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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-23
(45)【発行日】2023-01-31
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/12 20060101AFI20230124BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20230124BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20230124BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20230124BHJP
【FI】
C21D8/12 B
H01F1/147 175
C22C38/00 303U
C22C38/60
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018068171
(22)【出願日】2018-03-30
(65)【公開番号】P2019178378
(43)【公開日】2019-10-17
【審査請求日】2020-11-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】渥美 春彦
(72)【発明者】
【氏名】田中 一郎
(72)【発明者】
【氏名】片岡 隆史
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-057119(JP,A)
【文献】国際公開第2013/058239(WO,A1)
【文献】特開2013-064178(JP,A)
【文献】特開2012-207278(JP,A)
【文献】特開2009-235574(JP,A)
【文献】国際公開第2014/049770(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0306202(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12, 9/46
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、
質量%で、
C:0.020~0.100%、
Si:3.30~3.75%、
Mn:0.010~0.300%、
S及び/又はSe:合計で0.001~0.050%、
sol.Al:0.010~0.065%、
N:0.002~0.015%、
Sn:0~0.500%、
Cr:0~0.500%、
Cu:0~0.500%、
Bi:0~0.0100%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなるスラブに対して熱間圧延を実施して鋼板を製造する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後の前記鋼板に対して1又は複数回の冷間圧延を実施する冷間圧延工程と、
1又は複数回の前記冷間圧延のうち、最終の前記冷間圧延前の前記鋼板に対して焼鈍処理を実施する最終冷間圧延前焼鈍工程と、
冷間圧延工程後の前記鋼板を脱炭焼鈍温度まで加熱する昇温工程と、800~950℃の脱炭焼鈍温度で前記鋼板を保持して脱炭焼鈍を実施する脱炭工程とを含む、脱炭焼鈍工程と、
前記脱炭焼鈍工程後の前記鋼板の表面に焼鈍分離剤を塗布する焼鈍分離剤塗布工程と、
前記焼鈍分離剤が塗布された前記鋼板に対して仕上げ焼鈍を実施する仕上げ焼鈍工程とを備え、
前記脱炭焼鈍工程の前記昇温工程では、
500~600℃の温度域での昇温速度S1が350~1500℃/秒であり、
600~700℃の温度域での昇温速度S2が300~750℃/秒であり、
前記昇温速度S1及び前記昇温速度S2は式(1)を満たす、
方向性電磁鋼板の製造方法。
0.50≦S2/S1≦0.90 (1)
【請求項2】
請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記スラブの化学組成は、
Sn:0.005~0.500%、
Cr:0.010~0.500%、及び、
Cu:0.010~0.500%、
からなる群から選択される1種以上を含有する、
方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、
Bi:0.0010~0.0100%、
を含有する、
方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、質量%で、Siを0.5~7%程度含有し、結晶方位を{110}<001>方位(ゴス方位)に集積させた鋼板である。方向性電磁鋼板は、軟質磁性材料として、トランスやその他の電気機器の鉄心材料に利用されている。方向性電磁鋼板の結晶方位の制御には、二次再結晶と呼ばれるカタストロフィックな粒成長現象が利用される。
【0003】
方向性電磁鋼板の製造方法は次のとおりである。スラブを加熱して熱間圧延を実施して、熱延鋼板を製造する。熱延鋼板を必要に応じて焼鈍する。熱延鋼板を必要に応じて酸洗する。酸洗後の熱延鋼板に対して、80%以上の冷延率で冷間圧延を実施して、冷延鋼板を製造する。冷延鋼板に対して脱炭焼鈍を実施して、一次再結晶を発現する。脱炭焼鈍後の冷延鋼板に対して仕上げ焼鈍を実施して、二次再結晶を発現する。以上の工程により、方向性電磁鋼板が製造される。
【0004】
方向性電磁鋼板には、磁気特性が求められ、特に、優れた励磁特性及び鉄損特性が求められる。方向性電磁鋼板の励磁特性を示す指標として、たとえば、磁場の強さが800A/mにおける磁束密度であるB8が利用されている。また、方向性電磁鋼板の鉄損特性を示す指標として、たとえば、50Hzで1.7Tまで磁化させたときの単位質量あたりの鉄損であるW17/50が利用されている。
【0005】
近年、方向性電磁鋼板の鉄損特性のさらなる改善への要求が高まっている。方向性電磁鋼板のさらなる低鉄損化により、発電機及び変圧器の効率が高まるからである。
【0006】
鉄損は、履歴損と渦電流損とからなる。履歴損は、方向性電磁鋼板の純度、内部ひずみ、結晶方位等に影響される。渦電流損は方向性電磁鋼板の電気抵抗、板厚、結晶粒度、磁区の大きさ、鋼板の表面に形成される被膜の張力等に影響される。
【0007】
Si含有量を高めれば、鋼板の電気抵抗が高まるために、渦電流損が低減する。そのため、低鉄損化のためにSi含有量を高めることは有効と考えられる。しかしながら、Si含有量を高めた場合、Si含有量に応じた所望の鉄損特性が得られない場合がある。
【0008】
Si含有量を高めた方向性電磁鋼板での鉄損特性を改善する技術が、特開2001-192733号公報(特許文献1)及び特開平5-345921号公報(特許文献2)に提案されている。
【0009】
特許文献1に開示された一方向性電磁鋼板の製造方法では、質量%で、Si:3.0~3.8%、Mn:0.03~0.45%、S、Se:単独又は複合で0.15%以下、酸可溶性Al:0.015~0.035%、及び、N:0.0035~0.012%を含有する電磁鋼スラブを、1250℃以下の温度に加熱した後熱間圧延し、熱延板焼鈍を行い、冷間圧延により最終板厚とし、次いで、脱炭焼鈍、窒化処理、仕上げ焼鈍をする。そして、熱延板の板厚をtA(mm)、最終冷間圧延板の板厚をtC(mm)とするとき、tA/tCを、Si含有量(Si(%))に応じて、3.57-0.43×Si(%)≦ln(tA/tC)≦4.58-0.64×Si(%)の範囲内に制御する。特許文献1では、冷延率(tA/tC)を上記式の範囲内で調整することにより、一次再結晶におけるゴス方位を効果的に増加させることにより、二次再結晶においてゴス方位集積度を高めることができ、その結果、Si含有量に応じた鉄損特性を得ることができる、と記載されている。
【0010】
特許文献2に開示された一方向性電磁鋼板の製造方法では、質量%で、C:0.090%以下、Si:2.5~4.5%、Mn:0.03~0.15%、S:0.010~0.050%、酸可溶性Al:0.010~0.050%、N:0.0045~0.012%、Sn:0.03~0.5%、Cu:0.02~0.3%、Ni:0.05~1.0%を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなる電磁鋼スラブを1250℃以上に加熱した後熱延し、析出焼鈍をし、最終冷延率80%以上の冷延と脱炭焼鈍、仕上焼鈍を施す。特許文献2では、Si含有量が高い方向性電磁鋼板の化学組成にさらに、Niを含有することにより、磁気特性(磁束密度及び鉄損)が高まる、と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2001-192733号公報
【文献】特開平5-345921号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ところで、方向性電磁鋼板の製造工程において、仕上げ焼鈍工程前に、酸化マグネシウム(MgO)を含有する焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布し、仕上げ焼鈍工程においてフォルステライト(MgSiO)を主成分とする一次被膜を形成する。さらに、一次被膜上に絶縁被膜を形成する。一次被膜は、鋼板に張力を付与して鉄損を低下させたり、絶縁性を高めたりする。一次被膜はさらに、一次被膜上に形成される絶縁被膜の鋼板に対する密着性を確保する役割を果たす。以下、絶縁被膜の鋼板に対する密着性を「被膜密着性」という。
【0013】
しかしながら、上記特許文献1及び特許文献2の方法によりSi含有量が3.30%以上の方向性電磁鋼板を製造した場合、優れた磁気特性及び優れた被膜密着性の両立が十分に得られない場合がある。
【0014】
本開示の目的は、Si含有量が3.30%以上であっても、優れた磁気特性及び優れた被膜密着性の両立が可能な方向性電磁鋼板の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本開示による方向性電磁鋼板の製造方法は、熱間圧延工程と、冷間圧延工程と、最終冷間圧延前焼鈍工程と、脱炭焼鈍工程と、焼鈍分離剤塗布工程と、仕上げ焼鈍工程とを備える。
熱間圧延工程では、化学組成が質量%で、C:0.020~0.100%、Si:3.30~3.75%、Mn:0.010~0.300%、S及び/又はSe:合計で0.001~0.050%、sol.Al:0.010~0.065%、N:0.002~0.015%、Sn:0~0.500%、Cr:0~0.500%、Cu:0~0.500%、Bi:0~0.0100%、及び、残部:Fe及び不純物、からなるスラブに対して熱間圧延を実施して鋼板を製造する。
冷間圧延工程では、熱間圧延工程後の鋼板に対して1又は複数回の冷間圧延を実施する。
最終冷間圧延前焼鈍工程では、1又は複数回の冷間圧延のうち、最終の冷間圧延前の鋼板に対して焼鈍処理を実施する。
脱炭焼鈍工程は、昇温工程と、脱炭工程とを含む。昇温工程では、冷間圧延工程後の鋼板を脱炭焼鈍温度まで加熱する。昇温工程では、500~600℃の温度域での昇温速度S1が300~1500℃/秒であり、600~700℃の温度域での昇温速度S2が300~750℃/秒であり、昇温速度S1及び前記昇温速度S2は式(1)を満たす。
0.50≦S2/S1≦0.90 (1)
脱炭工程では、800~950℃の脱炭焼鈍温度で前記鋼板を保持して脱炭焼鈍を実施する。
焼鈍分離剤塗布工程では、脱炭焼鈍工程後の鋼板の表面に焼鈍分離剤を塗布する。
仕上げ焼鈍工程では、焼鈍分離剤が塗布された鋼板に対して仕上げ焼鈍を実施する。
【発明の効果】
【0016】
本開示による方向性電磁鋼板の製造方法は、Si含有量が3.30%以上であっても、優れた磁気特性及び優れた被膜密着性の両立が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本実施形態による方向性電磁鋼板の製造方法の製造工程を示すフロー図である。
図2図2は、図1中の脱炭焼鈍工程でのヒートパターンを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、Si含有量が3.30%以上の方向性電磁鋼板において、磁気特性及び被膜密着性が低くなる場合がある理由について調査及び検討を行った。その結果、本発明者らは次の知見を得た。
【0019】
Si含有量が高まると、一次再結晶組織が劣化して、仕上げ焼鈍工程において、二次再結晶が不安定化する場合がある。この場合、ゴス方位への集積度が低下して、磁気特性が低下する。
【0020】
一次再結晶組織が劣化する理由として、次の理由が考えられる。Si含有量が高まれば、組織中のフェライト比率が増大する。この場合、熱間圧延時において鋼板中心部で圧延安定方位であるαファイバー方位群が発達する。ここで、αファイバー方位群とは、結晶の<110>軸が圧延方向に沿った結晶粒群を意味する。熱間圧延工程で生成したαファイバー方位群は、冷間圧延工程後の鋼板にも残存する。このαファイバー方位群が一次再結晶組織を劣化して、その結果、仕上げ焼鈍工程での二次再結晶時において、ゴス方位の選択成長性を抑える。その結果、ゴス方位への集積度が低下して、磁気特性が低下すると考えられる。
【0021】
そこで、本発明者らは、Si含有量が3.30%以上と高い場合において、優れた磁気特性が得られる方法について検討を行った。その結果、次の知見を得た。
【0022】
方向性電磁鋼板の製造工程中の、脱炭焼鈍工程において、脱炭焼鈍温度までの昇温速度を従来の昇温速度よりも速くする。この場合、一次再結晶組織が改善され、方向性電磁鋼板のゴス方位の集積度が高まり、磁気特性が高まる。
【0023】
この理由は定かではないが、次の理由が考えられる。昇温速度を速くすることにより、一次再結晶において、αファイバー方位群からの再結晶(一次再結晶)の形態が変化して、αファイバー方位群からゴス方位の選択成長性を高めるΣ9対応方位({411}<148>)等の再結晶方位粒が増加する。Σ9対応方位粒は、ゴス方位粒の選択成長性を高める。そのため、二次再結晶においてゴス方位の集積度が高まり、優れた磁気特性が得られると考えられる。上述の磁気特性の向上は特に、500℃以上での昇温速度を従来以上の昇温速度である300℃/秒以上とした場合に効果的である。
【0024】
以上のとおり、脱炭焼鈍工程の脱炭焼鈍温度までの昇温工程において、500℃以上の昇温速度を速くすれば、優れた磁気特性が得られる。しかしながら、昇温速度を速くしたまま脱炭焼鈍温度まで高めれば、方向性電磁鋼板の絶縁被膜の鋼板に対する密着性(以下、被膜密着性という)が低下することが新たに判明した。
【0025】
そこで、本発明者らはさらに、被膜密着性が低下する理由を検討した。その結果、次の知見を得た。
【0026】
脱炭焼鈍工程により形成された酸化膜は、仕上げ焼鈍工程において、鋼板表面に塗布された焼鈍分離剤と反応して、フォルステライト(MgSiO)を主成分とする一次被膜を形成する。一次被膜は、仕上げ焼鈍工程後に一次被膜上に形成される絶縁被膜の、鋼板に対する密着性(被膜密着性)を高める役割を有する。一次被膜と地鉄(鋼板)との界面構造が複雑であるほど、良好な被膜密着性が得られる。しかしながら、脱炭焼鈍工程中の昇温工程において、昇温速度を速くすれば、鋼板表面に形成される酸化膜と地鉄との界面が平滑化し、複雑でなくなる。その結果、被膜密着性が低下する可能性がある。
【0027】
以上の検討結果を踏まえて、本発明者らはさらに、Si含有量が3.30%以上と高くても、優れた磁気特性及び優れた被膜密着性の両立が可能な方向性電磁鋼板の製造方法を検討した。
【0028】
上述のとおり、一次再結晶組織の改善は、500℃以上の温度域において昇温速度を速くすることが特に有効である。一方、鋼板表層の酸化は500~700℃で顕著になる。そこで、本発明者らは、500~700℃での昇温速度を精緻に制御することで、一次再結晶組織の改善と酸化膜構造の複雑化との両立を試みた。その結果、500~600℃の温度域では昇温速度を速くすることにより一次再結晶組織を改善し、600~700℃の温度域では500~600℃の場合よりも昇温速度を遅くすることにより、酸化膜構造の複雑化が実現出来ると考えた。
【0029】
以上の検討に基づいて、本発明者らは、500~600℃の温度域での昇温速度S1と、600~700℃の温度域での昇温速度S2の最適な速度を検討した。その結果、化学組成が質量%で、C:0.020~0.100%、Si:3.30~3.75%、Mn:0.010~0.300%、S及び/又はSe:合計で0.001~0.050%、sol.Al:0.010~0.065%、N:0.002~0.015%、Sn:0~0.500%、Cr:0~0.500%、Cu:0~0.500%、Bi:0~0.0100%、及び、残部:Fe及び不純物、からなるスラブを用いて方向性電磁鋼板を製造する場合において、脱炭焼鈍工程の昇温工程での500~600℃の昇温速度S1を300~1500℃/秒とし、600~700℃の昇温速度S2を300~750℃/秒とし、さらに、昇温速度S1及びS2が次の式(1)を満たせば、Si含有量を3.30%以上と高くしても、優れた磁気特性と優れた被膜密着性を両立させることができることを知見した。
0.50≦S2/S1≦0.90 (1)
【0030】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による方向性電磁鋼板の製造方法は、熱間圧延工程と、冷間圧延工程と、最終冷間圧延前焼鈍工程と、脱炭焼鈍工程と、焼鈍分離剤塗布工程と、仕上げ焼鈍工程とを備える。
熱間圧延工程では、化学組成が質量%で、C:0.020~0.100%、Si:3.30~3.75%、Mn:0.010~0.300%、S及び/又はSe:合計で0.001~0.050%、sol.Al:0.010~0.065%、N:0.002~0.015%、Sn:0~0.500%、Cr:0~0.500%、Cu:0~0.500%、Bi:0~0.0100%、及び、残部:Fe及び不純物、からなるスラブに対して熱間圧延を実施して鋼板を製造する。
冷間圧延工程では、熱間圧延工程後の鋼板に対して1又は複数回の冷間圧延を実施する。
最終冷間圧延前焼鈍工程では、1又は複数回の冷間圧延のうち、最終の冷間圧延前の鋼板に対して焼鈍処理を実施する。
脱炭焼鈍工程は、昇温工程と、脱炭工程とを含む。昇温工程では、冷間圧延工程後の鋼板を脱炭焼鈍温度まで加熱する。昇温工程では、500~600℃の温度域での昇温速度S1が300~1500℃/秒であり、600~700℃の温度域での昇温速度S2が300~750℃/秒であり、昇温速度S1及び昇温速度S2は式(1)を満たす。
0.50≦S2/S1≦0.90 (1)
脱炭工程では、800~950℃の脱炭焼鈍温度で鋼板を保持して脱炭焼鈍を実施する。
焼鈍分離剤塗布工程では、脱炭焼鈍工程後の鋼板の表面に焼鈍分離剤を塗布する。
仕上げ焼鈍工程では、焼鈍分離剤が塗布された鋼板に対して仕上げ焼鈍を実施する。
【0031】
上記スラブの化学組成は、Sn:0.005~0.500%、Cr:0.010~0.500%、及び、Cu:0.010~0.500%、からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。また、上記スラブの化学組成は、Bi:0.0010~0.0100%を含有してもよい。
【0032】
以下、本実施形態による方向性電磁鋼板の製造方法について詳述する。なお、本明細書において、元素の含有量に関する%は、特に断りのない限り、質量%を意味する。
【0033】
[製造工程フロー]
図1は、本実施形態による方向性電磁鋼板の製造方法のフロー図である。図1を参照して、本製造方法は、スラブに対して熱間圧延を実施する熱間圧延工程(S1)と、熱間圧延工程後の鋼板(熱延鋼板)に対して1又は複数回の冷間圧延(S20)を実施する冷間圧延工程(S2)と、1又は複数回の冷間圧延のうち、最終の冷間圧延前の鋼板に対して焼鈍処理を実施する最終冷間圧延前焼鈍工程(S3)と、冷間圧延工程後の鋼板(冷延鋼板)に対して脱炭焼鈍を実施する脱炭焼鈍工程(S4)と、脱炭焼鈍工程後の鋼板の表面に焼鈍分離剤を塗布する焼鈍分離剤塗布工程(S5)と、焼鈍分離剤が塗布された鋼板に対して仕上げ焼鈍を実施する仕上げ焼鈍工程(S6)とを含む。以下、各工程S1~S6について説明する。
【0034】
[熱間圧延工程(S1)]
熱間圧延工程(S1)は、準備されたスラブに対して熱間圧延を実施して熱延鋼板を製造する。スラブの化学組成は、次の元素を含有する。
【0035】
[スラブの化学組成中の必須元素]
C:0.020~0.100%
炭素(C)は、製造工程中における脱炭焼鈍工程完了までの組織制御に有効である。しかしながら、C含有量が0.020%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、C含有量が0.100%を超えれば、後述の脱炭焼鈍工程を実施しても、脱炭が不十分となり、磁気時効が起こってしまう。この場合、十分な鉄損特性が得られない。したがって、C含有量は0.020~0.100%である。C含有量の好ましい下限は0.030%であり、さらに好ましくは0.040%である。C含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0036】
Si:3.30~3.75%
シリコン(Si)は、方向性電磁鋼板の電気抵抗を高めて、鉄損のうちの渦電流損を低減する。Si含有量が3.30%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が3.75%を超えれば、鋼の冷間加工性が低下する。したがって、Si含有量は3.30~3.75%である。Si含有量の好ましい下限は3.35%であり、さらに好ましくは3.40%である。Si含有量の好ましい上限は3.70%であり、さらに好ましくは3.60%である。
【0037】
Mn:0.010~0.300%
マンガン(Mn)は、方向性電磁鋼板の比抵抗を高めて鉄損を低減する。Mnはさらに、熱間加工性を高めて、熱間圧延における割れの発生を抑制する。Mnはさらに、最終冷間圧延前焼鈍工程において、S及び/又はSeと結合して微細なMnS及び/又は微細MnSeを形成する。微細MnS及び微細MnSeは、インヒビターとして活用される微細AlNの析出核となる。そのため、最終冷間圧延前焼鈍工程において、微細MnS及び微細MnSeの析出量が多ければ、十分な量の微細AlNが得られる。Mn含有量が0.010%未満であれば、十分な量の微細MnS及び微細MnSeが析出しない。一方、Mn含有量が0.300%を超えれば、方向性電磁鋼板の磁束密度が低下する。したがって、Mn含有量は0.010~0.300%である。Mn含有量の好ましい下限は0.020%であり、さらに好ましくは0.030%である。Mn含有量の好ましい上限は0.200%であり、さらに好ましくは0.150%である。
【0038】
S及び/又はSe:合計で0.001~0.050%
硫黄(S)及びセレン(Se)は、製造工程中において、Mnと結合して、上述の微細MnS及び/又は微細MnSeを形成する。微細MnS及び微細MnSeは、インヒビターとして活用される微細AlNの析出核となる。そのため、最終冷間圧延前焼鈍工程において、微細MnS及び微細MnSeの析出量が多ければ、十分な量の微細AlNが得られる。S及び/又はSeの合計含有量が0.001%未満であれば、十分な量の微細MnS及び微細MnSeが得られない。一方、S及び/又はSeの合計含有量が0.050%を超えれば、仕上げ焼鈍工程後の鋼板中においてもMnS及び/又はMnSeが残存する場合がある。この場合、磁気特性が低下する。したがって、S及び/又はSeの合計含有量は0.001~0.050%である。S及び/又はSeの合計含有量の好ましい下限は0.005%である。S及び/又はSeの合計含有量の好ましい上限は0.040%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0039】
sol.Al:0.010~0.065%
アルミニウム(Al)は、方向性電磁鋼板の製造工程中において、Nと結合してAlNを形成し、インヒビターとして機能する。sol.Al含有量が0.010%未満であれば、インヒビターとして機能する十分な量のAlNが得られない。一方、sol.Al含有量が0.065%を超えれば、AlNが粗大化して、インヒビター強度が低下する。したがって、sol.Al含有量は0.010~0.065%である。sol.Al含有量の好ましい下限は0.015%であり、さらに好ましくは0.020%である。sol.Al含有量の好ましい上限は0.055%であり、さらに好ましくは0.045%である。なお、本明細書において、sol.Alは酸可溶Alを意味する。したがって、sol.Al含有量は、酸可溶Alの含有量である。
【0040】
N:0.002~0.015%
窒素(N)は、方向性電磁鋼板の製造工程中において、Alと結合してAlNを形成し、インヒビターとして機能する。N含有量を0.002%未満とするためには、製鋼工程において過度の精錬を必要とし、この場合、製造コストが高くなる。したがって、N含有量の下限は0.002%である。一方、鋼材中のN含有量が0.015%を超えれば、冷間圧延時に鋼板にブリスタ(空孔)が多数生成しやすくなる。したがって、N含有量は0.002~0.015%である。N含有量の好ましい下限は0.004%であり、さらに好ましくは0.006%である。N含有量の好ましい上限は0.012%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
【0041】
本実施形態によるスラブの化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、方向性電磁鋼板の素材であるスラブを工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は、製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の製造方法により製造される方向性電磁鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0042】
[スラブの化学組成中の任意元素]
上述のスラブの化学組成は、Feの一部に代えて、Sn、Cr及びCuからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
【0043】
Sn:0~0.500%
すず(Sn)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Sn含有量は0%であってもよい。含有される場合、Snは、脱炭焼鈍工程時に生成される酸化層の性質を向上し、仕上げ焼鈍工程時に、この酸化層を用いて生成する一次被膜の性質も向上する。さらに、Snは、酸化層及び一次被膜の形成の安定化を実現することにより、方向性電磁鋼板の磁気特性を向上し、磁気特性のばらつきを抑制する。Snはさらに、粒界偏析元素であり、二次再結晶を安定化する。しかしながら、Sn含有量が0.500%を超えれば、鋼板の表面が酸化されにくくなり、一次被膜の形成が不十分になる場合がある。したがって、Sn含有量は0~0.500%である。Sn含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Sn含有量の好ましい上限は0.300%であり、さらに好ましくは0.200%である。
【0044】
Cr:0~0.500%
クロム(Cr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cr含有量は0%であってもよい。含有される場合、Crは脱炭焼鈍工程時に生成される酸化層の性質を向上し、仕上げ焼鈍工程時に、この酸化層を用いて生成する一次被膜の性質も向上する。さらに、Crは、酸化層及び一次被膜の形成の安定化を実現することにより、方向性電磁鋼板の磁気特性を向上し、磁気特性のばらつきを抑制する。しかしながら、Cr含有量が0.500%を超えれば、一次被膜の形成が不安定になる場合がある。したがって、Cr含有量は0~0.500%である。Cr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Cr含有量の好ましい上限は0.200%であり、さらに好ましくは0.150%である。
【0045】
Cu:0~0.500%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、Cuは、AlNの生成核となる微細MnSの析出を促進する。しかしながら、Cu含有量が高すぎれば、CuS析出物が析出し、CuS析出物が仕上げ焼鈍後にも残存する場合が生じる。鋼中にCuS析出物が残存していれば、方向性電磁鋼板の磁気特性が低下する。したがって、Cu含有量は0~0.500%である。Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.050%である。Cu含有量の好ましい上限は0.400%であり、さらに好ましくは0.300%である。
【0046】
上述のスラブの化学組成は、Feの一部に代えて、Biを含有してもよい。
Bi:0~0.0100%
ビスマス(Bi)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Bi含有量は0%であってもよい。含有される場合、Biは硫化物等の析出物を安定化してインヒビターとしての機能を強化する。しかしながら、Bi含有量が高すぎれば、一次被膜が安定して形成できなくなる場合がある。したがって、Bi含有量は0~0.0100%である。Bi含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%である。Bi含有量の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0060%である。
【0047】
[上記化学組成を有するスラブの製造方法]
以上の化学組成を有するスラブの製造方法の一例は次のとおりである。上記化学組成を有する溶鋼を製造(溶製)する。溶鋼を用いて、連続鋳造法により、スラブを製造する。
【0048】
[上記スラブを用いた熱間圧延工程(S1)]
準備された上記化学組成を有するスラブに対して、熱間圧延機を用いて熱間圧延を実施して鋼板(熱延鋼板)を製造する。初めに、スラブを加熱する。たとえば、スラブを周知の加熱炉又は周知の均熱炉に装入して、加熱する。スラブの好ましい加熱温度は1300~1400℃であり、さらに好ましくは、1320~1380℃である。
【0049】
加熱されたスラブに対して、熱間圧延機を用いた熱間圧延を実施して、鋼板(熱延鋼板)を製造する。熱間圧延機は、粗圧延機と、粗圧延機の下流に配置された仕上げ圧延機とを備える。粗圧延機は、1つ、又は一列に並んだ複数の粗圧延スタンドを備える。各粗圧延スタンドは、上下に配置された複数のロールを含む。粗圧延機は、リバース式の圧延機であってもよいし、タンデム式の圧延機であってもよい。仕上げ圧延機も同様に、1つ、又は一列に並んだ複数の仕上げ圧延スタンドを備える。各仕上げ圧延スタンドは、上下に配置される複数のロールを含む。仕上げ圧延機は、リバース式の圧延機であってもよいし、タンデム式の圧延機であってもよい。加熱されたスラブを粗圧延機により圧延した後、さらに、仕上げ圧延機により圧延して、熱延鋼板を製造する。
【0050】
熱間圧延により製造される熱延鋼板の厚さは特に限定されず、公知の厚さとすることができる。熱間圧延工程における仕上げ温度(仕上げ圧延機において最後に鋼板を圧下する仕上げ圧延スタンドの出側での鋼板温度)は、たとえば900~1100℃である。仕上げ温度は、最終の圧下を行う仕上げ圧延スタンド出側に配置された測温計により得られる、鋼板の表面温度(℃)である。以上の圧延工程により、鋼板を製造する。
【0051】
[冷間圧延工程(S2)]
冷間圧延工程(S2)では、製造された鋼板に対して、1又は複数回の冷間圧延を実施する。冷間圧延は、冷間圧延機を用いて実施する。冷間圧延機は、1つ、又は、一列に配列された複数の冷間圧延スタンドを備える。各冷間圧延スタンドは、複数の冷間圧延ロールを含む。冷間圧延機は、リバース式の圧延機であってもよいし、タンデム式の圧延機であってもよい。
【0052】
図1に示すとおり、冷間圧延工程において、冷間圧延は1回の冷間圧延(S20)のみ実施してもよいし、複数回の冷間圧延(S20)を実施してもよい。冷間圧延を複数回実施する場合、上記の冷間圧延機を用いて冷間圧延を実施した後、鋼板の軟化を目的とした中間焼鈍処理を実施してもよい。この場合、中間焼鈍処理後、次の冷間圧延を実施する。つまり、冷間圧延の間に、中間焼鈍処理を実施してもよい。
【0053】
本明細書において、「1回の冷間圧延を実施する」とは、リバース式の圧延機を用いて1回以上の往復を含む複数回の圧延で所望の最終板厚の冷延鋼板にする、又は、タンデム式の圧延機を用いて、一列に配列された冷間圧延スタンドの先頭の圧延スタンドから末尾の圧延スタンドまで鋼板を通過させて所望の最終板厚の冷延鋼板に圧延することを意味する。なお、冷間圧延を実施した後、中間焼鈍を実施し、さらに冷間圧延を実施した場合、「2回の冷間圧延を実施する」に相当する。つまり、「1回の冷延圧延を実施する」場合、中間焼鈍を途中で挟まずに複数回の圧延を実施する。
【0054】
冷間圧延と次の冷間圧延との間に実施する中間焼鈍処理の条件は、公知の条件で足りる。中間焼鈍処理での焼鈍温度はたとえば900~1200℃であり、焼鈍温度での保持時間は30~180秒である。中間焼鈍処理により、前段の冷間圧延にて鋼板に導入された歪みを低減した(鋼板を軟化した)後、次段の冷間圧延を実施する。
【0055】
なお、途中で中間焼鈍工程を実施することなく、複数回の冷間圧延を実施する場合、製造された方向性電磁鋼板において、均一な特性が得られにくい場合がある。一方、複数回の冷間圧延を実施し、かつ、各冷間圧延の間に中間焼鈍処理を実施する場合、製造された方向性電磁鋼板において、磁束密度が低くなる場合がある。したがって、冷間圧延の回数、及び、中間焼鈍処理の有無は、最終的に製造される方向性電磁鋼板に要求される特性及び製造コストに応じて決定される。
【0056】
なお、冷間圧延工程では、上述のとおり、1回の冷間圧延のみを実施してもよい。
【0057】
1回又は複数回の冷間圧延における、好ましい累計の冷延率は80~95%である。ここで、累計の冷延率(%)は次のとおり定義される。
冷延率(%)=100-最終の冷間圧延後の冷延鋼板の板厚/最初の冷間圧延開始前の鋼板の板厚×100
【0058】
なお、冷間圧延工程において、1回の冷間圧延のみを実施する場合、上記冷延率は、1回のみの冷間圧延での冷延率である。冷間圧延工程により製造された鋼板は、コイル状に巻き取られる。
【0059】
[最終冷間圧延前焼鈍工程(S3)]
最終冷間圧延前焼鈍工程(S3)では、冷間圧延工程(S2)における1又は複数回の冷間圧延(S20)のうち、最終の冷間圧延(S20)前の鋼板に対して、最終冷間圧延前焼鈍処理を実施する。最終冷間圧延前焼鈍処理の条件は、上述の中間焼鈍処理での条件と同じである。最終冷間圧延前焼鈍工程での焼鈍温度はたとえば900~1200℃であり、焼鈍温度での保持時間は30~180秒である。
【0060】
[脱炭焼鈍工程(S4)]
脱炭焼鈍工程(S4)では、冷間圧延工程(S2)後の鋼板(冷延鋼板)に対して、脱炭焼鈍を実施して一次再結晶を発現させる。
【0061】
図2は、脱炭焼鈍工程(S4)でのヒートパターンを示す模式図である。図2を参照して、脱炭焼鈍工程(S4)は、昇温工程(S41)と、脱炭工程(S42)と、冷却工程(S43)とを含む。昇温工程(S41)では、鋼板を脱炭焼鈍温度Taまで加熱する。脱炭工程(S42)では、脱炭焼鈍温度Taまで加熱された鋼板に対して脱炭焼鈍を実施して、一次再結晶を発現させる。冷却工程(S43)では、脱炭工程(S42)後の鋼板を周知の方法で冷却する。
【0062】
本実施形態ではさらに、昇温工程(S41)において、500~600℃の温度域において昇温速度S1で昇温して一次再結晶組織を改善し、600℃~700℃で昇温速度をS1からS2へ遅くすることにより、600~700℃において酸化膜と地鉄との界面構造を複雑化して、被膜密着性を高める。以下、各工程の詳細を説明する。
【0063】
[昇温工程(S41)]
昇温工程(S41)では、初めに、冷間圧延工程後の鋼板を熱処理炉に装入する。本実施形態における脱炭焼鈍用の熱処理炉では、たとえば、高周波誘導加熱により、冷延鋼板を脱炭焼鈍温度まで昇温する。図2を参照して、昇温工程において、500~600℃の温度域での昇温速度をS1(℃/秒)と定義し、600~700℃の温度域での昇温速度をS2(℃/秒)と定義する。昇温工程では、昇温速度S1及びS2を次のとおり設定する。
【0064】
[500~600℃での昇温速度S1]
500~600℃の温度域の昇温速度S1を300~1500℃/秒とする。500~600℃の温度域で昇温速度を速めて急速加熱を実施することにより、一次再結晶組織が改善される。以下、これらの点を説明する。
【0065】
脱炭焼鈍工程の昇温工程において、500~600℃での昇温速度S1を300~1500℃/秒として、急速加熱を実施した場合、一次再結晶組織を改善することができ、二次再結晶において、ゴス方位への集積度を高めることができる。昇温速度S1が300℃/秒未満であれば、一次再結晶において、Σ9対応方位等の再結晶方位粒が十分に増加せず、その結果、二次再結晶においてゴス方位の集積度が十分に高くならない。一方、昇温速度S1が1500℃/秒を超えれば、600~700℃での昇温速度S2が300~750℃/秒であり、S2/S1が式(1)を満たしても、脱炭工程後の酸化膜と地鉄との界面が平滑化してしまい、界面構造が複雑でなくなる。そのため、良好な被膜密着性が得られない。500~600℃の温度域の昇温速度S1が300~1500℃/秒であれば、一次再結晶において、Σ9対応方位等の再結晶方位粒が十分に増加し、二次再結晶においてゴス方位の集積度が高くなる。さらに、600~700℃での昇温速度S2が300~750℃/秒であり、S2/S1が式(1)を満たせば、脱炭工程後の酸化膜と地鉄との界面構造が複雑化して被膜密着性が高まる。昇温速度S1の好ましい下限は350℃/秒であり、さらに好ましくは400℃/秒である。昇温速度S1の好ましい上限は1450℃/秒であり、さらに好ましくは1400℃/秒である。
【0066】
[600~700℃での昇温速度S2]
昇温速度S1で500~600℃までの昇温した後、600~700℃の温度域での昇温速度S2を300~750℃/秒とする。
【0067】
600~700℃の温度域では、主に、酸化膜と地鉄との界面構造を複雑化させる。上述のとおり、酸化膜は、フォルステライトを主成分とする一次被膜の生成に必要であり、一次被膜の鋼板に対する密着性を高める。そのため、一次被膜上に形成される絶縁被膜の鋼板に対する密着性(被膜密着性)も高める。
【0068】
昇温速度S2が300℃/秒未満であれば、たとえ昇温速度S1を高めたとしても、良好な磁気特性が得られない。これは前述した一次再結晶組織中のΣ9対応方位を有する結晶方位粒の量に関係すると考えられる。一方、昇温速度S2が750℃/秒を超えれば、酸化膜と地鉄との界面構造が平滑化する。この場合、仕上げ焼鈍工程において形成された一次被膜と地鉄との界面強度が低くなり、その結果、被膜密着性が低下すると考えられる。したがって、昇温速度S2を300~750℃/秒とする。昇温速度S2の好ましい下限は320℃/秒であり、さらに好ましくは340℃/秒である。昇温速度S2の好ましい上限は740℃/秒であり、さらに好ましくは720℃/秒である。
【0069】
[昇温速度S1とS2との関係]
昇温速度S1及びS2はさらに、次の式(1)を満たす。
0.50≦S2/S1≦0.90 (1)
【0070】
昇温速度S1に対する昇温速度S2の比は、形成される酸化膜の厚みや、酸化膜と地鉄との界面構造に影響を与えると考えられる。昇温速度S1が300~1500℃/秒の範囲内であり、かつ、昇温速度S2が300~750℃/秒の範囲内であっても、S2/S1が0.50未満であれば被膜密着性が劣化する。この原因は定かではないが、S2/S1が0.50未満になると、500~700℃間で外部酸化膜が形成されやすくなる。外部酸化膜は、鋼板のさらなる酸化を抑制し、その結果、脱炭焼鈍工程後の酸化膜が薄膜化してしまう。その結果、一次被膜の形成が不足して、被膜密着性が劣化すると考えられる。一方、昇温速度S1が300~1500℃/秒の範囲内であり、かつ、昇温速度S2が300~750℃/秒の範囲内であっても、S2/S1が0.90を超えれば被膜密着性が劣化する。この原因は次のとおりと考えられる。S2/S1が0.90を超えれば、酸化膜と地鉄との界面構造が平滑化してしまい、複雑でなくなる。そのため、仕上げ焼鈍工程において形成された一次被膜と地鉄との界面強度が低くなり、その結果、被膜密着性が低下すると考えられる。したがって、S2/S1は0.50~0.90である。S2/S1の好ましい下限は0.55であり、さらに好ましくは0.60である。S2/S1の好ましい上限は0.85であり、さらに好ましくは0.80である。
【0071】
[昇温工程における500~700℃以外の温度域での昇温速度について]
昇温工程における500~700℃以外の他の温度域(常温~500℃未満、及び、700℃超~脱炭焼鈍温度)での昇温速度は特に制限されない。たとえば、常温~500℃未満の範囲内で数秒程度の保持をしてもよい。これらの温度域の昇温速度はたとえば、300~1500℃/秒の範囲で適宜選択されればよい。
【0072】
なお、昇温工程中の雰囲気は、たとえば、酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)が0.1以下の乾燥窒素雰囲気である。好ましくは、昇温工程中の少なくとも500~700℃の温度域における雰囲気の酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)を0.001以下にする。
【0073】
昇温速度S1及び昇温速度S2は次の方法により測定する。熱処理炉内には、鋼板の表面温度を測定するための複数の測温計が設置されている。複数の測温計は、熱処理炉の上流から下流に向かって配列されている。測温計により測定された鋼板の温度と、鋼板温度が500~600℃に上昇するまでに掛かった時間とに基づいて、昇温速度S1を求める。また、測温計により測定された鋼板の温度と、鋼板温度が600~700℃に上昇するまでに掛かった時間とに基づいて、昇温速度S2を求める。
【0074】
[脱炭工程(S42)]
脱炭焼鈍工程(S4)における脱炭工程(S42)では、昇温工程(S41)後の鋼板を脱炭焼鈍温度Taで保持して、脱炭焼鈍を実施する。これにより、鋼板に一次再結晶を発現させる。脱炭工程中の雰囲気は、周知の雰囲気で足り、たとえば、水素及び窒素を含有する湿潤窒素水素混合雰囲気である。脱炭焼鈍を実施することにより、鋼板中の炭素が鋼板から除去され、一次再結晶が発現する。脱炭工程での製造条件は次のとおりである。
【0075】
脱炭焼鈍温度Ta:800~950℃
脱炭焼鈍温度Taは、上述のとおり、脱炭焼鈍を実施する熱処理炉の炉温に相当し、脱炭焼鈍中の鋼板の温度に相当する。脱炭焼鈍温度Taが800℃未満であれば、一次再結晶発現後の鋼板の結晶粒が小さすぎる。この場合、仕上げ焼鈍工程(S6)において、二次再結晶が十分に発現しない。一方、脱炭焼鈍温度Taが950℃を超えれば、一次再結晶発現後の鋼板の結晶粒が大きすぎる。この場合も、仕上げ焼鈍工程(S6)において、二次再結晶が十分に発現しない。脱炭焼鈍温度Taが800~950℃であれば、一次再結晶後の鋼板の結晶粒が適切なサイズとなり、仕上げ焼鈍工程(S6)において、二次再結晶が十分に発現する。
【0076】
なお、脱炭工程(S42)における、脱炭焼鈍温度Taでの保持時間は特に限定されない。脱炭焼鈍温度Taでの保持時間はたとえば、15~150秒である。
【0077】
[冷却工程(S43)]
冷却工程(S43)では、脱炭工程(S42)後の鋼板を周知の方法で常温まで冷却する。冷却方法は放冷であってもよいし、水冷であってもよい。好ましくは、脱炭工程後の鋼板を放冷する。以上の工程により脱炭焼鈍工程(S4)では、鋼板に対して脱炭焼鈍処理を実施する。
【0078】
[焼鈍分離剤塗布工程(S5)]
脱炭焼鈍工程(S4)後の鋼板に対して、焼鈍分離剤塗布工程(S5)を実施する。焼鈍分離剤塗布工程(S5)では、鋼板表面に焼鈍分離剤を塗布する。具体的には、鋼板表面に焼鈍分離剤を含有する水性スラリーを塗布する。水性スラリーは、焼鈍分離剤に水を加えて攪拌して作製する。焼鈍分離剤は、酸化マグネシウム(MgO)を含有する。好ましくは、MgOは焼鈍分離剤の主成分である。ここで、「主成分」とは、焼鈍分離剤中のMgO含有量が、質量%で60.0%以上であることを意味する。焼鈍分離剤は、MgO以外に、周知の添加剤を含有してもよい。たとえば、MgOとともに、Ca化合物、Ce化合物、La化合物、Pr化合物、Nd化合物、Sc化合物、Y化合物等を含有してもよい。
【0079】
焼鈍分離剤塗布工程では、鋼板の表面上に水性スラリーの焼鈍分離剤を塗布する。表面に焼鈍分離剤が塗布された鋼板を巻取り、コイル状にする。鋼板をコイル状にした後、仕上げ焼鈍工程(S6)を実施する。
【0080】
なお、鋼板表面上に水性スラリーの焼鈍分離剤を塗布し、鋼板をコイル状にした後、仕上げ焼鈍工程を実施する前に、焼付け処理を実施してもよい。焼付け処理では、コイル状の鋼板を、400~1000℃に保持した炉内に装入し、保持する(焼付け処理)。これにより、塗布された焼鈍分離剤が乾燥する。保持時間はたとえば10~90秒である。
【0081】
焼付け処理を実施せずに、焼鈍分離剤が塗布されたコイル状の鋼板に対して、仕上げ焼鈍工程を実施してもよい。
【0082】
[仕上げ焼鈍工程(S6)]
焼鈍分離剤塗布工程(S5)後の鋼板に対して、仕上げ焼鈍工程(S6)を実施して、二次再結晶を発現させる。仕上げ焼鈍工程は、熱処理炉を用いて実施する。仕上げ焼鈍工程での製造条件はたとえば、次のとおりである。なお、仕上げ焼鈍における炉内雰囲気は、周知の雰囲気である。
【0083】
仕上げ焼鈍温度:1150~1250℃
仕上げ焼鈍温度での保持時間:5~30時間
仕上げ焼鈍温度が1150℃未満であれば、十分な二次再結晶が発現せず、また二次再結晶に用いた析出物を除去する純化が十分ではない。そのため、製造された方向性電磁鋼板の磁気特性が低くなる。一方、仕上げ焼鈍温度が1250℃を超えても二次再結晶、純化に対する効果が低いとともに、鋼板の変形などの問題が生じる。仕上げ温度が1150~1250℃であれば、上記保持時間が適切であることを前提として、十分な二次再結晶が発現して、磁気特性が高まる。さらに、上述の脱炭焼鈍工程での昇温速度S1及びS2が適切であり、式(1)を満たすことを条件として、鋼板表面上にフォルステライト(MgSiO)を含有する一次被膜が安定して形成される。
【0084】
なお、仕上げ焼鈍工程(S6)により、鋼板の化学組成の各元素が鋼中成分からある程度取り除かれる。特に、インヒビターとして機能するS、Al、N等は大幅に取り除かれる。
【0085】
以上の製造工程により、本実施形態による方向性電磁鋼板が製造される。製造された方向性電磁鋼板では、Si含有量が3.30%以上と高いにも関わらず、優れた磁気特性を有する。さらに、一次被膜が安定して形成されるため、後述の絶縁被膜形成工程により絶縁被膜が形成された場合に、優れた被膜密着性を示す。
【0086】
[絶縁被膜形成工程]
本実施形態による方向性電磁鋼板の製造方法ではさらに、仕上げ焼鈍工程(S6)後に、絶縁被膜形成工程を実施してもよい。絶縁被膜形成工程では、仕上げ焼鈍工程の冷却後の方向性電磁鋼板の一次被膜上に絶縁被膜処理剤を塗布する。
【0087】
絶縁被膜処理剤は、コロイド状シリカ及びリン酸塩を主体として含有する。
【0088】
本実施形態のコロイド状シリカは、周知のコロイド状シリカでよい。コロイド状シリカは、溶液である絶縁被膜処理剤を乾燥させたときに固形分となるものであり、バインダーとして機能する。コロイド状シリカの粒径は特に限定されず、周知の粒径で足りる。コロイド状シリカの平均粒径はたとえば、5nm~200nmである。
【0089】
本実施形態のリン酸塩は、リン酸と金属イオンとを主成分とする。リン酸塩は、水溶液を乾燥させたときに固形分となるものであり、バインダーとして機能する。リン酸の形態は、特に限定するものではい。絶縁被膜処理剤に使用されるリン酸としては、例えば、オルトリン酸、メタリン酸、ポリリン酸、ホスホン酸等である。リン酸塩の金属成分(金属イオンの種類)としては特に限定されない。リン酸塩の金属成分はたとえば、Mg、Ca、Ba、Sr、Ni、Co、Mn、Zn、Fe、Al及びMn等である。
【0090】
上述の絶縁被膜処理剤を鋼板の一次被膜上に塗布する。塗布方式を特に限定するものではない。塗布方式は、ロールコーター方式を用いてもよいし、スプレー方式、ディップ方式などの塗布方式でもよい。
【0091】
塗布された絶縁被膜処理剤を加熱及び乾燥して絶縁被膜を形成する。絶縁被膜処理剤の加熱及び乾燥するための加熱方法は特に限定されない。加熱方法として、通常の輻射炉や熱風炉での加熱であってもよいし、誘導加熱方式などの電気を用いた加熱であってもよい。乾燥条件は、たとえば、絶縁被膜処理剤を塗布された電磁鋼板の板温が800℃~980℃となる範囲で、焼付け時間を10~120秒間とする。ただし、乾燥条件はこれに限定されない。絶縁被膜形成工程では、焼き付け時に鋼板に張力を付与する平坦化焼鈍を実施してもよい。平坦化焼鈍は周知の条件で実施すればよい。平坦化焼鈍での焼鈍温度はたとえば800~950℃である。
【0092】
以上の工程により、一次被膜上に絶縁被膜が形成された方向性電磁鋼板が製造される。
【0093】
[その他の工程]
[磁区細分化処理工程]
本実施形態による方向性電磁鋼板はさらに、必要に応じて、仕上げ焼鈍工程又は絶縁被膜形成工程後に、磁区細分化処理工程を実施してもよい。磁区細分化処理工程では、方向性電磁鋼板の表面に、磁区細分化効果のあるレーザ光を照射したり、表面に溝を形成したりする。この場合、さらに磁気特性に優れる方向性電磁鋼板が製造できる。
【0094】
以下に、本発明の態様を実施例により具体的に説明する。これらの実施例は、本発明の効果を確認するための一例であり、本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0095】
[各試験番号の方向性電磁鋼板の製造]
化学組成が、質量%で、C:0.075%、Si:3.45%、Mn:0.075%、S:0.028%、sol.Al:0.028%、N:0.008%を含有し、残部がFe及び不純物であるスラブを準備した。
【0096】
【表1】
【0097】
各試験番号のスラブを加熱炉にて1350℃に加熱した。加熱されたスラブに対して熱間圧延工程を実施して、板厚2.3mmの熱延鋼板を製造した。仕上げ圧延温度(℃)は、いずれの試験番号においても1000~1100℃の範囲内であった。
【0098】
熱延鋼板に対して、最終冷間圧延前焼鈍工程を実施した。最終冷間圧延前焼鈍工程では、熱延鋼板を1120℃まで加熱し、その後、焼鈍温度を900℃、焼鈍温度での保持時間を40秒として、鋼板を焼鈍した。
【0099】
最終冷間圧延前焼鈍工程後の鋼板に対して、1回の冷間圧延(最終冷間圧延)を実施して、厚さ0.23mmの冷延鋼板を製造した。冷間圧延工程後の冷延鋼板に対して、脱炭焼鈍工程を実施した。脱炭焼鈍工程において、脱炭焼鈍温度を830℃とした。脱炭焼鈍処理を実施する熱処理炉内の雰囲気を、水素及び窒素を含有する周知の湿潤窒素水素混合雰囲気とした。そして、昇温工程での雰囲気中の酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)を0.1とした。さらに、昇温工程において、500~600℃の温度域での昇温速度S1、600~700℃の温度域での昇温速度S2を、表1に示すとおりとした。
【0100】
脱炭焼鈍後の鋼板の表面に、MgOを主成分とする焼鈍分離剤(水性スラリー)を塗布した後、コイル状に巻き取った。コイル状に巻き取られた鋼板に対して、仕上げ焼鈍を実施した。仕上げ焼鈍温度を1150℃とし、仕上げ焼鈍温度での保持時間を10時間とした。仕上げ焼鈍後の鋼板を放冷した。
【0101】
仕上げ焼鈍工程後のコイル状の鋼板を水洗した後、絶縁被膜形成工程を実施した。絶縁被膜形成工程では、仕上げ焼鈍工程後の方向性電磁鋼板の表面(一次被膜上)に、コロイド状シリカ及びリン酸塩を主体とする絶縁被膜処理剤を塗布した。絶縁被膜処理剤は、リン酸アルミニウムとコロイダルシリカとを主成分とした。絶縁被膜処理剤を鋼板表面に塗布した後、平坦化焼鈍を実施した。平坦化焼鈍では、900℃で30秒保持した。以上の製造工程より、各試験番号の方向性電磁鋼板を製造した。
【0102】
[評価試験]
[磁気特性評価試験]
次の方法により、各試験番号の方向性電磁鋼板の磁気特性(磁束密度B8、及び、鉄損W17/50)をJIS C2556:2015に準拠して、評価した。具体的には、各サンプルに800A/mの磁場を付与して、磁束密度B8(T)を測定した。飽和磁束密度Bs(T)はSi含有量(質量%)を用い、次の式で求めた。
Bs=2.2032-0.0581Si
得られた磁束密度B8及び飽和磁束密度Bsとに基づいて、飽和磁束密度Bsに対する磁束密度B8の比であるゴス方位集積度(B8/Bs)を求めた。
【0103】
得られた磁束密度B8、ゴス方位集積度B8/Bs、及び鉄損W17/50を表1に示す。
【0104】
[被膜密着性評価試験]
各試験番号の方向性電磁鋼板の板幅中央位置から30mm×80mm×板厚の試験片を採取した。試験片を直径20mmの円筒に巻き付けて、180°曲げた。180°曲げられた試験片に残存する絶縁被膜の面積率(%)を次の式から求めた。
面積率=試験片に残存する絶縁被膜の面積/試験片の面積×100
得られた面積率が95.0%以上であった場合、被膜密着性に非常に優れると判断した(表中で「VG」)。得られた面積率が90.0以上95.0%未満であった場合、被膜密着性に優れると判断した(表中で「G」)。得られた面積率が85.0~90.0%未満であった場合、被膜密着性が良好と判断した(表中で「F」)。得られた面積率が80.0%未満であった場合、被膜密着性が低いと判断した(表中で「B」)。なお、製造工程中において鋼板に割れが確認された場合、及び、仕上げ焼鈍工程後の二次再結晶が不良であった場合(つまり、ゴス方位集積度B8/Bsが低かった場合)、被膜密着性評価試験を実施しなかった。得られた面積率が80.0%以上の場合、被膜密着性に優れると判断した。
【0105】
[試験結果]
得られた試験結果を表1に示す。表1を参照して、試験番号11、12、17、18、23~25、30~32、37及び40では、いずれもスラブの化学組成が適切であり、かつ、各製造工程での条件も適切であった。その結果、いずれの試験番号においても、磁束密度B8は1.910T以上と高く、ゴス方位集積度B8/Bsは0.954以上と高かった。さらに鉄損W17/50も0.831W/kg以下と低かった。被膜密着性評価試験では、いずれも面積率が80.0%以上であり、優れた被膜密着性を示した。
【0106】
一方、試験番号1~3では、500~600℃での昇温速度S1が遅すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.954未満であった。そのため、磁束密度B8は1.910T未満であり、鉄損W17/50も0.831W/kgを超えた。
【0107】
試験番号42では、500~600℃での昇温速度S1が速すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.954以上と高く、磁束密度B8は1.910T以上であり、鉄損W17/50も0.831W/kg以下であったものの、被膜密着性が低かった。
【0108】
試験番号6~8、13,19、20、26及び39では、600~700℃での昇温速度S2が遅すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.954未満であった。そのため、磁束密度B8は1.910T未満であり、鉄損W17/50も0.831W/kgを超えた。
【0109】
試験番号27、34~36では、昇温速度S2が速すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.954以上と高く、磁束密度B8は1.910T以上であり、鉄損W17/50も0.831W/kg以下であったものの、被膜密着性が低かった。
【0110】
試験番号4、5、9、10、14、15、16、21、22、28、29、33、38及び41では、昇温速度S1及び昇温速度S2が式(1)を満たさなかった。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.953以上と高く、磁束密度B8は1.910T以上であり、鉄損W17/50も0.831W/kg以下であったものの、被膜密着性が低かった。
【実施例2】
【0111】
[各試験番号の方向性電磁鋼板の製造]
化学組成が、質量%で、C:0.075%、Mn:0.075%、S:0.028%、sol.Al:0.028%、N:0.008%、を含有し、さらに、表2に示す含有量(質量%)のSiを含有し、残部がFe及び不純物であるスラブを準備した。
【0112】
【表2】
【0113】
各試験番号のスラブを加熱炉にて1350℃に加熱した。加熱されたスラブに対して熱間圧延工程を実施して、板厚2.3mmの熱延鋼板を製造した。仕上げ圧延温度(℃)は、いずれの試験番号においても1000~1100℃の範囲内であった。
【0114】
熱延鋼板に対して、最終冷間圧延前焼鈍工程を実施した。最終冷間圧延前焼鈍工程では、熱延鋼板を1120℃まで加熱し、その後、焼鈍温度を900℃、焼鈍温度での保持時間を40秒として、熱延鋼板を焼鈍した。最終冷間圧延前焼鈍工程後の鋼板に対して、1回の冷間圧延(最終冷間圧延)を実施して、厚さ0.23mmの冷延鋼板を製造した。
【0115】
最終冷間圧延前焼鈍工程後の鋼板に対して、1回の冷間圧延(最終冷間圧延)を実施して、厚さ0.23mmの冷延鋼板を製造した。冷間圧延工程後の冷延鋼板に対して、脱炭焼鈍工程を実施した。脱炭焼鈍工程において、脱炭焼鈍温度を830℃とした。脱炭焼鈍処理を実施する熱処理炉内の雰囲気を、水素及び窒素を含有する周知の湿潤窒素水素混合雰囲気とした。そして、昇温工程での雰囲気中の酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)を0.1とした。さらに、昇温工程において、500~600℃の温度域での昇温速度S1、600~700℃の温度域での昇温速度S2を、表2に示すとおりとした。
【0116】
脱炭焼鈍後の鋼板の表面に、実施例1と同じMgOを主成分とする焼鈍分離剤(水性スラリー)を塗布した後、コイル状に巻き取った。コイル状に巻き取られた鋼板に対して、仕上げ焼鈍を実施した。仕上げ焼鈍温度を1150℃とし、仕上げ焼鈍温度での保持時間を10時間とした。仕上げ焼鈍後の鋼板を放冷した。
【0117】
仕上げ焼鈍工程後のコイル状の鋼板を水洗した後、絶縁被膜形成工程を実施した。絶縁被膜形成工程では、仕上げ焼鈍工程後の方向性電磁鋼板の表面(一次被膜上)に、コロイド状シリカ及びリン酸塩を主体とする絶縁被膜処理剤を塗布した。絶縁被膜処理剤は実施例1と同じものを使用した。絶縁被膜処理剤を鋼板表面に塗布した後、平坦化焼鈍を実施した。平坦化焼鈍では、900℃で30秒保持した。以上の製造工程より、各試験番号の方向性電磁鋼板を製造した。
【0118】
[評価試験]
実施例1と同じ方法により、各試験番号の磁束密度B8、ゴス方位集積度B8/Bs、鉄損W17/50、及び被膜密着性を評価した。
【0119】
[試験結果]
得られた試験結果を表2に示す。表2を参照して、試験番号12~14、16、20~22、24、28~30、32、36~38及び40では、いずれもスラブの化学組成が適切であり、かつ、各製造工程での条件も適切であった。その結果、いずれの試験番号においても、磁束密度B8は1.901T以上と高く、ゴス方位集積度B8/Bsは0.954以上と高かった。さらに鉄損W17/50も0.831W/kg以下と低かった。被膜密着性評価試験では、いずれも面積率が80.0%以上であり、優れた被膜密着性を示した。
【0120】
一方、試験番号1~8では、Si含有量が3.30%未満であった。そのため、鉄損W17/50が0.831W/kg未満であった。
【0121】
試験番号41~48では、Si含有量が高すぎた。そのため、試験番号42、45、46では冷間圧延中に鋼板に割れが発生した。また、試験番号41、43、44、47及び48では、磁束密度B8は1.901T未満であり、ゴス方位集積度B8/Bsは0.954未満であった。
【0122】
試験番号9、10、17、18、25、26、33、34では、600~700℃での昇温速度S2が遅すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.954未満であった。そのため、磁束密度B8は1.900T未満であり、鉄損W17/50も0.831W/kgを超えた。
【0123】
試験番号15、23、31、及び、39では、昇温速度S2が速すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.954以上と高く、磁束密度B8は1.900T以上であり、鉄損W17/50も0.831W/kg以下であったものの、被膜密着性が低かった。
【0124】
試験番号11、19、27、及び、35では、昇温速度S1及び昇温速度S2が式(1)を満たさなかった。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.954以上と高く、磁束密度B8は1.900T以上であり、鉄損W17/50も0.831W/kg以下であったものの、被膜密着性が低かった。
【実施例3】
【0125】
[各試験番号の方向性電磁鋼板の製造]
化学組成が、質量%で、C:0.075%、Si:3.45%、Mn:0.075%、S:0.028%、sol.Al:0.028%、N:0.008%、Sn:0.110%、Cu:0.070%、Cr:0.035%を含有し、残部がFe及び不純物であるスラブを準備した。
【0126】
【表3】
【0127】
各試験番号のスラブを加熱炉にて1350℃に加熱した。加熱されたスラブに対して熱間圧延工程を実施して、板厚2.3mmの熱延鋼板を製造した。仕上げ圧延温度(℃)は、いずれの試験番号においても1000~1100℃の範囲内であった。
【0128】
熱延鋼板に対して、最終冷間圧延前焼鈍工程を実施した。最終冷間圧延前焼鈍工程では、熱延鋼板を1120℃まで加熱し、その後、焼鈍温度を900℃、焼鈍温度での保持時間を40秒として、熱延鋼板を焼鈍した。最終冷間圧延前焼鈍工程後の鋼板に対して、1回の冷間圧延(最終冷間圧延)を実施して、厚さ0.23mmの冷延鋼板を製造した。
【0129】
最終冷間圧延前焼鈍工程後の鋼板に対して、1回の冷間圧延(最終冷間圧延)を実施して、厚さ0.23mmの冷延鋼板を製造した。冷間圧延工程後の冷延鋼板に対して、脱炭焼鈍工程を実施した。脱炭焼鈍工程において、脱炭焼鈍温度を830℃とした。脱炭焼鈍処理を実施する熱処理炉内の雰囲気を、水素及び窒素を含有する周知の湿潤窒素水素混合雰囲気とした。そして、昇温工程での雰囲気中の酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)を0.1とした。さらに、昇温工程において、500~600℃の温度域での昇温速度S1、600~700℃の温度域での昇温速度S2を、表3に示すとおりとした。
【0130】
脱炭焼鈍後の鋼板の表面に、実施例1と同じMgOを主成分とする焼鈍分離剤(水性スラリー)を塗布した後、コイル状に巻き取った。コイル状に巻き取られた鋼板に対して、仕上げ焼鈍を実施した。仕上げ焼鈍温度を1150℃とし、仕上げ焼鈍温度での保持時間を10時間とした。仕上げ焼鈍後の鋼板を放冷した。
【0131】
仕上げ焼鈍工程後のコイル状の鋼板を水洗した後、絶縁被膜形成工程を実施した。絶縁被膜形成工程では、仕上げ焼鈍工程後の方向性電磁鋼板の表面(一次被膜上)に、コロイド状シリカ及びリン酸塩を主体とする絶縁被膜処理剤を塗布した。絶縁被膜処理剤は実施例1と同じものを使用した。絶縁被膜処理剤を鋼板表面に塗布した後、平坦化焼鈍を実施した。平坦化焼鈍では、900℃で30秒保持した。以上の製造工程より、各試験番号の方向性電磁鋼板を製造した。
【0132】
[評価試験]
実施例1と同じ方法により、各試験番号の磁束密度B8、ゴス方位集積度B8/Bs、鉄損W17/50、及び被膜密着性を評価した。
【0133】
[試験結果]
得られた試験結果を表3に示す。表3を参照して、試験番号11、12、17、18、23~25、30~32、37及び40では、いずれもスラブの化学組成が適切であり、かつ、各製造工程での条件も適切であった。その結果、いずれの試験番号においても、磁束密度B8は1.915T以上と高く、ゴス方位集積度B8/Bsは0.956以上と高かった。さらに鉄損W17/50も0.806W/kg以下と低かった。被膜密着性評価試験では、いずれも面積率が80.0%以上であり、優れた被膜密着性を示した。
【0134】
一方、試験番号1~3では、500~600℃での昇温速度S1が遅すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.956未満であった。そのため、磁束密度B8は1.915T未満であり、鉄損W17/50も0.806W/kgを超えた。
【0135】
試験番号42では、500~600℃での昇温速度S1が速すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.956以上と高く、磁束密度B8は1.915T以上であり、鉄損W17/50も0.806W/kg以下であったものの、被膜密着性が低かった。
【0136】
試験番号6~8、13,19、20、26及び39では、600~700℃での昇温速度S2が遅すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.956未満であった。そのため、磁束密度B8は1.910T未満であり、鉄損W17/50も0.806W/kgを超えた。
【0137】
試験番号27、34~36では、昇温速度S2が速すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.956以上と高く、磁束密度B8は1.915T以上であり、鉄損W17/50も0.806W/kg以下であったものの、被膜密着性が低かった。
【0138】
試験番号4、5、9、10、14~16、21、22、28、29、33、38及び41では、昇温速度S1及び昇温速度S2が式(1)を満たさなかった。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.956以上と高く、磁束密度B8は1.915T以上であり、鉄損W17/50も0.806W/kg以下であったものの、被膜密着性が低かった。
【実施例4】
【0139】
[各試験番号の方向性電磁鋼板の製造]
化学組成が、質量%で、C:0.075%、Si:3.50%、Mn:0.075%、S:0.028%、sol.Al:0.028%、N:0.008%、Sn:0.110%、Cu:0.070%、Cr:0.035%、及び、Bi:0.0020%を含有し、残部がFe及び不純物であるスラブを準備した。
【0140】
【表4】
【0141】
各試験番号のスラブを加熱炉にて1350℃に加熱した。加熱されたスラブに対して熱間圧延工程を実施して、板厚2.3mmの熱延鋼板を製造した。仕上げ圧延温度(℃)は、いずれの試験番号においても1000~1100℃の範囲内であった。
【0142】
熱延鋼板に対して、最終冷間圧延前焼鈍工程を実施した。最終冷間圧延前焼鈍工程では、熱延鋼板を1120℃まで加熱し、その後、焼鈍温度を900℃、焼鈍温度での保持時間を40秒として、熱延鋼板を焼鈍した。最終冷間圧延前焼鈍工程後の鋼板に対して、1回の冷間圧延(最終冷間圧延)を実施して、厚さ0.23mmの冷延鋼板を製造した。
【0143】
最終冷間圧延前焼鈍工程後の鋼板に対して、1回の冷間圧延(最終冷間圧延)を実施して、厚さ0.23mmの冷延鋼板を製造した。冷間圧延工程後の冷延鋼板に対して、脱炭焼鈍工程を実施した。脱炭焼鈍工程において、脱炭焼鈍温度を830℃とした。脱炭焼鈍処理を実施する熱処理炉内の雰囲気を、水素及び窒素を含有する周知の湿潤窒素水素混合雰囲気とした。そして、昇温工程での雰囲気中の酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)を0.1とした。さらに、昇温工程において、500~600℃の温度域での昇温速度S1、600~700℃の温度域での昇温速度S2を、表4に示すとおりとした。
【0144】
脱炭焼鈍後の鋼板の表面に、実施例1と同じMgOを主成分とする焼鈍分離剤(水性スラリー)を塗布した後、コイル状に巻き取った。コイル状に巻き取られた鋼板に対して、仕上げ焼鈍を実施した。仕上げ焼鈍温度を1150℃とし、仕上げ焼鈍温度での保持時間を10時間とした。仕上げ焼鈍後の鋼板を放冷した。
【0145】
仕上げ焼鈍工程後のコイル状の鋼板を水洗した後、絶縁被膜形成工程を実施した。絶縁被膜形成工程では、仕上げ焼鈍工程後の方向性電磁鋼板の表面(一次被膜上)に、コロイド状シリカ及びリン酸塩を主体とする絶縁被膜処理剤を塗布した。絶縁被膜処理剤は実施例1と同じものを使用した。絶縁被膜処理剤を鋼板表面に塗布した後、平坦化焼鈍を実施した。平坦化焼鈍では、900℃で30秒保持した。以上の製造工程より、各試験番号の方向性電磁鋼板を製造した。
【0146】
[評価試験]
実施例1と同じ方法により、各試験番号の磁束密度B8、ゴス方位集積度B8/Bs、鉄損W17/50、及び被膜密着性を評価した。なお、磁束密度B8が1.90T以上の試料に対しては、レーザー照射で磁区細分化処理を実施して、その後に、実施例1と同じ方法で鉄損W17/50を測定した。
【0147】
[試験結果]
得られた試験結果を表4に示す。表4を参照して、試験番号11、12、17、18、23~25、30~32、37及び40では、いずれもスラブの化学組成が適切であり、かつ、各製造工程での条件も適切であった。その結果、いずれの試験番号においても、磁束密度B8は1.926T以上と高く、ゴス方位集積度B8/Bsは0.963以上と高かった。さらにレーザー照射後の鉄損W17/50も0.741W/kg以下と低かった。被膜密着性評価試験では、いずれも面積率が80.0%以上であり、優れた被膜密着性を示した。
【0148】
一方、試験番号1~3では、500~600℃での昇温速度S1が遅すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.963未満であった。そのため、磁束密度B8は1.926T未満であった。
【0149】
試験番号42では、500~600℃での昇温速度S1が速すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.963以上と高く、磁束密度B8は1.926T以上であり、レーザー照射後の鉄損W17/50も0.741W/kg以下であったものの、被膜密着性が低かった。
【0150】
試験番号6~8、13,19、20、26及び39では、600~700℃での昇温速度S2が遅すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.963未満であった。そのため、磁束密度B8は1.926T未満であった。
【0151】
試験番号27、34~36では、昇温速度S2が速すぎた。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.963以上と高く、磁束密度B8は1.926T以上であり、レーザー照射後の鉄損W17/50も0.741W/kg以下であったものの、被膜密着性が低かった。
【0152】
試験番号4、5、9、10、14、15、16、21、22、28、29、33、38及び41では、昇温速度S1及び昇温速度S2が式(1)を満たさなかった。そのため、ゴス方位集積度B8/Bsは0.963以上と高く、磁束密度B8は1.926T以上であり、レーザー照射後の鉄損W17/50も0.741W/kg以下であったものの、被膜密着性が低かった。
【0153】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1
図2