(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-23
(45)【発行日】2023-01-31
(54)【発明の名称】高炉用羽口およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C21B 7/16 20060101AFI20230124BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20230124BHJP
C22C 19/05 20060101ALN20230124BHJP
C22C 19/03 20060101ALN20230124BHJP
【FI】
C21B7/16 304
B23K35/30 340L
C22C19/05 B
C22C19/03 G
(21)【出願番号】P 2018146416
(22)【出願日】2018-08-03
【審査請求日】2021-04-07
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】吉田 経尊
(72)【発明者】
【氏名】野口 泰隆
(72)【発明者】
【氏名】大本 展久
【審査官】藤長 千香子
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-217610(JP,A)
【文献】特開昭59-153574(JP,A)
【文献】特開平04-135069(JP,A)
【文献】特開昭58-081524(JP,A)
【文献】特開昭56-071578(JP,A)
【文献】特開昭56-071579(JP,A)
【文献】特開昭55-141566(JP,A)
【文献】特開昭53-138905(JP,A)
【文献】特開2017-214635(JP,A)
【文献】特開2011-020134(JP,A)
【文献】特開2012-196686(JP,A)
【文献】特開平04-246113(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21B 7/16
B23K 5/18、9/04
B23K 35/30
C23C 4/00-6/00
C22C 19/03、19/05
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(1)および(2)の工程を備える、高炉用羽口の製造方法。
(1)羽口本体部の少なくとも先端を含む外表面に拡散接合または肉盛溶接により第一保護層を設ける工程、および、
(2)前記第一保護層の表面の少なくとも一部に、溶接材料の種類を順次変更して、二種類以上の肉盛溶接部が混在した第二保護層を設ける工程
であって、前記第一保護層の表面で且つ前記羽口本体部の最上部を含む上側半分に前記第二保護層を設け、前記羽口本体部の外表面の下側半分には前記第二保護層を設けない。
【請求項2】
前記(1)の工程において、
前記第一保護層が、NiまたはNi-Cr合金からなる、
請求項1に記載の高炉用羽口の製造方法。
【請求項3】
前記(2)の工程において、
溶接材料が、NiまたはNi合金に、炭化物、窒化物、酸化物および硼化物から選択される一種以上の硬質粒子を分散させた材料を含む、
請求項1または2に記載の高炉用羽口の製造方法。
【請求項4】
前記(2)の工程において、
溶接材料が、前記硬質粒子の含有量が異なる二種類以上の材料を含む、
請求項3に記載の高炉用羽口の製造方法。
【請求項5】
前記(2)の工程において、
溶接材料が、Ni-Cr合金からなる材料を含む、
請求項1から4までのいずれかに記載の高炉用羽口の製造方法。
【請求項6】
先端が高炉内に突出する銅または銅合金からなる羽口本体部と、
前記羽口本体部の少なくとも前記先端を含む外表面を覆う拡散接合または肉盛溶接からなる第一保護層と、
前記第一保護層の表面の少なくとも一部を覆う肉盛溶接層からなる第二保護層とを備え、
前記第二保護層が、二種類以上の肉盛溶接部を混在させた肉盛溶接層であ
り、前記第一保護層の表面で且つ前記羽口本体部の最上部を含む上側半分に設けられており、前記羽口本体部の外表面の下側半分には設けられていない、
高炉用羽口。
【請求項7】
前記第一保護層が、NiまたはNi-Cr合金からなる、
請求項6に記載の高炉用羽口。
【請求項8】
前記第二保護層が、NiまたはNi合金に、炭化物、窒化物、酸化物および硼化物から選択される一種以上の硬質粒子を分散させた肉盛溶接部を含む、
請求項6または7に記載の高炉用羽口。
【請求項9】
前記第二保護層が、前記硬質粒子の含有量が異なる二種類以上の肉盛溶接部を含む、
請求項8に記載の高炉用羽口。
【請求項10】
前記第二保護層が、Ni-Cr合金からなる肉盛溶接部を含む、
請求項6から9までのいずれかに記載の高炉用羽口。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高炉用羽口およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高炉用羽口(以下、単に「羽口」ともいう。)は、高炉の炉内に突き出ており、この突き出た先端部は高温雰囲気に曝されているため、優れた耐熱性が求められる。また、羽口の先端には、炉内の鉱石やコークスが衝突することがあるので、優れた耐摩耗性も求められる。
【0003】
羽口本体部には、内部に水路が設けられ、その水路に冷却水を流すことによって高炉内に突き出た先端付近の温度が低減される。羽口本体部の材質は、通常、熱伝導性に優れた銅または銅合金である。しかしながら、羽口の内部を水冷するだけでは先端の温度を十分には低減できないこと、および、銅は硬度が低く、耐摩耗性の点では劣ることから、羽口先端には耐熱性および耐摩耗性を高めるための保護層が設けられる。保護層を設けることによって羽口の寿命は延長されるものの、それでもなお、長期間使用すると先端が損傷し、羽口の交換が必要になる。羽口を交換するためには高炉を休風する必要があるため、羽口が損傷するとその交換費用のみならず、溶銑の生産量も低下してしまう。
【0004】
羽口の保護層には、ニッケル系の材質が用いられることが多い。ニッケル合金は高温における強度、耐食性に優れ、また、マトリックス中に硬質の金属間化合物を析出させたり、炭化物、窒化物などを混合させることによって硬度を増したりできるのがその理由である。保護層に高硬度のニッケル合金を適用する場合には、例えば、特許文献1~3に記載されるように、羽口本体である銅との接合性が高い金属の保護層を設けることで、高硬度の保護層の密着性を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭59-15374号公報
【文献】特開平4-246113号公報
【文献】特開平11-217610号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、ニッケルもしくはニッケル合金またはステンレス鋼の薄板材を熱間等方圧加圧処理によって、銅製羽口本体に拡散接合し、その薄板材の上に耐熱性、耐摩耗性材料を肉盛溶接にて保護層を設けることが記載されている。
【0007】
特許文献2では、Ni-Cr合金の肉盛層の上に、Ni-Mo合金の肉盛層を設けた保護層が記載されている。また、特許文献3には、羽口母材表面(またはさらに中間層上)に、ニッケルなどの金属マトリックスにセラミックス粒子を散在状態で含む硬化肉盛材を溶着させた保護層が記載されている。これらの文献の発明のように、溶接肉盛層を重ねることで、羽口の耐熱性および耐摩耗性を向上できる。しかし、炉内の温度変動や溶融物からの熱衝撃を受けて、最外層には繰り返し応力が加わるため、疲労特性にも注目する必要がある。疲労によるき裂が発生し伝播する、また、これらのき裂発生個所に炉内の鉱石やコークスが衝突すれば、よりき裂が伝播しやすくなると、広い範囲で保護層の剥離が生じ、羽口を交換せざるを得なくなる。
【0008】
本発明は、このような従来技術の問題を解決するためになされたものであり、耐熱性および耐摩耗性に優れ、且つ、炉内熱変動に対する耐疲労性に優れる高炉用羽口およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
羽口本体部の外表面に設ける保護層は、常温では硬い保護層であるが、高炉の稼働中に温度が上昇すると、硬さが低下し、耐摩耗性が劣化する。前述のように、羽口本体部には、内部に設けられた水路に冷却水を流すことによって高炉内に突き出た先端付近の温度を低減しており、これによって保護層の温度も低減できる。
【0010】
よって、第一に、高炉稼動時の保護層の温度上昇を避けるためには、保護層を複層構造とし、内層に、羽口本体部との密着性に優れ、かつ熱伝導率が高い材料で構成した保護層を設け、外層に、炉内の鉱石やコークスとの衝突に耐えうる耐摩耗性に優れる材料で構成した保護層を設けるのが有効である。このような材料については、従来、様々な検討がなされており、一定の効果が確認されている。
【0011】
ここで、高い熱伝導率と優れた耐摩耗性を有する保護層を形成しても、高炉操業中の繰り返しの熱変動により、疲労損傷を受ける。このような疲労損傷を受けたときに、疲労によるき裂が発生し、伝播することによって、保護層の広範囲が羽口本体部から脱落しやすい場合には、高炉用羽口の寿命が短くなり、補修および交換作業の頻度が高くなり、結果として高炉の操業効率を低下させる。
【0012】
そこで、本発明者らは、高炉羽口の先端に、肉盛溶接によって保護層を設ける場合において、保護層の広範囲な脱落につながる損傷形態を調査した。損傷形態の一つに、疲労などによって保護層の表面に発生したき裂が、表面に垂直方向(保護層の厚さ方向)に進展し、第一保護層と第二保護層の界面に到達した後、界面に沿うように伝播し、広範囲な剥離につながっていることが観察された。この損傷形態に対して、本発明者らは、羽口本体部との密着性に優れる材料で構成される第一保護層と、高炉の操業時に、炉内の鉱石やコークスとの衝突に耐えうる耐摩耗性に優れる第二保護層との二層構造の保護層において、疲労などによってき裂が発生した場合でも、その伝播を極力抑制し、広範囲な剥離を防止することについて検討した。そして、第二保護層を、二種類以上の肉盛溶接部が混在した層とすることにより、仮に高炉操業時に保護層にき裂が発生した場合でも、き裂の伝播が肉盛溶接部の界面で止まり、保護層の脱落範囲を小さくすることができる。その結果、保護層全体としての寿命を向上させ、ひいては高炉用羽口の寿命を長くすることに成功した。
【0013】
本発明の要旨は、下記の通りである。
〔A〕下記の(1)および(2)の工程を備える、高炉用羽口の製造方法。
(1)羽口本体部の少なくとも先端を含む外表面に拡散接合または肉盛溶接により第一保護層を設ける工程、および、
(2)前記第一保護層の表面の少なくとも一部に、溶接材料の種類を順次変更して、二種類以上の肉盛溶接部が混在した第二保護層を設ける工程。
【0014】
〔B〕前記(1)の工程において、
前記第一保護層が、NiまたはNi-Cr合金からなる、
上記〔A〕の高炉用羽口の製造方法。
【0015】
〔C〕前記(2)の工程において、
溶接材料が、NiまたはNi合金に、炭化物、窒化物、酸化物および硼化物から選択される一種以上の硬質粒子を分散させた材料を含む、
上記〔A〕または〔B〕の高炉用羽口の製造方法。
【0016】
〔D〕前記(2)の工程において、
溶接材料が、前記硬質粒子の含有量が異なる二種類以上の材料を含む、
上記〔C〕の高炉用羽口の製造方法。
【0017】
〔E〕前記(2)の工程において、
溶接材料が、Ni-Cr合金からなる材料を含む、
上記〔A〕~〔D〕のいずれかの高炉用羽口の製造方法。
【0018】
〔F〕先端が高炉内に突出する銅または銅合金からなる羽口本体部と、
前記羽口本体部の少なくとも前記先端を含む外表面を覆う拡散接合または肉盛溶接からなる第一保護層と、
前記第一保護層の表面の少なくとも一部を覆う肉盛溶接層からなる第二保護層とを備え、
前記第二保護層が、二種類以上の肉盛溶接部を混在させた肉盛溶接層である、
高炉用羽口。
【0019】
〔G〕前記第一保護層が、NiまたはNi-Cr合金からなる、
上記〔F〕の高炉用羽口。
【0020】
〔H〕前記第二保護層が、NiまたはNi合金に、炭化物、窒化物、酸化物および硼化物から選択される一種以上の硬質粒子を分散させた肉盛溶接部を含む、
上記〔F〕または〔G〕の高炉用羽口。
【0021】
〔I〕前記第二保護層が、前記硬質粒子の含有量が異なる二種類以上の肉盛溶接部を含む、
上記〔H〕の高炉用羽口。
【0022】
〔J〕前記第二保護層が、Ni-Cr合金からなる肉盛溶接部を含む、
上記〔F〕~〔I〕のいずれかの高炉用羽口。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、耐熱性および耐摩耗性に優れ、且つ、炉内熱変動に対する耐疲労性に優れる高炉用羽口が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明に係る高炉用羽口の製造方法を説明する模式図である。
【
図2】平坦化した第一保護層の断面形状を示す模式図である。
【
図3】本実施形態に係る高炉用羽口の断面形状を示す模式図である。
【
図4】本発明に係る第二保護層(種類の異なる肉盛層を平行に配置した例)の断面形状を示す模式図である。
【
図5】本発明に係る第二保護層(種類の異なる肉盛層を同一線上に配置した例)の断面形状を示す模式図である。
【
図6】本発明に係る第二保護層(種類の異なる肉盛層を同一線上に配置した別の例)の断面形状を示す模式図である。
【
図7】本発明に係る第二保護層(種類の異なる肉盛層を同一線上に配置した層を二層重ねた例:一層目の溶接方向と二層目の溶接方向が平行である例)の断面形状を示す模式図である。
【
図8】本発明に係る第二保護層(種類の異なる肉盛層を同一線上に配置した層を二層重ねた例:一層目の溶接方向と二層目の溶接方向が直角である例)の断面形状を示す模式図である。
【
図9】本発明に係る第二保護層(種類の異なる肉盛層を同一線上に配置した層を三層重ねた例:三層全ての溶接方向が平行である例)の断面形状を示す模式図である。
【
図10】本発明に係る第二保護層(種類の異なる肉盛層を同一線上に配置した層を三層重ねた例:一層目の溶接方向と三層目の溶接方向が平行であり、一層目の溶接方向と二層目の溶接方向が直角である例)の断面形状を示す模式図である。
【
図11】本発明に係る第二保護層(種類の異なる肉盛層を三層重ねた例)の断面形状を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
1.高炉用羽口の製造方法について
本発明に係る高炉用羽口の製造方法は、第一保護層を設ける工程、および、第二保護層を設ける工程を備える。以下、第一保護層を肉盛溶接によって設ける場合を例にとって、各工程について説明する。
【0026】
(1)第一保護層の形成
図1(a)を参照して、この工程は、羽口本体部1の少なくとも先端(図示省略)を含む外表面に肉盛溶接により第一保護層3aを設ける工程である。第一保護層3aの材質は、羽口本体部1との密着性に優れるとともに、熱伝導率が高い材料を選択することができる。第一保護層3aの材質としては、例えば、NiまたはNi-Cr合金からなるものを選択できる。具体的な材質については後段で説明する。
【0027】
肉盛溶接方法は、公知の方法を採用することができ、例えば、被覆アーク溶接法、MAG溶接法、炭酸ガスアーク溶接法、MIG溶接法、TIG溶接法、サブマージアーク溶接法などが挙げられる。中でも、三次元的に曲面形状である羽口先端へのNiまたはNi-Cr合金の溶接作業性を高めるためには、TIG溶接法を採用するのが好ましい。
【0028】
なお、第二保護層3bを設ける前に、第一保護層3aの表面を平坦化する工程を設けてもよい。
図1(b)を参照して、この工程は、第一保護層3aの表面を研削または研磨して、平坦化する工程である。同図の破線が平坦化前、実線が平坦化後の模式図である。平坦化は、例えば、旋盤、フライス盤、マシニングセンタなどを使用することができる。また、グラインダーで研削することにより平坦化してもよい。
【0029】
平坦化した第一保護層3aの表面は、谷底と、前記谷底に隣接する山頂との高さの最大値(最大谷深さ)を0.20mm以下とすることが好ましい。ここで、
図2を参照して、谷底と、前記谷底に隣接する山頂との高さとは、例えば、
図2中の符号h
1、h
2およびh
3であり、
図2に示す例では、最大谷深さは、h
2である。この最大谷深さが大きすぎると、その後に第二保護層3bを形成したときに、界面に空隙(未溶着部)が増加し、界面熱抵抗を増加させる。この最大谷深さは、0.15mm以下が好ましく、0.10mm以下がより好ましい。
【0030】
なお、上記最大谷深さは、第一保護層3a厚さ方向を含む断面を観察して、測定することもできるし、第一保護層3aの平坦化後に、その表面から、表面粗さ計、三次元形状測定器などを用いて表面形状を測定することもできる。
【0031】
以上、主として、肉盛溶接により第一保護層3aを設ける場合を説明したが、第一保護層3aは、拡散接合によって設けてもよい。拡散接合によって第一保護層3aを設ける場合には、羽口本体部1の形状に沿った形状に加工した板材を羽口本体部1に貼り付け、その状態で加熱し、界面を拡散接合するのがよい。
【0032】
(2)第二保護層の形成
図1(c)を参照して、この工程は、第一保護層3aの表面の少なくとも一部に肉盛溶接により第二保護層3bを設ける工程である。第一保護層3aの表面の少なくとも一部に肉盛溶接により第二保護層3bを設ける際には、溶接材料の種類を順次変更して、二種類以上の肉盛溶接部30,31が混在した第二保護層3bを設けることが重要である。また、先に隙間を空けて1つの溶接材料を肉盛溶接しておき、溶接材料の種類を変更して、隙間に肉盛溶接して設けることも可能である。第二保護層3bの材質は、保護層3の外層に位置し、高炉の操業時に、炉内の鉱石やコークスとの衝突に耐えうる耐摩耗性(具体的には、ビッカース硬さで180Hv以上)に優れるとともに、熱伝導率が高い材料(具体的には10W/mK以上)を選択することができる。例えば、Niに硬質のTiCなどの炭化物を分散させた材料を用いることができる。具体的な材質については後段で説明する。
【0033】
第二保護層3bは、第一保護層3aの表面の少なくとも一部に設けられておればよい。例えば、羽口の下部は、高炉の操業時に、炉内の鉱石やコークスが衝突しにくい箇所であるため、この部分には第二保護層3bを設けなくてもよい。よって、第一保護層3aの表面の少なくとも一部とは、具体的には、高炉内に設置された羽口において、少なくとも最上部を含む部分の表面を意味する。特に、高炉内に設置された羽口において、上側半分を構成する部分の表面に第二保護層3bが設けられていることが好ましい。このとき、第二保護層3bが設けられていない部分の第一保護層3aの厚さと、第二保護層3bが設けられている部分の第一保護層3aおよび第二保護層3bの合計厚さとが実質的に同一であることが好ましい。
【0034】
肉盛溶接方法は、公知の方法を採用することができ、例えば、被覆アーク溶接法、MAG溶接法、炭酸ガスアーク溶接法、MIG溶接法、TIG溶接法、サブマージアーク溶接法などが挙げられる。中でも、三次元的に曲面形状である羽口先端へのNiまたはNi合金の溶接作業性を高めるためには、TIG溶接法を採用するのが好ましい。
【0035】
2.高炉用羽口について
図3~
図11を参照して、本実施形態に係る高炉用羽口10は、羽口本体部1と、肉盛溶接層からなる第一保護層3aと、肉盛溶接層からなる第二保護層3bとを備える。肉盛溶接層3bの溶接方向には特に制約がないが、羽口本体部1を構成する筒状態の周方向に一致していることが好ましい。
図4~
図11それぞれの(a)における左右方向が羽口本体部1の周方向に一致するものとして説明する。
【0036】
(1)羽口本体部
羽口本体部1は、先端1bが高炉の内壁から突出するよう、高炉内に配置され、先端1bは、高炉の操業時に高温に曝される。羽口本体部1の内部には、水路2が設けられており、水路2に冷却水を流すことによって、先端1b付近の温度を低減している。羽口本体部1は、円筒状であり、高炉の操業時には筒内に高温(例えば1200℃程度)の熱風が流される。羽口本体部の材質は、通常、熱伝導性に優れた銅または銅合金である。
【0037】
(2)第一保護層
第一保護層3aは、羽口本体部1の少なくとも先端1bを含む外表面1aを覆う肉盛溶接層からなる層である。第一保護層3aの材質は、羽口本体部1との密着性に優れるとともに、熱伝導率が高い材料を選択することができる。羽口本体部1との密着性の観点からは、羽口本体部1に用いられる銅または銅合金の熱膨張率に近い材料、具体的には、熱膨張率(線膨張率)が13~16×10-6/℃の範囲である材料を選択することができる。また、熱伝導率が高い材料とは、例えば、熱伝導率が10W/(m・K)以上の範囲にある材料である。第一保護層3aの材質としては、例えば、NiまたはNi-Cr合金からなるものを選択できる。
【0038】
より具体的には、質量%で、Cr:0~40.0%、Mn:0~4.0%、Ti:0~3.0%、Al:0~3.0%、Nb:0~3.0%、Fe:0~9.0%を含み、残部がNiおよび不純物からなる材料である。不純物とは、NiまたはNi合金を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料その他の要因により混入し、本発明の効果を阻害しない範囲で許容される成分を意味する。
【0039】
Crは、耐食性を向上させるので、第一保護層3aの材料中に含まれていてもよい。その含有量が過剰な場合には、溶接時に割れが発生するので、その上限は40.0%とする。上記の効果を発揮させるためには、その含有量を5.0%以上とするのが好ましく、10.0%以上とするのがより好ましい。さらに好ましいのは、14.0%以上である。また、上限は、35.0%とするのが好ましく、30.0%とするのがより好ましく、25.0%とするのがさらに好ましい。
【0040】
Mnは、溶接時の湯流れ性を高め溶接欠陥の発生を抑制するので、第一保護層3aの材料中に含まれていてもよい。その含有量が過剰な場合には、延性およびじん性が低下して割れ易くなるので、その上限は4.0%とする。上記の効果を発揮させるためには、その含有量を0.5%以上とするのが好ましく、1.0%以上とするのがより好ましく、1.5%以上とするのがさらに好ましい。また、上限は、3.5%とするのが好ましく、3.0%とするのがより好ましく、2.5%とするのがさらに好ましい。
【0041】
Tiは、Niと金属間化合物を形成して保護層の硬さを高め、耐摩耗性を向上させるので、第一保護層3aの材料中に含まれていてもよい。その含有量が過剰な場合には、延性およびじん性が低下して割れ易くなるので、その上限は3.0%とする。上記の効果を発揮させるためには、その含有量を0.5%以上とするのが好ましく、1.0%以上とするのがより好ましく、1.5%以上とするのがさらに好ましい。また、上限は、2.5%とするのが好ましく、2.0%とするのがより好ましく、1.5%とするのがさらに好ましい。
【0042】
Alは、Niと金属間化合物を形成して保護層の硬さを高め、耐摩耗性を向上させるので、第一保護層3aの材料中に含まれていてもよい。その含有量が過剰な場合には、延性およびじん性が低下して割れ易くなるので、その上限は3.0%とする。上記の効果を発揮させるためには、その含有量を0.5%以上とするのが好ましく、1.0%以上とするのがより好ましく、1.5%以上とするのがさらに好ましい。また、上限は、2.5%とするのが好ましく、2.0%とするのがより好ましく、1.5%とするのがさらに好ましい。
【0043】
Nbは、Niと金属間化合物を形成して保護層の硬さを高め、耐摩耗性を向上させるので、第一保護層3aの材料中に含まれていてもよい。その含有量が過剰な場合には、延性およびじん性が低下して割れ易くなるので、その上限は3.0%とする。上記の効果を発揮させるためには、その含有量を0.5%以上とするのが好ましく、1.0%以上とするのがより好ましく、1.5%以上とするのがさらに好ましい。また、上限は、2.5%とするのが好ましく、2.0%とするのがより好ましく、1.5%とするのがさらに好ましい。
【0044】
Feは、Ni合金中に固溶することで保護層の強度を向上させ、耐摩耗性を向上させるので、第一保護層3aの材料中に含まれていてもよい。また、Nbと複合添加した場合には、Nbと金属間化合物を形成して保護層の硬さを高め、耐摩耗性を向上させる。その含有量が過剰な場合には、延性およびじん性が低下して割れ易くなるという問題があるので、その上限は9.0%とする。上記の効果を発揮させるためには、その含有量を0.5%以上とするのが好ましく、1.0%以上とするのがより好ましく、1.5%以上とするのがさらに好ましい。また、上限は、8.5%とするのが好ましく、8.0%とするのがより好ましく、7.5%とするのがさらに好ましい。
【0045】
第一保護層3aの厚さ(平均厚さ)は、2.0~6.0mmとするのが好ましい。2.0mm未満では、十分な耐摩耗性を維持することが困難となる場合があり、6.0mmを超えると、羽口先端を十分に冷却することが困難となる場合があるからである。
【0046】
(3)第二保護層
第二保護層3bは、第一保護層3aの表面を覆う肉盛溶接層からなる層である。第二保護層3bの材質は、保護層3の外層に位置し、高炉の操業時に、炉内の鉱石やコークスとの衝突に耐えうる耐摩耗性(具体的には、ビッカース硬さで180Hv以上)に優れるとともに、熱伝導率が高い材料(具体的には10W/mK以上)を選択することができる。例えば、NiまたはNi合金に、炭化物、窒化物、酸化物および硼化物から選択される一種以上の硬質粒子を分散させた材料を用いることができる。炭化物としては、TiC、WC、NbC、VCなどが例示されるが、中でもTiCが好ましい。これは、TiCが、硬さが大きく、耐摩耗性の向上に極めて有効な材料だからである。種類の異なる溶接材料とは、マトリックスを構成するNiまたはNi合金の化学組成が異なる場合のほか、硬質粒子の種類が異なる場合、硬質粒子の含有量が異なる場合などが含まれる。
【0047】
図4を参照して、第一保護層3aの表面の少なくとも一部に肉盛溶接により第二保護層3bを設ける際には、任意の溶接材料を用いて肉盛溶接し、線状に肉盛溶接部30を設けた後、種類の異なる溶接材料を用いて肉盛溶接し、その肉盛溶接部30に沿うように別の種類の肉盛溶接部31を肉盛溶接する。この作業を繰り返して、線状の肉盛溶接部30と線状の肉盛溶接部31とを混在させた第二保護層(肉盛溶接層)3bが得られる。これにより、耐摩耗性を確保しつつ、仮に、肉盛溶接部30、31のいずれかにき裂が発生し、伝播しても、狭い範囲で制限できるので、広い範囲での保護層の脱落を防止できる。
【0048】
図5および
図6を参照して、第一保護層3aの表面の少なくとも一部に肉盛溶接により第二保護層3bを設ける際には、任意の肉盛溶接層30を肉盛溶接し、その肉盛溶接部30と同一線上に別の種類の肉盛溶接部31を肉盛溶接する。得られた肉盛溶接部30,31に沿うように、上記と同様の方法により、任意の溶接材料を用いた肉盛溶接部30と同一線上に別の溶接材料を用いた肉盛溶接部31を肉盛溶接する。この作業を繰り返して、同一線上に肉盛溶接部30と肉盛溶接部31とを混在させた第二保護層(肉盛溶接層)3bが得られる。
図5および
図6に示す肉盛溶接層は、
図4に示す肉盛溶接層よりも、各肉盛溶接部30,31を小さくすることができるので、き裂の伝播をより小さい範囲に抑制することができる。
【0049】
図7および
図8を参照して、第一保護層3aの表面の少なくとも一部に肉盛溶接により第二保護層3bを設ける際には、任意の肉盛溶接層30を肉盛溶接し、その肉盛溶接部30と同一線上に別の種類の肉盛溶接部31を肉盛溶接する。この作業を繰り返して、同一線上に肉盛溶接部30と肉盛溶接部31とを混在させた肉盛溶接層(一層目の肉盛溶接層)が得られる。その後、さらに、一層目の肉盛溶接層上で同じ作業を繰り返し、二層目の肉盛溶接層を形成して、二層構造の第二保護層(肉盛溶接層)3bが得られる。このとき、一層目の肉盛溶接層の溶接方向と、二層目の肉盛溶接層の溶接方向とは、同じでもよいし(
図7)、異なっていてもよい(
図8)。また、二層の肉盛溶接層の厚さの合計は、単層の肉盛溶接層の厚さに比べて、各層の厚さを薄くすることができる。
図7および
図8に示すような複層構造の肉盛溶接層は、
図5および
図6に示す単層構造の肉盛溶接層よりも、さらに、各肉盛溶接部30,31を小さくすることができるので、き裂の伝播をより小さい範囲に抑制することができる。
【0050】
図9および
図10を参照して、第一保護層3aの表面の少なくとも一部に肉盛溶接により第二保護層3bを設ける際には、任意の肉盛溶接層30を肉盛溶接し、その肉盛溶接部30と同一線上に別の種類の肉盛溶接部31を肉盛溶接する。この作業を繰り返して、同一線上に肉盛溶接部30と肉盛溶接部31とを混在させた肉盛溶接層(一層目の肉盛溶接層)が得られ、さらに、得られた肉盛溶接層上で同じ作業を繰り返すことにより、二層目および三層目の肉盛溶接層を形成して、三層構造の肉盛溶接層が得られる。このとき、全ての肉盛溶接層の溶接方向は、同一でもよいし、異なっていてもよい。
図9に示す例は、一層目~三層目全ての肉盛溶接層の溶接方向が一致している例であり、
図10に示す例は、一層目の肉盛溶接層の溶接方向と、二層目の肉盛溶接層の溶接方向とが異なっており、一層目の肉盛溶接層の溶接方向と、三層目の肉盛溶接層の溶接方向とが同一である。また、三層の肉盛溶接層の厚さの合計は、二層の肉盛溶接層の厚さに比べて、各層の厚さを相対的に薄くすることができる。
図9および
図10に示す肉盛溶接層は、
図7および
図8に示す肉盛溶接層よりも、さらに、各肉盛溶接部30、31を小さくすることができるので、き裂の伝播をより小さい範囲に抑制することができる。
【0051】
図11を参照して、第一保護層3aの表面の少なくとも一部に肉盛溶接により第二保護層3bを設ける際には、任意の肉盛溶接層33を肉盛溶接し、一層目の肉盛溶接層33が得られる。次に、一層目の肉盛溶接層33上に、別の溶接材料を用いて肉盛溶接し、二層目の肉盛溶接層34が得られ、さらに二層目の肉盛溶接層34上に、別の溶接材料を用いて肉盛溶接し、三層目の肉盛溶接層35が得られる。このとき、各肉盛溶接層33、34、35として、例えば、NiまたはNi合金に、炭化物、窒化物、酸化物および硼化物から選択される一種以上の硬質粒子を分散させた材料を用いる場合には、硬質粒子の含有量を、内層側の含有量よりも外層側の含有量を多くするのがよい。
図11に示す例では、一層目よりも二層目、二層目よりも三層目を多くする、すなわち、一層目肉盛溶接層33中の硬質粒子の含有量<二層目肉盛溶接層34中の硬質粒子の含有量<三層目肉盛溶接層35中の硬質粒子の含有量とするのがよい。これにより、肉盛溶接層を外層に近づくほど硬質となり、耐摩耗性を向上できるとともに、また、第二保護層内でき裂が伝播しても、狭い範囲で制限できるので、広い範囲での保護層の脱落を防止できる。
【0052】
第二保護層3bの肉盛溶接層として、NiまたはNi合金に、炭化物、窒化物、酸化物および硼化物から選択される一種以上の硬質粒子を分散させた材料を溶接した肉盛溶接層と、Ni-Cr合金からなる材料を溶接した肉盛溶接層を含むものを用いると、耐摩耗性を硬質粒子で維持しつつ、延性をNi-Cr合金で維持できるので、保護層が脱落しにくい構成とすることができる。
【0053】
第二保護層3bの材料中の炭化物は、均一に分散している状態が好ましい。炭化物の粒径が大きすぎると、均一に分散させることが困難となるので、炭化物の粒径の最大値は、200μm以下とするのが好ましい。また、炭化物の平均粒径は40~100μmの範囲とするのが好ましい。また,炭化物の体積率が高すぎても均一に分散させることが困難となるので、第二保護層3bの材料中の炭化物の体積率の最大値は30%以下とするのが好ましく、5~25%とするのがさらに好ましい。
【0054】
第二保護層3bの厚さは、3.0~6.0mmとするのが好ましい。3.0mm未満では、十分な耐摩耗性を維持することが困難となる場合があり、6.0mmを超えると、羽口先端を十分に冷却することが困難となる場合があるからである。
【0055】
第一保護層3aの厚さTaと第二保護層3bの厚さTbとの和(Ta+Tb)は、6.0~9.0mmとするのが好ましい。6.0mm未満では、十分な耐摩耗性を確保できないという問題が生じるおそれがあり、9.0mmを超えると、羽口先端を十分に冷却できないという問題が生じるおそれがあるからである。
【符号の説明】
【0056】
10 高炉用羽口
1 羽口本体部
1a 外表面
1b 先端
2 水路
3 保護層
3a 第一保護層
3b 第二保護層
5 未溶着部
30 肉盛溶接層
31 肉盛溶接層
33 肉盛溶接層(一層目)
34 肉盛溶接層(二層目)
35 肉盛溶接層(三層目)