(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-17
(45)【発行日】2023-01-25
(54)【発明の名称】既定のpHの水溶液を調製するための方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/26 20060101AFI20230118BHJP
【FI】
G01N30/26 E
G01N30/26 A
(21)【出願番号】P 2020519414
(86)(22)【出願日】2018-09-21
(86)【国際出願番号】 GB2018052687
(87)【国際公開番号】W WO2019069046
(87)【国際公開日】2019-04-11
【審査請求日】2021-08-16
(32)【優先日】2017-10-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】508236033
【氏名又は名称】フジフィルム・ダイオシンス・バイオテクノロジーズ ・ユーケイ・リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100188374
【氏名又は名称】一宮 維幸
(72)【発明者】
【氏名】ナギー,ティボー
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-518328(JP,A)
【文献】特表2000-506968(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0232363(US,A1)
【文献】特開2006-105627(JP,A)
【文献】特開昭64-088362(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/26
G01N 30/34
G01N 30/88
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸、塩基および1種またはそれより多
い添加剤を含む既定のpHの水溶液を調製するための方法であって、
a
)添加剤濃度の範囲について、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、該溶液が該既定のpHを有するような酸および塩基の理論上の濃度を計算する工程;
b)該添加剤濃度の範囲について緩衝液のサンプルを調製し、各添加剤濃度について実際のpHを測定する工程;
c)各添加剤濃度について、該理論上のpHと該実際のpHとの差異であるデルタpH、ΔpHの値を計算する工程;
d)ΔpHと添加剤濃度との関係を記述する数学モデルを作成する工程;
e)該既定のpHおよび添加剤濃度を選択する工程;
f)工程d)で作成された数学モデルを使用して、該既定のpHおよび添加剤濃度についてΔpHを計算する工程;
g)該既定のpHおよびデルタpHを合計することによって、ΔpHで補正したpHを計算する工程;
h)該ΔpHで補正したpHを使用して、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、酸および塩基の濃度を計算する工程;
i)工程h)で計算された濃度を使用して該溶液を調製する工程
を含む、方法。
【請求項2】
酸、塩基および1種またはそれより多
い添加剤を含む既定のpHの水溶液を調製するための方法であって、
a
)添加剤濃度の範囲について、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、該溶液が該既定のpHを有するような酸、塩基および添加剤の理論上の濃度を計算する工程;
b)各添加剤濃度について、理論上のpHと、実際のpHの
値との差異であるΔpHの値を計算する工程;
c)ΔpHと添加剤濃度との関係を記述する数学モデルを作成する工程;
d)該既定のpHおよび添加剤濃度を選択する工程;
e)工程c)で作成された数学モデルを使用して、該既定のpHおよび添加剤濃度についてΔpHを計算する工程;
f)既定のpHおよびΔpHを合計することによって、ΔpHで補正したpHを計算する工程;
g)該ΔpHで補正したpHを使用して、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、酸および塩基の濃度を計算する工程;
h)工程g)で計算された濃度を使用して該溶液を調製する工程
を含む、方法。
【請求項3】
酸、塩基および添加剤を含む既定のpHの水溶液を調製するための方法であって、
a)ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、該溶液の理論上のpHを計算する工程;
b)添加剤濃度の範囲に対して、該理論上のpHを、該理論上のpHと、該水溶液の実際のpHの
値との差異の数学モデルから決定された式から計算されたpH値と比較することによって、該水溶液のΔpHで補正したpHを計算する工程;
c)該ΔpHで補正したpHを使用して、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、酸および塩基の濃度を計算する工程;
d)工程c)で計算された濃度を使用して該溶液を調製する工程
を含む、方法。
【請求項4】
前記水溶液が、緩衝液で
ある、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記緩衝液が、生体分子の処理で採用される緩衝液である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記緩衝液が、トリス緩衝液、リン酸ナトリウム緩衝液、リン酸カリウム緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液、MES緩衝液、およびHEPES緩衝液からなる群から選択される、請求項4
または5に記載の方法。
【請求項7】
前記添加剤が、NaCl、KCl、Na
2SO
4、(NH
4)
2SO
4および(NH
4)
3PO
4ならびにそれらの混合物からなる群から選択される塩である、請求項1~
6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記塩が、最大約2Mの濃度である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記添加剤濃度の範囲の最小の添加剤濃度が、調製しようとする水溶液の添加剤濃度未満になるように選択され、添加剤濃度の範囲の最大の添加剤濃度が、調製しようとする水溶液の添加剤濃度を超えるように選択される、請求項1~
8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
添加剤濃度の範囲内のデータポイントの数が、5~10である、請求項1~
9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記既定のpHが、前記溶液の熱力学的pKa値の1単位以内になるように選択される、請求項1~
10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
水溶液を調製するための装置であって、混合デバイスに、酸および塩基、
ならびに1種またはそれより多くの添加
剤をフィードすることが可能な計量デバイスを含み、該計量デバイスは、請求項1に記載の工程a)およびc)~h);請求項2に記載の工程a)~g);または請求項3に記載の工程a)~c)を行うための制御装置の制御下で作動する、装置。
【請求項13】
バイオ処理操作を行うための手段をさらに含む、請求項
12に記載の装置。
【請求項14】
前記バイオ処理操作が、クロマトグラフィー、ウイルス不活性化、ろ過、リフォールディング、限外ろ過、透析ろ過、精密ろ過、インラインの調整またはリフォールディングを含む、請求項
13に記載の装置。
【請求項15】
前記計量デバイスが、複数の入口流量制御器の下流および混合デバイスの上流に配置されたポンプを含む、請求項
12~
14のいずれか一項に記載の装置。
【請求項16】
工程b)における実際のpHの値が、予め決定された値である、請求項2または3に記載の方法。
【請求項17】
混合デバイスに希釈剤をフィードすることが可能な計量デバイスを含む、請求項12~15のいずれか一項に記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶液、特に緩衝溶液を調製するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
緩衝溶液は、多くの産業で研究と製造の両方において広く採用される。多くの様々な緩衝溶液が利用可能であるが、これらの溶液の主要なパラメーターは、溶液のpHである。多くの緩衝溶液は比較的希薄であるが、比較的大量で必要とされる場合があり、さらに、必要な可能性がある緩衝液の範囲を考慮すれば、物流上の理由で、多量の既製の緩衝溶液を貯蔵することは実用的ではない。したがって、このような緩衝液が必要な場合や必要なときに所定量の正しい緩衝液を調製できるような所与のpHを有する緩衝液組成を付与するのに必要な成分の比率を計算できることが望ましい。これは基本的に簡単な事柄のようであるが、実際には、標準的なヘンダーソン・ハッセルバルヒ(hasselbach)の式をデバイ・ヒュッケル理論と併用したとしても、または例えば、イオンの大きさ、イオンの電荷、緩衝液の温度、ならびに特に緩衝添加剤、例えば塩、特に中性塩、カオトロープ、キレート剤、界面活性剤および炭水化物の性質および濃度の作用を相殺すると提唱される多くの変形法や改変法を使用しても、達成される実際のpHが常に理論と一致するわけではない。緩衝溶液を調製するための信頼できる方法を提供しようとする多数の試みが提唱されており、例えばWO2009/131524、およびそこで認められた先行技術で提唱される方法がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本発明の第1の形態によれば、酸、塩基および1種またはそれより多くてもよい添加剤を含む既定のpHの水溶液を調製するための方法であって、
a)異なる添加剤濃度の範囲について、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、溶液が既定のpHを有するような酸および塩基の理論上の濃度を計算する工程;
b)添加剤濃度の範囲について緩衝液のサンプルを調製し、各添加剤濃度について実際のpHを測定する工程;
c)各添加剤濃度について、理論上のpHと実際のpHとの差異であるデルタpH、ΔpHの値を計算する工程;
d)ΔpHと添加剤濃度との関係を記述する数学モデルを作成する工程;
e)既定のpHおよび添加剤濃度を選択する工程;
f)工程d)で生成した数学モデルを使用して、既定のpHおよび添加剤濃度についてΔpHを計算する工程;
g)既定のpHおよびデルタpHを合計することによって、ΔpHで補正したpHを計算する工程;
h)ΔpHで補正したpHを使用して、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、酸および塩基の濃度を計算する工程;
i)工程h)で計算された濃度を使用して溶液を調製する工程
を含む、方法が提供される。
【0005】
本発明の第1の形態の方法では、一部の実施態様において、工程a)が工程b)の前であってもよいし、他の実施態様において、工程b)が工程a)の前に行われてもよいことが認識されるものと予想される。
【0006】
本発明の第2の形態によれば、酸、塩基および1種またはそれより多くてもよい添加剤を含む既定のpHの水溶液を調製するための方法であって、
a)異なる添加剤濃度の範囲について、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、溶液が既定のpHを有するような酸、塩基および添加剤の理論上の濃度を計算する工程;
b)各添加剤濃度について、理論上のpHと、実際のpHの値、好ましくは予め決定された値との差異であるΔpHの値を計算する工程;
c)ΔpHと添加剤濃度との関係を記述する数学モデルを作成する工程;
d)既定のpHおよび添加剤濃度を選択する工程;
e)工程c)で生成した数学モデルを使用して、既定のpHおよび添加剤濃度についてΔpHを計算する工程;
f)既定のpHおよびΔpHを合計することによって、ΔpHで補正したpHを計算する工程;
g)ΔpHで補正したpHを使用して、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、酸および塩基の濃度を計算する工程;
h)工程g)で計算された濃度を使用して溶液を調製する工程
を含む、方法が提供される。
【0007】
本発明の第3の形態によれば、酸、塩基および添加剤を含む既定のpHの水溶液を調製するための方法であって、
a)ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、溶液の理論上のpHを計算する工程;
b)添加剤濃度の範囲に対して、理論上のpHを、理論上のpHと、水溶液の実際のpHの値、好ましくは予め決定された値との差異の数学モデルから決定された式から計算されたpH値と比較することによって、水溶液のΔpHで補正したpHを計算する工程;
c)ΔpHで補正したpHを使用して、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して、酸および塩基の濃度を計算する工程;
d)工程c)で計算された濃度を使用して溶液を調製する工程
を含む、方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の方法によって調製できる水溶液は、最も一般的には緩衝液であり、特定には、化学や生物工学の分野で、最も特定には生体分子の処理で採用される緩衝液である。本発明の方法によって調製できる緩衝液としては、トリス緩衝液[トリス酸塩、例えばトリス・HClと組み合わせた(トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(「トリス」)];リン酸ナトリウム緩衝液(塩基としてのリン酸二ナトリウム、および酸としてのリン酸二水素ナトリウム);リン酸カリウム緩衝液(塩基としてのリン酸二カリウム、および酸としてのリン酸二水素カリウム);酢酸ナトリウム緩衝液(塩基としての酢酸ナトリウム、および酸としての酢酸);MES緩衝液(塩基としての4-モルホリンエタンスルホン酸ナトリウム塩、および酸としての4-モルホリンエタンスルホン酸);およびHEPES緩衝液(塩基としての4-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン-1-エタンスルホン酸ナトリウム塩、および酸としての4-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン-1-エタンスルホン酸)が挙げられる。
【0009】
生体分子の処理に関する多くの例において、溶液のpHは、3.5~9の範囲になるように選択される。多くの実施態様において、pHは、溶液の熱力学的pKa値の1単位以内になるように選択される。
【0010】
溶液中に存在し得る添加剤は、水溶性添加剤であり、例えば、塩、カオトロープ、キレート剤、界面活性剤、溶媒および炭水化物が挙げられ、その例は化学および生物工学分野において周知である。2種またはそれより多くの添加剤の混合物が存在し得る。
【0011】
添加剤として採用できる塩としては、NaCl、KCl、Na2SO4などの中性塩、ならびに(NH4)2SO4および(NH4)3PO4などの非中性塩が挙げられる。添加剤として塩が採用される場合、それらは、一般的に最大約5M、例えば最大約2Mの濃度で採用される。
【0012】
添加剤として採用できるカオトロープとしては、尿素および塩酸グアニジンが挙げられる。
添加剤として採用できるキレート剤としては、EDTAおよびEGTAが挙げられる。
【0013】
添加剤として採用できる界面活性剤としては、特に非イオン界面活性剤、例えばアルキルフェノールエトキシレート、例えばオクチルおよびノニルフェノールエトキシレート、例えばTriton(登録商標)X100、およびポリソルベート、例えばポリソルベート80が挙げられる。
【0014】
添加剤として採用できる溶媒は、好ましくは、水混和性溶媒であり、その例としては、短鎖アルコール、例えばメタノール、エタノールまたはイソプロパノール、アセトニトリル、アセトン、グリコール、例えばエチレングリコール、および水混和性のポリ(エチレングリコール)が挙げられる。
【0015】
添加剤として採用できる炭水化物としては、単糖、例えばグルコースおよびフルクトース、ならびにオリゴ糖、例えばマルトース、ラクトースおよびスクロースが挙げられる。
カオトロープ、キレート剤、界面活性剤、溶媒および炭水化物は、存在する場合、一般的には最大1M、例えば最大500mM、特に最大250mM、例えば1~100mMの濃度で採用される。
【0016】
水溶液が生体分子の処理で採用される場合、生体分子は、一般的にはポリヌクレオチドまたはポリペプチドであり、特に、抗体および他の治療用ポリペプチドを含む組換えポリペプチドである。水溶液は、組換えポリペプチドを発現する組換え宿主細胞、特に原核宿主細胞、例えば大腸菌(E.coli)、および真核宿主細胞、例えばCHO細胞の培養で採用することができる。水溶液は特に、組換え宿主細胞で発現されるポリペプチドの精製で一般的に採用される。水溶液は、このような水溶液の使用を必要とするあらゆる生体分子の単離、発現または精製で容易に採用できることが認識されるものと予想される。
【0017】
本発明の方法で採用される添加剤濃度の範囲、およびその範囲内のデータポイントの数は、使用者の裁量で選択される。多くの実施態様において、最小の添加剤濃度は、目的とする溶液の添加剤濃度未満になるように選択され、最大の添加剤濃度は、目的とする溶液の添加剤濃度を超えるように選択される。特定の実施態様において、本発明は、添加剤を含まない水溶液に採用してもよく、その場合、最小の添加剤濃度は、ゼロか、または目的とする溶液にとって望ましい添加剤濃度より高い、例えば1mM以下で高いかのいずれかである。
【0018】
多くの例において、添加剤濃度の範囲内のデータポイントの数は、20未満であり、多くの場合最大15であり、例えば5~10である。
特定の実施態様において、データポイントは、添加剤濃度範囲の上限よりも、添加剤濃度範囲の下限でより近接した間隔になるように選択される。一部の場合において、データポイントの最大約80%は、濃度範囲の最も低い25%中に配置される。特定の場合において、データポイント間の間隔は、範囲中の最低濃度Aを選択すること、範囲中の次に低い濃度Bを選択すること、BからAを引くこと、その差分に2を掛けて、第3の濃度までの間隔を計算すること、およびその間隔をBに加えることによってCを計算することによって計算される。このプロセスは、濃度CおよびBを使用して繰り返して、選択された範囲にわたり望ましい数のデータポイントに応じて、第4のデータポイントの濃度Dを計算することができ、以降同様である。
【0019】
他の実施態様において、データポイントは、データ範囲にわたり均一に分散される。
一部の実施態様において、本発明の方法は、所与の酸および塩基の異なる濃度の範囲に繰り返すことができ、作成したデータは、酸および塩基濃度ならびに添加剤濃度に対するpHのバリエーションの数学モデルを作成するのに使用することができる。次いで数学モデルは、そのような酸、塩基および添加剤の他の濃度、好ましくは、数学モデルを作成するために使用されたデータを作成するのに採用された範囲内の濃度に応じた、溶液の組成を計算するのに採用することができる。
【0020】
本発明の方法で採用されるヘンダーソン・ハッセルバルヒの式は、通常、pH=pKa+log([A-]/[HA])として表され、式中、[A-]は、溶液の塩基成分のモル濃度であり、[HA]は、溶液の酸成分のモル濃度である。
【0021】
デバイ・ヒュッケル理論の式のバリエーションのいずれかが、本発明で採用することができる。多くの実施態様において、採用される式は、以下の通りである。
ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式で採用されるpKaの値は、好ましくは、以下の式:
pKaT=pKa+(dpKa/dT)×(T-25)
を使用して、25℃以外の温度で補正される値pKaTであり、式中、pKaは、熱力学的pKaであり、採用されるdpKa/dTの値は、当業界において公知の方法を使用して計算されるか、または公開された文献から選択され、Tは、℃で示される温度である。
【0022】
採用されるpKaの値は、以下の式:
【0023】
【0024】
によって計算されるデバイ・ヒュッケル改変pKa(pKa’)であり、式中、Zは、酸性種上の電荷であり、Aは、デバイ・ヒュッケルパラメーターであり、Iは、イオン強度である。多くの実施態様において、採用されるpKaの値は、温度で補正されたデバイ・ヒュッケル改変pKa(pKaT’)であり、これは、理論上のpKaの代わりに温度で補正されたpKaであるpKaTを採用することを除いて同じ式を使用して計算される。
【0025】
デバイ・ヒュッケルパラメーターAは、式:
A=(0.4918+0.0006614T+0.000004975T2)
から計算され、式中、Tは、℃で示される温度である。
【0026】
イオン強度Iは、単に添加剤のイオン強度を検討することにより計算でき、式:
【0027】
【0028】
により計算され、式中、Ciは、溶液中の各化学種のモル濃度であり、Ziは、溶液中の各化学種の正味の電荷である。好ましい実施態様において、イオン強度はまた、添加剤に採用したのと同じ式を使用して計算された酸および塩基の寄与率も含む。
【0029】
改変されたpKaの値(pKa’または温度で補正されたpKaT’)はイオン強度に依存するため、さらに、イオン強度はまた、酸および塩基の濃度にも依存するため、所与のpHを達成する濃度を計算するためのデバイ・ヒュッケルおよびヘンダーソン・ハッセルバルヒの式の使用は、改変されたpKaの値の反復計算を含むことが認識されるものと予想される。反復計算は、改変されたpKaの値が、事前に計算された改変されたpKaの反復からの予め決定された差異より小さくなるまで繰り返すことができる。多くの例において、この差異は、<0.01になるように、例えば<0.001になるように、好ましくは<0.0001になるように選択される。この差異パラメーターを満たす改変されたpKaの値が、溶液の酸および塩基の濃度を計算するのに採用される値である。
【0030】
反復計算プロセスの例は、以下の通りである:
a)式:
pKaT=(pKa+(dpKa/dt×(T-25)))
を使用して、温度で補正されたpKaであるpKaTを計算する工程、
b)式:
【0031】
【0032】
を使用して、添加剤のイオン強度であるIaddを計算する工程、
c)工程a)で計算されたpKaTの値を使用して、式:
【0033】
【0034】
を使用して、所与のpHに対する酸および塩基によるイオン強度であるIbを計算する工程であって、式中、[A-]は、緩衝液の塩基成分のモル濃度であり、[HA]は、緩衝液の酸成分のモル濃度であり、
そのために、pH=pKaT+log10Rであり;
したがって、pH-pKaT=log10Rであり;
ゆえに、10pH-pKaT=Rであり;
【0035】
【0036】
である、工程、
d)酸、塩基および添加剤に起因する合計のイオン強度であるIsum=(Ib+Iadd)を用いて、温度で補正されたデバイ・ヒュッケル改変pKaT’を計算する工程、
A=(0.4918+0.0006614T+0.000004975T2
【0037】
【0038】
e)工程c)に戻り、再び、ただしここでは工程d)で計算された洗練されたpKaT’値を用いて、イオン強度を計算する工程;
f)工程e)からの新しいイオン強度を用いて、温度で補正されたデバイ・ヒュッケル改変pKaT’値を再び計算する工程、
g)pKaT’の値の収束が、前の反復におけるpKaT’の値から<0.0001異なるようになるまで、工程e)およびf)を繰り返す工程、
h)工程g)で得られたpKaT’値に基づき、式
10pH-pKa=R;
【0039】
【0040】
を使用して、酸と塩基の比率を決定する工程。
ΔpHと添加剤濃度との関係を記述する数学モデルは、当業界において公知の方法によって、例えば回帰分析、機械学習または人工知能によって作成することができる。
【0041】
多くの好ましい実施態様において、溶液の温度は、10~30℃の範囲にあるように選択される。特定の場合において、温度は、12~25℃の範囲にあるように選択され、例えば18±5℃である。
【0042】
多くの好ましい実施態様において、溶液は、最大1M、例えば最大0.5M、例えば最大250mM、好ましくは最大150mMの酸および塩基の濃度を有する。多くの好ましい実施態様において、溶液は、5~100mM、例えば10~75mM、例えば25~50mMの濃度を有する。さらに好ましい実施態様において、溶液は、最大3M、特に最大2Mの範囲内の、例えば0.1mM~1Mの範囲内のNaClまたはKClの濃度を有する。他の実施態様において、添加剤が硫酸アンモニウムである場合、添加剤は、最大約3~4Mの濃度で存在していてもよい。さらなる実施態様において、添加剤が尿素または塩酸グアニジンである場合、添加剤は、最大約7Mの濃度で存在していてもよい。
【0043】
1つの特に好ましい実施態様において、溶液は、リン酸緩衝液であり、特に、10~100mMの濃度を有するリン酸二水素ナトリウム/リン酸水素二ナトリウム緩衝液である。別の特に好ましい実施態様において、溶液は、酢酸緩衝液であり、特に、10~250mMの濃度を有する酢酸/酢酸ナトリウム緩衝液である。別の特に好ましい実施態様において、溶液は、MES緩衝液であり、特に、10~100mMの濃度を有する4-モルホリンエタンスルホン酸/4-モルホリンエタンスルホン酸ナトリウム塩緩衝液である。別の特に好ましい実施態様において、溶液は、HEPES緩衝液であり、特に、10~100mMの濃度を有する塩基および酸緩衝液としての4-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン-1-エタンスルホン酸/4-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン-1-エタンスルホン酸ナトリウム塩である。別の特に好ましい実施態様において、溶液は、トリス緩衝液であり、特に、10~250mMの濃度を有するトリスとトリス・HCl緩衝液との組合せである。前述の特に好ましい実施態様のそれぞれにおいて、各溶液は、加えて、NaClおよびKClの一方または両方から選択される最大1Mの塩を含んでいてもよい。
【0044】
本発明の方法は、例えばハイスループットスクリーニング、クロマトグラフィー、限外ろ過、透析ろ過、ウイルスろ過、DNA精製、医薬製品の調剤、製造および実験的調査などにおいて、既定の組成を有する溶液が必要とされるあらゆる用途で使用するための溶液を調製するために採用することができる。本方法は、生体分子の処理に、例えば、生物製剤、特に組換えタンパク質の製造および精製に関連する使用に、特に好適である。
【0045】
多くの好ましい実施態様において、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用した、既定のpHを得るための酸および塩基濃度;ΔpH;添加剤濃度に対するΔpHの回帰分析;ΔpHで補正したpH;ΔpHで補正したpHを使用した、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用した、酸および塩基の濃度の計算は、好適にプログラム化されたコンピューターを使用して行われる。
【0046】
多くの実施態様において、コンピュータープログラムは、ユーザーインターフェース、一般的にはグラフィックユーザーインターフェース、例えば、オペレーターが望ましい緩衝液の詳細を入力できる、スプレッドシート中のテーブル、ウェブインターフェースまたはデータエントリーフォームに連結される。このようなデータ入力は、ドロップダウンメニューから、酸、塩基、緩衝液添加剤、pH、緩衝液の体積、および緩衝液温度の1つまたはそれより多くの性質を選択することを含んでいてもよい。
【0047】
特定の実施態様において、コンピュータープログラムは、データ入力に入れたデータが、それに関してデータ表にデータがすでに入っているパラメーターの1つまたはそれより多くの範囲から外れる場合、ユーザーインターフェースにアラートを提供する。一部の場合において、アラートの1つは、選ばれたpHが、緩衝液に関する熱力学的pKaの選ばれた範囲から外れている、例えば熱力学的pKaの±1の範囲から外れているという警告である。アラートは、温度が所与の範囲から外れるように、例えば約50℃より高くなるように選択される場合、または酸および塩基の濃度が所与の範囲から外れる場合、例えば、濃度が有意義な緩衝溶液を提供するには低すぎる場合、提供される場合がある。
【0048】
好ましい実施態様において、コンピュータープログラムは、ユーザーインターフェース、一般的にはグラフィックユーザーインターフェースへの出力を提供し、それからオペレーターは、望ましい溶液を調製するのに必要な酸、塩基および緩衝液添加剤の量を読み取ることができる。特に極めて好ましい実施態様において、ユーザーインターフェースは、HTMLグラフィックユーザーインターフェースであり、例えばHTMLフォームである。好適なコンピュータープログラムの例は、当業界において周知であり、例えばPython、Java、C、C++およびC#である。
【0049】
本発明の第1の形態の工程a)およびc)~h);本発明の第2の形態の工程a)~g);または本発明の第3の形態の工程a)~c)を行うための、好適にプログラム化されたコンピューターなどの装置は、本発明のさらなる形態を形成する。
【0050】
本発明の別の形態は、本発明の第1の形態の工程a)およびc)~h);本発明の第2の形態の工程a)~g);または本発明の第3の形態の工程a)~c)を行うためのコンピュータープログラムを含む。
【0051】
さらなる形態において、水溶液を調製するための装置であって、混合デバイスに、酸および塩基、1種またはそれより多くの添加剤、ならびに任意選択で希釈剤、一般的には水をフィードすることが可能な計量デバイスを含み、酸、塩基および添加剤の比率は、本発明の第1、第2または第3の形態による方法によって決定される、装置が提供される。好ましくは、酸、塩基および添加剤は、溶液の形態で計量デバイスに提供される。混合デバイスは、将来的な使用のために、貯蔵容器に溶液を提供してもよいし、または例えば、処理装置、特にバイオ処理装置、例えば、クロマトグラフィー、ウイルス不活性化、ろ過、リフォールディング、限外ろ過、透析ろ過、精密ろ過、インラインの調整およびリフォールディング装置などに直接使用するために溶液を提供してもよい。一部の実施態様において、計量デバイスは、本発明の第1の形態の工程a)およびc)~h);本発明の第2の形態の工程a)~g);または本発明の第3の形態の工程a)~c)を行うための好適にプログラム化されたコンピューターなどの装置に作動可能に連結され、その制御下で作動する。一部のさらなる実施態様において、好適にプログラム化されたコンピューターなどの制御装置は、計量デバイスを含む、好ましくは混合デバイスも含む装置に統合される。計量デバイスは、好ましくは、可変流、好ましくは間欠流、計量デバイスを通る流れを調節する入口バルブを含む。最も好ましくは、計量デバイスは、少なくとも2個の入口バルブを含む複数の入口流量制御器を含み、多くの例において、最大8個、例えば3、4、5、6または7個の入口バルブを含む、複数の入口流量制御器を含む。入口バルブは、それぞれ同じ寸法を有していてもよいし、または入口バルブの1つまたはそれより多くが、異なる寸法を有していてもよい。特定の好ましい実施態様において、各入口バルブから流量制御器の出口にかけて測定された体積は、各入口につき同じであり、さらに、各入口バルブから流量制御器の出口にかけて測定された体積とパス長の両方が、各入口につき同じであることが極めて好ましい。計量デバイスは、有利には、複数の入口流量制御器の下流、および最も好ましくは混合デバイスの上流、特に固定の混合デバイスの上流に配置されたポンプを含む。特定の実施態様において、混合デバイスからの出力は、1つまたはそれより多くのセンサー、例えばpH、伝導率計または流量計によってモニターされる。
【0052】
本発明を以下の実施例によって例示するが、これらに限定されない。
【実施例】
【0053】
実施例1
リン酸緩衝液の調製
様々な異なるNaCl濃度(0、100、250、500、1000、2000mM)および様々な異なる緩衝液濃度(10、25、50、100mM)を有する様々なリン酸緩衝液を調製した。目的とするpHは、それぞれの場合において20℃の温度でpH7.0であった。これらの値を達成するための酸および塩基の濃度は、最初に、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して計算された。これらの値に従って、各緩衝液成分の濃縮ストック溶液、200mMのリン酸二水素ナトリウム(酸)、200mMのリン酸水素二ナトリウム(塩基)および5Mの塩化ナトリウムを使用して溶液を調製した。以下の表1に、採用された濃度および量を示す。
【0054】
【0055】
表に示された調製された緩衝液の20℃におけるpH値を測定し、理論値からの差異をデルタpHとして計算した。以下の表2に結果を示す。
【0056】
【0057】
塩濃度(x)に対するデルタpHの値(y)の線形回帰分析により、式(1)が作成される:
y=-0.0005x
式(1)を採用して、以下の表3に示されたリン酸緩衝液A、B、CおよびDのそれぞれにつき塩濃度のデルタpH値を計算し、このようにして計算されたデルタpHの値を使用して、緩衝液のそれぞれにつきデルタpHで補正されたpHを計算した。
【0058】
次いで塩濃度のそれぞれのデルタpHで補正されたpHを採用して、酸、塩基および塩の濃度を計算した。これらの値は、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して得られ、これらの濃度も表3に示す。
【0059】
【0060】
表1のデータを作成するのに採用されたストック酸、塩基および塩溶液を使用して、表3に示された量で緩衝液を調製し、得られたpH値を20℃で測定した。表4に、得られたpH値を示す。
【0061】
【0062】
全てのpH値が、目的とする値の±0.1pH単位の範囲内であったことから、本発明の方法の精度が高いことが示される。
実施例2
酢酸緩衝液の調製
様々な異なるNaCl濃度(0、100、250、500、1000、2000mM)および様々な異なる緩衝液濃度(10、25、50、100mM)を有する様々な酢酸緩衝液を調製した。目的とするpHは、それぞれの場合において、20℃の温度でpH4.5であった。これらの値を達成するための酸および塩基の濃度は、最初に、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して計算された。これらの値に従って、各緩衝液成分の濃縮ストック溶液、200mMの酢酸(酸)、200mMの酢酸ナトリウム(塩基)および5M塩化ナトリウムを使用して溶液を調製した。以下の表5に、採用された濃度および量を示す。
【0063】
【0064】
表に示された調製された緩衝液の20℃におけるpH値を測定し、理論値からの差異をデルタpHとして計算した。以下の表6に結果を示す。
【0065】
【0066】
塩濃度(x)に対するデルタpHの値(y)の線形回帰分析により、式(1)が作成される:
Y=-0.0002x-0.0516
式(1)を採用して、以下の表7に示された緩衝液E~Mのそれぞれにつき塩濃度のデルタpH値を計算し、このようにして計算されたデルタpHの値を使用して、緩衝液のそれぞれにつきデルタpHで補正されたpHを計算した。
【0067】
次いで塩濃度のそれぞれのデルタpHで補正されたpHを採用して、酸、塩基および塩の濃度を計算した。これらの値は、ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式をデバイ・ヒュッケル理論と併用して得られ、これらの濃度も表7に示す。
【0068】
【0069】
表7に示された濃度を有する緩衝液を調製し、pHを20℃で測定した。表8に、得られたpH値を示す。
【0070】
【0071】
全てのpH値が、目的とする値の±0.1pH単位の範囲内であったことから、本発明の方法の精度が高いことが示される。