(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-18
(45)【発行日】2023-01-26
(54)【発明の名称】複合体、及び計測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/544 20060101AFI20230119BHJP
G01N 27/416 20060101ALI20230119BHJP
【FI】
G01N33/544 A
G01N27/416 353Z
G01N27/416 356
G01N27/416 341G
(21)【出願番号】P 2019037899
(22)【出願日】2019-03-01
【審査請求日】2021-08-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】糠塚 明
(72)【発明者】
【氏名】久野 斉
(72)【発明者】
【氏名】▲浜▼田 勉
(72)【発明者】
【氏名】幸田 勝典
(72)【発明者】
【氏名】小林 泰良
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-069646(JP,A)
【文献】特開2009-257764(JP,A)
【文献】特許第6966269(JP,B2)
【文献】特開2011-178689(JP,A)
【文献】松本洋太郎,新たなDDS戦略:光でリポソームの破壊を制御する,ファルマシア,2012年10月01日,Vol.48 No.10,Page.987
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/544
G01N 27/416
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光応答性リポソームと、
前記光応答性リポソームの内部に存在する第1緩衝液(9)と、
前記光応答性リポソームの外部に存在する第2緩衝液(11)と、
を備え、
前記光応答性リポソームが前記第2緩衝液に分散している複合体であって、
前記光応答性リポソームは、
アゾベンゼン化合物(17)及びリン脂質(15)を含む膜(13)と、
前記膜に固定され、被検出物質(21)と結合可能な膜側結合部(14)と、
を備え、
前記第1緩衝液の組成と、前記第2緩衝液の組成とが異なり
、
前記第1緩衝液と前記第2緩衝液との間にプロトン勾配が存在する複合体(3)。
【請求項2】
被検出物質(21)の量を計測する計測方法であって、
前記被検出物質と結合可能な支持体側結合部(6)が固定された支持体(5)と、前記被検出物質を含む液とを接触させ、
前記被検出物質と、光応答性リポソーム(7)を含む液とを接触させ、
前記支持体と、前記被検出物質を含む液とを接触させた後であって、且つ、前記被検出物質と、前記光応答性リポソームを含む液とを接触させた後に、前記支持体に固定されていない前記光応答性リポソームを除去し、
前記光応答性リポソームを除去した後、前記光応答性リポソームの内部に第1緩衝液(9)が存在し、前記光応答性リポソームの外部に、前記第1緩衝液とは組成が異なる第2緩衝液(11)が存在する状態
であって、前記第1緩衝液と前記第2緩衝液との間にプロトン勾配が存在する状態で、前記光応答性リポソームに光を照射して前記光応答性リポソームに膜孔(19)を形成し、前記光の照射により生じる前記第2緩衝液の
pHの変化に基づき前記被検出物質の量を計測し、
前記光応答性リポソームは、
アゾベンゼン化合物(17)及びリン脂質(15)を含む膜(13)と、
前記膜に固定され、前記被検出物質と結合可能な膜側結合部(14)と、
を備え、
前記膜側結合部は、前記被検出物質のうち、前記支持体側結合部と結合する部位とは異なる部位において前記被検出物質と結合する計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は光応答性リポソーム、複合体、計測システム、及び計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオテクノロジー、ヘルスケア等の技術分野において、抗原等の被検出物質の量を計測する必要がある。被検出物質の量を計測する方法として、リポソーム結合免疫吸着測定法(Liposome Immunosorbent Assay, LISA)がある。
【0003】
LISAは特許文献1に開示されている。LISAでは、支持体上に抗体を固定しておく。その抗体に被検出物質を結合させる。次に、被検出物質にリポソームを結合させる。リポソームは一次抗体を備えている。この一次抗体が被検出物質と結合する。
【0004】
リポソームは、その内部に蛍光分子等の標識物質を含んでいる。次に、リポソームの内部に含まれていた標識物質を、リポソームの外部に漏洩させる。標識物質の量に基づき、被検出物質の量を計測する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
リポソームの内部に含まれていた標識物質を、リポソームの外部に漏洩させるためには、リポソームを破壊又は不安定化する必要があった。リポソームを破壊又は不安定化するためには、ペプチド、タンパク質、界面活性剤等を添加したり、超音波処理を行ったりする必要があった。そのため、被検出物質の量を計測するためには、煩雑な工程が必要であった。
【0007】
本開示の1つの局面は、必ずしも煩雑な工程を行わなくても被検出物質の量を計測できる光応答性リポソーム、複合体、計測システム、及び計測方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の1つの局面は、アゾベンゼン化合物(17)及びリン脂質(15)を含む膜(13)と、前記膜に固定され、被検出物質(21)と結合可能な膜側結合部(14)と、を備える光応答性リポソーム(7)である。
【0009】
本開示の1つの局面である光応答性リポソームを用いれば、必ずしも煩雑な工程を行わなくても被検出物質の量を計測できる。
本開示の別の局面は、被検出物質(21)の量を計測する計測方法であって、前記被検出物質と結合可能な支持体側結合部(6)が固定された支持体(5)と、前記被検出物質を含む液とを接触させ、前記被検出物質と、光応答性リポソーム(7)を含む液とを接触させ、前記支持体と、前記被検出物質を含む液とを接触させた後であって、且つ、前記被検出物質と、前記光応答性リポソームを含む液とを接触させた後に、前記支持体に固定されていない前記光応答性リポソームを除去し、前記光応答性リポソームを除去した後、前記光応答性リポソームの内部に第1緩衝液(9)が存在し、前記光応答性リポソームの外部に、前記第1緩衝液とは組成が異なる第2緩衝液(11)が存在する状態で、前記光応答性リポソームに光を照射して前記光応答性リポソームに膜孔(19)を形成し、前記光の照射により生じる前記第2緩衝液の組成の変化に基づき前記被検出物質の量を計測する。
本開示の別の局面である計測方法で使用する前記光応答性リポソームは、アゾベンゼン化合物(17)及びリン脂質(15)を含む膜(13)と、前記膜に固定され、前記被検出物質と結合可能な膜側結合部(14)と、を備え、前記膜側結合部は、前記被検出物質のうち、前記支持体側結合部と結合する部位とは異なる部位において前記被検出物質と結合する。
【0010】
本開示の別の局面である計測方法を用いれば、必ずしも煩雑な工程を行わなくても被検出物質の量を計測できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2】膜孔19が形成されていない光応答性リポソーム7を含む複合体3の構成を表す説明図である。
【
図3】膜孔19が形成されている光応答性リポソーム7を含む複合体3の構成を表す説明図である。
【
図4】AzoTABが示すトランス・シス体間の異性化を表す説明図である。
【
図5】計測システム1を用いて被検出物質の量を計測する計測方法を表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本開示の例示的な実施形態について図面を参照しながら説明する。
1.計測システム1の構成
計測システム1の構成を、
図1~
図4に基づき説明する。
図1に示すように、計測システム1は、複合体3と、支持体5と、支持体側結合部6と、光源8と、を備える。
【0013】
図1に示すように、複合体3は、光応答性リポソーム7と、第1緩衝液9と、第2緩衝液11と、を備える。光応答性リポソーム7は、第2緩衝液11の中に複数分散している。
図1~
図3に示すように、光応答性リポソーム7は、微小なカプセル状の形態を有する膜13と、膜側結合部14と、を備える。
【0014】
図2、
図3に示すように、膜13は、リン脂質15と、アゾベンゼン化合物17とを含む。脂質とは、疎水基と親水基とを含む分子を意味する。アゾベンゼン化合物17とは、青~緑色光を照射すると、シスからトランスに変化し、紫外光を照射すると、トランスからシスに変化する化合物である。すなわち、アゾベンゼン化合物17は、青~緑色光を照射すると、シスからトランスに変化する。また、アゾベンゼン化合物17は、紫外光を照射すると、トランスからシスに変化する。
【0015】
アゾベンゼン化合物17として、例えば、AzoTAB、KAON、RAON、AZTMA、Pazo PC、等が挙げられる。特に、光反応性の面から、AzoTAB、KAONが好ましい。
【0016】
AzoTABの正式名称は、azobenzene trimethylammonium bromideである。KAONの正式名称は、N-[4-[4’-[N,N-ビス-[3-(N-リジルアミノ)プロピル]アミノカルボニル]フェニルアゾ]フェノキシアセチル]ジドデシルアミン)である。KAONとして、KAON8、KAON12等がある。KAON8における疎水基の炭素数は8はである。KAON12における疎水基の炭素数は12である。KAON12は、緑色光を照射すると、シスからトランスに変化する。また、KAON12は、紫外光を照射すると、トランスからシスに変化する。
【0017】
RAONは、KAONと類似の分子構造を有する。AZTMAの正式名称は、4-Butylazobenzene-4’-(oxyethyl)trimethylammonium bromideである。AZTMAの詳細は、Lab Chip, 2012, 12, 4508-4515に開示されている。
【0018】
Pazo PCの正式名称は、1-Hexadecanoyl-2-(4’-n-butylphenyl)azo-4’’(ganma-phenylbutyroyl))-glycero-3-phosphocholineである。Pazo PCの詳細はCell. 2006;126(4):663-676に開示されている。
【0019】
リン脂質15として、少なくとも1つの疎水基が二重結合を有した不飽和脂質が好ましい。このようなリン脂質15として、例えば、ジオレオイルフォスフォコリン(以下ではDOPCとする)、ステアロイルオレオイルフォスフォコリン(以下ではSOPCとする)、ジパルミトイルホスファチジルコリン(以下ではDPPCとする)、1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホエタノールアミン-ポリエチレングリコール2,000-ジベンゾシクロオクチン(以下では、DSPE-PEG(2000)-DBCOとする)等が挙げられる。
【0020】
DOPCの正式名称は、1,2-dioleoyl-sn-glycero-3-posphochlineである。DPPCの正式名称は、1,2-dipalmitoyl-sn-glycero-3-phosphocholineである。DSPE-PEG(2000)-DBCOの正式名称は、1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphoethanolamine-N-[dibenzocyclooctyl (polyethylene glycol)-2000]である。
【0021】
リン脂質15のゲル-液晶相転移温度は、膜生成の観点から、光応答性リポソーム7の使用温度より低いことが好ましい。ゲル-液晶相転移温度は、凝固温度とも呼ばれる。光応答性リポソーム7の使用温度とは、後述するように、光応答性リポソーム7を用いて被検出物質の量を計測するときの光応答性リポソーム7の温度を意味する。
【0022】
光応答性リポソーム7の使用温度は、通常、室温から体温程度の温度である。リン脂質15のゲル-液晶相転移温度が光応答性リポソーム7の使用温度より低い場合、リン脂質15は、光応答性リポソーム7の使用温度において液晶になる。DOPCのゲル-液晶相転移温度は-23℃である。SOPCのゲル-液晶相転移温度は6℃である。
【0023】
アゾベンゼン化合物17がKAONである場合、リン脂質15として、そのゲル-液晶相転移温度が光応答性リポソーム7の使用温度より低いものが好ましい。この場合、KAONが示すトランス・シス体間の異性化の際に膜13の線張力がスイッチされる。その結果、光応答性リポソーム7が確実な光応答性を示す。アゾベンゼン化合物17がAzoTABである場合、光応答性リポソーム7は、以下のものであることが好ましい。
【0024】
光応答性リポソーム7において、例えば、第1のリン脂質と、第2のリン脂質と、コレステロールとが混合されている。第1のリン脂質は、そのゲル-液晶相転移温度が光応答性リポソーム7の使用温度より低いリン脂質15である。第2のリン脂質は、そのゲル-液晶相転移温度が光応答性リポソーム7の使用温度より高いリン脂質15である。
【0025】
この場合、第1のリン脂質と、それとは相転移温度が異なる第2のリン脂質及びコレステロールとが混在する。そのことにより、膜13の面内で相分離が発生し、秩序相と無秩序相が共存した状態が形成される。その結果、例えば、AzoTABが示すトランス・シス体間の異性化によって、膜13の崩壊が惹起される。AzoTABが示すトランス・シス体間の異性化を
図4に示す。
【0026】
アゾベンゼン化合物17の濃度と、リン脂質15の濃度との合計を100%とする。濃度の単位はモル濃度である。アゾベンゼン化合物17がKAON12である場合、アゾベンゼン化合物17の濃度は30%より大きく40%未満であることが好ましい。この範囲内である場合、光応答性リポソーム7を確実に得ることができる。
【0027】
アゾベンゼン化合物17がAzoTABである場合、アゾベンゼン化合物17の濃度は5%より大きく20%未満であることが好ましい。この範囲内である場合、光応答性リポソーム7を確実に得ることができる。
【0028】
リン脂質15として、例えば、J Am Chem Soc. 2012;134(10):4898-4904に開示されているものを使用することができる。リン脂質15として、例えば、不飽和状態である炭化水素鎖を有するリン脂質と、飽和状態である炭化水素鎖を有するリン脂質とを含むものが挙げられる。
【0029】
図3に示すように、光応答性リポソーム7は、第1の光が照射されると、膜13上に膜孔19を形成する。膜孔19は光応答性リポソーム7の内外を連通する。膜孔19が形成されると、光応答性リポソーム7の内部に存在していた第1緩衝液9は光応答性リポソーム7の外部に放出される。
【0030】
また、光応答性リポソーム7は、第2の光が照射されると、
図2に示すように、膜13上の膜孔19を閉じる。アゾベンゼン化合物17がKAONである場合、第1の光として、緑色光を使用することができる。また、第2の光として、紫外光を使用することができる。第1の光である緑色光は、例えば、500nm~600nmの波長を有する光である。第1の光である緑光は、532nm付近にピークを持つことが好ましい。第2の光である紫外光は、例えば、300nm~400nmの波長を有する光である。
【0031】
アゾベンゼン化合物17がAzoTABである場合、第1の光として、紫外光を使用することができる。第1の光である紫外光は、例えば、300nm~400nmの波長を有する光である。第1の光である紫外光は、365nm付近にピークを持つことが好ましい。
【0032】
光応答性リポソーム7における膜孔19の形成と消滅とは、以下の作用による。光の照射により、アゾベンゼン化合物17がシス体とトランス体とのうちの一方から他方に変化する。そのことにより、アゾベンゼン化合物17を含む光応答性リポソーム7は変形し、膜13上に膜孔19が形成されたり、膜孔19が消滅したりする。
【0033】
膜13は、例えば、積層膜水和法によって生成することができる。積層膜水和法は、例えば、以下の方法である。まず、アゾベンゼン化合物17及びリン脂質15を含む脂質の分子をクロロホルム等の有機溶媒に溶解させ、溶液を調製する。その溶液を試験管に入れ、有機溶媒を蒸発させることで、試験管の底に積層膜を作製する。積層膜は2分子膜である。次に、試験管にトリス塩酸緩衝液を加える。すると、積層していた2分子膜が分離・小胞化し、光応答性リポソーム7が生成する。
【0034】
膜側結合部14は膜13に固定されている。膜側結合部14は、被検出物質と結合可能である。膜側結合部14は、例えば、分子識別素子である。分子識別素子として、例えば、抗体、DNAアプタマー、ペプチド等が挙げられる。膜側結合部14は、被検出物質に応じて適宜選択することができる。
【0035】
膜側結合部14を膜13に固定する方法は特に限定されない。例えば、膜側結合部14と膜13との間に、クリック化学反応に基づく共有結合を形成することで、膜側結合部14を膜13に固定することができる。この場合、膜側結合部14の少なくとも片末端がアジド基で修飾されていることが好ましい。
【0036】
図1~
図3に示すように、第1緩衝液9は、膜13の内部に存在する。第2緩衝液11は、膜13の外部に存在する。第1緩衝液9の組成と、第2緩衝液11の組成とは異なる。
例えば、第1緩衝液9と前記第2緩衝液11との間にイオン勾配が存在する。イオン勾配として、例えば、プロトン勾配が挙げられる。イオン勾配は、プロトン以外のイオンのイオン勾配であってもよい。第1緩衝液9と第2緩衝液11との間にプロトン勾配が存在する場合、第1緩衝液9のpHは、第2緩衝液11のpHより高くてもよいし、低くてもよい。
【0037】
第1緩衝液9の浸透圧と、第2緩衝液11の浸透圧との差は、プラスマイナス1m0sm/Kg以内であることが好ましい。この場合、光応答性リポソーム7の破裂や収縮を抑制することができる。
【0038】
第1緩衝液9及び第2緩衝液11として、例えば、トリス塩酸緩衝液等が挙げられる。第1緩衝液9及び第2緩衝液11のpHは、5.0~10.0の範囲が好ましい。
支持体5は特に限定されない。支持体5として、例えば、公知のELISAにおいて使用される支持体が挙げられる。支持体5として、例えば、シリコン基板等が挙げられる。
【0039】
支持体側結合部6は支持体5に固定される。支持体側結合部6は、被検出物質と結合可能である。支持体側結合部6は、被検出物質のうち、膜側結合部14と結合する部位とは異なる部位において被検出物質と結合する。
【0040】
支持体側結合部6は、例えば、分子識別素子である。分子識別素子として、例えば、抗体、DNAアプタマー、ペプチド等が挙げられる。支持体側結合部6は、被検出物質に応じて適宜選択することができる。支持体側結合部6を支持体5に固定する方法は特に限定されず、公知の方法を適宜選択して用いることができる。
【0041】
光源8は、光応答性リポソーム7の少なくとも一部に光を照射する。光源8が照射する光は、例えば、上述した第1の光又は第2の光である。また、光源8は、例えば、第1の光と第2の光とのうちの一方を選択して照射することができる。また、第1の光を照射する光源8と、第2の光を照射する光源8とを、それぞれ備えていてもよい。光源8は、複合体3の全体に光を照射してもよいし、複合体3の一部に局所的に光を照射してもよい。
【0042】
2.計測方法について
計測システム1を用いて、被検出物質の量を計測する計測方法を行うことができる。計測方法には、例えば、以下の第1~第4工程がある。
【0043】
第1工程では、支持体側結合部6が固定された支持体5と、被検出物質21を含む液とを接触させる。第1工程において、
図5に示すように、支持体側結合部6は被検出物質21と結合する。被検出物質21は、支持体側結合部6を介して支持体5に固定される。
【0044】
第2工程では、被検出物質21と、光応答性リポソーム7を含む液とを接触させる。光応答性リポソーム7を含む液は、例えば、複合体3である。第2工程において、膜側結合部14は被検出物質21に結合する。
【0045】
第2工程は、例えば、第1工程の後に、支持体5と、光応答性リポソーム7を含む液とを接触させる工程である。この場合、支持体5に固定されている被検出物質21と、光応答性リポソーム7を含む液とが接触する。
【0046】
また、第2工程は、例えば、第1工程の前に、被検出物質21を含む液と、光応答性リポソーム7を含む液とを混合し、混合液を生成する工程である。この場合、液中にある被検出物質21と、光応答性リポソーム7を含む液とが接触する。次に、支持体5と混合液とを接触させる。支持体5と混合液とを接触させる工程は第1工程に対応する。混合液は、被検出物質21を含む液に対応する。
【0047】
第1工程及び第2工程の後、
図5に示すように、膜側結合部14は被検出物質21と結合する。光応答性リポソーム7は、膜側結合部14と被検出物質21との結合、及び、被検出物質21と支持体側結合部6との結合により、支持体5に固定される。
【0048】
第3工程は、第1工程及び第2工程の後に行われる。第3工程では、支持体5に固定されていない光応答性リポソーム7を除去する。
第4工程は、第3工程の後に行われる。第4工程では、光応答性リポソーム7の内部に第1緩衝液9が存在し、光応答性リポソーム7の外部に第2緩衝液11が存在する状態で、
図5に示すように、光応答性リポソーム7に第1の光を照射して光応答性リポソーム7に膜孔19を形成する。第1の光は例えば紫外光である。なお、第4工程における光応答性リポソーム7とは、
図5に示すように、支持体5に固定されている光応答性リポソーム7を意味する。
【0049】
膜孔19が形成されると、光応答性リポソーム7の内部に存在していた第1緩衝液9は、膜孔19から、光応答性リポソーム7の外部に放出される。放出された第1緩衝液9は、光応答性リポソーム7の外部に存在する第2緩衝液11と混合される。第1緩衝液9の組成は第2緩衝液11の組成とは異なるので、第1の光を照射する前に比べて、第2緩衝液11の組成が変化する。すなわち、第1の光の照射により、第2緩衝液11の組成が変化する。
【0050】
第2緩衝液11の組成の変化は、光応答性リポソーム7の量が多いほど、大きい。光応答性リポソーム7の量は、被検出物質21の量が多いほど、多い。よって、第2緩衝液11の組成の変化は、被検出物質21の量が多いほど、大きい。第4工程では、第1の光の照射により生じる第2緩衝液11の組成の変化に基づき、被検出物質21の量を計測する。
【0051】
例えば、第1緩衝液9と第2緩衝液11との間にイオン勾配が存在する場合、第1の光の照射により、第2緩衝液11のイオン濃度が変化する。第4工程では、第1の光の照射により生じる第2緩衝液11のイオン濃度の変化に基づき、被検出物質21の量を計測する。
【0052】
例えば、第1緩衝液9と第2緩衝液11との間にプロトン勾配が存在する場合、第1の光の照射により、第2緩衝液11のpHが変化する。第4工程では、第1の光の照射により生じる第2緩衝液11のpHの変化に基づき、被検出物質21の量を計測する。
【0053】
3.実施例
(3-1)複合体3の製造
DOPC、DPPC、DSPE-PEG(2000)-DBCO、AzoTAB、及びコレステロールをクロロホルム等の有機溶媒に溶解させ、溶液を調製した。溶液におけるDOPCの濃度は、0.3mMであった。溶液におけるDPPCの濃度は、0.3mMであった。溶液におけるDSPE-PEG(2000)-DBCOの濃度は、0.036mMであった。溶液におけるAzoTABの濃度は、0.2mMであった。溶液におけるコレステロールの濃度は、0.4mMであった。mMはミリモラーを意味する。
【0054】
次に、調製した溶液を試験管に入れ、有機溶媒を蒸発させることで、試験管の底に積層膜を作製した。積層膜は2分子膜であった。次に、試験管に第1緩衝液9を加えた。すると、積層膜が分離・小胞化し、光応答性リポソーム7のうち、膜13の部分が生成した。膜13を生成する方法は、積層膜水和法である。
【0055】
第1緩衝液9は、10mMのHEPESと、180mMのトレハロースとを混合し、pH8.5となるよう調整したものである。HEPESの正式名称は、4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acidである。第1緩衝液9の浸透圧は220mOsm/kgであった。
【0056】
次に、膜13の表面に、FcIIIペプチド(配列番号1)を固定した。FcIIIペプチドは膜側結合部14に対応する。FcIIIペプチドのアミノ酸配列における、N末端から2番目及び12番のシステインに酸化的ジスルフィド結合を施した。その結果、FcIIIペプチドは環状ペプチドとなった。FcIIIペプチドはIgGと結合する。IgGは免疫グロブリンの一種である。IgGは被検出物質に対応する。
【0057】
膜13の表面にFcIIIペプチドを固定する方法は以下のとおりである。FcIIIペプチドのN末端にアジド基を修飾した。
【0058】
次に、FcIIIペプチドが備えるアジド基と、膜13に散在するDSPE-PEG(2000)-DBCO中のDBCO基との間に、クリック化学反応に基づく共有結合を生じさせることで、FcIIIペプチドを膜13の表面に固定した。以上の工程により、光応答性リポソーム7が得られた。
【0059】
次に、光応答性リポソーム7に対し、室温下で外液置換を施した。外液置換とは、光応答性リポソーム7の外部に存在する液を、別の液に置換することである。外液置換により、光応答性リポソーム7の外部に存在する液を、第2緩衝液11とした。
【0060】
第2緩衝液11は、10mMのHEPESと180mMのグルコースとから成る混合液であった。第2緩衝液11の浸透圧は、第1緩衝液9の浸透圧と同じであった。塩化ナトリウムを第2緩衝液11に添加することで、第2緩衝液11の浸透圧を調整することができる。第2緩衝液11のpHは5.0であった。
【0061】
本実施例では、遠心分離により外液置換を行った。遠心分離における遠心力は2000 xgであった。遠心分離の時間は2分間であった。本実施例では、外液置換を3回繰り返した。なお、外液置換の方法は遠心分離以外の方法であってもよい。外液置換の方法として、例えば、限外濾過、ゲル濾過等が挙げられる。以上の工程により、複合体3が得られた。
【0062】
(3-2)支持体側結合部6が固定された支持体5の製造
シリコン基板を用意した。シリコン基板の表面を、128個×128個の升目に区切った。それぞれの升目に電位検出部を形成した。電位検出部は、シリコン基板上に、シリコン酸化膜と、シリコン窒化膜とを順次積層した構成を有していた。以上の工程により、支持体5が得られた。支持体5は、電位検出部ごとに表面電位を検出することができる。
【0063】
次に、支持体5の表面にDNAアプタマー(配列番号2)を固定した。DNAアプタマーは支持体側結合部6に対応する。DNAアプタマーは分子識別材料に対応する。DNAアプタマーの5’末端はアジド基で修飾されている。DNAアプタマーは、IgGのうち、FcIIIペプチドが結合する部位とは異なる部位においてIgGと結合する。
【0064】
支持体5の表面にDNAアプタマーを固定する方法は以下のとおりとした。まず、支持体5の表面を、熱水処理等を施すことで親水化した。次に、支持体5の表面を、シランカップリング効果を利用して、飽和3-アミノプロピルトリエトキシシランでコートした。次に、ジベンゾシクロオクチン- N-ヒドロキシコハク酸イミド(Dibenzocyclooctyne-N-hydroxysuccinimidyl ester)を添加することにより、3-アミノプロピルトリエトキシシランがもつアミノ基を、ジベンゾシクロオクチン(Dibenzocyclooctyne)基に置換した。次に、5’末端がアジド基で修飾されているDNAアプタマーを、支持体5の表面に固定した。なお、支持体側結合部6を支持体5に固定する方法は、他の方法であってもよい。
【0065】
(3-3)計測方法の実施
前記(3-2)製造した支持体5の表面に、IgGを含む緩衝液(以下ではIgG含有緩衝液とする)を滴下した。IgG含有緩衝液のpHは5.0であった。IgG含有緩衝液の組成は、IgGを含む点を除き、第2緩衝液11と同じであった。
【0066】
なお、IgG含有緩衝液の組成は、IgGを含む点以外でも、第2緩衝液11の組成と異なっていてもよい。ただし、IgG含有緩衝液のpHは、第2緩衝液11のpHで同じであることが好ましい。IgG含有緩衝液のpHと、第2緩衝液11のpHとが同じである場合、後の工程においてpHの変化を計測することが容易になる。
【0067】
IgG含有緩衝液におけるIgGの濃度は、10nMと50nMとの2水準とした。また、比較例として、支持体5の表面に、IgGを含まない第2緩衝液11のみを滴下した。
次に、支持体5の表面に、前記(3-1)で製造した複合体3を滴下した。滴下後、60分間静置した。
【0068】
次に、支持体5の表面を、洗い用の緩衝液で3回洗浄した、その結果、支持体5に固定されていない光応答性リポソーム7は除去された。洗い用の緩衝液の組成は、第2緩衝液11の組成と同じであった。洗い用の緩衝液のpHは5.0であった。
【0069】
次に、支持体5の表面を、100μLの第2緩衝液11で浸した。次に、
図5に示すように、支持体5の表面に接する第2緩衝液11に、参照電極23を挿入した。参照電極23は、銀/塩化銀参照電極であった。参照電極23は、ESA製の66-EE009であった。参照電極23の挿入後、第2緩衝液11のpHの計測を開始した。
【0070】
支持体5を用いて、紫外光を照射する前の表面電位を計測した。このときの表面電位を以下では初期表面電位とする。初期表面電位は約745mVであった。
次に、
図5に示すように、支持体5の全体領域に紫外光を5秒間照射した。紫外光における波長ピークは365nmであった。紫外光の照射強度は、100μm×100μmの照射領域当たり120μWであった。
【0071】
紫外光の照射後、支持体5を用いて、表面電位を計測した。このときの表面電位を、以下では光照射後表面電位とする。IgG含有緩衝液におけるIgGの濃度が10nMであった場合、光照射後表面電位は、初期表面電位に比べて、約3.75mV低下した。IgG含有緩衝液におけるIgGの濃度が50nMであった場合、光照射後表面電位は、初期表面電位に比べて、10.60mV低下した。IgG含有緩衝液の代わりに第2緩衝液11のみを支持体5に滴下した場合、光照射後表面電位は、初期表面電位と同じであった。計測結果を表1に示す。
【0072】
【表1】
表1における「表面電位変化量」は、光照射後表面電位から初期表面電位を差し引いた値を意味する。表1における「標準偏差」は、複数回算出した「表面電位変化量」の標準偏差を意味する。
【0073】
支持体5の表面にIgG含有緩衝液を滴下した場合に光照射後表面電位が低下する理由は以下のとおりである。
図5に示すように支持体5に固定された光応答性リポソーム7に紫外光を照射すると、
図3、
図5に示すように、光応答性リポソーム7に膜孔19が生じた。すると、第1緩衝液9は、膜孔19を通り、光応答性リポソーム7の外部に放出され、第2緩衝液11と混合された。第1緩衝液9のpHは、第2緩衝液11のpHよりも高い。その結果、第2緩衝液11のpHが上昇した。
【0074】
数1に示すように、ネルンストの式によると、表面電位変化量とpH変化量とは、負の比例関係にある。よって、第2緩衝液11のpHが上昇することで、光照射後表面電位が低下した。
【0075】
【数1】
なお、支持体5に固定化されたDNAアプタマーの密度は、DNAアプタマーとIgGとの結合を相互干渉するほど高密度ではないことが好ましい。また、支持体5に固定化されたDNAアプタマーの密度は、IgGの検出を可能にするだけの密度であることが好ましい。支持体5に固定化されたDNAアプタマーの密度は、任意にコントロールすることが可能である。
【0076】
膜13の大きさは、FcIIIペプチドとIgGとの結合を相互干渉する大きさではないことが好ましい。また、膜13の大きさは、IgGの検出を可能にするだけの量の第1緩衝液9を保持できる大きさであることが好ましい。膜13の大きさは、任意にコントロールすることが可能である。
【0077】
4.光応答性リポソーム7、複合体3、計測システム1、及び計測方法が奏する効果
(1A)光応答性リポソーム7は、第1の光を照射すれば膜孔19を形成し、第1緩衝液9を外部に放出する。放出された第1緩衝液9は第2緩衝液11と混ざる。第1緩衝液9の組成と、第2緩衝液11の組成とは異なるため、第1緩衝液9の放出により、第2緩衝液11の組成が変化する。計測システム1は、第2緩衝液11の組成の変化に基づき被検出物質21の量を計測する。そのため、計測システム1を用いれば、煩雑な工程を行わなくても、被検出物質の量を計測することができる。
【0078】
(1B)膜13を構成するリン脂質15として、例えば、不飽和状態である炭化水素鎖を有するリン脂質と、飽和状態である炭化水素鎖を有するリン脂質とを含むものを用いることができる。この場合、光応答性リポソーム7の使用温度において、リポソーム膜の面内で相分離が発生し、秩序相と無秩序相が共存した状態が形成されるという効果が得られる。
【0079】
(1C)膜13を構成するアゾベンゼン化合物17として、例えば、AzoTABを用いることができる。この場合、第1の光の照射によりAzoTABが示すトランス体・シス体間の異性化によって、リポソーム膜の崩壊が惹起されるという効果が得られる。
(1D)例えば、第1緩衝液9と第2緩衝液11との間にイオン勾配が存在する。この場合、光応答性リポソーム7に第1の光を照射したとき、第2緩衝液11のイオン濃度が変化する。計測システム1は、第2緩衝液11におけるイオン濃度の変化に基づき被検出物質の量を計測することができる。
【0080】
(1E)例えば、第1緩衝液9と第2緩衝液11との間にプロトン勾配が存在する。この場合、光応答性リポソーム7に第1の光を照射したとき、第2緩衝液11のpHが変化する。計測システム1は、第2緩衝液11におけるpHの変化に基づき被検出物質の量を計測することができる。
【0081】
5.他の実施形態
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は上述の実施形態に限定されることなく、種々変形して実施することができる。
【0082】
(1)上記実施形態における1つの構成要素が有する複数の機能を、複数の構成要素によって実現したり、1つの構成要素が有する1つの機能を、複数の構成要素によって実現したりしてもよい。また、複数の構成要素が有する複数の機能を、1つの構成要素によって実現したり、複数の構成要素によって実現される1つの機能を、1つの構成要素によって実現したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加又は置換してもよい。
【0083】
(2)上述した光応答性リポソーム、複合体の他、それらを構成要素とする製品やシステム、種々の形態で本開示を実現することもできる。
【符号の説明】
【0084】
1…計測システム、3…複合体、5…支持体、6…支持体側結合部、7…光応答性リポソーム、8…光源、9…第1緩衝液、11…第2緩衝液、13…膜、14…膜側結合部、15…リン脂質、17…アゾベンゼン化合物、19…膜孔、21…被検出物質、23…参照電極
【配列表】