(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-17
(45)【発行日】2023-01-25
(54)【発明の名称】玉軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/42 20060101AFI20230118BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20230118BHJP
【FI】
F16C33/42 A
F16C19/06
(21)【出願番号】P 2021153147
(22)【出願日】2021-09-21
【審査請求日】2022-11-25
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(72)【発明者】
【氏名】上堀 泰裕
(72)【発明者】
【氏名】望月 雄太
(72)【発明者】
【氏名】橋詰 悠稀
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 拓史
【審査官】松江川 宗
(56)【参考文献】
【文献】特許第6098720(JP,B2)
【文献】特開2015-059617(JP,A)
【文献】特開2017-150584(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56,33/30-33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪(1)と、
内輪(1)の径方向外側に同軸に設けられた外輪(2)と、
前記内輪(1)と前記外輪(2)の間に周方向に間隔をおいて組み込まれた複数の玉(3)と、
前記複数の玉(3)を保持する波形保持器(4)とを有し、
前記波形保持器(4)は、鋼板製の第1環状部材(7a)と、前記第1環状部材(7a)と軸方向に対向する鋼板製の第2環状部材(7b)と、前記第1環状部材(7a)と前記第2環状部材(7b)を結合する複数の鋲(8)とを有し、
前記第1環状部材(7a)は、前記玉(3)を収容する弧状の第1ポケット壁部(9a)と、軸方向に貫通する第1鋲穴(11a)をもつ第1平板部(10a)とを周方向に交互に有し、
前記第2環状部材(7b)は、前記玉(3)を収容する弧状の第2ポケット壁部(9b)と、軸方向に貫通する第2鋲穴(11b)をもつ第2平板部(10b)とを周方向に交互に有し、
前記鋲(8)は、前記第1平板部(10a)と前記第2平板部(10b)を重ね合わせた状態で前記第1鋲穴(11a)と前記第2鋲穴(11b)に挿通された鋲軸(12)と、前記鋲軸(12)の一端にあらかじめ成形され、前記第1平板部(10a)を軸方向に係止する元頭部(13)と、前記鋲軸(12)の他端を加締めることにより形成され、前記第2平板部(10b)を軸方向に係止する加締め頭部(14)とを有する玉軸受において、
前記鋲軸(12)の直径をD
1、前記元頭部(13)の直径をD
2、前記玉(3)の直径をDaとしたときに、α=D
1/Da、β=D
2/D
1がそれぞれ次式(1)(2)を満たすように前記鋲軸(12)および前記元頭部(13)が形成され、
0.30<α<0.70 ・・・(1)
1.35<β<1.70 ・・・(2)
前記加締め頭部(14)の直径をD
3、前記加締め頭部(14)の高さをHとしたときに、次式(3)(4)をそれぞれ満たすように前記加締め頭部(14)が形成されていることを特徴とする玉軸受。
【数1】
【数2】
【請求項2】
前記第1環状部材(7a)の表面および前記第2環状部材(7b)の表面には、窒化層が形成され、
前記第2鋲穴(11b)の内周は、その全体に前記窒化層が形成され、
前記第1鋲穴(11a)の内周は、前記窒化層が形成されていない非窒化面を有する請求項1に記載の玉軸受。
【請求項3】
前記第1環状部材(7a)および前記第2環状部材(7b)が、機械構造用炭素鋼、冷間圧造用炭素鋼、ステンレス鋼のいずれかで形成されている請求項1または2に記載の玉軸受。
【請求項4】
前記鋲(8)が、機械構造用炭素鋼、冷間圧造用炭素鋼、ステンレス鋼のいずれかで形成されている請求項1から3のいずれかに記載の玉軸受。
【請求項5】
前記第1鋲穴(11a)の前記第2平板部(10b)の側とは反対側の開口縁に断面R状の第1だれ部(15)が形成され、
前記第1鋲穴(11a)の内周面は、軸方向に延びる筋状の模様をもつせん断面(16)とされ、
前記第1鋲穴(11a)の前記第2平板部(10b)の側の端部内周にテーパ状の第1面取り部(18a)が形成され、
前記第2鋲穴(11b)の前記第1平板部(10a)の側とは反対側の開口縁に断面R状の第2だれ部が形成され、
前記第2鋲穴(11b)の内周面は、軸方向に延びる筋状の模様をもつせん断面とされ、
前記第2鋲穴(11b)の前記第1平板部(10a)の側の端部内周にテーパ状の第2面取り部(18b)が形成されている請求項1から4のいずれかに記載の玉軸受。
【請求項6】
前記鋲軸(12)の外周に、前記第1面取り部(18a)と前記第2面取り部(18b)とに同時に係合する環状突起(20)が形成されている請求項5に記載の玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や産業機械などの回転軸を支持する軸受として、玉軸受が多く用いられる。玉軸受は、内輪と、内輪の径方向外側に同軸に設けられた外輪と、内輪と外輪の間の環状空間内に設けられた複数の玉と、その複数の玉を保持する保持器とを有する。
【0003】
玉軸受(特に深溝玉軸受)の保持器として、一般に、コストと生産性に優れた波形保持器が用いられている(例えば、特許文献1)。特許文献1の波形保持器は、鋼板製の第1環状部材と第2環状部材を軸方向に対向して配置し、その第1環状部材と第2環状部材を複数の鋲で結合したものである。第1環状部材は、玉を収容する弧状の第1ポケット壁部と、軸方向に貫通する第1鋲穴をもつ第1平板部とを周方向に交互に有する。同様に、第2環状部材も、玉を収容する弧状の第2ポケット壁部と、軸方向に貫通する第2鋲穴をもつ第2平板部とを周方向に交互に有する。鋲は、鋲軸と、鋲軸の一端にあらかじめ成形された元頭部と、鋲軸の他端を加締めることにより形成された加締め頭部とを有する。
【0004】
鋲軸は、第1平板部と第2平板部を重ね合わせた状態で、第1鋲穴と第2鋲穴に挿通されている。元頭部と加締め頭部は、第1平板部と第2平板部を軸方向に挟み込むように配置され、元頭部が第1平板部を軸方向に係止し、加締め頭部が第2平板部を軸方向に係止している。
【0005】
上記の波形保持器を構成する第1環状部材および第2環状部材は、コストと生産性の観点から、冷間圧延鋼板(SPCC)等の圧延鋼板をプレス成形することで形成されることが多い。
【0006】
ところが、圧延鋼板は、硬度および耐摩耗性が比較的低いため、圧延鋼板で第1環状部材および第2環状部材を形成した場合、軸受の運転条件によっては、玉の接触により第1環状部材および第2環状部材が摩耗し、最悪の場合、保持器が破損に至ることもある。
【0007】
そこで、波形保持器の耐久性を向上させるため、波形保持器に軟窒化処理を施す方法が提案されている(特許文献1参照)。軟窒化処理は、鋼材の表面に窒化層(表面硬化層)を形成する処理であり、例えば、アンモニアガスと吸熱型変性ガスの混合ガス雰囲気中で、鋼材を変態点よりも低温(400℃~590℃程度の温度)の範囲で加熱することで、鋼材の表面に窒素を浸透させて窒化層を形成する処理である。この軟窒化処理を波形保持器に施すと、波形保持器の寸法をほとんど変化させることなく、波形保持器の耐久性を向上させることが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
波形保持器の組み立ては、一般に、次のようにして行われる。すなわち、まず、鋲を第1環状部材の第1鋲穴に圧入する。次に、第1環状部材と第2環状部材を軸方向に対向させ、第1平板部を第2平板部に重ね合わせることで、第1鋲穴から突出した鋲軸を第2環状部材の第2鋲穴に挿入する。その後、第2鋲穴から突出した鋲軸の部分を加締めることで、第1環状部材と第2環状部材を結合する。
【0010】
ここで、波形保持器に軟窒化処理を施す方法として、2通りの方法が考えられる。1つ目の方法は、鋲を第1鋲穴に圧入する前に、軟窒化処理を施す方法である。すなわち、まず、第1環状部材と第2環状部材とにそれぞれ軟窒化処理を施し、その後、軟窒化処理を施していない鋲を、第1環状部材の第1鋲穴に圧入する方法である。その後、第1環状部材を第2環状部材に重ね合わせ、第2環状部材の第2鋲穴から突出した鋲軸の部分を加締めることで、第1環状部材と第2環状部材を結合する。
【0011】
この1つ目の方法では、鋲を第1鋲穴に圧入するときに、軟窒化処理が施されていない鋲軸と、軟窒化処理が施された第1環状部材との間に表面硬度差が存在することから、鋲軸の外周が削れ、その削りカスが鋲の元頭部と第1環状部材の第1平板部との間に挟み込まれ、その結果、元頭部が第1平板部に密着せず(鋲の着座不良)、保持器の強度低下が生じるおそれがある。
【0012】
また、波形保持器に軟窒化処理を施す2つ目の方法は、鋲を第1鋲穴に圧入した後に、軟窒化処理を施す方法である。すなわち、まず、軟窒化処理を施していない鋲を、軟窒化処理を施していない第1環状部材の第1鋲穴に圧入し、その圧入により一体化した鋲と第1環状部材とに軟窒化処理を施す方法である。その後、第1環状部材を、軟窒化処理が施された第2環状部材に重ね合わせ、第2環状部材の第2鋲穴から突出した鋲軸の部分を加締めることで、第1環状部材と第2環状部材を結合する。
【0013】
この2つ目の方法では、鋲を第1鋲穴に圧入するときに、鋲軸と第1環状部材のいずれも軟窒化処理が施されていないことから、鋲軸の外周が削れにくく、鋲の着座不良を防止することが可能である。
【0014】
しかしながら、本願の発明者らが、上記2つ目の方法で軟窒化処理を施した波形保持器の複数のサンプルを社内で試作し、その評価試験を行なったところ、上記2つ目の方法で軟窒化処理を施した場合でも、保持器の強度低下が生じる場合があることが分かった。
【0015】
この保持器の強度低下が生じる原因は、次のように考えられる。すなわち、上記2つ目の方法で軟窒化処理を施した場合、鋲を第1環状部材の第1鋲穴に圧入し、その状態で第1環状部材に軟窒化処理を施すので、第1鋲穴の内周(鋲軸との嵌合面)は、鋲軸でマスキングされた状態となって、窒化層が形成されない。そして、その後、第1環状部材を第2環状部材に重ね合わせ、その第2環状部材の第2鋲穴から突出した鋲軸の部分を加締めたとき、その加締めによって、鋲軸は径方向に膨張するように塑性変形し、その鋲軸の塑性変形によって第1鋲穴の内周は引張応力が発生した状態となる。つまり、上記2つ目の方法で軟窒化処理を施した場合、第1鋲穴の内周に窒化層(表面硬化層)が形成されない非窒化面が生じ、その非窒化面に、鋲軸の膨張に伴う引張応力が作用することが原因で、保持器の強度低下が生じる場合があることが分かった。
【0016】
ここで、第2環状部材の第2鋲穴から突出した鋲軸の部分を加締めて加締め頭部を形成するとき、加締めの荷重が小さいと、第1環状部材と第2環状部材の密着性が不足し、保持器の強度低下が生じるおそれがある。そこで、第1環状部材と第2環状部材の密着性を確保するため、一般に、加締めの荷重は大きく設定される。そして、加締めの荷重を大きくすると、加締め頭部の直径は大きくなり、加締め頭部の高さは低くなる。これに対し、本願の発明者らは、第1鋲穴の内周に、鋲軸の膨張に伴う引張応力が作用することが原因で保持器の強度低下が生じるという問題に着眼し、この問題を解消するため、加締めの荷重を従来よりも小さくする(すなわち、加締め頭部の直径を小さくし、加締め頭部の高さを高くする)ことで、引張応力によって保持器の強度低下が生じるのを防止することができることを見出し、この発明をするに至ったものである。
【0017】
この発明が解決しようとする課題は、保持器の強度低下が生じにくく、耐久性に優れた玉軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記の課題を解決するため、この発明では、以下の構成の玉軸受を提供する。
内輪と、
内輪の径方向外側に同軸に設けられた外輪と、
前記内輪と前記外輪の間に周方向に間隔をおいて組み込まれた複数の玉と、
前記複数の玉を保持する波形保持器とを有し、
前記波形保持器は、鋼板製の第1環状部材と、前記第1環状部材と軸方向に対向する鋼板製の第2環状部材と、前記第1環状部材と前記第2環状部材を結合する複数の鋲とを有し、
前記第1環状部材は、前記玉を収容する弧状の第1ポケット壁部と、軸方向に貫通する第1鋲穴をもつ第1平板部とを周方向に交互に有し、
前記第2環状部材は、前記玉を収容する弧状の第2ポケット壁部と、軸方向に貫通する第2鋲穴をもつ第2平板部とを周方向に交互に有し、
前記鋲は、前記第1平板部と前記第2平板部を重ね合わせた状態で前記第1鋲穴と前記第2鋲穴に挿通された鋲軸と、前記鋲軸の一端にあらかじめ成形され、前記第1平板部を軸方向に係止する元頭部と、前記鋲軸の他端を加締めることにより形成され、前記第2平板部を軸方向に係止する加締め頭部とを有する玉軸受において、
前記鋲軸の直径をD
1、前記元頭部の直径をD
2、前記玉の直径をDaとしたときに、α=D
1/Da、β=D
2/D
1がそれぞれ次式(1)(2)を満たすように前記鋲軸および前記元頭部が形成され、
0.30<α<0.70 ・・・(1)
1.35<β<1.70 ・・・(2)
前記加締め頭部の直径をD
3、前記加締め頭部の高さをHとしたときに、次式(3)(4)をそれぞれ満たすように前記加締め頭部が形成されていることを特徴とする玉軸受。
【数1】
【数2】
【0019】
このようにすると、第1環状部材と第2環状部材の密着性を確保しながら、鋲の加締め時に第1鋲穴の内周に作用する引張応力の大きさを低減することができる。そのため、保持器の強度低下を効果的に防止することが可能である。なお、上記式(1)(2)は、加締め頭部を形成した後の鋲軸の直径D1および元頭部の直径D2が満たすべき式である。
【0020】
前記第1環状部材の表面および前記第2環状部材の表面には、窒化層が形成され、
前記第2鋲穴の内周は、その全体に前記窒化層が形成され、
前記第1鋲穴の内周は、前記窒化層が形成されていない非窒化面を有する構成を採用することができる。
【0021】
上記構成は、次の方法で軟窒化処理を施したときに得られるものである。まず、鋲を、軟窒化処理を施していない第1環状部材の第1鋲穴に圧入する。次に、その圧入により一体化した鋲と第1環状部材とに軟窒化処理を施す。このとき、軟窒化処理によって第1環状部材の表面に窒化層が形成されるが、第1鋲穴の内周(鋲軸との嵌合面)は、鋲軸でマスキングされた状態となっているので、窒化層が形成されない非窒化面を有するものとなる。その後、第1環状部材を、軟窒化処理が施された第2環状部材に重ね合わせ、第2環状部材の第2鋲穴から突出した鋲軸の部分を加締めることで、第1環状部材と第2環状部材を結合する。
【0022】
前記第1環状部材および前記第2環状部材は、機械構造用炭素鋼、冷間圧造用炭素鋼、ステンレス鋼のいずれかで形成されたものを採用することができる。
【0023】
また、前記鋲も、機械構造用炭素鋼、冷間圧造用炭素鋼、ステンレス鋼のいずれかで形成されたものを採用することができる。
【0024】
前記第1鋲穴の前記第2平板部の側とは反対側の開口縁に断面R状の第1だれ部が形成され、
前記第1鋲穴の内周面は、軸方向に延びる筋状の模様をもつせん断面とされ、
前記第1鋲穴の前記第2平板部の側の端部内周にテーパ状の第1面取り部が形成され、
前記第2鋲穴の前記第1平板部の側とは反対側の開口縁に断面R状の第2だれ部が形成され、
前記第2鋲穴の内周面は、軸方向に延びる筋状の模様をもつせん断面とされ、
前記第2鋲穴の前記第1平板部の側の端部内周にテーパ状の第2面取り部が形成されている構成を採用すると好ましい。
【0025】
このようにすると、保持器の強度低下を特に効果的に防止することが可能となる。すなわち、パンチを用いた打ち抜き加工によって第1鋲穴を形成する場合、第1平板部を、第2平板部の側とは反対側から第2平板部の側に打ち抜いて第1鋲穴を形成すると、第1鋲穴の第2平板部の側とは反対側の開口縁には、第1平板部の材料表面がパンチで引っ張られることで生じる断面R状の第1だれ部が形成され、第1鋲穴の内周面には、第2平板部の側とは反対側から第2平板部の側に向かって順に、せん断面と破断面が形成される。せん断面は、軸方向に延びる筋状の模様をもつ滑らかな面であり、破断面は、第1平板部の材料が引きちぎられて生じる不規則な凹凸面である。ここで、前記の第1鋲穴を追加工せずにそのまま用いて、第1鋲穴に鋲を圧入し、鋲軸を加締めた場合、第1鋲穴の内周の破断面(不規則な凹凸面)に引張応力が作用し、保持器の強度低下が生じるおそれがある。同様に、パンチを用いた打ち抜き加工によって第2鋲穴を形成し、その第2鋲穴を追加工せずにそのまま用いた場合、第2鋲穴の内周の破断面に引張応力が作用し、保持器の強度低下が生じるおそれがある。そこで、第1鋲穴の第2平板部の側の端部内周にテーパ状の第1面取り部を形成するとともに、第2鋲穴の第1平板部の側の端部内周にもテーパ状の第2面取り部を形成すると、第1鋲穴および第2鋲穴の内周の破断面が除去されるので、第1鋲穴および第2鋲穴の内周の破断面による引張強度の低下が抑えられ、その結果、保持器の強度低下を防止することが可能となる。
【0026】
前記鋲軸の外周に、前記第1面取り部と前記第2面取り部とに同時に係合する環状突起が形成されている構成を採用すると好ましい。
【0027】
このようにすると、第1平板部および第2平板部に対する鋲の相対移動が、元頭部と加締め頭部によって規制されるだけでなく、環状突起によっても規制されるので、鋲による第1環状部材と第2環状部材の結合強度を向上させることが可能となる。
【発明の効果】
【0028】
この発明の玉軸受は、鋲の加締め時に第1鋲穴の内周に作用する引張応力の大きさが小さい。そのため、保持器の強度低下が生じにくく、耐久性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図3】
図2に示す波形保持器の製造過程を示す図であり、鋼板をプレス成形することで第1環状部材の第1ポケット壁部および第1平板部を形成し、その第1平板部に打ち抜き加工を施すことで第1鋲穴を形成した状態を示す図
【
図5】
図4に示す第1鋲穴に第1面取り部を加工することで、破断面を除去した状態を示す図
【
図6】第1環状部材の第1鋲穴に鋲を圧入し、その第1環状部材に第2環状部材を軸方向に対向させた状態を示す図
【
図8】
図6に示す第1環状部材と第2環状部材を重ね合わせた状態を示す図
【
図10】
図8に示す鋲の鋲軸を加締めることで、第1環状部材と第2環状部材を結合した状態を示す図
【
図12】(a)は
図7に示す鋲の他の例を示す図、(b)は
図7に示す鋲の更に他の例を示す図
【発明を実施するための形態】
【0030】
図1に、この発明の実施形態の玉軸受を示す。この玉軸受は、内輪1と、内輪1の径方向外側に同軸に設けられた外輪2と、内輪1と外輪2の間に周方向に間隔をおいて組み込まれた複数の玉3と、複数の玉3の周方向の間隔を保持する波形保持器4(以下単に「保持器4」という)とを有する。
【0031】
外輪2の内周には、玉3が転がり接触する外輪軌道溝5が形成されている。外輪軌道溝5は、凹円弧状の断面をもつ円弧溝であり、外輪2の内周の軸方向中央を周方向に延びて形成されている。内輪1の外周にも、玉3が転がり接触する内輪軌道溝6が形成されている。内輪軌道溝6は、凹円弧状の断面をもつ円弧溝であり、内輪1の外周の軸方向中央を周方向に延びて形成されている。
【0032】
玉3は、外輪軌道溝5と内輪軌道溝6との間で径方向に挟み込まれている。この玉軸受は、深溝玉軸受である。すなわち、外輪軌道溝5は、外輪2の軸方向中央に対して対称の円弧溝であり、内輪軌道溝6も、内輪1の軸方向中央に対して対称の円弧溝である。また、外輪軌道溝5の軸方向幅寸法は、玉3の直径Daの半分より大きく、内輪軌道溝6の軸方向幅寸法も、玉3の直径Daの半分より大きい。
【0033】
図2に示すように、保持器4は、鋼板製の第1環状部材7aと、第1環状部材7aと軸方向に対向する鋼板製の第2環状部材7bと、第1環状部材7aと第2環状部材7bを結合する複数の鋲8とを有する。第1環状部材7aは、玉3(
図1参照)を収容する円弧状の第1ポケット壁部9aと、軸方向に直交する平板状の第1平板部10aとを周方向に交互に有する。同様に、第2環状部材7bも、玉3(
図1参照)を収容する円弧状の第2ポケット壁部9bと、軸方向に直交する平板状の第2平板部10bとを周方向に交互に有する。
【0034】
図10、
図11に示すように、第1環状部材7aの第1平板部10aには、軸方向に貫通する第1鋲穴11aが形成され、第2環状部材7bの第2平板部10bにも、軸方向に貫通する第2鋲穴11bが形成され、その第1鋲穴11aおよび第2鋲穴11bに共通の鋲8が挿入されている。
【0035】
図2に示す第1環状部材7aは、機械構造用炭素鋼(SC材、S45C等)、冷間圧造用炭素鋼、ステンレス鋼のいずれかで形成された板材をプレス成形することで形成されている。同様に、第2環状部材7bも、機械構造用炭素鋼、冷間圧造用炭素鋼、ステンレス鋼のいずれかで形成された板材をプレス成形することで形成されている。鋲8は、機械構造用炭素鋼、冷間圧造用炭素鋼、ステンレス鋼のいずれかで形成された線材で形成されている。
【0036】
第1環状部材7aの表面には、軟窒化処理を施すことにより窒化層が形成され、第2環状部材7bの表面にも、軟窒化処理を施すことにより窒化層が形成されている。窒化層は、400HV以上の硬度をもつ表面硬化層であり、20μm以下の厚さの極めて薄い化合物層(鉄と窒素からなる化合物層)である。ただし、
図11に示す第2鋲穴11bの内周は、その全体に窒化層が形成されているのに対し、第1鋲穴11aの内周は、窒化層が形成されていない非窒化面を有する。
【0037】
図9、
図11に示すように、鋲8は、鋲軸12と、鋲軸12の一端(図では上端)にあらかじめ成形された元頭部13と、鋲軸12の他端(図では下端)を加締めることにより形成された加締め頭部14とを有する。
図11に示すように、鋲軸12は、第1平板部10aと第2平板部10bを重ね合わせた状態で、第1鋲穴11aと第2鋲穴11bに挿通されている。元頭部13と加締め頭部14は、第1平板部10aと第2平板部10bを軸方向に挟み込むように配置され、元頭部13が第1平板部10aを軸方向に係止し、加締め頭部14が第2平板部10bを軸方向に係止している。
【0038】
上記の保持器4は、次のように製造することができる。
【0039】
まず、
図3に示すように、鋼板をプレス成形することで、第1ポケット壁部9aと第1平板部10aをもつ第1環状部材7aを形成する。次に、パンチを用いた打ち抜き加工によって、第1環状部材7aの第1平板部10aに第1鋲穴11aを形成する。このとき、第1平板部10aを、第2平板部10bの側とは反対側(図では上側)から第2平板部10bの側(図では下側)に打ち抜いて第1鋲穴11aを形成する。これにより、
図4に示すように、第1鋲穴11aの第2平板部10b(
図9参照)の側とは反対側(図では上側)の開口縁には、第1平板部10aの材料表面がパンチで引っ張られることで生じる断面R状の第1だれ部15が形成される。また、第1鋲穴11aの内周面には、第2平板部10b(
図9参照)の側とは反対側(図では上側)から第2平板部10bの側(図では下側)に向かって順に、せん断面16と破断面17が形成される。せん断面16は、軸方向に延びる筋状の模様をもつ滑らかな面である。一方、破断面17は、第1平板部10aの材料が引きちぎられて生じる不規則な凹凸面である。破断面17は、せん断面16よりも大きい面粗さを有する。その後、
図5に示すように、第1鋲穴11aの第2平板部10bの側(図では下側)の端部内周を切削し、テーパ状の第1面取り部18aを形成する。第1面取り部18aの内周は平滑面である。上記と同様に、第2環状部材7bにも、第2鋲穴11b、第2面取り部18b等を形成する。
【0040】
次に、
図6、
図7に示すように、鋲8を、第1環状部材7aの第1鋲穴11aに圧入する。鋲8は、
図7に示すように、鋲軸12と、鋲軸12の一端にあらかじめ成形された元頭部13とを有する。鋲軸12は、軸方向に沿って一定の直径を有する円柱状に形成されている。元頭部13は、鋲軸12よりも大径に形成され、軸方向に直角な平面状の座面19を有する。ここで、鋲軸12および元頭部13は、鋲軸12の直径をD
1、元頭部13の直径をD
2、玉3の直径(
図1参照)をDaとしたときに、α=D
1/Da、β=D
2/D
1がそれぞれ次式(1)(2)を満たすように形成されている。
0.30<α<0.70 ・・・(1)
1.35<β<1.70 ・・・(2)
【0041】
なお、第1環状部材7aと第2環状部材7bの組立性を考慮し、鋲軸12に、先細のテーパ形状を設けることも可能である。例えば、鋲軸12を、元頭部13から連なる円筒状の鋲軸首元部分と、その鋲軸首元部分から鋲軸12の先端に向かって縮径するテーパ状の鋲軸先端部分とで構成するようにしてもよい。この場合、上記の鋲軸12の直径D
1は、鋲軸先端部分の直径ではなく、鋲軸首元部分の直径である。また、
図11に示すように、第2環状部材7bの第2鋲穴11bから突出した鋲軸12の部分を加締めて加締め頭部14を形成した状態(詳しくは後述する)においても、鋲軸12の直径D
1(環状突起20を除いた部分の直径)と、元頭部13の直径D
2は、上記式(1)(2)を満たしている。
【0042】
その後、
図6に示すように、圧入により一体化した鋲8と第1環状部材7aとに軟窒化処理を施す。軟窒化処理は、鋼材の表面に窒化層(表面硬化層)を形成する処理であり、例えば、アンモニアガスと吸熱型変性ガスの混合ガス雰囲気中で、鋼材を変態点よりも低温(400℃~590℃程度の温度)の範囲で加熱することで、鋼材の表面に窒素を浸透させて窒化層を形成する処理である。この軟窒化処理を保持器4に施すと、保持器4の寸法をほとんど変化させることなく、保持器4の耐久性を向上させることが可能となる。この軟窒化処理によって第1環状部材7aの表面に窒化層が形成されるが、
図7に示す第1鋲穴11aの内周(鋲軸12との嵌合面)は、鋲軸12でマスキングされた状態となっているので、窒化層が形成されない非窒化面を有するものとなる。
【0043】
また、
図6に示すように、第1環状部材7aと結合する前の状態の第2環状部材7bにも軟窒化処理を施す。このとき、第2環状部材7bの第2鋲穴11bは鋲8が挿入されておらず、第2鋲穴11bの内周の全体が露出しているので、第2鋲穴11bの内周の全体に窒化層が形成される。
【0044】
次に、
図8、
図9に示すように、第1環状部材7aを第2環状部材7bに重ね合わせ、第1鋲穴11aから突出した鋲軸12の部分を第2鋲穴11bに挿入する。このとき、鋲軸12は第2鋲穴11bを貫通し、第2鋲穴11bから突出した状態となる。このとき、
図1に示す内輪1と外輪2の間に複数の玉3を組み込み、その各玉3を、第1環状部材7aの第1ポケット壁部9aと第2環状部材7bの第2ポケット壁部9bとで軸方向両側から挟むように、第1環状部材7aと第2環状部材7bを合わせる。
【0045】
その後、
図10、
図11に示すように、第2環状部材7bの第2鋲穴11bから突出した鋲軸12の部分を図示しない加締め金型で軸方向に押し潰して加締める(塑性変形させる)ことで、第1環状部材7aと第2環状部材7bを結合する。このとき、
図11に示すように、鋲軸12の塑性変形によって、鋲軸12の軸方向中央部の外周に、第1面取り部18aと第2面取り部18bとに同時に係合する環状突起20が形成される。図では、環状突起20の存在を分かりやすくするために、環状突起20の大きさを誇張して示している。
【0046】
ここで、
図9に示すように第2環状部材7bの第2鋲穴11bから突出した鋲軸12の部分を加締めるとき、使用する加締め金型と加締めの荷重とを調整することで、
図11に示す加締め頭部14の直径D
3、加締め頭部14の高さHが、次式(3)(4)をそれぞれ満たすように加締め頭部14が形成されるようにする。
【数3】
【数4】
【0047】
ところで、
図6、
図7に示すように、鋲8を第1環状部材7aの第1鋲穴11aに圧入し、その状態で第1環状部材7aに軟窒化処理を施したとき、第1鋲穴11aの内周(鋲軸12との嵌合面)は、鋲軸12でマスキングされた状態となっているので、窒化層が形成されない。そして、その後、
図8に示すように、第1環状部材7aを第2環状部材7bに重ね合わせ、
図9、
図11に示すように、第2環状部材7bの第2鋲穴11bから突出した鋲軸12の部分を加締めたとき、その加締めによって、鋲軸12は径方向に膨張するように塑性変形し、その鋲軸12の塑性変形によって第1鋲穴11aの内周は引張応力が発生した状態となる。つまり、第1鋲穴11aの内周の非窒化面(表面硬化層)に、鋲軸12の膨張に伴う引張応力が作用し、このことが原因で、保持器4の強度低下が生じる可能性がある。
【0048】
そこで、上記実施形態の玉軸受は、第2環状部材7bの第2鋲穴11bから突出した鋲軸12の部分を加締めて加締め頭部14を形成するときの加締めの荷重を従来よりも小さくすることで、上記式(3)(4)をそれぞれ満たす範囲で、加締め頭部14の直径を小さくし、加締め頭部14の高さを高くしている。これにより、第1環状部材7aと第2環状部材7bの密着性を確保しながら、鋲8の加締め時に第1鋲穴11aの内周に作用する引張応力の大きさを低減することが可能となっている。そのため、保持器4の強度低下が生じにくく、耐久性に優れる。
【0049】
また、この玉軸受は、
図11に示すように、第1鋲穴11aの第2平板部10bの側の端部内周にテーパ状の第1面取り部18aが形成され、第2鋲穴11bの第1平板部10aの側の端部内周にテーパ状の第2面取り部18bが形成されているので、保持器4の強度低下を特に効果的に防止することが可能となっている。すなわち、
図4に示す第1鋲穴11aを追加工せずにそのまま用いて、第1鋲穴11aに鋲8を圧入し、鋲軸12を加締めた場合、第1鋲穴11aの内周の破断面17(不規則な凹凸面)に引張応力が作用し、保持器4の強度低下が生じるおそれがある。第2鋲穴11bの内周の破断面17についても同様である。そこで、
図5、
図11に示すように、第1鋲穴11aの第2平板部10bの側の端部内周にテーパ状の第1面取り部18aを形成するとともに、第2鋲穴11bの第1平板部10aの側の端部内周にもテーパ状の第2面取り部18bを形成すると、第1鋲穴11aおよび第2鋲穴11bの内周の破断面17が除去されるので、第1鋲穴11aおよび第2鋲穴11bの内周の破断面17による引張強度の低下が抑えられ、その結果、保持器4の強度低下を防止することが可能となる。
【0050】
また、この玉軸受は、
図11に示すように、鋲軸12の外周に、第1面取り部18aと第2面取り部18bとに同時に係合する環状突起20が形成されているので、第1平板部10aおよび第2平板部10bに対する鋲8の相対移動が、元頭部13と加締め頭部14によって規制されるだけでなく、環状突起20によっても規制される。そのため、鋲8による第1環状部材7aと第2環状部材7bの結合強度が高く、耐久性に優れる。
【0051】
上記実施形態では、
図7に示すように、球冠状の元頭部13をもつ鋲8を例に挙げて説明したが、
図12(a)に示すように、円筒状の元頭部13をもつ鋲8や、
図12(b)に示すように、球台状の元頭部13をもつ鋲8を採用してもよい。
【0052】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0053】
1 内輪
2 外輪
3 玉
4 波形保持器
7a 第1環状部材
7b 第2環状部材
8 鋲
9a 第1ポケット壁部
9b 第2ポケット壁部
10a 第1平板部
10b 第2平板部
11a 第1鋲穴
11b 第2鋲穴
12 鋲軸
13 元頭部
14 加締め頭部
15 第1だれ部
16 せん断面
18a 第1面取り部
18b 第2面取り部
20 環状突起
Da 玉の直径
D1 鋲軸の直径
D2 元頭部の直径
D3 加締め頭部の直径
H 加締め頭部の高さ
【要約】
【課題】保持器の強度低下が生じにくく、耐久性に優れた玉軸受を提供する。
【解決手段】鋲軸12の直径をD
1、元頭部13の直径をD
2、玉3の直径をDaとしたときに、α=D
1/Da、β=D
2/D
1がそれぞれ次式(1)(2)を満たすように鋲軸12および元頭部13が形成され、
0.30<α<0.70 ・・・(1)
1.35<β<1.70 ・・・(2)
加締め頭部14の直径をD
3、加締め頭部14の高さをHとしたときに、次式(3)(4)をそれぞれ満たすように加締め頭部14が形成されている。
【選択図】
図11