(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-24
(45)【発行日】2023-02-01
(54)【発明の名称】水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 2/28 20060101AFI20230125BHJP
C23C 2/12 20060101ALI20230125BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230125BHJP
C22C 38/06 20060101ALI20230125BHJP
C22C 38/38 20060101ALI20230125BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20230125BHJP
C22C 21/02 20060101ALN20230125BHJP
【FI】
C23C2/28
C23C2/12
C22C38/00 301T
C22C38/06
C22C38/38
C21D9/00 A
C22C21/02
(21)【出願番号】P 2021531411
(86)(22)【出願日】2019-12-02
(86)【国際出願番号】 KR2019016838
(87)【国際公開番号】W WO2020116876
(87)【国際公開日】2020-06-11
【審査請求日】2021-06-01
(31)【優先権主張番号】10-2018-0153533
(32)【優先日】2018-12-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコホールディングス インコーポレーティッド
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【氏名又は名称】原 裕子
(72)【発明者】
【氏名】キム、 ソン-ウ
(72)【発明者】
【氏名】オー、 ジン-クン
(72)【発明者】
【氏名】キム、 サン-ホン
(72)【発明者】
【氏名】ハン、 サン-ビン
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-286766(JP,A)
【文献】特表2019-506523(JP,A)
【文献】特開昭57-173196(JP,A)
【文献】特開昭58-224159(JP,A)
【文献】特開2004-244704(JP,A)
【文献】特開平06-128713(JP,A)
【文献】特表2020-509200(JP,A)
【文献】特開2005-264188(JP,A)
【文献】特開2002-194519(JP,A)
【文献】特開昭62-199759(JP,A)
【文献】国際公開第2013/047836(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/137687(WO,A1)
【文献】米国特許第04546051(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/00-2/40
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
素地鋼板と、前記素地鋼板の表面に形成された
アルミニウム-鉄合金化めっき層と、を含む熱間プレス成形部材であって、
前記部材を厚さ方向に切断した断面からみたときに、
前記
アルミニウム-鉄合金化めっき層は、
アルミニウム-鉄合金化めっき層の面積に対する、サイズ5μm以下の気孔が占める面積の比率が3~30%になるように気孔を含む、水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材。
【請求項2】
素地鋼板と、前記素地鋼板の表面に形成された
アルミニウム-鉄合金化めっき層と、を含む熱間プレス成形部材であって、
前記部材を厚さ方向に切断した断面からみたときに、
前記
アルミニウム-鉄合金化めっき層は、
アルミニウム-鉄合金化めっき層の面積を、サイズ5μm以下の気孔の個数で除した値である気孔の数密度が5×10
3~2×10
6個/mm
2になるように気孔を含む、水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材。
【請求項3】
面積を基準として、サイズ5μm以下の全体気孔のうち70%以上の気孔が
アルミニウム-鉄合金化めっき層の表層部に存在する、請求項1に記載の水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材。
【請求項4】
面積を基準として、サイズ5μm以下の全体気孔のうち70%以上の気孔が
アルミニウム-鉄合金化めっき層の表層部に存在する、請求項2に記載の水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材。
【請求項5】
前記部材を厚さ方向に切断した断面からみたときに、
前記
アルミニウム-鉄合金化めっき層は、
アルミニウム-鉄合金化めっき層の面積に対する、サイズ5μm以下の気孔が占める面積の比率が3~30%になるように気孔を含む、請求項2に記載の水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材。
【請求項6】
前記素地鋼板は、重量%で、C:0.04~0.5%、Si:0.01~2%、Mn:0.1~5%、P:0.001~0.05%、S:0.0001~0.02%、Al:0.001~1%、N:0.001~0.02%、残部Fe、及びその他の不純物を含む、請求項1~5の何れか一項に記載の水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材。
【請求項7】
前記素地鋼板は、重量%で、B:0.0001~0.01%、Cr:0.01~1%、Ti:0.001~0.2%のうち1種以上をさらに含む、請求項6に記載の水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材。
【請求項8】
素地鋼板の表面をアルミニウムめっきし、巻き取ってアルミニウムめっき鋼板を得る段階と、
アルミニウムめっき鋼板を焼鈍してアルミニウム-鉄合金めっき鋼板を得る段階と、
熱間成形用アルミニウム-鉄合金めっき鋼板をAc3~950℃の温度範囲で1~15分間熱処理した後、熱間プレス成形する段階と、を含む、
請求項1又は2に記載の熱間プレス成形部材
を製造する方法であって、
前記アルミニウムめっき量は、鋼板の片面を基準として30~200g/m
2であり、
アルミニウムめっき後、250℃までの冷却速度を20℃/秒以下とし、
巻き取り時における巻取張力を0.5~5kg/mm
2とし、
前記焼鈍は、水素を体積分率で50%以上含む箱焼鈍炉において、550~750℃の加熱温度範囲で30分~50時間行い、
前記焼鈍時に、常温から前記加熱温度まで加熱する時に、平均昇温速度を10~100℃/hとし、かつ400~500℃区間の平均昇温速度を1~15℃/hとし、
前記箱焼鈍炉内の雰囲気温度と鋼板温度との差を5~80℃とする、水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材の製造方法。
【請求項9】
前記素地鋼板は、重量%で、C:0.04~0.5%、Si:0.01~2%、Mn:0.1~5%、P:0.001~0.05%、S:0.0001~0.02%、Al:0.001~1%、N:0.001~0.02%、残部Fe、及びその他の不純物を含む、請求項8に記載の水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材の製造方法。
【請求項10】
前記素地鋼板は、重量%で、B:0.0001~0.01%、Cr:0.01~1%、Ti:0.001~0.2%のうち1種以上をさらに含む、請求項9に記載の水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐水素脆性に優れた熱間プレス成形部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油エネルギー資源の枯渇と環境に関する高い関心により、自動車の燃費向上に対する規制が益々強化されている。材料の側面から、自動車の燃費を向上させるための方法の1つとして、用いられる鋼板の厚さを減少させる方法が挙げられるが、厚さを減少させる場合には、自動車の安全性の問題が発生する可能性があるため、鋼板の強度向上が必ず確保される必要がある。
【0003】
このような理由から、高強度鋼板に対する需要が継続的に発生し、種々の鋼板が開発されている。ところで、これらの鋼板は、それ自体が高い強度を有するため、加工性が不良であるという問題がある。すなわち、鋼板のグレード毎に、強度と伸びの積が常に一定の値を有する傾向を示すため、鋼板の強度が高くなる場合には、加工性の指標となる伸びが減少するという問題があった。
【0004】
このような問題を解決するために、熱間プレス成形法が提案されている。熱間プレス成形法は、鋼板を加工しやすい高温で加工した後、これを低温に急冷することで、鋼板中にマルテンサイトなどの低温組織を形成させ、最終製品の強度を上げる方法である。この場合、高強度を有する部材を製造するときに加工性の問題を最小化できるという利点がある。
【0005】
しかしながら、上記熱間プレス成形法を用いる場合には、鋼板を高温に加熱することにより鋼板表面が酸化するため、プレス成形後に鋼板表面の酸化物を除去する過程を追加する必要があるという問題があった。このような問題を解決するための方法として、特許文献1が提案されている。上記特許文献1では、アルミニウムめっきを行った鋼板を熱間プレス成形または常温成形後に加熱し、急冷する過程(簡略には「後熱処理」)を用いており、この場合、アルミニウムめっき層が鋼板の表面に存在するため、加熱時に鋼板が酸化しない。
【0006】
一方、高強度部材は、いわゆる水素脆性の問題が発生する場合が多い。すなわち、塩化カルシウムなどのような腐食性の高い水溶液と部材が接触する場合、水素が素地鋼板に浸透してから内部に集積し、部材に高い圧力を加えることで、部材の破壊を引き起こす水素脆性が問題となり得る。
【0007】
一般に、熱間プレス成形法は、素材(ブランク)の延性が増加する高温で素材を加工する方法であるため、熱間プレス成形法により製造された部材は、冷間成形法により製造された部材に比べて内部における残留応力が小さく、その結果、内部に水素が集積して圧力を発生させたとしても破壊されないため、水素脆性に対する優れた抵抗性を示すという利点がある。しかし、近年、自動車部材の強度に対する要求が高くなるに伴い、熱間プレス成形部材の水素脆性に対する敏感度もともに高くなっており、熱間プレス成形後にさらなる冷間加工が行われたり、自動車の運行環境において応力が加えられる場合も発生している。そのため、熱間プレス成形部材の耐水素脆性を向上させる必要性が益々大きくなっている傾向にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の一側面によると、耐水素脆性に優れた熱間プレス成形部材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【0010】
本発明の課題は上述の内容に限定されない。本発明が属する技術分野において通常の知識を有する者であれば、本発明明細書の全体的な事項から本発明の付加的な課題を理解するのに何ら困難がない。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一側面は、素地鋼板と、上記素地鋼板の表面に形成された合金めっき層と、を含み、部材を厚さ方向に切断した断面からみたときに、上記合金めっき層は、合金めっき層の面積に対する、サイズ5μm以下の気孔が占める面積の比率が3~30%になるように気孔を含む、水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材を提供する。
【0012】
本発明の他の側面は、素地鋼板と、上記素地鋼板の表面に形成された合金めっき層と、を含み、部材を厚さ方向に切断した断面からみたときに、上記合金めっき層は、合金めっき層の面積を、サイズ5μm以下の気孔の個数で除した値である気孔の数密度が5×103~2×106個/mm2になるように気孔を含む、水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材を提供する。
【0013】
本発明のさらに他の側面は、素地鋼板の表面をアルミニウムめっきし、巻き取ってアルミニウムめっき鋼板を得る段階と、アルミニウムめっき鋼板を焼鈍してアルミニウム-鉄合金めっき鋼板を得る段階と、熱間成形用アルミニウム-鉄合金めっき鋼板を、Ac3~950℃の温度範囲で1~15分間熱処理した後、熱間プレス成形する段階と、を含む熱間プレス成形部材の製造方法であって、上記アルミニウムめっき量は、鋼板の片面を基準として30~200g/m2であり、アルミニウムめっき後の250℃までの冷却速度を20℃/秒以下とし、巻き取り時における巻取張力を0.5~5kg/mm2とし、上記焼鈍は、水素を体積分率で50%以上含む箱焼鈍炉において、550~750℃の加熱温度範囲で30分~50時間行い、上記焼鈍時に常温から上記加熱温度まで加熱する時の平均昇温速度を10~100℃/hとし、かつ400~500℃の区間の平均昇温速度を1~15℃/hとし、上記箱焼鈍炉内の雰囲気温度と鋼板温度との差を5~80℃とする、水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一側面による熱間プレス成形部材及びその製造方法は、成形部材の表面に形成される合金めっき層中の気孔の形態を適宜制御することで、水素が素地鋼板に浸透することを効果的に防止することができ、水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材を提供することができる。
【0015】
本発明の多様で且つ有益な利点と効果は、上述の内容に限定されず、本発明の具体的な実施形態を説明する過程でより容易に理解されることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】ISO 7539-2試験法に準じて、試験片に曲げ応力を加える装置である。
【
図2】比較例1(a)と発明例1(b)の断面を光学顕微鏡で観察した写真である。
【
図3】比較例1と発明例1をFIB(Focused Ion Beam)により加工した断面を走査型電子顕微鏡で観察した写真である。
【
図4】比較例1と発明例1に対して応力腐食割れ試験を行った時に、試験片に破断が発生したかを観察した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一側面によるアルミニウム-鉄合金めっき鋼板について詳細に説明する。本発明において、各元素の含量を表すときに、特に断りのない限り、重量%を意味するということに留意する必要がある。また、結晶や組織の比率は、特に異なって表現しない限り、面積を基準とする。
【0018】
熱間プレス成形部材は、成形のための加熱過程、またはその前の鋼板準備過程で、素地鋼板とめっき層との合金化反応により形成された合金層を表面に含む。言い換えれば、本発明の熱間プレス成形部材は、素地鋼板と、上記素地鋼板の表面に形成された合金めっき層と、を含む。
【0019】
本発明の発明者らの研究結果によると、表面に形成された合金層をよく制御する場合、水素が素地鋼板まで浸透することを効果的に防止することができるため、水素脆性に対する抵抗性(耐水素脆性)に優れた熱間プレス成形部材を得ることができる。
【0020】
水素は、概略的に、次のような過程により鋼板内に集積し、圧力を発生させることで水素脆性を誘発する(但し、以下の説明は、水素脆性現象を概略的に説明するためのものにすぎず、本発明の権利範囲を限定するためのものではないという点に留意する必要がある)。
【0021】
(1)鋼板の表面で溶液中の水分が水素と酸素に分解された後、(2)上記水素が原子状態で素地鋼板に浸透してから、(3)素地鋼板中で水素が集積して圧力を発生させる。
【0022】
本発明は、上述の水素脆性のメカニズムにおいて、水素が素地鋼板に浸透する過程を最大限に遮断することにより、水素脆性に対する抵抗性に優れた熱間プレス成形部材を提供する。
【0023】
すなわち、本発明の例示的な一実施形態では、素地鋼板と、上記素地鋼板の表面に形成された合金めっき層と、を含む熱間プレス成形部材であって、上記合金めっき層が気孔を含むことができる。本発明者らの研究結果によると、部材の表面で水素が発生して素地鋼板に移動したとしても、移動過程で気孔が存在する場合には、水素が合金めっき層の気孔内に多量集積するように(トラップされるように)なり、結果として、素地鋼板まで到逹する水素の量を著しく減少させることができる。
【0024】
また、合金めっき層中には残留応力が特に存在しないだけでなく、水素の圧力が作用したとしても、素地鋼板で作用する圧力とは異なって、部材全体の破壊には至らない。
【0025】
したがって、このような効果を得るために、本発明では、合金めっき層の内部に、水素の集積が可能な多量の微細気孔を形成する。本発明において、気孔とは、画像分析器(Image Analyzer)により分析したときに、サイズ5μm以下のものを意味する。粗大な1つの気孔が形成されている場合には、使用過程で破壊されて気孔の役割ができず、比表面積が小さくて水素の捕集には適さないため、5μm以下のものを対象とする。気孔のサイズは小さいほど有利であるため、特に制限されないが、一般的な場合を考慮すると、上記気孔のサイズは通常0.1μm以上であるとよい。また、このような効果を得るためには、微細気孔の分率(面積率)及び個数のうち少なくとも1つ以上の因子を適宜制御する必要があるが、以下ではこれについて詳細に説明する。本発明の例示的な一実施形態によると、上記気孔のサイズは円相当直径を基準とすることができる。
【0026】
気孔の分率:全合金めっき層の面積に対して3~30%
部材を厚さ方向に切断した断面から観察したときに、上記気孔の分率は、全合金めっき層の面積に対して3%以上の比率を有することができる。気孔の分率を上述の比率とすることで、十分な水素集積効果を奏することができる。しかし、気孔の比率が高すぎる場合には、合金めっき層が弱くなるという問題があるため、本発明の例示的な一実施形態では、上記気孔の分率を30%以下にすることができる。本発明の他の例示的な一実施形態では、上記気孔の分率を5~20%にしてもよい。
【0027】
気孔の数密度:5×103~2×106個/mm2
水素の集積サイトを提供するために、上記気孔は5×103個/mm2以上存在することが好ましい。しかし、気孔の個数が過多である場合には、合金めっき層が弱くなるという問題があるため、本発明の例示的な一実施形態では、上記気孔の個数を2×106個/mm2以下に制限することができる。本発明において、上記気孔の数密度は、気孔の個数を合金めっき層の面積で除した値を意味する。本発明の他の例示的な一実施形態では、上記気孔の数密度を9×103~1×106個/mm2にすることができる。
【0028】
本発明の微細気孔は、合金層内に形成されており、かつ上述の条件を満たすものであれば、その分布や存在形態は原則的に制限されない。しかし、微細気孔が素地鋼板に近接して存在する場合には、水素が気孔によりトラップされたとしても、再び素地鋼板に移動する可能性が存在する。したがって、本発明の例示的な一実施形態では、面積を基準として、サイズ5μm以下の全体気孔のうち70%以上の気孔が合金めっき層の表層部に存在することができる。このようにすることで、一旦トラップされた水素が素地鋼板に移動する可能性をさらに遮断することができる。トラップされた水素の移動防止という点から、表層部に存在する気孔の面積の比率が高いほど有利であるため、上限は特に制限されない(100%も含む)。本発明の他の例示的な一実施形態では、表層部に存在する上記気孔の面積の比率を80%以上にしてもよい。
【0029】
本発明の例示的な一実施形態において、上記合金めっき層の表層部とは、合金めっき層の厚さ方向からみたときに、厚さの中心線の上側部分、すなわち、表面(free surface)に近い部分を意味し得る。合金めっき層の表面、または合金めっき層と素地鋼板との界面が平坦ではない場合にも、中心線は、各地点における厚さ方向の中心点を結ぶことで得ることができる。
【0030】
本発明の例示的な一実施形態によると、上記合金めっき層は、アルミニウムめっき層に素地鋼板中のFeが主に拡散されて形成されためっき層を意味し、重量比率で、Alが30~55%、Feが35~60%、そして残りのめっき層や素地鋼板に由来する成分をさらに含むことができる。
【0031】
上述のように、本発明の熱間プレス成形部材は、素地鋼板と、上記素地鋼板の表面に形成された合金めっき層と、を含むものであり、合金めっき層の気孔を制御することで、優れた水素脆性に対する抵抗性を有することができる。本発明の熱間プレス成形部材に含まれる素地鋼板については、熱間プレス成形部材に適した素地鋼板の組成を有するものであれば特に制限されないが、本発明の例示的な一実施形態による素地鋼板は、重量%で、C:0.04~0.5%、Si:0.01~2%、Mn:0.1~5%、P:0.001~0.05%、S:0.0001~0.02%、Al:0.001~1%、N:0.001~0.02%、残部Fe、及びその他の不純物を含む組成を有することができる。以下では、各元素の含量を決定する理由について詳細に説明する。
【0032】
C:0.04~0.5%
上記Cは、熱処理部材の強度を向上させるための必須元素であり、適正量で添加することができる。すなわち、熱処理部材の強度を十分に確保するために、上記Cを0.04%以上添加することができる。好ましくは、上記Cの含量の下限は0.1%以上であってもよい。しかし、その含量が高すぎる場合には、冷延材の生産時に熱延材の冷間圧延を行う際に、熱延材の強度が過度に高くて冷間圧延性が大きく低下するだけでなく、スポット溶接性を大きく低下させるため、十分な冷間圧延性とスポット溶接性を確保するために、0.5%以下添加することができる。また、上記Cの含量は0.45%以下、より好ましくは0.4%以下にその含量を制限してもよい。
【0033】
Si:0.01~2%
上記Siは、製鋼において脱酸剤として添加される必要があり、熱間プレス成形部材の強度に最も大きい影響を与える炭化物の生成を抑える役割を果たす。本発明では、熱間プレス成形において、マルテンサイトの生成後にマルテンサイトのラス(lath)粒界に炭素を濃化させることで残留オーステナイトを確保するために、0.01%以上の含量を添加することができる。また、圧延後の鋼板にアルミニウムめっきを行うときに十分なめっき性を確保するために、上記Siの含量の上限を2%に決定することができる。好ましくは、上記Siの含量を1.5%以下に制限してもよい。
【0034】
Mn:0.1~5%
上記Mnは、固溶強化の効果を確保することができるだけでなく、熱間プレス成形部材においてマルテンサイトを確保するための臨界冷却速度を下げるために、0.1%以上の含量を添加することができる。また、鋼板の強度を適切に維持することで、熱間プレス成形工程の作業性を確保し、製造原価を低減し、スポット溶接性を向上させるという点から、上記Mnの含量は5%以下に制限することができる。
【0035】
P:0.001~0.05%
上記Pは、鋼中に不純物として存在し、できる限りその含量が少ないほど有利である。したがって、本発明において、Pの含量を0.05%以下に制限することができ、好ましくは、0.03%以下に制限してもよい。Pは、少ないほど有利な不純物元素であるため、その含量の上限を特に決定する必要はない。しかし、Pの含量を過度に減少させると製造コストが上昇する恐れがあるため、これを考慮すると、その下限を0.001%にすることができる。
【0036】
S:0.0001~0.02%
上記Sは、鋼中に不純物として存在し、部材の延性、衝撃特性、及び溶接性を阻害する元素であるため、最大含量を0.02%に制限し、好ましくは0.01%以下に制限することができる。また、その最小含量が0.0001%未満である場合には製造コストが上昇する恐れがあるため、その含量の下限を0.0001%にすることができる。
【0037】
Al:0.001~1%
上記Alは、Siとともに製鋼で脱酸作用を行って鋼の清浄度を高めることができ、上記効果を得るために、0.001%以上の含量を添加することができる。また、Ac3温度が過度に高くならないようにし、熱間プレス成形時に必要な加熱を適切な温度範囲で行うことができるように、上記Alの含量は1%以下に制限することができる。
【0038】
N:0.001~0.02%
上記Nは、鋼中に不純物として含まれる元素であり、スラブの連鋳時にクラックの発生に対する敏感度を減少させ、衝撃特性を確保するためには、その含量が低いほど有利であるため、0.02%以下含むことができる。下限を特に決定する必要はないが、製造コストの上昇などを考慮すると、Nの含量を0.001%以上に決定してもよい。
【0039】
本発明の一側面によるアルミニウム-鉄合金めっき鋼板は、上述の合金組成の他に、追加で、B:0.0001~0.01%、Cr:0.01~1%、Ti:0.001~0.2%のうち1種以上をさらに含むことができる。
【0040】
B:0.0001~0.01%
上記Bは、少量添加しても硬化能を向上させることができるだけでなく、旧オーステナイト結晶粒界に偏析され、P及び/またはSの粒界偏析による熱間プレス成形部材の脆性を抑えることができる元素である。したがって、Bを0.0001%以上添加することができる。しかし、0.01%を超える場合には、その効果が飽和するだけでなく、熱間圧延で脆性をもたらすため、その上限を0.01%にし、好ましくは上記Bの含量を0.005%以下にすることができる。
【0041】
Cr:0.01~1%
上記Crは、Mnと同様に、固溶強化の効果、及び熱間成形時の硬化能の向上のために添加する元素であり、上記効果を得るために0.01%以上添加することができる。但し、部材の溶接性を確保するために、その含量を1%以下に制限することができる。また、1%を超える場合には、添加量に比べて硬化能の向上効果も微小であるため、原価の点からも不利である。
【0042】
Ti:0.001~0.2%
上記Tiは、微細析出物の形成による熱処理部材の強度上昇、及び結晶粒の微細化による部材の衝突性能向上に効果があるだけでなく、Bが添加される場合には、Nと先に反応してBの添加効果を極大化させる効果がある。上記効果を得るために、Tiを0.001%以上添加することができる。しかし、Tiの含量の増加に起因する粗大なTiNの形成は部材の衝突性能を低下させるため、その含量を0.2%以下に制限することができる。
【0043】
上述の成分以外の残部としては、鉄(Fe)及び不可避不純物が挙げられ、また、熱間プレス成形用鋼板に含まれ得る成分であれば、さらなる添加が特に制限されない。
【0044】
通常のアルミニウムめっき熱間成形用鋼板は、アルミニウムめっき層の融点が、熱間成形のための加熱温度より低いため耐熱性が不足し、これにより、熱間成形のための加熱中に、めっき層が溶融されて加熱炉内のロールを汚染させたり、急速加熱が不可能であるという欠点がある。しかし、本発明により製造された熱間プレス成形用鋼板は、アルミニウム-鉄合金化めっき層を有し、上記合金化めっき層の融点が約1160℃以上であって、熱間成形のための加熱温度より高いため、優れた耐熱性を示すことができる。
【0045】
以下、本発明の他の側面による熱間プレス成形部材の製造方法について詳細に説明する。但し、下記の熱間プレス成形部材の製造方法は一例示にすぎず、本発明の熱間プレス成形部材が必ずしも本製造方法により製造されるべきであるというわけではなく、本発明の特許請求の範囲を満たす方法であれば、如何なる製造方法であっても本発明の各例示的な実施形態を実現するにおいて何ら問題がないということに留意する必要がある。熱間プレス成形部材を製造するためには、熱間プレス成形に用いられる鋼板を製造する段階と、熱間プレス成形する段階と、を経る必要があるため、以下では、2つの段階に分けて本発明の熱間プレス成形部材の製造方法について説明する。
【0046】
[アルミニウム-鉄合金めっき鋼板の製造方法]
本発明の例示的な一実施形態によると、アルミニウムめっき鋼板を用いる通常の熱間プレス成形工程とは異なって、アルミニウム-鉄合金めっき鋼板を熱間プレス成形工程に用いることで、本発明の有利な熱間プレス成形部材を提供することができる。このように、本発明の熱間プレス成形部材に適したアルミニウム-鉄合金めっき鋼板は、熱間圧延または冷間圧延された素地鋼板を準備し、上記素地鋼板の表面に溶融アルミニウムめっきを行った後、めっき鋼板に合金化のための焼鈍処理を行うことで得ることができる。以下、各工程毎に詳細に説明する。
【0047】
アルミニウムめっき工程
上述の合金組成を有する素地鋼板を準備し、上記素地鋼板の表面に適切な条件でアルミニウムめっきを行い、これを巻き取ることで、アルミニウムめっき鋼板(コイル)を得ることができる。
【0048】
先ず、圧延された鋼板の表面に、片面を基準として30~200g/m2のめっき量でアルミニウムめっき処理を行うことができる。アルミニウムめっきは、通常、type Iと命名されるAlSiめっき(80%以上のAlと5~20%のSiを含み、必要に応じて追加元素も含むことができる)や、type IIと命名されるAlを90%以上含み、必要に応じて追加元素を含むめっきを何れも用いることができる。めっき層を形成するために溶融アルミニウムめっきを行うことができ、めっきの前に、鋼板に対する焼鈍処理を施してもよい。めっき時における適切なめっき量は、片面を基準として30~200g/m2である。めっき量が多すぎる場合には、表面までの合金化に過度に時間がかかり、逆にめっき量が少なすぎる場合には、十分な耐食性を得ることが困難である。
【0049】
次に、アルミニウムめっき後、250℃までの冷却速度を20℃/秒以下として冷却することができる。アルミニウムめっき後の冷却速度は、めっき層と素地鉄との間における拡散抑制層の形成に影響を与える。アルミニウムめっき後の冷却速度が速すぎる場合には、拡散抑制層が均一に形成されず、後続の焼鈍処理時におけるコイルの合金化挙動が不均一になる恐れがある。したがって、アルミニウムめっき後、250℃までの冷却速度は20℃/秒以下にすることができる。
【0050】
めっき後に鋼板を巻き取ってコイルを得るときに、コイルの巻取張力を0.5~5kg/mm2に調節することができる。コイルの巻取張力の調節によって、後続の焼鈍処理時におけるコイルの合金化挙動と表面品質が変わり得る。
【0051】
焼鈍工程
アルミニウムめっきされた鋼板に対して、次のような条件で焼鈍処理を行うことにより、アルミニウム-鉄合金めっき鋼板を得ることができる。
【0052】
アルミニウムめっき鋼板(コイル)は、箱焼鈍炉(BAF、Batch annealing furnace)で加熱される。鋼板を加熱するときに、熱処理目標温度及び維持時間は、鋼板温度を基準として550~750℃の範囲内(本発明では、この温度範囲で素材が達する最高温度を加熱温度という)で、30分~50時間維持することが好ましい。ここで、維持時間とは、コイルの温度が目標温度に達してから冷却が開始するまでの時間である。十分に合金化されない場合には、ロールレベリング時にめっき層が剥離されることがあるため、十分な合金化のために、加熱温度を550℃以上にすることができる。また、表層に酸化物が過度に生成されることを防止し、スポット溶接性を確保するために、上記加熱温度は750℃以下にすることができる。また、めっき層を十分に確保するとともに、生産性の低下を防止するために、上記維持時間は30分~50時間に決定することができる。場合によっては、鋼板の温度は、加熱温度に達するまで冷却過程なしに温度が上昇し続ける形態の加熱パターンを有してもよく、目標温度以下の温度で一定時間維持してから昇温する形態の加熱パターンを適用してもよい。
【0053】
上述の加熱温度に鋼板を加熱するときに、十分な生産性を確保し、かつ全鋼板(コイル)でめっき層を均一に合金化させるためには、全温度区間(常温から加熱温度までの区間)における、鋼板(コイル)温度を基準とした平均昇温速度が10~100℃/hとなるようにすることができる。全体的な平均昇温速度は上記のような数値範囲に制御することができるが、本発明の例示的な一実施形態では、圧延時に混入した圧延油が気化する上記の温度区間で圧延油が残存し、表面ムラなどが引き起こされることを防止し、かつ十分な生産性を確保するために、昇温時に、400~500℃区間の平均昇温速度を1~15℃/hにして加熱することができる。
【0054】
箱焼鈍炉内の雰囲気温度と鋼板温度との差を5~80℃にすることができる。一般的な箱焼鈍炉の加熱では、鋼板(コイル)を直接加熱する方式ではなく、焼鈍炉内の雰囲気温度を上昇させることで鋼板(コイル)を加熱する方式を採用している。この場合、雰囲気温度とコイル温度との差は避けられないが、鋼板内での位置毎の材質及びめっき品質のばらつきを最小化するためには、熱処理の目標温度到達時点を基準として、雰囲気温度と鋼板温度との差を80℃以下にすることができる。温度差はできる限り小さくすることが理想的であるが、この場合、昇温速度を遅くし、全体平均昇温速度の条件を満たすことが難しくなることもあるため、これを考慮すると、5℃以上にすることができる。ここで、鋼板の温度は、装入された鋼板(コイル)の底部(コイルにおいて最も低い部分を意味する)で測定した温度を意味し、雰囲気温度は、加熱炉の内部空間の中心で測定した温度を意味する。
【0055】
本発明の例示的な一実施形態によると、熱間プレス成形部材内に気孔を多く形成させるために、焼鈍時の雰囲気を水素雰囲気に調節することができる。本発明者らの研究結果によると、水素雰囲気にすることで、気孔がより容易に形成されることができる。本発明において、水素雰囲気とは、水素の体積比率が50%以上である雰囲気を意味し(100%も含む)、水素以外のガスとしては、特に制限されないが、窒素または不活性ガスなどが存在することができる。
【0056】
[熱間プレス成形工程]
上述の製造方法により製造された熱間成形用アルミニウム-鉄合金めっき鋼板に対して熱間プレス成形を行うことで、熱間プレス成形部材を製造することができる。この際、熱間プレス成形には、当該技術分野で一般に用いられる方法を利用することができ、非制限的な例示的な一実施形態として、Ac3~950℃の温度範囲で1~15分間熱処理した後、熱間プレス成形することができる。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。但し、下記の実施例は、本発明を例示してより詳細に説明するためのものに過ぎず、本発明の権利範囲を限定するためのものではないということに留意する必要がある。本発明の権利範囲は特許請求の範囲に記載の事項と、それから合理的に類推される事項によって決まるものである。
【0058】
(実施例)
先ず、素地鋼板として、下記表1の組成(Ac3:830℃)を有する熱間プレス成形用冷間圧延鋼板を準備し、鋼板の表面に、Al-8%Si-2.5%Feの組成を有するtype Iめっき浴で鋼板の表面をめっきした。めっき時のめっき量は、片面当たり65g/m2に調節し、アルミニウムめっき後に、250℃までの冷却速度を8℃/秒として冷却した後、巻取張力を2.4kg/mm2に調節して巻き取ることで、アルミニウムめっき鋼板を得た。
【0059】
【0060】
その後、めっきされた鋼板に対して、下記表2の条件で、箱焼鈍炉において合金化熱処理及び熱間プレス成形を行うことで、熱間成形部材を得た(発明例1-3、比較例3)。表2において、雰囲気中のH2を除いた残りは窒素(N2)となるように雰囲気を調節した。
【0061】
一方、追加の比較例として、上述のアルミニウムめっき鋼板に対して別途合金化熱処理を行わず、下記表2の条件で熱間プレス成形を行って熱間成形部材を得た(比較例1、2)。
【0062】
【0063】
その後、各発明例及び比較例で得られた熱間成形部材の断面を走査型電子顕微鏡で観察し、合金めっき層内の気孔の分率(合金めっき層の全面積に対する気孔の面積の比率)及び数密度を測定して表3に示した。また、各発明例及び比較例で得られた熱間成形部材に対して水素脆性の発生有無を評価するために、平面部から3個の試験片を採取し、
図1に示したように、ISO 7539-2試験法に準じて、曲率半径50RでUベンディングをした後、0.1NのHCl溶液に浸漬して300時間維持する条件で、応力腐食割れ評価を行い、部材の重量減少量及びクラックの発生有無を目視確認し、その結果を表3にともに示した。
【0064】
【0065】
図2及び
図3に、本発明の比較例1(a)と発明例1(b)の熱間プレス成形部材の断面を観察した写真を示したが、これらは、各比較例と発明例で現れる断面の典型的な形態である。
図2に示すように、比較例1は、合金めっき層に気孔が多く存在しないのに対し、発明例1は、合金めっき層に多数の気孔が存在することが分かる。このような気孔形成程度の差は、表3に示すように、応力腐食割れの程度(水素脆性の程度)の差で現れる。各発明例と比較例は、僅かな程度の差はあるものの、重量減少量が類似のレベルであり、水素発生の原因になる腐食の程度には格別な差がなかったにもかかわらず、水素脆性に大きい差があったことが分かる。
【0066】
すなわち、上記表3に示すように、めっき層内の気孔の分率またはめっき層内の気孔の数密度が本発明の範囲を満たす発明例1~3では、水素脆性の尺度となる応力腐食割れによるクラックが全く発生しなかったが、十分な気孔が形成されなかった比較例1~3では、何れもクラックが発生したことが分かる。
【0067】
図4は比較例1と発明例1の応力腐食割れの結果を示したものであり、比較例1では、応力腐食割れ試験後に3個の試験片のうち2個が破断されたが、発明例1では、試験片の破断が全く発生しなかったことを示す。
【0068】
また、発明例は、いずれも気孔が表層に多数存在することで、トラップされた水素が素地鋼板に伝達される可能性を最小化していることも確認できた。
【0069】
したがって、本発明の有利な効果を確認することができた。