(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-17
(45)【発行日】2023-01-25
(54)【発明の名称】光線力学療法に用いるための殺菌剤
(51)【国際特許分類】
A61K 36/899 20060101AFI20230118BHJP
A61K 31/202 20060101ALI20230118BHJP
A61K 31/7135 20060101ALI20230118BHJP
A61K 41/00 20200101ALI20230118BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20230118BHJP
A61P 1/02 20060101ALI20230118BHJP
A01N 65/00 20090101ALN20230118BHJP
A01N 25/00 20060101ALN20230118BHJP
A01P 3/00 20060101ALN20230118BHJP
A01N 37/06 20060101ALN20230118BHJP
【FI】
A61K36/899
A61K31/202
A61K31/7135
A61K41/00
A61P31/04
A61P1/02
A01N65/00 A
A01N25/00 102
A01P3/00
A01N37/06
(21)【出願番号】P 2020010163
(22)【出願日】2020-01-24
【審査請求日】2021-06-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成31年1月30日に一般社団法人日本歯内療法学会により発行された日本歯内療法学会雑誌第40巻第1号第20-25頁で公表
(73)【特許権者】
【識別番号】597023558
【氏名又は名称】学校法人帝京平成大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100155631
【氏名又は名称】榎 保孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【氏名又は名称】大森 未知子
(72)【発明者】
【氏名】名取 威▲徳▼
(72)【発明者】
【氏名】増田 宜子
(72)【発明者】
【氏名】堀内 美咲
【審査官】柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-323429(JP,A)
【文献】特開2015-214495(JP,A)
【文献】特開2010-059100(JP,A)
【文献】国際公開第2003/105878(WO,A1)
【文献】特開2017-154985(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/899
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クマザサ属植物のアルカリ抽出物を光感受性物質として含んでなる、光線力学療法に用いるための殺菌剤
であって、前記アルカリ抽出物がα-リノレン酸またはその塩とクロロフィリン類またはその塩とを含む、殺菌剤。
【請求項2】
殺菌剤中のα-リノレン酸またはその塩の濃度が1~500μg/mLである、請求項
1に記載の殺菌剤。
【請求項3】
歯科治療に用いるための、請求項
1または2に記載の殺菌剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光線力学療法に用いるための殺菌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
根管治療(歯内治療)では、痛んだ歯髄を除去(抜髄)して、根管を注意深く清掃し、再感染を防止するための処置が行われる。う蝕が進行し歯髄にまで感染が及ぶ歯髄炎や根尖孔外へ感染が拡がった根尖性歯周炎などの根管治療において根管内の無菌化は必須であるが、根管内は非常に微細で複雑な構造をもっており、機械的・化学的洗浄によっても細菌が残存しやすいことが知られている(非特許文献1)。
【0003】
根管洗浄では次亜塩素酸ナトリウム溶液がしばしば使用されるが、完全な除菌が困難な場合も多い。これに対し、根管内の無菌化に有効な治療法として、レーザーの瞬間的な熱作用の応用が考えられる。レーザーを用いることで、根管内に残存する細菌を効率的に殺菌して治療効果を高められる。ところがレーザーは高出力なものにすると殺菌能力が上がるものの、周辺組織へのダメージが大きくなる。このため、低侵襲な光源と組織侵襲性の低い光感受性物質を用いた光線力学療法(PDT:photodynamic therapy)が提唱されている。波長660nmのダイオードレーザーと光感受性物質としてメチレンブルーを用いたう蝕菌に対する抗菌効果が報告されており(非特許文献2)、日本では、PDTの利用はメチレンブルーとダイオードレーザー(650~675nm)、あるいはトルイジンブルーとLED(620~640nm)の組合せとして、保険適用外治療の自由診療として歯科に導入されている。
【0004】
しかしながら、メチレンブルーの安全性は比較的高い一方で副作用として血液系への影響に懸念があり、トルイジンブルーについても現時点では明確な安全性に関する情報は少ないことから、臨床での使用には懸念が残っている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Vera J. et al, J. Endod, 38, 1044-1052, 2012
【文献】Stojicic S et al., Int. Endod. J., 46, 649-659, 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、光線力学療法に用いるための新規殺菌剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、医薬品や健康食品として長年にわたり経口摂取されてきたクマザサの抽出物に着目して鋭意研究を進めていたところ、光線力学療法において光感受性物質としてクマザサ抽出物を用いることで顕著な殺菌効果があることを見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0008】
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]クマザサ属植物のアルカリ抽出物を光感受性物質として含んでなる、光線力学療法に用いるための殺菌剤。
[2]前記アルカリ抽出物がα-リノレン酸またはその塩とクロロフィリン類またはその塩とを含む、上記[1]または[2]に記載の殺菌剤。
[3]殺菌剤中のα-リノレン酸またはその塩の濃度が1~500μg/mLである、上記[2]に記載の殺菌剤。
[4]歯科治療に用いるための、上記[1]~[3]のいずれかに記載の殺菌剤。
【0009】
本発明によれば、従来の光感受性物質と比較して安全かつ効率的に使用可能な光線力学療法に用いるための殺菌剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、α-リノレン酸の過酸化機構(推定)を示す。
【
図2】
図2は、光線力学療法における光感受性物質としてクマザサのアルカリ抽出物を用いた場合の殺菌効果を示す。
【発明の具体的説明】
【0011】
本発明の殺菌剤は光線力学的療法(PDT)に用いるための殺菌剤である。ここで、光線力学的療法とは、生体の標的箇所に光感受性物質を適用し、標的となる生体組織に所定の波長の光線を照射することで、光感受性物質が励起されて活性酸素を生じさせ殺菌効果を奏する療法をいう。
【0012】
本発明の殺菌剤はクマザサ抽出物を有効成分として含有するものである。
【0013】
本発明の有効成分であるクマザサ抽出物は、クマザサ属植物の植物体(例えば、葉や葉鞘)から公知の方法によりアルカリ抽出することにより得ることができる。クマザサ抽出物はまた、クマザサ属植物の植物体の抽出物を生体に適用できるように調整したものを用いることができる。クマザサ属植物からの抽出は、例えば、特開2000-069946号公報に記載のように、ササ葉からクロロフィリン類を含む抽出液を抽出する方法を採用できる。クマザサ抽出物は、市販品のササヘルス(登録商標)(大和生物研究所)を使用してもよい。
【0014】
クマザサ抽出物には、構成成分としてα-リノレン酸またはその塩が含まれる。α-リノレン酸の塩は薬学上許容される塩とすることができ、その例としては、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属塩が挙げられる。α-リノレン酸またはその塩の殺菌剤中の濃度は、1μg/mL~500μg/mL、好ましくは10μg/mL~400μg/mLとすることができる。
【0015】
クマザサ抽出物にはまた、構成成分としてクロロフィリン類またはその塩が含まれる。クマザサ抽出物に含まれるクロロフィリン類は395~425nm付近および630~670nm付近に極大吸収波長をもち、効率的にダイオードレーザーあるいはLEDの波長の光源のエネルギーを吸収し、これをα-リノレン酸に与えて後述する殺菌効果を発揮すると考えられる。クロロフィリン類の塩は薬学上許容される塩とすることができ、その例としては、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属塩が挙げられる。
【0016】
光線力学療法において本発明の殺菌剤を使用する場合、光線の照射源としては、レーザー、ハロゲンランプ、LEDなどが挙げられる。レーザーとしては、励起に必要な波長の光線が得られるものであれば特に限定されず、ダイオードレーザー、色素レーザー、アルゴンレーザーなどが挙げられ、医療用のレーザーとして使用されるものであればよい。光線の波長はクロロフィリン類の吸収波長を考慮して決定することができ、例えば、350~450nmまたは600nm~850nmの範囲とすることができる。光線の照射時間は、所望の殺菌効果を得られるように当業者が調整することができ、例えば、光線を20秒以上、好ましくは30秒以上、より好ましくは40秒以上、さらに好ましくは50秒以上照射することができ、かつ、光線出力を3W以上とすることができる。照射時間の上限は例えば180秒、120秒または60秒とすることができる。また光線出力の上限は例えば10Wまたは5Wとすることができる。光線の照射源としてレーザーを使用する場合には、波長808nm±20nmのダイオードレーザーを使用することができる。
【0017】
本発明の殺菌剤は、クマザサ抽出物以外の任意の成分を含んでいてもよい。任意の成分としては、薬学上許容される製剤用添加物が挙げられる。本発明の殺菌剤はクマザサ抽出物と任意成分とを混合し、製造することができる。本発明の殺菌剤はクマザサ抽出物を希釈せずそのまま使用することができるが、希釈して使用してもよい。希釈する場合には、α-リノレン酸の濃度が前記の数値範囲となるようにして希釈して調製することができる。
【0018】
本発明の殺菌剤は口腔の殺菌に用いることができ、歯周病、歯肉炎、う蝕などの治療を目的とした歯科治療のために使用することができる。本発明の殺菌剤はまた、口腔以外の組織・器官の殺菌用途にも用いることができる。
【0019】
本発明の別の面によれば、クマザサ属植物のアルカリ抽出物を光感受性物質として使用することを特徴とする光線力学療法による殺菌方法が提供される。本発明の殺菌方法は、本発明の殺菌剤の記載に従って実施することができる。
【0020】
本発明の別の面によればまた、クマザサ属植物のアルカリ抽出物を調製することを特徴とする、光線力学療法に用いるための殺菌剤の製造方法が提供される。本発明の製造方法は、本発明の殺菌剤の記載に従って実施することができる。
【実施例】
【0021】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0022】
例1:クマザサ抽出物中の有効成分(α-リノレン酸)
(1)方法
ア 試料調製
クマザサ属植物のアルカリ抽出物を主成分とするササヘルス(登録商標)(大和生物研究所)127mLを、同量の超純水(Milli Q水)で希釈し、それを200mLのn-ヘキサンで2回抽出し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、溶媒を留去した(52.4mg)。この画分の主成分をシリカゲルクロマトグラフィー(シリカゲル、メタノール-クロロホルム)とゲルろ過クロマトグラフィー(Sephadex LH-20(GEヘルスケア)、メタノール-クロロホルム)で精製し、42.1mgの油状物質を得た。
【0023】
イ 分子構造解析
前記(1)アで調製した試料をCDCl3に溶解し、核磁気共鳴装置(JNM-ECZ400S、日本電子)を用いて1H-NMRおよび13C-NMRを測定した。
1H NMR(400MHz, CDCl3) δ10.21(1H, bs, COOH), 5.36(6H, m,H-9,10,12,13,15,16), 2.81(4H, m,H-11,14), 2.34(2H, t, J=7.6 Hz), 2.06(4H, m, H-8,17), 1.63(2H, m, H-3), 1.32(8H, bs, H-4,5,6,7), 0.97(3H, t, J=7.6 Hz, terminal methyl).
13C NMR(100 MHz, CDCl3) δ180.5(s, C-1), 132.0, 130.3, 128.3, 128.3, 127.8, 127.2(d, C-8,9,12,13,15,16), 34.2(C-2), 29.6, 29.2, 29.1, 29.1(C-4,5,6,7), 27.3(C-8), 25.7, 25.6(C-11,14), 24.7(C-3), 20.6(C-17), 14.3(C-18).
【0024】
(2)結果
解析の結果、本試料の化合物は不飽和脂肪酸であり、参考とした国立研究開発法人産業技術総合研究所データベース(有機化合物のスペクトルデータベース SDBS)のデータとの比較より、α-リノレン酸((9Z,12Z,15Z)-9,12,15-octadecatrienoic acid、18:3(n-3)(ω-3脂肪酸))と決定された。
【0025】
(3)考察
α-リノレン酸は、
図1に示す推定経路により、光照射によってその不飽和部にラジカルを発生するとともに、さらに分子状酸素によって過酸化ラジカルを容易に生成すると考えられている。(油脂の過酸化反応理論 寺尾純二 日本調理化学会誌 28, 190-195 (1995))。これらのフリーラジカルや活性酸素種は細菌のDNAを損傷し、殺菌効果を示すと考えられている。一方、生体内にはこれらの活性酸素種を消去するスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)やカタラーゼが存在することが知られており、活性酸素種を用いた殺菌力を向上する目的でこれらの酵素の阻害剤が開発されている(国際公開第2013/080366号公報)。
【0026】
通常α-リノレン酸は、水には不溶であり、さらに空気中の酸素により容易に酸化されて速やかに分解が進行する。それにも関わらずクマザサのアルカリ抽出物であるササヘルス中ではα-リノレン酸は約330μg/mLという高濃度で安定に水溶液として存在できることが確認された。ササヘルスはα-リノレン酸含有水溶液を提供するための態様として優れたものであるといえる。
【0027】
例2:クマザサ抽出物と光線力学療法(PDT)による殺菌効果
光感受性物質としてクマザサ抽出物(ササヘルス)を用い、ダイオードレーザーによるPDTによる殺菌効果を評価した。
【0028】
(1)方法
ア 細菌培養
評価対象の細菌にはエンテロコッカス・フェカーリス(Enterococcus
faecalis、本明細書中では「E.
faecalis」ということがある。)(BAA-2128(商標)、American Type Culture Collection(ATCC))を使用した。E.
faecalisを5mLのブレインハートインフュージョン(BHI)培地(Sigma-Aldrich)で37℃、24時間培養し、マクファーランド比濁法によって0.2となるように調整した。1.5mLのチューブに約1×107個の菌を含む40μLの菌液と200μLのクマザサ抽出物(ササヘルス)(クマザサ抽出物を5.82%に希釈)を加えた。対照群にはササヘルスの代わりに200μLの滅菌蒸留水を加えたものを用いた。
【0029】
イ レーザー照射
ダイオードレーザー(OPELASER Filio、吉田製作所)の波長は808nmで直径0.2μmのファイバーを用いて細菌培養液を入れた1.5mL容のチューブの底から6mmの位置で照射した(出力3W、連続波)。照射時間はそれぞれ10、20、30、40、50秒とした。対照群ではレーザー照射を行わず50秒間静置した。
【0030】
ウ 殺菌効果の評価
レーザー照射後のそれぞれの細菌培養液から5μLを採り、1mLの滅菌蒸留水で希釈し、さらにそこから10μLを採って1mLの滅菌蒸留水で希釈した。そこから40μLを採って(菌数約300個)、BHI寒天プレート(52g/L蒸留水)に播種した。37℃、24時間培養した後に、出現したコロニー数を計測した。
【0031】
エ 統計解析
統計処理には、Mann-Whiney U-testを使用した。
【0032】
(2)結果
結果は、
図2に示す通りであった。対照群(A)と比較して、ササヘルスを用いたレーザー照射群では照射時間の増加とともに出現する菌数の低下が確認された(D~H)。特に50秒照射群(H)では細菌の増殖は認められなかった。
【0033】
それぞれの実験群相互の統計学上の有意差は、表1に示す通りであった。実験群(B~H)は対照群(A)との間に統計学上の有意差が認められた。また、実験群(C:ササヘルスなし、レーザー照射あり、D~H:ササヘルスあり、レーザー照射あり)と実験群(B:ササヘルスあり、レーザー照射なし)との間に統計学上の有意差が認められた。
【0034】
【0035】
(3)考察
歯科領域におけるPDTにおいては、(i)低毒性の光感受性物質、(ii)標的となる細菌の感受性、(iii)低侵襲性の適切な波長の光源の3つの要素が関連してその効果が左右されると考えられる。光源として用いたレーザー光により活性化された光感受性物質は、分子状酸素と反応して活性酸素種を発生する。至近距離で活性酸素種に接触した細菌は、そのDNAがダメージを受けて死滅する。この効果は細菌と活性酸素種の発生場所が離れることにより、急速に低下すると考えられている。
【0036】
例3に示した結果から、ササヘルスを用いたPDTにおいて、50秒間以上のダイオードレーザーの照射によりE.
faecalis菌の数を効率的に減少させることができることが確認された。一方で10秒間のレーザー照射では、無照射の場合と比較して菌数は増加したが、これは短時間のレーザー照射では活性酸素種の発生が不十分な上、エネルギーを提供することによって細菌の生理活性を上げたものと推察された。
【0037】
ササヘルスは口腔内への溢出の際も問題ない溶液である。ササヘルスは昭和43年に承認された第3類医薬品であり、OTC医薬品としてすでに発売後50年以上が経過しているが、現時点で独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)が提供する副作用情報データベースでは「ササヘルス」での該当情報はない。すなわち、ササヘルスは長期間にわたって極めて忍容性の高い医薬品として服用されてきたといえる。
【0038】
以上の考察から、ササヘルスまたは同様の抽出法で調製したクマザサの抽出物は、PDTにおける低毒性の光感受性物質として極めて有用であり、産業上高い利用可能性が期待される