表面硬化材料の多くは、いくつかの欠点を有し、その欠点には、高コスト、環境への影響、及び、異なる種類の摩耗機構が組み合わされて実際的な稼働条件下で物品の劣化を助長する、組み合わされた摩耗状況である場合には、非常に限定された耐性が挙げられる。
【0004】
基材に表面硬化被覆を付着させるための、様々な技術が存在する。この文脈における課題の1つは、各技術が、得られた被覆の特性、及び、よって、実際に達成される耐摩耗性に影響を与える、工程の種類に特有の特徴を有するということである。例えば、レーザ・クラッディング工程は、他の種類のオーバーレイ溶接技術と比較して、熱の影響を受ける領域が比較的小さく、基材の希釈度が低く、急速に付着るという利点を有する。しかし、これらの特徴は、溶融メルト・プール(welding melt pool)の比較的急速な冷却速度につながり、クラックの形成及び/又は多孔性が被覆中に生じる傾向の増大を伴う。クラック形成及び多孔性の傾向の増大は、例えばより遅い粉末プラズマ(PTA)溶接技術を使用する工程と比較して、過剰な摩耗をもたらすことがある。一方、PTA技術は、熱の影響を受ける領域をより大きくし、基材からの希釈を増大させ、被覆される部分の歪みのリスクをもたらすことがある。したがって、研磨及び衝撃摩耗に対する組み合わされた耐性を有し、孔及びクラック形成の傾向の低減を意味する良好な溶接性を有し、並びにコストがより低い被覆を達成するために特定の表面硬化技術に対して容易に適合又はさらには最適化することのできる合金組成物の必要性が存在する。
【0005】
上述された問題のいくつかは、本発明者らが公開した以前の研究において対処されており、例えば:Maroliら、「Effect of Type and Amount of Tungsten Carbides on the Abrasive Wear of Laser Cladded Nickel Based Coatings」、Int. Thermal Spray Conf.- ITSC 2015年、Long Beach、CA、USA;Bengtssonら、「New Hardfacing Material with High Impact Wear Resistance」、Int. Thermal Spray Conf.- ITSC 2016年、Shanghai;Maroliら、「Iron Based Hardfacing Alloys for Abrasive and Impact Wear」、Int. Thermal Spray Conf.- ITSC 2017年、Dusseldorf、Germany;及びMaroliら、「Cost Effective Iron Based Alloys for Abrasive Wear」、Int. Thermal Spray Conf.- ITSC 2018年、Orlando、USAを参照されたい。これらの研究は、とりわけ、ある特定の鉄系合金の特性、及び費用効果のある表面硬化用途におけるそれらの有用性を定量化する測定法を提供する。他の研究は、クロムを表面硬化合金中の成分として完全に使用しないことに着目しており、例えば、Eibl、「Chromium Free and Low-Chromium Wear Resistant Alloys」に関する、WO 2017/040775を参照されたい。しかし、これらの改善された合金組成物でさえも、上述された制約のいくつかになお直面することがある。したがって、表面硬化のための、代替物、及び好ましくは表面硬化について改善された合金を発見し、上述された問題の少なくともいくつかを克服又は改善する必要性が引き続き存在する。
【0006】
さらに、公知の表面硬化合金の中で最も良好に機能するものは、表面硬化合金を基材部分への被覆として付着させるために使用される溶接技術の選択及び加工パラメータに対して幾分感受性がある可能性があることが見出されている。同時に、表面硬化のために利用可能な設備は、加工の種類を決定することがあり、加工パラメータは、特定の表面硬化の課題の複雑さにより要求される外部の制約を受けることがある。加工パラメータの変更に関する耐性の欠如により、被覆の品質及び耐摩耗性の観点から所望される結果のための表面硬化工程の設計に対して、なお別の課題が課されることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2017/040775号
【非特許文献】
【0008】
【文献】Maroliら、「Effect of Type and Amount of Tungsten Carbides on the Abrasive Wear of Laser Cladded Nickel Based Coatings」、Int. Thermal Spray Conf.- ITSC 2015年、Long Beach、CA、USA
【文献】Bengtssonら、「New Hardfacing Material with High Impact Wear Resistance」、Int. Thermal Spray Conf.- ITSC 2016年、Shanghai
【文献】Maroliら、「Iron Based Hardfacing Alloys for Abrasive and Impact Wear」、Int. Thermal Spray Conf.- ITSC 2017年、Dusseldorf、Germany
【文献】Maroliら、「Cost Effective Iron Based Alloys for Abrasive Wear」、Int. Thermal Spray Conf.- ITSC 2018年、Orlando、USA
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって、特に組み合わされた種類の摩耗の状況において、そのような要因子に対処することが可能であり、高い耐摩耗性をなお提供する、表面硬化合金及び方法を提供することも望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の態様は、ホウ素(B):1.6~2.4wt%、炭素(C):2.2~3.0wt%、クロム(Cr):3.5~5.0wt%、マンガン(Mn):0.8wt%未満、モリブデン(Mo):16.0~19.5wt%、ニッケル(Ni):1.0~2.0wt%、ケイ素(Si):0.2~2.0wt%、バナジウム(V):10.8~13.2wt%、及び残部である鉄(Fe)を含む、鉄系合金組成物に関する。
【0011】
鉄系合金組成物は、公知の表面硬化技術、例えば粉末プラズマ(PTA)溶接又はレーザ・クラッディング技術を使用するオーバーレイ溶接等の手段により、基材を表面硬化するためのものである。合金は、供給されるのに好適な、及び採用された表面硬化装置により表面硬化被覆へと加工されるのに好適な、任意の形態で提供されてもよい。典型的な基材は、低合金鋼材料、例えば上述された分野の用途のいずれかにおけるツーリングについて一般的に使用されるもの等である。
【0012】
鉄系合金組成物は、少なくともある特定の溶接技術、例えば典型的な粉末プラズマ溶接又はメルト・プール冷却について同等の時間依存性を有する類似のオーバーレイ溶接技術等に対して、クラックをほぼ全く有さず、有害な多孔性を有さずに溶接することを容易とするために設計される。鉄系合金組成物は、60HRCを十分に超えるような高い硬さ、ASTM G65手順Aにおいて15mm未満のような高い耐研磨摩耗性、及び良好な耐衝撃性を提供するため、並びに安定なミクロ組織制御のためにさらに設計される。
【0013】
本明細書において規定されているような範囲でCrを添加すると、合金組成物を使用して製造された被覆は、高い硬さ、耐研磨摩耗性及び耐衝撃摩耗性の驚くべき組合せを示す。特にCrの含有量が低すぎると、そのような合金を使用して製造された被覆について観察される耐衝撃摩耗性は、特に15J未満の低い衝撃エネルギーで低下する。Crの含有量が高すぎると、硬さ及び耐研磨摩耗性の両方が低下する。示唆されたウィンドウの中で、硬さ、耐研磨摩耗性、及び耐衝撃摩耗性の良好な組合せが得られる。合金組成物は、例えばPTA溶接工程又はPTA溶接工程において典型的にみられるものと同等なメルト・プール冷却についての時間依存性を有する他のオーバーレイ溶接技術を使用して、クラックを有しないように付着させることも容易である。
【0014】
Si含有量は、硬質相と共晶組織との間の均衡のために最適化される。実際、本発明の特定の長所は、Siをホウ化物の形成を制御するための非常に有効且つ信頼性のある手段において使用することができるという洞察にある。上限は、十分な硬さ及び耐摩耗性のために不可欠である、共晶組織の十分な形成を確実なものとするために設定される。
【0015】
クロム及びケイ素を、クロム及びケイ素の含有量について選択された特定の範囲で組み合わせて添加する利点には、例えば本発明の実施例による鉄系合金組成物を使用して製造された表面硬化被覆試料に対する硬さ、耐研磨摩耗性、耐衝撃摩耗性等の分析においてみられるように、異なる種類の摩耗機構並びに被覆の品質が働く非常に有効な組み合わされた耐摩耗性に起因する、公知の表面硬化合金と比較して改善された被覆システムの多能性が挙げられる。見かけ上、Siの添加は、Cr添加の効果を相乗的に強化し、とりわけ、公知の組成物と比較して強化された摩耗関連の被覆特性の可調整性を提供する。非常に単純な調整機構は、本明細書において開示されているような本発明の実施例によるCr及びSiの含有量の範囲内で観察され、それにより、被覆特性の非常に有効な制御がもたらされる。例えば、この調整機構は、組み合わされた摩耗機構の状況に置けるそのような被覆の全体の耐摩耗性性能を損なうことなく、所定の用途において使用される特定の被覆工程に特有の要件に対する、被覆合金システムの良好に制御された適合を可能とする。このことは、当業者が、所定の用途の組み合わされた摩耗状況に対してSi含有量を最適化させるために、例えば所望のCr含有量を所定の範囲内に設定し、Si含有量を所定のCr含有量に対して単に変動させることにより、所望の耐摩耗性による被覆合金組成物を設計するために、開示されている被覆合金システムを使用することを可能とする。例えば、被覆は、より低いSi含有量で、最大硬さ及び耐研磨摩耗性のために最適化されてもよい。
【0016】
さらに鉄系合金組成物の一部の実施例によると、ケイ素の量は、0.2~1.5wt%、好ましくは0.5~1wt%である。このSi含有量の範囲、及び特に0.5~1wt%の間のSi含有量の好ましい範囲は、良好な耐衝撃摩耗性を少なくとも保ちながら、高い硬さ及び非常に良好な耐研磨摩耗性性能を有する、非常に良好な組み合わされた耐摩耗性を支持する。
【0017】
約0.2wt%、又は少なくとも0.3wt%のSiの最小含有量は、粉体製造における、特にアトマイズ技術、例えばガスアトマイズ又は水アトマイズ等を使用するとき、及びオーバーレイ溶接中の、合金材料の改善された挙動に対して有益である。
【0018】
有利には、鉄系合金組成物の一部の実施例によると、ケイ素の量は、1.5wt%以下、又は好ましくは1wt%以下である。それにより、Si含有量の変動に対する強化された調整反応が達成され、表面硬化被覆へと加工されたときに合金組成物のミクロ組織の良好な制御が可能となる。上述されたように、Siを選択された量で添加することは、Cr含有量について上で選択された範囲と相乗的に、加工された合金における良好なミクロ組織の制御に起因して安定した様式で製造することができる、高い硬さ値、耐研磨摩耗性、及び/又は耐衝撃摩耗性の驚くべき組合せを有する表面硬化被覆のための合金組成物を提供するようである。
【0019】
下記により詳細を論じるように、本発明の根底にある重要な洞察は、加工された合金のミクロ組織の分析に依拠する。ミクロ組織分析は、硬さ、研磨摩耗及び/又は衝撃摩耗の組合せを含む組み合わされた耐摩耗性の所望される特性を達成するために、鉄系合金組成物のクロム含有量を設定し、加工された材料のミクロ組織中の異なる相の分布を調整することを可能とする慎重に選択された範囲内でケイ素をさらに添加することにより、特定の用途のために最適化された合金組成物を設計するために、当業者が本発明を使用することができることを明らかにする。とりわけ、ケイ素は、Crを添加された鉄系合金中に形成される一次硬質相粒子の量、より具体的には一次ホウ化物粒子の量に影響を与えることが見出された。とりわけ、ケイ素は、Niを添加された鉄系合金中に形成される一次硬質相粒子の量、より具体的には一次ホウ化物粒子の量に影響を与えることが見出された。合金特性を調整するために特に有利なケイ素含有量の範囲は、1.5wt%未満、又は1.4wt%未満、又は1.3wt%未満、又は1.2wt%未満、又は1.1wt%未満、又は1wt%未満、及び0.2wt%超、又は0.3wt%超、又は0.4wt%超、又は0.5wt%超で生じることが見出された。
【0020】
さらに鉄系合金組成物の一部の実施例によると、ホウ素の量は1.8~2.3wt%である。一部の実施例では、ホウ素の量は、1.7~2.3%である。有利には、一部の実施例によると、ホウ素の量は1.8~2.2wt%である。
【0021】
さらに鉄系合金組成物の一部の実施例によると、クロムの量は3.5~4.5wt%である。
【0022】
有利には、鉄系合金組成物の一部の実施例によると、クロムの量は、少なくとも3.3wt%、少なくとも3.4wt%、又は少なくとも3.5wt%である。さらに鉄系合金組成物の一部の実施例によると、クロムの量は、4.8wt%以下、4.6wt%以下、4.4wt%以下、又は4.2wt%以下である。さらに、一部の実施例によると、クロムの量は、クロムの最小量及びクロムの最大量の任意の組合せ内であり、クロムの最小量は、3.3wt%、3.4wt%、及び3.5wt%のうちの1つであり、クロムの最大量は、4.2wt%、4.4wt%、4.6wt%、及び4.8wt%のうちの1つである。
【0023】
それにより、鉄系合金組成物から製造された表面硬化被覆の非常に高い硬さ及び耐研磨摩耗性の両方は、他の耐摩耗性性能パラメータ、例えば耐衝撃摩耗性等を損なうことなく達成される。このことは、加工パラメータにおける意図的な又は非意図的な変動に対してより頑健でもある、安定な加工結果を伴う信頼性のある表面硬化工程を可能とする。すべてのこれらの観点における相乗的な改善は、1.5wt%以下、1.4wt%以下、1.3wt%以下、1.2wt%以下、1.1wt%以下、又は好ましくは1wt%以下である上述の有利な量と一致するSiの添加と組み合わされた、選択された範囲のCr含有量について達成される。
【0024】
有利には、鉄系合金組成物の一部の実施例によると、炭素の量は、2.4~2.9wt%である。それにより、十分な一次炭化物及びマルテンサイト形成のための炭素の十分な最小量は、依然として保証される。
【0025】
さらに一部の実施例によると、鉄系合金組成物は不純物を含み、鉄系合金組成物中の不純物の総量は、1wt%未満である。合金を工業的規模で大きなバッチで製造するとき、不純物の残余は典型的に避けられないが、鉄系合金組成物中の不純物の総量は、典型的に、1wt%未満、又はさらには0.5wt%未満に保つことができる。一般的に、不純物は、合金組成物を構成する合金元素として規定されているもの以外のさらなる成分である。本事例では、合金元素B、C、Cr、Mn、Mo、Ni、Si、V、及びFe以外のいかなる元素も、鉄系合金組成物中の不純物として考えられる。典型的な不純物には、N、O、S、Cu、Coのうちの1つ又は複数が挙げられる。不純物は避けられない、又は意図的に添加された、さらなる成分であり得る。不純物の総量は、典型的に、上述された範囲を超えない。
【0026】
さらに鉄系合金組成物の一部の実施例によると、合金組成物は、粉体組成物である。それにより、鉄系合金組成物は、粉体ベースの表面硬化被覆技術における使用に好適である。このことは、例えば、基材に表面硬化被覆を付着させるために使用される装置、例えば粉体ベースのPTAオーバーレイ溶接又は粉体ベースのレーザ・クラッディングのための装置等との適合性を含む。粉体は、例えば、任意の好適な公知の技術により、例えばガスアトマイズ又は水アトマイズ等により、調製されてもよい。特定の粒子径カット(particle size cut)は、当該技術分野において公知の標準的技術を使用して、例えば選択された表面硬化設備の粉体供給システムと適合性のある粒子径についての事前に決定された仕様による任意の公知の好適な篩分技術等を使用して、調製されてもよい。
【0027】
さらに鉄系合金組成物の一部の実施例によると、粉体組成物の少なくとも95wt%は、300μm以下、若しくは250μm以下、若しくは200μm以下、若しくは150μm以下の粒子径を有し、及び/又は、粉体組成物の少なくとも95wt%は、少なくとも5μm、若しくは少なくとも10μm、若しくは少なくとも20μm、若しくは少なくとも30μm、若しくは少なくとも40μm、若しくは少なくとも50μmの粒子径を有し、すなわち、一部の実施例によると、粉体組成物の少なくとも95wt%は、300μm以下、又は250μm以下、又は200μm以下、又は150μm以下の粒子径を有し;さらに、一部の実施例によると、粉体組成物の少なくとも95wt%は、少なくとも5μm、又は少なくとも10μm、又は少なくとも20μm、又は少なくとも30μm、又は少なくとも40μm、又は少なくとも50μmの粒子径を有し;さらに、一部の実施例によると、粉体組成物の少なくとも95wt%は、規定された最小粒子径及び規定された最大粒子径の任意の組合せの粒子径を有し、最小粒子径は、5μm、10μm、20μm、30μm、40μm、及び50μmのうちの1つであり、最大粒子径は、150μm、200μm、250μm、及び300μmのうちの1つである。本明細書において規定されているようなすべての粒子径は、欧州標準化委員会(CEN:European Committee for Standardization)により1993年4月2日に承認された欧州規格EN 24 497:1993による乾式篩分により決定され、EN 24 497:1993はISO 4497:1983を支持する。
【0028】
上述されたように、粒子径カットは、表面硬化被覆を付着させるために使用される表面硬化設備の粉体供給デバイスとの適合性のための仕様により有利に適合される。
【0029】
粉体ベースの表面硬化設備の好適性は、超過されることのない全体の最大粒子径を示すが、それは規定された粒子径の範囲の上限よりを超えることもあり得、、そうでなければ少なくとも95wt%が規定された範囲の粒子径に属することをさらに意味し得る。有利には、鉄系合金組成物の一部の実施例によると、すべての粒子の少なくとも97wt%、又は少なくとも98wt%、又は少なくとも99wt%、又は少なくとも99.9wt%は、規定された範囲の粒子径に属する。超過されることのない全体の最大粒子径は、使用される粉体供給装置/機構の実際の仕様に依存し、例えば350μm以下、300μm以下、250μm以下、又は約200μm以下であってもよい。粒子径カットは、粉体調製の技術分野において公知の任意の好適な方法、例えば異なるメッシュ・サイズの篩布(sieve cloth)を使用することによる篩分等により、調製されてもよい。既に上述されたように、本明細書において規定されているようなすべての粒子径は、欧州標準化委員会(CEN)により1993年4月2日に承認された欧州規格EN 24 497:1993による乾式篩分により決定され、EN 24 497:1993はISO 4497:1983を支持する。
【0030】
本発明のさらなる一態様は、本明細書において開示されている合金組成物のいずれかを使用する表面硬化技術、例えばオーバーレイ溶接等により製造される被覆に関する。本発明のさらなる一態様は、被覆された物品であって、その基材部分と結合した被覆を含み、被覆が、本明細書において開示されている合金組成物のいずれかを使用する表面硬化技術、例えばオーバーレイ溶接等により製造される、物品に関する。
【0031】
一部の実施例によると、物品は、基材部分及び基材部分と結合した被覆を含み、被覆は、本明細書において開示されている実施例のいずれか1つによる鉄系合金組成物を使用して作製される。被覆は、基材部分の表面硬化のためのものである。好ましくは、被覆は、オーバーレイ溶接工程により作製される。
【0032】
さらに被覆された物品の一部の実施例によると、被覆は、オーバーレイ溶接工程、例えば粉末プラズマ(PTA)溶接工程又はレーザ・クラッディング工程等により付着させられる。上述されたように、異なる表面硬化技術は、得られた被覆の耐摩耗特性に影響を与える、工程の種類に特有の特徴を有することがある。本発明の実施例による鉄系合金組成物の特定の利点は、特定の表面硬化技術に適合又はさらには最適化されるときに生じる。PTA溶接及びレーザ・クラッディング技術の両方は、本発明の鉄系合金組成物の実施例を使用する表面硬化被覆の形成に対して特に良好に働くことが証明されており、PTA溶接、並びに典型的なPTA溶接工程と同等であるメルト・プール形成及び/又は冷却についての時間依存性を有する等価の他のオーバーレイ溶接技術は、クラックを有しない被覆の形成のために特に有利である。
【0033】
さらに、上述された単純な調整機構は、合金中に含有される無数のさらなる成分の影響の大規模調査に乗り出す必要なく、使用される特定の被覆工程に特有の要件に対する被覆合金システムの良好に制御された適合のために、有効に使用することができる。
【0034】
さらに被覆された物品の一部の実施例によると、基材材料からの希釈は、20%未満、又は15%未満、10%未満、又は5%未満、又は1%未満である。
【0035】
さらに被覆された物品の一部の実施例によると、被覆は、少なくとも60、少なくとも63、又は少なくとも65のロックウェル硬さHRCを有する。さらに被覆された物品の一部の実施例によると、被覆は、約67のロックウェル硬さHRCを有してもよい。
【0036】
さらに被覆された物品の一部の実施例によると、被覆は、ASTM G65、手順Aにより決定される場合、15mm未満、12mm未満、又は10mm未満の耐研磨摩耗性を有する。さらに被覆された物品の一部の実施例によると、被覆は、ASTM G65、手順Aにより決定される場合、約8mmの耐研磨摩耗性を有してもよい。この耐研磨摩耗性は、50~60wt%のタングステン炭化物を含有するNiSiB被覆のものと同等である。
【0037】
さらに被覆された物品の一部の実施例によると、被覆は、球衝撃摩耗試験法(ball impact wear testing method)により決定される場合、15Jでの1撃あたりの衝撃エネルギーで約5回又はそれを超える打撃、10Jでの1撃あたりの衝撃エネルギーで15回を超える打撃である衝撃摩耗を有する。
【0038】
さらに被覆された物品の一部の実施例によると、被覆は、一次ホウ化物及び共晶マトリックス材料を含むミクロ組織を有し、一次ホウ化物の体積による量と共晶マトリックス材料の体積による量との比は、0.3未満、又は0.25未満である。さらに被覆された物品の一部の実施例によると、被覆は、一次ホウ化物及び共晶マトリックス材料を含むミクロ組織を有し、一次ホウ化物の体積による量と共晶マトリックス材料の体積による量との比は、少なくとも0.01、又は少なくとも0.03である。
【0039】
上述されたように、表面硬化材料は、典型的に、物品の基材部分への被覆として付着させらされる。典型的な基材は、鋼材料、例えば上述された用途のいずれかにおけるツーリングについて使用されるもの、例えば低合金鋼等である。鉄系表面硬化材料は、別の硬質相のマトリックス中に埋め込まれる、いわゆる硬質相粒子から構成されるミクロ組織を有する複合材料である。表面硬化材料は、最初に鉄系合金組成物、例えば本発明の実施例による鉄系合金組成物等を融解し、次いで冷却して、所望の形態に、例えば表面硬化被覆として凝固させる工程において形成される。冷却中、マトリックス材料よりも前に硬質相粒子が形成される、すなわち、硬質相粒子は、マトリックス材料よりも高い温度で、凝固により形成される。硬質相粒子は、したがって、「一次」硬質相とも称される。異なる硬質相及びマトリックス材料の相対量を分析するとき、量は、画像分析に基づく標準的な冶金技術を使用して、体積パーセントで決定される。
【0040】
本発明の実施例による鉄系合金組成物を使用して形成された表面硬化材料では、硬質相粒子は、一次炭化物及び一次ホウ化物であり、発明者らが実施したような元素マッピングでは、一方ではバナジウムに富む炭化物粒子、及び他方ではモリブデンに富むホウ化物粒子の優勢な形成が示される。発明者らが実施した元素マッピングは、続けて形成されたマトリックス材料が、マルテンサイトがインタカレートされたモリブデンに富むホウ化物の共晶組織として凝固することをさらに示す。しかし、顕微鏡写真の冶金画像分析(metallurgical image analysis)は、元素マッピングデータとともに、マトリックス材料が、ホウ素枯渇領域と合致する、モリブデンが枯渇した島状組織を含む傾向をさらに有することも明らかにしている。これらの島状組織は、よって、エネルギー分散分光法(EDS:energy dispersive spectroscopy)による被覆材料の元素マッピング分析により、共晶組織の領域とは区別され得る。島状組織領域は、モリブデン及びホウ素のシグナルが非常に低い領域として現れる。EDS分析は典型的に、標準的な冶金学的画像分析技術を使用して、被覆の標本である領域、例えば典型的に被覆のバルク領域内等に実施される。
【0041】
理論に拘束されるものではないが、これらの島状組織は、マトリックス材料の凝固前に、モリブデン及びホウ素が一次ホウ化物粒子の形成により消費された結果として生じるようである、マルテンサイトの形成に寄与することがある。さらに、発明者らによる洞察は、ケイ素の添加が、本発明の実施例による鉄系合金組成物の加工から表面硬化材料中に形成される一次ホウ化物の量に直接影響を与え、よって、Si含有量を制御することが表面硬化材料の最終ミクロ組織の決定において重大であることを示唆する。結果として、Si含有量を制御することは、被覆の最終特性の決定において重大である。本発明の根底にある重要な洞察は、したがって、ケイ素含有量を慎重に選択された範囲内で変動させることは、共晶マトリックス材料の量を犠牲として形成される一次ホウ化物の量に直接影響を与え、このことは、例えば研磨摩耗に対して、本発明の実施例による合金組成物から形成された被覆の特性を適合させるための直接的なきっかけをもたらすということである。例えば、ホウ化物の量と共晶組織の量に対する第1の比を有する第1の被覆、及び第1の比と比較して異なる、ホウ化物の量の共晶組織の量に対する第2の比を有する第2の被覆を提供することは、異なる研磨摩耗特性を有することとなる。本発明の実施例によると、ホウ化物の量と共晶組織の量との比、及びよって被覆特性は、ケイ素含有量を変動させることによりこのように制御することができ、ケイ素含有量を増大(低下)させることは、研磨摩耗への耐性を、わずかに、また再現性よく低下(増大)させる。例えば、第1の比が第2の比よりも大きい場合、第1の被覆の耐研磨摩耗性は、第2の被覆と比較してより低く(ASTM G65手順A試験を使用して測定したとき、研磨摩耗値がより高く)なり、逆も同様である。
【0042】
本発明のさらなる一態様は、基材を表面硬化する方法であって、基材を提供するステップと、被覆材料として本明細書において開示されている実施例のいずれか1つによる鉄系合金組成物を使用して、基材に被覆を付着させるステップとを含む、方法に関する。有利には、被覆は、オーバーレイ溶接工程により付着させられる。それにより、鉄系合金組成物に関して、並びに本明細書において開示されている実施例のいずれかによる鉄系合金組成物を使用して製造された表面硬化被覆及び被覆された物品に関して本明細書で論じられているものと同じ利点が、類似の様式において達成される。典型的な基材は、鋼材料、例えば上述された用途のいずれかにおけるツーリングについて使用されるもの、例えば低合金鋼等である。
【0043】
さらに方法の一部の実施例によると、オーバーレイ溶接工程は、粉末プラズマ(PTA)溶接工程又はレーザ・クラッディング工程である。それにより、上で論じられているものと同じ利点が、類似の様式において達成される。
【0044】
具体例及び添付の図面を参照することにより、以下に本発明の詳細を説明する。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1】異なる合金組成物を使用した、PTA及びレーザ・クラッディングにより製造された被覆の硬さを示すグラフである。
図2】合金組成物である合金11、及び参照合金REFについて、最初のクラックを達成するための打撃の数の関数としてグラフにプロットした衝撃エネルギーを表すグラフである。
図3a】インゴット試料へと加工された3つの異なる合金のミクロ組織を示すSEM顕微鏡写真である。
図3b】インゴット試料へと加工された3つの異なる合金のミクロ組織を示すSEM顕微鏡写真である。
図3c】インゴット試料へと加工された3つの異なる合金のミクロ組織を示すSEM顕微鏡写真である。
図4a】インゴット試料へと加工された2つの異なる合金のミクロ組織を示すSEM顕微鏡写真である。
図4b】インゴット試料へと加工された2つの異なる合金のミクロ組織を示すSEM顕微鏡写真である。
図5】加工された合金のミクロ組織に対するSiの添加の影響を示すグラフである。
図6】PTA溶接により被覆へと加工された2つの異なる合金のミクロ組織を示す顕微鏡写真である。
図7】合金の一実例についての、V、Mo、Cr、Fe、Si、C、及びBの元素マッピングを示す、エネルギー分散型SEM顕微鏡写真である。
図8】概略的な、落球法(ball drop method)による耐衝撃摩耗性を試験するための配置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0046】
上述されたように、公知の鉄系合金組成物又はタングステン炭化物を有するNiSiB混合物を使用して作製された、PTA溶接された及びレーザ・クラッドされた被覆の1つの欠点は、異なる摩耗機構の組合せの状況における不十分な耐摩耗性性能である。このことは、鉄系被覆の場合、孔及びクラック形成をもたらすミクロ組織及び不良な溶接性の組み合わされた作用に起因し、タングステン炭化物を有するNiSiB被覆の場合、クラック、沈み込み、及びタングステン炭化物の分離に起因する。選択された量のクロムを含有する鉄系合金組成物中のケイ素の量を最適化させることにより、非常に高い硬さ並びに研磨摩耗及び衝撃摩耗の両方への耐性を達成することができる。
【0047】
以下において、本発明を、体系的に変動されたクロム(Cr)及びケイ素(Si)含有量を有する例示された合金組成物を参照して説明する。合金組成物の詳細を、材料の項において示す。粉末プラズマ(PTA)溶接及びレーザ・クラッディングによるオーバーレイ溶接手順の詳細を、工程の項において示す。加工された合金の特性を特徴付けるための分析技術を、評価の項で示す。分析結果を、本発明の実施例による鉄系合金組成物に対するCr及びSiの添加の影響についての議論を含め、結果の項で提示する。
【0048】
「実施例」
材料
表1において報告されている化学組成を有する合金粉体REF及び11~15を調査した。合金をガスアトマイズし、オーバーレイ溶接設備の粉体供給デバイスとの適合性のために53~150μmの間で篩分した。
【0049】
【表1】
【0050】
工程
a)PTA溶接
表1の合金11~15を、市販のPTAユニット(Commersald 300I)を使用して、EN S235JR構造用軟鋼板(mild structural steel plate)上に置いた。単層、単一のトラックのクラッドを、表2における溶接パラメータを使用して、125×40×20[mm]の寸法を有する基材上に置いた。流速16.5l/分のアルゴン及び5%Hの混合物を、メルト・プールを酸化から保護するためのシールド・ガスとして使用した。流速2.0l/分のアルゴンを、粉体をホッパからメルト・プールに移行させるために使用した。パイロット・ガスは、2.0l/分であった。表2のパラメータを用いて被覆された試料を、被覆硬さ、希釈及びミクロ組織の測定のために使用した。
【0051】
【表2】
【0052】
2つの重複するトラックからなるクラッドを、220×60×30[mm]の寸法を有する基材上に置いた。2つの隣接するクラッドの間の重複は3mmであり、PTAトーチの振動は10mmであった。クラッドを、表3における溶接パラメータを使用して、室温の基材上に置いた。被覆された試料を、バーミキュライト(vermiculate)中で冷却した。流速16.5l/分のアルゴン及び5%Hの混合物を、シールドとして使用した。流速2.0l/分のアルゴンを、輸送ガスとして使用した。パイロット・ガスは、2.0l/分であった。ASTM G65により必要とされる寸法を有する余白をこれらの試料から切り離し、平面研削し、研磨摩耗への耐性について試験した。
【0053】
【表3】
【0054】
b)レーザ・クラッディング
レーザ・クラッディングを、Coax 8粉体供給ノズル及び5mmの円形スポットを備えたIPG 6kWファイバー付半導体レーザを使用して実施した。プロセス・ウィンドウを、典型的に、2つのレーザ走行速度、16及び8mm/秒を使用して決定した。粉体供給速度を、およそ1mm厚さの被覆をもたらすように設計した。レーザ・パワーを、1000から2500Wの間で変動させた。15l/分のアルゴンを、シールド・ガスとして使用した。6l/分のアルゴンを、粉体のための輸送ガスとして使用した。粉体を、200℃に予熱した100×35×10mmの寸法を有するEN S235JR軟鋼基材上に置いた。6つのトラックを、重複50%で置いた。調査された溶接パラメータを、表4に要約する。クラッドされた試料の断面を、光学顕微鏡法を使用して、基材への結合度、界面の多孔性及び基材からの希釈について確認した。基材への良好な結合及び<10%の希釈を有する試料を、被覆特性の評価のために選択した。
【0055】
【表4】
【0056】
80×80×30mmの寸法を有するパックを、ASTM G65、手順Aによる研磨摩耗試験試料の製造のために被覆した。58×25×30mmの寸法を有する2つの試料を、各パックから切り離した。試料を、次いで、研磨摩耗試験についての要件を満たすために、平面研削した。
【0057】
【表5】
【0058】
評価
クラッドを、クラック及び他の表面疵の存在について調査した。クラッドを洗浄し(CRC Crick 110)、次いで赤色染料(CRC Crick 120)を塗布し、毛管力により表面欠陥又はクラックへと浸透させた。10分を超過した後、染料を表面から除去し、白現像剤(CRC Crick 130)を塗布した。現像剤は、割れ目、クラック又は表面と連通する他の中空の不備から浸透剤を引き出し、それらを赤色に彩色した。
【0059】
ロックウェル硬さHRCを、Wolpertユニバーサル硬度計を使用して測定した。被覆を研削した。7回の硬さ圧入を平面上で実施し、平均を算出した。
【0060】
基材からの希釈を測定するために、被覆された試料を被覆方向と垂直に区切り、SiC紙で研削した。断面を、立体顕微鏡を使用して検査し、希釈を等比級数的に決定した。測定前に、試料をナイタール1%でエッチングして基材材料を攻撃し、この様式で被覆の検出を促進した。asで研磨した被覆の断面を、Leica立体顕微鏡を使用して撮影した。総被覆面積(A被覆+A基材)及びオーバーレイ溶接前に基材に使用した被覆の面積(A基材)を、画像分析により測定した。断面積による基材材料からの希釈を、以下の式で定義されるように、このようにして算出した。
%単位の希釈=((A基材)/(A被覆+A基材))×100
【0061】
被覆品質及びミクロ組織並びに一部の場合では基材からの等比級数的希釈の測定の分析のために、試料を、次いでベークライト中で成型し、冶金的試料調製の標準的な手順を使用して、研削及び研磨した。コロイド状SiOを用いた酸素研磨を、冶金的試料調製の最終ステップとして使用した。被覆断面を、光学顕微鏡(Leica DM 6000)及びEDS分析のためのケイ素ドリフト検出器(SDD:silicon drift detector)(Quantax 800 Bruker)を備えたFEGSEM(Hitachi FU6600)を使用して検査した。画像分析により被覆中に存在する相の体積分率を評価するために、Mo及びVについてのEDSマップを使用した。
【0062】
低応力研磨摩耗試験を、市販のマルチプレックス砂/ホイール研磨摩擦計(multiplex sand/wheel abrasion tribometer)(Phoenix tribology TE 65)を使用することにより、ASTM G65標準(ASTM G65:乾式砂/ゴム・ホイール装置を使用する、研磨を測定するための標準試験法、2010年)、手順Aにより実施した。材料あたり5つの試料レプリカを試験した。
【0063】
衝撃摩耗試験を、社内のビルドテストリグを使用することにより実施した。組み立ての図式を図8に示す。質量mの標準的な鋼を担持する球を、あらかじめ定義された高さから被覆された試験検体に落下させる。各球の位置エネルギー(Ep:potential energy)は、Ep=m・h・gであり、式中、mは球の質量であり、hは落高であり、gは重力定数である。鋼の球の質量及びそれらが落下する高さを変動させることにより、異なる位置エネルギー、すなわち衝撃エネルギーをシミュレーションする。データ点は、衝撃窪み(impact dent)の周囲に最初の円形のクラックが生じるまでの、事前に定義された高さでの球の打撃の総数、すなわち衝撃エネルギーと一致する。この種のモデルの衝撃摩耗試験は、比較的低い衝撃速度での衝撃過負荷に曝露された材料の耐衝撃摩耗性を順位付けするのに好適である。この試験のモデリングに最も近い操作条件は、第1の掘削機のバケット・ツース接地により;掘削機のバケットを掘り出した材料により充填することにより、掘り出した材料をトラックの荷台に運送すること等により、例示することができる。研磨摩耗は、組み合わされた研磨衝撃摩耗試験とは無関係なこの試験から除かれる。
【0064】
結果
PTA溶接及びレーザ・クラッディングにより表面硬化被覆へと加工されるような合金11~15の希釈、耐研磨摩耗(AW:abrasive wear)性及び硬さHRCを、表6に要約する。
【0065】
【表6】
【0066】
3.5から5wt%のクロムを有する合金11~14では、耐研磨摩耗性は12mm未満であり、硬さHRCは65ユニットを超える。この研磨摩耗への耐性の程度は、重度の研磨摩耗に曝露される用途における現行技術の合金であるが、より低い材料コストで達成される、タングステン炭化物を有するNiSiB混合物と同等である。この研磨摩耗への耐性の程度は、参照合金(REF)とも同等である。Crの量を6%へと増大させるとき、硬さ及び耐研磨摩耗性の両方が低下する。
【0067】
本発明の実施例によるクロム及びケイ素の十分な添加により、鉄系合金組成物が表面硬化被覆へと加工されるときに、高い硬さ、耐研磨摩耗性及び耐衝撃性の驚くべき組合せが達成される。このことは、例えば、異なるクロム含有量を有する鉄系合金組成物から作製されたPTA溶接された被覆の硬さを示す、表6及び図1のグラフにおける合金についての硬さ及び耐研磨摩耗性データにより示される。特に、クロム含有量が3.5wt%と約5wt%との間であり、ケイ素含有量が0.2wt%を超える、例えば0.5wt%を超える、例えば0.6wt%を超える合金は、図2に図示されているような有意に改善された衝撃への耐性と組み合わされた、硬さ及び研磨摩耗の良好な組合せを示す。クロム含有量を有しない又はクロム含有量が低く、対応してSi含有量を有しない又はSi含有量が低い参照合金(REF)の試料は、特に15J未満の低い衝撃エネルギーでより低い耐衝撃摩耗性を示すが、選択された量でのクロム及びケイ素の両方の組み合わされた添加は、上述された耐摩耗性特性の驚くべき組合せを提供する。
【0068】
耐衝撃性データを図2に示す。図2は、被覆中に最初のクラックを達成するのに必要とされる打撃の数の関数としての、打撃あたりの衝撃エネルギーを示す。グラフは、鉄系合金組成物である合金11及び参照合金REFについてのデータを示す。プロットされた線の各々は、それぞれの合金の少なくとも2つの試料について得られた測定への線形回帰であり、測定点は、30J、25J、20J、15J、及び10Jの打撃あたりのエネルギーについて収集された。対応する回帰データを、下記の表8に示す。最も機能した試料は、最大100回の多数の打撃内では、打撃あたり最も低い衝撃エネルギーではクラック形成は観察されず、又は少なくとも再現可能な様式では観察されない、いわゆるランアウト挙動(run-out behaviour)を示すことがある。そのようなランアウト挙動を示すデータ点は、線形回帰には含めなかった。図は、打撃あたりの衝撃エネルギーがより低い方向へ向かうと、合金組成物である合金11を使用して作製された被覆は、クロムを有しない参照合金(REF)と比較したとき、最初のクラックが形成される前の打撃の数で表されるような、相当により蓄積された衝撃エネルギーに耐えることができることを示す。10Jの衝撃エネルギーについて、参照合金(REF)では最初のクラックを形成するために約15回の打撃が必要とされるが、合金組成物である合金11については、25回を超える打撃、又はさらには30回の打撃が必要とされる。
【0069】
本発明の根底にある1つの重要な洞察は、下記に実例としてさらに説明されるように、溶解及び続いて冷却し(再)凝固した被覆を形成することにより加工されるとき、合金のミクロ組織の分析に依拠する。ミクロ組織分析は、硬さ、研磨摩耗、衝撃摩耗、及び/又は被覆品質の組合せを含む組み合わされた耐摩耗性の所望される特性を達成するために、鉄系合金組成物のクロム含有量を設定し、加工された材料のミクロ組織中の異なる相の分布を調整することを可能とする慎重に選択された範囲内でケイ素をさらに添加することにより、特定の用途のために最適化された合金組成物を設計するために、当業者が本発明を使用することができることを明らかにする。とりわけ、ケイ素は、図5中に最もみられるように、Crを添加された鉄系合金組成物中に形成される一次硬質相粒子の量、より具体的には一次ホウ化物粒子の量に影響を与えることが見出された。合金特性を調整するために特に有利なケイ素含有量の範囲は、1.5wt%未満、又は1.4wt%未満、又は1.3wt%未満、又は1.2wt%未満、又は1.1wt%未満、又は1wt%未満、及び0.2wt%超、又は0.3wt%超、又は0.4wt%超、又は0.5wt%超、又は0.6wt%超で生じることが見出された。
【0070】
体系的な実践のために、所望の耐摩耗性特性により合金組成物を設計する当業者は、加工された合金の試料を製造し、試料のミクロ組織をその相組成に関して分析することにより、及び有利には加工された合金材料中の一次ホウ化物粒子及び共晶マトリックス材料の分率に関して分析することにより、合金組成物の相形成特性についての情報を展開することができる。本発明の体系的な実践において異なる合金組成物を分析する目的のために、当業者は、例えば、対応する鉄系組成物を融解し、それらを公知の冶金分析技術によるミクロ組織分析のために研磨されたインゴット中に投入することにより、試料を調製することができる。
【0071】
そのようなミクロ組織分析の一実例を以下に示す。4wt%のCr含有量及び0.2wt%と2wt%との間で変動するSi含有量を有する合金を、誘導炉中で融解し、次いで、銅型に注いだ。さらに、それぞれ、Cr含有量が1.9wt%及び5.7wt%であり、Si含有量が0.5wt%及び0.7wt%であるインゴットを、同じ様式で調製した。製造されたインゴットの化学組成を分析し、結果を、表1に、合金26、27、28、29及び30として記録する。ミクロ組織を、エネルギー分散型X線分析のためのEDS検出器を備えたSEMを使用して調査した。SEM顕微鏡写真の実例を、それぞれ、合金組成物である合金26、27及び28について図3a~cに、並びに合金組成物である合金29及び30について図4a及びbに示す。
【0072】
図3は、SEM BSE(後方散乱)顕微鏡写真においてみられるような4wt%のCrを有する合金組成物26~28からのインゴットのミクロ組織を示し、合金組成物26は0.2wt%のSiを有し(図3a);合金組成物27は1wt%のSiを有し(図3b);及び合金組成物28は2wt%のSiを有する(図3c)。図4は、SEM BSE(後方散乱)顕微鏡写真においてみられるような合金組成物29~30からのインゴットのミクロ組織を示し、合金組成物29は1.9wt%のCr及び0.5wt%のSiを有し(図4a);及び合金組成物30は5.7wt%のCr及び0.7wt%のSiを有する(図4b)。
【0073】
図6は、SEM BSE(後方散乱)顕微鏡写真においてみられるような、合金組成物である合金11及び合金13を使用するPTA溶接により作製された被覆のミクロ組織を示し、合金組成物11は3.7wt%のCr及び0.7wt%のSiを有し;及び合金組成物13は3.9wt%のCr及び1.4wt%のSiを有する。
【0074】
ミクロ組織は、一次炭化物(PC:primary carbides、暗灰色)、一次ホウ化物(PB:primary boride、白色/明灰色粒子)、モリブデンに富むホウ化物及びマルテンサイトからなる共晶組織、並びにマルテンサイトの島状組織からなる。EDSを使用するV、Mo、Cr、Fe、Si、C、及びBの元素マッピングの一実例を、合金組成物11について、図7に示す。
【0075】
Si含有量の増大を伴う、一次ホウ化物(PB、白丸)、一次炭化物(PC、黒菱形)及び共晶組織(Eutectic、黒四角)の量の変動を、合金組成物26~28から作製されたインゴット試料について、図5に示す。一次炭化物の体積分率は、すべての4つの合金と類似し、およそ17vol%である。図は、Siの量を増大させることにより、一次ホウ化物(PB)の体積分率が増大し、一方で共晶組織(Eutectic)の量が低減することを示す。最も注目すべきことに、ケイ素は、2wt%未満のSiの範囲で変動するとき、上記で示しているような有利な範囲でCr添加された鉄系合金組成物中に形成される一次硬質相粒子の量に影響を与えることが見出された。特に明白な反応は、1wt%前後又はそれ未満のSiの範囲においてみられる。共晶組織(Eutectic)の量と比較した一次ホウ化物(PB)の量は、クラッドの耐研磨摩耗性に影響を与える。Si含有量を制御することは、したがって、合金の最終ミクロ組織、及び結果としてクラッドの最終特性の決定において最も有用な手段である。
【0076】
類似の結果が、表7において要約されているような、合金組成物11及び13を使用するPTA溶接された被覆で得られた。
【0077】
【表7】
【0078】
【表8】
図1
図2
図3a
図3b
図3c
図4a
図4b
図5
図6
図7a
図7b
図7c
図7d
図7e
図7f
図7g
図7h
図8