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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-20
(45)【発行日】2023-01-30
(54)【発明の名称】猫尿臭抑制剤の探索方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20230123BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20230123BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20230123BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20230123BHJP
   C07K 14/705 20060101ALN20230123BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALN20230123BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20230123BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
C12Q1/02
G01N33/15 Z
G01N33/53 D
C07K14/705 ZNA
C12Q1/68
C12N15/09 Z
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019005550
(22)【出願日】2019-01-16
(65)【公開番号】P2020112520
(43)【公開日】2020-07-27
【審査請求日】2021-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】家木 誉史
(72)【発明者】
【氏名】梅田 智重
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/110672(WO,A1)
【文献】特開2014-235098(JP,A)
【文献】特開2009-000087(JP,A)
【文献】特開2012-050411(JP,A)
【文献】特開2015-211667(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0207337(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 -33/98
G01N 33/00 -33/46
C12Q 1/02
C07K 14/705
C12Q 1/68
C12N 15/09
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
猫尿臭抑制剤の探索方法であって、以下:
OR2M3及びこれと同等な機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び猫尿臭原因物質を添加すること;
該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、
測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、
を含み、
該猫尿臭原因物質が3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメートである、
方法。
【請求項2】
前記OR2M3が配列番号2のアミノ酸配列からなるポリペプチドである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記OR2M3と同等な機能を有するポリペプチドが、
配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメートに対する応答性を有するポリペプチド、ならびに、
3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメートに対する応答性を有する、OR2M3と相同なマウス又はラット由来の嗅覚受容体ポリペプチド、
からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記嗅覚受容体ポリペプチドが、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞上に発現されている、請求項1~3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記試験物質を添加しなかった前記嗅覚受容体ポリペプチドの前記猫尿臭原因物質に対する応答を測定することをさらに含む、請求項1~4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記試験物質を添加した前記嗅覚受容体ポリペプチドの前記猫尿臭原因物質に対する応答が、該試験物質を添加しなかった該嗅覚受容体ポリペプチドの該猫尿臭原因物質に対する応答に対して抑制されていたときに、該試験物質を、該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することをさらに含む、請求項5記載の方法。
【請求項7】
前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答の測定が、ELISAもしくはレポータージーンアッセイによる細胞内cAMP量測定、又はカルシウムイメージングによる測定である、請求項1~のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、猫尿臭抑制剤の探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ペット等の排泄物を処理する処理具において、排泄物から生じる臭気が知覚されないようにする目的で、消臭剤を該処理具に配することが行われている。例えば、特許文献1には、特定の化学式で表されるアルミノシリケートを含有するペット用消臭剤が開示されている。また特許文献2には、フェノール性化合物及び/又はメディエータと、それらを酸化することができる酵素とを含む消臭剤を含有する消臭剤含有製品が開示されている。特許文献3には、大環状ケトンを有効成分とするβ-グルクロニダーゼ阻害剤が、尿にβ-グルクロニダーゼが作用することによって生じる揮発性の尿臭成分の生成を抑制し、ヒトや動物の尿臭を抑制することが記載されている。
【0003】
猫の尿臭(以下、猫尿臭とも言う)は、ヒトや犬の尿臭と比較して臭いことが知られており、猫尿臭に対する消臭効果の向上が求められている。しかし、特許文献1~3に記載されたペット用消臭剤及び消臭剤含有製品や、β-グルクロニダーゼ阻害剤は、猫尿臭に対する消臭効果が十分であるとは言い難い。猫の尿中に含まれる悪臭成分には、3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート(MMF)や3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール(MMB)などの猫尿に特有のチオール類が含まれている(非特許文献1、2)。したがって、猫尿臭を抑えるためにはこれらのチオール系化合物の臭いの抑制が求められる。
【0004】
ヒト等の哺乳動物においては、匂いは、鼻腔上部の嗅上皮に存在する嗅神経細胞上の嗅覚受容体に匂い分子が結合し、それに対する受容体の応答が中枢神経系へと伝達されることにより認識されている。ヒトの場合、嗅覚受容体は約400個存在することが報告されており、これらをコードする遺伝子はヒトの全遺伝子の約2%にあたる。一般的に、嗅覚受容体と匂い分子は複数対複数の組み合わせで対応付けられている。すなわち、個々の嗅覚受容体は構造の類似した複数の匂い分子を異なる親和性で受容し、一方で、個々の匂い分子は複数の嗅覚受容体によって受容される。さらに、ある嗅覚受容体を活性化する匂い分子が、別の嗅覚受容体の活性化を阻害するアンタゴニストとして働くことも報告されている。これら複数の嗅覚受容体の応答の組み合わせが、個々の匂いの認識をもたらしている。
【0005】
したがって、同じ匂い分子が存在する場合でも、同時に他の匂い分子が存在すると、当該他の匂い分子によって受容体応答が阻害され、最終的に認識される匂いが全く異なることがある。このような仕組みを嗅覚受容体のアンタゴニズムと呼ぶ。この受容体アンタゴニズムによる匂いの抑制は、香水や芳香剤等の別の匂いを付加することによる消臭と異なり、特定の悪臭の認識を特異的に失くしてしまうことができ、また芳香剤の匂いによる不快感が生じることもないという利点を有している。
【0006】
嗅覚受容体アンタゴニズムの考え方に基づき、嗅覚受容体の活性を指標として悪臭抑制物質を同定する方法がこれまでにいくつか開示されている。例えば、特許文献4には、ヘキサン酸やイソ吉草酸の悪臭を抑制する物質を、それらの悪臭物質に特異的に応答する嗅覚受容体の活性を指標として探索することが開示されている。同様に、特許文献5には、スカトール臭を抑制する物質を、特許文献6には、ポリスルフィド化合物の臭いを抑制する物質を、それぞれの悪臭物質に特異的に応答する嗅覚受容体の活性を指標として探索することが開示されている。特許文献7には、嗅覚受容体OR1A1、OR2W1、OR4S2、OR5K1、OR5P3、OR8H1、OR9Q2、OR10G4及びOR10G7が、p-クレゾール、2-メトキシ-4-ビニルフェノール等の尿臭原因物質に応答することが記載されている。非特許文献3には、嗅覚受容体OR2M3が、タマネギに含まれる臭い物質である3-メルカプト-2-メチルペンタン-1-オールに特異的に応答すること、この受容体は、より弱い強度で3-メルカプト-2-メチルブタン-1-オール及び3-メルカプト-2-メチルヘキサン-1-オールに応答するほかは、3-メルカプト-3-メチルヘキサン-1-オール等の他のチオール類や類似物質には応答しなかったことが記載されている。しかしながら、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づいて猫尿由来の悪臭、特にチオール臭を抑える技術については、これまで報告がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2007-229151号公報
【文献】特開2005-65750号公報
【文献】特開2014-195696号公報
【文献】特開2012-050411号公報
【文献】特開2012-249614号公報
【文献】国際公開公報第2016/204211号
【文献】特開2015-211667号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Chem Biol,2006,13(10):1071-1079
【文献】J Chem Ecol,2018,44(4):364-373
【文献】Chemical Senses,2017,42(3):195-210
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、嗅覚受容体の応答を指標として猫尿臭を抑制する物質を効率良く探索する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート(MMF)、3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール(MMB)などの、猫尿に含まれ、猫特有の尿臭をもたらすチオール類に応答する嗅覚受容体を新たに同定することに成功した。また本発明者は、当該嗅覚受容体又はそれと同様の機能を有するポリペプチドの応答を指標とすることにより、嗅覚受容体アンタゴニズムによる匂い抑制によって猫尿臭を抑制する物質を、評価及び選択することが可能であることを見出した。
【0011】
したがって本発明は、猫尿臭抑制剤の探索方法であって、以下:
OR2M3及びこれと同等な機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び猫尿臭原因物質を添加すること;
該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、
測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、
を含む方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、嗅覚受容体アンタゴニズムによる匂い抑制により猫尿臭を選択的に消臭することができる猫尿臭抑制剤を、効率よく探索することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】ヒト嗅覚受容体の猫尿臭原因物質に対する応答。A:MMF、B:MMB。横軸は個々の嗅覚受容体、縦軸は1回の実験における2ウェルの応答強度の平均値を示す。
図2】種々の濃度の猫尿臭原因物質に対するOR2M3の応答。A:MMFに対する応答、B:MMBに対する応答。データは平均値±SE(それぞれn=3)。
図3】OR2M3アンタゴニストによる、OR2M3のMMF(左)及びMMB(右)に対する応答の抑制。A:アセチルセドレン、B:γ-メチルイオノン、C:フロルヒドラル。横軸はアンタゴニスト濃度、縦軸は応答強度。データは平均値±SE(n=3)。
図4】OR2M3アンタゴニストによるMMF臭及びMMB臭の抑制効果。A:MMF臭に対する匂い強度、B:MMB臭に対する匂い強度。AC:アセチルセドレン、MIG:γ-メチルイオノン、Flo:フロルヒドラル。アンタゴニストとして使用する香料はいずれも1%(v/v)の濃度で使用した。白色バーは基準サンプル(OR2M3アンタゴニストなし)の臭い強度を示す。データは平均値±SE(n=3)。
図5】実施例4で用いた猫尿処理具1の断面図。
図6】OR2M3アンタゴニストによる猫尿の臭いの抑制効果。AC:アセチルセドレン、Flo:フロルヒドラル、MIG:γ-メチルイオノン、CWOT:シダーウッドオイルテキサス。バーは左から1日後、7日後の結果。縦軸は官能評価による猫尿臭の強度。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書における「嗅覚受容体アンタゴニズムによる匂い抑制」とは、目的の匂い分子と他の匂い分子をともに適用することにより、当該他の匂い分子によって目的の匂い分子に対する受容体応答を阻害し、結果的に個体に認識される匂い(悪臭を含む)を抑制する手段である。嗅覚受容体アンタゴニズムによる匂い抑制は、同様に他の匂い分子を用いる手段であっても、芳香剤等の、目的の匂いを別の強い匂いによって打ち消す手段(いわゆる香りによるマスキング)とは区別される。嗅覚受容体アンタゴニズムによる匂い抑制の一例は、アンタゴニスト等の嗅覚受容体の応答を阻害する物質を使用するケースである。特定の匂いをもたらす匂い分子の受容体にその応答を阻害する物質を適用すれば、当該受容体の当該匂い分子に対する応答が抑制されるため、最終的に個体に知覚される匂いを抑制することができる。
【0015】
本明細書において、「嗅覚受容体ポリペプチド」とは、嗅覚受容体又はそれと同等な機能を有するポリペプチドをいい、嗅覚受容体と同等な機能を有するポリペプチドとは、嗅覚受容体と同様に、細胞膜上に発現することができ、匂い分子の結合によって活性化し、かつ活性化されると、細胞内のGαsと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで細胞内cAMP量を増加させる機能を有するポリペプチドをいう(Nat.Neurosci.,2004,5:263-278)。
【0016】
本明細書において、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列の同一性は、リップマン-パーソン法(Lipman-Pearson法;Science,1985,227:1435-41)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0017】
本明細書において、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列に関する「少なくとも80%の同一性」とは、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性をいう。
【0018】
本発明により抑制される「猫尿臭」は、好ましくは排尿直後の(又は新鮮な)猫尿及び排尿後時間が経過した猫尿が有する特有の尿臭であり、好ましくは、猫尿に含まれるイオウ系化合物(チオール類やスルフィド類)に起因する猫尿臭であり、より好ましくは、3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート(MMF)、及び/又は3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール(MMB)に起因する猫尿臭である。MMF及びMMBは、猫尿に含まれるチオール類であり、猫尿の悪臭成分として知られている(非特許文献1、2を参照)。これらチオール類は、猫尿に特有の成分であり、犬やヒトの尿臭と比べて強くかつ独特な臭いを有する猫尿の臭いをもたらす主要成分である(非特許文献1)。一方、ヒトや犬、猫の尿に共通する、排尿から時間が経過した尿から発生する不快臭が存在する。この不快臭は、尿素がウレアーゼによって分解されて生じるアンモニア臭、及び尿中に含まれる菌が持つβ-グルクロニダーゼによる尿中のフェノール類、アミン類などの加水分解により発生するフェノール、p-クレゾール、インドールなどによる臭いを含む。しかし、これらの不快臭は、ヒトや犬の尿からも発生する臭いであり、猫尿を特徴づける臭いではない。またこれらの不快臭は、尿成分の微生物分解により発生した物質を原因とする腐敗臭であるため、排尿から時間が経過した猫尿から発生し、排尿直後の猫尿からは発生しない。一方、上述のチオール類は、猫尿に元々含まれている成分であるため、その臭いは排尿直後から発生し、そのまま時間が経過した猫尿からも発生し続ける。したがって、猫尿臭を効果的に抑えるためには、排尿直後の尿からのMMF、MMBなどのチオール類臭を抑える必要がある。
【0019】
図1~2に示すとおり、本発明者は、多くの嗅覚受容体の中からOR2M3を、猫尿臭原因物質であるMMF及びMMBに対して特異的に応答する嗅覚受容体として同定した。該嗅覚受容体は、MMF及びMMBに対して濃度依存的に応答する。したがって、OR2M3又はこれと同等の機能を有するポリペプチドの応答を抑制する物質は、嗅覚受容体アンタゴニズムによる匂い抑制により、中枢におけるMMF及びMMBの認識に変化を生じさせ、結果として、猫尿臭を選択的に抑制することができる。
【0020】
したがって、本発明は、猫尿臭抑制剤の探索方法を提供する。当該方法は、OR2M3、及びこれと同等な機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び猫尿臭原因物質を添加すること;該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、を含む。同定された試験物質は、猫尿臭抑制剤として選択される。
【0021】
上記本発明の方法において、猫尿臭原因物質としては、3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート(MMF)、3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール(MMB)、又はそれらの混合物が好適に使用される。あるいは、MMF又はMMBを含む猫尿又はその抽出物もまた、本発明の方法において猫尿臭原因物質として使用することができる。猫尿は、排尿から時間が経過すると含まれる微生物の作用によりアンモニアを発生することがあるため、本発明の方法において猫尿臭原因物質として用いる猫尿は、排尿から時間が経過していない(又は新鮮な)猫尿、又は除菌又は抗菌処理されている猫尿であることが好ましい。
【0022】
本発明の別の実施形態は、MMF臭抑制剤の探索方法である。当該方法は、OR2M3、及びこれと同等な機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及びMMFを添加すること;該MMFに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、を含む。当該方法においては、MMFの代わりに、MMFを含む猫尿又はその抽出物を使用してもよい。同定された試験物質は、MMF臭抑制剤として選択される。
【0023】
本発明のさらに別の実施形態は、MMB臭抑制剤の探索方法である。当該方法は、OR2M3、及びこれと同等な機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及びMMBを添加すること;該MMBに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、を含む。当該方法においては、MMBの代わりに、MMBを含む猫尿又はその抽出物を使用してもよい。同定された試験物質は、MMB臭抑制剤として選択される。
【0024】
上記本発明の方法は、in vitro又はex vivoで行われる方法であり得る。本発明の方法においては、上述した猫尿臭原因物質に応答性を有する嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質と該猫尿臭原因物質とが添加される。
【0025】
本発明の方法に使用される試験物質は、猫尿臭抑制剤として使用することを所望する物質であれば、特に制限されない。試験物質は、天然に存在する物質であっても、化学的もしくは生物学的方法等で人工的に合成した物質であってもよく、又は化合物であっても、組成物もしくは混合物であってもよい。
【0026】
本発明の方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチドは、OR2M3、及びこれと同等な機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種であり、好ましくはOR2M3である。OR2M3は、ヒト嗅細胞で発現している嗅覚受容体である。OR2M3は、GenBankにAccession number:KP290147として登録されている。OR2M3は、配列番号1のヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号2のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0027】
OR2M3と同等な機能を有するポリペプチドの例としては、配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつMMF及び/又はMMBに対する応答性を有するポリペプチドが挙げられる。
【0028】
OR2M3と同等な機能を有するポリペプチドのさらなる例としては、OR2M3と相同な、他の動物由来の嗅覚受容体ポリペプチドが挙げられる。該OR2M3と相同な嗅覚受容体ポリペプチドの例としては、MMF及び/又はMMBに対する応答性を有するマウス又はラット由来の嗅覚受容体ポリペプチド、例えば、配列番号3のアミノ酸配列からなるマウス嗅覚受容体Olfr164(NP_666662.1)、配列番号4のアミノ酸配列からなるマウス嗅覚受容体Olfr165(NP_666677.1)、配列番号5のアミノ酸配列からなるラット嗅覚受容体Olr1570(NP_001000041.1)、ならびに、配列番号3~5のアミノ酸配列のいずれかと少なくとも80%同一なアミノ酸配列からなり、かつMMF及び/又はMMBに対する応答性を有するポリペプチド、が挙げられる。
【0029】
本発明の方法において、当該嗅覚受容体ポリペプチドは、当該猫尿臭原因物質に対する応答性を失わない限り、任意の形態で使用され得る。例えば、該嗅覚受容体ポリペプチドは、生体から単離された嗅覚受容器もしくは嗅細胞等の、該嗅覚受容体ポリペプチドを天然に発現する組織や細胞、又はそれらの培養物;該嗅覚受容体ポリペプチドを担持した嗅細胞の膜;該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞又はその培養物;該嗅覚受容体ポリペプチドを有する該組換え細胞の膜;該嗅覚受容体ポリペプチドを有する人工脂質二重膜、などの形態で使用され得る。これらの形態は全て、本発明で使用される嗅覚受容体ポリペプチドの範囲に含まれる。
【0030】
好ましい態様においては、嗅覚受容体ポリペプチドとしては、嗅細胞等の当該嗅覚受容体ポリペプチドを天然に発現する細胞、又は該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞、あるいはそれらの培養物が使用される。該組換え細胞は、該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いて細胞を形質転換することで作製することができる。
【0031】
好適には、当該嗅覚受容体ポリペプチドの細胞膜発現を促進するために、該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子とともに、RTP(receptor-transporting protein)をコードする遺伝子を細胞に導入する。好ましくは、RTP1Sをコードする遺伝子を、該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子とともに細胞に導入する。RTP1Sの例としては、ヒトRTP1Sが挙げられる。ヒトRTP1Sは、GenBankにAccession number:AY562235として登録されており、配列番号6のヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号7のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0032】
本発明の方法によれば、当該嗅覚受容体ポリペプチドへの試験物質及び当該猫尿臭原因物質の添加に続いて、該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が測定される。測定は、嗅覚受容体の応答を測定する方法として当該分野で知られている任意の方法、例えば、細胞内cAMP量測定等によって行えばよい。例えば、嗅覚受容体は、匂い分子によって活性化されると、細胞内のGαsと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させることが知られている(Nat.Neurosci.,2004,5:263-278)。したがって、匂い分子添加後の細胞内cAMP量を指標にすることで、嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することができる。cAMP量を測定する方法としては、ELISA法やレポータージーンアッセイ等が挙げられる。嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定する他の方法としては、カルシウムイメージング法が挙げられる。
【0033】
次いで、測定された当該嗅覚受容体ポリペプチドの応答に基づいて、当該猫尿臭原因物質への応答に対して当該試験物質が及ぼす作用を評価し、該応答を抑制する試験物質を同定する。試験物質による作用の評価は、試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド(試験物質添加群)の該猫尿臭原因物質に対する応答を、対照群における該猫尿臭原因物質に対する応答と比較することによって行うことができる。対照群としては、異なる濃度の試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、試験物質を添加しなかった該嗅覚受容体ポリペプチド、例えば物質非添加、対照物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチドや、試験物質を添加する前の該嗅覚受容体ポリペプチド等、などを挙げることができる。
【0034】
例えば、当該嗅覚受容体ポリペプチドの応答に対して当該試験物質が及ぼす作用は、より高濃度の試験物質添加群とより低濃度の試験物質添加群との間、試験物質添加群と非添加群との間、試験物質添加群と対照物質添加群との間、又は試験物質添加前後で、当該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を比較することによって評価することができる。試験物質添加により、又はより高濃度の試験物質の添加により該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が抑制される場合、該試験物質を、該嗅覚受容体ポリペプチドの該猫尿臭原因物質に対する応答を抑制する物質として同定することができる。
【0035】
上記の手順で測定された試験物質添加群における嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して抑制されていれば、当該試験物質を、当該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することができる。例えば、該試験物質添加群における嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して好ましくは65%以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは25%以下に抑制されていれば、該試験物質を、該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することができる。あるいは、該試験物質添加群における嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して統計学的に有意に抑制されていれば、該試験物質を、該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することができる。
【0036】
上記の手順で同定された試験物質は、当該猫尿臭原因物質に対する嗅覚受容体の応答を抑制することによって、個体による猫尿臭の認識を抑制することができる物質である。したがって、上記手順で同定された試験物質は、猫尿臭抑制剤として選択することができる。さらに必要に応じて、上記の手順で同定された試験物質の猫尿臭抑制作用をさらに官能評価してもよい。本発明の方法における官能評価の一実施形態においては、上記手順で選択された試験物質を、猫尿臭抑制剤の候補物質として取得する。次いで、該候補物質の猫尿臭抑制作用を官能評価する。例えば、候補物質の存在下及び非存在下での猫尿臭の強度を官能評価する。具体的な官能評価方法としては、例えば、猫尿臭溶液を含むバイアルと、猫尿臭溶液と候補物質を含むバイアルを準備し、Visual Analogue Scale(VAS)に従って、各バイアルにおける猫尿臭溶液の臭い評価を行えばよい。該候補物質の存在下で猫尿臭が抑制された場合、該候補物質を猫尿臭抑制剤として選択する。好ましくは、候補物質存在下での臭い強度が、該候補物質非存在下での臭い強度と比較して65%以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは25%以下に低下していれば、該試験物質を猫尿臭抑制剤として選択することができる。
【0037】
本発明の方法によって猫尿臭抑制剤として選択された物質は、猫尿臭原因物質に対する嗅覚受容体の応答を抑制し、それにより、嗅覚受容体アンタゴニズムによる匂い抑制によって猫尿臭を抑制することができる。
【0038】
本発明で得られた猫尿臭抑制剤は、猫尿臭の抑制のための有効成分として使用され得る。例えば、該抑制剤は、猫尿臭を抑制するための組成物又は物品に、猫尿臭を抑制するための有効成分として含有され得る。あるいは、該抑制剤は、猫尿臭を抑制するための組成物又は物品の製造のために使用することができる。本発明で得られた猫尿臭抑制剤の適用例としては、猫用トイレ、ケージ、ハウスもしくはベッドへの該抑制剤の載置や噴霧;猫を飼育する室内や環境への該抑制剤の載置や噴霧;該抑制剤を含んだペット用トイレ、又はトイレ用砂やシート;該抑制剤を含んだペット用シーツや紙おむつ;該抑制剤を含んだペット用品の洗浄剤;該抑制剤を含んだ消臭剤; 該抑制剤を含んだペット用の遊具や、被服、アクセサリー、などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0039】
本発明の例示的実施形態として、さらに以下の組成物、製造方法、用途あるいは方法を本明細書に開示する。ただし、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0040】
〔1〕猫尿臭抑制剤の探索方法であって、以下:
OR2M3及びこれと同等な機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び猫尿臭原因物質を添加すること;
該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、
測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、
を含む方法。
〔2〕3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート臭抑制剤の探索方法であって、以下:
OR2M3及びこれと同等な機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメートを添加すること;
3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメートに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、
測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、
を含む方法。
〔3〕3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール臭抑制剤の探索方法であって、以下:
OR2M3及びこれと同等な機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノールを添加すること;
3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノールに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、
測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、
を含む方法。
〔4〕前記猫尿臭原因物質が、
好ましくは、3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート、3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール、それらの混合物、又は3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメートもしくは3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノールを含む猫尿もしくはその抽出物であり、
より好ましくは、3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート、3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール、又はそれらの混合物であり、
さらに好ましくは、3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート又は3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノールである、
〔1〕記載の方法。
〔5〕好ましくは、前記OR2M3が配列番号2のアミノ酸配列からなるポリペプチドである、〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の方法。
〔6〕好ましくは、前記OR2M3と同等な機能を有するポリペプチドが、以下:
配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート及び/又は3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノールに対する応答性を有するポリペプチド;ならびに、
3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート及び/又は3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノールに対する応答性を有する、OR2M3と相同なマウス又はラット由来の嗅覚受容体ポリペプチド、
からなる群より選択される少なくとも1種であり、
好ましくは、該OR2M3と相同なマウス又はラット由来の嗅覚受容体ポリペプチドが、Olfr164、Olfr165、Olr1570、ならびに、配列番号3~5のアミノ酸配列のいずれかと少なくとも80%同一なアミノ酸配列からなり3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート及び/又は3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノールに対する応答性を有するポリペプチド、からなる群より選択される少なくとも1種である、
〔1〕~〔5〕のいずれか1項記載の方法。
〔7〕好ましくは、対照群における前記猫尿臭原因物質に対する応答を測定することをさらに含み、かつ、
好ましくは、該対照群が以下:
前記試験物質を添加しなかった前記嗅覚受容体ポリペプチド;
対照物質を添加した前記嗅覚受容体ポリペプチド;又は
前記試験物質添加前の前記嗅覚受容体ポリペプチド、
である、
〔1〕~〔6〕のいずれか1項記載の方法。
〔8〕好ましくは、以下:
前記試験物質を添加した前記嗅覚受容体ポリペプチドの前記猫尿臭原因物質に対する応答が、前記対照群における該猫尿臭原因物質に対する応答と比べて統計学的に有意に抑制されていた場合に、該試験物質を、該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定すること、
をさらに含む、〔7〕記載の方法。
〔9〕好ましくは、以下:
前記試験物質を添加した前記嗅覚受容体ポリペプチドの前記猫尿臭原因物質に対する応答が、前記対照群における該猫尿臭原因物質に対する応答に対して好ましくは65%以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは25%以下に抑制されていた場合に、該試験物質を該猫尿臭原因物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定すること、
をさらに含む、〔7〕記載の方法。
〔10〕好ましくは、前記嗅覚受容体ポリペプチドの前記猫尿臭原因物質に対する応答を抑制する試験物質を、猫尿臭抑制剤として選択することをさらに含む、〔1〕、〔4〕~〔9〕のいずれか1項記載の方法。
〔11〕好ましくは、前記嗅覚受容体ポリペプチドの3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメートに対する応答を抑制する試験物質を、3-メルカプト-3-メチルブチルフォルメート臭抑制剤として選択することをさらに含む、〔2〕、〔5〕~〔9〕のいずれか1項記載の方法。
〔12〕好ましくは、前記嗅覚受容体ポリペプチドの3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノールに対する応答を抑制する試験物質を、3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール臭抑制剤として選択することをさらに含む、〔3〕、〔5〕~〔9〕のいずれか1項記載の方法。
〔13〕好ましくは、前記嗅覚受容体ポリペプチドが、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞上に発現されている、〔1〕~〔12〕のいずれか1項記載の方法。
〔14〕前記組換え細胞が、
好ましくは、前記嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子と、RTP1Sをコードする遺伝子とを導入された細胞であり、
より好ましくは、前記嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子と、ヒトRTP1Sをコードする遺伝子とを導入された細胞である、
〔13〕記載の方法。
〔15〕好ましくは、前記OR2M3及びこれと同等な機能を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドとして、〔13〕又は〔14〕記載の組換え細胞又はその培養物が使用される、〔1〕~〔14〕のいずれか1項記載の方法。
〔16〕好ましくは、前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答の測定が、ELISAもしくはレポータージーンアッセイによる細胞内cAMP量測定、又はカルシウムイメージングによる測定である、〔1〕~〔15〕のいずれか1項記載の方法。
〔17〕好ましくは、前記選択された試験物質を官能評価することをさらに含む、〔1〕~〔16〕のいずれか1項記載の方法。
【実施例
【0041】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0042】
猫尿臭原因物質
3-Mercapto-3-methybutyl Formate(MMF)(Sigma aldrich Co.)
3-Mercapto-3-methy-1-butanol(MMB)(東京化成工業(株))
試験物質
アセチルセドレン(メチルセドリルケトン;[1-[(1S,2R,5R,7S)-2,6,6,8-tetramethyltricyclo[5.3.1.01,5]undec-8-en-9-yl]ethanone);(CAS登録番号:32388-55-9;商品名:Vertofix;International Flavors&Fragrances,Inc.)
γ-メチルイオノン(α-iso-methylionone;3-methyl-4-(2,6,6-trimethyl-2-cyclohexen-1-yl)-3-buten-2-one);(CAS登録番号:127-51-5)(International Flavors&Fragrances,Inc.)
フロルヒドラル(β-Methyl-3-(1-methylethyl)benzenepropanal);(登録商標(国際登録0534879))(CAS登録番号:125109-85-5)(Givaudan SA)
【0043】
実施例1 猫尿臭原因物質に応答する嗅覚受容体の同定
1)ヒト嗅覚受容体遺伝子のクローニング
GenBankに登録されている配列情報を基に、417種のヒト嗅覚受容体(7種のヒト微量アミン関連受容体及び5種のヒト鋤鼻受容体を含む)をそれぞれコードする遺伝子をクローニングした。各遺伝子は、human genomic DNA female(G1521:Promega)を鋳型としたPCRによりクローニングした。PCRにより増幅した各遺伝子をpME18Sベクター上のFlag-Rhoタグ配列の下流に組込んだ。
【0044】
2)pME18S-ヒトRTP1Sベクターの作製
ヒトRTP1Sをコードする遺伝子(配列番号6)をpME18SベクターのEcoRI、XhoIサイトへ組み込んだ。
【0045】
3)嗅覚受容体発現細胞の作製
ヒト嗅覚受容体417種(ヒト微量アミン関連受容体7種及びヒト鋤鼻受容体5種を含む)をそれぞれ発現させたHEK293細胞を作製した。表1に示す組成の反応液を調製しクリーンベンチ内で15分間静置した。マルチウェルプレート(384ウェルプレート、BioCoat)の各ウェルに反応液4.4μLを添加し、次いでHEK293細胞(2×105細胞/cm2)40μLを添加して細胞を播種した。細胞を37℃、5%CO2を保持したインキュベータ内で24時間培養した。
【0046】
【表1】
【0047】
4)嗅覚受容体応答のルシフェラーゼアッセイ
HEK293細胞に発現させた嗅覚受容体は、細胞内在性のGαsと共役しアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。本実施例での猫尿臭原因物質に対する細胞の応答測定には、細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子(fluc2P-CRE-hygro)由来の発光値としてモニターするルシフェラーゼレポータージーンアッセイを用いた。また、CMVプロモータ下流にウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子を融合させたもの(hRluc-CMV)を同時に細胞に遺伝子導入し、遺伝子導入効率や細胞数の誤差を補正する内部標準として用いた。ルシフェラーゼの活性測定には、Dual-GloTMluciferase assay system(Promega)を用いた。3)の操作後、嗅覚受容体発現細胞の培養物から培地を取り除き、各ウェルに猫尿臭原因物質を含む培地又は含まない培地を30μLずつ添加した。培地には、300μM CuCl2を含むDMEM溶液を用いた。猫尿臭原因物質としては、MMF(最終濃度30μM)又はMMB(最終濃度100μM)を用いた。猫尿臭原因物質添加の4時間後に、製品の操作マニュアルに従って発光を測定し、ホタルルシフェラーゼ由来の発光値をウミシイタケルシフェラーゼ由来の発光値で除した値[fLuc/hRluc]を算出した。猫尿臭原因物質刺激に対する嗅覚受容体の応答性の指標として、下記式に従ってFold increaseを算出した。
Fold increase=X/Y
X:猫尿臭原因物質刺激により誘導されたfLuc/hRluc
Y:猫尿臭原因物質刺激なしの場合のfLuc/hRluc
【0048】
5)結果
ルシフェラーゼアッセイによる解析の結果を図1に示す。417種類の嗅覚受容体についてMMF及びMMBに対する応答を測定した結果、嗅覚受容体OR2M3が、MMF及びMMBのいずれに対しても高いFold increase値を示すことが確認された。よって嗅覚受容体OR2M3は、MMF及びMMBの両方に対して応答を示す受容体であると考えられた。
【0049】
実施例2 猫尿臭原因物質に対するOR2M3の濃度依存的応答
実施例1でMMF及びMMBに対する応答性を示した嗅覚受容体OR2M3について、ルシフェラーゼアッセイによりMMF及びMMBに対する応答の濃度依存性を解析した。まず、OR2M3発現HEK293細胞を作製した。表2に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で15分間静置した。マルチウェルプレート(96ウェルプレート、BioCoat)の各ウェルに反応液10μLを添加し、次いでHEK293細胞(2×105細胞/cm2)90μLを添加して細胞を播種した。細胞を37℃、5%CO2を保持したインキュベータ内で24時間培養した。対照として、嗅覚受容体を発現させない細胞(mock)を用意した。ルシフェラーゼアッセイは実施例1と同様の手順で行った。猫尿臭原因物質を含む又は含まない培地は各ウェルに75μL添加した。MMFの最終濃度は0.003~0.03mMに調整し、MMBの最終濃度は0.01~0.1mMに調整した。
【0050】
【表2】
【0051】
結果を図2に示す。mockにおいてはMMF及びMMBに対する応答が観察されなかったのに対し、OR2M3を発現した細胞においては、MMF及びMMBのいずれに対しても濃度依存的な応答が観察された。以上の結果から、OR2M3は、猫尿臭の成分であるMMF及びMMBを認識する嗅覚受容体であることが示された。
【0052】
実施例3 アセチルセドレン、γ-メチルイオノン、及びフロルヒドラルによるOR2M3応答の抑制活性
アセチルセドレン、γ-メチルイオノン又はフロルヒドラル存在下でのMMF又はMMBに対するOR2M3の応答を測定し、応答強度の変化を調べた。実施例2と同様の手順に従って、OR2M3発現HEK293細胞のルシフェラーゼアッセイを行った。MMFの最終濃度は0.03mM、MMBの最終濃度は0.1mMに調整した。アセチルセドレン、γ-メチルイオノン及びフロルヒドラルの最終濃度は0~1mMの範囲で調整した。MMF又はMMB単独刺激により誘導されたfLuc/hRluc値(X)、MMF又はMMBで刺激しなかった細胞でのfLuc/hRluc値(Y)、及び、MMF又はMMBとアセチルセドレン、γ-メチルイオノン又はフロルヒドラルとの共刺激により誘導されたfLuc/hRluc値(Z)を求めた。下記式により、アセチルセドレン、γ-メチルイオノン又はフロルヒドラル存在下での受容体のMMF又はMMBに対する応答強度(Response(%))を求めた。
Response(%)=(Z-Y)/(X-Y)×100
独立した実験を3回行い、各回の実験で得られた応答強度の平均値を求めた。
【0053】
結果を図3に示す。アセチルセドレン、γ-メチルイオノン及びフロルヒドラルのいずれも、濃度依存的にMMF及びMMBに対するOR2M3の応答を抑制した。以上の結果から、これら3つの化合物がOR2M3アンタゴニストであることが確認された。
【0054】
実施例4 OR2M3アンタゴニストの猫尿臭抑制能
1)MMF臭及びMMB臭の抑制能
実施例3で特定したOR2M3アンタゴニストであるアセチルセドレン、γ-メチルイオノン、及びフロルヒドラルについて、MMF臭及びMMB臭の抑制能を官能試験により評価した。
【0055】
猫尿臭溶液にはMMFの0.1%(v/v)溶液、又はMMBの1%(v/v)溶液を用いた。アンタゴニスト溶液には、アセチルセドレン、γ-メチルイオノン、及びフロルヒドラルいずれかの1%(v/v)溶液を用いた。全ての溶液で溶媒にはミネラルオイルを用いた。ガラスバイアル(広口規格瓶No.11 #85-0611)に2つの綿球を入れ、一つの綿球には猫尿臭溶液のいずれかを20μL浸み込ませ、もう一つの綿球にはアンタゴニスト溶液のいずれかを20μL浸み込ませた。綿球を入れたガラスバイアルは、蓋をして37℃で1時間静置後に、試験サンプルとして官能試験に用いた。基準サンプルとして、アンタゴニスト溶液の代わりに、ミネラルオイルを20μL浸み込ませたバイアルを準備した。
【0056】
官能試験は、3名の評価者により行った。試験サンプルの臭い評価は、Visual Analogue Scale(VAS)に従って行った。すなわち、評価者は、サンプルの臭いを嗅ぎ、MMF又はMMBの臭いの強度を、左端が『No odor』、右端が『Strong odor』である評価軸上の任意の箇所に記入した。評価者は、最初に基準サンプルの臭いを評価し、続いて試験サンプルの臭いを評価した。その後、評価者は、再度基準サンプルの臭いを評価した。各サンプルについての評価軸上の評価箇所から左端までの距離を、各サンプルの臭い強度として算出した。嗅覚の順応による臭い強度の低下を考慮して、基準サンプルの臭い強度は、上記2回の評価結果の平均値を用いた。基準サンプルの臭い強度を100%として、各試験サンプルの臭い強度の相対値(%)を算出した。
【0057】
官能試験の結果を図4に示す。実施例3においてOR2M3応答のアンタゴニスト活性を示したアセチルセドレン、γ-メチルイオノン及びフロルヒドラルは、いずれもMMF及びMMBの臭いを抑制した。
【0058】
2)猫尿臭の抑制能
アセチルセドレン、γ-メチルイオノン、及びフロルヒドラルについて、猫尿臭の抑制能を官能試験により評価した。
〔試験例1〕
サンプルとして、図5に示す断面構成を有する、シート状の猫尿処理具1を製造した。猫尿処理具1は、吸液性材料46と、それに挟まれた高吸収性ポリマー47からなる吸収体部分4を備える。吸収体部分4は長手方向Y(図示なし)の長さが4cmであり、幅方向Xの長さが4cmであり、厚さ方向Zの長さが0.26cmである。吸収体部分4は、表面側及び裏面側からコアラップシート44a及び44bで包まれており、裏面側コアラップシート44bの端部は表面側でコアラップシート44aと重なっている。吸収体部分4は、上部を6cm角の表面シート2、下部を6cm角の裏面シート3で覆われている。表面シート2と裏面シート3の上下左右の端1cmが接着されて、吸収体部分4をシールしている。猫尿処理具1を構成する各部材としては、以下のものを使用した。アンタゴニスト香料は、表面側のコアラップシート44aに、該コアラップシート44aの質量に対して7質量%の賦香量となるように賦香した。このようにして製造したサンプルを試験例1とした。
表面シート2 :ポリオレフィン系不織布20g/m
裏面シート3 :ポリエチレン系シート、20g/m
表面側コアラップシート44a:薄葉紙、16g/m
裏面側コアラップシート44b:薄葉紙、16g/m
吸液性材料46 :パルプ、100g/m
高吸収性ポリマー47 :ポリアクリル酸ナトリウム架橋体からなる吸水性樹脂、117g/m
アンタゴニスト香料 :アセチルセドレン
【0059】
〔試験例2〕
アンタゴニスト香料をフロルヒドラルに変更した以外は試験例1と同様の手順で、試験例2を製造した。
〔試験例3〕
アンタゴニスト香料をγ-メチルイオノンに変更した以外は試験例1と同様の手順で、試験例3を製造した。
【0060】
〔比較例1〕
アンタゴニスト香料の代わりにシダーウッドオイルテキサス(CAS登録番号:91722-61-1、商品名:CEDARWOOD OIL TEXAS(TEXAROME社製))を用いた以外は試験例1と同様の手順で、比較例1を製造した。
【0061】
〔評価〕
試験例1~3又は比較例1の入ったビーカーに、新鮮な猫尿を1日毎に1cc滴下した。尿滴下後のビーカーはユニパック袋で封入した。猫尿の滴下は7日間行った。猫尿の滴下を開始してから1日後及び7日後に、試験例1~3及び比較例1の猫尿臭を以下の基準により官能評価した。官能評価は専任パネル3人で行い、合議によって臭い強度を決定した。7日後の猫尿臭の臭い強度を5とし、以下の基準で評価した。
5:強烈な臭い
4:強い臭い
3:らくに感知できる臭い
2:何のにおいであるかがわかる弱い臭い
1:やっと感知できる臭い
0:無臭
【0062】
結果を図6に示す。試験例1、2、3は、比較例1に比して、猫尿の滴下を開始してから1日後、7日後のいずれにおいても猫尿臭が抑制されていた。
【0063】
以上の結果から、OR2M3アンタゴニストにより、MMFやMMBなどによる猫尿臭が抑制されることが示された。したがって、OR2M3の応答に基づいて、猫尿臭、特に猫尿に含まれるチオール臭を抑制する物質を効率よく探索することができることが明らかにされた。
【符号の説明】
【0064】
1 猫尿処理具
2 表面シート
3 裏面シート
4 吸収体部分
44 コアラップシート
46 吸液性材料
47 高吸収性ポリマー
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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