(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-20
(45)【発行日】2023-01-30
(54)【発明の名称】硬質皮膜および耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20230123BHJP
F04D 29/02 20060101ALI20230123BHJP
【FI】
C23C14/06 A
F04D29/02
(21)【出願番号】P 2020068591
(22)【出願日】2020-04-06
【審査請求日】2021-02-03
【審判番号】
【審判請求日】2022-03-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】赤理 孝一郎
【合議体】
【審判長】原 賢一
【審判官】三崎 仁
【審判官】金 公彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-19051(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C14/00-14/58, F04D29/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
AlおよびCrを主成分として含む窒化物からなる
耐土砂摩耗性硬質皮膜であって、
式:(Al
xCr
y
)N(ただし、式中、x≧0.55、y>0、
x>y、x+y=1である)で表される成分組成からなり、
厚さが
6.7μm以上である、
耐土砂摩耗性硬質皮膜。
【請求項2】
当該硬質皮膜は、ASTM G65規格に準拠した土砂摩耗試験機を用いて、以下の条件、
硬質皮膜被覆試験片の基材寸法:25mm×75mm×8mm(厚さ)の平板形状
ディスク寸法:幅12.7mm×Φ220mm
試験力:127.5N(13kgf)
試験砂:6号珪砂、流量350g/分
ホイール回転数:200rpm
試験時間:30分間、
で測定される当該硬質皮膜被覆試験片の30分間における土砂摩耗質量減少量が、0.05g以下である、請求項1に記載の
耐土砂摩耗性硬質皮膜。
【請求項3】
前記硬質皮膜の成分組成は、(Al
0.6Cr
0.4)N、(Al
0.65Cr
0.35)N、(Al
0.7Cr
0.3)N、(Al
0.75Cr
0.25)N、または(Al
0.8Cr
0.2)Nである、請求項1または2に記載の
耐土砂摩耗性硬質皮膜。
【請求項4】
当該硬質皮膜は、物理的蒸着法により形成された皮膜である、請求項1~3のいずれか1項に記載の
耐土砂摩耗性硬質皮膜。
【請求項5】
基材と、請求項1~4のいずれか1項に記載の
耐土砂摩耗性硬質皮膜とを含み、
前記硬質皮膜は、液体または固体中に含まれる土砂成分によって摩耗を受ける前記基材の少なくとも一部の表面に形成されている、耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質皮膜と、当該硬質皮膜が土砂摩耗を受ける基材の少なくとも一部の表面に形成されている耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材とに関する。
【背景技術】
【0002】
樹脂混錬用ロータ等の流体混錬部材やポンプ等の水力部材は、樹脂中または水中等に硬質物質が混在しているため、その使用に当たりアブレシブ摩耗を受ける。混在する硬質物質としては、例えばシリカ、カーボン、その他土砂に含有される物質等が挙げられる。また、例えばバケット等のような建設機械の特定の部材も、その使用に当たり直接土砂に接触するため、同様の摩耗を受ける。そのため、これらの部材の一部の表面は、硬質皮膜で被覆されることにより、耐土砂摩耗性が高められている。硬質皮膜の成膜技術としては、めっき、溶射、または肉盛溶接による方法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、Feを主成分とし、Crを重量%で16~25%を含む溶接材料において、重量%でC:0.9~2.0%、Si:2.0~5%、Mn:10%以下、Cr:16~25%、Ni:5~20%を含み、Ni+Mnを6~25%、残部が同伴する不可避不純物からなり、かつC/Si比が0.2~0.7、好ましくは0.22~0.67である高C高Si含有溶接金属粉体が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、流体の流路を形成するケーシングと、前記流路に配設されており、中心部のボスと、このボスを取り囲むシュラウドと、前記ボスと前記シュラウドとを連結する羽根とを備えたインペラと、このインペラを回転させるために前記ボスに勘合された軸とを備えたポンプにおいて、前記インペラおよび前記ケーシングの前記流体と接する面に、Ni合金の皮膜、ボロン拡散層の皮膜およびクロム拡散層の皮膜からなる群から選択された第1の皮膜が形成された領域と、金属と炭化物を含有する第2の皮膜が形成された領域とを有することを特徴とするポンプが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平06-170584号公報
【文献】特開平10-259790号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
耐土砂摩耗性については、肉盛溶接等に用いられる材料によって評価が行われ、一般的に、当該材料の硬度が高くなるほど耐土砂摩耗性に優れる傾向があることが確認されている。そのため、本発明者は、鉄系合金材等の部材材料よりも高い硬度の材料を用いて当該部材にめっき、溶射または肉盛溶接を施し、さらには当該皮膜をより厚く形成することによって、耐土砂摩耗性を改善しようとした。
【0007】
しかしながら、そのようなアプローチから硬質皮膜の耐土砂摩耗性をより改善しようとする場合、その改善レベルは制限されてしまうことがわかった。具体的には、めっき、溶射または肉盛溶接によって成膜される硬質皮膜のうち、最も硬い硬質皮膜は、タングステンカーバイド系の合金金属を用いた溶射によって形成される皮膜である。しかしながら、その硬さはビッカース硬度で1500HV程度であるため、土砂摩耗を引き起こすシリカ等の硬質物質の硬度と比較してもその硬度に大きな差異はない。そのため、上述したようなアプローチでは、硬質皮膜の耐土砂摩耗性を十分に改善できるとは言い難い。
【0008】
また、例えば樹脂混錬用ロータ等の流体混錬部材やポンプ等の水力部材等の比較的サイズが大きく、かつ耐土砂摩耗性を必要とする領域が広範囲にわたる部材に硬質皮膜を形成する場合、皮膜を厚くする手法では、成膜時間およびコスト面での負担等も生じ得る。そのため、耐土砂摩耗性を有する硬質皮膜については、様々な点において改善の余地がある。
【0009】
そこで、本発明は、優れた耐土砂摩耗性を有する硬質皮膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、本発明に到達した。すなわち本発明は、以下の好適な態様を包含する。
【0011】
本発明の一局面に係る硬質皮膜は、AlおよびCrを主成分として含む窒化物からなり、
厚さが6μm以上である。
【0012】
前述の当該硬質皮膜は、ASTM G65規格に準拠した土砂摩耗試験機を用いて、以下の条件、
硬質皮膜被覆試験片の基材寸法:25mm×75mm×8mm(厚さ)の平板形状
ディスク寸法:幅12.7mm×Φ220mm
試験力:127.5N(13kgf)
試験砂:6号珪砂、流量350g/分
ホイール回転数:200rpm
試験時間:30分間、
で測定される当該硬質皮膜被覆試験片の30分間における土砂摩耗質量減少量が、0.05g以下であると好ましい。
【0013】
前述の硬質皮膜は、物理的蒸着法により形成された皮膜であるとより好ましい。
【0014】
本発明の別の局面に係る耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材は、基材と、前述の一局面に係るいずれか1つの硬質皮膜とを含み、
前記硬質皮膜は、液体または固体中に含まれる土砂成分によって摩耗を受ける前記基材の少なくとも一部の表面に形成されている。
【0015】
当該部材は、樹脂混錬機部品(ロータ、ケーシング等)、ゴム混錬機部品(ロータ、ケーシング等)、水中ポンプおよびサンドポンプ部品(インペラ、羽根、ケーシング等)、水車部品(ランナ、バケット、ライナー、ガイドベーン、ニードル、ノズル等)ならびに油圧ショベル等の建設機械部品(バケット、走行体部品等)から選択されると好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、優れた耐土砂摩耗性を有する硬質皮膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施形態に係る耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材の構成を模式的に示す図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材の製造方法において用いられる成膜装置の構成を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者は、より効果的に耐土砂摩耗性を示す硬質皮膜について様々な研究を重ね、その成分組成について、さらには当該成分組成において優れた耐土砂摩耗性を示す皮膜の厚さについても着目し、本発明を完成した。
【0019】
以下、本発明の実施形態について、詳細に説明する。なお、本発明の範囲はここで説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で種々の変更をすることができる。
【0020】
<硬質皮膜>
本実施形態に係る硬質皮膜は、AlおよびCrを主成分として含む窒化物からなる。
【0021】
なお、本明細書における「AlおよびCrを主成分として含む」とは、硬質皮膜の窒素を除く成分組成の原子比において、Alの原子比とCrの原子比とを加算した割合が0.5以上であることを意味する。すなわち、本実施形態に係る硬質皮膜は、式:(AlxCryM1-x-y)N(ただし、式中、x>0、y>0、かつ1≧x+y≧0.5)で表される成分組成からなる。
【0022】
上記式中、Mは、任意で含まれるAlおよびCr以外の1種以上の元素である。Mは、特に限定されないが、例えばTi、Si、Mn、Ni、V、Zr、Nb、Mo、Ta、W、Yおよびランタノイド(Pmを除く)から選択される1種以上であり、好ましくはTiおよびSiから選択される1種以上である。AlおよびCr以外のこれらの元素Mを硬質皮膜の成分組成に含ませることによって、硬質皮膜の耐酸化性、耐疲労寿命等の他の機能を改善することができる。
【0023】
上記式中、好ましくはx+y=0.75、より好ましくはx+y>0.75、さらに好ましくはx+y≧0.8、よりさらに好ましくはx+y≧0.85、x+y≧0.9、またはx+y=1である。すなわち、硬質皮膜の窒素を除く成分組成において、Alの原子比とCrの原子比とを加算した値をより1に近づけることによって、硬質皮膜の耐土砂摩耗性が顕著に向上する傾向がある。
【0024】
上記式中、好ましくはx≧yである。すなわち、硬質皮膜の窒素を除く成分組成において、Alの原子比をCrの原子比よりも大きくすることによって、硬質皮膜の耐土砂摩耗性が向上する傾向にある。例えば、上記式中、好ましくはx≧0.4、より好ましくはx≧0.5、さらに好ましくはx≧0.55、よりさらに好ましくはx≧0.65である。具体的数値としては、例えば、好ましくはx=0.5、より好ましくはx=0.55、さらに好ましくはx=0.65、よりさらに好ましくはx=0.7である。xの上限、すなわちAlの原子比の上限は、限定されないが、例えばx≦0.9またはx≦0.85である。
【0025】
従って、本実施形態に係る硬質皮膜の成分組成は、例えば、(Al0.5Cr0.5)N、(Al0.6Cr0.4)N、(Al0.65Cr0.35)N、(Al0.7Cr0.3)N、(Al0.75Cr0.25)N、(Al0.8Cr0.2)N、(Al0.65Cr0.1Ti0.25)N、(Al0.70Cr0.27Ti0.03)N、(Al0.55Cr0.2Ti0.2Si0.05)N、またはAl0.55Cr0.2Ti0.2Si0.03Y0.02)N等が挙げられる。
【0026】
本実施形態に係る硬質皮膜の厚さは6μm以上である。硬質皮膜の成分組成がAlおよびCrを主成分として含む窒化物である場合、その厚さを6μm以上、特に6.7μm以上にすることによって、硬質皮膜の耐土砂摩耗性を顕著に改善することができる。特に、硬質皮膜の厚さが6μm未満の場合、その硬質皮膜は耐土砂摩耗性を目的とする皮膜として機能することができなくなってしまう。具体的には、土砂による摩耗を受けるとわずかな時間でほとんどの皮膜が削られてしまう。
【0027】
硬質皮膜の厚さは、好ましくは6.7μm以上、より好ましくは7μm以上、さらに好ましくは10μm以上、または20μm以上である。硬質皮膜の厚さの上限は、特に限定されないが、コスト面の負担等の観点から、例えば100μm以下であればよい。あるいは、例えば樹脂混錬機部品(ロータ、ケーシング等)、ゴム混錬機部品(ロータ、ケーシング等)、水中ポンプおよびサンドポンプ部品(インペラ、羽根、ケーシング等)、水車部品(ランナ、バケット、ライナー、ガイドベーン、ニードル、ノズル等)、油圧ショベル等の建設機械部品(バケット、走行体部品等)等のような本実施形態に係る硬質皮膜が形成される部材の種類、使用環境および使用期間等に適合するように、硬質皮膜の厚さを調整すればよい。
【0028】
なお、本明細書において、硬質皮膜の厚さは、後述する実施例と同様に、カロテスタまたは走査型電子顕微鏡による皮膜断面測定によって実績値を測定することができる。
【0029】
本実施形態に係る硬質皮膜は、好ましくは、アークイオンプレーティング(AIP:Arc Ion Plating)法、スパッタリング法等の物理蒸着(PVD:Physical Vapor Deposition)法により形成された皮膜である。これらの物理蒸着法を用いて皮膜を形成することによって、所望の成分組成を有し、かつ所望の厚さを有する硬質皮膜を、効率的かつ高精度に成膜することができる。なお、本実施形態に係る硬質皮膜の形成方法については後に詳述する。
【0030】
本実施形態に係る硬質皮膜は、ASTM G65規格に準拠した土砂摩耗試験機を用いて、後述する実施例と同じ条件かつ同じ方法で測定される硬質皮膜被覆試験片の30分間における土砂摩耗質量減少量(以下、単に「30分間における土砂摩耗質量減少量」とも称する)が、好ましくは0.05g以下である。30分間における土砂摩耗質量減少量は、より好ましくは0.03g以下、さらに好ましくは0.01g以下、よりさらに好ましくは0.0074g以下、0.0047g以下、または0.0036g以下である。30分間における土砂摩耗質量減少量の下限は、特に限定されず、例えば0g以上である。30分間における土砂摩耗質量減少量がより少ない程、耐土砂摩耗性に優れていることを意味する。
【0031】
あるいは、本実施形態に係る硬質皮膜は、ASTM G65規格に準拠した土砂摩耗試験機を用いて、後述する実施例と同じ条件かつ同じ方法で測定される硬質皮膜被覆試験片の10分から30分までの質量減少量から算出される土砂摩耗質量減少速度(以下、単に「土砂摩耗質量減少速度」とも称する)が、好ましくは0.0015g/分以下である。土砂摩耗質量減少速度は、より好ましくは0.001g/分以下、さらに好ましくは0.0002g/分以下、よりさらに好ましくは0.0001g/分以下、または0.00005g/分以下である。土砂摩耗質量減少速度の下限は、特に限定されず、例えば0g/分以上である。土砂摩耗質量減少速度がより遅い程、耐土砂摩耗性に優れていることを意味する。
【0032】
後述する実施例からわかる通り、30分間における土砂摩耗質量減少量が0.05g以下または土砂摩耗質量減少速度が0.0015g/分以下という硬質皮膜の特性は、Crめっき、タングステンカーバイド系の超硬質材料の溶射等の方法を用いても達成されなかった特性である。また、硬質皮膜の窒素以外の成分組成が本発明の範囲外である場合、または当該成分組成が本発明の範囲内であっても皮膜の厚さが6μm未満である場合も達成し得なかった特性である。すなわち、本実施形態に係る硬質皮膜は、その硬質皮膜の成分組成にAlおよびCrを主成分として含む窒化物を選択し、かつ皮膜の厚さを6μm以上、好ましくは6.7μm以上にすることによって、従来技術から予測できない程の優れた耐土砂摩耗性を奏する。
【0033】
<耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材>
本実施形態に係る耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材について、
図1を参照しながら説明する。
【0034】
図1に示すように、本実施形態に係る耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材1は、基材10と、当該基材10の表面11に形成されている前述した実施形態に係る硬質皮膜20とを含む。硬質皮膜20は、液体または固体中に含まれる土砂成分によって摩耗を受ける基材10の少なくとも一部の表面11に形成されていればよい。
【0035】
本明細書において、「液体または固体中に含まれる土砂成分」(または、以下単に「土砂成分」とも称する)とは、スラリー、水溶液、懸濁液、油、水、溶融状態の樹脂、溶融状態のゴム等の流体中、固液混合体中、または土壌等の固体中に含まれるシリカ、カーボン、石灰、石炭またはSi、C、Ca、Al、Fe、Mg、KもしくはNa等の元素を含有する硬質物質を意味する。
【0036】
耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材1としては、耐土砂摩耗性を必要とする部材であれば特に限定されない。例えば、樹脂混錬機部品(ロータ、ケーシング等)、ゴム混錬機部品(ロータ、ケーシング等)、水中ポンプおよびサンドポンプ部品(インペラ、羽根、ケーシング等)、水車部品(ランナ、バケット、ライナー、ガイドベーン、ニードル、ノズル等)、油圧ショベル等の建設機械部品(バケット、走行体部品等)等を挙げることができる。
【0037】
基材10は、前述した耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材1の構成要素である。従って、基材10の材質も特に限定されない。例えば、クロムモリブデン鋼(例えばSCM440)、機械構造用炭素鋼(例えばS25C)、一般構造用圧延鋼(例えばSS400)、高速度工具鋼(例えばSKH51)、合金工具鋼(例えばSKD51)、ステンレス鋼(例えばSUS304)等の鉄系材料、Ti合金、アルミ合金等の非鉄金属材料等が挙げられる。
【0038】
次に、本発明の実施形態に係る耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材の製造方法について説明する。この方法は、アークイオンプレーティング法により基材10の表面11に硬質皮膜20を形成して耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材1を製造する方法である。まず、当該方法において硬質皮膜20の成膜に用いられる成膜装置2の構成について、
図2を参照して説明する。
図2に示すように、成膜装置2は、チャンバー31と、アーク電源32と、ステージ34と、バイアス電源35と、ヒータ(図示せず)と、放電電源37と、フィラメント加熱電源38と、を主に有している。
【0039】
チャンバー31には、硬質皮膜20の成膜を行うための空間が内部に形成されており、その壁部には、当該チャンバー31内を真空排気するためのガス排気口31Aと、当該チャンバー31内に成膜用ガス(窒素ガスなど)やアルゴンガスを供給するためのガス供給口31Bと、がそれぞれ設けられている。
図2に示すように、チャンバー31の外には窒素ガス供給源39Aおよびアルゴンガス供給源39Bがそれぞれ配置されており、これらは、ガス導入経路36を介してガス供給口31Bに接続されている。またアーク電源32の正バイアス側は、チャンバー31に接続されている。
【0040】
ステージ34は、チャンバー31内の中央に配置されており、回転可能に構成されている。ステージ34は、成膜対象である基材10を支持するための支持面を有している。バイアス電源35は、マイナス側がステージ34に接続されており、成膜中においてステージ34を通して基材10に負のバイアス電圧を印加する。またバイアス電源35のプラス側はチャンバー31に接続されている。
【0041】
次に、本実施形態に係る耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材1の製造方法の手順について説明する。この方法では、まず、基材10を成膜装置2のステージ34上に設置する工程が行われる(基材設置工程)。基材設置工程では、まず、基材10をエタノール等の洗浄液を用いて洗浄する。そして、洗浄後の基材10をチャンバー31内に導入し、ステージ34上に設置する。
【0042】
次に、ターゲットを成膜装置2内(チャンバー31内)に設置する工程が行われる(ターゲット設置工程)。ターゲット設置工程では、硬質皮膜20の窒素を除く元素の成分を有するターゲットを準備し、これをカソードとして作用させるために、アーク電源32の負バイアス側に接続された蒸発源にセットする。
【0043】
ターゲットは、AlおよびCrを主成分として含むものであり、具体的には、AlCrターゲット、AlCrTiターゲット、またはAlCrTiSiターゲット等である。なお、当該ターゲットにおける各元素の含有比率は、成膜される硬質皮膜20における各元素の原子比に合わせて調整される。
【0044】
次に、基材10をエッチングする工程が行われる(基材エッチング工程)。基材エッチング工程では、まず、ガス排気口31Aからチャンバー31内を排気することにより当該チャンバー31内が所定の圧力まで減圧され、真空状態とされる。次に、ヒータにより基材10が所定の温度まで加熱される。そして、ガス供給口31BからArガスがチャンバー31内に導入され、フィラメント加熱電源38および放電電源37の運転により発生したArプラズマにより、基材10の表面11(被成膜面)がArイオンにより所定時間エッチングされる。これにより、基材10の表面11に形成された酸化皮膜などが除去される。なお、当該基材エッチング工程は、本実施形態に係る耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材1の製造方法における必須の工程ではなく、省略されてもよい。
【0045】
その後、硬質皮膜20を基材10の表面11に形成する工程が行われる(成膜工程)。成膜工程では、まず、ガス供給口31Bから窒素ガスをチャンバー31内に導入することにより、当該チャンバー31内が所定の成膜圧力に調整される。そして、チャンバー31内が窒素ガスを含む雰囲気となった状態で所定のアーク電流を流すことにより、ターゲットを蒸発させる。これにより、蒸発してイオン化した蒸着粒子が、チャンバー31内の窒素と反応すると共に基材10の表面11に堆積する。その結果、例えば(Al0.5Cr0.5)N、(Al0.7Cr0.3)N、(Al0.65Cr0.1Ti0.25)N、または(Al0.55Cr0.2Ti0.2Si0.05)N等の成分組成を有する硬質皮膜20が基材10上に形成される。この成膜工程では、ステージ34から基材10に負のバイアス電圧(直流電圧)を印加しつつ硬質皮膜20を形成する。硬質皮膜20を形成する際、アーク電流の供給時間および電圧印加時間を調整することによって、硬質皮膜20の厚さを6μm以上にする。
【0046】
硬質皮膜20を成膜する方法は、上述したアークイオンプレーティング法に限定されず、例えばスパッタリング法であってもよい。スパッタリング法により硬質皮膜20を成膜する場合には、前述したターゲットをそれぞれスパッタ電源(図示せず)に接続すればよい。そして、チャンバー31内をスパッタリング用の所定の成膜圧力に調整し、所定の電力を投入してターゲットを蒸発させることにより、上述したアークイオンプレーティング法と同様に硬質皮膜20を成膜することができる。
【0047】
このように、本発明の硬質皮膜が基材の表面に形成されることにより、土砂摩耗による基材の表面の損傷等を顕著に抑制することができる。特に、本発明の硬質皮膜によると、6μm以上、好ましくは6.7μm以上の厚ささえあれば、従来技術において耐土砂摩耗目的として施されていた皮膜よりも顕著に優れた耐土砂摩耗性を発揮する。そのため、本発明の硬質皮膜は、例えば樹脂混錬機部品(ロータ、ケーシング等)、ゴム混錬機部品(ロータ、ケーシング等)、水中ポンプおよびサンドポンプ部品(インペラ、羽根、ケーシング等)、水車部品(ランナ、バケット、ライナー、ガイドベーン、ニードル、ノズル等)、油圧ショベル等の建設機械部品(バケット、走行体部品等)等の比較的サイズが大きく、かつ耐土砂摩耗性を必要とする領域が広範囲にわたる部材に適用される場合、成膜時間およびコスト面での負担等を減少できるため有益である。
【実施例】
【0048】
以下に、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例により何ら限定されるものではない。
【0049】
実施例では、実際の硬質皮膜被覆部材の製造に模して硬質皮膜被覆試験片を作製し、当該硬質皮膜被覆試験片の耐土砂摩耗性を評価した。
【0050】
<硬質皮膜の形成>
後の表1に示す試験片No.1~11における各硬質皮膜を、
図2に示す構成を備えた成膜装置(株式会社神戸製鋼所製、AIPSS002およびAIPocket)を用いて、上述した実施形態にて説明したアークイオンプレーティング法により基材上に形成した。
【0051】
基材としては、25mm×75mm×8mm(厚さ)の平板形状に加工されたクロムモリブデン鋼片(SCM440、バフ研磨仕上げ)を用いた。
【0052】
ターゲットとしては、試験片No.1~11における各硬質皮膜の窒素を除く成分組成と同じ原子比を有するAlCrターゲット(ターゲット径100mmφ)、AlCrTiターゲット(ターゲット径100mmφ)、AlCrTiSiターゲット(ターゲット径100mmφ)、Crターゲット(ターゲット径100mmφ)、またはAlTiターゲット(ターゲット径100mmφ)を用いた。
【0053】
基材(SCM440)を成膜装置のチャンバー内に導入してステージ上に設置すると共に、各試験片No.1~11に対応するターゲットをアーク電源の負バイアス側に接続された蒸発源にセットした。そして、チャンバー内に窒素ガスを導入して当該チャンバー内の圧力を4Paとした。また、ヒータを作動させてチャンバー内の温度を約400℃とした。その後、150Aのアーク電流を流すことによりターゲットを蒸発させ、基材(SCM440)の表面上に各試験片No.1~11に対応する成分組成からなる硬質皮膜を形成した。成膜中、ステージから基材(SCM440)に印加されるバイアス電圧(直流電圧)は膜種に応じて-30V~-65Vとした。なお、各試験片No.1~11に対応する硬質皮膜の厚さは成膜時間により調整し、成膜後、カロテスタ(ナノテック(株)製、Auto Crater)または走査型電子顕微鏡(日本電子(株)製、JSM6010)による皮膜断面測定によって実績値を測定した。具体的には、皮膜の厚さが10μm未満の場合にカロテスタを使用し、皮膜の厚さが10μm以上の場合に電子顕微鏡を使用した。このような方法により、SCM440を基材とした試験片No.1~11の硬質皮膜被覆試験片を作製した。
【0054】
試験片No.12は、基材(SCM440)上に硬質皮膜を形成していない試験片である。試験片No.13~15は、いずれも基材として炭素鋼であるS25Cが用いられており、基材(S25C)上にCrめっきが施されている硬質皮膜被覆試験片である。具体的には、それぞれ、西森鍍金工業(株)製Crメッキ、トクシュ技研(株)製Crメッキ、または(株)姫路鍍金工業所製Crメッキが皮膜として施されている硬質皮膜被覆試験片である。試験片No.16は、基材(S25C)上にタングステンカーバイド(WC)溶射((株)トーカロ製)皮膜が形成された硬質皮膜被覆試験片である。これらの基材(S25C)のサイズおよび形状はいずれも前述した試験片No.1~11の基材(SCM440)と同じにした。各試験片No.13~16における硬質皮膜の厚さは、いずれも300μmになるように施されている。
【0055】
<耐土砂摩耗性の評価>
作製したそれぞれの硬質皮膜被覆試験片について、ASTM G65規格に準拠した土砂摩耗試験機((株)神戸製鋼所製「アブレージョン摩耗試験機」)を用いて、以下の条件での硬質皮膜被覆試験片の30分間における土砂摩耗質量減少量(g)を測定した。さらに、10分から30分までの質量減少量から、土砂摩耗質量減少速度(g/分)を算出した。土砂摩耗質量減少量がより少なく、または土砂摩耗質量減少速度がより遅ければ、耐土砂摩耗性により優れる。測定および算出結果は、下記表1に、各試験片の硬質皮膜の成分組成、測定された皮膜の厚さおよび基材の種類、ならびに30分後における各硬質皮膜被覆試験片の皮膜の状態と共にまとめて示す。
【0056】
測定条件
硬質皮膜被覆試験片の基材寸法:25mm×75mm×8mm(厚さ)の平板形状
ディスク寸法:幅12.7mm×Φ220mm
試験力:127.5N(13kgf)
試験砂:6号珪砂、流量350g/分
ホイール回転数:200rpm
試験時間:30分間
【0057】
【0058】
<考察>
上記表1に示す通り、硬質皮膜の成分組成および皮膜の厚さが本発明の条件を満たす試験片No.1~No.8は、30分間における土砂摩耗質量減少量がわずかであり、土砂摩耗質量減少速度も遅く、耐土砂摩耗性に優れていた。特に、AlおよびCrのみの窒化物の成分組成からなる試験片No.1~No.6の硬質皮膜は、試験片No.7およびNo.8の他の元素も含む成分組成の硬質皮膜と比べて、耐土砂摩耗性により優れる傾向を有していた。
【0059】
これに対して、硬質皮膜の成分組成は本発明の条件を満たすが、皮膜の厚さが5.0μmの試験片No.9では、皮膜の厚さが6.7μmである試験片No.1と比較して、30分間における土砂摩耗質量減少量が極端に増加し、土砂摩耗質量減少速度も極端に速くなっていた。すなわち、耐土砂摩耗性が極端に劣っていた。なお、試験片No.9の30分後における皮膜の状態は、全面において基材が露出していた。
【0060】
試験片No.10の硬質皮膜の成分組成はCrの窒化物であり、試験片No.11の硬質皮膜の成分組成はAl0.67Ti0.33の窒化物であるため、これらの試験片は硬質皮膜の成分組成において本発明の条件を満たしていない。そのため、試験片No.10は、実施例の試験片と比べて、土砂摩耗質量減少量が極端に増加し、かつ土砂摩耗質量減少速度も極端に速くなっており、耐土砂摩耗性が極端に劣っていた。なお、試験片No.10の30分後における皮膜の状態は、全面において基材が露出していた。試験片No.11は、試験片No.10ほどではないが、30分後における皮膜の状態は大部分において基材が露出しており、実施例の試験片と比べて、耐土砂摩耗性に劣っていた。なお、硬さの観点からは、Al0.67Ti0.33の窒化物は、例えばAl0.7Cr0.3の窒化物とあまり差異はない。そのため、本発明の硬質皮膜は、硬さの要素だけでなく、AlおよびCrの組み合わせを主成分とする要素に耐土砂摩耗性の機能に好適な影響を及ぼすと推測される。
【0061】
試験片No.12には硬質皮膜が形成されていないため、測定された土砂摩耗質量減少量と土砂摩耗質量減少速度は、基材(SCM440)の摩耗質量減少量と摩耗質量減少速度である。
【0062】
試験片No.13~16は、耐土砂摩耗性を改善するための技術として現在広く利用されているめっきまたは溶射技術により作製された硬質皮膜被覆試験片である。試験片No.1~11とは基材の種類が異なるが、上述した条件での耐土砂摩耗性の評価方法によると、その土砂摩耗質量減少量および土砂摩耗質量減少速度の数値の比較に関しては、当該基材の相違は概ね考慮しなくてもよい。いずれの試験片も、実施例の試験片と比較して、皮膜の厚さが極端に大きいが、土砂摩耗質量減少量が極端に多く、土砂摩耗質量減少速度も極端に速く、耐土砂摩耗性は劣っていた。
【0063】
今回開示された実施形態および実施例は、全ての点で例示であって制限的なものではないと解されるべきである。本発明の範囲は、上記した説明ではなくて特許請求の範囲により示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0064】
1 耐土砂摩耗性硬質皮膜被覆部材
2 成膜装置
10 基材
11 表面
20 硬質皮膜
34 ステージ