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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-19
(45)【発行日】2023-01-27
(54)【発明の名称】絶縁電線
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/02 20060101AFI20230120BHJP
   C08G 73/10 20060101ALI20230120BHJP
   C09D 5/00 20060101ALI20230120BHJP
   C09D 5/25 20060101ALI20230120BHJP
   C09D 7/65 20180101ALI20230120BHJP
   C09D 171/10 20060101ALI20230120BHJP
   C09D 179/08 20060101ALI20230120BHJP
   H01B 3/30 20060101ALI20230120BHJP
【FI】
H01B7/02 G
H01B7/02 A
C08G73/10
C09D5/00 D
C09D5/25
C09D7/65
C09D171/10
C09D179/08 A
C09D179/08 B
H01B3/30 M
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019525570
(86)(22)【出願日】2018-06-15
(86)【国際出願番号】 JP2018022922
(87)【国際公開番号】W WO2018230706
(87)【国際公開日】2018-12-20
【審査請求日】2020-12-21
【審判番号】
【審判請求日】2022-02-15
(31)【優先権主張番号】P 2017119039
(32)【優先日】2017-06-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017119040
(32)【優先日】2017-06-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】309019534
【氏名又は名称】住友電工ウインテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136098
【弁理士】
【氏名又は名称】北野 修平
(72)【発明者】
【氏名】前田 修平
(72)【発明者】
【氏名】山内 雅晃
(72)【発明者】
【氏名】太田 槙弥
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 秀明
(72)【発明者】
【氏名】田村 康
(72)【発明者】
【氏名】吉田 健吾
(72)【発明者】
【氏名】本間 成紀
【合議体】
【審判長】瀧内 健夫
【審判官】河本 充雄
【審判官】棚田 一也
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-082083(JP,A)
【文献】国際公開第2017/073551(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/00- 7/02
C08G73/10
C09D 5/00, 5/25, 7/65,171/10,179/08
H01B 3/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線状の導体と、
前記導体の外周側の面を取り囲むように配置される絶縁皮膜と、を備え、
前記絶縁皮膜は、
前記導体の外周側の面に接触して前記導体の外周側を覆う第一の層と、
前記第一の層の外周側を取り囲むように配置される第二の層と、
を含み、
前記第一の層は、325℃における貯蔵弾性率E’が200MPa以上の樹脂を含み、
前記第二の層は、
下記式(1):

で表される繰り返し単位Aと、下記式(2):

で表される繰り返し単位Bと、を含む分子構造を有し、前記繰り返し単位Aおよび前記繰り返し単位Bの総モル数に対する前記繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率(B×100/(A+B))が25モル%以上95モル%以下であるポリイミドからなるポリイミド層で構成され、
前記ポリイミド層は、複数の気孔を有し、
前記ポリイミド層における前記気孔の占める割合は、5体積%以上80体積%以下である、
絶縁電線。
【請求項2】
前記気孔を取り囲むシェルを含む、
請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記シェルの弾性率は、前記ポリイミドの弾性率よりも高い、
請求項2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記第一の層に含まれる前記樹脂は、ポリエーテルエーテルケトン、ポリアミドイミド、および前記繰り返し単位Aを含む分子構造を有するポリイミドのうちの少なくともいずれか一つを含む、
請求項1~請求項のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記ポリイミド層を構成する前記ポリイミドは、ピロメリット酸無水物(PMDA)と、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)と、4、4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)との重合によって得られるポリイミド前駆体に由来し、前記ポリイミド前駆体の重量平均分子量が10,000以上である、
請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項6】
前記第二の層の厚みは、20μm以上である、
請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項7】
前記第一の層に含まれる前記樹脂は、325℃における前記貯蔵弾性率E’が20000MPa以下である、
請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、絶縁電線に関する。本出願は、2017年6月16日出願の日本出願第2017-119039号、2017年6月16日出願の日本出願第2017-119040号に基づく優先権を主張し、前記日本出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、ポリイミドからなる絶縁層を備えた絶縁電線が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-253124号公報
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0004】
本開示に従った絶縁電線は、線状の導体と、導体の外周側の面を取り囲むように配置される絶縁皮膜と、を備える。絶縁皮膜は、下記式(1):
【化1】
で表される繰り返し単位Aと、下記式(2):
【化2】
で表される繰り返し単位Bとを含む分子構造を有し、繰り返し単位Aおよび繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率[B×100/(A+B)](モル%)が25モル%以上95モル%以下であるポリイミドからなるポリイミド層を含む。上記ポリイミド層は、複数の気孔を有している。上記ポリイミド層における気孔の占める割合は、5体積%以上80体積%以下である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1図1は、実施の形態1に係る絶縁電線の構造を示す断面図であり、線状に延びる絶縁電線を長手方向に垂直な平面で切断した場合の断面図である。
図2図2は、実施の形態1に係る絶縁電線の構造を示す部分断面図であり、線状に延びる絶縁電線を長手方向に沿う平面で切断した場合の部分断面図である。
図3図3は、実施の形態1に係る絶縁電線の製造工程の手順を示すフローチャートである。
図4図4は、実施の形態2に係る絶縁電線を長手方向に沿う平面で切断した場合の部分断面図である。
図5図5は、実施の形態3に係る絶縁電線を長手方向に沿う平面で切断した場合の部分断面図である。
図6図6は、実施の形態4に係る絶縁電線を長手方向に沿う平面で切断した場合の部分断面図である。
図7図7は、実施の形態5に係る絶縁電線の構造を示す断面図であり、線状に延びる絶縁電線を長手方向に垂直な平面で切断した場合の断面図である。
図8図8は、実施の形態5に係る絶縁電線の構造を示す部分断面図であり、線状に延びる絶縁電線を長手方向に沿う平面で切断した場合の部分断面図である。
図9図9は、実施の形態5に係る絶縁電線の製造工程の手順を示すフローチャートである。
図10図10は、耐溶接性の評価方法を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[発明が解決しようとする課題]
絶縁電線は、その端部が溶接される場合がある。溶接時においては、絶縁層となる絶縁皮膜、特に内側の層、すなわち、導体に近い層へと熱が伝わりやすい。ここで、絶縁皮膜を構成する樹脂のガラス転移温度が低い(例えば約270℃程度)と、溶接時において絶縁皮膜の弾性率が低下することとなる。そうすると、溶接時において絶縁皮膜中に微量含まれる水分が絶縁皮膜中で膨張して気泡が発生してしまうおそれがある。このような予期せぬ発泡は、絶縁皮膜の機能の低下を招くこととなり、好ましくない。
【0007】
そこで、機能の低下を防止することができる絶縁電線を提供することを目的の1つとする。
【0008】
[本開示の効果]
本開示によれば、機能の低下を防止することが可能な絶縁電線を提供できる。
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
次に本開示の実施態様を列記して説明する。本開示に係る絶縁電線は、線状の導体と、導体の外周側の面を取り囲むように配置される絶縁皮膜とを備える。絶縁皮膜は、下記式(1):
【化3】

で表される繰り返し単位Aと、下記式(2):
【化4】

で表される繰り返し単位Bと、を含む分子構造を有し、繰り返し単位Aおよび繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率[B×100/(A+B)](モル%)が25モル%以上95モル%以下であるポリイミドからなるポリイミド層を含む。上記ポリイミド層は、複数の気孔を有している。上記ポリイミド層における気孔の占める割合は、5体積%以上80体積%以下である。
【0010】
電気・電子部品の用途の広がりに伴い、絶縁電線が従前より厳しい環境で使用される場合も増加している。それに伴い、従前の絶縁電線よりも高い耐久性を有する絶縁皮膜を備えた絶縁電線が求められる。例えば絶縁電線は、高温・高湿環境下のような過酷な環境下においても使用される。このとき、高温・高湿環境下に長時間曝露されると一部のイミド基が加水分解するおそれがある。過酷な高温・高湿環境下では分子量が著しく低下し、その結果、クラック等が生じて絶縁層としての機能が低下するおそれがある。そのため、高温・高湿環境下に長時間曝露された場合においても、劣化が少ない(耐湿熱劣化性が高い)絶縁皮膜を備えた絶縁電線に対する需要がある。
【0011】
本開示の絶縁電線に備えられる絶縁皮膜を構成するポリイミドは、ポリイミドの構成単位としてPMDA(ピロメリット酸無水物(Pyromellitic dianhydride))とODA(4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(4,4’-Diaminodiphenyl ether、4,4’-oxydianiline、4,4’-ODA))とから形成される、PMDA-ODA型の繰り返し単位Aと共に、ポリイミドの構成単位として3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA(Biphenyltetracarboxylic Dianhydride))とODAとから形成される、BPDA-ODA型の繰り返し単位Bを所定の割合で含む。本願発明者らの検討によれば、このようなポリイミドは、繰り返し単位AのみからなるPMDA-ODA型のポリイミドと比較して、高温・高湿環境下に長時間曝露した場合においても劣化が少ない。具体的には、ポリイミド中の、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率[B×100/(A+B)](モル%)が25モル%以上であると、高温・高湿環境下におけるポリイミド層を有する絶縁皮膜の耐加水分解性が改善される。一方、ポリイミド層の良好な外観性、具体的には色ムラや白濁した外観を避けたい場合には、上記モル比率を95モル%以下とするとよい。
【0012】
本願発明者らの検討に基づいて、ポリイミド層の耐溶接性を向上させるべく、ポリイミド層に複数の気孔を設ける。そして、ポリイミド層における気孔の占める割合を、5体積%以上80体積%以下とする。このような体積割合の気孔をポリイミド層に設けることで、曲げ加工性を低下させることなく、ポリイミド層内における断熱性を向上させて、耐溶接性を向上させることができる。具体的には、ポリイミド層における気孔の占める割合を5体積%以上とすることにより、ポリイミド層内において熱を伝わりにくくして断熱性を向上させ、溶接時におけるポリイミド層内における発泡を抑制することができる。また、ポリイミド層における気孔の占める割合を80体積%以下とすることにより、絶縁電線としての割れ等を防止して、曲げ加工性を良好な状態に維持することができる。
【0013】
上記絶縁電線は、上記気孔を取り囲むシェルを含む構成としてもよい。このような構成とすることにより、気孔同士が連通して必要以上に気孔が大きくなることを防止することができ、かつ、気孔の大きさのばらつきを生じにくくすることができる。また、ポリイミド層における気孔の占める割合を上記した範囲内に収めることが容易となる。すなわち、シェル内の気孔の体積は予め定められているため、上記した構成のシェルをポリイミド層にどの程度含有させるかを調整することで、ポリイミド層における気孔の占める割合を決めることができる。
【0014】
上記シェルの弾性率は、ポリイミドの弾性率よりも高くすることが好ましい。こうすることにより、シェルを含む絶縁皮膜の硬度を高めることができ、高温時においてもシェルを含む絶縁皮膜自体の弾性率の低下を抑制することができる。
【0015】
本開示に係る絶縁電線において、絶縁皮膜は、導体の外周側の面に接触してその導体の外周側を覆う第一の層を含んでもよい。また上記ポリイミド層は、第一の層の外周側を取り囲むように配置される第二の層を構成してもよい。このとき、第一の層は、325℃における貯蔵弾性率E’が200MPa以上の樹脂を含んでもよい。
【0016】
上記絶縁皮膜は、導体の外周側の面に接触してその導体の外周側を覆う第一の層を含んでもよい。また上記ポリイミド層は、第一の層の外周側を取り囲むように配置される第二の層を構成してもよい。すなわち、上記絶縁皮膜は、導体に近い側に配置される第一の層と、導体から遠い側に配置される第二の層という二層を少なくとも含む。このような構成を備えることにより、絶縁皮膜のうちのそれぞれに位置する層に求められる特性を有する構成を採用することができる。
【0017】
絶縁皮膜に含まれる複数の層のうち、第一の層は導体に近い側の下層を構成する。本願発明者らの検討に基づくと、第一の層は、325℃における貯蔵弾性率E’が200MPa以上の樹脂を含むのが好ましい。これにより絶縁皮膜の耐溶接性が向上する。溶接時においては、絶縁皮膜のうちの導体の外周側の面に接触して導体の外周側を覆う第一の層へ熱が伝わりやすい。このような構成とすることで、第一の層を構成する樹脂内における発泡を抑制し、耐溶接性を向上させることができる。
【0018】
第一の層の外周側を取り囲むように配置される第二の層は、上記ポリイミド層により構成されてもよい。絶縁皮膜に含まれる複数の層のうち、第二の層は導体から遠い側の上層を構成する。上記ポリイミド層は、上述の通り、ポリイミドの構成単位としてPMDAとODAとから形成される、PMDA-ODA型の繰り返し単位Aと共に、ポリイミドの構成単位としてBPDAとODAとから形成される、BPDA-ODA型の繰り返し単位Bを所定の割合で含む。本願発明者らの検討によれば、このようなポリイミドは、繰り返し単位AのみからなるPMDA-ODA型のポリイミドと比較して、高温・高湿環境下に長時間曝露した場合においても劣化が少ない。具体的には、ポリイミド中の、繰り返し単位Aと繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率[B×100/(A+B)](モル%)が25モル%以上であると、高温・高湿環境下におけるポリイミド層を有する絶縁皮膜の耐加水分解性が改善される。一方、ポリイミド層の良好な外観性、具体的には白濁した外観を避けたい場合には、上記モル比率を95モル%以下とするとよい。したがって、このようなポリイミドを導体から遠い側の上層として構成することにより、耐加水分解性を確保しながら良好な外観性を維持できる絶縁電線を得ることができる。
【0019】
すなわち、本願の絶縁電線に備えられる絶縁皮膜のうち、導体の外周側の面と接触する第一の層を構成する樹脂においては、耐溶接性を確保するために、325℃における貯蔵弾性率E’を200MPa以上とする構成を採用する。また第一の層の外周側の面と接触する第二の層においては、耐加水分解性および外観性を確保するために、上記モル比率[B×100/(A+B)](モル%)が25モル%以上95モル%以下であるポリイミドからなる構成を採用する。このような絶縁皮膜を含む絶縁電線は、機能の低下を防止することができる。
【0020】
上記第一の層に含まれる樹脂は、ポリエーテルエーテルケトン、ポリアミドイミド、および繰り返し単位Aを含む分子構造を有するポリイミドのうちの少なくともいずれか一つを含んでもよい。このような樹脂により、第一の層の、325℃における貯蔵弾性率E’を200MPa以上にすることが容易となる。
【0021】
上記第二の層の厚みは、20μm以上であってもよい。これにより、第一の層が加水分解により受けるダメージを必要最小限に抑え、第一の層を起点としたクラック等の発生を抑制しやすくなる。
【0022】
第一の層に含まれる上記樹脂は、325℃における貯蔵弾性率E’が20000MPa(20GPa)以下であってもよい。このような樹脂を採用することにより、絶縁電線として求められる、良好な曲げ加工性を維持することができる。
【0023】
[本開示の実施形態の詳細]
次に、本開示の絶縁電線の一実施の形態を、図1図2を参照しつつ説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
【0024】
(実施の形態1)
図1および図2は、本開示の一実施形態である実施の形態1に係る絶縁電線の構造を示す断面図である。図1は、線状に延びる絶縁電線を長手方向に垂直な平面で切断した場合の断面である。図2は、線状に延びる絶縁電線を長手方向に沿う平面で切断した場合の断面である。図2において、長手方向の一方側の向きを矢印Dで示す。
【0025】
図1および図2を参照して、絶縁電線11は、線状の導体12と、導体12の外周側の面13を取り囲むように配置される絶縁皮膜14とを備える。
【0026】
導体12は、例えば導電率が高く、かつ機械的強度が大きい金属からなるのが好ましい。このような金属としては、例えば銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、ニッケル、銀、軟鉄、鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。導体12として、これらの金属を線状に形成した材料や、このような線状の材料にさらに別の金属を被覆した多層構造のもの、例えばニッケル被覆銅線、銀被覆銅線、銅被覆アルミニウム線、銅被覆鋼線等を用いることができる。
【0027】
導体12の直径は特に限定されず、用途に応じて適宜選択される。また、図1においては円形の断面形状を有する導体12および絶縁電線11が示されているが、導体12が線状である限り導体12および絶縁電線11の断面形状は特に限定されない。例えば長手方向に垂直な断面において、円形の断面形状を有する線状の導体12に代えて、断面形状が矩形状のものや多角形状のものを用いることも可能である。
【0028】
絶縁皮膜14は、導体12の外周側の面13を取り囲むように配置される。具体的には、絶縁皮膜14は、導体12の外周側の面13に当接して導体12の外周側の面13を全て覆うように設けられる。絶縁皮膜14の厚さとしては、例えば10μm以上200μm以下とすることができる。
【0029】
絶縁皮膜14の少なくとも一部を構成する絶縁層は、上記式(1)で表される繰り返し単位Aと、上記式(2)で表される繰り返し単位Bとを含む分子構造を有するポリイミドからなる。上記分子構造における、繰り返し単位Aおよび繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率[B×100/(A+B)](モル%)は25モル%以上95モル%以下である。
【0030】
ポリイミドの加水分解は、絶縁皮膜14のひび割れや亀裂の原因の一つである。ポリイミドの耐加水分解性を高めるためには、繰り返し単位Bを適度に多く含むのが好ましい。しかし、繰り返し単位Bの含有量が過剰であると、絶縁皮膜14、ひいては絶縁電線11の白濁を生じさせることになる。絶縁電線11には、白濁しない外観といった良好な外観性も求められる。上記モル比率を上記範囲とすることにより、高温・高湿度環境下に長時間曝露した場合の耐加水分解性が高く、良好な外観性を有する絶縁皮膜14とすることができる。
【0031】
ここで、絶縁皮膜14は複数の気孔15を有する。複数の気孔15は互いに間隔を空けて存在している。絶縁皮膜14に対する気孔15の占める割合は、5体積%以上80体積%以下である。
【0032】
このような構成によると、曲げ加工性を低下させることなく、ポリイミド層内における断熱性を向上させて、耐溶接性を向上させることができる。具体的には、ポリイミド層における気孔の占める割合を5体積%以上とすることにより、ポリイミド層内において熱を伝わりにくくして断熱性を向上させ、溶接時におけるポリイミド層内における発泡を抑制することができる。また、ポリイミド層における気孔の占める割合を80体積%以下とすることにより、絶縁電線11としての割れ等を防止して、曲げ加工性を良好な状態に維持することができる。したがってこのような絶縁電線11は、機能の低下を防止することができる。
【0033】
次に、図1図3を参照して、本実施の形態に係る絶縁電線11を製造する方法の手順を説明する。図3は、本願の一実施形態に係る絶縁電線11の製造工程の手順を示すフローチャートである。本実施の形態においては、図3に示すS11(ステップS11、以下、ステップを省略する。)~S13の一連のステップが実施される。
【0034】
まず、線状の導体12を準備する(S11)。具体的には、素線を準備し、その素線に対して引き抜き加工(伸線加工)などの加工を行い所望の直径や形状を有する導体12を準備する。素線としては、導電率が高く、かつ機械的強度が大きい金属が好ましい。このような金属としては、例えば銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、ニッケル、銀、軟鉄、鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。上記絶縁電線11の導体12は、これらの金属を線状に形成した材料や、このような線状の材料にさらに別の金属を被覆した多層構造のもの、例えばニッケル被覆銅線、銀被覆銅線、銅被覆アルミニウム線、銅被覆鋼線等を用いることができる。
【0035】
導体12の平均断面積の下限値としては、0.01mmが好ましく、1mmがより好ましい。一方、上記導体12の平均断面積の上限値としては、10mmが好ましく、5mmがより好ましい。上記導体12の平均断面積が下限値よりも小さい場合、絶縁電線11の抵抗値が必要以上に増大するおそれがある。上記導体12の平均断面積が上限値よりも大きい場合、絶縁電線11が必要以上に大径化するおそれがある。
【0036】
次に、ポリイミドの前駆体であるポリアミック酸を含有するワニス(ポリアミック酸溶液)を調製する(S12)(以下、有孔層を形成するためのワニスを「有孔層形成用ワニス」ともいう)。上記ポリイミドの原料となるポリイミド前駆体は、イミド化によりポリイミドを形成する重合体であり、テトラカルボン酸二無水物であるPMDAおよびBPDAと、ジアミンであるODAとの重合によって得られる反応生成物である。つまり、上記ポリイミド前駆体は、PMDAおよびBPDAとODAとを原料とする。
【0037】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いるテトラカルボン酸二無水物100モル%に対するPMDAの含有量の下限値としては、5モル%が好ましく、8モル%がより好ましい。一方、上記PMDAの含有量の上限値としては、45モル%が好ましく、20モル%がより好ましい。上記PMDAの含有量が下限値よりも小さい場合、場合によって絶縁層を構成する絶縁皮膜14の耐熱性が用途によっては不十分となるおそれがある。上記PMDAの含有量が上限値を超える場合、絶縁層の主成分であるポリイミドにBPDAに由来する構造を十分に導入することができない場合があり、その結果、場合によっては上記絶縁層の耐湿熱劣化性が不十分となるおそれがある。
【0038】
上記ポリイミド前駆体の原料として用いるジアミンはODAである。ODAを用いることで、絶縁層の靱性を向上できる。
【0039】
上記ポリイミド前駆体中の、テトラカルボン酸二無水物(PMDAおよびBPDA)とジアミン(ODA)とのモル比(テトラカルボン酸二無水物/ジアミン)としては、ポリイミド前駆体の合成容易性の観点から、例えば95/105以上105/95以下とすることができる。
【0040】
上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量の下限値としては、10,000が好ましく、15,000がより好ましい。一方、上記重量平均分子量の上限値としては、180,000が好ましく、130,000がより好ましい。上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量を上記下限値以上とすることで、伸張性に優れ、かつ加水分解を生じても一定の分子量を維持しやすいポリイミドを形成することができる。その結果、上記絶縁層の可撓性および耐湿熱劣化性をより向上できると考えられる。また、上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量を上記上限値以下とすることで、絶縁電線11の製造に用いるワニスの極端な粘度増大を抑制して導体12へのワニスの塗布性を向上できる。また、上記ワニスにおいて、優れた塗布性を維持しつつポリイミド前駆体の濃度を向上しやすくなる。ここで「重量平均分子」とは、JIS-K725-1:2008「プラスチック-サイズ排除クロマトグラフィーによる高分子の平均分子量及び分子量分布の求め方-第1部:通則」に準拠して、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を用いて測定される値を指す。
【0041】
上記ポリイミド前駆体は、上述したテトラカルボン酸二無水物とジアミンとの重合反応により得ることができる。上記重合反応は、従来のポリイミド前駆体の合成方法に従って行うことができる。本実施の形態においては、ジアミンであるODA100モル%を、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)中にまず溶解させる。次に、PMDAとBPDAを所定の比率で含むテトラカルボン酸二無水物を95モル%~100モル%加え、窒素雰囲気下で撹拌する。その後、撹拌しながら80℃で3時間反応させる。反応後、反応溶液を室温にまで自然冷却する。これによりN-メチル-2-ピロリドン中に溶解した状態のポリイミド前駆体を含有するワニスを調製する。
【0042】
なお、有孔層形成用ワニス中には、加熱により分解する熱分解性樹脂が混合される。熱分解性樹脂は、適度に分散されてワニス中に混合されている。すなわち、本実施の形態において塗工される有孔層形成用ワニスは、有機溶剤中にポリイミドの前駆体と熱分解性樹脂との混合物を含むポリイミド前駆体である。この熱分解性樹脂が配置されている箇所が、後に気孔となる。なお、熱分解性樹脂の代わりに、または熱分解性樹脂と共に、外殻にシェルを有し、そのシェルの内部に熱分解性樹脂が封入されたコア-シェル粒子を用いてもよい。コア-シェル粒子は、熱分解性樹脂(コア)の外側に当該熱分解性樹脂よりも熱分解温度が高いシェルを有する粒子である。このコア-シェル粒子を含むワニスを加熱すると、コアのみが熱分解されて気孔が形成され、この気孔の外周面にシェルが残留した形状となる。
【0043】
熱分解性樹脂としては、例えば上記ポリイミドの焼付温度よりも低い温度で熱分解する樹脂の粒子が用いられる。上記ポリイミドの焼付温度は、樹脂の種類に応じて適宜設定されるが、通常200℃以上600℃以下程度である。従って、熱分解性樹脂の熱分解温度の下限としては、200℃が好ましく、上限として400℃が好ましい。ここで、熱分解温度とは、空気雰囲気下で室温から10℃/分で昇温し、質量減少率が50%となるときの温度を意味する。熱分解温度は、例えば熱重量測定-示唆熱分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製の「TG/DTA」)を用いて熱重量を測定することにより測定できる。
【0044】
上記コア-シェル粒子のコアに用いる熱分解性樹脂としては、特に限定されないが、例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等の片方、または両方の末端または一部をアルキル化、(メタ)アクリレート化またはエポキシ化した化合物、ポリ(メタ)アクリル酸メチル、ポリ(メタ)アクリル酸エチル、ポリ(メタ)アクリル酸プロピル、ポリ(メタ)アクリル酸ブチル等の炭素数1以上6以下のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステルの重合体、ウレタンオリゴマー、ウレタンポリマー、ウレタン(メタ)アクリレート、エポキシ(メタ)アクリレート、ε-カプロラクトン(メタ)アクリレート等の変性(メタ)アクリレートの重合体、ポリ(メタ)アクリル酸、これらの架橋物、ポリスチレン、架橋ポリスチレン等が挙げられる。これらの中でも、主ポリマーの焼付温度で熱分解し易く絶縁層に気孔を形成させ易い点において、炭素数1以上6以下のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステルの重合体が好ましい。このような(メタ)アクリル酸エステルの重合体として、例えばポリメチルメタクリレート(PMMA)が挙げられる。なお、上記コア-シェル粒子のシェルに用いる熱分解性樹脂としては、特に限定されないが、上記コアに用いられる熱分解性樹脂より熱分解温度が高い材料が用いられる。シェルに用いる熱分解性樹脂としては、例えば、ポリスチレン、シリコーン、フッ素樹脂、ポリイミド等の樹脂が挙げられる。これらの中でも、シリコーンが好ましい。シェルの主成分をシリコーンとすることにより、シェルに弾性を付与すると共に絶縁性及び耐熱性を向上させ易く、その結果、中空粒子による独立気孔がより維持され易くできる。
【0045】
上記の実施の形態においては、有機溶剤としてN-メチル-2-ピロリドン(NMP)を使用したが、他の非プロトン性極性有機溶剤を使用することもできる。他の非プロトン性極性有機溶剤としては、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、γ-ブチロラクトンが挙げられる。これらの有機溶剤は単独で用いても2種以上を併用してもよい。ここで「非プロトン性極性有機溶剤」とは、プロトンを放出する基を持たない極性有機溶剤をいう。
【0046】
上記有機溶剤の使用量は、PMDA、BPDAおよびODAを均一に分散させることができる使用量であれば特に限定されない。上記有機溶剤の使用量としては、例えばPMDA、BPDAおよびODAの合計100質量部に対し、100質量部以上1,000質量部以下とすることができる。
【0047】
上記重合の反応条件は、使用する原料等により適宜設定すればよい。例えば反応温度を10℃以上100℃以下、反応時間を0.5時間以上24時間以下とすることができる。
【0048】
上記重合に用いるテトラカルボン酸二無水物(PMDAおよびBPDA)とジアミン(ODA)とのモル比(テトラカルボン酸二無水物/ジアミン)は、重合反応を効率的に進行させる観点から、100/100に近いほど好ましい。上記モル比としては、例えば95/105以上105/95以下とすることができる。
【0049】
なお、上記ワニスについては、上記効果を損なわない範囲内において、上述した成分以外の他の成分や添加剤を含んでいてもよい。例えば、顔料、染料、無機または有機のフィラー、硬化促進剤、潤滑剤、密着性向上剤、安定剤などの各種添加剤や、反応性低分子などの他の化合物を含んでいてもよい。
【0050】
次に、導体12上に絶縁皮膜14を形成する(S13)。絶縁皮膜14は、線状の導体12の外周側の面13を取り囲むように形成される。まず、S12において調製されたワニスを導体12の表面に塗工し、導体12の外周側の面13上に塗膜を形成する。塗膜が形成された導体12を、例えば350~500℃に加熱された炉内を20秒~2分、具体的には、30秒かけて通過させることにより加熱する。塗膜が加熱されると、ポリアミック酸の脱水によりイミド化が進行し、塗膜が硬化して導体12の外周側の面13上にポリイミドの絶縁皮膜14が形成される。
【0051】
ここで、塗工された塗膜を加熱すると、有機溶剤が揮発して塗膜が乾燥するとともに、ポリイミドの前駆体からポリイミドへの反応が促進される。ポリイミドは熱硬化性であるため、加熱により塗膜が硬化する。また加熱により熱分解性樹脂が分解されて気化する。このとき、ポリイミドの硬化皮膜中の、熱分解性樹脂が存在していた箇所に気孔15が形成される。
【0052】
この塗工、加熱のサイクルを繰り返す(例えば10回繰り返す)ことにより、絶縁皮膜14全体の厚みを増し、最終的に図2の所望の厚みT(例えば35μm、または100μm)を有する絶縁皮膜14を得ることができる。このようにして、導体12と導体12の外周側の面13上を取り囲むように配置されるポリイミドの絶縁皮膜14とを備えた絶縁電線11が製造される。
【0053】
なお、上記の実施の形態において、気孔15の形成方法について、熱分解性樹脂の分解を利用した気孔15の形成方法のみならず、他の方法を利用することもできる。例えば、相分離法(ポリマーと溶剤の均一溶液から、ミクロ相分離後、溶剤を抽出除去することにより多孔を形成する方法)や超臨界法(超臨界流体を利用して多孔質体を形成する方法)を利用、または中空粒子の添加により絶縁皮膜14中に気孔15を設けることも可能である。
【0054】
なお、上記の実施の形態においては、絶縁皮膜14は、単一の絶縁層からなることとしたが、これに限らず、絶縁皮膜14は、複数の絶縁層からなっていてもよい。絶縁皮膜14が複数の絶縁層からなるいくつかの実施の形態(但し特に限定されない)について、以下に説明する。
【0055】
(実施の形態2)
次に別の実施形態である実施の形態2について図4を参照して説明する。図4は、実施の形態2に係る絶縁電線21の一部を示す部分断面図である。図4は、図2に相当する部分断面図である。
【0056】
図4を参照して、この開示の他の実施形態に係る絶縁電線21は、線状の導体12と、導体12の外周側の面13を取り囲むように配置される絶縁皮膜24とを含む。絶縁皮膜24は二層構造を有し、導体12の外周側の面13に当接するように面13を覆う第一の層25と、第一の層25の外周側の面26に当接するように面26を覆う第二の層27とを含む。第一の層25は、上記したポリイミド層からなる。第二の層27は、ポリイミドの中実層からなる。すなわち、絶縁電線21は、内径側から順に導体12、ポリイミド有孔層からなる第一の層25、同じくポリイミド中実層からなる第二の層27が配置されている。最外層である第二の層27の外周側の面28が、大気中に露出する。第一の層25には、上記した複数の気孔29が存在する。ポリイミド層である第一の層25における気孔29全体の占める割合は、5体積%以上80体積%以下である。このような構成によれば、耐溶接性がより強く求められる内側の層の耐溶接性をより向上することができる。
【0057】
上記絶縁電線21は、次のように形成される。まず実施の形態1のステップS11(図3)と同様に、線状の導体12を準備する。次に実施の形態1のステップS12(図3)と同様にワニスを準備する。ワニスは第一の層25を形成する有孔層形成用ワニスと、第二の層27を形成する中実層形成用ワニスとの二種類が調製される。
【0058】
有孔層形成用ワニスは、実施の形態1において、絶縁皮膜14を形成するために用いたワニスと同じものである。すなわち、有孔層形成用ワニスはポリイミドの前駆体であるポリアミック酸と、熱分解性樹脂とを含む。有孔層形成用ワニスに含まれるポリアミック酸は、テトラカルボン酸二無水物であるPMDAおよびBPDAと、ジアミンであるODAとの重合によって得られる反応生成物である。ポリアミック酸は、上記式(1)で表される繰り返し単位A、および上記式(2)で表される繰り返し単位Bの総モル数に対する前記繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率(B×100/(A+B))が25モル%以上95モル%以下となるように配合される。
【0059】
一方、中実層形成用ワニスの成分は特に限定されず、例えばポリエーテルエーテルケトン、ポリアミドイミド、および上記繰り返し単位Aを含む分子構造を有するポリイミドなどの耐熱性樹脂の前駆体であるポリアミック酸の溶液が使用される。例えば上記繰り返し単位Aを含む分子構造を有するポリイミドを形成するための中実層形成用ワニスは、PMDAとODAとを原料とする。
【0060】
次に、導体12上に絶縁皮膜21を形成する。絶縁皮膜21は、まず線状の導体12の外周側の面13を取り囲むように第一の層25を形成する。上記有孔層形成用ワニスを導体12の表面に塗工し、導体12の外周側の面13上に塗膜を形成する。塗膜が形成された導体12を、例えば350~500℃に加熱された炉内を20秒~2分、具体的には、30秒かけて通過させることにより加熱する。
【0061】
ここで、塗工された塗膜を加熱すると、有機溶剤が揮発して塗膜が乾燥するとともに、ポリイミドの前駆体からポリイミドへの反応が促進される。ポリイミドは熱硬化性であるため、加熱により塗膜が硬化する。また加熱により熱分解性樹脂が分解されて気化する。このとき、ポリイミドの硬化皮膜中の、熱分解性樹脂が存在していた箇所に気孔29が形成される。この有孔層形成用ワニスの塗工、および塗膜の加熱のサイクルを、数回繰り返すことにより、第一の層25の厚みを増し、最終的に所望の厚みTの第一の層25を形成する。
【0062】
そして、第一の層25の外周側の面26に接触して第一の層25の外周側を覆うよう第二の層27を形成する。この場合、第一の層25の外周側の面26に上記中実層形成用ワニスを塗工し、第一の層25の外周側の面26に塗膜を形成する。塗膜が形成された後、上記した加熱等を行って第二の層27を形成する。この中実層形成用ワニスの塗工、および塗膜の加熱のサイクルを、数回繰り返すことにより、第二の層27の厚みを増す。最終的に所望の厚みT(例えば35μm)の第二の層27を形成することができる。このようにして、導体12と、導体12の外周側を取り囲むように配置された絶縁皮膜14(第一の層25と第二の層27とを含む)とを備えた絶縁電線21が製造される。
【0063】
また、図4に示す実施形態においては、第一の層25、すなわち、導体12側に位置する内側の層に複数の気孔29が存在するが、これに限らず、下記実施の形態3に示すように、外側の層に複数の気孔が存在していてもよい。以下に実施の形態3を説明する。
【0064】
(実施の形態3)
次に別の実施形態である実施の形態3について図5を参照して説明する。図5は、実施の形態3に係る絶縁電線31の一部を示す部分断面図である。図5は、図2および図4に相当する部分断面図である。
【0065】
図5を参照して、実施の形態3に係る絶縁電線31は、線状の導体12と、導体12の外周側の面13を取り囲むようにして配置される絶縁皮膜34とを含む。絶縁皮膜34は二層構造であり、導体12の外周側の面13に当接するように面13を覆う第一の層35と、第一の層35の外周側の面36に当接するように面36を覆う第二の層37とを含む。第一の層35は、ポリイミドの中実層からなる。第二の層37は、上記したポリイミド層からなる。すなわち、絶縁電線31は、内径側から順に導体12、ポリイミド中実からなる第一の層35、同じくポリイミド有孔層からなる第二の層37が配置されている。最外層である第二の層37の外周側の面38が、大気中に露出することになる。ここで、第二の層37には、上記した複数の気孔39が存在する。ポリイミド層である第二の層37における気孔39の占める割合は、5体積%以上80体積%以下である。
【0066】
実施の形態3に係る絶縁電線31は、上記実施の形態2において、有孔層形成用ワニスと中実層形成用ワニスを塗布する順序を入れ替えることにより製造することができる。すなわち、第一の層35を上記中実層形成用ワニスを用いて形成し、次に第二の層37を有孔層形成用ワニスを用いて形成することにより、絶縁皮膜34を得ることができる。このような構成によると、曲げ加工性を低下させることなく、ポリイミド層内における断熱性を向上させて、耐溶接性を向上させることができる。
【0067】
(実施の形態4)
次に別の実施形態である実施の形態4について図6を参照して説明する。図6は、実施の形態4に係る絶縁電線41の一部を示す部分断面図である。図6は、図2図4および図5に示す部分断面に相当する。
【0068】
図6を参照して、実施の形態4に係る絶縁電線41は、線状の導体12と、導体12の外周側の面13を取り囲むようにして配置され、上記したポリイミド層からなる絶縁皮膜44と、気孔45を取り囲むシェル46とを含む。シェル46は、絶縁皮膜44中において、互いに間隔をあけて複数存在する。各シェル46に取り囲まれるように,その内部に気孔45が存在する。このシェル46は、上記したコア-シェル粒子をワニスに含有させ、熱分解性樹脂の部分を分解揮発させて得られるものであってもよいし、中空粒子、すなわち、そもそもシェル46の内側に空間を有し、外殻側に熱分解温度が高い樹脂から形成されるもので構成されていてもよい。なお、コア-シェル粒子の粒子径については、多少のばらつきがあってもよい。好ましくは、コア-シェル粒子の粒子径のばらつきのCV(Coefficient of Variation;変動係数)値としては、30%以下が好ましく、20%以下がより好ましい。このように、CV値が上記上限以下の粒子径を有するコア-シェル粒子を用いることで、気孔サイズの違いで生じる気孔部分での電荷集中による絶縁性低下や加工応力の集中による絶縁層の強度低下を抑制できる。ここで、「CV値」とは、JIS-Z8825(2013)に規定される変動変数を意味する。
【0069】
このように構成することにより、気孔45同士が連通して必要以上に気孔45が大きくなることを防止することができ、かつ、気孔45の大きさのばらつきを生じにくくすることができる。また、ポリイミド層における気孔45の占める割合を上記した範囲内に収めることが容易となる。シェル46内の気孔45の体積は予め定められているため、上記した構成のシェル46をポリイミド層にどの程度含有させるかを調整することで、ポリイミド層における気孔45の占める割合を決めることができる。
【0070】
ここで、シェル46の弾性率は、ポリイミドの弾性率よりも高くすることが好ましい。こうすることにより、シェル46を含む絶縁皮膜44の硬度を高めることができ、高温時においてもシェル46を含む絶縁皮膜44自体の弾性率の低下を抑制することができる。
【0071】
なお、具体的なシェル46の材質としては、シリコーンを好適に用いることができる。シリコーンとしては、例えばシルセスキオキサン(Sil-sesqui-oxane)が挙げられる。シルセスキオキサンは、主鎖骨格がSi-O結合からなるシロキサン系の化合物で組成式[(RSiO1.5]で表されるものである。
【0072】
なお、上記の実施の形態において、絶縁皮膜はさらなる多層構造、すなわち、3層以上の構造を有していてもよい。
【0073】
(実施の形態5)
次に別の実施形態である実施の形態4について図7および図8を参照して説明する。図7および図8は、本願の一実施形態に係る絶縁電線の構造を示す断面図である。図7は、線状に延びる絶縁電線を長手方向に垂直な平面で切断した場合の断面の図である。図8は、線状に延びる絶縁電線を長手方向に沿う平面で切断した場合の絶縁電線の断面の一部を示す部分断面図である。図8において、長手方向の一方側の向きを矢印Dで示す。
【0074】
図7および図8を参照して、絶縁電線51は、線状の導体12と、導体12の外周側の面13を取り囲むように配置される絶縁皮膜54とを備える。
【0075】
導体12は、例えば導電率が高く、かつ機械的強度が大きい金属からなるのが好ましい。このような金属としては、例えば銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、ニッケル、銀、軟鉄、鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。導体12として、これらの金属を線状に形成した材料や、このような線状の材料にさらに別の金属を被覆した多層構造のもの、例えばニッケル被覆銅線、銀被覆銅線、銅被覆アルミニウム線、銅被覆鋼線等を用いることができる。
【0076】
導体12の直径は特に限定されず、用途に応じて適宜選択される。また、図1においては円形の断面形状を有する導体12および絶縁電線11が示されているが、導体12が線状である限り導体12および絶縁電線11の断面形状は特に限定されない。例えば長手方向に垂直な断面において、円形の断面形状を有する線状の導体12に代えて、断面形状が矩形状のものや多角形状のものを用いることも可能である。
【0077】
絶縁皮膜54は、導体12の外周側を取り囲むように配置される。具体的には、絶縁皮膜54は、導体12の外周側の面13に当接して導体12の外周側の面13を全て覆うように設けられる。図8中で示す絶縁皮膜14の厚さT11としては、例えば10μm以上200μm以下とすることができる。
【0078】
絶縁皮膜54は二層構造であり、導体12の外周側の面13に接触して導体12の外周側を覆う第一の層55と、第一の層55の外周側を取り囲むように配置される第二の層57とを含む。第二の層57は、第一の層55の外周側の面56に接触して第一の層55の外周側を覆うよう構成されている。すなわち、絶縁電線11は、内径側から順に導体12、第一の層55、そして第二の層57が配置されている。最外層である第二の層57の外周側の面58が、大気中に露出している。
【0079】
第一の層55は、325℃における貯蔵弾性率E’が200MPa以上の樹脂を含む。第一の層55を構成する樹脂は、特に限定されないが、例えばポリエーテルエーテルケトン、ポリアミドイミド、および前記繰り返し単位Aを含む分子構造を有するポリイミドのうちの少なくともいずれか一つの樹脂である。一例としては、上記式(1)で表される繰り返し単位Aを含む分子構造を有するポリイミドからなる。すなわち、第一の層55を構成する樹脂は、繰り返し単位AのみからなるPMDA-ODA型のポリイミドであってもよい。このような樹脂により、第一の層55を構成する樹脂として、より確実に325℃における貯蔵弾性率E’を200MPaを達成することがより容易となる。
【0080】
なお、第一の層55を構成する樹脂は、325℃における貯蔵弾性率E’が20000MPa(20GPa)以下とすることが好ましい。このような樹脂を採用することにより、絶縁電線51として求められる、良好な曲げ加工性を維持することができる。
【0081】
また、第一の層55を構成する樹脂に、いわゆるフィラーを適量添加してもよい。フィラーを含むことにより、第一の層55を構成する樹脂を上記した貯蔵弾性率E’に調整することが容易となる。フィラーとしては、絶縁性を損ねない範囲で、内部が中空状のものを使用してもよい。
【0082】
第二の層57は、上記式(1)で表される繰り返し単位Aと、上記式(2)で表される繰り返し単位Bとを含む分子構造を有するポリイミドからなる。上記分子構造における、繰り返し単位Aおよび繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率[B×100/(A+B)](モル%)は25モル%以上95モル%以下である。
【0083】
ポリイミドの加水分解は、絶縁皮膜54のひび割れや亀裂の原因の一つである。ポリイミドの耐加水分解性を高めるためには、繰り返し単位Bを適度に多く含むのが好ましい。しかし、繰り返し単位Bの含有量が過剰であると、絶縁皮膜54、ひいては絶縁電線51の白濁を生じさせることになる。絶縁電線51には、白濁しない外観といった良好な外観性も求められる。絶縁皮膜54を構成する最外層となる第二の層57を上記したポリイミドとし、上記モル比率を上記範囲とすることにより、高温・高湿度環境下に長時間曝露した場合の耐加水分解性が高く、良好な外観性を有する絶縁皮膜54とすることができる。
【0084】
このような構成によると、溶接時において、絶縁皮膜54のうち、導体12に近い側であり、325℃における貯蔵弾性率E’が200MPa以上である第一の層55を構成する樹脂内における発泡を抑制し、絶縁皮膜54としての耐溶接性を向上させることができる。また、絶縁皮膜54のうち、導体12から遠い側であり、最外層である第二の層57において上記構成を採用することにより、高温・高湿度環境下に長時間曝露した場合の耐加水分解性が高く、かつ、良好な外観性を有する絶縁皮膜54とすることができる。したがって、このような絶縁皮膜54を含む絶縁電線51は、機能の低下を防止することができる。
【0085】
次に、図7図9を参照して、本実施の形態に係る絶縁電線51を製造する方法の手順を説明する。図9は、本願の一実施形態に係る絶縁電線51の製造工程の手順を示すフローチャートである。本実施の形態においては、図9に示すS21(ステップS21、以下、ステップを省略する。)~S23のステップが実施される。
【0086】
まず、線状の導体12を準備する(S21)。具体的には、素線を準備し、その素線に対して引き抜き加工(伸線加工)などの加工を行い所望の直径や形状を有する導体12を準備する。素線としては、上記実施の形態1で説明したものと同様の材質の素線を選択することができる。
【0087】
次に、ポリイミドの前駆体であるポリアミック酸を含有するワニス(ポリアミック酸溶液)を調製する(S22)。ワニスは第一の層55を形成するためのワニス(中実層形成用ワニス)と第二の層17を形成するためのワニス(有孔層形成用ワニス)の二種類が調製される。
【0088】
本実施の形態において、中実層形成用ワニスは、上記実施の形態2において説明したものと同じである。一例としてはPMDAとODAとを原料とする、上記繰り返し単位Aを含む分子構造を有するポリイミドを形成するためのワニスが挙げられる。
【0089】
上記有孔層形成用ワニスは、上記第二の層57を形成するポリイミドの組成として、式(1)で表される繰り返し単位Aおよび式(2)で表される繰り返し単位Bの総モル数に対する、繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率(B×100/(A+B))が25モル%以上95モル%以下となるように配合される。また、第二の層57内に気孔を形成するための熱分解性樹脂を含む。なお、有孔層形成用ワニスを形成する原料の種類や配合量、それらの好ましい範囲については、実施の形態1で述べた有孔層形成用ワニスについての説明を参照されたい。
【0090】
中実層形成用ワニスおよび有孔層形成用ワニスにおける、テトラカルボン酸二無水物(PMDAおよびBPDA)とジアミン(ODA)とのモル比(テトラカルボン酸二無水物/ジアミン)としては、ポリイミド前駆体の合成容易性の観点から、例えば95/105以上105/95以下とすることができる。中実層形成用ワニスのポリイミド前駆体については、上記したテトラカルボン酸二無水物は、PMDAのみとなる。
【0091】
双方の上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量の下限値としては、10,000が好ましく、15,000がより好ましい。一方、上記重量平均分子量の上限値としては、180,000が好ましく、130,000がより好ましい。上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量を上記下限値以上とすることで、伸張性に優れ、かつ加水分解を生じても一定の分子量を維持しやすいポリイミドを形成することができる。その結果、上記絶縁層の可撓性および耐湿熱劣化性をより向上できると考えられる。また、双方の上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量を上記上限値以下とすることで、絶縁電線11の製造に用いるワニスの極端な粘度増大を抑制して導体12へのワニスの塗布性を向上できる。また、上記ワニスにおいて、優れた塗布性を維持しつつポリイミド前駆体の濃度を向上しやすくなる。ここで「重量平均分子」とは、JIS-K725-1:2008「プラスチック-サイズ排除クロマトグラフィーによる高分子の平均分子量及び分子量分布の求め方-第1部:通則」に準拠して、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を用いて測定される値を指す。
【0092】
双方の上記ポリイミド前駆体は、上述したテトラカルボン酸二無水物とジアミンとの重合反応により得ることができる。上記重合反応は、従来のポリイミド前駆体の合成方法に従って行うことができる。本実施の形態においては、ジアミンであるODA100モル%を、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)中にまず溶解させる。次に、PMDAとBPDAを所定の比率で含むテトラカルボン酸二無水物を95モル%~100モル%加え、窒素雰囲気下で撹拌する。なお、第一の層25を形成するのに用いる有孔層形成用ワニスの場合、BPDAの比率が0となる。その後、撹拌しながら80℃で3時間反応させる。反応後、反応溶液を室温にまで自然冷却する。これによりN-メチル-2-ピロリドン中に溶解した状態のポリイミド前駆体を含有するワニスを調製する。
【0093】
上記の実施の形態においては、有機溶剤としてN-メチル-2-ピロリドン(NMP)を使用したが、他の非プロトン性極性有機溶剤を使用することもできる。他の非プロトン性極性有機溶剤としては、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、γ-ブチロラクトンが挙げられる。これらの有機溶剤は単独で用いても2種以上を併用してもよい。ここで「非プロトン性極性有機溶剤」とは、プロトンを放出する基を持たない極性有機溶剤をいう。
【0094】
上記有機溶剤の使用量は、PMDA、BPDAおよびODAを均一に分散させることができる使用量であれば特に限定されない。上記有機溶剤の使用量としては、例えばPMDA、BPDAおよびODAの合計100質量部に対し、100質量部以上1,000質量部以下とすることができる。
【0095】
上記重合の反応条件は、使用する原料等により適宜設定すればよい。例えば反応温度を10℃以上100℃以下、反応時間を0.5時間以上24時間以下とすることができる。
【0096】
上記重合に用いるテトラカルボン酸二無水物(PMDAおよびBPDA)とジアミン(ODA)とのモル比(テトラカルボン酸二無水物/ジアミン)は、重合反応を効率的に進行させる観点から、100/100に近いほど好ましい。上記モル比としては、例えば95/105以上105/95以下とすることができる。
【0097】
なお、上記ワニスについては、上記効果を損なわない範囲内において、上述した成分以外の他の成分や添加剤を含んでいてもよい。例えば、顔料、染料、無機または有機のフィラー、硬化促進剤、潤滑剤、密着性向上剤、安定剤などの各種添加剤や、反応性低分子などの他の化合物を含んでいてもよい。
【0098】
次に、導体12上に絶縁皮膜54を形成する(S23)。絶縁皮膜54は、まず線状の導体12の外周側の面13を取り囲むように、中実層である第一の層55を形成する。S22において調製された中実層形成用ワニスを導体12の表面に塗工し、導体12の外周側の面13上に塗膜を形成する。塗膜が形成された導体12を、例えば350~500℃に加熱された炉内を20秒~2分、具体的には、30秒かけて通過させることにより加熱する。塗膜が加熱されると、ポリアミック酸の脱水によりイミド化が進行し、塗膜が硬化して導体12の外周側の面13上にポリイミドの絶縁皮膜54のうちの第一の層55が形成される。この中実層形成用ワニスの塗工、および塗膜の加熱のサイクルを、数回繰り返すことにより、第二の層57の厚みを増す。最終的に所望のT11の第一の層55を形成することができる。
【0099】
次に、第一の層55の外周側の面56に接触して第一の層55の外周側を覆うよう、気孔59を含有する第二の層57を形成する。この場合、第一の層55の外周側の面56に、有孔層形成用ワニスを塗工し、第一の層55の外周側の面56に塗膜を形成する。塗膜が形成された後、上記した加熱等を行って第二の層57を形成する。この有孔層形成用ワニスの塗工、および塗膜の加熱のサイクルを、数回繰り返すことにより、第二の層57の厚みを増し、最終的に所望の厚みT22の第二の層57を形成する。このようにして、導体12と、導体12の外周側を取り囲むように配置された絶縁皮膜54(第一の層55と第二の層57とを含む)とを備えた絶縁電線51が製造される。
【0100】
なお、上記の実施の形態において、絶縁皮膜54はさらなる多層構造、すなわち、3層以上の構造を有していてもよい。この場合、絶縁皮膜54は、例えば第一の層55と第二の層57との間に、第一の層55を構成する樹脂および第二の層57を構成するポリイミドのそれぞれと異なる樹脂から構成される第三の層を含む構成としてもよい、また、第二の層57の外周側の面58を覆うようにして第二の層57を構成するポリイミドと異なる樹脂から構成される第四の層を含んでもよい。
【0101】
また、上記の実施の形態においては、第一の層(中実層)55を構成する樹脂は、繰り返し単位Aを含む分子構造を有するポリイミドからなることとしたが、特にこれに限られない。例えば、第一の層55を構成する樹脂は、ポリエーテルエーテルケトンやポリアミドイミドであってもよい。すなわち、第一の層55を構成する樹脂は、繰り返し単位Aを含む分子構造を有するポリイミド、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK(PolyEtherEtherKetone))、およびポリアミドイミド(PAI(Polyamide imide))のうちの少なくともいずれか一つを含む構成としてもよい。第一の層55を構成する樹脂として、このような樹脂を採用することもできる。この場合、例えば、添加物としてクレー等を含有させることにより、上記した325℃における貯蔵弾性率E’を上記の範囲、すなわち、200MPa以上に調整することもできる。
【0102】
また第一の層55を構成する樹脂は、325℃における貯蔵弾性率E’が20000MPa以下とすることが好ましい。こうすることにより、絶縁電線51として求められる良好な曲げ加工性を維持することができる。
【0103】
また、第二の層57の厚みは、20μm以上であるようにしてもよい。具体的には、図2中の厚みT12で示す、第一の層55の外周側の面56から第二の層57の外周側の面58に至る径方向の第二の層57の厚みを、20μm以上にしてもよい。このような厚みにより、第一の層55の外周側に配置される第二の層57の厚みを十分に確保して、第一の層55が加水分解により受けるダメージを必要最小限に抑え、第一の層55を起点としたクラック等の発生を防止することができる。
【実施例
【0104】
次に、実施例によって本開示に係る発明の内容をさらに具体的に説明する。ただし、本開示の内容は以下の実施例に限定されるものではない。実施例においては、以下の方法に従って絶縁電線を製造した。なお、実施例において使用した成分のうち、略称で表された成分の正式名称は、次の通りである。
【0105】
(酸無水物成分)
PMDA:ピロメリット酸無水物(Pyromellitic dianhydride)
BPDA:3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(Biphenyltetracarboxylic Dianhydride)
(ジアミン成分)
ODA:4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(4,4’-Diaminodiphenyl ether、4,4’-oxydianiline、4,4’-ODA)
【0106】
また絶縁電線の評価は次のような手順により行った。
(耐湿熱劣化性の評価)
耐湿熱劣化性については、以下のように評価した。まず、引張試験機(株式会社島津製作所製「AG-IS」)を用いて引張速度10mm/分で上記した絶縁電線を未伸張時の長さの110%になるまで予備伸張した。予備伸張した絶縁電線を温度85℃、湿度95%の環境下において750時間曝露した。その後、絶縁電線の表面に表れる亀裂の有無を目視で確認した。亀裂が発生したものをC、亀裂が発生しなかったものをAとして表1および表2中に示している。
【0107】
(耐溶接性の評価)
耐溶接性1および耐溶接性2については、以下のように評価した。図10に耐溶接性の評価方法の模式図を示す。絶縁電線を100mmの長さに切断して試験片とし、各試験片の一方の端末から7.0mmの位置まで絶縁層を剥離した。絶縁層を剥離した側の末端から2.5mmの部分を、断面寸法が1.5mm×2.0mmである2本のクロム銅製アース棒61で挟み込み、試験片の端末の端部から1.25mm離れた位置(図10の試験片の端末の端部から溶接トーチ62の先端までの距離tが1.25mmとなる位置)に溶接トーチ62の先端位置を合わせ、TIG溶接機により通電を行った。通電時間は0.3秒とした。耐溶接性1の溶接条件として、設定電流を110Aとして溶接を行った。また、耐溶接性2の溶接条件として、設定電流を130Aとして溶接を行った。そして、それぞれの条件における溶接部近傍の絶縁層の発泡の有無を確認した。溶接部近傍の絶縁層の発泡を目視で確認できた場合を「C(良好でない)」、溶接部近傍の絶縁層の発泡を光学顕微鏡で20倍に拡大して確認できた場合を「B(使用可能な範囲である)」、発泡が確認できなかった場合を「A(良好である)」とした。なお、溶接は温度24℃、湿度45%の環境下で行った。
【0108】
(曲げ加工性の評価)
曲げ加工性については、以下のように評価した。絶縁層の曲げ加工性は、絶縁電線を90°折り曲げてその状態で10秒間保持した後、折り曲げ箇所の絶縁層を目視で確認し、割れが確認されなかった場合を「A(良好である)」、割れが確認された場合を「C(良好でない)」と判断した。
【0109】
(外観性)
外観性については、以下のように評価した。絶縁電線の絶縁層の外観を目視で観察し、白濁、色ムラ等が生じている場合を「C(良好でない)」、白濁、色ムラ等が生じていない場合を「A(良好である)」と判断した。
【0110】
(第一評価例)
(ワニスの調製)
ODA100モル%を、有機溶剤のN-メチル-2-ピロリドンに溶解させた後、得られた溶液に、表1に示すモル比率のPMDAおよびBPDAを加え、窒素雰囲気下で撹拌した。その後、撹拌しながら80℃で3時間反応させた後、室温に冷却することにより、N-メチル-2-ピロリドン中のポリイミド前駆体が溶解しているワニスを調製した。このワニス中のポリイミド前駆体濃度は30質量%とした。また、ワニス中には、熱分解性樹脂またはコア-シェル粒子が含有されている。なお、表1においては、気孔の占める割合について、有孔層全体の体積に対する、有孔層内に存在する全気孔の総体積の割合を意味する気孔率(体積%)という表記で示している。
【0111】
【表1】
【0112】
(絶縁電線の製造)
銅を主成分とする平均直径1mmの丸線(長手方向に垂直な断面における導体の形状が円形である導線)を導体として準備した。上述のようにして調製したワニスを上記導体の外周側の面に塗工した。上記ワニスを塗工した導体を加熱温度400℃、加熱時間30秒の条件で加熱炉において加熱した。この塗工工程および加熱工程を10回ずつ繰り返し行った。このようにして、上記導体と、この導体の外周側の面に積層される平均厚さ35μmの絶縁皮膜とを備える絶縁電線を得た。
【0113】
表1において、実験No.6、実験No.7、実験No.8、および実験No.9は実施例の結果、実験No.1、実験No.2、実験No.3、実験No.4、実験No.5、および実験No.10が比較例の結果を示す。
【0114】
表1に示すように、繰り返し単位Aおよび繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率が25モル%以上95モル%以下であり、ポリイミド層における気孔の占める割合は、5体積%以上80体積%以下である、という条件を満たす実験No.5~実験No.9においては、耐湿熱劣化性の結果も良好であり、耐溶接性1および耐溶接性2の結果も満足の得られるものであった。特に、シェルを含み、気孔の占める割合が30%である実験No.8、および気孔の占める割合が70%である実験No.9については、耐溶接性1および耐溶接性2の結果が優れたものであることが確認された。
【0115】
これに対し、BPDAを含まない実験No.1については、耐湿熱劣化性において、亀裂が発生しており、耐湿熱劣化性の結果が不充分であった。また、ポリイミド層が気孔を有しない実験No.2、実験No.3、実験No.4、および実験No.5については、耐溶接性1および耐溶接性2の結果が不充分であった。さらに実験No.5に至っては、外観性の観点からも不充分な結果であった。また、気孔の占める割合が80体積%を超す実験No.10については、曲げ加工性の結果が不充分であった。
【0116】
(第二評価例)
(ワニスの調製)
(i)中実層形成用ワニス(第一の層用のワニス)の調製
ODA100モル%を、有機溶剤のN-メチル-2-ピロリドンに溶解させた後、得られた溶液に、表2に示すモル比率のPMDAおよびBPDAを加え、窒素雰囲気下で撹拌した。その後、撹拌しながら80℃で3時間反応させた後、室温に冷却することにより、N-メチル-2-ピロリドン中のポリイミド前駆体が溶解している第一の層用のワニスおよび第二の層用のワニスを調製した。これらのワニス中のポリイミド前駆体濃度はそれぞれ30質量%とした。
【0117】
(ii)有孔層形成用ワニス(第二の層用のワニス)の調製
ODA100モル%を、有機溶剤のN-メチル-2-ピロリドンに溶解させた後、得られた溶液に、表2に示すモル比率のPMDAおよびBPDAを加え、窒素雰囲気下で撹拌した。その後、撹拌しながら80℃で3時間反応させた後、室温に冷却することにより、N-メチル-2-ピロリドン中のポリイミド前駆体が溶解しているワニスを調製した。このワニス中のポリイミド前駆体濃度は30質量%とした。また、ワニス中には、熱分解性樹脂が含有されている。
【0118】
(絶縁電線の製造)
銅を主成分とする平角銅線(長手方向に垂直な断面における導体の形状が高さ1.5mm、幅4mmの四角形状である銅線)を導体として準備した。上述のようにして調製した中実層形成用ワニス(第一の層用のワニス)を上記導体の外周側の面に塗工した。塗膜を加熱温度400℃、加熱時間30秒の条件で加熱炉において加熱した。この塗工工程および加熱工程を30回ずつ繰り返し行った。
【0119】
第一の層の表面を充分に乾燥および硬化させた後、その第一の層の外周側の面に有孔層形成用ワニス(第二の層用のワニス)を塗工した。塗膜を加熱温度400℃、加熱時間30秒の条件で加熱炉において加熱した。この塗工工程および加熱工程を30回ずつ繰り返し行った。
【0120】
このようにして、上記導体と、この導体の外周側の面に積層される平均厚さ(第一の層と第二の層の合計としての平均厚さ)約200μmの絶縁皮膜とを備える絶縁電線を得た。
【0121】
(絶縁電線の評価)
上記のようにして得られた絶縁電線について、耐湿熱劣化性、耐溶接性(上記「耐溶接性2」の条件)、および外観性の評価を行った。結果を表2および表3に示す。
【0122】
表2および表3においては、第二の層における気孔の占める割合について、第二の層全体の体積に対する、第二の層内に存在する全気孔の総体積の割合を意味する気孔率(体積%)という表記で示している。表2においては気孔率が5体積%の場合の評価結果を示し、表3においては気孔率が80体積%の場合の評価結果を示す。
【0123】
表2および表3において、実験No.12、実験No.13、実験No.14、実験No.16、実験No.17、実験No.20、実験No.22、実験No.23、実験No.24、実験No.26、実験No.27、実験No.29は実施例の結果を、実験No.11、実験No.15、実験No.18、実験No.19、実験No.21、実験No.25、実験No.28は比較例の結果を示す。なお、実験No.18および実験No.28においては、第一の層としてPEsI(ポリエステルイミド)の層を含む。
【0124】
また、実験No.11~実験No.18および実験No.21~実験No.28については、第一の層の厚みと第二の層の厚みがそれぞれ100μmである。また実験No.19は、第一の層と第二の層が同じである。すなわち実験No.19については、絶縁皮膜は単一層であり、絶縁皮膜の総厚みが200μmである。また実験No.20および実験No.29については、第一の層の厚みが178μmであり、第二の層の厚みが18μmである。
【0125】
【表2】
※単一層のため、第一の層と第二の層とを区別せず。
【0126】
【表3】
【0127】
表2および表3を参照して、まず実験No.12~実験No.14、実験No.16、実験No.17,実験No.22~実験No.24、実験No.26、実験No.27は実施例の一部である。これらの実施例における絶縁電線が有する絶縁皮膜において、第一の層は325℃における貯蔵弾性率E’が200MPa以上の樹脂を含む層である。また、第二の層は繰り返し単位Aおよび繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率が25モル%以上95モル%以下のポリイミドからなる層である。第二の層は複数の気孔(空孔)を有し、気孔の占める割合(気孔率)は、5体積%(実験No.12~実験No.14、実験No.16、実験No.17)または80体積%(実験No.22~実験No.24、実験No.26、実験No.27)である。これらの絶縁電線においては、耐湿熱劣化性の結果が良好であり、耐溶接性、および外観性の結果も満足の得られるものであった。なお、実験No.20および実験No.29についても同様に実施例の一部であるが、上記他の実施例に比べると耐湿熱劣化性がわずかに低い。すなわち耐溶接性、および外観性の結果も満足の得られるものであるものの、耐湿熱劣化性の観点において、使用可能なレベルにとどまっている。これは第二の層が18μmであり、20μm以下であることによると考えられる。
【0128】
これに対し、第二の層がBPDAを含まない実験No.11および実験No.21については、耐湿熱劣化性の評価の際、絶縁皮膜に亀裂が発生し、耐湿熱劣化性が不充分であった。また、第二の層がBPDAを100%含む実験No.15および実験No.25については、外観性が不充分であった。また実験No.18および実験No.28に示すように、325℃における貯蔵弾性率E’が200MPa未満の樹脂からなる第一の層を含む絶縁皮膜を備える絶縁電線は、耐溶接性が不充分であった。実験No.19で示す、気孔を有する層を含まない絶縁皮膜を備える絶縁電線についても、耐溶接性が不充分であった。
【0129】
(まとめ)
本開示に係る絶縁電線においては、その絶縁皮膜が式(1)で表される繰り返し単位Aと、式(2)で表される繰り返し単位Bと、を含む分子構造を有し、繰り返し単位Aおよび繰り返し単位Bの総モル数に対する繰り返し単位Bのモル数の百分率として表されるモル比率[B×100/(A+B)](モル%)が25モル%以上95モル%以下であるポリイミドからなるポリイミド層を含む。上記ポリイミド層は、複数の気孔を有している。上記ポリイミド層における気孔の占める割合は、5体積%以上80体積%以下である。
【0130】
このような絶縁皮膜は、上記実施例に示すように、耐湿熱劣化性、耐溶接性、および外観性などの、絶縁皮膜として必要な要求特性を満たす。その結果、絶縁電線として、機能の低下を防止することが可能な絶縁電線を提供することが可能となる。
【0131】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、どのような面からも制限的なものではないと理解されるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく、請求の範囲によって規定され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0132】
11,21,31,41,51 絶縁電線
12 導体
13,26,28,36,38,58 面
14,24,34,44,54 絶縁皮膜
15,29,39,45,59 気孔
17,27,37,57 第二の層
25,35,55 第一の層
46 シェル
61 アース棒
62 溶接トーチ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10