(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-17
(45)【発行日】2023-01-25
(54)【発明の名称】セルロースの分離方法
(51)【国際特許分類】
B29B 17/02 20060101AFI20230118BHJP
C08J 11/06 20060101ALI20230118BHJP
【FI】
B29B17/02
C08J11/06
(21)【出願番号】P 2019195510
(22)【出願日】2019-10-28
【審査請求日】2022-05-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000001096
【氏名又は名称】倉敷紡績株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】杉山 稔
(72)【発明者】
【氏名】森島 英暢
(72)【発明者】
【氏名】秋吉 大輔
【審査官】上坊寺 宏枝
(56)【参考文献】
【文献】特開昭51-082375(JP,A)
【文献】特開昭50-122579(JP,A)
【文献】特開2012-149360(JP,A)
【文献】特開2018-059065(JP,A)
【文献】特開2021-066855(JP,A)
【文献】特開2009-019153(JP,A)
【文献】特開2019-081131(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B09B 3/00-5/00
B29B 17/00-17/04
C08J 11/00-11/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース及び他の材料を含む複合基材からセルロースを分離するセルロースの分離方法であって、
セルロース及び他の材料を含む複合基材に放射線を照射する工程、
前記放射線で照射された複合基材中のセルロース
のみを粉砕して分離する工程を含むセルロースの分離方法。
【請求項2】
前記セルロース及び他の材料を含む複合基材中のセルロースは、化学修飾されている又は機能剤が化学結合されている、請求項1に記載のセルロー
スの分離方法。
【請求項3】
放射線を照射する前に、前記複合基材中のセルロースを化学修飾する請求項1に記載のセルロースの分離方法。
【請求項4】
前記化学修飾は、セルロースにリン酸基を導入することで行われる請求項2又は3に記載のセルロースの分離方法。
【請求項5】
放射線を照射する前に、前記複合基材中のセルロースに機能剤を化学結合させる請求項1に記載のセルロースの分離方法。
【請求項6】
前記複合基材は、糸、編物及び織物からなる群から選ばれる一つ以上である請求項1~5のいずれか1項に記載のセルロースの分離方法。
【請求項7】
前記複合基材中のセルロースの粉砕を湿式粉砕で行う請求項1~6のいずれか1項に記載のセルロースの分離方法。
【請求項8】
前記他の材料は、繊維である請求項1~7のいずれか1項に記載のセルロースの分離方法。
【請求項9】
前記他の材料は、ポリエステル繊維である請求項1~8のいずれか1項に記載のセルロースの分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース及び他の材料を含む複合基材からセルロースを分離するセルロースの分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースは、他の材料と複合されて衣料品等の様々な製品に幅広く使用されている。近年、資源やエネルギの節約、地球温暖化を防止する観点から、セルロースを含む製品の再利用が推進されている。例えば、特許文献1には、セルロースを含む被処理物を硫酸等の酸触媒の存在下で加熱処理し、その後低い温度で撹拌することで、セルロースを微粉化することが記載されている。特許文献2には、綿を含む廃棄材料をHCl水溶液で加水分解して綿を分離・回収することが記載されている。特許文献3には、セルロース及びポリエステルの混合を含む素材を強塩基イオン水で処理してセルロースを溶解することで、セルロースを分離・回収することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2009-19153号公報
【文献】特開2009-40837号公報
【文献】WO2018/115584号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1~3に記載のように、硫酸、塩酸等の酸触媒や強塩基イオン水を用いると、環境汚染につながる恐れがあった。
【0005】
本発明は、前記従来の問題を解決するため、硫酸等の酸触媒や強塩基イオン水を用いることなく、セルロース及び他の材料を含む複合基材からセルロースを分離するセルロースの分離方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、セルロース及び他の材料を含む複合基材からセルロースを分離するセルロースの分離方法であって、セルロース及び他の材料を含む複合基材に放射線を照射する工程、前記放射線で照射された複合基材中のセルロースを粉砕して分離する工程を含むセルロースの分離方法に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明のセルロースの分離方法によれば、硫酸等の酸触媒や強塩基イオン水を用いることなく、セルロース及び他の材料を含む複合基材からセルロースを分離することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の発明者らは、上述した従来の問題を解決するため鋭意検討を重ねた。その結果、セルロース及び他の材料を含む複合基材に放射線を照射することでセルロースを脆化させ、脆化したセルロース粉砕することで、複合材料からセルロースを分離し得ることを見出した。
【0009】
本発明の1以上の実施態様において、セルロースは、アセチル化セルロース、セルロースの一部のヒドロキシ基が他の官能基に置換されたキチンやキトサン等のセルロースの誘導体を含む。また、本発明の1以上の実施態様において、他の材料は特に限定されず、合成樹脂等が挙げられる。セルロースとの分離を良好にする観点から、他の材料として放射線で脆化しないポリエチレンテレフタレート等のポリエステル等を含むことが好ましい。前記複合基材は、廃棄材料を再利用して資源を節約する観点から、セルロースを含む加工品であることが好ましく、日用品を再利用して資源を節約する観点から、セルロース繊維を含む複合基材であることがより好ましい。セルロース繊維を含む複合基材としては、例えば、セルロース繊維を含む糸、編物及び織物等が挙げられ、これらを用いた衣料品等も含まれる。セルロース繊維を含む複合基材は、セルロース繊維に加えて他の繊維を含んでもよい。セルロース繊維は、木綿、麻等の天然セルロース繊維であってもよく、レーヨン、キュプラ等の再生セルロース繊維であってもよい。他の繊維としては、特に限定されず、ポリエチレンテレフタレート繊維等のポリエステル繊維等が挙げられる。セルロース繊維を粉体として分離して回収しつつ、他の繊維は脆化させない観点から、セルロース繊維とポリエステル繊維を含む複合基材を好適に用いることができる。
【0010】
まず、放射線でセルロース及び他の材料を含む複合基材を照射する。これにより、該複合基材中のセルロース繊維が脆化するが、複合基材の形態は変化せず、元の形態を保つ。放射線としては、特に限定されないが、α線、β線、γ線、X線、電子線、可視光線、紫外線、及び赤外線等が挙げられる。これらの放射線のうち、γ線、X線、電子線、可視光線、又は紫外線であることが好ましく、照射線量をコントロールしやすく、生産性が良いことから、γ線又は電子線がより好ましく、電子線がさらに好ましい。
【0011】
放射線の照射線量は、セルロースの脆化が生じればよく、特に限定されるものではない。例えば、γ線、X線及び電子線等を照射させる場合には、照射線量は、300kGy以上であることが好ましく、500kGy以上であることが好ましく、600kGy以上であることがより好ましい。また、セルロースを脆化しつつ、ポリエステル等の他の材料を脆化させない観点から、照射線量は、1500kGy以下であることが好ましく、1200kGy以下であることがより好ましく、900kGy以下であることが特に好ましい。
【0012】
電子線で照射する場合は、電子線照射装置は、特に限定されず、カーテン方式、スキャン方式又はダブルスキャン方式のものとすればよい。例えば、エリアビーム型電子線照射装置EC250/15/180L(岩崎電気社製)などの市販の装置を用いてもよい。電子線の加速電圧は、特に限定されないが、例えば、100kV以上1000kV以下の範囲のものとすればよい。雰囲気条件は、窒素雰囲気下で照射を行うことが好ましく、複合基材の片面に照射するだけでよい。
【0013】
前記複合基材を放射線で照射する前に、セルロースが放射線照射によって脆化しやすくなるよう化学修飾してもよい。このようなセルロースの化学修飾としては、例えば、アセチル基を導入するアセチル化、リン酸基を導入するリン酸化、スルホン基を導入するスルホン化、カルボキシ基を導入するカルボキシ化等が挙げられ、操作が簡便であり、放射線照射によって脆化しやすくなる効果が高いことから、リン酸基を導入するリン酸化が好ましい。
【0014】
前記リン酸化は特に限定されないが、例えば、セルロース(例えば、セルロース繊維)を含む複合基材にリン酸と尿素を含む水溶液を接触させて、セルロースにリン酸及び尿素を反応させることで行うことができる。リン酸化をより効果的に行う観点から、セルロース(例えば、セルロース繊維)を含む複合基材にリン酸と尿素を含む水溶液を接触させ、加熱キュアすることが好ましい。例えば、リン酸と尿素を含む水溶液(以下、単にリン酸化処理液とも記す。)にセルロースを含む複合基材を浸漬し、キュアリングすることで、セルロースにリン酸エステルを共有結合させる。リン酸処理液は、必要に応じてアンモニア水を含んでもよい。アンモニア水によりpHを調整できる。加熱キュア(キュアリング)の処理条件は、温度100~180℃、時間0.5~5分が好ましい。例えば、この処理により、セルロースに対してリン酸基を0.01~3mmol/g導入してもよく、0.05~1.5mmol/g導入してもよい。化学結合工程の後、水酸化カリウム等のアルカリにより中和させてもよい。なお、リン酸化処理を上述したように行った場合、後述するように、得られたセルロース粉体は、土壌改良剤として用いることができる。
【0015】
次に、放射線で照射された複合基材中のセルロースを粉砕して分離する。本発明の1以上の実施態様において、「複合基材中のセルロースを粉砕して分離する」とは、セルロースが基材の形状を維持せずに細かくなることで基材の形状を維持している複合基材から分離するよう、複合基材を処理することを意味する。具体的には、放射線で照射された複合基材に圧縮、衝撃、摩擦等を加えることで、複合基材中のセルロースを細かくし、粉体を生成することで基材の形状を維持している他の材料から分離することができる。セルロースを粉砕して分離する方法は、特に限定されず、例えば、放射線で照射された複合基材を手で揉むことや放射線で照射された複合基材を撹拌機で撹拌すること等が挙げられるが、単に放射線で照射された複合基材に水を接触させること、又は放射線で照射された複合基材を元の位置から動かすことによりセルロースが細かくなることも含まれる。
【0016】
前記複合基材が他の材料として、例えばポリエステルを含む場合、粉砕により、放射線照射で脆化したセルロースのみが粉砕され、他の材料、例えばポリエステルは形態変更が生じない。そのため、セルロースを粉体として分離して回収し、他の材料は例えばポリエステルは元の複合基材の形態で分離して回収することができる。
【0017】
粉砕は、放射線照射で脆化したセルロースを細かく(粉体化)できれば、乾式粉砕でもよく、湿式粉砕でもよい。湿式粉砕の場合、粉砕装置しては、特に限定されないが攪拌機等を使用することができる。湿式粉砕した後、乾燥することで、セルロース粉体を得ることができる。
【0018】
操作の簡便性から、乾式粉砕であることが好ましい。乾式粉砕の場合は、例えば、放射線で照射された複合基材中のセルロースを攪拌機等で撹拌して粉砕しつつ、集塵機等でセルロース粉末を回収することができる。
【0019】
湿式粉砕としては、特に限定されないが、例えば、前記複合基材を水中で攪拌機等で撹拌することや、前記複合基材を水で濡らした後湿潤状態の複合基材を手で揉むことやステンレスメッシュ等の金網に摩擦させること等が挙げられる。水中で粉砕した場合セルロース粉体は水分散体として回収される。また、上記のように複合基材中のセルロースを粉砕した後に、必要に応じて複合基材を圧搾し、その後複合基材を水洗することで、複合基材から粉砕されたセルロースを分離して、セルロース粉体を水分散体として回収することができる。なお、金網に摩擦させることで複合基材中のセルロースを粉砕した場合、粉砕と圧搾が同時に行われてもよい。また、必要に応じて、セルロース粉体の水分散体を乾燥することで、セルロース粉体を得ることができる。
【0020】
上記で得られたセルロース粉体は、特に限定されないが、例えば、樹脂用充填剤、塗料添加剤、綿紙等の様々な製品に好適に用いることができる。セルロースを含む複合基材がポリエステル等の他の材料を含む場合、セルロース粉体を回収した後、他の材料を含む複合基材も目的に応じて適宜再利用することができる。
【0021】
本発明の1以上の実施形態において、セルロースを含む複合基材中のセルロースを電子線で照射して脆化させる前に、機能剤、例えば吸水性化合物、難燃性化合物、消臭性化合物等を結合させることで、所定の機能性を有するセルロース粉体を得ることができる。
【0022】
本発明の1以上の実施形態において、前記吸水性化合物は、リン、窒素及びカリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含むことが好ましい。該セルロース粉体は、吸水性に優れ、かつ、植物生育に必須の肥料成分であるリン、窒素及びカリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含むことにより、植物の育成に必要な水分を保持し、かつセルロース粉体の生分解に伴って肥料成分を徐々に植物に付与でき、それゆえ、植物生育用土壌改良剤として好適に用いることができる。
【0023】
具体的には、下記のように、複合基材中のセルロースにリン、窒素及びカリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含む吸水性化合物を化学結合させる。
(1)複合基材中のセルロースにあらかじめ吸水性化合物を化学結合(好ましくはグラフト結合)させ、当該化学結合させた吸水性化合物に対してリン、窒素及びカリウムから選ばれる少なくとも一つの元素を化学結合させる方法。
(2)複合基材中のセルロースにあらかじめリン、窒素及びカリウムから選ばれる少なくとも一つの元素を有する化合物を化学結合させ、当該結合させた化合物に対して吸水性化合物を化学結合(好ましくはグラフト結合)させる方法。
(3)あらかじめ吸水性化合物とリン、窒素及びカリウムから選ばれる少なくとも一つの元素を化学結合させておき、その吸水性を有しかつリン、窒素及びカリウムから選ばれる少なくとも一つの元素を有する化合物を複合基材中のセルロースに化学結合(好ましくはグラフト結合)させる方法。
(4)吸水性化合物としてリン、窒素及びカリウムから選ばれる少なくとも一つの元素を有する化合物を用い、該吸水性化合物を複合基材中のセルロースに化学結合(好ましくはグラフト結合)させる方法。
【0024】
一例として、複合基材中のセルロースにリン酸塩、カルボン酸塩、スルホン酸塩及びケトン基含有化合物からなる群から選ばれる少なくとも一つの吸水性化合物を化学結合により固定する。リン酸塩としてはリン酸エステル塩が好ましい。カルボン酸塩としてはアクリル酸塩及びイミノ二酢酸塩が好ましい。スルホン酸塩としては硫酸塩または亜硫酸塩が好ましい。ケトン基含有化合物としては、特に限定されないが、例えばアセチルアセトン類、ベインゾイルアセトン類及びダイアセトン類などを用いることが好ましく、エチレングリコールモノアセトアセテートモノメタクリレート及びダイアセトンアクリルアミドからなる群から選ばれる一種以上であることがより好ましい。化学結合による質量増加率は、0.1~50質量%であるのが好ましい。この範囲であると親水性は高く保持できる。
【0025】
具体的には、複合基材中のセルロースに電子線照射する工程と、複合基材中のセルロースにリン酸を含む有機化合物、カルボン酸を含む化合物及びケトン基含有化合物からなる群から選ばれる少なくとも一つの吸水性化合物を接触させて化学結合、好ましくはグラフト結合させる工程を含む。電子線照射工程は、リン酸を含む有機化合物、カルボン酸を含む化合物及びケトン基含有化合物からなる群から選ばれる少なくとも一つの化合物を接触させる工程の前及び/又は後であっても良い。いずれの順序としても吸水性化合物をセルロースにグラフト結合させることができる。
【0026】
リン酸を含む有機化合物として、例えばモノ(2-メタクリロイルオキシエチル)ホスフェート(別名リン酸2-(メタクリロイルオキシ)エチル、以下「P1M」という。)を用いる場合、電子線照射により下記(化2)及び/又は(化3)に示すようにセルロースにP1Mがグラフト結合し、次いで中和処理により下記(化4)及び/又は(化5)に示すようにリン酸カリウム塩となる。
【0027】
【0028】
【0029】
【0030】
【0031】
【0032】
カルボン酸を含む有機基物質として、例えばアクリル酸を使用した場合、電子線照射により下記(化7)及び/又は(化8)に示すセルロースにアクリル酸がグラフト結合し、次いで中和処理により下記(化9)及び/又は(化10)のようにカルボン酸カリウム塩となる。
【0033】
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
カルボン酸を含む有機基物質として、例えばメタクリル酸グリシジルをセルロースにグラフト結合させ、イミノ二酢酸(キレート基)を導入して中和処理した場合、電子線照射により下記化(12)及び/又は(化13)のようにセルロースにメタクリル酸グリシジルがグラフト結合し、次いで下記(化14)及び/又は(化15)のようにイミノ二酢酸(キレート基)が導入され、次いで中和処理により下記(化16)及び/又は(化17)のようにカルボン酸カリウム塩となる。
【0039】
【0040】
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
上記において、複合基材中のセルロースに吸水性化合物等の機能剤を化学結合させるために、複合基材を電子線照射する場合、照射線量は、特に限定されないが、通常は1~200kGy、好ましくは5~100kGy、より好ましくは10~50kGyである。電子線の加速電圧は、特に限定されないが、例えば、100~1000kVの範囲のものとすればよい。雰囲気条件は、窒素雰囲気下で照射を行うことが好ましく、また透過力があるため、複合基材の片面に照射するだけでよい。電子線照射装置としては市販のものが使用可能であり、例えば、エリアビーム型電子線照射装置EC250/15/180L((岩崎電気社製)))等を用いることができる。電子線を照射した後は通常、水洗により未反応成分を除去し、乾燥が行われる。乾燥は例えば、複合基材を20~85℃で0.5~24時間保持することで行うことができる。
【0047】
他の例としては、セルロースを含む複合基材にリン酸と尿素を含む水溶液を接触させ、前記セルロースにリン酸エステルを化学結合、好ましくは共有結合させる。より好ましくはその後水酸化カリウム等のアルカリにより中和させる。例えば、リン酸と尿素を含む水溶液)にセルロースを含む複合基材を浸漬し、セルロース繊維にリン酸エステルを共有結合させる。リン酸化処理液は、例えばリン酸処理液を100質量%としたとき、85質量%のリン酸を10質量%、尿素を30質量%、残りは水とする。このときpHは2.1程度とするのが好ましい。別の例のリン酸処理液としては、例えばリン酸処理液を100質量%としたとき、85質量%のリン酸を10質量%、尿素を30質量%、28質量%のアンモニア水を8質量%、残りは水とする。このときpHは6.5程度が好ましい。アンモニア水を任意量使用してpH調整できる。処理条件は、温度100~180℃で、処理時間0.5~5分が好ましい。例えば、この処理により、セルロース繊維に対してリン酸エステルを0.1質量%以上、好ましくは2~8質量%、特に好ましくは5~8質量%共有結合できる。
【0048】
セルロース分子は下記(化18)で示され(但し、nは1以上の整数)、反応性に富む水酸基をグルコース残基のC‐2、C‐3、C‐6の位置に持ち、この部分にリン酸がエステル結合すると推測される。例えばグルコース残基のC‐2の位置にリン酸がエステル結合した例を下記(化20)に示す。下記(化20)において、リン酸がエステル結合している‐CH2‐基はセルロース鎖内の炭化水素基である。次いで中和処理により下記(化21)のようにリン酸カリウム塩となる。
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
【0053】
前記化19~化20は、下記化22~化24になるとも考えられる。化22はリンと窒素のモル比が1:1の場合であり、化23~化24はリンの含有率の高いエステル化物で、化24は架橋構造となる。
【0054】
【0055】
【0056】
【0057】
上述したとおり、化2~化5、化19~化24で得られたセルロースを含む複合基材はセルロースに化学結合したP(リン)を含み、化14~化17で得られたセルロースを含む複合基材はセルロースに化学結合したN(窒素)を含み、化4、化5、化9、化10、化16、化17及び化21で得られたセルロースを含む複合基材はセルロースに化学結合したK(カリウム)を含む。
【0058】
このようにセルロースに機能剤を化学結合させた複合基材を、上述したとおり、電子線で照射して複合基材中のセルロースを脆弱した後に、複合基材中のセルロースを粉砕して分離することで、リン、窒素及びカリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含む吸水性化合物が化学結合したセルロース粉体を得ることができる。
【0059】
前記セルロース粉体は、粉体としての取り扱い性の観点から、通常1インチ当たり10メッシュを通過する程度の粒度を有し、好ましくは20メッシュ以上を通過する程度の粒度を有し、より好ましくは30メッシュ以上を通過する程度の粒度を有する。
【0060】
本発明の1以上の実施形態のセルロースの分離方法で得られた、リン、窒素及びカリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含む吸水性化合物が化学結合されているセルロース粉体は、そのまま土壌に混ぜ合わせて土壌改良剤として用いてもよく、ピートモス等の他の土壌改良剤と混合した後に土壌に混ぜ合わせて土壌改良剤として用いてもよい。また、土壌改良剤としての使用中における流失を抑える観点から、前記セルロース粉体は、必要に応じて、適切な大きさに造粒した後に土壌改良剤に用いてもよい。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を実施例及び比較例に基づいて具体的に説明する。なお本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0062】
(実施例1~2)
<電子線の照射>
セルロースを含む複合基材として、ポリエチレンテレフタラート繊維65質量%及び綿35質量%からなる混紡糸を用いて作製した織物(目付100g/m2、以下において、「T/C=65/35」とも記す。)を用いた。該複合基材にエリアビーム型電子線照射装置EC250/15/180L(岩崎電気社製)を用い、窒素雰囲気下で、加速電圧250kVで、下記表1に示す線量の電子線を照射した。
<セルロース繊維の粉砕及び分離回収>
(1)電子線で照射した複合基材の質量(W0)を測定した。
(2)電子線で照射した複合基材を十分に水で濡らした。
(3)ステンレスメッシュ(株式会社久宝金属製作所製、品番:E9107、30メッシュ、目開き約0.5mm)の上に複合基材を載せ、手で3分間複合基材を金網に擦らせ、セルロース繊維を粉砕した。
(4)複合基材をステンレスメッシュ上に残留させている状態で、ステンレスメッシュごと水で洗浄して複合基材から生じた糟(セルロース繊維の粉砕物)を分離して回収した。
(5)ステンレスメッシュ上に残留している複合基材を室温で乾燥させた。
(6)残留した複合基材の質量(W1)を測定した。
(7)分離回収したセルロース繊維の粉砕物(セルロース粉体)の水分散液を室温で乾燥することで乾燥状態のセルロース粉体を得た。
なお、工程(4)の後にステンレスメッシュ上に複合基材が残留していない場合は、残留した複合基材の質量を0gとした。
【0063】
(実施例3)
<化学修飾処理(リン酸化処理)>
ポリエチレンテレフタラート繊維65質量%及び綿35質量%からなる混紡糸を用いて作製した織物(目付120g/m2、以下において、「T/C=65/35」とも記す。)を用いた。該複合基材をリン酸化処理液(8.5質量%リン酸、30質量%尿素、61.5質量%水)に浸漬後、マングルで絞り、105℃で90秒間乾燥させた後、165℃で105秒間キュアリングし、水で洗浄し、105℃で90秒間乾燥させた。加工前後の複合基材の質量差及びリン酸の分子量から算出したセルロース繊維に対するリン酸基導入量は、0.54mmol/gであった。
上述したように前処理した複合基材を用い、下記表1に示す線量の電子線を照射した以外は、実施例1と同様にしてセルロース繊維を粉砕して分離回収した。
【0064】
(実施例4)
電子線の照射線量を下記表1に示すとおりにした以外は、実施例3と同様にしてセルロース繊維を粉砕して分離回収した。
リン酸化加工前後の複合基材の質量差及びリン酸の分子量から算出したセルロース繊維に対するリン酸基導入量は、120mmol/gであった。また、リン酸化による質量増加率は0.54質量%であった。
【0065】
(比較例1)
セルロースを含む複合基材として、ポリエチレンテレフタラート繊維65質量%及び綿35質量%からなる混紡糸を用いて作製した織物を用い電子線を照射せず、実施例1と同様にセルロース繊維の粉砕及び分離回収を行った。
【0066】
(比較例2)
セルロースを含む複合基材を実施例3と同様にリン酸化処理した以外は、比較例1と同様に、電子線を照射せず、セルロース繊維の粉砕及び分離回収を行った。
【0067】
実施例及び比較例において、複合基材の残留率については質量測定値を用い、セルロースの回収率については推定値であるセルロースの混合割合を用いて下記のように算出し、その結果を下記表1に示した。なお、表1において、「EB照射」は電子線照射を意味する。
【0068】
(複合基材の残留率及びセルロースの回収率)
複合基材の残留率(質量%)=[W1/W0]×100
セルロースの回収率(%)=[(W0-W1)/(W0×Cp)]×100
W0:セルロースを分離する前の複合基材の質量
W1:セルロースを分離した後の複合基材の質量
Cp:セルロースを分離する前の複合基材の質量を1としたときのセルロースの混合割合
【0069】
【0070】
表1の結果から分かるように、セルロース及び他の材料を含む複合基材を電子線で照射することで、該複合基材中のセルロースのみを脆化させ、脆化したセルロースを粉砕して他の材料と分離することができた。また、セルロースを含む複合基材におけるセルロースにリン酸基を導入する等によりセルロースを化学修飾することで、より効果的にセルロースを放射線照射で脆化させることができ、セルロースを含む複合基材からより効果的にセルロースを分離することができた。また、実施例3~4で得られたセルロース粉体は、リン酸エステル化されており土壌改良剤として用いることができる。