(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-20
(45)【発行日】2023-01-30
(54)【発明の名称】複合材料
(51)【国際特許分類】
B32B 9/00 20060101AFI20230123BHJP
C03C 17/23 20060101ALI20230123BHJP
C01G 25/02 20060101ALI20230123BHJP
【FI】
B32B9/00 A
C03C17/23
C01G25/02
(21)【出願番号】P 2018107428
(22)【出願日】2018-06-05
【審査請求日】2021-03-08
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】594192349
【氏名又は名称】リソテック ジャパン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101281
【氏名又は名称】辻永 和徳
(72)【発明者】
【氏名】関口 淳
(72)【発明者】
【氏名】西野 朋季
【審査官】磯部 洋一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-096842(JP,A)
【文献】特開2004-234988(JP,A)
【文献】国際公開第2014/083884(WO,A1)
【文献】特開2012-148950(JP,A)
【文献】国際公開第2017/056405(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/092927(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2008/0167173(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0336039(US,A1)
【文献】色材協会誌, 2014, Vol.82(2), p.50-53
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 9/00
C03C 17/23
C01G 25/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体表面に無機物質微粒子の集合体により形成される、該微粒子の間に連続した空隙が形成されたナノポーラス構造を有する複合材料であって、該空隙は構造外の雰囲気に連通する細孔であり、
ナノポーラス構造の気孔率が10-90%であり、ナノポーラス構造中の細孔の径が10-500nmであり、該空隙に水を保持する複合材料であって、該無機物質が、シリカ、アルミナ、酸化亜鉛、チタン酸バリウム、酸化鉄、酸化マグネシウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化アルミニウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸亜鉛、硫化鉄、硫化マグネシウム、硫化亜鉛、窒化マグネシウム、窒化炭素、窒化ホウ素、窒化アルミニウムからなる群から選択される、水中での表面への油分の付着防止用複合材料。
【請求項2】
該基体がステンレスまたはガラスである、請求項1記載の複合材料。
【請求項3】
該無機物質微粒子が、ZrO
2またはHfO
2である、請求項1または2記載の複合材料。
【請求項4】
シリカ、アルミナ、酸化亜鉛、チタン酸バリウム、酸化鉄、酸化マグネシウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化アルミニウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸亜鉛、硫化鉄、硫化マグネシウム、硫化亜鉛、窒化マグネシウム、窒化炭素、窒化ホウ素、窒化アルミニウムからなる群から選択される無機物質の微粒子を樹脂バインダーに分散して分散体を得ること、得られた分散体を基体表面に塗布すること、および得られた基体を加熱して樹脂バインダーを分解除去することを含む、
請求項1記載の複合材料の製造方法。
【請求項5】
基体表面に無機物質微粒子の集合体により形成される、該微粒子の間に連続した空隙が形成されたナノポーラス構造を有する複合材料であって、該空隙は構造外の雰囲気に連通する細孔であり、
ナノポーラス構造の気孔率が10-90%であり、ナノポーラス構造中の細孔の径が10-500nmであり、該空隙に水を保持する複合材料であって、該無機物質が、シリカ、アルミナ、酸化亜鉛、チタン酸バリウム、酸化鉄、酸化マグネシウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化アルミニウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸亜鉛、硫化鉄、硫化マグネシウム、硫化亜鉛、窒化マグネシウム、窒化炭素、窒化ホウ素、窒化アルミニウムからなる群から選択される複合材料を使用する、水中での表面への油分の付着を防止する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定のナノポーラス構造が金属またはガラスなどの耐熱性基体の表面に形成された複合材料に関する。本発明の複合材料は表面への油性物質の付着を防止する。また基体が管状である場合には、その内側表面および/または外側表面への油性物質の付着を防止する。
【背景技術】
【0002】
金属やガラスなどに油性の汚れが付着するとその除去が困難である。特に水中で使用する場合には付着した油性成分の除去が困難であった。付着防止の方法としては、従来は、有機フッ素系コーティングなどの方法が知られていたが、製造コストおよび廃棄コストが高いという課題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明者らは、上記の課題を解決するために研究を重ねた結果、油性成分の付着を防止するために有用な、新規な表面構造を有する複合材料を開発した。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、基体表面にナノポーラス構造を有する複合材料に関する。
【0005】
本発明においてナノポーラス構造とは、無機物質微粒子の集合体であって、粒子の間にナノメートル単位の連続した空隙が形成された構造を言う。この空隙には水を保持することができる。ナノポーラス構造内の保持された水は、構造に接触する油性成分をはじき、油性成分の付着を防止する。このような効果をナノ親水効果と呼ぶ。またナノポーラス構造内に水が保持されている時、ナノ親水構造と呼ぶ。
【0006】
ナノポーラス構造において、構造中における空間の割合である気孔率は10-90%、好ましくは30-70%、より好ましくは40-60%である。また、空隙は構造外の雰囲気に連通する細孔であり、細孔径は10-500nm、好ましくは50-200nmである。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1はナノ親水効果のメカニズムを説明する図である。
【
図2】
図2は、水中でのSi基板への油滴の接触状態を示す写真である。
【
図3】
図3は、未処理ステンレス板の表面のSEM写真である。
【
図4】
図4は、実施例1で得られたステンレス板を使用した複合材料の表面のSEM写真である。
【
図5】
図5は、実施例1で得られた複合材料の表面への油滴の接触状態を示す写真である。
【
図6】
図6は、実施例1で得られたサンプルの、レーザー顕微鏡により得られた表面の写真である。
【
図7】
図7は、表面の凹凸が測定された直線を示す図である。
【
図8】
図8は、測定された表面の凹凸の結果を示す。
【
図9】
図9は、実施例1で得られたサンプルの日立ハイテック社製AFM5300Eにより表面粗さを測定した結果と測定された表面のSEM写真を示す。
【
図10】
図10は、実施例2で得られたガラス板を使用した複合材料の表面のSEM写真である。
【
図11】
図11は、実施例2で得られたガラス板を使用した複合材料の断面のSEM写真である。
【
図12】
図12は、実施例2で得られたガラス板を使用した複合材料の表面への油滴の接触状態を示す写真である。
【0008】
理論により拘束されるものではないが、本発明の複合材料表面への油性成分の付着が防止されるメカニズムを
図1に示す。ナノポーラス構造10は、無機物質微粒子の集合体であって粒子の間にナノメートル単位の連続した空隙が形成された構造である。このナノポーラス構造の内部の空隙に水が保持されて水膜12を形成する。形成された水膜がタンパク質などを含む油性成分11をはじくため、油性成分の付着が防止されると考えられている。したがって、本発明にかかる複合材料が油性成分の付着を防止するためには、複合材料表面のナノポーラス構造の凹部をほぼ満たす量の水が存在していることが必要である。
図1から理解されるように、ナノポーラス構造の表面の凸凹は油滴の大きさよりも十分に小さく、凹部間に油滴が入り込むのを防ぐことができるような間隔であることが必要とされる。凸凹の大きさは無機物質微粒子の粒径に依存するので、十分に小さな1次粒径の無機物質微粒子を使用して、1次粒子にまで分散させることにより、凸凹の大きさを適当に制御することができる。
【0009】
本発明の複合材料の基体が管の場合には、その内側表面および/または外側表面にナノポーラス構造を形成することができる。内側表面にナノポーラス構造を形成した場合には、輸液される流体内の油性成分の付着を防止し、チューブの詰まりを防止することができる。また外側表面にナノポーラス構造を形成した場合には、油性成分を含む環境中に敷設した場合の外側表面の汚染を防止することができる。
【0010】
本発明の複合材料は、微粒子無機物質を樹脂バインダーに分散し、基体表面に塗布した後、加熱して樹脂バインダーを分解除去することにより作成される。微粒子無機物質および基体は樹脂バインダーの加熱による分解除去の際に分解または溶融しないことが必要である。
【0011】
加熱温度は一般に600-1200℃、好ましくは800-1000℃であり、典型的には約800℃である。
【0012】
本発明の複合材料の基体としては、樹脂バインダーを加熱により分解除去する際に溶融または分解しない任意の物質、好適には金属およびガラスなどの耐熱性物質を使用する事ができる。金属としては、たとえばステンレス、鉄、Cu、Ni、チタン合金、アルミニウム、Siなどを使用する事ができる。また、ガラスなどの各種セラミックスも使用できる。本明細書においては、樹脂バインダーを分解除去する際に溶融または分解しない物質を「耐熱性物質」と呼ぶ。
【0013】
微粒子無機物質としては、樹脂バインダーを分解除去する際に溶融、分解しない任意の物質を使用することができる。たとえば、(1)シリカ、アルミナ、酸化亜鉛、酸化チタン、チタン酸バリウム、酸化鉄、酸化マグネシウム、酸化ジルコニウム、酸化ハフニウム等の金属酸化物、(2)フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化アルミニウム等のフッ化物、(3)炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸亜鉛等の金属炭酸塩、(4)硫化鉄、硫化マグネシウム、硫化亜鉛等の硫化物、(5)窒化マグネシウム、窒化炭素、窒化ホウ素、窒化アルミニウム等の窒化物等が挙げられる。
【0014】
好ましくはZrO2、およびHfO2を使用する事ができる。微粒子無機物質は使用する樹脂バインダー内に良好に分散されることが好ましい。微粒子無機物質は表面処理されることができ、たとえば界面活性剤またはシランカップリング剤などで表面処理されることができる。微粒子無機物質の粒径は、約50-100nm、好ましくは100-200nmである。微粒子無機物質は、2以上の異なる物質の微粒子を混合使用する事ができる。また2以上の粒径の異なる粒子を混合使用する事もできる。
【0015】
樹脂バインダーとしては、加熱により分解除去することができる任意の樹脂が使用できる。使用する微粒子無機物質を分散する能力や、塗布する際に好適な粘度が得られるように、適宜選択することができる。一般的には熱可塑性樹脂が使用されるが、光、放射線、水分、および/または熱により硬化される硬化性樹脂を使用することもできる。たとえば、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリ酢酸ビニル、グリセリン、ポリヒドロキシスチレン、メチルメタクリル酸、水溶性アクリル酸系樹脂、ポリウレタン、エポキシ樹脂などが使用でき、好ましくは、ポリビニルアルコール、グリセリン、ポリヒドロキシスチレン、メチルメタクリル酸、水溶性アクリル酸系樹脂が使用され、さらに好ましくはポリビニルアルコールまたはグリセリンが使用される。
【0016】
樹脂バインダーの量は、微粒子無機物質に対して10-90重量%、好ましくは20-80重量%、より好ましくは40-60重量%である。また必要に応じてシランカツプリング剤などの分散剤を使用することができる。
【0017】
上記の製造方法から理解されるように、基体表面上には、分解除去された樹脂バインダーが占めていた空間が間隙として存在する微粒子無機物質の層が形成される。樹脂バインダーが占めていた空間は本質的には非常に小さな径の通路のような連続した空間として残る。したがって、形成された微粒子無機物質の層は、内部に非常小さな連続した空隙を有するナノポーラス構造が形成される。
【0018】
微粒子無機物質粉末は凝集しており、数ミクロンの塊になっているため、これを細かく分散して1次粒子にばらばらにして分散させることがナノポーラス構造を作成するために重要である。この分散操作がうまくいかないと、微粒子無機物質粉末が塗布液中で「だま」になってしまい、良好なナノポーラス構造を作ることができない。凝集塊がばらばらにされた後に、真空ろ過機などの濾過器により、たとえばメッシュ10ミクロンのフィルターを使用して濾過を行う事により凝集塊をさらに砕くことができ、または凝集したままの粒子を除去することができる。
【0019】
一般にナノポーラス構造は基体表面の全体にわたり形成されるが、用途によって必要な部分のみにナノポーラス構造を提供することができる。
【0020】
本発明の複合材料は、油分の付着を防止することが望ましいすべての用途において使用することができる。本発明の複合材料がシートである場合には、油分による汚染を防止するための各種シートとして使用できる。
さらに本発明の複合材料がチューブである場合には、動物および人間の体内で使用されることができ、たとえば体内留置チューブ、栄養補給チューブ、および点滴チューブのような医療用チューブ、胆管ステントのような各種ステント、カテーテル、人工血管などの医療用途において好適に使用することができる。
【実施例】
【0021】
参考例1
構造体がナノ親水効果を有するかどうかを評価するために、新たに水中油滴接触角測定装置を開発した。
水中油滴接触角測定装置においては、水中に被測定物を置き、ナノシリンジの先から油滴を被測定物に接触させて、油滴が被測定物に付着するかどうかを、CCDカメラの画像により評価した。
Si基板に対する評価結果を
図2に示す。Si基板31を水32の中に保持した。ナノシリンジの先から排出された油滴33をSi基板に接触させたところ、油滴はSi基板にくっつき(34)、平坦なSi基板はナノ親水効果を有しないことが示された。Si基板への油滴の接触角は73度であった。本明細書に記載された水中油滴接触角測定試験においては、油としてなたね油を使用した。
【0022】
実施例1
微粒子無機物質としてZrO2ナノパーティクル(東ソー製、ジルコニア粉末、TZ-8Y-E:直径100nm)を使用した。
樹脂バインダーとして、PVAを使用した。
以下の材料を使用して、以下の手順により複合材料を作成した。
材料
A:TZ-8Y-E 25g
B:純水 60g
C:分散剤 A6270 1.25g (東亜合成(株)水溶性アクリル酸系分散剤 アロンシリーズ)
D:YTZビーズ:東ソー(株) 直径30μm
作成手順
1) A,B,Cを混ぜた。
2) 次に、YTZビーズ(Zr製)を361g(容量で90ml)を入れ、さらに純水25gを加え、よく混ぜた。
3) 混合分散後、真空ろ過機を用いてメッシュ10ミクロンのフィルターを通し、ZrO2ナノパーティクルが分散した液体を得た。得られた液体をステンレス基板上にスピン塗布した。
4) 100℃で1時間乾燥した後、電気炉に入れ、100℃/時で昇温し、200℃で3時間保持した後、さらに100℃/時で昇温し、800℃にした。800℃で4時間保持した後、1晩放冷し、複合材料を得た。
【0023】
ステンレス基板表面のSEM写真を
図3に示す。また実施例1で得られた、表面にナノポーラス構造を有するステンレス基板を使用した複合材料の表面のSEM写真を
図4に示す。ステンレス基板表面は研磨による細かな凸凹に覆われているのに対し、本発明の複合材料の表面には、ナノポーラス構造が形成されていた。
【0024】
実施例1で得られた複合材料について、参考例1に記載した装置を用いてナノ親水効果を測定した。結果を
図5に示す。油は複合材料表面に付着せず、実施例1で得られた複合材料が、水中撥油性を有することが示された。
【0025】
レーザー顕微鏡により得られたナノポーラス構造の観察を行った。表面の写真を
図6に示す。粒子サイズは約100nmであった。
また
図7でA-Aで示される直線において、表面の凹凸を調べた。測定結果を
図8に示す。凸部間の距離が447.6nm、凸部の最高点と凹部の最低点との間の距離が854.4nmである構造と、凸部間の距離が180.1nm、凸部の最高点と凹部の最低点との間の距離が33.2nmである構造が観察された。
また日立ハイテック社製AFM5300Eにより表面粗さを測定した。結果を
図9に示す。Raは平均面粗さ、P-Vは最大高低差、RMSは二乗平均面粗さ、Sは表面積、SRatioは表面積率、RZは表面粗さパラメータのn点平均粗さ、Zdttaは任意の点のzデータを示す。
【0026】
実施例2
ガラス基板を使用して、実施例1と同様の操作を行った。基板表面に形成されたナノポーラス構造のSEM写真を
図10に示す。また得られた複合材料の断面のSEM写真を
図11示す。ガラス基体の表面にナノポーラス構造が形成されたことが示された。
次に実施例2で得られた複合材料について、参考例1に記載した装置を用いてナノ親水効果を測定した。結果を
図12に示す。油は複合材料表面に付着せず、実施例2で得られた複合材料が、水中撥油性を有することが示された。
【0027】
実施例3
ガラス管を基体として使用し、実施例1に記載されたZrO
2ナノパーティクル分散液を内側に塗布し、実施例1と同様な条件で乾燥した。
ガラス管中に油(ラード)と水を重量比1:9で混ぜた混合液を40℃に加温して流し、その様子を観察した。分散されたラードの粒子径は、0.1から2mm程度であった。ガラス管の写真を
図13に示す。
図13Aは通液前のチューブを示す。点線の左側がナノポーラス構造のない部分であり、点線の右側がナノポーラス構造のある部分である。
図13Bは通液中のチューブの様子を示す。右側の方が着色が小さく、油の付着がないことが示されている。
図12Cは通液後、水を通した後のチューブの様子を示す。右側には油分が残っていないことが示された。