(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-20
(45)【発行日】2023-01-30
(54)【発明の名称】絶縁電線
(51)【国際特許分類】
H01B 7/02 20060101AFI20230123BHJP
H01B 3/30 20060101ALI20230123BHJP
【FI】
H01B7/02 A
H01B7/02 G
H01B3/30 D
(21)【出願番号】P 2019514604
(86)(22)【出願日】2018-04-26
(86)【国際出願番号】 JP2018016928
(87)【国際公開番号】W WO2018199211
(87)【国際公開日】2018-11-01
【審査請求日】2020-11-23
(31)【優先権主張番号】P 2017089854
(32)【優先日】2017-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】309019534
【氏名又は名称】住友電工ウインテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【氏名又は名称】池田 義典
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【氏名又は名称】天野 一規
(72)【発明者】
【氏名】太田 槙弥
(72)【発明者】
【氏名】山内 雅晃
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 秀明
(72)【発明者】
【氏名】前田 修平
(72)【発明者】
【氏名】田村 康
(72)【発明者】
【氏名】吉田 健吾
【審査官】神田 太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/072425(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/014064(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/073397(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/123122(WO,A1)
【文献】特開2007-270074(JP,A)
【文献】特開平08-077849(JP,A)
【文献】特開2012-158618(JP,A)
【文献】特開2017-016862(JP,A)
【文献】特開2012-224714(JP,A)
【文献】特開2006-104395(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/02
H01B 3/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、この導体の外周面に積層され、ポリイミドを主成分とする絶縁層とを備える絶縁電線であって、
上記絶縁層が複数の気孔を含有し、
上記絶縁層の気孔率が25体積%以上60体積%以下であり、
上記気孔が熱分解性樹脂含有粒子に由来し、
上記絶縁層の10%伸長時の引張応力が20MPa以上100MPa以下であ
り、
上記気孔の平均径が0.1μm以上10μm以下であり、
上記絶縁層の平均厚みが100μm以上200μm以下である絶縁電線。
【請求項2】
上記熱分解性樹脂含有粒子のCV値が30%以下である請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
上記ポリイミドが、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの縮重合物である請求項1
又は請求項2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
上記導体と上記絶縁層の間にプライマー層を備える請求項1から請求項
3のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項5】
上記絶縁層が、複数の気孔と、上記気孔の周縁部に外殻を備える請求項1から請求項
4のいずれか1項に記載の絶縁電線。
【請求項6】
上記外殻の主成分がポリスチレン、シリコーン、フッ素樹脂又はポリイミドである請求項5に記載の絶縁電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、絶縁電線に関する。本出願は、2017年4月28日出願の日本出願第2017-089854号に基づく優先権を主張し、前記日本出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0002】
変圧器等の電気機器のコイルの巻線等として用いられる絶縁電線は、一般的に、導体の外周面に絶縁層が形成された構造を有しており、この絶縁層の材料として、優れた耐熱性を有する観点から、ポリイミドを主成分とするものが好適に用いられている。
【0003】
かかるポリイミドを用いる絶縁電線は、特に、高温多湿の環境下で使用される場合に、ポリイミドの加水分解により皮膜が劣化し、皮膜強度が低下するため、絶縁層の割れが発生するおそれがある。
【0004】
このような絶縁層の割れの発生を抑制する技術として、シロキサン結合及びアニオン性基を有するブロック共重合ポリイミドの電着被膜をサスペンジョン型電着塗料によって形成し、さらに、この電着被膜を被覆するポリアミドイミド被膜を形成して、複合絶縁層とする方法が提案されている。この方法によると、耐湿熱性に優れること等により、絶縁層の割れが生じ難い絶縁部材が得られるとされている(特開2010-108725号公報参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【0006】
本開示の一態様に係る絶縁電線は、導体と、この導体の外周面に積層され、ポリイミドを主成分とする絶縁層とを備える絶縁電線であって、上記絶縁層が複数の気孔を含有し、上記絶縁層の気孔率が25体積%以上60体積%以下である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本開示の実施形態に係る絶縁電線の模式的断面図である。
【
図2】本開示の実施形態に係る絶縁電線の平均厚みの測定方法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[本開示が解決しようとする課題]
【0009】
上記従来の技術を用いた場合、特定のポリイミドを用いる必要があり、かつ複数の層を形成する必要があるため、絶縁電線の製造工程が非常に煩雑となる不都合がある。また、絶縁電線には、巻線等としても好適に用いることができるよう、特に、伸長時の引張応力が小さく、柔軟性に優れることも要求される。
【0010】
本開示は以上のような事情に基づいてなされたものであり、絶縁層の割れの発生を効果的に抑制することができると共に、柔軟性に優れる絶縁電線を提供することを目的とする。
[本開示の効果]
【0011】
本開示の絶縁電線は、絶縁層の割れの発生が効果的に抑制されており、かつ柔軟性に優れている。
[本開示の実施形態の説明]
本開示の一態様に係る絶縁電線は、導体と、この導体の外周面に積層され、ポリイミドを主成分とする絶縁層とを備える絶縁電線であって、上記絶縁層が複数の気孔を含有し、上記絶縁層の気孔率が25体積%以上60体積%以下である。
【0012】
当該絶縁電線は、ポリイミドを主成分とする絶縁層に気孔を含み、この絶縁層の気孔率を上記範囲とする。これにより、加工により発生する応力を分散、低減させることができると考えられ、高温多湿環境下等で使用され、主成分であるポリイミドが加水分解により皮膜伸び等の強度が低下した場合でも、絶縁層の割れを効果的に抑制することができる。また、当該絶縁電線は、絶縁層がポリイミドを主成分とするものであっても、気孔率を上記範囲とすることで、柔軟性に優れる。ここで、「気孔率」とは、絶縁層の気孔を含む体積に対する気孔の容積の百分率を意味する。
【0013】
上記絶縁層の10%伸長時の引張応力は100MPa以下であるとよい。このように、当該絶縁電線によれば、絶縁層の10%伸長時の引張応力を上記範囲とすることができるので、巻線として好適に用いることができる。
【0014】
上記絶縁層の平均厚みは10μm以上であるとよい。このように、当該絶縁電線は、絶縁層の厚みを大きくした場合でも、絶縁層の割れを効果的に抑制することができると共に柔軟性にも優れる。
【0015】
上記ポリイミドとしては、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの縮重合物が好ましい。当該絶縁電線によれば、高い耐熱性を有する一方、一般的に加水分解が起こり易い上記ポリイミドの場合でも、絶縁層の割れを効果的に抑制することができ、かつ優れた柔軟性を付与することができる。
【0016】
上記導体と上記絶縁層の間にプライマー層を備えることが望ましい。この形態によると、導体と絶縁層との間の密着性を向上することができ、その結果、絶縁電線の可撓性や耐摩耗性、耐傷性、耐加工性などの特性を効果的に高めることができる。
【0017】
上記絶縁層が、複数の気孔と、上記気孔の周縁部に外殻を備えることが望ましい。この形態によると、複数の気孔が連通することを抑制し、その結果、絶縁層の割れを抑制するとともに絶縁層の柔軟性がより向上する。
【0018】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、図面を参照しつつ、本開示の実施形態に係る絶縁電線及び絶縁電線の製造方法を説明する。
【0019】
[絶縁電線]
図1は、当該絶縁電線を示す断面図である。当該絶縁電線は、導体1と、この導体1の外周面に積層される絶縁層2とを備える。この絶縁層2は、複数の気孔3を含む。
【0020】
<導体>
上記導体1の断面の形状としては、例えば円形状、楕円形状、レーストラック形状、六角形状、三角形状、正方形、長方形等の四角形状などの多角形状などが挙げられる。導体1としては、これらの中で、断面正方形の角導体及び断面長方形の平角導体が好ましい。
また、導体1は、複数の素線を撚り合わせた撚り線であってもよい。
【0021】
導体1の材質としては、導電率が高くかつ機械的強度が大きい金属が好ましい。このような金属としては、例えば銅、銅合金、アルミニウム、ニッケル、銀、軟鉄、鋼、ステンレス鋼等が挙げられる。導体1として、これらの金属を線状に形成した材料や、このような線状の材料にさらに別の金属を被覆した多層構造のもの、例えばニッケル被覆銅線、銀被覆銅線、銅被覆アルミニウム線、銅被覆鋼線等を用いることができる。
【0022】
導体1の平均断面積の下限としては、0.01mm2が好ましく、0.1mm2がより好ましい。一方、導体1の平均断面積の上限としては、20mm2が好ましく、10mm2がより好ましい。導体1の平均断面積が上記下限未満であると、導体1に対する絶縁層2の体積が大きくなり、当該絶縁電線を用いて形成されるコイル等の体積効率が低くなるおそれがある。逆に、導体1の平均断面積が上記上限を超えると、十分な絶縁性を確保するために絶縁層2を厚く形成しなければならず、当該絶縁電線が不必要に大径化するおそれがある。
【0023】
<絶縁層>
上記絶縁層2は、
図1に示すように、複数の気孔3を含む。
【0024】
絶縁層2の気孔率の下限としては、25体積%であり、30体積%が好ましく、35体積%がより好ましい。一方、絶縁層2の気孔率の上限としては、60体積%であり、55体積%が好ましく、50体積%がより好ましい。絶縁層2の気孔率が上記下限未満であると、加水分解により生じる絶縁層2における応力を十分に分散、低減させることができず、絶縁層の割れの発生を十分に抑制することができない。また、絶縁層の柔軟性が不十分なものとなる。逆に、絶縁層2の気孔率が上記上限を超える場合、絶縁層2の機械的強度が低下するため、割れの発生を十分に抑制することができない。絶縁層2の気孔率(体積%)は、絶縁層2についてその外形から算出される見かけの体積V1に絶縁層2の材質の密度ρ1を乗じて求められる気孔がない場合の質量W1と、絶縁層2の実際の質量W2とから、(W1-W2)×100/W1の式により求められる値である。
【0025】
上記気孔3としては、その独立気孔率が高い方が好ましい。気孔3中の独立気孔率を高くすることにより、絶縁層2における気孔3の存在分布の均一性を高めることができ、その結果、絶縁層の割れの発生をより効果的に抑制することが可能になり、また、絶縁層の柔軟性が向上する。ここで、「独立気孔率」とは、気孔3のうち、絶縁層2を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した際、隣接する気孔との間に絶縁性を有する樹脂組成物を介することにより互いに開口していないもの(独立気孔)の全気孔に対する体積%である。
【0026】
気孔3中の独立気孔率の下限としては、25体積%が好ましく、60体積%がより好ましく、90体積%がより好ましい。一方、上記気孔中の独立気孔率の上限としては、例えば100体積%である。
【0027】
気孔3の平均径の下限としては、0.1μmが好ましく、1μmがより好ましい。一方、上記気孔3の平均径の上限としては、10μmが好ましく、8μmがより好ましい。上記気孔3の平均径が上記下限未満であると、絶縁層2で発生する応力を十分に分散、低減できないおそれがある。逆に、上記気孔3の平均径が上記上限を超えると、気孔3の存在分布の均一性が低下し、発生する応力を十分に分散、低減できないおそれがある。なお、気孔3の平均径は、細孔直径分布測定装置(例えばPorous Materials社の「多孔質材料自動細孔径分布測定システム」)により断面を測定することにより得られる値である。
【0028】
絶縁層2の平均厚みの下限としては、1μmが好ましく、3μmがより好ましく、5μmがさらに好ましく、10μmが特に好ましく、50μmがさらに特に好ましく、100μmが最も好ましい。一方、絶縁層2の平均厚みの上限としては、200μmが好ましく、180μmがより好ましい。絶縁層2の平均厚みが上記下限未満であると、絶縁層2に破れが生じ易くなり、導体1の絶縁が不十分となるおそれがある。逆に、絶縁層2の平均厚みが上記上限を超えると、当該絶縁電線を用いて形成されるコイル等の体積効率が低くなるおそれがある。なお、絶縁層2の平均厚みは、得られた絶縁電線の断面において、
図2の丸数字で示した8点の膜厚を測定して求めた。測定については、OLYMPUS製の偏光顕微鏡BX51を用いた。
【0029】
絶縁層2の10%伸長時の引張応力の上限としては、100MPaが好ましく、80MPaがより好ましく、60MPaがさらに好ましい。上記引張応力の下限としては、例えば20MPaである。絶縁層2の10%伸長時の引張応力を上記範囲とすることで、伸長時の柔軟性が優れたものとなり、当該絶縁電線を巻線等として好適に用いることができる。絶縁層2の10%伸長時の引張応力は、絶縁層の引張試験を行い、得られた応力-歪み曲線に基づき、伸び率10%における引張応力として求められる値である。
【0030】
絶縁層2は、ポリイミドを主成分とする樹脂組成物、この樹脂組成物中に散在する気孔3で形成される。この絶縁層2は、後述するワニスの導体1外周面への塗布及び焼付により形成される。ここで「主成分」とは、最も含有量の多い成分であり、例えば50質量%以上含有される成分である。
【0031】
ポリイミドとしては、特に限定されないが、通常、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとの縮重合物が用いられる。ポリイミドは、まず、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとの縮重合によりポリイミドの前駆体であるポリアミック酸を得、このポリアミック酸の加熱による脱水閉環により形成させることができる。
【0032】
テトラカルボン酸二無水物としては、例えば
1,1,2,2-エタンテトラカルボン酸二無水物、1,2,3,4-ブタンテトラカルボン酸二無水物、1,2,3,4-シクロブタンテトラカルボン酸二無水物、ビシクロ[2.2.2]オクト-7-エン-2,3,5,6-テトラカルボン酸二無水物等の脂肪族テトラカルボン酸二無水物;
ピロメリット酸二無水物、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)エーテル二無水物、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、2,2-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン二無水物、3,3’,4,4’-ビフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物等の芳香族テトラカルボン酸二無水物などが挙げられる。
【0033】
テトラカルボン酸二無水物としては、ポリイミドの耐熱性をより高める観点から、芳香族テトラカルボン酸二無水物が好ましく、ピロメリット酸二無水物、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)エーテル二無水物、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物及び3,3’,4,4’-ビフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物が好ましい。
【0034】
ジアミンとしては、例えば
ヘキサメチレンジアミン、1,2-ジアミノテトラデカン、1,2-ジアミノヘプタデカン、1,2-ジアミノオクタデカン、1,9-ジアミノノナン、2,2-ジメチル-1,3-プロパンジアミン、1,11-ジアミノウンデカン等の脂肪族ジアミン;
m-フェニレンジアミン、p-フェニレンジアミン、2,4-ジアミノトルエン、4,4’-ジアミノ-3,3’-ジメチル-1,1’-ビフェニル、4,4’-ジアミノ-3,3’-ジヒドロキシ-1,1’-ビフェニル、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、3,3’-ジアミノジフェニルスルホン、4,4’-ジアミノジフェニルスルホン、4,4’-ジアミノジフェニルスルフィド、2,2-ビス(4-アミノフェニル)プロパン、2,2-ビス(4-アミノフェニル)ヘキサフルオロプロパン、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]ヘキサフルオロプロパン、ビス[4-(3-アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、2,6-ジアミノピリジン、2,6-ジアミノ-4-メチルピリジン、4,4’-(9-フルオレニリデン)ジアニリン、α,α-ビス(4-アミノフェニル)-1,3-ジイソプロピルベンゼン等の芳香族ジアミンなどが挙げられる。
【0035】
ジアミンとしては、ポリイミドの耐熱性をより高める観点から、芳香族ジアミンが好ましく、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、ビス[4-(3-アミノフェノキシ)フェニル]スルホン及びビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]スルホンがより好ましい。
【0036】
ポリイミドとしては、耐熱性をより高める観点から、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの縮重合物が好ましい。本開示によれば、このような高い耐熱性を有する一方、一般的に加水分解し易いポリイミドを用いる場合でも、絶縁層の割れの発生を効果的に抑制することができ、かつ優れた柔軟性を付与することができる。テトラカルボン酸無水物及びジアミンはそれぞれ1種又は2種以上を用いることができる。また、ポリイミドは1種又は2種以上を用いることができる。
【0037】
樹脂組成物には、主成分であるポリイミド以外に、例えばポリビニルホルマール、熱硬化ポリウレタン、熱硬化アクリル、エポキシ、熱硬化ポリエステル、熱硬化ポリエステルイミド、熱硬化ポリエステルアミドイミド、芳香族ポリアミド、熱硬化ポリアミドイミド等の熱硬化性樹脂や、例えばポリエーテルイミド、ポリフェニレンエーテル、ポリエーテルサルフォン等の熱可塑性樹脂を含有していてもよい。
【0038】
また、絶縁層2を形成する樹脂組成物に、上記樹脂と共に硬化剤を含有させてもよい。
硬化剤としては、チタン系硬化剤、イソシアネート系化合物、ブロックイソシアネート、尿素やメラミン化合物、アミノ樹脂、メチルテトラヒドロ無水フタル酸等の脂環式酸無水物、脂肪族酸無水物、芳香族酸無水物などが例示される。これらの硬化剤は、使用する樹脂組成物が含有する樹脂の種類に応じて、適宜選択される。例えば、ポリアミドイミド系の樹脂を用いた場合、硬化剤として、イミダゾール、トリエチルアミン等が好ましく用いられる。
【0039】
なお、上記チタン系硬化剤としては、テトラプロピルチタネート、テトライソプロピルチタネート、テトラメチルチタネート、テトラブチルチタネート、テトラヘキシルチタネート等が例示される。上記イソシアネート系化合物としては、トリレンジイソシアネート(TDI)、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、p-フェニレンジイソシアネート、ナフタレンジイソシアネート等の芳香族ジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、2,2,4-トリメチルヘキサンジイソシアネート、リジンジイソシアネート等の炭素数3~12の脂肪族ジイソシアネート、1,4-シクロヘキサンジイソシアネート(CDI)、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、4,4’-ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(水添MDI)、メチルシクロヘキサンジイソシアネート、イソプロピリデンジシクロヘキシル-4,4’-ジイソシアネート、1,3-ジイソシアナトメチルシクロヘキサン(水添XDI)、水添TDI、2,5-ビス(イソシアナトメチル)-ビシクロ[2.2.1]ヘプタン、2,6-ビス(イソシアナトメチル)-ビシクロ[2.2.1]ヘプタン等の炭素数5~18の脂環式イソシアネート、キシリレンジイソシアネート(XDI)、テトラメチルキシリレンジイソシアネート(TMXDI)等の芳香環を有する脂肪族ジイソシアネート、これらの変性物などが例示される。上記ブロックイソシアネートとしては、ジフェニルメタン-4,4’-ジイソシアネート(MDI)、ジフェニルメタン-3,3’-ジイソシアネート、ジフェニルメタン-3,4’-ジイソシアネート、ジフェニルエーテル-4,4’-ジイソシアネート、ベンゾフェノン-4,4’-ジイソシアネート、ジフェニルスルホン-4,4’-ジイソシアネート、トリレン-2,4-ジイソシアネート、トリレン-2,6-ジイソシアネート、ナフチレン-1,5-ジイソシアネート、m-キシリレンジイソシアネート、p-キシリレンジイソシアネート等のイソシアネート基にジメチルピラゾール等のブロック剤が付加した化合物などが例示される。上記メラミン化合物としては、メチル化メラミン、ブチル化メラミン、メチロール化メラミン、ブチロール化メラミン等が例示される。
【0040】
当該絶縁電線は、モーターや変圧器等の電機機器において、コアに巻回されて巻線として、また、切断及び曲げ加工を経てコアに挿入されて、好適に用いることができる。
【0041】
[絶縁電線の製造方法]
次に、当該絶縁電線の製造方法について説明する。当該絶縁電線の製造方法は、絶縁層2を形成するポリイミドを含む樹脂と、この樹脂の焼付温度よりも低い温度で熱分解する熱分解性樹脂を含む粒子(熱分解性樹脂含有粒子)とを希釈しワニスを調製する工程(ワニス調製工程)、導体1の外周面へ上記ワニスを塗布する工程(ワニス塗布工程)、加熱により上記熱分解性樹脂含有粒子中の熱分解性樹脂を除去する工程(加熱工程)を備える。
【0042】
<ワニス調製工程>
上記ワニス調製工程において、絶縁層2を形成するポリイミドを含む樹脂及び熱分解性樹脂含有粒子を溶剤で希釈してワニスを調製する。
【0043】
上記熱分解性樹脂含有粒子が含む熱分解性樹脂としては、上記絶縁層2を形成する樹脂の焼付温度よりも低い熱分解温度を有する樹脂であれば特に限定されない。絶縁層2を形成する樹脂の焼付温度は、ポリイミドを含む樹脂の種類に応じて適宜設定されるが、通常200℃以上350℃以下程度である。従って、上記熱分解性樹脂の熱分解温度の下限としては、200℃が好ましく、上限としては300℃が好ましい。ここで、熱分解温度とは、空気雰囲気下で室温から10℃/分で昇温し、質量減少率が50%となるときの温度を意味する。熱分解温度は、例えば熱重量測定-示差熱分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー社の「TG/DTA」)を用いて熱重量を測定することにより求めることができる。
【0044】
上記熱分解性樹脂としては、特に限定されないが、例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等の片方、両方の末端又は一部をアルキル化、(メタ)アクリレート化又はエポキシ化した化合物、ポリ(メタ)アクリル酸メチル、ポリ(メタ)アクリル酸エチル、ポリ(メタ)アクリル酸プロピル、ポリ(メタ)アクリル酸ブチル等の(メタ)アクリル酸の炭素数1以上6以下のアルキルエステル重合体、ウレタンオリゴマー、ウレタンポリマー、ウレタン(メタ)アクリレート、エポキシ(メタ)アクリレート、ε-カプロラクトン(メタ)アクリレート等の変性(メタ)アクリレートの重合物、ポリ(メタ)アクリル酸、これらの架橋物、ポリスチレン、架橋ポリスチレン等が挙げられる。
これらのうち、(メタ)アクリル系重合体又はその架橋物が好ましく、ポリ(メタ)アクリレート又はその架橋物がより好ましい。また、上記熱分解性樹脂は、上記絶縁層2を形成する樹脂の海相に微小粒子の島相となって均等分布できることが、独立気孔を形成できる点で好ましい。従って、上記熱分解性樹脂としては、上記絶縁層2を形成する樹脂との相溶性に優れると共に、球状にまとまることができる樹脂であることが好ましく、具体的には架橋樹脂が好ましい。
【0045】
上記架橋ポリ(メタ)アクリル系重合体は、例えば(メタ)アクリル系モノマーと多官能性モノマーとを乳化重合、懸濁重合、溶液重合等により重合することで得られる。
【0046】
ここで、(メタ)アクリル系モノマーとしては、アクリル酸、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n-ブチル、アクリル酸イソブチル、アクリル酸t-ブチル、アクリル酸ドデシル、アクリル酸ステアリル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸テトラヒドロフルフリル、アクリル酸ジエチルアミノエチル、メタクリル酸、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸プロピル、メタクリル酸n-ブチル、メタクリル酸イソブチル、メタクリル酸t-ブチル、メタクリル酸n-オクチル、メタクリル酸ドデシル、メタクリル酸2-エチルヘキシル、メタクリル酸ステアリル、メタクリル酸ジエチルアミノエチル等が挙げられる。
【0047】
また、多官能性モノマーとしては、ジビニルベンゼン、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリアクリレート等が挙げられる。
【0048】
なお、架橋ポリ(メタ)アクリル系重合体の構成モノマーとしては、(メタ)アクリル系モノマー及び多官能性モノマー以外に他のモノマーを使用してもよい。他のモノマーとしては、エチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸のグリコールエステル類、メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル等のアルキルビニルエーテル類、酢酸ビニル、酪酸ビニル等のビニルエステル類、N-メチルアクリルアミド、N-エチルアクリルアミド、N-メチルメタクリルアミド、N-エチルメタクリルアミド等のN-アルキル置換(メタ)アクリルアミド類、アクリロニトリル、メタアクリロニトリル等のニトリル類、スチレン、p-メチルスチレン、p-クロロスチレン、クロロメチルスチレン、α-メチルスチレン等のスチレン系単量体などが挙げられる。
【0049】
上記熱分解性樹脂含有粒子は球状であることが好ましい。上記熱分解性樹脂含有粒子の平均粒子径の下限としては、0.1μmが好ましく、0.5μmがより好ましく、1μmがさらに好ましい。一方、上記熱分解性樹脂含有粒子の平均粒子径の上限としては、100μmが好ましく、50μmがより好ましく、30μmがさらに好ましく、10μmが特に好ましい。上記熱分解性樹脂含有粒子は絶縁層2を形成する樹脂の焼付け時に熱分解して存在していた部分に気孔を形成する。そのため、上記熱分解性樹脂含有粒子の平均粒子径が上記下限未満であると、絶縁層2に気孔が形成され難くなるおそれがある。逆に、上記熱分解性樹脂含有粒子の平均粒子径が上記上限を超えると、絶縁層2表面に凹凸が生じ易くなるおそれがある。ここで、上記熱分解性樹脂含有粒子の平均粒子径とは、レーザー回折式粒度分布測定装置で測定した粒度分布において、最も高い含有割合を示す粒径を意味する。
【0050】
上記ワニスにおける熱分解性樹脂の含有量の下限としては、絶縁層2を形成する樹脂100質量部に対して、5質量部が好ましく、10質量部がより好ましく、15質量部がさらに好ましい。一方、上記ワニスにおける熱分解性樹脂の含有量の上限としては、絶縁層2を形成する樹脂100質量部に対して、350質量部が好ましく、150質量部がより好ましく、90質量部がさらに好ましい。上記熱分解性樹脂の含有量が上記下限未満であると、形成された気孔3が、絶縁層2に発生した応力を十分に分散できないおそれがある。逆に、上記熱分解性樹脂の含有量が上記上限を超えると、機械的強度が低下するため、絶縁層2の割れの発生を十分に抑制することができないおそれがある。
【0051】
希釈用溶剤としては、絶縁ワニスに従来より用いられている公知の有機溶剤を用いることができる。具体的には、例えばN-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラメチル尿素、ヘキサエチルリン酸トリアミド、γ-ブチロラクトン等の極性有機溶媒をはじめ、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、シュウ酸ジエチル等のエステル類、ジエチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、ジエチレングリコールジメチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類、ヘキサン、ヘプタン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素類、ジクロロメタン、クロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素類、クレゾール、クロルフェノール等のフェノール類、ピリジン等の第三級アミン類などが挙げられ、これらの有機溶媒はそれぞれ単独であるいは2種以上を混合して用いられる。
【0052】
なお、これらの有機溶剤により希釈して調製したワニスの樹脂固形分濃度の下限としては、15質量%が好ましく、22質量%がより好ましい。一方、上記ワニスの樹脂固形分濃度の上限としては、50質量%が好ましく、28質量%がより好ましい。上記ワニスの樹脂固形分濃度が上記下限未満であると、ワニスを塗布する際の1回の塗布量が少なくなるため、所望の厚みの絶縁層2を形成するためのワニス塗布工程の繰り返し回数が多くなり、ワニス塗布工程の時間が長くなるおそれがある。逆に、上記ワニスの樹脂固形分濃度が上記上限を超える場合、ワニスが増粘することにより、ワニスの保存安定性が悪化するおそれや、ワニス塗布時の付着性が悪化するおそれがある。
【0053】
上記熱分解性樹脂含有粒子としては、上記熱分解性樹脂のみからなる粒子であってもよいが、上記熱分解性樹脂を主成分とするコアと、上記熱分解性樹脂の熱分解温度よりも高い熱分解温度を有する樹脂を主成分とするシェルとを有するコアシェル粒子が好ましい。
上記熱分解性樹脂含有粒子として、このようなコアシェル粒子を用いることにより、形成される気孔3の独立気孔率がより高まり、その結果、絶縁層2の割れの発生の抑制効果がより向上し、また、絶縁層2の柔軟性がより向上する。
【0054】
上記シェルの主成分の樹脂としては、誘電率が低く、耐熱性が高いものが好ましい。シェルの主成分の樹脂としては、例えばポリスチレン、シリコーン、フッ素樹脂、ポリイミド等が挙げられる。これらの中でも、シェルに弾性を付与すると共に絶縁性及び耐熱性を向上させ易い点において、シリコーンが好ましい。ここで、「フッ素樹脂」とは、高分子鎖の繰り返し単位を構成する炭素原子に結合する水素原子の少なくとも1つが、フッ素原子又はフッ素原子を有する有機基(以下「フッ素原子含有基」ともいう)で置換されたものをいう。フッ素原子含有基は、直鎖状又は分岐状の有機基中の水素原子の少なくとも1つがフッ素原子で置換されたものであり、例えばフルオロアルキル基、フルオロアルコキシ基、フルオロポリエーテル基等を挙げることができる。なお、絶縁性を損なわない範囲でシェルに金属が含まれてもよい。
【0055】
なお、シェルの主成分の樹脂は、上記絶縁層2を形成する樹脂と同種のものを用いてもよく、異なるものを用いてもよい。例えばシェルの主成分の樹脂として、上記絶縁層2を形成するポリイミドと同じ樹脂であるポリイミドを用いた場合でも、上記熱分解性樹脂より熱分解温度が高いので、熱分解性樹脂がガス化してもシェルの主成分の樹脂は熱分解し難いため、気孔3の連通抑制効果が得られる。このようなワニスで形成された当該絶縁電線は、電子顕微鏡で観察してもシェルの存在を確認できない場合がある。一方、シェルの主成分の樹脂として上記絶縁層2を形成する樹脂と異なるものを用いることにより、シェルを上記絶縁層2と一体化され難くできるので、上記絶縁層2を形成するポリイミドと同じ樹脂であるポリイミドを用いる場合に比べて、気孔3の連通抑制効果が得易くなる。
【0056】
シェルの平均厚みの下限としては、特に制限はないが、例えば0.01μmが好ましく、0.02μmがより好ましい。一方、シェルの平均厚みの上限としては、0.5μmが好ましく、0.4μmがより好ましい。シェルの平均厚みが上記下限未満であると、気孔3の連通抑制効果が十分に得られないおそれがある。逆に、シェルの平均厚みが上記上限を超えると、気孔3の体積が小さくなり過ぎるため、絶縁層2の気孔率を所定以上に高められないおそれがある。なお、シェルは、1層で形成されてもよいし、複数の層で形成されてもよい。シェルが複数の層で形成される場合、複数の層の合計厚みの平均が、上記厚みの範囲内であればよい。
【0057】
上記熱分解性樹脂含有粒子のCV値(coefficient of variation)の上限としては、30%が好ましく、20%がより好ましい。このように、CV値が上記上限以下の熱分解性樹脂含有粒子を用いることで、気孔サイズの違いで生じる気孔部分での電荷集中による絶縁性低下や加工応力の集中による絶縁層2の強度低下を抑制できる。なお、熱分解性樹脂含有粒子のCV値の下限としては、特に限定されないが、例えば1%である。ここで、「CV値」とは、JIS-Z8825(2013)に規定される変動係数を意味する。
【0058】
<ワニス塗布工程>
上記ワニス塗布工程において、上記ワニス調製工程で調製したワニスを導体1の外周面に塗布した後、塗布ダイスにより導体1のワニスの塗布量の調節及び塗布されたワニス面の平滑化を行う。
【0059】
上記塗布ダイスは開口部を有し、ワニスを塗布した導体1がこの開口部を通過することで余分なワニスが除去され、ワニスの塗布量が調整される。これにより、当該絶縁電線は、絶縁層2の厚みがより均一になり、当該絶縁電線の機械的強度がより向上する。
【0060】
<加熱工程>
次に、上記加熱工程において、上記ワニスが塗布された導体1を焼付炉に通して、ワニスを焼付けることで、導体1表面に絶縁層2を形成する。焼付の際、ワニスに含まれる熱分解性樹脂含有粒子の熱分解性樹脂が熱分解によりガス化して除去される。その結果、熱分解性樹脂含有粒子に由来する気孔3が絶縁層2内に形成される。このように、上記加熱工程は、ワニスの焼付工程を兼ねる。
【0061】
[利点]
当該絶縁電線は、ポリイミドを主成分とする絶縁層2が気孔3を含み、この絶縁層2の気孔率を上記範囲内であることにより、高温多湿環境下等で使用されることによって、主成分であるポリイミドが加水分解により皮膜伸び等の強度が低下した場合でも、発生する応力を分散、低減させることができ、絶縁層の割れを効果的に抑制することができると共に、絶縁層の柔軟性を優れたものとすることができる。
【0062】
[その他の実施形態]
今回開示された実施の形態は全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記実施形態の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【0063】
また、上記実施形態では、熱分解性樹脂を用いて気孔を生成させる製造方法について説明したが、絶縁層の気孔率を上記範囲とする限り、熱分解性樹脂の代わりに発泡剤や熱膨張性マイクロカプセルをワニスに混合し、発泡剤や熱膨張性マイクロカプセルにより気孔を形成させる製造方法としてもよい。例えば上記製造方法において、絶縁層を形成する樹脂を溶剤で希釈したものを熱膨張性マイクロカプセルと混合して各気孔層用のワニスを調製し、これらのワニスの導体の外周面への塗布及び焼付けにより絶縁層を形成してもよい。焼付けの際、ワニスに含まれる熱膨張性マイクロカプセルが膨張又は発泡し、熱膨張性マイクロカプセルによって気孔が形成される。
【0064】
上記熱膨張性マイクロカプセルは、熱膨張剤からなる芯材(内包物)と、この芯材を包む外殻とを有する。熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤は、加熱により膨張又は気体を発生するものであればよく、その原理は問わない。熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤としては、例えば低沸点液体、化学発泡剤又はこれらの混合物を使用することができる。
【0065】
上記低沸点液体としては、例えばブタン、i-ブタン、n-ペンタン、i-ペンタン、ネオペンタン等のアルカンや、トリクロロフルオロメタン等のフレオン類などが好適に用いられる。また、上記化学発泡剤としては、加熱によりN2ガスを発生するアゾビスイソブチロニトリル等の熱分解性を有する物質が好適に用いられる。
【0066】
上記熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤の膨張開始温度、つまり低沸点液体の沸点又は化学発泡剤の熱分解温度としては、後述する熱膨張性マイクロカプセルの外殻の軟化温度以上とされる。より詳しくは、熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤の膨張開始温度の下限としては、60℃が好ましく、70℃がより好ましい。一方、熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤の膨張開始温度の上限としては、200℃が好ましく、150℃がより好ましい。熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤の膨張開始温度が上記下限に満たない場合、当該絶縁電線の製造時、輸送時又は保管時に熱膨張性マイクロカプセルが意図せず膨張してしまうおそれがある。逆に、熱膨張性マイクロカプセルの熱膨張剤の膨張開始温度が上記上限を超える場合、熱膨張性マイクロカプセルを膨張させるために必要なエネルギーコストが過大となるおそれがある。
【0067】
一方、上記熱膨張性マイクロカプセルの外殻は、上記熱膨張剤の膨張時に破断することなく膨張し、発生したガスを包含するマイクロバルーンを形成できる延伸性を有する材質から形成される。この熱膨張性マイクロカプセルの外殻を形成する材質としては、通常は、熱可塑性樹脂等の高分子を主成分とする樹脂組成物が用いられる。
【0068】
上記熱膨張性マイクロカプセルの外殻の主成分とされる熱可塑性樹脂としては、例えば塩化ビニル、塩化ビニリデン、アクリロニトリル、アクリル酸、メタアクリル酸、アクリレート、メタアクリレート、スチレン等の単量体から形成された重合体、あるいは2種以上の単量体から形成された共重合体が好適に用いられる。好ましい熱可塑性樹脂の一例としては、塩化ビニリデン-アクリロニトリル共重合体が挙げられ、この場合の熱膨張剤の膨張開始温度は、80℃以上150℃以下とされる。
【0069】
また、上記実施形態では、絶縁層に含まれる気孔が熱分解性樹脂の熱分解によって形成される構成について説明したが、例えば上記気孔を中空フィラーで形成させた構成としてもよい。上記気孔を中空フィラーで形成させる場合、例えば絶縁層を形成する樹脂組成物と中空フィラーとを混練し、押出成形によりこの混練物を導体に被覆することで当該絶縁電線を製造できる。
【0070】
中空フィラーにより気孔を形成する場合、この中空フィラーの内部の空洞部分が絶縁層に含まれる気孔となる。中空フィラーとしては、例えばシラスバルーン、ガラスバルーン、セラミックバルーン、有機樹脂バルーン等が挙げられる。当該絶縁電線に可撓性が要求される場合、これらの中で有機樹脂バルーンが好ましい。また、機械的強度が重視される絶縁電線の場合、入手が容易で破損し難いという点からガラスバルーンが好ましい。
【0071】
また、上記実施形態では、絶縁層に含まれる気孔が熱分解性樹脂の熱分解によって形成される構成について説明したが、例えば上記気孔を、相分離法を用いて形成させた構成としてもよい。相分離法を用いる一例として、絶縁層を形成する樹脂として熱可塑性樹脂を用い、溶剤と均質混合して加熱溶融状態で導体の外周面へ塗布する。そして、水等の非溶解性液体への浸漬又は空気中での冷却により樹脂と溶媒とを相分離させ、溶媒を別の揮発性溶剤で抽出除去することにより気孔が形成される。
【0072】
本開示の他の実施形態の絶縁電線において、導体1と絶縁層2との間にプライマー(Primer)層等のさらなる層が設けられてもよい。プライマー層は、層間の密着性を高めるために設けられる層であり、例えば公知の樹脂組成物により形成することができる。
【0073】
導体1と絶縁層2との間にプライマー層を設ける場合、このプライマー層を形成する樹脂組成物は、例えばポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド、ポリエステル及びフェノキシ樹脂の中の一種又は複数種の樹脂を含むとよい。また、プライマー層を形成する樹脂組成物は、密着向上剤等の添加剤を含んでもよい。このような樹脂組成物によって導体1と絶縁層2との間にプライマー層を形成することで、導体と絶縁層との間の密着性を向上することが可能であり、その結果、絶縁電線の可撓性や耐摩耗性、耐傷性、耐加工性などの特性を効果的に高めることができる。
【0074】
また、プライマー層を形成する樹脂組成物は、上記樹脂と共に他の樹脂、例えばエポキシ樹脂、フェノキシ樹脂、メラミン樹脂等を含んでもよい。また、プライマー層を形成する樹脂組成物に含まれる各樹脂として、市販の液状組成物(絶縁ワニス)を使用してもよい。
【0075】
プライマー層の平均厚さの下限としては、1μmが好ましく、2μmがより好ましい。一方、プライマー層の平均厚さの上限としては、30μmが好ましく、20μmがより好ましい。プライマー層の平均厚さが上記下限未満であると、導体1との十分な密着性を発揮できないおそれがある。逆に、プライマー層の平均厚さが上記上限を超えると、絶縁電線が不必要に大径化するおそれがある。
【0076】
本開示の他の実施形態は、絶縁層が気孔の周縁部に外殻を備えてもよい。この実施形態の製造方法としては、たとえば、上述の熱分解性樹脂含有粒子としてコアシェル粒子を用いる方法、或いは上述の中空フィラーを用いる方法が挙げられる。外殻の主成分は、例えばポリスチレン、シリコーン、フッ素樹脂、ポリイミドである。或いは、外殻の主成分は、例えばシラスバルーン、ガラスバルーン、セラミックバルーン、有機樹脂バルーンである。
【実施例】
【0077】
以下、実施例によって本開示をさらに詳細に説明するが、本開示はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0078】
[絶縁電線の製造]
表のNo.1に示す絶縁電線を以下のようにして製造した。まず、絶縁層を形成する樹脂として、ピロメリット酸二無水物と4,4’-ジアミノジフェニルエーテルを原料とするポリイミドの前駆体であるポリアミック酸を合成した。次いで、このポリアミック酸を、溶剤としてのN-メチル-2-ピロリドンで希釈しワニスを調製した。次に、このワニスを用い、竪型塗装設備を使用して、断面が2mm×2mmの角形状の導体を浸漬した後、導体と相似形状の開口部を有するダイスを、速度6m/分で通過させ、焼付炉中を通過させて、350℃で1分間焼付を行い、絶縁被膜を形成した。このワニスの塗布、ダイス通過、焼付を30回繰り返して、ポリイミド樹脂被膜を絶縁層とする絶縁電線(No.1)を製造した。No.1の絶縁電線における絶縁層の平均厚みは150μmであった。
【0079】
表のNo.2に示す絶縁電線を以下のようにして製造した。まず、絶縁層を形成する樹脂として、ピロメリット酸二無水物と4,4’-ジアミノジフェニルエーテルを原料とするポリイミドの前駆体であるポリアミック酸を合成した。次に、このポリアミック酸を、溶剤としてのN-メチル-2-ピロリドンで希釈し、中空形成粒子としてコアがPMMA(ポリメチルメタクリレート)粒子でシェルがシリコーンの平均粒子径3μmのコアシェル粒子を用い、計算値で絶縁層の気孔率が30体積%となる量分散させてワニスを調製した。このワニスを用い、竪型塗装設備を使用して、断面が2mm×2mmの角形状の導体を浸漬した後、導体と相似形状の開口部を有するダイスを、速度6m/分で通過させ、焼付炉中を通過させて、350℃で1分間焼付を行い、絶縁被膜を形成した。このワニスの塗布、ダイス通過、焼付を30回繰り返して、ポリイミド樹脂被膜を絶縁層とする絶縁電線(No.2)を製造した。No.2の絶縁電線における絶縁層の平均厚みは150μmであった。
【0080】
表のNo.3に示す絶縁電線を以下のようにして製造した。まず、絶縁層を形成する樹脂として、ピロメリット酸二無水物と4,4’-ジアミノジフェニルエーテルを原料とするポリイミドの前駆体であるポリアミック酸を合成した。次に、このポリアミック酸を、溶剤としてのN-メチル-2-ピロリドンで希釈し、中空形成粒子としてコアがPMMA粒子でシェルがシリコーンの平均粒子径3μmのコアシェル粒子を用い、計算値で絶縁層の気孔率が50体積%となる量分散させてワニスを調製した。このワニスを用い、竪型塗装設備を使用して、断面が2mm×2mmの角形状の導体を浸漬した後、導体と相似形状の開口部を有するダイスを、速度6m/分で通過させ、焼付炉中を通過させて、350℃で1分間焼付を行い、絶縁被膜を形成した。このワニスの塗布、ダイス通過、焼付を30回繰り返して、ポリイミド樹脂被膜を絶縁層とする絶縁電線(No.3)を製造した。No.3の絶縁電線における絶縁層の平均厚みは150μmであった。
【0081】
[評価]
上記得られたNo.1~No.3の絶縁電線について、絶縁層の気孔率、絶縁層の10%伸長時の引張応力、及び絶縁電線のATF(Automatic transmission fluid)耐久性を、下記方法に従い評価した。評価結果を表1に示す。
【0082】
(測定用試料の作製)
上記得られた絶縁電線を、引張試験機(島津製作所社の「AG-IS」)を用いて引張速度10mm/分で、未伸長時の長さの107%(分離時伸長度7%)になるまで伸長した後、引張試験機から伸長後の絶縁電線を取り外し、食塩水中での電気分解により導体と絶縁層との界面にすき間を作り、導体と絶縁層とを分離することにより、絶縁層の気孔率及び引張応力測定用試料を作製した。
【0083】
(絶縁層の気孔率)
上記作製した測定用試料の絶縁層の質量W2を測定した。また、測定用試料の絶縁層の外形から見かけの体積V1を求め、このV1に絶縁層の材質の密度ρ1を乗じて気孔がない場合の質量W1を求めた。これらW1及びW2の値から、下記式により気孔率を算出した。
気孔率=(W1-W2)×100/W1 (体積%)
【0084】
(絶縁層の10%伸長時の引張応力)
上記作製した測定用試料について、引張試験機(島津製作所社の「AG-IS」)を用いて引張速度10mm/分、標線間距離20mmの引張条件で引張試験を行った。絶縁層の10%伸長時の引張応力は、上記引張試験により得られた応力-歪み曲線に基づき、伸び率が10%における引張応力の値(MPa)として求めた。
【0085】
(絶縁電線のATF耐久試験)
上記得られた絶縁電線の絶縁層の割れ発生の抑制性を評価するため、高温多湿の環境下で起こり得るポリイミドの加水分解を再現する条件として、高温下、密封条件でのATF耐久試験を、150℃の温度、100時間、250時間、500時間の各時間で行った。
ATF耐久試験は以下の手順で行った。直径30mm、容器容量250cm3のオートクレーブ用密閉容器に、ATF100ccを投入し、その中に10%伸長した状態の絶縁電線を浸漬して密封した。その後、150℃の恒温槽で加熱し、150℃の容器内の圧力を1.8気圧として、上記測定時間保持した。割れ発生の抑制性は、各測定時間において、絶縁層の割れの有無を目視により確認することによって評価した。表1中の「-」は、割れの発生が認められたため、それ以降の時間での評価は行わなかったことを示す。
【0086】
【0087】
表1の結果より、絶縁層における気孔率が上記範囲であるNo.2及びNo.3の絶縁電線は、絶縁層の10%伸長時の引張応力が所定値以下であり、ATF耐久試験において500時間でも割れの発生が認められず、絶縁層の割れの発生が効果的に抑制されていると共に絶縁層の柔軟性にも優れていることが分かる。一方、No.1の絶縁電線は、絶縁層における気孔率が上記範囲外であり、ATF耐久試験において、割れの発生が認められ、また、絶縁層の柔軟性も不十分であった。
【符号の説明】
【0088】
1 導体
2 絶縁層
3 気孔