(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-23
(45)【発行日】2023-01-31
(54)【発明の名称】血管病の病態再構築に関する方法、疾患モデル及び装置
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20230124BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20230124BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230124BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230124BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20230124BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20230124BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12N5/071
C12M1/00 A
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
C12Q1/6851 Z
(21)【出願番号】P 2018158059
(22)【出願日】2018-08-27
【審査請求日】2021-06-07
(73)【特許権者】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003063
【氏名又は名称】弁理士法人牛木国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100080089
【氏名又は名称】牛木 護
(74)【代理人】
【識別番号】100161665
【氏名又は名称】高橋 知之
(74)【代理人】
【識別番号】100178445
【氏名又は名称】田中 淳二
(74)【代理人】
【識別番号】100121153
【氏名又は名称】守屋 嘉高
(74)【代理人】
【識別番号】100188994
【氏名又は名称】加藤 裕介
(74)【代理人】
【識別番号】100194892
【氏名又は名称】齋藤 麻美
(74)【代理人】
【識別番号】100207653
【氏名又は名称】中村 聡
(72)【発明者】
【氏名】八木 高伸
(72)【発明者】
【氏名】坂口 勝久
(72)【発明者】
【氏名】亀岡 洋一郎
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】科学研究費補助金研究成果報告書、血行力学因子がもたらす脳血管の病的リモデリングと動脈瘤成長メカニズムの解明、公開日: 2010-06-09
【文献】Scientific reports, 2013, Vol.3, No. 1316, pp.1-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血行力学的要因を病因とする疾患である血管病の病態生理のex vivoでの解析方法であって、
培養液中に配置した摘出血管の切開した血管組織の内皮細胞側表面に
、血管内皮細胞の剥離を惹起する衝突であって、前記培養液の定常流の血管組織への衝突を含む物理的ストレスを負荷する工程、
前記摘出血管の物理的ストレス負荷部位又はその周辺部位の
、退行性変化又は増殖性変化から選択される少なくとも1つの病理学的変化を観測する工程、
及び、
前記病理学的変化を解析する工程、
を含むことを特徴とする、解析方法。
【請求項2】
前記病理学的変化が、形態学的変化、生化学的変化又は遺伝子発現の変化から選択されることを特徴とする、請求項
1に記載の解析方法。
【請求項3】
前記病理学的変化が、内皮細胞の剥離、中膜の菲薄化若しくは肥厚化、内弾性板の崩壊、血管平滑筋細胞の形状変化、増殖性変化若しくはアポトーシスの有無の観測であることを特徴とする、請求項
1又は2に記載の解析方法。
【請求項4】
前記観測が、血管壁厚の測定、又は、血管平滑筋細胞の増殖性変化若しくはアポトーシスの有無から選択される性状に分類した細胞数の計測であることを特徴とする、請求項
1~3のいずれか1項に記載の解析方法。
【請求項5】
前記血行力学的要因を病因とする疾患が、脳動脈瘤、大動脈瘤、頸動脈瘤、動脈硬化症又は高血圧症から選択されることを特徴とする、請求項
1~4のいずれか1項に記載の解析方法。
【請求項6】
血行力学的要因を病因とする疾患である血管病に対するex vivoの疾患モデルの作製方法であって、
培養液中に配置した摘出血管の切開した内腔側血管壁面に
、血管内皮細胞の剥離を惹起する衝突であって、前記培養液の定常流の血管組織への衝突を含む物理的ストレスを負荷する工程、
を含むことを特徴とする作製方法。
【請求項7】
血行力学的要因を病因とする疾患である血管病に対するex vivoの疾患モデルであって、
培養液中に配置した摘出血管の切開した内腔側血管壁面に
、血管内皮細胞の剥離を惹起する衝突であって、前記培養液の定常流の血管組織への衝突を含む物理的ストレスを負荷する工程を含む作製方法によって作製され、
退行性変化又は増殖性変化から選択される少なくとも1つの病理学的変化を有することを特徴とする、疾患モデル。
【請求項8】
前記病理学的変化が、形態学的変化、生化学的変化又は遺伝子発現の変化から選択されることを特徴とする、請求項7に記載の疾患モデル。
【請求項9】
前記病理学的変化が、内皮細胞の剥離、中膜の菲薄化若しくは肥厚化、内弾性板の崩壊、血管平滑筋細胞の形状変化、増殖性変化若しくはアポトーシスの有無の観測であることを特徴とする、請求項7又は8に記載の疾患モデル。
【請求項10】
血行力学的要因を病因とする疾患である血管病の予防又は治療のための薬剤のスクリーニング方法であって、
被験化合物を含有する培養液中に配置した摘出血管の切開した内腔側血管壁面に
、血管内皮細胞の剥離を惹起する衝突であって、前記培養液の定常流の血管組織への衝突を含む物理的ストレスを負荷する工程、
前記摘出血管の物理的ストレス負荷部位又はその周辺部位の
、退行性変化又は増殖性変化から選択される少なくとも1つの病理学的変化を観測する工程、
前記病理学的変化を解析し、評価する工程
を含むことを特徴とする、スクリーニング方法。
【請求項11】
前記病理学的変化が、形態学的変化、生化学的変化又は遺伝子発現の変化から選択されることを特徴とする、請求項10に記載のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記病理学的変化が、内皮細胞の剥離、中膜の菲薄化若しくは肥厚化、内弾性板の崩壊、血管平滑筋細胞の形状変化、増殖性変化若しくはアポトーシスの有無の観測であることを特徴とする、請求項10又は11に記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
血行力学的要因を病因とする疾患である血管病のex vivoの疾患モデルの製造装置であって、
血管組織を培養する組織培養部、
並びに、培養液の定常流の血管組織への衝突を含む物理的ストレスを負荷するための定常流発生部
及び衝突圧調整用ノズル部とを備えることを特徴とする、製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管病の病態再構築に関する方法、特に血管病の病態生理の解析方法、並びに、疾患モデル、その製造方法及び製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
本邦の死亡や要介護の主因である心臓病や脳卒中は、動脈硬化や動脈瘤という基礎疾患の重篤化に起因する。これら基礎疾患は、血管の病気、すなわち、血管病であり、一度発症すればその進行を制御できないという困難を有する。血管病は、内科的手法によるリスク因子の低減、外科的手法による重篤化の抑制という方法により治療されている。国内の患者数は300万人に達し、医療費は年間2.5兆円にも及ぶ(非特許文献1)。
【0003】
血管病の発生には、血圧による壁応力、血流による壁面せん断応力(wall shear stress)等の血行力学によって説明される生理的要因が重要な役割を有する(非特許文献2)。
【0004】
また、磁気共鳴画像断層法(MRI)や血管造影法の進歩にともなって、人間ドックや他の疾患での受診を契機とする未破裂動脈瘤の発見が増加している。未破裂脳動脈瘤の保有者は30歳以上の成人で3%強とされる(非特許文献3)。そして、未破裂脳動脈瘤の保有者の中、1年間で約0.95%が破裂するとされている(非特許文献3)。
【0005】
このような血管病の有病率の高さ、経済的なインパクトに加え、ドックなどにより無症状で発見されることが多いことから、血管病の発症重症化を未然に防ぐ治療法を開発することは超高齢化社会にある我が国の喫緊の課題である。
【0006】
そこで、動脈瘤の発生又は成長の機序の解明と、その予防又は治療のための薬剤をスクリーニングするために、培養細胞を用いたin vitroやin vivoの動脈瘤モデルを開発する試みがなされ(特許文献2、3、非特許文献4)、薬剤のスクリーニングに利用されている(特許文献3)。しかし、これらのin vitroの疾患モデルは、患者で認められる病態に近似するとは言い難く、また、in vivoの疾患モデルは、1個体で血管の病理学的変化を連続的に観察することはできず、1時点での観測しかできないため、多大な手間と時間を要する問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2009-107955号公報
【文献】特開2003-052364号公報
【文献】特開2012-080888号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】厚生労働省、平成27年度国民医療費の概況
【文献】大島まり, et al., 脳外誌 23 (2014) 710-714
【文献】日本脳ドック学会脳ドックの新ガイドライン作成委員会編「脳ドックのガイドライン2014[改訂・第4版]」pp71-83、2014年4月、株式会社響文社、札幌
【文献】Hashimoto N., et al., Surg Neurol. 10 (1978) 3-8.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、患者の血管病の病態に近似し、簡便かつ短期間で作製可能で、血管組織が正常から病態へと経時間的に変化するプロセスを解明することが可能な、ex vivoの疾患モデルの作製方法を確立し、血管病の予防又は治療のための薬剤のスクリーニングに利用可能な疾患モデルを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、永年、ヒトから摘出した脳動脈瘤と血行力学の関係を研究し、脳動脈瘤の初期~成長過程の病理的所見として、内皮細胞の剥離、内弾性板の崩壊をベースとして、血管平滑筋細胞壊死を介した血管壁菲薄化と血管平滑筋細胞増殖を介した血管壁肥厚化で特徴づけられ、血管平滑筋細胞壊死はアポトーシスにより惹起されるという知見を得ており、これらの特徴的な所見を発現するex vivoの疾患モデルの確立を鋭意研究し、本発明を完成させた。
【0011】
具体的には、本発明は、血管病の病態生理のex vivoでの解析方法であって、
培養液中に配置した摘出血管の切開した血管組織の内皮細胞側表面に一定期間、物理的ストレスを負荷する工程、
前記摘出血管の物理的ストレス負荷部位又はその周辺部位の病理学的変化を観測する工程、
前記病理学的変化を解析する工程、
を含むことを特徴とする、解析方法。
【0012】
本発明の解析方法において、前記物理的ストレスを負荷する工程が、前記培養液の定常流の血管組織への衝突を含む場合がある。
【0013】
本発明の解析方法において、前記病理学的変化が、形態学的変化、生化学的変化又は遺伝子発現の変化から選択される場合がある。
【0014】
本発明の解析方法において、前記病理学的変化が、内皮細胞の剥離、中膜の菲薄化若しくは肥厚化、内弾性板の崩壊、血管平滑筋細胞の形状変化、増殖性変化若しくはアポトーシスの有無の観測である場合がある。
【0015】
本発明の解析方法において、前記観測が、血管壁厚の測定、又は、血管平滑筋細胞の増殖性変化若しくはアポトーシスの有無から選択される性状に分類した細胞数の計測である場合がある。
【0016】
本発明の解析方法において、前記血管病が、血行力学的要因を病因とする疾患である場合がある。
【0017】
本発明の解析方法において、前記血行力学的要因を病因とする疾患が、脳動脈瘤、大動脈瘤、頸動脈瘤、動脈硬化症又は高血圧症から選択される場合がある。
【0018】
また、本発明は、血管病に対するex vivoの疾患モデルの作製方法であって、
培養液中に配置した摘出血管の切開した内腔側血管壁面に一定期間、物理的ストレスを負荷する工程、
を含む作製方法を提供する。
【0019】
本発明の作製方法において、前記血管病が、血行力学的要因を病因とする疾患である場合がある。
【0020】
本発明の作製方法において、前記血行力学的要因を病因とする疾患が、脳動脈瘤、大動脈瘤、頸動脈瘤、動脈硬化症又は高血圧症から選択される場合がある。
【0021】
さらに、本発明は、血管病に対するex vivoの疾患モデルであって、
培養液中に配置した摘出血管の切開した内腔側血管壁面に一定期間、物理的ストレスを負荷する工程を含む作製方法によって作製され、
血管内皮細胞が剥離した血管組織、菲薄化若しくは肥厚化した中膜、崩壊した内弾性板、増殖性変化若しくはアポトーシスを惹起した血管平滑筋細胞の少なくとも1つを含む疾患モデルを提供する。
【0022】
本発明の疾患モデルにおいて、前記血管病が、血行力学的要因を病因とする疾患である場合がある。
【0023】
本発明の疾患モデルにおいて、前記血行力学的要因を病因とする疾患が、脳動脈瘤、大動脈瘤、頸動脈瘤、動脈硬化症又は高血圧症から選択される場合がある。
【0024】
また、本発明は、血管病の予防又は治療のための薬剤のスクリーニング方法であって、
被験化合物を含有する培養液中に配置した摘出血管の切開した内腔側血管壁面に一定期間、物理的ストレスを負荷する工程、
前記摘出血管の物理的ストレス負荷部位又はその周辺部位の病理学的変化を観測する工程、
前記病理学的変化を解析し、評価する工程
を含むスクリーニング方法を提供する。
【0025】
本発明のスクリーニング方法において、前記物理的ストレスを負荷する工程が、前記培養液の定常流の衝突を含む場合がある。
【0026】
本発明のスクリーニング方法において、前記血管病が、血行力学的要因を病因とする疾患である場合がある。
【0027】
本発明のスクリーニング方法において、前記血行力学的要因を病因とする疾患が、脳動脈瘤、大動脈瘤、頸動脈瘤、動脈硬化症又は高血圧症から選択されるこ場合がある。
【0028】
さらに、本発明は、血管病のex vivoの疾患モデルの製造装置であって、
血管組織を培養する組織培養部、定常流発生部、血管組織への定常流による衝突圧調整用ノズル部とを備える製造装置を提供する。
【0029】
本発明の製造装置において、前記血管病が、血行力学的要因を病因とする疾患である場合がある。
【0030】
本発明の製造装置において、前記血行力学的要因を病因とする疾患が、脳動脈瘤、大動脈瘤、頸動脈瘤、動脈硬化症又は高血圧症から選択される場合がある。
【発明の効果】
【0031】
本発明により、患者の血管病の病態に近似し、簡便かつ短期間で作製可能で、血管組織が正常から病態へと経時間的に変化するプロセスを解明することが可能な、ex vivoの疾患モデルの作製方法を確立し、血管病の予防又は治療のための薬剤のスクリーニングに利用可能な疾患モデルを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】血管病の進展と血管恒常性の破綻度の関係を説明する模式図(左図)、及び、患者の脳動脈瘤の発生時と成長時の菲薄部と肥厚部の存在を示した写真図(右図)。
【
図2】疾患モデル作製装置の概略図。左図:装置全体の概略図。右図:定常流噴射ノズル~固定台に固定した血管組織を拡大した図。
【
図3】コンピュータシミュレーションで算定した流量の変化に対する最大壁面せん断応力の変化をプロットした図。
【
図4】3日間、衝突流を作用させた血管組織の切片をHE染色で染色して、内皮細胞の剥離の有無を観察した光学顕微鏡写真図。(A)は衝突域、(B)は非衝突域を示す。衝突域において内皮細胞は剥離しており、非衝突域において内皮細胞を確認できる(矢頭:▼)。
【
図5】3日間、衝突流を作用させた血管組織の切片をHE染色とTUNNEL染色で染色し、衝突域と非衝突域を観察した光学顕微鏡写真図。
【
図6】3日間、衝突流を作用させた血管組織の衝突域と非衝突域の血管壁厚を計測して比較した結果を表す図。
【
図7】3日間、衝突流を作用させた血管組織の衝突域の切片の走査型電子顕微鏡写真図。平滑筋細胞核が濃縮し、アポトーシスによる平滑筋細胞死を示した。
【
図8】3日間、衝突流を作用させた血管組織の切片におけるTUNNEL染色陽性平滑筋細胞数の割合を計測し、平滑筋細胞アポトーシスの割合を衝突域と非衝突域とで比較した結果を表す図。
【
図9】3日間、衝突流を作用させた血管組織の切片におけるHE染色での弾性板を観察した光学顕微鏡写真図。(A)は摘出直後、(B)は3日間衝突流を作用させた衝突域の結果を表す。
【
図10】3日間、衝突流を作用させた血管組織の切片におけるKi67染色により増殖細胞を観察した蛍光顕微鏡による蛍光写真図。(A)はHoechst33342染色図、(B)はKi67染色図、(C)はHoechst33342とKi67の重畳図である。
【
図11】本実験で得られた病態の解析結果を総括した概略図。上図:下図の位置に対応させた壁面せん断応力と圧力(衝突圧)の強度を表した図。下図:衝突域、非衝突域及びそれらの境界域における、内皮細胞と平滑筋細胞について、各正常細胞、アポトーシス惹起細胞及び増殖期細胞の分布と、内弾性板の病理像を模式化した図。
【発明を実施するための形態】
【0033】
1.血管病の病態生理のex vivoでの解析方法
本発明の実施形態の1つは、血管病の病態生理のex vivoでの解析方法である。
【0034】
本発明が対象とする血管病は、圧力による壁応力、血流による壁面せん断応力などの血行力学的要因を病因として惹起される。
【0035】
血管病は、血管恒常性の逸脱に始まり、血管の変容と修復が拮抗した状態を経る。その後、変容が修復に勝れば恒常性破綻に向かい、修復が変容に勝れば恒常性を新たに獲得するという病態転換を経験する。
図1は、脳動脈瘤の例の病態転換を説明している。脳動脈瘤は、発生時に血管壁が一様に菲薄化しているが、成長するにつれて菲薄部と肥厚部が共存した状態を示す。すなわち、成長する過程において、菲薄組織の一部が肥厚化に転じることにより、新たな血管恒常性を獲得する。予防又は治療を目的とする血管病の制御に向けた糸口を掴むには、この破綻修復の転換機構を解明・制御できることが求められる。しかしながら、細胞間・臓器間の相互作用という極めて複雑な生命現象からなる生命維持システムであり、この転換機構の原理や支配法則は未だ必ずしも明らかにされていない。
【0036】
血管病の理解は、ヒト病理サンプルによる病態情報の集積と洞察に始まり、動物実験と細胞培養により補強されてきた。病態転換の機構を解明するためには、病態の発症重症化という経時間的なプロセスを明らかにする必要がある。しかしながら、ヒト病理サンプルや動物実験は1時点での情報(スナップショット)であり、経時間的なプロセスを可視化できないことが欠点である。細胞培養は、この欠点を補う手法として、単一ないしは複数の細胞を人工的な材料(コラーゲン等)のもと培養する手法である。しかし、細胞培養による疾患モデルは、細胞機能の解明を目指したものであるが、血管病が呈する細胞外マトリクスの変性や破綻、及び、細胞外マトリクスと血管細胞との間の相互作用を再現できないことが欠点となる。以上より、血管病が進行する経時間的なプロセスを明らかにする実験技術が存在しなかった。
【0037】
本発明の1つの実施形態は、血管組織が正常から病態へと経時間的に変化するプロセスの生理的状態やその変化を解明するための疾患モデルを使用した解析方法である。すなわち、本発明は、血管組織が血行力学的要因によって血管の生理的状態が修復可能な範囲で変容し、その後、病態が進展し、さらに、転換期を経て、病態が安定化又は不安定化に至る過程の病態生理及び/又はこれらのプロセス、及びその機序を解明する解析方法を提供する。本発明が対象とする血管病において、特に、動脈瘤において、病態の安定化とは、動脈の菲薄化を経て瘤様形状となった血管壁が転換期を経ることにより血管壁肥厚化に転じることができ、動脈瘤が破裂することなく安定化することをいう。また、病態の不安定化とは、菲薄化から肥厚化への転換を経ることなく、血管壁菲薄化が継続し、動脈瘤破裂へと進行していく病態をいう。
【0038】
本発明は、血管組織が正常から病態へと経時間的に変化するプロセスを解明する実験技術を提供する。正常から病態へと遷移する過程には、退行性変化と増殖性変化の相反する2種類の変化が関与する。ここでは、正常血管組織に物理的ストレスを作用させることにより、血管の退行性変化と増殖性変化を体外で再現する新しい実験技術を開発することを目的とする。
【0039】
正常から病態へと進行する過程は、患者から摘出した動脈瘤の病理像から、退行性変化と増殖性変化の2種類に分類できる。なお、本明細書において、「退行性変化」とは、(1)内皮細胞の剥離、(2)平滑筋細胞のアポトーシス、(3)血管壁の菲薄化をいい、「増殖性変化」とは、 (4)内皮細胞の増殖、(5)平滑筋細胞の増殖をいう。
【0040】
本発明は、動物から摘出した正常血管組織に物理的ストレスを作用させることにより、血管の退行性変化と増殖性変化を体外で再現する新しい培養技術を含み、これらの退行性変化と増殖性変化を解析することにより、病態の発生から進行についてのプロセス及び/又はその機序を解明し、血管病の予防又は治療のための方法を確立することを含む。
【0041】
具体的には、本発明は、物理的ストレスを可変制御できる環境のもと、動物から摘出した血管に対して、ex vivoで、ストレスの種類・程度・比率を調整できる環境において、疾患モデルを作製し、この疾患モデルの病態生理を解析する方法である。本発明の解析方法を応用することにより、血管病に対する予防及び/又は治療薬の標的とする作用点を解明することができ、これらの標的に対する薬剤候補をスクリーニングし、さらに薬剤の効果を検証できる利点をもたらすことができる。
【0042】
本発明の解析方法に使用する摘出血管を採取する動物としては、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ウシ、ウサギ、ラット、マウス、モルモット又はニワトリから選択され、これらの動物より摘出した血管を使用できる。摘出血管としては、動脈が好ましい。血管を摘出する臓器は、本発明の疾患モデルを作製できる限り特に限定されないが、ヒトからの摘出血管は、例えば、対象者から予め同意を得た上で、摘出腫瘍組織や血管バイパス術を受けた患者の摘出臓器、死体等から採取できる。ブタ、ウマ、ウシ、イヌ、ネコ又はウサギ等の大動物ないし中動物においては、脳動脈を含む各種動脈を摘出して、本発明の解析方法に使用できる。ラット、マウス、モルモット等の小動物の場合、例えば、上行大動脈、下行大動脈、腹部大動脈等の大動脈を使用できるが、摘出容易性から腹部大動脈が好ましい。
【0043】
摘出した血管は、速やかに長軸方向(血管走行方向)に切開し、血管内腔側、すなわち、血管内皮細胞側に培養液の定常流を衝突可能なように固定し、培養液の定常流を衝突させる。この際、血管壁は摘出前の長さに伸長させて固定する。衝突流が直接衝突する領域には、最大の圧力が負荷される。そして、衝突領域の周辺領域に、衝突流によってもたらされる壁面せん断応力が最大となる領域が含まれる(
図11参照)。
【0044】
このとき、定常流は定圧流として血管組織に衝突させることにより、その圧力が非常に強ければ、血管組織に対して細胞剥離等の物理的な組織傷害を惹起する。一方、このような物理的な組織傷害を惹起するレベル以下であっても、血管組織に生理的な変化をもたらす場合がある。定圧・定常流の血管組織に与える圧力の程度としては、血管組織に生理的な変化をもたらす限り、特に限定はされない。一方、臨床において脳動脈瘤での最大せん断応力として約20 Pa程度であることが知られている(Miura Y. et al., Stroke 44:519-521(2013))。また、培養内皮細胞を使用した場合に、68 dynes/cm2 (6.8 Pa)の圧力で灌流液を培養細胞に衝突させたときには内皮細胞の剥離は惹起されず、210 dynes/cm2 (21 Pa)で培養液からなる灌流液を衝突させた場合に、内皮細胞の剥離が惹起されることが報告されている(Ostrowski M.A. et al., Biophys.J. 106:366-374(2014)。そこで、臨床での病態に近似させた内皮細胞の剥離を伴う血管組織の疾患モデルを作製し、その病態生理を解析するためには、例えば、せん断応力の最高値が約10~30 Pa、好ましくは15~25 Pa、より好ましくは約20 Paとなる態様で、定圧・定常流を所定の期間衝突させることにより、臨床の脳動脈瘤に近似した血管内皮細胞の剥離を伴う病態を有する疾患モデルを作製することができる。
【0045】
定圧・定常流を衝突させる期間としては、例えば、1、2、3、4又は5日間であり、ヒトの血管病に近似した病理所見を得ることができる3日間が好ましい。また、血管組織への衝突流の圧力の相違によって、衝突期間を適宜変更し、選択することができる。
【0046】
所定の期間、摘出血管に定圧・定常流を衝突して疾患モデルとして作製した血管組織は、次に、例えば、形態病理学的観察、免疫組織化学的観察、電子顕微鏡による観察、生化学的変化の測定、及び、発現遺伝子の変化の測定等によって血管組織の病態生理を解析することができる。
【0047】
形態病理学的観察や免疫組織化学的観察としては、例えば、採取した血管組織に対して、当業者に周知の方法に基づき、4%ホルマリン、10%グルタルアルデヒド又は凍結により組織固定を行った後、例えば、数μm~1 mmの厚さに薄切することにより切片を作製後、一般染色法、組織化学免疫染色法、又は、観察目的に適合させた特殊染色法若しくは金属染色(オスミウム染色、ルテニウム染色、ウラニウム染色、鍍銀染色、金コロイド標識抗体による染色)によって染色し、光学顕微鏡、蛍光顕微鏡又は電子顕微鏡で観察することによって実施できる。
【0048】
一般染色法としては、例えば、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色、トルイジンブルー染色、アルシアンブルー染色、PAS染色、コロイド銀染色、エラスチカ・ワンギーソン染色、マッソントリクローム染色、アザン染色、ベルリンブルー染色、パパニクロウ染色等の代表的な一般染色法を使用することができる。
【0049】
組織化学免疫法としては、観察対象とする生体成分に対する抗体を用い、当業者に周知の方法によって、組織切片における観察対象とする生体成分の変化を鏡検することによって観察し、解析することができる。
【0050】
特殊染色法としては、例えば、アポトーシスを惹起した細胞を染色する場合、例えば、アポトーシスによるDNAの断片化を特異的に検出するTunnel染色、また、核を特異的に染色することができるHoechstR33342、SYTOR9、SYTOR82、SYTOXRGreen、TO-PROR-3、DRAQ5TM、DRAQ7TM、DAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)などの染色剤を使用する染色法を使用することができる。
【0051】
また、増殖期にある細胞を染色する場合、例えば、細胞増殖マーカーであるKi67タンパク質に対する抗Ki67抗体を使用する組織化学免疫染色を使用することができる。Ki67染色後、例えば、光学顕微鏡、蛍光顕微鏡又は蛍光顕微鏡等で鏡検することにより、培養血管組織に対して正常組織と比較して、形態学的な変化や生理学的な変化を観測することができる。
【0052】
上記以外の染色方法として、各種のサイトカイン、ケモカイン、細胞外マトリクス成分、細胞内情報伝達系成分、その他の血管組織成分に対する抗体を使用した組織免疫染色や各種染色剤を使用し、疾患モデルの病態生理を観測し、解析することができる。
【0053】
一般染色法、組織化学免疫染色法及び特殊染色法による観察は、例えば、単染色若しくは多重染色を行い、染色剤に対する陽性若しくは陰性細胞数、細胞密度、細胞の形状・形態・性状等、血管組織における細胞外マトリクス成分若しくは内弾性板の形状・形態・性状等、内膜、中膜、外膜若しくは血管組織全体の形状・形態・性状・厚さ・菲薄化・肥厚化等を観察し、それらの結果を解析することにより、観察対象とする血管組織の生理学的変化を解析することができるが、これらに限定されない。
【0054】
上記疾患モデルを用いた血管病の病態生理の解析のための生化学的変化の測定は、上記のとおり、測定対象とする生体成分に対する抗体を用いた組織化学免疫染色法によって行うことができる。また、組織化学免疫染色法以外の方法として、被験血管組織の測定対象とする部位の組織片を採取し、組織を当業者に周知の方法で前処理した後、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、ガスクロマトグラフィー(GLC)若しくはマススペクトロメトリー又はイムノアッセイを用い、測定対象とする生体成分の病態による変化を観測することができる。
【0055】
遺伝子発現の変化を解析するには、例えば、本技術分野で周知の方法を用いて、解析することができる。例えば、定圧・定常流を衝突させて培養した血管組織より、観測対象とする部位の組織を一部採取し、組織溶解剤で溶解後、観測対象とするタンパク質をコードする遺伝子に対するPCRプローブを用い、RT-PCRを行う、又は、市販のマイクロアレイを用いることにより、測定し、正常組織と比較することにより、解析することができる。
【0056】
本発明が解析対象とする疾患は、血行力学的要因を病因とする疾患、具体出来には血管病であり、より具体的には、例えば、脳動脈瘤、大動脈瘤、頸動脈瘤、動脈硬化症又は高血圧症から選択することができる。
【0057】
上記の方法による解析方法、及び、上記の方法で解析した結果は、例えば、血管病の発生から進展、さらに破綻に至るメカニズムの解明、血管病の予防又は治療のための方法、血管病の予防又は治療のために標的とする作用点、又は、血管病の予防又は治療のための薬剤のスクリーニング方法等に利用することができる。
【0058】
2.血管病に対するex vivoの疾患モデルの作製方法
本発明のもう1つの実施形態は、上記血管病に対するex vivoの疾患モデルの作製方法である。本発明の疾患モデルの作製方法の実施形態は、上記、「1.血管病の病態生理のex vivoでの解析方法」において詳細に説明した。
【0059】
簡略には、動物より摘出した血管を用い、血管を切開し、疾患モデル作製装置内で、培養液を所定の圧力で所定の期間、定圧・定常流を内腔側、即ち、血管内皮細胞側に衝突させることにより、衝突流の圧力による壁応力と、衝突後の衝突流液によってもたらされる壁面せん断応力とを負荷することにより、本発明の疾患モデルを作製することができる。
【0060】
本発明の疾患モデルの作製方法において、対象とする疾患は、血行力学的要因を病因とする疾患、より具体的には血管病であり、さらに具体的には、例えば、脳動脈瘤、大動脈瘤、頸動脈瘤、動脈硬化症又は高血圧症から選択することができる。
【0061】
本発明の作製方法によって作製される疾患モデルは、例えば、血管病の発症から進展、さらに破綻に至るメカニズムの解明、血管病の予防又は治療のための方法、血管病の予防又は治療のために標的とする作用点、又は、血管病の予防又は治療のための薬剤のスクリーニング方法等に利用することができる。
【0062】
3.疾患モデル
本発明の別の実施形態は、上記血管病に対するex vivoの疾患モデルである。その詳細は、上記、「1.血管病の病態生理のex vivoでの解析方法」において説明した。
【0063】
簡略には、動物より摘出した血管を用い、血管を切開し、疾患モデル作製装置内で、培養液を所定の圧力で所定の期間、定圧・定常流を内腔側、即ち、血管内皮細胞側に衝突させることにより、衝突流の圧力による壁応力と、衝突後の衝突流液によってもたらされる壁面せん断応力とを負荷することにより、本発明の疾患モデルを作製することができる。
【0064】
本発明の疾患モデルにおいて、対象とする疾患は、血行力学的要因を病因とする疾患、より具体的には血管病であり、さらに具体的には、例えば、脳動脈瘤、大動脈瘤、頸動脈瘤、動脈硬化症又は高血圧症から選択することができる。
【0065】
本発明の疾患モデルは、例えば、血管病の発生から進展、さらに破綻に至るメカニズムの解明、血管病の予防又は治療のための方法、血管病の予防又は治療のために標的とする作用点、又は、血管病の予防又は治療のための薬剤のスクリーニング方法等に利用することができる。
【0066】
4.血管病の予防又は治療のための薬剤のスクリーニング方法
本発明の実施形態の1つは、血管病の予防又は治療のための薬剤のスクリーニング方法である。例えば、上記疾患モデルの作製方法に記載した培養条件下、衝突流を血管組織に衝突させる前、衝突期間中又は衝突終了後、スクリーニング対象とする被験物質を培養液中及び/又は衝突流中に添加し、「1.血管病の病態生理のex vivoでの解析方法」において記載した形態学的変化、生化学的変化又は遺伝子発現の変化を観測し、被験物質を添加しない実験群を対象として比較し、被験物質の血管組織の病態生理に及ぼす作用の有無及び/又は作用の強度を解析し、薬剤の候補化合物を選別することにより、被験物質をスクリーニングすることができる。
【0067】
5.血管病のex vivoの疾患モデルの製造装置
本発明のもう1つの実施形態は、上記血管病のex vivoの疾患モデルの製造装置である。より具体的には、本発明の製造装置は、血管組織を培養する組織培養部、定常流発生部、血管組織への定常流による衝突圧調整用ノズル部とを備える。
【0068】
本発明の製造装置は、動物より摘出した血管組織を培養液中に浸漬し、固定し、培養条件下、前記血管組織の内腔側、すなわち、血管内皮細胞側に定圧・定常流を衝突させる機構を有する(
図2参照)。
【0069】
前記組織培養部としては、商業的に利用可能な組織培養装置を入手し、使用することができる。
【0070】
定常流発生部は、例えば、公知の文献(Sakaguchi K.et al., Scientific Reports 3:1316, 1-7(2013))に記載の装置を入手又は製造し、使用することができる。この装置は、2対のシリンジの反復移動と三方バルブを併用することにより定常流を創出する。
【0071】
血管組織への定常流による衝突圧調整用ノズル部は、例えば、光造形により製作した微小管を有する機構を使用できる。この機構を介して、前記定常流発生部で創出した流れを加速し、培養部中に固定した血管組織に定圧・定常流による衝突負荷を作用させることができる。前記衝突負荷は、定常流の発生を制御することにより、一定の又は変化させた所定の衝突圧で、所定の期間、連続的又は断続的に衝突流を血管組織に作用させることができる。
【0072】
衝突圧の調整は、定常流発生部で創出させた流体の流速に対する衝突圧調整用ノズル部の噴射口の直径を所望とする衝突圧を得られる態様で調整することによって制御することができる。すなわち、ノズル部の噴射口の直径が一定の場合、定常流の流量を増加させることにより、衝突流の衝突圧を増加させることができる。、また、定常流の流量が一定の場合、ノズル部の噴射項の直径が小さい方が、より衝突圧を増加させることができる。
【0073】
本発明の前記疾患モデルの作製において、例えば、定常流は定圧流として血管組織に衝突させることにより、血管組織に対して、物理的な組織傷害を惹起しなくとも生理的な変化をもたらすことができる。定圧・定常流の血管組織に与える圧力のレベルとしては、血管組織に生理的な変化をもたらす限り、特に限定はされない。
【0074】
一方、臨床において脳動脈瘤での最大せん断応力として約20 Pa程度であることが知られている(Miura Y. et al., Stroke 44:519-521(2013))。また、培養内皮細胞を使用した場合に、68 dynes/cm2 (6.8 Pa)の圧力で灌流液を培養細胞に衝突させたときには内皮細胞の剥離は惹起されず、210 dynes/cm2 (21 Pa)で培養液を衝突させた場合に、内皮細胞の剥離が惹起されることが報告されている(Ostrowski M.A. et al., Biophys.J. 106:366-374(2014)。そこで、本発明の製造装置を用い、臨床での病態に近似させた内皮細胞の剥離を伴う血管組織の疾患モデルを作製し、その病態生理の解析又は血管病の予防若しくは治療のための薬剤をスクリーニングするには、例えば、せん断応力の最高値が約10~30 Pa、好ましくは15~25 Pa、より好ましくは約20 Paとなる態様で、定圧・定常流を所定の期間衝突させることにより、臨床の脳動脈瘤に近似した血管内皮細胞の剥離を伴う病態を有する疾患モデルを作製することができる。
【0075】
例えば、定常流発生部で、20 mL/minの定常流を発生した場合、噴射口の直径を0.7 mmを有する前記ノズル部から衝突流を噴射することにより、20 Paの噴射圧を有する衝突流を血管組織に作用することができる。
【0076】
この血管病のex vivoの疾患モデルの製造装置を使用することにより、血管病のex vivoの疾患モデルを作製することができ、本製造装置は、血管病の病態の発生と進展のメカニズムの解明、血管病に対する予防又は治療のための薬剤のスクリーニング等に利用することができる。
【0077】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。ここに記述される実施例は本発明の実施形態を例示するものであり、本発明の範囲を限定するものとして解釈されるべきではない。
【実施例】
【0078】
1.試薬及び装置
ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色は、武藤化学株式会社(東京)のNew ヘマトキシリン Type M(カタログNo. 30141)及びピュア・エオシン液(カタログNo.32043)を使用した。TUNNEL染色は、タカラバイオ株式会社(滋賀県)のIn situ Apoptosis Detection Kit MK500を使用した。Ki67染色は、1次抗体としてウサギ抗-Ki67 ポリクローナル抗体(Abcam社カタログNo.ab15580、英国)を、2次抗体としてヒツジ抗ウサギIgG H&L (Alexa FluorR 488)(同、ab150077)を使用した。核染色は、Hoechst 33342(Thermofisher社、カタログNo.H1399、米国)を使用した。
組織培養に使用した培地は、DMEM(富士フィルム和光純薬株式会社、大阪、カタログNo.043-30085)、10%FBS(株式会社 ジャパン・バイオシーラ、広島、カタログNo. S1650-500)及び1%penicililin(富士フィルム和光純薬株式会社、カタログNo. 168-23191)を使用した。
光学顕微鏡はオリンパス株式会社(東京)製(BX51型)を、蛍光顕微鏡はオリンパス株式会社製(FV1200型)を、透過型電子顕微鏡は株式会社日立製作所(東京)製(H7650型)を使用した。
【0079】
疾患モデル作製装置は、マイクロシリンジポンプ(KD Scientific社製No.KDS270、米国)を備えた灌流-培養システム(Sakaguchi K. et al., Scientific Reports 3:1316, 1-7(2013))を定常流作製機として使用し、発明者が製造した。
【0080】
2.実験方法
本研究は、学校法人早稲田大学の動物実験倫理委員会で承認を得たものである(承認番号2018-A109)。雄性SD系ラット(8~12週齢、N=3)を使用した。2.7%イソフルラン(50 mg/kg・BW)で全身麻酔し、麻酔下安楽死させた。直ちに、腹部を切開し、腹部大動脈(直径2mm)を摘出した。残存血液を洗浄し、血管外壁の脂肪組織を除去後、血管を長軸方向に切開し、平面状にして血管内腔側、すなわち、内皮細胞側を上側として、DMEM、10%FBS及び1%Penicililinの培養培地を含む培養ディッシュ内に、血管を摘出以前の伸長に復元して固定した。
【0081】
培養ディッシュを疾患モデル作製装置(
図2)に設置した。本実験で使用した疾患モデル作製装置は、2対のシリンジと一方弁を有し、シリンジを稼働させることにより、培養液の定常流(流量20 ml/min)を創出した。直径(φ)0.7mmのノズルを介して定常流を加速し、コンピュータシミュレーションにより、衝突による壁面へのせん断応力が最大となる領域において、せん断応力が20 Paとなるように制御して(
図3)、培養期間である3日間持続して、前記摘出血管組織に衝突させた。培養は、インキュベータ(温度37℃、CO
2濃度5.0%)内で培養した。
【0082】
なお、上記シミュレーションに用いた形状はDassault Systems社(仏国)製の3次元CADソフト(SOLIDWORKS)を用いて作成した。シミュレーションは、Ansys社(米国)製の汎用熱流体解析ソフトウェアANSYS CFXを用いた。流体はニュートン流体(密度1000 Kg/m3, 粘度0.001 Pas)とした。解析は定常流のもと実施した。入口は速度境界条件、出口は圧力境界条件とした。速度境界条件は流量毎に規定し、圧力境界は0 Paとした。
【0083】
培養組織を、4%ホルマリンで組織固定後、厚さ2μmの切片を作製し、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色、アポトーシスを描出するTunnel染色、Hoechst33342による核染色と細胞増殖期を描出する抗Ki67抗体による免疫染色の二重染色を行い、光学顕微鏡による観察を行い、退行性変化及び増殖性変化を評価した。
【0084】
3.実験結果
(1) 内皮細胞の剥離
ラット腹部大動脈組織を摘出後、長軸方向に切開し、培養条件下20 Paの定圧・定常流を血管内皮細胞側に3日間衝突させて物理的ストレスを負荷した後、組織固定後厚さ2μmの切片を作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)を行い血管断面を光学顕微鏡で観察した。その結果を
図4に示した。
【0085】
(A)は定圧・定常流の衝突域を、(B)は非衝突域を示す。衝突域において臨床での血管病の病態と同様に内皮細胞は剥離しており、一方、非衝突域においては内皮細胞(▼)の残存を認めた。
【0086】
(2) 血管壁厚の菲薄化及び平滑筋細胞のアポトーシス
上記の定圧・定常流を20 Paの圧力で3日間物理的ストレスを負荷上記血管組織の亜連続切片を各HE染色とアポトーシスの惹起を染色するTUNNEL染色とで染色し、衝突域と非衝突域について、病理像と血管壁厚とを比較した(
図5-1)。血管壁厚の計測は、亜連続切片(6枚、100 μm間隔)を対象とし、各切片を200μm毎の領域に分割し、その領域内の二等分線の長さより算出した。衝突位置を中心にして直径0.7 mm以内を衝突域とし、衝突域から1 mm離れた領域を非衝突域とし、領域毎で壁厚の平均値と標準偏差を算出した。平滑筋細胞アポトーシスの割合は、領域毎での全細胞数に対するTUNNEL染色陽性細胞数の割合を求めた。
【0087】
衝突域は、非衝突域より血管壁厚が小さく(Studentのt検定 P<0.01)、中膜の菲薄化が進行していた(
図5:上段及び中段;HE染色、下段;TUNNEL染色、
図6;壁厚の計測結果)。
【0088】
TUNNEL染色より衝突域において平滑筋細胞の細胞死(白色逆三角形:▽)を多数認めた(
図5下段)。衝突部のみにおいて平滑筋細胞のアポトーシスを観察し、血管組織の退行性変化が再現されていることを認めた。
【0089】
さらに、この標本について、透過型電子顕微鏡で観察したところ、平滑筋細胞核が濃縮しており、平滑筋細胞死はアポトーシスであることが示された(
図7)。
【0090】
アポトーシスを惹起した平滑筋細胞の割合は、非衝突域と比較して、衝突域において有意に増加した(t検定 P<0.01)(
図8)。
【0091】
(3) 内弾性板の崩壊
HE染色による内弾性板の観察を行った(
図9)。
図9(A)は摘出直後、
図9(B)は、20 Paの定圧・定常流を3日間衝突させて物理的ストレスを負荷した衝突域の病理像を表す。摘出直後には5層の弾性板を確認できたが、3日間の物理的ストレスの負荷によって、内弾性板の崩壊が進行していることが認められた。
【0092】
(4) 増殖期細胞の観察
上記の20 Paの定圧・定常流を3日間衝突させて物理的ストレスを負荷した血管組織の標本について、細胞増殖マーカーである抗Ki67タンパク質抗体を用いる組織化学免疫染色を使用して増殖細胞の観察を蛍光顕微鏡を用いて実施した(
図10)。
【0093】
(A)はHoechst33343染色、(B)はKi67染色、(C)はHoechst33342とKi67とを重ねた蛍光顕微鏡像である。観察領域は、衝突域から非衝突域にかけての境界域である。境界域においてKi67陽性細胞を観察した(B)。Ki67陽性細胞は、内皮細胞と平滑筋細胞であった。これらの結果より、血管組織の増殖性変化を疾患モデルにおいて再現することができた。
【0094】
衝突域では内皮細胞が剥離し、境界域より内皮細胞が出現した。また、Ki67陽性平滑筋細胞は内膜近傍に集中していることを認めた。これらの観察より、内皮細胞増殖と平滑筋細胞増殖が相互作用しながら細胞増殖期にいることが理解された。
【0095】
小活
以上の衝突流に対する衝突域、非衝突域及びその中間に位置する周辺域に別の観察部位に関連させた退行性変化と増殖性変化との観察結果を
図11にまとめた。本発明の方法と装置によって、血流の衝突による物理的ストレスを利用し、指定した場所において、血管組織の退行性変化と増殖性変化の二種類を再現できる疾患モデルを提供できる。
【0096】
図11の上図は、衝突流によってもたらされる圧力と壁面せん断応力の各強度を表す。圧力は、衝突中心でもっとも強い一方、せん断応力は、衝突中心の周辺部でもっとも強くなることが知られている。
【0097】
図11の下図は、上記実験で認めた病理像をまとめた概略図である。衝突域では、衝突流によって、内皮細胞の剥離、血管平滑筋細胞のアポトーシス、内弾性板の崩壊及び中膜の菲薄化が惹起される。非衝突域は、衝突流によって変化を惹起しない領域を表す。衝突域と非衝突域の間に位置し、強いせん断応力が作用する境界域では、内皮細胞と平滑筋細胞が刺激され増殖することにより肥厚化が惹起される。これらの衝突流によってもたらされる病態生理は、脳動脈瘤をはじめとした血管病の患者で認められる病理像に近似する。
【0098】
総括
本発明により、衝突流で物理的ストレスをex vivoで血管組織に作用させることにより、血管病が発生する過程における血管組織の退行性変化と増殖性変化の2種類を再現することができた。この異なる二種類の血管応答は、これらの変化の種類や比率に応じて異なる形態学的変化をもたらすと考えられる。例えば、患者において、動脈瘤は、血管の退行性変化により血管壁が菲薄化し、形態学的に外周側に突出するように病態が進行する。動脈硬化では、血管の増殖性変化により血管壁が肥厚化し、形態学的に内周側に突出するように病態が進行する。すなわち、本発明で血管組織に定圧・定常流を衝突させることにより観察された臨床に近似した病理像は、ex vivo系において、短時間で簡便に、血管病を発生し、進展させる因子を体外で再現できたことを示している。
【0099】
さらに、本発明により、血管病の発生及び進展の病理メカニズムを解明できるのみならず、血管病の発生、進展及び破綻を抑制するための薬剤の開発に応用できる。薬剤効果を検証することを含む血管病の予防又は治療のためのスクリーニング方法のプラットフォームとしての活用できる。さらに、物理的ストレスにより、退行性変化及び増殖性変化を再現することにより、物理的ストレスの大小、それに応じた、血管病の種類・段階を考慮に入れた創薬という新たな概念をもたらすことができる。血管病の発症重症化のプロセスは、血流による物理的ストレスと関連している。しかしながら、これまでの薬剤効果検証手法の中心であったin vivoの動物実験では、物理的ストレスを能動的に制御できないという問題があった。すなわち、in vivoの動物実験環境での物理的ストレスとは、病態を再現しようとする人為的な操作に対して、生体が個体レベルで反応した結果であり、ストレスの内容や程度を変更することはできない問題がある。それに対し、本発明は、物理的ストレスを可変制御できる環境の下、ストレスの種類・程度・比率を調整できる環境において薬剤効果検証を実施できるという利点を有するものである。