(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-24
(45)【発行日】2023-02-01
(54)【発明の名称】膠の製造方法
(51)【国際特許分類】
C09H 1/04 20060101AFI20230125BHJP
C09H 3/00 20060101ALI20230125BHJP
【FI】
C09H1/04
C09H3/00
(21)【出願番号】P 2020070231
(22)【出願日】2020-04-09
【審査請求日】2021-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】507151858
【氏名又は名称】独立行政法人国立文化財機構
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【氏名又は名称】高石 橘馬
(74)【代理人】
【識別番号】100168206
【氏名又は名称】高石 健二
(72)【発明者】
【氏名】宇▲高▼ 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】早川 典子
【審査官】牟田 博一
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-234128(JP,A)
【文献】米国特許第04222741(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09H1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮下組織と、真皮層と、表皮層とからなり、表皮層から多数の毛が生えている原皮から膠を製造する方法であって、
原皮の裏面をフレッシングして皮下組織を除去する工程と、
原皮の表面に生えている毛を剃毛する工程と、
得られた剃毛皮の表面に熱水
(一部が蒸気化していても良い。)を当てて熱処理を行なって表皮層を硬化・脆弱化させる工程と、
熱処理した剃毛皮の表面から表皮層と毛を除去する工程と、
得られた真皮層からなる加工皮から膠を熱水により抽出する工程とを有することを特徴とする膠の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の膠の製造方法において、前記熱処理工程において、前記剃毛皮の表面に水を供給した後、その上に熱鏝を当てて前記水を加熱させることを特徴とする膠の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の膠の製造方法において、前記熱処理工程における熱水
又は水蒸気の温度が50~150℃であることを特徴とする膠の製造方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の膠の製造方法において、前記剃毛工程において、前記原皮の表面に短く刈り取られた毛が残留するように剃毛することを特徴とする膠の製造方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の膠の製造方法において、前記
表皮層と毛を除去する工程を高圧水洗浄により行なうことを特徴とする膠の製造方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の膠の製造方法において、
前記表皮層と毛を除去する工程の後に、熱処理した剃毛皮の表裏両面をフレッシングする工程をさらに有することを特徴とする膠の製造方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載の膠の製造方法において、得られた加工皮を洗浄した後に前記抽出工程を行なうことを特徴とする膠の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膠の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膠は動物の皮や骨、角などから作られる伝統的材料であり、古来書画や工芸の制作及び修復などに広く活用されてきた。主成分はゼラチンというタンパク質であり、その他に原料や抽出溶媒などに由来する油脂や灰分などの不純物を若干量含んでいる。
【0003】
膠は基本的に、水を加えて溶解され液状(ゾル状態)で用いられる。伝統的東洋絵画や日本画の制作において膠は、まず顔料を水にとくにあたって分散剤(界面活性剤)として作用する。次いで乾燥や低温化が進むに従い、分子間の結合が進んでゼリー状に凝固(ゲル化)し、紙や布帛などの基底材上に顔料を保持する仮止め剤として作用する。そして最終的な乾燥後の絵具層においては顔料を基底材に固定する接着剤として作用する。
【0004】
原皮(毛付きの牛生皮)の一例を
図1に示す。
図1に示す原皮は、皮下組織と、真皮層と、表皮層とからなり、表皮層から多数の毛が生えており、それらの毛の毛根は、真皮層の中間部まで達している。真皮層は、「コラーゲン」という線維状のタンパク質がその大部分を占めており、加熱によりこれが分解され、主にゼラチンからなる膠を生じる。表皮層及び毛は、「ケラチン」という線維状のタンパク質を主成分とし、コラーゲンとは分解される条件が異なる。表皮層や毛には暗色の垢や泥などが付着している場合が多く、水による洗浄のみでこれを充分に除去することは大きい作業量を要し、また困難である。また毛や表皮層はそれら自体が暗色である場合が多い。したがって、これらに由来する成分が混入した場合には、膠の暗色化が生じる。そのため、明色な膠を安定的かつ効率的に得るためには、皮下組織、表皮層及び毛を全て除去して、真皮層のみを残すことが有効である。
【0005】
膠は、洋膠、和膠、古典的膠に大別される。洋膠は一般に、主にクロム鞣し革屑を原料として、石灰浸漬、硫酸浸漬による脱クロム、さらに石灰添加などを経て熱水中で抽出され、強度の濾過処理や減圧濃縮の後、凝固や乾燥などを経て作られる。これに対して和膠は一般に、石灰処理などによって脱毛された未鞣しの皮を原料とし、また抽出後の濾過処理が軽度であるなどの点で洋膠と異なり、近年日本画制作などにおいて広く使用されている。しかし、その原皮の脱毛や抽出前処理は、石灰や硫化化合物を用いた西洋由来の近代的手法が主体となっており、また抽出後に適宜消泡剤や防腐剤、漂白剤などが加えられるなど、近代以前の膠とは原料も製法も大きく変化している。
【0006】
古典的膠は近代以前の方法に依拠した材料であり、原皮裏面のフレッシング(皮下組織についての切除等除去)の後、川晒し(川漬け)によって脱毛された(毛を抜いた)川晒し脱毛皮や、物理的に剃毛された(毛を刈り取られた)剃毛皮、または鹿角や魚鱗などを原料として、水などによる洗浄の後、熱水中で抽出される。すなわち、近代以後の製法と異なり、原料の除毛等下処理や抽出前後の各工程において石灰や酸その他薬剤が使用されていない。またそのため、ゼラチン中のアミノ酸残基アスパラギンやグルタミンにおける側鎖の置換が比較的軽度で、中性から弱酸性域の等イオン点を示すものが多い。これらのうち、特に牛剃毛生皮原料からは乾燥状態で明色かつ不光沢となる古典的膠を得ることが可能である。またそうした特性を備えた古典的膠は、書画制作や修復などに使用した際に顔料の発色担保にも効果的である。
【0007】
しかしフレッシングと剃毛のみによって原料を処理した従来の古典的膠では、時折偶発的に、製造工程において毛や表皮層に由来する泥垢や微細な組織屑など暗色の成分が膠に混入し製品の暗色化が起きるという問題があった。従来の剃毛や水による洗浄のみでは原料処理に大きな作業量を要し、また膠の暗色化を時折偶発的に引き起こす原因部位である毛や表皮層を充分に除去することが極めて困難であった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って本発明の目的は、薬剤を使用しない近代以前の古典的膠の製法に基づきながら、より小さい作業量でまたより安定的に純度の高い明色な膠を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、原皮の表面に生えている毛を剃毛した後、その表面に熱水を当てる熱処理を行なって表皮層を硬化・脆弱化させ、熱処理した表面から表皮層と毛を除去することにより、小さい作業量で安定的に明色な膠を製造することができることを発見し、本発明に想到した。
【0010】
本発明の膠の製造方法は、皮下組織と、真皮層と、表皮層とからなり、表皮層から多数の毛が生えている原皮から膠を製造する方法であって、原皮の裏面をフレッシングして皮下組織を除去する工程と、原皮の表面に生えている毛を剃毛する工程と、得られた剃毛皮の表面に熱水(一部が蒸気化していても良い。)を当てる熱処理を行なって表皮層を硬化・脆弱化させ、熱処理した剃毛皮の表面から表皮層と毛を除去する工程と、得られた真皮層からなる加工皮から膠を熱水により抽出する工程とを有することを特徴とする。
【0011】
前記熱処理工程において、前記剃毛皮の表面に水を供給した後、その上に熱鏝を当てて前記水を加熱させるのが好ましい。
【0012】
前記熱処理工程における熱水又は水蒸気の温度が50~150℃であるのが好ましい。
【0013】
前記剃毛工程において、前記原皮の表面に短く刈り取られた毛が残留するように剃毛するのが好ましい。
【0014】
前記表皮層と毛を除去する工程を高圧水洗浄により行なうのが好ましい。
【0015】
前記表皮層と毛を除去する工程の後に、得られた加工皮の表裏両面をフレッシングする工程をさらに有するのが好ましい。
【0016】
得られた加工皮を洗浄した後に前記抽出工程を行なうのが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、薬剤を使用しない近代以前の古典的膠の製法に基づきながら、小さい作業量で安定的に明色な膠を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図2】皮下組織を除去した原皮を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の一実施態様による製造方法は、(1) 原皮として毛付きの牛生皮を使用し、(2) 原皮を洗浄し、(3) 原皮の外縁及び末端部位を切除し、(4) 原皮の裏面をフレッシングし、(5) 原皮の表面を剃毛し、(6) 剃毛した原皮を洗浄し、(7) 得られた剃毛皮の表面に熱処理を施し、(8) 熱処理した剃毛皮の表面を高圧水洗浄して表皮層と毛根を除去し、(9) 得られた加工皮の表裏両面をフレッシングして残留組織屑等を除去し、(10) 加工皮を洗浄し、(11) 加工皮から膠を熱水により抽出する工程を有する。各工程について、
図1に示す原皮を参照して以下詳細に説明する。
【0020】
(1) 原皮
原皮としては、膠の原料となる真皮層が多くあり、流通量が多く入手が容易な牛の生皮が好ましい。しかし、本発明の製造方法に用いる原皮は、これに限らず、猪、鹿、兎等の、膠の原料として使用されるその他の動物種の皮を用いても良い。
【0021】
(2) 洗浄
原皮を洗浄しても良い。原皮の洗浄方法は、原皮と水を皮革用ドラム(回転撹拌器)に入れ、撹拌して洗浄することが挙げられる。牛原皮の表裏面や毛の間にゴミや汚れが付着している場合があり、洗浄により除去するのが望ましい。
【0022】
(3) 切除
原皮に尻尾、脚及び腹の部分が付いている場合は、尻尾、脚及び腹は切除しても良い。膠の原料となる真皮層は原皮の後背部分が最も厚く、安定的かつ効率的に明色な膠を得るためには、原皮の後背部分以外の部分を切除するのが望ましい。
【0023】
(4) フレッシング
原皮の裏面をフレッシングする。「フレッシング」とは、剥皮のときに皮の肉面に残存した皮下結合組織、脂肪、肉等(
図1の皮下組織に相当する。)を除去することである。それにより、
図2に示すように、裏面の表面から皮下組織が除去される。フレッシングは、一般に用いられる方法で行なうことができ、フレッシングマシン(皮の肉面から皮下組織等を削りとるため皮革加工において一般に用いられる機械)や、刃物を用いることができる。
【0024】
(5) 剃毛
原皮の表面(表皮層の表面)から生えている多数の毛を剃る。剃毛する方法は特に限定されないが、フレッシングマシンや刃物、あるいはバリカン等の理容器具を用いるのが好ましい。
図3に示すように、毛が表皮層の表面からごく短く(例えば、0.5 ~10 mm程度)残すように剃毛するのが望ましい。それにより、後述する熱処理を効果的かつ安定的に行なうことができる。
【0025】
(6) 洗浄
剃り落とした毛等を除去するために、剃毛した原皮(剃毛皮)を再び洗浄しても良い。洗浄方法は、流水を用いて皮を洗浄する方法が挙げられる。
【0026】
(7) 熱処理
剃毛皮の表面に熱水を当てる熱処理を施す。剃毛皮の表面に熱水を当てることにより、表皮層のケラチン等のタンパク質が熱で変性して凝固・脆弱化等する。剃毛皮の表面にのみ熱水を当てることにより、剃毛皮の表皮層を選択的に熱変性させることができる。すなわち、表皮層が熱変性により硬化・脆弱化する一方、表皮層の下の真皮層は生で柔らかいままとなる。そのため、硬化・脆弱化した表皮層は後述する高圧水洗浄により破壊・除去することが容易となるが、表皮層の下の真皮層は破砕が困難なままである。それにより、高圧水洗浄により硬化・脆弱化した表皮層のみを破壊・除去することが可能となる。
【0027】
図1に示すように、真皮層の表皮層側の部分に毛根組織を有し、それらの毛根から毛が伸びており、表皮層を貫いて皮表面に毛が生えている。表皮層を破壊・除去することにより、毛根組織を含めた毛全体の露出部分が増えるため、高圧水洗浄により剃毛皮の表面の毛を毛根組織も含めて除去することが容易になる。従って、熱処理により表皮層を硬化・脆弱化させることにより、真皮層を残しつつ、表皮層と毛根組織を含めた毛を除去することができる。
【0028】
熱処理による皮表面からどの程度の深さまで硬化・脆弱化するかは、皮表面に当てる熱水の温度や、熱水を当てる時間によって適宜調節することができる。すなわち、熱処理が不十分であると、表皮層が十分に硬化・脆弱化しないため、高圧水洗浄により表皮層や毛が除去しきれず、残存してしまう。また熱処理が過度であると、表皮層の下の真皮層まで硬化・脆弱化するため、高圧水洗浄により真皮層の表皮層に近い部分まで削れてしまう。高圧水洗浄により真皮層の一部が除去されたとしても、表皮層や毛が残存するよりは望ましく、熱処理は、真皮層の表皮層の近くの部分が硬化・脆弱化するまで行なっても良い。
【0029】
熱水の温度は50 ~ 150 ℃程度であるのが好ましい。熱水の温度がこの範囲内であれば、適切な時間熱処理を行なうことにより、真皮層内部まで熱変性が進むことなく、剃毛皮の表面の表皮層を熱変性させることができる。熱水の温度は80 ~ 120 ℃程度であるのがより好ましい。
【0030】
熱処理の時間は、熱水の温度と原皮の種類や高圧水洗浄の水温によって適宜設定するものである。熱水の温度が100 ℃程度であるときは、高圧水洗浄の水温が20 ℃程度では熱処理の時間は40 ~ 150 秒であるのが好ましく、高圧水洗浄の水温が10 ℃程度では熱処理の時間は50 ~ 180 秒であるのが好ましい。熱処理の時間がこの範囲であれば、剃毛皮の表面の表皮層のみを適切に熱変性させることができる。
【0031】
熱水を当てる方法としては、熱水を剃毛皮の表面に直接当てても良いが、剃毛皮の表面に水を供給した後、水を加熱して熱水にしても良い。その際、加熱した水が一部水蒸気になっていても良い。加熱方法としては、
図4に示すように、供給した水に熱鏝を当てて加熱させる方法が挙げられる。短く剃り残された多数の毛の間に適量の水が含まれた状態にした上で、熱鏝を当てることにより、毛中に含まれる水が熱せられ、またその一部は蒸気化する。
【0032】
(8) 高圧水洗浄
熱処理した剃毛皮の表面を高圧水洗浄して表皮層と毛根を除去する。「高圧水洗浄」とは、高圧水洗浄器を用いて高圧の水を吹き付けることにより、その衝撃力により表面の付着物を粉砕剥離することを言う。熱処理した剃毛皮は、
図5に示すように、表皮層が硬化・脆弱化している。そのため、
図6に示すように、高圧水洗浄により毛根組織を含む表皮層を破壊・除去することができる。
【0033】
高圧水洗浄の水温は特に限定されず、常温の水を用いることができる。皮の腐敗等の劣化を抑制することを考慮すると、低温であることが望ましく、1~ 10 ℃程度であるのが好ましい。また環境温度等に応じて、熱処理の時間等を適宜調節し得る。
【0034】
このように本発明では、剃毛皮の表面に熱水を当てる熱処理を施しているので、剃毛皮の表面を高圧水洗浄することにより毛根組織までも含めて表皮層を除去するという画期的な技術的効果が得られる。従来の古典的膠の製法では除毛後の洗浄処理に大きな作業量を要していたが、本発明の方法では、高圧水洗浄で毛根組織までも除去できるため、作業時間も大幅に抑え、また製品汚濁因子を大幅に低減することができる。
【0035】
本実施態様では、熱処理した剃毛皮の表面から表皮層と毛根を除去する方法として高圧水洗浄を挙げたが、本発明はこれに限らず、熱処理により硬化・脆弱化した表皮層を除去することが可能な方法であれば適宜選択できる。例えば、硬化・脆弱化した表皮層を刃物や皮革用機械などで削り取っても良い。
【0036】
(9) フレッシング
高圧水洗浄した加工皮の表裏両面に再度フレッシングを行なって、残留する表面の組織屑や裏面の皮下組織を除去しても良い。それにより、さらに純度の高い真皮層からなる加工皮が得られる。
【0037】
(10) 洗浄
フレッシングした後、再び洗浄しても良い。洗浄方法は、流水を用いて皮を洗浄する方法が挙げられる。
【0038】
(11) 抽出
得られた真皮層からなる加工皮から、ゼラチンを主成分とする膠を熱水により抽出する。抽出方法は、通常用いられている膠の抽出方法を適用できる。
【0039】
得られた膠を必要に応じて濃縮や濾過を行なった後、凝固させる。凝固した膠を裁断した後乾燥し、所望の固形膠が得られる。
【実施例】
【0040】
以下実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0041】
実施例1
原皮として毛付きの黒毛牛生皮を使用し、下記の各処理を順に行なって原皮から皮下組織、表皮層及び毛根を除去し、各工程での様子を観察した。温度測定は、AD-5616放射温度計(A&D Company, Limited)を用いて行なった。
【0042】
[1. 洗浄]
毛付きの黒毛牛生皮と水を皮革用ドラム(回転撹拌器)に入れ、10 分間程度撹拌し洗浄を行なった。原皮は国産黒毛種成牛由来であって、同日朝に食肉処理場で剥皮されたばかりの新鮮なものを使用した。
【0043】
[2. 外縁及び末端部位の切除]
原皮より尻尾、脚及び腹の部分を切除した。該処理により、元の原皮の30 重量%程度を切除した。
【0044】
[3. 皮下組織の除去]
フレッシングマシンを用いて、原皮の裏面の皮下組織等の除去を行なった。該処理において、工程2の処理後の原皮から30 重量%程度をさらに除去した。即ち、元の原皮から延べ50 重量%程度が除去された。フレッシング工程時の原皮の表面温度及び作業室床温度は19 ℃程度であった。
【0045】
[4. 剃毛]
バリカンを用いて剃毛処理を行なった。毛が表皮層の表面から4 mm程度残るように剃毛した。
【0046】
[5. 洗浄]
流水を用いて皮を洗浄し、工程4で剃り落とした毛等を除去した。水温は19 ℃程度であった。
【0047】
[6. 熱処理]
剃毛処理を行なった剃毛皮について、表皮層の熱処理を下記(i)~(v) の各条件で行なった。なお100 ℃以上の過剰な昇温を防ぐため、該処理は、皮表面に短く残された毛中に適量の水が含まれた状態で行なった。
【0048】
剃毛皮の表面を上にして作業台に載せ、その上から120 ~160 ℃程度の皮革用熱鏝(重量13 kg,長さ36 cm,幅22 cm)を載置した。該熱鏝は温度調整不能で、またこれを載置すると皮表面温度は即時100 ℃程度となることから、熱処理の程度は、熱鏝を皮表面上に載置する時間の長短によって調整した。下記の単位時間ごとに、熱鏝を熱鏝幅(22 cm)の半分ずつ、即ち11 cmずつ、横にずらしてゆく方法で処理を行なった。したがって、皮表面各箇所における加熱時間は熱鏝載置単位時間の2倍である。なお該処理直前の皮表面温度は20 ℃程度であった。
(i) 熱鏝載置単位時間:70 秒/ 加熱時間:140 秒
熱鏝を離した直後の皮表面温度は100 ℃程度で、その後60 ℃程度までは急激に降下した。該処理後、表皮層のみ硬化・脆弱化していた。
(ii) 熱鏝載置単位時間:15 秒/ 加熱時間:30 秒
該熱処理後も表皮層が柔らかいままで、熱変性が不十分である様子が窺われた。熱鏝を離した瞬間の皮表面温度は100 ℃近くあったが、その後温度降下が急速であった。
(iii) 熱鏝載置単位時間:120 秒/ 加熱時間:240 秒
該熱処理によって表皮層が硬化・脆弱化し、また面方向に収縮し厚みが増した。またその関係で引きつりによる皺が生じ、熱鏝による作業の継続がやや煩雑化した。熱鏝を離した瞬間の皮表面温度は100 ℃程度で、かつその後の温度降下が緩慢で、80 ℃以上が暫く維持された。
(iv) 熱鏝載置単位時間:35 秒/ 加熱時間:70 秒
熱鏝を離した瞬間の皮表面温度は100 ℃近くで、その後温度は比較的速やかに降下した。該処理後、表皮層のみ硬化・脆弱化していた。
(v) 熱鏝載置単位時間:0 秒/ 加熱時間:0 秒
比較のため、熱処理を全く行なわなかった。
【0049】
[7. 表皮層の除去]
上記(i)~(v) の各条件で熱処理を行なった剃毛皮について、高圧水洗浄器を用いて表皮層の除去処理を行なった。なお環境温度は23 ℃程度であった。
(i) 熱鏝載置単位時間:70 秒/ 加熱時間:140 秒
高圧水洗浄の結果、毛根組織を含む表皮層のみを充分に破壊除去できた。
(ii) 熱鏝載置単位時間:15 秒/ 加熱時間:30 秒
高圧水洗浄の結果、皮が柔らかすぎるため表皮層の破壊除去がやや困難であった。一応除去可能ではあったが、高圧水洗浄処理が繰り返し必要で、そのため真皮層まで一部損傷してしまうことがあった。またその結果、後述の工程8において皮の一部が裂けてしまった。
(iii) 熱鏝載置単位時間:120 秒/ 加熱時間:240 秒
高圧水洗浄の結果、表皮層を充分に破壊除去できたが、真皮層内部まで熱変性が進み硬化・脆弱化が進んでいたため、高圧水洗浄によって真皮層まで一部損傷し穴が開いてしまうことがあった。このことから、やはり熱処理は表皮層のみについて選択的に行ない、真皮層は生のままにしておくことが望ましいことが改めて確認された。またしたがって、熱鏝を使用する代わりに皮をまるごと熱湯に浸漬するといった方法は不適であると思われる。
(iv) 熱鏝載置単位時間:35 秒/ 加熱時間:70 秒
高圧水洗浄の結果、表皮層を充分に破壊除去できた。条件(i) よりも熱処理所要時間が短く済む点において、本条件のほうが効率的である。ただし、当該実施例以前に環境温度10 ℃程度の冬期に該熱処理条件を試行した際には、高圧水洗浄工程において表皮除去が困難で、そうした低温環境下ではより高強度の熱処理(熱鏝載置単位時間70 秒程度)が必要であった。
(v) 熱鏝載置単位時間:0 秒/ 加熱時間:0 秒
高圧水洗浄の結果、毛については概ね除去できたが、表皮層及びその中の毛根組織は殆ど除去することができず皮表面に残留した。
【0050】
[8. 残留組織屑等の除去]
フレッシングマシンを用いて皮表裏両面に一度ずつ処理を行ない、表面の組織屑及び裏面の皮下組織を除去した。
【0051】
[9. 洗浄]
皮裏面に短時間の高圧水洗浄を行ない、汚れ等を除去した。
【0052】
以上の通り、工程6において表皮層のみを選択的に熱変性させることが、工程7における毛根組織を含む表皮層の破壊除去に極めて効果的であった。本実施例では、100 ℃程度、熱鏝載置単位時間15 秒/ 加熱時間30 秒の条件でも効果はあるがやや不十分で、より長い処理が望ましい。一方、100 ℃程度、熱鏝載置単位時間120 秒/ 加熱時間240 秒の条件では真皮層まで熱変性してしまい、処理過剰であった。20 ℃程度の環境下では、100 ℃程度、熱鏝載置単位時間35 秒/ 加熱時間70 秒の条件及び熱鏝載置単位時間70 秒/ 加熱時間140 秒の条件で課題が良好に達成され、また特に効率面において熱鏝載置単位時間35 秒 / 加熱時間70 秒の条件がより好ましい。ただし10 ℃程度の環境下では、100 ℃程度、熱鏝載置単位時間35 秒/ 加熱時間70 秒の条件ではやや不十分で、熱鏝載置単位時間70 秒 / 加熱時間140 秒程度の処理が好ましい場合もあった。
【0053】
上記の通り、本発明の技術的特徴は、工程6の熱処理により表皮層のみを選択的に熱変性させ、硬化及び柔軟性低下、脆弱化させることにより、次の工程7における高圧水洗浄により毛根組織を含む表皮層の破壊除去を可能にする点にある。本実施例では、載置すると皮表面温度が即時100 ℃程度となる皮革用熱鏝を用いたため、加熱時間によっては本発明の効果が得られない場合もあったが、本発明の加熱時間は本実施例の範囲に限定されず、熱水の温度や使用する加熱器具に応じて適宜設定可能である。
【0054】
実施例2
原皮として毛付きの黒毛牛生皮を使用し、下記の各条件で膠を製造した。
(1) 原皮を剃毛し、原皮の裏表両面をフレッシングし、洗浄した後、得られた加工皮から膠を熱水で抽出した(抽出温度:90 ℃,単位抽出時間:6 時間, 抽出番手:1)。
(2) 工程(1) で膠を抽出したあとの残渣を原料とし、再び抽出した(抽出温度:90 ℃,単位抽出時間:6 時間, 抽出番手:2)。
(3) 工程(2) で膠を抽出したあとの残渣を原料とし、さらに抽出した(抽出温度:90 ℃,単位抽出時間:6 時間, 抽出番手:3)。
(4) 工程(1) と同条件で膠を製造した。
(5) 実施例1の条件(i) の方法で製造した加工皮から膠を熱水で抽出した(抽出温度:90 ℃,単位抽出時間:6 時間, 抽出番手:1)。
(6) 工程(5) で膠を抽出したあとの残渣を原料とし、再び抽出した(抽出温度:90 ℃,単位抽出時間:6 時間, 抽出番手:2)。
(7) 工程(6) で膠を抽出したあとの残渣を原料とし、さらに抽出した(抽出温度:90 ℃,単位抽出時間:6 時間, 抽出番手:3)。
(8) 実施例1の条件(i) の方法で製造した加工皮から膠を熱水で抽出した(抽出温度:80 ℃,単位抽出時間:48 時間, 抽出番手:1)。
※ 抽出溶媒は、おいしい水天然水六甲(アサヒ飲料株式会社,硬度:約40 mg/L,pH 約7)を膠に対し100 重量%用いた。
※ 各膠を抽出後、化繊紙05TH-12(廣瀬製紙株式会社製, ポリエステル製不織布, 12 g/m2)を8枚重ねてステンレス製笊上に置いたものを通して濾し、濾液を均一に撹拌した後、ポリプロピレン製容器にて10 ℃で凝固させた。その後、205 × 8 × 8 mm程度の角棒状に裁断し、ポリプロピレン製棚上に並べて10 ℃で送風乾燥し、固形膠を製造した。
【0055】
上記条件(1)~(8) で製造した膠の写真を
図7に示す。従来の条件(1)~(4) で製造した膠は、条件(1)~(3) で製造した膠は毛や表皮組織の溶出等により暗色となった。条件(4) で製造した膠は問題なく明色に仕上がったが、同じ条件(1)で製造した膠との比較から分かるように、製造の安定性(品質の再現性)に課題があった。本発明の条件(5)~(8) で製造した膠は、全て問題なく明色に仕上っており、より高い安定性をもって小さい作業量で明色の膠を調製することが可能になった。