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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-23
(45)【発行日】2023-01-31
(54)【発明の名称】無方向性電磁鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/00 20060101AFI20230124BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230124BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20230124BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20230124BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20230124BHJP
   C23C 22/74 20060101ALI20230124BHJP
【FI】
C23C22/00 B
C22C38/00 303U
C21D9/46 501B
H01F1/147 183
C22C38/06
C23C22/74
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022549130
(86)(22)【出願日】2022-03-30
(86)【国際出願番号】 JP2022016210
【審査請求日】2022-08-15
(31)【優先権主張番号】P 2021060499
(32)【優先日】2021-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】竹田 和年
(72)【発明者】
【氏名】福地 美菜子
(72)【発明者】
【氏名】名取 義顕
(72)【発明者】
【氏名】藤井 浩康
(72)【発明者】
【氏名】高谷 真介
【審査官】松村 駿一
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-249881(JP,A)
【文献】特開平10-046350(JP,A)
【文献】国際公開第2021/054450(WO,A1)
【文献】特開平07-041913(JP,A)
【文献】特開2003-213334(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00
C22C 38/00
C21D 9/46
H01F 1/147
C22C 38/06
C23C 22/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に形成されている絶縁被膜とを備え、
前記絶縁被膜は、
リン酸金属塩と、
有機樹脂とを含有し、
前記母材鋼板の圧延方向における前記絶縁被膜の中心線平均粗さRa75と前記圧延方向と直角方向における前記絶縁被膜の中心線平均粗さRa75との相加平均が0.20~0.50μmであり、
前記絶縁被膜中の窒素含有量が0.05~5.00質量%である、
無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
請求項1に記載の無方向性電磁鋼板であって、
前記リン酸金属塩は、
リン酸Zn、リン酸Mn、リン酸Al、及び、リン酸Moからなる群から選択される1種以上を含有し、
前記有機樹脂は、
エポキシ樹脂を主成分とする、
無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の無方向性電磁鋼板であって、
前記絶縁被膜は、アミン系化合物を含有し、
前記アミン系化合物は、アルキルアミン、アルカノールアミン、ポリアミン化合物、イソシアネート化合物、ブロックイソシアネート化合物、芳香族アミン化合物、及び、窒素含有複素環化合物からなる群から選択される1種以上である、
無方向性電磁鋼板。
【請求項4】
請求項1~のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板であって、
前記母材鋼板は、質量%で、
Si:2.5~4.5%、
Al:0.1~1.5%、
Mn:0.2~4.0%を含有する、
無方向性電磁鋼板。
【請求項5】
請求項1に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法であって、
リン酸金属塩と、有機樹脂とを含有する表面処理剤を母材鋼板の表面に塗布する工程と、
前記表面処理剤が塗布された前記母材鋼板を、熱処理温度200~450℃、露点0~30℃、熱処理時間10~60秒、及び、昇温条件(1)~昇温条件(3)に示すいずれかの昇温速度で加熱して、絶縁被膜を形成する工程とを備える、
無方向性電磁鋼板の製造方法。
昇温条件(1):前記表面処理剤の濃度が16wt%未満の場合、前記昇温速度が20~40℃/s、
昇温条件(2):前記表面処理剤の濃度が16~30wt%未満の場合、前記昇温速度が5~20℃/s未満、
昇温条件(3):前記表面処理剤の濃度が30wt%以上の場合、前記昇温速度が5℃/s未満。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無方向性電磁鋼板及びその製造方法に関する。
本願は、2021年3月31日に、日本に出願された特願2021-060499号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
無方向性電磁鋼板は、オーディオ機器等の小型家電の駆動用モータや、ハイブリッドカー及び電気自動車の駆動用モータ用の鉄芯(モータコア(ロータコア、ステータコア))に利用されている。
【0003】
無方向性電磁鋼板の表面には絶縁被膜が形成されている。絶縁被膜はたとえば、ステータコアとして積層された電磁鋼板同士の絶縁性を担保する。つまり、絶縁被膜には、優れた絶縁性が求められる。絶縁被膜にはさらに、鋼板に対する密着性が求められる。そのため、絶縁被膜には、絶縁性とともに、密着性が求められる。
【0004】
絶縁性及び密着性に優れる無方向性電磁鋼板の絶縁被膜がたとえば、国際公開第2016/136515号(特許文献1)、及び、特開2017-141480号公報(特許文献2)に提案されている。
【0005】
特許文献1に開示された電磁鋼板は、リン酸金属塩100質量部、および、平均粒径が0.05~0.50μmの有機樹脂1~50質量部から構成されるバインダーと、前記バインダーの固形分100質量部に対する含有量が0.1~10.0質量部である炭素数2~50のカルボン酸系化合物と、を含み、前記有機樹脂は、アクリル樹脂、エポキシ樹脂およびポリエステル樹脂から選択される1種以上である、絶縁被膜を鋼板表面に有する。この絶縁被膜は、クロム化合物を含有しない場合であっても、絶縁性に加えて、密着性、耐蝕性、外観および打ち抜き後の端面防錆性に優れる、と特許文献1には記載されている。
【0006】
特許文献2に開示された電磁鋼板は、表面に、主成分であるリン酸金属塩100質量部と、平均粒径が0.05~0.50μmであって、反応性乳化剤を利用したアクリル樹脂1~50質量部と、多価アルコール0.5~10質量部と、から構成された絶縁被膜を有し、前記リン酸金属塩の金属元素は、少なくとも2価の金属元素と3価の金属元素とが混在しており、前記2価の金属元素の混合比は、前記リン酸金属塩の金属元素の全体質量に対して、30~80質量%である。この絶縁被膜は、薄く塗布して占積率を向上させたとしても、均一性が良好であり、絶縁性に問題が無く、かつ、電着塗装やモールド時の樹脂に対する密着性に優れる、と特許文献2には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2016/136515号
【文献】日本国特開2017-141480号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、無方向性電磁鋼板を用いたステータコアの製造方法は次のとおりである。無方向性電磁鋼板を所定形状に打抜き加工する。打抜き加工後の鋼板(コアブランク)を積層して固着し、積層鉄心を製造する。ステータコアのスロットにコイルを配置する。打抜き加工の際、打抜かれた無方向性電磁鋼板には加工歪が付与され、磁気特性が劣化する。そのため、加工歪を除去するために歪取焼鈍が実施されることがある。焼鈍は700℃以上の高温である。焼鈍時に加熱された絶縁被膜は、加熱による分解物を生成する場合がある。
【0009】
上述のとおり、無方向性電磁鋼板の絶縁被膜には、優れた密着性が求められており、歪取焼鈍後であっても、優れた密着性が求められる。密着性が低い場合、鋼板から剥離した被膜片が、ステータコアと、ロータコアとの間に入り込んで、ステータコア及びロータコアの回転を阻害する。場合によっては、ロータコアが破損する恐れがある。
【0010】
焼鈍時に加熱により生成した、絶縁被膜の分解物には、一酸化窒素(NO)、及び、二酸化窒素(NO)等の窒素酸化物(いわゆるNOx)が含有される場合がある。NOxは焼鈍炉を損傷したり、大気汚染の原因物質となったりする。そのため、打抜き加工及び積層後の積層鉄心を焼鈍する際にNOxの排出が抑制されれば好ましい。
【0011】
本発明の目的は、優れた密着性及びNO排出量の抑制の両立が可能な絶縁被膜を備えた無方向性電磁鋼板、及び、優れた密着性及びNOx排出量の抑制の両立が可能な絶縁被膜を備えた無方向性電磁鋼板の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の無方向性電磁鋼板は、
母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に形成されている絶縁被膜とを備え、
前記絶縁被膜は、
リン酸金属塩と、
有機樹脂とを含有し、
前記母材鋼板の圧延方向における前記絶縁被膜の中心線平均粗さRa75と前記圧延方向と直角方向における中心線平均粗さRa75との相加平均が0.20~0.50μmであり、
前記絶縁被膜中の窒素含有量が0.05~5.00質量%である。
【0013】
本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法は、
上記の無方向性電磁鋼板の製造方法であって、
リン酸金属塩と、有機樹脂とを含有する表面処理剤を母材鋼板の表面に塗布する工程と、
前記表面処理剤が塗布された前記母材鋼板を、熱処理温度200~450℃、露点0~30℃、熱処理時間10~60秒、及び、昇温条件(1)~昇温条件(3)に示すいずれかの昇温速度で加熱して、絶縁被膜を形成する工程とを備える。
昇温条件(1):前記表面処理剤の濃度が16wt%未満の場合、前記昇温速度が20~40℃/s、
昇温条件(2):前記表面処理剤の濃度が16~30wt%未満の場合、前記昇温速度が5~20℃/s未満、
昇温条件(3):前記表面処理剤の濃度が30wt%以上の場合、前記昇温速度が5℃/s未満。
【発明の効果】
【0014】
本発明の上記態様における無方向性電磁鋼板は、優れた密着性及びNOx排出量の抑制の両立が可能な絶縁被膜を備える。本発明の上記態様における無方向性電磁鋼板の製造方法は、優れた密着性及びNOx排出量の抑制の両立が可能な絶縁被膜を備える無方向性電磁鋼板を製造可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本実施形態の無方向性電磁鋼板の板厚方向の断面図である。
図2図2は、図1中の絶縁被膜20を拡大した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、無方向性電磁鋼板の絶縁被膜における、優れた密着性及びNOx排出量の抑制の両立について調査及び検討を行った。
【0017】
本発明者らははじめに、無方向性電磁鋼板の絶縁被膜の密着性を高める手段を検討した。上述の特許文献1及び特許文献2には、リン酸金属塩と有機樹脂とを含有する絶縁被膜であれば密着性に優れることが記載されている。そこで本発明者らは、リン酸金属塩と有機樹脂とを含有する絶縁被膜の密着性をさらに高める手段を検討した。
【0018】
本発明者らの検討の結果、上述のリン酸金属塩と有機樹脂とを含有する絶縁被膜の場合、絶縁被膜中に窒素を含有させれば、密着性が高まることが分かった。絶縁被膜が窒素を含有すれば密着性が高まる理由は定かではないが、たとえば次のように考えられる。
【0019】
母材鋼板は金属であり、表面に水酸基を有する。また、リン酸金属塩の極性は大きい。一方、有機樹脂は非極性基である炭化水素を多く含むため極性が小さい。そのため、リン酸金属塩中に単に有機樹脂を含有させるだけでは、有機樹脂とリン酸金属塩との相溶性が低い。この場合、絶縁被膜の密着性が低い。しかしながら、絶縁被膜が窒素を含有すれば、窒素がリン酸金属塩と有機樹脂の相溶性を高める。これにより、有機樹脂と、母材鋼板及びリン酸金属塩とが水素結合により結合して、絶縁被膜の密着性が高まると考えられる。
【0020】
しかしながら、単に絶縁被膜中に窒素を含有させるだけでは、NOxの排出を抑制できない。そこで、窒素を含有することを前提として、絶縁被膜中の窒素含有量を制御する。絶縁被膜中の窒素含有量が低ければ、NOxの発生源となる窒素が少ないため、NOxの排出が抑制される。
【0021】
また、歪取焼鈍後の密着性を高めるためには、絶縁被膜の表面粗度も重要な影響因子である。表面粗度が小さ過ぎると歪取焼鈍中に大きな亀裂が入り易く密着性が低下する。
【0022】
以上の検討結果に基づいて、本発明者らは、優れた密着性及びNOx排出量の抑制の両立が可能な絶縁被膜について検討を行った。その結果、絶縁被膜が、リン酸金属塩と、有機樹脂とを含有し、絶縁被膜中の窒素含有量が0.05~5.00質量%であり、母材鋼板の圧延方向における絶縁被膜の中心線平均粗さRa75と圧延方向と直角方向における絶縁被膜の中心線平均粗さRa75との相加平均が0.20~0.50μmであれば、絶縁被膜の密着性を高めつつ、NOx排出量を抑制できることを見出した。
【0023】
本実施形態の無方向性電磁鋼板は上述の技術思想に基づいて完成したものであり、その要旨は次のとおりである。
【0024】
[1]
母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に形成されている絶縁被膜とを備え、
前記絶縁被膜は、
リン酸金属塩と、
有機樹脂とを含有し、
前記母材鋼板の圧延方向における前記絶縁被膜の中心線平均粗さRa75と前記圧延方向と直角方向における前記絶縁被膜の中心線平均粗さRa75との相加平均が0.20~0.50μmであり、
前記絶縁被膜中の窒素含有量が0.05~5.00質量%である、
無方向性電磁鋼板。
【0025】
[2]
[1]に記載の無方向性電磁鋼板であって、
前記リン酸金属塩は、
リン酸Zn、リン酸Mn、リン酸Al、及び、リン酸Moからなる群から選択される1種以上を含有し、
前記有機樹脂は、
エポキシ樹脂を主成分とする、
無方向性電磁鋼板。
【0026】
ここで、「エポキシ樹脂を主成分とする」とは、有機樹脂におけるエポキシ樹脂の含有量が質量%で50%以上であることを意味する。
【0027】
[3]
[1]又は[2]に記載の無方向性電磁鋼板であって、
前記絶縁被膜は、アミン系化合物を含有する、
無方向性電磁鋼板。
【0028】
[4]
[1]~[3]のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板であって、
前記アミン系化合物は、アルキルアミン、アルカノールアミン、ポリアミン化合物、イソシアネート化合物、ブロックイソシアネート化合物、芳香族アミン化合物、及び、窒素含有複素環化合物からなる群から選択される1種以上である、
無方向性電磁鋼板。
【0029】
[5]
[1]~[4]のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板であって、
前記母材鋼板は、質量%で、
Si:2.5~4.5%、
Al:0.1~1.5%、
Mn:0.2~4.0%を含有する、
無方向性電磁鋼板。
【0030】
また、上述の無方向性電磁鋼板は、たとえば次の製造方法で製造できる。
【0031】
[6]
リン酸金属塩と、有機樹脂とを含有する表面処理剤を母材鋼板の表面に塗布する工程と、
前記表面処理剤が塗布された前記母材鋼板を、熱処理温度200~450℃、露点0~30℃、熱処理時間10~60秒、及び、昇温条件(1)~昇温条件(3)に示すいずれかの昇温速度で加熱して、絶縁被膜を形成する工程とを備える、
無方向性電磁鋼板の製造方法。
昇温条件(1):前記表面処理剤の濃度が16wt%未満の場合、前記昇温速度が20~40℃/s、
昇温条件(2):前記表面処理剤の濃度が16~30wt%未満の場合、前記昇温速度が5~20℃/s未満、
昇温条件(3):前記表面処理剤の濃度が30wt%以上の場合、前記昇温速度が5℃/s未満。
【0032】
以下、本実施形態の無方向性電磁鋼板について、詳細に説明する。
【0033】
[無方向性電磁鋼板の構成]
図1は、本実施形態の無方向性電磁鋼板の板厚方向の断面図である。図1を参照して、無方向性電磁鋼板1は、母材鋼板10と、絶縁被膜20とを備える。絶縁被膜20は、母材鋼板10の表面に形成されている。図1では、絶縁被膜20は、母材鋼板10の上表面及び下表面にそれぞれ形成されている。しかしながら、絶縁被膜20は、母材鋼板10のいずれか一方の表面のみに形成されていてもよい。以下、母材鋼板10及び絶縁被膜20について説明する。
【0034】
[母材鋼板10]
母材鋼板10は、無方向性電磁鋼板1として用いられる公知の鋼板から適宜選択することができる。つまり、母材鋼板10は、無方向性電磁鋼板1用途の公知の鋼板であれば、特に限定されない。
【0035】
母材鋼板10の化学組成は、基本元素を含有し、必要に応じて任意元素を含有し、残部がFe及び不純物からなる。母材鋼板10の化学組成は例えば、次の元素を含有する。以下、特に断りがない限り、「%」は質量%を意味する。
【0036】
[基本元素]
母材鋼板10の化学組成は、基本元素として、Si、Al及びMnを含有する。以下、これらの元素について説明する。
【0037】
Si:2.5~4.5%
珪素(Si)は、鋼の電気抵抗を高め、渦電流損を低減する。その結果、鋼板の鉄損が低下する。Siはさらに、鋼の強度を高める。Si含有量が2.5%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が4.5%を超えれば、鋼の加工性が低下する。したがって、Si含有量は2.5~4.5%である。Si含有量の好ましい下限は2.6%であり、さらに好ましくは2.7%である。Si含有量の好ましい上限は4.3%であり、さらに好ましくは4.2%である。
【0038】
Al:0.1~1.5%
アルミニウム(Al)は、鋼の電気抵抗を高め、渦電流損を低減する。その結果、鋼板の鉄損が低下する。Al含有量が0.1%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Al含有量が1.5%を超えれば、飽和磁束密度が低下する。したがって、Al含有量は0.1~1.5%である。Al含有量の好ましい下限は0.15%であり、さらに好ましくは0.2%である。Al含有量の好ましい上限は1.4%であり、さらに好ましくは1.3%である。
【0039】
Mn:0.2~4.0%
マンガン(Mn)は、鋼の電気抵抗を高め、渦電流損を低減する。その結果、鋼板の鉄損が低下する。Mnはさらに、磁気特性に対して好ましくない{111}<112>集合組織の生成を抑制する。Mn含有量が0.2%未満であれば、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が4.0%を超えれば、集合組織が変化して、ヒステリシス損が劣化する。したがって、Mn含有量は0.2~4.0%である。Mn含有量の好ましい下限は0.3%であり、さらに好ましくは、0.4%である。Mn含有量の好ましい上限は3.8%であり、さらに好ましくは3.6%である。
【0040】
本実施形態では、母材鋼板10の化学組成は、不純物を含有する。ここで、不純物とは、母材鋼板10を工業的に生産するときに、原料として鉱石やスクラップから、又は、製造環境等から混入する元素を意味する。不純物はたとえば、C、P、S、N等の元素である。
【0041】
母材鋼板10の化学組成は、周知の化学分析法により測定できる。たとえば、母材鋼板10の化学組成は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。
【0042】
[絶縁被膜20]
絶縁被膜20は、上述のとおり、母材鋼板10の表面に形成されている。無方向性電磁鋼板1は、コアブランクに加工された後、積層されてモータコアを形成する。絶縁被膜20は、積層後の鋼板間(コアブランク間)の渦電流を低減する。その結果、モータコアの渦電流損を低減できる。
【0043】
図2は、図1中の絶縁被膜20の拡大した断面図である。図2を参照して、絶縁被膜20は、リン酸金属塩201と有機樹脂202とを含有する。なお、絶縁被膜20はクロム酸化物を含有しない。以下、リン酸金属塩201、有機樹脂202、及び、アミン系化合物について説明する。
【0044】
[リン酸金属塩201]
リン酸金属塩201は、絶縁被膜20のバインダーとして機能する。リン酸金属塩201は、リン酸及び金属イオンを含有する水溶液(絶縁被膜溶液)を乾燥させて得られる固形分である。リン酸の種類は特に限定されず、公知のリン酸を使用できる。好ましいリン酸はオルトリン酸、メタリン酸、及び、ポリリン酸からなる群から選択される1種以上である。
【0045】
金属イオンは、絶縁被膜20の耐蝕性及び密着性に作用する。金属イオンの種類は特に限定されない。金属イオンはたとえば、Li、Al、Zn、Mg、Ca、Sr、Ti、Co、Mn及びNiからなる群から選択される1種以上である。
【0046】
好ましくは、リン酸金属塩は、リン酸Zn、リン酸Mn、リン酸Al、及び、リン酸Moからなる群から選択される1種以上を含有する。リン酸Znは絶縁被膜20の耐蝕性を有効に高める。リン酸Mnは、絶縁被膜20の耐熱性を高める。リン酸Alは母材鋼板10に対する絶縁被膜20の密着性を高め、さらに、絶縁被膜20の耐熱性を高める。リン酸Moは、絶縁被膜20の耐熱性を高める。リン酸金属塩はさらに、Al及びZnに加えて、Al及びZn以外の上述の他の金属元素をさらに含有してもよい。
【0047】
[有機樹脂202]
図2を参照して、有機樹脂202は、バインダーとして機能するリン酸金属塩201中に分散して含有される。有機樹脂202は、リン酸金属塩201が粗大に成長するのを抑制し、リン酸金属塩201の多結晶化を促進する。有機樹脂202により、緻密な絶縁被膜20が形成される。
【0048】
有機樹脂202は、特に限定されず、公知の有機樹脂を用いることができる。好ましい有機樹脂202は、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、酢酸ビニル樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリアミド樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、シリコン樹脂、ポリプロピレン樹脂、及び、ポリエチレン樹脂からなる群から選択される1種以上からなる。
【0049】
好ましくは、有機樹脂202は、エポキシ樹脂である。エポキシ樹脂は、絶縁性及び耐蝕性に優れる。エポキシ樹脂の種類は特に限定されない。エポキシ樹脂はたとえば、ビスフェノールA、F、B型、脂環型、グリシジルエーテル型、グリシジルエステル型、ビフェニル型、ナフタレン型、フェノールノボラック型、オルソクレゾールノボラック型、テトラフェニロールエタン型、トリスヒドロキシンフェニルメタン型からなる群から選択される1種以上である。
【0050】
より具体的には、エポキシ樹脂はたとえば、ビスフェノールA-ジグリシジルエーテル、ビスフェノールA-ジグリシジルエーテルのカプロラクトン開環付加物、ビスフェノールF-ジグリシジルエーテル、ビスフェノールS-ジグリシジルエーテル、ノボラックグリシジルエーテル、ダイマー酸グリシジルエーテル、グリシジルエーテルの誘導体、ヘキサヒドロフタル酸ポリグリシジルエステル、ダイマー酸グリジスルエステル、グルシジルエステルの誘導体、からなる群から選択される1種以上である。
【0051】
[絶縁被膜20中のリン酸金属塩201及び有機樹脂202の測定方法]
絶縁被膜20中のリン酸金属塩201及び有機樹脂202は次の方法で測定できる。絶縁被膜20が形成された無方向性電磁鋼板1を加熱したときのガス発生挙動を、熱分解-ガスクロマトグラフ/質量分析(Pyrolysis-Gas Chromatograph/Mass Spectrometry、Py-GC/MS)法(以下、GC/MS法という)を用いて分析することにより、有機樹脂202の有無、及び、有機樹脂202の種類を特定する。上述のGC/MS法とフーリエ変換赤外分光分析法(FT―IR)を併用して、有機樹脂を特定してもよい。
【0052】
さらに、絶縁被膜20に対してエネルギー分散型X線分光分析(EDS)又はICP-AESによる化学分析を実施し、P、及び、金属元素(Zn、Al等)が検出されれば、絶縁被膜20中にリン酸金属塩が含まれると判断する。
【0053】
[絶縁被膜表面粗さ]
絶縁被膜20の表面粗さは、母材鋼板10の圧延方向におけるRa75(中心線平均粗さ)と母材鋼板10の圧延方向と直角方向におけるRa75とを測定した後に算出した相加平均値が、0.20~0.50μmである。表面粗度のRa75が0.02μm未満の場合、歪取焼鈍中に大きな亀裂が入り易く密着性が低下し、0.50μm超ではNOx発生量が増大する場合がある。
表面粗度のRa75のより好ましい下限は0.25μmであり、より好ましい上限は0.40μmである。Ra75は、JIS B0601:2013に記載の中心線平均粗さである。Ra75は、JIS B0601:2013に準拠して測定することができる。
【0054】
[絶縁被膜20中の窒素含有量]
リン酸金属塩201と、有機樹脂202とを含有する、本実施形態の絶縁被膜20においては、窒素含有量が0.05質量%未満の場合、絶縁被膜20の密着性を高められない。一方、リン酸金属塩201と、有機樹脂202とを含有する、本実施形態の絶縁被膜20においては、窒素含有量が5.00質量%超の場合、焼鈍時のNOxの排出を抑制できない。したがって、絶縁被膜20中の窒素含有量は0.05~5.00質量%である。絶縁被膜20中の窒素含有量の下限は0.10質量%であり、より好ましくは0.15質量%である。絶縁被膜20中の窒素含有量の上限は好ましくは4.80質量%であり、より好ましくは4.50質量%であり、さらに好ましくは4.00質量%であり、さらに好ましくは3.00質量%である。
【0055】
[絶縁被膜20中の窒素含有量の測定方法]
絶縁被膜20中の窒素含有量は次の方法で測定する。絶縁被膜20が形成された無方向性電磁鋼板1に対して、エネルギー分散型X線分光分析(EDS)装置を用いて、絶縁被膜20の各元素含有量を測定する。分析は、無方向性電磁鋼板1(絶縁被膜20)の任意の5か所の表面に対して行う。分析結果から、鉄(Fe)のピーク強度を除いて、残りの元素のピークの合計を100質量%として窒素含有量(質量%)を求める。
【0056】
[アミン系化合物]
好ましくは、絶縁被膜20は、アミン系化合物を含有する。本明細書において、アミン系化合物とは、必ずしもアミンを含有する化合物に限定されない。アミン系化合物とは、第一級アミン(R-NH)、第二級アミン(R-NH-R)、第三級アミン(R-NR-R)、イソシアネート基(R-N=C=O)、アミド基(R-CO-N-R)、イミド基(R-CO-NR-CO-R)、ニトリル基(R-CN)、ヒドラジド(R-CO-NRNR)、グアニジン基(R-NH-CNH-NH)、及び、窒素含有複素環からなる群から選択される少なくとも1種を含有する化合物である。アミン系化合物は、有機樹脂202の一部として絶縁被膜20に含有されてもよいし、有機樹脂202とは独立して絶縁被膜20に含有されてもよい。いずれの場合であっても、アミン系化合物は、有機樹脂202の極性を高める。これにより、絶縁被膜20の密着性を高める。好ましくは、アミン系化合物は有機樹脂202の一部として絶縁被膜20に含有される。つまり、上述の有機樹脂202は好ましくは、アミン系化合物含有有機樹脂202である。
【0057】
好ましくは、アミン系化合物は、アルキルアミン、アルカノールアミン、ポリアミン化合物、イソシアネート化合物、ブロックイソシアネート化合物、芳香族アミン化合物、及び、窒素含有複素環化合物からなる群から選択される1種以上である。
【0058】
[絶縁被膜20中のアミン系化合物の特定方法]
絶縁被膜20中のアミン系化合物は次の方法で特定できる。絶縁被膜20が形成された無方向性電磁鋼板1を加熱したときのガス発生挙動を、上述のGC/MS法及びフーリエ変換赤外分光分析法(FT-IR)を用いて分析することにより、アミン系化合物の有無、及び、アミン系化合物の種類を特定する。
【0059】
[絶縁被膜20の好ましい膜厚]
絶縁被膜20の膜厚は特に限定されない。絶縁被膜20の好ましい膜厚は、0.2~1.60μmである。膜厚が0.2~1.60μmであれば、絶縁被膜20はさらに優れた絶縁性を示す。しかしながら、絶縁被膜20の膜厚は0.2~1.60μm以外であっても、優れた密着性及びNO排出量の抑制の両立が可能である。
【0060】
以上のとおり、本実施形態の無方向性電磁鋼板1は、母材鋼板10と、母材鋼板10の表面に形成されている絶縁被膜20とを備える。絶縁被膜20は、リン酸金属塩201と、有機樹脂202と、アミン系化合物とを含有する。絶縁被膜20中の窒素含有量は5.0質量%以下である。そのため、優れた密着性及びNO排出量の抑制の両立が可能である。
【0061】
[製造方法]
本実施形態の無方向性電磁鋼板1の製造方法の一例を説明する。以降に説明する製造方法は、無方向性電磁鋼板1を製造するための一例である。したがって、無方向性電磁鋼板1は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、無方向性電磁鋼板1の製造方法の好適な一例である。
【0062】
本実施形態の無方向性電磁鋼板1の製造方法の一例は、リン酸金属塩201と、有機樹脂202とを含有する表面処理剤を母材鋼板10の表面に塗布する工程(塗布工程)と、表面処理剤が塗布された母材鋼板10を加熱して、絶縁被膜20を形成する工程(焼付工程)とを含む。以下、各工程について説明する。
【0063】
[塗布工程]
塗布工程では、母材鋼板10の表面に表面処理剤を塗布する。塗布方法は特に限定されない。公知の塗布方法を適用できる。塗布方法はたとえば、ロールコータ方式、スプレー方式、ディップ方式等である。
【0064】
[表面処理剤について]
表面処理剤は、リン酸金属塩と、有機樹脂とを含有する。ここで、表面処理剤におけるリン酸金属塩及び有機樹脂は、上述したリン酸金属塩及び有機樹脂を用いる。リン酸金属塩溶液を調製する際には、オルトリン酸等の各種のリン酸に対し、金属イオンの酸化物、炭酸塩、及び、水酸化物の少なくとも何れかを混合することが好ましい。
【0065】
[表面処理剤中の有機樹脂の含有量について]
表面処理剤中の有機樹脂の含有量は、リン酸金属塩100.0質量部に対して、1.0~70.0質量部とする。有機樹脂の含有量が1.0質量部未満である場合、リン酸金属塩の粗大化を十分に抑制できない。この場合、絶縁被膜20の母材鋼板10に対する密着性が低下する。一方、有機樹脂の含有量が70.0質量部を超える場合、絶縁被膜中に有機樹脂が過剰に含有される。この場合、絶縁被膜20の母材鋼板10に対する密着性が低下する。したがって、表面処理剤中の有機樹脂の含有量は、リン酸金属塩100質量部に対して、1.0~70.0質量部とする。
【0066】
有機樹脂の含有量の好ましい下限は、リン酸金属塩100.0質量部に対して、好ましくは2.0質量部であり、さらに好ましくは3.0質量部である。有機樹脂の含有量の好ましい上限は、リン酸金属塩100.0質量部に対して、65.0質量部であり、さらに好ましくは60.0質量部であり、さらに好ましくは55.0質量部であり、さらに好ましくは50.0質量部である。
【0067】
[アミン系化合物について]
表面処理剤は、リン酸金属塩及び有機樹脂に加え、アミン系化合物を含有してもよい。アミン系化合物は、上述のアミン系化合物を用いる。アミン系化合物は、次のいずれかの方法で、表面処理剤に含有される。
(1)有機樹脂としてのアミン系化合物
(2)有機樹脂の硬化剤としてのアミン系化合物
(3)有機樹脂の変性剤としてのアミン系化合物
(4)混合物としてのアミン系化合物
【0068】
(1)有機樹脂としてのアミン系化合物
アミン系化合物は有機樹脂の一部として表面処理剤に含有されてもよい。この場合、具体的には、第一級アミン(R-NH)、第二級アミン(R-NH-R)、第三級アミン(R-NR-R)、イソシアネート基(R-N=C=O)、アミド基(R-CO-N-R)、イミド基(R-CO-NR-CO-R)、ニトリル基(R-CN)、ヒドラジド(R-CO-NRNR)、グアニジン基(R-NH-CNH-NH)、及び、窒素含有複素環からなる群から選択される少なくとも1種を含有する有機樹脂を用いる。好ましくは、アルキルアミン、アルカノールアミン、ポリアミン化合物、イソシアネート化合物、ブロックイソシアネート化合物、芳香族アミン化合物、及び、窒素含有複素環化合物、水溶性イミド樹脂、自己乳化型ポリアミド樹脂、水性アミノ樹脂(水性メラミン、水性ベンゾグアナミン、水性ユリア樹脂)からなる群から選択される1種以上を含有する有機樹脂を用いる。
【0069】
(2)有機樹脂の硬化剤としてのアミン系化合物
アミン系化合物は有機樹脂の硬化剤として表面処理剤に含有されてもよい。この場合、具体的には、第一級アミン(R-NH)、第二級アミン(R-NH-R)、第三級アミン(R-NR-R)、イソシアネート基(R-N=C=O)、アミド基(R-CO-N-R)、イミド基(R-CO-NR-CO-R)、ニトリル基(R-CN)、ヒドラジド(R-CO-NRNR)、グアニジン基(R-NH-CNH-NH)、及び、窒素含有複素環からなる群から選択される少なくとも1種を含有する硬化剤を用いる。好ましくは、アルキルアミン、アルカノールアミン、ポリアミン化合物、イソシアネート化合物、ブロックイソシアネート化合物、芳香族アミン化合物、及び、窒素含有複素環化合物からなる群から選択される1種以上を含有する硬化剤を用いる。
【0070】
(3)有機樹脂の変性剤としてのアミン系化合物
アミン系化合物は有機樹脂の変性剤として表面処理剤に含有されてもよい。この場合、具体的には、第一級アミン(R-NH)、第二級アミン(R-NH-R)、第三級アミン(R-NR-R)、イソシアネート基(R-N=C=O)、アミド基(R-CO-N-R)、イミド基(R-CO-NR-CO-R)、ニトリル基(R-CN)、ヒドラジド(R-CO-NRNR)、グアニジン基(R-NH-CNH-NH)、及び、窒素含有複素環からなる群から選択される少なくとも1種を含有する変性剤を用いる。好ましくは、アルキルアミン、アルカノールアミン、ポリアミン化合物、イソシアネート化合物、ブロックイソシアネート化合物、芳香族アミン化合物、及び、窒素含有複素環化合物からなる群から選択される1種以上を含有する変性剤を用いる。
【0071】
(4)混合物としてのアミン系化合物
アミン系化合物は、混合物として表面処理剤に含有されてもよい。この場合、具体的には、第一級アミン(R-NH)、第二級アミン(R-NH-R)、第三級アミン(R-NR-R)、イソシアネート基(R-N=C=O)、アミド基(R-CO-N-R)、イミド基(R-CO-NR-CO-R)、ニトリル基(R-CN)、ヒドラジド(R-CO-NRNR)、グアニジン基(R-NH-CNH-NH)、及び、窒素含有複素環からなる群から選択される少なくとも1種を含有する化合物を用いる。好ましくは、アルキルアミン、アルカノールアミン、ポリアミン化合物、イソシアネート化合物、ブロックイソシアネート化合物、芳香族アミン化合物、及び、窒素含有複素環化合物からなる群から選択される1種以上を含有する化合物を用いる。
【0072】
表面処理剤がアミン系化合物を含有する場合、表面処理剤中のアミン系化合物の含有量は、リン酸金属塩100.0質量部に対して、1~70質量部である。アミン系化合物の含有量が1質量部以上であれば、有機樹脂の相溶性がより安定的に高まる。そのため、絶縁被膜の密着性がより安定的に高まる。一方、アミン系化合物の含有量が70質量部以下であれば、絶縁被膜の歪取焼鈍後の絶縁性がより安定的に高まる。したがって、アミン系化合物を含有する場合、表面処理剤中のアミン系化合物の含有量は、リン酸金属塩100.0質量部に対して、1~70質量部とする。
【0073】
[硬化剤について]
表面処理剤は、リン酸金属塩及び有機樹脂に加え、硬化剤を含有してもよい。硬化剤は、有機樹脂を硬化する。上述のとおり、アミン系化合物が硬化剤として含有される場合、硬化剤はアミン系化合物を含有する。しかしながら、硬化剤は、アミン系化合物を含有する硬化剤に限定されない。硬化剤は例えば、ポリアミン系硬化剤、酸無水物系硬化剤、メチロール基含有初期縮合物、からなる群から選択される1種以上を使用できる。
【0074】
ポリアミン系硬化剤は例えば、脂肪族ポリアミン、脂環族ポリアミン、芳香族ポリアミン、ポリアミドポリアミン、及び、変性ポリアミンからなる群から選択される1種以上である。
【0075】
酸無水物系硬化剤は例えば、1官能性酸無水物(無水フタル酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、メチルテトラヒドロ無水フタル酸、メチルヘキサヒドロ無水フタル酸、無水メチルナジック酸、無水クロレンディック酸等)、2官能性酸無水物(無水ピロメリット酸、ベンゾフェノンテトラカルボン酸無水物、エチレングリコールビス(アンヒドロトリメート)、メチルシクロヘキセンテトラカルボン酸無水物等)、及び、遊離酸酸無水物(無水トリメリット酸、ポリアゼライン酸無水物等)からなる群から選択される1種以上である。
【0076】
メチロール基含有初期縮合物は例えば、ノボラック型又はレゾール型フェノール樹脂、ユリア樹脂、及び、メラミン樹脂からなる群から選択される1種以上である。
【0077】
表面処理剤が硬化剤を含有する場合、表面処理剤中の硬化剤の含有量は、リン酸金属塩100.0質量部に対して、0~50.0質量部である。硬化剤を表面処理剤に含有する場合、硬化剤は有機樹脂の硬化を促進する。硬化剤の含有量が50.0質量部以下であれば、絶縁被膜20の母材鋼板10に対する密着性がより安定的に高まる。したがって、硬化剤を含有する場合、表面処理剤中の硬化剤の含有量は、リン酸金属塩100.0質量部に対して、0~50.0質量部とする。
【0078】
硬化剤の含有量の好ましい下限は、リン酸金属塩100.0質量部に対して0.5質量部であり、さらに好ましくは1.0質量部であり、さらに好ましくは2.0質量部である。硬化剤の含有量の上限は、リン酸金属塩100.0質量部に対して45.0質量部であり、さらに好ましくは40.0質量部であり、さらに好ましくは35.0質量部である。
【0079】
[焼付工程]
焼付工程では、表面処理剤が塗布された母材鋼板10を加熱して、絶縁被膜20を形成する。焼付の条件は、熱処理温度200~450℃、露点0~30℃、熱処理時間10~60秒、及び、昇温条件(1)~昇温条件(3)に示すいずれかの昇温速度である。これらの条件を満足することで、母材鋼板10の圧延方向における絶縁被膜20の中心線平均粗さRa75と母材鋼板10における圧延方向と直角方向の絶縁被膜20の中心線平均粗さRa75との相加平均が0.20~0.50μmとすることができる。
昇温条件(1):表面処理剤の濃度が16wt%未満の場合、昇温速度が20~40℃/s、
昇温条件(2):表面処理剤の濃度が16~30wt%未満の場合、昇温速度が5~20℃/s未満、
昇温条件(3):表面処理剤の濃度が30wt%以上の場合の場合、昇温速度が5℃/s未満。
【0080】
たとえば、有機樹脂、硬化剤、変性剤、又は、混合物として表面処理剤に上述のアミン系化合物を含有させ、上述の焼付の条件の範囲内で適宜調整することにより、絶縁被膜中の窒素含有量を0.05~5.00質量%に制御できる。昇温条件(1)~(3)の昇温速度未満で加熱した場合、過剰に加熱されており、絶縁被膜中の窒素含有量が0.05質量%未満となる。一方、昇温条件(1)~(3)の昇温速度を超えて加熱した場合、突沸が発生し、絶縁被膜20の形成が適切に制御できず、絶縁被膜中の窒素含有量が5.00質量%を超える場合がある。
【0081】
以上の製造工程により、無方向性電磁鋼板1が製造される。
【実施例
【0082】
実施例により本実施形態の無方向性電磁鋼板の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態の無方向性電磁鋼板の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態の無方向性電磁鋼板はこの一条件例に限定されない。
【0083】
質量%で、Si:3.1%、Al:0.6%、Mn:0.2%を含有し、残部がFe及び不純物であり、板厚が0.25mmの母材鋼板(無方向性電磁鋼板)を準備した。準備した母材鋼板に対して、塗布工程を実施した。具体的には、母材鋼板の表面に、表1に示す組成の表面処理剤をゴムロール方式の塗布装置で塗布した。
【0084】
【表1】
【0085】
表1中の「リン酸金属塩(100質量部)」欄には、表面処理剤に含有されるリン酸金属塩の種類、及び、リン酸金属塩中の質量比を示す。例えば、表面処理剤番号1では、リン酸金属塩はリン酸Alからなる。表面処理剤番号3では、リン酸金属塩はリン酸Alとリン酸Mgとが質量比で5:5の割合で含有されている。表面処理剤番号4では、リン酸金属塩はリン酸Alとリン酸Moとが質量比で6:4の割合で含有されている。
【0086】
表1中の「有機樹脂」欄の「種類」のA~Cは次のとおりである
A:エポキシ当量が5000のビスフェノールA型エポキシ樹脂をメタクリル酸、アクリル酸エチルを用いて変性してアクリル変性エポキシ樹脂とし、さらに、ジメチルエタノールアミンを反応させてエマルジョン化した、アミン系化合物含有エポキシ樹脂エマルジョン
B:エポキシ当量が980のビスフェノールA型エポキシ樹脂をブチルセロソルブに溶解し、90℃でN-メチルエタノールアミンと反応させて形成された、エポキシ樹脂アミン付加物
C:エポキシ当量が300のビスフェノールA型エポキシ樹脂を、乳化剤を用いて強制撹拌してエマルジョン化した、エポキシ樹脂エマルジョン
【0087】
表1中の「有機樹脂」欄の「配合量」には、リン酸金属塩を100質量部としたときの有機樹脂の質量部を示す。
【0088】
表1中の「硬化剤」欄の「種類」a~dは次のとおりである。
a:水中に溶解し分散したポリアミド樹脂
b:ジオキサンとメチルエチルケトンオキシムと2,4-トリレンジイソシアネートとを反応させて一部をブロック化したジイソシアネートとした反応混合物を、エポキシ樹脂アミン付加物に60℃で付加して形成した、エポキシ樹脂-アミン付加硬化剤
c:水中に溶解し分散したポリアミドアミン
d:水中に分散したマレイン酸無水物
【0089】
表1中の「硬化剤」欄の「配合量」には、リン酸金属塩を100質量部としたときの硬化剤の質量部を示す。
【0090】
各番号の表面処理剤を、塗布量が0.8g/mになるように母材鋼板の表面に塗布した。表面処理剤が塗布された母材鋼板に対して、焼付処理を実施した。各試験番号の熱処理温度は300℃、露点は30℃、熱処理時間は60秒であった。各試験番号の焼付処理の昇温速度は表2に示すとおりであった。以上の工程により、母材鋼板の表面に絶縁被膜が形成された無方向性電磁鋼板を製造した。
【0091】
【表2】
【0092】
[評価試験1]
製造された無方向性電磁鋼板に対して、表面粗度の測定試験、EDSによる窒素含有量の測定試験、絶縁性評価試験、耐蝕性評価試験、溶出性評価試験、及び、GC/MS法による含有物特定試験を実施した。
【0093】
表面粗度の測定には市販の表面粗度測定装置、小坂研究所製SE3500を用い、母材鋼板の圧延方向および母材鋼板の圧延方向と直角方向の2方向についてそれぞれ長さ10mmを測定した。評価指標については中心線平均粗さ(Ra75、μm)を用い、2方向の相加平均を測定値とした。測定は、JIS B0601:2013に準拠した。なお、表2中のRaは、Ra75を意味する。
【0094】
[EDSによる窒素含有量の測定試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板の絶縁被膜中の窒素含有量を次の方法で測定した。絶縁被膜が形成された無方向性電磁鋼板に対して、エネルギー分散型X線分光分析装置を用いて、絶縁被膜の各元素含有量を測定した。分析は、無方向性電磁鋼板(絶縁被膜)の任意の5か所の表面に対して行う。分析結果から、鉄(Fe)のピーク強度は除いて、残りの元素のピークの合計を100質量%として窒素含有量(質量%)を求めた。結果を表2の「EDSによる[N]濃度(%)」欄に示す。
【0095】
[絶縁性評価試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、次の方法により、絶縁性を評価した。JIS C2550-4:2019に準拠して、各試験番号の無方向性電磁鋼板の層間抵抗を測定した。得られた層間抵抗値に基づいて、絶縁性を次のとおりに評価した。
【0096】
4(◎):層間抵抗が30Ω・cm/枚以上
3(○):層間抵抗が10Ω・cm/枚以上30Ω・cm/枚未満
2(△):層間抵抗が3Ω・cm/枚以上10Ω・cm/枚未満
1(×):層間抵抗が3Ω・cm/枚未満
得られた絶縁性評価を表2の「絶縁性」欄に示す。評価4及び評価3を合格とした。
【0097】
[耐蝕性評価試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、次の方法により、耐蝕性を評価した。各試験番号の無方向性電磁鋼板から、幅30mm、長さ300mmの鋼板サンプルを採取した。JIS Z2371:2015に記載の塩水噴霧試験に準拠して、35℃の雰囲気中で5%NaCl水溶液を7時間、鋼板サンプルに自然降下させた。その後、鋼板サンプルの表面のうち、錆が発生した領域の面積率(以下、発錆面積率という)を求めた。求めた発錆面積に応じて、次の10点評価により、耐蝕性を評価した。
【0098】
10:発錆面積率が0%
9:発錆面積率が0.10%以下
8:発錆面積率が0.10%超0.25%以下
7:発錆面積率が0.25%超0.50%以下
6:発錆面積率が0.50%超1.00%以下
5:発錆面積率が1.00%超2.50%以下
4:発錆面積率が2.50%超5.00%以下
3:発錆面積率が5.00%超10.00%以下
2:発錆面積率が10.00%超25.00%以下
1:発錆面積率が25.00%超50.00%以下
得られた耐蝕性を表2の「歪取焼鈍前特性 耐蝕性」欄に示す。評点が5点以上を合格とした。
【0099】
[耐溶出性評価試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、次の方法により、耐溶出性を評価した。各試験番号の無方向性電磁鋼板から、幅30mm、長さ300mmの鋼板サンプルを採取した。沸騰させた純水中で鋼板サンプルを10分間煮沸した。煮沸後の純水(溶液)中に溶出したリン酸の量を測定した。具体的には、煮沸後の純水(溶液)を冷却した。溶液を純水で希釈して、ICP-AESにより、溶液中のリン酸濃度を測定した。希釈率から、リン酸の溶出量(mg/m)を求めた。結果を表2の「溶出性」欄に示す。リン酸の溶出量が140mg/m未満であれば、合格(耐溶出性に優れる)とした。
【0100】
[GC/MSによる含有物特定試験]
各試験番号の絶縁被膜中の有機樹脂を次の方法で特定した。絶縁被膜が形成された無方向性電磁鋼板を加熱したときのガス発生挙動を、GC/MS法を用いて分析することにより、有機樹脂の有無、及び、有機樹脂の種類を特定した。その結果、いずれの試験番号の絶縁被膜にも、エポキシ樹脂及びアミン系化合物が含有されていることが確認された。
【0101】
[評価試験2]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、密着性評価試験、耐蝕性評価試験、及び、NOx発生量測定試験を実施した。
【0102】
[密着性評価試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、次の方法により、密着性を評価した。各試験番号の無方向性電磁鋼板から、幅30mm、長さ300mmの鋼板サンプルを採取した。鋼板サンプルに対して歪取焼鈍を実施した。歪取焼鈍では、窒素気流中で、焼鈍温度を800℃とし、焼鈍時間を2時間とした。歪取焼鈍後の鋼板サンプルの絶縁被膜上に粘着テープを貼付した。粘着テープを貼付した鋼板サンプルを、直径10mmの金属棒に巻き付けた。その後、金属棒から鋼板サンプルを離した。つまり、鋼板サンプルに直径10mmの曲げを付与した。その後、鋼板サンプルから粘着テープを引き剥がし、母材鋼板から剥がれずに残存した絶縁被膜の割合(面積率)を測定した。得られた面積率に基づいて、密着性を次のとおり評価した。
【0103】
4(◎):残存した絶縁被膜の面積率が100%であった。つまり、絶縁被膜が剥がれなかった
3(○):残存した絶縁被膜の面積率が90%以上100%未満であった
2(△):残存した絶縁被膜の面積率が50%以上90%未満であった
1(×):残存した絶縁被膜の面積率が50%未満であった
得られた密着性評価を表2の「密着性」欄に示す。評価4、評価3、及び、評価2を合格とした。
【0104】
[耐蝕性評価試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、歪取焼鈍を実施した。焼鈍は、750℃で2時間、窒素気流中で行った。各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、次の方法により、耐蝕性を評価した。各試験番号の無方向性電磁鋼板から、幅30mm、長さ120mmの鋼板サンプルを採取した。JIS C60068-3-4:2001に記載の高温高湿試験に準拠して、25~40℃の温度で、露点90~95%、及び、95~100%のサイクルで240時間保持した。その後、鋼板サンプルの表面のうち、錆が発生した領域の面積率(以下、発錆面積率という)を求めた。求めた発錆面積に応じて、次の10点評価により、耐蝕性を評価した。
【0105】
10:発錆面積率が0%
9:発錆面積率が0.10%以下
8:発錆面積率が0.10%超0.25%以下
7:発錆面積率が0.25%超0.50%以下
6:発錆面積率が0.50%超1.00%以下
5:発錆面積率が1.00%超2.50%以下
4:発錆面積率が2.50%超5.00%以下
3:発錆面積率が5.00%超10.00%以下
2:発錆面積率が10.00%超25.00%以下
1:発錆面積率が25.00%超50.00%以下
得られた耐蝕性を表2の「歪取焼鈍後特性 耐蝕性」欄に示す。評点が5点以上を合格とした。
【0106】
[NOx発生量測定試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、次の方法で、NOx発生量を測定した。各試験番号の無方向性電磁鋼板から、幅150mm、長さ200mmのサイズの試験片を得た。試験片を真空焼鈍炉中で750℃×2時間窒素ガス雰囲気で焼鈍し、発生したガスをガスフローにより吸収液に吸収させた。その後、JIS K 0104のイオンクロマトグラフ法でNOx量を測定した。結果を表2の「NOx発生量(ppm)」欄に示す。1000ppm未満を合格とした。
【0107】
[評価結果]
評価結果を表2に示す。表2を参照して、試験番号1~7、及び、試験番号9~10の無方向性電磁鋼板の絶縁被膜はリン酸金属塩及び有機樹脂を含んでいた。さらに、焼付工程における昇温速度が、昇温条件(1)~(3)を満たした。そのため、絶縁被膜中の窒素含有量が0.05~5.00質量%となった。その結果、優れた密着性及びNO排出量の抑制の両立が可能であった。
【0108】
一方、試験番号8では、焼付工程における昇温速度が遅すぎた。そのため、絶縁被膜中の窒素含有量が0.05質量%未満であった。その結果、NOx発生量は低いものの、密着性が低かった。
【0109】
試験番号11~13では、焼付工程における昇温速度が速すぎた。そのため、絶縁被膜中の窒素含有量が5.00質量%を超えた。その結果、密着性は優れるものの、NOx発生量が多すぎた。No.14は、昇温速度が速すぎた。そのため、表面粗度が0.50μm超となった。その結果、No.14は、NOx発生量が多すぎた。No.15は、昇温速度が、遅すぎた。そのため、表面粗度が0.20未満となった。その結果、No15は、密着性が低かった。
【0110】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0111】
1 無方向性電磁鋼板
10 母材鋼板
20 絶縁被膜
201 リン酸金属塩
202 有機樹脂
【要約】
この無方向性電磁鋼板は、母材鋼板(10)と、母材鋼板(10)の表面に形成されている絶縁被膜(20)とを備え、絶縁被膜(20)は、リン酸金属塩と、有機樹脂とを含有し、母材鋼板(10)の圧延方向の絶縁被膜(20)における中心線平均粗さRa75と圧延方向と直角方向における絶縁被膜(20)の中心線平均粗さRa75との相加平均が0.20~0.50μmであり、絶縁被膜(20)中の窒素含有量が0.05~5.00質量%である。
図1
図2