(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-23
(45)【発行日】2023-01-31
(54)【発明の名称】肝臓ゲノム上の凝固関連因子遺伝子を破壊するためのAAVベクター
(51)【国際特許分類】
C12N 15/864 20060101AFI20230124BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20230124BHJP
A61P 7/04 20060101ALI20230124BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20230124BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230124BHJP
A61K 35/76 20150101ALI20230124BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20230124BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20230124BHJP
【FI】
C12N15/864 100Z
C12N15/09 110
C12N15/09 Z ZNA
A61P7/04
A61P1/16
A61P43/00 111
A61P43/00 121
A61K35/76
A61K31/7088
A61K48/00
(21)【出願番号】P 2018561352
(86)(22)【出願日】2018-01-09
(86)【国際出願番号】 JP2018000150
(87)【国際公開番号】W WO2018131551
(87)【国際公開日】2018-07-19
【審査請求日】2021-01-08
(31)【優先権主張番号】P 2017004198
(32)【優先日】2017-01-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505246789
【氏名又は名称】学校法人自治医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】大森 司
(72)【発明者】
【氏名】長尾 恭光
(72)【発明者】
【氏名】水上 浩明
(72)【発明者】
【氏名】坂田 飛鳥
(72)【発明者】
【氏名】小澤 敬也
(72)【発明者】
【氏名】村松 慎一
(72)【発明者】
【氏名】富永 眞一
(72)【発明者】
【氏名】花園 豊
(72)【発明者】
【氏名】西村 智
(72)【発明者】
【氏名】坂田 洋一
(72)【発明者】
【氏名】鴨下 信彦
【審査官】井関 めぐみ
(56)【参考文献】
【文献】Nature,2011年,Vol.475,P.217-223
【文献】Blood,2013年,Vol.122,P.3283-3287
【文献】Frontiers in Haemophilia,2016年,Vol.3,P.19-23
【文献】日本血栓止血学会誌,2015年,Vol.26,P.534-540
【文献】SEHGAL,A., et al.,NATURE MEDICINE,2015年,Vol.21,p.492-497
【文献】nature biotechnology,2014年,Vol.32,P.551-553
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/864
C12N 15/09
A61P 7/04
A61P 1/16
A61P 43/00
A61K 35/76
A61K 31/7088
A61K 48/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血友病の治療のための組換えアデノ随伴ウイルスベクター(rAAV)であって、
前記ウイルスベクターが、肝臓特異的プロモーター配列、該プロモーター配列と作動可能に連結されたゲノム編集手段をコードするポリヌクレオチド配列を含むウイルスゲノム、およびアデノ随伴ウイルスに由来するカプシドタンパク質を含み、
前記ゲノム編集手段が、Cas9タンパク質と、アンチトロンビンをコードする遺伝子を標的化するgRNAとから構成され、患者の肝臓におけるアンチトロンビン遺伝子を発現不能にし、
前記Cas9タンパク質が、配列番号6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、または配列番号6のアミノ酸配列と99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質であり、
前記gRNAが、配列番号13に記載の配列のポリヌクレオチド、または配列番号13の配列と90%以上の相同性を有する配列のポリヌクレオチドを有する、
組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
【請求項2】
前記血友病が血友病AまたはBである、請求項1に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
【請求項3】
AAV3、AAV3B、AAV8、またはAAV9のアデノ随伴ウイルスに由来するカプシドタンパク質を含む、請求項1または2に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
【請求項4】
前記肝臓特異的プロモーター配列が、ApoEプロモーター、アンチトリプシンプロモーター、cKitプロモーター、肝臓特異的転写因子(HNF-1、HNF-2、HNF-3、HNF-6、C/ERP、DBP)のプロモーター、アルブミン、サイロキシン結合グロブリン(TBG)のプロモーター、および配列番号1のポリヌクレオチド配列からなる群から選択されるポリヌクレオチド配列と90%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを含み、肝臓特異的なプロモーターとして機能する、請求項1~3のいずれか1項に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
【請求項5】
血友病Bの治療のための組換えアデノ随伴ウイルスベクター(rAAV)であって、
前記ウイルスベクターが、配列番号1のポリヌクレオチドを含む肝臓特異的プロモーター配列、該プロモーター配列と作動可能に連結されたゲノム編集手段をコードするポリヌクレオチド配列を含むウイルスゲノム、およびAAV8のアデノ随伴ウイルスに由来するカプシドタンパク質を含み、
前記ゲノム編集手段が、配列番号6のアミノ酸配列からなるCas9タンパク質と、アンチトロンビン遺伝子を標的化するgRNAとから構成され、患者の肝臓におけるアンチトロンビン遺伝子を発現不能にし、
前記gRNAが、配列番号13に記載の配列のポリヌクレオチドまたは配列番号13の配列と90%以上の相同性を有する配列のポリヌクレオチドを有する、組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
【請求項6】
前記ウイルスゲノムがさらに、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV6、およびAAV9からなる群より選択されるインバーテッドターミナルリピート(ITR)のヌクレオチド配列を含む、請求項1~
5のいずれか1項に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
【請求項7】
請求項1~
6のいずれか1項に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクターを含む、肝臓関連疾患の治療のための医薬組成物。
【請求項8】
血友病の治療剤と併用される、請求項
7に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲノム編集技術を用いる、血液凝固疾患の治療のための組換えアデノ随伴ウイルスベクター(rAAV)に関する。より詳細には、本発明は、肝臓特異的プロモーターとゲノム編集手段とを含むrAAV、場合により修復用遺伝子を含む別のrAAVと組み合せること、上記rAAVを含む血液凝固疾患の治療のための医薬組成物などに関する。
【背景技術】
【0002】
血友病は先天的に血液が固まりにくい病気であり、血友病A及びBが知られている。血友病Aでは血液凝固因第VIII因子が、血友病Bでは血液凝固第XI因子が遺伝的に欠乏している。全世界には血友病Aの患者が40万人以上、血友病B患者は8万人~10万人いることがと推測される。Hemophilia Topics (vol.23 2011年1月発行より)によると、日本の血友病の患者数は男子人口10万人あたり約8.5人と言われており、平成21年度に報告された患者数は、血友病Aが4,317人、血友病Bが933人である。世界では、イギリス、オランダ、スウェーデン、カナダ、ドイツ等の発症率が日本より高く、男子人口10万人あたりそれぞれ、19.1、17.2、15.3、13.2、10.4人である。アメリカは7.8人で日本とほぼ同じである。
【0003】
血友病に対する遺伝子治療として、従来の手法では、患者の持つゲノム異常はそのままで、別途正常遺伝子(例えば正常な血液凝固因第VIII因子のcDNA及びその発現用プロモーターなど)を導入するものが一般的であった(特許文献1、特許文献2)。このような手法において、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた肝臓細胞を標的とした遺伝子治療が臨床研究で一定の成果を上げている(非特許文献1)。
【0004】
組換えAAVベクターが生体に導入されると、そのAAVベクターに対する中和抗体が生体内で惹起されて、その後の治療効果が望めない場合がある。このような中和抗体の保有率は40%程度で成人に多い。よって、小児期がAAVベクターによる遺伝子治療の好適な対象とされるが、AAVによる遺伝子発現であっても、実際には、肝臓細胞が増殖する小児期では時間経過とともにその効果は失われることが多い。したがって、患者の任意のゲノム部位を標的にする遺伝子治療が可能になればより多くの患者が治療適応になると予測される。
【0005】
特定のゲノム部位を標的として切断するゲノム編集技術として、ZFN、TALEN、CRISPR/Cas9などのタンパク質またはタンパク質複合体が着目されている(特許文献3、特許文献4、非特許文献2~4)。とりわけ、CRISPR-Cas9は、構造がより単純であり、配列設計の自由度が高く、ゲノム編集の成功率も良好であり、低コストのため急激に応用が広まっている(非特許文献4)。
【0006】
これまでにAAVを用いたCas9発現の報告があるが、血友病などの出血性疾患とは異なるコレステロール制御を目的にしている(特許文献5)。また、血友病治療を目的とする遺伝子編集技術であってもCas9とは異なるゲノム編集技術を用いるものが報告されている(特許文献6、特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表第2015-509711号明細書
【文献】特表第2016-525356号明細書
【文献】米国特許第8697359号明細書
【文献】特表第2015-510778号明細書
【文献】特表第2016-524472号明細書
【文献】国際公開パンフレットWO2015/089046号
【文献】国際公開パンフレットWO2014/089541号
【非特許文献】
【0008】
【文献】J Thrombosis and Haemostasis. 2015;13:S133-S142.;Mol Ther. 2013;21:318-323
【文献】Li, H.ら、(2011) Nature 475, 217-221
【文献】Shalem, Oら、(2015)Nature 520, 186-191
【文献】Ran, F.A.ら、(2013) Cell 154, 1380-1389
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって、肝臓細胞のゲノム障害と関係する遺伝性疾患、例えば血友病、血栓、血小板減少症、遺伝性出血性毛細血管拡張症、遺伝性肝臓代謝異常症、肝臓細胞癌などの治療のための、より治療効果の高い、ゲノム編集技術を組み合わせた治療用組換えウイルスベクターの開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、ApoEエンハンサーとアンチトリプシンプロモーターを組み合わせたプロモーターなどの肝臓特異的プロモーターを用いてCas9を発現し、かつU6プロモーターでアンチトロンビンなどの抗凝固因子や凝固因子に対するguide RNA配列をもつrAAVベクター、及び当該ベクターを用いて、in vivoで肝臓細胞内の候補遺伝子を同手法により破壊し、血友病等、出血性疾患の出血傾向を改善させる医薬組成物などに関する。
【0011】
すなわち、本発明は、血友病の遺伝子治療のためのrAAVベクター、それを含む医薬組成物など、以下に記載される発明を提供する。
[1] 血液凝固関連疾患の治療のための組換えアデノ随伴ウイルスベクター(rAAV)であって、
該ウイルスベクターは、肝臓特異的プロモーター配列および該プロモーター配列と作動可能に連結されたゲノム編集手段をコードするポリヌクレオチド配列を含むウイルスゲノムを含み、
該ゲノム編集手段が、
(a) Cas9タンパク質とガイドRNA(gRNA)とから構成されるCRISPR/Cas9、および修復用遺伝子を含む手段、または
(b) Cas9タンパク質とgRNAとから構成されるCRISPR/Cas9を含む手段
であり、
該gRNAが、患者のゲノム上にある疾患関連タンパク質の発現と関係する領域の一部に対して相補的なヌクレオチド領域、およびCas9タンパク質と相互作用する領域を含む、
組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[2] AAV3、AAV3B、AAV8、またはAAV9のアデノ随伴ウイルスに由来するカプシドタンパク質を含む、[1]に記載のアデノ随伴ウイルスベクター。
[3] 前記肝臓特異的プロモーター配列が、ApoEプロモーター、アンチトリプシンプロモーター、cKitプロモーター、肝臓特異的転写因子(HNF-1、HNF-2、HNF-3、HNF-6、C/ERP、DBP)のプロモーター、アルブミン、サイロキシン結合グロブリン(TBG)のプロモーター、および配列番号1のポリヌクレオチド配列からなる群から選択されるポリヌクレオチド配列と90%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを含み、肝臓特異的なプロモーターとして機能する、[1]又は[2]に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[4] 前記Cas9タンパク質が、配列番号2又は6に記載のアミノ酸配列を含むか、または配列番号2又は6のアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含み、配列番号3~5又は配列番号7~15のいずれかのgRNAと一緒になってCRISPR/Cas9複合体を形成可能である、[1]~[3]のいずれか1項に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[5] 前記gRNAが、配列番号3~5又は配列番号7~15に記載のポリヌクレオチド配列を有するか、または配列番号3~5又は配列番号7~15に記載のポリヌクレオチド配列(crRNA部分及びPAM部分を除いた3’側の配列)と90%以上の相同性を有するポリヌクレオチド配列を含み、配列番号2又は6のCas9タンパク質と一緒になってCRISPR/Cas9複合体を形成可能である、[1]~[4]のいずれか1項に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[6] 前記疾患関連タンパク質が、血液凝固因子または抗血液凝固因子である、[1]~[5]のいずれか1項に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[7] 前記疾患関連タンパク質が、血液凝固因子IX、アンチトリプシン、血液凝固因子VIII、血液凝固因子VII、血液凝固因子XI、アンチトロンビン、プロテインS、またはプロテインCである、[6]に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[8] 前記(a)が、(a1)Cas9タンパク質とgRNAとから構成されるCRISPR/Cas9をコードするアデノ随伴ウイルスベクター、および(a2)修復用遺伝子を含むアデノ随伴ウイルスベクターを含む、[1]~[7]のいずれか1項に記載のアデノ随伴ウイルスベクター。
[9] 前記(a2)が、修復用遺伝子の5’側及び3’側に、ゲノム上の切断標的部位の5’側及び3’側と相同な領域を含む、[8]に記載のアデノ随伴ウイルスベクター。
[10] 前記修復用遺伝子が、前記5’側及び3’側の相同な領域の内側に、正常な疾患関連タンパク質をコードするポリヌクレオチドまたはその一部を含む、[9]に記載のアデノ随伴ウイルスベクター。
[11] 前記血液凝固関連疾患が、血友病、第VII因子欠損症、第XI因子欠損症、アンチトロンビン欠乏症、プロテインS異常症・欠乏症、およびプロテインC異常症からなる群より選択される、[1]~[10]のいずれか1項に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[12] 前記ウイルスゲノムがさらに、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV6、およびAAV9からなる群より選択されるインバーテッドターミナルリピート(ITR)のヌクレオチド配列を含む、[1]~[11]のいずれか1項に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[13] [1]~[12]のいずれに記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクターを含む、肝臓関連疾患の治療のための医薬組成物。
[14] 2種以上の組換えアデノ随伴ウイルスベクターの組合せを含む、[13]に記載の医薬組成物。
[15] 血友病の治療剤と併用される、[13]または[14]に記載の医薬組成物。[16] [13]~[15]に記載の医薬組成物を含む、肝臓関連疾患の治療のための医療キット。
[17]血友病、肝臓代謝異常、肝臓細胞がんなどの治療のための、[1]~[12]のいずれか1項に記載のベクターの使用方法。
[18][1]~[12]のいずれか1項に記載のベクターを患者に投与することを含む、治療方法。
[19][1]~[12]のいずれか1項に記載のベクターが2種以上のベクターを含み、該2種以上のベクターを同時に投与することを含む、[18]に記載の治療方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明のウイルスベクターを用いると、肝臓細胞のゲノム障害と関係する遺伝性疾患、例えば血友病、血栓、血小板減少症、遺伝性出血性毛細血管拡張症、遺伝性肝臓代謝異常症、肝臓細胞癌などの治療に利用可能である、ゲノム編集技術を組み合わせた、より治療効果の高い治療用組換えウイルスベクターが提供できる。また、本発明のベクターを用いることにより、大部分の肝臓細胞にゲノム編集を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1の各A~Eは、受精卵細胞にsgRNAとSpCas9のmRNAとを注入することによって血友病Bマウスを作出したことを示す。
【
図2】
図2の各A~Dは、野生型成体マウスにおけるAAVベクター媒介性の血友病B生成を示す。
【
図3】
図3の各A~Cは、HDRによるFIX:Cの微増を示す。
【
図5】
図5の各A~Fは、AAV8ベクターを用いたCRIPSR/Ca9媒介性ゲノム編集によって血友病Bマウスの血漿中FIX:Cの増加を示す。
【
図6】
図6の各A~Fは、AT遺伝子Serpinc1の破壊が血友病Bマウスの出血性表現型を回復したことを示す。
【
図7】
図7A及びBは、マウスにおけるHCRhAATプロモーターとTBGプロモーターとの比較の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、ゲノム編集技術を用いて、肝臓細胞のゲノム障害と関連する遺伝性疾患、とりわけ、肝臓細胞の遺伝子変異に起因する出血性疾患、より具体的には血友病の治療を可能にする。
【0015】
1.血友病およびその関連因子について
血友病は、代表的な先天性の出血性疾患であり、血友病に罹患した患者は幼小児期から出血を繰り返す。血友病には血友病Aおよび血友病Bの2タイプが存在し、血友病Aは血液凝固VIII因子(FVIIIともいう)の欠乏や異常に起因し、血友病Bは血液凝固IX因子(FIXともいう)の欠乏や異常に起因する。血友病Aと血友病Bとは外観的な症状に基づき区別することができず、特定するには遺伝子診断を必要とする。血友病の原因遺伝子は共にX染色体上にあり、劣性遺伝型であるので、大部分の患者は男性である。治療法としては、通常は血漿由来でまたは遺伝子組換え生産由来のFVIIIまたはFIXを補充する薬物療法が行われている。
【0016】
血液凝固VIII因子は、分子量約330kDa(2351アミノ酸残基)の高分子量糖タンパク質であり、主として肝臓から産生される。正常人においてFVIIIは血漿中濃度0.01~0.02mg/dLである。一方、血液凝固因子IXは、分子量約55kDa(415アミノ酸残基)のタンパク質であり、肝臓から産生される。正常人においてFIXは血漿中濃度3~5mg/dLである。よって、FIXは、FVIIIと比較すると、対象となる臓器が肝臓に限定され、かつコードする遺伝子サイズがより小さいという治療上の利点を有する。
【0017】
血液凝固のプロセスにおいて、トロンビンは、血液凝固因子Vによって活性化されること、または血液凝固因子VIIIを活性化させることなどを介して主要な役割を担っている。一方、アンチトロンビン(アンチトロンビンIII)は、トロンビン、活性IX因子、活性Xなどと1対1で複合体を形成して、血液凝固作用を阻害する作用(抗凝固作用)を提供する。例えば、血液凝固作用が低下した患者において、凝固因子の作用が不十分な場合に、凝固因子を補完することによって血液凝固作用が促進され得る。代替として、例えば凝固作用を阻害するアンチトロンビンの作用が低下または欠失する場合、血液凝固作用が促進され得る。
【0018】
本発明は、特定のゲノム編集手段を利用することによって、好ましくは血液凝固因子を先天的に欠損している患者において血液凝固作用を回復させるウイルスベクター、そのウイルスベクターを含む医薬組成物を提供する。この血液凝固作用を促進可能とする手段としては、(a)機能低下または欠損している血液凝固因子のゲノムを修復する手段、または(b)血液凝固作用が低下している患者において抗凝固作用を阻害することによって血液凝固作用を回復させる手段が考えられる。
【0019】
2.組換えウイルスベクターについて
2.1.本発明に用いる組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)ベクター
本発明において、ゲノム編集手段のためのポリヌクレオチド、または特定の血液凝固因子をコードするポリヌクレオチドを対象の臓器胞に送達するためのベクターとしては、WO2012/057363に記載される、末梢投与の場合にも治療効果を示すのに十分な量の遺伝子送達可能な組換えアデノ随伴ウイルスベクター、あるいはWO 2008/124724などに記載されるものを用いることができる。
【0020】
天然のアデノ随伴ウイルス(AAV)は非病原性ウイルスである。この特徴を利用して、種々の組換ウイルスベクターを作製して、遺伝子治療のために所望の遺伝子を送達することが行われている(例えば、WO2003/018821、WO2003/053476、WO2007/001010、薬学雑誌 126(11)1021-1028などを参照のこと)。野生型AAVゲノムは、全長が約5kbのヌクレオチド長を有する一本鎖DNA分子であり、センス鎖またはアンチセンス鎖である。AAVゲノムは、一般に、ゲノムの5'側および3'側の両末端に約145ヌクレオチド長のインバーテッドターミナルリピート(ITR)配列を有する。このITRは、AAVゲノムの複製起点としての機能及びこのゲノムのビリオン内へのパッケージングシグナルとしての機能等の多様な機能を有することが知られている(例えば、上記の文献である薬学雑誌 126(11)1021-1028などを参照のこと)。ITRに挟まれた野生型AAVゲノムの内部領域(以下、内部領域)は、AAV複製(rep)遺伝子及びカプシド(cap)遺伝子を含む。これらrep遺伝子及びcap遺伝子は、それぞれ、ウイルスの複製に関与するタンパク質Rep及び正20面体構造の外殻であるキャプソメアを形成するカプシドタンパク質(例えば、VP1、VP2及びVP3の少なくとも1つ)をコードする。さらなる詳細については、例えば、Human Gene Therapy, 13, pp.345-354, 2002、Neuronal Development 45, pp.92-103, 2001、実験医学 20,pp.1296-1300, 2002、薬学雑誌 126(11)1021-1028、Hum Gene Ther,16,541-550, 2005などを参照のこと。
【0021】
本発明のrAAVベクターは、好ましくは由来の天然のアデノ随伴ウイルス1型(AAV1)、2型(AAV2)、3型(AAV3)、4型(AAV4)、5型(AAV5)、6型(AAV6)、7型(AAV7)、8型(AAV8)、9型(AAV9)、10型(AAV10)に由来するベクターであるが、これに限定されない。これらのアデノ随伴ウイルスゲノムのヌクレオチド配列は公知であり、それぞれ、GenBank登録番号:AF063497.1(AAV1)、AF043303(AAV2)、NC_001729(AAV3)、NC_001829.1(AAV4)、NC_006152.1(AAV5)、AF028704.1(AAV6)、NC_006260.1(AAV7)、NC_006261.1(AAV8)、AY530579(AAV9)のヌクレオチド配列を参照できる。本発明において、特に肝臓細胞への指向性のために、AAV3、AAV3B(AF028705.1)、AAV8、またはAAV9に由来するカプシドタンパク質(VP1、VP2、VP3など)を利用することが好ましい。これら各カプシドタンパク質のアミノ酸配列は公知であり、例えば、各AAVに対応するGenBank登録番号に登録された配列を参照することができる。
【0022】
本発明において用いられるRepタンパク質は、本発明のrAAVを複製させるために用いられる。そのようなRepタンパク質は、本発明のrAAVを複製させるために、ITR配列を認識してその配列に依存してゲノム複製を行う機能、ウイルスビリオン内へと野生型AAVゲノム(又はrAAVゲノム)をパッケージングする機能、本発明のrAAVビリオンを形成する機能を、野生型と同程度に有する限り、好ましくは20残基以下、15残基以下、10残基以下、又は5残基以下のアミノ酸の欠失、置換、挿入および/または付加を含んでいてもよい。ここで、野生型と同程度に有することは、野生型に対する比活性として50%、60%、70%、80%、90%またはそれ以上であることを意味する。本発明において、好ましくは、公知のAAV3由来のRepタンパク質が使用されるがこれに限定されない。
【0023】
本発明の1実施形態において、上記の野生型AAVゲノムの内部領域にコードされるカプシドタンパク質VP1など(VP1、VP2および/またはVP3)、およびRepタンパク質は、これらタンパク質をコードするポリヌクレオチドがAAVヘルパープラスミドに組込まれて、本発明のrAAVを得るために用いられる。本発明で用いるカプシドタンパク質(VP1、VP2および/またはVP3)、ならびにRepタンパク質は、必要に応じて1種、2種、3種またはそれ以上のプラスミドに組込まれていてもよい。場合によって、これらのカプシドタンパク質およびRepタンパク質のうちの1種以上がAAVゲノムに含まれてもよい。本発明において、好ましくは、カプシドタンパク質(VP1、VP2および/またはVP3)およびRepタンパク質は全て、1種のポリヌクレオチドにコードされ、AAVヘルパープラスミドとして提供される。
【0024】
2.2.本発明のrAAVが含むポリヌクレオチドについて
(1)rAAVウイルスゲノムについて
本発明のrAAVベクター中にパッケージングされるポリヌクレオチド(すなわち、ポリヌクレオチド)は、野生型ゲノムの5'側および3'側に位置するITRの間に位置する内部領域(すなわち、rep遺伝子及びcap遺伝子の一方または両方)のポリヌクレオチドを、目的のタンパク質をコードするポリヌクレオチド(ゲノム編集手段、及び/又は修復用遺伝子)およびこのポリヌクレオチドを転写するためのプロモーター配列などを含む遺伝子カセットによって置換することにより作製できる。好ましくは、5'側および3'側に位置するITRは、それぞれAAVゲノムの5’末端および3’末端に位置する。好ましくは、本発明のrAAVゲノムは、5’末端および3’末端に位置するITRは、AAV1、AAV2、AAV3、AAV6またはAAV9のゲノムに含まれる5'側ITRおよび3'側ITRを含むが、これら特定のAAVに限定されない。
一般的に、ITR部分は容易に相補配列が入れ替わった配列(flip and flop structure)をとるため、本発明のrAAVゲノムに含まれるITRは、5’と3’の方向が逆転していてもよい。本発明のrAAVゲノムにおいて、内部領域と置き換えられるポリヌクレオチド(すなわち、ゲノム編集手段及び/又は修復用遺伝子)の長さは、元のポリヌクレオチドの長さと同程度が実用上好ましい。すなわち、本発明のrAAVゲノムは、全長が野生型の全長である5kbと同程度、例えば約2~6kb、好ましくは約4~6kbであることが好ましい。
本発明のrAAVゲノムに組込まれる治療用遺伝子の長さは、プロモーター、ポリアデニレーションなどを含めた転写調節領域の長さ(例えば、約1~1.5kbと仮定する場合)を差し引くと、好ましくは長さが約0.01~3.7kb、より好ましくは長さが約0.01~2.5kb、さらに好ましく約0.01~2kbであるが、これに限定されない。
さらに、公知のinternal ribosome entry site (IRES)配列を介在させるなどの公知の手法を用いて、rAAVゲノムの全長が上記の範囲内である限り、二種類以上の複数の治療用遺伝子を同時に組み込むことが可能である。本発明のrAAVが二種以上の複数のタンパク質を発現する場合、各々のタンパク質をコードする遺伝子は、同じ方向に配置されても、異なる方向に配置されてもよい。
【0025】
一般的に、組換えアデノ随伴ウイルスビリオン内にパッケージングされるポリヌクレオチドが一本鎖である場合、目的のゲノム編集手段及び/又は修復用遺伝子は発現されるまでに時間(数日)を要し得る。この場合、導入されるゲノム編集手段及び/又は修復用遺伝子を自己相補性に設計してsc(self-complementary)型となるように設計して、より短期間に効果を示すことも可能である。具体的な詳細については、例えば、Foust K.D.ら(Nat Biotechnol. 2009 Jan;27(1):59-65)などに記載されている。本発明のrAAVベクター中にパッケージングされているポリヌクレオチドは、非sc型であってもよいしsc型であってもよい。好ましくは、本発明のrAAVベクター中にパッケージングされているポリヌクレオチドは非sc型である。
【0026】
(2)本発明に用いるプロモーター配列について
1実施形態において、本発明のrAAVベクターは、好ましくは、肝臓細胞特異的なプロモーター配列およびそのプロモーター配列と作動可能に連結されたゲノム編集手段及び/又は修復用遺伝子を含むポリヌクレオチドを含む(すなわち、そのようなポリヌクレオチドがパッケージングされている)。本発明に用いるプロモーター配列としては、肝臓に含まれる細胞に特異的なプロモーター配列、例えば、肝実質細胞、肝非実質細胞(星状細胞等)などに特異的なプロモーター配列を用いることができる。このようなプロモーター配列としては、具体的には、ApoEプロモーター、アンチトリプシンプロモーター、cKitプロモーター、肝臓特異的転写因子(HNF-1、HNF-2、HNF-3、HNF-6、C/ERP、DBPなど)のプロモーター、サイロキシン結合グロブリン(TBG)プロモーター(Nature. 2015 Apr 9;520(7546):186-91)(配列番号34)、ヒトSEPP1プロモーター領域(肝臓特異的プロモーター)(配列番号35)、その他の肝臓特異的タンパク質(アルブミンなど)のプロモーター、これらプロモーターを組み合わせた合成プロモーターなどが挙げられるが、これらに限定されない。また、これらのプロモーターはさらに、公知のエンハンサー配列、好ましくは肝臓細胞特異的なエンハンサー配列と組み合わせることができる。本発明において使用できるエンハンサー配列としては、ApoEエンハンサー配列、ヒトTIE2エンハンサー(内皮細胞特異的エンハンサー)(配列番号36)などが挙げられる。これらプロモーター配列およびエンハンサー配列は、単独または任意の複数を組み合わせて用いることができる。さらにまた、上記の肝臓細胞特異的なプロモーター及びエンハンサーを利用した合成プロモーターを用いることもできる。このような合成プロモーター/エンハンサー配列としては、HCRhAAT合成プロモーター(配列番号1)が挙げられるがこれに限定されない。本発明のrAAVベクターは、好ましくは、肝臓特異的、より好ましくは肝実質細胞特異的なApoEプロモーター、アンチトリプシンプロモーター、TBGプロモーター、またはHCRhAAT合成プロモーターの配列を含み得る。
【0027】
また、本発明において用いる肝臓細胞特異的なプロモーター配列は、上記のプロモーターのポリヌクレオチド配列において、1個以上(例えば、1~100個、1~50個、1~40個、1~30個、1~25個、1~20個、1~15個、1~10個、1~9個(1~数個)、1~8個、1~7個、1~6個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個、1個など)のヌクレオチドの欠失、置換、挿入および/または付加を有するポリヌクレオチドであって、肝臓細胞特異的なプロモーター配列として機能し得るものを用いることもできる。本明細書中、肝臓細胞特異的なプロモーター配列として機能し得ることは、例えば、肝臓由来の細胞と肝臓に由来しない細胞とをレポーターアッセイにおいて比較した場合、肝臓に由来しない細胞では、検出の閾値程度のレポーターを発現するか、または肝臓由来の細胞と比較して約25%以下、約20%以下、約15%以下、約10%以下もしくはそれ以下のレポーターを発現することをいう。また、上記の欠失、置換、挿入および/または付加を有するポリヌクレオチドは、元のプロモーター配列に対する比活性として50%、60%、70%、80%、90%またはそれ以上であることを意味する。上記の変異の数は少ないほど好ましい。
【0028】
さらに、本発明のrAAVベクターは、特にガイドRNAの好適な発現のために、U6プロモーター配列、U5プロモーター配列、U4プロモーター配列などの公知のプロモーターを用いることができる。また、場合により、CMVプロモーター、CAGプロモーターなどの公知の汎用的なプロモーター配列を、単独又は上記の他のプロモーター等と組み合せて用いることもできる。さらなる実施形態において、IRESを用いて、1種のプロモーターのみを利用してもよい。
【0029】
(3)本発明に用いる治療用ポリヌクレオチド
アデノ随伴ウイルスベクター内に含まれるウイルスゲノムは、通常は宿主染色体中に取り込まれる。しかしながら、細胞内で新たに取り込まれた外来遺伝子がより安定して存在し続けるために、細胞内ゲノム中の特定に位置に外来遺伝子を組み込むことが必要とされ得る。
【0030】
従来、各臓器などに分化した生体細胞のゲノム上の特定の部位に対して遺伝子組換えを行うことは容易でなかった。しかしながら、近年開発された特定のゲノム位置を切断可能な手段(ゲノム編集手段)を用いることにより、特定のゲノム位置を標的として二本鎖切断(DSB)を行うことが可能になった(特許文献3など)。細胞内で二本鎖切断(DSB)を受けたゲノムDNAは、通常の場合、非相同性末端結合による修復、または相同組み換え型修復のうちのいずれかによって修復される。
【0031】
非相同性末端結合による修復は、適切な修復用鋳型DNAが存在しない場合に利用される機構であり、切断された末端同士を修復させることを指す。この修復の場合、誤りを生じやすいことが知られており、具体的には、数塩基の挿入、又は数塩基の欠失がランダムに生じる。このようなランダムな修復がタンパク質コード領域において生じると、そのコード領域はフレームシフトによる破壊や機能不全が生じて、不都合に機能する遺伝子の発現を低減し得る。
【0032】
あるいは、二本鎖切断ゲノムの修復の際に用いる修復用鋳型DNAは、ゲノム上の切断標的部位の上流および下流と相同な領域を有し、それらの領域の間に目的の正常な遺伝子または遺伝子部分(修復用遺伝子)が存在すると、相同組み換えを介して二本鎖切断ゲノムが修復され、結果として目的の部位を正常な遺伝子または遺伝子部分と置換させることが可能になる(相同組換え型修復)。さらには追加の発現カセットを組み込むことも可能である。この相同組換え型修復は、上記のランダムな修復とは対照的に、より精度の高い修復を提供し得る。
【0033】
上記のゲノムのフレームシフト及び/又は修復を用いたゲノム編集手段によって、遺伝性疾患の治療が可能になる。特に、ゲノム編集を受けた細胞は、その後も編集されたゲノムを含んで増殖可能であるので、例えば細胞分裂が盛んな幼少の患者に対して大きな利益をもたらし得る。
【0034】
(4)本発明におけるゲノム編集手段について
本発明のウイルスベクターは、ゲノム編集手段として、ゲノム上の標的部位を特異的に切断可能な手段としてCRISPR/Cas9を発現するポリヌクレオチド、および肝臓に特異的なプロモーター配列を含み得る。本明細書において、ゲノム編集手段とは、ゲノム切断手段のみを含むこと、またはゲノム切断手段とゲノム修復手段の両方を含むことを指す。本発明のウイルスベクターを利用することによって、ゲノム編集手段が肝臓に送達されて、肝臓細胞において特異的なゲノム編集が生じる。より好ましくは、本発明のウイルスベクターは肝臓に対してより指向性および/または発現特異性を備える。
【0035】
ゲノム上の標的部位を特異的に切断するための手段としては、ZFN、TALEN、CRISPR/Cas9などの、タンパク質-核酸複合体を用いる手段が公知である(特許文献3、特許文献4、非特許文献2~5など)。このうち、ZFN及びTALENは1分子で1本のゲノム鎖を切断するため、2本鎖のゲノムDNAを編集するには2種類の組換えZFN又はTALENを必要とする。一方、CRISPR/Cas9は1分子でゲノム鎖2本を切断できるので、1種類の組換えCRISPR/Cas9を用いることでゲノムDNA編集が可能である。したがって、本発明のウイルスベクターは、好ましくは、ゲノム編集手段として組換えCRISPR/Cas9を発現するものである。
【0036】
タンパク質コード領域を標的として非相同性末端結合による修復を行う場合、目的のコード領域の第1エキソン、第2エキソンなどが切断標的として設計され得る。これによって、例えば修復される部分にランダム変異が導入された結果、機能不全な変異タンパク質が発現し得るか、または遺伝子産物が生じなくなり得る。
【0037】
相同組換え型修復を利用するために修復用鋳型をデザインする場合、標的配列の直後にPAM配列が存在しないこと、PAM配列をコドン置換などによって除去または変異させることが必要になり得る。
【0038】
ゲノム編集技術に関する修復機構や標的の設計方法などの具体的手法については、例えば、Curr Issues Mol Biol. 2016;20:1-12.などの総説、Thermo Fisher Scientific(Waltham, MA, USA)またはBenchling (https://benchling.com)より提供されるオンラインソフトウェアおよびその手順書などを参照することができる。
【0039】
公知のCRISPR/Cas9は、(1)エンドヌクレアーゼ活性を有するCas9タンパク質と、(2)短鎖ガイドRNA(sgRNA、またはgRNA)との2種から構成される。本明細書中、特に指定されない限り、CRISPR/Cas9(またはCRISPR/Cas9複合体)は、Cas9タンパク質とsgRNAとの複合体を指す。本発明において、(1)エンドヌクレアーゼ活性を有するCas9タンパク質としては、好ましくは、化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)II型のCRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)遺伝子座由来のCas9タンパク質(Cas9酵素)、またはStaphylococcus aureus由来のCas9タンパク質を用いるが、他の微生物種由来する、部位特異的な二本鎖ゲノム切断に関与する公知のCas9タンパク質、例えばSpCas9、SaCas9、Cpf1、St1Cas9などを用いてもよい。本発明に用いるCas9タンパク質は、好ましくは、CRISPR/Cas9のCas9タンパク質(配列番号2)、SaCas9(配列番号6)またはCpf1である。
【0040】
本発明において、(1)エンドヌクレアーゼと組み合わされる(2)短鎖ガイドRNA(sgRNA)は、好ましくは、設計された単鎖のキメラRNAであり、細菌性のtracrRNA部分とcrRNA部分とを含む。このうちcrRNAはキメラRNAの5’末端側に位置する約20塩基のポリヌクレオチドであり、ゲノム上の切断標的に対するホーミング機能を発揮して、プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)の直前に位置する特異的ゲノムDNA標的部位において、RNA-DNA複合体を形成することによってCas9/gRNA複合体を標的ゲノム上に固定させる。PAMの配列としては、例えば5’-NGGが挙げられる。すなわち、NGG部位の上流20塩基のゲノム領域をcrRNA部分の配列と相補性に設計することによって、sgRNAと結合したCas9酵素が標的のPAMにおけるゲノム切断をもたらし得る。
【0041】
本発明で用いるCas9タンパク質には、例えば、Cas9タンパク質のアミノ酸配列(例えば、配列番号2又は6)において、1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含み、かつ生理条件下で元のgRNAと一緒になってCRISPR/Cas9複合体として機能できるタンパク質が含まれる。上記のアミノ酸の欠失、置換、挿入及び付加のうち2種以上が同時に生じてもよい。このようなタンパク質としては、例えば、配列番号2又は6のアミノ酸配列に、例えば、1~50個、1~40個、1~39個、1~38個、1~37個、1~36個、1~35個、1~34個、1~33個、1~32個、1~31個、1~30個、1~29個、1~28個、1~27個、1~26個、1~25個、1~24個、1~23個、1~22個、1~21個、1~20個、1~19個、1~18個、1~17個、1~16個、1~15個、1~14個、1~13個、1~12個、1~11個、1~10個、1~9個(1~数個)、1~8個、1~7個、1~6個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個または1個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列を含み、かつ生理条件下でCas9酵素として機能するタンパク質が挙げられる。上記のアミノ酸残基の欠失、置換、挿入および/または付加の数は、一般的に小さい程好ましい。上記の変異を有するCas9タンパク質を含むCRISPR/Cas9は、好ましくは、元のCRISPR/Cas9に対する比活性として50%、60%、70%、80%、90%またはそれ以上の活性を有するものである。
【0042】
さらに、本願発明において用いられるCas9タンパク質は、配列番号2又は6のアミノ酸配列または上記同一性を有するアミノ酸配列に対して、約90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ生理条件下でCRISPR/Cas9を構成する場合に、元のCRISPR/Cas9と同程度に二本鎖DNA切断活性を有するタンパク質が含まれる。上記数値は一般的に大きい程好ましい。好ましくは、元のCRISPR/Cas9に対する比活性として50%、60%、70%、80%、90%またはそれ以上の活性を有するものである。
【0043】
本発明のタンパク質(ポリペプチド)において相互に置換可能なアミノ酸残基の例を以下に示す。同一群に含まれるアミノ酸残基は相互に置換可能である。
A群:ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン、ノルバリン、アラニン、2-アミノブタン酸、メチオニン、o-メチルセリン、t-ブチルグリシン、t-ブチルアラニン、シクロヘキシルアラニン;
B群:アスパラギン酸、グルタミン酸、イソアスパラギン酸、イソグルタミン酸、2-アミノアジピン酸、2-アミノスベリン酸;
C群:アスパラギン、グルタミン;
D群:リジン、アルギニン、オルニチン、2,4-ジアミノブタン酸、2,3-ジアミノプロピオン酸;
E群:プロリン、3-ヒドロキシプロリン、4-ヒドロキシプロリン;
F群:セリン、スレオニン、ホモセリン;
G群:フェニルアラニン、チロシン。
アミノ酸残基が置換されたニューロリギンタンパク質は、通常の遺伝子操作技術など、当業者に公知の方法に従って作製することができる。このような遺伝子操作手順については、例えば、Molecular Cloning 3rd Edition, J. Sambrook et al.,Cold Spring Harbor Lab. Press. 2001、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997などを参照することができる。
【0044】
また、本発明に用いるCas9タンパク質は、例えば、宿主細胞におけるコドン優先度に基づき適宜改変されたポリヌクレオチドによってコードされ得る。本発明に用いられる好ましいCas9タンパク質をコードするポリヌクレオチドは、例えば、配列番号2又は6のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列において、1個以上(例えば、1~50個、1~40個、1~30個、1~25個、1~20個、1~15個、1~10個、1~9個(1~数個)、1~8個、1~7個、1~6個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個、1個など)のヌクレオチドの欠失、置換、挿入および/または付加を有するポリヌクレオチドであって、配列番号2又は6のアミノ酸配列を含むタンパク質、あるいは配列番号2又は6のアミノ酸配列において上記の1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含みCas9タンパク質として機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む。これら欠失、置換、挿入及び付加のうち2種以上の組合わせを同時に含んでもよい。上記ヌクレオチドの欠失、置換、挿入および/または付加の数は、一般的に小さい程好ましい。また、本願発明において好ましいポリヌクレオチドは、例えば、配列番号2又は6のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドまたはその相補配列にストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズ可能なポリヌクレオチドであって、配列番号2又は6のアミノ酸配列を含むタンパク質、あるいは配列番号2又は6のアミノ酸配列において上記の1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含みCas9タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む。
【0045】
ハイブリダイゼーションは、公知の方法あるいはそれに準じる方法、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning 3rd Edition, J. Sambrook et al.,Cold Spring Harbor Lab. Press. 2001)に記載の方法などに従って行うことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、製造業者により提供される使用説明書などに記載の方法に従って行うことができる。ここで、「ストリンジェントな条件」は、低ストリンジェントな条件、中ストリンジェントな条件及び高ストリンジェントな条件のいずれでもよい。「低ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、32℃の条件である。また、「中ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、42℃の条件である。「高ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、50℃の条件である。これらの条件において、温度を上げるほど高い相同性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。ただし、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度、プローブ濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0046】
ハイブリダイズ可能なポリヌクレオチドとしては、FASTA、BLASTなどの相同性検索ソフトウェアにより、デフォルトのパラメーターを用いて計算したときに、対照のポリヌクレオチド配列と比較して、例えば、70%以上、80%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上の同一性を有するポリヌクレオチドを挙げることができる。上記相同性の数値は一般的に大きい程好ましい。
【0047】
なお、アミノ酸配列やポリヌクレオチド配列の同一性または相同性は、カーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 872264-2268,1990; Proc. Natl. Acad. Sci USA 90: 5873, 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403,1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、word length=12とする。また、BLASTXを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=50、word length=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。
【0048】
(5)血液凝固機能の増強のためのウイルスベクター(1)
本発明のウイルスベクターは、出血性疾患を治療するために、ゲノム編集手段として、標的のゲノムの切断手段のみを有することができる。例えば、出血性疾患において機能低下または欠損している血液凝固因子の遺伝子を上記のゲノム編集手段によって修復する代替として、異なる代替機能もしくは補助機能を発揮させて出血性疾患を改善させもよい。より具体的には、部位突然変異または欠損が生じて血液凝固因子の機能が低下するなどによって血液凝固における正の制御よりも負の制御が強い場合、血液凝固の負の制御を阻害もしくは低下させることによって、最終的に正の制御を発揮させる手段を提供する。
【0049】
公知の抗凝血因子(または血液凝固制御因子)としては、例えば、アンチトロンビン、プロテインC、プロテインS、組織因子系凝固インヒビター(TFPI)が挙げられる。よって、これら因子の機能を低下させる場合、血液凝固機能が低下した患者において血液凝固機能が回復することが期待できる。したがって、本発明のウイルスベクターは、この血液凝固の負の制御を阻害もしくは低下させる手段として、上記の抗凝固因子機能を低下させるための手段、例えば発現量の低減させるために、転写、翻訳の機能低下を生じ得る非相同性末端修復を利用することができる。例えば、本発明のウイルスベクターは、アンチトロンビン、プロテインC、プロテインS、またはこれらの組合せコードするゲノム遺伝子を特異的に破壊させてその機能を低下できる。より具体的には、本発明のウイルスベクターは、アンチトロンビンのゲノム遺伝子を編集して機能阻害または低下させるための手段を含むことができるが、本発明はこれに限定されない。
【0050】
本発明に用いるアンチトロンビンは、分子量約55kDaのタンパク質であり、主な抗凝血機能として、トロンビンによる切断によって諸因子がプロ体から活性体に移行するステップを阻害すること、さらに活性化したIX因子、X因子、VII因子の機能阻害することによって、血液凝固を負に制御する機能を有する。本発明において、トロンビンと同様に機能して血液凝固を負に制御するタンパク質を代替的に用いることも可能である。
【0051】
本発明のベクターは、血液凝固を負に制御するタンパク質を機能阻害させた結果、健常な個体と同等の血液凝固時間を提供し得る。本明細書中、健常な個体と同等の血液凝固時間とは、例えば、健常な個体の血液凝固時間と比較して、約6倍、約5倍、約4倍、約3倍、約2.5倍、約2倍、約1.5倍、約1倍またはそれ以下の凝固時間を示すことを意味する。また、血液凝固機能の回復とは、好ましくはフィブリン形成能が、通常の対照と比較して、約10%以上、約20%以上、約30%以上、約40%以上、約50%以上、約60%以上、約70%以上、約75%以上、約80%以上、約85%以上、約90%以上、又は約95%以上であることを意味する。
【0052】
(6)標的遺伝子の修復のためのウイルスベクター(2)
本発明のウイルスベクターは、ゲノム編集手段として、ゲノム切断手段と併せて、出血性疾患を治療するために、好ましくは、機能低下または欠損している血液凝固因子を修復するための修復用遺伝子(修復手段)を含むことができる。本発明のウイルスベクターは、1種類のウイルスベクターにおいてゲノム編集手段および修復手段の両方を有してもよいし、代替として、ゲノム編集手段を含むベクター(a1)と修復手段を含むウイルスベクター(a2)とを複数のベクターにおいて別個に含んでもよい。よって、本発明のゲノム編集のためのrAAVは、1種または2種以上のrAAVを含み得る。本発明のウイルスベクターが2種以上の複数のrAAVベクターを含む場合、2種以上の複数のrAAVは同時に投与されても、連続して投与されてもよい。好ましくは、本発明の2種以上のrAAVベクターは、同時に投与される。また、各rAAVのウイルスゲノム量比(virus genome: vg)は、修復手段/ゲノム編集手段が0.3~10、好ましくは0.5~8、さらに好ましくは1~5の範囲にあり得る。
【0053】
前記(a2)の修復手段を含むウイルスベクターは、例えば、修復用遺伝子の5’側及び3’側に、ゲノム上の切断標的部位の5’側及び3’側と相同な領域を含み得る。これは、標的の切断部位における相同組換のための相同領域(アーム)である。このアームの長さとしては、例えば、約100bp、約200bp、約300bpまたはそれ以上の長さが利用可能であるが、AAVベクターに組み込み可能な遺伝子の長さを考慮して約3kbpまでの上限、例えば、約3kbp以下、約2.5kbp以下、約2kbp以下、約1.5kbp以下、または約1kbp以下の長さが利用され得る。
【0054】
この修復手段はさらに、上記アームの内側に正常な血液凝固因子をコードするポリヌクレオチドまたはその一部を含み得る。本発明のウイルスベクターの修復手段を設計するために、事前に、患者において、機能低下または欠損などの異常に関与する血液凝固因子の遺伝子またはその遺伝子部分を特定する必要がある。そのような特定方法としては、公知のタンパク質分析技術、遺伝子診断技術などを用いることができる。その結果、機能低下又は欠損に関与する遺伝子またはその遺伝子部分が特定されると、上記の遺伝子又はその部分が修復又は補完され得るように本発明の修復手段を設計できる。1実施形態において、本発明の修復手段は、切断標的部位の5’側及び3’側の相同なアームの内側に、機能低下または欠損などの異常に関与する血液凝固因子等をコードする正常なポリヌクレオチドまたはその一部を含む。
【0055】
本発明の1実施形態において、本発明のウイルスベクターは、修復手段として、正常なFIX(ヒトIX NM_000133.3 マウスFIX NM_007979; NM_001305797)をコードする遺伝子の全長またはその一部を含む。ここで、正常なFIXの全長又はその一部をコードするポリヌクレオチドは、血友病の病因である欠損または異常なFIXを補完または修復でき、補完又は修復が生じた結果、目的とするレベルの血液凝固を患者にもたらすのに有効な量の正常なFIXを発現できるものである。本発明のより具体的な1実施形態では、修復手段は、FIXコード領域中の変異部位を含むエキソンを代替するための、正常なエキソンを含むポリヌクレオチド、またはその正常なエキソンを含む複数の正常なエキソンのポリヌクレオチドを含む。このような修復ポリヌクレオチドは、修復手段を含むベクター(a2)によって標的組織(肝臓など)の部位に送達されて、別途送達される本願発明のゲノム編集手段を含むベクター(a1)によって遺伝子編集が行われる場合に、好ましくは相同組み換えによって標的部位に導入(すなわち修復)される。この導入の結果、正常なFIXを目的の血液凝固を
提供し得るレベルで発現させる。すなわち、本発明の修復遺伝子が導入された結果、好ましくは、対象において血液凝固機能の向上が達成される。また、修復手段のポリヌクレオチドは、内在性遺伝子との差別化のためにコドン最適化がなされ得る。
【0056】
本明細書中、正常な機能を提供し得るレベルで発現するとは、例えば、健常な個体の血液凝固と同等の凝固時間で血液凝固を提供するレベルで発現することを指す。本明細書中、健常な個体と同等の血液凝固時間とは、例えば、上述のように、血友病個体の止血時間と比較して、約6倍、約5倍、約4倍、約3倍、約2.5倍、約2倍、約1.5倍、約1倍またはそれ以上の止血時間の短縮を示すことを意味する。また、血液凝固機能の回復とは、修復用遺伝子(例えば、FIX)を導入した個体における当該修復遺伝子によるタンパク質の酵素活性が、対照(例えば、健常人)の活性と比較して、1%以上、2%以上、3%以上、4%以上、5%以上、6%以上、7%以上、8%以上、9%以上、約10%以上、約20%以上、約30%以上、約40%以上、約50%以上、約60%以上、約70%以上、約75%以上以上、約80%以上、約85%以上、約90%以上、又は約95%以上回復することを意味する。あるいは、例えば修復用遺伝子を導入した個体のフィブリン形成能が、通常の対照と比較して、約10%以上、約20%以上、約30%以上、約40%以上、約50%以上、約60%以上、約70%以上、約75%以上以上、約80%以上、約85%以上、約90%以上、又は約95%以上まで回復することを意味する。
【0057】
本発明に用いるFIXは、正常なFIXと同じアミノ酸をコードするポリヌクレオチド、同等の比活性を提供するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを指す。ここで、同等の比活性としては、例えば、約40%、約50%、約60%、約70%、約75%、約80%、約85%、約90%、約95%またはそれ以上であることを意味する。
そのようなアミノ酸配列としては、正常なFIXのアミノ酸配列に、例えば、1~50個、1~40個、1~39個、1~38個、1~37個、1~36個、1~35個、1~34個、1~33個、1~32個、1~31個、1~30個、1~29個、1~28個、1~27個、1~26個、1~25個、1~24個、1~23個、1~22個、1~21個、1~20個、1~19個、1~18個、1~17個、1~16個、1~15個、1~14個、1~13個、1~12個、1~11個、1~10個、1~9個(1~数個)、1~8個、1~7個、1~6個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個または1個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列を含み、かつ生理条件下でFIXと同等の比活性を示すものが挙げられる。
さらに、本願発明において用いられるFIXは、正常なFIXのアミノ酸配列または上記同一性を有するアミノ酸配列に対して、約90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するものであって、かつ生理条件下でFIXと同等の比活性を示すものが挙げられる。
【0058】
あるいは、ゲノム切断部位の設計において、より上流の非翻訳領域を切断部位として選択することもできる。ゲノムの切断、修復の際に、切断部位において数塩基~数百塩基の欠失が生じる場合もあり得るので、好ましくは切断部位が非翻訳領域やイントロン領域に設けるように設計する。
修復手段に用いる遺伝子の設計において、従来のノックアウトやノックインで用いる遺伝子の設計方法を利用できる。
【0059】
本発明に用いる修復手段のポリヌクレオチド、例えば正常なFIXの全長又はその一部をコードするポリヌクレオチドは、好ましくは、その両側の配列は、標的のゲノム切断部位の両側と相同な領域(アーム)を有する。この相同な領域の長さは、数十塩基~数百塩基の範囲の長さを適宜選択可能である。好ましくは、下限サイズとしては100塩基以上、150塩基以上、200塩基以上、250塩基以上、300塩基以上から適宜選択でき、上限サイズとしては2000塩基以下、1500塩基以下、1000塩基以下、900塩基以下、800塩基以下、700塩基以下、600塩基以下、500塩基以下、400塩基以下、350塩基以下、300塩基以下などが挙げられるがこれらに限定されない。
【0060】
修復において、元の内在性ゲノムからのタンパク質発現を低下させるため、修復用遺伝子と元のゲノム遺伝子とをコドン置換又はコドン最適化などのよって元のゲノム上のヌクレオチド配列に差異を設けて、内在性ゲノムとを差別化してもよいし、さらに特異的な発現を阻害させる手段を含んでもよい。そのような阻害手段としては、例えば、アンチセンス分子、リボザイム、干渉性RNA(iRNA)、マイクロRNA(miRNA)のような、標的とする内在性遺伝子の機能を変化(例えば、破壊、低下)させるためのポリヌクレオチド、または内在性タンパク質の発現レベルを変化(例えば、低下)させるためのポリヌクレオチドが挙げられるが、これらに限定されない。二重鎖RNA(dsRNA、siRNA、shRNA又はmiRNA)の調製方法、使用方法などは、多くの文献から公知である(特表2002-516062号公報; 米国公開許第2002/086356A号; Nature Genetics, 24(2), 180-183, 2000 Feb.等参照)。
【0061】
(7)血液凝固機能の測定および回復について
本発明において、血液凝固機能は公知の方法を用いて確認して測定できる。例えば、通常凝固一段法と呼ばれる方法で凝固因子活性を測定することができる(Eur J Haematol. 2015 Feb;94 Suppl 77:38-44)。あるいは、本明細書中の実施例「実験の材料及び手順」「(9)出血時間」に記載の手順を用いる方法が利用できる。
また、本明細書において、血液凝固機能の回復とは、好ましくは、治療の結果、血友病の出血時間が改善すること、すなわちFIXに関して上述したような、健常な個体と同等の血液凝固時間を示すことを意味する。
【0062】
2.3.rAAVベクターの調製について
本発明のrAAVベクターを調製する方法としては一般的なものを利用することができ、例えば、(A)カプシドタンパク質をコードする第1のポリヌクレオチド(一般に、AAVヘルパープラスミドと称される)、および(B)本発明のrAAVベクター内にパッケージングされる第2のポリヌクレオチド(目的の治療用遺伝子を含む)を、培養細胞にトランスフェクトする工程を含むことができる。本発明における調製方法はさらに、(C)アデノウイルス(AdV)ヘルパープラスミドと称されるアデノウイルス由来因子をコードするプラスミドを培養細胞にトランフェクトする工程、またはアデノウイルスを培養細胞に感染させる工程も含むことができる。さらに、上記のトランスフェクトされた培養細胞を培養する工程、および培養上清より組換えアデノ随伴ウイルスベクターを収集する工程を含むこともできる。このような方法は既に公知であり、本明細書の実施例においても利用される。
【0063】
第1のポリヌクレオチド(A)において本発明のカプシドタンパク質をコードするヌクレオチドは、好ましくは、培養細胞において作動可能である公知のプロモーター配列に作動可能に結合される。このようなプロモーター配列としては、例えば、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター、EF-1αプロモーター、SV40プロモーターなどを適宜使用することができる。さらに、公知のエンハンサー配列、Kozak配列、ポリA付加シグナル配列などを適宜含み得る。但し、rAAVにパッケージングされ得るゲノムサイズを考慮する必要がある。
【0064】
第2のポリヌクレオチド(B)は、以下に説明される肝臓細胞特異的プロモーターと作動可能である位置に、ゲノム編集手段及び/又は修復用遺伝子を含む。さらに、公知のエンハンサー配列、Kozak配列、ポリA付加シグナル配列などを適宜含み得る。この第1のポリヌクレオチドはさらに、肝臓細胞特異的プロモーター配列の下流に、種々の公知の制限酵素のよって切断可能なクローニングサイトを含み得る。複数の制限酵素認識部位を含むマルチクローニングサイトがより好ましい。当業者は、公知の遺伝子操作手順に従って、目的のゲノム編集手段及び/又は修復用遺伝を肝臓細胞特異的プロモーターの下流に組込むことができる。このような遺伝子操作手順については、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning 3rd Edition, J.Sambrook et al.,Cold Spring Harbor Lab. Press. 2001)などを参照のこと。
【0065】
本発明のrAAVベクターの調製において、ヘルパーウイルスプラスミド(例えば、アデノウイルス、ヘルペスウイルス又はワクシニア)を使用して、上記(A)第1のポリヌクレオチドおよび(B)第2のポリヌクレオチドと同時に培養細胞に導入され得る。好ましくは、本発明の調製方法は、アデノウイルス(AdV)ヘルパープラスミドを導入する工程をさらに含む。本発明において、好ましくは、AdVヘルパーは、培養細胞と同じ種のウイルスに由来する。例えば、ヒト培養細胞HEK293を用いる場合、ヒトAdV由来のヘルパーウイルスベクターを用いることができる。このようなAdVヘルパーベクターとして、市販されているもの(例えば、Agilent Technologies社のAAV Helper-Free System (カタログ番号240071))を使用することができる。
【0066】
本発明のrAAVベクターの調製において、上記の1種以上のプラスミドを培養細胞にトランスフェクションする方法は、例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法など、公知の種々の方法を使用することができる。このような方法は、例えばMolecular Cloning 3rd Ed.、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997などに記載されている。
【0067】
3.本発明の医薬組成物について
本発明のさらなる実施形態において、本発明のrAAVベクター(rAAVビリオン)を含む医薬組成物が提供される。本発明のrAAVベクターを含む医薬組成物(以下、本発明の医薬組成物という)利用することによって、被検体の肝臓細胞に高い効率で治療用遺伝子を導入可能であり、導入される治療用遺伝子が発現することによって目的の疾患を治療できる医薬組成物を提供する。このような治療用遺伝子を含むrAAVベクターは、本発明の医薬組成物に含められる。このような治療用遺伝子としては、例えば上記のようなゲノム編集手段、ゲノム修復手段などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0068】
1実施形態において、本発明のrAAVベクターは、好ましくは肝臓の細胞に特異的なプロモーター配列およびそのプロモーター配列と作動可能に連結された遺伝子を含む。本発明のrAAVベクターは、などに対する治療に有用である遺伝子を含むことができ、それら遺伝子を、肝臓の細胞、好ましくは肝実質細胞に組込むことができる。
【0069】
本発明の医薬組成物を使用する場合、例えば、経口、非経口(静脈内)、筋肉、口腔粘膜、直腸、膣、経皮、鼻腔経由または吸入経由などですることができるが、非経口的に投与するのが好ましい。静脈内投与がさらに好ましい。本発明の医薬組成物の有効成分は単独で、あるいは組み合わせて配合されても良いが、これに製薬学的に許容しうる担体あるいは製剤用添加物を配合して製剤の形態で提供することもできる。この場合、本発明の有効成分は、例えば、製剤中、0.1~99.9重量%含有することができる。
【0070】
本発明の医薬組成物の有効成分は単独で、あるいは組み合わせて配合されても良いが、これに製薬学的に許容しうる担体あるいは製剤用添加物を配合して製剤の形態で提供することもできる。この場合、本発明の有効成分は、例えば、製剤中、0.1~99.9重量%含有することができる。また、製薬学的に許容しうる担体あるいは添加剤としては、例えば賦形剤、崩壊剤、崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、溶解剤、溶解補助剤、等張化剤、pH調整剤、安定化剤等を用いることができる。
【0071】
経口投与に適する製剤の例としては、例えば散剤、錠剤、カプセル剤、細粒剤、顆粒剤、液剤またはシロップ剤等を挙げることが出来る。経口投与の場合、微晶質セルロース、クエン酸ナトリウム、炭酸カルシウム、リン酸ジカリウム、グリシンのような種々の賦形剤を、澱粉、好適にはとうもろこし、じゃがいもまたはタピオカの澱粉、およびアルギン酸やある種のケイ酸複塩のような種々の崩壊剤、およびポリビニルピロリドン、蔗糖、ゼラチン、アラビアゴムのような顆粒形成結合剤と共に使用することができる。また、ステアリン酸マグネシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、タルク等の滑沢剤も錠剤形成に非常に有効であることが多い。同種の固体組成物をゼラチンカプセルに充填して使用することもできる。これに関連して好適な物質としてラクトースまたは乳糖の他、高分子量のポリエチレングリコールを挙げることができる。経口投与用として水性懸濁液および/またはエリキシルにしたい場合、活性成分を各種の甘味料または香味料、着色料または染料と併用する他、必要であれば乳化剤および/または懸濁化剤も併用し、水、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン等、およびそれらを組み合わせた希釈剤と共に使用することができる。
【0072】
非経口投与に適する製剤としては、例えば注射剤、坐剤等を挙げることが出来る。非経口投与の場合、本発明の有効成分をゴマ油または落花生油のいずれかに溶解するか、あるいはプロピレングリコール水溶液に溶解した溶液を使用することができる。水溶液は必要に応じて適宜に緩衝し(好適にはpH8以上)、液体希釈剤をまず等張にする必要がある。このような液体希釈剤としては、例えば、生理食塩水を使用できる。調製された水溶液は静脈内注射に適し、一方、油性溶液は関節内注射、筋肉注射および皮下注射に適する。これらすべての溶液を無菌状態で製造するには、当業者に周知の標準的な製薬技術で容易に達成することができる。さらに、本発明の有効成分は皮膚など局所的に投与することも可能である。この場合は標準的な医薬慣行によりクリーム、ゼリー、ペースト、軟膏の形で局所投与するのが望ましい。
【0073】
本発明の医薬組成物の投与量は特に限定されず、疾患の種類、患者の年齢や症状、投与経路、治療の目的、併用薬剤の有無等の種々の条件に応じて適切な投与量を選択することが可能である。本発明の医薬組成物の投与量は、例えば、成人(例えば、体重60kg)1日当たり1~5000mg、好ましくは10~1000mgであるが、これらに限定されない。これらの1日投与量は2回から4回に分けて投与されても良い。また、投与単位としてvg(vector genome)を利用する場合、例えば、体重1kgあたり、109~1014vg、好ましくは1010~1013vg、さらに好ましくは1010~1012vgの範囲の投与量を選択することが可能であるが、これらに限定されない。
【0074】
また、本発明の医薬組成物は、肝臓のゲノム上の突然変異に起因する血液凝固関連疾患、例えば、血友病、第VII因子欠損症、第XI因子欠損症、アンチトロンビン欠乏症、プロテインS異常症・欠乏症、プロテインC異常症等の疾患を治療するために、公知のゲノム編集手段を含まない医薬品と併用して使用され得るが、これら疾患に限定されない。このような医薬品としては、例えば、血漿由来FVIII、血漿由来FVII/VWF、酢酸デスモプレシン、血漿由来FIX、遺伝子組換えFIX、遺伝子組換えFVIIaなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0075】
4.本発明のウイルスベクターの投与
本発明のウイルスベクターは、好ましくは、対象に末梢投与によってより安全かつ容易に投与される。本明細書において末梢投与とは、静脈内投与、動脈内投与、腹腔内投与、心腔内投与、筋肉内投与など、当業者に末梢投与として通常理解される投与経路をいう。
【0076】
本発明のウイルスベクターは、対象に投与されて、肝臓の細胞に感染し、感染した細胞においてウイルスによって送達された上記のゲノム編集手段を提供し、ゲノム編集をもたらすことができる。本発明のウイルスベクターは、好ましくは、肝実質細胞に感染してゲノム編集をもたらすことができる。本発明のウイルスベクターは、好ましくは、投与された対象の肝臓の肝実質細胞のうちゲノム編集を受ける細胞の割合が、好ましくは、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上、または100%である。
【0077】
5.本発明のrAAVベクターの調製キット
本発明は別の実施形態において、本発明のrAAVを作製するためのキットを提供する。このようなキットは、例えば、(a)カプシドタンパク質VP1等を発現するための第1のポリヌクレオチド、および(b)rAAVベクター内にパッケージングされる第2のポリヌクレオチドを含むことができる。例えば、第1のポリヌクレオチドは、配列番号:のアミノ酸をコードするポリヌクレオチドを含む。例えば、第2のポリヌクレオチドは、目的の治療用遺伝子を含んでも含まなくてもよいが、好ましくは、そのような目的の治療用遺伝子を組込むための種々の制限酵素切断部位を含むことができる。
【0078】
本発明のrAAVビリオンを作製するためのキットは、本明細書中に記載されるいずれの構成(例えば、AdVヘルパーなど)もさらに含むことができる。本発明のキットはまた、本発明のキットを使用してrAAVビリオンを作製するためのプロトコルを記載した指示書もさらに含み得る。
【0079】
6.本明細書中のその他の用語について
本明細書中に用いられる各用語が示す意味は以下のとおりである。
【0080】
本明細書中で使用される場合、特に述べられない限り、「ウイルスベクター」、「ウイルスビリオン」、「ウイルス粒子」の各用語は、相互に交換可能に用いられる。
【0081】
本明細書中で使用される場合、用語「ポリヌクレオチド」は、「核酸」、「遺伝子」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。本明細書中で使用される場合、用語「ヌクレオチド配列」は、「核酸配列」または「塩基配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。例えば、「配列番号1のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドまたはそのフラグメント」とは、配列番号1の各デオキシヌクレオチドA、G、Cおよび/またはTによって示される配列を含むポリヌクレオチドまたはその断片部分が意図される。
【0082】
本発明に係る「ウイルスゲノム」および「ポリヌクレオチド」は各々、DNAの形態(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)で存在し得るが、場合によってはRNA(例えば、mRNA)の形態であってもよい。本明細書において使用されるウイルスゲノムおよびポリヌクレオチドは各々、二本鎖または一本鎖のDNAであり得る。一本鎖DNAまたはRNAの場合、コード鎖(センス鎖としても知られる)であっても、非コード鎖(アンチセンス鎖としても知られる)であってもよい。
特に述べられない限り、本明細書中、rAAVゲノムがコードするプロモーター、目的遺伝子、ポリアデニレーションシグナルなどの遺伝子上の配置について説明される場合、rAAVゲノムがセンス鎖である場合についてはその鎖自体について、アンチセンス鎖である場合はその相補鎖について記載される。また、本明細書中、文脈より明らかな場合、組換えを表す「r」は省略されることもある。
【0083】
本明細書において、「タンパク質」と「ポリペプチド」とは相互に交換可能に用いられ、アミノ酸の重合体が意図される。本明細書において使用されるポリペプチドは、ペプチド標記の慣例に従って左端がN末端(アミノ末端)、右端がC末端(カルボキシル末端)である。本発明のポリペプチドの部分ペプチド(本明細書中、本発明の部分ペプチドと略記する場合がある)としては、前記した本発明のポリペプチドの部分ペプチドで、好ましくは、前記した本発明のポリペプチドと同様の性質を有するものである。
【0084】
本明細書において、用語「プラスミド」は、種々の公知の遺伝子要素、例えば、プラスミド、ファージ、トランスポゾン、コスミド、染色体等を意味する。プラスミドは特定の宿主において複製することができ、そして細胞間で遺伝子配列を輸送できる。本明細書において、プラスミドは、種々の公知のヌクレオチド(DNA、RNA、PNAおよびその混合物)を含み、一本鎖であっても二本鎖であってもよいが、好ましくは二本鎖である。例えば、本明細書において、用語「rAAVベクタープラスミド」は、特に明記しない限り、rAAVベクターゲノムおよびその相補鎖により形成される二本鎖を含むことが意図される。本発明において使用されるプラスミドは、直鎖状であっても環状であってもよい。
【0085】
本明細書中において使用される場合、用語「パッケージング」とは、1本鎖ウイルスゲノムの調製、外被タンパク質(キャプシド)の組み立て、およびウイルスゲノムをキャプシドで包むこと(encapsidation)などを含む事象をいう。適切なプラスミドベクター(通常、複数のプラスミド)が適切な条件下でパッケージング可能な細胞株に導入される場合、組換えウイルス粒子(すなわち、ウイルスビリオン、ウイルスベクター)が組み立てられ、培養物中に分泌される。
【0086】
本明細書中、特には説明されない用語については、当業者が通常理解する用語が意味する範囲を指すことが意図される。
【実施例】
【0087】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されるものではない。
【0088】
1.実験の材料及び方法
(1)実験動物
すべての動物のプロトコルは、自治医科大学における動物のケア及び関連の制度委員会により承認され、動物のケアは当委員会のガイドラインに準じた。C57BL/6JマウスはジャパンSLCから購入した。凝固因子IX(FIX)欠損マウス(B6.129P2-F9tm1Dws)は、ジャクソンラボラトリー(米国)より入手した。
【0089】
(2)ガイドRNA(sgRNA)配列及びDNA構築物の設計
sgRNA配列を、Thermo Fisher Scientific(Waltham, MA, USA)またはBenchling (https://benchling.com)より提供されるオンラインソフトウェアを使用して設計した(Curr Issues Mol Biol. 2016;20:1-12)。設計した各gRNAを以下の表に示す(配列番号3~5及び7~15)。U6プロモーター制御下のgRNAコードDNA(トランス作用性RNA-クリスパーRNAキメラ)はGenScript社(USA)により合成された。U6プロモーターを含まないsgRNA配列のPCT断片をプラスミドベクターpCR2.1 TOPOに挿入し、sgRNAをインビトロ転写させて生成した(CUGA7 in vitro Transcription Kit (日本ジーン:カタログ番号304-14641/307-13531)。
【表1】
【0090】
(3)CRIPSR/Cas9媒介性の遺伝子改変マウスの作出
コドン最適化したStreptococcus pyogenes Cas9 (SpCas9)のmRNA(20 ng/μl; Thermo Fisher Scientific)及びsgRNA(5 ng/μl)を受精卵の細胞質に注入した。この受精卵を2細胞期まで培養し、偽妊娠させた雌性マウスに導入した。
【0091】
(4)Surveyor(登録商標)ヌクレアーゼアッセイ
遺伝子の突然変異を、Surveyor(登録商標) Mutation Detection Kit (Integrated DNA Technologies)を用いて決定した。簡潔に述べると、PCR断片をExTaq DNAポリメラーゼ(タカラバイオ)を用いて増幅した。等量の試験PCR産物及び参照PCR産物をサーマルサイクラーで変性及び再アニーリングさせて、Surveyor(登録商標)ヌクレアーゼを用いて処置した。DNA断片をアガロースゲル電気泳動により分析した。突然変異の決定に用いたオリゴヌクレオチドプライマー配列は、以下の表(及び配列番号17~33)に示される。
【表2】
【0092】
(5)プラスミド構成及びAAVベクターの生成
コドン最適化したStaphylococcus aureus Cas9 (SaCas9)のcDNA(Ranら、2015)の提供を東京大学のNureki博士から受けた。キメラプロモーター(HCRhAAT:Apo E/C1遺伝子の肝臓性制御領域のエンハンサーエレメント及びヒトアンチトリプシンプロモーター) (Mimuroら、2013)、SaCas9 cDNA、SV40ポリアデニル化シグナル、及びU6プロモーター制御下の上記sgRNA配列を、pAAV2プラスミドのインバーテッドターミナルリピートの間に導入した(
図2A)。この遺伝子を、以前に記載された方法(Mimuroら、2013)によって、ヒト胚性腎臓293細胞(HEK293)のトリプルプラスミドトランスフェクションによってパッケージングさせて、組換えAAV8ベクターを作出した(ヘルパーフリーの系)。組換えAAVベクターの秤量を定量的PCRによって行った。
【0093】
(6)標的化ディープシーケンシング
ヌクレアーゼ標的部位を含むゲノムDNA断片を、KAPA HiFi(登録商標) HotStart PCRキット(KAPA Biosystems、Wilmington, MA, USA)を用いて増幅した。PCR産物をAMPure(登録商標) XPビーズ(Beckman Coulter, Brea, CA, USA)を用いて精製した。標的領域を増幅して、アンプリコンの標的に対してイルミナシーケンシングアダプタ及びデュアルインデックスバーコードを付加するためにライブラリを調製した。Illumina MiSeq (100,000の読取)を使用して、PCRアンプリコンを300ペアの末端読取の配列決定に供した。標的配列付近の60種の配列を抽出して、各配列の頻度を計算した。
【0094】
(7)凝固因子の活性及びトロンビン生成アッセイの測定
血漿中のFIX:C(血液凝固因子IX活性)を、FIX欠損血漿(シスメックス社)を用いる自動化した凝固分析器(Sysmex CA-510アナライザー:シスメックス社)によって、1ステージ型凝固時間アッセイ(one-stage clotting-time assay)にて測定した。AT:Cを、Testzym(登録商標)S ATIII (積水メディカル株式会社)を使用して測定した。トロンビン生成を、以前に報告されたように評価した(Matsumotoら、2009)。簡単に述べると、80μlのマウス血漿を20μlのトリガー試薬(5 pMの組換えヒト組織因子および40 μMのリン脂質の混合物)と一緒に37℃で10分間インキュベートした。このアッセイを、20 μlの100 mM CaCl2および5 mMのトロンビン基質Z-Gly-Gly-Arg-AMC (和光純薬株式会社)を添加して開始させた。蛍光シグナル(励起:390nmおよび放射:460nm)を、Spark 10M multimode microplate reader (Tecan, Maennedorf, Switzerland)を用いて10秒間隔でモニタリングした。
【0095】
(8)組織学的分析
イソフルランで麻酔したマウスを50 mlのリン酸緩衝化生理食塩水で灌流し、次いで組織を10%のホルマリンで固定した。パラフィン包埋した組織サンプルから切片を得て、へまトキシン-エオシン染色または免疫染色のために処理した。この研究で用いたSaCas9はヘマグルチニン(HA)と結合させたものである。切片を5%ロバ血清で前処理し、抗HAポリクローナル抗体(MBL社)で処理した。免疫活性をSimple Stain Mouse MAX-PO(ニチレイバイオサイエンス社)及びDAB(Agilent Technologies)を用い、その後Myerヘマトキシンで検出した。組織切片を倍率400倍でオールインワン(all-in-one)顕微鏡で観察した。
【0096】
(9)出血時間
麻酔したマウスの遠位尾部先端(5mm)をクリップ止めし、尾部を速やかに37℃のリン酸緩衝化生理食塩水50mlに浸漬させた。尾部の出血時間を止血に要する時間として定義した。出血時間が10分を超える場合、動物が死なないように電気焼灼して実験を終わらせた。
【0097】
(10)生体内顕微鏡観察
インビボでのフィブリン形成を分析するために生体内顕微鏡観察を行った。簡潔に述べると、ローダミンBイソチオシアネート-デキストラン(5 mg/body; Sigma Aldrich)、ヘキスト33342(3 mg/body; Thermo Fisher Scientific)、およびAlexa488結合体化フィブリノーゲン(300 μg/body; Thermo Fisher Scientific)を麻酔したマウスに注入した。精巣静脈(少なくとも直径80μm)の連続画像を、レーザー照射(波長700nm)により誘発した局所的内皮破壊の後に共鳴走査型共焦点顕微鏡(ニコンA1RNP、株式会社ニコン)を用いて取得した。フィブリン形成のシグナル強度(Alexa-488結合体化フィブリノーゲンのシグナルにより示されるもの)を、NIS-Elements AR 3.2 (Nikon)により定量化した。
【0098】
(11)統計学的解析
本明細書中に特に明記されない場合、数値は平均±標準偏差(SEM)を表す。統計学的解析は、ステューデントt検定、または事後のボンフェローニ検定(post hoc Bonferroni test)を用いる一方向反復測定ANOVAにより行った。
【0099】
2.実験結果
(1)FIX欠損マウスの作出
最初に、CRISPR/Cas9を用いて血友病Bを発症するマウスを作出した。血友病B患者の変異の大部分が位置する、F9のエキソン8の遺伝子を破壊した(Liら、2013)。Streptococcus pyogenes Cas9 (SpCas9)のmRNAおよびマウスF9のエキソン8に特異的なsgRNAを一緒に受精卵細胞に注入した(
図1A及び1B)。用いたsgRNAの配列(tracrRNA部分、crRNA部分及びprotospacer adjacent motif (PAM)配列を含む)を配列番号3~5及び7~9に示す。
新生仔マウスをF9変異に関してSurveyor(登録商標)ヌクレアーゼアッセイを用いて調査した。
図1に示すように、2種類のsgRNAによって変異マウスが生じた。sgRNA3が標的DNA切断を最も効率よく誘発した(6/7:約86%)(
図1C)。変異を保持する全てのマウスが血漿中のFIX:Cの低減を示した(
図1D)。血漿中のFIX:Cは、X染色体アリルが2本とも切断された雌マウスにおいても大きく低減していた。これらのマウスの一部を育成して子孫のマウスを得た。FIXの活性(FIX:C)を示さない2系統のF2の雄マウスのDNA配列決定を行ったところ、sgRNA配列中の1~12塩基が欠損していることが明らかになった(
図1E)。
【0100】
(2)AAVベクターを用いた成体マウスにおけるF9の破壊
次いで、ウイルスベクターの投与によって成体マウスのF9を破壊することによって血友病を有するマウスを作出した。FIXは、肝臓において産生されるビタミンK依存性凝固因子である。AAV8ベクターは、肝臓細胞に遺伝子移入するのに高効率であり、ヒト血友病Bの遺伝子治療に使用されている(Gaoら、2002;Nathwaniら、2014;Nathwaniら、2011)。
通常のAAVベクターに組み込む長さはプロモーター領域を含めて最大で5kbと報告されているので(Wuら、2010)、約4.5kbの長さのSpCas9 cDNAをAAVベクターに取り込むのは一般に困難である。したがって、本発明者らは、サイズが3.2kbとより小さいStaphylococcus aureus Cas9 (SaCas9)を使用した(Ranら、2015)。本発明者らは、キメラプロモーター(HCRhAAT:Apo E/C1遺伝子の肝臓型制御領域のエンハンサーエレメントとヒトアンチトリプシンプロモーターとを含む)の制御下で肝臓特異的に発現する様式でSaCas9を発現し、同時にU6プロモーター制御下でsgRNAを発現する、組換えAAV8ベクターを調製した(
図2A)。SaCas9のPAM配列はSpCas9のものとは異なるため(Ranら、2015)、sgRNA配列を独自に調整したものを用いた。
本発明者らは、3種類のsgRNA配列を発現するAAV8ベクターを調製し、個別に7週齢のC57BL/6Jマウスに静脈注射した(
図2A)。sgRNA2を発現するAAV8ベクターは、ベクターの投与量依存的に血漿中のFIX:Cを低減させた(
図2B)。FIX:Cの濃度はベクターの高用量(1体あたり1×10
12個)投与した後に2~5%低下した。このFIX:Cの低下は、少なくとも4ヶ月間続いた(
図2B)。他の2つのsgRNA配列は、血漿中のFIX:C濃度を低下させなかった。肝臓組織由来DNA中の変異をSurveyor(登録商標)ヌクレアーゼアッセイを用いて確認した(
図2C)。
【0101】
(3)AAV8媒介性SaCas9発現による組織親和性
静脈内投与したAAV8ベクターの存在を、種々の器官において試験した。器官内のAAV由来DNAの量を、リアルタイムPCTによって評価した。AAVゲノムは主として肝臓で検出された(
図2D)。AAV DNAはまた、心臓において低レベルで確認された。しかしながら、標的ゲノムDNAの切断は、肝臓以外のいずれの器官でも認められなかった。肝臓中のゲノムDNAは、sgRNA2を発現する高用量のAAV8ベクターを受け、次世代配列決定に供して配列中の変異の頻度を計算した。最も多い変異としてはPAM配列近辺における数残基の欠損または置換が認められた(表3)。正常な配列を検出したのはPCRアンプリコン中の33.4%であった(表3)。上記のFIX:Cの結果(2~5%)と比較すると、野生型アリルの頻度は比較的高かった。このことは、おそらくは肝臓が肝実質細胞に加えて、AAV8では遺伝子導入されにくい血管上皮細胞やマクロファージを含むためと考えられる。肝臓でのSaCas9発現についての組織染色によると、ベクターの高投与量群のほぼすべての肝臓細胞においてSaCas9が発現したことを示した。SaCas9は主に肝臓細胞の核内で認められたが、血管上皮細胞の核内で認められた。ヘマトキシリン染色やエオシン染色の場合、組織学的な異常は見られなかった。
【表3】
【0102】
(4)HDRによる血漿中FIXレベルの僅かな増加
CRISPR/Cas9による肝臓細胞中のF9の高効率の切断を確認した後、その切断と同時に変異を修復するためのドナー配列の送達が、CRISPR/Cas9によって作出した血友病Bマウス(
図1)において、HDRによる遺伝子修復によってFIX:Cの増加をもたらすかどうかを試験した。これらマウスのゲノムは、AAV8ベクターを用いるDSBを高効率で作出するsgRNA2によって認識される無傷の部位を有している(
図3A)。sgRNA2配列の5’側及び3’側の両方にある350~550bpの相補性アームを有するドナー配列をAAV8ベクターに組み込んだ(
図3A)。相同組換されるF9がSaCas9によって再切断されないように、サイレント変異をドナー配列のsgRNA2中に組み込んだ。ドナー配列を含みsgRNA2を発現するAAV8ベクター及びSaCas9を同時に幼仔マウス又は成体マウス(2週齢または26~46週齢)に注射した。ベクター注入後に検出されたFIX:Cは、わずかに増加していた(
図3B)。Surveyor(登録商標)ヌクレアーゼアッセイによって、AAVベクター投与後に肝臓のゲノムDNA中に突然変異を検出したので、SaCas9による遺伝子切断部位では、主としてNHEJによって遺伝子修復が生じたことを確認した。
【0103】
(5)FIXの増加のためのF9のイントロン1へのエキソン2~8cDNA導入
ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)を用いたこれまでの研究から、HDRおよびNHEJによって、安全な遺伝子座での二本鎖切断(DSB)内にDNA断片を挿入できること(Rosa26またはA1bにおけるヒトF9の人工的挿入)が提案された(Anguelaら、2013;Sharmaら、2015)。内在性F9遺伝子座へのCRISPR/Cas9システムによるcDNA断片の挿入のために(
図4)、本発明者らは、F9のイントロン1内に3種のsgRNAを設計し、イントロン1に対するsgRNA3がDSBを効率的に生じたことを確認した。そこで、SaCas9を発現するAAV8ベクター系にイントロン1に対するsgRNA3を組み込み(
図4:AAV8-SaCas9-sgRNA3 for F9 intron)、このAAV8ベクター投与後にsgRNA3が肝臓DNAにおいてDSBを効率的に誘発したことを見出した(
図5A)。次いで、両サイドに1kbの相補性アームを含むキメラDNA配列(ヒトF9スプライシングアクセプター部位+コドン最適化したマウスF9 cDNA(エキソン2~8))を設計して、これをAAV8ベクターに組み込んだ(
図4:AAV8-Targeting)。SaCas9によって生成されたDSB部位にDNA配列を組み込むために、CRISPR/Cas9により作出した8週齢の血友病B成体マウスに、AAV8-SaCas9-sgRNA3 for F9 intron(1×10
12gc/body)とAAV8-Targeting(3×10
12gc/body)とを同時に投与した。
図5Bに示されるように、FIX:Cは11.7~39.6%のレベルまで徐々に増加した。ゲノム編集形態を検査するために、挿入したcDNAと3’側アームの外側との間のDNA配列(
図4の矢印部分)を増幅させ、F9 cDNA配列がDSB中にHDRだけでなくNHEJによっても挿入されたことを見出した(
図5C)。また、ベクター投与後にエキソン1とコドン最適化したエキソン2~8からなるFIX mRNAの発現を確認した(
図5D)。AAV8-Targetingのみの投与では、FIX:Cはほどんど増加しなかった(データは示さず)。このことは、治療効果にはSaCas9によるDSBが必要であることを示している。さらに、AAVベクターの全身投与の時期を比較して、AAV媒介性ゲノム編集の最適期間を識別した。その結果、
図4Eに示すように、生後0日(P0)、8日(P8)、28日(P28)、及び42日(P42)で類似の治療効果を確認した。ベクター注入の8~16週後の肝臓中のAAVゲノムのコピー数は、生後に処置したマウスのものよりも有意に低かった(P28: 604.5 ± 58.73; P0: 1.177 ±0.3437:
図5F)。これらの結果は、肝臓細胞の増殖の間の細胞分裂がAAVゲノムを希釈するとしてもゲノム編集の治療効果が維持されることを示唆している。
【0104】
(6)Serpinc1の破壊による血友病の表現型修復
単独のAAVベクター系を用いて血友病の出血性傾向を治すために、CRISPR/Cas9によるAT遺伝子(Serpinc1)の破壊を使用して血友病マウスの出血を治療できるかどうかを試験した。Serpinc1に対する3種のsgRNAを設計し、Serping1を効率的に切断する配列(sgRNA1 for mAT)を選択した(データは示さず)。このsgRNAとSaCas9とを運ぶAAV8を、FIX欠損マウス(血友病Bマウス)に静注した。血漿中アンチトロンビン(AT)活性(AT:C)は、ベクター注射後に明らかに低下し(
図6A)、ベクター投与後の肝臓DNAのDSBを確認した(
図6B)。このAT低下は、エキソビボでの血漿トロンビン生成、インビボでの内皮破壊後のフィブリン形成、及び尾部クリップ止後の出血時間を改善させた(
図6C~6F)。このことは、CRISPR/Cas9を用いてATなどの抗凝固物質を阻害することが血友病を治療するための代替的な方針となり得ることを示している。
【0105】
3.図面についての詳細な説明
図1は、受精卵細胞にsgRNAとSpCas9のmRNAとを注入することによって血友病Bマウスを作出したことを示す。
(A)F9のエキソン8を標的化するsgRNAの模式図を示す。
(B)CRSPR/Cas9媒介性血友病Bマウスを作出する方法を示す。sgRNAとSpCas9のmRNAとを受精卵細胞に注入し、偽妊娠させた雌性マウスに移した。
(C)親マウスのF9のCas9媒介性切断を、Surgeyor(登録商標)ヌクレアーゼアッセイを用いて検出した。赤色矢印は突然変異を示す。
(D)Surgeyor(登録商標)ヌクレアーゼアッセイで陽性の親マウスにおけるFIX:Cの血漿中レベルを示す。
(E)親マウス由来の2種のF2雄性マウスにおけるF9遺伝子座の配列を示す。
【0106】
図2は、野生型成体マウスにおけるAAVベクター媒介性の血友病B生成を示す。
(A)SaCas9およびsgRNAを発現する単独のAAVベクターの模式図を示す。HCRhAATpは、ApoE/C1遺伝子の肝臓性制御領域のエンハンサーエレメント及びヒトアンチトリプシンプロモーターを含む。
(B)SaCas9及びF9を標的化する各sgRNAを発現するAAVベクターを、7週齢のC57BL/6J雄性マウスに静脈注射し、FIC:Cの血漿レベルを表示する時点で測定した。実線及び破線はそれぞれ、高用量の治療(1×10
12vg/body)及び低用量の治療(3×10
11vg/body)を表す。値は平均値±SEM(n=3~6)である。** P<0.01:処置前と比較したもの。(事後のボンフェローニ検定)。
(C)肝臓でのF9のCas9媒介性切断をSurgeyor(登録商標)ヌクレアーゼアッセイを用いて評価した。未処置C57BL/6Jマウス由来の肝臓DNAを対照とした。赤色矢印は突然変異を表す。
(D)注入の8週後のAAVゲノムの各組織中への分散を示す。値は平均±SEM(n=6)。
【0107】
図3は、HDRによるFIX:Cの微増を示す。
(A)標的化の戦略の模式図を示す。
(B)SaCas9、F9のエキソン8を標的化するsgRNA(AAV8-SaCas9-sgRNA2 for F9 exon 8)、及び標的化配列を運ぶAAV8ベクター(AAV8-HDR Targeting)を、CRISPR/Cas9によって作出した、2週齢(n=4)または26~45週齢(n=5)の血友病Bマウスに静脈注射した。注射の8週後に血漿中FIX:Cレベルを測定した。ベクターの投与用量(AAV8-sgRNA2/AAV8-HDR Targeting):2週齢マウスには2.4×10
11vg/6x10
11vg、26~45週齢マウスには1×10
12 vg/3×10
12。値は平均±SEMである。**P<0.01:処置前と比較したもの。(両側ステューデントt検定)。
(C)肝臓におけるF9のCas9媒介性切断を、注射の8週間後にSurgeyor(登録商標)ヌクレアーゼアッセイを用いて評価した。対照:CRISPR/Cas9により作出した未処理の血友病Bマウス由来の肝臓DNA。赤色矢印は突然変異を表す。
【0108】
図4は、標的化の戦略の模式図を示す。SaCas9とF9のイントロン1を標的化するsgRNAとを発現するAAV8ベクター(AAV8-SaCas9-sgRNA3 for F9 intron)は、イントロン1の二本鎖切断(DSB)を生じる。AAV8ベクターとコドンF9のエキソン2~8の最適化cDNA(AAV8-Targeting)の同時投与は、HDR及びNHEJのメカニズムによって標的配列の正しい挿入を可能にする。SA:ヒトF9イントロン1のスプライシングアクセプター部位、F9エキソン2~8:マウスF9のコドン最適化cDNA(エキソン2~8)、HDR:相同的直接修復(homologous directed repair)、NHEJ:非相同性末端接合。プライマー(黒色の小矢印)を用いるゲノム型決定によってHDRとNHEJとは生成物のサイズで区別できる。特定のmRNA発現後スプライシングはコドン最適化F9に特異的なプライマー(赤色矢印)によって検出できる。
【0109】
図5は、AAV8ベクターを用いたCRIPSR/Ca9媒介性ゲノム編集によって血友病Bマウスの血漿中FIX:Cの増加を示す。
(A)SaCas9及びF9のイントロン1(イントロン1用sgRNA3)を標的化するsgRNAを発現するAAV8ベクター(AAV8-SaCas9-sgRNA3 for F9 intron)を8週齢の雄性C57BL/6Jマウスに静脈注射し(1×10
12vg/body)、肝臓中のゲノムのCas媒介性切断をSurgeyor(登録商標)ヌクレアーゼアッセイを用いて確認した。未処置のC57BL/6Jマウス由来の肝臓DNAを対照とした。赤色矢印は突然変異部位を表す。
(B)CRISPR/Cas9系によって作出した血友病B雄性マウス(4週齢)を、AAV8-SaCas9-sgRNA3 for F9 intron及び(1×10
12vg/body)及び標的化配列を保持するAAV8ベクター(AAV8-Targeting; 3×10
12 vg/body)の静脈内注射により処置した。ベクター投与後の表示の時点で血漿中のFIX:Cレベルを1段階凝固時間アッセイによって測定した。値は平均±SEM(n=4)である。*P<0.05、**P<0.01(処理前と比較する場合)(両側ステューデントt検定)。
(C)未処置のマウス(対照)およびAAV8-SaCas9-sgRNA3 for F9 intronとAAV8-Targetingとにより処置した血友病Bマウス(マウス1及び2)由来の肝臓ゲノムDNAのPCR分析を行って、ベクター投与6週後でのHDRおよびNHEJを検証したことを示す。
(D)未処置のマウス(対照)およびAAV8-SaCas9-sgRNA3 for F9 intronとAAV8-Targetingとにより処置した血友病Bマウス(マウス1及び2)由来の肝臓RNAのRT-PCRを行って、標的化したゲノム配列からのコドン最適化F9 mRNAの発現を確認したことを示す。
(E)CRISPR/Cas9により作出した血友病Bマウスの0日齢(腹腔内注射、n=6)、7日齢(静脈内注射、n=6)、28日齢(静脈内注射、n=6)、又は42日齢(静脈内注射、n=4)にAAV8-SaCas9-sgRNA3 for F9 intron及びAAV8-Targetingを注射した。注射の4~8週後に血漿中のFIX:Cレベルを測定した。ベクター投与量:(AAV8-SaCas9-sgRNA3 for F9 intron/AAV8-Targeting): 0日齢マウスには6×10
10 vg/2×10
11 vg、7日齢には1.4~2.2×10
11vg/4.1~6.6×10
11 vg、28日齢及び42日齢には1×10
12vg/3×10
12 vg。値は平均±SEMである。**P<0.01(処置前と比較したもの)(両側ステューデントt検定)。
(F)ベクター注射の8~16週後での肝臓のAAVゲノム。値は平均±SEMである(n=3~5)。**P<0.01(両側ステューデントt検定)。
【0110】
図6は、AT遺伝子Serpinc1の破壊が血友病Bマウスの出血性表現型を回復したことを示す。SaCas9及びSerpinc1のエキソン8を標的化するsgRNA(sgRNA1 for Serpinc1)を発現するAAV8を、7~8週齢のFIX欠失した血友病B雄性マウスに静脈注射した(1×10
12 vg /body)。
(A)AT:Cの血漿中レベルを表示する時点で測定した。値は平均±SEMである(n=8)。**P<0.01(処置前と比較したもの)(事後のボンフェローニ検定)。
(B)肝臓におけるCas9媒介性ゲノム切断を、Surveyor(登録商標)ヌクレアーゼアッセイを用いて確認した。赤色矢印は突然変異を表す。
(C)ベクター投与の4~8週後に取得した血漿中トロンビン生成を、蛍光基質の切断によって評価し、任意の単位で表す。値は平均±SEMである(n=4)。表示の濃度のFIX:C濃度(50%、25%、10%、1%及び0%)を含むマウス血漿中のトロンビン生成を参照として評価した。**P<0.01(両側ステューデントt検定)。
(D及びE)野生型マウス(C57BL/6)、FIX欠損マウス(FIX-KO)、及びSerpinc1を標的化するAAV8ベクター(AT sgRNA)で処置したFIX欠損マウスにおける、内皮破壊後のインビボでのフィブリン形成を、生体内共焦点顕微鏡測定(Nikon A1RNP、株式会社ニコン)によって倍率400倍で観察した。スケールバーは20 μmである。
(D)レーザー照射5分後の代表的なイメージを示す。緑色シグナルは内皮破壊部位(白色矢印)でのフィブリン形成を示す。
(E)フィブリン形成のシグナル強度をNIS-Elements AR 3.2(株式会社ニコン)を用いて定量化した。
【0111】
図7は、HCRhAAT、もしくはTBGプロモーターの下流でルシフェラーゼを発現するAAV8ベクターを作製し、オスC57BL/6Jマウスに1 x 10
11 ベクターゲノム/匹で静脈投与を行った。2週間後のルシフェラーゼ活性をIVISイメージングシステムで検出した(N=3)。検出結果から、HCRhAATプロモーターは、TBGプロモーターの約80~100倍強のレポーターを発現可能であり、既報のCas9発現に用いられた肝臓特異的プロモーターよりも非常に強力な機能することを確認した。
【0112】
4.要旨
黄色ぶどう球菌由来のCas9を肝臓特異的プロモーターの下流に搭載し、gRNAを同時に発現するAAVを作製し、肝臓ゲノムの凝固因子・抗凝固因子に効率的に二本鎖DNAの破壊を引き起こすことに成功した。血友病Bの原因遺伝子である第IX因子を破壊すると凝固因子レベルが1-5%まで低下するため、ほぼ全ての肝臓細胞のゲノムに変異導入が可能である。本手法を用いて、変異のあるF9の第一イントロンにcDNAを挿入することによって、血友病Bの表現形を改善できることを確認した。また、血液凝固のブレーキとなるアンチトロンビンを破壊し、血友病の出血傾向を改善できることを確認した。
【0113】
5.参考文献
Li, T.ら、 (2013) Mol Genet Genomic Med 1, 238-245.
Ran, F.A.ら、(2015) Nature 520, 186-191.
Mimuro, J.ら、 (2013) the journal of the American Society of Gene Therapy 21, 318-323.
Matsumoto, T.ら、(2009) Int J Hematol 90, 576-582.
Gao, G.P.ら、(2002) Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 99, 11854-11859.
Nathwani, A.C.ら、 (2014) The New England journal of medicine 371, 1994-2004.
Nathwani, A.C.ら、(2011) The New England journal of medicine 365, 2357-2365.
Wu, Y.ら、(2016) Sci Rep 6, 18865.
Anguela, X.M.ら、 (2013) Blood 122, 3283-3287.
Sharma, R.ら、(2015) Blood 126, 1777-1784.
【産業上の利用可能性】
【0114】
血友病遺伝子治療の市場としては、日本よりも欧州、今後発展途上国での普及が期待される。また、本発明のAAVベクターは、ゲノム編集技術を利用した新たな遺伝子導入ツールとして今後企業が関心を示す可能性がある。
【配列表フリーテキスト】
【0115】
配列番号1 :合成プロモーター/エンハンサーHCRhAATのヌクレオチド配列
配列番号2 :CRISPR/Cas9タンパク質のアミノ酸配列
配列番号3 :CRISPR/Cas9のgRNA-1(F9エキソン8)のヌクレオチド配列
配列番号4 :CRISPR/Cas9のgRNA-2(F9エキソン8)のヌクレオチド配列
配列番号5 :CRISPR/Cas9のgRNA-3(F9エキソン8)のヌクレオチド配列
配列番号6 :SaCas9タンパク質のアミノ酸配列
配列番号7 :SaCas9タンパク質のgRNA-1(F9エキソン8)のヌクレオチド配列
配列番号8 :SaCas9タンパク質のgRNA-2(F9エキソン8)のヌクレオチド配列
配列番号9 :SaCas9タンパク質のgRNA-3(F9エキソン8)のヌクレオチド配列
配列番号10:SaCas9タンパク質のgRNA-1(F9イントロン1)のヌクレオチド配列
配列番号11:SaCas9タンパク質のgRNA-2(F9イントロン1)のヌクレオチド配列
配列番号12:SaCas9タンパク質のgRNA-3(F9イントロン1)のヌクレオチド配列
配列番号13:SaCas9タンパク質のgRNA-1(Serpinc1エキソン8)のヌクレオチド配列
配列番号14:SaCas9タンパク質のgRNA-2(Serpinc1エキソン3)のヌクレオチド配列
配列番号15:SaCas9タンパク質のgRNA-3(Serpinc1エキソン3)のヌクレオチド配列
配列番号16:修復用遺伝子(エキソン2~8+相補性領域)
配列番号17:Surveyorアッセイ用プライマー(マウスF9エキソン8 F)
配列番号18:Surveyorアッセイ用プライマー(マウスF9エキソン8 R)
配列番号19:Surveyorアッセイ用プライマー(マウスF9イントロン1 F)
配列番号20:Surveyorアッセイ用プライマー(マウスF9イントロン1 R)
配列番号21:Surveyorアッセイ用プライマー(マウスSerpinc1エキソン8 F)
配列番号22:Surveyorアッセイ用プライマー(マウスSerpinc2エキソン8 R)
配列番号23:Surveyorアッセイ用プライマー(マウスSerpinc1エキソン3 F)
配列番号24:Surveyorアッセイ用プライマー(マウスSerpinc1エキソン3 R)
配列番号25:リアルタイム定量的PCR用プライマーF
配列番号26:リアルタイム定量的PCR用プライマーR
配列番号27:リアルタイム定量的PCR用プライマープローブ
配列番号28:ディープシーケンシング用プライマー(マウスF9エキソン8 F)
配列番号29:ディープシーケンシング用プライマー(マウスF9エキソン8 R)
配列番号30:HDR/NHEJ検出用プライマー(F)
配列番号31:HDR/NHEJ検出用プライマー(R)
配列番号32:coF9 mRNA検出用プライマー(F)
配列番号33:coF9 mRNA検出用プライマー(R)
配列番号34:TBG-HCR合成プロモーター配列
配列番号35:ヒトSEPP1プロモーター領域(肝臓特異的プロモーター)
配列番号36:ヒトTIE2エンハンサー(内皮細胞特異的エンハンサー)
【配列表】