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特許7215369マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-23
(45)【発行日】2023-01-31
(54)【発明の名称】マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23G 1/08 20060101AFI20230124BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230124BHJP
   C22C 38/52 20060101ALI20230124BHJP
   C21D 9/08 20060101ALN20230124BHJP
【FI】
C23G1/08
C22C38/00 302Z
C22C38/52
C21D9/08 B
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019136190
(22)【出願日】2019-07-24
(65)【公開番号】P2021021084
(43)【公開日】2021-02-18
【審査請求日】2022-03-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【弁理士】
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】餅月 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】山口 貴司
(72)【発明者】
【氏名】野口 美紀子
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-293515(JP,A)
【文献】特開昭54-102243(JP,A)
【文献】特開昭59-083783(JP,A)
【文献】特開昭56-010396(JP,A)
【文献】特開昭47-034122(JP,A)
【文献】特表2018-520265(JP,A)
【文献】国際公開第2019/065116(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/181404(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23G 1/08
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法であって、
焼戻しがされた素管を準備する工程と、
前記素管にブラスト処理をする工程と、
前記ブラスト処理がされた素管に酸洗処理をする工程とを備え、
前記酸洗処理をする工程は、少なくとも硫酸酸洗工程を含み、
前記硫酸酸洗工程は、酸洗液の硫酸濃度をc(質量%)、前記酸洗液への前記素管の浸漬時間をt(分)とするとき、(1)式を満たす、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
×t1/3≧830・・・(1)
ただし、前記酸洗液の温度Tは50~70℃であり、cは15~22質量%であり、tは12~95分である。
【請求項2】
請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法であって、
前記酸洗処理の後、前記素管の内外面を高圧水洗浄する工程をさらに備える、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法であって、
前記酸洗処理の後、前記素管を湯浸漬する工程をさらに備える、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法であって、
前記素管の化学組成が、質量%で、
C :0.001~0.050%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.05~1.00%、
P :0.030%以下、
S :0.0020%以下、
Cu:0.50%未満、
Cr:11.50~14.00%未満、
Ni:5.00%超~7.00%、
Mo:1.00%超~3.00%、
Ti:0.02~0.50%、
Al:0.001~0.100%、
Ca:0.0001~0.0040%、
N :0.0001~0.0200%未満、
V :0~0.500%、
Nb:0~0.500%、
Co:0~0.500%、
残部:Fe及び不純物である、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法であって、
前記化学組成が、質量%で、
V :0.001~0.500%、
Nb:0.001~0.500%、及び
Co:0.001~0.500%、
からなる群から選択される1種又は2種以上の元素を含有する、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油井やガス井から産出される石油や天然ガスは、随伴ガスとして炭酸ガスや硫化水素等の腐食性ガスを含んでいる。マルテンサイト系ステンレス鋼管は、耐食性と経済性とのバランスに優れており、油井用鋼管やラインパイプ用鋼管等として広く用いられている。
【0003】
特開平10-60538号公報及び特開平11-236651号公報には、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法が開示されている。特開2001-123249号公報には、マルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法が開示されている。
【0004】
特開昭61-3611号公報には、ステンレス鋼板のデスケーリング方法が開示されている。特開平9-3655号公報には、ステンレス鋼部材の製造方法が開示されている。特開2006-122951号公報には、ステンレス鋼管の製造方法が開示されている。
【0005】
特開2007-56358号公報には、ステンレス熱延鋼帯の酸洗方法が開示されている。特開平7-331469号公報には、オーステナイト系ステンレス鋼板のデスケール方法が開示されている。特開平5-230681号公報には、フェライト系ステンレス鋼熱延材のスケールの除去方法が開示されている。特開昭61-73864号公報には、マルテンサイト系ステンレス鋼板の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平10-60538号公報
【文献】特開平11-236651号公報
【文献】特開2001-123249号公報
【文献】特開昭61-3611号公報
【文献】特開平9-3655号公報
【文献】特開2006-122951号公報
【文献】特開2007-56358号公報
【文献】特開平7-331469号公報
【文献】特開平5-230681号公報
【文献】特開昭61-73864号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
マルテンサイト系ステンレス鋼管は、疵の除去及び浸炭層の除去等を目的とした表面処理がされる場合がある。表面処理が不十分であると、表面に黒皮が残り、表面清浄度規定を満足せず再作業が必要となる。
【0008】
本発明の目的は、優れた表面清浄度を有するマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法は、焼戻しがされた素管を準備する工程と、前記素管にブラスト処理をする工程と、前記ブラスト処理がされた素管に酸洗処理をする工程とを備える。前記酸洗処理をする工程は、少なくとも硫酸酸洗工程を含み、前記硫酸酸洗工程は、酸洗液の硫酸濃度をc(質量%)、前記酸洗液への前記素管の浸漬時間をt(分)とするとき、(1)式を満たす。
×t1/3≧830・・・(1)
ただし、前記酸洗液の温度Tは50~70℃であり、cは15~22質量%であり、tは12~95分である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、優れた表面清浄度を有するマルテンサイト系ステンレス鋼管が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法のフロー図である。
図2図2は、硫酸酸洗工程における酸洗液の硫酸濃度c及び浸漬時間tと製造された表面清浄度との関係を示す散布図である。
図3図3は、除せい度Sa2-1/2を満足した鋼管の内面の写真である。
図4図4は、除せい度Sa2-1/2を満足しなかった鋼管の内面の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
マルテンサイト系ステンレス鋼管は、焼戻しによって機械的特性が調整される。マルテンサイト系ステンレス鋼管の表面には、焼戻し時に形成された酸化スケールが付着しており、用途によっては、この酸化スケールを除去する必要がある。例えば、マルテンサイト系ステンレス鋼管の表面に不動態被膜を形成する場合、予めこの酸化スケールを完全に除去しておくことが好ましい。
【0013】
酸化スケールの除去は、ブラスト処理によって機械的に除去した後、酸洗処理によって化学的に除去することが効率的である。一方、酸洗処理は、鋼管の精製工程の中で最もリードタイムを要する工程であり、能率を向上させる必要がある。
【0014】
本発明者らは、酸洗液の濃度と浸漬時間とが所定の関係を満たせば、優れた表面清浄度が得られることを見出した。本発明は、以上の知見に基づいて完成された。以下、本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法を詳述する。
【0015】
[マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法]
図1は、本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法のフロー図である。本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法は、素管を準備する工程(ステップS1)と、素管にブラスト処理をする工程(ステップS2)と、ブラスト処理がされた素管に酸洗処理をする工程(ステップS3)と、酸洗処理がされた素管を高圧水洗浄する工程(ステップS4)と、高圧水洗浄された素管を湯浸漬する工程(ステップS5)とを備えている。以下、各工程を詳述する。
【0016】
[準備工程]
焼戻しがされた素管を準備する(ステップS1)。素管は、継目無鋼管であることが好ましいが、溶接鋼管であってもよい。
【0017】
素管は、マルテンサイト系ステンレス鋼の鋼管であれば特に限定されないが、例えばラインパイプ用鋼管の場合、以下の化学組成を有するものが好適である。以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0018】
C:0.001~0.050%
炭素(C)は、溶接時に溶接熱影響部(HAZ)においてCr炭化物として析出し、HAZの耐SCC性を低下させる。一方、C含有量を過剰に制限すると製造コストが増加する。そのため、C含有量は、好ましくは0.001~0.050%である。C含有量の下限は、より好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.008%である。C含有量の上限は、より好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0019】
Si:0.05~1.00%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。一方、Si含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Si含有量は、好ましくは0.05~1.00%である。Si含有量の下限は、より好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。Si含有量の上限は、より好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0020】
Mn:0.05~1.00%
マンガン(Mn)は、鋼の強度を向上させる。一方、Mn含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Mn含有量は、好ましくは0.05~1.00%である。Mn含有量の下限は、より好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.20%である。Mn含有量の上限は、より好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0021】
P:0.030%以下
リン(P)は不純物である。Pは、鋼の耐SCC性を低下させる。そのため、P含有量は、好ましくは0.030%以下である。P含有量は、より好ましくは0.025%以下である。
【0022】
S:0.0020%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、鋼の熱間加工性を低下させる。そのため、S含有量は、好ましくは0.0020%以下である。
【0023】
Cu:0.50%未満
銅(Cu)は不純物である。Cu含有量は、好ましくは0.50%未満である。Cu含有量は、より好ましくは0.10%以下であり、さらに好ましくは0.08%以下である。
【0024】
Cr:11.50~14.00%未満
クロム(Cr)は、鋼の耐炭酸ガス腐食性を向上させる。一方、Cr含有量が高すぎると、鋼の靱性及び熱間加工性が低下する。そのため、Cr含有量は、好ましくは11.50~14.00%未満である。Cr含有量の下限は、より好ましくは12.00%であり、さらに好ましくは12.50%である。Cr含有量の上限は、より好ましくは13.50%であり、さらに好ましくは13.20%である。
【0025】
Ni:5.00%超~7.00%
ニッケル(Ni)は、オーステナイト形成元素であり、鋼の組織をマルテンサイトにするために含有される。一方、Ni含有量が高すぎると、鋼の強度が低下する。そのため、Ni含有量は、好ましくは5.00%超~7.00%である。Ni含有量の下限は、好ましくは5.50%であり、さらに好ましくは6.00%である。Ni含有量の上限は、好ましくは6.80%であり、さらに好ましくは6.60%である。
【0026】
Mo:1.00%超~3.00%
モリブデン(Mo)は、鋼の耐硫化物応力腐食割れ性を向上させる。Moはさらに、溶接時に炭化物を形成してCr炭化物の析出を妨げ、HAZの耐SCC性の低下を抑制する。一方、Mo含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Mo含有量は、好ましくは1.00%超~3.00%である。Mo含有量の下限は、より好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.80%である。Mo含有量の上限は、より好ましくは2.80%であり、さらに好ましくは2.60%である。
【0027】
Ti:0.02~0.50%
チタン(Ti)は、溶接時に炭化物を形成してCr炭化物の析出を妨げ、HAZの耐SCC性の低下を抑制する。一方、Ti含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Ti含有量は、好ましくは0.02~0.50%である。Ti含有量の下限は、より好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Ti含有量の上限は、より好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0028】
Al:0.001~0.100%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。一方、Al含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Al含有量は、好ましくは0.001~0.100%である。Al含有量の下限は、より好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Al含有量の上限は、より好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.060%である。本明細書におけるAl含有量は、酸可溶Al(いわゆるSol.Al)の含有量を意味する。
【0029】
Ca:0.0001~0.0040%
カルシウム(Ca)は、鋼の熱間加工性を向上させる。一方、Ca含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Ca含有量は、好ましくは0.0001~0.0040%である。Ca含有量の下限は、より好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0008%である。Ca含有量の上限は、より好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
【0030】
N:0.0001~0.0200%未満
窒素(N)は、窒化物を形成して鋼の靱性を低下させる。一方、N含有量を過剰に制限すると製造コストが増加する。そのため、N含有量は、好ましくは0.0001~0.0200%未満である。N含有量の下限は、より好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%である。N含有量の上限は、より好ましくは0.0100%である。
【0031】
素管の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入される元素、あるいは製造過程の環境等から混入される元素をいう。
【0032】
素管の化学組成は、Feの一部に代えて、V、Nb、及びCoからなる群から選択される1種又は2種以上の元素を含有してもよい。V、Nb、及びCoは、すべて選択元素である。すなわち、素管の化学組成は、V、Nb、及びCoの一部又は全部を含有していなくてもよい。
【0033】
V:0~0.500%
バナジウム(V)は、鋼の強度を向上させる。Vが少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、V含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、V含有量は、好ましくは0~0.500%である。V含有量の下限は、より好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。V含有量の上限は、より好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.200%である。
【0034】
Nb:0~0.500%
ニオブ(Nb)は、鋼の強度を向上させる。Nbが少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、Nb含有量が高すぎると、鋼の靱性が低下する。そのため、Nb含有量は、好ましくは0~0.500%である。Nb含有量の下限は、より好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Nb含有量の上限は、より好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.200%である。
【0035】
Co:0~0.500%
コバルト(Co)は、オーステナイト形成元素であり、鋼の組織をマルテンサイトにするために含有させてもよい。Coが少しでも含有されていれば、この効果が得られる。一方、Co含有量が高すぎると、鋼の強度が低下する。そのため、Co含有量は、好ましくは0~0.500%である。Co含有量の下限は、より好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Co含有量の上限は、より好ましくは0.350%であり、さらに好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.280%である。
【0036】
素管は、これに限定されないが、例えば以下のように製造することができる。
【0037】
上述した素管と同じ化学組成を有する素材を準備する(ステップS1-1)。例えば、上述した化学組成を有する鋼を溶製し、連続鋳造又は分塊圧延を実施してビレットにする。連続鋳造又は分塊圧延に加えて、熱間加工や冷間加工、熱処理等を実施してもよい。
【0038】
素材を熱間加工して素管を製造する(ステップS1-2)。熱間加工は例えば、マンネスマン法やユジーン・セジュルネ法である。
【0039】
熱間加工された素管を焼入れする(ステップS1-3)。焼入れは、直接焼入れ、インライン焼入れ、及び再加熱焼入れのいずれでもよい。直接焼入れとは、熱間加工後の高温の素管をそのまま急冷する熱処理である。インライン焼入れとは、熱間加工後の素管を補熱炉で均熱した後、急冷する熱処理である。再加熱焼入れとは、熱間加工後の素管を一旦室温付近まで冷却した後、Ac点以上の温度に再加熱してから急冷する熱処理である。
【0040】
焼入れ温度(急冷直前の素管の温度)は、好ましくは850~1000℃である。急冷時の冷却速度は、好ましくは300℃/分以上である。
【0041】
焼入れがされた素管を焼戻しする(ステップS1-4)。具体的には、素管をAc点以下の保持温度で所定の保持時間保持した後、冷却する。焼戻しは、焼入れ工程(ステップS1-3)で生じた歪みを除去するとともに、鋼管の機械的特性を調整するために実施される。一般的に、保持温度を高くするほど、あるいは、保持時間を長くするほど、鋼管の強度は低くなり、靱性は向上する。保持温度及び保持時間は、要求される機械的特性に応じて決定される。
【0042】
焼戻しの保持温度は、好ましくは550~700℃である。保持時間は、好ましくは30~180分である。
【0043】
[ブラスト処理工程]
焼戻し工程で発生した酸化スケールをブラスト処理によって機械的に除去する(ステップS2)。投射材(研削材)は特に限定されないが、材質はアルミナが好ましい。また、投射材の粒度番号は、#60以下が好ましく、#30以下がより好ましい。それ以外の処理条件は特に限定されず、当業者であれば、適宜調整して、素管表面の酸化スケールを適切に除去できる。
【0044】
[酸洗工程]
ブラスト処理された素管に酸洗処理をする(ステップS3)。酸洗処理工程は、少なくとも硫酸酸洗工程(ステップS3-1)を含む。硫酸酸洗工程では、素管を硫酸濃度cの酸洗液に浸漬時間tの間浸漬する。このとき、硫酸濃度cと浸漬時間tとが(1)式を満たすようにする。ブラスト処理がされた素管に対して、(1)式を満たす条件で硫酸酸洗を実施すれば、清浄な表面が得られる。
×t1/3≧830・・・(1)
ただし、酸洗液の温度Tは50~70℃であり、cは15~22質量%であり、tは12~95分である。
【0045】
酸洗液の温度Tが50℃未満であると、(1)式を満たしていても清浄な表面が得られない場合がある。一方、酸洗液の温度Tを70℃よりも高くすると、有毒なSOガスが発生しやすくなる。
【0046】
同様に、酸洗液の硫酸濃度cが15質量%未満であると、(1)式を満たしていても清浄な表面が得られない場合がある。一方、酸洗液の硫酸濃度cを22質量%よりも高くすると、過酸洗により鋼材表面の荒れが生じる場合がある。
【0047】
同様に、浸漬時間tが12分未満であると、(1)式を満たしていても清浄な表面が得られない場合がある。一方、浸漬時間tを長くしすぎると、製造能率が低下することに加えて、過酸洗による表面荒れや変色が生じる場合がある。そのため、浸漬時間tの上限は95分とする。浸漬時間tの下限は、好ましくは15分であり、さらに好ましくは20分である。浸漬時間tの上限は、好ましくは80分であり、さらに好ましくは70分である。
【0048】
上述のとおり、c×t1/3が830以上であれば、清浄な表面が得られる。具体的には、本実施形態による素管の表面清浄度は、ISO 8501-1:1998に規定される除せい度で評価される。表面清浄度がSa2-1/2以上の場合、清浄な表面、すなわち、優れた表面清浄度を有すると判定する。c×t1/3の下限は、好ましくは850であり、さらに好ましくは860である。c×t1/3を大きくするほど、より安定的に清浄な表面が得られる。
【0049】
一方、c×t1/3を大きくするほど、製造能率は悪化する。c×t1/3の上限は、好ましくは1480であり、さらに好ましくは1350である。
【0050】
酸洗処理工程(ステップS3)は、硫酸酸洗工程(ステップS3-1)に加えて、フッ硝酸酸洗工程(ステップS3-2)を含んでいてもよい。硫酸酸洗工程(ステップS3-1)によってスケールが除去された素管に対してフッ硝酸酸洗工程(ステップS3-2)を実施すれば、素管の表面に不動態被膜が形成され、マルテンサイト系ステンレス鋼管の耐食性を向上させることができる。
【0051】
フッ硝酸酸洗工程(ステップS3-2)を実施する場合、酸洗液の温度は40℃未満とすることが好ましい。フッ酸と硝酸との混合比は、これに限定されないが、質量比で1:1~1:5とすることができる、酸全体の濃度は例えば5~30質量%である。浸漬時間は、例えば1~10分である。
【0052】
フッ硝酸酸洗工程(ステップS3-2)は、任意の工程である。すなわち、酸洗処理工程(ステップS3)は、フッ硝酸酸洗工程(ステップS3-2)を含んでいなくてもよい。硫酸酸洗工程(ステップS3-1)さえ実施すれば、清浄な表面が得られる。
【0053】
[高圧水洗浄工程]
酸洗処理工程(ステップS3)の後、必要に応じて、素管の内外面を高圧水洗浄する(ステップS4)。素管には、酸洗処理で生じた腐食生成物が付着している場合があり、この腐食生成物は、乾燥すると除去するのが困難になる。そのため、乾燥前に高圧水を吹き付けてこの腐食生成物を除去しておくことが好ましい。
【0054】
[湯浸漬工程]
酸洗処理工程(ステップS3)の後、あるいは高圧水洗浄工程(ステップS4)の後、必要に応じて、素管を湯浸漬する(ステップS5)。具体的には、素管を温水槽に浸漬する。温水の温度は、例えば60~85℃である。湯浸漬を実施することで、素管の乾燥時間を短くすることができる。
【0055】
高圧水洗浄工程(ステップS4)及び湯浸漬工程(ステップS5)は、いずれも任意の工程である。すなわち、本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法は、高圧水洗浄工程(ステップS4)及び湯浸漬工程(ステップS5)のいずれか又は両方を備えていなくてもよい。
【0056】
以上、本発明の一実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法を説明した。本実施形態によれば、優れた表面清浄度を有するマルテンサイト系ステンレス鋼管が得られる。
【実施例
【0057】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明は、これらの実施例に限定されない。
【0058】
表1に示す化学組成を有する鋼を溶製し、穿孔圧延を実施して外径355.6mm、肉厚17.5mmの素管を製造した。
【0059】
【表1】
【0060】
製造した素管に焼入れ焼戻しの熱処理を実施した。具体的には、950℃から室温まで水冷する焼入れをした後、633℃に90分保持した後冷却する焼戻しを実施した。焼戻し後、投射材にアルミナ(粒度番号:#14)を用いて、ブラスト処理により、素管表面の酸化スケールを機械的に除去した後、表2に示す条件で酸洗を実施した。フッ硝酸による酸洗は常温(約25℃)で実施した。一部の素管には高圧水洗浄及び湯浸漬のいずれか又は両方を実施した。
【0061】
ISO 8501-1:1998(塗料及びその関連製品の施工前の鋼材の素地調整-表面清浄度の目視評価)に準拠して、製造した鋼管の表面(内外面)の清浄度を判定した。具体的には、除せい度Sa2-1/2(拡大鏡なしで、表面には、目に見えるミルスケール、さび、塗膜、異物、油、グリース及び泥土がない。残存するすべての汚れは、そのこん跡がはん(斑)又はすじ状のわずかな染みだけとなって認められる程度。)を満足したものを「可」、満足しなかったものを「不可」と判定した。
【0062】
結果を表2に示す。また、硫酸酸洗工程における酸洗液の硫酸濃度c及び浸漬時間tと製造された表面清浄度との関係を図2に示す。
【0063】
【表2】
【0064】
図3は、除せい度Sa2-1/2を満足した、条件No.4で製造された鋼管の内面の写真である。図4は、除せい度Sa2-1/2を満足しなかった、条件No.11で製造された鋼管の内面の写真である。条件No.11には、管端から1000mm以降の位置に、黒皮残りが見られた。
【0065】
条件No.1~9、及び17~23は、c×t1/3が830以上であり、酸洗液の温度が50~70℃であり、cは15~22質量%であり、tは12~95分であった。これらの条件で製造された鋼管の表面清浄度は、除せい度Sa2-1/2を満足した。
【0066】
条件No.10~12の条件で製造された鋼管の表面清浄度は、除せい度Sa2-1/2を満足しなかった。これは、c×t1/3が低すぎたためと考えられる。
【0067】
条件No.13の条件で製造された鋼管の表面清浄度は、除せい度Sa2-1/2を満足しなかった。これは、浸漬時間tが短すぎたためと考えられる。
【0068】
条件No.14及び15の条件で製造された鋼管の表面清浄度は、除せい度Sa2-1/2を満足しなかった。これは、硫酸濃度cが低すぎたためと考えられる。
【0069】
条件No.16の条件で製造された鋼管の表面清浄度は、除せい度Sa2-1/2を満足しなかった。これは、酸洗液の温度Tが低すぎたためと考えられる。
【0070】
以上、本発明の実施の形態を説明した。上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【0071】
本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法に適用されるが、好ましくはマルテンサイト系ステンレス継目無鋼管の製造方法に適用可能である。
図1
図2
図3
図4