(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-19
(45)【発行日】2023-01-27
(54)【発明の名称】絶縁電線
(51)【国際特許分類】
H01B 7/02 20060101AFI20230120BHJP
C08G 73/10 20060101ALI20230120BHJP
C09D 5/25 20060101ALI20230120BHJP
C09D 179/08 20060101ALI20230120BHJP
H01B 3/30 20060101ALI20230120BHJP
H01B 7/29 20060101ALI20230120BHJP
【FI】
H01B7/02 Z
C08G73/10
C09D5/25
C09D179/08 A
H01B3/30 G
H01B7/29
(21)【出願番号】P 2019525569
(86)(22)【出願日】2018-06-15
(86)【国際出願番号】 JP2018022921
(87)【国際公開番号】W WO2018230705
(87)【国際公開日】2018-12-20
【審査請求日】2020-12-21
【審判番号】
【審判請求日】2022-03-14
(31)【優先権主張番号】P 2017117609
(32)【優先日】2017-06-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017117610
(32)【優先日】2017-06-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】309019534
【氏名又は名称】住友電工ウインテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136098
【氏名又は名称】北野 修平
(72)【発明者】
【氏名】前田 修平
(72)【発明者】
【氏名】山内 雅晃
(72)【発明者】
【氏名】梅本 登紀子
(72)【発明者】
【氏名】田村 康
【合議体】
【審判長】瀧内 健夫
【審判官】河本 充雄
【審判官】棚田 一也
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-082083(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/00- 7/02, 7/29
C08G73/10
C09D 5/25,179/08
H01B 3/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線状の形状を有する導体と、
前記導体の外周側を覆うように形成された絶縁皮膜とを備え、
前記絶縁皮膜は、下記式(1):
【化1】
で表わされる繰り返し単位Aと、
下記式(2):
【化2】
で表わされる繰り返し単位Bとを含む分子構造を有し、前記繰り返し単位Aと前記繰り返し単位Bの総モル数に対する前記繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超であるポリイミドからなり、
分離時伸長度7%の前記絶縁皮膜の第1の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M
10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M
60の比M
60/M
10が1.2以上である、
絶縁電線。
【請求項2】
線状の形状を有する導体と、
前記導体の外周側を覆うように形成された絶縁皮膜とを備え、
前記絶縁皮膜は、下記式(1):
【化3】
で表わされる繰り返し単位Aと、
下記式(2):
【化4】
で表わされる繰り返し単位Bとを含む分子構造を有し、前記繰り返し単位Aと前記繰り返し単位Bの総モル数に対する前記繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超であるポリイミドからなり、
分離時伸長度40%の前記絶縁皮膜の第2の試料に対し10mm/分で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M
10に対する、伸び率が30%の時点での引張応力M
30の比M
30/M
10が1.2以上である、
絶縁電線。
【請求項3】
前記モル比[B/(A+B)]×100(モル%)が80モル%未満である、
請求項1又は2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
線状の導体と、
前記導体の外周側を覆うように配置された絶縁皮膜とを備え、
前記絶縁皮膜は、下記式(1):
【化5】
で表わされる繰り返し単位Aと、下記式(2):
【化6】
で表わされる繰り返し単位Bとを含む分子構造を有し、前記繰り返し単位Aと前記繰り返し単位Bとの合計量に占める前記繰り返し単位Bの量の割合が60モル%以上であるポリイミドからなり、
10°以上41°以下の回折角2θの範囲においてX線回折法により解析された前記絶縁皮膜の散乱X線プロファイルにおいて、前記散乱X線プロファイルと基線とにより挟まれる第1の領域の面積に対する、前記散乱X線プロファイルから抽出された回折パターンプロファイルと前記基線とにより挟まれる第2の領域の面積の割合が15%以下である、
絶縁電線。
【請求項5】
前記繰り返し単位Aと前記繰り返し単位Bとの合計量に占める前記繰り返し単位Bの量の割合が80モル%未満である、
請求項4に記載の絶縁電線。
【請求項6】
前記ポリイミドは、ピロメリット酸二無水物(PMDA)と、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)と、4、4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)との重合によって得られるポリイミド前駆体に由来し、前記ポリイミド前駆体の重量平均分子量が10,000以上である、
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、絶縁電線に関するものである。本出願は、2017年6月15日出願の日本出願第2017-117609号、2017年6月15日出願の日本出願第2017-117610号に基づく優先権を主張し、前記日本出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には耐熱性、耐クレージング性に優れ、コロナ放電し難い絶縁電線が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本開示の第1の局面に係る絶縁電線は、線状の形状を有する導体と、導体の外周側を覆うように形成された絶縁皮膜とを備える。絶縁皮膜は、下記一般式(1):
【化1】
で表わされる繰り返し単位Aと、下記一般式(2):
【化2】
で表わされる繰り返し単位Bとを含む分子構造を有し、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超であるポリイミドからなる。分離時伸長度7%の絶縁皮膜の第1の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M
10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M
60の比M
60/M
10が1.2以上である。
【0005】
本開示の第2の局面に係る絶縁電線は、線状の形状を有する導体と、導体の外周側を覆うように形成された絶縁皮膜とを備える。絶縁皮膜は、下記一般式(1):
【化3】
で表わされる繰り返し単位Aと、下記一般式(2):
【化4】
で表わされる繰り返し単位Bとを含む分子構造を有し、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超であるポリイミドからなる。分離時伸長度40%の絶縁皮膜の第2の試料に対し10mm/分で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M
10に対する、伸び率が30%の時点での引張応力M
30の比M
30/M
10が1.2以上である。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】
図1は、絶縁電線の一例を示す断面模式図である。
【
図2】
図2は、第1の試料に対する引張試験による絶縁皮膜の応力-ひずみ曲線の一例を示す模式的なグラフである。
【
図3】
図3は、第2の試料に対する引張試験による絶縁皮膜の応力-ひずみ曲線の一例を示す模式的なグラフである。
【
図4】
図4は、絶縁電線の製造工程の手順を示すフローチャートである。
【
図5】
図5は、絶縁電線の一例を示す断面模式図である。
【
図6】
図6は、絶縁皮膜のX線プロファイルの一例を示す図である。
【
図7】
図7は、絶縁電線の製造工程の手順を示すフローチャートである。
【
図8】
図8は、実施例2-1に係る絶縁皮膜の散乱X線プロファイルおよび回折パターンプロファイルの一例を示す図である。
【
図9】
図9は、実施例2-2に係る絶縁皮膜の散乱X線プロファイルおよび回折パターンプロファイルの一例を示す図である。
【
図10】
図10は、実施例2-3に係る絶縁皮膜の散乱X線プロファイルおよび回折パターンプロファイルの一例を示す図である。
【
図11】
図11は、比較例2-1に係る絶縁皮膜の散乱X線プロファイルおよび回折パターンプロファイルの一例を示す図である。
【
図12】
図12は、比較例2-2に係る絶縁皮膜の散乱X線プロファイルおよび回折パターンプロファイルの一例を示す図である。
【
図13】
図13は、比較例2-3に係る絶縁皮膜の散乱X線プロファイルおよび回折パターンプロファイルの一例を示す図である。
【
図14】
図14は、比較例2-4に係る絶縁皮膜の散乱X線プロファイルおよび回折パターンプロファイルの一例を示す図である。
【
図15】
図15は、比較例2-5に係る絶縁皮膜の散乱X線プロファイルおよび回折パターンプロファイルの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[本開示が解決しようとする課題]
ポリイミドは優れた絶縁材料として、絶縁電線の絶縁皮膜に適用されている。しかしながら、電気・電子部品の用途の広がりとともに、絶縁電線が従前より厳しい環境下で使用される場合も増加している。それに伴い絶縁皮膜には従前の絶縁電線よりも高い耐久性が求められている。例えば、高温・高湿環境下のような過酷な環境下に長時間曝露された場合においても劣化が少ない(耐湿熱劣化性が高い)絶縁皮膜を備えた絶縁電線に対する需要がある。
【0008】
そこで、耐湿熱劣化性に優れる絶縁皮膜を備えた絶縁電線を提供することを目的の1つとする。
【0009】
[本開示の効果]
上記絶縁電線によれば、耐湿熱劣化性に優れる絶縁皮膜を備えた絶縁電線を提供することが可能となる。
【0010】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。本開示の第1の局面に係る絶縁電線は、線状の形状を有する導体と、導体の外周側を覆うように形成された絶縁皮膜とを備える。絶縁皮膜は、上記式(1)で表わされる繰り返し単位Aと、上記式(2)で表わされる繰り返し単位Bとを含む分子構造を有し、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超であるポリイミドからなる。また分離時伸長度7%の絶縁皮膜の第1の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M60の比M60/M10が1.2以上である。
【0011】
また本開示の第2の局面に係る絶縁電線は、線状の形状を有する導体と、導体の外周側を覆うように形成された絶縁皮膜とを備える。絶縁皮膜は、上記式(1)で表わされる繰り返し単位Aと、上記式(2)で表わされる繰り返し単位Bとを含む分子構造を有し、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超であるポリイミドからなる。また分離時伸長度40%の絶縁皮膜の第2の試料に対し10mm/分で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が30%の時点での引張応力M30の比M30/M10が1.2以上である。
【0012】
従来、最も汎用されているポリイミドは、無水ピロメリット酸(PMDA(Pyromellitic dianhydride))と4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA(4,4’-Diaminodiphenyl ether、4,4’-oxydianiline))とから形成される、PMDA-ODA型のポリイミドである。PMDA-ODA型のポリイミドは、上記式(1)で表されるPMDA-ODA型の繰り返し単位Aのみからなる分子構造を有する。PMDA-ODA型のポリイミドは高い耐熱性と良好な絶縁性を有する材料である。そのため、絶縁電線の絶縁皮膜に適用されている。
【0013】
しかしながら、電気・電子部品の用途の広がりとともに、絶縁電線が従前より厳しい環境下で使用される場合も増加している。それに伴い従前の絶縁電線よりも高い耐久性を有する絶縁皮膜を備えた絶縁電線が求められている。例えば絶縁電線は、高温・高湿環境下のような過酷な環境下においても使用される。このとき、高温・高湿環境下に長時間曝露すると一部のイミド基が加水分解する可能性がある。過酷な高温・高湿環境下では分子量が著しく低下し、その結果、クラック等が生じて絶縁層としての機能が低下するおそれがある。そのため、高温・高湿環境下に長時間曝露された場合においても劣化が少ない(耐湿熱劣化性が高い)絶縁皮膜を備えた絶縁電線に対する需要がある。
【0014】
本開示の絶縁電線の絶縁皮膜を構成するポリイミドは、繰り返し単位Aと共に、ポリイミドの構成単位として、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA(Biphenyltetracarboxylic Dianhydride))とODAとから形成される、BPDA-ODA型の繰り返し単位Bを所定の割合で含む。本発明者らの検討によれば、このようなポリイミドは、繰り返し単位AのみからなるPMDA-ODA型のポリイミドと比較して、高温・高湿環境下に長時間曝露した場合においても劣化が少ない。具体的には、ポリイミド中の、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%を超えると、高温・高湿環境下における、ポリイミド絶縁皮膜の耐加水分解性が改善される。
【0015】
一方、本発明者らの検討によれば、ひび割れや亀裂をより充分に抑制するためには、BPDA-ODA型の繰り返し単位Bを含むことによる耐加水分解性の改善のみでは不十分である。すなわち、分離時伸長度7%の絶縁皮膜の第1の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M60の比M60/M10が1.2未満であると、モル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%を超える場合でも、高温・高湿環境下に長時間曝露すると亀裂が生じやすくなることが判明した。
【0016】
あるいは、分離時伸長度40%の絶縁皮膜の第2の試料に対し10mm/分で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が30%の時点での引張応力M30の比M30/M10が1.2未満であると、モル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%を超える場合でも、高温・高湿環境下に長時間曝露すると亀裂が生じやすくなることが判明した。
【0017】
これは例えば以下のような理由によるものと考えることができる。絶縁皮膜に対し引張試験を行うと、最初は弾性変形が支配的な状態で絶縁皮膜が伸び、その後、伸び率が大きい領域において塑性変形が支配的な状態に移行する。上記第1の試料における比M60/M10が1.2未満又は上記第2の試料における上記比M30/M10が1.2未満であるということは、塑性変形が支配的な領域において、応力があまり上昇しないことを意味する。これは塑性変形時にポリイミド内部での分子間での滑りが生じやすいためであると考えられる。このように分子間での滑りが生じやすい状態では、わずかな加水分解が生じた場合でも、加水分解が生じた部分で分子間の滑りが生じ、クラックに進展しやすい。そのため、上記第1の試料における比M60/M10が1.2未満又は上記第2の試料における比M30/M10が1.2未満のポリイミドは、高温・高湿環境下において長時間曝露するとひび割れや亀裂が生じやすくなる。
【0018】
一方、上記第1の試料における比M60/M10が1.2以上又は第2の試料における上記比M30/M10が1.2以上のポリイミドは、伸び率が大きい領域において分子間での滑りが生じにくく、ひび割れや亀裂が生じにくい。このように、高温・高湿環境下における高い耐久性を確保するには、ポリイミドの構成単位の比率を規定するとともに、伸び率が小さい時点での応力値に対する、伸び率がより大きい時点での応力値を一定以上に維持することが重要であることが明らかとなった。すなわち、[B/(A+B)]×100(モル%)で求められるモル比が55モル%超であり、かつ上記第1の試料における比M60/M10が1.2以上又は上記第2の試料における比M30/M10が1.2以上の絶縁皮膜を用いることで、欠陥が発生しにくい、ポリイミド絶縁皮膜を備えた絶縁電線を提供することができる。
【0019】
上記絶縁電線において、[B/(A+B)]×100(モル%)で求められるポリイミドのモル比が80モル%未満であるのが好ましい。このようにすることで、上記比M60/M10が1.2以上又は上記比M30/M10が1.2以上のポリイミドを得ることが容易となる。
【0020】
本開示の第3の局面にかかる絶縁電線は、線状の導体と、導体の外周側を覆うように配置された絶縁皮膜とを備える。絶縁皮膜は、上記式(1)で表わされる繰り返し単位Aと、上記式(2)で表わされる繰り返し単位Bとを含む分子構造を有し、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bとの合計量に占める繰り返し単位Bの量の割合が60モル%以上であるポリイミドからなる。また10°以上41°以下の回折角2θの範囲においてX線回折法により解析された絶縁皮膜の散乱X線プロファイルにおいて、散乱X線プロファイルと基線とにより挟まれる第1の領域の面積に対する、散乱X線プロファイルから抽出された回折パターンプロファイルと基線とにより挟まれる第2の領域の面積の割合(本明細書において、以下「分子規則性ピーク比率」と呼ぶ)が15%以下である。なお繰り返し単位Aと繰り返し単位Bとの合計量に占める繰り返し単位Bの量の割合は、繰り返し単位Aのモル数を(A)、繰り返し単位Bのモル数を(B)とすると、{(B)/[(A)+(B)]}×100(モル%)で表される。
【0021】
従来、最も汎用されているポリイミドは、無水ピロメリット酸(PMDA(Pyromellitic dianhydride))と4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA(4,4’-Diaminodiphenyl ether、4,4’-oxydianiline))とから形成される、PMDA-ODA型のポリイミドである。PMDA-ODA型のポリイミドは、上記式(1)で表されるPMDA-ODA型の繰り返し単位Aのみからなる分子構造を有する。PMDA-ODA型のポリイミドは高い耐熱性と良好な絶縁性を有する材料である。そのため、絶縁電線の絶縁皮膜に適用されている。
【0022】
しかしながら、電気・電子部品の用途の広がりに伴い、絶縁電線が従前より厳しい環境下で使用される場合も増加している。それに伴い、従前の絶縁電線よりも高い耐久性を有する絶縁皮膜を備えた絶縁電線が求められている。例えば絶縁電線は、高温・高湿環境下のような過酷な環境下においても使用される。このとき、高温・高湿環境下に長時間曝露すると一部のイミド基が加水分解する可能性がある。過酷な高温・高湿環境下では分子量が著しく低下し、その結果、クラック等が生じて絶縁層としての機能が低下するおそれがある。そのため、高温・高湿環境下に長時間曝露された場合においても劣化が少ない(耐湿熱劣化性が高い)絶縁皮膜を備えた絶縁電線に対する需要がある。
【0023】
本開示の第3の局面に係る絶縁電線の絶縁皮膜を構成するポリイミドは、繰り返し単位Aと共に、ポリイミドの構成単位として、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA(Biphenyltetracarboxylic Dianhydride))とODAとから形成される、BPDA-ODA型の繰り返し単位Bを所定の割合で含む。本発明者らの検討によれば、このようなポリイミドは、繰り返し単位AのみからなるPMDA-ODA型のポリイミドと比較して、高温・高湿環境下に長時間曝露した場合においても劣化が少ない。具体的には、ポリイミド中の上記繰り返し単位Aと上記繰り返し単位Bとの合計量に占める繰り返し単位Bの量の割合が60モル%以上であると、高温・高湿環境下における、ポリイミド絶縁皮膜の耐加水分解性が改善される。
【0024】
一方、本発明者らの検討によれば、ひび割れやクラックをより充分に抑制するためには、BPDA-ODA型の繰り返し単位Bを含むことによる耐加水分解性の改善のみでは不十分であることが判明した。具体的には、上記分子規則性ピーク比率が15%を超えると、上記繰り返し単位Bの量の割合が60モル%以上であっても、高温・高湿環境下での長時間曝露によりクラックが生じやすくなることが明らかとなった。
【0025】
これは、BPDA-ODA型のブロック(繰り返し単位B)はポリイミドの分子に応力が加わると分子間でBPDA-ODA型のブロック同士が滑りやすいためではないかと推測される。このように分子間での滑りが生じやすい状態では、加水分解により劣化点がわずかでも生じると、その劣化点を起点としてクラックが進展しやすいことが予想される。しかしながら本発明者らの検討の結果、上記分子規則性ピーク比率を15%以下に抑制すれば、高温・高湿環境下に長時間曝露されてもクラックが生じにくくなるか、クラックが生じても進展しにくいことが判明した。
【0026】
分子規則性ピーク比率、ポリイミドからなる絶縁皮膜の分子配列の規則性の高さを表す。分子配列の規則性が高くなると、分子同士の絡まりが減少し、滑りやすくなるものと推測される。これに対し、上記分子規則性ピーク比率が15%以下であれば充分に分子配列の規則性が低く、分子同士が絡まりやすいため分子間での滑りやすさが抑制されるものと推測される。その結果、高温・高湿環境に対する耐性の高いポリイミド絶縁皮膜を備えた絶縁電線を提供することができる。
【0027】
上記絶縁電線において、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bとの合計量に占める繰り返し単位Bの量の割合が80モル%未満であるのが好ましい。このようにすることで、上記分子規則性ピーク比率が15%以下であるポリイミドの絶縁皮膜を得ることが容易となる。
【0028】
[本開示の実施形態の詳細]
次に、本開示の絶縁電線、およびその製造方法の実施の形態を、図面を参照しつつ説明する。以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰り返さない。
【0029】
(実施の形態1)
[絶縁電線の構成]
まず本実施の形態に係る絶縁電線1について説明する。
図1は絶縁電線の一例を示す断面模式図である。
図1を参照して、本実施の形態に係る絶縁電線1は、線状の形状を有する導体10と、導体10の外周側を覆うように形成された絶縁皮膜20とを備える。
【0030】
導体10は、例えば導電率が高く、かつ機械的強度が大きい金属からなるのが好ましい。このような金属としては、例えば銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、ニッケル、銀、軟鉄、鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。上記絶縁電線の導体10は、これらの金属を線状に形成した材料や、このような線状の材料にさらに別の金属を被覆した多層構造のもの、例えばニッケル被覆銅線、銀被覆銅線、銅被覆アルミニウム線、銅被覆鋼線等を用いることができる。
【0031】
導体10の径は特に限定されず、用途に応じて適宜選択される。また、
図1においては円形の断面形状を有する導体10および絶縁電線1が示されているが、導体10が線状である限り導体10および絶縁電線1の断面形状は特に限定されない。例えば、長手方向に垂直な断面において、円形の断面形状を有する線状の導体10に代えて、断面形状が矩形状や多角形状の導体10を用いることも可能である。
【0032】
上記絶縁皮膜20は、導体10の外周側を覆うように形成される。例えば、絶縁皮膜20は、導体10の外周側に積層される。絶縁皮膜20は単一の絶縁層からなってもよく、複数の絶縁層からなってもよい。上記絶縁電線1が複数の絶縁層を備える場合、各絶縁層は上記導体10を断面視した場合に、その断面の中心から外周側に向かって順次積層される。この場合、各絶縁層の平均厚さとしては、例えば1μm以上5μm以下とすることができる。また、上記複数の絶縁層の平均合計厚さとしては、例えば10μm以上200μm以下とすることができる。さらに、複数の絶縁層の合計層数としては、例えば2層以上200層以下とすることができる。
【0033】
絶縁皮膜20を構成する上記単一の絶縁層、又は複数の絶縁層に含まれる各層は、上記式(1)で表される繰り返し単位Aと、上記式(2)で表わされる繰り返し単位Bとを含む分子構造を有するポリイミドからなる。上記分子構造における、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)は55モル%超である。モル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超であると、高温・高湿環境下に長時間曝露した場合の耐加水分解性が高い絶縁皮膜20を得ることができる。
【0034】
ポリイミドの加水分解は、絶縁皮膜20のひび割れや亀裂の原因の一つである。ポリイミドの耐加水分解性を高めるには、繰り返し単位Bを多く含むのが好ましい。ポリイミドの耐加水分解性を高めることにより、耐湿熱劣化性を高めることができる。そのため、繰り返し単位Bを多く含むことで、耐湿熱劣化性に優れた絶縁電線1を得ることができる。具体的にはポリイミド中の繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超であることが必要である。
【0035】
モル比[B/(A+B)]×100(モル%)は、好ましくは60モル%超である。モル比[B/(A+B)]×100(モル%)が60モル%超であると、より耐湿熱劣化性に優れた絶縁電線1を得ることができる。またモル比[B/(A+B)]×100(モル%)は、好ましくは80モル%未満である。モル比[B/(A+B)]×100(モル%)が80モル%未満であると、下記に説明する、上記第1の試料に対する比M60/M10が1.2以上又は上記第2の試料に対する比M30/M10が1.2以上のポリイミドを得ることが容易となる。
【0036】
上記絶縁電線1においては、分離時伸長度7%の絶縁皮膜20の第1の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M60の比M60/M10が1.2以上である。
【0037】
また絶縁電線1においては、分離時伸長度40%の絶縁皮膜20の第2の試料に対し10mm/分で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が30%の時点での引張応力M30の比M30/M10が1.2以上である。
【0038】
ここで分離時伸長度とは、絶縁電線1から絶縁皮膜20の引張試験用試料を取得する際の、絶縁電線1の伸長度(%)を意味する。得られる絶縁電線1の導体10と絶縁皮膜20とをそのまま剥離するのは容易ではない。絶縁電線1から絶縁皮膜20の引張試験用試料(第1の試料又は第2の試料)を取得するために、導体10及び絶縁皮膜20の両方を含む絶縁電線1を、引張試験機等で所定の長さに伸長することで、導体10と絶縁皮膜20とを分離しやすくする。その後、例えば、さらに電気分解(例えば食塩水中での電気分解)により導体10を電解して導体10と絶縁皮膜20との間にすき間を形成し、導体10と絶縁皮膜20とを分離することにより、絶縁皮膜20のみを分離する。この分離した絶縁皮膜20を第1の試料又は第2の試料として引張試験を行う。特に限定されないが、一例として、上記食塩水中での電気分解は、食塩水の濃度:5%、電極:正極=炭素電極、負極=導体10、電圧=20Vの条件にて行うことができる。
【0039】
このとき、導体10と絶縁皮膜20とを分離しやすくするために、引張試験機等で伸長される際の伸長度を分離時伸長度と呼ぶ。「分離時伸長度7%」とは、この予備的分離の際に、元の長さの107%にまで絶縁電線1を伸長することを意味する。また「分離時伸長度40%」とは、この予備的分離の際に、元の長さの140%にまで絶縁電線1を伸長することを意味する。
【0040】
絶縁皮膜20から第1の試料を取得するか、第2の試料を取得するかは絶縁電線1の状態などに応じて適宜選択できる。例えば導体10と絶縁皮膜20との分離が比較的容易な絶縁電線1であれば、分離時伸長度7%で絶縁皮膜20を導体10から分離できるため、第1の試料として引張試験用の試料を取得することができる。また導体10と絶縁皮膜20との分離時に、分離を促進するための充分な前処理を必要する場合には、分離時伸長度40%で絶縁皮膜20を導体10から分離し、第2の試料として引張試験用の試料を取得することができる。但し、同一の絶縁電線1から、第1の試料と第2の試料の両方を取得しても構わない。
【0041】
一般的に、導体10と絶縁皮膜20との界面の面積が小さいほど絶縁皮膜20の分離が比較的容易な傾向がある。導体10の長手方向に垂直な断面の面積が小さくなるほど上記界面の面積が小さくなる。そのため、例えば丸線(導体10の長手方向に垂直な断面の形状が円形である絶縁電線1)の場合、線径の小さな線は第1の試料及び第2の試料の両方を取得しやすい傾向がある。
【0042】
界面の面積は、導体10のサイズや導体10の形状によっても左右される。例えば導体10の長手方向に垂直な断面の形状が円形である丸線において、導体10の線径が大きくなると第1の試料が得にくくなる傾向がある。そのため、比較的導体10の断面積が大きい絶縁電線1の場合には第2の試料を取得して引張試験による評価を行う。また断面の円の直径と、断面の正方形の一辺の長さとが同じ丸線と平角線(導体10の長手方向に垂直な断面の形状が四角形である絶縁電線1)とを比較した場合、丸線の方が導体10の側面積が小さくなる。上記側面積は導体10と絶縁皮膜20との界面の面積に相当する。そのため、同様のサイズの丸線と平角線を比較すると、丸線の方が比較的第1の試料及び第2の試料の両方を取得しやすい傾向がある。また平角線については第2の試料を取得して評価するのが好適な場合が、丸線に比べて多い傾向がある。
【0043】
分離時伸長度7%の絶縁皮膜20の第1の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、引張応力M
10、引張応力M
60、および比M
60/M
10の関係について
図2を参照して説明する。
図2は第1の試料に対する引張試験による絶縁皮膜20の応力-ひずみ曲線の一例を示す模式的なグラフである。応力-ひずみ曲線30は、比M
60/M
10が1.6の場合に対応するものである。ここでM
10は伸び率が10%の時点での引張応力を、M
60は伸び率が60%の時点での引張応力を意味する。これに対し、応力-ひずみ曲線32は、比M
60/M
10が1.18の場合に対応するものである。比M
60/M
10が1.2以上である応力-ひずみ曲線30においては、伸び率10%を超えた後の傾きが大きい。一方、比M
60/M
10が1.2未満である応力-ひずみ曲線32においては、伸び率10%を超えた後の傾きが小さい。
【0044】
図2の応力-ひずみ曲線30(実線)で表されるように、比M
60/M
10が1.2以上である絶縁皮膜20を有する絶縁電線1は、高温・高湿環境下に長時間曝露してもひび割れや亀裂などの欠陥が生じにくい。一方、応力-ひずみ曲線32(点線)で表されるように、比M
60/M
10が1.2未満である絶縁皮膜20を有する絶縁電線1は、高温・高湿環境下に長時間曝露した場合、ひび割れや亀裂などの欠陥が生じやすい。
【0045】
これは例えば以下のような理由によるものと考えることができる。
図2を参照して、ポリイミドからなる絶縁皮膜20を引っ張ると、最初は弾性変形が支配的な状態で絶縁皮膜20が伸び、その後、塑性変形が支配的な状態に移行する。ポリイミドの場合、概ね伸び率が10%以下の段階では弾性変形が支配的であり、10%を超えると塑性変形が支配的になる。したがって、伸び率が60%の時点においては塑性変形が支配的な状態である。塑性変形においては、分子同士が互いに滑りながら引張方向に移動している状態であり、塑性変形時の応力は分子間力や分子絡み合いの量などにより左右される。すなわち、比M
60/M
10が低いほど、分子間力や分子絡み合いの量が少なく、分子同士の滑りが継続しやすいため、クラックなどに進展しやすいと考えられる。
【0046】
繰り返し単位Bを多く含むほど、分子の剛直性が高まり、分子の絡み合いが少なくなるため、比M60/M10が低下する。絶縁皮膜20の、第1の試料に対する比M60/M10が1.2以上という条件を満たすことで、欠陥が発生しにくい絶縁電線1を提供することができる。
【0047】
次に分離時伸長度40%の絶縁皮膜20の第2の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、引張応力M
10、引張応力M
30、および比M
30/M
10の関係について
図3を参照して説明する。
図3は第2の試料に対する引張試験による絶縁皮膜20の応力-ひずみ曲線の一例を示す模式的なグラフである。応力-ひずみ曲線40は、比M
30/M
10が1.3の場合に対応するものである。ここでM
10は伸び率が10%の時点での引張応力を、M
30は伸び率が30%の時点での引張応力を意味する。
【0048】
分離時伸長度7%の第1の試料と比較して、分離時伸長度40%の第2の試料は、絶縁皮膜20を導体10から分離した時点で、絶縁皮膜20にはある程度の永久ひずみが残存している。
【0049】
第2の試料に対する比M30/M10は、塑性変形が支配的な状態での引張応力の上昇度合いを示している。上述の通り、塑性変形においては、分子同士が互いに滑りながら引張方向に移動している状態であり、塑性変形時の応力は分子間力や分子絡み合いの量などにより左右される。すなわち、第2の試料に対する比M30/M10が低いほど、分子間力や分子絡み合いの量が少なく、分子同士の滑りが継続しやすいため、クラックなどに進展しやすいと考えられる。したがって、第1の試料に対する比M60/M10と同様に、絶縁皮膜20の、第2の試料に対する比M30/M10が1.2以上という条件を満たすことで、欠陥が発生しにくい絶縁電線1を提供することができる。
【0050】
上述の通り、耐加水分解性と、塑性変形時における分子間の滑りとの関係から、絶縁皮膜20は、(1)繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超であるポリイミドからなること、という条件(1)を満たす必要がある。
【0051】
さらに絶縁皮膜20は、以下の条件(2)及び条件(3)のうち、少なくとも一方を満たす必要がある。
(2)分離時伸長度7%の絶縁皮膜20の第1の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M60の比M60/M10が1.2以上であること
(3)分離時伸長度40%の絶縁皮膜20の第2の試料に対し10mm/分で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が30%の時点での引張応力M30の比M30/M10が1.2以上であること
【0052】
絶縁皮膜20は、条件(1)を満たすとともに、条件(2)及び条件(3)のうち、少なくとも一方を満たしていれば十分である。但し、条件(1)を満たすとともに、条件(2)及び条件(3)の両方を満たしてもよい。例えば、同一の絶縁電線1から準備される、分離時伸長度7%にて取得した第1の試料と、分離時伸長度40%にて取得した第2の試料とが、それぞれ上記比M60/M10及び比M30/M10両方の条件を満たしていてもよい。また例えば、分離時伸長度7%で絶縁皮膜20を導体10から分離することが難しい場合、または第1の試料では十分な伸びが得られず比M60/M10を算出できない場合、分離時伸長度40%にて予備的分離を行い、絶縁皮膜20を導体10から分離し、得られた第2の試料の比M30/M10が1.2以上であればよい。
【0053】
なお上記第1の試料に対する比M60/M10の値、および上記第2の試料に対する比M30/M10はポリイミドの組成(繰り返し単位の構成比率)だけでなく、分子量やワニスの合成条件等によっても左右される。そのためモル比[B/(A+B)]×100(モル%)のみでは比M60/M10の値又は比M30/M10の値が一概に決定されない。しかしながらモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超でかつ80モル%未満の場合には、上記第1の試料に対する比M60/M10又は上記第2の試料に対する比M30/M10の値が1.2以上のポリイミドからなる絶縁皮膜20を得るための制御が容易である。そのため、上記第1の試料に対する比M60/M10又は上記第2の試料に対する比M30/M10の値が1.2以上のポリイミドを得るためには、モル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超でかつ80モル%未満であるのが好ましく、モル比[B/(A+B)]×100(モル%)が60モル%超でかつ80モル%未満であるのが好ましい。
【0054】
[他の層]
本実施の形態に係る絶縁電線1は、上記絶縁皮膜20以外の他の層をさらに含んでいてもよい。例えば、上記導体10と上記絶縁皮膜20との間、すなわち上記絶縁皮膜20よりも径方向内側に他の樹脂からなる樹脂被覆層を有していてもよい。上記樹脂被覆層の例としては、PMDAとODA由来の繰り返し単位からなるPMDA-ODAポリイミド層や、PMDA及びBPDA以外のテトラカルボン酸二無水物成分由来の繰り返し単位を含むポリイミド層、ODA以外のジアミン成分由来の繰り返し単位を含むポリイミド層などが挙げられる。また上記樹脂被覆層の例としては、ポリイミド以外に、ポリアミドイミド層やポリエーテルイミド層などの他の絶縁性樹脂からなる被覆層が挙げられる。これらの層が上記絶縁皮膜20の径方向内側に配置されている場合、絶縁皮膜20による保護効果により絶縁電線1全体としての耐加水分解性は保持される。そのため、仮に上記樹脂被覆層の耐加水分解性が上記絶縁皮膜20の耐加水分解性よりも低い場合であっても、絶縁電線1全体としての耐湿熱劣化性は充分に維持される。
【0055】
なおPMDA及びBPDA以外のテトラカルボン酸二無水物成分の例としては、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、4,4’-オキシジフタル酸二無水物、2,2’,3,3’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、2,2-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、2,2-ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、1,1-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、1,1-ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)メタン二無水物、ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)メタン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)スルホン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)エーテル二無水物、1,2,5,6-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物等が挙げられる。ジメチル-4,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,3’,5,5’-テトラメチル-4,4’-ジアミノジフェニルメタンなどが挙げられる。
【0056】
上記ODA以外のジアミン成分の例としては、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(4,4’-ODA)、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル(3,4’-ODA)、3,3’-ジアミノジフェニルエーテル(3,3’-ODA)、2,4’-ジアミノジフェニルエーテル(2,4’-ODA)、2,2’-ジアミノジフェニルエーテル(2,2’-ODA)等のジアミノジフェニルエーテル(ODA)、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)、4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,3’-ジアミノジフェニルメタン、2,4’-ジアミノジフェニルメタン、2,2’-ジアミノジフェニルメタン、4,4’-ジアミノジフェニルスルホン、3,4’-ジアミノジフェニルスルホン、3,3’-ジアミノジフェニルスルホン、2,4’-ジアミノジフェニルスルホン、2,2’-ジアミノジフェニルスルホン、4,4’-ジアミノジフェニルスルフィド、3,4’-ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’-ジアミノジフェニルスルフィド、2,4’-ジアミノジフェニルスルフィド、2,2’-ジアミノジフェニルスルフィド、パラフェニレンジアミン(PPD)、メタフェニレンジアミン、p-キシリレンジアミン、m-キシリレンジアミン、2,2’-ジメチル-4,4’-ジアミノビフェニル、1,5-ジアミノナフタレン、4,4’-ベンゾフェノンジアミン、3,3’-ジメチル-4,4’-ジアミノジフェニルメタン、3,3’,5,5’-テトラメチル-4,4’-ジアミノジフェニルメタンなどが挙げられる。
【0057】
また本実施の形態に係る絶縁電線1は、上記絶縁皮膜20の径方向外側にコーティング層をさらに含んでもよい。上記コーティング層の例としては表面潤滑層等が挙げられる。
【0058】
[絶縁電線の製造]
次に
図1および
図4を参照して、本実施の形態に係る絶縁電線1を製造する方法の手順を説明する。
図4は絶縁電線1の製造工程の手順を示すフローチャートである。本実施の形態においては、
図4に示すステップS10~ステップS30の各ステップが実施される。
【0059】
[導体10の準備]
図1および
図4を参照して、まず線状の導体10を準備する(S10)。具体的には、素線を準備し、その素線に対して引き抜き加工(伸線加工)などの加工を行い所望の径や形状を有する導体10を準備する。素線としては、導電率が高く、かつ機械的強度が大きい金属が好ましい。このような金属としては、例えば銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、ニッケル、銀、軟鉄、鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。上記絶縁電線1の導体10は、これらの金属を線状に形成した材料や、このような線状の材料にさらに別の金属を被覆した多層構造のもの、例えばニッケル被覆銅線、銀被覆銅線、銅被覆アルミニウム線、銅被覆鋼線等を用いることができる。
【0060】
上記絶縁電線1の導体10の平均断面積の下限としては、0.01mm2が好ましく、0.1mm2がより好ましい。一方、上記導体10の平均断面積の上限としては、15mm2が好ましく、10mm2がより好ましい。上記導体10の平均断面積が上記下限より小さい場合、抵抗値が増大するおそれがある。逆に、上記導体10の平均断面積が上記上限を超える場合、絶縁電線1の曲げ加工が容易でなくなるおそれがある。
【0061】
[ワニス(ポリアミック酸溶液)の調製]
次に、ポリイミドの前駆体であるポリアミック酸を含有するワニス(ポリアミック酸溶液)を調製する(S20)。
【0062】
(ポリイミド前駆体)
上記ポリイミドの原料となるポリイミド前駆体は、イミド化によりポリイミドを形成する重合体であり、テトラカルボン酸二無水物であるPMDA及びBPDAと、ジアミンであるODAとの重合によって得られる反応生成物である。つまり、上記ポリイミド前駆体は、PMDA及びBPDAとODAとを原料とする。
【0063】
(テトラカルボン酸二無水物)
上記ポリイミド前駆体の原料として用いるテトラカルボン酸二無水物は、ピロメリット酸二無水物(PMDA)と、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)とからなる。PMDAとBPDAとの合計モル数に対するBPDAのモル数として表されるモル比が55モル%超である。好ましくは上記モル比が60モル%超である。上記モル比の上限としては、95モル%であるのが好ましく、92モル%であるのがより好ましい。上記BPDAの含有量を上記範囲とすることで、絶縁層の主成分であるポリイミドにBPDAに由来する構造を適度に導入することができ、その結果、外観性、曲げ加工性及び耐湿熱劣化性をバランスよく向上できる。
【0064】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いるテトラカルボン酸二無水物100モル%に対するPMDAの含有量の下限としては、5モル%が好ましく、8モル%がより好ましい。一方、上記PMDAの含有量の上限としては、45モル%が好ましく、20モル%がより好ましい。上記PMDAの含有量が上記下限より小さい場合、絶縁層の耐熱性が不十分となるおそれがある。逆に、上記PMDAの含有量が上記上限を超える場合、絶縁層の主成分であるポリイミドにBPDAに由来する構造を十分に導入することができず、その結果、上記絶縁層の耐湿熱劣化性が低下するおそれがある。
【0065】
(ジアミン)
上記ポリイミド前駆体の原料として用いるジアミンはODA(4,4’-Diaminodiphenyl ether、4,4’-oxydianiline)である。ODAを用いることで、絶縁層の靭性を向上できる。
【0066】
(ポリイミド前駆体の分子量)
上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量の下限としては、10,000が好ましく、15,000がより好ましい。一方、上記重量平均分子量の上限としては、180,000が好ましく、130,000がより好ましい。上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量を上記下限以上とすることで、伸長性に優れ、かつ加水分解を生じても一定の分子量を維持し易いポリイミドを形成でき、その結果、上記絶縁層の可撓性及び耐湿熱劣化性をより向上できると考えられる。また、上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量を上記上限以下とすることで、当該絶縁電線の製造に用いる樹脂ワニスの極端な粘度増大を抑制して塗布性を向上できる。また、上記樹脂ワニスにおいて、優れた塗布性を維持しつつポリイミド前駆体の濃度を向上し易くなる。ここで「重量平均分子量」とは、JIS-K7252-1:2008「プラスチック-サイズ排除クロマトグラフィーによる高分子の平均分子量及び分子量分布の求め方-第1部:通則」に準拠して、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を用いて測定される値を指す。
【0067】
(ポリイミド前駆体を含有するワニスの調製)
上記ポリイミド前駆体は、上述したテトラカルボン酸二無水物とジアミンとの重合反応により得ることができる。上記重合反応は、従来のポリイミド前駆体の合成方法に従って行うことができる。本実施の形態においては、ジアミンであるODA100モル%を、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)中にまず溶解させる。次に、PMDAとBPDAを所定の比率で含むテトラカルボン酸二無水物を95モル%~100モル%加え、窒素雰囲気下で撹拌する。その後、撹拌しながら80℃で3時間反応させる。反応後、反応溶液を室温にまで自然冷却する。これによりN-メチル-2-ピロリドン中に溶解した状態のポリイミド前駆体を含有するワニスを調製する。
【0068】
上記実施の形態においては、有機溶剤としてN-メチル-2-ピロリドン(NMP)を使用したが、他の非プロトン性極性有機溶剤を使用することもできる。他の非プロトン性極性有機溶剤としては、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、γ-ブチロラクトンが挙げられる。これらの有機溶剤は単独で用いても2種以上を併用しても良い。ここで「非プロトン性極性有機溶剤」とは、プロトンを放出する基を持たない極性有機溶剤をいう。
【0069】
上記有機溶剤の使用量は、PMDA、BPDA及びODAを均一に分散させることができる使用量であれば特に制限されない。上記有機溶剤の使用量としては、例えばPMDA、BPDA及びODAの合計100質量部に対し、100質量部以上1,000質量部以下とすることができる。
【0070】
上記重合の反応条件は、使用する原料等により適宜設定すればよい。例えば反応温度を10℃以上100℃以下、反応時間を0.5時間以上24時間以下とすることができる。
【0071】
上記重合に用いるテトラカルボン酸二無水物(PMDA及びBPDA)とジアミン(ODA)とのモル比(テトラカルボン酸二無水物/ジアミン)は、重合反応を効率的に進行させる観点から、100/100に近いほど好ましい。上記モル比としては、例えば95/105以上105/95以下とすることができる。
【0072】
上記ワニスは、上記効果を損なわない範囲において、上述した成分以外に他の成分や添加剤を含んでもよい。例えば、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、硬化促進剤、潤滑剤、密着性向上剤、安定剤などの各種添加剤や、反応性低分子などの他の化合物を含んでいてもよい。
【0073】
上記分離時伸長度7%の絶縁皮膜の第1の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M60の比M60/M10が1.2以上、および分離時伸長度7%の絶縁皮膜の第1の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M60の比M60/M10が1.2以上、という2つの条件のうち少なくとも1つを満たす絶縁皮膜は、ポリイミドの原料であるPMDA、BPDAおよびODAの配合比を調整したり、ポリアミック酸の分子量や焼付条件などを調整したりすることにより得ることができる。その他、重合条件や温度条件、添加方法等を調整することによっても上記比M40/M10を調整することができる。
【0074】
[絶縁皮膜20の形成]
次に、導体10上に絶縁皮膜20が形成される(S30)。絶縁皮膜20は、線状の形状を有する導体10の外周側を覆うように形成される。まず、S20において調製したワニスを導体10の表面に塗工し、導体10の表面に塗膜を形成する。塗膜が形成された導体10を例えば350~500℃に加熱された炉内を20秒~2分間、例えば30秒かけて通過させることにより加熱する。塗膜が加熱されると、ポリアミック酸の脱水によりイミド化が進行し、塗膜が硬化して導体10上にポリイミドの絶縁皮膜20が形成される。この塗工、加熱のサイクルを、例えば10回繰り返すことにより、絶縁皮膜20全体の厚みを増し、最終的に所望の厚み(例えば35μm)を有する絶縁皮膜20を得ることができる。このようにして、導体10と、導体10の外周側を覆うように形成されたポリイミドの絶縁皮膜20とを備えた絶縁電線1が製造される。
【0075】
(実施の形態2)
[絶縁電線の構成]
次に別の実施の形態に係る絶縁電線について説明する。
図5は絶縁電線の一例を示す断面模式図である。
図5を参照して、本実施の形態に係る絶縁電線2は、線状の導体12と、導体12の外周側を覆うように配置された絶縁皮膜22とを備える。
【0076】
導体12は、例えば導電率が高く、かつ機械的強度が大きい金属からなるのが好ましい。このような金属としては、例えば銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、ニッケル、銀、軟鉄、鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。上記絶縁電線の導体12は、これらの金属を線状に形成した材料や、このような線状の材料にさらに別の金属を被覆した多層構造のもの、例えばニッケル被覆銅線、銀被覆銅線、銅被覆アルミニウム線、銅被覆鋼線等を用いることができる。
【0077】
導体12の径は特に限定されず、用途に応じて適宜選択される。また、
図5においては円形の断面形状を有する導体12および絶縁電線2が示されているが、導体12が線状である限り導体12および絶縁電線2の断面形状は特に限定されない。例えば、長手方向に垂直な断面において、円形の断面形状を有する線状の導体12に代えて、断面形状が矩形状や多角形状の導体12を用いることも可能である。
【0078】
当該絶縁皮膜22は、導体12の外周側を覆うように形成される。例えば、絶縁皮膜22は、導体12の外周側に積層される。絶縁皮膜22は単一の絶縁層からなってもよく、複数の絶縁層からなってもよい。上記絶縁電線2が複数の絶縁層を備える場合、各絶縁層は上記導体12を断面視した場合に、その断面の中心から外周側に向かって順次積層される。この場合、各絶縁層の平均厚さとしては、例えば1μm以上5μm以下とすることができる。また、上記複数の絶縁層の平均合計厚さとしては、例えば10μm以上200μm以下とすることができる。さらに、複数の絶縁層の合計層数としては、例えば2層以上200層以下とすることができる。
【0079】
絶縁皮膜22を構成する上記単一の絶縁層、又は複数の絶縁層に含まれる各層は、上記式(1)で表される繰り返し単位Aと、上記式(2)で表わされる繰り返し単位Bとを含む分子構造を有するポリイミドからなる。繰り返し単位Aと上記繰り返し単位Bとの合計量に占める繰り返し単位Bの量の割合は60モル%以上である。
【0080】
ポリイミドの加水分解は、絶縁皮膜22のひび割れやクラックの原因の一つである。ポリイミドの耐加水分解性を高めるには、繰り返し単位Bを多く含むのが好ましい。ポリイミドの耐加水分解性を高めることにより、耐湿熱劣化性を高めることができる。そのため、繰り返し単位Bを多く含むことで、耐湿熱劣化性に優れた絶縁皮膜22を備えた絶縁電線2を得ることができる。特に、充分な耐湿熱劣化性を確保するためには、繰り返し単位Aと上記繰り返し単位Bとの合計量に占める繰り返し単位Bの量の割合は60モル%以上であることが必要である。
【0081】
繰り返し単位Aと上記繰り返し単位Bとの合計量に占める繰り返し単位Bの量の割合は、好ましくは62モル%以上である。また好ましくは80モル%未満、より好ましくは78モル%未満である。上記割合が80モル%未満であると、上記分子規則性ピーク比率が15%以下であるポリイミド絶縁皮膜を得ることが容易となる。
【0082】
次に
図6を参照して、「10°以上41°以下の回折角2θの範囲においてX線回折法により解析された絶縁皮膜20の散乱X線プロファイルにおいて、散乱X線プロファイルと基線とにより挟まれる第1の領域の面積に対する、散乱X線プロファイルから抽出された回折パターンプロファイルと基線とにより挟まれる第2の領域の面積の割合(分子規則性ピーク比率)が15%以下である」という特徴について説明する。
図6は絶縁皮膜22のX線プロファイルの一例を示す図である。
【0083】
ポリイミドからなる絶縁皮膜22に対しX線を照射すると、絶縁皮膜22中のポリイミドによりX線が散乱される(散乱X線)。その散乱X線を検出器で受け取り、受け取った散乱X線の強度を記録することにより散乱X線プロファイルが得られる。ポリイミドが規則正しく配列している場合、特定の回折角(入射X線の入射方向と、散乱X線の進行方向との成す角)2θにおいて散乱X線は干渉し合い、強い回折X線が生じる。その強い回折X線は、散乱X線プロファイルにおいてシャープなピークとして現れる。一方、ポリイミドの規則性が低いと、散乱X線プロファイルにおいてブロードなピークが現れる。
【0084】
ポリイミドからなる絶縁皮膜22の構造をX線回折法により解析し、得られたプロファイルデータからソフトウェアを用いてバックグラウンドを差し引くと、
図6に示すような散乱X線プロファイル50が得られる。ソフトウェアは特に限定されないが、例えばPANalytical製のX’Pert HighScore Plusを使用することができる。具体的には、このソフトウェアを用いて、データ処理条件はバックグラウンド指定=自動、粒状度=100、ペンディングファクタ=0、スムージング後のデータ使用=無し、とする条件により散乱X線プロファイル50が得られる。
【0085】
また回折パターンプロファイル60は、例えば上記ソフトウェアを用いて、データ処理条件をバックグラウンド指定=自動、粒状度=5、ペンディングファクタ=0、スムージング後のデータ使用=無し、とし、バックグラウンドおよびハローパターンを差し引くことにより得られる。回折パターンプロファイル60とは、散乱X線プロファイル50から、分子配列の規則性が高い構造由来のピークに相当するピークのみを抽出したプロファイルである。
【0086】
次に上記「分子規則性ピーク比率」(10°以上41°以下の回折角2θの範囲においてX線回折法により解析された絶縁皮膜22の散乱X線プロファイルにおいて、散乱X線プロファイルと基線とにより挟まれる第1の領域の面積に対する、散乱X線プロファイルから抽出された回折パターンプロファイルと基線とにより挟まれる第2の領域の面積の割合)の求め方について、
図6を参照して説明する。
【0087】
上記分子規則性ピーク比率を求めるために、
図6に示す散乱X線プロファイルの図において、まず10°以上41°以下の回折角2θの範囲の、散乱X線プロファイル50と基線Bとにより挟まれる第1の領域の面積(以下、第1の面積と呼ぶ)を求める。次に10°以上41°以下の回折角2θの範囲の、分子配列の規則性が高い構造由来のピークに相当する回折パターンプロファイル60と、基線Bとにより挟まれる第2の領域の面積(以下、第2の面積と呼ぶ)を求める。特に限定されないが、第1の面積および第2の面積は、例えば、それぞれ上述の方法にて得られたプロファイルデータをCSV(comma-separated values)ファイルに変換して各回折角2θ(0.03°刻み)の強度の数値を抽出し、回折角2θが10.025°から40.985°まで範囲の強度を足し合わせることで求められる。なお、強度の数値が負の場合は、0にせず負の値のまま足し合わせる。その後、式[(第2の面積)/(第1の面積)]×100に基づき分子規則性ピーク比率を算出することができる。
【0088】
上記分子規則性ピーク比率が高いほど、分子間力や分子絡み合いの量が少なく、分子同士の滑りが継続しやすいと推測される。そのため、絶縁皮膜22が高温・高湿環境下に長時間曝露されるとクラックが生じやすいと考えられる。本実施の形態においては、上記分子規則性ピーク比率は15%以下である。この場合、高温・高湿環境下に長時間曝露されてもクラックが発生しにくい絶縁皮膜22を備えた絶縁電線2を提供することができる。
【0089】
このように、本実施の形態における絶縁電線2の絶縁皮膜22は以下の2つの条件を満たす。まず耐加水分解性と、塑性変形時における分子間の滑りとの関係から、(1)絶縁皮膜22が繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が60モル%以上であるポリイミドからなること、という条件を満たす。また高温・高湿環境下に長時間曝露された後のクラックの発生を抑制できることから、(2)10°以上41°以下の回折角2θの範囲においてX線回折法により解析された絶縁皮膜22の散乱X線プロファイル50において、散乱X線プロファイル50と基線Bとにより挟まれる第1の領域の面積に対する、散乱X線プロファイル50から抽出された回折パターンプロファイル60と基線Bとにより挟まれる第2の領域の面積の割合が15%以下である、という条件を満たす。この2つの条件を満たすことにより、耐湿熱性劣化に優れた、ポリイミドからなる絶縁皮膜22を備えた絶縁電線2を提供することができる。
【0090】
[絶縁電線の製造]
次に
図5および
図7を参照して、本実施の形態に係る絶縁電線2を製造する方法の手順を説明する。
図7は絶縁電線2の製造工程の手順を示すフローチャートである。本実施の形態においては、
図7に示すS40~S60のステップが実施される。
【0091】
[導体12の準備]
図5および
図7を参照して、まず線状の導体12を準備する(S40)。具体的には、素線を準備し、その素線に対して引き抜き加工(伸線加工)などの加工を行い所望の径や形状を有する導体12を準備する。素線としては、導電率が高く、かつ機械的強度が大きい金属が好ましい。このような金属としては、例えば銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、ニッケル、銀、軟鉄、鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。上記絶縁電線2の導体12は、これらの金属を線状に形成した材料や、このような線状の材料にさらに別の金属を被覆した多層構造のもの、例えばニッケル被覆銅線、銀被覆銅線、銅被覆アルミニウム線、銅被覆鋼線等を用いることができる。
【0092】
当該絶縁電線の導体12の平均断面積の下限としては、0.01mm2が好ましく、0.1mm2がより好ましい。一方、上記導体12の平均断面積の上限としては、10mm2が好ましく、5mm2がより好ましい。上記導体12の平均断面積が上記下限より小さい場合、抵抗値が増大するおそれがある。逆に、上記導体12の平均断面積が上記上限を超える場合、誘電率を十分に低下させるために絶縁層を厚く形成しなければならず、当該絶縁電線が不必要に大径化するおそれがある。
【0093】
[ワニス(ポリアミック酸溶液)の調製]
次に、ポリイミドの前駆体であるポリアミック酸を含有するワニス(ポリアミック酸溶液)を調製する(S50)。
【0094】
上記ポリイミドの原料となるポリイミド前駆体(ポリアミック酸)は、イミド化によりポリイミドを形成するプレポリマーであり、テトラカルボン酸二無水物であるPMDAおよびBPDAと、ジアミンであるODAとの重合によって得られる反応生成物である。つまり、上記ポリイミド前駆体は、PMDAおよびBPDAとODAとを原料とする。
【0095】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いるテトラカルボン酸二無水物は、ピロメリット酸二無水物(PMDA)と、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)とからなる。テトラカルボン酸二無水物中のBPDAの割合は60モル%以上である。好ましくは上記モル比が62モル%以上である。またBPDAの割合は好ましくは80モル%未満、より好ましくは78モル%未満である。テトラカルボン酸二無水物中のBPDAの割合を上記範囲とすることで、絶縁層の主成分であるポリイミドにBPDAに由来する構造を適度に導入することができ、その結果、外観性、曲げ加工性および耐湿熱劣化性をバランスよく向上できる。
【0096】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いるテトラカルボン酸二無水物100モル%に対するPMDAの含有量の下限としては、5モル%が好ましく、8モル%がより好ましい。一方、上記PMDAの含有量の上限は40モル%である。上記PMDAの含有量が上記下限より小さい場合、絶縁層の耐熱性が不十分となるおそれがある。逆に、上記PMDAの含有量が上記上限を超える場合、絶縁層の主成分であるポリイミドにBPDAに由来する構造を十分に導入することができず、その結果、上記絶縁層の耐湿熱劣化性が低下するおそれがある。
【0097】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いるジアミンはODA(4,4’-Diaminodiphenyl ether、4,4’-oxydianiline)である。ODAを用いることで、絶縁層の靭性を向上できる。
【0098】
上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量の下限としては、10,000が好ましく、15,000がより好ましい。一方、上記重量平均分子量の上限としては、180,000が好ましく、130,000がより好ましい。上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量を上記下限以上とすることで、伸長性に優れ、かつ加水分解を生じても一定の分子量を維持し易いポリイミドを形成でき、その結果、上記絶縁層の可撓性および耐湿熱劣化性をより向上できると考えられる。また、上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量を上記上限以下とすることで、当該絶縁電線の製造に用いる樹脂ワニスの極端な粘度増大を抑制して塗布性を向上できる。また、上記樹脂ワニスにおいて、優れた塗布性を維持しつつポリイミド前駆体の濃度を向上し易くなる。ここで「重量平均分子量」とは、JIS-K7252-1:2008「プラスチック-サイズ排除クロマトグラフィーによる高分子の平均分子量および分子量分布の求め方-第1部:通則」に準拠して、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を用いて測定される値を指す。
【0099】
上記ポリイミド前駆体は、上述したテトラカルボン酸二無水物とジアミンとの重合反応により得ることができる。一例であるが、本実施の形態においては、以下のようにして重合反応を行うことができる。まずジアミンであるODA100モル%を、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)中にまず溶解させる。次に、PMDAとBPDAを所定の比率で含むテトラカルボン酸二無水物を95モル%~100モル%加え、窒素雰囲気下で撹拌する。その後、撹拌しながら80℃で3時間反応させる。反応後、反応溶液を室温にまで自然冷却する。これによりN-メチル-2-ピロリドン中に溶解した状態のポリイミド前駆体を含有するワニスを調製する。
【0100】
上記実施の形態においては、有機溶剤としてN-メチル-2-ピロリドン(NMP)を使用したが、他の非プロトン性極性有機溶剤を使用することもできる。他の非プロトン性極性有機溶剤としては、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、γ-ブチロラクトンが挙げられる。これらの有機溶剤は単独で用いても2種以上を併用しても良い。ここで「非プロトン性極性有機溶剤」とは、プロトンを放出する基を持たない極性有機溶剤をいう。
【0101】
上記有機溶剤の使用量は、PMDA、BPDAおよびODAを均一に分散させることができる使用量であれば特に制限されない。上記有機溶剤の使用量としては、例えばPMDA、BPDAおよびODAの合計100質量部に対し、100質量部以上1,000質量部以下とすることができる。
【0102】
上記重合の反応条件は、使用する原料等により適宜設定すればよい。例えば反応温度を10℃以上100℃以下、反応時間を0.5時間以上24時間以下とすることができる。
【0103】
上記重合に用いるテトラカルボン酸二無水物(PMDAおよびBPDA)とジアミン(ODA)とのモル比(テトラカルボン酸二無水物/ジアミン)は、重合反応を効率的に進行させる観点から、100/100に近いほど好ましい。上記モル比としては、例えば95/105以上105/95以下とすることができる。
【0104】
上記ワニスは、上記効果を損なわない範囲において、上述した成分以外に他の成分や添加剤を含んでもよい。例えば、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、硬化促進剤、潤滑剤、密着性向上剤、安定剤などの各種添加剤や、反応性低分子などの他の化合物を含んでいてもよい。
【0105】
10°以上41°以下の回折角2θの範囲においてX線回折法により解析された絶縁皮膜22の散乱X線プロファイル50において、散乱X線プロファイル50と基線Bとにより挟まれる第1の領域の面積に対する、散乱X線プロファイル50から抽出された回折パターンプロファイル60と基線Bとにより挟まれる第2の領域の面積の割合が15%以下のポリイミドは、ポリイミドの原料であるPMDA、BPDAおよびODAの配合比を調整したり、ポリアミック酸の分子量やポリイミドの重合度などを調整したりすることにより得ることができる。その他、重合条件や温度条件、添加方法、結晶核剤や結晶遅延剤の添加等を調整することによっても上記分子規則性ピーク比率を調整することができる。
【0106】
[絶縁皮膜22の形成]
次に、導体12上に絶縁皮膜22が形成される(S60)。絶縁皮膜22は、線状の導体12の外周側を覆うように形成される。まず、S50において調製したワニスを導体12の表面に塗工し、導体12の表面に塗膜を形成する。次に例えば350~500℃に加熱された炉内を20秒~2分間、例えば30秒かけて塗膜が形成された導体12を通過させることにより加熱する。塗膜が加熱されると、ポリアミック酸の脱水によりイミド化が進行し、塗膜が硬化して導体12上にポリイミドの絶縁皮膜22が形成される。この塗工、加熱のサイクルを、例えば10回繰り返すことにより、絶縁皮膜22全体の厚みを増し、最終的に所望の厚み(例えば35μm)を有する絶縁皮膜22を得ることができる。このようにして、導体12と、導体12の外周側を覆うように配置されたポリイミドの絶縁皮膜22とを備えた絶縁電線2が製造される。
【実施例】
【0107】
次に、実施例によって本開示に係る発明の内容をさらに具体的に説明する。ただし、本開示の内容は以下の実施例に限定されるものではない。実施例においては、以下の方法に従って絶縁電線1,2を製造した。
【0108】
なお実施例において使用した成分のうち、略称で表された成分の正式名称は次のとおりである。
(酸無水物成分)
PMDA:ピロメリット酸無水物(Pyromellitic dianhydride)
BPDA:3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸ニ無水物(Biphenyltetracarboxylic Dianhydride)
(ジアミン成分)
ODA:4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(4,4’-Diaminodiphenyl ether、4,4’-oxydianiline、4,4’-ODA)
【0109】
(実施の形態1に関連する実施例)
(実施例1)
[樹脂ワニスの調製]
ODA100モル%を、有機溶剤のN-メチル-2-ピロリドンに溶解させた後、得られた溶液に、表1および表2に示すモル比のPMDA及びBPDAを加え、窒素雰囲気下で撹拌した。その後、撹拌しながら80℃で3時間反応させた後、室温に冷却することにより、N-メチル-2-ピロリドン中にポリイミド前駆体が溶解している樹脂ワニスを調製した。この樹脂ワニス中のポリイミド前駆体濃度は30質量%とした。
【0110】
[第1の絶縁電線1の製造]
銅を主成分とする平均径1mmの丸線(長手方向に垂直な断面における導体10の形状が円形である導線)を導体10として準備した。上述のようにして調製した樹脂ワニスを上記導体10の外周面に塗工した。上記樹脂ワニスを塗工した導体10を加熱温度400℃、加熱時間30秒の条件で加熱炉において加熱した。この塗工工程および加熱工程を10回ずつ繰り返し行った。このようにして、上記導体10と、この導体10の外周面に積層される平均厚さ35μmの絶縁皮膜20とを備える第1の絶縁電線1を得た。
【0111】
[第2の絶縁電線1の製造]
銅を主成分とする平角導線(長手方向に垂直な断面における導体10の形状が高さ1mm、幅4mmの四角形状である導線)を導体10として準備した。上述のようにして調製した樹脂ワニスを上記導体10の外周面に塗工した。上記樹脂ワニスを塗工した導体10を加熱温度400℃、加熱時間30秒の条件で加熱炉において加熱した。この塗工工程および加熱工程を10回ずつ繰り返し行った。このようにして、上記導体10と、この導体10の外周面に積層される平均厚さ35μmの絶縁皮膜20とを備える第2の絶縁電線1を得た。
【0112】
[引張試験]
(引張試験用試料の取得)
引張試験機(株式会社島津製作所製「AG-IS」)を用いて引張速度10mm/分で上記第1の絶縁電線1を、未伸長時の長さの107%(分離時伸長度7%)になるまで伸長した。引張試験機から伸長後の第1の絶縁電線1を取り外し、食塩水中での電気分解により導体10と絶縁皮膜20との界面にすき間を作り、導体10と絶縁皮膜20とを分離した。得られた絶縁皮膜20を引張試験用試料である第1の試料とした。上記食塩水中での電気分解は、食塩水の濃度:5%、電極:正極=炭素電極、負極=導体10、電圧=20Vの条件にて行った。
【0113】
また、引張試験機(株式会社島津製作所製「AG-IS」)を用いて引張速度10mm/分で上記第2の絶縁電線1を、未伸長時の長さの140%(分離時伸長度40%)になるまで伸長した。引張試験機から伸長した第2の絶縁電線1を取り外し、食塩水中での電気分解により導体10と絶縁皮膜20との界面にすき間を作り、導体10と絶縁皮膜20とを分離した。得られた絶縁皮膜20を引張試験用試料である第2の試料とした。
【0114】
(引張試験)
第1の試料または第2の試料について、引張試験機(株式会社島津製作所製「AG-IS」)を用いて引張速度10mm/分、標線間距離20mmの引張条件で測定した。第1の試料については、上記引張試験により得られた応力-歪み曲線に基づいて、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M60の比M60/M10を求めた。結果を表1に示す。また、第2の試料については、上記引張試験により得られた応力-歪み曲線に基づいて、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が30%の時点での引張応力M30の比M30/M10を求めた。結果を表2に示す。
【0115】
[絶縁電線1の評価]
[耐湿熱劣化性の評価]
得られた絶縁電線1の耐湿熱劣化性は、以下の手順および条件により120℃×500時間の水密封試験を行い評価した。試験は以下の手順で行った。10%伸張した絶縁電線1を水の入ったオートクレーブ用密閉容器に入れ、120℃の恒温槽で500時間保持した。その後、絶縁皮膜20の割れの有無を目視により確認すると共に絶縁破壊電圧を測定した。結果を表1及び表2に示す。
【0116】
【表1】
※1 焼付炉で加熱する時間を44%に短縮したもの
※2 樹脂ワニス調製時、さらに水を添加し、反応後に水を減圧除去したもの。水の添加量は、PMDA、BPDA及びODAの合計100質量部に対し水を47質量部とした。
※3 伸び率60%未満で破断したため測定できず。
【0117】
【表2】
※4 伸び率30%未満で破断したため測定できず
【0118】
表1において、実験No.3~実験No.6は実施例、実験No.1~実験No.2および実験No.7~実験No.10は比較例の結果を示す。また表2において、実験No.13~実験No.16は実施例、実験No.11~実験No.12および実験No.17~実験No.18は比較例の結果を示す。
【0119】
表1に示すように、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%を超え、かつ第1の試料の、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M60の比M60/M10が1.2以上である、という条件を満たす実験No.3~実験No.6においては、水密封試験後も絶縁皮膜20にひび割れや亀裂は見られなかった。したがって、このような絶縁皮膜20を有する絶縁電線1は、耐湿熱劣化性に優れ、長期使用後も劣化が抑制されるものと考えられる。
【0120】
これに対し、モル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%以下である実験No.1~実験No.2、および比M60/M10が1.2未満である実験No.7~実験No.10においては水密封試験後に亀裂が発生していることが確認された。したがって、これらの比較例における材料からなる絶縁皮膜20を備えた絶縁電線1は、長期使用時に亀裂が発生するおそれが高いと考えられる。
【0121】
表1において、実施例である実験No.6と、比較例である実験No.7及びNo.8とは、PMDAとBPDAの配合量がいずれも25:75(質量比)である点で共通する。しかしながら、分離時伸長度7%の絶縁皮膜の第1の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M60の比M60/M10が、実験No.6においては1.2以上であるのに対し、実験No.7及びNo.8においては1.2未満である。その結果、実験No.6においては水密封試験後には亀裂が無いのに対し、実験No.7及びNo.8においては亀裂が確認された。配合が同じでも、製造条件等の違いによっては応力-歪み曲線の形状が変化し、上記比M60/M10が1.2以上になる場合とならない場合がある。上記実験No.6と、実験No.7又はNo.8との比較により、上記比M60/M10が1.2以上になるように製造条件を調整することで亀裂が抑制される絶縁皮膜20を形成することが可能となることが明らかとなった。
【0122】
また水密封試験後に絶縁破壊電圧を測定すると、実験No.3~実験No.6においては5kVの絶縁破壊電圧を有し、絶縁性が保たれていたのに対し、実験No.1~実験No.2及び実験No.7~実験No.9においては絶縁破壊電圧が0kVであり、絶縁性が失われていた。このことから、実験No.3~実験No.6に示す絶縁電線1は、長期使用後においても絶縁性が維持されるものと考えられる。
【0123】
また、実験No.6と、実験No.7とを比較した場合、絶縁皮膜20の組成が同じでも、比M60/M10が1.2以上でなければ長期使用時における絶縁皮膜20の劣化が進行することが明らかとなった。この結果から、絶縁皮膜20の劣化のし易さは、絶縁皮膜20の組成のみに依存しないことが明らかとなった。
【0124】
さらに、表2に示すように、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%を超え、かつ第2の試料の、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が30%の時点での引張応力M30の比M30/M10が1.2以上である、という条件を満たす実験No.13~実験No.16においては、水密封試験後も絶縁皮膜20にひび割れや亀裂は見当たらなかった。したがって、このような絶縁皮膜20を有する絶縁電線1は、耐湿熱劣化性に優れ、長期使用後も劣化が抑制されるものと考えられる。
【0125】
これに対し、モル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%以下である実験No.11~実験No.12、および比M30/M10が1.2未満である実験No.17~実験No.18においては水密封試験後に亀裂が発生していることが確認された。したがって、これらの比較例における材料からなる絶縁皮膜20を備えた絶縁電線1は、長期使用時に亀裂が発生するおそれが高いと考えられる。
【0126】
また水密封試験後に絶縁破壊電圧を測定すると、実験No.13~実験No.16においては5kVの絶縁破壊電圧を有し、絶縁性が保たれていたのに対し、実験No.11~実験No.12及び実験No.17~実験No.18においては絶縁破壊電圧が0kVであり、絶縁性が失われていた。このことから、実験No.13~実験No.16に示す絶縁電線1は、長期使用後においても絶縁性が維持されるものと考えられる。
【0127】
以上の結果から、絶縁皮膜20が、
(1)繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が55モル%超であるポリイミドからなること、という条件を満たし、かつ
(2)分離時伸長度7%の絶縁皮膜20の第1の試料に対し10mm/分の引張速度で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が60%の時点での引張応力M60の比M60/M10が1.2以上であること、および
(3)分離時伸長度40%の絶縁皮膜20の第2の試料に対し10mm/分で引張試験を行った場合における、伸び率が10%の時点での引張応力M10に対する、伸び率が30%の時点での引張応力M30の比M30/M10が1.2以上であること
という、条件(2)及び条件(3)のうち、少なくとも一方を満たすことにより、耐湿熱劣化性に優れる、絶縁皮膜20を備えた絶縁電線1を提供することが可能となることが確認される。
【0128】
(実施の形態2に関連する実施例)
(実施例2-1)
[ワニスの調製]
ODA100モル%を、有機溶剤のN-メチル-2-ピロリドンに溶解させた後、得られた溶液に、PMDAおよびBPDAをPMDA:BPDA=40:60(モル比)の割合で加え、窒素雰囲気下で撹拌した。その後、撹拌しながら80℃で3時間反応させた後、室温に冷却することにより、N-メチル-2-ピロリドン中にポリイミド前駆体が溶解している樹脂ワニスを調製した。この樹脂ワニス中のポリイミド前駆体濃度は30質量%とした。
【0129】
[導体12の準備、および絶縁電線2の製造]
銅を主成分とする平角導線(長手方向に垂直な断面における導体12の形状が高さ1mm、幅4mmの四角形状である導線)を導体12として準備した。上述のようにして調製した樹脂ワニスを上記導体12の外周面に塗工した。上記樹脂ワニスを塗工した導体12を加熱温度400℃、加熱時間30秒の条件で加熱炉において加熱した。この塗工工程および加熱工程を10回ずつ繰り返し行った。このようにして、上記導体12と、この導体12の外周面に積層される平均厚さ35μmの絶縁皮膜22とを備える絶縁電線2を得た。
【0130】
次に、X線回折装置(X’Pert、スペクトルス(株)製)にて、使用X線:Cu-Kaラインフォーカス、励起条件:45kV,40mA、入射光学系:ミラー、スリット:1/2、マスク:10mm、試料台:オープンユーレリアンクレイドル、受光光学系:平板コリメータ0.27、走査方法:θ-2θスキャン、測定範囲:2θ=5~80、ステップ幅:0.03°、積算時間1secの条件で測定した。
【0131】
X線回折による上記絶縁電線2の絶縁皮膜22の構造解析を行い、分子規則性ピーク比率を確認した。得られた絶縁皮膜22の散乱X線プロファイル51および散乱X線プロファイル51から抽出された回折パターンプロファイル61を
図8に示す。実施例2-1において、散乱X線プロファイル51と基線Bとにより挟まれる第1の領域の面積に対する、回折パターンプロファイル61と基線Bとにより挟まれる第2の領域の面積の割合(分子規則性ピーク比率)は13.6%であった。さらに実施例2-1で得られた絶縁電線2の絶縁皮膜22について耐湿熱劣化性の評価を行った。結果を表3に示す。
【0132】
(実施例2-2)
PMDAおよびBPDAをPMDA:BPDA=35:65(モル比)の割合で加え、分子規則性ピーク比率を12.6%に調整した以外は実施例2-1と同様にして絶縁電線2を得た。絶縁皮膜22のX線回折法による構造解析により実施例2-1と同様にして分子規則性ピーク比率を確認した。確認された絶縁皮膜22の散乱X線プロファイル52、および散乱X線プロファイル52から抽出された回折パターンプロファイル62を
図9に示す。さらに実施例2-2で得られた絶縁電線2の絶縁皮膜22について耐湿熱劣化性の評価を行った。結果を表3に示す。
【0133】
(実施例2-3)
PMDAおよびBPDAをPMDA:BPDA=25:75(モル比)の割合で加え、分子規則性ピーク比率を12.3%に調整した以外は実施例2-1と同様にして絶縁電線2を得た。絶縁皮膜22のX線回折法による構造解析により実施例2-1と同様にして分子規則性ピーク比率を確認した。確認された絶縁皮膜22の散乱X線プロファイル53、および散乱X線プロファイル53から抽出された回折パターンプロファイル63を
図10に示す。さらに実施例2-3で得られた絶縁電線2の絶縁皮膜22について耐湿熱劣化性の評価を行った。結果を表3に示す。
【0134】
(比較例2-1)
PMDAおよびBPDAをPMDA:BPDA=100:0(モル比)の割合で加え、分子規則性ピーク比率を12.2%に調整した以外は実施例2-1と同様にして絶縁電線2を得た。絶縁皮膜22のX線回折法による構造解析により実施例2-1と同様にして分子規則性ピーク比率を確認した。確認された絶縁皮膜22の散乱X線プロファイル54、および散乱X線プロファイル54から抽出された回折パターンプロファイル64を
図11に示す。さらに比較例2-1で得られた絶縁電線2の絶縁皮膜22について耐湿熱劣化性の評価を行った。結果を表3に示す。
【0135】
(比較例2-2)
PMDAおよびBPDAをPMDA:BPDA=60:40(モル比)の割合で加え、分子規則性ピーク比率を13.4%に調整した以外は実施例2-1と同様にして絶縁電線2を得た。絶縁皮膜22のX線回折法による構造解析により実施例2-1と同様にして分子規則性ピーク比率を確認した。確認された絶縁皮膜22の散乱X線プロファイル55、および散乱X線プロファイル55から抽出された回折パターンプロファイル65を
図12に示す。さらに比較例2-2で得られた絶縁電線2の絶縁皮膜22について耐湿熱劣化性の評価を行った。結果を表1に示す。
【0136】
(比較例2-3)
PMDAおよびBPDAをPMDA:BPDA=25:75(モル比)の割合で加え、分子規則性ピーク比率を15.3%に調整した以外は実施例2-1と同様にして絶縁電線2を得た。絶縁皮膜22のX線回折法による構造解析により実施例2-1と同様にして分子規則性ピーク比率を確認した。確認された絶縁皮膜22の散乱X線プロファイル56、および散乱X線プロファイル56から抽出された回折パターンプロファイル66を
図13に示す。さらに比較例2-3で得られた絶縁電線2の絶縁皮膜22について耐湿熱劣化性の評価を行った。結果を表3に示す。
【0137】
(比較例2-4)
PMDAおよびBPDAをPMDA:BPDA=20:80(モル比)の割合で加え、分子規則性ピーク比率を16.5%に調整した以外は実施例2-1と同様にして絶縁電線2を得た。絶縁皮膜22のX線回折法による構造解析により実施例2-1と同様にして分子規則性ピーク比率を確認した。確認された絶縁皮膜22の散乱X線プロファイル57、および散乱X線プロファイル57から抽出された回折パターンプロファイル67を
図14に示す。さらに比較例2-4で得られた絶縁電線2の絶縁皮膜22について耐湿熱劣化性の評価を行った。結果を表3に示す。
【0138】
(比較例2-5)
テトラカルボン酸二無水物としてBPDAのみを用い、分子規則性ピーク比率を23.3%に調整した以外は実施例2-1と同様にして絶縁電線2を得た。絶縁皮膜22のX線回折法による構造解析により実施例2-1と同様にして分子規則性ピーク比率を確認した。確認された絶縁皮膜22の散乱X線プロファイル58、および散乱X線プロファイル58から抽出された回折パターンプロファイル68を
図15に示す。さらに比較例2-5で得られた絶縁電線2の絶縁皮膜22について耐湿熱劣化性の評価を行った結果を表3に示す。
【0139】
【0140】
表3において、実験No.21は比較例2-1に対応する。実験No.22は比較例2-2に対応する。実験No.23は実施例2-1に相当する。実験No.24は実施例2-2に相当する。実験No.25は実施例2-3に相当する。実験No.26は比較例2-3に対応する。実験No.27は比較例2-4に対応する。実験No.28は比較例2-5に対応する。
【0141】
表3の結果からわかるように、PMDA由来の繰り返し単位AとBPDA由来の繰り返し単位Bとの合計量に占める繰り返し単位Bの量の割合が60モル%未満の場合には、水密封試験によりクラックが発生した。また、絶縁破壊電圧は0Vであり絶縁性が失われていた(比較例2-1~比較例2-2(実験No.21~実験No.22))。このように、上記割合が60モル%未満の場合には、耐湿熱劣化性に劣ることが確認された。
【0142】
PMDA由来の繰り返し単位AとBPDA由来の繰り返し単位Bとの合計量に占める繰り返し単位Bの量の割合が60モル%以上の場合において、分子規則性ピーク比率が15%以下であればクラックは発生せず、絶縁性も維持されていた(実施例2-1~実施例2-3(実験No.23~No.25))。このように、実施例の絶縁電線2は耐湿熱劣化性に優れることがわかる。このことから、実施例2-1~実施例2-3に示す絶縁電線2は、長期使用後においても絶縁性が維持されるものと考えられる。
【0143】
一方、PMDA由来の繰り返し単位AとBPDA由来の繰り返し単位Bとの合計量に占める繰り返し単位Bの量の割合が60モル%以上であっても分子規則性ピーク比率が15%を超えると水密封試験によりクラックが発生した。また、絶縁破壊電圧は0Vであり絶縁性が失われていた(比較例2-3~比較例2-5(実験No.26~実験No.28))。このように、上記割合が60モル%以上であっても分子規則性ピーク比率が15%を超えると、耐湿熱劣化性に劣ることが確認された。
【0144】
ここで実施例2-3(実験No.25)と、比較例2-3(実験No.26)に着目すると、両者は実施例2-3と比較例2-3とPMDAとBPDAの配合量がいずれも25:75(質量比)である点で共通する。しかしながら、実施例2-3では分子規則性ピーク比率が15%以下となるように絶縁皮膜22が形成されているのに対し、比較例2-3では分子規則性ピーク比率が15%を超えた状態で絶縁皮膜22が形成されている。その結果、実施例2-3(実験No.25)においては水密封試験後にはクラックは発生せず、絶縁性も維持されているのに対し、比較例2-3(実験No.26)においてはクラックが発生し、絶縁性も失われていた。このように配合が同じでも、製造条件等の違いによっては分子規則性ピーク比率が変化する。この比較から、製造条件を調整することでクラックが抑制され、絶縁性が維持される絶縁皮膜22を形成することが可能となることが明らかとなった。
【0145】
上記実施例および比較例の結果からわかるように、以下の2つの条件を満たすことにより耐湿熱劣化性に優れたポリイミドの絶縁皮膜22を備えた絶縁電線2を提供することができる。すなわち、(1)絶縁皮膜22が繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数として表されるモル比[B/(A+B)]×100(モル%)が60モル%以上であるポリイミドからなること、および(2)10°以上41°以下の回折角2θの範囲においてX線回折法により解析された絶縁皮膜22の散乱X線プロファイルにおいて、散乱X線プロファイルと基線Bとにより挟まれる第1の領域の面積に対する、散乱X線プロファイルから抽出された回折パターンプロファイルと基線Bとにより挟まれる第2の領域の面積の割合が15%以下である、という2つの条件を満たすことにより、耐湿熱劣化性に優れたポリイミドの絶縁皮膜22を備えた絶縁電線2を提供できることが明らかである。
【0146】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、どのような面からも制限的なものではないと理解されるべきである。本発明の範囲は上記した意味ではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0147】
1 絶縁電線
10 導体
12 導体
20 絶縁皮膜
22 絶縁皮膜
30 応力-ひずみ曲線
32 応力-ひずみ曲線
40 応力-ひずみ曲線
50 散乱X線プロファイル
51 散乱X線プロファイル
52 散乱X線プロファイル
53 散乱X線プロファイル
54 散乱X線プロファイル
55 散乱X線プロファイル
56 散乱X線プロファイル
57 散乱X線プロファイル
58 散乱X線プロファイル
60 回折パターンプロファイル
61 回折パターンプロファイル
62 回折パターンプロファイル
63 回折パターンプロファイル
64 回折パターンプロファイル
65 回折パターンプロファイル
66 回折パターンプロファイル
67 回折パターンプロファイル
68 回折パターンプロファイル